研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2017年10月

「未来洞察のための思考法」(鷲田祐一編著)より

もし、未来が予測できるなら、研究者にとってこれほど便利なことはないでしょう。しかし、神ならぬ身の人間には未来の完全な予測は不可能ですし、もし実際そんなことができるなら研究者の仕事の大半は失われてしまうに違いありません。

とはいえ、未来をより精度高く予測できる方法があるなら、その方法を知っておくことには大きな意味があるでしょう。今回は、そうした未来予測の手法のひとつとされる「未来洞察」について、鷲田祐一編著「未来洞察のための思考法」[文献1]に基づいてご紹介したいと思います。著者によれば未来洞察とは「未来シナリオ手法を用いた意思決定やアイデア創造[p.i]」であり、「本書は全体として、創造性を元にしたイノベーション実現という大きな目標を掲げ、実務の中で育まれてきた未来洞察の諸手法を、幅広い学際的な視点から理解・解釈した書としてまとめられている[p.v]」ということです。以下、本書の構成に沿って、重要と思われるポイントをまとめたいと思います。

第1章、未来を洞察するための思考法の選択(鷲田祐一)
・「本書でのシナリオの定義は、・・・現在から未来に向けて、何らかの不確実性を超えた先に複数の可能性を設定し、それをあらかじめ記述し理解する、という行為を総称したものであり、近未来に起こり得る意思決定に向けての心構えを事前に作ることで、たとえ大きな社会変化が来たとしても、実際に『その時』を迎えたときに正確で迅速な戦略意思決定ができるようにする、という効用がある。このような定義を基にしてシナリオ手法を用いて経営戦略やマーケティング戦略を考案する作業全体を『未来洞察(英語ではforesight)』・・・と呼ぶこともある。・・・本書におけるシナリオを作成するという行為は、目の前の不確実性に対して何らかの仮定をまず自ら置き、その上でそれによって起こる結果も合わせて想定する、という二段推論をする思考過程である。言い換えれば、未来に起こる因果関係を設定し、その原因と結果の両方をセットであらかじめ想起し意思決定する思考過程と定義できる。このような構造を持っている過程ゆえ、作成されたシナリオの良し悪しを評価するのは、一般的な予測の成果物を評価する(つまり的中したかどうか)のとは、やや違う側面を持つ。[p.6]
・「具体的な未来洞察の作業においては、・・・演繹推論、定量的な予測、帰納推論、アブダクション、そして最終的なメッセージの記述、というふうに、プロセスごとに様々な思考方法を切り替えながら進めることが重要である。[p.17]
●未来イシュー(技術開発シナリオ)の設定:専門的知識を持つ関係者の問題意識や仮説を統合する。(演繹推論)
●スキャニングによる社会変化シナリオの作成:さまざまな「兆し」から社会変化を予測する。(帰納推論)
●インパクトダイナミクス:社会変化と技術/戦略変化との交差点で何が起こるかを予測する(強制発想)(仮説生成(アブダクション))
●シナリオ記述:未来シナリオの世界観を具体化する(推論(アナロジー)、パターン認識)

第2章、スキャニング手法とインパクトダイナミクス手法の概説(鷲田祐一・粟田恵吾・石野幹生・藤原まり子・Geoff Woodling
・「スキャニング手法およびインパクトダイナミクス手法は、1970年代に米国のスタンフォード・リサーチ・インスティテュート(SRI)が開発した未来洞察の手法である。[p.33]
・「本書で紹介するスキャニング手法・・・では、現在入手可能な幅広い情報から『未来の芽』になりそうな情報を収集し、そこから未来シナリオを生成する。その際に現在の延長線上にあるような情報はあえて省くように注意して情報収集をするので、2~3年先という直近の未来を超えた未来シナリオを作ることを意図した構造を持っている。しかし一方で、それでもなお現在入手可能な情報をもとにした手法であるので、それほど遠い未来に焦点を当てることは難しい。その結果、ちょうどよく5~10年程度の未来に焦点が当たりやすくなっている。[p.38]
・「もう一つの特徴は、実施者は多くのプロセスを1名ではなく複数の人が協働するワークショップ形式で実施するという点である。・・・1つ目の理由は、人間の能力的限界の克服という点である。スキャニング手法では、演繹的な推論よりも帰納的な推論を重視するという特徴があるが、帰納推論は演繹推論と比較して属人的な判断の誤りが発生しやすいという問題がある。スキャニング手法を1人で実施すると、そのような判断の誤りを修正する方法がなくなってしまう。そこで複数の人で同じ情報源と同じルールを用いて帰納推論をすることで、この問題の克服を試みるのである。2つ目の理由は、発散と収束の繰り返しを効果的に実施するためである。創造的なアイデアを作成するためには発想や議論の発散と収束が重要であることが検証されている・・・が、それを効果的に実現するためには、単独個人よりも複数の人で議論をするほうが良いと判断される。[p.39-40]
・「帰納推論をもとにしたシナリオ作成に着手するにあたって、まずその材料を準備しなくてはならない。帰納法的な発想法とは、・・・非常に多くの情報に接するうちに、なんとなく『ピンとくる』というような作用を生かした発想法とも言える。したがってその作用を引き起こすための、非常に多くの情報を準備することが必要不可欠になる。・・・なぜ帰納推論をプロセスに盛り込むのかというと、それは線形的な発想では予測困難な、非連続な突発事象をもシナリオに反映させようという意図からである。・・・多くの人が思い描く現在の延長線上にあるような未来のシナリオを一本の線で表現するならば、あえてその線から大きく外れているような出来事こそが、突発事象に成長しうる『未来の芽』である。・・・このような考え方で集められた情報を統一的な様式でまとめたものを、本手法では『スキャニング・マテリアル』と呼ぶ。[p.44]
・「演繹推論の結果は、『未来イシュー』という形でまとめる。未来イシューとは、未来洞察を行う時の、いわば主語の役割を果たすものであり、いわば『何の未来シナリオを作るのか』にあたる概念である。つまり、予測すべき大きなテーマを構成している要素を、最も効率的に分割し、それを未来洞察で行なわれる議論全体に対して投げかける『問いかけ』の形にまとめるということだ。経験則的には、未来イシューは5~10個程度を設定すべき[p.52]」(○○が△△になる、□□な事業を行なっているというような形)。未来イシュー作成は、技術開発に詳しい人や有識者が適任。「未来イシューで設定した内容のとおりの事業が実現すると仮定した場合に、その変化の過程で、最も決定的に影響を与えると思われる『運命の分かれ道』のポイント」を「フラクチャー・ポイント」として抽出する[p.56]
・ワークショップでは参加者はスキャニング・マテリアルに基づいて「社会変化仮説」を作成する。「『社会変化仮説』は、非連続な未来が描かれている文書、いわば人間が普通に想像しただけでは思いつかないような突発的な未来の変化が書かれた文書である。[p.64]
・「『社会変化仮説』がまとまったところで、前述の未来イシューとあわせて・・・インパクトダイナミクス表を作成する。このインパクトダイナミクスは・・・Business Futures Network社が開発した手法であり、これによってスキャニング手法が単なる未来の予言集ではなく、企業や組織の具体的なイノベーションを考案するための重要な初期ステップとして利用可能なものになったともいえる。・・・表頭には未来イシューとそれぞれのフラクチャー・ポイントを列記し、表側には『社会変化仮説』を列記する。[p.72]」「このマトリクスによって・・・帰納推論の結果と演繹推論の結果を総当たり型で交差させることになる。表頭の未来イシューを考えの起点にして、そこに表側から想定外の『社会変化』が押し寄せる。そのときにそれぞれのフラクチャー・ポイントにどんな影響が及ぼされるか、を検討することで、未来イシューが想定したような未来が本当に実現するのか? する場合はどんな形で具現化するのか? あるいは、実現しない場合は、結果的にどんなふうに変質するのか? なぜそう想定されうるのか? などを、全てのマスについて仔細に検討するということだ。[p.74]
・「Business Futures Network社の場合、この全体マップを俯瞰して、その企業にとってのコンピタンスを活用したイノベーションの可能性がどこにあるのか、勝敗を決める技術は何か、技術提携や企業買収の可能性はないか、新しいビジネスモデルはどうなりうるか、新しい競合企業はどんなところが想定されるか、などを『未来ストーリー』として描き、企業へのコンサルティング活動に活かしている。[p.77-78]」「スキャニング手法とインパクトダイナミクス手法は、まったくの未知なる未来を、徐々に判断がつきやすいものへと変換するための変換装置のようなものである。[p.78]

第3章、10年先の社会技術問題シナリオ作成の試みと実際に10年が経過した時点でのシナリオ検証(鷲田祐一・三石祥子・堀井秀之)
・2006年に作成した環境自動車に関する未来シナリオを約10年後に検証。「シナリオ自体は微妙に的中しなかったという残念な結果であったものの、全体としては、約10年前段階で、2015年の自動車産業に影響を与えている外部環境の大半を『机上』に並べることには成功していた[p.116]

第4章、シナリオ作成とその評価(鷲田祐一・本田秀仁・引谷幹彦)
・意思決定ゲーム実験を実施。「未来に対する『心構え』とは、未知領域に作られた『理解状態』を構築できた、ということと同値だと言えそうだ。つまり、原因要素が『外れ』てしまったにもかかわらず結果要素が『当たった』場合に、未知領域に作られた『理解状態』を生かして、原因要素について即座にかつ柔軟に代替的解釈を実施することが可能なので、自信が揺らがないということだ。この揺らぎの少ない未来への自信こそが『心構え』の正体であろう。[p.144]

第5章、未来に関するアイデア生成のエキスパートとノンエキスパートは何が違うのか?:認知プロセスの分析(本田秀仁・鷲田祐一・須藤明人・粟田恵吾・植田一博)
・未来洞察手法を用いているエキスパート、そうでないノンエキスパートに対して心理実験を実施。「エキスパートがエキスパートたる所以は、表面上類似性が少ない記事、あるいは印象が異なる記事間に、ノンエキスパートが気づきにくい共通点を見出し、それに基づいてアイデアを生成している点にあると考えられる。・・・エキスパートとノンエキスパートの違いは視点の多様性にあり、・・・違いの本質は拡散的思考ができるのか否か、という点にあると言えるのかもしれない。[p.158-159]

