研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2017年08月

研究営業の意義(夏目哲、所眞理雄著「研究を売れ!」より)

研究部隊が研究を成功させたとしても、その実用化には多くのハードルがあることはよく指摘されます。もちろん、他部署からの依頼を受けて行った研究や、ちょっとした改善、製品ラインアップを増やすような開発研究などの場合は、実用化のための障害は少ないかもしれません。しかし、前例のない課題、世の中を変えるようなイノベーティブな課題に挑戦している場合には、技術的な不確実性以外にも解決しなければならない課題は多く、実用化のための多大な努力が必要となることも多いでしょう。

では、どのようにしたら研究はうまく実用化できるのでしょうか。今回ご紹介する夏目哲、所眞理雄著「研究を売れ!」[文献1]では、「研究営業」という形で実用化を進める方法が述べられています。「研究営業」という言葉自体は、研究を売り込む活動一般を指す言葉として従来から使われていると思いますが、その具体的な方法論はあまり明確ではないと思います。本書はソニーコンピュータサイエンス研究所(CSL)での実際の事例や経験を中心としたものであり、完成された方法論ではありませんが、貴重な情報を多く含んでいると感じました。以下、興味深く感じた点を中心に、内容をまとめてみたいと思います。

I部、ソニーCSLが研究を実用化できる秘密
第1章、テクノロジープロモーションオフィス(TPO)の誕生

・「私たちソニーCSLの『研究営業(テクノロジープロモーションオフィス、TPO)』は、・・・研究所の個々の研究をソニー本社やグループ会社の様々な事業部、さらには他の企業に売り込んでいる。[p.5]
・「研究によって技術を開発し、それを事業部に移管し、それが商品化されて世の中に出るというのが、企業の研究の典型的なビジネス化のパターンである。ただ、先端的研究を行い、世界初の技術を追求すれば、おのずと時代より5年10年先のことをやっているので、研究しているときには、世の中の環境がついてきていないことがよくある。つまり、研究と実用化の間にはかなりの時間的ギャップが存在するのである。・・・これこそ『研究営業』の出番だ。つまり研究者は次々と先端の研究を追求する一方で、生み出された研究成果の実用化を粘り強く追求していくのが研究営業である。[p.6-7]」「要は、研究を、時間と空間を超えて実用化に到達させる必要があり、これを担当するのが研究営業なのである。[p.12]
・「ソニーCSLでは、大成果を狙えるならば、テーマの選定の自由は研究者に与えられており、いわば研究者がやりたいテーマを追求している。・・・ビジネス側とソニーCSLとの間のギャップは、他の研究部隊とは比べものにならないほど広く、おのずと、『死の谷』は深く険しい。『死の谷』とは・・・研究開発と事業化の間にあるギャップのことを指しており、・・・多くの研究はビジネス側に取り上げられることもなく、闇から闇に葬られてしまう。だが、ここにこそ画期的商品のタネがあるのだ。[p.29-30]
・TPO発足時の3つのアクション・プラン:(1)研究成果の棚卸(「よく技術の売り込みを営業部員と研究者がチームで行っていることがあるが、それだけ研究者の時間を使っているわけで、本来であれば、営業部隊がある程度の内容まで単独で説明できるようになるべき・・・そのため、全研究者と定期的に十分な時間を取って個別ミーティングを持ち、まず私たちが研究内容を理解することに努めた。[p.36]」)、(2)重点領域への研究移管(「例えば、研究所の技術を商品に搭載する替わりにあれをやってくれ、これをやってくれと誘いがかかることがある。これは・・・研究所を無料の下請けのように使っているのだ。・・・こういった無料下請け関係は、その場限りで大きな成果には結びつかない。・・・きちんとした成果を出すためには、重点領域をこちらで設定し、果敢に挑戦することが必要だと考えた。[p.36-37]」)、(3)成果の最大化(「どのようなクレジットをしてほしいかをソニーCSLの側で明確にし、・・・ソニーCSLの技術が実用化に役立てられていることが他の事業部にも知られれば、同様にソニーCSLの研究を自分の製品に使いたいというニーズも出てくるはずである。こういった仕事もTPOの取り組むべき重要な仕事だと定義した。[p.38]」)
第2章、技術移管の事例
・「正直言って、99%の技術紹介が具体的なコラボにつながらず、残った数少ないコラボについても99%は商品発売まではたどり着かない。成功確率は、私の経験では0.01%[p.39]
・「研究営業はこの技術が世の中で必要とされるようになるタイミングまで、ある意味、地道に泥臭い試行錯誤を続ける必要がある。そして、いざ世の中に出ていく時には、以前の研究がどれだけ関係しているかをアピールし、つなぎ直していく必要がある[p.54]
第3章、研究営業のさらなる挑戦
・「『何かのつながりがあるかも』と日頃から継続的に人脈を広げていく努力をしなければならない[p.76]」。
・「研究成果の実用化には、常識にとらわれず、常に新しい実用化方法を探究していくことが重要[p.84]」
・「全く新しい分野や、複数の事業部をまたいだ新技術の場合には、適切な移管先が存在しないこともある[p.84]」。「売り先がなければ自分で売り先を作るという姿勢は非常に重要[p.92]」
・「研究営業は、研究者のサポートとして様々な研究の実用化に関わってきたが、・・・オープンエネルギーシステムプロジェクトにおいては、当初の研究者サポートからスタートして、プロジェクトの成長につれて、途中からは、研究営業が研究そのものの遂行に直接関わり、牽引する役割になっていくという、一歩進んだ活動を進めることができた。[p.107-108]」
第4章、研究営業の手法
・「研究営業の仕事の流れは、普通の営業活動とほとんど同じで、『研究成果の仕入れ』、『営業素材としての整備』、『営業活動』の順に進行していく。研究営業の売り物は『研究成果』である。研究から成果が出て一段落した段階で、研究者が持っている論文、プレゼンテーション資料、ビデオなどを研究営業部隊が商材として仕入れる。次に、それをまとめて顧客に分かりやすい営業素材として整理していく。そうしてできた営業素材をもって、顧客である事業部に対して営業を仕掛けるのである。[p.109]」
・「研究成果報告会は、ソニーCSLでは『レビュートーク』とよばれ・・・非常に高度な議論になっていくことも多く、この会合だけで情報を得るのは難しい。・・・そこで研究営業は、・・・各研究者について、・・・個別のフォローアップミーティングを毎年行っている。・・・『研究成果の仕入れ』において、最も重要な活動がこの『TPOインタビュー』だ。・・・TPOインタビューは、研究の商品化、実用化に焦点を当てており、それぞれの研究成果はどのような分野に応用できそうか、応用するために何が必要かなどを議論する。・・・レビュートークは、・・・あまり進まなかった案件、小さな案件などはあえて触れられないことも多い。しかし、そういう案件の中に、いま事業部が求めている技術があるかもしれないし、研究者が思ってもみなかったような応用先もあり得るので、・・・しつこく進捗を追っていくようにしている。・・・研究者はいろいろなことを同時並行的にやっており、必ず次のテーマを何か仕込んでいるのだが、レビュートークのような全体会議では、その手の内を明かすことはない。・・・TPOインタビューのような2,3人の小部屋だと、・・・仕込んでいる話をしてくれることもある。・・・研究者が持っているネタをいかにあぶり出すかということが重要なのだ。[p.110-114]」
・「研究営業は、いろいろな形で集めた情報を、営業素材という資料の形に・・・基本として一技術について一ページでまとめている。・・・研究営業の説明は、『何ができるか』という点に焦点を絞っているといえる。[p.117-118]」
・「研究営業の・・・活動のメインに据えられているものは、『出張デモンストレーション』である。・・・このデモの際に心がけていることはTPOメンバーだけでやりきることである。・・・『T-pop News』というメールマガジン・・・は毎月、TPOが発行しているもので、・・・内容は、研究や技術の紹介、学会報告、イベントやマスコミ露出など[p.121-125]」。
・「技術を移管する際には、『技術提供合意確認書』というものを取り交わす。・・・関連する人も組織も変わっていく中で、当初の約束は忘れられてしまい、ソニーCSLから来た技術であることも、情報としては抜け落ちてしまうことが起こりがちだ。そこで、技術を渡す際に約束を文書で交わし、その後もずっと追いかけていくことが必要となる。[p.130]」
・研究営業10カ条:「10年間の研究営業活動の積み重ねから抽出されてきた教訓[p.133-138]」
第1条、すべては研究を世に出すタイミングにかかっている:「研究営業は、環境の変化をよく見ていて、機が熟した時にその研究を思い出し、それを打ち出す努力をしなければならない。」
第2条、必要なコネはなんでも使え
第3条、組織に対する先入観を持ってはならない
第4条、顧客に対しては、『ほぼ伝わらない』という前提で努力すべし:「まず『何ができるか』を伝えて、相手のやりたいこととのマッチングを図ることが重要である。」
第5条、メンタルを鍛えよ:「厳しい捨て台詞をもらうこともあるが、それにめげていては研究営業はできない。」
第6条、前例のないやり方を試せ:「研究成果の実用化は、前例のない新しい方法の開拓でもある。」
第7条、一分一秒でも早く動くべし:「関心は・・・急速に薄れていく。よって、研究営業は、問い合わせを受けたら、一分一秒でも早く対応しなければならない。」
第8条、技術を移管した後も追い続けるべし:「研究営業は、渡した技術がどこに行っており、どのような状態にあるかを商品化までしつこく追いかけていくことが重要」
第9条、単なる研究営業だけでなく、研究プロデュースを目指すべし
第10条、常に研究所のための営業であることを自覚せよ:「研究管理や『目利き』といわれるような、研究を外部から評価する立場ではなく、研究所の一組織として、研究者とともに研究が成果を上げることに自分たちも責任を負っていることを自覚していなければならない」
・「CSLでは研究者と研究営業は役割を分担しながら研究の実用化を目指している。これは研究に限った話ではなく、様々な分野でみることができる。例えば、作家に対しての編集者、映画監督に対してのプロデューサーなど、とがった才能に対して、客観的に理解した上で、世の中に伝えるための工夫を盛り込む人がタッグを組んでいる。・・・研究営業も、研究者の仕事を理解しながら、それをどのように人に伝えるべきか、どのようにすれば実用化できるかを考えるプロであるべきだ。また、研究者にとっては、自身の技術の実用化というのは、それほどの頻度で訪れる機会ではないが、研究営業は、複数の案件に関わるので、おのずと研究の実用化に関わる件数が多くなる。そうすると、その方法論やノウハウが研究営業の中に蓄積され、新たな研究の実用化においても効果を発揮できるようになるのである。[p.141]」
・「研究営業が研究所内に存在するということは、研究所として実用化の出口を用意しているということである。そうすると、研究者としては、論文にまとめるだけでなく、自分の研究が実用化して、世の中の役に立つことをおのずと意識するようになる。・・・実際に世の中で使われることを想像して、今までの研究からさらに進んだものにしようと努力をするのだ。その結果、研究の質はいっそう上がり、具体化していく。これは、『研究のための研究』ではなく、『人の役に立つ研究』を行うためには、きわめて大事なことだと思う。以上のことからも、私は、研究営業はすべての研究所が持つべき機能であると確信している。[p.144]」

