研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2017年12月

「実践するオープンイノベーション」(トーマツベンチャーサポート著)より

イノベーションの実現においては協力が重要である、ということに異論のある方はほとんどいないでしょう。その協力の範囲を自組織外に広げ、外部との連携を活用してイノベーションを進めようというオープンイノベーションは、イノベーションの可能性を広げる手法として有効であることも多くの方が認めておられると思います。ただ、それをうまく実行するには様々な困難があるという指摘も多く、具体的にどう実践していけばよいのかがはっきりしないこともあって、なかなか取り組みにくいと思われている方も多いのではないでしょうか。

しかし、オープンイノベーションの活用例がだんだん増えてきているのは確かなようです。今回取り上げる、トーマツベンチャーサポート著「実践するオープンイノベーション」[文献1]では、オープンイノベーション事例の紹介とともに、どんなところが難しいのか、どんなところに注意すればうまくいきやすいのかについて考えるヒントが述べられていますので、興味深く感じた点を中心にご紹介させていただきたいと思います。

Chapter
1、日本企業のオープンイノベーションはなぜうまくいかないのか?
・「日本企業の多くが、ベンチャー企業や大学など社外の組織と連携するオープンイノベーションに取り組み始めています。その最大の理由は、市場が成熟して成長が鈍化する中で、技術など自社のリソースだけに頼った『自前主義』による新製品や新規事業の立ち上げが限界に達しているからです。[p.14]」
・「日本の大企業は人材や資金、技術といったリソースを豊富に抱えているにもかかわらず、なぜオープンイノベーションを実現しにくいのでしょうか。まず、考えられるのは、リスクを回避し、自らが所属する部門の事情を優先する部分最適を優先してしまう大企業病が組織の中に拡がり、イノベーションを阻害しているからではないでしょうか。[p.20]」「大企業になると、既存のビジネスにより一定の収益を確保しています。確立した市場があり、製品の完成度やサービス提供の習熟度も上がっています。ですから、今の流れをそのまま維持しようという意識が自然と高くなるのです。実際に製品やサービスを売る事業部は、新しい領域でビジネスを始めることで、現在収益を確保している既存ビジネスの足を引っ張りはしないかと不安に感じ、なかなか新規事業に踏み出そうとはしません。また、ベンチャー企業と連携をする際には、知財部や法務部の承認が必要なことが多いのですが、これらの部署もなかなかオープンな発想ができません。知財部は外部に自社の知財情報を開示することは、自社の技術やノウハウの外部流出につながるリスクが大きいと判断してしまうことが多いのです。また、法務部はベンチャー企業のような小さな会社はコンプライアンスの徹底が不十分で訴訟に巻き込まれるリスクがあるなどと考えがちです。大企業病にかかった組織は、『自前主義』の限界に気付いているにもかかわらず、その発想をなかなか切り替えることができないのです。[p.22-24]」
・「近年、『ガバナンス重視』や『選択と集中』という形で経営の効率性が重視されていく中で、大企業は事業部の中でも外でも無駄なものをどんどんそぎ落としてきました。・・・『遊び』の部分、創造性につながる余裕が失われてしまっています。これも、大企業から新規事業のアイデアが生まれづらくなっている原因ではないでしょうか。・・・結果的に、既存事業の流れを色濃く反映した新製品はそろえられるものの、そこからはみ出した新しいビジネスモデルやイノベーティブなアイデアは具現化しづらくなってきているのです。[p.27-30]」
・「欧米の大手企業では、トップダウンでイノベーションの大きな目標を掲げています。トップが大きな目標を掲げ、一気にイノベーションを進めていくことも、オープンイノベーションに手こずる多くの日本企業に不足している点でしょう。[p.30]」

Chapter
2、オープンイノベーションを受け入れる土壌づくり
・「オープンイノベーションを進める第一歩となるのは、社内の文化を塗り替えていくことです。他社の取り組みをまねて仕組みだけを取り入れても、それに前向きに取り組む人材がいなければ、オープンイノベーションは決して動き出しません。[p.37]」本書では「社内勉強会[p.38]」や「社外のイベント[p.40]」で人脈を広げることが紹介されています。
・「日本企業の場合は、・・・全社戦略が欠けているため、オープンイノベーションに対する動機が曖昧です。オープンイノベーションについても『周りの企業が始めているから、うちもやらなくてはいけない』といったような曖昧な考えで取り組んでしまいがちです。これでは、オープンイノベーションへの取り組みは盛り上がりません。[p.44-45]」
・「次にぶつかる課題が、管理職の上司や経営陣の理解を得ることです。ベンチャー企業との協業という不確実性の高い案件に対して、いかに上司や周りのステークホルダーを巻き込んでいくのか。これは相当に高いカベになります。[p.48]」
・「日本の大企業は、既存事業のオペレーションを円滑にすることには長けていても、新しい仕事を始めることは現在の仕事を阻害しかねない要因として、ネガティブに捉えがちなところがある[p.52-54]」。
・「上司や事業部門などの抵抗に遭い、なかなか新規事業が進展しないときに効果的な方法があります。1つ目は、社員の意識を変えるときと同様に、社外からベンチャー経営者を読んで、社内でピッチイベントなどを開催する方法です。・・・それ以上に効果的なのが、反対派の上司や事業部の責任者にベンチャー経営者と実際に会ってもらうことです。[p.57]」「有効なもう1つの方法がメディア掲載によるブーメラン効果を利用する方法です。[p.59]」
・「オープンイノベーションの目標を決める際には、どのような経営資源を社外から獲得すればいいのかをしっかり議論する必要があります。これを考えるにあたっては、まず社内の技術などのリソースを棚卸ししなくてはなりません。社内で『何が自分たちのコア技術なのか』『ここだけは絶対に譲らない』『社外に公開しないという技術はどれか』を明確にします。こうした方針を『オープンクローズ戦略』といいます。・・・全てをオープンにし合う必要はありません。多くの企業がここだけは絶対に外部には公開しないという領域を決めています。[p.61]」
・協業の目的の4つのパターン:1、新技術の獲得、2、人材の確保、3、新事業分野の取り組み(顧客・製品・人材の一括取得)、4、マーケット拡大(海外市場への展開)[p.65
・ベンチャー企業との付き合い方:1、ベンチャー企業に過度な期待を抱くなかれ(一緒に何ができるかを前向きに考える、評論・批判はしない)、2、ベンチャー企業にとってのメリットを考える(ベンチャー企業の目的は大企業との協業ではない)、3、ベンチャー業界では誠実に対応すべし(悪い噂が立たぬよう)[p.67
・「新規事業に取り組む際には、複数の事業を並行して進め、小さくても構わないので成功例をいくつも積み重ねることが重要です。[p.69]」
・ヤマハの事例インタビュー:社内を対象にしたアイデア提案制度「バリューアンプリファイヤー」、社外のベンチャー企業との協業に取り組む。「社内からの提案を募集するだけでは、発想が均質化してしまう可能性があるので、社外のアイデアを取り入れることは重要[p.81]」
・オリンパスの事例インタビュー:MITメディアラボと共に生み出したカメラ「OLYMPUS AIR」事例。

