研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2017年07月

「データサイエンティストが創る未来」(ロー著)より

IT技術の進歩とともに、ビッググデータを新たなアイデアの発想や、世界のよりきめ細かな理解に活用できるのではないかという期待はますます高まっているように思います。本ブログでもこの話題については、「ビッグデータ考」、「データを使う前に(ファング著「ナンバーセンス」より)」などで取り上げてきましたが、可能性は期待されるものの、その影響の大きさや真価、問題点については未知数のところも多い、というのが正直なところではないかと思います。

ビッグデータであれ何であれ、新しい技術が世の中に現れる場合には同様なのですが、はっきりしないことがあればまずはその技術の動向についての情報をしっかり収集し、その技術を使うにしても使わないにしてもその技術の将来には様々な不確実性があることを認識した上で対応することが求められると思います。今回はビッグデータに関する現状認識の一環として、スティーヴ・ロー著「データサイエンティストが創る未来 これからの医療・農業・産業・経営・マーケティング」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。本書は、ビッグデータを扱うデータサイエンティストに焦点を当てた事例紹介を中心にビッグデータ活用の現実に迫ろうとしているところが特徴だと思います。ビッグデータの全体像について考えるには不足の点もあると思いますが、比較的最新の事例から学べることも多いのではないかと思います。以下、重要と思われる点をまとめたいと思います。

1章、ビッグデータ時代――「大きさ」よりも重要なことHow Big Is Big Data?
・「シリコンバレーで生まれた『インターネット時代』を経て、グーグルやフェイスブックに代表される『ビッグデータ時代』が到来しようとしている。・・・ビッグデータはコストを削減し、人命を救う。いずれは、データを動力源とするデータ駆動型の人工知能(AI)を陰で支え、デジタル世界と物理世界のトップの座へと押し上げるだろう。・・・たとえば、ビッグデータの技術は『計測』のあり方に革命を起こしている。この革命は、新たな効率化とイノベーションの波となり、経済全体に波及するだろう。だが、ビッグデータは単なる『技術』ではない。ビッグデータを見つめれば、個々人の未来の意思決定を左右する『哲学』を見出すことができる。『ニューヨークタイムズ』紙で働く私の同僚デイビッド・ブルックスは、そのようなマインドセットを『データ・イズム(データ主義)』と呼んでいるが、私も、そう呼びたいと思う。[p.13-14]」
・「ビッグデータは強力な手段になりうるが、実のところ、限界も抱えている。コンテンツに――測定内容と測定方法に――大きく左右されるのだ。データはいつでも集められる。パターンは探せば見つかる。だが、そのパターンに意味はあるのか? 本当に知りたいものを測定できているのか? 意味のあるものを測定するかわりに、測りやすいものを測定していないだろうか? 測定すべきものと測定しやすいものは相容れない。この問題を端的に表す言葉を二つあげよう。一つ目は『測定できないものは管理できない』。・・・二つ目は、・・・『測定できるものがすべて重要とは限らず、重要なものがすべて測定できるとも限らない』。・・・ビッグデータは、計測による管理に新境地を開こうとしている。データサイエンステクノロジーは、今まさに改善されつつあり、出番を待っている。それは、総じて良いことだといえる。しかし、ビッグデータによる意思決定の恩恵を受けるには、二つめの言葉が示す謙虚さを忘れないことが大切である。[p.22-23]」
・「本書の内容は、経済全体を見渡しながら、最前線で繰り広げられるプロジェクトやアイデアを調査し、『データ・イズム』が生む技術的・人間的課題に対峙する科学者、起業家、企業幹部にインタビューしてきたこれまでの蓄積を、より広く深く見つめ直したものだ。[p.23]」

2章、やればできる子Potential.Potential. Potential.
・ジェフリー・ハマーバッカー氏の生い立ちと考え方
・「ハマーバッカーの見たところ、データ駆動型の発見を活用する動きは多くの分野で進行している。目先の目標として、まずは、予測よりも観察だ。『未来を予測する前に、現在を観察しなければならない』が、『現在を見極めるのは、未来を予測するのと同じくらい難しい』ことだと言う。たしかに、現在にせよ未来にせよ、データがなければ始まらない。『科学はデータで語るもの』であり、『データがなければ、科学にならない』のだ。[p.25]」

3章、社運を賭けてBetthe Company
IBMの事例
・「意思決定プロセスの強化・改善には、素材となるデータが欠かせないはずである。データをインプットすれば、より賢明な選択・判断がアウトプットされるというわけだ。ところが、現実はそうなっていない。データ・パラドックスとでもいおうか、どこの世界でもデータは増える一方なのに、その恩恵を享受できている分野はほとんどない。供給ばかり増えて、活用力が追いついていないのだ。[p.51]」
・「2005年以降、IBMはデータ事業に250億ドルを超える投資を行っており、その大半はデータ解析を得意とする企業十数社の買収に使われた。・・・2014年1月には、IBMの『ワトソン』システムを医療分野や他の産業分野で活用するための先行プロジェクトで十分な手応えが得られたことを受け、新事業部の設立が発表された。・・・ワトソンはすでにソフトウェアサービスとしてクラウド化され、リモートデータセンターからグーグル形式でインターネット配信されている。・・・クラウドコンピューティングのような研究は、特定の業界のビッグデータプロジェクトと、ワトソンで実現されているような、データの中から答えや洞察を見出すための基盤となる機械学習テクノロジーとに集約される。IBMでは、そのような機械学習能力を『コグニティブ・コンピューティング』と呼んでいる。ビッグデータ、分析論、認知――これらはいずれもデータと隣り合わせの領域であり、IBMは確実にそちらに向かっている。[p.61-62]」
・「ビッグデータは、内挿的に補間するには向いているが、外挿的に推定するには向かない。つまり、現在の流れの延長線上に結果が来るような場合に次に起こることを予測するのは得意だが、未来の流れがはっきりしないときに次に何が起きるかを当てるのは苦手なのだ。データの枠の外で直観的に決断しなければならない場面では、ビッグデータは当てにならない。[p.75]」

4章、観察と洞察Sightand Insight
・「マッケソン社による医薬品流通の事例――1億ドルの在庫削減、約13%の効率向上――は、ビッグデータがお金を生んだ成功事例だ。最新のデータサイエンスを複雑な製品流通ネットワークに適用しようというアイデアを最初に考えたのは、オペレーションリサーチの専門家で当時はIBM研究員だったカーン・カティルチオグルだ。・・・なぜマッケソン社が選ばれたのか。・・・企業の多くは、互換性のないコンピュータシステムやデータフォーマットが年々追加される継ぎはぎ状態のまま事業活動を行っている。だが、マッケソン社は違う。この会社の流通ネットワークは膨大な量のデータを生んでいるが、そのデータ発生源――センサーや出荷追跡ソフトウェアなどは、きちんと管理された状態にある。・・・信頼のおける安定したデータが豊富に存在するため、これらのデータを積み上げていけば、マッケソン社の業務を再現することができる。[p.84-86]」
・「ワトソンのようなテクノロジーは、将来、医学の一端を担い、バックグラウンドで医師を支援するようになるだろう。・・・新たな研究、エビデンス、治療ガイドラインが急ピッチで生み出されている。年間数万本の論文が発表され、米国立医学図書館に収蔵される医学書、医学誌、医学記事の数は190億点に及ぶ。このスピードについていける人間はいない。しかしワトソンなら、10万本の医学論文をほんの数秒のうちにスキャンして情報を取り出せる。『正しいエビデンスを蓄積し、見つけ出すためのツールが必要です』[p.96-97]」

5章、データサイエンティストの誕生The Rise of the Data Scientist
・「データサイエンスは一つのスキルとして、考え方として、あらゆる分野の探究に欠かせない存在になるだろう。・・・データサイエンスの人材養成・・・の達成の鍵となるのは、社会的地位の高いキャリアパスを作り出せるかどうかだ。[p.132]」

6章、データは語る――相関と文脈Data Story Telling: Correlation and Context
・「データは文脈(コンテクスト)のなかに置かれてこそ力を発揮するのだ。データが蓄積されれば、より細部まで描き出せるようになり、描き出されたものは、知識となる。それが、データを理解するということだ。変化に富む大量のデータの供給源を新たに確保すること。それも役には立つし、必要なことだ。しかし本当に大切なことは、重要な洞察や発見を生むような形で『点と点をつなぐこと』なのだとアダムスは言う。[p.138-139]」(サム・アダムス=IBMリサーチサイエンティスト)
・「『人間の言語は、その大部分が背景知識できています・・・』 ・・・全体像を明らかにし、文脈を読み取るために必要となる『失われた欠片』の正体は、背景知識である。[p.149]」
・ビッグデータの流行の第1波は、相関を活用する形で押し寄せた。[p.139]」
・「モルガン・スタンレーの元主任エコノミスト、リチャード・バーナー・・・は、理論や世界モデルがなくても相関さえあれば十分だとする徹底したデータ・イズムには懐疑的だ。『そのような考えが、金融危機の際に私たちをトラブルに陥れたのです』とバーナーは言う。住宅価格は上昇し続けるという浅はかな思い込みは、豊富なデータが揃っているからという理由で、ごく最近のデータのみを分析した視野の浅さから生まれたものだ。[p.150-152
・「人工知能の専門家でもあるダニー・ヒリスは、・・・システムに、データの解釈を行うアシスタント――『ストーリーテラー』をつける必要があるだろう、と・・・述べた。コンピュータシステムがどれだけ賢くなったとしても、答えを吐き出すだけでは、たいしたことはできない。ヒリスは言う。『なぜそうなるかを、説明できなければなりません。現場で役に立ち、受け入れてもらうためには、ストーリーを語る必要があるのです』。ヒリスの言う『ストーリーテラー』は、ソフトウェアが決断を出すまでに使用したデータ、知識、推論の内容を追跡調査するためのオーディット・トレール(監査の追跡記録)のようなものだと考えられる。[p.161-162]」

