研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2017年02月

ビッグバン・イノベーションとは(ダウンズ、ヌーネス著「ビッグバン・イノベーション」より)

新しいモノやサービスが世の中に受け入れられる速さは様々です。スマートフォンのように驚くような速さで顧客に受け入れられ、世の中を大きく変えるものもあれば、いっこうに受け入れられないものもあります。かと思えば、遅々としてしか受け入れが進んでいなかったものが、ある時点を境に急速に普及する場合もあります。このように普及速度に違いがあること自体は改めて指摘するようなことではないかもしれませんが、近年の傾向として、従来よりも格段に大きな速度で受け入れられ、世の中を大きく変えるモノが増えてきているような気もします。

では、こうした「速い」イノベーションはどのように進めたらよいのでしょうか。他のイノベーションと同じやり方でよいのでしょうか。今回は、そのような最近のイノベーションの特徴とその進め方を議論した、ダウンズ、ヌーネス著「ビッグバン・イノベーション 爆発的成長から衰退に転じる超破壊的変化から生き延びよ」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。

はじめに ほんの数日で競争優位が消し飛ぶ世界で
・「ビッグバン・イノベーションとは『安定した事業を、ほんの数か月か、時にはほんの数日で破壊する新たなタイプのイノベーション』である。[p.i
・「先にお断りしておかなければならないのは、本書で紹介するケーススタディの大半が、家電、コンピューティング、通信関連の製品やサービスであることだ。それもとりわけ、スマートフォンやタブレットなどのクラウドベースのモバイル技術が多い。[p.xiv](筆者注:とはいっても、IT関連だけではなく、他の分野の事例も多く紹介されています。)

第1部、ビッグバン・イノベーション
第1章、ビッグバン・イノベーションとは何か よりよく、より安い世界で強いられる競争
・「モバイル機器用のナビゲーションアプリは、ビッグバン・イノベーションのひとつの例である。これらの破壊的製品やサービスは、すでに誕生した瞬間から、既存の製品やサービスと比べてよりよく、より安い。[p.9]」「ビッグバン・イノベーションはもちろん、モバイルエコシステムだけの現象ではない。その影響が及ぶのは、コンピュータや家電業界だけでもない。よりよく、より安い製品やサービスを引っ下げて、競合が参入してくるリスクから逃れられる産業はないのだ。実際、これまでの戦略やイノベーションは突然、役に立たなくなった。破壊的製品やサービスは、従来の競争ルールには従わない。プレミアムな製品でハイエンドの顧客を狙うこともなければ、優れた機能を削ぎ落して低価格志向の顧客を狙うこともない。既存の製品を分解して、新しい市場を開拓したりはしないのだ。彼らは、既存企業を競合とすら見なさない。顧客ニーズに応える方法もまったく違う。既存企業の製品ラインを品定めして、わずかに価格を下げるか、少しばかり性能をよくして、短期的な優位性を確保するような真似はしない。彼らはたいてい、既存企業の顧客の前に、きらりと光る製品やサービスを放り投げ、既存企業とはまったく違う製品やサービスに顧客の興味を引きつけようとする。しかも、破壊的製品やサービスは稲妻のように突然現れて、既存企業をまたたく間に駆逐する。彼らが製品を投入したが最後、戦略的に応じている余裕などない。[p.12]」
・「経済学者・・・は、・・・優れたイノベーションを“汎用技術”と呼ぶ。だが、本来なら“指数関数的技術”と呼んだほうがふさわしい。すなわち『1,2年といった比較的短いサイクルで、性能と価格の両方において倍々で改善しつづける、つまり性能は倍増し、価格は半減する技術』である。指数関数的技術こそは、イノベーター企業が破壊的製品やサービスを世に送り出すプラットフォームなのである。[p.14]」「指数関数的な進化の恩恵を受けるのは、デジタル技術分野だけではない。科学分野の飛躍的な発見や成果の記事を目にしない日はないだろう。実用性と拡張性があれば、科学分野のブレークスルーも、ビッグバン・イノベーションを引き起こす可能性を秘めているのだ。[p.14]」
・ビッグバン・イノベーションの3つの特徴:特徴1、枠にとらわれない戦略。特徴2、とめどない成長。特徴3、自由奔放な開発。

第2章、ビッグバン・イノベーションの経済学 クラウド、シェア、IoTがあらゆるコストを低減させる
・枠にとらわれない戦略:「新製品の製造コストが急激に低減したために、イノベーター企業は『プレミアムな製品』『低コスト』『カスタマイゼーション』の3つの価値基準で、同時に競争できるようになった。ムーアの法則に従ってコア技術のコストが低減するのに伴い、あらゆる製品に、よりよい部品を、より多く埋め込むことができるようになり、費用対効果が高まった。・・・クラウドや新しいかたちのインキュベーションを通して、『アイデア創出』『研究開発』『資金調達』が行えるようになると、かつて膨大な予算を必要とした研究開発コストもようやく下がりはじめた。[p.48-49]」
・とめどない成長:「新製品と新サービスにまつわる、あらゆる種類の情報を簡単に、効率よく検索できるようになった。このように“ほぼ完全な情報が市場で手に入る”ということはつまり、市場で成功している実験を即座に見つけ出したり、その場で購入したりできるという意味である。企業はもはや、初期導入者向けの市場を新規につくり出す必要がなくなった。だがその反面、“不完全なプロトタイプを最初に試せる”という特権も消えたため、新製品や新サービスにプレミアムは価格を設定することもできない。[p.49]」
・自由奔放な開発:「グローバルなブロードバンド・ネットワークとユビキタスなコンピューティング機器は、イノベーター企業とユーザーとを結びつけ、両者が協業(コラボレーション)し合う最適な環境をつくり出す。新製品や新サービスは、ごくシンプルな実験でライフサイクルをスタートさせる。しかもその実験は、実際の消費者を対象とし、コストやリスクを最小限に抑えて行われる。これは特に、・・・ソフトウエアベースのサービスの場合に当てはまる。だが、・・・ソフトウエア以外の製品においても、既製部品を組み合わせた製造モデルへの移行が進んでいる。研究開発の“設計コスト”が増大する一方、“組み合わせコスト”は低減する傾向にある。[p.49-50]」
・「この20年というもの、市場で手に入るほぼ完全な情報は、取引コスト全般を激減させた。・・・消費者が新たなツールを駆使して情報を探索し、製品や企業活動に影響を与えるとき、市場の非効率性は解消され、製品ライフサイクルは短命化する。市場で手に入るほぼ完全な情報によって、取引コストは大幅に、非連続的に提言し、あちこちの産業でビッグバン・イノベーションが生まれ出ている。[p.68]」