Chapter
3、オープンイノベーションの仕組みを構築する
・社内ベンチャーの状況変化:オープンになったこと、仮説の検証(プロトタイピングなど)、事業規模を追いすぎないようになったこと[p.102-103
・新規ビジネスのコンテスト:アイデア出しから事業化に向けたブラッシュアップへ。「ベンチャー企業からの応募を待って提携先候補を探す仕組み」[p.108-111
・コーポレート・ベンチャーキャピタル:「積極的に自社と相乗効果がありそうな提携先を探すための仕組み[p.111]」
・「日本の大企業は一般に意思決定に時間がかかり、ベンチャー企業とは事業化に対するスピード感がかなり異なります。これが、大企業単独では新規事業が大きく育ちにくい要因の一つです。[p.116]」「この課題を解決するためには、ベンチャーとの協業に限り、あらかじめ、意思決定のフローを簡素化することです。[p.117]」「判断をスピードアップするには、判断基準を明確に定めることも重要なポイントになります。[p.119]」「実際に新規事業を始めてからは、目標達成の期限をきちんと定め、継続か撤退かの判断を素早くすることが重要になります。・・・こうした見極めをするため、新規事業を担当する現場では、事業計画の論拠となる数字を現実的なものにしていく必要があります。[p.120-122]」
・「オープンイノベーションの仕組みを継続するために大事なことを挙げておきましょう。それは、戦略的な投資を継続することです。・・・成功するまでには時間がかかることを理解して、継続し続けることが大切です。・・・ただし、見守ることと放置して塩漬けにしてしまうこととは違います。個々の新規事業についてはきちんと目標数値を定め、3年程度をメドに継続か撤退かを細かく判断して軌道修正をしながら、中長期の目線で『次世代のコア事業を育てていく』と考えることが必要です。[p.122-123]」
NTTデータの事例インタビュー:ベンチャー企業と大企業とのビジネスマッチングの場である「オープンイノベーションフォーラム 豊洲の港から」、NTTデータとの協業をベンチャー企業が提案する「オープンイノベーションビジネスコンテスト」。「『社内だけでは革新的なビジネスモデルは生まれない』という課題感があった。[p.125]」「オープンイノベーションの難しいところは、実は社外の人を集めることではなく、社内のイノベーションの受け皿をつくらなければ、・・・新しいビジネスはつくれないということ[p.130]」。「世界中で多くの新しいビジネスが生まれている今の時代に、情報を社内に囲い込んでいては戦うことはできない。こういうベンチャー企業に来てほしい、こういうビジネスを生み出したいと発信しない限り、人も情報も集まりません。だから、企業戦略上、できる限りの情報を開示しています。ただし、情報を出すからには必ず勝つ、そういう戦略性を持って出していくことが大事だと思っています。[p.137]」
・東京放送ホールディングスの事例インタビュー:「シナジーを生む企業にCVCで積極投資」。「社内だけで考えていても、いつも同じような保守的なアイデアしか出てこない。[p.142]」「CVCの運用で得られるリターンは大きく2つに分かれると考えています。ストラテジックリターン(投資先の経営に深く関わり、本業とのシナジーを生み出すことを狙う)とファイナンシャルリターン(株式投資による運用益の確保を狙う)です。・・・ファイナンシャルリターンを確保して、社内の理解を得るためにうまく使いことが、ベンチャーへの投資を長く続けていく上で重要だと思います。[p.145-146]」

Chapter
4、オープンイノベーションの仕組みを軌道に乗せる
・大企業がベンチャー企業と組んで新規事業を始めようとしたときに陥りやすい失敗のパターン:「1つ目は、規模の違いでつまずくパターンです。・・・新規事業開発ではいきなり100億円の事業計画を描くことは達成のハードルと失敗したときのリスクの両方が高くなりすぎてしまいます。1億円、10億円というサイズの事業計画を描いて、そこからさらにうまくいくものは100億円、1000億円に育てていくという目線を持つことが大切です。[p.156-157]」「2つ目は、スピード感の違いでつまずくパターンです。・・・大企業側の担当者が社内の通常通りの手順で稟議を全部通そうとすると、ベンチャー企業のスピード感には合いません。[p.157]」「3つ目は、お互いのインセンティブの違いをしっかり理解しておらず、いつの間にか両者の気持ちがすれ違いつまずくパターンです。大企業で働くビジネスパーソンは、『ベンチャーの社長は、技術ライセンスでお金を受け取れば喜ぶだろう』とか『うちとビジネスの座組みができれば喜ぶだろう』などと上から目線で考えがちです。・・・ベンチャー経営者は・・・『この人は自分と同じ夢を見てくれているのか』『自分のビジョンに付いてきてくれているのか』という点を感じ取っています。・・・ビジョンを重んじる気持ちが理解できないという大企業の方・・・はマインドを変えることが必須です。[p.158-159]」
・「オープンイノベーションの実現は簡単ではありません。・・・どんな大企業も、目利き違いによるパートナー選びのミスなど、小さい失敗を重ねた結果としてイノベーションが花開いてきたのです。オープンイノベーションを社内に定着させるには、失敗を経て獲得したノウハウを保持し続けられる環境を整えておくことも一つのポイントになります。・・・社内にベンチャー企業に対する目利き力のある人材を育て、オープンイノベーションを成功に導くには、経営幹部は長い目で見守り、担当者をむやみに異動させないようにすべきです。[p.172]」「このように、オープンイノベーションを軌道に乗せるためのカギは、社内の仕組みや考え方の中により多く存在しています。[p.174]」
・ソニーの事例インタビュー:「2014年4月、ソニーは新規事業創出プログラム『SeedAcceleration Program (SAP)』をスタートした。社長直轄のプログラムで、社内の新規事業立ち上げを支援する。同プログラムでは、既存領域にとらわれない新しいアイデアを社員からオーディションなどで募集。誰でも新規事業の立ち上げに挑戦できる環境を整えた。[p.179]」「SAPで重視しているのは・・・1つはオープンイノベーションの推進です。・・・2つ目が(立ち上げる案件の)収益化です。・・・3つ目が自分の提案した案件に対して最初から最後まで関わるというE to E (End to End)の発想です。・・・小さい段階では一人数役をこなす方がスピーディーに回せます。[p.182-183]」「数値目標は公表しないようにしています。・・・数字には魔力があり、掲げてしまうとみんなそれに向かってやりたがってしまうんです。例えば『10個の新規事業を生み出す』という目標があると、新規性の薄い事業でも10個やろうとしてしまう。それでは本末転倒です。[p.187]」「16年度からは社外向けの取り組みも始めました。それが『Sony StartupSwitch』というベンチャー企業向けのビジネスコンテストです。[p.188]」
・東京急行電鉄の事例インタビュー:「2015年6月にベンチャー企業との事業共創を目指す『東急アクセラレートプログラム(TAP)』を立ち上げた。[p.193]」「シードステージからアーリーステージに入ったベンチャー企業が事業を成長させていくときに、店舗やブランドといった有形、無形両方のアセット(資産)や販売チャネルなどの事業リソースが不足していると気付きました。そうした事業リソースを提供できるのは、VCでも政府でもなく、実際に事業をしている事業会社しかありません。ですから、TAPは事業会社のリソースをベンチャー企業に提供してその成長を加速(アクセラレート)していくプログラムにしました。[p.196]」「出資する場合は連結対象にならないようにしています。なぜかというと、東急電鉄の連結対象会社になってしまうと、ベンチャー企業に対しても上場会社と同じ監査基準を適用されてしまいます。[p.201]」

