研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2016年12月

6年後のTime誌「2010年のベスト50発明」

発明や発見がどのように実用化されイノベーションを生むのか、そのプロセスの理解につながるのではないかという期待のもと、本ブログでは、Time誌が2010年に選んだベスト50の発明が、発表1年後3年後にどうなったかの追跡調査を行ないました。その続きとして、今回は発表後6年での状況を調べてみました。

調査の方法は前回同様Googleによる検索で何か新しい展開があったかどうかを確認し、その結果を前回と同じ分類(2011年調査時点でその発明がどの段階にあったか)で分けてまとめました。以下、それぞれの発明についてのこの3年間の動きをまとめます。

アイデア・基礎研究段階の発明(技術未完成または市場性不明確)
No.1
NeoNurture Incubator(古い車の部品を使って作った新生児保育器):ネパールで実用化を狙うも、受け入れられずに失敗。
No.3
First Synthetic Cell(初の人工合成細胞):類似の研究がいくつか行われている模様。
No.12
Lab-Grown Lungs(実験室でラットの肺を幹細胞から再生):Time誌記事とは異なる研究チームからも報告が出ています。
No.13
The Deceitful Robot(状況に応じて嘘がつけるロボット):進展はあまりなさそう。
No.14
Sarcasm Detection(皮肉を読み取れるソフトウェア):Time誌掲載のヘブライ大学の情報は少ないですが、それ以外でアイデアや応用可能性が注目されている模様
No.15
BioCouture(バクテリアがつくるセルロース繊維生地):ドイツの家電メーカーAEGが注目。BIOFABRICATEという会社ができています。
No.18
The Straddling Bus(道路を走る車を跨いで走る立体バス):Straddling BusTransit Elevated Bus3D Fast Busとも。20168月中国・秦皇島市で試験走行するも、投資詐欺疑惑が出ています。
No.37
3-D Bioprinter3Dプリンターで細胞を組み立てて臓器を作る):製品化企業多数。耳介など人組織を形成した報告あり。
No.40-41
Body Powered Devices (身体の動きからのエネルギー回収):いくつかの検討が行われているようですが、目立った成功例はまだのようです。
No.42
Body Powered Devices (地下鉄からのエネルギー回収):パリ、ロンドン、グラスゴーなどで検討されているようですが、結果はこれから?。
No.45
The Malaria-Proof Mosquito(遺伝子操作で生み出したマラリアを媒介しない蚊):研究室レベルでは新種ができているようです。実用化における課題指摘も。
No.46
The Mosquito Laser(蚊を選択的に攻撃するレーザー):Photonic Fenceとして開発中。

基礎技術は確立され、製品化・実用化を目指す段階の発明(少なくとも使える試作品があり、用途も想像できるもの)
No.2
The (Almost) Waterless Washing Machine(ほとんど水を使わない洗濯機-ナイロンビーズで洗濯):Xeros社が開発、最大80%節水。業務用を狙っている模様。
No.4
The X-51A WaveRider(超音速軍用機):20135月の試験は成功。2023年実用化を目指す?。
No.7
Lifeguard Robot(水難救助ロボット):EMILYと命名、ギリシャでシリア難民の救助に使われたとも。
No.9
The English-Teaching Robot(ロボット英語教師):2014年に韓国大邱でこのロボットを活用した授業を試験実施。
No.16
Faster-Growing Salmon(遺伝子工学によって生まれた成長速度2倍の鮭):AquAdvantage salmon として、遺伝子組み換え動物食品として初のFDA食用認可(201511月)。
No.17
Road-Embedded Rechargers(道路に埋め込まれ、電磁誘導で電気自動車に給電するシステム):韓国で実用化、2014年にはイギリスでも実証試験実施。
No.19
Edison2(超軽量自動車):20134月に重量635kgVLC4.0発表以後は目立った情報はないが、現在も開発継続中の模様。
No.20
Antro Electric Car(軽量小型電気自動車、太陽電池、人力チャージつき):2013年以後目立った新情報なし。
No.24
Amtrak’s Beef-Powered Train(列車燃料として牛脂からとったバイオディーゼル油を利用):2011年の実使用試験成功の後、新情報なし。
No.28
Super Super Soaker(水の噴流で爆弾を処理する装置):新情報なし。
No.29
Martin Jetpack(一人用の飛行装置):開発継続中。2017年には市販予定?。
No.31
Google’s Driverless Car(無人運転自動車):Waymo社に継承され、路上走行試験中(200万マイル以上)。
No.32
Deep Green Underwater Kite(水中に設置し海流で発電する凧のような装置):2013年に1/4スケール試験。2017年に1.5MW設備設置目標(Minesto社)。
No.36
STS-111 Instant Infrastructure(無人飛行船):Argus One、新情報なし。
No.38
Spray-On Fabric(スプレーで布地、衣服を作る):様々な応用を検討中の模様(Fabrican社)。
No.39
Iron Man Suit(人のパワーを増強するロボットスーツ):Timeで取り上げられたXOS2については新情報はないが、同様のアイデア多数(民生用、軍事用)。
No.43
Less Dangerous Explosives(安定性の高い爆発物-軍事目的):BAE Systemsが開発、改良品IMX-104あり。実用化済の模様。
No.44
Terrafugia Transition(空飛ぶ自動車):2016light sport aircraftとしてFAA承認。
No.47
Power Aware Cord(電流が多く流れるほど明るく光るコード):STATIC!。類似商品あり。