第6章、ユーザー視点の導入による事業アイデアの質の向上(和嶋雄一郎・鷲田祐一・冨永直基・植田一博)
・技術者視点で作成された未来イシューを用いた場合と、そこにユーザー視点も加えた未来イシューを用いた場合の成果を比較。インパクトダイナミクスによる事業アイデア生成では、ユーザー視点の未来イシューを用いた方が独自性が高く、技術視点の未来イシューを用いた方が実現可能性が高くなった。

第7章、情報の多様性がアイデア生成に及ぼす影響の検討(清河幸子・鷲田祐一・植田一博・Eileen Peng
・与える情報と創造的アイデア生成の関係を検討。「アイデア生成時に利用可能な知識の範囲は、個人の関心や知識といった内的な要因だけでなく、外的に提示される情報の性質といった外的な要因の影響も受ける。また、多様な情報を提示すれば、そのまま情報が活用されるわけではなく、多様性を減じる形で情報の抽出が行われることが明らかとなった。さらに、多様な情報が実際に利用されたとしても、情報同志の意味的な関連性があまりに低い場合には、むしろアイデアの質を低下させてしまうことも明らかとなった。[p.208-209]

第8章、未来洞察による新商品開発とイノベーション(古江奈々美・鷲田祐一・藤原まり子)
・「未来洞察手法の目指すイノベーションの領域は、新規顧客の潜在的なニーズに応えることで実行されるイノベーションの領域であり、様々に存在するイノベーションの中でも、市場に普及するか否かの予測が困難であるために最もリスクが高く見える領域であることを確認した。そして、そのような特徴ゆえに、未来洞察手法を実際にビジネスで活用するにあたっては消極的な職種グループ(企画(マーケティング)系・技術系)と積極的な職種(デザイン系・研究系)に分かれてしまうことを意識調査結果の分析によって検証した。[p.241-242]
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本書の手法で未来のことが予測できるようになるのかは、どんな状況で、未来の何を予測したいと思っているかにかかっていると思います。本書の手法を使わなくても予測できる未来はあるでしょうし、本書の手法も役に立たない未来もあるでしょう。従って、すべてのことの予測にこの手法を用いようとすることには無理があると思います。そう考えると、未来洞察の利点は、やはり、未来に対する心構えのための予測、イノベーションなどのアイデアの源としての予測、と考えるべきでしょう。

特に重要なのは、この手法の基本的な考え方だと思います。なるべく何らかの根拠(スキャニング・マテリアル)に基づいて考えること、演繹的思考、帰納的思考、アブダクションを駆使すること、様々な要素の組み合わせをなるべくもれのないように考慮すること(インパクトダイナミクス)、他者の意見も考慮しながら検討することなどが特徴としてあげられると思いますが、これらにより未来予測の精度を高められることは期待してよいと思います。個人的にアイデアを付け加えるとすれば、一度未来洞察をして終わりではなく、一定期間(例えば1年)ごとに新しい情報も加味して、未来洞察結果をバージョンアップすることは有意義なことではないかと感じました。

ただ、作業負荷はそれなりに高いようですので、それだけの手間暇をかけることに対する見返りが得られるかは議論のあるところかもしれません。第8章に述べられた、本手法の活用に消極的な人々は、イノベーションは特異な天才によって実現されるものだという英雄譚に影響されているというよりも、単にかけた労力に見合うような画期的な結果が得られないのではないかというバランスが気になっているだけのようにも思います。とはいえ、本手法の原理を理解すれば、実務家としてのアレンジも可能だと思いますし、さらなる手法の洗練に期待しつつ、使えるところから使ってみることも悪くないのではないかと感じました。


文献1:鷲田祐一編著、「未来洞察のための思考法 シナリオによる問題解決」、勁草書房、2016.


データに頼るべきでないとき(「Management Is Much More Than a Science」、Martin, Golsby-Smith著HBR2017, September-Octoberより)

マネジメントは科学か?と問われれば、技術者としては少なくとも自然科学と同じだとは言いにくいと思います。では、マネジメントは科学であることを目指すべきなのでしょうか。もちろん、根拠の薄い、いわゆる「勘」や「経験」のみを頼りとするマネジメントでは限界があるでしょうから、科学的な手法を活用することは意味のあることと思いますが、科学を目指すことが直ちに進歩につながるともいえないように思います。

一方、最近はビッグデータへの注目が集まっていることもあってか、データに基づく判断こそが望ましいという考え方も増えてきているような気がします。個人的には判断の根拠としてデータに頼りすぎるのも、データを無視するのも両極端であるように思いますが、では、データはどう使えばよいのでしょうか?。今回ご紹介する、Roger Martin,Tony Golsby-Smithによる論文「Management Is Much More Than a Science」[文献1]では、科学的方法のひとつとしてのデータによる判断をマネジメントにどう活かすべきかが議論されています。表題は「マネジメントは科学以上のもの」という感じなのでしょうが、著者らの主張は、マネジメントと科学(とりわけデータの扱い方)は同じではない、ということがポイントのように思います。以下、その内容をまとめてみたいと思います。

ビジネスは科学か、Is Business a Science?

・「科学の社会への影響は強調してもしきれるものではない。アリストテレスの手法を基礎とした啓蒙時代の科学的発見は産業革命を導き、その後の世界的な経済発展につながった。科学は問題を解決し、世界をよりよいものにした。・・・しかし、アリストテレスなら、我々が科学的手法をあまりにも多くの分野に適用しすぎているのではないかと疑問を呈するかもしれない。彼のアプローチの定義においては、彼は、使用すべき範囲について明確な境界を定めた。「それ以外にありえない」自然現象の理解について用いるべきであるということだ。・・・しかしアリストテレスはすべてのことが不可避だとは言っていない。そうではなく、彼は、自由意志と、状況を大きく変えるような選択をする人の力を信じていた。言い換えれば、人が選択すれば、世界の非常に多くのことが、現在とは異なるものとなりうる。」
・「未来の行方を計画したり、単に歴史を分析するだけでは変化を起こすことはできない。・・・確かにイノベータは創造の過程においてしばしば科学的発見を取り込む。しかし、彼らの真の才能は、今までになかった製品やプロセスを想像する能力にある。」
・「現実の世界は、単に不変の科学法則によって定められた結果ではない。そうであるかのように行動することは、真のイノベーションの可能性を否定してしまう。科学的手法をビジネス上の意思決定に適用することには限界があるし、マネジャーはどこにその限界があるかを理解する必要がある。」

変えられるか変えられないか Can or Cannot?
・「ほとんどの状況には、変えられる要素と変えられない要素がある。・・・状況が可能性(我々が状況をよりよい方向に変えられる)に支配されているのか、必然性(我々では変えられない要素)に支配されているのかを問う必要がある。」
・「エグゼクティブは、それぞれの意思決定の状況をcannotなのかcanなのかに分解し、その論理をテストする必要がある。もし、最初の仮説が、その要素が変更できないというものなら、エグゼクティブはどんな自然法則がそれを導いているかを問う必要がある。もし、できない論理が覆せないなら、最良のアプローチは状況を最適化するような手法を適用することだ。この場合、科学が支配者であることを受け入れ、データと分析という科学のツールキットを使って選択を導くのだ。同様に、変えられると分類された論理もテストする必要がある。・・・もし根拠が十分に確実なものなら、デザインと想像力を支配者として分析を補助的に使うのだ。」
・「データがあるからといって、それが結果を変えられないという十分な証明とはならないことを理解しておくことは重要だ。・・・また、データがないからといって可能性がなくなるわけではない。もし、新しい結果や行動について議論しているなら、過去に証拠がないのは自然なことだ。だから、真に厳密な考察者はデータが意味することを考察するだけでなく、どの範囲までのことが起こる可能性があるかも考える。これには、想像力を使うことが必要であり、分析のプロセスとは大きく違う。」
・「cancannotの境界は多くの人が思っているより流動的だ。イノベータは限界を超えて境界を広げ、cannotに挑戦する。」

枠を壊す Breaking the Frame
・「新しい可能性を想像するには、まず枠を壊す動きが必要だ。」
・「ステークホルダーから聞くこと、共感することは、公式の調査データの系統的な分析よりも厳密ではないように思えるかもしれないが、洞察を少しずつ集めて試行から真実を導く手法であり、実際に、人類学者、エスノグラファ-、社会学者、心理学者などの社会科学者にはおなじみの手法である、多くのビジネスリーダーも、とりわけデザイン思考やユーザー中心のアプローチを適用している人々は、人の行動を理解するうえで、定性的、観察による調査の重要性を認識している。」
・「エスノグラフィー調査は強力なツールだが、新しい枠組の出発点にすぎない。最後には可能性を示し、人々をそのビジョンに従わせなければならない。そのためには、人々を縛り付けている古い枠にとってかわる新しい物語を生み出す必要がある。」

説得力のある物語を作る Constructing Persuasive Narratives
・「アリストテレスは”The Art of Rhetoric”で説得のシステムについて述べている。

Ethos;現状を変える意思と性格。効果を発揮するには、物語の著者は信頼され、影響力があることが必要。
Logos
:議論の論理的構造。問題を可能性に、可能性をアイデアに、アイデアを行動に変化させる綿密な事例が必要。
Pathos
:共感の能力。大きな動きを刺激するには、著者は聴衆を理解しなければならない。」
・「よくできた喩え(メタファ)は説得の3つの要素を強化する。論理的な議論であるlogosをより強固にし、聴衆を議論に結びつける手助けとなることでPathosを強化する。そして人を動かし、関わりの深い議論はリーダーの道徳的影響力と信頼性――ethosを高める。」

