研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2017年04月

ありえなさを理解する(ハンド著「『偶然』の統計学」より)

人間は自分が望む「ありうる」未来を実現させるために様々な努力をします。しかし、時には「ありえない」と思っていたことが起こることもあり、人々はそれに驚いたり、その原因を探ろうとしたり、それを何かに役立てようとしたりもします。科学の進歩にも、そうした発見が重要な役割を果たした例がありますが、一方で、「ありえない」と思っていたことも、起きてしまえば当たり前だったと気づくこともあるのではないでしょうか。つまり、我々は「ありうる」ことと「ありえない」ことを正しく理解できているとは限らないわけです。

正しく理解できていない原因には、まずは「ありうる」ことをもたらす原因についての知識の不足があるでしょうが、「ありうる」確率についての認識が間違っている場合もあるでしょう。偶然に驚かされることがあるとすれば、その原因は、起こりそうにないことがなぜ起こるのかが理解できていないためかもしれません。今回とりあげるハンド著「『偶然』の統計学」[文献1]は、「ありえない」ことをどう理解すべきかが議論されており、研究開発を考える上での参考にもなると感じましたので、以下、その内容をご紹介させていただこうと思います。

著者は、「本書のテーマは、到底起こりそうにない出来事である。考えれば考えるほど起こりそうにない物事がなぜ起こるのかについて語っていく。だがそれだけではない。なぜ次々起こるものなのかも解き明かす。・・・到底起こりそうもない出来事にも法則があるのだ。『ありえなさの原理(Improbability Principle)』とは偶然に関する法則一式に私が付けた呼び名で、それらは総体として、思わぬ出来事は起こるものであること、そしてそれはなぜなのかを教えてくれる。[p.9-10]」と述べています。以下、本書に沿って、その内容のポイントをまとめたいと思います。

1章、不可思議なことTheMystery
・「ありえなさの原理によれば、・・・なんとも起こりそうにない出来事も起こるはずなのであり、ゼロに等しいほど確率の低い出来事もいずれ必ず起こるのである。ありえなさの原理は、そうした出来事がどうにも起こりそうにないのに次々起こっているという見かけの矛盾を解消してくれる。[p.17]」
・「エミール・ボレルは、・・・今では単にボレルの法則とも呼ばれている『偶然独自の法則』を提唱した。それによると『確率が十分に低い事象は決して起こらない』[p.19]」。「ボレルは『きわめて低い確率』を人間の尺度で語っており、人間のあずかり知るレベルで確率があまりに低いので、そうした出来事をいつか目撃できると期待するのは合理的ではなく、起こりえないとみなすべきだ、と言っているのである。実際、彼は『偶然独自の法則』・・・について説明したあと、『または、少なくとも、われわれはいかなる状況でもそうした出来事が起こりえないものとして行動すべきである』・・・と述べている。[p.20]」
・「確率が『無視できるほど低い』物事に関するボレルの尺度は、“現実問題としてありえないと扱えるほど起こりそうもないと見なすべき出来事”とはどういうものかを教えてくれる。対するありえなさの原理は、ボレルが挙げたようなきわめて起こりそうもない出来事さえ次々起こると主張する。・・・これから、起こりそうにないということの意味をひもときながら、この矛盾を解消できることを見ていく。[p.24]」

2章、気まぐれな宇宙ACapricious Universe
・「ランダムさや偶然や確率は、私が1章で紹介したきわめて起こりそうにない出来事のような偶然の一致の根底にもある。びっくり仰天でまったく予測不可能に見えて、実はこうした出来事は起こってしかるべきなのである。それを説明するのに謎は要らない――迷信も、奇跡も、神々も、超自然的な介入や念動も、シンクロニシティーも、連続の法則も、形態共鳴も、いかなる架空の小悪魔も要らない。必要なのは確率の基本法則だけだ。[p.58]」

3章、偶然とは何か?WhatIs Chance?
・「『偶然の一致』にはさまざまな定義がある。・・・ウィキペディアの英語版の定義は・・・『何が原因でどのような結果が生じうるかに関して、目撃者が理解する限りでは因果関係があるとは、または一つの原因から複数の結果が生じるという関係性があるとは考えられない、時間、空間、形態、その他の点で密接な関連をもった二つ以上の事象または状況の集まり』とされている。[p.61]」
・「確率はほかのどれより直感に反する性質をもつ数学分野として知られている。・・・私たちにとって重要なのは、個々の事象を予測できないことから事象の集合について予測できることへという一歩である。[p.71]」
・「確率の解釈として最も広く用いられているのが『頻度主義的』解釈、『主観的』解釈、『古典的』解釈の三つである[p.80]」。「確率の頻度主義的解釈は、状況が繰り返されると相対頻度が大ざっぱに一定する、という物理系の傾向を土台としている。[p.80]」「主観確率は・・・ある事象が起こることに対して個人が抱く確信度である。[p.81]」「古典確率は対称性という概念に基づいている。六面の完全な立方体のサイコロがあったら、どれかの面がほかより多く出ると予想する理由はない。どれかの面が出るはずなので、確率は六面すべてで同じ分布になり、よって各面とも確率六分の一で出ると考えるのが自然である。[p.83]」
・大数の法則:「与えられた数の集合からランダムに選び出された一連の数の平均は、その集合の平均値に近づいていく傾向を示す。[p.88]」
・中心極限定理:「サンプルサイズが大きくなるにつれて、・・・平均の分布の形状は『正規分布』・・・と呼ばれる形にどんどん近づく。[p.91]」
・「今では、自然は実際に根本的なレベルでは偶然で動いているというのが一致した見解だ――その核心に不確かさがあるのである。[p.98]」

4章、不可避の法則TheLaw of Inevitability
・「不可避の法則とは・・・起こりうるすべての結果を一覧にしたなら、そのうちのどれかが必ず起こる。ただし、・・・どれが起こるのかはわからない[p.101]」ということ。

5章、超大数の法則TheLaw of Truly Large Numbers
・「超大数の法則:十分に大きな数の機会があれば、どれほどとっぴな物事も起こっておかしくない。[p.112]」
・「素粒子物理学者は目を引く名称を付けるのがとてもうまく、大量の候補を検証した結果からまったく偶然生じたクラスターが見つかることを『どこでも効果(ルック・エルスホエア・エフェクト)』(LEE)と呼んでいる。[p.132]」
・「超大数の法則によれば、ある事象が起こり得る機会が十分な数だけあるなら、一回の機会で起こる確率がごくわずかだったとしても、その事象は起こるものと思っているべきである。・・・機会の数は最初に思うよりえてしてはるかに多く、そのためこの法則の効果が思いがけなく現れることがある。[p.147]」

6章、選択の法則TheLaw of Selection
・選択の法則:「事象が起こったあとに選べば確率はいくらでも高くできる。[p.151]」
・「これから何が起こるかを見極めようとする代わりに、振り返って実際に起こったことを確かめることで、私たちは当たる確率を不確実から確実に変えられる。この行為は普通の『予測』に対して『事後予測』と呼ばれている。・・・前触れは往々にして無数のほかの兆しや出来事に埋もれる。事後なら断片をつなぎ合わせてそれらが最終的な結果まで一つづきになっていることを示せるが、事前にはつなぎ合わせるべき断片やありうるつながりが多く、どの出来事がつながるかなどわかるはずもない。それは断片が多すぎるからではなく、つなぎ方の数が膨大なうえ、そのなかから一つを選び出す決め手がないからだ。・・・『見ろ、兆しは目の前にあったんだ!』と事後に指摘する、という私たちが生まれつきもっている傾向は『後知恵バイアス』と呼ばれている。これは昔から知られていたことで、選択の法則のひとつの表われと言える。[p.155-156]」
・「平均のほうへ戻そうとする・・・見かけの力は純粋に統計的な選択現象の結果――選択の法則・・・の現れ[p.164]」
・「選択バイアスのバリエーションとしてつとに注目を浴びてきたのが、・・・『発表バイアス』だ。これは、科学誌がある現象を示した研究を示さなかった研究より優先して掲載することを指す。『ファイル引き出し効果』と呼ばれることもあって、この呼び名は発表されない研究結果がファイルの引き出しにしまわれ、科学文献に掲載されるような論文が書かれないという事実の表われだ。・・・選択プロセスが発生して、まったくの偶然による効果が記載された論文が不釣り合いなほど数多く送られ、掲載が認められる。・・・発表バイアスによる興味深い成り行きの一つとして、発表された『発見』がのちに反証される傾向が見られている。[p.172-173]」

