研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2017年01月

心配と研究開発(島崎敢著「心配学」より)

研究開発には不確実性がつきものです。そして、その不確実性は「心配」をもたらしがちです。心配事があれば、研究開発の障害になることもあるでしょう。では、「心配」とはどういうことなのか。今回は、島崎敢著、「心配学」[文献1]に基づいて、心配とはどういうものか、そして、研究開発における心配はどのように扱えばよいのかについて考えてみたいと思います。

まずは、「心配学」の中から、研究開発を考える上で参考になりそうな内容をご紹介させていただきます。
第1章、どうせいつかは死んじゃうのに、なぜ「心配」するのか?
・心配の本質:「確率の大小はさておき、不幸なできごとが起きるのか起きないのかわからない状態が心配を生み出すのです。[p.17]」
・「心配を生み出している『不幸なできごとが起きるかもしれないこと』を、リスクと呼んでいます。もう少し詳しくいうと、『不幸なできごとが起きる確率が0%より大きく、100%より小さい状態』のことです。したがって、『不幸なできごとが絶対に起きない場合』や、『不幸なできごとが確実に起きる場合(または、起きてしまった場合)』はリスクとは呼びません。・・・死亡すること自体はリスクとはいえませんが、死因や期間を限定して死亡することを考えてみると、それはリスクだといえます。[p.17-18]」
・「リスクにはさまざまな定義がありますが、大雑把に、『起きる確率』×『結果の重大性』だということができます。[p.18-19]」
・「さまざまな確率のなかで、『過去の確率』は、情報が揃っていれば正確に計算できます。・・・つまりこれは『本当の確率』です。ただし、私たちが心配なのは『未来の確率』についてです。・・・だから私たちは心配になり、なんとかして未来を予想しようとします。[p.20]」
・「私たちはいろいろなことを心配していますが、本当の確率と個人が感じる確率はずれています。そして、個人差もあるので、心配の度合いは、人間の数×心配するできごとの数だけあるのです。・・・そして不幸なできごとは起きてほしくないので、その原因になりそうな危ないことを避けようとします。つまり心配は、危険回避の原動力になっているわけです。しかし、『本当の確率』と『感じる確率』は大抵ずれており、このずれが大きいと、私たちの危険回避行動はとんちんかんなものになってしまいます。[p.23-24]」

第2章、セレブと自分を比べて凹まない、ひとつの方法
・「私たちのまわりには、私たちを心配させる情報が溢れています。・・・リスクに関する情報の多くは、危険性が強調されて報道されることが多いようです。この理由は主に次の3つです。1、滅多に起きないことのほうがニュースバリュー(価値)が高い、2、ショッキングな内容や、感情に訴える内容のほうが興味をひける、3、リスクを高めに報道しておけば、あとで批判を浴びずに済む[p.28-29]」。
・「『平均値より上か下か』という思考スタイルは、私たちの少なくとも半数を心配にさせてしまうし、分布の形状によっては、半数よりもずっと多くの人を心配させることになる・・・。分布の形状が非対称の場合は・・・平均値よりも中央値(順番がまん中の人の値)や、最頻値(一番多くの人がいるところの値)を比較の基準にすることで、心配になる人を『大部分』から『半分以下』に減らせます。・・・さらに、比較する全体像を、自分に近い小さな集団にしてみてもいいでしょう。[p.37-38]」
・「サイレントマジョリティを意識しておかないと、一部の極端な意見に影響されて余計な心配をしてしまったり、多くの平均的な人が不利益を被る場合がある[p.41]」「因果関係と相関関係の混同は、心配の原因にもなっています。・・・逆に心配しているから、相関関係のデータを見て、因果関係だと思い込んでしまう場合もあります。[p.44-45]」「私たちは、対処できない天災よりも、対処できそうな人災の方が心配しないで済む・・・。人災といいたがる仕組みは、心理学的にも説明されています。私たちはいま現在知っていることをずっと昔から知っていたと錯覚する性質を持っており、これを『後知恵バイアス』と呼んでいます。・・・そして、『それぐらい予想できて当然だろ』という批判が生まれるのです。[p.48-49]」「心配するかどうか、リスクを感じるかどうかは、何かを委ねる相手を信頼できるかどうかにかかってくるともいえる[p.50]」「政治家にせよ科学者にせよ、一般の人から見ると、ちょっと縁遠い世界の人たちです。私たちは身近な人ほど信頼しやすいという傾向があります。政治家や科学者が普段どんな仕事をしていて、どんな言葉を話すのかなどのイメージが湧きにくく、どうも信用できないと思われがちなのです。[p.53]」「私たちが感じるリスクの幅は、現実のリスクの幅よりも少し狭いことが知られています。つまり、リスクが比較的高い喫煙や交通事故などに対しては、実際よりも低めに、リスクが比較的低い飛行機事故のようなものに対しては、実際よりも高めに感じる性質があるようです。[p.55-56]」「一般の人は、科学者のことを『頭のいい人たち』だと思っています。したがって自分たちよりも頭のいい人たちに、自分たちの行動の指針を示してほしいのですが、科学者はどうも歯切れが悪い。これが科学者が信頼されない、そして科学者の発言が人々を心配にさせてしまう所以なのかもしれません。[p.61]」「私たちは、経験によって目の前のできごとを判断するので、リスクについても経験が邪魔をして、ちょっとした認知のずれが生じます。・・・『メディアで頻繁に見るということは、頻繁に起きているのだろう』と心配してしまう背景にも、私たちの経験が関係しています。[p.70-71]」「『少しだけ心配だった個人』が、集団で話し合うと、心配の確信を強めてしまうのです。これを『集団極性化』といいます。[p.78]」「私たちは、『考えなくて済むことはなるべく考えないようにしよう』という性質を持っています。考える量を減らすために、いろいろな所で思考を省略しようとするのです。それが、論理的に、正確に『危なさ』を捉えることの妨げになることもあります。[p.80-81]」「心配に関して、私がここで何をいいたいかというと『心配になってしまうのが人間の特徴なので、そう簡単に変えられない』ということです。[p.85]」

第3章、ゴキブリに殺された人はいないのに、なぜこわい?
・「不幸なできごとの『不幸の度合い』は、人によって感じかたが違います。・・・同じ『不幸なできごと』でも、人によって評価が変わるのです。リスクの大小を計算する式の中には、『人の数だけ答えがあるもの』が含まれています。計算されるリスクもまた、人の数だけ答えがあることになります。・・・つまりリスクは、『主観的』で『人間的』で『心理学的』な概念でもあるのです。[p.89-90]」「『結果の重大性』は、人間の主観が評価の基準になる部分が残ります。完全な意味での『客観的リスク』は存在しないのです。[p.96]」
・「私たちはハラハラ・ドキドキするものを求める性質も持っています。・・・私たちの脳は同じ刺激にはすぐに慣れてしまい、飽きてしまいます。・・・このような心の働きを、心理学の世界では『センセーションシーキング』と呼んでいます。・・・野生の環境で自分が危ない状況にある場合、それを素早く察知し、逃げる必要があります。こういった状況に対応する機能が、『心配』なのです。一方、ビクビク心配ばかりしていたら生き延びることはできません。・・・センセーションシーキングは、『心配』とバランスを取るためにある機能なのかもしれません。[p.91-92]」
・「リスクの感じかたの違いのせいで、損得を抜きにしても話が折り合わないことがあります。・・・できる限り正しい数値が重要ですが、それに加えて、受け手側は感覚的に判断することがあるということや、信じてもらうためには、数字だけでなく信頼関係のほうが大切だということを理解しておく必要がありそうです。[p.124-126]」
・「自分が危機的な状況にあるということは、私たちに強いストレスを与えます。・・・私たちはそのストレスを回避するために、『危機的な状況ではない』という証拠を探そうとします。これを正常性バイアスと呼ぶ[p.128]」。
・「私たちは、自分の行動や考えが適切だったかどうか、他の人と比べることでたしかめています。・・・日本人は周囲と同調するように教育された、おとなしい民族です。誰も逃げようとしないのに、自分だけ慌てて逃げるような空気の読めない行動はなかなかできません。・・・私たちは・・・むしろパニックになりにくい性質を持っているといえます。もちろん条件さえ整えばパニックは起きるのですが、それよりも、正常性バイアスや同調行動を心配したほうがいい場合が多いのです。[p.130-131]」

