研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2016年01月

破壊的イノベーションとは何か?(「What Is Disruptive Innovation?」(Christensen他著HBR2015Dec.)より

破壊的イノベーションという言葉が様々に使われ、混乱を招いているのではないかということについては別稿(「日本のイノベーションのジレンマ」(玉田俊平太著)より)でも述べました。この点について、この概念の提唱者であるChristensen氏がどう考えているのかを知りたいと思っていたところ、最近「What Is Disruptive Innovation?」[文献1]という論文(ChristensenRaynorMcDonald氏の共著)がHBR誌に発表されました。この論文で著者らは、破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの重要性を述べるとともにあらためて著者の考えを提示し、さらに発表後約20年を経たこの概念がどう発展、検証されているかについても述べています。実務家にとっても非常に参考になる内容だと感じましたので、今回はその中の重要と思われるポイントをまとめておきたいと思います。(なお、本稿には、原文に比較的沿って訳した部分(「 」で表示)と、かなり省略したり意訳したりしている部分があります。全体の構成は原文に沿っていますが、本記事は筆者の理解をまとめたものとご解釈いただければ幸いです。)

破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの意味
・「破壊的イノベーション理論の中心的概念の誤解は広く見られ、基本的な考え方はしばしば誤って用いられている。」
・「多くの人はこの言葉を自分に都合のよいようにいい加減に使っている。多くの研究者、ライター、コンサルタントも、状況を問わずある業界が大きく変化し、従来成功してきた既存企業がつまずいてしまうことを説明するために『破壊的イノベーション』を使っている。これは広すぎる使い方である。」
・「異なるタイプのイノベーションには異なる戦略が必要であり、破壊的イノベーションを、業界の競争環境を変えてしまうブレークスルーと混同することは問題である。言い換えれば、成功した破壊者や破壊を斥けるのに成功した事例から学べることは変化する市場の中の全ての企業に適用可能なものではない。」

破壊的イノベーションの要点
・「『破壊(Disruption)』というのは、少ない資源しかもたない小さな会社が、確立された既存企業にうまく挑戦するプロセスである。既存企業はその最も要求の高い(多くは最も利益の出る)顧客のために製品やサービスを改良していくと、いくつかのセグメントのニーズを越えてしまい、その他のニーズを無視するようになる。新規参入者はそうした見過ごされたセグメントを対象に、よりサステイナブルな機能やしばしば低価格で足がかりを作る。要求の高いセグメントを追っている既存企業は激しくは抵抗しない。参入者は初期のアドバンテージを維持したまま上位の市場に移動し、既存企業の主要顧客の要求に応える。主要顧客が参入者が提供するものを大量に採用するようになった時、破壊が起こる。」

Uber
は破壊的イノベーションか?
・「2009年に創業したUberは、モバイルアプリケーションを活用して大きな成長を遂げている。Uberは明らかにタクシー業界を変えつつあるが、これはタクシー業界を破壊しているのだろうか?。理論に従えば答えは『ノー』だ。」その理由は以下の2つ。
破壊的イノベーションは、ローエンドか、新市場を足がかりに生まれる
・「破壊的イノベーションは、既存企業が見過ごす2種類の市場からスタートすることで起こる。ローエンドは、既存企業が要求も収益性も高い顧客に対して、製品やサービスの品質を上げ、要求の低い顧客にあまり注意を払わないために生まれる。既存企業の提供する価値は、しばしは要求の低い顧客の要求を越えてしまい、破壊者は『十分によい(good enough)製品で破壊を始める。

・「新市場では、破壊者は今までに存在しない市場を創造する。非消費者を顧客に変える方法を見出す。」例えば、パーソナルコピー機は、1970年代、Xeroxが見過ごしていた個人顧客向けに製品を提供することで、個人や小企業向けの新市場を創造した。
・「Uberはどちらでもない。タクシー業界の品質が過剰だったわけでもないし、非消費者をターゲットにしたわけでもない。」破壊者はローエンドか非消費者へのアピールでスタートし、メインストリームへ移動していくが、Uberはまずメインストリームで地位を築き、続いて見過ごされたセグメントにアピールしている。
破壊的イノベーションは、その品質がメインストリーム顧客の基準に達するまでは、メインストリーム顧客に採用されない
・「破壊の理論では、破壊的イノベーションと持続的イノベーションを区別する。後者は、既存企業の顧客の立場からみてよい製品をよりよくする。」「進歩は段階的なこともあれば、大きなブレークスルーのこともあるが、最も収益性の高い顧客により多くの製品を売ることを可能にするものだ。」「破壊的イノベーションはほとんどの既存顧客にとって、劣ったものとみなされる。通常、顧客は安いからといって新しいものを採用するわけではなく、その品質が満足できる水準に達するまで待っている。それが起こって初めて、彼らは新しい製品の安い価格を受け入れる。」
・「Uberの戦略のほとんどの要素は、持続的イノベーションのように思われる。Uberのサービスは既存のタクシーより劣っていることはまずない。」「さらに、通常、既存企業が持続的イノベーションの脅威に直面したときと同様、多くのタクシー会社は対抗しようとしている。」

正しい理解の必要性
・「理論を正しく適用することは、その利益を享受するために不可欠だ。」例えば、あなたのビジネスの周辺に小さな競合企業が食いこんできたとしよう。それが破壊的軌道に乗っているのでない限り、無視してよい。しかし破壊的であれば致命的な脅威となりうる。

破壊的イノベーションについて見過ごされたり誤解されたりする4つの点
1、破壊はプロセスである

・「『破壊的イノベーション』は、特定の時点での製品やサービスについて言う場合に誤解を受けやすい。」「最初のミニコンピュータが破壊的なのは、登場したときにローエンドだったからではなく、後にメインフレームを凌駕するようになったからでもない。破壊的だったのは、周辺からメインストリームへという過程をたどったことだ。」
・「周辺からメインストリームに至る過程には時間を要するので、既存企業は既得権を守ることもできるが、しばしば破壊者を見逃してしまう。」

2、破壊者はしばしば既存企業とは大きく異なるビジネスモデルをつくりあげる
・「アップルのiPhoneは、最初はスマートフォン市場における持続的イノベーションだった。」その後のiPhoneの成長は、スマートフォンの破壊ではなく、インターネットのアクセスポイントとしてのラップトップの破壊として説明できる。これは単なる製品の改良ではなく、新しいビジネスモデルの導入である。iPhoneはインターネットアクセスにおける新市場を創造した。

3、成功する破壊者もそうでない破壊者もいる
・「成功したかどうかで破壊的かどうかを判断するのはよくある誤りである。すべての破壊的過程が成功するわけではないし、すべての成功した参入者が破壊的過程に従ったわけではない。」
・破壊の理論は、足がかりの市場でどうしたら勝てるかについて、可能性の予測と、資源豊富な既存企業との正面衝突を避ける方法以外のことはほとんど何も言っていない。

4、「破壊するか破壊されるか」という考え方は誤解を招く
・「破壊が起こっているなら、既存企業はそれに対応しなければならない。しかし、利益をあげているビジネスをやめてしまうような過剰反応をすべきではない。既存企業は持続的イノベーションに投資しつつ、破壊から生まれる新たな成長機会に焦点をあてた新たな部門をつくることができる。時には、この2つの大きく異なる運営をおこなうことになるだろう。破壊的ビジネスが成長すればコア事業から顧客を奪うかもしれない。しかし、リーダーは、その問題が現実のものとなるまでは、その問題を解決しようとすべきではない。」

破壊的イノベーションの視点が明らかにすること
・「ある技術や製品が本来的に破壊的か持続的かであることは稀である。また新技術が開発された時、破壊の理論はマネジャーがどうするべきかを指示してはくれない。そうではなく、持続的な道か破壊的な道かを選ぶヒントを与えてくれる。」