7章、確率てこの法則TheLaw of the Probability Lever
・「確率てこの法則によれば、環境に生じたわずかな変化が確率に途方もなく大きな影響を及ぼしうる。[p.179-180]」「分布のわずかな変化は大きな影響を及ぼしうる。・・・正規分布と少しでも違う分布を正規分布だと想定すれば、途方もなく大きな影響がもたらされうる。[p.189]」「モデルにわずかな変化を加えることで、一見すると低い確率値が一変しうる。それが確率てこの法則なのである。[p.200]」「確率分布のわずかな変化はまれなできごとにきわめて大きな影響を与えうる。[p.202]」
・「確率てこの法則と関連のある現象・・・の一つが『カタストロフィー理論』で扱われるようなものだ。少し乱れただけでは状態に小さな変化しか及ばない系は、『安定』状態にあるとされる。それに対し、条件がわずかに変わっただけで突如として大きく変化してまったく異なる状態に移る系もある。[p.190]」「『ドミノ効果』も関連のある現象だ。[p.191]」

8章、近いは同じの法則TheLaw of Near Enough
・「『近いは同じの法則』によると、十分に似ている事象は同じものと見なされる。この法則では、単に似ているだけでも一致と見なす。そうすることで、潜在的な一致の数を増やすのである。[p.205]」
・「近いは同じの法則はどこでも効果を補う。どこでも効果は、ある特定の一致が特定の場所で起こるかどうかを見た後、条件を緩めて一致がどこでもいいから起こっているかどうか調べるようなケースで目にする。[p.206]」

9章、人間の思考TheHuman Mind
・「ありえなさの原理のこうした側面の多くは、自然の仕組の一端を私たちがよくわかっていないせいで現れる。その根源は私たち誰もが生まれつきもっている思考の癖だ。[p.218]」
・連言錯誤:「人間は二つの独立した事象の組み合わせのほうをどちらかだけよりありそうに感じることがある。[p.221]」
・「確率に関連してよくある直感の誤りには『基準率錯誤』というものもある。こちらは、まれな病気にかかる確率はきわめて低い、といった背景確率を考慮に入れそこなうとやりかねない。[p.223]」
・「人間は概して、例を思い浮かべるのが簡単な場合に確率を過大評価しがちなのだ。カーネマンはこの現象を『利用可能性ヒューリスティック』と呼んだ。[p.224]」
・「確証バイアスとは、自分の信条(科学であれば仮説)を支持する証拠にはなぜか気づくのに、それらに反する証拠には気づかない、という無意識の傾向のことである。[p.225-226]」
・「実際には何の関係もない二つの出来事に相関がある(片方の発生がもう片方の発生と関連がある)と信じることは、よく『錯誤相関』効果と呼ばれている。[p.227]」
・「自己成就予言では、何かがきっと起こると信じることが、その何かが起こる可能性を高める行動を導く。[p.237]」
・「私たちはたいてい、きわめて低い確率を過大評価し(事象が本来より起こりやすいと考え)、きわめて高い確率を過小評価する。きわめて低い確率に対して人間心理がこのようにねじれることには『可能性の効果』という呼び名がある。・・・これとは対極の確率において見られる効果は『確実性の効果』と呼ばれている。ほとんど確実なできごとの確率を過小評価する傾向のことだ。[p.237-238]」
・「未来がひとたび過去になってしまえば、振り返ってそこへとつながる道筋を見いだすのはたやすい。これが後知恵バイアスの基本である。[p.246]」

10章、生命、宇宙、その他もろもろLife, the Universe, and Everything
・「私たちが生きているこの宇宙は私たちが生きていくことのできる宇宙だ。自然界の普遍定数が恒星のできないようなものだったなら、私たちが知っているような生命は存在しなかっただろうし、私たちはこうして星を眺めていなかっただろう。この自明の理は選択の法則の究極の例である。[p.270]」

11章、ありえなさ原理の活かし方How to Use the Improbability Principle
・「ボレルの法則によれば、(十分に)起こりそうにない出来事はとにかく起こらないものと思うべきだ。なのに、そんな出来事が現に起こったところが何度も目撃されてきた――その理由はありえなさの原理が教えてくれる。私たちがそうした物事を目にするのは、何かが必ず起こるはずであること(不可避の法則)、かなり多くの可能性が調べあげられていること(超大数の法則)、目を向ける先が事後に選ばれていること(選択の法則)といったありえなさの原理のより糸を私たちが考え合わせていないからである。ありえなさの原理に言わせれば、私たちが到底起こりそうにないと見なす出来事が起こるのは、私たちが理解を誤っているからだ。どこを誤ったかがわかれば、起こりそうにないと見なしていた物事も起こりそうなことになる。[p.274]」
・「観測された結果を得る確率を、提案された説明の片方が真の場合ともう片方が真の場合とで比べることは、統計的手法の背後にある基本原理の一つである。データが得られたら、競合する説明それぞれについてそのデータが得られる確率を計算する。観測されたデータを得る確率が最大となる説明が、私たちが自信をもてる説明となる。科学者はこのことを『尤度の法則』などと呼ぶ。観測されたデータを得ることが最もありそうな説明を選ぶのである。[p.278]」
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一見ありえないようなことを目にしたときに、それを重大なことだと思うのか、それともありえないと思ったことにどこか見落しがあって、よく考えてみれば当たり前のことだと思うのか。この判断は、日々データを扱い、あわよくば予想外のことを発見したいと願っている科学者、技術者にとっては非常に重要な問題です。重大なことを重大でないと考えることも問題ですし、重大でないことを重大だと勘違いすることも大きな無駄につながるでしょう。

本書では、ありえないことが起こる原因として、迷信や超自然的な力を考えることの問題点が指摘されていますが、著者の指摘は、観察される現象の意味をどう考えるべきかについての普遍的な指針につながるものと理解すべきだと思います。科学技術の分野はもちろんのこと、マネジメントの世界でも、因果関係の見落しとともに、起こっている単なる偶然を意味のあるものと勘違いしてしまう可能性もあるのではないでしょうか。ありえなさの原理を支える5つの法則(4~8章)に加えて、人間の思考の癖(9章)をよく知ることは、未知の世界に分け入って新しいことを成し遂げたいと願う人にとって、よい指針となるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:David J. Hand, 2014、デイヴィッド・J・ハンド著、松井信彦訳、「『偶然』の統計学」、早川書房、2015.
原著表題:The Improbability Principle: Why Coincidences,Miracles, and Rare Events Happen Every Day

参考リンク

「イノベーションはなぜ途絶えたか」(山口栄一著)より

科学的な発見がイノベーションをもたらす事例は多く知られています。しかし、基礎研究はお金にならない場合が多いことも事実でしょう。もちろん、基礎科学への取り組みが人類にとって役立つことは長い目でみれば疑う余地のないことと思いますが、企業の立場からすると自社の資源を基礎科学の研究にどう配分すべきかは悩ましい問題であるのも事実でしょう。

一方で、最近の日本ではイノベーション活動が停滞している、それのみならず、科学研究自体が停滞しているという意見も耳にします。さらには、社会における科学の信頼が損なわれるようなことも起きて、科学研究の方向性自体が揺らいでいるようにも思われます。今回は、こうした問題を考える材料を提供してくれている、山口栄一著、「イノベーションはなぜ途絶えたか――科学立国日本の危機」[文献1]の視点から、イノベーションのあり方を考えてみたいと思います。