II部、研究者からみた研究営業
・研究者の意見より:「自分の研究が実用化されるかどうかは、その研究の良し悪し次第ですが、実用化の可能性があるということは研究者のモチベーションを大きく上げると思います。[p.149]」「ソニーCSLのTPOも現在のサイズの研究所だからできている部分もある[p.133]」

III部、技術経営の視点から
第1章、TPO設立以前

・当初は「『研究所』あるいは『研究』側のプッシュによるリニアモデルを目指していた・・・リニアモデルとは、研究所で開発された一つの画期的な新技術をもとに、商品化に必要な関連技術を社内で開発し、これらを用いた数多くの商品が発売され、利益を生むというモデルである。[p.162]」「優れた研究であっても、必ずしも商品に結びつくものではない。その理由の一つは、時代が進むにつれ、一つの研究成果による画期的な新技術だけで商品が作れなくなってきたことにある。すなわち、専門性が異なるいくつかの技術を組み合わせないと、最終商品が構成できなくなってきたのである。・・・目標とする商品のための関連の技術をすべて持っており、当該の研究成果がジグソーパズルの最後のピースになっていれば商品がすぐに作れる。でも、普通は逆であり、研究成果が先進的であればあるほど、ジグソーパズルは穴だらけなのである。一つの会社が『他の穴もすべて自分たちで埋めていく』ことは、時間と手間がかかりすぎるため、コスト的に割が合わなくなってきている。・・・それではどうするか? そう、周りがレディーになる(準備ができる)のを待ってから商品開発を進めればよいのだ。・・・適切なコストで基礎研究を行い、これを適切に管理し、他社開発を含めた周囲技術が開発されるのを待って、商品化を開始すればよいのである。[p.163-164]」
第2章、死の谷の克服
・「オープン・イノベーションは研究や技術開発の水平分業化ととらえることができる。これによって、専業化による技術開発の促進が可能であり、加えて、商品化までの時間ならびに経費の低減化が実現できる。・・・また、オープン・イノベーションにより、死の谷は越えやすくなる。死の谷の深さは商品化に必要な関連技術の多さ(ジグソーパズルの穴の数)であり、死の谷の幅はそれらが開発されるまでにかかる時間(ジグソーパズルの穴の数が減少するまでの時間)である。オープン・イノベーションによって、関連技術の開発がオープンな形で行われるようになり、その結果、それぞれの技術が商品に活かされる可能性が増加し、またその時期も早まる。教科書においてオープン・イノベーションは以上のように説明され、その利点が示されているが、実際に会社の経営に携わり、技術マネジメントを行う側から見ると、オープン・イノベーションを実際に運用するのは容易ではない。・・・技術の側から見ると、死の谷は、お金や人を大量につぎ込むだけではとても越えることができない。このためには、『時』を味方にし、ジグソーパズルの盤面をしっかりと観察しながら、研究や技術開発を支援していくことが必須なのだ。[p.172-175]」
第3章、TPOの設立とその意味
・「振り返ってみれば、TPOの設立は、研究成果をプッシュするリニアモデル型の研究開発から、研究成果と商品化をメディエートする(研究所側からのプッシュと商品化部隊からのプルをつなぎ、時間差をマネージする)オープン・イノベーションのマネジメントへの流れであり、イノベーションの核となる研究のマーケティングにあったことがわかる。[p.178]」
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本書に述べられた「研究営業」の事例と研究営業のあり方についての考え方がどの程度汎用性があるかについては未知数のところもあると思います。ソニーCSLという環境に依存しているところも当然多いと思いますし、試行錯誤しながら得られたノウハウが他の事例にどの程度適用できるかもわからないところがあります。しかし、研究を成功させたいと願う人々にとっては参考になる指摘も多いのではないでしょうか。