なぜ喩えは重要なのか Why Metaphors Matter
・「アリストテレスは、『普通の言葉はすでに我々が知っていることしか伝えない;何かフレッシュなものを手に入れるのに最もよいのがメタファだ。』ということを観察している。・・・認知科学の研究では、通常は結びつかない概念を結びつける精神的能力とそれを新しいアイデアにまとめ上げる能力が創造を生み出す力の中核だという。新しい喩えでは、通常は結びつかない2つのことを比較する。・・・人々が関連のない概念を結びつけるとき、製品のイノベーションが生まれることがある。・・・喩えは、消費者が理解し、関連づけるのを助けることによってイノベーションの適用を手助けする。」
・「アリストテレス流の方法がメタファなしではうまくいかないというつもりはないが、難しいことは確かだ。」

正しい物語を選ぶ Choosing the Right Narrative
・「可能性のある領域での意思決定に直面しているなら、それぞれに強力な喩えが含まれている3つか4つの魅力的な物語を用意し、どれがベストかのコンセンサスが得られるようなテストを行うとよい。・・・cannotの世界ではデータの慎重な分析によって最適の結論が導かれる。しかし、何かを実現しようというcanの世界では分析すべきデータはない。選択肢を評価するため、次のようなことをする必要がある。」
・条件を明確化する:「提案していることが望ましい結果を生むことを証明する方法がなくても、それが起こる世界ではどのようなことが真実でなければならないと思うかを特定することはできる。現状の世界で何が真実かを議論するのではなく、こう考えることでイノベータはコンセンサスに近づくことができる。」
・新しいデータをつくる:「canの世界での実験のアプローチは、cannotの世界でのそれとは根本的に違う。Cannotの世界では、関連するデータにアクセスし、まとめなければならない。・・・canの世界では、未来はまだ実現していないので、関連するデータは存在しない。ユーザーに今までになかったようなものを提供して反応を記録するというプロトタイピングをしてデータをつくらなければならない。ユーザーが期待通りに反応しないなら、プロトタイプをどう改良できるかの洞察を探るのだ。そして、あなたのイノベーションが成功することを示すようなデータが得られるまでそのプロセスを繰り返すのだ。もちろん、いくつかのプロトタイプアイデアはただのダメなアイデアだ。だから、いくつかの物語を持つことが重要になる。」

結論
・「科学的なデータの分析がよい世界をもたらしたからといって、それがすべてのビジネス上の意思決定でも有効であることにはならない。物事がそれ以外になりえないような状況では、競争相手よりもより速く、深く、変わり得ない世界を理解するために科学的な方法が使えるし、使うべきだ。この状況では、洗練されたデータ分析法の開発とビッグデータの追求は純粋に資産となるだろう。」
・「しかし、物事が変わりうる状況で科学を使うと、変化が不可能であると誤って信じてしまう可能性がある。そしてそれは、その分野で他社がもっとよいものを発明するに任せてしまうことになる。単なる異常事態でそのうち消えてなくなるだろうと思い込んで、信じられないまま見ていることになるだろう。・・・これが、アナリティクスを、それが正しく使える部分にだけでなくビジネス全体に適用してしまうことの代償なのだ。
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著者の主張の興味深い点は、データ分析を重視すべき状況とそうでない状況を区別しようとしているところだと思います。著者がcannot世界といっている、我々の力で状況が変えられない世界では、データの分析は重要で、逆に変えられる世界では、データの分析はあまり重要ではない、というのは、シンプルですが実務家にも使いやすい指針となりうるのではないでしょうか。ただ、シンプルである分、大雑把な区分であることは間違いないと思います。たとえば自然科学が関わる世界でも「変えられない」と思っていても、実は「変えられる」ことがわかることもあり、事前にその境界を明確に示すことは難しいケースもあるでしょう。著者の区分を厳密なものとは考えず、一次判断の目安として活用するのが有効なのではないかと思います。

なお本論文では、データを意思決定の根拠として使う方法が主に議論されていますが、データの使い方はそれだけではなく、アイデアを発想するための源としても使えます。これは、著者がデータをあまり重視していないcanの世界においても有用だと思いますので、データ活用のメリットとデメリットを状況に応じて考えてデータを使うことが重要になるでしょう。

 

個人的には、データを使った意思決定の危険性として、データに頼ることで、本質を考えなくなってしまうこともあるのではないかと思っています。便利で強力なツールは楽ができるというメリットがあるからこそ有用と評価されるところもあるわけですが、意思決定に限らず、楽をするということが怠けることにつながるとしたら、そうした点には十分に注意が必要でしょう。

結局のところ、データ主義は科学的手法のひとつであって、その利用や解釈において、状況やその結果に考慮するというような創造的行為が重要ということでしょう。本論文が指摘しているような側面も考慮し、データを賢く活用するスキルが求められるのだと思います。


文献1:Roger L. Martin, Tony Golsby-Smith, “Management Is Much More Than a Science”, Harvard Business Review, September-October, 2017, p.128.
https://hbr.org/2017/09/management-is-much-more-than-a-science

研究開発実践のマネジメント第21回-研究適性についての様々な考え方:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.2.2.3)(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
どこに不確実性があるかの見極め8回第17回
2.2
、研究開発を行う人のマネジメント
2.2.1
、研究者の活性化 
第18第19回
2.2.2
、研究者の適性と最適配置 1)研究者の適性に応じた最適配置のポイント、2)研究者には何が必要か第20

3)
研究適性についての様々な考え方
研究をうまく進める方法のひとつとして、前回は様々な研究関連業務への適性を考慮した研究者の人員配置を提案しました。その際の適性の捉え方は、実践的な使いやすさを重視して、未知のことと既知のことのどちらが好きか、頭を使うのと体を動かすのとどちらが好きか、という基準で判断しましたが、もちろん、それ以外の適性の考え方もあります。そこで、今回は、研究適性に関する様々な考え方を見てみたいと思います。

研究活動の特性に基づく考え方
まず、研究活動というものはこういうものだから、こういう人が向いているだろう、というアプローチがあります。
・例えば、IDEOTom Kelley, DavidKelleyは、創造性を取り戻すには、「やっかいな未知なるものへの恐れ、評価されることへの恐れ、第一歩を踏み出すことへの恐れ、制御できなくなることへの恐れという4つの恐れを克服する[文献1]」ことが必要だと述べています。このような恐れは、研究活動が本質的に持っている不確実性から生まれると考えられますので、こうした恐れを克服できる人がすなわち、研究に適性のある人、と言えるでしょう。ちなみに、Kelleyらは、「『クリエイティブである』というのは・・・一生変わらない性質だと思っているかもしれない。クリエイティブな遺伝子を持って生まれたか、そうでないかのどちらかなのだ、と。私たち兄弟は、・・・このような誤解を『創造性のウソ』と考えるようになった。このウソを信じている人は、あまりにも多い。だがそれは大きな間違いだ。[文献2、p.16]」「私たちは、ちょっとした練習や励ましだけで、人々の創造力、好奇心、勇気がいとも簡単に目覚めることに驚いた。・・・一定期間、私たちの方法論に従ってもらえれば、誰でも最終的には驚くような成果を挙げられる。[文献2、p.21]」と述べ、こうした特質は獲得できるものだとする立場をとっています。

人のパーソナリティの違いから考える
Leonardは問題解決におけるパーソナルな違いを生み出す三つのソースとして、専門性、認知スタイルの選好、ツールや方法論の選好を挙げています[文献3p.89]。認知スタイルの選好については、事実や歴史や経験を好む「知覚」的な志向と、メタファーや比喩や推論を好む「直観」的な志向の存在、また、判断型(選択肢を広げないで決定しようとする)と、認知型(より多くの選択肢やデータを探し、その間問題が曖昧であることを受け入れる)の存在、選択肢を増やすタイプの「発見する人」と、選択肢を減らそうとする「論破する人」の存在、正しいことを行なうことに気を使う「ヒッピー」と、ものごとを正しく行なうことに気を使う「オタク」の存在を指摘しており、さらに具体的に用いる道具やアプローチにも好みがあると述べています[文献3、p.100-103]。なお、Leonardは、「イノベーションはマインドセットの境界から生起する[文献3、p.93]」として、こうした違いを創造的摩擦の源泉としてうまくマネジメントすべきだとしています。研究への適性を考える場合には、どのようなパーソナリティの類型を考えるか、違いをどう尊重し、どうマネジメントするかは重要な視点になると考えられますが、どのパーソナリティが研究に向いているのかという視点とともに、パーソナリティ間の衝突によってイノベーションが生まれる過程にも注目が必要でしょう。