製品化・実用化済みの発明
No.5
Responsible Homeowner Reward Program(住宅ローン返済を滞らせなければ返済額を割り引くシステム):実施継続中。
No.6
Sony Alpha A55 Camera(半透過ミラーを使ったカメラ):販売中、後継機α99II2016年発売。
No.10
Square(スマートフォンでクレジットカード決済ができるアタッチメント):日本でも展開中。
No.11
Bloom Box(燃料電池):事業継続中。導入実績あり。2013年ソフトバンクと提携。
No.21
Electric-Car Charging Stations(電気自動車充電設備):Timeで取り上げられたCoulomb Technology社技術はチャージポイントネットワークに採用(全米で約3万スポット設置)。
No.22
Sugru(接着性加工性耐久性に優れた粘土):市販されています。10g1500円ぐらい。2013年後調査時より安くなっている模様。
No.25
eLegs Exoskeleton(身障者用の歩行補助装置):現Ekso Bionics2016FDA承認、130ヶ所のリハビリセンターで採用されているとのこと。
No.26
Woolfiller(セーターの穴を補修する材料):販売中。類似商品もあり、この製品を使わない類似のやり方もあるようです。
No.30
Better 3-D Glasses(3D眼鏡改良版):3Dシステムに合わせて各種市販中。
No.33
Looxcie(耳につけるビデオカメラ):市販中(約2万円)。ウェアラブルカメラは他にも多数。
No.34
iPad(アップルのタブレットPC):後継機も含め、20154月までに累計2億5千万台程度販売。最近は販売数が減少傾向との報道も。
No.35
Flipboard(情報を整理して見せてくれるiPadアプリ):好評。Androidにも対応、最近はweb版も。
No.48
X-Flex Blast Protection(爆風を防げる壁紙):新情報なし。2013年にあった販売情報も不明に。
No.49
EyeWriter(目の動きで文字入力ができる装置):Webページあり。視線による入力装置は他にも。
No.50
Kickstarter(ネットで資金調達できる仕組み):稼働中。webページによると、出資額約28億ドル、資金獲得成功プロジェクト約12万件の実績。

今回調査結果の注目点は以下のようになると思います。
アイデア・基礎研究段階の発明:3年後の調査では失敗ははっきりしませんでしたが、今回は、失敗を認めたもの、新情報が出なくなったり成功が危うくなっているものも出てきています。最初の可能性が知られてから5年程度が将来性の判断に必要な期間なのかもしれません(もちろん、時間のかかる研究は継続されているものもあると思われます)。また、特に基礎研究に近いものでは、2010年に取り上げられた研究機関とは別のチームで成果が挙がっている例がいくつかあります。これは、後発が先行技術に追い付いて成果を出すために必要な期間が3~5年程度、ということを意味している可能性があると思います。

製品化・実用化を目指す段階の発明:この段階の発明は、計画より遅れながらもほぼ当初のコンセプトを維持しながら少しずつ開発を進め、実用化に向けた次のステップに進んでいるものが多いように思われる一方、止めてしまったと思われるものもあります。開発を次のステージに進めるかどうかの判断を行なうタイミングが発表後3~6年の間にある、ということかもしれません。ただし、うまくいっているようなものでも、実用化に成功し社会にインパクトを与えたというものはなく、実用化にはもっと時間が必要というのが実際のところのように思われます。あるいは、時間がかかりそうなプロジェクトだからこそ、早めに発表するという戦略を取った可能性もあるように思います。

製品化・実用化済みの発明:この段階の発明は、3年前から大きく変化したものが少ない印象です。コンセプトを維持したまま順調に成果を伸ばしているものが多く見受けられ、話題性が下がった結果ニュースとして取り上げられなくなっている可能性もあるかもしれません。なお、明らかな失敗事例や、廃れてしまった発明もないようで、発表後6年程度の期間では発表当初の競争優位が維持可能であることを示しているように思われます。

全体的な印象としては、発表後3~5年程度で、新たな発明はひとつの節目を迎える場合が多いように感じられます。失敗するなり、次のステップに進むなり、社会に受け入れられて地位を確立するなり、何らかの変化があることが多いようで、この期間は開発ステージにおける判断時期のひとつの目安になるように思われます。研究開発が時間経過とともにどのように進んで(あるいは失敗して)いくかを調べることは、研究の進め方を考える上で興味深い示唆を与えてくれる可能性もありそうですので、自社の研究プロジェクトの盛衰を調べてみるのも面白いのではないかと思います。

ノート記事目次(2016.12.18版)

本ブログでは研究開発マネジメントの実践に有用な知識を「ノート」としてまとめています。2010年に「ノート:研究マネジャー基礎知識」として開始し、2013年からはその改訂版を書きました。現在、その内容を大幅に見直しして、「研究開発マネジメントの実践と基礎知識(ノート全面改訂)」を書き進めています。全面改訂はまだ途中ですが、現時点までの改訂を反映させて目次を整理しました(本ブログ関連記事へのリンク入り詳細版はこちら)。なお、前回シリーズ目次(本ブログ関連記事へのリンクを入れた詳細版)は、その1その2に分割しています。本ブログ記事目次・参考文献リスト・索引の最新版はこちら

ノート全面改訂記事「研究開発マネジメントの実践と基礎知識」(2016年~、更新中)
はじめに
2016.3.27)(全面改訂第1回)
ノート記事改訂の趣旨、研究開発マネジメントの現状
参考リンク

全面改訂1.1、研究開発とは
2016.5.1)(全面改訂第2回)
新しいことを扱い情報を得ようとする活動としての研究開発、マネジメントのポイント
キーワード:研究開発の必要性、研究開発活動と研究開発ではないこと
参考リンク

全面改訂1.1.3)、研究とイノベーションをめぐる様々な考え方
2016.5.29)(全面改訂第3回)
Schumpeter
の考え方、それにとらわれない考え方、イノベーションにおける技術の役割
キーワード:新結合、創造的破壊、企業家、イノベーションの歴史的変遷、ビジネスモデル
参考リンク

全面改訂1.2研究の不確実性をどう考えるか
2016.6.26)(全面改訂第4回)
研究対象(新しいこと)には不確実性がある、不確実性はどんなものでどこにあるのか(内部と外部)
キーワード:リスク、意思決定、因果関係、内部の不確実性、外部の不確実性、複雑系、行動経済学、セレンディピティ、創発的戦略、
参考リンク

全面改訂1.2.3)研究の不確実性に関する様々な考え方
2016.7.24)(全面改訂第5回)
不確実性への対処、不確実性を減らす具体的手法
キーワード:内生的不確実性、外生的不確実性、知の探索、知の深化、コンピテンシー・トラップ、限定的合理性、両利き、組織学習、イノベーション・ポートフォリオ、リアル・オプション、創発的戦略、イノベーション実現メソッド、プロトタイピング、リーン・スタートアップ、MVP、デザイン思考、失敗を活かす
参考リンク