研究営業の役割として特に重要だと感じたのは以下の点です。
・研究成果が得られたタイミングと実用化に適したタイミングの時間差をマネジメントする:研究成果の市場投入のタイミングの重要性は多く指摘されています。しかし、そのタイミングを調整する方法論は明確でないといってもよいでしょう。タイミングを見極め、調整を行い、場合によっては研究成果を活用可能な状態に維持保存しておくバッファの役目は非常に重要だと思われます。
・研究成果の売り込み:研究活動は「情報」を生む活動と理解できると思いますが、その「情報」を様々な組織に売り込む活動、すなわち「情報」を商品として営業、マーケティングする、という役割は、従来の組織では対応できないことも多いのではないでしょうか。これからの時代、情報を営業する意義は大きくなっていくように思います。
・研究の実用化に必要な活動を行う機動部隊:研究の実用化のためには、関連部署との調整や組織づくりとその運用を行う必要があるでしょう。場合によっては実働部隊として、作業を行わなければならないこともあるかもしれません。研究者や事業部などの既存組織がそうした活動に対応できないなら、研究営業という専門部隊がその役割を担う意義は大きいと思います。さらに、多くの関係者との接点を活用し、いわゆる「新結合」のアイデアを提供する役割もあるかもしれません。オープン・イノベーションを目指すのであれば、研究営業のような組織は必須なのではないか、とも思います。
・研究者の活性化に寄与する、理解者、サポーター、ゲートキーパーとしての役割:研究の価値を理解し、周囲にわかりやすく成果を発信し、外部からのニーズなどの情報をフィードバックして、時にはサポーターとして研究者を支えてくれるような人がいれば研究者のモチベーションは高まるのではないでしょうか。もちろん、こうした役割は研究者の上司が担うべき点もありますが、同志、協力者として研究者を支援し、励まし、刺激を与えあう、というような役割を担う人が周囲にいてくれることは、多くの研究者にとって心の支えになると思います。

こう考えると、研究営業とは、基礎研究を実用化につなげるという役割だけでなく、あらゆる研究を実用化する上で役に立つ組織なのではないかという気がします。自社の環境において、どんな研究営業の形態が望ましいのか、それを試行錯誤しながら作り上げていくことが、研究マネジメントの重要課題の一つになりつつあるような気がします。


文献1:夏目哲、所眞理雄、「研究を売れ! ソニーコンピュータサイエンス研究所のしたたかな技術経営」、丸善プラネット、2016.

研究開発実践のマネジメント第19回-研究者の活性化とモチベーション:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.2.1.3)(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
どこに不確実性があるかの見極め第8回第17回
2.2
、研究開発を行う人のマネジメント
2.2.1
、研究者の活性化 1)研究者を活性化するマネジメントのポイント、2)モチベーションに影響する要因概説
第18

前回は研究者のやる気(モチベーション)の問題を概観しました。今回は、具体的にどんな要因がモチベーションに影響を与えるのか、どうマネジメントしたらよいのかを考えていきたいと思います。

3)
モチベーションに影響する具体的要因
モチベーションに影響を与える要因
モチベーションに影響する要因には様々なものがありますので、その全てをコントロールすることは実質的に不可能でしょう。モチベーションを高めるようなマネジメントを行いたいと思うなら、系統的に個別の要因をまとめ、どの要因がどういう場面で相対的に重要なのかを知っておくことが有意義ではないかと思います。そこで今回は、モチベーションに影響する様々な要因を系統的に理解しようとする考え方を中心にご紹介したいと思います。
・金井壽宏氏は、「やる気を生み、育てる要因は4つの系統に分かれる」と述べています。その4つとは、
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
です[文献1p.22]
1のズレ・緊張系については、金井氏は「ズレ・緊張系の理論のキーワードは、『未達の課題の想起』だ。われわれは、まだ未達成の課題を持っていると思い出すからこそ、動き出す。『それをやらないといけない』という緊張感があるから、動く。やり終えないまま放置しておくと違和感があるから、動く。・・・レビンが名付けたツァイガルニーク効果とは、済んでしまった課題よりも、まだ未達成のままに終わっている課題のほうを、よりよく思い出すものだという実験を行った女性の名にちなんでいる。[文献1、p.192]と述べています。そしてこの分類には、Maslowの欲求階層理論における、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求(欠乏欲求、欠乏動機)も含むとされています。[文献1、p/154
2の希望・元気印系については、金井氏は、目標、意味、夢、希望、楽しみ(M.チクセントミハイの「フロー経験」も含む)、達成感、Maslowの自己実現や個性化が含まれるとしています[文献1、p.157]。「目標は、目指す方向を示す。・・・人をある方向に向けて、引っ張っていく。その目標が実現したら嬉しいと思う度合いに応じて、また、努力次第で目標が達成できそうな程度に応じて、目標は、努力の方向だけでなく、努力の大きさも決める[文献1、p.190]」ものであって、第18回の記事で述べた「ゴール設定理論」と関連するロックの目標設定理論が主要な考え方とされています。金井氏によれば、ロックは目標のどのような点に注意すべきかを明らかにしたとされ、目標の困難度(高い目標の方がよく、やりがいの基準ともなるが、納得のいかない目標を他者が設定する場合などは目標が高ければよいというものでもない)、目標の具体性(具体的な目標の方が一般に効果が高い)、目標へのコミットメントと目標の受容(特に他人が目標を設定する場合には、本人がそれを自分のものとしてかかわるかどうかが重要)、集団目標と個人目標(集団の力を引き出すためには集団への目標設定が効果的だが、その場合でも個人の寄与の測定は必要)、とのことです[文献1、p.195-200]。意味については、「V・フランクルは、人間の最大の関心事は『人生の意味を見出すこと』であるとした。人生の意味を見出している人間は、苦しみにも耐えられ、まさにやる気を出すことができるというわけである。[p.159]」としています。については、「モチベーション論における緊張と希望、生涯発達の節目(過渡期)における不安と夢は、念頭に置く時間幅に長短はあるが、パラレルに併置されるべきものだ。同じ現象に、緊張や不安という不快でネガティブな感情と、希望と夢というポジティブな感情が、二つながら同居している。[文献1、p.50]」と述べています。希望については、「スナイダーは、希望(ホープ)とは『目標がなんであろうと、目標達成に必要な意志と手段が自分に備わっていると信じること』と定義した。[文献1、p.158-159]」「彼は、希望のもたらすエネルギーを、次の三つの相乗効果として説明している。目標を抱くこと、(目標に向かう)、意志力(willpower)を強めること、および(目標に至る)経路が描けていることから生まれるパワー(waypower)を活用することだ。[文献1、p.203]」と述べています。フロー経験については、「『フロー経験』とは、・・・何かに集中した没入体験のことをいう。[文献1、p.158]としています。達成感については、「達成欲求とは、・・・マレーによれば・・・次のように定義されている。『難しいことを成し遂げること、自然物、人間、思想に精通し、それらを処理し、組織化すること。これをできるだけ速やかに、できるだけ独力でやること。障害を克服し高い標準に達すること。自己を超克する、他人と競争し他人をしのぐこと。才能をうまく使って自尊心を高めること』。[文献1、p.171]」「達成動機が喚起されやすい状況の特徴として、マクレランドは次の点を指摘している。①成功裡に達成できるかどうかは、(運ではなく)努力と能力次第、②課題の困難度、あるいはリスクが中程度・・・の状況、③努力の結果、うまく目的が達成できたかどうかについて、曖昧さなく明瞭なフィードバックがある状況、④革新的で新規の解決が要求されそうな状況、⑤未来志向で、将来の可能性を予想して先を見越した計画を立てることが要請されるような状況[文献1、p.178]」と述べています。
3の持論(自論)系については、「ドゥシャームは、・・・自分で納得のいく自分なりの持論を持つことが、自分が人に動かされるのではなく、自分が自分の主人公になることにつながるという自己原因性(personal causation)を説いた。・・・自己制御理論・・・では、自分の動きは持論によって自分自身が司っているという感覚が究極のモティベータ―となると主張される。[文献1、p.144-145]と述べています。
4の関係系については、「コミューナルな関係系、親和動機(友好的かつ密接な対人関係を結びたいという欲求)で人は動く[文献1、p.145]」と述べています。
金井氏は、それぞれの系統の役割について、「緊張がないと、何も始まらない。最初の一歩がない。希望がないと、始まったことが持続しない。歩みを続けるには希望がいる。[文献1、p/56]」「持論系は、モティベーションについて自分なりのしっかりした考えを持って、自分のやる気を自分で調節する[文献1、p.48]」と述べています。
・開本浩矢氏は、エンパワーメント(心的活力)に影響する要因について検討しています。開本氏はエンパワーメントについて、「従来、エンパワーメントは、『権限委譲』としてとらえられ、こうした流れで研究が蓄積されてきた。・・・しかし、本書では、エンパワーメントをこうした狭い意味でとらえるのではなく、より広い意味で、『真の元気づけ』ととらえることにする。真の元気づけは、動機づけ要因を整備してやる気を引き出すだけでなく、チャンスを与え、そのチャンスを生かせるような環境を整備する点で、従来の動機づけより広い意味を持つ。また、真の元気づけは、ある限定された時間に関わる概念ではなく、より長期的な仕事の充実感、満足感に関わるものである。[文献2、p.59]と述べています。その上で、エンパワーメントを心理的エンパワーメントと状況的エンパワーメントに分類しています[文献1p.157-160]
心理的エンパワーメント:
①有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)
②自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)
③心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)
状況的エンパワーメント:
①成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)
②権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)
③支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)
④状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)
開本氏は、研究開発部門に勤務する人への質問の解析から、有能感、心理的無力感、成長機会、状況的無力感をエンパワーメントの構成因子として抽出し、上司の心理的無力感が部下の有能感および心理的無力感と関係すること、状況的エンパワーメントが重要であることなどを指摘しています。[文献2、p.171
・毎年発表される、「働きがいのある会社」のランキングでは、以下の5つの項目が評価されています。[文献3]
①信用:従業員がマネジメントをどれだけ信用しているか。マネジメントのコミュニケーション、習慣、能力、インテグリティ(誠実さ)
②尊敬:従業員がマネジメントからどのくらい尊敬・尊重されていると感じているか。マネジメントが従業員に対して行ったサポート、協力、配慮
③公正:職場で感じている公平、中立、正義
④誇り:自分自身の仕事や会社、組織に対して感じている誇り
⑤連帯感:職場内での親密さ、ホスピタリティ、コミュニティの質
このうち、信用、尊敬、公正によって構成される「信頼」が組織としてのパフォーマンスを高める上で不可欠とされています。働きがいとモチベーションは全く同じわけではないと思いますが、モチベーションに影響する環境因子の例として参考にできると思います。

