研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2016年04月

科学の話題・目次(2016.4.24版)

「科学の話題」というカテゴリーでは、社会や企業活動、研究開発と関係のありそうな科学の話題について書いています。この目次では記事表題とリンクをリストにしていますので、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割した別ページをご参照ください。

その1・・・要約入りはこちら
科学研究の動向
「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2012より2012.2.5)、参考リンク
「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2011より
2011.2.6)、参考リンクは上と同じ
論文から見た各国の科学力比較
2011.1.16)、参考リンク

科学と社会
科学と倫理(今道友信著「エコエティカ」より)2013.1.27)、参考リンク
「もうダマされないための『科学』講義」-科学でダマし、ダマされる状況について考える
2012.1.22)、参考リンク
科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション
2011.7.18)、参考リンク
技術で仕事はどう変わる?
2011.8.21)、参考リンク
「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)感想
2013.11.24)、参考リンク
「ザ・セカンド・マシンエイジ」(ブリニョルフソン、マカフィー著)より
2016.4.10)、参考リンク
理系と文系、とイノベーション
2011.5.1)、参考リンク
「科学嫌いが日本を滅ぼす」(竹内薫著)感想
2012.10.21)、参考リンク
「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)
2011.2.27)、参考リンク
「不完全な時代――科学と感情の間で」感想
2012.3.4)、参考リンク
「科学との正しい付き合い方」感想 (科学者とそれ以外の人との付き合い方?について)
2010.11.21)、参考リンク
科学的な考え方をシンプルに理解する(小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」感想)
2014.5.18)、参考リンク
動的平衡
2010.10.31)、参考リンク
「知の逆転」にみる科学の課題
2014.7.21)、参考リンク
科学とエンジニアリング(「エンジニアリングの真髄」(ペトロスキー著)より
2014.10.5)、参考リンク
「<科学ブーム>の構造」(五島綾子著)から学ぶこと
2014.12.7)、参考リンク
誤解を生む原因は何か(垂水雄二著「科学はなぜ誤解されるのか」より)
2015.4.19)、参考リンク
「人と『機械』をつなぐデザイン」(佐倉統編)より
2015.6.14)、参考リンク
「オートメーション・バカ」(ニコラス・カー著)より(2015.9.6)
参考リンク
「技術大国幻想の終わり」(畑村洋太郎著)より
2015.9.27)、参考リンク

研究開発事例
2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)2010.12.5)、参考リンク
1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2011.12.25)、参考リンクは上と同じ
3年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2013.12.23)、参考リンクは上と同じ
「偉大なる失敗」(リヴィオ著)より(2015.7.12)
参考リンク

研究マネジメント事例
祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授2010.10.11)、参考リンク
iPS細胞研究に見る研究の進め方雑感
2011.12.11)、参考リンク
MITメディアラボの研究マネジメント考
2012.12.31)、参考リンク

研究開発の方法
シチズンサイエンス考2012.7.1)、参考リンク
ロボットに研究ができるなら
2011.4.3)、参考リンク
ビッグデータ考
2013.5.6)、参考リンク
「オープンサイエンス革命」(ニールセン著)より
2013.10.27)、参考リンク
これからのモノづくり(アンダーソン著「MAKERS」より)
2014.3.9)、参考リンク
イノベーションを生む環境(ジョンソン著「イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則」より)
2016.2.28)、参考リンク


その2・・・要約入りはこちら
科学哲学関連
「理性の限界」「知性の限界」2011.9.19)、参考リンク
「感性の限界」(高橋昌一郎著)より
2012.11.11)、参考リンクは上と同じ
科学哲学の使い方(「理系人に役立つ科学哲学」感想)
2011.10.10)、参考リンク
「なぜ科学を語ってすれ違うのか」に学ぶ
2011.11.6)、参考リンク
「テクノロジーとイノベーション」感想
2012.4.1)、参考リンク
「科学を語るとはどういうことか」(須藤靖、伊勢田哲治著)感想
2014.4.13)、参考リンク

判断、予測、行動経済学、複雑系周辺
いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)2012.7.29)、参考リンク
科学的判断の受け入れ(「代替医療のトリック」感想)
2012.9.23)、参考リンク
多様性の意義(スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」より)
2013.2.24)、参考リンク
複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)
2012.6.10)、参考リンク
ネットワークの力(クリスタキス、ファウラー著「つながり」より)
2013.3.31)、参考リンク
「ファスト&スロー」(カーネマン著)より
2013.7.7)、参考リンク
「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」(ダン・アリエリー著)より
2013.8.11)、参考リンク
「集合知とは何か」(西垣通著)より
2013.9.23)、参考リンク
ベキ乗則の可能性(バラバシ著「バースト」より)
2014.2.2)、参考リンク
「意思決定理論入門」(ギルボア著)より
2014.6.15)、参考リンク
データから言えること(ソーバー著「科学と証拠」より)
2014.8.24)、参考リンク
「誤解学」(西成活裕著)感想
2014.11.9)、参考リンク
「無意識のわな」(日経サイエンス2014年5月号特集)とマネジメント
2014.12.28)、参考リンク
「バグる脳」(ブオノマーノ著)-思考、判断のバイアスと誤りを理解する
2015.1.25)、参考リンク
無意識の作用(ムロディナウ著「しらずしらず」より)
2015.3.22)、参考リンク
クリティカルシンキングの活用(伊勢田哲治+戸田山和久+調麻佐志+村上祐子編「科学技術をよく考える」より)
2015.5.17)、参考リンク
「影響力の正体」(チャルディーニ著より)
2015.11.23)、参考リンク
データを使う前に(ファング著「ナンバーセンス」より)
2015.12.20)、参考リンク
「0ベース思考」(レヴィット、ダブナー著)より
2016.1.24)、参考リンク
関連記事
意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)
2012.10.28)、
参考リンク
複雑系経営(?)の効果2012.5.6)、参考リンク

ヒトの行動、社会、進化
「ヒトは環境を壊す動物である」感想2010.12.26)、参考リンク
「利他学」(小田亮著)より
2012.12.2)、参考リンク
進化心理学からの示唆(「友達の数は何人?」ロビン・ダンバー著)より
2012.8.26)、参考リンク
「働かないアリに意義がある」感想
2012.4.22)、参考リンク
利他性と協力
2012.5.13)、参考リンク
天才の創造性の源泉とその活用
2013.6.2)、参考リンク
協力とフリーライダーと罰(大槻久著「協力と罰の生物学」より)
2015.2.22)、参考リンク
「競争の科学」(ブロンソン、メリーマン著)より
2015.8.9)、参考リンク
脳科学の使い方(ミチオ・カク著「フューチャー・オブ・マインド」より
2015.10.25)、参考リンク