第3章、シャークフィン 製品サイクルは、もはや「キャズム」に従わない
・「エベレット・ロジャーズが提唱した、有名な釣り鐘曲線はもはや当てはまらない。新技術は、ロジャーズが考えたように5つの市場セグメント――『革新者』『初期導入者』『初期多数導入者』『後期多数導入者』『導入遅延者』――を順番に攻略して普及してはいかなくなったのだ。ロジャーズの考えを踏襲して、1991年にコンサルタントのジェフリー・ムーアが『キャズム』を著した。そのなかでムーアは、『大ヒットを飛ばす新製品は、ロジャーズのいう5つの市場セグメントを順番に進むが、初期導入者と初期多数導入者とのあいだには深くて大きな溝、すなわちキャズムが横たわり、その溝を越えられない製品はその段階で消滅してしまう』と説いた。[p.93]」「釣り鐘曲線モデルは、計画ツールとしての価値を失った。・・・私たちのリサーチによれば、よりよく、より安いイノベーションの普及モデルは、エベレット・ロジャーズやジェフリー・ムーアが唱えた従来のモデルとはかけ離れている。・・・私たちはこの普及モデルを『シャークフィン(サメのひれ)』と名づけた。シャークフィンは4つのステージ――『特異点(シンギュラリティ)』『ビッグバン』『ビッグクランチ』『エントロピー』――からなる。[p.95-96]」
・「ビッグバン・イノベーションのプロセスは、さまざまな技術を組み合わせた実験で幕を開ける。・・・この比較的平穏な状態を見た既存企業は、新しいことは何も起きていないと錯覚するか、たとえ起きていたとしても、事態はそう急激に動くはずもないから、慌てて対処する必要はないと勘違いしてしまう。[p.97]」→これが特異点。「ところが、技術の微妙な組み合わせと優れたビジネスモデルとが一体になったとたん、マスマーケットを含む幅広い市場セグメントが一斉に破壊的製品やサービスに殺到する。企業の供給は追いつかなくなり、製品やサービスはほぼ瞬間的に市場に浸透する。[p.97]」→これがビッグバン。「こうして市場がたちまち飽和状態に陥ると、今度は、ほぼ同じ速さで売上の急落が始まる。[p.97]」→これがビッグクランチ。「古い製品の市場が生き残ったとしても、もはや大きな市場ではない。そこに集うのは、過去を棄てきれない、ちょっと変わった顧客たちだからだ。知的財産を含めて手元に残った資産は、他のエコシステムで新たなユーザーを見つけ出すか、次の事業へと移行して復活を遂げるための基盤となる。[p.103-104]→これがエントロピー。
・ロジャーズが提唱した釣り鐘曲線の普及モデルは、技術の漸進的な進歩に伴って、事業を戦略的に変化させる必要性を表していた。ところがビッグバン・イノベーションのシャークフィンモデルが表すのは、指数関数的技術が生み出す破壊的製品やサービスのすさまじい破壊力である。・・・製品やサービスのライフサイクルは短縮し、釣り鐘曲線は左右非対称に変わり、産業に破滅的な影響を及ぼしてきた。[p.101]」

第2部、ビッグバン・イノベーションを生き延びる戦略
4つのステージの概要と、ビッグバン・イノベーションを生み出したり、脅威を生き抜くためのルールが各章で述べられます。
・「『指数関数的な技術』と『取引コストの低減』が生み出すイノベーションの宇宙において、破壊的イノベーションのライフサイクルは、よくも悪くも短命化した。[p.133]」
第4章、特異点 市場に投入するための期間が、市場に投入してからの期間よりも長い (Singularity)(筆者注:このSingularityは、単発の実験というような意味合いもあるように思います)
・「特異点では、ビッグバン・イノベーションの第3の特徴である『自由奔放な開発』が活発に行われる。破壊的製品やサービスは突然、爆発的に普及するため、市場に投入するための期間は一般的に、市場に投入されてからの期間よりも長い。[p.140]」
・ルールの概要:「将来を明確に見通す。別の産業から現れる破壊的変化の予兆を見逃さない。新製品や新サービスを投入するタイミングをピンポイントの精度で見抜く目を持ち、サプライヤーや顧客と協業する新たな方法に取り組む。[p.130]」
ルール1:「真実の語り手」の声に耳を傾ける
・「業界の“ビジョナリー”を探し出す。彼らは未来を明晰に見通す力を持ち、・・・口当たりのいい言葉で真実を覆い隠そうとはしない。[p.141]」「真実の語り手を企業がうまく扱えないときには、データが彼らの代わりになる。[p.149]」
ルール2:市場に参入するタイミングをピンポイントで選ぶ

・「ビッグバンに発展するものと、リトルバンプ(小さなコブ)で終わるものとを見分ける方法を学び、新たなエコシステムに参入する絶好のタイミングを選ぶ。[p.141]」
ルール3:一見ランダムな市場実験に着手する
・「組み合わせイノベーションを市場でじかに行い、サプライヤー、顧客、資金提供者・・・と協業する。[p.141-142]」「既存企業はリーン・スタートアップの方法を学んで、既製部品を組み合わせて実用レベルの製品をつくり出し、誰が買い、彼らがそれをどう使うのかをただ見極めればいい。[p.175]」

第5章、ビッグバン 「破滅的な成功」そのものがイノベーターを追い詰める
・「市場で手に入るほぼ完全な情報によって、破壊的製品やサービスがとめどない成長を遂げると、ビッグバン・イノベーションはウイルスのように広まる。顧客は破壊的製品やサービスに殺到し、企業は投資対効果検討書を何度も書き直すはめに陥る。[p.192]」

ルールの概要:「破壊的製品の爆発的普及とひとり勝ち市場に備える。独自のイノベーションを引っさげて新たな競合が現れたときには、持てる力を最大限に発揮して相手の活動の進行を遅らせ、できるだけ長く戦うか、場合によっては相手を買収してしまう。[p.130]」
ルール4:「破壊的な成功のシグナル」を見逃さない
・「失敗続きの実験が破壊的な製品やサービスへと変化する瞬間を先読みし、変化に対応する準備ができていなければならない。[p.195]」「新たな標準規格が登場しつつあることを、見逃さないこと。[p.193]」
ルール5:「ひとり勝ち市場」で勝者になる
・「目先の利益も含めて何もかもを犠牲にしなければ、ひとり勝ち市場で勝利をつかみ取ることはできない。[p.193]」
ルール6:「ブレットタイム」をつくる
・「訴訟や規制などの手段に訴えて[p.193]」、「『ビッグバンという、短いが重要なステージの進行を遅らせ、貴重な時間を稼ぐ』・・・そのあいだに、戦うか、戦略的に提携するか、こちらが破滅的打撃を被る前に当のイノベーター企業を買収してしまう。[p.218-219]」

第6章、ビッグクランチ みずから起こしたイノベーションに首を絞められる前に
・「イノベーター企業がつい見過ごしてしまいがちなのは、熱しやすく冷めやすい顧客に、一夜にしてそっぽを向かれるという危険性である。よりよく、より安い選択肢が目の前に現れると、顧客はすぐに、時にはその場で乗り換えてしまう。かつて何年も何十年もかけて飽和した市場は、今ではほんの数か月か数週間で飽和する。[p.235

ルールの概要:「破壊的製品やサービスによって市場が飽和状態になったときに、生産と流通を即座に停止できる態勢を整えておく。急激に価値を失う可能性のある在庫や資産、知的財産を処分する準備を怠らない。破壊的変化を読み取り、市場から撤退するタイミングを見極める術を身につけておくこと。製品やサービスがまだ十分な利益を生み出しているときに、撤退のタイミングを計るのは難しい。[p.130]」
ルール7:市場の飽和に先んじる
・「消費者は新製品や新サービスに一気に殺到し、やがて一斉にそっぽを向く。そのときに重要なのは、過剰な生産能力や在庫を抱えていないことだ。[p.239]」
ルール8:負債化する前に資産を処分する
・「市場の縮小に伴って価値を失う恐れのある資産も早急に処分しなければならない。・・・余分な資産を抱え込むリスクを最小限に抑える方法は、・・・極力、資産を持たないリーン・スタートアップという起業モデルを実践することである。[p.251]」「次のイノベーションサイクルを生み出すために、どの資産を手元に残すのかという判断も重要になる。[p.239]」
ルール9:リードしているあいだに撤退する
・「かつてのイノベーションもいつかは廃れる。[p.264]」「勇気ある経営陣は免れない事態を受け入れ、余力のあるうちに撤退を決意する。そうすれば、余裕を持って新たなエコシステムに移行できるうえに、そのスケジュールに合わせて、競合も変化を余儀なくされる。[p.240]」