7章、物理的世界に進出するデータData Gets Physical
・「本質的にはこれまでと同じ機械が、これまでと同じ作業を、人工知能のおかげでこれまでより効率よく行う。それがGEのビジョンである。ドライバーのいない車で道路が埋まらなくても、ロボットが自宅まで荷物を届けてくれなくても、生産性は向上するはずだと見ている。実際、GEのように第一線をいく企業は、生物の進化のように少しずつ変化していく道を反射的に選び取るものだ。[p.187]」

8章、行動とデータの陰と陽The Yin and Yang of Behavior and Data
・ネスト社の学習するサーモスタットの例より:「人間とコンピュータの連携が一筋縄ではいかないことがわかる。プロトタイプのサーモスタットを試した人は、人間が温度を設定しても機械(マシン)に設定を変えられてしまうため、機械に乗っ取られたように感じた。コントロールがきかなくなったような感覚に抵抗を覚えたのだ。・・・ビッグデータとスマート・マシンが台頭する今、この問題は『主導権』の問題から徐々に『信頼』の問題になっていくことだろう。つまり、データ駆動型のアルゴリズムに主導権をもたせても安心していられる条件を探ることになる。[p.195]」
・「別の業界では、マイケル・ヘイドックがネスト社とはまったく異なる方法でデータを使った人間の行動観察を行っている。・・・そのうえで、彼の応用研究は、顧客に合わせたマーケティングキャンペーンに生かされる。[p.201]」「ソーシャルメディアという名の鉱山には、あらゆる種類の金塊があふれている。統計的に処理すれば、その人の行動や購買習慣が見えてくる。フォーカスグループや市場調査で集めた言葉とは違う。実生活のなかで人々が実際に発した言葉には本心が表れており、ミレニアル世代が生む時代の流れを示すデータとなる。[p.209]」

9章、先の長いゲームTheLong Game
・マウント・サイナイ医療センターのプロジェクト:遺伝子情報と患者に関する他のデータから、「個人の遺伝子、病歴、生活習慣、環境作用が健康上の結果にどう影響するか」を探る[p.227

10章、ビッグデータとプライバシーThe Prying Eyes of Big Data
・「プライバシーの一般概念は、今、再び脅かされている。今回は、ビッグデータというテクノロジーが相手だ。[p.240]」「私たちは、個々のデータをつなぎ合わせたモザイクのなかで生活し、モザイクを構成するデータの大部分をフェイスブック、ツイッター、その他のオンラインサイトで公開している。弱いシグナルも、結びつけられると強度を増し、やがて個人を特定できるほど詳細な『社会的署名』を形成するまでになる。あるいは、こういったデータすべてを駆使すれば、個人を特定できる情報までたどり着けることさえある。[p.244]」「ビッグデータの推論エンジンを使えば、ある人物に慢性疾患があるかどうかや、その人が金銭的に苦しい状況に陥るかどうかをかなり正確に予測できる。[p.245]」
・「データ駆動型の推論の誤りは、無害なこともあるが、有害なこともある。・・・統計的推論による差別を受けるようになるとしたら問題である。[p.250]」「市場経済というのは、『差別化』を意図的に生み出す方向につねに細やかに調整されている。企業は自社の売り上げにつながる優良顧客をつねに求め、消費者はお値打ち価格を求めて良い商品・サービスを少しでも安く買おうとする。これは、違いをよく観察し、時間とエネルギーとお金を適切に配分する『良い意味の識別』である。・・・ビッグデータ技術は、細分化されたグループ、さらには顧客の一人一人について、より多くを知り、より多くを推論し、このような傾向をますます加速させていく。どこまでがマーケティングで、どこからが差別なのか、その境界線は実に曖昧だ。[p.254]」
・「技術的恩恵を最大化し、プライバシーのリスクを最小化するにはどうすればよいのか?・・・そのなかの一つは、経済界の啓発を重視する考え方で、データの収集よりもデータの使用に関してプライバシールールを設けるべきだと主張している。・・・使用法のみを制限するという案に対して、消費者・プライバシー保護団体は懐疑的である。[p.264-265]」
・「電子プライバシー情報センターのエグゼクティブ・ディレクターであるマーク・ローテンバーグは、透明性をなおいっそう高め、テクノロジーを広く開放すべきだとしている。・・・より広い意味でとらえれば、ローテンバーグの問いかけはこうなる――答えに至るまでの『レシピ』はどうなっているのか? これは、IBMがワトソンパスというテクノロジーを用いて実施しようとしている手法そのままである。・・・意思決定追跡ソフトウェアによってワトソンによる推論と仮定の道筋を追うことができる。ワトソンが鑑別診断を導き出すまでの過程が1ステップずつ図式的に表示されるのだ。[p.266-267]」

11章、未来――データ資本主義The Future: Data Capitalism
・「データサイエンティスト(高度な解析スキルを備えた人々)は前衛部隊にはなりうるが、データ駆動型社会に向けた進撃の速度を決定づけるのは地上部隊、すなわちデータに精通した管理職たちである・・・ビジネス分野においても他分野においても、そのような『データ指向の人々(DOP – data-oriented people)』が大勢必要とされているのである。[p.277]」
・「データはますます多様化し、人間のプログラマによって書かれるアルゴリズムはますます賢くなる。この好循環が、人工知能にビッグデータ駆動のルネサンスをもたらす。一方で、機械学習にできることが増えるにつれ、私たち人間も人間性についてより多くを知ることになる。『そもそも人間とは何なのしょうか?』とスマー所長は問う。『今後20年、テクノロジーが進展するほどに、私たちはその問題に向き合わざるをえなくなっていくでしょう』[p.281-282]」
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本書に述べられているような、データに基づく意思決定自体は、それを人工知能が行おうと人間が行おうと、直観的な意思決定よりは多くの場合でよい結果をもたらすでしょう。この点についてはおそらくあまり異論はないと思います。しかし、機械を使って意思決定のサポートを行うこと(あるいは機械自体が意思決定してしまうこと)については、本書に指摘されているような様々な課題があることも事実でしょう。機械と人間の関わりの問題、データを集める手段(センサー技術)の問題、どんなデータを集めるかの問題、データに基づいてどんな推論をするかの問題、データをどう使うか、何のために意思決定をするかの問題など、世の中に大きな影響を与えうる技術であるがゆえに、よく考えなければいけないことも多いと思います。

ビッグデータについては期待が先行している面もあったように思いますが、具体的な事例が増えてきたことによって、問題点もはっきりしてきたように思います。機械を用いる以上、人の誤使用、誤動作や突発停止時の影響の問題、技術を悪用する人が出てくる問題、予想外の影響が出る問題なども克服する必要があると思いますし、例えばIBMのワトソンが標準システムになってしまったとしたら皆が同じような判断をするのではないかというような問題もあるのではないかとも思いますが、そのような点も今後実用化を進めていく過程で解決されていくことでしょう。技術者にとっては、特にセンサー(データ集め)技術、データ処理と意思決定のロジック、因果関係の推定などが興味深いところですが、何といっても、何のためにビッグデータを用いるのか、という使用目的を着想することが重要なのではないかと思います。未知の世界に踏み込んでいくようなそうした意思決定こそ、人がやらなければならないことだと思いますが、どうでしょうか。この技術の発展については今後も注目していきたいと思います。


文献1:Steve Lohr, 2015、スティーヴ・ロー著、久保尚子訳、「データサイエンティストが創る未来 これからの医療・農業・産業・経営・マーケティング」、講談社、2016.
原著表題:”Data-ism: The Revolution Transforming DecisionMaking, Consumer Behavior, and Almost Everything Else”

参考リンク

研究開発実践のマネジメント第18回-研究者の活性化:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.2.1(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第3回第4回第5回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
どこに不確実性があるかの見極め第8回第9回第10回第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回

前回まで、研究開発実践のマネジメントの中の、取り組む課題(研究テーマ)の設定について考えてきました。今回以降、研究にどうとりくむか、研究の進め方のマネジメントの問題について考えていきたいと思います。まずは研究を行う「人」の問題から始め、組織の問題、運営の問題、という方向で進めようと思います。

2.2
、研究開発を行う人のマネジメント

研究開発を行うのは人である以上、人のマネジメントは重要です。もちろん、組織(研究者集団)のマネジメントも重要ではありますが、野中郁次郎氏らも指摘するとおり、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]と考えられますので、まず個人を活性化する方法について検討したいと思います。

2.2.1
、研究者の活性化
研究者に限らず、やる気をもって仕事にあたれば、そうでない場合より多くの成果が期待できるでしょう。しかし、実際にはやる気の高い人ばかりではありません。また、同じ人でも環境やマネジメントでやる気に差がでることはよく見られます。マネジメントの立場からは、研究者のやる気を引き出すこと、すなわち、研究者の活性化が重要になってくるわけですが、では、どのようにしたらよいのでしょうか。

1)
研究者を活性化するマネジメントのポイント
やる気、モチベーションの研究には多くの蓄積があり、様々な因子がモチベーションに影響するとされています。しかし、マネジメントの実践においてはまず全体観をつかむこと、すなわちモチベーションに影響する因子をある程度まとめて理解し、特に注意すべき点を認識することが重要と考えます。ここでは、モチベーションに影響する因子を以下のようにまとめたいと思います。
・欲求、ニーズ:Maslowの欲求階層理論、動機付け要因と衛生要因など