全面改訂1.3研究開発活動に影響する環境要因
2016.8.21)(全面改訂第6回)
不確実性に影響する環境要因として重要な競争相手の存在、競争相手から得られる洞察
キーワード:環境要因、競争相手、ポーター、5つの力、SCP理論
参考リンク

全面改訂1.3.3)研究開発活動に影響する環境要因と競争
2016.9.19)(全面改訂第7回)
競争に影響を及ぼす環境要因は変化する。競争に有利な状況をどうつくるか。
キーワード:競争戦略の問題点、ブルー・オーシャン戦略、非対称的モチベーション、破壊的イノベーション、セレンディピティー、競争相手の意図
参考リンク

全面改訂2.1不確実性に着目した課題設定のすすめ
2016.10.16)(全面改訂第8回)
研究テーマ設定は、課題実現、ニーズ、市場への供給と競争の視点から考えるとよい。
キーワード:研究テーマ設定、どこに不確実性があるかの見極め、課題実現の不確実性、ニーズの不確実性、市場に届ける方法、競争に勝つ方法の不確実性、ビジネスモデル、アイデアの源、ニーズ志向、シーズ志向、カップリングモデル、破壊的イノベーション、持続的イノベーション、ローエン型破壊、新市場型破壊
参考リンク

全面改訂2.1.3)研究テーマ設定を不確実性の観点から考える
2016.11.13)(全面改訂第9回)
不確実性がどこにあるか、その重要性を見極め、自分たちで解決できるかを考えて課題を決める。
キーワード:ファーストマイル、挑戦の要、コーイノベーション・リスク、魔の川、死の谷、ダーウィンの海
参考リンク

全面改訂2.1.1課題実現の不確実性に関わるテーマ設定の特徴と注意点
2016.12.11)(全面改訂第10回)
課題実現(技術)以外の不確実性、効果的に学習することに注意、不確実性の大きい課題、小さい課題のバランスをとることが重要。
キーワード:課題実現の不確実性、技術の不確実性、研究部門、未知のこと、既知のこと、頭を使う、体を使う、他部署からの依頼、分業、学習、真のセレンディピティー、擬セレンディピティー、不確実性の程度、中核事業と新規事業のバランス、パフォーマンスエンジン、技術維持、イノベーションポートフォリオ
参考リンク


過去の「ノート」記事目次は以下のとおりです。

ノート記事改訂版(2013-4
はじめに
2013.3.24):旧版(2010.3.21)はこちら
 本ブログの趣旨、ノート記事の全体構成などについて書きました。研究マネジメントにおいて最も重要なことは意欲の管理だと思います。

ノート1:どんな研究が必要なのか
2013.4.21)、旧版(2010.3.22)はこちら
 ポイント:企業にとってイノベーションは重要。技術はイノベーションの一要素。研究は情報を生んでいる。
 キーワード:創造的破壊、Shumpeter、アイデア、イノベーション
参考リンク

ノート2:研究の不確実性をどう考えるか
2013.5.19)、旧版(2010.3.27)はこちら
 ポイント:研究は不確実。その認識がマネジメントには必要。不確実性のマネジメントでは多様性、協力、知的相互作用、自律性)、リスク分散、柔軟性が鍵か。
 キーワード:意思決定理論、確定性、リスク、不確実性、錬金術、セレンディピティー、創発的プロセス、未来予測、複雑系
参考リンク

ノート3:研究と競争相手
2013.6.16)、旧版(2010.4.3)はこちら
 ポイント:競争相手の存在を忘れないようにすること、その動向を予測することの重要性。競争を避ける戦略。
 キーワード:技術の普遍性、競争、Porter、ブルーオーシャン戦略、不均等の意欲、セレンディピティー

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ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定
2013.7.28)、旧版(2010.4.10)はこちら
 ポイント:イノベーションを事業として成功させるため、技術を成功するイノベーションに育てるためには、破壊的イノベーションのメカニズムを知ることが重要。そこから示唆される技術進歩のパターン、既存企業の行動パターンも理解しておくべき。
 キーワード:破壊的イノベーション、持続的イノベーション、Christensen、ブルーオーシャン戦略、コンプレックスシステム、ボリュームオペレーション、コア、リバースイノベーション
参考リンク

ノート5:研究部門に求められるテーマ
2013.9.1)、旧版(2010.4.17)はこちら
 ポイント:研究にはイノベーション以外にも様々な業務が求められる。新規事業と既存事業のバランスをとる上でも研究部門に求められる業務を認識する必要がある。
 キーワード:未知、既存、頭を使う、体を使う、中核事業の安定、オープンイノベーション、10年ルール、宣伝、信用度、既存事業とのバランス
参考リンク

ノート6:研究部門が実施したいテーマ
2013.10.6)、旧版(2010.4.24)はこちら
 ポイント:研究部門はシーズを育てる役割を担うが、ニーズも考慮する必要がある。セレンディピティーも重要。テーマの判断主体によるテーマ分類の提案。
 キーワード:シーズ志向、ニーズ志向、暗黙知、形式知、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、レディネスギャップ、偽セレンディピティー、真のセレンディピティー、テーマ分類
参考リンク

ノート7:研究者の活性化
2013.11.10)、旧版(2010.5.1)はこちら
 ポイント:モチベーション理論、エンパワーメントのまとめ。研究者の活性化における注意点。
 キーワード:機能人、経済人、Maslow、欲求段階理論、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求、X理論、Y理論、動機づけ要因、衛生要因、内発的動機づけ、欲求説、過程説、期待理論、誘意性、達成動機理論、エンパワーメント
参考リンク

ノート8:研究者の適性と最適配置
2013.12.8)、旧版(2010.5.8)はこちら
 ポイント:研究に求められる様々な仕事と研究者の適性のマッチングが重要。研究への適性も考慮要。
 キーワード:適性、認知スタイル、行動類型、人を選んでから目的を考える、多様性、自律性
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ノート9:研究組織の構造
2014.1.13)、旧版(2010.5.15)はこちら
 ポイント:あらゆるイノベーションに適したベストな組織形態を確立することは困難。それぞれの研究に適した組織構造とし、それをうまく運用することが重要。
 キーワード:機能組織、タスクフォース、階層性、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、ネットワーク組織、破壊的イノベーション、小さな組織
参考リンク