破壊の概念の進化

・破壊的イノベーションの理論は、持続的イノベーションの環境では既存企業が新規参入企業より好成績を収め、破壊的イノベーションの環境では好成績をあげられないという単純な相関関係だった。その背景には、既存企業が既存顧客に目を向け、破壊的イノベーションに投資しにくいことがある。当初、破壊的イノベーションは最下層の段階から起こると考えていたが、その後、ローエンドと新市場の区別に気づいた。破壊的イノベーションのこの2種類の足がかりを仮定することで、この理論はより強力で実際的なものとなった。
・一方、高等教育においては破壊はあまり進んでいない。その原因は既存企業も新規参入者も同じゲームプランに従っているためのようだ。現在の疑問は、新規参入者が既存企業の高コスト体質から離れて上位市場に移ることを可能にするような新技術やビジネスモデルが存在するのかどうか、ということだ。どうやらその答えはイエスのようだ。
・破壊的技術の向上速度を決めるのは、それを可能にする技術改善の速度だ。破壊の速度を支配する原因を理解することは、結果を予測するのには役立つが、破壊の速度は違っても、どう破壊をマネジメントすべきかは変わらない。

もっと学ばなければならない
・「破壊的イノベーションの理論を拡張し、精緻なものとするためにはまだ研究すべきことは多い。例えば、破壊的脅威への一般的、効果的な対応は不明確なままだ。今のところ、上級幹部の保護のもと、破壊的モデルを追求する独立した部門を設けるべきだと考えているが、これはうまくいく場合もいかない場合もある。既存企業が同時に参入者となることによる困難に対処する方法はまだ見つかっていない。」
・「破壊的理論は、イノベーションやビジネスの成功の全てを説明するものではないし、将来もできないだろう。」「しかし、破壊の理論は、どんな新しいビジネスが成功するかをより正確に予測してくれる。」破壊の理論の進化によって、企業のイノベーションを成功させるのに何が役立つかをよりよく理解できるようになるだろう。
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破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの重要性は著者の指摘するとおりだと思います。誤解しやすい点もたしかにあると思いますが、何よりその有効性は、提唱依頼20年の検証を経てもその概念が生き残っており、発展しつつあることで証明されているように思います。従来の経営理論や経営思想の中には単なる流行に過ぎなかったり、時代の変化に耐えられず消えてしまったものも多いと思いますが、破壊的イノベーションの考え方は、より信頼性の高い理論であるような気がします。

本論文を読んで、破壊的イノベーションのメカニズムにおいて特に重要なのは以下の2点だと感じました。
・既存企業が破壊者を見過ごしたり、対応を怠ってしまうこと
・技術の進歩の速度は、顧客の要求が高まる速度を超えてしまいがちなこと
既存企業が破壊者を見過ごしてしまうことは、競争を考える上で重要なことだと思いますし、技術進歩の速度についての傾向は、競争優位を得るために忘れてはならないことのように思います。また、この論文では破壊的イノベーションにおける技術の役割が指摘されていることも興味深く感じました。「イノベーションのジレンマ」とそれに続く一連の著作では、破壊的イノベーションにおける技術の役割はあまり強調されておらず、ビジネスモデルの方が重視されているような印象でしたが、その後の研究によって技術の役割が見直されてきているのか、あるいは、時代が変化しているのか、興味のある点です。破壊的イノベーションについてその本質がより明らかになり、その理論が実務家にとってより使いやすくなることをこれからも期待したいと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, Michael E. Raynor, Rory McDonald, “What Is Disruptive Innovation?”, Harvard Business Review, December 2015, p.44.
https://hbr.org/2015/12/what-is-disruptive-innovation

参考リンク



「0ベース思考」(レヴィット、ダブナー著)より

これからの時代、従来の考え方にとらわれない新しい発想が重要だ、という意見はよく耳にします。特に研究開発こそそれが必要と言われることが多いのですが、実は研究者には新しい発想が求められる一方、ある分野の専門家として従来の知識や理論を蓄積、体系化して、その成果を問題解決に使う(つまり、従来の考え方に従って考える)ことも求められます。そんなこともあって、従来の考え方にとらわれないで考えるということはそれほど容易なことではありません。

しかし、いくら難しくても、従来の考え方では解決できない問題に対しては、従来とは異なる何かが必要なことは間違いないでしょう。そうであれば、どうしたらそういう新しい考え方ができるかを知っておくことは非常に重要なことなのではないでしょうか。スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー著「0ベース思考」[文献1]では、そうした従来とは異なる考え方を可能にするためのヒントが書かれていますので、今回はその内容をまとめてみたいと思います。なお、著書の原題は「Think Like a Freak」となっています。本書の訳者あとがきによれば、「『フリーク』とは世間の習慣や常識にとらわれない人を指す言葉[p.274]」とのことで、「0ベース思考」という邦題は、「先入観にとらわれず、問題の原点に立ち戻り、核心を鋭くとらえる、つまりゼロベースで考えることで解決できる問題はたくさんある[p.275]」という訳者による本書のまとめに基づいたものだと思います。

第1章、何でもゼロベースで考えるWhat Does It Mean o Think Like a Freak?
・「最近の風潮として、問題を解決する方法には『正しい』方法と『まちがった』方法があるという思い込みをもつ人が増えている。こういう考え方でいると、言い争いがどうしても増えるし、残念なことに、解決できるはずの問題も解決できなくなってしまう。・・・正しい方法とまちがった方法、かしこい方法とおろかな方法、青信号の方法と赤信号の方法があるなんて思い込みを、ぼくたちはこの本を書くことで葬りたい。現代社会ではもう少し建設的に、創造的に、合理的に考えることが必要だ。ちがう角度から、ちがう筋肉を使って、ちがう前提で考える。やみくもな楽観も、ひねくれた不信ももたずにすなおな心で考える。つまり、コホン、フリークみたいに考えるってことだ。[p.19]」
・根底にある考え方[p.19-21]:「インセンティブを正しく理解すること、読み解くことが、問題を理解して解決法を考えるためのカギになる。」「混乱と矛盾に凝り固まった問題を解きほぐす道具として、データほどパワフルなものはない。とくに感情や激論を呼び起こす問題には覿面だ。」「一般通念はたいていまちがっている」「相関関係と因果関係は別物だ」
・「脳を鍛え直して、大小問わずいろいろな問題を普通とはちがう方法で考えることができれば、ものすごく得るものが大きいと、ぼくたちは固く信じている。[p.31]」

第2章、世界でいちばん言いづらいことばThe Three Hardest Words in the English Language
・「昔から英語でいちばん言いづらい3つの言葉は『アイ・ラブ・ユー』だと言われてきた。でもそうじゃないと、心から叫びたい!『アイ・ドント・ノー』と言うほうが、ほとんどの人にとってはずっと難しいのだ。・・・自分が何を知らないかを認めないかぎり、必要なことを学べるはずがないのだから。[p.33]」
・「テトロックは、予測がとくに外れがちな人はどういう人かを聞かれると、ずばりひと言で答えた。『独断的』、つまり何かが本当かどうかを知らないのに、何が何でも本当だと思い込むような人だ。名の知れた識者を追跡したテトロックなどの研究によれば、識者らは予測が大外れに終わったときでさえ、『圧倒的に自信過剰』(テトロックの言葉)なことが多かったという。まちがったくせに高飛車とくれば、もう救いようがない。将来のことは意外にわからないものだとすなおに認めればいいのに。[p.40]」
・「知ったかぶりがこんなに悪影響をおよぼすなら、なぜみんなやめないんだろう?そんなのわかりきっている。少なくとも個人にとっては、『知りません』と白状したときのダメージのほうが、知ったかぶりをしてまちがいが判明したときのダメージより大きいからだ。・・・知ったかぶりをしたいというインセンティブは、とても強いのだ。[p.45]」
・「人が知ったかぶりをする理由は、もう一つ考えられる。・・・道徳の羅針盤(コンパス)だ。人は世の中を渡っていくうちに、誰もが自分なりの道徳的指針をもつようになる・・・だが問題を解決しようとするとき、真っ先にやったほうがいいのは、道徳のコンパスをしまいこむことだ。・・・問題が道徳的に正しいか誤っているかにとらわれると、本質が見えなくなることが多い。道徳のコンパスのせいで(本当はそうじゃないときでも)答えがすべてわかっていて、(本当はそうじゃないことが多いのに)善と悪がはっきり線引きされていると思い込んでしまう。そして最悪なことに、その問題について知るべきことは全部知っていると思い込んで、それ以上学ぼうとしなくなるのだ。[p.47-48]」
・「何かを学ぶためのカギは、フィードバックにある。ある行動の結果を参考にして、次の行動を修正するプロセスを経なければ、何も学べない。・・・でも問題が複雑になればなるほど、有益なフィードバックを得るのは難しくなる。・・・ときには進んで外へ飛び出し、実験をしてフィードバックを得ることも必要だ。・・・多くの人が実験を渋るのは、・・・誰かが『わかりません』と言わなくてはいけないからだ。[p.52-58]」