Chapter
5、ベンチャー企業とうまく連携する
・「大企業とベンチャー企業とでは事業に対するスピード感やモチベーションの方向が異なっています。また、規模や安定性を強みとする大企業とは異なる良さを持っているのがベンチャー企業です。この違いを理解して対応しないと、連携はうまくいきません。改めて、ベンチャー企業の特徴を大きく3つに整理してみましょう。1つ目の特徴は、新しい分野でいち早く事業化に着手しているため、先行者利益に相当する資産を持っているという点です。技術的な優位性も重要ですが、それよりもこの先行者利益があることの方が大きな魅力です。・・・2つ目の特徴は、コンパクトな組織なので事業展開のスピードが圧倒的に速いという点です。3つ目の特徴は、思い切ったビジネスモデルなどにチャレンジできるという点です。・・・大企業が取り組もうとするよりも社内や取引先とのハレーションが少なく、既存商品が優れているが故に新しい顧客のニーズに目が向かないというイノベーションのジレンマの影響を受けにくいのです。[p.206-207]」
・連携相手に対する理解不足による失敗例:「親会社同様の管理会計のルールを押し付けてしまうなどした結果、ベンチャー企業は持ち前のスピード感を失ってしまった」、「人材確保のための買収という一面もあったのですが、モチベーションを失ったベンチャー側の人たちが早々に辞めてしまいました」、「実際に仕事をする事業部門は連携について考えたこともなかったため、現実の連携はいつまでも進みませんでした」
・ベンチャー企業との連携、M&Aをする場合に意識すべき4つのポイント:1、意思決定のスピードを落とさない、2、ベンチャー側のマインド・モチベーションを阻害しない(「ベンチャー側のリソースを生かすためには、買収後もベンチャー側の判断の自由度を確保して親会社の関与はできるだけ少なくすることを意識すべき[p.217]」)、3、取りこむ「人材」のモチベーション維持を考える(「大企業が持つ資産を組み合わせることで、もともとベンチャー企業が持っていた目標の実現がやりやすくなったと実感してもらうこと[p.217]」)、4、技術を取り込む前に社内の理解を得る(「大企業の事業部門や研究開発部門には『自前主義』の発想が根強く残っている[p.218]」)
・ベンチャー企業と新規事業を立ち上げる6つのプロセス:1、「市場を調査したり情報を収集したりして、どんな協業をするかのアイデアを蓄積するアイデアインプット」、2、「具体的に、誰にどんな価値を提供するのか、またマネタイズの方法をどうするのかなど、ビジネスのストラテジー(戦略)を決める」、3、「どれくらいの期間でいくら予算を使うのか、またいつまでに投資回収するのかなどの事業計画をたて・・・、大企業では事業計画を稟議にかけて社内の承認を得る」、4、「実際にシステムを組んだり、リーガル(法務)のチェックをしたりする」、5、「実証試験・・・その商品やサービスにニーズがあるのかを確認する」、6、「商品やサービスの販売を始める」[p.221-222
・「特に大事な・・・実証試験による検討では、まず大前提として、協業の目的を明確にすることが重要です。・・・ベンチャー企業は全てをもたらしてくれるわけではありません。ベンチャー企業と実現したいことは“何か”を明確にすることが一番大事・・・。大企業は『己を持つ』ことが非常に大事で、協業ありきではなく、自分たちが何を生み出したいかをしっかり考えなければなりません。ベンチャー企業と組むことによって、本業とのシナジーを生み出したいのか、ITの技術や人材等、自分たちの弱い部分を補いたいのか、協業する目的が必ずあるはずです。漠然と“何かしたい”ではなく、それを分解して具体的なバリューチェーン(事業の付加価値を生み出す活動の連鎖)に整理すべきなのです。[p.222-223]」「1番目のアイデアインプットの段階から、提携できそうなベンチャー企業を探して相談を始める大企業が多いのですが、ベンチャーと具体的に協業を始めるベストな段階は、実は稟議が通った後の4番目以降なのです。・・・資金力に限りがあり、着手したらすぐ成果につなげたいベンチャー企業には、アイデアインプットの段階から大企業に付き合っている余裕はありません。[p.233-234]」「実証実験をする際に大事なことは、互いのゴールを明確にすることです。何をもって、この実験を成功とみなすのか、あるいは失敗と判断するのか、定量的に判断できる数値目標をしっかり定めてください。成功基準を定めると同時に、撤退基準も立てておくことが大事です。[p.225]」「実証実験の目的を明確にして、一定期間で成功か失敗か、結果を見極める。成功なら事業化し、失敗ならその理由を確かめた上で軌道修正をして再び実証実験をする。そしてあらかじめ定めた期間内に実現できなければ潔く撤退する。このプロセスを速く回していくことで、事業創出のノウハウを蓄積していくことができるのです。[p.229]」
・弁護士鮫島正洋氏インタビュー:「今、私が問題視しているのは、中小企業の足元を見て無理難題を押し付ける大企業の行為です。これらの行為は違法、契約違反とまでは言えないことが多いのですが、自社および相手の利益を調和的に考えて進めるというビジネスの原則論を逸脱している行為なので、私は『モラルハザード行為』と呼んでいます。今やベンチャー企業が大企業を選んでいる時代です。中小企業やベンチャー企業を下に見るようなことを続けていれば、誰もそんな大企業と組みたいと思われなくなります。[p.234-235]」「大企業がベンチャー企業の能力を一方的に収奪するのでなく、互いに欠けている要素を補い合う対等な関係ができれば、日本は必ず強くなるはずです。これが本来あるべきオープンイノベーションではないでしょうか。[p.237]」

Chapter
6、取り組み始めた業界の現状を知る
・「製造業では、自社にない技術を外から調達することを古くから進めてきました。しかし、それは今、注目されているオープンイノベーションとは性質が異なっています。近年、特に注目が集まっているのは、どんな事業を手掛けるのかという『What』の部分をベンチャー企業のアイデアに求める協業です。ベンチャー企業のサービスに大企業が相乗りして、そのサービスが大きく成長するように支援し、結果として、それが大企業の新しいビジネスとしても伸びる。これが基本的なスタイルです。これに対し、製造業のオープンイノベーションは、産学連携なども含めて、昔から課題解決型がほとんどです。[p.242-243]」
・「中国の製造業では、ユーザーのアイデアも取り組む、従来にはない新たな形のオープンイノベーションが始まっています。[p.244]」(ハイアールのHOPE
・「日本の製造業の多くは、自社の課題解決に必要な技術を外部から取り入れる『課題解決型』の発想の範囲から今も抜け出せていません。従来は、基本的に子会社や系列で開発をした技術のすり合わせで解決を目指し、それが難しい部分だけ外部の技術を取り込む形で今までやってきました。そして、全てを社内で抱える自前主義に強みがあると言ってきたわけです。マーケットのニーズや課題がはっきり見えているところで戦うのであれば、誰もが必要だと思っているものを優れた品質で作ればよいので、今までのやり方でも生き残っていけるでしょう。・・・しかし、ロボットのような新しく、かつ市場のニーズが固まっていない分野では、今までのやり方はまず通用しません。・・・消費者の声を十分に取り込みながら、スピード感を持ってPDCAを回して市場のニーズを積極的に探していく必要があります。[p.250]」
・産業革新機構、志賀俊之氏インタビュー:「産業革新機構は、『オープンイノベーションにより次世代の国富を担う産業を創出する』ことを掲げた官民共同出資によるファンド。M&Aを通じた業界再編によるオープンイノベーションの推進や、日本全体の競争力強化につながるアーリーステージのベンチャー企業への出資に取り組んでいる。[p.263]」「日本のオープンイノベーションの状況をみると、正直うまくいっているとは言い難いですね。・・・これまでの日本は、自社の技術や製品に改善を重ねながらよりよいものにしていくという『持続的イノベーション』で戦ってきました。その発想から抜け出せないのです。・・・ハードに強い会社がいつまでも自社だけでビジネスをしていては、世界に勝てません。自前主義を捨て、他社との協業で世界と競争していくべきです。もうオープンイノベーションを進めないと勝てない世界になっているんです。[p.263-265]」「日本ではベンチャー企業が大きく育たずに研究開発が小粒になって、世界の競争の中で苦しんでいます。脱却するには、10のビジネスを開拓したベンチャー企業を大企業が100に育てるスキームがシームレスにつながることが大事なんです。[p.267]」「日本だけに限らず、自分が開発した技術にこだわり、他人が開発した技術は使いたくないというのは、世界的に共通する研究者の心理なんです。このカベを乗り越えるのは簡単ではありません。経営者が『ベンチャー企業の技術を使う』と強い意思を持って決断しなければ、オープンイノベーションは動かないでしょう。[p.270]」
---

オープンイノベーションは口でいうほど簡単ではない、というのは確かでしょう。しかし、様々な挑戦の実績から、どんな場合に成功しやすく(あるいは失敗しやすく)、その理由は何か、どんな場合に必要とされ、どんな場合に大きな成果が期待できるのか、ということがだいぶはっきりしてきたように思います。それぞれが置かれた状況によって、オープンイノベーションの必要性も、期待される成果も異なるでしょうし、その進め方も異なるように思われますが、オープンイノベーションは無視できないポテンシャルを持っていることはもはや疑う余地はないでしょう。

もちろん、本書の考え方には異論もあるかもしれません。しかし、オープンイノベーションと呼ぶかどうかは別として、イノベーションにとっては協力、協業が必要とされる場面が多くあります。そう考えると、本書の示唆や事例にはどんなイノベーションにも適用できるものも含まれているのではないでしょうか。何となくですが、オープンイノベーションという手法の普及が、ロジャーズのいう「初期採用者」から「初期多数派」の段階に入りつつあるような気もしますので、今後、普及が急加速するかもしれません。オープンイノベーションの手法がどのように洗練され、どんな成果が現れてくるのかには今まで以上に注目していきたいと思います。


文献1:トーマツベンチャーサポート、「実践するオープンイノベーション」、日経BP社、2017.