モチベーションの理解(特に外発的動機づけ)に関する注意点
前回は、外発的動機付けよりも内発的動機付けの方が有効に機能すると言われていることをご紹介しました。しかし、外発的動機付けが機能する場合もあります。金井氏も「少なくとも欠乏を満たす材料・・・は、外から“付ける”ことが可能[文献1、p.165]と述べています。そこで、外発的報酬がどのような場合に悪影響を及ぼすかも整理しておきましょう。
・外発的報酬が悪影響をもたらす理由として、コーンは次の5点を指摘しています。[文献1、p.240-253
①報酬は罰になる(報酬も罰と同じく人の行動をコントロールする、もらえない人にとっては罰と変わらない)、②報酬は人間関係を破壊する(「勝ち組と負け組みが出てくるなら、人間関係はどうしてもぎすぎすしたものになる」)、③報酬は理由を無視する(問題となる行動の原因追求がおろそかになりやすい)、④報酬は冒険(危険負担)に水をさす(「『これをすれば、あれをあげるから』という人の動かし方は、基本的には、報酬を管理する側の言うとおりにやれ、という世界だから、創造、工夫、冒険、危険負担、革新、広い視野、総合という美徳とは、基本的には相容れない」、⑤報酬は興味を損なう(報酬をもらうと、楽しくてやっているのではなく、報酬のためにやっているように感じる――ただし、このアンダーマイニング現象には、それを鵜呑みにしないほうがいいという批判が蓄積されつつあるそうです)。
・結局、「外発的動機付けではだめだと言っているのではない。外発的動機付けだけにもっぱら過度に頼るのはよくない[文献1、p.253]」、ということでしょう。

研究者の活性化のために
以上のような知識をふまえると、研究者の活性化において注意すべき点がいくつか指摘できると思います。
・モチベーションの本質の理解が必要。特に重要な区別はしっかりと認識する必要がある(動機付け要因と衛生要因、欠乏動機と存在動機、外発的動機付けと内発的動機付け、ポジティブ刺激とネガティブ刺激、など)。
・どの方向に、どの程度(強さ、規模)、行動が動機づけされ、効果がどの程度持続するかを考慮する必要がある。
・行動の開始と継続に対する影響は分けて考えるべき。
・人によってモチベーションの強さも影響する要因も変わる可能性がある。
・研究課題の特性(不確実性の程度など)や、時間的制約などに応じて望まれる行動は同じではなく、動機付けに効果的な要因も変わる可能性がある。

例えば、研究の特質に応じて以下のような点に注意が必要になるかもしれません。
・開発目標やスケジュールがしっかりと与えられている場合や仕事の内容がはっきりしている場合には、多くのルーチンに近い業務と同様の動機付けで十分かもしれませんが、不確実性の高い分野において容易に目標が決められず仕事が曖昧であったり、フレキシブルな対応が必要な場合には、ルーチン業務とは異なるモチベーションが必要になる可能性がある。
・長期的視点からの研究開発の場合、緊急性、危機感が得られにくいことがある→やる気を起こさせることが難しいことになる。

・研究開発期間が長期にわたる場合がある→やる気の維持に必要な、希望・元気印系、持論系、関係系の要因を考慮することが特に重要になると考えられる。

・研究課題への深いコミットが要求される場合→欠乏動機よりは自己実現などの希望・元気印系を重視する必要がある。

・特に基礎的な研究の分野では達成動機によって動機づけられている場合が多いように思われる→その世界で意欲をさらに高めようとすれば、達成動機の要因のうち、課題の困難度、努力の効果、成果の認識しやすさといった点においてマネジメント上の配慮が必要と考えられる。

・目標設定については注意が必要→特に、研究部門に対して外部から目標が与えられる場合には、その目標が研究員に受容されるように、目標の内容の調整と、与え方の調整が必要になると考えられる。例えば、目標を与える人(上司)よりも与えられる研究員の方が技術的に詳しいことは往々にしてあり、そのような状況では、いい加減な目標設定では本人が目標を受容することは到底不可能になる。本人ですら結果のわからないことに挑戦する仕事であれば、不用意な目標設定は、逆効果になる場合もあると思われる。

・目標に至る経路が明確にできない場合がある→希望の心理学の観点からは、やる気の低下を招く可能性がある。

こうした点に加えて、研究者個々の個性を考慮すると、まずは、やる気が高まるような環境(例えば、働きがいのある会社評価の視点が参考になると思います)を整備した上で、研究者個々の行動を見ながら、動機付けの方策を考えることが望ましいように思われます。例えば、以下のような対応が考えられるのではないでしょうか。
・行動の着手をためらっている:緊張感、危機感を刺激する。
・行動の持続ができなくなっている:夢、希望を与える。
・困難な課題への挑戦が不足:有能感、自信、希望を持たせる、目標を見直す。
・自主的な行動が不足:自律性が阻害されていないかを見直す。心理的無力感が原因になっていないかをチェックする。
・積極性がない、活気がない、不満が出ている、無関心:状況的無力感がないかをチェックする。

上記は対応の一例であり、職場の問題点からただちに解決策を導けることはあまりないかもしれませんが、前回述べたように、欲求充足度、仕事環境、成果の期待、仕事の進め方(目標設定)、研究員の気持ち、研究員の感情に問題がないかという視点から、モチベーション改善のヒントを得て実行していくことが必要なのだと思います。ポイントは、それぞれのモチベーションの問題点に対して、その問題点の解消を指示する(例えば、もっと速く進めろ、とか挑戦しろ、とか言う)のではなく、問題点の原因となる要因を推定してそれに応じた対応を行うことなのではないでしょうか。モチベーションのメカニズムを理解すれば、安直に人を動かせるようになる、などと期待するのではなく、働く人々のモチベーションの問題の本質的な解決のためにモチベーションのメカニズムの知識を役立てる必要があるのではないかと思います。