・仕事環境や仕事の性質:有用性、自律性など
・成果と見返りへの期待:事前に認知・予測する期待、誘意性など
・仕事の進め方:目標の困難さ、フィードバックなど
・論理的判断に基づく気持ち:自己効力感、他人への貢献など
・感情(本能的、非論理的な気持ち):ポジティブ感情、ネガティブ感情、ムードなど

そして、これらの因子を考える上で注意すべき点として、以下の視点が重要と考えます。
・動機づけに効く要因と、不満をなくす効果しかない衛生要因の区別
・外発的動機づけよりも、内発的動機づけの方が強力
・ポジティブな刺激よりネガティブな刺激の方が影響が強い

実際には、やる気、モチベーションに影響する因子は多く、それらがからみあって存在しますので、ケースバイケースで対応せざるをえないことがほとんどでしょう。しかし、研究開発は不確実性が高く、継続的な努力を要する場合が多いことを考えると、モチベーションに悪い影響を及ぼす要因を極力除去し、よい影響をおよぼす要因を強化していくことが、やる気を高めるマネジメントにつながるのではないでしょうか。

2)
モチベーションに影響する要因概説
モチベーションとは

・入山章栄氏は次のように述べています。「一般に日本では、モチベーションは『やる気・動機』『士気』などと解釈される。・・・まず、モチベーションは人の行動に影響を与える・・・さらに、それは三つの要素に分かれる。第一は行動の方向性であり、第二は行動の程度(活力・規模)であり、そして最後に行動の持続性だ。・・・筆者なりにまとめれば、『人を特定の行動に向かわせ、そこに熱意を持たせ、持続させる』のがモチベーションということになる。[文献2]
・さらに、入山章栄氏はモチベーションの種類について、外発的動機(extrinsic motivation)とは「報酬・昇進など、『外部』から与えられる影響で高まるモチベーションのこと」、内発的動機(intrinsic motivation)について「外部からの影響なしに、純粋に『楽しみたい』『やりたい』といった、内面から湧き上がるモチベーションのこと」とし、「これまでの実証研究で、外発的動機よりも内発的動機のほうが、個人の行動へのコミットメントや持続性を高めることなどが、ほぼ学者のコンセンサスとなっている。」と述べています。[文献2]

モチベーションについての考え方の流れ
・従業員からより多くの成果を引き出す方法として、古くは伝統的管理論、すなわち従業員を命令を受けて作業を行なう機械のようにみなす考え方(機能人仮説)や、経済的刺激によって意欲が高まるという考え方(経済人仮説)に基づく方法が効果的という考え方がありました。しかし、その後の人間関係論の発展とともに、従業員の人間性が重視され、動機付け要因が注目されるようになります。
・「心理学初期の視点としては、個人の根源的な欲求に基づくニーズ理論や、職務特性理論がある。1960年代・70年代からは、普遍的なモチベーションプロセス全体を描く理論が普及してきた。代表は期待理論、ゴール設定理論、社会認知理論である。経営学で近年研究が進んでいる視点は内発的動機とPSMの掛け合わせである。」「プロソーシャル・モチベーション(PSM)は『他者視点のモチベーション』のことだ。PSMが高い人は、関心が自身だけでなく他者にも向いており、他人の視点に立ち、他人に貢献することにもモチベーションを見出す。」[文献2]

欲求・ニーズに基づくモチベーション(欲求説、ニーズ理論(need theory))
・人間がどんな欲求に基づいて行動するのかについては、Maslowの欲求階層理論が有名です。これは、「人間の欲求は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし」、「人間は原則的に、まず低次の基本的欲求によって動機付けられ、低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない」「ただし、最上位の自己実現欲求は際限なく追い求められる」というもので、非常に理解、納得しやすく実践的にも有用なモデルです。このような欲求についての考え方はその後さらに発展し、例えば、McGregorは、上記の低次の欲求を強く持つ組織成員のモデルをX理論、高次欲求を強く持つ組織成員のモデルをY理論とし、Y理論に基づいた管理の重要性を指摘しています。また、Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています。 [主に文献3、p.111-114]

仕事環境や仕事の性質に関わるモチベーション:職務特性理論(Job Characteristics Theory)
・「『仕事には、従事者の内発的動機を高めるものと、そうでないものがある』という視点に立つ。一般に、内発的動機を高める職務特性は、以下の5つとされる。①多様性(variety):職務の遂行において、従事者の多様な能力を必要とすること。②アイデンティティ(identity):従事者が最初から最後まで職務に携われること。③有用性(significance):職務が、他者の生活・人生などに影響を与えること。④自律性(autonomy):従事者が自律性を持って仕事できること。⑤フィードバック(feedback):従事者が職務の成果をきちんと知れること。[文献2]

成果と見返りへの期待に関わるモチベーション:期待理論(Expectancy-Valence Theory
・期待理論では、人の行動は、その行動が報酬につながる期待と報酬の魅力度(誘意性Valence)によって規定されると考えます。この期待は、努力が業績に結びつく期待(EP期待)と業績が報酬に結びつく可能性(PO期待、道具性(Instrumentality))に分けて考えることができるとされています。[主に文献4、p.39-41]
・入山章栄氏によれば、「期待理論は、報酬制度と動機の関係を説明するのに適した理論だ。外発的動機を説明しやすい理論ともいえる。実際、多くの実証研究で『能力給であるほど、その人はより長時間働く』など、期待理論の命題を支持する結果が得られている。[文献2]」とのことです。
・研究活動の場合、努力が業績に結びつく期待(EP期待)がはっきりしないことがありますので、そんな状況で成果主義を導入して業績が報酬に結びつく可能性(PO期待)を高めたところで、モチベーションは上がらないと考えられる点は興味深く感じます。

ゴール設定理論(GoalSetting Theory
・「期待理論を前提としながら、ゴール設定理論は『ゴール・目標の設定』をモチベーションの基礎として加えたのが特徴だ。同理論が広く支持される理由は、このゴール設定を軸に二つの命題を提示したことにある。・・・命題①:人はより具体的で、より困難・チャレンジングなゴールを設定するほど、モチベーションを高める。ゴール設定理論は『人は、自身の目的を実現するために働く意思を持つ』という仮定を置く。これは、内発的動機に近い。・・・この目的がその人にとって簡単なものなら、その人への動機付けは弱くなる。・・・第二のポイントはフィードバックだ。命題②:人は、達成した成果について明確なフィードバックがある時、よりモチベーションを高める。人は、成果に対してフィードバックを受けることで、自分の成果を正確に認知し、満足度を高め、より高いゴールを設定する。[文献2]
・この考え方は、実践的には仕事の進め方に関係するモチベーションと言えるのではないかと思っています。

社会認知理論(SocialCognitive Theory
・「社会認知理論のモチベーションのメカニズムは、ゴール設定理論の発展形ととらえられる。・・・ゴール設定理論と異なるのは、自己効力感という概念が組み込まれることだ。自己効力感(self-efficacy)は、『自分がある状況において、必要な行動をうまく遂行できるか』についての認知である。自身の能力への自信、と言ってもいい。・・・人は自己効力感が高いほど、『自分はもっとできる』と考えるので、より高い目標を設定する。」自己効力感に影響を与える要因は以下の4つ。①過去の自分の行動成果の認知(フィードバック)、②代理経験(他者の行動・結果を観察することで、自身の自己効力感が変化することを指す)、③社会的説得(「君なら出来る」というようなポジティブな言葉を周囲が投げかけるなど)、④生理的状態[文献2]
・このメカニズムは「自信」が関連しているということで、自分の気持ち、特に論理的判断に基づく気持ちに関係すると考えられると思います。
・前述のPSMすなわち、他人に貢献することにもモチベーションを見出すことは、内発的動機と関連づける考え方のようですが、自己効力感にも関連するのではないかと思います。自分の気持ちを高める作用としてこの分類に入れてみました。

感情に影響されるモチベーション
・人間は論理的な判断だけでなく、無意識の感情にも影響されて意思決定していることが近年盛んに指摘されています。感情がモチベーションに影響する可能性があるなら、そのマネジメントも必要だと思いますので、上記の注意ポイントに入れてみました。以下、入山章栄氏の文献[文献5]の中から興味深く感じた感情の影響をまとめておきたいと思います。
・「全般的な傾向として、『ポジティブな感情・ムードのほうが人・組織にプラスの効果をもたらす』ことは多くの研究で確認されている。」一方で、「一部の研究では、ネガティブな感情やムードのほうが個人・組織に好ましい効果をもたらす可能性が指摘されている。」「モチベーション向上には、やはりポジティブな感情が重要なのだ。・・・一方でネガティブな感情・ムードは、『自分がいま見ている認知の範囲・世界は狭い』と気づかせるシグナルとなる。平たく言えば、『その人の気を引き締める』のだ。結果として、その人はサーチ活動をその後も続けるので、中長期的な学習効果が高まる。・・・ネガティブなムードは、『現状に何か問題がある』というシグナルになるので、それをミスなく修正・改善する意識を高める・・・『ポジティブな感情とネガティブな感情のベストなあんばい』を目的ごとに調整することが重要だ、と筆者は考えている。」[文献5]
・「感情は通常の認知情報よりも『近くにしか伝播しない』傾向がある。・・・感情は互いに顔を見合わせられる『物理的に近い人』にのみ伝播しやすい。・・・感情のマネジメントは企業トップだけでなく、各部署の現場リーダーにこそ重要な仕事といえるだろう。」[文献5]

モチベーションには様々な因子が影響します。今回はその中で特に重要と思われる点について、できるだけ実用に便利な形でまとめることを試みました。研究員の活性化の実践にあたっては、どれかの因子のみに頼るのではなく、個別の事情や要求に応じてこれらのモチベーションに影響する因子を様々に組み合わせて調整していく必要があるということになるでしょうが、まずは、こうしたモチベーションのメカニズムを知ることが重要だと考えます。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎著、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:入山章栄、「世界標準の経営理論 第21回 モチベーションの理論 半世紀を超えて辿り着いた知識時代のモチベーションとは」、Diamond Harvard Business ReviewJune 2016p.126.
文献3:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献4:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献5:入山章栄、「世界標準の経営理論 第22回 職場環境と感情の理論 感情のメカニズムを理解してこそ、組織は動き出す」、Diamond Harvard Business ReviewJuly 2016p.126.