研究者・イノベーターの調査に基づく考え方
一方、実際に成功したイノベーターを調査し、そこから何らかの示唆を得ようとするアプローチもあります。
Dyer, Gregersen, Christensenは、多数のイノベータの調査から、イノベータには典型的な企業幹部とは異なる一貫した行動のパターンがあることを見出し、それを「5つの基本的な発見力(スキル)」(以下の1~5)にまとめています。
1、関連づけ思考:一見無関係に思える物事を結びつけ、独創的なアイデアを生み出すという認知的スキルが革新的なビジネスアイデアを生み出す要となる。
この関連づけ思考を誘発するために、イノベータは以下の2~5の4つの発見力(行動的スキル)を駆使して、イノベーティブなアイデアのもとになる「アイデア成分」の在庫を増やす。[文献4、p.26、第2章]
2、質問力:現状に異議を唱えることも含めて、質問によって物事の探究に情熱を燃やす。[文献4、p.26、第3章]
3、観察力:観察を通して新しいやり方のもとになる洞察やアイデアを得る。特に「片づけるべき用事」を知ることが重要。物事の仕組みを観察するうちにうまくいっていない物事に目が向くようになったり、問題解決の方法に気付くこともある。[文献4、p.27、第4章]
4、ネットワーク力:多様な背景や考え方をもつ人たちとの幅広いネットワークを通じて、アイデアをみつけたり試したりする(文献5の訳では「人脈力」となっています)。[文献4、p.27、第5章]
5、実験力:将来成功する方法について手がかりを得るには実験に勝る方法はない。実験者は世界を飽くことなく探究し、判断を保留しながらさまざまな仮説を検証している。[文献4、p.28、第6章]
イノベータがこうした行動をとれるのは、現状に異議を唱えること(質問力、観察力、ネットワーク力に影響する)やリスクを認識した上で果敢にリスクをとること(実験力に影響)などの「イノベーションに取り組む勇気」を持っているからにほかならない[文献4、p.30]とされています。なお、このうち、1の関連づける力が新たな洞察を生むための基幹であって、他の4つの発見力は関連づける力を強化し、新たな洞察を生む一助となる、というのが基本的な考え方のようです[文献5](原論文では、1、が「Thinking」の、2~5が「Doing」カテゴリーに入っていて役割が区別されているようです)。
・一方で、Dyer, Gregersen, Christensenは上記5つの発見力に対比するものとして、4つの実行力(Delivery skills)という概念を提示しています。4つの実行力とは、分析(意思決定のための情報分析)、企画立案(目標達成のための計画)、行き届いた導入(計画通りきちんとこなすこと)、規律ある実行(きちんと準備し、いやな仕事も先送りや決断の先延ばしをしない)です。この実行力は「既存のビジネスモデルが変わらないという前提で、やるべきことを効率的にこなそうとする」[文献4、p.35]スキルであって、イノベーション以外の通常業務では重視される能力です。彼らは、イノベータは発見力に優れるが、実行力はそうでもない。これに対してイノベータでない経営幹部は実行力に優れる人が多い[文献4、p.34]とも述べ、その結果、実行力に優れた人が評価される組織では、発見力を持つ人材が評価されないことも起こりうる、と述べている点には注意が必要でしょう。
Griffin, Price, Vojakは、大企業において複数のイノベーションを連続的に生み出したイノベーターを調査し、その特性と行動を以下のモデル(MP5モデル)にまとめています。
M、モチベーション(Motivation):外的要因(緊急かつ重要な課題を抱えた顧客や企業の存在)、内的要因(創造への欲求、達成感)が関わる。「シリアル・イノベーターのモチベーションの源泉は、課題解決への好奇心や技術分野での熟達、発見の喜び、そして新しいものを創造することで人々の暮らしをよくしたいという内発的報酬である。[文献6、p.218]」
P1、パーソナリティ(Personality):比較的変化しにくい。「パーソナリティには2つのグループがあり、そのうちの一つは、『好奇心』『直感』『創造力』『システム思考』である。いずれも斬新な技術やプロセスを創造する源となる。もう一つのグループは『自立心』『自信』『リスクの選択能力』『忍耐力』だ。これらは、いずれも長期にわたってプロジェクトを続けるうえで重要となってくる。[文献6、p.217]」システム思考とは、個々の事象に目を奪われずに、各要素間の関連性に注目して全体像を捉えようとする考え方。
P2、パースペクティブ(Perspective):仕事中心で理想主義者という世界観が顕著。「シリアル・イノベーターのパースペクティブには、次のような特徴がある。1、顧客や企業、チームといった関係者全員に共通する価値(共通善)を尊重し、自分自身よりも優先させる。2、技術はあくまでも事業の成功のための手段と捉える。3、複数の事象の関係性を見出し、システム全体を見通してシンプルに書き換えることで、目に見える結果を追求する。[文献6、p.217-218]」
P3、構え(Preparation):仕事をしながら学び続け、知識領域を拡大する。「シリアル・イノベーターは、強力な観察者であると同時に学習者でもある。・・・好奇心が幅広くかつ深いので、複数のテーマや課題に興味を持ち、それらを完全に理解しようと、その渦中へと深く飛び込んでいく。しかし、一方で彼らはシステム思考を行うので、対象としているシステム・・・全体を理解しようと努める。[文献6、p.248]」
P4、プロセス(Process):顧客と技術、市場の間を行き来する。直線的ではなく、重複や反復フィードバックが発生する。製品の発売後も続く。[文献6、第2、3章]
P5、社内政治(Politics):社内で政治的駆け引きを行い、解決しようとする顧客の課題に関して承認を得なければならない。[文献6、第4章]
ここで、モチベーション、パーソナリティ、パースペクティブ、構えは、「シリアル・イノベーター自身と、その個人的な能力に関するものである。一方、・・・『プロセス』と『社内政治』は、シリアル・イノベーターが組織の中でどう動くかを表したもの[文献6、p.78]」と考えられています。
・さらに、Griffin, Price, Vojakは、潜在的シリアル・イノベーターの見つけ方として、「一人の人物に以下の重要な5つの特性がすべて表れていることを認識する[文献6、p.256]」ことをあげています。
1、システム思考(一見無関係に見える点同士を結びつける能力)
2、平均以上の創造力(極端に高い必要はない)
3、複数の知識分野にまたがる生来的な好奇心
4、深い専門知識をベースに直感を働かせる力
5、物事を『よりよく』したいという生来的なモチベーション
・なお、モチベーションについて、Grantは、「心理学者のトッド・ルバートとロバート・スターンバーグは、『成果をあげたいという欲求が中程度を超えると、創造性が低下するということが実証されている』と述べている。歴史を振り返ってみても、成功への意欲とそれに伴う失敗への恐れゆえに、優れた創造力をもつ人や変革をもたらすことのできる人たちの行動が妨げられてきた。安定を維持し、型にはまった業績をあげることにばかり注意が向き、オリジナリティを追求しようという気が起こらなかったのだ。[文献7、p.31]」という指摘をしています。ある特長が強すぎても問題が起こる可能性にも注意が必要でしょう。

チームづくりへの示唆
こうした特性は、研究者の最適配置だけでなく、チームづくりにおいても活かすことが可能です。これに関しては以下のような指摘がなされています。
Dyer, Gregersen, Christensenは、イノベーティブな人材であってもすべての発見力において高いレベルのスキルを持つわけではなく、また、発見力スキルと実行力スキルのバランスや、多様な専門領域(人間、技術、ビジネス)の融合も必要であるため、人材の組み合わせによって、それぞれのスキルを補完するような組織、チームをイノベーティブな企業は作っている。[文献4、第8章]
Kelleyはイノベーションに必要な種々のキャラクターを考察し、それらは性格やタイプとは異なる「役割」と認識すべきであって、そうした役割は演じることができる、と述べています[文献8、p.19]。ちなみにKellyがあげている役割は以下のとおりです。[文献8]
1、人類学者:じっとしてはおらず、イノベーションを生み出すために、どうやって人々が製品やサービスや経験と関わりあうかを実地に観察する。問題を新たな視点から捉えなおすこと、科学的な方法を日々の人間活動に適用することが得意。
2、実験者:可能性のあるシナリオのテストを繰り返し、アイデアを現実のものとする。
3、花粉の運び手:一見関連のないアイデアやコンセプトを結びつけて新たな分野を開拓する。広い分野に興味を持ち、好奇心旺盛で、教え、学ぶことが得意で、外の世界から大きなアイデアを持ち込んで組織を活気づける。
4ハードル選手:今までになされていないことに挑戦することに喜びを感じる問題解決者。
5、コラボレーター:人々を組織して多機能的なチームを作る。その過程で組織の壁を壊し、メンバーに機会と新たな役割を与える。
6、監督:組織の意向を把握して、大きな夢をするどく判断する。舞台をセットし、目標となる機会を定め、メンバーのベストをひきだして目的を達する。エンパワーメントと鼓舞により周囲の意欲を高めメンバーに主役を担わせ、予期せぬことを受け止める。
7、経験デザイナー:すばらしい個人的体験をつくるために絶え間なく努力する。製品、サービス、デジタル接続、場所、イベントなどを通じてその組織との出会いを活発化する。
8、舞台装置家:日常の職場環境を活性化する。人を讃え、創造性を刺激するような職場環境を作り、活発で刺激的な文化を活性化する。
9、語り部:人をひきつける独創性、努力、イノベーションの物語によって創造性を刺激する。
10、介護人:共感を通じて、それぞれの顧客を理解するために働き、関係を作る。
・なお、Collinsは、メンバーを選ぶ際には「目的に合った人を選ぶ」のではなく「人を選んでから目的を考える」つまり、目的の変化にも十分対応可能な適切な人材を揃えることの方が必要である、という指摘[文献9、p.65]をしています。「適切な人材」とは専門知識、学歴、業務経験よりも性格と基礎的能力によって決まる、と述べていますが、この考え方は目的にマッチした人材を集めようとするあまり、性格などの人間的な側面を軽視することに警鐘を鳴らしているのだと思います。

研究への適性に関する追加の私見
以上、どんな人が研究に必要か、適性があるのかに関する様々な考え方を見てみました。いずれも、示唆に富んだ指摘だと思いますが、すべての場合に適用可能な統一的な考え方というものは明確にはなっていないようです。これは研究の多様性と、常に新しいものを求めて変化していく必要性を考えれば当然のことかもしれません。以下、私見になりますが、私の経験に基づいた適性に関するアイデアを述べさせていただきたいと思います。

企業における研究者の場合には、学問的な最高レベルを目指すわけではありませんので、専門性を支えるある程度の能力は必要だとしても、いわゆる勉強における「頭の良さ」「成績優秀」ということにはそれほどこだわる必要はないような気がします。逆に「頭が良い」からといってどんな研究にも適性があるとは限らない、というのが私の印象です。特定の研究には適性があっても、別の種類の研究には向いていない、ということもあるでしょうし、「研究」には適性がなくても、「技術者」や「研究マネジャー」には向いている場合もありうると思います。企業の場合、技術者の育成の段階で研究の経験をさせることは無駄なことではありませんので、やらせてみて適性を判断する、というのが現実的だと思いますが、その際の適性判断のポイントとしては以下のような項目があると思います。