破壊的イノベーションに対抗するには(「The Other Disruption」(Gans著HBR2016,Mar.)より)

破壊的イノベーションを武器とする新規参入者が現れたとき、既存企業はどう対応すべきなのか。破壊的イノベーションによって既存企業が打ち負かされる事例が広く認識されるに従い、破壊的イノベーションをどう起こすかやそれを武器とする新規参入者にどう対抗すべきなのかは既存企業にとっての重大な関心事になりつつあると思います。既存企業にとって、破壊的イノベーションへの適切な対応は本来的に難しく、だからこそ破壊的イノベーションに既存企業が敗れ去る事例が多いわけですが、それでも新規参入者を退けて生き残りに成功する既存企業もあります。今回は、Joshua Gans著「The Other Disruption」[文献1]に基づいて、破壊的イノベーションへの既存企業の対応について考えてみたいと思います。

著者は破壊的イノベーションを”demand side””supply side”に分けて議論しています。まず、顧客需要のパターンを破壊するプロセスについて、「最初は、ニッチな顧客には魅力的だが従来の評価基準では主要製品よりは劣ることもあるイノベーティブな製品を新規参入者が開発する。顧客ははじめはそのイノベーションを拒否するが、急速に性能を向上させるに従い受け入れるようになり、新規参入者は既存企業にとって真の脅威となる。」と説明し、このようなイノベーションを”demand side”の破壊的イノベーションとしています。そして、こうしたイノベーションに対する防御法としては、「新規参入者を買収するか、自らを破壊して自律的な組織を立ち上げ破壊的になりうるイノベーションを探究することを委ね、破壊的イノベーションが業界を支配しはじめるとその技術を主な活動に取り込んで自らを変えていくことが一般的だと述べています。しかし、そうするには今までの製品製造や流通のやりかたを根本から変える必要があるため、新しい技術を主流の技術にすることは難しく、それが供給側、”supply side”での破壊を生む、と述べています。(iPhoneBlackBerryの例が紹介されています)

本論文では、破壊に直面し、このような組織構造の大変革を伴う構造的破壊(architectural disruption)を何度も乗り越えた企業に関する研究から見出された、長期にわたる生き残りのための3つの方策(以下にそれぞれを解説)が紹介されています。

統合The Virtue of Integrationintegrated organization model
・構造的イノベーションを生き延びる第一のルールは、統合された組織モデル(integrated organization model)をつくることだ。これは、経営学者Rebecca Hendersonによって、1987-1988に行われた半導体露光装置産業の研究がルーツとなっている。
・この産業には4つの破壊的イノベーションの波があった。その間、各企業の市場シェアには大きな変動があったが、その中でシェアを維持しつづけていたのはCanonである。Hendersonは、Canonが異なる世代の技術に同時に投資できる統合された組織構造(integrated organization)をより強く持つことを見出した。Canonは、緊密に結びつけられたチームを醸成し、広い範囲の能力とすべての世代の技術の経験を保有していた。
・これに対し、競合会社は、古い製品構造に基づく組織となっており、構成要素に関する専門的限定的な知識を築き、素早いが効率や性能を上げる漸進的なイノベーションを生むことに焦点をあてていた。
・また、Canonは先行者の利益(first-mover advantage)を捨て、次世代製品については競合よりも数年遅れていた。しかし、競合のイノベーションから学び、そこから得られる洞察を部品のみならず製品構造に適用して再発明する点で優れたやり方だった。実際、そのようにしてproximity printerscanning projectionという2つの破壊的技術を内部で生んでいる。
・競合も、新技術の価値は認識していたが、彼らの組織モデルがイノベーションに抵抗してしまった。(競合である)Kasperは新技術を取り入れた製品(contact aligner)をいち早く出したにもかかわらず、そこから利益をあげられなかった。新たな能力を導入するにはalignerの部品相互の関係を変える必要があったことを理解していなかったためである。

独自の資産The Importance of Unique Assetsownership of a feature important to the end customer
・「Canonのアプローチを取ることの大きなリスクは、先行者利益を喪失することである。このリスクは、しかし、破壊されつつある製品の構造のコア要素、顧客が評価するようなもの、を保有している場合には避けることができる。」
・植字業界ではMergenthalerが長く支配的な地位を保っている。溶融金属を使う方法に代わって、写真製版の技術が現れた時、競合のIntertypeはいち早くKodakなどと連携して、基本的構造は変えずに新技術を付け足した新製品を投入した。しかし、Mergenthalerの戦略はそれとは異なり、最初の新製品の試みが失敗した後は、単なる新製品ではなく、全く新しいモデルを設計するため、新技術の専門家を採用して既存のチームと融合させ、Canonの場合と同様、10年をかけて新製品を開発した(Mary Tripsasの研究による)。
・このようなことが可能だったのは、Mergenthalerがフォントを保有していたためである。当時の主要顧客である新聞社や出版社は見た目や感じを保つためにフォントに依存しており、技術が変わってもフォントへの需要は減少しなかったからだ。
・もちろん、競合もフォントを保有していたが、Mergenthalerはフォントの保有によって確保された考える時間を有効に活用して、新技術を取り込んだ構造的破壊を検討し、明らかに優れていることがわかる新製品を提供した。

アイデンティティThe Power of Identitystrong sense of corporate identity
MergenthalerのケースもCanonのケースも最終製品の機能は変わらなかった。だが、構造的破壊は価値提案も基本的に変えてしまい、製品の開発や製造の方法の変更に伴って企業の戦略の再構築が必要になることもある。そのよう例が写真業界である。
PolaroidKodakが写真のフィルムからデジタルへの移行に失敗したのに対し、Fujifilmはうまく移行できた。Mary Tripsasは、その説明として、「企業が、顧客のニーズや望みの周辺に外部指向のアイデンティティを築いていて、新興の技術や市場がそれを支持するときには、その強みを損なうことなく資源や資本をめぐる不可避の対立を管理できる。」と述べている。
Fujifilmはその能力の多様さから、自らにフィルムメーカー、写真関連企業という以上の定義を与えることができていた。1978には自身を”audio-visual information recording company”と説明し、これが狭い写真分野から広い「イメージと情報」分野への移行の最初のステップとなった。例えば、Fujifilmのデジタルイメージング部隊はメインのR&D部門の中に統合されていたが、Polaroidでは、別になっていた。”information and imaging”企業となることで、Fujifilmはデジタル領域でも繁栄できた。