「イノベーションパス」(横田幸信著)より

一般に研究開発は、目標を設定することから始まります。多くの場合、「これをこうしたら、こうなるのではないか。では調べてみよう。」というように、何らかのアイデアに基づいて目標を設定するような形になりますが、場合によっては「とにかく何か新しいことを始めたい」とか、「今あるアイデアが物足りなので何か新しいアイデアを探したい」というような動機から目標設定を行うこともあるでしょう。

とはいえ、最初のアイデアだけで成功する研究はごく稀です。イノベーションを成功させるには、実用化に向けた様々な努力を上手く行うことが必要なことは、多くの識者が指摘する通りだと思います。しかし、最初のアイデアに問題があれば、それをその後の努力で補うことが困難なことも事実でしょう。今回取り上げる、横田幸信著「イノベーションパス」[文献1]では、最初のアイデアの出し方の方法論を中心に、その後のアイデアの育て方も含めてイノベーションの進め方が議論されています。その議論の中心は、著者がディレクターを務めている東大i.school(本ブログ記事でも関連書をご紹介しました)での知見をベースにしたもののようですが、企業の実務家にとっても役に立ちそうな手法や考え方が述べられていると感じました。以下にその内容のポイントをまとめたいと思います。

第1章、イノベーションの新潮流をつかめ
・「メーカーによる技術革新がイノベーションの主役であった時代には、・・・イノベーションは技術革新とほぼ同義のように扱われてきました。生産する側が主導権をにぎり、生活者=消費者として扱うことが当然のようになりました。それに対して生活者=利用者とすることで、敬意を持って生活者とコミュニケーションをとるデザインシンキングの基礎となる考え方に対し、多くの人がそれこそ『共感』しているように思います。[p.32]
・「ピーター・ロウ氏いわく、デザイナーが扱う問題には『輪郭の明瞭な問題』と『輪郭の不明瞭な問題』とがある・・・『輪郭が不明瞭な問題』は、そもそも何が問題かよく分からない、課題そのものが分からないといったものを意味しています。デザインが扱う問題の多くはそういう輪郭が不明瞭な問題である・・・。[p.34-35]
・「近年話題を集める人間中心の方法論は、問題の輪郭が不明瞭な人・社会の課題認識を追求しています。そうしたアプローチで別分野でこれまで活躍してきたのはデザイナーや建築家なのです。[p.38]
・「私自身は『大企業からのイノベーションの可能性』について、肯定的に捉えている部分もあります・・・技術面で実現できる状況を整え、生産面でも量産体制を整え、生活者に実際に届けるための仕組みである流通的な面にまでも経験と資源、ネットワークがある大企業には優位性があるといえるでしょう。[p.39-40]」「私は日本メーカーの弱点は、市場を生み出すような新しい『コンセプト』に踏み出せないところにあると考えています。・・・日本はこれまで技術面の優位性確保に重きを置いていたがために、より人の面の利用体験や行動変容、社会変化の予兆等への考察が足りなかったのではないかと考えられます。製品単体でのビジネスではなく、ユーザーの利用体験や行動変容、社会変化までを検討の範疇に含んだ、調和的で方向性を有した全体観のあるコンセプトが弱かったといえるでしょう。[p.42-43]

第2章、イノベーションを起こす人材に育つ・育てるために――東京大学i.schoolの事例より
・「東京大学には、主に東京大学学生がイノベーションの起こし方を学ぶための教育プログラムとして、『東京大学i.school』があります。・・・i.schoolには5つのフィロソフィーがあります。」「人間中心のイノベーション・・・知の構造化によるクリエイティブ思考・・・創造を行うための新しいリーダーシップの育成・・・社会問題をイノベーションの機会へ・・・リアルな体験を提供」[p.50-52]
・「i.schoolの教育上のターゲットは、イノベーションへの道のりの全体像の中でも、特に0から1を生み出す『創出』の領域となっています。[p.52]
・「i.schoolの活動を統括指揮するエグゼクティブディレクター堀井秀之教授は、イノベーションを起こせる人材になるために身につけるべき3の要素を提唱しています。それはモチベーションとマインドセット、スキルセットになります。・・・モチベーションとは、例えば自分が人生をかけて実現し社会に提案するアイデアを見つけること、自分の専門性を生かしたいと思える社会課題や事業領域が見つかること、自分がイノベーション創出を追求するにあたって腹落ちする理由が見つかることなどを意味します。・・・マインドセットとは、日本語でいうと習慣的に身についた考え方や物の見方といったところでしょうか。・・・私は、具体的には次のようなマインドセットをi.schoolに参加する学生には期待しています。①楽しく前向きにやる・・・②真剣に本気でやる・・・③他者を理解し尊重する。・・・i.schoolが提唱する身につけるべき2つのスキルセット・・・1つ目は、新しい価値を作り出せるようになること。別の言い方をすると、何らかの創造的課題に対してアイデアを作れる、クリエイティブであるということです。・・・2つ目のスキルセットとは『創造的課題に対して、アイデアを生み出すためのプロセスを設計できるようになること』です。[p.64-78]
・「経済産業省が大企業からイノベーションを生み出すための人材や組織のあり方を調査検討した『新事業創造と人材の育成・活用に関するアンケート調査』の結果」では、「アンケートで聞いた能力を大きく分けて、『価値発見力』と『価値実現力』という能力グループで定義しています。・・・これらの結果から読み取れることとしては、イノベーションといわれる製品・サービスを生み出すためには、ホワイトカラーとして働くビジネスパーソンの持つ能力の中でも、価値を発見する力、すなわち0から1を生み出す能力に課題がありそうだということです。それと同時に、実は価値を実現する力については、一般の社員でも十分な水準にある可能性が高く、価値発見する部分がボトルネックになっていることが示唆されます。[p.71-72]

第3章、既存事業とはコンセプトの異なるアイデアを生み出すには
・「ある製品・サービス・ビジネスのアイデアが生まれ、それが形になり、実際に社会に提案され、十分に普及したのちイノベーションと呼ばれるようになるまでには、当然ですが道のり『Path』があります。その連続性の中で、意味のある個別の取り組みを調和的に設計し実施するところに、成果の品質を決める本質があるためです。この調和的な取り組みの総体を私は『事業開発戦略』と呼んでいます。[p.82]
・「何かアイデアを生み出す思考作業には、インプットする情報があり、それを操作する作業があり、そしてアイデアをアウトプットするという一連の情報処理プロセスがあります。・・・どの領域の情報をまずインプットするのか、という観点で見るとアプローチの仕方が大まかに分けて4つあります。[p.86-88]」「各アプローチの一長一短をまとめると、次のようになります。技術起点アプローチ:当たれば大きいが、近年は特に打率が低くなりがち。市場起点アプローチ:有望性は皆が納得できるものの、アイデアがあるようで実はない。社会起点アプローチ:課題は明確だけど解き方が分からない。また、アイデアが出ても実現するためには規制緩和などが必要になりがち。人間起点アプローチ:アイデアは面白く感じるが、自社の強みを生かせている気がしない。また、製品の改善としては面白いが、事業としてのスケールは小さくみえる。[p.96]
・「『機会領域』という概念を知ることはアイデア創出のために大変有効なので紹介しましょう。機会領域とは、アイデアを創出するために抽象的に思考の方向性を指し示すものであり、アイデアのコンセプトともいえます。その領域で具体的にアイデアを考えていくと、新規性がある有望なアイデアが出る可能性の高いと考えられる領域のことです。[p.104]
・「アイデアを生み出すプロセスにおいて学びの多い4種類の個性あふれる方法論・プロセスを紹介します。全ての方法論・プロセスにおいては、目的もしくは手段に着目し調査・検討を行い、その結果として何らかの機会領域を設定し、その方向性の中でアイデアを出すという共通点があります。[p.108]」「(1)人間起点:固定観念を崩す『エクストリームユーザーインタビュー』。エクストリームユーザーインタビューとは、平均的もしくは一般的ではない属性や行動特性、価値観を持つ生活者に対するインタビュー調査のことを言います。・・・ビジネスエスノグラフィーの文脈でエクストリームユーザーにインタビューすることで、固定観念を壊し新たな機会領域を発想するプロセスは有効に働きます。大切な点は、定性的で特徴的なミクロなインタビュー結果から直接アイデアのヒントを得るのではなく、一度社会全体の固定概念を捉え直すマクロな視点で整理して考えるところにあります。[p.108-114]」「(2)社会起点:未来社会を考える『シナリオプランニング』『未来洞察』『社会シフト』。・・・シナリオプランニングとは、特定の業界やテーマについて、その未来像に大きく影響を与える要素を2つ選抜し、それら要素の未来の状況に注目する形で2軸を取り、4つの象限に分けてそれぞれ社会シナリオを作成する方法論です。・・・要素の抽出時の観点としては、『不確実性』と『影響度』の2つが大切になります。・・・『未来洞察』とは、10~15年後の未来を現在の延長線上とは捉えずに、その変化を与える要素から非線形な未来像に対する考察を創造的に深めることです。・・・『社会シフト』とは、非連続な方向への社会変化を意味する、三菱総合研究所が提唱する概念です。現在の社会が特定の原因により非連続的に変化した後の事業環境に影響を与える未来像を捉えることが特徴です。・・・社会シフトの方法論では、新しいアイデアが生まれるメカニズムについて、主に不確実性ではなく、非連続性に焦点を当てて未来を捉えています。[p.114-120]」「(3)市場起点:市場のバイアスを突く『ブルー・オーシャン戦略』/『ブレイク・ザ・バイアス』。・・・ブルー・オーシャン戦略では、既存市場にある競合の製品・サービスとその競争要素をまず抽出し、書き出します。その競争要素の中から何かを『減らす』『取り除く』だけでなく、その上で特定の要素を『増やす』、もしくは新たに要素を『付け加える』といった思考作業を行うプロセスを通して、アイデアを発想します。・・・既存の業界関係者、さらにはユーザーも陥っているバイアス(=偏見、思い込み)を見つけ、それを破壊することでアイデアを創出する方法論があります。『ブレイク・ザ・バイアス』と呼ばれ、ビジネスデザイナーの濱口秀司氏(monogoto CEO)が提唱者です。・・・ブレイク・ザ・バイアスでは、『既存の1の見方を変えたり破壊したりして、別の1を生み出す』という考え方をしています。[p.122-124]」「(4)技術起点:先端技術の新たな価値を探索する『テクノロジー・シフト』。・・・既存製品・技術を概念分解し、別目的にシフトさせる。・・・ある先端技術が普及することにより、社会シーンが現在とは異なる状況になることを高い確実性の中で想定し、その前提で今後顕在化してくるニーズを先回りして探索します。[p.126-129]