序章、沈みゆく日本を救え
・「かつて『科学立国』『技術立国』と呼ばれ、世界をリードしてきた日本は、その存在感を急速に失いつつある。なかでも今世紀に入ってから、日本のお家芸だった半導体や携帯電話をはじめとするエレクトロニクス産業の国際競争力は急落し、その生産額は最盛期の2000年から半減した。21世紀のサイエンス型産業の頂点に位置する医薬品産業も、日本は2000年初頭に国際競争から脱落してしまった。このことはとりもなおさず、日本のハイテク企業からイノベーションが生まれなくなったことを意味する。進展するグローバリゼーションの中で日本社会は旧来の産業モデルに固執して、時代に則したイノベーション・モデルを見出せないまま、周回遅れで世界から取り残されている。日本はリスクに挑戦する力を失い、研究・開発で創造してきた多くの新技術を経済価値に変えることに失敗したのである。科学の危機は日本の産業競争力の低下にとどまらない。2011年3月に起きた東京電力(東電)福島第一原子力発電所の過酷事故は、技術企業の経営に科学的な思考が欠落しているという事実を一気に露呈させた。事故の根源を探ると、寡占・独占企業におけるイノベーションの不在に行き当たる。この国でイノベーションが途絶えた理由として、『才能のある起業家が現れなくなった』『日本人は大企業志向で起業家精神に欠ける』といった文化的要因を指摘する声は少なくない。しかし、そこには明らかに制度的・構造的な要因が伏在している。本書の目的は、その制度的な要因を解明するとともに、科学的発見からイノベーションが生まれるプロセスを明らかにし、科学立国日本の再興に向けた実践的な打開策を提示することにある。[p.10-12]」
・「日本企業の中央研究所は、80年代においては最先端の研究をもとに数多くの技術革新を生み出してきた。当時の日本では、国全体の研究費の8割は民間企業が拠出しており、大学の研究はイノベーションにほとんど寄与しなかったので、企業の研究こそがイノベーションのエンジンだった。ところが90年代後半に入って、日本企業は米国のベル研究所やIBMといった民間研究機関に追随する形で、研究から手を引くことをほぼ一斉に決めた。[p.13]」
・「日本が直面する科学とイノベーションの危機を脱するための根治療法は、つまるところ一つしかない。リストラされていく優秀な科学者や技術者たちがベンチャー企業を立ち上げてイノベーターに転身する選択を促すことだ。[p.16]」
・「もはやイノベーションなど生まれないとみなされている産業においても、イノベーションの種子はいくつも眠っている。問題はそれを見出す眼力と新産業を興そうとする強い意志があるかどうかなのだ。・・・イノベーションのグランドデザインを把握して未来への展望を構想できる能力を備えた人材が、日本において決定的にいない・・・私が『イノベーション・ソムリエ』と呼ぶそうした人材を養成することが、未来を拓くイノベーション創出には不可欠なのである。[p.20-21]」

第1章、シャープの危機はなぜ起きたのか
・山登りのワナ:「ある山に登ってしまったら、他にもっと高い山があることを見なくなり、たとえ見えたとしても、登る行為自体がワナとなって下りられなくなる現象をさす。山に登る前には、どの山が高いかわからない。そこである山をめざして、ヒト・モノ・カネという生産要素をそこに集中させる。すると、その集中自体がワナとなり、もっと高い山が見えなくなって、より良い未来をもたらすべき製品への研究も開発もできなくなってしまう――。シャープには、そのような組織現象が現れたのではないか。この『山登りのワナ』はシャープ固有の経営問題というよりも、日本のサイエンス型産業全体が抱える構造的な問題といえる。[p.35]」
・「相容れないような特性を持つ二種類の技術者が企業内にいる・・・一つは既知の知識世界の中で、その知識の量を競い合うタイプの技術者である。彼らは技術の極限をめざしているものの、未知の知識には興味を持たないし、むしろそれに関わることを忌み嫌う。山に登りはじめたらその頂上に向かって迷いなくまっしぐらに登っていき、未知の山の存在など見向きもしない。生産部門の技術者は、ほとんどこのタイプである。このタイプを『既知派』と呼ぼう。もう一つは、既知の知識世界で競い合うことに意味を見出さず、未知の世界をいつも探索するタイプの技術者である。彼らはいつも登山への疑念を抱き、他にもっと高い山があるのではないかと、未知の山ばかりを探す。研究開発本部の科学者・技術者は多くこのタイプだ。このタイプを『未知派』と呼ぼう。この2つの方向性は、どちらも企業にとって必要である。しかし、ある山に『集中と選択』がなされるとき、当然のごとく全社の『既知派』が会社の空気を支配しはじめる。こうして『山登りのワナ』ができあがるのである。[p.40-41]」
「シャープの危機は、一見『液晶事業への過大な投資』にあったと見ることができる。しかしその底流には、液晶への過度な選択と集中によって次世代に向かうべき研究・開発ができなくなるという組織のジレンマが存在していた。・・・研究開発本部の科学者・技術者ら『未知派』は、・・・『ちがう未来』に向かうべき製品のビジョンを描くことも、それに向けて自分が明らかにしなければならない要素技術の研究も許されなくなった。ブラックボックス化という会社の方針がそれにさらなるタガをはめた。・・・旧態依然としてプロダクト・アウト型(市場の需要を意識せず、製造を重視する大量生産時代の生産手法)に固執したのである。[p.54-55]」

第2章、なぜ米国は成功し、日本は失敗したか
・日本の学術論文数は、「物理学、材料科学、生化学・分子生物学の分野で、2004年から減少の一途をたどっている。・・・要するに日本では、21世紀を担うイノベーションに直結している最も重要な領域において、科学のアクティビティーが急速に下がっているということだ。[p.61-63]」「日本の研究・開発費の8割を担ってきた日本の民間企業が科学研究から撤退したことが、創造的な若者たちから創造の場を奪い、日本の産業競争力を急落させるとともに、日本全体にわたって科学の競争力まで低下させたのである。[p.67]」
・「日米に生じた違いは研究者個人の資質や国民性などに起因する現象とは考えられず、何らかの制度的要因があるはずだと思われた。・・・探索する中で行き当たったのは、米国が82年に始めた『SBIR(Small Business Innovation Research)』と呼ばれるプログラムである。[p.70]」「SBIRに応募して採択されると、まず最大15万ドルを『賞金(Award)』としてもらい、チーム作りとビジネス・モデル作りを試みることができる。・・・この段階で『実現可能』と評価されると、最大150万ドルを『賞金』としてもらい、商業化に挑戦できる。さらに離陸できれば、開発した未来製品を政府が買い取るか、ベンチャー・キャピタル(投資会社)を紹介してくれる。すなわち、米国のSBIR制度とは、・・・無名の科学者の卵たちがスターになるためのリスクマネーを、連邦政府が国税を割いて拠出してくれる、という制度なのである。[p.73-74]」「第一段階は、・・・『科学行政官』(プログラム・ディレクターやプログラム・マネジャー)が、・・・課題を提示する。・・・科学行政官の使命は、そのような未来産業創造に向かうべき課題をつくり、それを申請者に提示することである。そのために科学行政官は、研究者から政治的に独立していながらも、研究者と同じ深い最先端の知識を有していなければならない。[p.75-77]」「米国版SBIR制度とは、『スモール・ビジネスことがイノベーションを起こす』という仮説に基づいて国家が打ち出した大胆な産業政策であり、若き無名の研究者をベンチャー起業家に育てることを企図した国家プロジェクトでもある。・・・考え方の裏には、『大企業はもはやイノベーションを起こせない』という洞察がある。・・・『未来産業が新技術から生まれ、その新技術は科学から生じ、さらにその科学は科学者の中に胚胎している』という確固たる信念に基づいていた。その際、連邦政府は『目利き力』の高いエンジェル投資家にほかならない。・・・SBIRは『大企業中央研究所モデル』を脱却してのちに創られた『サイエンス型ベンチャー企業による有機的ネットワークモデル』と呼ぶにふさわしい新たなイノベーション・モデルとなった。[p.87-88]」
・「日本の大企業は、米国で生じた現象をまったく無批判に受け入れて追随し、『株主価値』重視経営の名のもとに基礎研究から撤退していくという安直な『選択と集中』をしたのである。[p.85]」