文献1:金井壽宏、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.
文献2:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献3:Great Place to Work(R) Institute Japanwebページ「働きがいのある会社」モデル」
http://hatarakigai.info/job_satisfaction/five-elements.html

「あなたの会社が理不尽な理由」(清水勝彦著)より

人の意思決定は、純粋に本能だけに基づく場合を除いて、何らかの根拠に基づいて行なわれると考えてよいと思います。しかし、その根拠自体、あるいは根拠から意思決定を導く過程が常に正しいとは限りませんので、その場合には誤った意思決定をしてしまうことになるでしょう。これは、過去に行なわれた意思決定に従って行動している場合でも同じで、正当だと信じた行動であってもよく考えてみれば過去の意思決定が誤っていた可能性に気づく場合があります。何かに対して「理不尽だ」と感じるのはおそらくそんな時でしょう。

こうした事態に対しては、まず、事実を知ること、そして、その背景にある理論や考え方に触れることが有効だと思います。清水勝彦著「あなたの会社が理不尽な理由」[文献1]では、12冊の本と16の論文に基づいて、著者が重要と考えているマネジメント上の視点やセオリーが紹介されており、過去や現在、将来の意思決定を行ううえで実務的にも役立つ示唆が多いと感じました。そこで今回は、その中から特に興味深く感じた点をご紹介させていただきたいと思います。

第1部、書籍篇
第1章、なぜわが社は「何億円もの失敗」より「タクシー代」にうるさいのか?
・パーキンソンの法則より:「議題の1案件の審議に要する時間は、その案件にかかわる金額に反比例する」(凡俗の法則)、「『ちょっとした損には厳しく、大きな損には寛容』であるのは、『何億の損』といっても、ピンとこないからです」[p.19-23]。「仕事というのは、時間があるだけ増える。つまり、やらなければならない仕事がない人ほど忙しい。[p.27]」
第2章、攻撃は最大の防御
・ランダル・ストロスの指摘:「スタートアップではやるべきことは毎日無数にある。・・・適切な時間の使い方を必死で考え抜く必要がある。[p.35]」「スタートアップが成功するためには運が必要だ。だからともかく数多く打席に立ち、数多くバットを振らねばならない。[p.39]」
第3章、「満足度調査で5点満点中4.5点」ではイマイチな理由
・谷岡一郎氏の著書「データはウソをつく」より:「本書では、例えばABに相関関係がみられる場合、ABの原因ではない可能性として、・・・サンプリングの問題以外に次のようなポイントが挙げられています。『a、BがAの原因、b、AとBがお互いに影響している、c、AもBも第三の変数の結果、d、単なる偶然、e、AはBの直接の原因ではなく、A→C→Bとなる』[p.64]」
第4章、人材教育における「教」と「育」の本質的違い
・西堀榮三郎氏の著書「ものづくり道」「石橋を叩けば渡れない」より:「『人材への投資』というと、すぐ研修やら福利厚生やらの話になりますが、『チャンスを与える(結果として失敗する)』ことこそが人を育てるための投資なのです。[p.76]」「西堀氏の基本的な信念は、・・・『自主性』ということです。自分でやりたい、やらなければいけないと思うから創造性が生まれたり、効率的に仕事ができたりするからです。[p.83-84]」「『その時リーダーに必要なのは『任せたから勝手にやれ』と放っておくのではなく、『陰ながら見守る』という態度である』つまり、『任せる』と『放任』は違うということです。[p.86-87]」「悲観的なものの見方をし、取り越し苦労ばかりしていたのでは、何も新しいことは生まれてこない。新しいことをやる勇気は、楽観的なものの見方から生まれてくるのである。[p.89]」「チームのリーダーというのは、チーム全体が『なるほど』と思って忠誠が誓えるような『共同の目的』を設定することができ、かつ、チーム全体が『共同の目的』に向かって一致協力ができるような『場』作りのできる人でなくてはならない。[p.91]」
第5章、部下を「指導」してつぶしていないか?
・河合隼雄氏の著書「心理療法序説」「カウンセリングを語る」より:「教育というときに、動物を訓練し、しつけるというイメージと、植物を育てるというイメージと両方がある。どちらも大切なのだが、一般に植物のイメージで考えることのほうは忘れられがちのように思われる。・・・熱心に教育しようとする人によって、芽をつみとられたり、つぼみを台なしにされてしまったような子どもの例を、われわれは数多く見てきたのである。[p.101]」「専門家であるということは、自分の限界を知っていることだと思います。つまり、・・・自分は何ができるけれど何ができないということ、を非常にはっきり言える人のことです。[p.110]」
第6章、40年前に語られた日本のグローバル化の課題
・中根千枝著「適応の条件」より:「グローバル下での『自信』とは『いかなる対人関係においても自然にふるまえる』ことなのです。[p.128]」「日本人の異質を認めない連続性の思想である。・・・したがって、外国人に対しても、日本人が積極的にことを構えようとする時、『人間は皆同じなんだ、誠意をもってすれば通じる』『同じアジア人だ、仲良くしよう』という姿勢になるのである。・・・(しかし)異質であるという認識に立って始めて相手を理解しようという努力も払われるのである。[p.140]」
第7章、リーダーシップは自分の中にしかない
・増田弥生/金井壽宏共著「リーダーは自然体」より:「自分を受け入れられない人は、他者も受け入れられないため、多様な価値観が重んじられる組織ではうまくやっていきにくくなります。[p.157]」
・「とかく、リーダーというのは、『社員を引っ張る』ということで『前に出る』ことばかりが期待されますが、実はそれ自体はリーダーの本質的な役割ではないのだと思います。・・・一番大切なのは『社員が自分の能力を十分発揮できているか』ということではないでしょうか?[p.162]」
第8章、「自分で気づく」から自分を変えられる
・野村克也著「負けかたの極意」「そなえ」より:「人間は全て、何らかの長所や特長を持っている。・・・にもかかわらず、結果が出なかったのは、自分自身と周囲がその長所に気づいていないか、その活かし方を知らないでいたことが原因になっているケースが殆どなのだ。・・・選手自身が『自分の力はこの程度だ』と自己限定していたり、過去の成功体験に囚われるあまり、眠っている潜在能力を活かせなくなっているケースも非常に多い。[p.173]」「監督というリーダーの不可欠の素質には、選手に感動を与えること、がある。・・・そもそも、なぜ感動させる必要があるのか――。それは、選手たちの成長が創意工夫にかかっており、創意工夫は『感じるか否か』にかかっているからである。[p.183]」