第7章、エントロピー 撤退すらできない地獄からどう抜け出すか
・「ビッグクランチが終わりを告げる頃、顧客は古い産業を棄てて、新しい産業へと移動してしまっている。・・・ありったけの資源を活用して、脱出速度に達しなければならないときに、みずから無為のなかに深く沈んでしまいがち[p.280-281]」。

ルールの概要:「このステージに入ってもまだ現行製品やサービスを提供している企業は、『規制』と『レガシーコスト(負の遺産)』という、ふたつの足枷にうまく対処しなければならない。その一方で、古くなった技術の新たな活用法を探る。・・・もっと有望な市場に移行するためのロードマップを作成し、新たな市場を創出するために必要な技術を確認して、次の特異点をつくり出す。[p.130-131]」
ルール10:「ブラックホール」を逃れる
・「非常に熱心な顧客は、破壊的技術が古い産業を解体した後でも、古い製品の存続を助け、既存企業を生きながらえさせる。・・・だが、ご用心あれ。・・・彼らの熱心な態度が、・・・コストばかりかさみ、収入は落ち込む一方の、脱出不可能なブラックホールへと既存企業を誘う。[p.284]」
ルール11:他の企業の部品サプライヤーになる
・「新しいイノベーション、それも新たな破壊的製品やサービスに活用される部品のサプライヤーを目指す[p.296]」。
ルール12:次の特異点を目指す
・「破壊的製品やサービスを生み出すときのツールや投資家のツールをうまく利用して、手元に残った資産を健全なエコシステムへと移しかえる。「ハッカソンを開催する」「起業家向けのイノベーションセンターを創設する」「コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を活用して、イノベーションを促進する」。この3つを用いれば、失った時間と機会を取り戻すために必要な手段や資産が手に入る。[p.282-283]」
・「シャークフィンの4つのステージを通して重要なのは、有効な提携関係を結ぶことだ。・・・閉鎖的な企業文化が有利に働くことはない。新たなアイデアを取り入れ、新たなパートナーを受け入れるオープンな態度こそが、不可欠で貴重な資産を生み出す。・・・破壊的製品やサービスを生み出すときには、傲慢さではなく謙虚さこそが、真の信頼を測る尺度である。信頼は重要だ。・・・成功を支えてくれるエコシステムがなければ、破滅的な成功はたちまち“真の破滅”に変わってしまう。ビッグバン・イノベーションにおいて最も重要な資源は、どんな場合でも時間である。私たちが新旧のビッグバン・イノベーションの事例を調べたところ、とてつもない成功か、とてつもない破綻かを分けたカギは、いつも必ず、完璧なタイミングをとらえられたかどうかにあった。・・・どんな場合でも重要なのはタイミングである。[p.318-319]」
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著者がビッグバン・イノベーションとして議論しているのは、最近顕著になってきた、普及も速く、世代交代や衰退も速い動きのことと理解すればよいと思います。ただ、著者の議論は、あまり厳密なものではなく、例えば、著者が使っている「破壊(disruption)」という言葉は、クリステンセンが破壊的イノベーションとして提示しているものとは内容が異なりますし(著者は、単に既存企業を打ち負かす大きなイノベーションを「破壊」と呼んでいるように思われます)、シャークフィンとして示しているパターンも、定義が曖昧に思われます(例えば、シャークフィンの図の縦軸が、時間当たりの新規採用者数(売上)を意味していたり、累積採用者数だったり、また、その技術を現在用いている人の数だったりがまぜこぜに議論されているようなところもあります)。ジェフリー・ムーアもこうした点を曖昧にしていると感じられるところがありますが、ロジャーズの考え方との違いを議論するには、もうすこし定量的な議論が必要と思われます(例えば、シャークフィンも、釣り鐘型の普及曲線の初期が、後半よりも短時間で起きる、というモデルでよいような気もします)。さらに、こうした最近のイノベーションの傾向が、市場で完全な情報が得られやすくなったこと(正確には、以前より多くの情報が得られるようになっているだけではないかとも思われますが)や、取引コストの低下、指数関数的(これも曖昧な表現ですが)だけでもたらされるものかどうかについての根拠、論理的一貫性も弱いように思われます。

ただ、そうした曖昧な点があるとしても、定性的に普及と衰退のスピードが速くなっている傾向は感じられますし、その原因と対策についての著者の示唆は、ひとつの考え方として実務家には考慮に値するのではないかと思います。特に、撤退の戦略(ビッグクランチ)、残存者の戦略(エントロピー)についての議論は、他ではあまりなされていないように思いますので、興味深く感じました。もちろん、著者の指摘や提案が妥当で有効と言える条件については慎重な吟味が必要と思いますが、研究者はとかく、開発を成功させ、売り込むことばかりに注意が行きがちですので、衰退や撤退についても考えを巡らせておくことはこれからの時代には、必要なことだと思います。


文献1:Larry Downes, Paul Nunes、ラリー・ダウンズ、ポール・F・ヌーネス著、江口泰子訳、「ビッグバン・イノベーション 爆発的成長から衰退に転じる超破壊的変化から生き延びよ」、ダイヤモンド社、2016.
原著表題:
Big Bang Disruption: Strategy in theAge of Devastating Innovation”

スローな解決策の意義(オノレイ著「難題解決の達人たち」より)

最近は世の中の動きが速くなっているためでしょうか、スピードが速いことの価値を重視する人が増えているように思います。研究開発の世界でも、効率的に課題を解決し、世の中の役に立つ成果をより早く手に入れることの重要性を指摘する意見をよく耳にします。もちろん、競合関係にあるライバルよりも早く研究を実用化することは競争優位の確立につながり、自社の立場を強くする意味で悪いことではないかもしれませんが、速いことは無条件によいことなのでしょうか。完璧ではなくとも早い対応と、ゆっくりでもきちんとした対応のどちらがよいのか、それぞれの対応の方法は同じでよいのかなど、よく考えると一筋縄ではない問題のように思います。

今回は、ゆっくりでも本質的な課題解決の重要性を主張した、オノレイ著「難題解決の達人たち 即効策はなぜ効かないのか」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。特に本書で指摘されている即効策を重視することの危うさと、課題の本質的解決のためのアプローチは研究者もよく認識しておくべきでしょう。以下、本書の構成に従って、重要と思われる点をまとめたいと思います。