・不確実性に耐えられること:研究者は不安に耐える必要があり、技術者は不満に耐える必要があるということはよく言われますが、不確実なことにフラストレーションを強く感じる性格の場合には研究者に向いていないかもしれません(本ブログ「研究開発とフラストレーション」)。
・他者と協力できること、うまくコミュニケーションできること:技術自体や、技術をビジネスにつなげる方法が、複雑化、高度化していますので、これからの研究は、一人の能力や努力だけで成功を掴むことは困難になると予想されます。従って、他者との協力やコミュニケーションが苦手な人は、少なくとも企業の研究者には向いていないかもしれません。例えば競争心の強い人には、その競争心が協働の妨げにならないように育成する必要があるように思います(本ブログ「競争心と研究開発」)。
・失敗から学べること(本ブログ「知的な失敗」「失敗」)
・自律的であること(本ブログ「研究者の主体性」)
・新しいことへの意欲があること

実際には、最初に述べた適性も含めて、これらは教育や経験によって培っていける部分もありますし、チームとして個人の欠点を補うことも可能だと思われます。ミドルマネジャーには、日々の研究を実施しながら研究者を育成していくことも求められますが、「適性」を意識した人材の最適配置とともに、よりよい組織運営や、研究者をどの方向に育成するかを考える場合にも、「適性」についての理解は有用なヒントを与えてくれるのではないかと思います。


文献1:Tom Kelley, David Kelley、トム・ケリー、デイビッド・ケリー著、飯野由美子訳、「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法 恐れを克服し、自由な発想を生みだす」、DiamondHarvard Business Review November 2014, p.62-71.本ブログ紹介記事
文献2:Tom Kelley, David Kelley, 2013、トム・ケリー、デイヴィッド・ケリー著、千葉敏生訳、「クリエイティブマインドセット 創造力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」、日経BP社、2014. 本ブログ紹介記事
文献3:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.
文献4:Dyer, J., Gregersen, H., Christensen, C. M.2011、クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン著、櫻井祐子訳、「イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル」、翔泳社、2012.本ブログ紹介記事
文献5:Jeffrey H. Dyer, Hal B. Gregersen, Clayton M.Christensen、ジェフリー・H・ダイアー、ハル・B・グレガーセン、クレイトン・M・クリステンセン著、関美和訳、「イノベーターのDNA」、Diamond Harvard Business ReviewApr. 2010p.36.本ブログ紹介記事
文献6:Abbie Griffin, Raymond L. Price, Bruce Vojak, 2012、アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック著、市川文子、田村大監訳、東方雅美訳、「シリアル・イノベーター 『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀」、プレジデント社、2014.本ブログ紹介記事
文献7:Adam Grant, 2016、アダム・グラント著、楠木建監訳、「ORIGINALS 誰もが『人と違うこと』ができる時代」、三笠書房、2016.本ブログ紹介記事
文献8:Tom Kelly, Jonathan Littman2005、トム・ケリー、ジョナサン・リットマン著、鈴木主税訳、「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」、早川書房、2006.本ブログ紹介記事
文献9:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

シンギュラリティが意味するもの(ガナシア著「そろそろ、人工知能の真実を話そう」より)

最近のIT技術の進歩には目を見張るものがあります。このままいくと、機械の能力はあらゆる分野で人間の能力を超え、人の仕事はなくなっていく・・・というような予測も耳にします。はたしてそういうことは本当に起こるのでしょうか? もちろん、未来の予測に絶対はあり得ませんが、そうしたことをきちんと考えようとするなら、肯定派だけでなく否定派の意見にも耳を傾けてみることは必要でしょう。

そこで今回は、機械の発達が人間の能力を超え、世界や人間に大転換をもたらすという「技術的特異点(シンギュラリティ)」に懐疑的な立場の考え方を述べている、ジャン=ガブリエル・ガナシア著、「そろそろ、人工知能の真実を話そう」[文献1]の内容を見てみたいと思います。なお、原著の表題は「シンギュラリティの神話-人工知能を恐れるべきか?」という意味のようですので、AI全般の話というより「シンギュラリティ」に焦点を当てた議論をすることが著者の意図と思われます。

第1章、状況は切迫している(らしい)
・「2014年5月1日・・・イギリスの宇宙物理学者スティーヴン・ホーキングが、警告を発した。ホーキングはわれわれに、人工知能のもたらす不可逆的結果について警鐘を鳴らしたのである。技術は瞬く間に発展し、すぐに制御不能となって、人類を危機的状況にさらすだろう。だが、今ならまだ止められる。明日ではもう遅いのだ、と。そうそうたる顔ぶれの科学者たちもまた、この懸念に同調する。・・・コンピュータの機械学習能力は、『ビッグデータ』と呼ばれる大量のデータを供給されることによって、いずれ予測不能なものになる。なぜなら、もはやそれは、人間が書いたプログラムによって動くのではなく、バーチャル図書館やデータ倉庫、あるいは世界中を縦横無尽に走りまわって情報を拾い集め、それらが機械的に収斂して築きあげられた知識で動くようになるからだ。このように動作が予測できなくなると、コンピュータの自律性は増大し、結果、コンピュータはわれわれの手をすり抜け、だんだんとわれわれを支配するようになるだろう。その時が、帰還不能点となる。そこを超えると、人類はみな喪失へとつき進む。[p.7-8]」「それを主張する者たちの知的・社会的正当性に鑑みれば、それらを吟味もせずに切り捨てることはできない。[p.16]」

第2章、技術的特異点(シンギュラリティ)
・「今、科学者たちの間にある考えが広まっている。すなわち、未来の大転換は、・・・ごく自然に、日々確実に数を増やす機械によってもたらされる。こうして普及することで、機械は自らを製造し、成長をして、最後はわれわれを飲み込んでしまうのである。それはなんの前触れもなく始まるだろう。すべてが円滑に進み、あと戻りはできない。きっとすぐには理解できないはずだ。事態はだんだんと加速して、ある時突然、暴走が起こる。世界が変わり、人間が変わる。自然も、生活も、意識も、時間さえも、まったくの別物になってしまうのだ――この変化こそが、技術的特異点(シンギュラリティ)を呼ばれるものである。[p.17-18]」
・「25年以上も前から、技術者や科学者や哲学者といったさまざまな人々が、テクノロジーはいやおうなしに、取り返しがつかなくなるほど人間を変えるという考えを広めようと努めてきた。こうした変化が生じるとされるシンギュラリティは、今やメディアや世間で日常的に取り上げられている。しかしながら、英米の有名大学の科学者たちの権威をもってしても、多くの人々は半信半疑なままだ。一方で、伝統的な人間の価値観が問われているとして、深い不安を感じている人々もいる。シンギュラリティの到来に肯定的な人々は、それに否定的な人々を、反動的で弱腰であると非難する。そして、目の前の事実から目を背け、自分たちの快適な生活を危険に陥れるような考えを受け入れようとしない人々だと決めつける。[p.31-32]」
・西垣通氏による本書解説より:「シンギュラリティ仮説とは、2045年あたりにAIの能力が人間を凌ぎ、機械的支配が進んで世界のありさまが大きく変容してしまうという予測のことだ。・・・かみ砕いていえば、人間のような意識をもち、汎用の機能をもつ『強いAI』がおよそ30年後に出現するという話である。この仮説について現在、主に3つの見方が存在する。第一は、AIが人類に光明と幸福をもたらすという楽観論、第二は逆に災厄を不幸をもたらすという悲観論。両者はいずれもシンギュラリティがかならず到来するという前提に立っている。次に、来るか来ないかよく分からないが、経済効果が見込めるし、マスコミ受けがして予算も取れるので騒いでおこうと言う中立論だ。第一と第二は欧米の専門家や知識人に多いが、日本では第三の見方をする人々が圧倒的である。だが率直に言って、第三の立場にちんまり安住する人は、知的誠実さを欠くと責められても仕方がないだろう。[p.173-174]」

第3章、指数関数的な爆発
・「ムーアの法則によれば、どのようなタイプの集積回路でも、トランジスタ数は18カ月から24カ月ごとに安定して2倍になる。それはすなわち、同様のペースでコンピュータの性能、処理速度、記憶容量が2倍になるということであり、また同じペースでコストは半分になるということでもある。・・・仮にこの法則がこのまま永久に続くとすると、考慮すべき深い問題が出てくるだろう。つまり、こんなに高性能なコンピュータを前にして、われわれはこれからいったいどうなってしまうのだろうか、という疑問である。[p.34-35]」
・「この法則は、SF作家や発明家、さらには何か新しいものを求めていた研究者らの想像力をかきたてた。こうした人々はムーアの法則を利用することによって新たな境地に達し、この法則はテクノロジー分野だけのものではないと高らかに宣言した。・・・この流れをくむ代表的な人物がレイ・カーツワイルである。[p.37]」
・ムーアの法則が永久に続くという仮説の問題点:「帰納的な性格を持つこの法則を無制限に拡大解釈すること」、「小型化をどこまで推し進められるかという物理的な限界」、「経験則であるこの法則」を他に適用すること、演算能力は知能とは違うこと。[p.39-53
・西垣通氏による本書解説より:「シンギュラリティ仮説に関するこういう批判は、それ自体、とくに目新しいものではない。カーツワイルの収穫加速の『法則(?)』など、とうてい科学的な精査に耐えるものではないからだ。日本人の常識からすれば、シンギュラリティが到来すればやがて人間は不死性を獲得し、コンピュータのなかで永遠に生き続ける、などというカーツワイルの言葉をまともに信じることは難しいだろう。[p.175]」