本当のジレンマ
・「組織を統合するには、技術に埋め込まれた構造的な知識が上層部に届くよう、マネジャーがチーム間を飛び回ったり、多くの古い技術、新しい技術を同時に扱うクロスファンクショナルチームを設けることが必要となる。このモデルは、モジュラー構造や独立した次世代製品開発チームのような、高業績を目指した伝統的な処方とは正反対のものだ。」
・「モジュラー型組織は部品のイノベーションには効率がよいが、部門間のバリアーを生み、新しい構造的な知識が統合されて主要なビジネスになる道を閉ざしてしまう。」
・「demand-side disruptionに対しては、出現した破壊者を買収したり協力したりすることで対処できることもある。著者の研究では、破壊者と既存企業が実際にうまく協力できることを示しており、果敢な破壊者が既存企業にとってかわるという、従来言われている破壊のストーリーは標準的ではないことを示している。」
・「企業は、先手を打って構造的な破壊を管理することに注意の大半を向けるべきである。なぜなら、それらが会社を終わらせることになりがちだからだ。マネジャーは、破壊の過程でも比較的変わらない最終顧客の経験の主要部を保有するなりコントロールするなりしながら、深く統合された組織を作り、包括的なアイデンティティを築いて、構造的なイノベーションを吸収し用いることができるようにすべきである。」
・「破壊に関していえば、最もうまく生き残る企業は、一般に最もよい業績をあげられない。」「同様に、業績の最もよい企業は、遅かれ早かれその企業を時代遅れにしてしまうような破壊に直面する運命にある。」
―――

著者の言うsupply sideの破壊、構造的破壊(architectural disruption)の困難さは、Christensenが「イノベーションのジレンマ」で述べた、優良企業が、その優れた経営のために破壊的イノベーションへの対応に失敗してしまうということと基本的には同じ考え方のように思います。Christensenは、既存企業が持つ、優れた経営をもたらす考え方や仕組みのゆえに、新規参入を軽視したり見過ごしてしまったりし、破壊的イノベーションに対して資源が割かれにくくなったりすることを指摘していますが、本論文の事例も同じ傾向に沿ったものと考えることができるでしょう。

ただ、著者のいう破壊的イノベーションの例が、Christensenの定義[例えば文献2]には合っていないかもしれない、という点は若干気になりました。しかしこの点は、著者の問題提起の本質が、既存企業は環境変化への対応が苦手である、という一般的なものであると考えれば、そう厳格に考える必要はないかもしれません。破壊的イノベーションであれ何であれ、既存企業は、環境変化(本論文では新技術の登場)にどう対応すればよいのか、という問いへの著者の主張には参考になる点が多いのではないでしょうか。

著者が指摘している対応の3つのポイントを言い換えると、多様な考え方と能力の統合、顧客にとっての価値の本質をおさえること、包括的なアイデンティティ、ということになると思います。このうち多様な考え方と能力の統合と包括的なアイデンティティは、何かに特化するのではなく、何でもできる能力を身につけて変化に対応するということになるでしょう。一方、顧客にとっての価値の本質は「変わらないもの」は何かを認識するということになると思います。また、著者は、モジュール化(業務分担)による効率化や拙速な対応には否定的です。個人的には拙速な対応で失敗してもそこから学ぶことができればよいのではないかと思いますが、要は、速くても場当たり的、思いつき的な対応ではダメで、本質を深く考察して理解することが重要であると指摘しているのだと思います。要するに、広くかつ深く考えなければいけないということでしょう。確かにそれでは効率は上がらないかもしれません。しかし将来の変化に対応するための投資と考えられないこともないと思います。Christensenも、破壊的脅威に対して既存企業はどのように対応すればよいかはまだ不明確だと述べています[文献2]。破壊的イノベーションへの対抗に成功した企業の事例から学べることは多いかもしれません。


文献1:Joshua Gans, “The Other Disruption”, Harvard Business Review, March 2016, p.78.
文献2:Clayton M. Christensen, Michael E. Raynor, Rory McDonald, “What Is Disruptive Innovation?”, Harvard Business Review, December 2015, p.44.(本ブログ記事「破壊的イノベーションとは何か?」)



「ザ・セカンド・マシンエイジ」(ブリニョルフソン、マカフィー著)より

技術の発達は世の中をどう変え、我々の生活にどんな影響を及ぼしているのか。技術に関係する仕事に就いている者であれば、自らに直接影響があるかないかに関わらず考えておくべき問題だと思います。以前、本ブログでは、新井紀子著「コンピュータが仕事を奪う」、ブリニョルフソン、マカフィー著「機械との競争」を取り上げましたが、今回は、ブリニョルフソン、マカフィー著「ザ・セカンド・マシンエイジ」[文献1]を取りあげたいと思います。この本の「謝辞」によれば、この本は、出版エージェントからの「私たちが自費出版した電子ブック『機械との競争』をもっと発展させて紙で出す気はないか[p.413]」という提案によって書かれたものとのことですが、私が前著で特に興味深く感じた技術の進歩と雇用の関係に関する問題提起の議論がさらに深められ、考える材料も多く提供されていますので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。

第1章、人類の歴史の物語

・「第1章~第6章では、セカンド・マシン・エイジの基本的な特徴を取り上げる。[p.31]」
・「産業革命は、人類の歴史において『第一機械時代(ファースト・マシン・エイジ)』を導く扉を開いたのである。このとき初めて人類の進歩を牽引する主役が技術の力になった。・・・そしていま人類は、『第二機械時代(セカンド・マシン・エイジ)』を迎えている。コンピュータをはじめとするデジタル機器は、『目的に向けて環境を制御する頭脳の能力』を発揮する。かつて蒸気機関が肉体労働において実現したことを、知的労働において実現すると言えるだろう。・・・この新しいマシン・エイジが人類史のグラフにもたらす変化・・・がどのようなものでなぜ起きるのかを解き明かしたい[p.25-26]」。
・「私たちはおおまかに3つの結論に到達した。第一に、人類は現在、デジタル技術が驚異的に発展する時期に立ち会っている。・・・第二に、デジタル技術がもたらす変化は総じてよいものである。・・・第三の結論は、・・・デジタル化は困難な問題も引き起こす、ということだ。[p.27-29]」