はじめに~「アンドン」のひもを引く
・「ビジネスの場でも、通常はスピードが強みになるが、即効策への嗜好がむしろ逆効果を生みつつある。企業が不安定な状態に陥ったり、やれ数字を伸ばせ、低迷する株価を押し上げろといった圧力を受けたとき、反射的に頼る手段がリストラだ。しかし急いで人員を整理したところで、良い結果が出ることはめったにない。・・・経営学教授のフランコ・ガンドルフィは、30年にわたる長期的・横断的な研究を行った結果、ひとつの容赦ない結論を出した。『リストラが及ぼす財政的効果は、全体としてはネガティブなものである』[p.14]」
・「健康、政治、教育、人間関係、ビジネス、外交、金融、環境――どこを向いても、私たちの直面する問題は以前より複雑に、そして切迫したものになっている。・・・生半可な解決策や、一時逃れの手段に頼りたいという誘惑に抗い、ちゃんと物事を解決しはじめる時がきた。あらゆるタイプの問題に取り組むための、新しく優れた方法を見つけなくてはならない。『スロー・フィックス』、『遅効策』というべきものを学ぶ必要がある。[p.17-18]」
・「私が本書で焦点を当てるのは、・・・諸条件が不明瞭で安定せず、関与する人間の行動の影響を受けやすく、『正解』が存在しないかもしれない問題である。・・・こうした問題に向き合うとき、その根本的な原因ではなく、表に現れる症状に対応しようとするのが即効薬だ。・・・スロー・フィックスの基盤にあるものは、昨今では不足がちの美徳――つまり、忍耐だ[p.18-19]」。「難しい問題を手早く処理しようとするのはかならずしも良いことではない。最高の解決策が浮かび上がってくるのは、十分な時間と努力、リソースを注ぎ込んだとき――つまり速度をゆるめるときである。[p.22]」

1章、なぜ即効策を求めるのか?
・「人間の脳には問題解決を図るうえでの二つの基本メカニズムがあり、これは<システム1>および<システム2>と呼ばれている。<システム1>は速くて直感に基づいた、いわば『考えない思考』である。・・・<システム2>は、ゆっくりとした、慎重な思考である。・・・神経科学から見た費用対効果でいえば、<システム1>は最小の労力で最大の効果が得られるのだ。・・・ホワイブロウは言う。『要するに原始的な脳は、即効策を求めるようにできているのです。・・・長期的に考え、あとで満足を得られるように自分を律するのはなかなか難しい。・・・』[p.27-29]」。「さらに私たちは、・・・即効策への道を駆け抜けていく文化をつくりあげている[p.35]」。

2章、告白する~ミスの魔法と「おのれの過失」(CONFESS The Magic of Mistakes and the Mea Culpa
・「スロー・フィックスの名に値するものは、概ね『おのれの過失』を認めることから始まるということだ。・・・ミスを認めたくないのは、人間の生来の傾向だが、これを克服するにはどうすればいいか? 特に職場などでは、懲罰というムチを取り除くことがその第一歩となるだろう。[p.59-60]」

3章、じっくり考える~明日できることを今日しない(THINK HARD Reculer Pour Mieux Sauter
(注:Reculer Pour Mieux Sauterには「先送り」という意味と「よく跳ぶために後ろに下がる」という意味があるようです。)
・「ベルテルセンは語る。『ほとんどの会社が急ぎすぎなんです。即効策に頼って火消しに努めても、それは対症療法でしかなく、問題そのものに取り組むことにはならない。何がほんとうに悪化しているかを突きとめるには、まず、会社をスローモーションで見て、全体像を把握する必要があります。トヨタのやり方のように、なぜ、どうして、どうしてと執拗に問いかけ、全体のスピードを落として分析し、理解し直さなくてはいけないのです』 この言葉は、スロー・フィックスの第二の要素をすっきりと要約したものだ。じっくり時間をかけて問題を考え、正しい判断を下す。[p.65-66]」
・「アマビルはこう述べる。『ほどほどの時間的な圧力なら、創造性を害することはありませんが、極度の時間的な圧力がかかった場合、人は問題に深く取り組むことができず、創造性は抑制されます。創造には基本的に、培養のための期間がなくてはなりません。・・・』[p.74]」

4章、全体論的(ホーリスティック)に考える~点と点を繋ぎ合わせるTHINK HOLISTIC Joining the Dots
・「3章で私たちは、じっくり時間をかけて問題の本質を解き明かすことの重要性を学んだ。そうすればたいてい、網の目のようにつながり合った、ただ一発の魔法の弾丸では解決できないさまざまなファクターが立ち現われてくる。・・・複雑な問題にはすべからくより大きなレンズを通して、全体論的に取り組まなくてはならない。[p.84]」

5章、長い目で考える~明日のことに今日取り組むTHINK LONG Tackling Tomorrow Today
・「有効な解決策とは長期的な視点をとるものだ・・・未来に思いを馳せることは、『今すぐ撃て、考えるのはあとだ』式の昨今の文化にはそぐわない。・・・そういった短慮は企業の世界にもつきものだ。現在のきびしい状況を生き延びようとコスト削減に走るが、将来的にまた勢いを取り戻したときにどうするかは何も考えていないというケースが非常に多い。[p.99]」「複雑な問題を解きほぐすにはどうすればいいのか? 明確な長期的目標を設定し、その目標に照らして何をやるべきかを判断することがしばしば最良の方法となる。[p.110-111]」
・「神経科学の分野では、金が儲かるという見込みはコカインに似た効果を脳にもたらし、<システム2>の深い思考を妨げることが知られている。・・・ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスが分析した結果、短期的な報奨金の乱発は長期的な企業の業績を悪化させることがわかった。[p.115]」

6章、小さく考える~悪魔は細部に・・・・・・(THINK SMALL Devil in the Details
・「これまで私たちは、視界を広げて全体論的に考え、長期的な視点をとることが、複雑な問題を解決するうえで欠かせないことを見てきた。しかしまた一方で、ごく細かな部分にズームインすることもそれに劣らず重要なのだ。・・・スロー・フィックスの他の要素と同じく、ディテールに注意深く取り組むには時間がかかる。細部を突きとめ、理解し管理するには、まずゆっくりと構えなくてはならない。・・・いくら立派な意図があったとしても、細部を取り違えてしまえば、最良の方策でも成功はおぼつかない。[p.121-122]」
・「社会学には、細部のもつ効果が端的に表された『割れ窓理論』なるものがある。ごくわずかな無秩序の気配、たとえば割れた窓や壁の落書きなどがあると、反社会的行動が引き起こされやすいという理論だ。[p.128]」