第4章、アイデアを収束させ、品質を高めていくには
・「収束のプロセスは本質的にとても創造的で、アイデアの品質や実現性を大きく飛躍させるプロセスでもあります。・・・多くの書籍や方法論が存在する発散のプロセスと比較し、収束のプロセスはあまり研究されたり実践的知見も整理されたりしていないようです。本書は、この収束のプロセスについて『選抜』と『精錬』の2つのステップで解説をしていきます。[p.132]
・「選抜の方法:・・・イノベーティブなアイデアを見出す観点が明らかになれば、選抜作業は比較的容易になるはずです。・・・定番となる観点は存在しており、・・・代表的なものを紹介しておきます。・・・①新規性・・・②有効性・・・③実現可能性・・・④賛否両論ある議論の発生・・・⑤強い価値観の内包[p.133-136]」。「客観的な観点で、主観的に評価をしてもらった後は、その評価の最も高かったアイデアを前にすすめるのかというと、そうではありません。・・・私は・・・客観的観点での評価のあとに、別の評価を追加的に行なう、2段階での選抜を提唱しています。・・・実際に行う作業としては、まずは客観的観点による評価結果をグラフやコメント集などで参照できる状態とします。次に、その結果を参照しながら、自分自身がどのアイデアの実現に向けてその品質向上にコミットするタスク・リーダーになってみたいのか、リーダーほどはコミットできないがメンバーとしてなら参加してみたいのかということを、それぞれリーダー候補票とメンバー候補票として投じます。[p.138-140]
・「精錬の方法:ラピッドプロトタイプを用いて螺旋状にアイデアの質を上げる。・・・私はヒトとモノ、コト、そしてビジネスの4つの対象に分けてプロトタイプを製作することを提案します。ヒトのプロトタイピングでは、・・・①アーリーユーザー像・・・②ユーザーの課題認識・・・③ユーザーの感じる価値・・・④ユーザーの行動・価値観の変化、・・・モノのプロトタイピングでは、・・・①デザイン、・・・②ファンクション、・・・コトのプロトタイピングでは、・・・①体験フロー・・・②ステークホルダーマップ・・・ヒトとモノ、コトのプロトタイプができたら、想定アーリーユーザーにインタビューを実施します。・・・インタビュー結果の事実に基づいて議論を深めた後は、・・・またプロトタイプを作り直していく思考作業にうつります。しかし、ただ闇雲にプロトタイプを作り直しても、アイデア品質は向上していきません。そのために、『幹』と『枝葉』という概念を活用します。」幹は中核をなす特徴でできるだけ不変的なものとして大切にした方がよいもの、枝葉は弱めるべき・剪定すべきものと、強調すべき・追加すべきもの。ビジネスのプロトタイピングは、別の方法が必要で、「ビジネスモデルキャンバス」を用いたり、無消費への対抗や機会市場、期待売上などを検討して螺旋状に品質を上げていく。[p.141-169]

第5章、イノベーション・プロジェクトの設計とマネジメント事例
・「中長期的な将来において業界そのものに大きな質的変化が起こりそうな場合には、今のユーザーにインタビューしても未来を見誤る[p.199]」。
・「イノベーション・プロジェクトは、そのゴールや業界特性、メンバー特性、スケジュール感など、様々な条件を考慮に入れて文字通りクリエイティブに設計することが大切です。くれぐれも『この方法論が流行っているからそれをやってみよう』『この本の通りやれば大丈夫だ』のような、マインドセット的に非クリエイティブなイノベーション・プロジェクトの設計と実行に終始しないように気をつけてください。・・・アイデア創出のスキルセットも大切ですが、その前提としてクリエイティブなマインドセットを強く持つことを忘れないでください。[p.212]

第6章、イノベーション・プロジェクトで成果を出すために
・「私自身としては、業務プロセスも何も設計されていない中で組織だけを社長直轄もしくは他役員がコミットする形だったとしても、事業部門と別に作ることには賛成しません。社長もしくは経営層が適切なリソースとともにコミットする形で、まずは『プロトタイピング』として、イノベーション・プロジェクトを立ち上げるとよいのではと思います。[p.226]
・「イノベーションのためのプロセスを設計する時には、設計作業そのものが創造的なものであることを楽しみましょう。[p.230]
・「優れたマネジャーは、アイデアの良し悪しの評価を本質的に不確実と認識しています。そのため、我慢強く聞き、質問し、建設的にフィードバックをしています。・・・マネジャーに求められる役割としては、良し悪しを断定的に言い切るのではなく、様々な観点から質問をしてあげ、そのアイデアの良いところと弱点をリーダーやメンバー自身に気づかせてあげることではないでしょうか。[p.240-241]

おわりに
・「『大企業を動かすのは、危機感だ』という言葉はよく聞かれます。・・・一方で、危機感を起点として、人生の大部分を占めている仕事へのコミットメントを自分も含めて他者にも高めてもらうのは、いささか残念な気もします。危機感ではなく、新しいものを生み出す『楽しさ』や『ワクワク感』が起点となって大企業を動かしてみてもいいのではないでしょうか。[p.248]
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アイデア創出と、その後の実用化プロセス(本書では、「実現」、「拡大」という言い方になっています)のどちらが重要か、という問いに対して明確に答えることは難しいでしょう。結局のところ、どちらかのより難しい工程での進め方の巧拙が問われることになるのだと思います。何らかの事業をすでに行なっている企業では、アイデアの数を出すだけならばそれほど難しくはありませんし、破壊的イノベーションのような挑戦的な課題に対してもChristensenは、「刺激的な成長事業に乗り出そうと奮闘する企業にとっての根本的な問題が、優れたアイデアの不足であることはほとんどない」[文献2、p.19]、と述べています。しかし、「よいアイデア」を発想することはどんな場合にもそう容易ではありません。さらに、最初のアイデアの如何によってその後の実行プロセスが容易になったり難しくなったり、ということも起こります。つまるところ、「よいアイデア」を創出することは簡単なことではなく、「よいアイデア」を創出できたならばそれを上手く育てることが重要性になってくる、ということで、そのどちらにも研究マネジメントの高い能力が求められる、ということではないでしょうか。

本書は、アイデア創出のプロセスについて、デザイン思考や東大i.schooli.labでの経験に基づいて重点的に解説されていますが、その指摘は単に創出のプロセスにとどまらず、それ以後のプロセスに対しても重要な示唆を含んでいると思います。実務的な観点からは、本書の手法が、どんな場合に有効で、どんな場合にはあまり有効ではないのかを実績に基づいて理解したかったところですが、それはi.schoolに求めるよりも実務家自身が実証すべきことなのかもしれません。よいアイデアを生むための方法論は未確立であり、そのような方法を求めること自体無理な望みだとしても、よいアイデアを生み、選び、育てるための有効な考え方を知り、イノベーションを発想し実現するプロセスを自ら創造することこそが、実務家に求められていることなのではないかと思います。


文献1:横田幸信、「イノベーションパス 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方」、日経BP社、2016.
文献2:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

リーダーシップ論の真実(フェファー著「悪いヤツほど出世する」より)

研究開発のリーダーはどうあるべきなのでしょうか。研究を成功に導くのはこういうリーダーだ、というようなリーダー像は描けるのでしょうか。研究に限らずとも、その組織の成果を高めるようなリーダーシップというものはあるのでしょうか。そしてその考え方は実践において役立つものなのでしょうか。