第2章、機械とスキル
・「計算は、確立されたルールを適用するだけで実行できる。ルールに従うことはコンピュータにとって得意中の得意であるから、計算はコンピュータにやらせるべきだと結論できる。・・・計算とは反対側の端に位置付けられる情報処理タスクは、ルールやアルゴリズムに従わないタスクである。それは、人間のパターン認識能力に依存するタイプのタスクだ。・・・レビーとマーネインによれば、このようなタスクはコンピュータにはこなせないため、今後も引き続き人間の仕事となる。[p.40-41]」
・モラベックのパラドックス:「『一般通念に反して、高度な推論の実行にはコンピュータの演算能力をほとんど使わないが、ごく初歩的な知覚・運動スキルの習得には膨大な能力を費やすこと。・・・』[p.56]」(ウィキペディアより)
・「いま私たちは、セカンド・マシン・エイジの夜明けを迎えている。なぜいまなのか・・・注目すべきは、指数関数的な高性能化、デジタル化、組み合わせ型イノベーションという3つの特徴である。[p.69-70]」

第3章、ムーアの法則とチェス盤の残り半分
・「最小コストで得られる素子の性能は、おおざっぱに言って、1年間に2倍のペースで上昇する・・・これがムーアの法則の元の形である。・・・現在では18ヶ月ごとに倍増するという法則が広く受け入れられている。[p.76-77]」
・「ムーアの法則のように何かが倍々に増える現象が一定期間続くと、最後のほうではとんでもない数になり、最初がごくわずかな数だったとはとても信じられなくなる。・・・こうした増え方を、専門家は『指数関数的に増える』と言う。[p.80]」「人間の脳は、指数関数的な増加が持続したらどうなるかをあまりよく理解できない。[p.82]」
・「なぜいまセカンド・マシン・エイジを迎えようとしているのか、それを説明する第一の理由がこの指数関数的進歩であることを思いだしてほしい。・・・残り半分にさしかかったら、最初の半分で起きたことは、もはやこれから起きることの指針にはならない。・・・いったい何が起きるのか、どこに到達するのか、わからなくなると肝に銘じておかなければならない。[p.97]」

第4章、デジタル化の大波
・「デジタル化の爆発的拡大は、大きく分けて2つの結果をもたらす。一つは知識獲得に新しい道を拓くこと。もう一つは、イノベーションを加速することだ。[p.107]」
・デジタル情報固有の2つの経済特性:「デジタル情報は使っても減らないし、複製をつくるコストがべらぼうに少なくて済む。[p/107-108]」

第5章、組み合わせ型イノベーション
・「汎用技術には、経済の拡大ペースを加速させるという重要な経済的価値がある。・・・情報通信技術(ICT)は蒸気機関や電気と同じく、汎用技術に該当すると断言できる。[p.129]」
・「デジタル・イノベーションはまさに組み合わせ型イノベーションだと言える。一つひとつの要素は未来のイノベーションの積み石となるのであって、一回限りで使い尽くされるのではなく、積み上がっていく。[p.136]」「ウェイツマンは次のように書いている。・・・経済発展の初期段階では、有望なアイデアの数が成長の足かせとなる。だがその後は、アイデアを選別し、組み合わせてイノベーションに変える能力のみが足かせとなるのだ。[p.138]」「この答えがいくらかでも正しいとすれば、大事なのはアイデアの組み合わせを見つける能力を増やすことになる。そのために有効な方法の一つは、組み合わせ発見プロセスにもっと多くの人を巻き込むことだ。そしてデジタル技術は、まさにそれを可能にしてくれる。[p.138-139]」

第6章、人工知能とデジタル・ネットワーク
・「私たちは組み合わせ型イノベーションの力を信じており、その発展が人類の進歩を後押しすると期待している。・・・セカンド・マシン・エイジを特徴付けるのは無数の人工知能であり、相互に結ばれた数十億の人々の頭脳である。この二つが重なり合うことによって、これまでの進歩の影を薄くしてしまうほどの大きな可能性が拓けるにちがいない。[p.160]」

第7章、セカンド・マシン・エイジのゆたかさ
・「第7章~第11章では、こうした技術の発展がもたらす経済的影響として、ゆたかさと格差について論じる。[p.31]」
・「汎用技術がもたらす生産性の伸びは、いつも遅れてやってくる。電化の恩恵は、補完的イノベーションが次々に出現したおかげで、一世紀近くにわたって続いた。デジタル技術がもたらす恩恵も、電気にけっして劣るものではない。ムーアの法則が今日突然効力を失うとしても、補完的イノベーションの後押しによって今後数十年は生産性が伸び続けると期待できる。[p.174-175]」

第8章、GDPの限界
・「経済学者、評論家、ジャーナリスト、政治家といった人たちはGDPに注意を払い、その変動に一喜一憂するが、すべての項目が正確に計測されたとしても、GDPが私たちの幸福や生活満足度を数値化できているわけではない。・・・公式の統計では現在の幸福や充足が過小評価されていることはあきらかである。それどころか、セカンド・マシン・エイジにおいては、統計データを鵜呑みにすると現状を見誤る恐れがある。[p.183]」
・「セカンド・マシン・エイジにおける生産は、物理的な設備や組織構造よりも、次の4通りの無形資本財に依存する度合いが高い。知的財産、組織資本、ユーザー生成コンテンツ(UGC)、人的資本である。[p.195]」

第9章、セカンド・マシン・エイジの格差
・「およそ200年にわたり、賃金は生産性と歩調をそろえて上昇してきた。となれば、技術は万人を救うと考えたくなる。だがここに来て、生産性は上昇しても賃金の中央値は上がっていない。両者は連動しなくなったのである。[p.213]」「中央値の伸び悩み、さらには減少は、大幅な所得の再配分が起きたことを意味する。平たく言えば、成長の恩恵を受けた人と受けなかった人がいるということだ。[p.218]」
・「不平等拡大の・・・重大な原因は、経済を支えるテクノロジーの変化である。具体的には、指数関数的な高性能化、デジタル化、組み合わせ型イノベーションの出現が不平等の拡大を助長した。[p.219]」「こうした経済の構造変化は、互いに重なり合う3通りの勝ち組と負け組を出現させる。・・・最初の2つの勝ち組は、・・・物的資本(機械設備、知的財産、金融資産)を蓄積してきたいわゆる資本家と、人的資本(教育、経験、スキル)を蓄積してきた高スキル労働者だ。・・・そして3つめの勝ち組は、スーパースターだ。特別な才能(あるいはとてつもない幸運)に恵まれた人たちである。どのペアでも、デジタル技術は勝ち組に大きく報いる一方で、負け組の経済的な存在意義を低下させ、退場に追いやることさえある。[p.220]」
・「機械にとっての得手不得手を分ける一線はどこにあるのか。・・・定型的な仕事の需要は、肉体労働であれ、非肉体労働であれ、激減しているという。・・・中程度の報酬の仕事が減る一方で、非定型・非肉体労働(金融アナリストなど)と非定型・肉体労働(美容師など)の需要は堅調である。[p.226]」