第4章、もっとも悲観的な情報が安心させてくれる
・「私たちは心配なことがあるとき、つい、『結局どうすればいいの?』とか『あるの?ないの?』という質的な結論を求めがちです。しかし、私たちが心配しているリスクは多いか少ないかという量的な概念ですので、正しく理解するには定量的な視点を持つことが求められるのです。[p.136-137]」
・「科学的に計算された確率とは、現段階で完璧なものではありません。『今の科学でここまではわかる』という数値であって、『本当の確率』ではないということには注意が必要です。[p.138]」
・「適度に心配するためには、心配の対象であるリスクを定量的な数字にする必要があります。いろいろな分野の専門知識が必要なリスクの計算は、自分で調べる必要があります。・・・よくわからない部分は安全寄りの想定で計算することをおすすめします。[p.153-154]」

第5章、実践!心配計算学講座
リスク計算事例:日本脳炎の予防接種、授乳中・妊娠中のアルコール、携帯電話と脳腫瘍、BSE、助手席と後部席のシートベルト、食品添加物、カロリー計算、原子力発電所、放射線
・「実際にどのくらいの危なさかわからないから心配になるのです。もちろん、具体的な数字にしてみても、心配な部分は残ります。それでも漠然とした不安から少し前に進むことができます。その数字を見て、リスクを減らすために行動を起こすのか、これぐらいならまあいっかと思うのか、ただ心配するだけではなく、今後の方針を決めることができます。[o,196-197]」

6章、心配しすぎず、安心しすぎず生きるには
・「心配を克服するには、いくつかの方法があります。まずは、・・・計算し数字にすることで、まあ、このぐらいなら大丈夫か、と思ってみるという方法があります。一方、計算してみたら意外とリスクが高かった場合には、リスクを下げる必要があります。[p.203]」
・リスクホメオスタシス:「私たちは『このくらいならいいだろう』というリスクの目標水準を持っていて、それに合わせて行動をしている[p.217]」。
・「大切なのは、自分でどうやったら危険を回避できるのかを考える癖をつけること、そして、考えてもわからない場合は、調べたり人に聞いたりして解決する癖をつけることです。そうすることで自分の知識も増えていき、自分に合った危険回避の方法が見つかるでしょう。また、・・・『共感』も重要です。誰かに共感してもらっても、危険が減るわけではなく、根本的解決にはなりませんが、未来のことを心配しすぎて今が楽しくなるのは、あまりいいことではありません。心配とはもともと主観的なものなので、捉え方次第なのです。リスクをちゃんと計算してみる。減らす努力をしてみる。それでもダメならいっそ考えるのをやめる、というのも人生を楽しむ秘訣なのかもしれませんね。[p.222-223]」
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非常にざっくり言ってしまうと、「リスク」を、起きる確率×結果の重大性、と捉えるとき、そのリスクをどう感じるかが「心配」であり、心配不足でも、心配しすぎでもなく適度に心配すること、人間は心配する(往々にして適度に心配することが難しい)生きものだということを認識してうまく対応しましょう、というのが著者の主張ということになると思います。世の中にある様々な不確実性やリスクは、「心配」を通じて人間の意識や行動に影響を与えると理解してもよいのかもしれません(もちろん、「理性」も重要な要因ではあるでしょうが、理性とともに、「心配」も人間の本質と切り離せないものと考えるべきだということだと思います)。

では、研究開発活動に「心配」はどのように影響するのでしょうか。リスクのない研究開発などというものは考えにくいですから、研究開発に関わるそれぞれの人に、それぞれの「心配」があるはずです。例えば、思うような結果が得られない場合、研究者にとっては自らの立場が危うくなるといったリスクが気になるかもしれません。また、経営者にとっては、投資が報われないというリスクがあるでしょう。顧客(技術を受け入れる社会)にとっては、その研究開発が新技術を適用するようなものであるなら、研究が失敗して新技術が得られなくても大きな問題はないかもしれません(もちろん、新技術が予定どおりにうまくいかなければ困る、という状況もありうるでしょうが)。それよりも、社会にとっては、新技術という、なんだかわけのわからないものが拡がることによって、今までと違う何か重大なことが起こるのではないか、という心配が大きくなるかもしれません。

とすると、研究開発、イノベーションを成功させるには、それぞれの心配をどう緩和していくのか、という視点が必要になるように思われます。例えば、研究者の心配を緩和するには、アメリカのベンチャー企業の環境のように、再チャレンジが容易な環境づくりが必要かもしれません。また、経営者にとっては、失敗のコストをなるべく小さくするようなマネジメント手法(たとえば、小さく始めて試行錯誤によって開発の方向を見直していくようなアプローチなど)が好ましいかもしれません。顧客や社会に対しては、リスクを減らし、コストとベネフィットの関係を正しく理解してもらうとともに、信頼関係を通じてリスクを必要以上に重大なものと誤解されないようなアプローチも必要になるように思います。技術者は、まずは、リスクを減らすことが重要でしょうが、それとともに、信頼関係を大切にしてリスクを適正に受け入れてもらえるような努力もしていかなければならないのだと思います。


文献1:島崎敢、「心配学 『本当の確率』となぜずれる?」、光文社、2016.

参考リンク

「イノベーション・マネジメント」(野城智也著)より

イノベーションはどのようにして起こり、社会を変えていくのか。世の中には様々なタイプのイノベーションがありますが、そのプロセスの本質を知ることは、実務家にとっても得るものが大きいはずです。野城智也著「イノベーション・マネジメント」[文献1]では、俯瞰的な観点からイノベーションの本質や最近の考え方が議論されており、実務家にも役立つ点があると感じましたので、今回はその内容から興味深く感じた点をご紹介したいと思います。

I部、イノベーション・マネジメント序説
第1章、イノベーションとは何か

・「本書では、イノベーションを、次のように定義する。何らかの新たな取り組み・率先(initiative)により、何らかの豊益潤福を創造・増進し、現状を刷新するような社会的変革を生み出すこと。ここでいう豊益潤福は筆者による造語であり、豊益潤福のそれぞれ字義を包含した意味を持つ。すなわち、『豊』は精神的・身体的・経済的な豊かさ(richness and fullness)、『益』は人や社会に役立つこと(benefit)、『潤』は精神的・身体的・経済的な潤い(amenity)、『福』はしあわせ(welfare)、をあわせた概念である。[p.9]」

第2章、認識基盤としてのイノベーション・メタモデル
・「技術と社会のうねりは、Schumpeterの時代には想像すらもできなかったイノベーションのありよう(=非連続的変化の様態)、やりよう(=イノベーションの進め方)を生みつつある。現代のイノベーションは、一様ではなく、個々のコンテクストに応じてそのプロセスや組織の様態を変容させており、結果としてイノベーションを多様化させている。その多様化の諸相を理解するには以下のような状況に留意する必要があると思われる。状況1:技術・システムの高度化・複雑化による専門分化・分業の進展・・・状況2:多様な人・組織による分担協調型イノベーション(distributed innovation)の展開・・・共創(co-creation)、実践しながらの学び(learning by doing/using/interacting)という概念に象徴されるように、多様な人・組織が、行きつ戻りつ、と呼ぶべき双方向のプロセスを通じてイノベーションを展開していく機会は増えており、その潜在可能性も高まっている。[p.16-17]」
・「本書では、さまざまなイノベーション類型やイノベーション・アプローチにおいて生成されるプロセスを共通の基盤で認識するため、イノベーション・プロセス・メタモデル(Innovation Process Meta-model)を設定する。・・・以下IPMモデルと表記する。・・・IPMモデルは、さまざまな主体(人・組織)の関与と連携により、何らかの成果物が創造され、流布され、適用され、検証され、修正され、組み合されつつ、豊益潤福を生み出し、社会を変革していくプロセスをモデル化したものである。・・・IPMモデルは・・・以下の8つの活動・行動ノードからなる。
●課題・ニーズの定義:課題の特定・定式化、暗黙的欲求を含むニーズの特定・記述
●概念・解決策創造:基本概念(人工物が持つ意味、基底におく規範・指針、課題解決・ニーズ対応の方針・戦略)の設定、人工物の構則(アーキテクチャ)の設計、機能・サービスの設計、技術的要求条件の整理・設定
●科学的発見・技術開発:科学的発見、技術の開発、技術再定義(技術の新たな組み合わせの開発、既存技術の他用途への適用を含む)
●製品・仕組・サービスの開発:製品の開発、システムの開発、組織体制・制度の構築、規制の導入、サービスの開発
●生産・具現化:製品の生産方法の創造・導入、仕組やサービスの手順の構築・具現化
●実装・適用:製品・サービスの販売・提供・普及、物事や事柄の商業化・普及、ビジネスモデルの適用、仕組の実施・施行
●効果評価:開発した人工物を実装・適用した結果得られた豊益潤福の度合いを評価
●レビュー・見直し:実装・適用して得られた経験知の整理、改善すべき事柄を特定・整理
IPM
モデルには、メタモデルとして次のような特徴がある。特徴1:さまざまな変革創始点を想定している。・・・特徴2:循環繰り返しプロセスを表現している。・・・特徴3:複数のフィードバック・プロセスを含んでいる。・・・特徴4:イノベーションの隘路(missing link)を俯瞰的に表現しやすい。[p.18-24]」
・「本書では、プロセスへの主体群の関与・連携の様態を表すため、次のように定義される『価値創成網』という概念を導入する。豊益潤福を実現するために、コンテクスト(課題・ニーズの内容・性質、とりまく社会的・経済的状況および技術的条件)に応じて形成される、価値創成源を提供する主体(人・組織)相互の協働・連携関係、およびそれらの関係の集合体。ここでいう協働・連携関係の集合体は、主体群からなるネットワーク型組織を形成する。[p.25]」「本書では、イノベーション・メタモデル(IMモデル)を・・・IPMモデルと価値創成網の二層構成で表現できる連成系としてとらえるものとする。[p.29]」