第4章、コンピュータは自律できるか?
・「機械学習アルゴリズムの・・・数は多くても、実はアルゴリズムのタイプは3つしかない。一つ目は『教師あり学習』アルゴリズムで、入力データの分類を教師が機械を教育しながら学ばせる。ふたつ目は、『教師なし学習』アルゴリズムで、機械が自分で学習する。三つ目は『強化学習』アルゴリズムで、機械の一連の行動に対し、一定の報酬や罰を与えて最適な行動を学習させる。[p.63-64]」「このうち、教師あり学習アルゴリズムと強化学習アルゴリズムに関しては、近年目覚ましい成果をあげている。・・・しかし、教師あり学習アルゴリズムが実行されるためには正解をもつ例題が必要であり、強化学習アルゴリズムには報酬が必要となる。・・・いったいだれが正解を教えたり、報酬や罰を与えたりするのか? それは、われわれ人間である。機械は、人間が教えたルールに従って行動しているのであり、自分自身でルールを生み出しているわけではない。そういった意味では、機械は完全に自律しているとは言えないのである。[p.64]」「実際、強化学習アルゴリズムを使用する際には、人間が最適な選択を行う基準を設定し、機械はこれを変更できないようになっている。[p.66]」
・「確かに、これまでの経験上、機械学習のように短時間で目覚ましい発展を遂げた手法は、何らかの不具合が生じる危険性をはらんでいるものだ。だからといって、われわれが帰還不能地点に達し、以降は機械に支配されるということまでは言えないだろう。[p.66]」
・「一方、教師なし学習の手法では、新たな概念を自動的に創造できると考えられているが、この分野の開発は進んでおらず、新たな概念を創造するどころか、概念装置(思考の枠組み)すら創造できていないのが現状だ。このように、現在の人工知能開発における技術レベルを見る限り、コンピュータが、人間の力を借りずに際限なく進化し続け、ついには暴走し、自律し、我々を支配するなどということは、考えられないのである。[p.68]」

題5章、現代のグノーシス
・「人工知能(artificial intelligence)という言葉は、1955年、若き数学者、ジョン・マッカーシーによって初めて使われた。・・・研究の科学的目標は、推論・記憶・計算・知覚など、知能のさまざまな働きをコンピュータで再現して、知能を理解することにあった。[p.71]」
・「サールが『弱い人工知能』と呼ぶのは、素晴らしい機械を作り出すのに使われるエンジニアの人工知能である。一方『強い人工知能』とは、シンタクスを使って記号を操作し、意識をはじめとする精神のさまざまな機能を再現しようとするものだ。そんなことは不可能だとサールは言う。なぜなら、精神の産物は、記号よりも繊細な『肌理の細かさ』で成り立っているからだ。[p.78]」
・「21世紀の初めになると、汎用人工知能・・・と呼ばれる新しい考えが生まれた。間違っても、60年前に生まれた最初の人工知能(AI)と混同してはいけない。[p.79]」「ここでもまた、人工知能という概念の仮像が生じていることを指摘しておきたい。[p.80]」
・「今ではもう、科学者もエンジニアも自分たちの研究の動機をSFの中に求めている。・・・そうなった原因の一端は、ロバート・ゲラチが、その著書『終末のAI』でいみじくも指摘したように、夢をもたらし人々をわくわくさせるプロジェクトを優遇するような研究費の支給方式にある。研究分野の選定を民主化しようとすると、得てして、大衆への説明がわかりやすく、創造力を刺激するという理由だけで、そういった研究に資金を支給するという結果に陥りがちだ。たとえ研究目標が実現不可能であったり、無意味なものに思えたりしても、である。[p.91-92]」
・「強い人工知能と汎用人工知能が仮像であるのと同じように、グノーシス主義もまた、ハンス・ヨナスによって仮像としてとらえられている。[p.83]」
・西垣通氏による本書解説より:「刮目に値するのは、シンギュラリティ仮説とグノーシス主義との共通点を指摘していることだ。日本ではあまり知られていないが、グノーシス主義とは、古代から中世にかけ、中東を含む西洋世界で圧倒的な力をもった宗教思想である。一神教と関わりが深いが、正当キリスト教からすれば、最大の異端ということになるかもしれない。・・・著者は近代合理主義者として、シンギュラリティ仮説がこのグノーシス主義と共通点をもつという、印象的かつ挑戦的な議論を展開するのだ。その理由として、知識にもとづいて自然を変革し、肉体から精神を解放せよと説くこと、しかもその説得の際、実証的実験や数学的証明といった『論理(logos)』ではなく宇宙的な『物語(mythos)』を用いること、などをあげている。人間の意識をコンピュータにアップロードして、電子技術と肉体が融合したハイブリッド生命を創造することが光明をもたらす、というシンギュラリティ仮説のストーリーは、確かにグノーシス主義の神話と一部重なっていると言えるかもしれない。著者によれば、グノーシス主義がユダヤ=キリスト一神教の仮像であるように、シンギュラリティ仮説の主張する強いAIは、本来のAIの仮像だということになる。表向き同じような外見をしていても、内容的には全く異なるもの、あえていえば異端だという主張なのである。[p.177-178]」

第6章、来たるべき未来
・「蓋然性というのは、絶対に確実というわけではないが、真実と認められるものを持っているので、ある事柄が起こる見込みはかなり高いということである。・・・可能性は単にある事柄が起こり得るということで、実現を妨げるものは何もないが、実現を保証するものも何もないということだ。・・・信憑性という言葉は、・・・当初の意味は、みなが拍手喝采する出来事ということであった。・・・実際には可能性も蓋然性も保証されていない。現在はこの言葉の意味も少々変化して、・・・本当らしさを表す言葉になったようだ。いい方を変えれば、その見た目が直観と一致するという意味合いである。[p.115]」
・(シンギュラリティの)「シナリオの多くは、実現の可能性・・・があるかのように見えている。しかし実際には、複数のシナリオを比較してみることもないし、そのうちの、たとえばシンギュラリティが起こるというシナリオの蓋然性が、ほかより高いということを示すためにきちんとした研究を行うこともない。・・・わかりやすくするために、シンギュラリティやトランスヒューマンに関する書物と、地球温暖化の影響に関する気候科学分野の科学的調査を比較してみよう。どちらの場合も、未来予測を試みている。しかし双方を比較できるのはここまでだ。なぜなら気候科学の場合は、異なる科学的仮定に基づいてさまざまなモデルのシミュレーションを行なっているからだ。そして、過去の事例を調査し、管理された条件下で実施した観察のデータを用いて、モデルの有効性を判断する。さらにモデルが導き出した予測を比較検討する。その後は研究結果を公表し、公の場で議論を重ねるのである。現在、地球温暖化に関するあらゆるシナリオは、その進行速度や影響についてはモデルごとに異なるものの、温暖化が起こるという点では結論が一致している。しかしシンギュラリティに関しては全く事情が異なる。複数のシナリオを比較して評価することは一切行われていないのである。・・・結局のところ、シンギュラリティが起こることは絶対に不可能であるとは言えないにしても、ほとんどありそうもないことであり、あまりにありそうもないことであるため、真面目に検討するに値しないのだ。[p.116-117]」

第7章、シンギュラリティと終末論
・「科学者というものは本来ならば、自分の能力の及ぶ限り、可能性と蓋然性を示し、人々が自分で決めて行動する手助けをすべきだ。それが科学者の責任である。[p.131-132]」
・「カタストロフィーの商人は、カタストロフィーを『納得できる』ものとするように腐心してきた。ここでの『納得できる』という言葉は、・・・『拍手喝采する』という言葉と同じラテン語が語源となっている。商売が成功して拍手喝采されるためには、民衆の信じやすさに訴え、人々から賛同を得なければならない。そのためには、カタストロフィーに明らかな矛盾点がなく、実現の可能性が少しでもあれば十分である。カタストロフィーが起こる蓋然性などをわざわざ考えなくても良い。信じやすい人々を納得させるためには、蓋然性など大して役に立たないのである。[p.133]」
・「シンギュラリティの主張は、はっきりとした科学的証明がなされていないという点で、認識論的に間違っている。しかしそれだけで済ますことはできない。シンギュラリティの主張は、倫理的にも非難されるべきである。シンギュラリティという特殊なシナリオを示すことにより、他にも存在するさまざまな危険性から人の目をそらし、その危険の存在を隠蔽しているからだ。[p.138]」

第8章、偽りの人間愛
・「ここでは、・・・シンギュラリティの宣伝を行う企業の目的を探ってみたい。[p.146]」「ハイテク企業の経営者たちは、・・・テクノロジーは自ら進歩すると断言する。自分たちがテクノロジーの改善をする必要がなく、何が起ころうともテクノロジーの側で改善に向かってくれると主張することで、自らの責任を回避しているのである。彼らが引き受けることは、テクノロジーを人間的なものにすること、人類の幸福に貢献する意志を持つこと、そして、耳を傾けるということだけだ。同時に彼らは、自分たちには問題点を把握して、人々に先だって変化を予見する能力があるとも訴える。テクノロジーに精通した寛大な企業が、清き心や人類愛から未来に起こる変化を警告し、より良い生活や、寿命を延ばすための手助けをしてくれるというのである。[p.155]」
・「しかし、ハイテク分野の大企業がシンギュラリティを広めようとする行為の中に、善意や思いやりを示すという意図があるとしても、今度はそれ自体が偽りではないかと疑わざるをえない。[p.156]」「中世の終わりから、世界は国家という枠組みによって区切られてきた。・・・それが今日、インターネットの登場で、権力の及ぶ地域はもはや国家の領土と重なり合わなくなってしまった。・・・これからの時代は、物を買ったり、コミュニケーションを取ったり、働いたり、交換したりということを、自国の地理的な国境を超えて、ほぼ自由に行なうことができる。・・・今やハイテク企業が、国家の役割をより巧みにより安価で担えると主張するまでになった。その範囲は、保安、税の徴収、貨幣の管理などの、伝統的に国家に属していた役割にも及ぶ。[p.158-159]」「ハイテク分野の大企業・・・の目的は、経済的成功だけではない。彼らは政治的意図も持っているのである。・・・国家はだんだんとその権限を失いつつある。・・・今やその権力は巨大企業によって少しずつかすめ取られ、国家はやせ細ってしまっている。誰もこの流れを止めることができない。われわれは、こうして、政治の大転換を目の当たりにしているのだ。シンギュラリティという壮大な物語は、突拍子もない空想の裏に、これらの変化がもたらす危険性を隠している。恐れという感情は本来の危険を見えなくしてしまう。[p.168-169]」
・西垣通氏による本書解説より:(著者は)「偽りの善意の背後に、近代国家にかわってハイテクIT企業が世界を支配し、新しい社会を創りあげるという政治目的がひそんでいるのだと、断言するに至るのである。・・・AIと言えば、技術改良と経済効果の話題だけ、あとはせいぜい幼稚な夢物語というのが、情けないことにこの国の常識だ。本書がそんな常識に衝撃を与えることを切に願う。[p.178-179]」
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著者の意図は、本書解説の西垣通氏も述べているとおり、「著者は決してAI技術自体を否定しているのではない。むしろ、本来のAI技術が、シンギュラリティという怪しげな神話によって変質してしまうことを批判しているのだ[p.173]」ということでしょう。技術者としてはAIの技術的側面や、経済効果につい目が行きがちですが、AIとともに語られることの多いシンギュラリティの議論には重大な問題があることはよく認識しておかなければならないと思います。加えて、その裏に隠れて見えにくくなっている(されている?)AIの社会への影響もよく考えておかなければいけない問題なのだろうと思います。もちろん、著者の予想は当たっていないかもしれません。しかし、シンギュラリティに目を奪われて、他の未来を考えることが難しくなっているとしたら、それが本当の危機を招くことになるのかもしれません。