リーダーシップやリーダーのあるべき姿については様々な議論がありますし、特にアメリカではよいリーダーを育成する目的でのリーダー教育も盛んなようですが、今回ご紹介するジェフリー・フェファー著、「悪いヤツほど出世する」[文献1]では、従来の考え方や教育がかならずしも有効ではないことが示されています。邦訳の表題ではリーダーシップ論との関係がはっきりしませんが、原著の表題は「Leadership BS(BSとはスラングで「嘘つけ!」「でたらめ」「本物じゃない」という意味のようです)となっていて、著者が現在のリーダーシップの考え方に対して反対の立場から意見を述べようとしていることが読み取れると思います。著者の議論の特徴は、事実、現実に基づいて議論をしようとしているところで、著者は「あまりにも多くのリーダーが過ちを犯し、自らのキャリアを台無しにし、職場をめちゃめちゃにしている。この状況を変えたいなら、まずはなぜこうなったのか、原因を理解しなければならない。・・・リーダーシップをめぐる数々の『神話』は、輝かしく勇ましくわくわくさせられる物語ではあるが、現状を変える役には立たない。それどころか、ときには一段と悪くする。・・・リーダーシップについてよく耳にする教えの大半は、事実ではなく期待に、データではなく願望に、科学ではなく信仰に基づいている・・・。本書を執筆するにあたって、私はシンプルだが野心的な目標を立てた。リーダーシップという今日きわめて重要なテーマに関して、読者に再考を促すこと、そして読者の見方を変え、さらには行動を変えることである。[p.3-5]」と述べています。以下、本書の構成に沿って著者の主張をみていきたいと思います。

序章、リーダー教育は、こうして失敗したThings Are Bad – Here’s Why
・「本書・・・の目的は、熱心にリーダーシップ教育が行なわれているにもかかわらず、リーダーの失敗がなぜこうもひんぱんに起きるのか、体系的かつ心理学的に原因を理解することにある。根本的な原因が理解できれば、解決に向けて正しい一歩を踏み出すことができるだろう。[p.19]
・「一方には、リーダーシップ教育やリーダー育成に携わる産業が存在する。・・・そしてリーダーシップを通じて集団や組織のパフォーマンスを向上させるためのさまざまな処方箋が提案されている。・・・主なものを挙げると、リーダーは信頼を得よ、最後に頼れる人であれ、真実を語れ、人に(とくに顧客や部下に)尽くせ、控えめであれ、思いやりと理解と共感を示せ、等々である。どれもたいへん結構だが、効果のほどは疑わしい。その一方には、職場の現状がある。やる気がなく、不平不満だらけで、上司は信頼されず、多くの社員が早く辞めたいとか上司を追い出したいと考えている。・・・この二つの事実から結論を引き出すことができる。それは、リーダーシップ教育産業は失敗した、ということだ。彼らの情熱は認めるとしても、効果があったという証拠はあまりにも乏しい。それどころか数々のプログラムは、世間が思う以上に無益であり、むしろ有害である。その結果、職場にもリーダー自身にも悪影響をおよぼしている。[p.20-21]
・「問題なのは、部下が上司に不満を抱いていることだ。それも並大抵の不満ではない。2012年夏にパレード誌がアメリカ企業を対象に行った職場調査の結果を発表したが、それによるなんと被用者の35%が、直属の上司の解雇と引き換えなら昇給を諦めてもいいと答えている。[p.31]
・「リーダーシップがいっこうに向上しない原因をいくつか挙げる。・・・リーダー個人の利益と会社の利益が一致しないことはままある。・・・組織の利益とリーダーの利益のちがいがさまざまな研究であきらかにされる一方で、リーダーシップ神話は相変わらず、組織のパフォーマンスを高め部下の士気を高めるリーダー像を語ることに終始している。・・・そもそも高い地位にのぼり詰めることこそリーダーにとってうれしいはずだが、そうしたものはいっさい語られない。このことがよきリーダーのためのプログラムや助言が現実の世界ではほとんど効き目がない一つの理由ではないだろうか。リーダーシップ教育産業はリーダー自身の利益に関心を示さないが、本人は大いに関心があるのだから。[p.38-42]」「リーダーシップ教育産業は怠慢と言わざるを得ない。大量のプログラムやセミナーを提供して助言をするだけで、実践されたかどうか、事態が改善されたかどうか、改善されていないとすればそれはなぜか、といったことを突き止める努力もしていない。彼らは、リーダーはこうあるべきだとか、ものごとはこうでなければならないといった規範的なことにこだわりすぎており、実態はどうなっていて、それはなぜか、という基本的な問いを発していないのである。リーダーと職場の実態が計測されない限り、またリーダーが自らの行動の改善とその結果に責任を問われない限り、状況は変わらないだろう。[p.44-45]」「状況が改善されないもう一つの重大な理由は、リーダーシップを教えるのに知識も経験も資格も必要ないことだ。・・・いまや彼らの目的は、悩めるリーダーや職場の解決策として、目にも耳にも心地よいエンタテインメントを提供することなのである。[p.45-46]」「リーダーシップを教えるのに資格がいらないとか、規範的なことに終始するといったことは、リーダーシップに関して概念や定義が曖昧であることと関係がある。このため、対策や助言も的外れだったり、抽象的すぎてどう実行していいかわからないということになりがちだ。[p.47]

第1章、「リーダー神話」は、百害あって一利なしWhy Inspiration and Fables Cause Problems and Fix Nothing
・「リーダーシップ教育で次々に提供されるのは神話や寓話の類だといわざるを得ない。自伝や半ば自前の評伝や講演、ケーススタディの中では、すばらしいリーダー像がこしらえ上げられる。・・・これらのストーリーは、控えめに言っても信用できない。[p.61]
・「私たちはリーダーシップ神話を受け入れやすい。・・・『世界は公正であり、善は報われ悪は罰される』という世界観のことを『公正世界仮説』という。この誤謬に囚われると、『成功した人には成功するだけの理由があるのだ』ということになる。だからサクセスストーリーは無条件に支持される。そもそも私たちは信じたがっているのだし、希望を求めているのだ。事実を確かめようなどと考える人はめったにいない。[p.66]
・「真実でない神話が流布するのは大いに問題である。・・・成功したリーダーの行動が脚色されているとなれば、そこからは何も学べない・・・。・・・リーダーシップ研修や書籍を信用できないとなったら、同じテーマを扱う学問的研究まで信用しなくなるのももっともと言えよう。[p.68-69]」「リーダーシップ教育で教えられたことを鵜呑みにしていると、職を失ったり昇進の機会をふいにしたり、しかねない。[p.71]」「卓越したリーダー像は、次の三つの有害な影響ももたらす。第一に、ふつうの人たちはこうしたリーダーには到底およばないと考え、それを口実に自分から何かをやろうとしなくなってしまう。第二に、崇め奉られているリーダーに欠点を探すとか、彼らの失敗を受け入れるということができなくなる。このため失敗から学ぶこともできない。第三に、欠点もなく失敗もしない卓越した人物は、仮にいるとしても、『希少種』である。そのような人物から導き出された助言は、ふつうの人間が実行するには適していない。[p.76-77]
・「リーダーシップ神話がいかに不正確で非論理的であっても、それで人々が感動して自分を変え、行いを正すことができるならまだよい。・・・だが実際には、とてもそうは言えない。・・・人々の行動を変えるにはさまざまな方法があるが、感動は有効な手段ではない。まず、感動はたしかに人々に強い衝動を与え、心を揺さぶり、何かへと駆り立てるが、長続きしない。高揚感はあっというまにしぼんでしまう。さらに重要なのは、感動も、それに伴う衝動的な意欲も、職場の現実とは無関係であることだ。[p.80]
・落とし穴:「自分は多くを学んだ、よきリーダーに近づいたと信じこむと、その後のリーダーとしての自分のふるまいに十分な注意を払わなくなってしまう[p.86-87]」(モラル・ライセンシング)。「崇拝され、聖人に祭り上げられたリーダーには、別の問題もある。自分のリーダーシップ能力に自信過剰になり、自分が口にしたことを、自分はすでに実行したと思い込むことだ[p.87]」(ミッション・ステートメント問題と似た現象)。

第2章、謙虚――そもそも控えめなリーダーはいるのか?Modesty: Why Leaders Aren’t
・「リーダーは謙虚であることが好ましいとする主張は、なかなかに筋が通っている。・・・謙虚なリーダーは、部下の力を大いに認める。まして部下の仕事を自分の手柄にしてしまうようなことはない。よって謙虚なリーダーのもとでは離職率が下がる。・・・謙虚とは正反対の自己顕示欲の強いリーダーは、多くの研究できわめて評価が低い。こうしたリーダーがいる職場ではパフォーマンスが低下するという。[p.99-101]
・「謙虚とはかけ離れたナルシスト型の性格や自己宣伝、自己主張といった行動は、リーダーに選抜されるうえでは功を奏する。・・・ナルシスト型リーダーは自信過剰で自己陶酔が強いことが災いし、危機発生当初は経営を悪化させる可能性が高いという。だがこのタイプのリーダーは行動的でリスクテークを恐れないため(なにしろ自信たっぷりなので)、危機後の回復期には企業をすばやく立ち直らせることもわかった。[p.116-117]
・「以上の点からすると、リーダーに謙虚であることを求めるべきかどうかはかなり疑わしくなってくる。・・・この不一致を単なる偽善と片づけるべきではあるまい。そこには本質的な二面性があると感じる。[p.120]