II部、イノベーション類型
・「過去の研究群において一定の合意が得られていると思われるイノベーション類型に関する知見について、IMモデルの下敷きのうえで整理しつつ学んでいく[p.52]」。
第3章、科学・技術による創動を基軸としたイノベーション類型
・第1世代(1940年代から1960年代後半)の「科学推動型(science/technology push型)イノベーション」、第2世代(1960年代後半から1970年代前半)の「課題引動型(demand/market/need pull型)イノベーション、第3世代(1970年代後半から1980年代後半)の推し引き互動型(coupling/interactive model)イノベーション(「科学推動(push)と課題引動(pull)が同時に生起[p.72]」)の3類型がある。[p.53-54]」

第4章、技術変化・技術構成とイノベーション類型
・「漸進的イノベーション(incremental innovation)とは、既存の製品、プロセス、組織、生産システムを継続的に改善していくことによりもたらされる変革[p.79]」、「抜本的イノベーション(radical innovation)とは、既存の製品、プロセス、システムを対象とした漸進的イノベーションからではけっして生まれないような非連続的な技術的変化によりもたらされるイノベーションを指す。[p.81]」
・構成部品の設計基本構想と人工物の構成則に基づく類型(Clarkらによる):漸進的イノベーションは機能向上により構成部品の設計基本構想は補強されるものの変化はなく、人工物の構成則(アーキテクチャ)も踏襲される。構成部品イノベーション(modular innovation)では、構成部品の設計基本構想は転換(抜本的に変更)されるが、人工物の構成則は踏襲される。構成則イノベーション(architectural innovation):構成部品の設計基本構想は補強されるものの変化はないが、人工物の構成則は変更される。抜本的イノベーションでは、機能向上により構成部品の設計基本構想は転換され、人工物の構成則も変更される。[p.88-89
・「技術変化に伴う市場での組織の地位の変化に着目し、地歩崩壊型(disruptive)-地歩持続型(sustaining)という二分法でイノベーションをとらえようとする考え方もある。・・・Christensenの著作をふまえると・・・、地歩持続型イノベーション(sustaining innovation)は、高度で洗練された要求条件を抱いている顧客層への対応を念頭に、企業などが市場における自らの地歩を保持しつつ、より高品質・高性能の製品・サービスを持続的に提供していくことによって生まれるイノベーションである。一方、地歩崩壊型イノベーション(disruptive innovation)とは、既存市場で地歩を築いている企業にとってみれば、その持続的優位性を脅かすような破壊的変化を生むイノベーションである。[p.97-98]」

第5章、オープン・イノベーション(主体間関係とイノベーション類型その1)
・「大きな価値創成源のプールにアクセスできるというオープン・イノベーションの便益は明白で、今後さらに、オープン・イノベーションが多様に展開していくだけの必然性があると考えられる。しかしながら一方では・・・価値創成網形成のための取引コスト上昇、重要な価値創成源の専有性損失、イノベーションにおける主導権喪失などの構造的脆弱性も抱えている。オープン・イノベーションは現代社会において大いなる可能性を秘めているが、すべてに適用できる万能薬ではなく、その有効性が発揮できる適用範囲にも限界があることにも留意しなければならない。オープン・イノベーションは、ある意味では自己完結型の価値創成網によるクローズド・イノベーションのアンチテーゼであり、戦略の選択肢の1つであると認識すべきである。・・・自己完結型の価値創成網に依存すると不確実性が増し、かつ、構造的脆弱さを克服するプロジェクト運営ができる条件が整っている場合・・・が、オープン・イノベーションの適用範囲になると考えられる。[p.139-141]」

第6章、ユーザー・イノベーション(主体間関係とイノベーション類型その2)
・「いまやイノベーションの契機になるような発明・開発は、作り手・使い手の両側で行われてきている観を呈しており、一方的な受け身の使い手という観念だけで、現代イノベーションの実相を理解しようとするのは無理になりつつある[p.152]」
・「Von Hippelは、ユーザー・イノベーションを、製造者がイニシアチブをとるイノベーション(manufacturer innovation)と対比的に扱い、次のように説明している。何らかの新しいモノ・コトの開発者が、それを使用することによって開発者自身が便益を得る場合はユーザー・イノベーションである。何らかの新しいモノ・コトの開発者が、それを売ることによって便益を得る場合は製造者イノベーションである。・・・では、どのような条件の変化が、『イノベーションの民主化』を推進してきたのであろうか?・・・①ユーザーに固着した情報の重要性が増してきていること、②ニーズの個別化が進行していること、は『イノベーションの民主化』を進める要因となっている。加えて、③ICTの普及により、ユーザーの能動的・組織的関与への障害が低くなりつつあること、④ユーザーが開発、試作、生産に関与する技術的可能性(例:3次元プリンタ)が拡がっていること、などの技術的環境も整ってきていることも相まって、ユーザーの関与は拡大し深化している。[p.156-157]」

III部、価値掘り起こしのためのアプローチ
第7章、デザインに励起されたイノベーション・アプローチ

・「人間本位のデザイン思考によるイノベーション・アプローチは、人々の深いニーズを把握することを変革創始点にして、人工物と人間との間に生じるコト・経験を創造していこうとするアプローチで、IPMモデル上では課題・ニーズの定義を変革創始点にする傾向の強い課題引動(demandpull)的なプロセス構造を持つ。これに対して、人工物が人間にとって持っている『意味』の創造・提案(概念創造)を変革創始点にして、新たなコト・経験を創造していくという供給推動(supply push)的なイノベーション・アプローチがある。これは、Vergantiによって提唱されたアプローチで、デザインに駆動されたイノベーション(design driven innovation)と呼ばれている。[p.200]」

第8章、使用価値に視座をおいたイノベーション・アプローチ
・「本書でいう使用価値に視座をおいたイノベーションとは、設計者・供給者が意図した使用価値を基盤に、ユーザーが自らにとって好ましい使用価値を実現させていくことを手助けするようなイノベーションである。[p.215]」「Vergoらが主張したサービス中心のロジック(SDL: Service Dominant Logic)・・・は、プロバイダーの提供したモノ自体が価値を持っているわけではなく、モノは使用価値の分配機構にすぎないという考え方を示しており、野城が2000年に提示したサービス・プロバイダー・・・と同様の主張をしている。[p.217]」「モノ中心からサービス中心への移行とは、価値創造の焦点を生産者から、生産者とユーザーとの共創にプロセスを移行させることを意味している。[p.221]」「人間の心理、行動は複雑で個別で、使用価値にそれらが大いに関係する。それだけに、使用価値を向上・賦活させる変革のためには、人間の心理、行動についてセンシング・データをもとに推し量り活用することも重要である。ビッグデータを使いこなし、人間理解にまさる者が、使用価値に視座をおいたイノベーション・アプローチの成功者となると考えられる。[p.238]」

第9章、社会的価値に基軸をおいたイノベーション・アプローチ
・「本書では、社会的イノベーションを次のように定義する。社会的なニーズや問題への対応を主眼に、新しい種類の解決策を創造・適用することによって、社会的価値を増進し、社会の現状を刷新するような変革を生み出すこと。ここでいう、社会的価値とは、個人の利得を越えた、社会全体にとっての便益の創造もしくは社会的コストの削減など、社会全体の豊益潤福を指す。[p.246-247]」