第10章、最強の勝ち組はスーパースター
・「多くの産業で、ナンバーワンとセカンドベストの所得格差は開く一方だ。・・・勝者総取りの傾向が強まれば、一握りの上位が中間層の所得を奪いとるため、所得格差は一段と拡大することになる。[p.244]」
・「なぜ今日では、勝者総取り市場が増えてきたのだろうか。原因は、製造・流通技術の変化にあると考えられる。とりわけ重要なのは、次の3点だ。1デジタル化、2通信・輸送技術の進歩、3ネットワーク効果と標準化。[p.252]」
・「スーパースター経済に逆風が吹いていないわけではない。中でも注目すべきは、ロングテール現象だろう。これは需要の小さいモノやサービスへのアクセスが容易になることで、そうしたニッチ商品の売り上げが一握りのヒット商品の売り上げを凌駕する現象を指す。・・・そうなれば、スーパースターに真っ向勝負を仕掛けるのではなく、自分の『売り』に特化し、ニッチ市場を拵え上げて世界のナンバーワンになってしまうという戦略が成り立つ。[p.258]」
・「スーパースター(およびロングテール)市場の分布は、べき乗則またはパレートの法則に従うと考えたほうがうまく説明できる。べき分布では、ほんの少数の上位が突出して数を稼ぎ、大多数の下位が少数を分け合う。これを80対20の法則と呼ぶこともある。・・・ファットテールとは、平均から極端に離れた事象の発生確率が正規分布から予想される確率よりも高い現象を意味する。[p.262]」「べき分布では、直感に反するような経過をたどって所得格差が拡大するのである。[p.263]」

第11章、ゆたかさと格差は何をもたらすか
・「テクノロジーがもたらすゆたかさは、格差を埋め合わせてあまりあるという楽観的な確信を捨てて、私たちは逆の心配をしなければならない。この先、格差がゆたかさを減らしてしまうのではないか、と。[p.281]」
・「人間の労働には許容しうる賃金の下限が存在する。そしてこの下限の存在が、失業を生み出す。・・・歴史を振り返ると、かつては貴重だったインプットの多くがこういう運命に陥ったことがわかる。たとえば鯨油がそうだし、馬もそうだ。今日の経済においては、たとえただで提供されるとしても、これらは必要とされない。言い換えれば、技術は不平等を生み出すと同時に失業も生み出す。[p.290]」
・「この20年ほどの間にオフショアリングされた仕事を調べてみると、定型的、反復的で組織化された仕事が多いことに気づく。しかしこれらはまた、自動化しやすい仕事でもある。・・・オフショアリングは、自動化に向かう過程の通過点に過ぎないと言えそうである。[p.297]」

第12章、個人への提言
・「第12章~第15章では、セカンド・マシン・エイジにふさわしい政策を論じる。[p.32]」
・「『新しいアイデア』を生み出すことこそ、コンピュータがまだできないことの一つである。[p.308]」「科学者は新しい仮説を立てる。作家は読者の心を打つストーリーを描く。シェフは新しいレシピを考案する。エンジニアは組み立てラインがうまく流れない理由を考える。スティーブ・ジョブズは人々がいま何を欲しがっているかを考える・・・・・・これらの活動はコンピュータの助けを借りるし、コンピュータによってスピードアップする。だがコンピュータがやるわけではない。[p.309]」「将来的には、うまくロボットと一緒に働ける人ほど高い報酬を得ることになるだろう(未来学者ケビン・ケリーの言葉)[p.311]」
・「セカンド・マシン・エイジに人間が貴重なナレッジ・ワーカーであり続けるために、私たちは次のことを提言する。読み書き算数だけで終わらず、発想力、広い枠でのパターン認識能力、複雑なコミュニケーション能力を養うことだ。そして可能な限り、自己学習環境を活用するとよい。[p.316]」
・「将来的には人間の仕事は、情報だけを相手にする仕事、すなわちデスクの上だけでこなせるような仕事よりも、そうでない仕事、すなわち現実の世界を動き回り、いろいろな人と接する仕事の比重が高まるだろう。[p.322]」
・「デジタル技術に関して私たちの学んだことが一つあるとすれば、それは、『絶対と言い切れることは一つもない』と言うことだ。[p.324]」

第13章、政策提言
・「現時点では、雇用問題への最善の解決は経済成長である。[p.334]」
・「技術がすばらしい勢いで発展する時期には、技術そのものについてやるべきことはあまりない。それよりも、経済成長を促し、より多くの機会を創出することの方が重要だ。そのためには何をすべきか――以下に掲げるのは、経済学の教科書に則った基本政策である。[p.335-361
1、初等・中等教育を改善する(デジタル技術の有効活用、先生の報酬を高く、責任を重く)
2、起業環境を整備する
3、求人と求職のマッチングを強化する
4、科学者を支援する(「経済学的な観点からすれば、基礎研究はきわめて大きな正の外部性をもたらす[p.349]」、賞金)
5、インフラを整える(世界から人材を呼び込む)
6、賢く課税する(公害に課税するピグー税のような方法、超過利潤への課税など)

第14章、長期的な提言
・「労働は、人間を人生の三悪、すなわち退屈、悪徳、困窮から救ってくれる[p.373](ヴォルテール)
・「所得保障は困窮から救ってくれるかもしれないが、他の二つの悪には効き目がない。[p.373]」「オズワルドによれば、失業状態が6カ月以上続くと幸福感をはじめとするメンタルヘルスは著しく悪化・・・するという。その主な原因は、稼ぎがなくなるというより、プライドや自身を傷つけられることにある。[p.374]」
・「負の所得税は、最低所得保障と就労のインセンティブを組み合わせた措置と言える。[p.378]」
・「マシンに対抗するのではなく、マシンとペアを組むなら、もっといろいろなことができる。[p.383]」
・「おそらくいちばんいいのは、政策実験を行い、アイデアを組織的にテストして成功と失敗から学ぶことだろう。[p.390]」「成功のカギは、多くの人のアイデアから学んでそれぞれの国や社会に適したものを実現していく意志に、開かれた精神と開かれたシステムにある。[p.391]」