第2部、論文篇
第1章、あなたの会社が理不尽な理由

・スタンフォード大学のメイヤー、ローワン両教授、イェール大学のディマジオ、パウエル両教授の論文より:「institutionaltheoryは、一般には『制度派理論』と訳されていますが、要は会社や組織のあり方は、取り巻く社会の制度、仕組み、文化に大きく影響され、また影響を与えるというものです。・・・組織、例えば企業は効率性、合理性だけを追い求めているわけではないということです[p.193]」「2つの古典的論文のポイントを乱暴にまとめると、次の3点になります。1、組織は理不尽である――組織は、社会的な通説、神話を取り込むことによって『正当性』『資源の獲得』をする必要があり、必ずしも効率性、合理性だけで動いているわけではない、2、decoupling=組織は本音と建前を使い分ける――社会的な正当性を確保しながら一方で効率面でも業績を上げるために、decouplingが起きる、3、組織は信頼で成り立つ――本音と建前の使い分け=decouplingが成り立つためには、組織内、そして組織と外部のステークホルダーの間に『信頼と誠実の論理(the logic of confidence and good faith)』が成り立たなくてはならない。[p.203-204]」
第2章、「正しい」からではなく「interesting」だから心に残る
・デービスの論文より:「”That’s Interesting” (Murray Davis)という1971年の古典的な論文のポイントは、論文、理論のよしあしは『理論が正しいかどうか』では必ずしもなく、『interestingかどうか』で決まる。そして、interestingであるとは、とりもなおさず人が『なんとなく』思っている前提を否定することにある。言い換えれば『直感と違う(counter-intuitive)ことを言う』ことです。[p.214]」
・「一般にABを引き起こすという因果関係を証明するには、(1)ABよりも前に起こっていること、(2)ABには相関関係があること(Aが起こればBが起こる)、(3)A以外にBに影響するものがないこと、の3つが必要です。・・・多変量解析とか、重回帰分析とか様々な統計手法によって(1)と(2)は説明できますが、(3)は決してできません・・・。だからこそABを引き起こすのはこのようなメカニズムがあるからであるという理論(仮説)が必要であり、データ分析はその仮説と整合性のある(間違っていないという)結果が出るだけです。[p.216-217]」
・「デービスは、interestingな仮説・理論は、ほぼ『Xのように見えるが、実はXではない』、または『Xでないと思われてきたが、実はXだ』の2つだと言います。[p.219]」「そもそも自分が論文を書いたり、発表したりするときに、誰を対象としているのか、そうした対象となる人々がどのような『前提』を持っているのかをきちんと理解しておくことが重要だとデービスは言います。[p.224]」
第3章、「戦略バカ」で日本に負けた欧米企業
・ハメル、プラハラードの1989年の論文(StrategicIntent)より:「彼らは次のように指摘します。『戦略のフィット』(経営資源とビジネスチャンスの適合度)、『基本戦略』(コスト・リーダーシップ、差別化、集中)、『戦略のヒエラルキー』(目標、戦略、戦術)といったコンセプトが、往々にして欧米企業の競争力低下に貢献した。・・・多くのマネジャーは産業の地図づくりがうまくなった。ところが、このような分析に明け暮れている間に、(日本の)ライバル企業は大陸全体を動かしていたのだ。[p.234-235]」「もちろん『基本戦略』や『5フォース分析』そのものが悪いわけではありません。しかし、こうしたフレームワークやコンセプトこそが戦略の中核だと思ってしまった瞬間、企業の中では『数字』『分析』『効率』が幅を利かせ、目に見えるもの、数値化できるものこそがすべてであると勘違いされます。・・・結果として、自社の資源を分析し、その『強みを生かして』顧客により高い満足を提供することこそが本来の戦略であるにもかかわらず、『強みの範囲で』事業展開することが戦略である、つまり『ストラテジック・フィット』に偏った考え方に行き着きます。・・・そこには『成長』というものが見えてきません。・・・競合分析とはいいながら、それは現時点での『スナップショット』にすぎず、今後競合がどのような仕掛けをしてくるか全くわからないから、どのように準備したらよいのかもわからない。それが現在の欧米企業の姿だと(1989年時点で)プラハラードとハメルは指摘するのです。[p.234-236]」
・「『野心的なゴール』であるストラテジック・インテントは、現場を含めた社員全体のコミットメント、注意深さ、創造力がなければ実現できないものです。当然ですが、すべてを計画してその通りにやらせるということはあり得ず、明確なゴールは示しても、その手段について社員の創造に任せるほかありません。その意味で、ストラテジック・インテントを持つとは、社員が全力を尽くせる環境を整えることでもあります。そして、その前提は、経営者が『社員を信じる』ということ、さらにその前提は『社員をよく知る』ということではないでしょうか。[p.241-242]」「日本企業が優秀な現場力を持ちながら、組織全体として競争力が低下している現状に対して、私はコミュニケーションの欠如(そもそも、コミュニケーションが欠如しているという問題意識の欠如)が大きな原因であると考えています。[p.245]」
第4章、「ワクワクするビジョン」のパラドックス
Garud, Schildt, LantおよびQuinnの論文より:「レジティマシー(legitimacy)という言葉・・・は一般には『正当性』『社会的信用』などと訳され、・・・社会学や組織理論では頻繁に登場するキーワードです。・・・例えばベンチャー企業だったり、あるいは組織の中で何か新しいことをしようとしたりする場合、どのようにしてレジティマシーを獲得するかは非常に重要です。・・・『社会的信用』を得るには、世の中の決まり事、つまり『常識』に沿った言動が求められます。しかし、『常識通り』のことばかりをしていれば、・・・『差別化』ができません。[p.255]」
・「パラドックス、ジレンマを突き詰めて考えると、結局、・・・大半は『ビジョナリー』と『現実』の間にある様々なジレンマに対して、どれだけうまくmanageできたか紙一重の場合が結構多いと言ってもいいのではないでしょうか。・・・『リーダーの仕事とは、ジレンマをmanageすることだ』ということを極めて簡単に言ってしまうと、『経営はさじ加減だ』ということ[p.271-272]」
第5章、意思決定のスピードを決める意外な要因
・アイゼンハート教授の論文より:意思決定が早いのは、「多くの情報を活用している企業」「多くの代替案を検討している企業」「『アドバイザー』を活用している企業」「対立意見を出し、それをうまく解決する企業」「大小複数の意思決定を関連させて検討している企業」[p.280-281]」
第6章、「分析」で人間組織は動かない
・ミンツバーグ教授の論文より:「『戦略プランニングと戦略思考は異なる』というのが本論文のポイントです。[p.301]」「これまで・・・『戦略プランニング』と思われていたのは『戦略プログラミング』であり、本来の経営、つまり戦略策定に必要な『戦略思考』とは似て非なるものである。『戦略プランニング』は、(すでに存在するデータや部門の)分析であるのに対し、『戦略思考』の本質はそうしたデータはもちろん、経営者がこれまでにしてきた経験や自らの考えをフルに使って新たな洞察を生み出す統合(synthesis)にあるのだ。そして、その『戦略思考』が最も必要とされるのは新たな事業を生み出すときである。戦略思考を通じて生まれた戦略にコミットし、実行を通じて新たな情報を学習し、戦略をさらに進化させる継続的なプロセスこそが戦略経営なのだ・・・新規事業というのは『理屈だけ』では決して成功しません。[p.302-303]」
・ミンツバーグ教授の指摘するプランニングの3つの誤解:予測可能という誤解、別々のものだと思ってしまう誤解(戦略とオペレーション、策定と実行、策定者と実行者、戦略家と戦略の目的)、定式化・システム化の誤解(プランニングは学習することがない)。[p.307-308
第7章、「知識」がないから失敗するのではない
・マグレイス、シューメーカーとガンサーの論文より:「取り上げた2つの論文は、片方が『知的な失敗』(intelligentfailure)と言い、もう片方が『意図した失敗』と言っており、ニュアンスおよびメッセージは若干違います。ただ、一致した前提は、『今の世の中で、失敗をせずに成功はできない』ということです。[p.327-328]」
・マグレイスによる失敗を生かす7つの原則:「プロジェクトの開始前に、成功と失敗(のイメージ)を定義する」「前提を知識に変える」「失敗は早めにする」「『安く』失敗し、損失を抑える」「不確定要素をできるだけ少なくする」「知的な失敗をたたえる文化を育む」「学んだことを形式知化し、共有する」[p.328-337
・シューメーカーとガンサーによるわざわざ失敗することが必要な理由:「人間はそもそも自信過剰」「人間はリスクを取りたくない」「人間は自分に都合のいい証拠を選ぶ」「人間はフィードバックを過信する」[p.338-345
・「企業では、多くの優秀な人々が戦略を練り、実行するわけですが、それでも『失敗』が起きるのは、そうした優秀な人々が『こうしたら成功するはずだ』という『成功方程式』が間違っていたからである場合がほとんどで、その要素である知識が足りなかったというのはどちらかといえばマイナーな原因である場合が多いと思います。その意味で『失敗から学ぶ』とは、『自分たちの持っている成功方程式のどこがどう間違っていたか』を知ること、もっと言えば『前提を見直すこと』なのです。[p.347]」
(注:マグレイスの論文については、本ブログ別記事「知的な失敗」でも取り上げました)
第8章、50年前のアメリカ企業の失敗の轍をより深く踏む日本企業
・パールムッターの論文より:「企業の『グローバル度(the degree ofmultinationality)』を考えるときに、・・・経営幹部のマインドセットが重要であり、おおむね3つに分けられると指摘します。[p.351-352]。エスノセントリック(「我々企業Xの母国の人間は、どの国の人間よりも信頼でき、頼りになる」というような態度)、ポリセントリック(郷に入れば郷に従え、多くの経営者は現地への権限委譲とグローバルを取り違えている)、ジオセントリック(本社と子会社間だけではなく、世界中の子会社が横の連携を持つことでグローバルな規模と知識の活用ができる)[p.351-355
第9章、いまどき5年計画をつくっているのは旧ソ連くらい?
・ブランクとリースの論文と本より:「『本当の不確実性』『やってみなければ分からない』という現実をまず認めて、それではどうしたらいいのかを考えることが、本論文の言う『リーン・スタートアップ』のアプローチ[p.372]」。「端的にその核心を言えば、『事業計画にそって事業を展開するのではなく、(粗削りのアイデアをベースに)失敗を次々と経験し、絶えず顧客から学びながら、当初のアイデアの修正を続けること』です。そしてそのためのキーワードは、MVP、顧客からのフィードバック(実験)、仮説検証と学習の3つです。[p.375]」「MVPとは、・・・本当に必要な機能だけを持った商品という意味です。[p.376]」
・「リーン・スタートアップというのは、不確実性という大きな課題に対する極めて基本的な対応の仕方であるということができるでしょう。[p.384]」
(注:リーン・スタートアップについては、本ブログ別記事「「リーン・スタートアップ」(リース著)より」で、ブランクの論文は「スタートアップ企業と既存企業におけるイノベーションの方法(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」より)
」で取り上げました。)
第10章、そもそも「取締役」ってなんだろう?
Withers, Hillmanの論文より:「膨大な研究の現段階での結論は『社外取締役の比率と企業の業績との間には、何らシステマティックな関係はみられない・・・』というものです。[p.389]」「取締役の役割は一般には3つあるといわれています。一つは株主利益最大化のための経営者の監視などを中心とした『コントロール』。・・・2つ目は経営者に戦略やその実行面での助言を行う『サービス』・・・3番目は、・・・経営のために必要な『資源へのアクセス窓口』[p.391]」
第11章、なぜ愛は急に失われるのか?
・キャメロン教授の論文より:「人間は『認識面でも、感情面でも、行動面でも、生理的にも、そして社会的にも』そもそも楽観的に考える、ポジティブを好むようにできているのだという点はほぼ定説になっています。[p.422-423]」一方、「ほとんどの人は、小さいころからネガティブなフィードバックを無視すると大変なことが起きることを学習している。一方で、ポジティブなフィードバックを無視しても大した問題にならないことが多い。結果として、人はポジティブへの希求を抑制し、ネガティブに対してより性急に、より強く反応する。[p.423]」
・「現実には悪いほうだけではなく、いい想定外だってあるのです。・・・『思ってもいなかったチャンス』を本当に生かせているのでしょうか?[p.429]」
第12章、インドで考えた組織的コミュニケーション
・ザオ、アナン教授の論文より:「戦略上特に重要なのは、他社にまねのできない知識、ノウハウを持つことだといわれます。往々にして、そうした知識・ノウハウは明文化できる単純知識(individual knowledge)ではなく、組織の中にある様々な単純知識をどのようにコーディネートし、共有し、組み合わせ、再配分したらよいかという総合的知識(collective knowledge)です。・・他社がまねしにくいのは、総合的知識が持つ複雑性のせいなのですが、複雑であるから社内でも・・・共有しようと思ってもなかなか共有できません。・・・本論文では、部門間(あるいは本社と子会社間)の知識共有に関して2つのメカニズムを対比して議論します。・・・一つは各部門の窓口(boundary spanner)同士がやり取りをする方法です。・・・もう一つはそれぞれの部門の担当者が、相手部門の担当者、あるいは関連担当者と直接やり取りする全員形の方法です(collective bridge)。・・・この論文の結論は・・・(1)単純知識の共有は窓口形が費用対効果で言えば優れているが、(2)総合的知識・ノウハウの共有は全員形のほうが優れているというものです。[p.437-440]」