第10章、イノベーション・コミュニティ
・「現代のイノベーションのプロセスは、行きつ戻りつ循環を繰り返す。その繰り返しプロセスは、進行する間に、偶然も含む内発的要因や、技術的変化や市場深化という外的要因により大きく影響を受ける。結果として、その繰り返しプロセスには、どのような価値創成源が必要になるのか事前に予測することは困難であるといわねばならない。不確実要因をはらんだなかで進行する現代のイノベーションを成功裡に導いていくためには、その進行中に生じる状況に応じて、必要となってくる価値創成源を広い範囲から臨機応変に収集し、紡いでいくことが重要となる。・・・価値創成網を構成する主体が固定的であったり、その範囲が限られている場合は、調達できる価値創成源の範囲が制約され、イノベーションの発展が妨げられてしまうおそれがある。これに対して、個々のイノベーション・プロセスで形成される価値創成網の基盤としてコミュニティが存在し、そのコミュニティには広範で多様な主体(個人・組織)が含まれ、当意即妙に価値創成網に参加できるようになっていれば、価値創成源が弾切れになることはなく、イノベーションの進展を支えていけると考えられる。[p.267-268]」
・「現代のイノベーションは・・・ユーザーを含め多様な主体が価値創成網に参画することから、都市は、イノベーション・プロセスの進行場として、また、価値創成網を形成しつつ幅広い価値創成源を調達する場として、さらには、やりながらの学び(learning by doing/using/interacting)の場として重要となっている。[p.295]」

IV部、イノベーション・マネジメント:日本の未来のために
第11章、イノベーション:日本が抱える課題に関する試論

・著者は日本のイノベーションが低調である構造的問題として、次のような点を指摘しています。トップダウン・アプローチについて、システムのシステム(SoS)戦略の脆弱さ(単発の技術では機能しない)、イノベーション・プロセスの創始不全(始まらないこと)について、垂直統合による可能性狭窄、潤福増進指向の薄弱さ(豊益ばかり)、人工物概念の創造活動の低調さ(漸進的、持続的なものばかり)、価値創成網形成不全(繋がらないこと)について、複合障害要因による「不動如山」状況(やってみない)、繋がり形成のための変革促進役不足(プロモーター、橋渡し、ベンチャー・キャピタリスト不足)、イノベーション・コミュニティ基盤の脆弱さ(発明者、洞察的解釈者(interpreter)、ユーザー、デザイナー、構成則戦略者(architect)、変革促進役(promoter)不足、生産拠点の海外移転)、イノベーション・プロセス駆動不全について、イノベーション・プロセス駆動促進に関する経験知の未成熟(官僚的非柔軟性、意思決定遅延)。[p.320-352

第12章、イノベーション・マネジメント:日本への提言
・提言1:「日本も、ユーザー、需要側の視点に立ってSoS構想策定に能動的に取り組み、わが国の競争優位性を発揮できる枠組みを模索すべき[p.362]」。提言2:垂直統合組織から価値創成源を誘引する「日本型オープン・イノベーション[p.369]」。提言3:「潤福増進から発想した変革構想展開、・・・人工物基本概念および構成則の練り込み推進[p.373]」。提言4:「プロトタイピング促進[p.386]」「中間組織による『場』と『繋がり』の育成[p.391]」。提言5:「『やりながらの学び』による持続的価値向上[p.397]」。提言6:「機会・リスク評価に基づいた経営資源投入のための包括策推進[p.401]」
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本書は、イノベーションとはどのようなものかを理解する上での有用な視点を与えてくれていると感じます。そして、その理解に基づいて、「こんなことが言える、あるいは予想できる」と述べられている内容も示唆に富んだものだと思います。もちろん、この視点から実務家に対して直接「こうすべきだ」という指針が導かれるものではないかもしれません。特に一企業の実務家の裁量や能力の範囲を越えるような連携や国家のイノベーション政策に関わる指摘は、それ自体が直ちに役に立つというものではないでしょう。また、実際に実行可能なレベルまで具体化されていない議論や、企業実務家にとっては違和感のある意見もあるとは思います。しかし、実務家は具体的な方法論にばかり注意が向きやすい傾向もありますので、時には本書のような俯瞰的な視点からイノベーションの本質を考えてみることも必要でしょう。著者の見解を参考に、具体的に何ができるのかを考え、試行してみることが実務家には求められているのだと思います。


文献1:野城智也、「イノベーション・マネジメント プロセス・組織の構造化から考える」、東京大学出版会、2016.

好きの力(楠木建著「好きなようにしてください」「『好き嫌い』と才能」より)

「好きなこと」には人を動かす力があると思います。好きなことと嫌いなことがあれば誰でも好きなことを選びたいでしょうし、好きなことなら努力は苦にならないという人も多いでしょう。研究者にも、好きなことに没頭できればそれが何よりの幸せ、という人がいます。

今回は、その「好き」の意味と、「好き」の力について、楠木建著「好きなようにしてください」[文献1]と、「『好き嫌い』と才能」[文献2]に基づいて考えてみたいと思います。

好きの力
著者は「『好き嫌い』と才能」[文献2]の「まえがき」で次のように述べています。
・「単に『食っていく』ための仕事であれば、好き嫌いはとりあえず横に置いておいたほうがいいかもしれない。四の五のいわずに与えられた仕事を期日までにきちんとやる。それで仕事としては一応回っていく。しかし、これは『マイナスがない』というだけの話。『みんなができることが自分もできる』は、プロの世界ではゼロに等しい。ゼロから他の人にはできないようなプラスを創る。そのことにおいて『余人をもって代えがたい』とか『この人にはちょっとかなわない・・・』と思わせる――。これを『才能』という。・・・才能は特定分野のスキルを超えたところにある。逆に言えば、あれができる、これができると言われているうちはまだ本物ではない。『データ分析に優れている』であれば、その種のスキルを持っている人を連れてくれば事足りる。・・・『ああ、この人はすごい』『この人なら何とかしてくれる』と思わせるところに才能の正体がある。それは特定の要素に分解したり還元できない総体である。総体としての才能は一朝一夕には手に入らない。習得するための定型的な方法も教科書も飛び道具もない。しかし、だからといって、ごく一部の天才を別にすれば、『天賦の才』というわけでもない。あっさり言ってしまえば、『普通の人』にとって、才能は努力のたまものである。余人をもって代えがたいほどそのことに優れているのは、それに向かって絶え間なく努力を投入し、試行錯誤を重ねてきたからにほかならない。・・・しかし、これは同時に元も子もない話でもある。『質量ともに一定水準以上の努力を絶え間なく継続する』といっても、それができないのが『普通の人』だからだ。なぜ努力は続かないのか。その理由は、努力がしばしばインセンティブと表裏一体の関係にあるからだ。インセンティブとは『誘因』である。文字どおり、ある方向へとその人を誘うものであり、それはしばしば外在的に設定された報酬という形をとる。報酬は何もおカネや昇進に限らない。人から褒められる、承認されるというのもまた報酬である。・・・要するにインセンティブは、鼻先にぶら下げられたニンジン(もしくは、お尻を打つ鞭)にほかならない。インセンティブがあれば人は努力する。しかし、裏を返せば、インセンティブが効かないと努力しなくなってしまう。ここに問題がある。・・・インセンティブに基づく努力の最大の問題は、それがネガティブな状況において脆いということにある。・・・努力をしても成果が出なかったり、思うような評価が得られないこともある。むしろこっちのほうが普通だろう。インセンティブで努力をする人はその時点でくじけてしまう。・・・この場合『もういいや、どうせ・・・』ということになり、人は努力を停止する。・・・どうすれば普通の人々が高水準の努力を持続できるのか。ここに問題の焦点がある。これに対する筆者の答えは、『努力の娯楽化』という発想の転換である。考えてみれば、それが『努力』かどうかは当事者の主観的認識の問題だ。『努力しなきゃ・・・』と思った時点でもう先行きは怪しい。だとしたら、『本人がそれを努力だとは思っていない』、これしかないというのが筆者の行き着いた結論である。・・・『努力の娯楽化』、これが仕事における最強の論理だというのが筆者の考えだ。・・・何かの方面で『才能』といえるようなものを時間をかけて練成していかなければプロにはなれない。趣味の世界では誰もが身に覚えのある『努力の娯楽化』、これを仕事の世界にも持ち込むことができれば話は早い。インセンティブは必要ない。『好き』は自分のなかから自然と湧き上がってくるドライブ(動因)である。・・・良し悪しに軸足を置くインセンティブに対する、好き嫌いドライブの決定的な優位はネガティブな状況にやたらに強いということにある。『努力の娯楽化』のメカニズムが動きだしたとしても、すぐに才能に結実し、成果が出るとは限らない。・・・成果が出るまでには長い時間がかかるのが普通である。だからこそ、いいときも悪いときも、長期の継続が大切になるのである。そのことが好きであれば、すぐに成果や報酬に結びつかなくても苦にならない。ここに『努力の娯楽化』の本質がある。[文献2、p.iv-ix]