第15章、テクノロジーと未来
・「いま人類は変曲点にさしかかっていると自信を持って言える。[p.399]」
・「高度化する一方の技術が引き起こす負の影響は、格差拡大にとどまらない。いまや経済以外の面でも深刻な問題を心配しなければならないようだ。それは、テクノロジーが意図せず引き起こす予想外の重大な副作用である。[p.400]」
・「長期的にほんとうに問題になるのは、経済を成長させることではない。機械がこなす仕事がどんどん増えてきたら、人間は仕事以外のことに使える時間が増える。娯楽やレジャーばかりでなく、発明や発見、創造や生産、そして愛や友情や助け合いといった、より深い満足が得られることに時間を使えるようになる。・・・ファースト・マシン・エイジがエネルギーの力を解き放ち物理的な世界を変える役割を果たしたとすれば、セカンド・マシン・エイジは人間の創意工夫の力を解き放つと期待できる。そのためには、技術的な選択とともに、新たな組織や制度の設計が大切になる。・・・セカンド・マシン・エイジには、何をほんとうに欲するのか、何に価値を置くかについて、個人としても社会としても深く考えることが求められる。[p.408-409]」
―――

何であれ、未来に起こることを予測するのは難しいものです。加えて、変化の大きい時代においては「今どうなっているか」を理解することも容易ではありません。しかし、本書を読むと、技術が世の中に与える影響について考える材料がだいぶ増えてきているように感じます。著者の現状認識、予測、提言が妥当かどうかの結論は直ちに下せるものではないとしても、将来こういうことが起こるかもしれない、という可能性をいくつか示し、考える視点と材料を提供してくれている点は、非常に参考になると感じました。

こうした技術をつくり出したのは研究者、技術者たちとはいっても、それが自分たちにとっての脅威にもなり得ます。一方では、研究者たちはコンピュータとの協働という点では世の中の最先端にいるのかもしれません。コンピュータは何が得意で、人間は何が得意なのか。どう使えば最もよい結果が得られるのか。セカンド・マシン・エイジについて考えることはこれからの時代にどういう研究をどう行うべきかを考える上で役に立つとともに、研究の実践からは機械と上手につきあっていくためのノウハウが得られるのではないかという気がします。技術の第一線にいる者として、技術の内容だけにとらわれない広い視野を持つことがますます求められるようになるのかもしれません。


文献1Erik Brynjolfsson, Andrew McAfee, 2014、エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著、村井章子訳、「ザ・セカンド・マシンエイジ」、日経BP社、2015.


「先生、イノベーションって何ですか?」(伊丹敬之著)より

研究開発やイノベーションに携わる者であれば、おそらく皆それぞれの研究観、イノベーション観を持っていると思います。しかし、世の中にはイノベーションのことなど考えたこともない人もいるでしょうし、技術系の企業であってもすべての社員がイノベーションを同じように捉えているとはかぎりません。人の知識や置かれた環境がその人の考え方に影響を与えていることは当たり前のこととはいえ、こうした考え方の違いが思わぬところで、研究プロジェクトの障害になってしまうことも起こります。

そのような不幸な事態を避けるためには、まず、研究者以外の人々にもイノベーションのことをよく知ってもらうことが重要でしょうが、研究者自身も自らの考え方を見直して、わかったつもりになっていないかを振り返り、世間の人々と自分の考え方との相違点をよく認識し、どうしたら自分たちの提案を受け入れてもらいやすくなるのかを考えておくことも重要でしょう。伊丹敬之著「先生、イノベーションって何ですか?」[文献1]では、伊丹氏と、一般の女性5人との勉強会での会話を中心に、イノベーションとはどういうものかが考察されています。一般の人と技術者の間の考え方の溝をどう埋めていくかとともに、研究者にとってもイノベーションの本質や社会との関わりのポイントを見直す上で参考になる指摘が多いと感じましたので、以下のその要点をまとめたいと思います。

第1章、私たちはイノベーションの成果に囲まれている
まずは、事例をもとに、何がイノベーションか、イノベーションをどう捉えるべきかが語られます。
・「イノベーションという言葉の定義としては、『素晴らしい技術を使って我々の生活を変えるような物やサービスが提供されること』。それをイノベーションという。・・・イノベーションとわざわざ名前を付けるんだったら、大きな変化が起きて欲しい。[p.16]」「イノベーションとは、素晴らしい技術をベースに、多くの人の生活を大きく変えるもの。[p.31]」
・「思いつきだけでイノベーションって言っちゃいけない。『いわゆる技術革新』という話で終わっちゃう危険が高い。・・・『いわゆる技術革新』という人は、技術だけが新しくなるとそれでイノベーションと言いたがるんだよね。技術者には特に多い。[p.27]」

第2章、社会が動いてこそ、イノベーション
・「イノベーションの世界で一番有名な大先生にシュンペーター先生という人がいるんだけど、その人がイノベーションとは『新結合』だ、と言ったんだよ。・・・それはその通りなんだけど、でも、何でも二つくっつけりゃイノベーションか、とも言いたくなる。シュンペーター大先生は、『イノベーションというのはそういうことで起きて行きます』というプロセスの一部を言ったんだけど、その一部だけを取り出して『新結合』だから、これをイノベーションって、つい言う人が出てきちゃう。[p.36]」
・「イノベーションが起きてくるプロセスというのは、典型的には3つの段階からなっています。まず第一段階として、誰かが筋のいい技術を育てようとする。第二段階は、その技術を使って、製品やサービスを市場に提供する。その技術の市場への出口をつくる、と僕は言っています。・・・第三段階として、『みんなの生活が変わるほどのインパクトがもたらされる』という段階がくる。これを僕は『社会が動く』段階、と表現しています。[p.37]」
・「市場への出口ができたとしても、それが社会を動かすほどになるには、もっといろんな条件が必要です。[p.40]」「イノベーションの『途中までいったのに、残念』という例は、社会が動くというところでだいたい失敗するんです。市場への出口ができるまではまあまあいくんですけどね。そこが結構、壁が厚いんです。[p.45]」