ノート10研究組織の望ましい特性と運営
2014.2.16)、旧版(2010.5.22)はこちら
 ポイント:創造性発揮のために重要な要素は、自律性、目的・感情・価値観共有、多様性、浸透性ある境界・コミットメント、協働。
 キーワード:組織的知識創造、自律性、ゆらぎと創造的カオス、冗長性、最小有効多様性、ビジョン、針鼠の概念、コミュニケーション、弱い絆、公正なプロセス、協働
参考リンク

ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割
2014.3.30)、旧版(2010.5.29)はこちら
 ポイント:環境整備、仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、育成、ロールモデルが重要。
 キーワード:仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、ゲートキーパー、育成、経験、ロールモデル、ミドルマネジャー
参考リンク

ノート12:研究プロジェクトの運営管理
2014.5.6)、旧版(2010.6.5)はこちら
 ポイント:計画よりも不確実性に対応して上手く実行することが重要。定型的な運営は難しいのでは?。
 キーワード:計画、戦略、創発的戦略、評価、方向転換、変化のスピード、心のエネルギー、プロジェクトマネジメント、ステージゲート、規律ある実験、リーンスタートアップ
参考リンク

ノート13:研究成果の活用
2014.6.1)、旧版(2010.6.12)はこちら
 ポイント:技術的な価値だけでは技術は普及しない。受け入れられるプロセスの理解が必要。
 キーワード:イノベーション普及、相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性、再発明、持続可能性、採用、選択的エクスポージャー、ハウツー知識、原理的知識、採用者カテゴリー、イノベータ、初期採用者、ラガード、革新性、能力信頼性、無難信頼性、行動経済学、情報ネットワーク
参考リンク

ノート14:研究成果の転用
2014.6.29)、旧版(2010.6.19)はこちら
 ポイント:知識としての研究成果の活用も重要。知識創造、ナレッジマネジメントの可能性。
 キーワード:特許、ノウハウ、組織的知識創造、知識変換、知識移転、ナレッジマネジメント、競争優位
参考リンク

補遺1:これだけは知っておきたい研究マネジメント知識
2014.8.10
 ポイント:研究活動と人間の特性をよく知り、イノベーションに参加する人の意欲を適切に管理することが重要。
 キーワード:研究の不確実性、人間の思考の限界、競争相手、破壊的イノベーション、アイデア、ニーズ、暗黙知と形式知、モチベーション、リーダー、多様性

補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識
2014.9.15
 ポイント:補遺1でとりあげた注意すべき項目に対して、どのように対応すべきかの具体策を議論しました。
 キーワード:創発的戦略、二重過程理論、複雑系、Porterの5つの力、破壊的イノベーション、Heilmeierの基準、ビジネスモデル、Canvas、イノベーション普及学、オープンイノベーション、ステージゲート、プロジェクトマネジメント、組織的知識創造、やる気を引き出す

補遺3:研究マネジメントにおいて気をつけるべきこと(問題点、弊害・・・)
2014.10.19
 ポイント:「こういうマネジメントはよくない」、「ここに気をつけなければいけない」という指摘を集めました。
 キーワード:固定観念、コンピテンシー・トラップ、エコシステムに伴うリスク、先進国企業の戦略の問題、衰退の5段階、コア・リジディティ、脱線する幹部、成果主義、加速の罠、チーム、プレッシャー


研究開発実践のマネジメント-課題実現の不確実性に関わるテーマ設定の特徴と注意点:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.1.1(「ノート」全面改訂第10回)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第3回第4回第5回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
どこに不確実性があるかの見極め第8回第9回

2.1.1
、課題実現の不確実性に関わる研究テーマの設定
研究テーマの設定においては、どこに不確実性があるかを3つの不確実性(①課題実現の不確実性、②ニーズの不確実性、③市場に届け、競争に勝ち残る方法の不確実性)に着目することが重要ではないか、という提案を前回、前々回で行いました。今回はまず、上記①の方法について具体的に考えてみたいと思います。

1)
課題実現の不確実性に関わる研究テーマの特徴とポイント
目標とする課題、やりたいことが実現できるか、特に技術的に実現可能なのかを見極め、実際に実現させる方法を追求するという研究は、技術者にとって最もなじみ深い研究形態と言えるでしょう。「実現できるかもしれない」とか「実現させたい」というアイデアに基づいて研究テーマを設定したり、課題実現のために必要な技術的障害を克服するために行う研究は、課題実現の不確実性を解消するために行う研究と位置づけることが可能です。こうした研究には次のような特徴があります。
・この研究を行うのは、研究部隊であることが多い:研究から提案するシーズ技術に基づく研究テーマは研究部隊が立ち上げ、実施するのが普通でしょう。また、他部署の技術的課題の解決が求められる研究テーマも、研究部隊が保有する課題解決の能力(知識、経験、手法)に期待されていることが多いため、多くの場合、研究部隊がその研究を実施することになります。
・この時注目が集まるのは、技術的に課題が解決できるかどうかであることが多い。

その結果、以下の問題が発生することがあります。
・技術面に注目が集まる結果、他の不確実性についての注意が不足がちになる。
・課題が解決できるかどうかに注意が向く結果、研究の過程から学ぶことがおろそかになりやすい。

従って、課題実現における不確実性を追求する場合の注意点としては、以下の点が重要と考えられます。
・ニーズやビジネスモデル、環境要因など他の不確実性も認識しながら進めること。
・学習をうまく行いその成果を活かすことを考えること。

2)課題実現の不確実性を検討する上で考慮すべき点(特に、技術的な不確実性について)
研究部門に求められること:社内での分業とそれにともなう注意点

課題実現に関わる不確実性を扱うことが研究部門に求められがちであることをふまえ、まず、研究部門にどんな役割が求められるのかを整理しておきたいと思います。研究部門に求められていることは、大きく分けると、①未知のこと(新規なこと、創造)か、既知のこと(応用など)か、②頭を使うか体を使うか、という2つの軸で区別できると考えられます。この視点に基づいて、業務を分類してみたものを下図に示します。