仕事の原則10か条
「好きなようにしてください」[文献1]では、仕事やキャリアに関する様々な相談に著者が答え、余談として著者の仕事論が語られるという構成になっています。そのなかで比較的頻繁に登場する著者の考え方が「仕事の原則10か条」[文献1、p.157-164]としてまとめられていますので、以下にそれをご紹介します。
1、「仕事と趣味は違う」の原則:「自分以外の誰か(価値の受け手=お客)のためにやるのが仕事。自分のためにやる自分を向いた活動はすべて『趣味』。趣味は家でやるべき。仕事と混同してはならない。」
2、「自己評価はなしよ」の原則:「仕事はアウトプットがすべて。ただし、アウトプットのうち、『成果』と言えるのは客が評価するものだけ。・・・仕事の達成をアウトプットを出すことそれ自体に求める。このすり替えが自己欺瞞。・・・したがって、仕事の自己評価の必要は一切なし。自分が納得する仕事をしていればそれでよし。あとは客が評価をしてくれる。客に評価されなければそれでおしまい。」
3、「客を選ぶのはこっち」の原則:「客を選ぶのはこちらの自由。全員に受け入れられる必要なし。そいうか、それはほぼ不可能。こういう人のためにやるというターゲットをはっきりさせて、その人たちに受け入れられればそれでよし。」
4、「誰も頼んでないんだよ」の原則:「仕事の根幹にあるのは当人の自由意志。仕事は本当のところは誰からも頼まれていない。誰にも強制されていない。すべて自分の意志でやっていること。にもかかわらず、仕事が成果につながらない時、他者や環境や制度のせいにする。これ最悪。」
5、「向き不向き」の原則:「やり続けてもどうしてもアウトプットが出ない、もしくは、アウトプットが出ても客が評価する成果にならない。これを『向いてない』という。つまり才能がない。資質、能力がない。これはどうしようもない。だから・・・
6、「次行ってみよう(ただし、近場で)」の原則:「向いていないことが判然としたら、さっさと別のことをやるべき。つまり『ダメだこりゃ、次行ってみよう』。ただし、だからといってゼロからやり直したり大転換する必要なし。本当に向いていない方面には、そもそも手をつけないもの。次に行くべきところは意外とそれまでやっていたことの近所にある。」
7、「自分に残るのは過程」の原則:「仕事のやりがいは、自分の納得を追求する過程にある。客にとっては結果(成果)がすべて。仕事の成果を自分で評価してはならない。しかし、自分のなかで積み重なるのは過程がすべて。仕事の過程で客におもねってはならない。おもねると、短期的に『成果』が出たとしても続かない。」
8、「仕事の量と質」の原則:「客側(自分ではなく)で記録に残る成果の集積を『仕事の量』という。これに対して、客の記憶に残る成果が『仕事の質』。一方で、自分の記憶に残る成果、これを『自己満足』という。自己満足はわりと大切。ただし、自己満足はあくまでも舞台裏の話しで、表に出してはならない。」
9、「誘因と動因の区別」の原則:仕事の量を左右するもの、これを『誘因』(インセンティブ)という。ただし、誘因では仕事の質を高められない。仕事の質を左右するのは『動因』(ドライバー)。誘因がなくても自分の中から湧き上がってくるもの、それが動因。」
10、「無努力主義」の原則:「それが『努力』かどうかということは当事者の主観的認識の問題です。僕に言わせれば、『努力しなきゃ・・・』と思った時点でもう終わっている。もちろん何かがうまくなるためには努力投入、しかも長期継続的なそれが必要なわけですが、本人がそれを『努力』と認識している限りは投入の質量ともにたかが知れているし、何よりも持続性に欠ける。質量ともに一定水準以上の『努力』を継続できるとすれば、その条件はただ一つ、『本人がそれを努力だとは思っていない』、これしかないというのが僕の結論でありまして、これを私的専門用語で無努力主義と言っています。つまり客観的に見れば努力投入を継続している、しかし当の本人は主観的にはそれをまったく努力だとは思っていない。これが理想的な状態。無努力主義の本質は『努力の娯楽化』にあります。」
・上記の原則は、著者が「研究」という仕事をつうじて体得したもの、とのことで、その「研究」の特徴は、「①ふわふわしている:世の中の超間接業務。虚業中の虚業。②人間の本性の発露:「知る」「考える」「それを人に伝える」は人間の本性。③慢性的に供給が重要を上回る:したがって仕事として折り合いがつきにくい。[文献1、p.156]」ということですが、技術の研究であってもこういう要素はあるでしょう。研究に限らず、努力によって能力を高めていく必要がある仕事には当てはまるところが多いように思います。

その他の興味深い指摘(「好きなようにしてください」[文献1]より)
上記以外の興味深い指摘もまとめておきます。
・「仕事を選択しようとしている以上、仕事の内実が基準になるべきです。環境評価、環境比較にはたいした意味はありません。・・・僕が問題にしているのは、内実と環境をすり替える愚です。[文献1、p.3-4
・「実際にやってみなければ本当のところはわからないし、思ってもみなかったことが続出するのが仕事だということです。どうせ事前には完全にわからないのであれば、具体的な詳細にこだわるよりもキャリア・コンセプトをよりどころにするほうが理にかなっています。・・・キャリアとは自分のキャリア・コンセプトを絶え間なく練り上げていくプロセスだともいえます。数多くの成功や失敗、滑った転んだを重ねながら、その都度自分の心の奥底にある好き嫌いを見据え、自分だけのキャリア・コンセプトを研ぎ澄ませていく。そこにこそ仕事生活の醍醐味があると思います。[文献1、p.43-49]」
・「仕事の面白みは、徐々にしかわからないものです。・・・キャリアとは、本来非常に時間的に奥行きのある問題です。[文献1、p.53-54]」
・「戦後の終身雇用と年功序列の組み合わせは、コストを極小化して全員で足並みをそろえて成長の波に乗るという意味で、ベリーベストの選択だったと僕は思います。だからこそ、それが一気に広まったわけです。それがあたかも弥生時代から連綿と続いているような、日本の文化のように思われてしまった。とんでもない誤解です。[文献1、p.62]」
・「近いものは悪く見えやすく、遠いものほどよく見えやすい[文献1、p.62]」
・「欲と夢は異なる。・・・欲と夢との違いは、趣味と仕事の違いに重ねて考えるとわかりやすい。・・・趣味の場合、自分が楽しければそれでいい。[文献1、p.96
・「嫉妬が生まれる条件には2つある・・・。一つは『比較可能性』です。・・・もう一つの・・・条件は、嫉妬する側の自己に対する有能感です。[文献1、p.111-112]」
・「深刻な問題に思えることでも、ほとんどのことはジッサイのところ『気のせい』です。[文献1、p.228-229]」
・「ほとんどの人には壮大かつ具体的な夢や確たる長期目標など持ちようがないのです。無理して掲げると、かえって『夢負け』して勝手に委縮したり、頑張りがからまわりするという成り行きになります。・・・会社という組織でおこなう事業と個人のキャリアはまるで違う問題です。組織か個人か、目標が客観的で明確か(事業の場合は長期利益)、それとも主観的で抽象的なのか(個人のキャリアの場合は『やりがい』『達成感』『幸せ』)、さまざまな次元で事業とキャリアは異なります。最大の違いは時間軸の長さです。事業の寿命よりも人間の寿命のほうがずっと長い。いまの時点で明示的な計画や戦略を立てようとしても、そんなに先のことはわかりません。しかも生身の人間の向き不向きや達成感の問題です。そんなことは、いろいろと経験して、試行錯誤の中から事後的にしかわからないに決まっている。[文献1、p.244]」
・「視野を広げるほど物事が相対化でき、自分の仕事についての理解を深めることができますので、本質をつかみやすくなります。視界に入る選択肢も増えます。・・・視野を広げるには基本的に2つの方向があります。一つは時間軸での視野の拡張。『いまはこうかもしれないけれど、時間が経てばそのうちこう変わるかもしれない』『いい時もあれば、悪い時もある』『人生楽ありゃ苦もあるさ』というように、時間軸を長く持つ。自分のキャリアに向かう時にとても大切な構えです。・・・もう一つの視野拡張の基本戦略が空間軸での拡張です。[文献1、p.285-286]」
・「僕が言う『幼児性』の中身には以下の三つがあります。一つ目は世の中に対する基本的な認識というか構えの問題です。身のまわりのことごとがすべて自分の思い通りになるものだという前提で生きている人を『子ども』と言います。・・・思い通りにならないことは『問題』であり、間違っている。これが子どもの世界認識です。一方の大人は、『基本的に世の中のすべては自分の思い通りにならない』という前提を持っているものです。・・・本来は個々人の『好き嫌い』の問題を手前勝手に『良し悪し』にすり替えてわあわあ言う。これが幼児性の二つめです。・・・幼児性の三つ目は、他人のことに関心を持ちすぎるということです。・・・自分の仕事や生活に何かさみしさや不満、鬱憤、鬱屈、屈託があって、いま一つ充実していない。そういう人は他人の欠点や問題、もっと言えば『不幸』を見て心の安らぎを得るというか、鬱憤晴らしいをするところがあります。・・・他人のさまつなことを気にするよりも、自分の仕事と生活にきちんと向き合う。それが大人というものです。[文献1、p/346-348]」
・「当事者意識を持たせるには、仕事を『まかせる』。これが基本原則です。まかされて期待されれば、それに応えようとする。これは人間の本能です。・・・もちろん仕事ですから、やりたいことを100%はさせられない。それでも、自分や会社が彼らにやらせたいことと彼らの希望をできる限りすり合わせて、元気にさせる。これは上司の仕事の最低限です。・・・一般的にいって『部下のできがいいとマネジメントが無能になる』傾向があります。[文献1、p.362-363]」