第3章、寿司はなぜ回るようになったか
・「日本の繊維産業が回転寿司を生んだ。・・・最初にアイデアを思いついた人も偉いけど、そのアイデアを実現する技術がないと実行できない。だから、イノベーションというのは必ず筋のいい技術を育てる段階が必要・・・。この場合は、繊維産業から派生した繊維機械産業が育ててくれたわけだ。[p.54-55]」「技術の蓄積が前の人たちのおかげでできていないと、次のイノベーションのネタになる技術を用意できない[p.59]。「小さな工夫が積み重なって、一つの、みんなが驚くようなイノベーションができあがる。[p.64]」
・「イノベーションは、過去からのつながりの中で萌芽が生まれ、そのあとで誰かが弾けて加速するものです。・・・その渦中にいる人たちにとっては、一つの行動でホームランを打とうと思ったのではなく、懸命にその場その場でがんばっている。それで、ときに弾ける。それを多くの人が競争してやっていると、弾けることの連鎖が起きて、その結果としてイノベーションになっていく。[p.69-70]」

第4章、イノベーションはバトンタッチで膨らんでいく
・「『ちょっとだけヒットして、あまり長続きしない』という商品が案外あるんだけど、そういうものはだいたい一瞬の錯覚に訴えてるものが多いんでしょうね。しかし、本当のイノベーションは錯覚ではない。本当に人間のニーズに合っているからこそ広く長く使われる。[p.74]」
・「本当のニーズに届いていれば、社会の中の多くの人がそれを欲しがる。つまり、社会が動くんですよ。そうしていったん社会が動くと、動いた結果として生まれるかなりの市場需要をめがけて次のバトンタッチが出てくる。・・・そうすると、さらに次のバトンタッチへの試みがあちこちで生まれる。[p.78]」
・「イノベーションの背後にある、ニーズの深さと技術の深さ・・・があるとバトンタッチが起きやすい。[p.80]」技術の深さは、いろんな技術に支えられているかどうか、科学の限界への挑戦があるかが関わる。
・「技術の深さがあると参加者が増える。社会のニーズが大きいと参加者が増える・・・。でも、『深さがある』とか『ニーズが大きい』とか、どれも人によって認識が違ったりする・・・。だから、多くの人の認識が一致する時が、バトンタッチの参加者は増える時だと思う。・・・多くの人が共同幻想をもっても、認識だけは一致します。・・・正しくない認識を幻想というわけだけど、それもみんなが共通してもてば、『認識が一致して』バトンタッチへの参加者が増えることもある。[p.87]」
・「イノベーションとは、誰かが本当のニーズをまず小さく掘り当て、その小さなきっかけを多くのバトンタッチが膨らませていくものです。[p.89]」

第5章、イノベーションの地層が面白い
・「イノベーションは、いくつもイノベーションが地層のように累積し、一つのイノベーションが別のイノベーションの発射台になっていくものです。[p.108]」
・「バトンタッチというのは一つの地層の中で、関係者の間のかなり近い関係性の中でつながっていく話。ブリッジというのは、ちょうど川の両岸のように離れた場所をつないでいる、つまり二つの地層の間のつながりの話、と考えればいいでしょう。・・・バトンタッチはかなり自然につながっていく現象、ブリッジというのは意図的につなげようとしないとつながらない現象、と言えそうです。[p.102]」「異なった社会の自然や文化が違ったイノベーションの地層を生む[p.107]」

第6章、なぜ日本にはヒト型ロボットが多いか
・「イノベーションは、それを興そうという人、それを受け入れる社会、その両方がもっている文化という岩盤に、大きく影響されるものです。・・・自然も文化も、ともにイノベーションの岩盤というべきなのでしょう。イノベーションは決してたんに技術の世界だけの話でもなく、経済的動機だけで決まるものでもないのです。[p.128]」

第7章、イノベーションへのためらいと抵抗も、大切にしたい
・「僕みたいに、イノベーションに関する研究をやっていると、ついついイノベーションはいいことだ、と思い込んでいるのかもしれない。しかし、いろんなためらいを感じる人があっても当然だね。・・・そのためらいは、イノベーションが新しい技術によってこれまでなかった製品やサービスを提供することだから、自然に生まれるんだよね。[p.133]」「三つくらいのためらいの状況が想定できる・・・。第一は、技術的に新しすぎて、ユーザーの側に実際に手に入る製品の機能について正確な想像ができないという場合。第二の状況は、技術そのものがまだ不十分なのに期待ばかり高くて、しかし技術の未熟さが解決されているかどうかわからないからためらう場合。・・・第三の状況が、・・・技術的にできることはわかっているんだけど、倫理的にその技術を使ってもいいかどうか、人間として疑問を感じる人がいる場合。[p.134]」
・「新しい技術によって自分のもっていた過去の既得権益を侵されたりして、自分の利害にマイナスが出てくる人も必ずいる。その人たちが自分の利害から抵抗することがありそうだ。[p.135]」誤解による抵抗、防衛的抵抗もある。
・「社会の中に変革が起きるのですから、それを望ましく感じない人、積極的に反対したい人が、さまざまな理由で生まれてくることは予想すべきでしょう。イノベーションだけでなく、どんな社会変化にも付き物の現象です。そのためらいや抵抗を乗り越えられなかったら、それはそのイノベーションへの試みのメリットについて、社会からの全体としての賛成の声が小さかったということです。そして、ためらいや抵抗の中には、誤解にもとづくものやイノベーションの試みが不十分なメリットしかもたらしていないために生まれるものがかなりあるでしょうから、誤解を解いたり不十分な点を補ったりする努力がイノベーションを興そうとする側に必要とされます。その努力が、イノベーションの試みを本当に社会に役に立つように改善させる、プラスを生むのです。・・・マッドサイエンティスト、という言葉があります。気の狂った科学者、つまり科学の追求に夢中になり、人間にどんなインパクトがあるかに思いを馳せず、科学の知識の実現にだけ懸命になって、結局は人間に不幸をもたらしかねない人たち、のことです。その側面を幾分かは多くの技術者たちはもっているのかも知れません。自戒すべきことで、健全な常識の大切さをあらためて感じます。[p.147-148]」