研究分類scan500


一般的な研究開発とはイメージが異なる業務も含まれていると思いますが、現実にはこのような業務を研究部隊が求められることは例外的なことではありません。いずれも技術に関する情報を扱う仕事であり、こうした業務が必要とされているならば、技術にかかわるどこかの部署が担当する必要があるわけです。

このうち、図の右側は、未知のことすなわち不確実性の比較的高いことに対応することは明白だと思います。不確実性の比較的高い対象の中でどうすればうまくいきそうかを考え、不確実性をなくして実際にうまくいく方法を確立するというのが一般的に理解されている研究部門の仕事になります。これに対し、左側の部分は、既存のことを扱ったり、既存の手法を用いるため、不確実性は相対的に低いことになりますが、やはり多少の不確実性を含んでいるのが普通です(不確実性が全くなければやってみる必要もないので)。これは、左側の部分には、他部署が抱えている不確実性を研究部門が持つ能力を活用して解消するという側面があるためで、すなわち、図の右側の業務には研究部門が主体的に考え行動することによって研究部門で認識している不確実性を検討する、という側面があるのに対し、左側は、他部署からの依頼により他部署が抱えている不確実性を研究部門の能力を用いて解決する、という要素が強いということになります。

上記のようなとらえ方をすると、研究部門は不確実性を解消するために、社内での分業体制に基づいて仕事をしていることがわかります。技術的な課題解決に必要な専門性は社内のどの部署もが保有しているものではありませんので、専門的な能力が求められる場面では研究所がその仕事を担当することになるのは当然なわけですが、実はこうした分業が、研究部門のタコツボ化や研究の実業からの乖離といった問題を生む原因にもなり得ます。分業するなら、各部門の仕事の状況をどこかでコントロールしていればよいのですが、仕事を丸投げしたりして管理が正しくできていないと、研究部門は技術的課題の実現にばかり注力してしまったり、その他の不確実性に目が届かなくなったりという事態に陥ることがあります。

こうした理由で、上記の1)では、課題実現における不確実性を追求する場合には、他の不確実性も認識することを注意点として挙げました。これは当たり前の指摘のように思われるかもしれませんが、その背景には研究部門の仕事の分担のしかたという根の深い問題が関係していると思っています。1)にあげた注意点を実行するには、研究体制や研究活動への取り組み方の改善も求められるのかもしれません。

効果的な学習を行うための注意点
不確実な課題を扱う場合、失敗を含め予想外のことが起こることは避けられません。したがって、そうした結果からうまく学ぶことは必須といってもよいでしょう。実際、失敗から学ぶことの重要性については多くの指摘があります(例えば[文献1])。しかし、研究部隊の仕事を分業と捉えると、失敗から学ぶ機会を狭めてしまう可能性があります。うまくいかないことがわかったということは、不確実性が減少したことになりますので、それでよしとしてしまうとか、当初与えられた条件を変更不可能なものとして改善の手段を狭めてしまうとか、課題以外の可能性を無視してしまうといったようなことが起こりがちです。

不確実な課題からの学習の例としてとりわけ重要なのはセレンディピティーです。セレンディピティーとは、偶然に幸運な予想外の発見をする能力とされていて、Robertsは、以下の2種類に分類しています。[文献2、p.198] [文献3、p.ix]
・擬セレンディピティー(pseudoserendipity):追い求めていたことを、偶然に発見できること
・真のセレンディピティー(true serendipity):思ってもみなかったことを、偶然に発見できること
ペニシリンやX線、最近では3Mのポストイットなど、セレンディピティーによる発見が科学技術における大きな進歩をもたらした例は数多くあります[文献3][文献4]。このうち、特に、真のセレンディピティーは、目的を強く意識した研究をしていると目的外の結果として無視されたり、単なる異常値、失敗として見逃されてしまうこともあります。セレンディピティーを単なる幸運として積極的に評価しない考え方もあるとは思いますが、Robertsはパスツールの言葉を引用し、「観察の場では、幸運は待ち受ける心構え次第である」と言っていますので[文献3、p.viii]、そうした幸運に巡り会ってもそれをつかむことができなかったとすれば、効果的な学習の心構えができていなかったという意味で残念なことなのではないでしょうか。

不確実性の程度による課題の選定
以上に述べたような点に注意して課題実現の不確実性の解消を目指すのが、研究部隊の主な役割ということになると思います。加えて、課題選定にあたっては、不確実性の程度の識別も重要だと考えます。不確実性の低い課題、他部署から依頼される改善的研究ばかりでは将来の大きな発展が期待できません。しかし、大きなリターンが期待できたとしても不確実性の高い課題ばかりでは、成果を生まないで終わる確率も高くなります。

研究の役割としては上図の右側、新規なことへの挑戦が注目されがちですが、左側の役割も非常に重要です。Anthonyらは「安定した中核事業の存在がイノベーションの前提条件」と述べ[文献5、p.29]、破壊的イノベーションと持続的イノベーションの資源配分について「一般に、地位を確立している企業であれば、イノベーション資源の少なくとも80パーセントを持続的な改良に配分することを推奨する[文献5、p.376]」と述べています。同様に、Govindarajanらは、既存事業を「パフォーマンスエンジン」ととらえ、イノベーションと既存事業とのバランスを重視したイノベーションの進め方を提案しています[文献6]。ここで「パフォーマンスエンジン」とは、「成長して成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる[文献6、p.30]」組織であって、これが既存事業において利益を生み出す原動力になっていると考えるものです。パフォーマンスエンジン(既存事業)だけでは画期的なイノベーションは不可能だが、イノベーションとパフォーマンスエンジンとのバランスをとることにより、イノベーションを成功に導ける、というのがGovindarajanらの主張ですが、既存事業を運営する組織は、パフォーマンスエンジンに貢献するように形作られるということは忘れてはならないと思います。つまり、企業が研究部門に求めていることの一部は、既存事業に貢献することを目的としている、ということで、イノベーションのためにそうした業務をどう扱うか、既存事業の一部としての活動と新規事業のためのイノベーション活動のバランスをどうとるかをよく考えなければならない、ということになるでしょう。