7章、準備をする~何があってもあわてないPREPARE Ready for Anything
・「パラドックスのようにも聞こえるだろうが、迅速なトラブル対処も、スロー・フィックスの一要素である。実世界では往々にして、『おのれの過失』を検討したり、気長に考えたり、あらゆる細部を念入りに分析している時間はない。誰より早く問題を解決できれば生き残れるという場合もある。・・・適切な条件の下でなら、迅速に問題に取り組むことは、実際に私たちにとって利益となる。[p.137-138]」
・「たとえ即断即決を下すときでも、<システム2>はつねに働いているのだ。全体のシナリオを把握する、関連のあるデータを抜き出す、点と点を繋ぎ合わせる、ベストな行動方針を見つけ出す――こうしたことをただ短時間で行っているにすぎない。心理学者はこれを『シン・スライシング』と呼んでいる。蓄積された経験を薄くスライスし、そこから必要な情報をすべて引き出すという意味だ。・・・時間に迫られているとき、シン・スライシングの達人は自身の経験からなるデータベースに入り込み、ある問題にひそんだ馴染みのあるパターンや落とし穴、可能性などを見つけ出す。初心者が関係のない情報を収集・分析したり、全速で袋小路に入り込んだり見込みのない行動方針を追いかけたりして身動きがとれなくなる一方、専門家は一度で核心をつき、最も重要なデータに狙いを定め、そしてベストな解決策に飛びつく。・・・いろいろな問題が生じて経験のデータベースが蓄積され、まずい事態のときに考えずに行動できるようになるまでには、長い時間を要する。言い換えるなら、たくさんの練習、計画、準備を積み重ねてはじめて、時間に迫られているときにすばやく物事を解決できるようになるということだ。パニックに駆られ、ただやみくもに手近な即効策にすがりつくのとは全然わけがちがう。[p.139-140]」
・「だが、ここでひとつ、声を大にして言っておきたいことがある。経験のデータベースをいくらがんばって積み上げていこうと、たとえ専門家でも、自分で(あるいは私たちが)思うほど完全無欠になれるわけではないのだ。各種調査から裏づけられていることだが、法律、医療、金融といったほぼあらゆる分野で、専門家は自らの経験や知識については過大評価する一方、自らのミスについては過小評価しがちになる。[p.144]」
・「直感は両刃の剣である。的確に機能すればすばらしい成果をもたらすが、気づかないうちに感情やバイアスによって暴走することもある。・・・直感が機能不全を起こしそうなとき、最も効果的に防いでくれるのは謙虚さだ。シン・スライシングはいつもあてになるとは限らないので、あなたがどんな経歴の持ち主であろうと関係なくそのことを受け入れ、自分自身の直感に基づく判断に待ったをかけて、他の人たちに調整してもらわなくてはならない。[p.145-146]」

8章、コラボレーションする~ひとつの頭より二つの頭COLLABORATE Two Heads Are Better than One
・「過度に専門化の進んだ、複雑きわまるこの世界にあって、かつてひとりの人間のなかに見られた専門知識のごった煮をつくりだすには、さまざまな人たちを一堂に会させることが最良の手段といえる。だからこそ、コラボレーションがしばしばスロー・フィックスの重要な要素となるのだ。[p.149]」
・「私たちは他人の問題を解くときのほうが創造的になれる。[p.151]」
・「他のスロー・フィックスの要素と同じく、コラボレーションにも時間がかかる。適切な相手を見つけてしかるべき位置に着かせ、創造的な衝突が起こるように計らわなくてはならない。[p.156]」
・「困ったことに、問題解決を目的とする機関の多くは、コラボレーションを妨げるようにできている。大学の学部などは、それぞれが敵対する領地のようだ。政府の省庁と同じく、独自の予算や文化、懸案があり、協力するより競争しようとする傾向が強い。コラボレーションへの不信が特に根強くはびこっているのは、企業の世界である。特許制度が往々にして壁となり、研究のルートが断たれてしまいやすい。もうひとつの障害はエゴだ。口では集団での作業を称える研究者も、自らの領分が脅かされると怒り出すし、できるかぎりデータを自分個人のものにしておきたがる傾向も強い。[p.158]」
・「各種研究によれば、企業が社内での競争を煽りたてすぎると、創造性は大きく低下するという。[p.163]」

9章、クラウドソーシングする~大衆の知恵CROWDSOURCE The Wisdom of the Masses
・「群衆に知恵を求めることがスロー・フィックスのつぎの要素となる。・・・クラウドソーシングとは、普通なら少数の人間で取り組むような問題を多くの人たちに託することだ。やり方をまちがえば、ただの短期的な宣伝か、安手の市場調査のようなものになってしまいかねない。しかしうまくすれば、不特定多数の群衆が難題を解決する戦いの強い味方になってくれる。[p.174]」
・「コラボレーションにもクラウドソーシングにも限界はある。いっしょに働くことが“ありとあらゆる問題を解決する唯一無二の方策”というわけではない。[p.189]」「群衆の知恵を求めるときには注意しなくてはいけない。まず自分にこう問いかけることだ。この問題はほんとうに、あらゆる人々に公開することで益があるものなのか? その答えがイエスなら、どういった質問の仕方をするか、群衆をどのように管理し報酬を与える化をじっくり考えること。そして自分の希望のすべてを群衆に託したりはしないこと。[p.192]」

10章、触媒となる~同輩のなかのリーダーCATALYZE First Among Equals
・「スロー・フィックスにはかならず核となるひとりの人物が必要だというのが、シラードの考えだ。『複雑な問題を解決するときには決まって変化が伴いますが、その変化の過程で人々が何より先に求めるものは、安心感です。認識が変化し、環境が変化し、チームも変化する。だから人々には、自分たちがどこへ向かっているのかを把握し、結果的に最終的な責任を負う人物が、すべて大丈夫、安全だと感じさせてくれる人物が、ひとり必要になる。すなわち、リーダーを求めるのです』[p.203-204]」。

11章、委譲する~自己責任でやる(ただし良い意味で)(DEVOLVE Self-Help (in a Good Way)
・「問題の解決を、日々その問題を抱えて生きている人たちの手に委ねる・・・最前線に立つ人たちに決定権を与えるのは理にかなっている[p.223-224]」。「権限を委譲することは、職場でも有効に働くことが多い。[p.228]」「多くの研究から、人間は自分の働く環境をコントロールする手段を持っていると、業績も良くなることがわかっている。[p.230]」「権限を持てれば、やはりいいことがある。スケジュールからテクノロジーの利用に至るまで、自分の仕事環境をよりコントロールすることで、問題解決の力が研ぎすませられるのだ。スロー・フィックスを求めるときには、絶えずこう自分に問いかけよう。『自分は誰を手助けしようとしているのか? 正しい解決策を見つけるうえで、彼らをどのように関わらせられるのか?』。彼らは何があれば動き出すのか――彼らが思ったり言ったりすることだけでなく、彼らが実際に感じていることを知るために、時間をかけなくてはならない。[p.240]」

12章、感じる~感情の起伏を調節するFEEL Twiddling the Emotional Thermostat
・「複雑な問題を解決する手段として、他の人たちに何かを犠牲にするよう、あるいは普通ならしようとは思わないことをするよう説得するしかない場合も多い。そうしたときに、ただ理性に訴えかけるだけでは限界がある。学校の教室や会社やコミュニティの文化に深い部分で変化をもたらし、ほとんどのスロー・フィックスに必要な、よしやるぞという姿勢を生み出すには、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの言う『人生行路の偉大な船長たる、あおのささやかな感情』を活用する必要がある。[p.251]」
・「相手の感情の起伏をどう調節するか、これはまちがいなく誰にでも学べるはずだ。まずはよく聞くことから始めよう。・・・できるかぎりオープンに、誠実であろうと努める。・・・ただし、相手の気持ちに寄り添おうとするだけでは、ときには限界があることも覚えておこう。深く染みついた古い行動パターンを打ち破るには、相手を揺り動かして行動に移らせることも必要だ。[p.258]」

13章、プレイする~問題解決は一度に一ゲームずつPLAY Solving Problems One Game at a Time
・「人間の、遊びに対する嗜好を利用すること。ゲームへの欲求は、私たち人間に組み込まれた本能だ。[p.264]」「遊びの効用には、神経学的な裏づけもある。ゲームをやっているときに湧きだすドーパミンは、人を良い気持ちにするだけでなく、集中と学習を促進し、脳の創造的思考や問題解決を司る部位を活性化させる。・・・ゲームは私たちの意識のモードをスロー・フィックスに適したものにするのだ。[p.274]」