第8章、イノベーションは人を幸せにするか
・「イノベーションを興そうという人って、多くの場合・・・マイナスはあまり見ないわけだ。・・・プラスの面を見てイノベーションを興そうとする。それが成功すると世の中に広まる。広まると、思ってもみなかった弊害にあとで気が付く。そういうことって、結構あると思う。[p.151]」「マイナスはありうるけど、その大きさがよくわからない、小さくて済むという考えも多い、というのが多くのイノベーションの試みの共通の特徴じゃないかと思う。しかし、マイナスがかなり大きくなる可能性だって否定はできない。じゃあ、そんな状況で、進歩を目指したイノベーションの試みにストップをかけるべきか。[p.155]」「イノベーションへの試みにストップをかけるのではなく、マイナスの側面が大きな問題とならない方向へとイノベーションに『枠をはめる』、方向づける、というのが望ましいスタンスだと思います。[p.156]」
・「私がここで人類の知恵と言った進歩への基本スタンスは、『許してください』『仮置きで、あとはお願いします』、という無責任に聞こえるかもしれないスタンスです。・・・人間の知識の限界が必ずあると知りつつ、しかし知っていることの範囲内でもっともいいことを試みたい、という人類の姿勢を私は信じたいとも思います。[p.167]」

第9章、東京オリンピックはイノベーションにつながるか
イノベーション推進の原動力が議論されます。
・「何ごとによらず、人間の集団が前進していく時には、前へ引っ張ろうとする力と後ろから押す力と、二つあるでしょう。前へ引っ張ろうとする力を『動機』といったらいいでしょう。こんなことをやりたい、という前向きの気持ちです。後ろから押す力というのは、『圧力』と呼びましょうか。必ずしもぜひ前進したいと思っているわけじゃないけど、後ろから何かに押されて、その圧力で前へ進む、進まざるを得ない、という意味で『圧力』です。[p.172-173]」
・「イノベーションには、動機型イノベーションと圧力型イノベーションがあります。・・・動機型イノベーションは『あったらいいな』イノベーション、圧力型イノベーションは『ないと困る』イノベーション、とでも言えるでしょう。もちろん、動機型イノベーションも世の中には多く、大きなインパクトがありますが、圧力型のほうが『助かった』と思えるインパクトが強いようです。[p.187]」
・「イノベーションを前進させる力という点から考えてみると、規制緩和でイノベーションへの動機がより大きくなるのは考えにくいですね。・・・規制緩和でさまざまに行動の自由度が大きくなるわけだから、その自由度の大きさを利用して前進しようとする動機が大きくなる、ということはありうる。しかし、動機よりも圧力のほうがイノベーションにはより強力、ということを考えると、むしろ規制が強化されて、その規制を乗り越えるためのイノベーションへの圧力が大きくなる場合のほうが、イノベーションを前進させる力が生まれそうです。[p.176]」
・「『結果』については規制の強化、その結果への『到達のプロセス』については規制の緩和、その組み合わせがイノベーションを推進するということです。[p.177]」「技術そのものを育てるには案外と規制強化が意味をもつ。しかし、市場への出口をつくるには出口規制の緩和、ということでしょうね。[p.180

第10章、イノベーションを興せる人はどんな人?
・「イノベーションは誰かたった一人の人間が、たとえば天才的技術者がイノベーションを全部、最初から最後まで自分の力でやるなんていう例はほとんどありえません。イノベーションは英雄だけが興すものじゃありません。[p.190]」
・「イノベーションは、もっといい世の中にしたいという思いが、多くの人の共感を呼んで、彼らの助けの手が出てきて初めて成し遂げられるものです。・・・『世の中をもっとよくしたい』という思いが、組織人型のイノベーターでも創業者型のイノベーターでも共通に必要です・・・。その思いをどんな人が長く強く持ち続けられるのか。それが、どんな人がイノベーションの中心になれるか、というこの章の基本的疑問を言い換えたものでしょう。答えとして、新しもの好き、ポジティブ、失敗にめげない、掘り下げる、大きな地図を描いている、人がついていきたくなる。すべてこの対話の中で彼女たちが指摘してくれました。[p.209]」

第11章、イノベーションの夢を、私たちも考えよう
・「イノベーションは、まず夢のようなことを思い描き、その実現への壁をリアリスティックに考えて、なんとか壁を越える努力をすることによって生まれます。だから、イノベーションは、リアリスティック・ドリーマーが興すものなのです。ここでは、順序が大切です。まず、夢を見ることが第一歩。そして次にリアリスティックに壁を考える。逆であって、イノベーションにならない。リアリスティックに始まって、夢に終わることはありえないからです。[p.230]」

第12章、日本企業のイノベーションは大丈夫ですか?
・「たしかに、イノベーションを興さないと生き残れない、って最近よくある評論だよね。・・・僕も日本にもっとイノベーションが起きたほうがいいとは思っていますが、多くのイノベーションがないと企業はまったく生き残れないのか、と問われれば、そうでもないでしょう、と答えたくなる。・・・大したイノベーションなしでシコシコやっている企業が日本にはかなりある。小さなイノベーションを目立たない形で積み重ねているんですよ。[p.234-235]」
・「大きな成果がインクレメンタルなイノベーションからは生まれない、ということはありません。・・・大きな成果が小さなイノベーションをシコシコやることから生まれ得るのであれば、その技を磨くことにむしろ日本企業は励んだらいい。3つのことが大切そうです。第一に、あちこちで、多くの人が小さなイノベーションを目指してがんばること。・・・第二に、それらを積み重ねる、つなげるように心を配ること。・・・第三に、大きなイノベーションに育ちそうになったら、そこに資源投入を惜しまないこと。そして、その前提として、大きく育ちそうなものの邪魔をしないこと。[p.248]」
―――

研究開発マネジメントというと、どうしたら研究開発をうまく進められるか、という各論に注意が向いてしまいがちです。しかし、本書のように、イノベーションはこのようなものだ、だからこうした方がよいのではないか、という俯瞰的視点も必要だと思います。本書は著者の考え方のポイントが簡潔に、平易な語り口でまとめられていながら、イノベーションを考える上での主要な要素をカバーしたものとなっており、実務家にとっても考えさせられる内容を多く含んでいると感じました。特にイノベーションや技術と社会との関わりについての部分は、他のイノベーション関連の本ではあまり取り上げられていないことも書かれていて、非常に興味深く読ませていただきました。

もちろん、著者の主張に同意できないという人もいるでしょう(私も著者の考え方に完全には同意できない部分もありました)。しかし、研究開発、イノベーションに携わる者は、各章に述べられた主題について、少なくとも自分で考え、自分なりに納得した意見を持っておくことは必要ではないでしょうか。小さな改善研究だけをやっていくのであれば別かもしれませんが、チャンスがあれば世の中を変えるようなイノベーションをやってみたいと思うのであれば、本書は単なる入門書以上の考える材料を与えてくれるように思います。


文献1:伊丹敬之、「先生、イノベーションって何ですか?」、PHP研究所、2015.

 

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