彼らは主に収益面で中核事業が安定することの重要性を強調していますが、中核事業を支える技術の面でも安定が損なわれてしまってはイノベーションの成功はおぼつかないでしょう。例えば、既存技術分野での過度な人員削減により、育成指導体制の弱体化や、業界、社会動向の監視不足が生じたり、人員削減のための機械化や設備の高度化により製造技術がブラックボックス化し、さらにはトラブル(非定常)経験が不足するなど、既存事業の技術基盤の弱体化を招く様々な要因が存在します。イノベーションに注力しようとして、経営資源を既存分野から新規分野に振り向けようとしたとしても、既存分野に問題が発生して既存分野の確実性が損なわれるとすればその問題への対応は結局研究部隊が行うことになってしまいます。

新規性の高い課題から従来技術の応用に近い課題に至るまで、様々な課題を想定してどう取り組むかを決めることは、イノベーションポートフォリオの考え方に通じるものとも理解できますが、ポートフォリオを考えるにあたっては、どこに不確実性があるのか、その不確実性はどの程度なのかを考慮することが効果的なのではないでしょうか。こうした視点は、今回取り上げた課題実現の不確実性だけではなく、イノベーション実現の諸過程における不確実性の検討においても有効なのではないかと思います。


文献1:Rita Gunther McGrath(リタ・ギュンター・マグレイス)著、スコフィールド素子訳、「マイクロソフト、3Mが実践する『知的失敗』の戦略」、Diamond Harvard Business Review20117月号、p.24.
文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献3:Roberts R.M., 1989、安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.
文献4:Shapiro, G., 1986、G・シャピロ著、新関暢一訳、「創造的発見と偶然」、東京化学同人、1993.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:Govindarajan, V., Trimble, C.、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.

「『イノベーションのジレンマ』の処方箋」(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2016年9月号特集)より

Christensenによって提唱された、イノベーションのジレンマ、破壊的イノベーションの考え方は、イノベーションを考える上でいまや必須の知識と言ってもよいでしょう。しかし、その言葉が、著者が示した本来の意味とは異なる使われ方をされている場面に遭遇することも多いような気がします。その理由のひとつには「破壊」という言葉が一般的な会話でも定義なく普通に使われる言葉であることがあげられるでしょうが、破壊的イノベーションには様々な要素があり、部分的に破壊的イノベーションの特徴を備えたイノベーションというものがありうるためでもあると思います。

そのような状況では、何が典型的な破壊的イノベーションで、何が見かけは似ているが破壊的イノベーションではないのかを峻別できるように理論の理解を進めるとともに、実務的には典型的事例でなくとも破壊的イノベーションの考え方が使える場合はないのか、といった視点で破壊的イノベーションの事例や、議論に触れることが有意義だと思います。今回は、ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2016年9月号特集「イノベーションのジレンマ」の中から、4人の日本人研究者、実務家の執筆になる記事「『イノベーションのジレンマ』の処方箋 今日の課題にどう取り組むか」[文献1~4]をご紹介したいと思います。(なお、本特集には、この論文の他、Christensenらによる「破壊的イノベーション理論:発展の軌跡」(What Is Disruptive Innovation?)、Gansによる「『供給サイド』の破壊的イノベーション」(The Other Disruption)、Dyerらによる「イノベーターのDN」(The Innovator’s DNA)が取り上げられていますが、本ブログではそれぞれ別記事(一部は原著論文の紹介)で取り上げましたので、詳細はそちらをご参照ください。

破壊的イノベーションは「足るを知る」から生まれる(玉田俊平太)[文献1]
・「クリステンセン教授の理論は、企業が持つインセンティブに着目した。既存企業は、主要顧客が望むような既存製品の性能を向上させるタイプの『持続的イノベーション』を起こすことは得意である。その一方で、・・・性能が低い代わりにシンプルで低価格、持ち運び可能といった、新しい顧客にアピールする属性を持つ『破壊的イノベーション』を起こすことはできない。そこには、既存企業は上位市場へと上がることはできても、下位市場に降りていくことはできないという『非対称的モチベーション』を持つとの洞察が根底にある。すなわち、それまでの経営理論とは異なり、『企業を既存優良顧客の満足度を最大化しようと『合理的に』経営すればするほど、その企業は『正しく経営されたがゆえに破壊』されてしまう』ジレンマに陥ると喝破したのだった。既存企業が『破壊』されるのは、『顧客が受容可能な性能には上限があり、それ以上性能が向上しても顧客満足の向上に結びつかない『満足過剰』の状況になってしまう』ためである。」
・「理論が世界中に広がることと相まって、その内容を誤解する方も増えはじめた。・・・『破壊的イノベーション』(disruptive innovation)と『画期的イノベーション』(radical innovation)を混同したり、『持続的イノベーション』(sustaining innovation)を『漸進的イノベーション』(incremental innovation)のことだと誤解したりする方がとても多い。」「縦軸にはある企業の主要顧客が重視する性能を取り、横軸には時間を取って考えると、性能がある時点で飛躍的に向上する『画期的イノベーション』も、その性能が徐々に向上する『漸進的イノベーション』も、どちらも既存製品の主要顧客が重視する性能が向上する『持続的イノベーション』であることがわかる。これに対して『破壊的イノベーション』とは、短期的には現在提供されている製品の性能・・・や主要顧客が最低限求める性能・・・すら下回り、『性能が低下する』イノベーションのことを指す。・・・そのため、顧客満足を最大化するために合理的な経営判断を下す企業には、破壊的イノベーションに資源を割り当てることが原理的に不可能なのである。」
・「日本が生み出した世界的大ヒット商品には破壊的イノベーションの性質を持つものが多い。」
・「みずからの限られた経験則のみで不確実性の高いビジネスの大海原を乗り切り、企業という船を目的地まで無事に到達させることができると思うのは、いささか傲慢ではないだろうか。・・・クリステンセン教授・・・は、1990年代以降、日本から破壊的イノベーションがほとんど生まれていないとも指摘している。それはもしかすると、日本企業の経営者が、新たな価値軸を見出して破壊的イノベーションを起こす必要があるにもかかわらず、重要な経営理論を学ばないがために、昨日の延長線上で今日の経営判断を下すことを繰り返してきたからではないだろうか。それでは、理論を学んだライバルに破壊されてしまうのも当然である。・・・経営理論を真摯に学び、人々が片付けたい真の『用事』(job)と正面から向き合うことができたなら、日本企業が破壊的イノベーションを起こせない道理はないだろう。」