第3章、イノベーションはいかにして生まれるか
・「イノベーションは、『知の創造』と『知の具現化』の連鎖的営みによって生まれる・・・『知の創造』とは、第一に『まだ誰も知らないことを知る』ことや、『誰も見たことのないことを見る』こと、すなわち『発見』を契機とする。それはとりもなおさず『科学』にほかならない。・・・第二に、『この世にないものをあらしめる』ことである。・・・『知の具現化』とは、『知の創造』によって見出された科学知を統合して経済的・社会的に価値あるものに仕立て上げる知的営みをさす。それは『技術』と呼ばれ、・・・『知の具現化』を『価値の創造』と言い換えても構わない。この知的営みを一般には『開発』と呼ぶ。[p.106-107]」「『科学』さらに『研究』はそれだけでは経済的・社会的価値をもたらさない。これを、『科学は価値中立的である』という。[p.107-108]」
・著者は「人間の知的営みを独自にモデル化した『イノベーション・ダイヤグラム』を提唱した。・・・イノベーション・ダイヤグラムでは、横軸に『知の創造』を取り、縦軸に『知の具現化』を取った上で、横に引いた境界線の下の領域を『土壌』とみなした。・・・『知の創造』という人間の知的営みは、すべて土壌の中で行なわれる。・・・創造された知が土壌の上に芽吹いたとき、経済的・社会的な価値が生まれる。・・・江崎によれば、科学はロゴス面とパトス面の『ヤヌス的二面性』を持っている。すなわち、できあがって『形式知』(言葉にされた『知』)として教科書などに載ってしまった『昼の科学』と、まだまだ言語化されておらず、『暗黙知』にすぎない『夜の科学』という二面性である。・・・言い換えれば、『知の創造』とは『夜の科学』のことであり、かつ『知の具現化』とは『昼の科学』であって、・・・『昼の科学』は厳密には『科学』ではない。ブレークスルーに連なるイノベーションは、常に土壌の中で行なわれる『夜の科学』を契機とする。しかし、土壌の上に住む人々や社会や市場には、土壌の中は見えない。企業における研究もまた土壌の中にあって、経営者から見えない。その不可視性がやがて企業の基礎研究の停止・縮小につながっていくことになる。[p.109-111]」
・「科学にとって、最も本質的な知的営みは、『演繹』(deduction)でも『帰納』(induction)でもない第三の推論方法の『創発』(abduction)であることを最初に論じたのは、米国の哲学者チャールズ・パースである。[p.113]」
・「あるパラダイムにのっとった『演繹』の繰り返しによって実現し、いずれは行き止まりを迎えるイノベーション・・・を、ここでは『パラダイム持続型イノベーション』と呼ぶ。[p.118]」「『帰納』→『創発』→『演繹』という、土壌を介してブレークスルーをもたらすイノベーション・・・を『パラダイム破壊型イノベーション』と呼ぼう。[p.120]」「研究をつぶすということは、じつはこの土壌を除去して創発のプロセスを遮断することを意味する。すると既存の技術から最初の知に戻る(土壌に潜る)ことができなくなり、イノベーションは既存の技術を改善するたけのパラダイム持続型のほうにしか進めなくなる。企業にいた科学者がリストラされることで、企業では『知の創造』の仕方を知る人間がいなくなった。さらには『創発』という方法を理解できなくなり、企業はパラダイム破壊型イノベーションの手がかりを失って、エレクトロニクス産業も医薬品産業もブレークスルーの力をすっかり損なってしまった。[p.123-124]」
・「パラダイム破壊型イノベーションはどうすれば成就するのだろうか。その重要なカギは、じつは『共鳴場』の有無にある。共鳴場とは『創発』(知の創造)を人生のゴールとする人間と、『演繹』(知の具現化)を人生のゴールとする人間が、お互いの人生の目標や実存的欲求の違いを認め合ったうえで、それでも相手の人生に共鳴して一緒に仕事をするリアルな『場』のことを言う。・・・他者の思いに共鳴し、顔を突き合わせて苦楽を共有することにより『暗黙知』を伝達しうる場である。[p.124-125]」
・「パラダイム破壊型イノベーションを生み出すには『創発』による『知の創造』に加え、学問分野間のバリアを『回遊』によってやすやすとまたぐ『知の越境』というプロセスが極めて重要であることを示唆している。[p.128]」
・「イノベーションのプロセスは、タイプ0~3の4つのタイプに分類できる。『タイプ0』は、パラダイム持続型イノベーションであって、・・・パラダイムを変えないまま既存技術を改善したり他の知識を組み込み統合したりして成就したイノベーションである。・・・『タイプ1』は、パラダイム破壊型イノベーションである。・・・『タイプ2』は、性能破壊型イノベーションである。『知の具現化』のプロセスにおいて既存の評価軸に基づいた方向に開発を進めるのではなく、何を評価軸にすべきかをあらためて問いかけ、未来社会が求める新しい評価軸を発見・・・というプロセスを選ぶことをいう。『タイプ3』は・・・土壌の中で学問分野を越境して回遊を行なうことである。[p.136-138]」
・「では企業はどうすれば良いのか。・・・土壌の中を常にウォッチして、世界のどこでパラダイム破壊が起きているのかを探索する『技術インテリジェンス』を実行するチームを常備しておくことだ。すなわち目利きの『イノベーション・ソムリエ』チームである。それなしに企業活動ができる時代は、もはや終わった。[p.143]」

第4章、科学と社会を共鳴させる
・「イノベーションは、科学と社会の関係の中で生み出される一つの創造行為である。これを科学と社会との第一の関係性とするならば、科学と社会との第二の関係性が存在することを、私たちは忘れてはならない。すなわち、科学が引き起こしながらも社会が参加しなくては解決できない『トランス・サイエンス』の問題である。その多くは、科学が社会を損なうような問題だ。[p.146]」
・「次のような仮定を置いてみる。イノベーション・ダイヤグラムにおける『土壌の中=科学』『土壌の上=トランス・サイエンス』という過程である。すなわち科学とトランス・サイエンスの境界は、・・・土壌の表面ということになる。本来、土壌の中は『知の創造』の世界であって『価値』は存在しない。・・・一方、土壌の上は、・・・『知』を『演繹』的に具現化して創造された『価値』の世界である。このようにして、科学とトランス・サイエンスの境界を定義づけることによって、さまざまな誤解が解け、無用の混乱を避けることができる。第一に、『科学技術のシビリアン・コントロール』という発想で危惧される『科学者の委縮とそれによる科学の進化の抑圧』を防ぐことができる。・・・創発こそがパラダイム破壊型イノベーションをもたらすのだから、科学者の好奇心によって牽引されるべき『夜の科学』を、社会が『役に立たないもの』として退けることがなくなる。第二に、科学者がトランス・サイエンスの問題に公平無私な立場で貢献できるようになる。・・・第三に、社会と科学との対峙関係を共鳴関係に転ずることができる。[p.157-159]」
・「原発事故とお転覆事故という二つの事故で、なぜ『技術経営の過失』が生じたのか。・・・事故によって、イノベーションを要しない独占企業における技術経営力の不在が一気に露呈された。事故が日本社会ののど元に突きつけたものは、『ブレークスルーしない限り、もはや日本の産業システムは世界に通用しない』という警告ではなかっただろうか。・・・『技術経営のミス』を乗り越えるためには、文系は科学・技術リテラシーを、理系は社会リテラシーを身につけて、分野を越境、回遊しながら課題を解決し、新たな価値をつくり出すイノベーションの発想が必要となる。[p.182-184]」

第5章、イノベーションを生む社会システム
・「日本では『ベンチャー企業こそがイノベーションのエンジンである』という考え方が根付かなかった。・・・その原因をたどると、戦後日本の国家再建の根幹に『リスクに挑戦しなくても安定的に人生設計できるような社会』をつくろうとしたことにあると私は考える。[p.191]」
・「日本企業が、科学の本質である『知の創造』に基づくイノベーション・モデルを取り戻すには、学問分野間のバリアをまたいで『知の越境』を実践し、『回遊』する人材を養成することが必達の課題となる。そして、そのためには、壊れてしまった『共鳴場』を再び構築できるかどうかにかかっている。[p.192]」

おわりに
・「周回遅れの日本が、科学もイノベーションも滅びゆく国にならないためには、パラダイム破壊型イノベーションがどのようにして生まれるか、その本質に立ち戻り、科学者によるベンチャー企業をもっと強く支援するほかはない。[p.218]」
・「大学院教育の中で、多様なマインドセットがありうることを教えて、回遊型の目利きを育てることが、知の創造と価値の創造との『共鳴場』を育む最重要のかなめとなる。・・・イノベーションを最終ゴールとする分理共鳴型の新しい大学院ができれば、科学的思考を社会にきちんと埋め込むことも可能となる。これによって、社会と企業とが、イノベーションの能力を取り戻し、それを契機にトランス・サイエンスの能力をも獲得するであろう。[p.220-221]」
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本書では、イノベーションの低迷、科学の低迷、トランス・サイエンスの問題が包括的に議論されているためか、イノベーションについては、科学の役割の大きさが強調されていると思います。企業にとっては、第3章で議論されているタイプ0~3のどのイノベーションも貴重なものだと思いますので、科学の役割が大きいイノベーションのみに着目してよいのか、という疑問もないわけではありません。しかし、科学の役割が大きいイノベーションがうまく達成できなくなっているとすれば、それを放置することは、イノベーション実現の大きな手段を放棄することになるでしょう。それではいけない、という観点に立つならば、著者の指摘はきわめて示唆に富んだものだと思います。