こうした考えのもと、相談者に対する著者の基本的スタンスは(書名にもあるように)「好きなようにしてください」です。ただし、これは、「どうでもいいから好き勝手にしてください」ということではなく、「自分が好きだと考えることに従ってください」というのが著者の主張と考えられます。その根拠は「好き」には上述のような力があるから、ということになるのでしょうが、問題になるのは「好き」だと思っていることが、本当に自分の好みや特性を正しく反映させたものなのか、ということでしょう。自分とは関係ない世間の俗論や、先入観、自分の思い込みや勘違い、単なる気のせい、経験不足、視野の狭さなどのせいで、自分の仕事に対する「好き」が正しく捉えられていないケースが多くの相談で指摘されています。もちろん、若さのせいで「好き」がはっきりしていない場合もあるわけですが、そんな時でも、無意味な判断基準に惑わされず、とりあえず「好きそうな」方向に行ってみて「好き」を理解し、現実の仕事との折り合いをつけていけば、よい仕事ができるようになるだろう、というのが著者のメッセージなのだと思います。
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このような「好き」の力は、技術開発を進める上でも非常に重要です。著者は、個人のキャリアと会社の事業とでは意味合いが異なると述べていますが、著者の言う「好きなようにする」ことの力は、企業における技術研究ではかなり当てはまるところが多いと思います。特に、不確実性が高く先が見えない状況で多大な努力が要求される場合や、計画されたものではない(予定外の)発想を期待しているような場合には、高い動因が必要となります。研究開発のマネジャーとしては、「好き嫌い」は個人的なものであることを認めた上で、それでも、研究員が仕事に対して「好き」という気持ちをなんとか持ち続けられるようなことを考えなければならないのではないかと思います。おそらく「好き」は、自己実現や内発的動機、達成動機、持論といったものの基礎になっており、また適性や個性とも深く結び付くものではないかとも思います。「好き」の力の活用は、研究マネジメントにおける重要な視点のひとつだと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:楠木建、「好きなようにしてください たった一つの『仕事』の原則」、ダイヤモンド社、2016.
文献2:楠木建、「『好き嫌い』と才能」、東洋経済新報社、2016.

参考リンク


研究開発実践のマネジメント-技術的課題実現に関わるテーマ設定の注意点:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.1.1.3)(「ノート」全面改訂第11回)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第3回第4回第5回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
どこに不確実性があるかの見極め第8回第9回
2.1.1
、課題実現の不確実性に関わる研究テーマの設定、1)課題実現の不確実性に関わる研究テーマの特徴とポイント、2)課題実現の不確実性を検討する上で考慮すべき点(特に、技術的な不確実性について)第10回

3)課題実現の不確実性に関わるテーマ設定上の注意点――特に技術面の課題に関連して
前回は、目標とする課題を実現できるかどうかが不確実な場合、その不確実性解決がイノベーションの実現にとって重大な影響を及ぼす場合のテーマ設定について考えました。課題実現の不確実性が問題とされる場合は、その不確実性解決には技術的な要因が関わることが多く、そのため研究部隊・技術者が主として関わる場合が多いこと、技術的な不確実性の解決には他部署にはない技術的専門能力が要求されることから、分業的な仕事の進め方になりやすいことを注意点として挙げました。

今回は、この点をもう少し深く掘り下げ、分業的な技術開発の背景にある要因と、技術主導のテーマ設定、研究の進め方の問題点についてのいくつかの考え方をご紹介して、イノベーションの進め方と技術部門の役割について考えてみたいと思います。

分業的な技術開発をもたらす要因
技術の専門性

どんな分野であれ専門家になるためにはその分野の知識とスキルの獲得が必要です。例えば、「エリクソン(Ericsson[1996])は、仕事に限らず熟達化における高いレベルの知識やスキルの獲得のために、およそ10年にわたる練習や経験が必要であるとして『10年ルール』を提起している[文献1、p.34]」とのことです。また、ノーベル賞をはじめとする画期的な研究、技術開発を行った年齢の調査結果(ノースウェスタン大学のジョーンズによる)では、偉大な業績を上げ始める年齢が近年高齢化しているとのことで、このことは教育に必要な期間が長くなっていることを示しているとされています[文献2]。このように「専門性」を習得する時間が必要なことは、「技術のことは技術者に任せるのが効率的」という「分業」的発想を促すひとつの要因になっていると思われます。

専門的知識と専門的スキル
専門性を考える場合、「知識」と「スキル」を区別して考える必要があることがあります。前回、技術開発部隊に求められることには「頭を使う」ものと、「体を使う」ものがあるという分類のしかたをご紹介しました。頭を使うことは、主に保有している知識を使うことになりますが、体を使うにはスキル(例えば実験技術、解析技術など)が必要とされることが多くあります。「専門性」というと「知識」に注意が向きがちですが、「スキル」が求められる側面も忘れるわけにはいきません。

専門性の獲得と専門性の維持
専門性を極めることに加えて、その専門性を維持することも必要です。特に進歩が速い分野では、技術レベルを維持するにもそれなりの労力が必要ですので、新しい情報の入手と効果的な学習の体制を準備しておく必要があります。また、一般に知識の補充よりもスキルの更新の方が時間がかかる場合が多いので、要求されるスキルの進歩が速い分野では、専門性の維持にもそれなりの投資が必要ということになります。

つまり、研究開発部隊には、目の前の仕事を処理する以外に、専門性維持のための努力が求められることになります。そのため、目先の課題解決に注力しすぎると、専門性が維持できなくなってしまう可能性があります。研究部隊には他部署ではできない「専門的」な仕事を分担してほしい、という要求があって専門に集中する傾向があるとともに、研究部隊の側にも専門外の事に目を向けすぎて専門性が維持できなくなることを避けなければならない、という思いがあることが、分業をさらに促し、与えられた課題のみに過度に集中してしまい、課題以外(特に技術的課題以外)の要素を見落してしまう、という傾向につながる可能性があるのではないかと思われます。

技術主導(あるいは技術者主導)の研究開発(イノベーション)の問題点
技術はよいのにビジネスで失敗する、という事例が増えるに従い、技術的な優位性だけではなかなかイノベーションは成功しない、ということが広く認識されるようになってきたと思います。それにつれ、技術主導(技術者主導)のイノベーションの問題点の指摘も増えていると思います。技術者にとって、そうした指摘は非常に参考になりますので、ここでそのいくつかを紹介しておきたいと思います。