そう考えると著者の指摘は、AIやシンギュラリティにとどまらず、未来予測全般や科学者のあり方についても有益な示唆を与えてくれているように感じます。もちろん、科学者であっても未来に根拠のない夢を持つことはあるでしょう。しかし、夢(や、その反対としての未来への恐れ)を語るだけでは、科学者や技術者の役割の一部しか果たしていないのだと思います。夢や恐れ、すなわち可能性を語るなら、その蓋然性を少しでも明確にすることを目指して、考えたり、調べたり、行動したりすることが科学に携わるものに求められていることなのではないかと思います。


文献1:Jean-Gabriel Ganascia2017、ジャン=ガブリエル・ガナシア著、伊藤直子監訳、小林重裕他訳、「そろそろ、人工知能の真実を話そう」、早川書房、2017.
原著表題:Le mythe de la Singularité - Faut-il craindrel'intelligence artificielle ?

参考リンク

「日本流イノベーション」(吉村慎吾著)より

イノベーションを進めるには、何に取り組むか、どう取り組むかの両方を決める必要があります。この問いに対する答えはそう簡単には出ないものですが、そのイノベーションのニーズはあるか、自分たちには何ができるのかが重要であることは言えるでしょう。

今回は、日本社会における将来のニーズと日本企業の特性に基づいてどのようなイノベーションを進めるべきかを議論した、吉村慎吾著「日本流イノベーション 日本企業の特性を活かす成功方程式」[文献1]の中から参考になりそうな議論をまとめ、これからのイノベーションが取り組むべき課題と取り組み方について考えてみたいと思います。

はじめに
・「テクノロジーが進化すると、必ず技術的失業者と技術的倒産企業が生まれる。蒸気機関という汎用技術が発明されて第一次産業革命が起きた。・・・第二次産業革命は電力とモーター、化石燃料による内燃機関という汎用技術によってもたらされた。・・・第三次産業革命はコンピューターとインターネットという汎用技術がもたらした情報通信革命だ。・・・そして今、AI、IoT、ロボット、3Dプリンターという技術が汎用技術化して第四次産業革命が起きている。[p.3-4]」
・「これからはIoTによって日本が得意とする健康、医療、介護、製造現場、土木建築現場、自動走行などリアルな世界のデータをめぐる戦いが始まる。[p.5]」「現場に入り込んでもん絶した者でなければわからない知恵と経験にAIやロボットといったテクノロジーが掛け合わされて真のソリューションとなる。・・・2050年には世界中のすべての国が少子高齢化する。課題先進国日本が先んじて生み出したイノベーションが世界に輸出されて世界を救うことになるだろう。[p.9]」

1章、破壊的イノベーションの予兆
・まず著者は6つの特徴的な事例を上げて最近の技術と社会の変化のトレンドについて説明しています。
・ウーバライゼーション(シェアリングエコノミー):配車アプリのUber、民泊マッチングサービスのAirbnb、カ―シェア、駐車場シェアのakippa、テーブルシェア(MealshareFeastly)、ファッションやおもちゃのシェア、ヒマ人シェアのInstacart、クラウドファンディング、個人間でのお金の貸し借りをするソーシャルレンディングなどを例示し、「シェアリングビジネスの台頭によって、PtoPの直接マッチングがほとんどコストゼロで実現され、中間業者が排除されつつある。[p.27]」「有休資産の共有によって社会の無駄を取るのがシェアリングビジネスである。[p.28]」「シェアリングエコノミーは評価エコノミーでもある。ホストと同様、ゲストも5段階で評価されている。・・・シェアリングビジネスが人々の立ち振る舞いを優良に導いている。[p.30]」「西海岸を調査したところ、カ―シェア車両が市場に1台投入されると自家用車が15台減るという傾向が明らかになった。[p.31]」「消費者向けの製品やWebサービスに関しては、大企業の出番はなくなった。大企業の活躍の場所は、新幹線とか原子力発電所を造るとか、炭素繊維を40年かかえて研究開発するといった、桁違いの金額と桁違いの長期投資が必要な領域に限られてくるだろう。[p.39]」と指摘しています。
・IoTによる生産性革命と新ビジネスモデル:著者は、IoTを、「すべてのものをインターネットで繋いで世界を最適化しようとする動き[p.42]」と捉えています。コンプレッサーを製品として売るのをやめて、圧縮空気を従量課金する」ようにしてIoTによる最適運転で省エネしたケーザー社、サーモスタットのNest社の例を紹介し、「IoTはモノのクラウド化(オンデマンド所有)を可能とする仮想化技術といえる。[p.48]」としています。
・すべての製造業はサービス業となる:まず、「ビジネスのバリューチェーンの中でもっとも付加価値を生んでいる工程が、ビジネスの企画とブランディングの段階なのだ。ビジネスモデルのトータルデザインが最重要で、製造工程ではほとんど付加価値は生まれず、販売やアフターサービスで再び付加価値を生み出す[p.49]」という「付加価値創造のスマイルカーブ」を紹介しています。そして、「ディープラーニングという発明によって、AIの能力も飛躍的に向上する目処がついた[p.52]」「センサーの価格が劇的に下がり、通信コストが劇的に下がり、今まで取れなかったデータが格安で手に入るようになった。そうやって収集されたビッグデータを解析するコンピューティング能力が劇的に向上した。センサー、通信、コンピューティングパワー、三者のコストの劇的な低下がハードウエアの総体的な価値低減をもたらしたのだ。[p.58]」として、GEのイメルトの「『すべての製造業はソフトウエアカンパニーになるしかない』[p.59]」という言葉を引用し、「製造業からソリューション提供業というサービス業に転換しなければ生き残れない[p.60]」と指摘しています。
・無人化と人間の超人化:プログラム不要でAIが学習できるリシンク・ロボティクス社のロボット、バクスターや、AIパーソナルバトラーのアマゾンエコー(アレクサ)などを例に、著者は「AIとロボットを活用することによって産業のあらゆるシーンで無人化と人間の超人化が進んでいる[p.71]」「AIやロボットを活用した無人化や人間の超人化は少子高齢化による人手不足や団塊世代の大量退職による技術伝承問題を解決する日本の切り札だ。[p.73]」「AIの特性を考えたとき、人間に残されるのはAIやロボットが苦手なこと、つまり人の心を扱う仕事と高度な創造性を扱う仕事となるであろう。[p.74]」と述べています。
・ニーズの多様化とパーソナライズ:「ネットやスマホ、SNSの普及によって価値観やライフスタイル、趣味趣向が多様化し、メガヒットが消えて、需要がロングテール化した。・・・もはやマスが存在しないのでマスメディアが成り立たない・・・あらゆる産業で、多様なニーズに対してパーソナライズして対応できる企業が生き残るであろう。[p.78-79]」
・「モノ消費」より「コト消費」 物質的欲求から自己実現欲求へと向かう人々:「物質的な欲求が満たされて、人は良好な人間関係と自己実現を手にするための『コト消費』に向かっている[p.83]」

第2章、第四次産業革命と日本が生み出すべきイノベーションの方向性
・「2050年には世界中のすべての国が少子高齢化問題を抱える。日本人の平均寿命の予測は90歳である。国連予測では世界人口は100億人となり、その大部分が大都市に暮らしている。AIとロボットによって第一次産業と第二次産業の就業人口は限りなくゼロととなり、世界のほとんどの人々はまだ見ぬ新たなサービス業に従事している。我々は新しいサービス産業を生み出し続けなければならない。そのヒントは課題先進国日本に溢れている。2050年、課題先進国日本の社会課題を解決するソリューションビジネス(新たなサービス産業)が世界に輸出されて世界を救うことになるだろう。[p.108]」
・「第四次産業革命の中、日本の製造業がやらねばならないのはAI、IoT、ロボット、3Dプリンターといった汎用技術を駆使した『生産性イノベーション』だ。[p.108]」「AIとロボット、3Dプリンターによって高度に無人化と知能化が進んだ工場は、マス・カスタマイゼーションが可能となる。・・・今後数十年、工場を保持し続けたいのならば、無人化による高いコスト競争力は必須である。そしてその先も工場としてとどまりたいのならば、エリアで必要な全ての製造をマス・テーラーメード生産するビジョンを描いておく必要がある。[p.110-111]」
・「サービス産業は密度の経済性が利く。・・・すべて生産と消費が同時だ。在庫をためておくことができない。人口密度を高めると生産性が自動的に向上する。魅力的なサービス業が大都市で次々と生まれ、育ち、大都市はますます若者にとって魅力的な場所となっていく。[p.112]」
・「日本は少子高齢化、年金問題、介護問題、エネルギー問題といったさまざまな課題を抱える課題先進国だ。便利を追求するイノベーションの前に、解かなければならない課題が溢れている。・・・課題先進国の日本に住んでいることはビッグチャンスなのだ。世界に手本はない。トライアル&エラー(試行錯誤)で日本人がイノベーションを起こすしかない。[p.121]」
・「生活不安が消えたら、人々が次にめざすのは人との繋がりと自己実現だ。お金のあるシニアや貯金好きの若者の財布の紐を緩めたくなる魅力的な新サービスを次々に生み出して経済を活性化させなければならない。自己実現欲求とは理想の自分や理想の作品を創造するモチベーションだ。キーワードは『学びと成長』だ。・・・理想の自分や理想の作品を創ることを支援するサービスには財布の紐が緩む。[p.129-130]」「『自己実現支援イノベーション』は日本人と日本経済を元気にするイノベーションだ。[p.135]」
・「世界最先端で少子高齢化を進む課題先進国の日本は、第四次産業革命とシェアリングエコノミーの拡大によって、縮小する経済の中で国民が幸福度を上げていくという、世界がまだ誰も体験したことのない『東洋の奇跡』を生み出す可能性がある。・・・『モノの豊かさ』ではなく、『心の豊かさ』で『世界のお手本』となることが課題先進国に住む日本人の使命なのだ。[p.137-139]」