イノベーションに対する著者の考え方は、実務的な観点からは従来の捉え方と大きく変わるものではないと思います。知の探索と知の活用のバランスが重要であるということ、Christensenらのイノベーションのジレンマ、破壊的イノベーションの考え方、野中氏の組織的知識創造の考え方と相容れないものではないと感じました。日本企業の低迷の原因をはじめ本書で取り上げられた事例には様々な解釈が可能なところもあるとは思いますが、全体として著者の指摘には軽視できない点が多いと感じます。

では、我々はどうすべきなのか。著者は政策や教育制度も含めた抜本的な制度改革の提言をされていますが、我々実務家として何ができるのでしょうか。非常に単純化してしまうと、要はバランスをとること(知の探索と活用のバランス、ポートフォリオの管理、安易な選択と集中の回避)、専門家人材の有効活用、次世代のイノベーター人材の育成、そしてイノベーションへのチャレンジということに集約されるように感じました。効率や短期的収益を気にするあまり、こうした点がおろそかになったことが日本企業の低迷を招いたとすれば、第一線の実務家としても自分の力の範囲で何かできることはあるように思います。もちろんそれが低迷の打開に直ちに結び付くものではないかもしれませんが、議論を深め、少しずつでもよい方向に行動を変えていくことが必要なのだろうと思います。


文献1:山口栄一著、「イノベーションはなぜ途絶えたか――科学立国日本の危機」、筑摩書房、2016.

「ORIGINALS」(グラント著)より

研究開発の重要な役割のひとつに、競争優位の獲得があります。そのためには、他社との違い、すなわち、「オリジナル」なものが必要、というのはごく一般的な考え方だと思います。研究者には「オリジナル」であることが求められ、「オリジナル」な発想やアイデアの実現が求められる・・・。しかしよく考えると、「オリジナル」とはどういうことなのか、「オリジナル」な人とはどういう人なのかについてははっきり理解していないかもしれません。

今回は、この問題について議論した、グラント著「ORIGINALS 誰もが『人と違うこと』ができる時代」[文献1]をご紹介したいと思います。なお、原著の表題は、「Originals: How Non-Conformists Move the World」で、副題を訳せば「同調しない人はどう世の中を動かすか」となると思いますので、著者の議論の焦点は「オリジナルな人」にあるように思われます。以下、本書の構成に沿って、重要と感じた点をまとめます。

PART 1
、変化を生み出す「創造的破壊」 「最初の一歩」をどう考えるか(CreativeDestruction, The Risky Business of Going Against the Grain)(筆者注:go against the grainとは、木目に逆らって、とか常識に逆らって、というような意味のようです)
・「心理学者の研究により、業績の達成には『コンフォーミティ』(同調性)と『オリジナリティ』(独自性・独創性)という二種類の方法があることがわかっている。コンフォーミティとは、多数派にならって従来の方法を踏襲し、現状を維持することだ。他方で、オリジナリティとは、未開発の方法をとり、流れに逆らう新しいアイデアを推し進めつつ、最終的によりよい状況を生み出すことだ。・・・私のいう『オリジナリティ』とは、ある特定の分野において、その分野の改善に役立つアイデアを導入し、発展させることを意味する。オリジナリティそのものは、創造性(クリエイティビティ)に端を発する。まず何より、斬新で実用的なコンセプトを考え出すことだ。だがそれだけでは終わらない。オリジナルな人とは『みずからのビジョンを率先して実現させていく人』である。・・・本書では、誰もが『オリジナル』になれるのだということを立証していく。[p.19-20]
・「既存のシステムを正当化すると、心が落ち着くという効果がある。・・・しかし、不本意ながらも何かにしたがっていると、不正に対抗しようという正当な怒りの感情と、世界のよりよい姿を考える前向きな意志が奪われていくことになる。オリジナリティの最たるポイントは、『既存のもの』を疑い、よりよい選択肢を探すことだ。[p.25]
・「まず必要なのは好奇心だ。・・・『デ・ジャ・ブ』とは、はじめて見たはずなのに前にも見たことがあるような感覚だ。『ブ・ジャ・デ』とはその反対で、既知のものを目の前にしながら、新たな視点でそれを見つめ、古い問題から新たな洞察を得ることだ。[p.25-26]
・「心理学者のトッド・ルバートとロバート・スターンバーグは、『成果をあげたいという欲求が中程度を超えると、創造性が低下するということが実証されている』と述べている。歴史を振り返ってみても、成功への意欲とそれに伴う失敗への恐れゆえに、優れた創造力をもつ人や変革をもたらすことのできる人たちの行動が妨げられてきた。安定を維持し、型にはまった業績をあげることにばかり注意が向き、オリジナリティを追求しようという気が起こらなかったのだ。[p.31]
・「経済学者のヨーゼフ・シュンペーターの言葉で知られているように、オリジナリティとは『創造的破壊』をすることだ。新しいしくみを提唱するには古いやり方をとり払わねばならないことが多いため、波風を立ててしまうのではないかという恐れから行動を控えてしまう。[p.35]
・「私は本書で、オリジナリティには徹底的にリスクを冒すことが必要だという通説をくつがえし、オリジナルな人たちは私たちが思うよりもずっとふつうの人たちなのだ、ということを示していきたいと思う。分野を問わず、ユニークなアイデアで世界を前進させる人たちが、信念とやる気にあふれていることはまれである[p.40]」。「リスクを嫌い、アイデアの実現可能性に疑問をもっている人が起こした会社のほうが、存続する可能性が高い。[p.42]
・リスクポートフォリオ:「ある分野で危険な行動をとろうとするのなら、別の分野では慎重に行動することによって全体的なリスクのレベルを弱めようとする[p.44]」。「ある分野において安心感があると、別の分野でオリジナリティを発揮する自由が生まれる[p.45]」。「リンダ・ロッテンバーグは・・・こう述べている。『もっとも優れた起業家は、あらゆるリスクを冒そうという人ではありません。リスクテーキングからリスクを取り除こうとする人です』[p.46]」。「リスク・ポートフォリオのバランスをとる」というのは、つねに中程度のリスクを冒して中間に留まるということではない。[p.46]

PART 2
、大胆に発想し、緻密に進める きらりと光るアイデアとは(Blind Inventors and One-Eyed Inventors, The Art and Science of Recognizing Original Ideas)(筆者注:「将来の見えない発明家と視野の狭い発明家、オリジナルなアイデアを認識する方法、といったところでしょうか」
・「私たちは世界にオリジナリティが欠けていることを憂い、それは人々に創造性が欠けているからだという。・・・だが実際は、オリジナリティを阻む最大の障害はアイデアの『創出』ではない――アイデアの『選定』なのだ。・・・斬新なアイデアのなかから、適切なものをうまく選び出せる人がいないことが問題なのだ。[p.61]
・「起業家や発案者は、自分の成功について、ある程度は自信過剰でないといけない。そうでなければ、成功を追い求めるエネルギーもやる気もわかない。しかし、受け手の好みを知ったあとでさえ、心理学でいわれるところの『確証バイアス』――自分のアイデアの長所ばかりに目を向けすぎて、限界や欠点に関しては無視したり過小評価したりしてしまう――に陥りやすい。ディーン・サイモントンは、・・・天才ですら自分の作品を正しく認識できていない場合があることを突きとめた。[p.66]
・「創作者がみずからのアイデアを適切に評価できないとすれば、傑作を生み出す可能性はどうすれば高められるのだろうか? その方法とはズバリ、『多くのアイデアを生み出すこと』だ。・・・大量に創作すると、多様な作品が生まれ、オリジナリティの高いものができる確率が高くなるのだ。[p.68]
・「オリジナリティを正確に評価するには、自分自身で判断しようとしたり、上司に意見を求めたりするのではなく、同じ分野の仲間の意見をもっと求めていくべきだ・・・。同じ分野の仲間は、上司や試写に呼ばれた視聴者のようなリスク回避をしようとしない。斬新なもの、変わったものに可能性を見いだそうという前向きな視点をもっており、・・・また、こちらのアイデアに関して特別な思い入れがないため、客観的に正直な評価をしてくれる[p.80]」。「斬新なアイデアにもっともオープンになれるのは、その特定の分野において『中程度』の専門性がある人だ。[p.85]
・「直感は、自分の経験が豊富にある分野においてのみ正しい[p.92]」。「知識がない場合は、じっくりと分析したときのほうがより確実な判断ができる[p.93]」。「直感が頼りになるのは、予測可能な環境で判断を下す経験を積んだときだけ[p.96]」。
・「可能性のあるアイデアを選べるようになりたいのなら、相手がそれまでに『成功してきたかどうか』を見るべきではない。『どのように成功してきたのか』をたどってみる必要がある。[p.101]」「アイデアの成功を予測するには、クリエーターの見かけ上の熱意に惑わされることなく、その人の行動ににじみ出る熱意に目を向けなければならない。[p.101]