・イノベーションがどのように採用され普及していくかの研究を行ったRogersは次のように述べています。「優れたイノベーションはそれ自身が売りものである。したがって、明らかに利便性の高い新しいアイデアは潜在的な採用者に広く認知されて、そのイノベーションは速やかに普及すると技術者の多くは信じている。しかし、このようなことはほとんどない。少なくとも、イノベーションを創造して、他の人に普及させようとする発明家や技術者の目からみると、多くのイノベーションの普及速度は失望するほど遅い」、「イノベーションによる便益が火をみるより明らかであったとしても、普及と採用にあたっては、イノベーションの相対的優位性以上のものが必要なのである。」[文献3、p.10-11]
・伊丹敬之氏、宮永博史氏は、技術者はどこで間違いやすいか、について次のように述べています。「『間違い』の共通キーワードは、『視野の狭さ』である[文献4、p.228]」。技術者が陥りがちな思いこみには、1)技術がよければ売れるという思い込み、2)自社技術だけが進歩するという思い込み、3)社内では新技術、世間では二番煎じ[文献4、p.192-198]がある。構想なき繁忙に陥る要因には、1)目の前の問題だけを解決しようとする(例:人海戦術に頼る)、2)意味のある問いを発することができない(正しい問題の設定ができない)、3)上位概念を構築できない[文献4、p.203-213]。技術の世界に引きこもる(タコツボ化)。その上で、イノベーションを経営するために必要な2つのジャンプとして、1)「自然の『理』の理解に加えて、人間社会の『情と理』の理解[文献4、p.229]」、2)他人の学習プロセスを導くのに必要な教育者の視点(「技術者・研究者の本質の一つである『他人を疑う』ことから、教育者の本質の一つである『他人を信じる』ことへ[文献4、p.235]」の視点の転換)、をあげています。
GriffinPriceVojakは、大企業内でいくつものイノベーションを成功させたシリアル・イノベーターの分析を行い、技術主導型イノベーション、分業的イノベーションの問題点について、次のように述べています。「技術主導型からイノベーションを行おうとして失敗する場合、そこにはまったく異なる2つの理由がある。1つは、技術主導型の多くが技術の有効な応用の仕方を探し出せず、またすぐには企業に利益をもたらさない『打つ釘がない金槌』をつくっているからだ。・・・2つ目の理由は、技術組織から生まれたブレークスルー・イノベーションが、いわゆる『死の谷』を越えられないために事業化されないというものだ[文献5、p.59-60]」。そして、イノベーションの曖昧な初期段階(FFE:FuzzyFront-end)の進め方について、「技術開発者はFFEにおいて、イノベーションにつながる技術やアイデアの発案者となる場合が多い。彼らは、製品に必要な技術や顧客の課題、市場ニーズを解決する製品機能をつくり出す。[文献5、p.63]」「チャンピオンは新技術や大きなポテンシャルのある市場機会を認識し、そのプロジェクトを自身のものとして主体的に行動する。・・・事業やマーケティングに関する手腕に優れ、組織内で生まれた技術を見出し、その技術の潜在力を理解する[文献5、p.64]」。製品開発担当者(implementer)は「プロジェクトが正式に承認されるとプロジェクトを統括し、それぞれの業務や各段階が時間通りに、また予算内に進められるよう取り計らう[文献5、p.65]」。「技術開発者、チャンピオン、製品開発担当者は、それぞれブレークスルー・イノベーションの異なる段階を担当するが、誰ひとりとしてFFEにおいてニーズの把握に責任を持たない。そして、この状況が『打つ釘がない金槌』のようなブレークスルー・イノベーションにつながるのである。[文献5、p.66]」
・また、Christensenによるイノベーションのジレンマ(破壊的イノベーションの理論、詳細は第8回参照)において見られるように、技術が顧客のニーズを越えてオーバースペック(過剰満足)になってしまう原因にも、技術部隊の視野の狭さが関与しているように思います(Christensenは、技術部隊ではなく、既存企業全体の考え方の問題と考えているようですが、技術スペックを重視しすぎる傾向が全社に広がった状態が既存企業の弱さを生んでしまう例とも考えられると思います。)

技術開発部門の役割は何か?
以上、課題実現の不確実性に関わる研究テーマを念頭に、そのような研究を担当することが多い技術部門の問題点について考えてみました。では、技術開発部門の役割は何なのでしょうか。私は次のように考えています。
・与えられた課題をなるべく速やかに解決すること。課題の不確実性を減らすこと。
・扱う対象からなるべく多くのことを学習すること。それには、専門的知識とスキルを高く維持すること、なるべく有意義な示唆が得られるように試行(実験)を設計する技法を磨くこと(スキルだけではなく、試行計画全体の策定)、試行から得られた結果からなるべく多くの有意義な情報を抽出する現象解釈や着想、アブダクションの技術を磨くことが重要と考えます。
・学習結果を関連部署と分かち合い、イノベーション全体の課題認識にフィードバックし、イノベーションを進めること。

効率重視の仕事の進め方とはやや異なるやり方かもしれませんが、イノベーション重視の時代においては、分業から離れ、部門間の相乗効果を生むような技術開発部門のあり方が求められているのではないか、という気がしています。


文献1:金井壽宏、楠見孝編、「実践知 エキスパートの知性」、有斐閣、2012.
文献2:後藤晃、「イノベーターの高齢化?」、RIETI独立行政法人経済産業研究所webページより、2006.2.21.
http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0187.html
文献3:Rogers, Everett M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.
文献4:伊丹敬之、宮永博史、「技術を武器にする経営 日本企業に必要なMOTとは何か」、日本経済新聞出版社、2014.
文献5:Abbie Griffin, Raymond L. Price, Bruce Vojak, 2012、アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック著、市川文子、田村大監訳、東方雅美訳、「シリアル・イノベーター 『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀」、プレジデント社、2014.

技術革新のタイミング(「Right Tech, Wrong Time」、Adner、Kapoor著HBR2016, Novemberより)

新技術の開発ではスピードが重要だという指摘はよくなされます。もちろん、よい成果を他社に先駆けて市場に提供することで競争優位を築ける場合も多いわけですが、市場投入が早すぎて失敗する場合があるのも事実です。では、どのような場合に新技術が旧技術にとってかわり、成功を収めることができるのでしょうか。今回は、「エコシステム」の観点からこの問題を議論した、AdnerKapoor著の論文、「RightTech, Wrong Time」[文献1]をご紹介したいと思います。

技術革新のタイミングを知る意義
・「ビジネスや業界、産業分野を破壊する変化についての理解はこの20年で大きく深まった。」「しかし、技術的変化が起こるタイミングは謎のままだ。ある技術や企業は一夜にして成功したように見える(ライドシェアのUberやソーシャルネットワーキングのTwitter)が、花開くのに長い時間がかかるものもある(HDTV、クラウドコンピューティング)。企業とマネジャーにとって、これは問題だ。・・・いつそのような革新が起こるかを知るためのよいツールがないのだ。」
・「それによる第一の脅威は、準備が遅すぎて変革を逃してしまうことだ(ビデオレンタルからストリーミングへの移行を無視して失敗したBlockbusterを考えてみよう)。しかし、第二の脅威として、早く準備しすぎて変革が始まる前に資源を消耗してしまうこともある(2001年のテクノロジークラッシュで消え、後になってそのアイデアが収益性のあるWeb2.0ベンチャーとして再び日の目を見ることになったドットコム企業を考えてみよう)。」
・「なぜある技術は急速に古い技術に取って代わり、ある技術はゆっくりとしか受け入れられないのかを理解するには、2つのことを分けて理解する必要がある。ひとつは、技術のみでなく、技術を支えるより広いエコシステムも考慮しなければならないということだ。そして二つ目は、競争は新旧の技術の間よりも、新旧のエコシステムの間で起こりうることを理解する必要があるということだ。このような見方は、マネジャーが革新の起こるタイミングを予測し、一貫した戦略を立てて脅威と機会の優先順位づけを行い、いつどこに組織の資源を投入するかをより賢明に決定する上で役に立つだろう。」

結局エコシステムが成功を左右する
・「既存企業も破壊者も、価値提案における期待に応えるためには、一連の補完的な要素――技術、サービス、標準、規制――に依存することになる。エコシステムを構成する要素の強さと成熟度は、新技術の成功と古い技術の持続にとってカギとなる役割を果たす。」
新しい技術のエコシステム
・「生まれつつある技術の可能性を評価するための最大の関心事は、それが顧客のニーズを満足させ、よりよい方法で価値を届けられるかだ。この問いに答えるため、投資家や経営者は、技術が商品化のゴールデンタイムに間に合うように、どのくらいの開発が必要なのかとか、生産の経済性はどうかとか、価格競争力があるかといった個別の点を追究する。新技術が予定どおり期待に沿えるという答えが得られれば、普通はその技術が市場の新しい支配者になると思ってしまうだろう。しかし、重要なのは、この期待が正しいのは、その新技術が他のイノベーションにあまり依存していない場合だけ、ということだ。例えば、既存のソケットに差し込む新しい電球という技術は約束された効果を直ちに発揮することができる。」
・「しかし、多くの技術はこのようなプラグアンドプレイ型ではない。むしろ価値創造の能力はエコシステムの他のクリティカルな部分の開発と商業化に依存している。例えば、HDTVでは、高解像度カメラ、新しい放送技術標準、最新の制作と制作後処理のプロセスが商業的に利用可能にならなければ牽引力が得られない。」
古い技術のエコシステム
・「新技術はそのエコシステムの制約を受けるのに対し、既存技術はその中核となる技術の進歩がなくてもエコシステムの改善によって加速され得る。例えば、バーコード技術の基本技術は何十年も変わっていないが、それを支えるITインフラによってより多くの情報が引き出せるようになるにつれその有用性は毎年のように進歩している。」