第3章、あなたが解決したい問題は何?What’s Your Problem
・「自分がすべての『答え』を知っているわけじゃないと認めるのにこれだけ勇気がいるんだから、正しい『問い』すら知らないと認めるのがどれだけ難しいかは、推して知るべしだ。でも見当違いな問いを立てたら見当違いな答えしか得られないのは、ほぼ確実だ。[p.71]」
・「どんな問題を解決しようとするときでも、たまたま目についた気になる部分だけにとりくんでいないかどうか、気をつけよう。[p.74]」
・問題の捉えなおしと、限界に対する思い込みを無視することが効果的。[p.86-90

第4章、真実はいつもルーツにあるLike a Bad Dye Job, the Truth is in the Roots
・「フリークみたいに考えるってことは、問題の根本原因をつきとめ、それをとり除けるよう、力のかぎりを尽くすってことだ。[p.92]」
・「根本原因に向き合っていれば、ありもしない幻影じゃなく、現実の問題と格闘しているっていう安心感だけは、少なくとももっていられる。[p.97]」

第5章、子どものように考えるThink Like a Child
・「アイデアをひねり出したり質問をしたりするとき、8歳児みたいな考え方をするのは、とても実り多いことがある。・・・子どもはあくなき好奇心をもっていて、それほどかたよった見方をしない。知っていることがとても少ないから、ものごとのありのままを隠してしまう先入観をもたない。問題を解決しようとするとき、これが大きな強みになるのだ。[p.118]」
・「フリークみないに考えるとは、大きくではなく、小さく考えることだ。・・・小さな問いは、小さいだけあって、目を向けたり調べたりする人が少ないか、まったくいないことがある。誰も手をつけていないまっさらの分野には、学習のタネがたくさん転がっている。大きな問題はたいてい、こんがらがった小さな問題がぎっしりつまったものだから、大きな問題の小さなかけらにとりくんだほうが、問題を一気に解決しようとしてあてもなく格闘するよりも大きく前進できる。何かを変えようとするのはつねに難しいが、大きな問題より小さな問題について変化を促すほうがずっと簡単だ。大きく考えるのはそもそも正確さを欠く行為だし、あてずっぽうってこともある。小さく考えるのはその分メリットも小さいが、少なくともたしかな証拠をよりどころにしていられる。[p.120-122]」

第6章、赤ちゃんにお菓子を与えるようにLike Giving Candy to a Baby
・「フリークが信条とする教えを一つあげるなら、『人はインセンティブに反応する』だ。・・・ある特定の状況に関わる全当事者のインセンティブを理解することが、問題解決の基本だ。[p.143]」
・「人間は・・・何かを口では言いながら、全然別の行動をとることも多い。・・・みんなによく思われるようなことを口では言いながら、こっそりと自分の本当にやりたいことをやるものだ。経済学ではそれぞれ『表明選好』と『顕示選好』という名前がついていて、2つのあいだには深い溝がぽっかり口を開けていることが多い。[p.149]」
・「重要なのは、模範的な人間の理想的な行動より、生身の人間が現実にどう行動するかを考えることだ。・・・じつのところ道徳的インセンティブは、一般に考えられているほど効果が高くないのだ。・・・人間は微妙な陰影のある本音と建前のインセンティブをもっている複雑な生き物で、状況に行動が大きく左右される・・・人がインセンティブに反応するときには心理状態がカギを握ることを知っていれば、いろいろと工夫して本当に有効なインセンティブを設計できる――自分の利益のため、なんだったらみんなの利益のために。[p.153-156]」
・「相手とやりとりをするとき、そのやりとりは次のどれかの枠組みにあてはまる。・・・『金銭的枠組み』・・・『敵対的枠組み』・・・『友好的枠組み』・・・『協調的枠組み』・・・たいていの人は、とくに境界を意識することなく、いろいろな種類の枠組みに気軽に出入りしている。またどの枠組みにいるかによって行動が変わったり、インセンティブのはたらき方がちがったりすることを、自然に理解している。・・・枠組みをごっちゃにするとトラブルになりかねない。でも誰かとの関係を、ある枠組みから別の枠組みに、ちょっとした後押しで移すことで、とても有意義な成果が得られることがある。[p.166-168]」
・「報奨が逆効果を呼ぶのは、残念ながらそう珍しい話じゃない。・・・利口な善意の人たちがつくったインセンティブでさえ、・・・逆効果を生むことがあるのはなぜだろう?少なくとも3つの理由が考えられる。どんなに利口な個人や政府も、インセンティブ制度の裏をかこうとする人たちに束になってこられるとかなわない。自分と似た考え方をする人についてなら、どうすれば行動を変えられるかをイメージしやすいが、行動を変えたい相手というものは得てして自分のような考え方をしないものだから、期待したような反応が得られない。相手の行動がいまこうだから、この先もそれが続くと思い込みがちだ。でもインセンティブというものの性質上、ルールが変われば行動も変わるし、・・・期待しているような方向に変わるとはかぎらない。それともう一点、人は『操られてる感』を覚えると反発したくなるという、あたりまえのことも指摘しておきたい。[p.176-178]」
・「適切なインセンティブのしくみを設計するのはラクじゃないけれど、これさえ守ればまちがったことにはならない、という簡単なルールを挙げておく。1、相手が関心があると言っていることを鵜呑みにせず、本当に関心をもっていることをつきとめよう。2、相手にとっては価値があるけれど、自分には安く提供できるような面で、インセンティブを提供しよう。3、相手の反応に注意を払おう。びっくりしたり、がっかりしたような反応が返ってきたら、それを参考にして別のことを試してみよう。4、相手との関係を、敵対的枠組みから協調的枠組みにシフトさせるようなインセンティブをできるかぎり考えよう。何かが『正しい』から相手がそれをしてくれるだなんで、ゆめゆめ思っちゃいけない。どんなことをしてでもシステムを悪用しようとする人が、必ず現れる。考えもしなかった方法で出し抜かれることもある。そんなときはカッとして相手の強欲を呪ったりせず、創意工夫に拍手を送ろう。[p.179-180]」

第7章、ソロモン王とデイビッド・リー・ロスの共通点は何か?What Do King Solomon and David Lee Roth Have in Common?
・「デイビッド・リー・ロスもソロモン王も、ゲーム理論を有意義に実践していた・・・ゲーム理論ってのは狭い意味で言うと、相手の次の動きを予測して、相手を打ち負かそうとする策略をいう。その昔、ゲーム理論が世界を制覇すると経済学者が信じていた時代があった。ゲーム理論は重要なものごとの結果に影響を与えたり、予測したりするのに役立つと期待されていた。でも、ああ残念、それほどは役に立たないし、おもしろくもないことがわかった。でも・・・ゲーム理論もシンプルに使えば驚くほどの効果を挙げられるのだ。・・・嘘をついている人やずるをしている人は、正直な人とはちがうインセンティブに反応することが多い。[p.188-189]」
・「『自分から正体をばらすよう促す仕掛け』は何かと役に立つし、ときにはべらぼうな利益が得られることもある。[p.203]」