14章、進化する~まだ先があるの?EVOLVE Are We There Yet?
・「最も革新的な問題解決の達人たちは、行く手がぼんやりと混乱している時期こそ大いに楽しむのだ。[p.294]」
・「コントロールを放棄する、成り行きにまかせる、結果より過程を重視する――こういったことは、ターゲットや計画表、テストの結果にこだわる文化ではなかなか実現できない。[p.295-296]」
・「複雑な問題に取り組むときには、進化的なアプローチをとるのが効果的なのだ。初めからたくさんのアイデアをテストし、さらにテストを繰り返して磨きをかけ、ことあるごとに手直しやつくり直しをする。大量にノートをとり、そしてあまりすっきりとファイルに片付けてしまわないようにする――今はなんの関連もなさそうなアイデアでも、後になってたまたま机の上に並んでいるのを見かけたとき、創造的なブレイクスルーのきっかけになってくれるかもしれない。できもしないことを確約するのでなく、自分のスロー・フィックスを進行中の仕事に盛り込むようにすること。そして何よりも、さっさと勝利宣言を出して規模を拡大しろという圧力に負けないようにすること。・・・翻訳すればこうなる。スロー・フィックスを性急に進めてはいけない。[p.297-298]」

終わりに~スロー・フィックスが未来を拓くCONCLUSION: SLOW FIXING THE FUTURE
・「複雑な問題に取り組むときには、時間をかける。ミスを認める。実際に何がどうおかしくなっているのかを突きとめる。わずかな細部に細心の注意を払う。じっくりと長い目で考え、点と点を繋ぎ合わせて全体論的な解決策をつくり出す。あらゆるところにアイデアを求め、他の人たちとともに働き、名誉を分け合い、専門家の言うことを疑いながら自ら知識と経験を蓄え、独りで、また集団で考える。感情を活かし、触媒となる人物の力を借りる。問題の最も近くにいる人たちから意見を聞き、あるいは引き入れる。解決策探しをゲームに仕立てる。楽しみ、直感に従い、適応し、試行錯誤を活用し、不確かさを受け入れる。どうしても即効策が求められる状況なら、何はともあれそうした策を施すべきだが、何もチェックせずに放りっぱなしにはしない。あとで時間が許せばあらためて、長期的な解決策を考え出すようにする。いくら時間に制約があるにしろ、あまりに理想的すぎて眉唾に思える方策は、信用してはいけない。実際に眉唾だから。[p.305-306]」
---

研究開発部隊には様々な課題が持ちこまれます。そして、しばしば、その課題は急いで解決してほしいと言われます。研究者はもちろん、なるべく早く課題が解決できるよう努力し、うまくいけば、専門知識とシン・スライシング(本書7章)を活用して課題が解決できそうな即効策を提示します。この即効策が有効であるほど、そして課題が早く解決できるほど、研究部隊は評価され、それによって研究者も達成感を得ることができます。たとえ、その即刻策が事態の本質的解決にならないことに研究者がうすうす気づいていたとしても。

スピードが重要な場合ももちろんあるでしょうが、依頼者も、研究者自身も、<システム1>に引きずられて、考えることを怠っているだけの可能性はないでしょうか。要は、即効策で問題のない課題、応急措置として即効策を使わなければならないが本当は時間をかけた本質的解決が必要な課題、即効策で解決しようとしてはいけない課題があることをきちんと認識し、それぞれに応じたやり方で課題の解決方法を探らなければならない、ということなのだと思います。スピード重視の世の中であっても、複雑な課題の解決にはじっくり取り組まなければならないということと、じっくり取り組む勇気を持つことこそが本質的な課題の解決への道につながるという気がしますが、いかがでしょうか。


文献1:Carl Honoré、カール・オノレイ著、松本剛史訳、「難題解決の達人たち 即効策はなぜ効かないのか」、新潮社、2014.
原著表題:”The Slow Fix – solve problems, work smarter andlive better in a fast world”

参考リンク


高い目標のパラドックス(「The Stretch Goal Paradox」、Sitkin、Miller、See著HBR2017, Jan.-Feb.より)

大きな成果をあげるためには目標は高くなければ、という意見はよく聞きます。もちろん、目標の達成に向かって頑張ることがよい結果につながることはありますが、高い目標を掲げればものごとがうまくいく、というほど世の中は甘くないでしょう。

では、どんな場合に高い目標を掲げることが有効なのか。今回はこの問題を考察したSitkinMillerSeeによる論文「TheStretch Goal Paradox」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。

高い目標(Stretch goal)は有効なのか
・「Stretch goalはしばしば、個人や組織のモチベーションや業績の真に重要な源泉であるとみなされている。GoogleはたぶんStretch goalの新しい顔になりつつあるだろう・・・他にも3MAppleBoeingCSX、富士フィルム、MeadOticonなどの多くの組織が、ワイルドで野心的な目標で成功を収めたと熱心に報告している。Jim CollinsJerry Porrasは1990年代のベストセラー、『ビジョナリー・カンパニー(Build to Last)』で、『社運を賭けた大胆な目標(big, hairy,audacious goals)』の有効性を説いたことで有名だ。多くの経営者がStretch goalは悩めるイノベーション戦略を魔法のように蘇らせ、変革してくれる偉大な方法だと結論づけてしまうのも無理はない。」
・「しかし、それは本当ではない。我々の研究(2011年のAcademy of ManagementReview受賞記事でMichael LawlessAndrewCartonとともに概説)では、Stretch goalは、広く誤解されているだけでなく、広く誤って使われていることを示した。Stretch goalにより最も恩恵を受けるはずの組織はほとんど使わないし、Stretchgoalがたぶんよい戦略でない組織が、ブレークスルーを生もうという向う見ずな試みとしてStretch goalに走る。どちらも成功しないだろう。これが、我々が『Stretch goalのパラドックス』と呼ぶものである。」

Stretch goal
とは何か
・「本当のStretch goalは、以下の重要な2つの点で、普通の挑戦的な目標(challenging goal)とは異なる。
極端な難しさ
・「Stretch goalは、既存の能力や実績を越える過激な期待を含んでいる。」
極端な新しさ
・「Stretch goalを達成するには、全く新しい方法やアプローチを必要とする。言い換えれば、単なるハードワークではなく異なる働き方が求められる。」

・「Stretch goalでの失敗を経験した組織は多い。・・・Stretch goalを設定し、達成できなかったことによる結果は重大なものになりうる。失敗は、社員の恐れと無力感を助長し、モチベーションを損ない、最終的に業績を損なう。」

Stretch goal
の成功を決める2つの要因
至近の業績(Recentperformance
・「もし、自身の至近の歴史の中で、業界の重要なベンチマークに勝る結果を出していれば、Stretch goalに挑むよい状況にある。・・・非常に挑戦的な課題に直面した場合、至近で成功を収めた社員は、機会をみつけ、プロセスの情報を系統的に探し求め、楽観的であり、戦略的柔軟性を発揮しやすい。しかし、良くない結果しか出せていない企業はよい状況にはない。社員はStretch goalを脅威や、外部からの場当たり的な策による支配と捉え、恐れや防御的な態度をとり、混乱した、最終的には自滅的な方法をとりやすい。」
資源的余裕(Slackresources
・「もし、資金や、知識、経験、人、設備などの供給がその会社の必要レベルを越えていれば、余剰分は自由に使える。それにより、組織はアイデアを探索し、実験し、失敗に直面しても係わりつづけられる。・・・一方、制限の多い組織では、マネジャーは実験を実行しつづけるのが困難で、めったに成功せず、そこから学ぶことも困難な、応急的なアプローチに飛びつくかもしれない。」