PART 3
、“無関心”を"情熱“へ変える法 まわりを巻き込むタフな説得力(Out on a Limb, Speaking Truth to Power)(筆者注:「危険を冒す、権力者に真実を話す」、といった感じでしょうか)
・「本パートでは、キャリアや人間関係を危険にさらすことなく発言するにはどうすればよいか、さまざまな側面から見ていく。[p.113]
・「『権力』には、統制力や他者に対する権限の行使がかかわっている。『地位』とは、他者から称賛されることや尊敬されることを意味する。・・・地位のない人が権力を行使しようとすると非難されることがわかった。他者のためを思っていろいろ試みても、その人が尊敬されていなければ、他者はその人物をあつかいづらく高圧的で利己的だとみなす。[p.114-115]
・「『特異性信用』とは、『ある集団が求める言動から、どの程度逸脱してもよいかを表す許容範囲』であり、階級ではなく尊敬により拡大する。・・・私たちは、現状に異議を唱えようとする立場の低い人物を黙らせようとするが、立場の高いスターの逸脱には目をつむり、ときには称賛さえすることすらある。[p.117]
・「楽観的なプレゼンは、いかにも”売り込み“という印象を与えます。どこか不誠実に見えて、結果的に相手は疑いの目をもってしまう」[p.122]
・「ジョン・コッターが行った研究によると、ものごとを変えようと計画している人が、自分のビジョンを伝える際、通常10分の1程度しか相手に伝わっていないということがわかった。・・・自分のオリジナルなアイデアを受け入れてもらいたいなら、いったん発言してみて、そのあとに時間を置いてまた話す、ということをくり返し行なわなければならない。[p.131-132]
・「アルバート・ハーシュマンの著書によると、満足のいかない状況に対処する方法には4通りあるそうだ。・・・『離脱』とは、その状況から完全に身を引くことだ。・・・『発言』とは、その状況を積極的に改善しようと行動することだ。・・・『粘り』とは、歯を食いしばって我慢することだ。・・・『無視』とは、現状に留まるが、努力はしないことだ。・・・ポイントは、自分が変化をもたらすことができると信じているかどうか、変化を起こそうと思うほどの高い関心をもっているかどうかだ。[p.137-138]

PART 4
、賢者は時を待ち、愚者は先を急ぐ チャンスを最大化するタイミング(Fools Rush In,Timing, Strategic Procrastination, and the First-Mover Disadvantage
・「オリジナルな人たちを研究していくと、スピーディーに行動を起こしていちばん乗りになると、利益よりも不利益のほうが大きい場合も多々あることがわかってきた。[p.158]」「大きな問題を解決する意欲をもたない従業員は、先延ばしをしても問題解決が遅れただけだった。一方で、新しいアイデアを生み出すことに情熱がある従業員は、先延ばしにすることが創造性のきっかけになっていた。[p.161]」「オリジナリティを大いに発揮する人は、大いに先延ばしもするが、まったく計画をしないわけではない。戦略的に先延ばしをし、さまざまな可能性を試し、改良することによって少しずつ進めていく。[p.170]
・「研究によると、先発企業が高い市場占有率を獲得する場合もあるが、最終的に生き残る確率は低く、利益率も低くなるとのことだ。・・・リサ・ボルトンはこうまとめている。『先発企業は、ある業界においては優位な場合もあるが、学術的な研究では・・・先行者が優位であることは証明されていない。』 [p.172-173]」「オリジナルであるには、先発者である必要はない。オリジナルであるというのは、ほかとは異なる、ほかよりも優れているという意味である。[p.174]」「先駆者が優位になりやすいのは、特許技術がかかわっているときや、強い『ネットワーク効果』(製品やサービスのユーザーが増えると、その価値が高くなるという効果。・・・)が存在するときだ。しかしほとんどの場合、最初に行動を起こしたからといって成功の確率が高くなるわけではないということを覚えておこう。そして、市場が不安定な場合や不明な場合、あるいはまだ開拓されていない場合は、パイオニアになることには明らかに不利な面がある。・・・オリジナルなアイデアがある場合、競合他社よりも先にゴールへたどり着くことだけを目的に、行動を急ぐのは誤りだということだ。[p.178-179]
・「ガレンソンがさまざまな創作者を研究したところ、イノベーションには根本的に異なる2つのスタイルがあることがわかった。『概念的イノベーション』と『実験的イノベーション』だ。概念的イノベーターは、大胆なアイデアを思い描いてそれを実行に移すというタイプだ。実験的イノベーターは、試行錯誤を繰り返して問題解決を行ないながら学び、進化を遂げていく。・・・あらかじめ計画するのではなく、進めていくなかで解決策を見いだしていくというのが実験的イノベーターだ。・・・概念的な大発見は早い時期に起こる傾向がある。飛びぬけて独創的なアイデアは、新鮮な視点で問題にアプローチした場合にもっとも発見されやすい・・・『概念的イノベーターが年齢を重ね、若いころのような目覚ましい業績を達成できなくなるのは、魔法の薬が切れるからではない。蓄積された経験が影響を与えてしまうためだ・・・・・・概念的イノベーターの真の敵は、考え方が定着してしまうことである』・・・反対に、実験的なイノベーションは、必要な知識とスキルの蓄積に何年も何十年もかかるが、オリジナリティの源泉として、より長続きする。・・・年齢を重ねてもオリジナリティを維持し、専門知識を蓄積していきたいのであれば、実験的アプローチをとるのがかしこいやり方だろう。[p.181-184]

PART 5
、「誰と組むか」が勝敗を決める パワフルな結束をつくる人の見分け方(Goldilocks andthe Trojan Horse, Creating and Maintaining Coalitions
・ゴルディロックスの理論:「訳注:童話『3びきのくま』に登場する少女の名にちなみ、”ほどほどの適度な状態“を指している[p.191]」。
・「フロイトが記したように、『非常に似通っている者同士のわずかな違いこそが、互いのあいだに違和感や敵意といった感情を生み出す原因になっている』[p.192]」
・「オリジナルな人が成功するには、『節度のある過激派』になることが必要・・・成功を収めるようなオリジナルな人は、伝統とはかけ離れた価値観や、反抗的な考えをもっているが、自分たちの信じることや考えを、より主流にいる聴衆の心に響くように紹介する術を心得ている。『なぜ』から『どのように』へと焦点を移すと、過激さがやわらぐ。[p.203]」「根本的な道徳に変化をもたらそうとしている人たちが『なぜ』を説明すれば、深く根づいた既存の信念とぶつかり合う危険性がある。[p.203]」
・「人間関係は・・・純粋にプラスの関係と、まったくもってマイナスな関係のほかに、プラスでありマイナスでもある関係というものもある。心理学者はこのような関係を『両価的な関係』と呼ぶ。『フレネミー(フレンドとエネミーを足した造語)』という呼び名なら聞いたことのある人もいるだろう。ときには応援してくれるが、またあるときは邪魔をしようとする人たちのことだ。・・・明らかに害になる関係を断ち切り、両価的な関係をなんとか維持しようとするのが私たちの本能だ。・・・だが、・・・最高の味方になるのは、はじめは反対していたが、しだいに味方になってくれた人たちだ。[p.209-214]」
・「他者の価値観を変えさせるのはむずかしいが、自分たちの価値観と相手がすでにもっている価値観の共通点を探し、結びつける方がずっと簡単[p.227]」「時として、自分のアイデアを聴衆受けするものに『構成し直す』必要がある。[p.228]」