破壊は一度で終わらない(山口文洋)[文献2]
・「クリステンセン教授は、破壊的と呼ぶにふさわしい企業とは、既存の企業が見過ごしていたセグメントに狙いを定めたり、より低価格でふさわしい機能を提供して市場に足場を築く企業と定義している。立ち上げ時から破壊的イノベーションを意識していた、月額980円のオンライン学習サービス『スタディサプリ』は、まさにこの定義に該当するだろう。」
・「教育業界の構造を調べて気がついたのは、既存の塾・予備校は、一学年110万人いても所得上位の三分の一、親の生活水準が『中の上』以上をメインターゲットにしていることだ。そこでスタディサプリでは、塾・予備校に通っていない三分の二の子どもたちを対象にしようと考えた。・・・この層は、まさに既存の企業に見過ごされていた。」「こうした子どもたちの個人需要に加え、教育産業にはもう一つ巨大なマーケットがある。・・・たとえば公立高校では年間、一人あたり約2万円の副教材費を使っており、その中から大手塾の模擬試験や英単語教材などを購入している。・・・私たちのスタディサプリは、この分野でも破壊的なイノベーションを起こした。・・・いままでの教材からスタディサプリに変更する学校が増えており、現実に売り上げの半分は、学校を通じてのものである。」
・「私たちは破壊邸イノベーションを起こしたが次なるイノベーションによって逆に食われるかもしれないという危機感を忘れてはいない。それに対応して、破壊的イノベーションを継続する必要性を感じている。」

大企業のジレンマ回避(樋口泰行)
・「企業は、組織が大きくなればなるほど、また歴史が長くなればなるほど、そして成功体験を重ねれば重ねるほど、新しいことへのチャレンジが難しくなるという性質を持っている。破壊的イノベーションはそのチャレンジの最たるものだが、それが難しくなる理由は、三つの『大企業の制約』があるからである。」「一つ目の大企業の制約は、株主からのプレッシャーだ。・・・新規ビジネスから数年以内に期待される売り上げや利益が小さければ、既存ビジネスを伸ばすほうに資本を使うべきだと株主は考えるのである。・・・チャレンジするよりも、すでに一定のシェアを持つ市場で商品を持続的に改良して少しでもシェアを大きくするほうが、確実にROEが上がる。株主の声に耳を傾ける大企業の経営者は、必然的に新事業へのチャレンジに消極的になってしまうのだ」。「大企業の二つ目の制約は、『新製品開発使命』、つまり毎年、新製品を開発しなければならないというものだ。・・・1980年代は、家電もまだまだ技術の進歩が求められ、その余地が十分にあった。・・・家電に新たに搭載された革新的な機能に、消費者は飛びつき、その便利さに喜んだ。つまり、家電の性能は消費者が求める水準に達しておらず、メーカーは常に技術の進歩が求められていたのである。・・しかしそのうちに、性能や機能が市場のニーズを追い越してしまう時が来る。・・・そういう状態になっても、大企業のR&D部は開発の手を休めることはしない。毎年毎年、新製品を出していかないと、その部署が維持できないからだ。・・・以上のようなことはすでに広く社会で指摘されているが、それでも、なかなか改まらない。なぜか。その理由が三つ目の大企業の制約、『組織のタコツボ(サイロ)化』だ。」「どんなにオーバースペックであっても、新しい機能を搭載することは、まったくの無駄ではない。店頭でのセールストークに使えるからだ。・・・つまり技術者は、人々の生活を変えたり、便利になって喜んでもらったりするためではなく、セールスのために技術開発をする状態になってしまうのだ。クレイトン・クリステンセン教授は、成功している既存企業は目の前の上顧客の要望に沿う形で持続的イノベーションに注力するのが『合理的な行動』となってしまうので、それが止められないと説いている。それはその通りなのだが、一方で、現場のR&D部や技術者からすると、それが楽であるからという面もある。」
・「大企業は、いったいどうしたら破壊的イノベーションを起こすことができるのだろうか。それには3つの方法があると思う。一つ目の方法は、社内に秘密の組織をつくり、大企業の3つの制約である『株主のプレッシャー』『新製品開発使命』『組織のタコツボ化』に影響されないように、既存の組織から独立した状態でプロジェクトを進行させることだ。二つ目の方法は、評価のバランスを変えることだ。・・・具体的には、売り上げが小さくとも、会社の中長期ビジョンを実現するために戦略的に行われる事業に対しては、成果に対する評価ポイントを他に比べて10倍するなどの工夫が必要である。三つ目の方法は、ダイバーシティである。企業風土に染まったプロパーの社員ばかりの組織から、イノベーションは容易に生まれない。組織のタコツボ化はメンバーの同質化を促し、それがまたタコツボ化を深めるという作用が働く。その流れを打破して、破壊的イノベーションを起こすためには、組織の中に、さまざまな考え方、能力、感性、知識を持っている人材を増やすことだ。」
・「大企業がイノベーションのジレンマを回避するのは、並大抵のことではない。それでも企業の中長期的な成長を考えて、経営者はR&D戦略を考え、実行していかなければならない。」