第8章、聞く耳をもたない人を説得するには?How to Persuade People Who Don’t Want to be Persuaded
・「ナッジというのは、・・・何かの目標がどんなに大切かを懇々と諭すより、さり気ない後押しや新しい初期設定によって、相手をひじでそっとつつく〔=ナッジ〕ように誘導したほうがずっと効果が高いという考え方だ。・・・聞く耳をまったくもたない人を何としてでも説得したいとき、こういった考え方をどう役立てればいいだろう?第一歩として、相手の考えは事実や論理よりも、イデオロギーや群集心理に根ざしている場合が多いことを頭に叩き込んでおこう。これを面と向かって言っても、相手に否定されるだけだ。何しろ相手は、自分が気づいてもいないバイアスをもとに行動しているんだから。[p.223-224]」
・相手の意見を変えるための議論の組み立て[p.225-237]:1、主役は自分じゃなくて相手(「動かぬ事実や隙のない論理でどんなに主張を固めたって、相手の心に響かなきゃ何にもならない」)、2、自分の主張が完璧だというふりをしない(「万能の解決策なんてほぼ絶対に存在しない。自説の欠陥を隠そうとするのは、それ以外の部分も疑ってくださいと言っているようなものだ。・・・自分の主張を真剣に受けとめてほしいなら、マイナス面があることを認めたほうがいい。」)、3、相手の主張のよい点を認める(「反論には必ずといっていいほど利用価値がある・・・そこから何かしら学んで、自分の主張を強めるのに使うことができる。・・・それに、相手はないがしろにされたと感じたが最後、話なんか聞いてくれなくなる。」、4、罵詈雑言は胸にしまっておく(「相手を罵倒するのは最悪のまちがい・・・ほとんどの人は、批判をすんなり受け入れられない。」)、5、物語を語る(「聞く耳をもたない人をどうしても説得したいなら、物語を語るのがいちばんだ。・・・物語は、断片をつないで全体像を見せるものだ。・・・物語を語るべきいちばんの理由は、興味を引きやすいから、人に何かを教えるのにうってつけだという点にある。」)

第9章、やめるThe Upside of Quitting
・「やめることは正しくやればメリットがたくさんあるから、ぜひ試してみてほしい。[p.245]」
・「やめることをためらわせる力は、少なくとも3つある。1つめが、やめるのは失敗を認めることだと・・・散々聞かされてきたということ。2つめは『サンクコスト』(埋没費用)の考え方だ。・・・何かに投資すればするほど、いまさらやめるのはもったいないという心理がはたらきやすくなる。これをサンクコストの誤謬という。・・・3つめの力は目に見えるコストにとらわれて、『機会費用』(逸失利益)のことにまで頭が回らないという性向だ。機会費用というのは、・・・同じ資源をほかに費やす機会を放棄しているという考え方だ。[p.246-247]」
・「死前検証は、まだ手の施しようがあるうちに、うまくいかなくなりそうな要因をつきとめようとする。プロジェクトの関係者を全員集めて、『プロジェクトが実行に移されたが、目も当てられない大失敗に終わった』と想像してもらう。それから一人ひとりに失敗した原因を具体的に書き出してもらうのだ。死前検証なら、誰も自分からは言いたがらなかったプロジェクトの欠陥や疑問点を洗い出せることを、クラインは実証した。[p.256-257]」
・「やめることは、フリークのように考える方法の核心にある。『やめる』って言葉がおっかないなら、『捨て去る』と言いかえてもいい。自分を押しとどめている一般通念を捨て去る。自分を引き止めている人為的なバリアを捨て去る。自分が知らないということを恐れる気持ちを捨て去る。[p.271]」
―――

本書の示唆の特に重要な点は、ゼロベースでフリークのように、常識や先入観、バイアスにとらわれない考え方をすすめると同時に、そのような考え方、使い方の例を示しているところだと思います。特に以下の3つの場面で重要になるのではないでしょうか。

・現象、データの意味するところを解釈しようとする場合

・問題の核心、根本原因を推定する場合

・問題解決のための方法を発想する場合


研究開発という仕事では、先入観を持たずに現象を解釈することや、常識にとらわれないアイデアの発想が求められます。したがって、研究者であれば本書で指摘されたような考え方はある程度教育もされるし、理解しているかもしれません。しかし、それがきちんとできているかというと、自らの思考の問題点に気づいていないことも多いのではないかと思います。特に、自然現象を対象とした場合なら自由な発想ができていたとしても、人が相手の場合には状況が異なることもありそうです。今や、技術だけではイノベーションを成功させることが困難になりつつあることを考えると、人が関わる問題についても本書に述べられたような考え方ができるようになることは非常に重要なことなのではないかと思います。


文献1:Steven D. Levitt, Stephen J. Dubner, 2014、スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー著、櫻井祐子訳、「0ベース思考 どんな難問もシンプルに解決できる」、ダイヤモンド社、2015.
原著表題:Think Like a Freak: The Authors of Freakonomics Offer to Retrain Your Brain


ノート記事目次(2016.1.17版)

2013年3月から2014年6月に行った「ノート:研究マネジャー基礎知識」の改訂版および3編の「補遺」の目次です。今回改訂はリンクの見直しが主です。より詳細な目次(本ブログ関連記事へのリンクを入れた目次)は、容量の関係でその1その2に分割して別ページにしています。

ノート記事改訂版(2013-4
はじめに
2013.3.24):旧版(2010.3.21)はこちら
 本ブログの趣旨、ノート記事の全体構成などについて書きました。研究マネジメントにおいて最も重要なことは意欲の管理だと思います。

ノート1:どんな研究が必要なのか
2013.4.21)、旧版(2010.3.22)はこちら
 ポイント:企業にとってイノベーションは重要。技術はイノベーションの一要素。研究は情報を生んでいる。
 キーワード:創造的破壊、Shumpeter、アイデア、イノベーション
参考リンク

ノート2:研究の不確実性をどう考えるか
2013.5.19)、旧版(2010.3.27)はこちら
 ポイント:研究は不確実。その認識がマネジメントには必要。不確実性のマネジメントでは多様性、協力、知的相互作用、自律性)、リスク分散、柔軟性が鍵か。
 キーワード:意思決定理論、確定性、リスク、不確実性、錬金術、セレンディピティー、創発的プロセス、未来予測、複雑系
参考リンク

ノート3:研究と競争相手
2013.6.16)、旧版(2010.4.3)はこちら
 ポイント:競争相手の存在を忘れないようにすること、その動向を予測することの重要性。競争を避ける戦略。
 キーワード:技術の普遍性、競争、Porter、ブルーオーシャン戦略、不均等の意欲、セレンディピティー

参考リンク

ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定
2013.7.28)、旧版(2010.4.10)はこちら
 ポイント:イノベーションを事業として成功させるため、技術を成功するイノベーションに育てるためには、破壊的イノベーションのメカニズムを知ることが重要。そこから示唆される技術進歩のパターン、既存企業の行動パターンも理解しておくべき。
 キーワード:破壊的イノベーション、持続的イノベーション、Christensen、ブルーオーシャン戦略、コンプレックスシステム、ボリュームオペレーション、コア、リバースイノベーション
参考リンク

ノート5:研究部門に求められるテーマ
2013.9.1)、旧版(2010.4.17)はこちら
 ポイント:研究にはイノベーション以外にも様々な業務が求められる。新規事業と既存事業のバランスをとる上でも研究部門に求められる業務を認識する必要がある。
 キーワード:未知、既存、頭を使う、体を使う、中核事業の安定、オープンイノベーション、10年ルール、宣伝、信用度、既存事業とのバランス
参考リンク

ノート6:研究部門が実施したいテーマ
2013.10.6)、旧版(2010.4.24)はこちら
 ポイント:研究部門はシーズを育てる役割を担うが、ニーズも考慮する必要がある。セレンディピティーも重要。テーマの判断主体によるテーマ分類の提案。
 キーワード:シーズ志向、ニーズ志向、暗黙知、形式知、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、レディネスギャップ、偽セレンディピティー、真のセレンディピティー、テーマ分類
参考リンク

ノート7:研究者の活性化
2013.11.10)、旧版(2010.5.1)はこちら
 ポイント:モチベーション理論、エンパワーメントのまとめ。研究者の活性化における注意点。
 キーワード:機能人、経済人、Maslow、欲求段階理論、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求、X理論、Y理論、動機づけ要因、衛生要因、内発的動機づけ、欲求説、過程説、期待理論、誘意性、達成動機理論、エンパワーメント
参考リンク

ノート8:研究者の適性と最適配置
2013.12.8)、旧版(2010.5.8)はこちら
 ポイント:研究に求められる様々な仕事と研究者の適性のマッチングが重要。研究への適性も考慮要。
 キーワード:適性、認知スタイル、行動類型、人を選んでから目的を考える、多様性、自律性
参考リンク