著者らの研究について
・著者らは半導体製造におけるリソグラフィー技術の世代交代を調査した。統計解析により、世代交代の速さの変動の48%が従来の要因(価格を考慮した能力、市場における競合の数、既存技術の採用期間)によって説明されたが、これにエコシステムの作用の効果を加えることで、変動の82%が説明できた。

エコシステム間の戦い
・「新しい技術が、単にプラグアンドプレイによる置換でない――使えるようになるためにエコシステムにおける重要な発展が必要な場合――には、新旧のエコシステムの間での競争が始まる。」
・「何が勝者を決めるのか?。新技術にとってカギとなる要因は、ユーザーがその技術のポテンシャルを実現できるようなエコシステムがいかに早く発達するかだ。・・・旧技術にとって重要なことは、既存のエコシステムの改良によっていかに競争力が増すかだ。」
・「世代交代の速さは、新技術のエコシステムが世に出るための課題を克服する速さと、既存技術のエコシステムが機会を拡張する速さとの相対関係で決まる。これらの力の相互作用を考えるため、著者らは破壊的な変化がその産業で起こる速さを評価するためのマネジャー向けフレームワークを開発した。」

技術的世代交代を分析するためのフレームワーク
・新技術のエコシステムを実現するための課題の大きさと、既存技術のエコシステムが発展する機会の大きさによって、次の4つのシナリオが考えられる。
Creative destruction
(創造的破壊)
・新技術のエコシステム実現の課題が少なく、既存技術のエコシステムの発展可能性が低いとき。「既存技術の消滅により、イノベーションの立ち上がりは速やかに起こる。既存技術は、ニッチに適応して長期間生き残りうるが、市場の大部分では既存技術は比較的早く捨てられ、新技術が優位になる。」ドットマトリックスプリンターからインクジェットプリンターへの交代がこの例。
Robust resilience
(活発な再生)
・新技術のエコシステム実現の課題が大きく、既存技術のエコシステムの発展可能性が高いとき。「置換の速度は非常に遅い。既存技術は長期にわたり業界リーダーとして繁栄をつづけることが期待できる。この分類は、技術が最初は革命的なものとほめちぎられたものの、振り返ってみれば過大評価であったことがわかる場合によくあてはまる。」バーコードとRFIDRFタグ)の関係がこの例。RFIDには優れた点があるが、エコシステムの進歩によりバーコードの利便性も向上している。「ITの進歩によりバーコードが使いやすくなるたびに、RFIDに要求される技術レベルが上がってしまう。そのため、イノベーションに期待される要求が上がり、そのエコシステムが開発中となるため広い適用が妨げられてしまう。」
Robust coexistence
(活発な共存)
・新技術のエコシステム実現の課題が小さく、既存技術のエコシステムの発展可能性が高いとき。「新技術は市場に参入するが、既存技術のエコシステムが改善されることで市場シェアは守られる。長い共存状態となる。既存エコシステムの発展が新技術の伸びを覆すまでの期待は難しいが、新技術が優位になるのをかなり遅らせることができる。」ハイブリッドカーエンジンと既存の通常エンジンの関係がこの例。
The illusion of resilience
(まぼろしの再生)
・新技術のエコシステム実現の課題が大きく、既存技術のエコシステムの発展可能性が小さいとき。「新技術の課題が解決されるまでは変化は少ないが、その後は速やかに置換する。」HDTVがこの例。「既存技術は、その継続的な進歩によってではなく、新興の競争相手の未熟さのためにシェアが維持される。」

行動への示唆
・「もし、潜在的に世の中を変えうるイノベーションを企業が導入しようとしているなら、その価値は、エコシステムにおけるすべてのボトルネックが解消するまで完全には発揮されない。技術自体を完成させることへのこだわりを少し減らし、エコシステムの最も差し迫った課題を解決することにより多く集中するのもよい。」
・「脅威を受けている既存企業は、新技術のみを分析するのではなく、それを支えるエコシステムに注意する。新技術のエコシステムの課題が大きいほど、自身のパフォーマンスを強化する時間がある。」
・「既存のパフォーマンスの強化は既存技術の改善と同様に、それを支えるエコシステム改善も意味する。」
・「既存技術のパフォーマンスが向上するたびに、新技術に要求されるパフォーマンスが向上する。

経営層が注意すべき2つのポイント
フレームワークの4つのシナリオのどこにいるのか?
・新技術に関して検討すべき3つの質問(詳細はAdner著「ワイドレンズ」参照)
1、実行リスク:予定された時間とスペックでイノベーションを実現するための困難さ
2、コーイノベーションリスク:イノベーションの成功が他のイノベーションの成功に依存する度合い
3、アダプションチェーンリスク:顧客が価値提案を評価するために、他のパートナーが技術を受け入れ、適用することの必要性
「新技術が直面するリスクが大きいほど、克服するべき課題は大きく、その技術が採用するまでに時間がかかる。」
・既存技術に関して検討すべき3つの質問
1、既存技術の改善により既存技術の競争力が向上するか?
2、エコシステムの補完的要素の改善により発展が可能か?
3、新技術とそのエコシステムによるイノベーションから何かを借用することで既存エコシステムの発展が可能か?
これらについてポジティブな回答となるほど、既存技術の発展・拡張の機会は大きい。
資源配分と戦略上の選択における示唆
Creative destructionでは:「イノベータは新技術に積極的に投資すべき。既存企業は創造的破壊の嵐に耐えるための変化を受け入れるような方策をとるべき。その中には既存技術で長期に生き延びることが可能なニッチを探すことも含まれる。」
Robust coexistenceでは:「新旧技術が長期間共存することを考え、既存企業は既存技術エコシステムへの投資を継続すべき。将来的にはニッチを探すべきではあるが急ぐ必要はない。新技術によるイノベータは技術と補完要因の完成を急ぐべき。」
The illusion of resilienceでは:「新技術イノベータはエコシステムの障害を解決し補完的要因を開発することに資源を振り向けるべきであって、技術的な完成度について過剰に重視すべきではない。・・・既存企業は自社技術のメリットを根拠に市場での地位を維持しようとする誤った仮説に対抗しなければならない。・・・斜陽化を意識し、収穫し、インクリメンタルな改善のみにすべき時だ。既存技術に対するイノベーションの努力を倍加する時ではない。」
Robust coexistenceでは:「既存企業は製品のアップグレードと、チャレンジャーにとってのハードルを上げるような積極的な投資を行なうべき。新技術イノベータは直面しているエコシステムの制約を見極め解決するべきだが、同時に要求されるパフォーマンスのレベルが上昇していくことも認識しなければならない。投資を行なうとともに、そのリターンについては辛抱づよくならなる必要がある。」

・「イノベーションの緊急性と無縁でいられる現代企業はほとんどないだろう。しかし、変革の戦略については、『するかどうか』という議論がしばしば『いつ』という議論をかき消している。残念ながら、最初は正しくても次に失敗すれば結果は破滅的だ。『Right tech, wrong time』シンドロームはどんなイノベーション企業にとっても悪夢だ。競合する技術を可能性の観点から詳細に分析すること――新しいエコシステムは進む準備が整っているか?古いエコシステムはまだ改善の可能性を持っているか?――は、タイミングの問題にもっと光を当てることになる。よりよいタイミングは、生き残りと成功に必要なイノベーションのための努力の効率と効果の改善につながるだろう。
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著者の主張するエコシステムの考え方は、著者の前著「ワイドレンズ」でも強調されていました。この論文は、それを技術革新のタイミングという観点から見直し、発展させたものと考えられます。個別の技術のみではなく、周辺の技術や周囲の環境、協力関係やライバルとの競争状況、すなわちエコシステムがイノベーションの成功に影響するという指摘は増えてきていると思いますが、何がどう影響するのかについての考え方が示されている点、興味深く感じました。

本論文では、既存企業と新技術を頼みとするイノベーション企業の戦いを主に議論していますが、既存企業や新技術で参入しようとする企業が複数ある場合もあるでしょう。要は、イノベーションは早くやればうまくいくというものではないし、自分たちのことだけを考えていたのではダメだ、ということになってしまうのかもしれませんが、エコシステムの観点で考えるべきポイントを整理した本論文から得られる示唆は実務者にとっても役に立つものなのではないかと思います。


文献1:Ron Adner, Rahul Kapoor, “Right Tech, Wrong Time”,Harvard Business Review, November 2016, p.60.
https://hbr.org/2016/11/right-tech-wrong-time

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