PART 6
、「はみ出す人」こそ時代をつくる どこに可能性が隠されているか(Rebel with a Cause, How Siblings, Parents, and Mentors Nurture Originality
・「ジェームズ・マーチによると、何かを決断するときには、『どう行動すれば最高の結果が得られるだろうか』というように、『結果の論理』にしたがう人が多い。だが、・・・つねに現状に異議を唱えるような人は、『結果の論理』ではなく『妥当性の論理』を使う。つまり、『私のような人は、こういう状況ではどうするべきか』と考えるのだ。外側を見回すことで結果を予想するのではなく、内側、つまり自分のアイデンティティと向き合うのである。自分がどういう人間であるか――もしくはどういう人間になりたいのか、というのが決断の基礎となるのだ。『結果の論理』にもとづいて決断をしていると、リスクを負うべきでない理由が必ず見つかる。一方、『妥当性の論理』にもとづくと、自由になれる。『自分が望む結果を約束してくれるものは何か』と考えることが少なくなり、『自分のような人間は何をすべきか』というような、理屈抜きの感覚で行動することが多くなる。そしてこのような傾向は出生順位が影響しているらしいのだ。[p.245-246]」
・「子どもたちに自由を与え、同時に自分の行動が他者にどういう影響を与えるのかを説明し、正しく道徳的な選択をすることで人格が磨かれる、といい聞かせること。こうすることによって、心のなかにある創造性を、逸脱した行動ではなく、道徳的な行動や前向きな行動で表現する可能性が高くなる。[p.269]」

PART 7
、ダメになる組織、飛躍する組織 風通しよく、進化を遂げるしくみづくり(RethinkingGroupthink, The Myth of Strong Cultures, Cults, and Devil’s Advocates
・「一般に、団結力が引き金となって集団思考が発生するものと思われているが、団結力がつねに原因というわけではない・・・・・・団結力が原因となっていることを実証する調査結果はない[p.281]」。
・ベンチャー企業の組織モデルとして、①専門型(特定スキルをもつ従業員の雇用を重要視)、②スター型(有能な人材、秀でた人材の採用、引き抜きを重視)、③献身型(企業文化に溶け込むことを重視)の業績を比較したところ、「創業初期の段階では、献身型の企業文化は実りが多いのだが、年月を経るにつれ、しだいにおとろえていく。・・・似たような人々を引きつけ、選び、互いを知る場を設け、同じ人材を維持し続けるなかで、多様な考えや価値観が薄れていくのだ。・・・従業員が共通の目標や価値観でつながっていれば、予測可能な環境では効率的に仕事ができる。だが・・・変化の激しい環境下では、強い企業文化のメリットは消えてしまう。市場が動的になると、強い企業文化をもつ大企業は孤立してしまうのだ。変革が必要であることをなかなか認識できず、異なる考え方をもつ企業のアイデアに抵抗を示す傾向にある。結果的に、学びもしなければ適応もしないので、競合他社に比べて業績は悪く、安定は望めない。[p.286-287]」
・「悪魔の代弁者を『誰かにやってもらう』のはたしかに魅力的ではあるが、本物の悪魔の代弁者を『発掘する』ほうがさらに効果的なのだ。[p.301]」

PART 8
、どんな「荒波」も、しなやかに乗りこなせ あらゆるものをエネルギーにする方法(Rocking theBoat and Keeping It Steady, Managing Anxiety, Apathy, Ambivalence, and Anger
・「オリジナルな人たちは、はた目には確信と自身に満ちているように見えるものだが、内心はさまざまな感情や自己不信が入り混じっている。心理学者のジュリー・ノレムは、こういった困難に対応するための二つの戦略を研究している。・・・『戦略的楽観主義』とは、最高の結果を予測し、冷静を保ち、目標を高く設定することだ。『防衛的悲観主義』とは、最悪の結果を想定し、不安を感じながら、起こりうるあらゆる悪い事態を予測しておくことだ。[p.326]」「ある行動を起こそうという十分な意志がないときは、ネガティブに考えるのは危険だ。まだ心づもりができていないため、不安を増幅し、『ストップ』システムが動き出し、ますますブレーキをかけてしまう。ポジティブな面を見ることで熱意がわき、『ゴー』システムが始動する。しかし、いったん行動を起こす心積りができたら、不安が忍び寄ってきたときには防衛的悲観主義をとり、不安に向き合うほうがよい。[p.332-333]」
・「恐怖心は強烈な感情だ。・・・強烈な感情を抑圧しようとするよりも、違う感情にすり替えるほうが簡単だ[p.332]」
・「ジョン・コッターは、大規模な変革を考えている100以上の企業を調べた。それによると、まず企業が冒す失敗は、切迫感を植えつけられないことだという。・・・『切迫感がなければ、従業員は・・・・・・必要な犠牲を払おうとしない。それどころか、現状にしがみついて抵抗するだけだ。』[p.353]」
・「他者に行動を改めてもらいたいとき、・・・行動が安全だと相手が思うのなら、行動によって生じうるすべてのよいことを強調するべきだ・・・だが、行動にはリスクが伴うと考えている場合には、・・・相手はすでに現状に満足しているため、変えることの利益を示されても魅力を感じない。そのため、現状を揺るがし、行動を変えないことで起きる悪いことを強調する必要がある。行動しなければ確実に損失がある場合は、リスクを冒すことに魅力を感じるようになる。[p.356]」
・「研究によると、『他者に対して』怒りを感じていると復讐心が生じるが、『他者のために』怒りを感じていると、正義やよりよいシステムをつくる動機になる。人を罰したいのではなく、助けたいのだ。[p.367]」
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本書で著者が述べている、オリジナルとはどういうものなのか、どう認識して、どうやって発揮すればよいか(説得、タイミング、仲間づくり)、育て方、オリジナルを生む組織、感情のコントロール、といった問題についての考え方は研究開発の実践においても役に立つと思います。オリジナルなアイデアを出すのも人、実行するのも人、評価したり邪魔したり育てたりするのも人であることを考えると、オリジナルであることをうまく活かそうとすれば、人間の行動や心理に関する深い理解が必要ということになるのでしょう。オリジナルというものに関する知見も、それを活用する手法も、まだ未確立であるとは思いますが、活用のヒントはふんだんに盛り込まれているように思います。

科学技術の世界でも「オリジナル」は重視されることは言うまでもありません。しかし、オリジナルであることをイノベーションにつなげようとする場合、どの部分でどの程度のオリジナリティを発揮するかが重要でしょう。例えば、技術の内容でオリジナリティを出そうとするのか、それとも、ビジネスモデルなのか。ひとつの局面のみで大きなオリジナリティを出そうとするのか、イノベーションの幅広い側面で少しずつオリジナルであろうとするのか。これらの戦略によって、実現のしやすさも、得られる競争優位の強さも変わってくることは容易に想像できます。イノベーションの様々な不確実性を解消していく際に、それぞれの方法や手段がどのぐらいオリジナルなのか、といった観点から競争優位を捉え直してみることも必要なのではないかと感じました。


文献1:Adam Grant, 2016、アダム・グラント著、楠木建監訳、「ORIGINALS 誰もが『人と違うこと』ができる時代」、三笠書房、2016.
原著表題:”Originals: How Non-Conformists Move the World”
訳書のwebページには、原著のPART 8の後にある「影響力を高めるための提言」と「脚注」、「引用文献」の和訳があります。「影響力を高めるための提言」は、本書の要点がまとめられており、かなり参考になると思います。
http://www.mikasashobo.co.jp/c/books/?id=100576800

参考リンク

研究開発実践のマネジメント第14回-市場で成功するための不確実性をどう克服するか:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.1.3(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第3回第4回第5回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
どこに不確実性があるかの見極め第8回第9回
2.1.1
、課題実現の不確実性に関わる研究テーマの設定)第10回第11回
2.1.2
、ニーズの不確実性に関わるテーマの設定第12回第13回

2.1.3
、市場で収益をあげる方法の不確実性に関わるテーマの設定
前回までに検討した①課題実現の不確実性(価値あるものができるかどうか)、②ニーズの不確実性(欲しがる人がいるかどうか)に続き、今回は、不確実性の第三のポイント、③市場で収益をあげる方法の不確実性に基づいたテーマ設定について考えてみたいと思います。この不確実性については、市場に届ける方法の不確実性と、市場での競争に勝ち残れるかという不確実性の2つの側面があると私は考えていますが、結局のところその両者とも達成できなければ意味がありません。従って、テーマ設定の際にはその両側面を厳密に区別する必要はないと考えています。以下、その特徴とテーマ設定の際のポイントを考えてみたいと思います。