ノート9:研究組織の構造
2014.1.13)、旧版(2010.5.15)はこちら
 ポイント:あらゆるイノベーションに適したベストな組織形態を確立することは困難。それぞれの研究に適した組織構造とし、それをうまく運用することが重要。
 キーワード:機能組織、タスクフォース、階層性、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、ネットワーク組織、破壊的イノベーション、小さな組織
参考リンク

ノート10:研究組織の望ましい特性と運営
2014.2.16)、旧版(2010.5.22)はこちら
 ポイント:創造性発揮のために重要な要素は、自律性、目的・感情・価値観共有、多様性、浸透性ある境界・コミットメント、協働。
 キーワード:組織的知識創造、自律性、ゆらぎと創造的カオス、冗長性、最小有効多様性、ビジョン、針鼠の概念、コミュニケーション、弱い絆、公正なプロセス、協働
参考リンク

ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割
2014.3.30)、旧版(2010.5.29)はこちら
 ポイント:環境整備、仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、育成、ロールモデルが重要。
 キーワード:仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、ゲートキーパー、育成、経験、ロールモデル、ミドルマネジャー
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ノート12:研究プロジェクトの運営管理
2014.5.6)、旧版(2010.6.5)はこちら
 ポイント:計画よりも不確実性に対応して上手く実行することが重要。定型的な運営は難しいのでは?。
 キーワード:計画、戦略、創発的戦略、評価、方向転換、変化のスピード、心のエネルギー、プロジェクトマネジメント、ステージゲート、規律ある実験、リーンスタートアップ
参考リンク

ノート13:研究成果の活用
2014.6.1)、旧版(2010.6.12)はこちら
 ポイント:技術的な価値だけでは技術は普及しない。受け入れられるプロセスの理解が必要。
 キーワード:イノベーション普及、相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性、再発明、持続可能性、採用、選択的エクスポージャー、ハウツー知識、原理的知識、採用者カテゴリー、イノベータ、初期採用者、ラガード、革新性、能力信頼性、無難信頼性、行動経済学、情報ネットワーク
参考リンク

ノート14:研究成果の転用
2014.6.29)、旧版(2010.6.19)はこちら
 ポイント:知識としての研究成果の活用も重要。知識創造、ナレッジマネジメントの可能性。
 キーワード:特許、ノウハウ、組織的知識創造、知識変換、知識移転、ナレッジマネジメント、競争優位
参考リンク

補遺1:これだけは知っておきたい研究マネジメント知識
2014.8.10
 ポイント:研究活動と人間の特性をよく知り、イノベーションに参加する人の意欲を適切に管理することが重要。
 キーワード:研究の不確実性、人間の思考の限界、競争相手、破壊的イノベーション、アイデア、ニーズ、暗黙知と形式知、モチベーション、リーダー、多様性

補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識
2014.9.15
 ポイント:補遺1でとりあげた注意すべき項目に対して、どのように対応すべきかの具体策を議論しました。
 キーワード:創発的戦略、二重過程理論、複雑系、Porterの5つの力、破壊的イノベーション、Heilmeierの基準、ビジネスモデル、Canvas、イノベーション普及学、オープンイノベーション、ステージゲート、プロジェクトマネジメント、組織的知識創造、やる気を引き出す

補遺3:研究マネジメントにおいて気をつけるべきこと(問題点、弊害・・・)
2014.10.19
 ポイント:「こういうマネジメントはよくない」、「ここに気をつけなければいけない」という指摘を集めました。
 キーワード:固定観念、コンピテンシー・トラップ、エコシステムに伴うリスク、先進国企業の戦略の問題、衰退の5段階、コア・リジディティ、脱線する幹部、成果主義、加速の罠、チーム、プレッシャー



「日本のイノベーションのジレンマ」(玉田俊平太著)より

クレイトン・クリステンセン氏が提唱した破壊的イノベーションとイノベーションのジレンマの考え方の重要性については、本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート4破壊的イノベーションの現在、など)。ただ、「破壊的イノベーション」という言葉がクリステンセン氏の意図から離れた意味合いで使われているケースもあり、そのせいで混乱が生じている場合もあるように思います。

そこで、今回は、日本企業の事例を多く取り上げて破壊的イノベーションのポイントを解説している、玉田俊平太著「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」[文献1]を取り上げたいと思います。本書で著者は、「クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』や『イノベーションへの解』などでは、事例が欧米企業中心で文章もやや難解であり、しかもメッセージが複数の書物にまたがっているため、破壊的イノベーションの理論とそのための戦略を多くの人にきちんと理解してもらうためのハードルが高かった。実際、私が接した人々の多くは、クリステンセン先生の一連の著作を読了しているにもかかわらず、破壊的イノベーションの理論を正しく理解していなかった[p.8-9]」と述べています。確かに、クリステンセン氏の理論には多くの示唆が含まれていてポイントが掴みにくいことはあるように思いますし、その結果「破壊」という言葉が単なる大きな変化や、既存の優位性や秩序の破壊という意味で使われてしまうこともあるように思います。ある考え方や理論についての理解を深めるためには、その理論をさまざまな角度から見直してみることも有効だと思いますので、イノベーションのジレンマと破壊的イノベーションの理論のポイントを再確認する意味も含めて、本書の重要と思われるところをまとめてみたいと思います。

PART
 I、破壊的イノベーションとは何か
1章、破壊的イノベーターだった日本企業

・事例:トランジスタラジオで真空管ラジオを破壊したソニー、業務用ゲームを家庭で遊べるようにした任天堂のファミコン、キャノンのバブルジェット方式インクジェットプリンタ

2章、イノベーションとはそもそも何か
・「現在、多くの学者の議論により、①アイディアが新しい(=発明)だけでなく、②それが広く社会に広く受け入れられる(=商業的に成功する)、という二つの条件が揃って初めてイノベーションと呼び得る、というのが定説となっている[p.41]」
・何が変わるかによるイノベーションの分類[p.43-45]:プロダクト・イノベーション(「製品やサービスが変わる」)、プロセス・イノベーション(「製品やサービスは変わらないが、それを作る方法や届ける方法が変化する」)、メンタルモデル・イノベーション(「顧客の『認識(メンタルモデル)』が変わる」「認識が変化したことで顧客が製品やサービスを消費した際に感じる『価値』が増大」)。

3章、破壊的イノベーションとは何か
・持続的イノベーション:「今ある製品・サービスをより良くする=従来よりも優れた性能を実現して、既存顧客のさらなる満足向上を狙う・・・徐々に性能を向上させる『漸進的なもの』もあれば、一気に性能を向上させてライバル企業を突き放す『画期的なもの』ものある。[p.52]」
・破壊的イノベーション:「既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らないが、新しい顧客やそれほど要求が厳しくない顧客にアピールする、シンプルで使い勝手が良く、安上がりな製品やサービスをもたらす。[p.54]」「二つのパターンに分類できる。一つは、これまで製品やサービスをまったく使っていなかった顧客にアピールする・・・これは新市場型破壊と呼ばれる。そしてもう一つは、既存製品の主要性能が過剰なまでに進歩したために一般消費者が求める水準を超えてしまっている状況で、一部のローエンド顧客にアピールする・・・これはローエンド型破壊と呼ばれる。[p.55]」
・「無消費(nonconsumption)とは『顧客が何も持たない状態』のこと[p.56]」
・「破壊的イノベーションが起きている市場において、既存企業が陥るジレンマを、クリステンセン教授はイノベーターのジレンマと名づけた。既存顧客を満足させる持続的イノベーションでは無敵に近い大企業が、破壊的イノベーションには『なすすべもなく打ち負かされてしまう』ジレンマである。[p.70]」「企業は顧客と投資家に資源を依存している。企業は生き残るた顧客が必要とする製品やサービス、投資家が必要とする収益を提供しなければならない。そして、優れた企業には、顧客が求めないアイディアは切り捨てるシステムが整備されている[p.74]」。