人の能力を引き出すマネジメントの基本(シャイン、尾川、石川著「組織開発と人的資源管理の進め方」より)

研究開発に限らず、人や組織の能力を引き出しメンバーに活躍してもらうことはよりよい結果を生み出すために有効な方法と考えられます。しかし、どんな点に注意して、どのように進めればうまくできるのでしょうか。

今回は、こうしたことを考えるうえでの基本的な考え方のひとつと言われるエドガー・シャインの考え方を簡潔にまとめた「シャイン博士が語る 組織開発と人的資源管理の進め方 プロセス・コンサルテーション技法の用い方」(エドガー・シャイン、尾川丈一、石川大雅著)[文献1]から、研究マネジメントに役立ちそうな内容を中心にご紹介したいと思います。

第1章、人的資源管理部門の役割変化 シャインが語る大変革の時代
・「今、組織に変革が求められている理由として、大きな4つの流れがあります。まず、①『技術の複雑化』が挙げられます。・・・次に、②『グローバル化』です。・・・3つめは③『文化の多様化』の影響です。・・・最後が④『情報技術(IT)』による影響です。[p.8]」
・「現代では、あらゆる職種や職能での複雑化・専門化が進んでいます。金融、財務、マーケティングといったビジネス上のどの分野も、より科学的に、より複雑に、より多くの技術の複合したものになってきています。そのため、そのような職種の人々は、より高度な訓練をし、専門性を高めていかなくてはならなくなっています。一方、組織の中でチームを編成する場合には、・・・部門を越えたクロス・ファンクショナルなチームでなければならないことがしばしばあります。以前は、そのような中でもお互いの仕事をよく理解し合って仕事することができていました。しかし今や、すべての人がそれぞれの分野の専門家であるという状況により、職能横断型チームの運営はより難しくなってきています。[p.8-9]」
・「職務のグローバル化に伴い、多様な国籍・人種で構成されるタスク・フォースやチームが増加しています・・・。グローバル化の第2のポイントとして、様々な国や民族の人々が働く組織内、特に作業チームやグループの中では、言語と言葉の意味の問題が起こることがあります。表向きは統一の言語で話していたとしても、言葉の微妙なニュアンスはそれぞれ異なっています。特に権限、つまり義務と権利に関する議論を扱う場合、その違いが顕著です。[p.9]」
・「ITの発達に伴い、組織内では、・・・非対面コミュニケーションが増加してきています。・・・これは非常に由々しき問題です。コミュニケーション理論においては、実際に顔を合わせないような場合、相手を本当に理解するのは非常に難しいとされています。・・・個人と個人の接触を伴わないリーダーシップや管理監督というものが、新たに上司に求められるようになるのです。・・・悪い面は、実際に顔を合わせることがなくなると、上司には部下の把握がさらに困難になるという点です。よい面は、上司と毎日顔を合わせなくてもよいことにより従業員の自由度が増し、その結果、与えられた権限に対し従業員が責任感を持って取り組むことができるという点です。・・・この先、新しいタイプのマネジメント理論やマネジメント手法が生まれていくことになるでしょう。[p/12-13]」
・「今日、ほとんどの企業が、社会の変化に対応していくために、自分たちの組織文化を変革させなくてはならないと模索し始めています。[p.15]」「文化とは、ある集団がその歴史の中で環境に対応して生き残り、またお互いに一緒に協力していく中で蓄積していった知識であるといってよいでしょう。組織文化は通常、会社の草創期に創業者によってもたらされます。・・・会社がうまく存続していけば、従業員は創業者が示す価値観やルールに従うようになっていきます。・・・つまり組織文化とは、過去の成功を反映したものであり、ゆえにそれを変えることは非常に困難です。しかし、この文化に基づく基本的想定や価値観が、役に立たなくなることがあるのです。そのような状況は大抵の場合、組織のおかれた環境の変化によってもたらされます。[p.15]」
・「これまで述べてきたような潮流は、リーダーシップというものに、どのような影響を与えるのでしょうか。まず最も大きな影響は、組織のトップや取締役会といった公式なリーダーが、意思決定のための十分な知識を持てなくなってきているという点です。これは、複雑性や多様性という問題によるものです。今や重要な決定に影響する専門的な知識のほとんどが組織の下層の人々のみが持つものとなり、取締役会やCEOが決定に関する十分な知識を得るためには、大変な時間と労力を要するようになっています。これまで、ほとんどの組織では、部下は上司を頼りにし、上司は部下の知りたいことを教えるというのが一般的なイメージであり、それこそがリーダーシップだということになっていました。しかし、この流れからいえるのは、将来的にこれとは矛盾したことが起こり、複雑で専門的な知識に関しては上司が部下を頼るようになるだろうということです。上司は部下から適切な情報を得られた時にだけ、適切な決定を下すことができるのです。そのためには、部下が自分の知っているすべての情報を安心して上司に伝えることができるような風土を作らなくてはなりません。つまり、・・・リーダーは部下に助けを求める立場なのであり、どんな悪い報告であろうと上司はそれを受け入れ対処してくれるという風土を作らねばならないのです。・・・私が考える最も重大なリーダーシップの変化は、部下に指示を出すという上司像からの変化です。上司はある意味ではグループ全体の僕(しもべ)であり、部下のために、部下たちがお互いに協力しうまく仕事を成し遂げることができるような環境を作り上げるのが上司の仕事になります。[p.17-18]」