第3章、自分らしさ――「本物のリーダー」への過信と誤解Authenticity: Misunderstood and Overrated
・「オーセンティック・リーダーシップ、すなわち誰かをまねするのではなく自分らしさを前面に押し出すリーダーシップはいまや大流行であり、たくさんの本が書かれ、セミナーや講演も花盛りである。[p.129]」「オーセンティック・リーダーシップ開発に取り組む動機はじつに立派であり、称賛に値する。ほんとうの自分を見つけ、それを大切にすることをリーダーに求めるようになったのは、現代では失敗するリーダーがあまりに多いからだ。[p.131]
・「オーセンティック・リーダーシップはあまり有効とは言えない。いやそれどころか、そういうものを発揮することは不可能と言うべきだろう。過去数十年間に行なわれた社会科学分野の研究が示すように、人間の意識や行動は置かれた環境と深く結びついている。したがって、自分に忠実であろうとして周囲の条件や制約を無視したり、それに抵抗したりすることになれば、周囲の人との軋轢や確執につながりかねない。[p.144-145]」「つねに自分らしくあるということは心理学的に不可能である。また、リーダーは自分の感情や好き嫌いはどうあれ、その時々の状況に即した行動をとることが求められているのだから、つねに自分らしさを前面に押し出すリーダーシップは有効でもない。巷ではオーセンティック・リーダーシップ教育が大流行だが、これを真に受けると痛い目に遭う。[p.147]

第4章、誠実――リーダーは真実を語るべきか?(そして語っているか?)Should Leaders Tell the Truth – and Do They?
・「現実には、嘘は信じられないほど多い。ありとあらゆる種類の組織で大勢のリーダーが嘘をついていると言っても、けっして誇張にはなるまい。尊敬され崇拝されるリーダーでも、である。[p.151]
・「人々がのべつ嘘をつくのは、それが目先の利益あるいは将来的な利得をもたらすからである。『自分を演出し人を眩惑する能力は人間関係においてきわめて重要であり、巧みに嘘をつく能力は仕事で成功するうえで欠かせない』と指摘する専門家もいるほどだ。要するに、出世に嘘はつきものだというのである。権力と嘘は持ちつ持たれつの関係にある。権力を持つ人ほど嘘が容易になるし、巧みに嘘で切り抜ける人ほど権力を持つようになる。[p.167]
・「嘘が横行する現実を無視し、嘘が権力と結びついたり、好結果をもたらしたりすることがあるという事実を見ないふりをして、ひたすら嘘はいけないと言っても、効果はあるまい。現実を無視し、現実認識を誤ったまま努力しても、見当違いの方向へ行くか、無駄に終わるだけである。[p.183]

第5章、信頼――上司を信じてよいものかTrust: Where Did It Go, and Why?
・「信頼はリーダーシップの基本だとよくいわれる。事業を成功に導くためには、大勢の人間が互いに協力し合わなければならない。そういう組織に信頼関係がなかったら、どうして成功できるだろう。協調的な行動を生み出すには、金銭的なインセンティブや契約関係などよりも信頼が最も有効で、最も安上がりだ。いくら契約で人を縛ろうとしても、将来起こり得る偶発事まですべて規定するのはむずかしい。これは、ノーベル賞を受賞した経済学者のオリバー・ウィリアムソンが数十年前にすでに指摘したことである。[p.187-188]
・「だが私は、こと企業に関する限り、信頼が成功に欠かせないとか、リーダーシップに不可欠だとはもう考えていない。なぜならさまざまなデータは、企業における信頼の欠如を如実に示しているからだ。それでも会社は回っているし、リーダーも同様だ。信頼に値しないリーダーが制裁を受ける例はきわめて少ないのである。[p.188-189]
・「信頼を踏みにじったリーダーがめったに制裁を受けないのはなぜだろうか。・・・一つは、人間が生き残る必要上、他人を信じるようにできていることだ。だから、信頼を裏切ったリーダーを目の当たりにしても、これは一度限りのことだと考えて大目に見る。・・・さらに重要な理由は、大方の人は人間関係において戦略的に行動するということだ。・・・つまり、誰かが自分にしたことよりも、その誰かが将来自分にしてくれる可能性のほうを重視する。[p.197-198]
・「信頼がじつに大切なものであることは言を俟たない。リーダーにとって重要な資質であることはまちがいないし、最後に自分を助けてくれるものも信頼である。その点に疑いの余地はない。唯一の問題は、大方のリーダーも大方の組織も、信頼が欠けていることだ。このことをよく理解した読者なら、もう二度とだまされることはあるまい。[p.213]

第6章、思いやり―― リーダーは最後に食べるWhy Leaders “Eat” First
・「リーダーは一般の組織の業績を最優先するが、サーバント・リーダーシップではそれよりも部下の幸福や満足度を重んじるのである。・・・『部下のことをまず考える』ことは、倫理的には正しい。・・・そしてさまざまな事例からすれば、倫理的に正しいだけでなく、ビジネスにとっても意味がある。[p.217-218]
・「リーダーが社員の幸福を考え、『最後に食べる』としたら、それはすばらしいことだ。だが、私が部下なら、リーダーにあまり期待しない。・・・多くの本には、サーバント・リーダーシップを実行するのはむずかしいと書かれている。たいへんな努力を要するのであれば、そうしたリーダーが大勢いるとは考えにくい。[p.219]
・「部下を思いやるリーダーになれ、とお題目のように唱えても、さして効果は望めまい。それよりも、リーダーと部下との関係を律する心理的な要因を見きわめ、そこにはたらきかけていくほうが効果的である。適切な測定とインセンティブを導入すれば、リーダーの部下思いの行動を評価し、報いることが可能だ。[p.234]

第7章、自分の身は自分で守れTake Care of Yourself
・「世界は往々にして公正ではないのであり、そうわきまえることだ。そして、自分の身は自分で守り、自分の利益は自分で確保するほうがよい。他人もそうするなら、なおよい。しっかりと自分のことは自分で考え、リーダーシップ神話に頼るのをやめたら、あなたはもっとずっとうまくやれるはずだ。同時に、信頼に値しない人間を信頼して裏切られたり、失望したり、キャリアを台無しにしたりする危険性も大幅に減るはずである。[p.263]

第8章、リーダー神話を捨て、真実に耐えるFixing Leadership Failures: You Can Handle the Truth
・「どんな組織であれ、権力を握り富も掌中にしたリーダーの多くは、理想のリーダー像とはほとんど無縁である。[p.270]」「現状は、誠実で謙虚で信用できて部下思い等々、多くの人がリーダーの資質と考えるものを持ち合わせていないリーダーが大勢成功しているだけではない。実態はもっと悪い。・・・理想のリーダーだといわれている人たちは、実際そのように見えてしまうのである。これは、人々がリーダーの発する自信満々な雰囲気やオーラに魅せられてしまい、彼らが実際に何をしているかをチェックしようとせず、彼らの部下になることがどういうことかを考えようともしないからだ。おとぎ話を信じたがっている人々は、真実から目を逸らし、自分の価値観を覆すような証拠は積極的に見まいとする。こうしたわけで人々は、ほとんどの企業にも政府機関にも存在しないようなリーダーの行動モデルをありがたく信じている。・・・『キャリアで成功するためのヒント』といったものは、多くの場合、実際のリーダーの行動とはまるで一致していない。[p.276]」「働く環境を変え、リーダーのふるまいを変えるためには、夢を見ていないで現実に基づいて行動することが必要だ。[p.279]
・組織の現実と向き合うための、6つのヒント:「『こうあるべきだ』(規範)と『こうである」』(事実)を混同しない」、・・・「他人の言葉ではなく行動を見る」、・・・「ときには悪いこともしなければならないと知る」、・・・「普遍的なアドバイスを求めない・・・よきリーダーになるためには、まずはその地位に就くために、次に地位を維持するために、自分の置かれた環境で必要な能力や行動を示さなければならない」、・・・「『白か黒か』で考えない・・・リーダーを含めあらゆる人は複雑で多元的で多面的であるという事実を受け入れ、それをよしとするならば、そして一人の人間の中には強さもあれば弱さもあることを認めるならば、社会のダイナミクスをよりよく理解できるようになるだろう」、・・・「許せども忘れず・・・リーダーの過去のふるまいを忘れてしまい、決定を下すときに過去を参照せず、希望的観測に基づいて将来に期待するのは、トラブルを招くだけである」[p.279-299]
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本書を通じて著者は、よきリーダーの資質とされる、謙虚、自分らしさ、誠実、信頼、思いやり、について、これらを「あるべき姿」だと考えてしまうことの問題点を指摘しています。ただし、こうした資質を持つことの意義については、「自分らしさ」を除いて肯定的に捉えているようで、こうした資質を持つことは好ましいものの、非現実的なほど難しいし、持っていることが成功に結び付くとは限らない(失敗の原因になるかもしれない)という著者の指摘は、非常に興味深く感じました。

確かに、これらの規範は、いずれも、そうしたほうがよい場合も、しない方がよい場合もあるというのが実際のところでしょう(例えば、ついてはいけない嘘と、つくべき嘘、のように)。ということは、状況に応じて使い分けをすることが求められ、さらには、やりすぎないこと、が重要ということなのではないかと思います。加えて、著者はリーダーになるための資質と、よいリーダーであるための資質を分けて考える必要も指摘しているように思われます。よいリーダーを目指す努力が、リーダーになることにつながらないとすれば、やはりこれらの規範を重視しすぎることには残念ながら弊害があると言わざるをえないかもしれません。

もう1つの重要な指摘は、これらの資質を持つ人は稀有な存在だという点でしょう。普通の人がそんな存在になれるとは思わない方がよいだろうし、そんな期待をもっても無駄な場合がほとんどだ、ということになると思います。しかし、そのような現実を認識した上でならば、そうした理想の姿を目指すことは、ひとつの選択肢として考慮に値するのではないでしょうか。特に研究開発においては「人と違うこと」をすることが必要な場合があります。世の中のほとんどが、こうした規範に従っていないのであれば、逆に規範を目指してみるのも悪くないかもしれません。もちろん成功の見込みは低いでしょうし、考えが甘いかもしれませんが、それを承知の上でならやってみる価値はあると思うのですが、いかがでしょうか。