4章、優良企業がジレンマに陥るメカニズム
・「顧客が製品に求める性能(ニーズ)には、生理的・物理的・制度的な理由などから利用可能な上限があり、その上限は時間が経っても変化しないか、ゆっくりとしか上昇しない[p.82]」。
・「既存の顧客が求める性能を向上させる持続的イノベーションにおいては、取り組むインセンティブやそのための資源を持つ既存大企業が圧倒的に有利だ。技術者は真面目なので、放っておくと今日よりは明日、明日よりは明後日と性能の向上にひた走る。そして、あるとき、供給している製品の性能が、顧客が『これ以上は要らない』と思う技術の需要曲線を超えてしまう。このようなときにしばしば、別の市場で使われていた技術や工夫、あるいは新しい技術や工夫によって低価格化を実現した製品・サービスが現れる。これらの製品・サービスの性能は、既存の主要顧客が求める性能よりもはるかに低いことが多く、当初、彼らには見向きもされない。・・・しかし、当初こそ性能が低いものの、こうした製品やサービスも持続的イノベーションの波に乗って徐々に性能を向上させ、市場をローエンドから浸食していく。[p.86]」
・「クリステンセン教授は、・・・企業の製品やサービスを取り巻く状況を持続的イノベーションの状況と破壊的イノベーションの状況の二つに分け、それぞれ異なる経営が必要だとしている。持続的イノベーションの状況とは、・・・自社の提供する製品の性能が、主要顧客の要求水準に追い付けていない状況だ。・・・この状況では、実績ある既存企業は積極的に競争に参加し、勝てるだけの資源も持っているため、ほぼ必ず勝つ。一方、破壊的イノベーションの状況とは、・・・自社が提供する製品の性能が、主要顧客の要求水準を超えてしまっている状況だ。この状況にある企業には、新規顧客や安価な製品を求める顧客をターゲットにした、シンプルで便利だが安くしか売れない製品やサービスの開発・提供が求められる。この状況では、新規参入者が既存企業を打ち負かす確率が高い。[p.88-89]」
・「要求の厳しいハイエンドの顧客獲得を狙う持続的イノベーションでは、既存企業がほとんど勝ち、既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らない破壊的イノベーションでは、新規参入してきた破壊的イノベーターが勝つ[p.96]」。

PART II
、なぜ、日本の優良企業が破壊されてしまうのか
5章、テレビに見るイノベーションの歴史

・「据え置き型テレビの性能向上は、・・・普通の消費者にとって『十分以上に良い』性能に達してしまっている。・・・テレビを取り巻く環境は、2000年代半ば以降、『持続的イノベーションの状況』から『破壊的イノベーションの状況』へと変化してしまった[p.115-116]」

6章、ガラパゴスケータイを「破壊」したスマートフォン
・「欧米のシンプルな携帯電話を使っていた顧客から見ると、スマートフォンはこれまでの携帯電話より欲しい機能が増えた『持続的イノベーション』であると言える。[p.130]」「スマートフォンはそれまでの日本のガラケーよりも機能が低かった・・・ため、ガラケーの主要顧客には魅力的に映らなかった。・・・つまりスマートフォンは日本市場では破壊的イノベーションであったと言って差し支えないだろう。[p.134]」

7章、自らを破壊するものだけが生き残るデジタルカメラの世界
・「ミラーレス一眼は、コンパクトデジタルカメラしか作っていなかったパナソニックやオリンパス、富士フィルムなどのメーカーにとっては製品の性能が向上する『持続的イノベーション』だったが、一眼レフメーカーのニコンやキャノンにとっては『破壊的イノベーション』となる。[p.167]」

PART III
、破壊的イノベーターになるための7つのステップ
8章、破壊的イノベーション3つの基本戦略

・「クリステンセン教授が一番推奨するイノベーションは、これまでに何も使っていない『無消費』の顧客をターゲットにした新市場型破壊だ。[p.179]」
・「新市場型の破壊の機会が見出せない場合には、『ローエンド型の破壊のチャンスを探す』のが第二のアプローチだ。特に、現在供給されている製品やサービスの性能が、多くの消費者にとって十分以上に良い、『過剰満足』の状況にあるとき、この戦略は特に有効である。[p.180]」
・「最後に残る道が、あくまでハイエンドを目指す持続的イノベーションのアプローチだ。だが、単に製品の性能を向上させたり、機能を増やしたりするのはお勧めできない。なぜなら、前述のように顧客が受け入れ可能な性能には上限があるからだ。『客観的価値』が飽和状況であれば、顧客が製品やサービスを受けたときに感じる『メンタルモデル』を変化させることで『主観的価値』を向上させるのがよいだろう。[p.182]」

9章、アイディアを生み出す「苗床」とは
・「ヤングは、実際のアイディアが生み出されるプロセスは、次の5つの段階を経ると述べている。[p.192-193]」:①資料集め、②資料の咀嚼、③腑化段階(咀嚼したデータをいったん意識の外に出し、脳が無意識下でそれらを組み合わせるのに任せるのが良い)、④アイディアの誕生、⑤アイディアの具体化・展開
・「イノベーションは基本的にチームワークの産物だ。個人がまったく独力でイノベーションを成し遂げられたケースは少ない。[p.200]」
・「フレミングの論文によれば、非常に似通った学問分野の人々で構成されるチームから生まれるイノベーションは『平均値』こそ高いが、飛びぬけて価値の高い『ブレークスルー』は生まれにくい。[p.203]」

10章、「用事」と「制約」を探すニーズ・ファインディング
・「多様な人材で構成されるチームができたら、次は、『顧客がどんな用事を片付けたいか(ニーズ)』を見つけ、『それを妨げるものは何か』を洞察しよう。[p.205]」
・「ルーク・ウィリアムスは、すぐに見つかるペイン(痛い)ポイントよりも、小さくて一見支障がないテンション(緊張)ポイント、つまりイライラがたまっている点を探して改善することに、イノベーションの可能性が豊富に眠っていると述べている。[p.207]」
・「無消費者は、既存の製品やサービスがまったく使えないか、あるいは既存の製品やサービスをやりくりして『用事』を片付けている。これは、無消費者がフラストレーション(テンション)を感じている状況だ。[p.215]」「無消費の状況では、製品やサービスの消費が何らかの『制約』によって妨げられている。・・・クリステンセン教授は、『スキル』『資力』『アクセス』『時間』の4つをあげている。[p.216]」

11章、破壊的アイディアを生み出すブレインストーミング
IDEOによる7つのルール:1、価値判断は後回しに、2、ワイルドなアイディアを促す、3、他人のアイディアの尻馬に乗る、4、数を求める、5、一度に一人が話す、6、テーマに集中する、7、可視化する。

12章、破壊度、実現可能性による破壊的アイディアの選定
・「数百のアイディアの中から、『適切な』アイディアを『選ぶ』ことは極めて重要なプロセスだ。[p.240]」
・アイディアの破壊的イノベーションとしての可能性(アイディア・レジュメ[p.242-243]、チェックすべき項目[p.244-252]、破壊度評価[p.252-254]で評価)、自社の戦略との整合性、収益可能性、確信度に基づいて評価する。

13章、破壊的イノベーションを起こす組織とは
・「クリステンセン教授の理論から導かれる『定跡』のうち、最も重要なものの一つが破壊的イノベーションは独立した別組織に任せよというものだ。[p.257]」
・既存組織の価値基準との適合度、既存組織のプロセスとの適合度によりどのような組織で行われるべきかが決まる。[p.257-259

14章、破壊的買収4つのハードル
・破壊的買収の4つのハードル[p.269-283]:①資源を買うのかビジネスモデルを買うのかを明確にする、②買収先企業の価値を正確に見極める、③妥当な条件で買収契約を結ぶ、④買収した企業を適切にマネージする。
・「破壊的イノベーションに既存企業が対抗する手段は、『破壊的イノベーター企業を自ら外部に独立した組織として設立する』か、『破壊的イノベーター企業を買収する』の二つしかない。[p.284-285]」
―――

破壊的イノベーションの視点から日本企業の事例を見てみると、日本企業が新興企業だった時代に成功を収めた理由、現在既存企業として壁にぶつかっている理由のいくつかは破壊的イノベーションの理論で説明できるように思います。もちろん、すべてのイノベーションが成功するかしないかをこの理論で説明できるものではないでしょうし、あるイノベーションが破壊的なのかどうかを明確に特定できない場合もあるとは思いますが、少なくとも、典型的な例については、破壊的イノベーションが辿るだいたいの傾向というものはかなり明らかだと思います。