破壊から守るリスクマネジメント(御立尚資)[文献4]
・「イノベーションのジレンマの本質は、『成功の復讐』である。企業の成功体験が、結果として次の成功を阻むことになってしまっているのだ。企業は、ある事業で成功したら、そこに『選択と集中』を行う。資金や人材などの経営資源をその事業に集中投下し、確実に、高い利益を上げることを狙う。経営としては合理的な行動で、多くの株主の賛同を得る。しかしそれがため、次代の成長が期待される破壊的イノベーションに資源を回せず、そこに注力する新参の小さな企業に追い落とされてしまう。」
・「破壊的イノベーションの脅威に常にさらされている状況で、企業はいかに活動すべきだろうか。ここでは、他社の破壊から自社を守るうえで経営者が取るべき3つの対策を示そう。一つ目は、リスクアドバンテージの構築だ。・・・従来は、一定のリスクでより高いリターンを得られる競争優位の構築が求められてきたが、リスクの時代を迎えて、一定のリターンを確保しつつリスクを抑える、リスクアドバンテージが重要になっているのだ。・・・自社防衛対策の二つ目は、”Destroy your business”(デストロイ・ユア・ビジネス)という考え方に基づく敵から見た脆弱性の検証である。ゼネラル・エレクトリックが巨大企業でありながらリスクを取って成長を続ける裏側には自社にとってのリスクを広く深く想定する文化がある。その一つが、新しい敵が何をするか、という物の見方での検証である。・・・能動的に破壊的イノベーションに備えるには、・・・自分の事業を脅かすリスクをみずから考え、そのリスクを潰す方法を取ることが有効である。・・・対策の三つ目は、資本市場に対する『期待値マネジメント』である。・・・たとえばトヨタ自動車はガソリン車事業が立ち行かなくなった時に備え、・・・有望な技術には幅広く、資金を投じている。無駄になるかもしれないのにその投資が可能なのは、資本市場がそれを許すだけの利益創出力がトヨタにはあるからだ。強烈なコストマネジメントも含め、過去の実績として、同業以上の株主リターンを生み出してきているから、説得力がある。・・・投資家から文句の出ない利益源を持っていない企業の場合には、一定のリスクマネーをよりうまく張る仕組みが必要だ。」
・「パターン認識とは過去と現在の状況を俯瞰しながら、みずからの意思決定に役立つ共通の『型』を抽出することだ。一種のメタ認知と言ってもよいだろう。・・・クリステンセン教授は、『付加価値の高い提案や戦略を練るためには、すでに見つかっているパターンを適用するだけではダメだ。新しいパターンを認識する能力を鍛えないといけない』と繰り返していた。・・・企業や産業の中で何が起きているか。手あかのつかないパターンを見出し、それを活かす。これを、意識して強いていくことが競争力を高めていく。この連鎖の中から、破壊的イノベーションを起こすイノベーターの側に立つことが可能になるだろう。」
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破壊的イノベーションの理論にはいくつもの重要な示唆が含まれていると思いますが、その中で私が最も重要だと思っているのが、破壊者によるイノベーションを取るに足らないものとして積極的に対応しない既存企業の「非対称的モチベーション」です。顧客の満足度を高めようとすること、重要な課題に集中しようとすることは、通常の場面では正しい選択であることが多いわけですが、そういう正しい選択を行うが故に、「非対称的モチベーション」が発生し、破壊を許してしまうことになる、というのが私の理解です。そして、破壊者が市場に参入するひとつの契機になるのが、技術の進歩が生み出す「過剰満足」ということではないかと思います。

この2つのポイントに基づいて考えると、既存企業にとって、あるいは破壊者にとって、どのような戦略をとることが有効であるかがわかりやすくなると思います。

非対称的モチベーションをどう扱うか
・既存企業にとって:既存企業が破壊的イノベーションに投資しにくい現象は、Christensenらか「資本ジレンマ」[文献5]として指摘したことでもありますが、要するに従来の基準に基づく「正しい」判断を捨てることが必要だということになるのではないでしょうか。例えば、文献5では、「事業の核心は顧客の創造にあることを思い起こす」ことが必要と述べています。まずは、自分たちが「非対称的モチベーション」によって、破壊的技術を軽視しているのではないかということに気づくこと、そして、破壊的となりうる可能性のある技術に対しては、軽視せずに対応措置を取ることが重要でしょう。
・破壊者にとって:既存企業に「非対称的モチベーション」が存在する分野、つまり既存企業が破壊的技術を軽視する可能性に狙いを定めることが重要でしょう。ただし、破壊的イノベーションの理論がこれだけ有名になってくると、既存企業の側でも「非対称的モチベーション」に注意を払っている可能性も高いと思いますので、既存企業が対応してくるまでの間にどこまで差をつけられるかが勝負になるような気がします。

過剰満足をどう扱うか
・既存企業にとって:既存企業の特に技術者は、自らの技術が過剰満足を生んでいないかは、常にチェックする必要があるでしょう。その時には、玉田氏が指摘するように、人々が片付けたい真の『用事』(job)が鍵になるはずです。樋口氏が指摘するように、セールス上の必要性で技術を進歩させることが必要であったとしても、それを人々の真の「用事」に結びつけることを考える必要があるのではないでしょうか。
・破壊者にとって:過剰満足は参入の足がかりになると思います。ただし、新市場型破壊では、顧客がニーズを自覚しておらずニーズが見過ごされている場合もあります。過剰満足というより、用事が片付けられない状況に耐えている状態と理解すべきでしょう。ここでも片付けたい真の『用事』が鍵になるということだと思います。

今回取り上げた論文のみならず、Christensen氏も、破壊的イノベーションは既存企業にとって、非常に取り扱いにくいことを指摘しています。だからこそ、典型的な破壊的イノベーションの事例では、破壊者が大きな成功を収める傾向があるわけです。破壊者を目指すにせよ、既存企業の立場で破壊者に対抗しようとするにせよ、理論をよく理解し、自らの立場に合わせてその適用を考えることが重要なのではないかと思います。


文献1:玉田俊平太、「破壊的イノベーションは『足るを知る』から生まれる」、Diamond Harvard Business Review, September 2016, p.42
文献2:山口文洋、「破壊は一度で終わらない」、Diamond Harvard Business Review, September 2016, p.47
文献3:樋口泰行、「大企業のジレンマ回避」、Diamond Harvard Business Review, September 2016, p.51
文献4:御立尚資、「破壊から守るリスクマネジメント」、Diamond Harvard Business Review, September 2016, p.55
文献5:Clayton M. Christensen, Derek van Bever、クレイトン・M・クリステンセン、デレク・バン・ビーバー著、有賀裕子訳、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」、Diamond Harvard Business Review, December 2014, p.24.

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