文献1:Jeffrey Pfeffer, 2015、ジェフリー・フェファー著、村井章子訳、「悪いヤツほど出世する」、日本経済新聞出版社、2016.
原著表題:Leadership BS: Fixing Workplace and Careers OneTruth at a Time

リニアバイアスの扱い方(「Linear Thinking in a Nonlinear World」、Langhe、Puntoni、Larrick著HBR2017, May-Juneより)

ある2つの変数の関係が直線的であると考えることは、ものごとを単純化して考え、決断を容易にする上で役に立つこともあります。しかし、そうした単純化が害をもたらすこともあるでしょう。今回は、最近のHBR誌の論文(Bart de Langhe, Stefano Puntoni, Richard Larrick著「Linear Thinking in a Nonlinear World」[文献1])から、直線的ではない(非線形な)関係を直線的(線形)だと誤解することの問題点と対策について考えてみたいと思います。

リニアバイアスの例
・論文ではまず車の燃費を例に、リニアバイアスについて説明しています。燃費(単位ガソリン量あたりの走行距離)が10→20に増えるのと、20→50に増えるので、どちらが燃料消費が節約できるかを考えると、
10→20の方が燃料消費の節約は多いことになる(例えば距離100の走行に必要な燃料は、100/10=10→100/20=5の方が、100/20=5→100/50=2よりも燃料消費の節約が大きい)。人間はつい燃費の改善代(10vs30)に比例して(あるいはその大小関係を反映して)燃料消費も少なくなると思ってしまいがちだが、これは、燃費と、走行距離当たりの燃料消費の関係を「線形」だと誤って理解していることに基づいている、というのが著者の指摘です。
・「認知心理学の何十年もの研究は、ヒトの心は非線形な関係の理解に苦しんできたことを明らかにしている。」「非線形性について自分の分野では理解している専門家でも、自分の感情に頼って考慮を忘れたり怠ったりする。」
・「利益に影響する3つの主要因は、コスト、量、価格だ。・・・残念ながら、3つの要因の関係に関するマネジャーの直観は常によいわけではない。・・・経営者は価格是正ではなくしばしば量とコストを重視しすぎる。なぜか?。価格を下げた後の量の増加を見るのはとてもエキサイティングだからだ。人々がわかっていないのは、特にマージンの少ない場合に、利益を維持するのにいかに多くの量の増加が必要かということだ。」
・「消費者が関心があると言うことと、彼らの行動の間の関係はしばしば高度に非線形的だ。しかし、マネジャーは古典的な重要度の5段階評価のような定量ツールが線形的に行動を予測すると信じてしまう。」
・「企業がこうしたパターンをうまく説明できない理由の一つは、彼らが平均値を重視するためだ。平均値は非線形性を隠してしまい予測の失敗を生む。」
・「成果の指標を選ぶ場合にも非線形性への注意は重要だ。・・・その選択は、例えば従業員のモチベーションといった予期せぬ結果をもたらすかもしれない。・・・ケルン大学のTobias StanglUlrich Thonemannの研究では、納期(納品までの日数)よりも在庫回転率を指標にした方が従業員のモチベーションが上がることを示した。これは、納期を指標にすると努力の結果として得られる数字が減るのに対し、回転率は上がるためだ。」

非線形関係の4つのタイプ

徐々に増え、ついで急上昇する

例:顧客の定着率(retention rate)と顧客生涯価値(Customer Lifetime Value)の関係
・「ほとんどの企業は離れそうな顧客を特定することに注力し、彼らに向けたマーケティングプログラムを実施する。しかし、通常は、残ってくれそうな顧客に注力したほうが利益は大きい。」
徐々に減少し、ついで急降下する
例:住宅ローンの経過年数と残債の関係
・「固定金利固定期間のローンでは、最初のうちは、返済額のうち少ない部分しか元金返済に回らない。」
急に上がり、ついで上昇が鈍る
例:生産量と単位あたり利益の関係
・「マネジャーは規模の経済と成長の利益を特に重視する。しかし、線形思考は利益の源泉としての量を過大評価しすぎて、よりインパクトの大きい要素、例えば価格を過小評価してしまうかもしれない。」
急に減り、ついで減少が緩やかになる
例:投資回収期間と投資回収率の関係
・投資回収期間の短縮効果は小さくても、回収率をあげられるような改善を軽視すべきではない。

リニアバイアスの落とし穴を軽減する方法
Step1
、リニアバイアスへの注意を増やす
・リニアバイアスについての教育を行う。人々の注意喚起を促すためのクイズなどが効果的。
Step2
、指標ではなく結果にフォーカスする
・「上級経営層の最も重要な仕事のひとつは、組織の方向性とインセンティブを定めることだ。しかし、しばしば望ましい状態は日々のビジネス上の意思決定から遠く離れるため、企業は結果を最大化するために、関連する中間指標を定めインセンティブを作る。・・・問題は、こうした中間指標が手段ではなく最終目標になりがちなことで、この現象を専門家は“medium maximization”と呼ぶ。」「他の例では、ひとつの指標が複数の結果の予測に使われることがあり、これは人々を混乱させ、迷わせてしまう。」
Step3
、扱っている非線形なパターンを見つける
・「マネジャーは、様々な状況における非線形な関係を一般化せず、個別の状況における原因と結果を理解すべきだということがポイントだ。フィールド実験はこれに対応するための方法として一般的になってきている。」「例えば、値段が売り上げに及ぼす影響を調べようとする・・・しかし2つの価格で試しただけでは非線形性はわからない。非線形性をつかむには、最低でも3水準が必要だ。」
Step4
、非線形性を常に図示する
・「リニアバイアスと戦うためのローテクだが効果の高い方法はビジュアル化だ。・・・ビジュアル化すると結果が大きく変わる限界値を見つけるのにも役立ち、作用している非線形性の程度についてもわかりやすくなる。」

マーケターへの示唆
・「我々は、多くの状況で企業は顧客が受けるメリットよりもそれに影響する指標を宣伝することで利益を得ていることを指摘してきた。彼らは指標とメリットが線形だと仮定しがちな消費者の傾向を利用している。・・・もちろん、指標とメリットの関係についての消費者の誤った認識を故意に利用することは、マーケティング戦略としては疑問だ。消費者の無知につけこむ企業は倫理的でないといことは広く認められている。」

消費者をリニアバイアスから守る
・「リニアバイアスに対しては我々は皆、弱者だ。・・・政府や消費者団体は、消費者に公平な条件で価値を比較できるような標準的指標を適用することを始めている。・・・しかし消費者がこうした指標について、リニアな仮定をしてしまうなら、彼らの支出は最適ではないかもしれない。・・・我々は、データにもとづいて彼らがより情報に基づいた決断ができるように手助けをすることができる。」

結論
・「近年、生態学者、生理学者、医者などの多くの専門家が意思決定において非線形な関係を日常的に考慮している。・・・今やマネジメントの専門家は他分野と同様、非線形な世界での線形思考の落とし穴にうまく気づけるようになる時だ。それにより、賢く選択する能力を伸ばし、周囲の人のよい意思決定を手助けすることができる。」
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技術者ならば、リニアでない関係をリニアだと考えてしまうはずはない、と言いたいところですが、専門分野については細心の注意を払っていても、専門外のことについては著者も指摘するようにリニアバイアスに陥ってしまう可能性は常にあります。これは、人間が簡便な意思決定の方法としてのヒューリスティックスに頼ってしまうことも一因で、そこに落とし穴があるといことでしょう。まずは、著者も指摘するように、すべての人間にはリニアバイアスに陥る危険があることを認識し、自らの決定が自信過剰にならないよう心がけるべきだということになると思います。おそらく人間は何かが増えると他の何かが増える、という大まかな相関関係は直感でも理解できるのではないかと思います。しかし、「最適化」を目指すならば、その増え方が他の因子の変化に対して線形なのか、それとも線形ではないのかは理解する必要がある、ということではないでしょうか。

リニアバイアスの問題には、次の2つの側面があると思います。すなわち、ある数値の相関関係がリニアであるのかないのかを正しく認識できているかどうか、という面と、ある数値に対して、それにリニアに反応すべき状況でも意思決定がリニアでなくなってしまうという側面です。本論文で著者が指摘しているのは主に前者ですが、後者の例としては、損失回避を重視するバイアスや、プロスペクト理論が挙げられると思います。これも意思決定のゆがみと言えるのではないでしょうか。また、相関関係の認識についても、著者が挙げた例の他に、狭い範囲の直線的関係を広い範囲に外挿して推論してしまうこともリニアバイアスの一例として加えてもよいと思います。ある限られた範囲に見られる直線的な関係を利用することは、実務的には意味のあることと思いますが、それを範囲外の事象に適用できるかどうかには注意が必要だということです。技術者であってもこの罠にはまってしまうことがままありますので、やはり注意が必要でしょう。

本論文での著者の指摘は当たり前のことだと思われる方も多いと思いますが、よく考えれば当たり前のことであってもきちんと理解して、正しく活用できているとは限りません。本論文の示唆は、人の思考、意思決定についての貴重な指摘と受け取るべきではないかと思います。


文献1:Bart de Langhe, Stefano Puntoni, Richard Larrick, “Linear Thinking in a Nonlinear World”, Harvard Business Review, May-June, 2017, p.130.
https://hbr.org/2017/05/linear-thinking-in-a-nonlinear-world

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