第2章、キャリア開発と人的資源管理の実践 シャインが語るPCによるマッチング
・「組織が仕事に求めるものと個人の技術や能力のマッチング・・・のプロセスがうまくいくためには、何が必要となるでしょうか。まず組織は、自身の使命(ミッション)を理解し、職務を明確に定義していなければいけません。また、個人は、自分の能力を組織や社会が求めるものにまで高める必要があります。[p.32]」
・「外的キャリアとは、個人のキャリアにういて、外から見てどの段階にあるのかというステージ分けです。[p.35]」(学生→新入社員→エキスパート→リーダー→管理職→役員など)
・内的キャリアのステージ:「人は若い頃、自分は何でもできるのだと思っています。その後、経験を積んでいく中で、自分の興味や能力、適性がどんなことにあるのかが次第に分かってきます。・・・就職した後は、上司や同僚からの評価(フィードバック)によって、自分の仕事ぶりや適性を知ることになります。こういったフィードバックを受けることにより、・・・組織の中での自分の立ち位置というものが分かってきます。そして自分に対するセルフ・イメージもはっきりしてきます。第1に、自分は何が得意なのか、何に向いているのか、第2に、自分は何がしたいのか、何を得たいのか、そして第3に、自分はどういったものに価値を置くのか、ということです。私は、ここで確立するセルフ・イメージ――自分の適性、動機、価値観といったものを、キャリア・アンカーと名付けました。・・・このセルフ・イメージ=キャリア・アンカーができあがると、それはその先、転職をするか否かといったようなキャリアの岐路において、様々な選択に影響を与えるようになります。人的資源管理のシステムは、これに応えるため、仕事の質に見合った報奨や報酬を定めると同時に、様々な職種の様々なキャリア・アンカーを持った従業員に対応したものでなければならないのです。[p.35-36]」
・様々なキャリア・アンカーと人的資源管理システムを考える際の問題
①「『専門・職能別コンピタンス』と呼ばれるキャリア・アンカーを持つ従業員・・・は、特定の分野の能力を持っていて、それを生かして働くことを望んでいます。また、仕事を通し、特定の能力をどんどん高めます。エンジニアや営業担当者、コンピュータ・プログラマーといった職種がその典型で、常に自分の専門分野でのやりがいのある面白い仕事を求めています。彼らは、自分の能力に対し、市場価値にふさわしい給与を求めます(外部公平性)。また、・・・自分の才能を真に理解してくれる、同業種の仲間から認められることを求めています。・・・問題点は、管理職(ゼネラル・マネジャー)に就きたがらないことが多いということです。管理職になると、自分が楽しんでできるような専門的な仕事から離れ、多くの部下の問題に対処するといった、このキャリア・アンカーの人があまりやりたがらない仕事をしなくてはならなくなります。能力の高い専門職を管理職に登用し失敗する例が多いのはこのためです。[p.37]」
②「『全般管理コンピタンス』というキャリア・アンカーを持つ従業員たち・・・は、いわゆる管理職(ゼネラル・マネジャー)タイプで、管理職や重役になることを目指しています。・・・部下よりもどれだけ高い賃金をもらっているかということが成功の基準になります(内部公平性)。専門・職能別コンピタンスの従業員には、よりやりがいのある仕事を与えられることが励みとなるのに対し、全般管理コンピタンスの従業員にとっては、より責任の思い仕事を任せられることが励みになります。専門・職能別コンピタンスのキャリア・アンカーの人間は、その仕事に長けていれば社会的には多少不適合であっても構わないこともありますが、全般管理コンピタンスのキャリア・アンカーでは、対人関係やグループ・スキルといったものが非常に重要になります。ゼネラル・マネジャーには、部下に気配りができるような人間性がなければいけません。良いゼネラル・マネジャーになるには、・・・高いモチベーション、・・・対人関係やグループ・スキル、・・・高い分析能力、・・・感情のコントロールのスキル[p.38]」が必要。
③「『ライフスタイル』を大事にするキャリア・アンカーを持つ人々は、・・・自分の生活のすべてをキャリア=仕事に支配されることを好みません。[p.39]」
④上記以外の5つのタイプ[p.39-40]:「起業家的創造性」(自分で起業する)、「自律・独立」(大きな組織には勤めたくない)。「この2つのタイプ・・・の従業員を会社に引き留めようとしたりするのは、大きな間違いです。彼らは組織の中では決して幸せになれません。[p.40]」、「保障・安定」(安定や保障を得るためならば、どんなことでも組織の求めに応じる)、「奉仕・社会貢献」(社会奉仕や環境、人権といった特別な価値観を満たすために仕事をする)、「純粋な挑戦」(競争に勝ち進むこと、より困難な課題に取り組んでいくことが生きがい)。
・「企業の側で、まずひとりひとりの従業員の潜在的能力について把握し、よく理解した上で、従業員の求める様々な専門性に対応できる、複合的なキャリア・パスを実現しなければならないでしょう。[p.46]」

第3章、プロセス・コンサルテーションという技法 シャインが語るPCの正しい理解と用い方
・「プロセス・コンサルテーションとは、クライアントがクライアント自身によって、クライアント自身のために、クライアントができることをするように、キャナライゼーション(水路づけ)すること[p.39]」。「従来型のコンサルタントとして、専門知識を提供するというスタイル(エキスパート・コンサルテーション)がありますが、このようなクライアントが、何の専門家に依頼をすればよいかを適切に決めることがはたしてできるでしょうか。また、組織にはそれぞれ固有の特徴があるため、専門的なことだけを考慮した解決方法が、その組織に合った解決法であるとは限りません。従来型のコンサルタントとして、問題の診断から解決方法の提示までコンサルタントが行うというスタイルはごく一般的なものです。しかし、自ら問題を理解し解決方法を見つけたのではない限り、クライアントはそれをなかなか実行しようとはしませんし、一旦それを実行し問題を解決できても、問題が再発した場合には自力で対処できません。プロセス・コンサルテーションの果たす本質的な役割とは、・・・クライアントが自力で組織の改善を継続できるよう、組織の問題をどう分析しどう対処するのかというスキルをクライアントに伝えることです。[p.59]」
・「大切なのは、クライアントが言っていることをよく聞いて、彼らが何を問題だと思っているかということに静かに耳を傾けることです。決して、問題点や解決方法をコンサルタント側から押し付けてはいけません。[p.61]」「例えばマネジャーが助けを求めてきた時、それがあなたの専門分野であれば、解答を与えてあげることもできます。ただ、そうするとマネジャーはあなたの言葉に従い、あなたに依存するようになってしまうでしょうが、これは好ましい結果ではありません。[p.72]」「プロセス・コンサルテーションとは、広い意味で人を援助する場合の方法のうちの1つであるということです。[p.72]」

第4章、組織文化の活用と組織開発 社員が語るPCの効果的な使い方
・「組織文化には、3つのレベル(階層)があります。①目に見える表面的なレベル(文物、人工物)、・・・②標榜されている価値観やイデオロギー、・・・③基本的想定[p.75-76]」「会社で観察される一般的な行動は、その会社の基本的想定によってもたらされるものです。ですからコンサルタントは、その行動と標榜されている価値観が一貫しているかどうかということを考えなくてはいけません。もしかしたら、価値観と実際の行動とが一貫していない場合がみられるかもしれません。こういった場合、実際にとられている行動の裏に、もっと深いレベルにある基本的想定が見えてくるのです。[p.77]」
・「基本的想定を変える第1段階として、・・・あるべき新しい行動を明確にします。・・・第2段階として、リーダーが率先してこのような行動をとるようにしなくてはいけません。・・・重要なのは、リーダーが、新しい行動規範に沿った新しい奨励制度や報奨をつくらなければならないということです。・・・組織文化を変えるには、報奨や管理体制、規律といったような人的資源管理システム全体の変革が必要だと言うことです。[p.86-87]」
・「プロセス・コンサルテーションには、いくつかのポイントがあります。第1に、プロセス・コンサルテーションというのは、それだけで何かしらの職業になるということではなく、コンサルタントの持つべきスキルの1つだということです。・・・一連の流れのなかで私は、それが適切であると思われるタイミングにおいてのみ、プロセス・コンサルテーションを使ったということです。常にプロセス・コンサルテーションをしていたわけではありません。[p.87-90]」「プロセス・コンサルテーションにおいて決してしてはいけないのは、コンサルト側が『どうすべき』とか『何をすべき』ということを言ってしまうことです。そのような言動は、容易にクライアントの依存を生み出し、クライアントは自分たちの力で問題を解決することができなくなってしまいます。[p.90]」
---

人や組織の能力を思う存分発揮してもらうためにはどうすればよいのか、という問いへの著者の一つの答えは、その人の考え方(キャリア・アンカー)を理解した仕事の与え方を考え、人や組織に与える文化の影響が大きいことを認識した上で、文化や問題の根底にある基本的想定を明らかにし、その変革を促すこと、長い目で変革の効果をあげたいなら、自発的な変革を可能にするようなプロセス・コンサルテーション技法も用いるべきである、ということになるように思います。

こうした知識が必ずしも十分ではない技術者にとっては、組織開発とかキャリア開発という言葉の意味がつかみにくくとっつきにくい感じがしますが(「開発」という言葉が、「製品開発」や「技術開発」での「開発」と少し違うニュアンスのように感じられるのが原因のひとつではないかと思いますが)、その内容自体は研究マネジャーにも同感できるところが多いように思います。

本書は、「コンサルタント」を対象に想定してはいますが、コンサルタントのような仕事は、研究リーダーにも求められます。与えられた課題や問題を解決するために、多様な考えの人や組織の能力を活用し、しかも将来のために能力の育成も行わなければならない、という研究マネジャーにこそ、本書で指摘されているような人や組織の思考や行動の本質の理解と、それに基づいたスキルが求められるように思います。


文献1:Edgar H. Schein、エドガー・H・シャイン、尾川丈一、石川大雅著、松本美央、小沼勢矢訳、「シャイン博士が語る 組織開発と人的資源管理の進め方 プロセス・コンサルテーション技法の用い方」、白桃書房、2017.