第3章、日本企業からイノベーションを生み出すセオリー
・「やるべきことはわかっていても、日本の大企業からイノベーションを生み出すのは容易ではない。[p.151]」「経営陣が全体像を捉えるのは簡単ではない。『メンタルモデルの罠』があるからだ。・・・コダック、ATTIBMの悲劇の共通項は経営陣のメンタルモデルである。・・・各社の経営陣は・・・『現時点の傾向』をあたかも未来永劫続く絶対的な『真理』のように捉えて疑わなかったのだ。[p.155-157]」「メンタルモデルを乗り越えてイノベーティブプロジェクトがスタートしても、大企業のオペレーター経営者が善意でイノベーターを潰してしまう。・・・オペレーター経営者はリスクと失敗の責任を取ることが嫌いだ。すべての問題は論理と分析によって解決可能と信じている。・・・イノベーションにトライすると多くの失敗を体験するがそれは失敗ではなく『学習』なのだ。・・・誰も責任を取りたがらない『大企業病』と、オペレーター経営者の事業計画至上主義が企業を死に追いやるのだ。[p.159-162]」
・他の国民と比べたとき、日本人とその働き方には、・勤勉で責任感が強い ・仲間に対する忠誠心が強く役割を超えて助け合う という特性があることに気付く。・・・ところが、・・・この美徳は、その裏返しとして、時として、・責任感が強いため『失敗を避ける』 ・仲間をおもんばかり『合理』よりも『情理』で意思決定する というネガティブとして表出する。[p.165-167]」
・「『強い使命感』と『イノベーティブなビジネスモデル』に『高い行動学習力』が備わったとき、イノベーションの成功確率は飛躍的に上がる。『強い使命感』を生み出すのは『組織のミッション(存在意義)』だ。『勤勉で責任感が強い』日本人は自分の利益よりも『仲間に対する責任感』でより頑張れる。・・・『強い使命感』を生み出すためには、Why?から始めなければならない。自分の存在意義は何か?我われの存在意義は何か?不退転の覚悟で取り組むべき領域はどこなのか?『自分の存在意義』と『組織の存在意義』が重なったとき、そこに企業内起業家であるイノベーターが生まれる。[p.175-177]」「思いつきで新事業を始めてはダメだ。・・・会社として使命感(ミッション感)が湧き上がってこないならばプロジェクトを始めるべきではない。[p.177-178]」
・「あなたの会社が加工製造業ならばその技術をさらに高めて切り開ける新分野はほぼ消滅していると思ったほうがよい。最初に消えたのは土木建築のフロンティアだった。そして石油化学のフロンティアも消えた。機械工学のフロンティアも消えつつある。やがて電気、電子が消え、大きなフロンティアが残っているのは、ソフトウエア、サービス、ナノテクノロジー、ロボット工学、遺伝子工学、宇宙資源開発である。自社が製造業で、ナノテク、ロボット、遺伝子工学などのハイテクカンパニーならば、研究開発型企業として今まで通り技術イノベーションを志せばよい。ただ私の知っている限り、多くの企業はローテクカンパニーだ。長い歴史から来る取引慣行によって守られているだけの企業が多い。・・・『価値』と『誇り』を中心として、自社を未来へと導いてくれる新ミッションを発見し、そのミッションの制約の中で歯を食いしばってイノベーションを生み出すことをお薦めする。[p.184-185]」
・「『強い使命感』が生まれたら、次につくるべきは『イノベーティブなビジネスモデル』だ。[p.192]」「優れた事業モデルを理解するためにワークハピネス社が開発したビジネスモデル・ピラミッドを紹介しよう。ビジネスモデル・ピラミッドの構成要素は、組織のミッション、事業ビジョン、事業コンセプト、顧客、提供価値、提供手法、そしてそれを実現可能とする環境要因で構成される。[p.193]」「事業モデルを考えるときに、『環境要因が整っているか?』を検討することは大変重要である。[p.195]」「最新のビジネスモデルをビジネスモデル・ピラミッドといった一覧で理解可能なカードにまとめて大量にレビューするとビジネスモデルを考えるセンスが上がる。イノベーションは異質の組み合わせだ。[p.198]」
・「新規事業立ち上げにおけるPDCAにおいて、PPlan)の重要性は限りなく低い。事業計画書(ビジネスプラン)をいくら作り込んでも無意味だ(新工場の立ち上げの事業計画書は意味がある)。・・・新規事業はやってみなければわからないことだらけなのだ。・・・調査・計画の時間はなるべく少なくして、迅速に実行して現実から学ぶ。・・・事業計画書至上主義者には、『調査すればすべてのリスクは洗い出せて不確定要素は確実に減らせる』という前提がある。この前提は『新工場の立ち上げ』というテーマには当てはまるかもしれないが今まで世になかった新製品や新サービスの立ち上げの場合にはまったく当てはまらない。[p.202-203]」
・「イノベーションプロジェクトは時間の経過とともに恐怖の山が高まってくる。この山を乗り越えればイノベーションが生まれる。だが、多くのイノベーターの卵たちはこの山を乗り越えられず、恐怖の山に押し潰されてしまうのだ。ならば、どうすればよいのか? 恐怖の山を下げてあげることだ。イノベーションプロジェクトに関わる人々を、既存事業のオフィスから離れた、出島に集積して、雑音からプロテクトしてあげるのだ。・・・事業計画を業績評価の物差しにすることをやめて、行動学習量を評価基準にして、評判を守ってあげるのだ。[p.214-215]」
・「イノベーションが生まれ続けている組織を観察するとそこに3つの共通項があることに気付く。1、明確なミッション(使命・存在意義) 2、限りなく少ないルール 3、異質の尊重 である。[p.217-218]」
・「一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターが行なった『起業家精神に関する調査(GEM調査)』によれば、起業家が生まれる条件は、『起業家を身近に知っている』『企業のチャンスが溢れていると思っている』『企業のやり方を知っている』の3つだ。[p.223-224]」「イノベーターが次々と生まれる企業となる条件も、『イノベーターを身近に知っている』『イノベーションのチャンスが溢れていると思っている』『イノベーションの起こし方を知っている』の3つだ。[p.225]」

第4章、第五次産業革命は来るのか?
・「第四次産業革命が果てまで行き着いて、基本的欲求をAIとロボットが満たしてくれる社会が到来したとき、全人類が自己実現を追求する社会が到来する。第二次ルネサンスが起こるだろう。・・・生活のために働く人が一人も存在しない世界になったとき、もはや産業という概念はないから第五次産業革命は来ないだろう。人類の好奇心と探究心は止めることができない。[p.251-252]」
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どのようなイノベーションに取り組むべきか、を考える著者のアプローチは、起こり得る未来の予測が基本になっているようです。果たして著者の予測どおりになるのかは、残念ながらはっきりとは言えません。ごく普通の技術者であれば、著者の予測に反するような事例を即座に2つ3つ上げることも可能だと思いますし、推論や議論自体もかなり確実性に幅があるように感じるところもあります。しかし、大筋では、著者の予測はかなりの確率で実現するのではないか、という気が個人的にはしています。著者の予測は確実ではないかもしれませんが、だからといってその可能性を考慮しないわけにはいかないだろう、という説得力を感じました。ただ、実務家にとっては、そうした未来の実現がいつごろになりそうか、というタイムスケールも問題になります。遠い未来に起こることは予想できたとしても、5年後、10年後にどうなっているかが現実的には重要です。分野によっても変化の速度は違うでしょうし、到達点も違うのかもしれません。読者自身が本書の情報を足がかりとして、周囲の状況に気を配り、自ら判断していくことこそが求められるのだと思います。

どうイノベーションに取り組むべきかについては、ビジネスモデルの重視、行動からの学習の重視など、最近のイノベーションの方法論の提案の方向性と大きな違いはないように感じます。本書で第四次産業革命とされているような世の中の動きを前提として考えても、イノベーションの方法論は、計画重視から学習重視になりつつあるということでしょう。ただ、この第四次産業革命の進展とともに、今までのように金銭的利益を求めることが今後もイノベーションの駆動力になりつづけるのかどうかについては興味のあるところです。イノベーションのあり方自体も変わっていくのかもしれません。

いずれにしても、未来予測はあくまで予測です。こんな未来が来るかもしれない、として考えを広げることは非常に有意義なことですし、そこで生まれるチャンスに賭けてみることも重要ですが、基本的には予測どおりになることもならないこともあるという前提で考えるべきでしょう。未来予測の精度をなるべく上げ、なるべく望ましい未来となるように世の中を変えて行こう、ということを常に念頭においてイノベーションを追求することが重要なのだと思います。


文献1:吉村慎吾、「日本流イノベーション 日本企業の特性を活かす成功方程式」、ダイヤモンド社、2017.

 

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