Stretch goal
が効果的かどうかを判断するフレームワーク
・至近の業績と資源に基づいてStretch goalが活用できるかどうかを判断する。
Stretch goal
を避けるべき場合:失敗していて余裕のない状態Failing but Grasping Organizations
・「ノーベル賞受賞者のDaniel KahnemanAmosTverskyによれば、失敗すると意思決定者はリスク追求的になる。・・・組織が、資源的制約を無視して、最近の失敗を取り返すためにStretch goalを追い求める(有り金をはたく)なら、トラブルを求めているようなものだ。」
Stretch goal
を追求すべき場合:うまくやっていて自己満足の状態Thriving but Complacent Organizations
・「我々のフレームワークでは、最近の業績がよく、資源的余裕がある組織は明らかにStretch goalの利益を享受する状況にあることが言える。しかし、こういう組織では成功によってリスク回避的になりやすいため、不可能にみえるようなことはしたがらない。物事がうまくいっているのに、なぜ大胆なことをしたり変わらなければならないのか?、なぜうまくいっていることを続けてはいけないのか?。同様に、資源が豊かな組織は儲けを保存したいため、保守的になりやすい。過剰なお金と時間は、自己満足感と怠慢を増長することで、リスクがあるが可能性の大きい機会に対応する企業の能力を蝕んでいく。・・・自己満足は、とりわけ破壊的な技術やビジネスモデルに直面した時に、多くの会社を困難や死に追い込んできた。」
・「頂点にあるときにStretch goalを追求することは、頂点にいつづけるための最良の道だ――しかしそれは、成功による自己満足が克服できればの話だ。そのためのひとつの方法は、損失の可能性の視点から状況を見直すことだ。もし、競合が動いているときに、自分がじっとしていたら何が起こるかを強調するのだ。これが機能するのは、人々が損失を利得より強く感じるからだ。KahnemanTverskyの研究が示唆するように、シェア、雇用、ボーナスへの打撃の可能性を話題にすることは、品質や、売上、競争優位の向上可能性を言うよりもずっと大きなインパクトがある。」

Stretch goal
に代わるもの
最近うまくいっていて、資源がタイトな場合confident but constrained)、最近うまくいっていないが、資源が豊富な場合recently unsuccessful butresource-rich):「これらの組織――失敗していて余裕のない場合も含む――に対しての我々のガイダンスは、大きく大胆な飛躍よりも、小さなステップだ。我々の研究は、企業がStretch goalをうまく使えるようになるための基礎を築く3つのアプローチを提案する。」
小さな勝利(small wins)を追求する
・「肝心な点:あなたの計画能力を過大評価したり漸進的な成功戦略に短期的、劇的な変化を期待しないこと。小さな勝利は、勢い、エネルギー、資源を築き、後により大きく野心的なゴールを追求できるような学びを育てるよう働く。」
資源の余裕をつくる(consciouslybuild slack resources
・「これには、非効率で、資源を食う部門をスピンオフさせたり、より豊かなパートナーとの合併や提携の可能性を追求することも含まれる。・・・他の方法としては、既存の資源を増強する学びに焦点を絞る方法がある。学びの目標は、短期的な業績向上よりも、知識と能力を生むことを目指すものなので、脅威は感じにくい。」
小さな損失(small loss)を追求する
・「もし、あなたが、豊富な資源があるが、最近成功していない――そして能力はある分野なのにやる気が出ていない――ならば、身を縮めて貯金を守り悪い時期が過ぎることを望むこともできる。あるいは、自分を試すために過大なリスクに挑戦したくなるかもしれない。しかしどちらも正しい道ではない。その代わり、資源を使って、最近の損失を前向きなステップに変えるような新しいやり方を試すべきだ。」

まとめ
・「この記事で述べたように、すべての組織にとって理想的な解決策はない。あなたにとってのベストな戦略を特定するには、Stretch goalがうまくいきそうな場合についてのより深く微妙な理解が必要だ。」
・「はっきりさせておこう。我々はStretch goalを追求することを支持している。しかし、それが適している場合だけだ。我々は、じっとしていることやリスクを避けることを主張しているのではない。反対に、次なるパナマ運河、月着陸、iPhoneは大胆な野心なしには生まれないことを理解している。しかし、そういう成果は無分別な宝くじであってはならない。はるかによいのは、よく理解した戦略的な選択だ。偉大なことを目指せ。しかし偉大なことはいつもドラマチックな飛躍から出てくるわけではない。時には小さく、継続するステップから生まれるのだ。」
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研究開発の世界でも高い目標を重視する考え方をする人は多いと思います。特に、技術者は、物質移動や熱移動からの類推から、現在の状態と目標の差が大きい(自然現象においては、濃度差が大きい、温度差が大きい)ほど、より早く目標に近づけると思ってしまいやすいように思います。しかし、人の心は、物質移動や熱移動とは異なることを改めて理解する必要があるでしょう。

著者は、至近の成功と資源的余裕を重要な要素として挙げています。この2つの要因が高い目標の達成に必要な理由を考えてみると、非常に大雑把には、至近の成功は人の意欲の維持に、資源的余裕は人の意欲維持とともに行動上の物理的制約の緩和に関係していると思われます。もちろん、企業全体での高い目標と、研究開発における目標、組織の目標と個人の目標には違う部分もあるとは思いますが、著者が示した2つの視点と、小さな成功や失敗からの学習の視点は、目標というものを考える上で非常に示唆に富んでいるのではないでしょうか。研究開発プロジェクトをこうした視点から見直してみることも必要かもしれません。


文献1:Sim B. Sitkin, C. Chet Miller, Kelly E. See, “TheStretch Goal Paradox”, Harvard Business Review, January-February 2017, p.92.
https://hbr.org/2017/01/the-stretch-goal-paradox

研究開発実践のマネジメント第12回-ニーズの不確実性に関わるテーマ設定の特徴と注意点:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.1.2(「ノート」全面改訂第12回)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第3回第4回第5回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
どこに不確実性があるかの見極め第8回第9回
2.1.1
、課題実現の不確実性に関わる研究テーマの設定)第10回第11回

2.1.2
、ニーズの不確実性に関わるテーマの設定
前回、前々回の、①課題実現の不確実性解決が重要な場合の議論につづき、今回は、②ニーズの不確実性が重要な場合のテーマ設定について考えてみたいと思います。

1)
ニーズの不確実性に関わる研究テーマの特徴とポイント
優れた技術の開発に成功してもニーズが乏しければイノベーションにはつながらない、ということは今では当たり前のこととして広く認識されていると思います。ニーズの不確実性とは、提供する価値提案を顧客が評価してくれるのかがよくわかっていない状態と言えますが、要は、提供する価値提案を「使ってくれるのか?」、「売れるのか?」ということになります。