研究開発実践のマネジメント第23回-リーダー、マネジャーの役割とあり方に関する様々な考え方:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.2.3.3)(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
第8回第17回
2.2
、研究開発を行う人のマネジメント
2.2.1
、研究者の活性化
第18第19回
2.2.2
、研究者の適性と最適配置第20第21回
2.2.3
、研究リーダー、マネジャーの役割、1)研究マネジャーの役割のポイント、2)、研究マネジャーの役割第22回

3)
研究リーダー、マネジャーの役割とあり方に関する様々な考え方
リーダーやマネジャーの役割、あるべき姿、リーダーシップ論については様々な考え方があります。組織のメンバーに何らかの影響を与え、組織を望ましい方向にもっていく、というリーダーの基本的な役割は変わらないとしても、目的や状況に応じて具体的に何をどうしなければならないかは変わってくるため、必然的に多様な考え方が提案される、ということもあると思います。そこで今回は、研究開発におけるリーダー、マネジャーの役割やあり方を中心に、関連する様々な考え方とりあげてみたいと思います。

研究開発のリーダーと一般的なリーダーとの違い
・開本はリーダーシップに関する諸研究をレビューしたうえで、研究グループを指揮する立場にあるリーダーのリーダーシップ行動について、次のように述べています。「研究開発部門では、他の部門よりも管理職の技術的スキルの重要性が高い。つまり、研究開発技術者に対するリーダーシップを発揮するには、リーダー自身が技術的知識を持っており、フォロワーの仕事の内容を理解し、必要なアドバイスや情報を与えることが必要である。その際、ゲートキーパーの研究でも指摘されているが、単に情報を提供するのではなく、リーダーなりに必要な情報を加工した後、必要な情報をフォロワーに提供していくことが求められている。一方、人間関係スキルや管理スキルは、相対的に重要性が低い。(中略)研究開発のように不確実性の高い状況のもとでは、細かなスケジューリングやプランニングの有効性は低く、企業全体の方向性と両立する範囲での自律性を与える管理スタイルが求められる。また、研究開発技術者は、基本的に仕事そのものによって動機づけられる存在であるため、人間関係によって直接、成果が影響を受けることは少ないと考えられる。(中略)したがって、仕事を通じてモチベーションを引き出す、テクニカルスキルに基づくリーダーシップが、より重要となる。」[文献1、p.97-98]
・このようなテクニカルスキルに基づくリーダーシップの重要性についての指摘は、確かに研究マネジメントならではの特徴と考えられますが、だからといって人間関係や管理のスキルが重要でない、ということにはならないと思います。また、技術的スキルの重要性が高いといっても、技術の詳細を熟知していなければ研究のマネジメントができない、ということもないはずです。特にHerzbergの言う「衛生要因」に分類される欲求、すなわち、それが満たされても動機付けにはならないが、満たされないと不満になるような欲求は、どんな職務や環境においてもそれを満たすことが望ましいと考えられますので、研究マネジャーはそうしたマネジメントの基礎をおさえた上で、研究者に特徴的とされる「仕事そのもの」による動機付けを考えていくことが重要だと思われます。(本ブログ参考記事:研究の種類による評価指標やインセンティブ技術者にとっての内発的モチベーションの重要性

新しい知を生み出すシェアード・リーダーシップ
・一方、新しい知の創造に適したリーダーシップとして注目されているものにシェアード・リーダーシップがあります。入山は次のように述べています[文献2]。「シェアード・リーダーシップ(Shared Leadership: SL)は、我々に大胆な発想の転換を求める。従来のリーダーシップ理論は、いずれも『グループにおける特定の一人がリーダーシップを執る』という前提だった。一方でSLは、『グループの複数の人間、時には全員がリーダーシップを執ることが重要』と考えるのだ。『リーダー→フォロワー』という『垂直的な関係』ではなく、それぞれのメンバーが時にリーダーのように振る舞って、他のメンバーに影響を与え合うという、『水平関係』のリーダーシップである。・・・同分野の開拓者の一人であるクレアモント大学のクレイグ・ピアースは、SLは特に『知識ビジネス産業』において重要と述べる。いまやビジネスにおいて、新しい知を生み出すことが重要なのは言うまでもない。・・・『新しい知は、既存の知の新しい組み合わせ』から生まれる。したがって組織内のメンバーの知の交換こそが、何よりも重要になる。この知の交換の過程でSLが重要となる理由は、・・・心理学の社会認識(social identity)プロセスで説明できる。あるメンバーが『自分が(その)グループに属している』という心理的アイデンティティを持てるなら、その人は他メンバーと知識を積極的に交換する心理メカニズムが働く。・・・もしグループにSLがあるなら、・・・メンバー全員が『これは自分のグループである』というアイデンティティを持ちやすくなる。結果として、知の交換が積極的に行われるようになるのだ。」「実際、近年の実証研究では、『従来型の垂直的リーダーシップよりも、SLのほうがチーム成果を高める』という結果が多く示されている。」「アリゾナ州立大学のダニ・ウォン・・・のメタ・アナリシス研究・・・の結果は、『現在のリーダーシップにおいて最強のパターンは、『SL×TFL』の掛け合わせ』である可能性を示唆する。すなわち、『チームのメンバー全員がビジョンを持って、全員がリーダーシップを執りながら、互いに啓蒙し合い、知識・意見を交換する姿』だ。」
・TFL(トランスフォーメ―ショナル・リーダーシップ):「明確にビジョンを掲げて自社・自組織の仕事の魅力を部下に伝え、部下を啓蒙し、新しいことを奨励し、部下の学習や成長を重視する[文献2]」ようなリーダーシップ→第22回参照

不確実な時代のリーダーシップ
Furr, Dyerは、イノベーションのマネジメントにおけるリーダーシップについて次のように述べています。「テイラーの科学的管理法の原則・・・つまり課業の専門化、作業の標準化、説明責任、分業などは、・・・これまで大きな効果を上げてきたが、問題が一つある。この原則は、イノベーションのマネジメントのためには完全に間違っているのだ。顧客を維持するためのタスクを効率的に実行する場合には優れた原則なのだが、顧客を『創造する』・・・ための作業の指針としては、うまく機能しない。[文献3、p.60-61]」
・そのうえで、リーダーの主な役割として以下の4つを指摘しています:
1、トップの実験者となる:「最も重要なことは、リーダーがトップの意思決定者ではなく、トップの実験者にならなければならないということ[文献3、p.66]」。「トップの実験者は、次の3つに注力している。挑戦の要となる仮説をチームでまとめる、仮説実験を通して素早く検証する、データ(多くの場合、顧客から収集したもの)を使って意思決定を行なう[文献3、p.69]」
2、大きな課題を設定する:「リーダーはメンバーが機会を探すように駆り立てなければならない[文献3、p.72]」
3、イノベーション実現メソッドについて幅広く、深い専門知識を構築する:イノベーション実現メソッドとは、著者らが提唱するイノベーションの方法論で、インサイト(サプライズ)、課題(片づけるべき用事)、ソリューション、ビジネスモデルの4つのステップからなる方法論です。[詳細は文献3参照]
4、障壁を取り除き、実験を支援する:「イノベーションのための時間を割く」。顧客と専門家、そしてツールを与える。組織の障壁を取り除く。[文献3、p.82-86