・「『経営理念』『価値観』『ビジョン』というのは言葉で表されていても、その本質は言葉ではなく、言葉の背景にある気持ち、感情、情熱なのだとわかります。その意味で、大切なのは『経営理念』『ビジョン』を、『言葉』として理解する(単純知識)ことではなく、自ら様々な体験や顧客や社内外のステークホルダーとのやり取りを紡ぎ合わせて『立体的にイメージできるか』『実感できるか』(総合的知識)ということです。・・・『全員形』でなくては、本当の意味での理念の共有というのはできないと思うのです。[p.443-444]」
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個人的な感覚で恐縮ではありますが、技術者には「理不尽」なことに対して大きな抵抗感を持つ人が多いような気がします。もちろん、ヒトを扱うマネジメントの世界は、モノの世界のようには割り切れないところもあるでしょうが、理不尽な理由が理解できれば、そうした抵抗感は和らぎ、理不尽さの解消に向けた道筋も見えてくるのではないかと思います。本書を読むと、マネジメントに関わる様々な要因の解明が進み、不確実性に対応するためのマネジメント手法も進歩しているようです。技術の研究であれ経営戦略の策定であれ、不確実な世界に挑戦する点においては相通じるものがあるはずですので、本書で紹介されているような理論や考え方は、研究の実践においても役立つのではないかと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:清水勝彦、「あなたの会社が理不尽な理由 経営学者の読み方」、日経BP社、2016.

有望なイノベーション課題の選び方(「What’s Your Best Innovation Bet?」、Schilling著HBR2017, July-Augustより)

研究を進めるにあたり、どんな研究課題に取り組むかは極めて重要です。しかし、どんなアイデアを出して、どんな基準で課題を選ぶとうまくいくのかはそれほど明確にはなっていないと思います。もちろん、研究は不確実なものですから、将来うまくいくかどうかはわかりません。しかしだからといって、勘や単なる願望に頼ったり、逆に不確実性の低いプロジェクトに適した評価基準(例えば、市場予測、期待される将来価値や投資回収期間――それでも不確実性はなくならないので確実な根拠ではないですが)に基づいて研究課題を決めてよい結果が得られるものでしょうか。

今回ご紹介するHBR誌の論文Schilling著「What’s Your Best Innovation Bet?」[文献1]では、この研究課題の選び方の方法が提案されています。著者は、「私が、イノベーション戦略の策定や改善のために技術系企業に関わる場合、まず、どこで次の大きなブレークスルーが起こるか、起こるべきかを推定するのに役立つエクササイズから始める。このエクササイズの核心は、技術発展の鍵となる要因――例えばコンピューティングにおける処理速度――と、ユーザーのニーズがどの程度満足させられているかを調べることだ。これにより企業がどこに努力と資金を集中させるべきかについての洞察が得られ、競合の動きと外部の脅威を予測する手助けともなる。」と述べています。以下、本論文の中から、3つのステップからなるこのエクササイズのポイントをまとめてみたいと思います。