実務的には、おそらく、典型的な破壊的イノベーションと持続的イノベーションの特徴をおさえた上で、その背景にある既存企業におけるイノベーションのジレンマのメカニズムを認識しておくことが重要でしょう。そして、自らが取り組む課題について、破壊的イノベーションの理論から示唆される結果を予測するとともに、実際に起きている状況を観察してその課題が破壊的(あるいは持続的)イノベーションの特徴をどの程度備えているかをチェックし、将来予測の軌道修正を行うことが必要なのではないでしょうか。本書に示された破壊的イノベーションの考え方の要点は、そんな際の実務上の指針となりうるように思います。

著者は、クリステンセン氏が著書「イノベーションのジレンマ」において、「本書の理論から考えて、現在のシステムが続くなら、日本経済が勢いを取り戻すことは二度とないかもしれない[p.8]」と予想していることを紹介し、破壊的イノベーションの理論を理解することで、日本経済の再活性化につながることを期待しています。一技術者としては日本経済の先行きにまで貢献することは難しいかもしれませんが、少なくとも自分たちが取り組んでいる研究開発の成功確率を高めるために、破壊的イノベーションについての理解を深めることは意味のあることではないか、という気がします。


文献1:玉田俊平太、「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」、翔泳社、2015.


「競争優位の終焉」(マグレイス著)より

研究開発(さらに広くはイノベーションを行うこと)の目的のひとつに、新たな技術(やビジネスモデル)で競争相手と差別化し、ビジネスにおいて優位に立つことがあります。自らの研究開発がうまくいけば、他者が持つ競争上の優位性を無力化し自社が優位に立てることになるわけで、言い換えれば研究開発(イノベーション)とは、従来の競争環境を変えて既存の競争優位の状況を終わらせるための行為ということになるでしょう。

従って、競争優位というものは固定的ではない、というのは研究者にとっては当たり前の前提とも言えるわけですが、一方、経営戦略論では「持続的競争優位」をどう作るかがよく議論されています。もちろん「持続的」とは言っても未来永劫不変という意味ではないはずなので、「持続的競争優位」という考え方が正しいかどうかという議論はあまり生産的とは思えませんが、近年この競争優位確立のための戦略という考え方が少し変わってきているようには思います。今回は、リタ・マグレイス著「競争優位の終焉」[文献1]をとりあげて、競争優位の考え方についての最近の変化と、イノベーションへの関連性について考えてみたいと思います。

著者は、「現在用いられている戦略のフレームワークやツールはほぼすべて、ある一つの考え方に支配されている。つまり、戦略の目的は持続する競争優位の確立だというものである。・・・本書で私は、この『持続する競争優位』という概念に立ち向かい、経営陣はそれに基づく戦略論を放棄する必要があると訴える。かわって、『一時的な競争優位』に基づく戦略について展望する。不安定で不確実な環境で勝つためには、経営陣はつかのまの好機を迅速につかみ、かつ確実に利用する方法を学ばなければならない。競争優位から最大の価値を引き出そうと、経営陣が頼りにし、組織に深く根づいた思考の枠組みとシステムは、今日の変化の激しい競争環境においては時代遅れであるばかりか危険な負債だと論じる。[p.iii-iv]」と述べています。要は、「持続的競争優位」に基づく従来の戦略論は、間違っているというより時代に合っていない、だから新しい「一時的な競争優位」つまり、競争優位の状態が長期に維持できないことを前提とした考え方が重要なのだ、ということでしょう。以下、その内容の中から重要と感じた点をまとめたいと思います。

第1章、競争優位の終焉
・「持続する優位性という想定が生み出す安定重視の姿勢は、命取りになりかねない。・・・熾烈な競争環境では、変化ではなく安定こそがもっとも危険な状態なのである。・・・安定という仮定はあらゆる間違った反応を引き起こす。既存のビジネスモデルに沿おうとする惰性と力を強める。人々の精神を型にはめ、習慣に従わせる。縄張り争いや組織の硬直化を招きやすい状況をつくる。イノベーションを妨げる。[p.8-9]」
・「私たちは何より、業界内の競争が最大の脅威だという想定を変えなければならない。・・・業界を基準に分析すると、往々にしてきめ細かさが足りないため、意思決定を下す必要のあるレベルで実際に何が起きているのかを判断できないということなのだ。市場セグメント、価格、詳細な地理的位置などの関係を反映した新基準の分析が求められている。私はこれを『競技場(アリーナ)』と呼ぶ。[p.10-11]」
・「既存の優位性がよい結果を出していても、リーダーはそこから資産と資源を引き揚げ、新たな優位性のために資源を確保する必要がある。・・・優位性はつかのまのものにすぎないから、既存のモデルは絶えずプレッシャーを受け、優位性の再構成・再構築や更新(基本的には新たな波を起こすこと)が必要になる。一時的優位性の環境では、『再構成』のプロセスは成功への重要なカギだ。というのも、再構成を通じて、資産、人員、能力がある優位性から別の優位性に移行するからである。[p.15-16]」
・2000年から2009年までに堅実でむらのない成長をなしとげた(純利益を一貫して5%以上増やした)企業を「例外的成長企業」として調査した。(調査の詳細は[p.17-19]参照)

第2章、継続的に変わりつづける――安定性とアジリティーの両立
・「一時的優位性の環境をうまく生き抜いてきた企業に見られるのは、古い優位性から絶えず資源を引き揚げ、新たな優位性の開発に投資するというパターンだ。(極端なリストラよりも継続的な変貌)[p.32]」
・「例外的成長企業は、とりわけビジネスモデルに関して、途方もない内部の安定性を保つ一方で、途方もない対外的なアジリティーを発揮する方法を見出して実行していた[p.39]」「私たちはきわめて不確実な事態に直面すると、どうしていいかわからずに立ちすくんでしまいがちだ。それゆえ例外的成長企業は、ソーシャル・アーキテクチャーを生み出し、社員が不確実性と変化になるたけ直面しないですむようにしてきた。実際、例外的成長企業の社員は、多くの典型的な組織の社員とくらべ、組織上の役割や構造に気を揉んだりして時間を無駄にすることはない。[p.39
・安定性の5つの源泉[p.39-48]:1、野望(「大きすぎるくらいの野望は長期的な変革にとって重要な意味を持つ・・・企業が独りよがりに陥って過去の優位性の追求で満足してしまわないためにも、それは欠かせない。[p.41-42]」)、2、アイデンティティーと文化(「文化および共有された価値観の創造が他社との差別化要因になる[p.42]」、3、人員配置、そう、だが人材開発も(「従業員があちこちに移動できる能力を身につけるための投資は、変革に対する巨大な障害を取り除くとともに、単なる人員の配置から移動能力の養成へ重心を移すことにほかならない[p.44]」、4、戦略とリーダーシップ(「上級幹部の多くは生え抜き[p.45]」)、5、安定した関係(「クライアント、エコシステムパートナーのあいだの関係もきわめて安定している[p.46]」)
・アジリティーの5つの源泉[p.48-58]:1、痛みを伴わない小さな変革を重ねる、2、予算編成で資源の抱え込みを許さない、3、柔軟性(「大規模な年度予算作成のプロセスや効率重視の価値観よりも、柔軟性の強化に投資する[p.52]」)、4、イノベーションを本業としてとらえる、5、オプション志向で市場を開拓する(「小さな初期投資をして好機を探り、うまくいきそうなものが見つかればその後もっと本格的に投資をする[p.55]」)

第3章、衰退の前兆をつかみ、うまく撤退する
・「持続する競争優位という想定と、よりダイナミックな戦略との最大の違いは、撤退――利用しつくされたビジネスチャンスから離れるプロセス――がイノベーション、成長、活用と同じく事業の中核をなすということだ。・・・撤退は失われた栄光の落胆すべき印というよりも、価値ある資源を解放し、ふたたび目的をもたせる手段とみなされる。[p.24]」
・衰退の早期警報[p.63-66]:イノベーションに対する収穫逓減、コモディティー化の進展、資産運用に対する収穫逓減、など
・6つの撤退戦略[p.69-88]:能力の価値(と、撤退実行にあたっての時間的制約によって判断。
・効率的な撤退のための2つの原則[p.85]:1、事業が終わったからといって重要な技術力を捨てない、2、何かをやめるという自社の決定によって悪影響をこうむる利害関係者を守る