イノベーターの能力を引き出すマネジメント
Griffin, Price, Vojakは、企業において、複数のイノベーションを連続して成功させたイノベーター(シリアル・イノベーター)を調査し、彼らの能力を引き出すマネジメントのポイントを以下のように指摘しています。
・「シリアル・イノベーターをさまざまな外的制約から解き放ち、力を発揮させられるのは直属のマネジャーだけなのだ。・・・有能なマネジャーは、シリアル・イノベーターが物事を深く理解するために必要な時間を提供する。その時間は、もっとも重要な課題を見定め、その最善の解決策を見いだすために必要なものだ。[文献4、p.297]」
・「自我の強いマネジャーや注目を集めたいマネジャーは、シリアル・イノベーターを効果的にマネージできない・・・。シリアル・イノベーターのマネジャーとしてもっとも成功するのは、自我をうまくコントロールし、シリアル・イノベーターひいては自分たちの会社を成功へと導くことができる人物である[文献4、p.301]」。
・「シリアル・イノベーターが転属や転職を考える理由の一つが、『わかっていない』マネジャー、つまり彼らを効果的に管理できないマネジャーのもとへの配属である。以下に・・・『わかっていない』マネジャーの特徴を挙げる。1、細かく管理する、2、シリアル・イノベーターとの人間関係を構築せず、交換条件をもちかける、3、忍耐力がない、4、リソースを出し惜しみする、5、シリアル・イノベーターの成功を横取りする。[文献4、p.303]」
・上記の指摘には、あるべきマネジメントとともに、やってはいけないマネジメントも含まれている点で興味深い(そして、私の経験に照らしてもけっこう当たっている)と思います。

不安定な環境で成長を達成するリーダーの特徴
Collins, Hansenは、不安定な環境の下でも同業他社に比べて10倍以上の株価パフォーマンスを達成した企業(10X型企業)の分析を通じて、そのリーダーたちには以下の傾向が見られることを指摘しています。[文献5]
・「生真面目で洞察力に優れる10X型リーダーは、不平を言わずに『不可抗力に必ず直面する』『正確に先行きを予測できない』『何事も確実ではない』という現実を受け入れる。しかしながら、運や混乱など外部要因によって成否が決まるという考えははなから否定する。[文献5、p.79]」
・以下の主要行動パターンを備えている。[文献5、p.79-80
1)狂信的規律(fanatic discipline):価値観、目標、評価基準、方法をはじめ、徹底した「行動の一貫性」を示す。この規律は、組織の統制や権力への追従、官僚的規制の順守とは異なり、精神的な独立性を求められる。
2)実証的創造力(empirical creativity):他人や社会通念、権威筋、職場の同僚ではなく、科学的に実証できる根拠を頼りにする。観察、実験を重ね具体的事実と向き合う。実証的なデータ分析をバネにして断固たる行動に出る。
3)建設的パラノイア(productive paranoia):最悪の状況を想定して日ごろから準備を怠らず、有事対応策を練り、衝撃緩和の仕組みをつくり、安全余裕率を高める。
・上記1)~3)を活性化させるのが、やる気を起こす原動力「レベルファイブ(第5水準)野心」。エゴを自己利益の拡大ではなく大義などの大目標達成に振り向ける。

未来の創造のための「賢慮のリーダー」という考え方
・野中、竹内は、「いかなる企業も、顧客に価値を提供し、ライバルが創造できない未来を創造し、共通善を維持することができなければ、長く生き残れないだろう」という考え方のもと、実践知と呼ばれる「倫理的に健全な判断を可能にする経験的知識」を持つ「賢慮のリーダー」に必要な以下の6つの能力を指摘しています[文献6]。
1、善を判断できる:著者らは「賢慮のリーダーは、何が善かという道徳的認識力を発揮し、どんな状況にあってもそれに基づいて行動する」「経営者は、利益や競争優位性のためではなく、共通善のために判断を下さなければならない」
2、本質を把握できる:「賢慮のリーダーは判断を下す前に、状況の背後にある物事を素早く察知し、将来の展望や結果に対するビジョンを生き生きと示し、そのビジョンを実現するのに必要な行動を決定する。実践知によって、本質を見極め、人々、物事、出来事の性質や意義を直観的に理解する」
3、場をつくる:「賢慮のリーダーは、経営幹部や社員が互いに学び合う機会をたえず創出する」「フォーマルおよびインフォーマルな場(共有された文脈)をたえず創出する」。
4、本質を伝える:「賢慮のリーダーは、だれにでもわかる方法でコミュニケーションできなければならない」「ストーリーやメタファー(隠喩)など、比喩的な表現を使う必要がある」「それによって、ベースとなる文脈や体験の異なる人々同士でも、物事を直観的に把握できるようになる」。
5、政治力を行使する:「賢慮のリーダーは人々を結束させ、行動に駆り立てなければならない」「人材を動員するためには、経営幹部は状況に応じたすべての手段を-マキャベリ的な権謀術数さえも-利用しなければならない」、「人間性のあらゆる矛盾を理解し、状況に応じてそれらを統合しようとする」
6、実践知を育む:「実践知は組織内にできる限り分散させなければならないし、あらゆる層の社員が訓練によって使えるようにならなければならない」

グーグルでの社内調査から得られた評価の高いマネジャーに共通する8つの行動
・グーグルにおける社内調査(社員アンケート、マネジャーの質についてのコメント、業績評価など)から導かれた、評価の高いマネジャーに共通するとされる8つの行動は次のようなものです。[文献7]
1、優れたコーチである
2、チームを力づけ、こと細かく管理しない
3、チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
4、建設的で、結果を重視する
5、コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
6、キャリア開発を支援する
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
8、チームに的確な助言をするために、主要な専門的スキルを持ち合わせている
・この指摘内容自体は特に意外とは思われませんが、論理的にこういうリーダーが望ましいはずだと考えたリーダー像や、成功したリーダーの分析に基づく望ましいリーダー像ではなく、実際にリーダーとともに仕事をしている部下や同僚から挙げられた指摘、という点で興味深いものがあると思います。また、このような調査は、リーダーに対して、その行動がよい結果を生んでいるかどうかをフィードバックし、改善につなげようとする意味でも重要だと思います。

今回とりあげた様々な考え方から、あるべきリーダー像を導くことは難しいかもしれません。それぞれの考え方の背景にも違いがあるでしょうし、目的とするところも違っている可能性があります。しかし、前回と今回取りあげた様々な指摘の全体から、これからの時代に求められる研究リーダー、マネジャー像がなんとなく見えてくるような気もします。実務家はこのような指摘を参考に各自の置かれた状況においてどんなマネジメントが望ましいのか、それぞれが考え行動していくことが必要なのではないかと思います。


文献1:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献2:入山章栄、「世界標準の経営理論 第20回 リーダーシップの理論 半世紀を超える研究が行き着いた『リーダーシップの境地』」、Diamond Harvard Business ReviewMay2016p.124.
文献3:Nathan Furr, Jeff Dyer, 2014、ネイサン・ファー、ジェフリー・ダイアー著、新井宏征訳、「成功するイノベーションは何が違うのか?」、翔泳社、2015.ブログ紹介記事
文献4:Abbie Griffin, Raymond L. Price, Bruce Vojak, 2012、アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック著、市川文子、田村大監訳、東方雅美訳、「シリアル・イノベーター 『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀」、プレジデント社、2014. ブログ紹介記事
文献5:Collins, J., Hansen, M. T., 2011、ジム・コリンズ、モートン・T・ハンセン著、牧野洋訳、「ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる」、日経BP社、2012. ブログ紹介記事
文献6:野中郁次郎、竹内弘高、「『実践知』を身につけよ 賢慮のリーダー」、Diamond HarvardBusiness Review20119月号、p.10. ブログ紹介記事
文献7:David A. Garvin、デイビッド・A・ガービン著、高橋由香理訳、「グーグルは組織をデータで変える コミュニケーション軽視の風土を改善する」、Diamond Harvard Business Review, May 2014, p.45. ブログ紹介記事