1
)市場で収益をあげる方法の不確実性に関わる研究テーマの特徴とポイント
市場で収益をあげるには、市場に価値をどう届けるかがまず重要になります。さらに、競合にどうやって勝ち、その収益を維持するかも重要になります。そのポイントをシンプルにまとめるなら、以下の2点になるのではないでしょうか。
・ビジネスモデルをどうするか:価値を市場届ける仕組み、収益をあげる仕組をどうするか。
・エコシステム(協力関係)をどうするか:ビジネスモデルの利害関係者が、ビジネスモデルを維持強化できるように活動できるか。要は、関係者のすべてが少なくともそこそこ利益があがるような仕組みが作れるか。
その上で、市場で勝ち残るためには、ビジネスモデルやエコシステムのどこで競合との差別化を達成できるかがカギになると考えられます。

すなわち研究テーマのポイントは、ビジネスモデルやエコシステムにおける他部門や他社との協力をうまくマネジメントし、ビジネスモデルやエコシステムの不確実性をいかに減らすかということになると考えられます。研究部門だけで不確実性(課題)を解決できない場合には、全社的な関係者の協力や、経営層の積極的な関与も求められるかもしれません。

2
)ビジネスモデル、エコシステムとイノベーションの関わり
ビジネスモデルとイノベーションの関わり

技術だけではイノベーションは起こせないこと、ビジネスモデルが重要であることについては多くの指摘があり、その例を第3回で紹介しました。ここでは、イノベーションにとってビジネスモデルがどういう意味を持つかを論じた考え方をご紹介しておきましょう。三谷宏治氏は次のように述べています。「2002年、ハーバード・ビジネス・スクール(以下HBS)のヘンリー・チェスブロウとリチャード・ローゼンブルームは、ゼロックスの研究所PARCからスピンオフした35の技術系ベンチャーを調べ、こう結論しました。『技術だけではイノベーションは育たない』『イノベーション実現のためには適切なビジネスモデル調査と学習が必須だ』・・・R&Dコストが上がり、にもかかわらず技術寿命が短くなる中で、技術系ベンチャーには『短期間での収益化』が強く求められています。ビジネスモデル(儲けの仕組み)が欠落していたり、間違ったビジネスモデルを使い続けたり、などという余裕はないのです。イノベーションを真に実現するためには、そのシーズが馬力のある適切な乗り物に乗っていなくてはなりません。これが、『Vehicle for Innovation』。ビジネスモデルとはイノベーション実現に向けた乗り物である、とする考え方です。イノベーションとビジネスモデルの関係についてはもうひとつ、有力な論があります。それが、『Source of Innovation』。ビジネスモデルの変革こそがイノベーションの源だ、とする考え方です。アップルはiPodで携帯型デジタルオーディオプレイヤーを『発明』したわけではありません。かつ、技術面での革新もありません。しかしそのビジネスモデルを変革することで、イノベーションとなりました。そうHBSのクレイトン・クリステンセンらは主張しています。[文献1、p.64-66]

ビジネスモデルの考え方
ビジネスモデルを考える具体的方法に関しては、オスターワルダー、ピニュールにより、Canvasという手法が提案されています[文献2]Canvasはビジネスモデルを記述、分析、デザインするツールで、以下の9つの構築ブロックからなり、それぞれの要素を図にまとめて関係を視覚化することが推奨されています。
・顧客セグメント(Customer Segments: CS):誰のために価値を創造するのか、最も重要な顧客は誰かを決める。
・価値提案(Value Propositions: VP):どんな価値を提供するか、どんな問題解決を手助けするか、どんなニーズを満たすか、どんな製品とサービスを提供するか。
・チャネル(Channels: CH):顧客とどのようにコミュニケーションし、価値を届けるか。製品やサービスの、認知、評価、購入、提供、アフターサービスの方法も含めて考える。
・顧客との関係(Customer Relationships: CR):顧客はどんな関係を期待しているか。顧客とのどんな関係(獲得、維持、販売拡大)を期待するか。
・収益の流れ(Revenue Streams: R$):顧客はどんな価値にお金を払うか。どのように払うか。一見客による取引収益か、既存顧客の継続支払いか。価格メカニズムは。
・リソース(Key Resources: KR):価値を提案するのに必要なリソースは何か。
・主要活動(Key Activities: KA):価値提案に必要な主要活動は何か。
・パートナー(Key Partners: KP):主要なパートナー、サプライヤー。役割分担。
・コスト構造(Cost Structures: C$):運営にかかるすべてのコスト。コスト主導か価値主導か。

このCanvasの考え方は、ビジネスモデルを理解するためのひとつの方法ですが、例えばこうした分析により、ビジネスモデルのどこに不確実性があり、どこで競合との差別化が可能かを知ることが可能です。不確実性があるならそれを解消し、どこで競合との差別化を行って競争優位を確保できるかを考えることが検討すべき研究テーマ、検討課題となるでしょう。研究開発による技術的成果はこれらの要因のいくつかに有利な影響を及ぼすかもしれませんが、より重要なことはビジネスモデル全体として、競合に対してどう優位性を確保するか、ということになると思われます。

イノベーション・エコシステムの考え方
上記のCanvasでも、ビジネスモデルにおけるパートナーとの関係は評価できますが、パートナーを積極的にイノベーションに関わる存在として捉えるのが、Adnerによるイノベーション・エコシステムの考え方だと思います。Adnerは次のように述べています。「中核となるメッセージは、『どんなに素晴らしいイノベーションも自社だけではもはや成功することはできない』ということ[文献3、p.iii]」、「成功は自社の努力だけではなく、自社の周りを取り巻くイノベーション・エコシステム(生態系)を形作るパートナーたちの能力、やる気、可能性にもかかっている[文献3、p.vi]」。

特に、Adnerの指摘が重要になるのは、パートナーもイノベーション(ないしは何らかのやり方の変更)を行う必要がある場合だと思われます。Adnerは以下のリスクを指摘しています。
・コーイノベーション・リスク:パートナーによるイノベーションの成功に依存するリスク
・アダプションチェーン・リスク:「エンドユーザーがイノベーションの提供する価値を評価する前に、まずパートナーがそのイノベーションを採用する必要があるというリスク」[文献3、p.44]
その上で、Adnerは価値設計図として、エンドユーザー、実現のために必要なこと、必要なインプット、仲介者、補完者、リスク(コーイノベーション・リスク、アダプションチェーン・リスク、パートナーのやる気)、強く参加を希望していないパートナーに対するソリューションをはっきりさせ、定期的に更新することを提案し、「価値設計図は、エコシステムとそこにおける依存関係を明確にする地図のようなもの」としています。[文献3、p.75-78]

協働でのイノベーションにおいて、自らの関与する不確実性に加え、パートナーの成果にも不確実性が加わるとなると、そのマネジメントは複雑にならざるを得ませんが、そういう状況こそ、マネジメントの巧拙が成果の差として現れてくるようになると考えられます。

市場で収益をあげる方法(ビジネスモデル、エコシステム)における技術の役割
技術的に達成可能で、ニーズがあれば市場でイノベーションを起こせる、という考え方は今やあまり一般的ではないでしょう。過剰満足を起こすほどの技術の発達は、参入障壁を低下させる一方、組み合わせの可能性も増え、どう組み合せ(協力)、どうやって価値を提供するかの方法(ビジネスモデル)が差別化要因として重要になりつつあるように思います。ビジネスモデルや協力、エコシステムによるイノベーションの創出は、はっきり言ってそう容易なものではないと思いますが、市場で収益をあげるための方法として今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。


文献1:三谷宏治、「ビジネスモデル全史」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014.
文献2:Alexander Osterwalder, Yves Pigneur, 2010、アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール著、小山龍介訳、「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書 ビジョナリー、イノベーターと挑戦者のためのハンドブック」、翔泳社、2012.ブログ紹介記事
文献3:Ron Adner, 2012、ロン・アドナー著、清水勝彦監訳、「ワイドレンズ イノベーションを成功に導くエコシステム戦略」、東洋経済新報社、2013. ブログ紹介記事

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