第4章、資源配分を見直し、効率性を高める
・「一般的な企業では、資源配分は既存の有力事業によって決められ、前世代の競争優位を支配していた人々が力をもっている。・・・一時的優位を志向する企業では、資産の競争力はその会計上の価値と一致しないことが周知徹底されており、もはや競争力を失った資産は土壇場を迎える前に処分策が講じられる。こうした企業では、正味現在価値(NPV)から導かれた『残存価値』という概念とは異なり、企業が所有するものは『資産負債』――全資産の競争力を業界最高のレベルに維持するために必要な投資――であることが理解されている。・・・一般的な企業では資産を所有することがきわめて重要とみなされる。過去には資産の所有が参入障壁を生み出したからだ。一時的優位性をうまく管理できる企業は、現在では資産の所有ではなく資産へのアクセスのほうが、ある特定の方向にとらわれない柔軟性や拡張性をもたらすことを、また資産をすぐに利用できる能力が、実際に資産を所有する利点を失わせるケースが多いことを認識している[p.90-91]」
・「既存の大組織は、新たなアイデアに過剰な資金を投じてしまいがちだ。・・・その残念な帰結の一つに、事態が計画どおりに進まないときでも事業の継続に頑なに固執してしまうことが挙げられる。・・・不確実な環境でのもっと効率的なアプローチは、不確実性が減少した場合に限って資源を投じることだ。これは、オプション推論の基本原則である。[p.107]」「一時的優位に適応した企業では、資源を徹底して倹約しつづける行動規律が広く浸透している。肝心なのは、キャッシュフローが黒字になるだけの売り上げを確保できるまで、投資を最低限に抑えておくことだ。[p.110]」
・「消滅しつつある優位性から資源を引き揚げたら、今度は新たな優位性を生み出すためにそれを活用する番だ。[p.121

第5章、イノベーションに習熟する
・「一時的優位性の世界では、イノベーションは継続的で、中核的で、管理の行き届いたプロセスでなければならず、多くの企業でおなじみの気まぐれに満ちた試験的なプロセスであってはならない。試行錯誤や思いがけない失敗に対して寛容な実験志向、イノベーションの各段階を管理する明確なプロセス、イノベーターのためのキャリアパスなどが確立される可能性が高い。[p.25-26
・アイデア形成:「アイデア先行型アプローチでは、往々にして直観的な思考によってイノベーション・プロジェクトが生み出されるのに対し、『解決すべき課題』という視点は顧客が実現したいと願いながらできない課題を出発点にするのだ。言うまでもなく、顧客は自分のニーズがいかにして満たされるかが示されるまで、自分のニーズをはっきり表現できないことはよく知られている。例外的成長企業は、自社の戦略にふさわしいアイデアの種類を明確にしている。[p.130]」
・仮説:「アイデアの種を手に入れたら、・・・次なる段階は仮説プロセスである。この過程でコンセプトが具体化され、細部の計画が立てられる。・・・ここでの目標は、できるだけ迅速かつ安価に仮説を確かな知識へと転換することだ。[p.131-132]」
・育成:「イノベーションの育成プロセスを通じて、実際の事業のあるべき姿が学習される。この段階では、テストケースやプロトタイプが開発され、市場テストが実施され、膨大な数の仮説が検証される。[p.133
・加速:「イノベーション・プロセスの最終段階は、アイデアが実際に市場に投入され、商品化へ向けて規模を拡大するときだ。[p.134]」
・イノベーションに習熟する6つのステップ
1、現状を分析し、成長ギャップを明確にする:ビジネスチャンスのポートフォリオ分析は、「市場の不確実性」と、「能力や技術の不確実性」に基づいて分析する。中核事業では市場の不確実性も技術の不確実性も比較的低い。2つの不確実性が中程度の場合は、通常イノベーション・プロセスの規模拡大の段階。ポジショニング・オプションは「需要があることはわかっていても、それを満たすために必要な技術や能力の組み合わせはわからない」。スカウティング・オプションでは、「使い途が明確な能力や技術をもっていて、それを新たなアリーナへ拡大しようとしている状況」。足がかりとは「需要が生じ、やがてはそれに対応できるところまで技術が進歩すると考えられるが、その時期はまだまだ先という状況」。[p.142-145
2、上級幹部から支持と資源配分を受ける:「イノベーション・システムが機能するには、上層部の意思決定者の参加が欠かせない[p.146]。
3、イノベーション管理プロセスをつくりあげる:「お定まりのアプローチは、上級幹部で構成されるイノベーション委員会の設置である。[p.148]」
4、システムの構築と組織への導入に着手する:「重要な点は、従業員にまず、イノベーション向けの共通言語をもってもらうことと、日常業務に役立つこともイノベーションには役立たないと認識してもらうことだ。[p.149]」
5、具体的かつ現実的なことから始める:「顧客需要の見極め、市場規模の判定、プロトタイプの製作、ビジネスモデルの設計、仮説指向計画法、さらには、イノベーションに特有のその他あらゆるコンセプトが、ここで実践の段階を迎える。[p.130]」
6、イノベーションのサポート体制を築く
・「一時的優位性の世界では、イノベーションはやってもやらなくてもよいものではない。イノベーションは副業ではない。・・・イノベーションは、専門的に構築され管理されなければならない能力なのだ。[p.163]」

第6章、リーダーシップとマインドセットを変える
・「かつての成功モデルを変える必要性を率直に認め、進んで受け入れる姿勢は、一時的な競争優位を志向する企業のリーダーシップに欠かせないものだ。[p.168]」
・「変化の激しい優位性という難題に対処するには、より安定した時代とは異なる組織の想定とリーダーのマインドセットが必要だ。本当の情報を探し出し、悪いニュースに対峙し、適切な対策をとる能力と意欲がきわめて重要になる。[p.193

第7章、あなた個人への影響について考える
・「一時的優位性という概念は個人にもあてはまる。・・・個人も、ある時点で価値のあったスキルがいつまでも豊かで上質な人生を保証してくれると思ってはならない。[p.196]」
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昨今、競争優位がなかなか持続しにくくなっていることは多くの方が実感されているのではないでしょうか。その原因には、環境変化が速く、大きくなっているということが関係しているだろうことも多くの方が考えておられるとおりだと思います。では、それに対応して戦略を考え、行動しているかということになるとどうでしょうか。私が重要だと感じたのは次の点です。
・競争優位は持続しないことをまず(再)認識しなければならない。
・その状況において、変化の少ない環境を前提とした戦略手法に頼ることのリスクは大きい。
・競争優位を維持したければ、優位性のないものを捨て、優位性のあるものを次々と作っていかなければならない。
・新たな競争優位の獲得とイノベーションをうまく行うことは不可分といってもよい関係にある。
なお、著者は衰退の前兆をつかみ、変化することの重要性を指摘していますが、衰退の前兆はつかみにくいことが多いように思いますので、衰退しているかどうかは気にせず(衰退しているものと想定して)、積極的に変わることを心掛けるべきなのかもしれないと思いました。

もちろん、競争優位がどの程度持続するかは状況によって変わるでしょうから、本書の指摘はただちにすべての分野で重要になるというわけではないかもしれません。また、従来の戦略論も、全く無意味なものになってしまうわけでもないと思います。しかし、少なくとも研究開発やイノベーションに関わる実務者は、著者の考え方をよく認識しておく必要があるでしょう。イノベーションの進め方に関する著者の指摘も、なかなか示唆に富んでいると思いましたが、いかがでしょうか。よく言われることではありますが、「世の中で変わらないのは、常に変わり続けているということだけ」という言葉の意味を肝に銘ずべき時代になったということと思います。


文献1:Rita Gunther McGrath2013、リタ・マグレイス著、鬼澤忍訳、「競争優位の終焉 市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける」、日本経済新聞出版社、2013.
原著表題:The End of Competitive Advantage: How to keep your strategy moving as fast as your business

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