ステップ1:鍵となる要因を定める(Identify Key Dimensions
・「一般に、『技術軌跡(technology trajectory)』という言葉は、イノベーションは単一の道筋に従うかのように使われている。だが、技術進歩はいくつかの要因で同時に進むのが普通だ。例えば、コンピュータは同時に速く、小さくなった:速度がひとつの要因で、大きさがもう一つだ。どんな要因の開発でもそれぞれにコストがかかり利益をもたらし、顧客にとって知覚可能な利便性の変化をもたらす。技術進歩の重要な要因を同定することが、将来予測のための第一ステップだ。」
・「この要因を決めるには、可能な限り過去から現在までの技術の発展を調べる。その技術がもともとどんなニーズを満たしており、その後形や機能の大きな変化ごとに、どのような基本的な要素が影響を受けたかを考える。」「例えば録音の歴史をたどると、開発のポイントは6つあったことがわかる:脱同時性、コスト、音の忠実度、音楽選択の幅、持ち運びやすさ、カスタマイズ性、である。」
・「私が経営層に対してこのエクササイズのステップ1を指導する場合、私は技術進化に伴う『高レベル』――他の狭い要因を含むような――の要因に集中する必要を強調する。これにより、瑣末な横道にそれることを避け、大きなイメージをもちやすくなる。オーディオ技術の例では、録音しやすさは、カスタマイズ性の特殊な形態なので、人々が音楽体験においてカスタマイズしたくなるかもしれない他の方法について考えることを促す高レベルの要因として、録音しやすさという狭いものでなく、カスタマイズ性を選ぶ。」
・「適当な『高さ(altitude)』の要因を選ぶことが重要である――低すぎ、狭すぎて大きな可能性を見逃すようではいけないし、高すぎ、広すぎてその技術について適切な細かな洞察が得られなくてもいけない。・・・自動車分野では、『パフォーマンス』という要因は選ぶにはおそらく広すぎる。速度、安全性、燃費その他の、進歩が必要な要因が含まれてしまうからである。」
・「調べるべき要因を選ぶのは厳密なものではない。実質的に、その業界の知識と常識による。私はチームで、3つから6つの業界での鍵となる要因について合意を得るように求める。・・・特に、使いやすさ、耐久性のような要因はよく現れ・・・また、例外的な場合を除いて、コストはどんな技術に関しても重要な要因である。」
・「このステップの最後には、同定した要因についてさらに洞察を加え、探索する価値のある将来的な要因を加えるよう提案することもある。コストや他の制約を無視して、顧客が何でも手に入れられるとしたら何を望むかを尋ねるのだ。・・・ヘンリー・フォードはかつて『人々に何が欲しいかを尋ねたら、彼らはもっと速い馬が欲しいと答えるだろう』と言ったと伝えられる。もし、その時の自動車メーカーが人々に、夢の乗り物は何を提供してくれるかと尋ねたら、彼らは『瞬間移動』だと答えただろう。消費者のどちらの答えも、移動において速度が重要度の高い要因であることを示しているが、後者の方がどうやって達成できるかについてより広く考える助けになる。」
・「多くの場合、このエクササイズからは、すでに存在する鍵となる要因についてどんなさらなる改良を人々が求めているかの示唆が得られる。しかし、時には考えたことのないような要因が示されることもある。消費者が感情を理解しそれに対応するオーディオデバイスを求めているなら、おそらく『ニーズの予想』がさらなる鍵となる要因になるだろう。」

ステップ2:現在位置を明らかにする(Locate Your Position
・「それぞれの要因に対して、ユーティリティ曲線――技術のパフォーマンスから得られる顧客の価値を表すプロット――を求め、現在の技術がその曲線のどこにいるかを定める。これによりどこに最も大きな改善の機会があるかがわかる。」
・「例えば、オーディオにおける楽曲のラインアップでは、・・・品揃えが増えるほど利便性は上がるが、その上昇率は減少していき無限に上がるわけではない。・・・最初の録音(phonograph)が現れたころはほとんど録音がなく、・・・品揃えが少し増えるだけで利便性向上に大きく影響した。その後数十年経過し、品揃えは指数関数的に増え、ユーティリティ曲線はフラットになってきた。人々は新曲を評価してはいたが、それぞれが付け加える追加価値は小さくなった。・・・今日では実質的に無限の品揃えがあり、顧客は満腹状態だ――おそらく曲線の上限近くに来ているのだろう。」
・「もちろん、すべての技術がこういうユーティリティ曲線を描くわけではない。多くの要因ではS字曲線となる。」

ステップ3:焦点を定める(DetermineYour Focus
・「自社の技術が進歩してきた(進歩できる可能性のある)要因を知り、その要因のユーティリティ曲線のどこにいるのかがわかれば、どこに最も大きな改善余地があるかを知るのは簡単だ。しかし、その要因のパフォーマンスの改善可能性を知るだけでは不十分だ。改善すべきかも決めなければならない。従って、まず定めた要因のどれが顧客にとって最も重要かを評価し、次にそれぞれに取り組む難しさとコストを評価する。」
・血糖値モニター評価の例:「イノベーションのどこに注力すべきかの優先順位づけのため、血糖値モニターのメーカーは、顧客が最も気にしている技術上の要因をリストアップ」した。選ばれた要因は、信頼性、快適さ、コスト、使いやすさ。「次に、どれだけ顧客にとって重要か、どの程度の技術的改善が可能か、改善の容易さに基づいてそれぞれを評価した。」「快適さは高く評価されているわりに改善余地が大きい」ため、「イノベーションの努力を快適さに集中した。」
・「この技術評価方法は、競合の動きを予測するのにも使える。競合は、その能力や、フォーカスする対象セグメントが異なるので、要因の組み合わせに対しても異なるランキングをつけることになりやすい。」

焦点を移す
・「私が進めるこの3ステップのエクササイズは、自分の業界に関するマネジャーの視野を広げ、『これが私たちのやることだ』から『これが我々のマーケットの向いている(向くべき)方向だ』に焦点を移す手助けができる。さらに、消費者にとってかつてよりも重要ではなくなった技術的要因に組織の注意が固定されてしまいがちになるという慣性やバイアスを克服するのに役立つ。」

結論
・「新製品のアイデアだけがこのエクササイズの成果というわけではないし、最も重要な成果ですらない。おそらく、より重要なことは、マネジャーに、市場の動きや、より大きな、長期の機会に新たな光を投げかけるような大局観を与えることだ。それを行って始めて、業界の動きに慌てて対応するのではない、業界をリードするようなイノベーションが可能になる。」
---

著者の提案の最もよい点は、シンプルであることだと思います。研究の成功には様々な要因が関係しますので、研究課題を決めるにあたっても様々な要因の考慮が必要だというのは正論であるとは思います。しかし、様々な要因について、それぞれ十分な判断材料を集めることができる場合ばかりではありません。一方で、様々な要因を考慮したつもりでも、人間は従来の実績や考え方に囚われてしまうこともしばしばです。そう考えると、業界や技術の発展に影響するいくつかの要因をリストアップし、顧客の視点からそれぞれの発展段階のどこに位置しているのかを見極め、イノベーションの方向性を決めるという著者のアプローチは実践的にも使いやすく、効果も高いような気がします。

本論文では、どんな方向にイノベーションを進めるべきかが主に議論されていますが、この手法は同時に、「進めるべきではない方向」の明確化にも役立つと考えられます。顧客にとって新しい評価要因が現れているのに、従来の要因に固執するとか、顧客にとって利便性の向上につながらないような要因の向上を目指してしまうなどの失敗はしばしば耳にします(既存企業が持続的イノベーションに注力してしまう傾向とも関連があるとも思います)。新しいことに取り組むことと、古い考えを捨てることには関連がある場合も多いので、こうした面での活用も考えてよいのではないかと思います。

いずれにせよ、この手法は「使ってみる」上でのハードルはそれほど高くないでしょう。こうした手法から得られる示唆の価値は準備できる判断材料の質によるところもありますので、完璧な精度でイノベーションの方向性を決める方法にはなり得ないかもしれませんが、使ってみる価値は高いように思います。


文献1:Melissa Schilling, “What’s Your Best InnovationBet?”, Harvard Business Review, July-August, 2017, p.86.
https://hbr.org/2017/07/whats-your-best-innovation-bet

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