ニーズに不確実性があるなら、その解消の第一歩は顧客のニーズを知ることでしょう。しかし、顧客の真のニーズを知ることはそれほど容易なことではないということも最近では強調されるようになってきました。その結果、ニーズに基づいた研究テーマを設定しようとしても、ニーズの想定が誤っているケースは多く、結局売れない製品を開発してしまう、という事態が往々にして起こります。とすると、研究テーマ設定におけるニーズの扱い方のポイントは以下のようになると考えられます。
・顧客の真のニーズを知ることが重要。
・想定しているニーズの認識は誤っている可能性があることを常に考慮しておくべき。

2)
真のニーズを知ることの難しさと、真のニーズをとらえるための考え方、ニーズの不確実性への対応
真のニーズを知ることの難しさ
例えば、LafleyMartinは、「最終消費者を理解するのは困難だ。あなたは何に価値を感じ、求め、欲しているのですか、などと単純に聞いても仕方がない。ヘンリー・フォードが自動車産業の黎明期に、『顧客にどんな自動車が欲しいと聞けば、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と言うさ』と語った逸話を思い出してほしい。[文献1、p.196]」と述べています。また、ChristensenRaynorは、「クリステンセンはMBAの学生だった頃、テッド・レビットがこう言い放つのを聞いたことがある。『顧客は1/4インチ・ドリルが欲しいわけじゃない。1/4インチの穴が欲しいのだ』。[文献2、p.114]」と述べています。

つまり、顧客のニーズを知ろうとして顧客に直接聞いても答えが得られるとは限らないし、何が売れているかの調査をしてもニーズを知ったことにはならないということでしょう。もちろん、顧客へのヒヤリングや市場動向調査が意味のある場合もあるでしょうが、その限界も知っておく必要があるということだと思います。

真のニーズを知るための考え方の例:片づけるべき用事
真のニーズを捉えるための考え方として「片づけるべき用事(jobs to be done)」という概念があります。これは、Christensenが破壊的イノベーションの理論において提唱した考え方で、「顧客は製品を『買う』のではなく、自分の『用事』を片付けるために、その製品を『雇う』[文献3、p.120]」と考えるものです。「この概念により、顧客の視点で世界を見て、顧客が何を行っているかだけではなく、なぜそれを行なっているかを理解する[文献3、p.120]」ことが容易になると考えられます。上記フォードの言葉の例でいえば、「速い馬」ではなく「速い移動」が、レビットの言葉の例で言えば「1/4インチの穴をあけること」が真のニーズであることが捉えやすくなり、皮相的な見かけのニーズに惑わされにくくなると考えられます。

片づけるべき用事の認識するための方法としては、まずは顧客の観察が重要とされています。さらに、Christensenは次の質問が効果的だとしています。[文献4]
・あなたに片づけるべき用事はあるか?
・非消費者はどこで見つかるか?
・人々が発明した回避策は何か?
・人々が避けたいのはどんな用事か?
・顧客が発明した既存品の驚くような使い方は?
なお、ここでいう非消費者には、片づけるべき用事があるのにうまい方法がなくあきらめているような場合も含まれると考えられますので、何もしていない人からもニーズを発見できるかもしれないことは認識しておくべきでしょう。さらに、上記のような質問で片づけるべき用事を見つけることは、同時にその解決手法についてのヒントを見つけることにもつながるケースが多いと考えられますので、上記の質問は単に顧客のニーズを知る以上の意味があるのではないかと思います。

真のニーズを知るための具体的方法:エスノグラフィー、行動観察、デザイン思考・・・
こうした顧客の真のニーズへの注目の高まりをうけて、真のニーズを知るための様々な手法、考え方が提案されています。本ブログでも以下のような考え方を紹介しました。
エスノグラフィイノベーション
「行動観察×ビッグデータ」(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2014年8月号特集)より
創造力に対する自信(トム&デイヴィッド・ケリー著「クリエイティブマインドセット」より)
デザイン思考の真価を考える(DHBR誌2016年4月号特集「デザイン思考の進化」より)
細かくみると、様々な名前で様々な提案がなされているのですが、基本的な考え方として、次のようにまとめることができると思います。
・顧客の真のニーズを知るには、エスノグラフィー(人類学的手法、民族誌的手法)に代表されるような、顧客に密着して徹底的に観察(行動観察)する手法が重視されている。
・そうした真のニーズに基づいて、イノベーションを実現する方法としてデザイン思考(人間中心のデザイン思考)という考え方がある。

しかし、観察により顧客の真のニーズを掴むという手法は、かなりの労力を必要とするため実施が難しいという指摘もあります。もちろん、ビッグデータの活用などにより、今後、顧客についての理解を深めるための手法はさらに洗練されていくとは思いますし、個人的には多少の労力がかかったとしてもそれ以上の成果が期待できると思いますが、効率重視の研究を目指す考え方とは相容れない部分もあるかもしれません。取り扱う製品の分野や状況、ニーズに伴う不確実性などの状況に応じて、こうした手法をどのように用いるか、開発の実行の手腕が問われているように思います。

真のニーズをどう開発に活かすか
真のニーズがわかったとして、それをどう活かすかも課題でしょう。IDEOのBrowmらは、次のように述べています。「事前にどれほど深くユーザーのことを理解しても、デザイナーは最終製品ができあがるまでユーザーの反応を正しく予測することができないことにIDEOは気づいた。そこでIDEOのデザイナーたちはさらに早い時点からユーザーと関わるようになった。早めのフィードバックを得るため、試作品がまだ粗削りの段階からユーザーに見せるのだ。そしてこの作業を素早く何度も繰り返し、最終的にユーザーがその製品に満足するまで着実に改善を重ねる[文献5]」。つまり、デザイン思考であれ何であれ、それによって、ニーズに伴う不確実性が完全になくなるわけではなく、試行錯誤的なプロセスで、少しずつ不確実性を解決していくことが求められるのだと思います。

研究部隊の人々にとっては、ニーズは他部署からの伝聞情報として与えられるケースがままあります。マーケティング部門や、事業部門からの情報や要望という形であったり、ニーズは確かなものであるという前提で技術的課題の解決のみを求められる場合もあるでしょう。しかし、前述のように、顧客の真のニーズを捉えることは顧客と接触している人々であってもそれほど容易なことではありません。研究部隊に届けられる「ニーズ」の情報が不確実なものかもしれないなら、顧客の真のニーズを把握する努力やそのためのスキルもこらからは研究部隊に求められるようになるのかもしれません。そして、研究に伴う試行のプロセスにおいても、捉えられた顧客の真のニーズに基づいて柔軟に研究を進める視点が求められることが増えてくるように思います。


文献1:A.G. Lafley, Roger L. Martin, 2013、A・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン著、酒井泰介訳、「P&G式『勝つために戦う』戦略」、朝日新聞出版、2013.本ブログ紹介記事
文献2:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献3:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V.,Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献4:Clayton M. Christensen, Taddy Hall, Karen Dillon,David S. Duncan, “Know Your Customers’ “Job to Be Done””, Harvard BusinessReview, September 2016, p.54.本ブログ紹介記事
文献5:Tim Browm, Roger Martin、ティム・ブラウン、ロジャー・マーティン著、倉田幸信訳、「IDEO流実行する組織のつくり方 新しい考えを組織に浸透させる『導入デザイン』」、Diamond Harvard Business Review, April 2016, p.62.ブログ紹介記事

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