経営者とイノベーション(「The Board’s New Innovation Imperative」、Hill, Davis著HBR2017, November-Decemberより)

経営層がイノベーションを支援し、うまく推進するとイノベーションは成功しやすくなるとよく言われます。もちろん、イノベーションの種類や規模によって経営層の役割の重要性は変わるでしょうが、特に大きな投資が必要なプロジェクトでは必然的に経営層が関与することになりますので、少なくともそのような場合は経営層がどう関わるかがイノベーションの成否を左右することもあるというのは事実だと言えるでしょう。

となると、経営層の支援、関与を引き出すことは、研究の第一線を率いるミドルマネジャーにとっての大きな課題の一つ、ということになります。では、どうしたら経営層の支援を得ることができるのでしょうか。研究やイノベーションの推進についての経営層の考え方を知ることは、経営層からの支援の獲得、ひいてはイノベーションの成功のための第一歩になるかもしれません。

今回とりあげる論文、Linda A. Hill, George Davis著 「The Board’s New Innovation Imperative」[文献1]は、経営幹部たちがイノベーションの必要性をどう考え、何が問題になっているかの調査結果と、新しい取締役会のあり方についての提言が述べられています。調査対象はアメリカ企業ですので、取締役、執行役の関係など、日本企業とは異なる点もありますが、大きな権限を持ち、研究やイノベーションの方向性を決め、あるいは承認し、実行部隊の管理を行うといった経営層の機能自体には大きな違いはないと思いますので、参考になる点もあると思われます。以下、特に研究のミドルマネジャーの観点から興味深く感じた点を中心に内容をまとめてみたいと思います。なお、以下の引用部分では、多少違和感のあるところもありましたがdirectorboardboardmemberを取締役(会)、managementを執行役と訳しています。

著者らによる調査の概要
・「Fortune 500のCEOと独立取締役31名のインタビュー、Fortune 500企業の21社から回答を得た調査を実施。」加えて、85名の役員たちとの夕食会、討論会、3名のCEOとその取締役の代表または会長とのインタビューを実施。
・「イノベーションを導くというチャレンジは、コーポレートガバナンスに大転換をもたらす。かつては執行役に対し信頼豊かで慎重にリスクを減らすよう求めていたのが、次第に競争優位獲得のためにブレークスルーイノベーションを求めるようになっている。こうした変化は、とりわけFordCoca-ColaNestléUnileverといった様々な業界の、コアビジネスの売上鈍化への対応に奮闘している企業に見られる。」
・「新しい役割と基準を適用することは、ほとんどの人にとって、居心地が悪く、不自然にさえ感じられることだ。」「我々の研究を通じて、多くの取締役が直面している障害を特定し、どうしたら取締役が健全な成長を導くようなイノベーションを効果的に育て、支援するように役割を変えていけるかについての示唆を集めた。」

取締役たちがイノベーションに苦闘している理由
・「取締役の十分な支援がなければ、執行役はイノベーションに必要な大きな賭けを行いにくい。イノベーションを管理するという義務の高まりを満たすことについて聞かれた時に、取締役たちがどんなフラストレーションを感じるのか?。我々は4つの懸念を見つけた。
イノベーションとリスクに関わる時代遅れの指針
・「ほとんどの取締役たちは、イノベーションについての彼らの注意は、現在の戦略の実行能力の改善、すなわちコアの持続のためのイノベーションに向けられると述べている。」「他にも、取締役会の『短期的結果へのバイアス』がイノベーションを窒息させていることが見られるという。」「多くの取締役は、CEOが企業の競争力を維持するために必要な大胆な動きを取るのが難しかったこと、執行役がビジネスを再創造しうるようなリスクの高い動きを追求できるよう奨励してこなかったことを認めていた。」
不十分な時間
・「取締役会で、進行中のイノベーションについての議論の時間を取れるのは、恵まれたごく少数の場合だけだ。」「我々が話した取締役たちは、イノベーションについての戦略的議論に労力を割くことが必要なのはわかっている。しかし彼らの注意を奪い合うような競争的な環境で、まともに考えるための時間をみつけることは難しい。」
経験の不足
・「多くの取締役たち(特にCEOたち)は、取締役たちが、提案についての詳しいリスクと獲得価値の評価に必要な業界に関する専門性とイノベーションの経験を欠いていることにフラストレーションを抱いている。」
取締役と執行役の間の非生産的な相互作用
・「歴史的に、企業は取締役会と上級執行役の間に明確な線引きをしてきた。このガバナンスモデルでは、執行役の役割は戦略を『述べ、売り込む』ことであり、取締役会の役割はシニアチームのビジョンを承認することだ。多くの取締役たちはこの運用は時代遅れだと考えている。」
・取締役の質問が、マイクロマネージングや後知恵、批判などと受け取られるのを避けたいと思ったり、質問が敵対的と受け取られたり、執行役が評価されているように感じたり、といった感情的な障害が見られる。

イノベーションのための取締役会の(再)構築
・「この研究の結果は明らかだ:イノベーションには、しばしば多様な観点を有する個人間での情熱的な議論、討論、衝突さえもが必要とされる。イノベーションを管理するためのよりよい方法を見つけるために、多くの取締役たちは取締役会の構成と相互作用のやり方を見直している。」
・「我々の研究で、改善のための4つのカギとなる領域が明らかとなった。」
多様性と集合的知識能力Diversityand collective literacy
・「メンバーを加えたり、交代したりする時には、取締役会は統制された方法をとり、既存の取締役会および特に執行役の専門性を補完するような人を探さなければならない。」「さらに枠にとらわれない考え方を強化するため、いくつかの取締役会では、その構成のなかに知的、あるいは問題解決における多様性――評価は難しいが――を明確に組み込んでいる。」
・「多様な個人を効果的に協力させるには、彼らの相互作用と意思決定の基礎となる共有された経験と知識が必要になる。」
創造的摩擦Creativeabrasion
・「今日の取締役会は、革新的な問題解決に従事するうえで創造的摩擦が中核能力として必要であると認識している。ある取締役は、『クリティカルシンキングは不可欠だ、そしてそれには現状と戦うために[議論に]摩擦を入れることも含まれる』と述べた。」「ある取締役によれば、もし、執行役に創造的な考え方を期待するなら、取締役会は会議での『カオスに耐える』ことを学ぶ必要があるという。」「創造的摩擦を促すのは微妙な踊りのようなものだ:賛成しすぎる取締役会は提案に対してうまく挑むことができず、衝突が過ぎればアイデアを出そうという人々のやる気を殺いでしまう。」
協力関係を再定義するRedefiningthe partnership
・「取締役会の法的な力と執行役の実行の力のバランスをとることは簡単ではない。しかし、イノベーションの議論が起こるようにするにはどちらかが支配するようではよくない。取締役会は執行役との強いパートナーシップと、共同でイノベーション戦略を保有しているという感覚を築く必要がある。」
リスクを奨励し、失敗を受け入れるEncouraging risk and living with failure
・「企業は漸進的な改善だけでなくブレークスルーイノベーションを追求しなければならないことを取締役たちは知っている。両方の活動を育むには、リスクと、革新的な問題解決にはつきものの不可避な失敗を受け入れる文化を作らなければならない。ただし、取締役たちはイノベーションのためのイノベーションには興味を示さず、またそうすべきでもない。」
・「我々は、研究結果から、多くの、あるいはほとんどのイノベーションの試みは失敗することを知っている。したがって、取締役は、いつその試みをあきらめるべきかを認識できるように学ばなければならない。」「我々が話したかなりの数の選考委員長は、今までに失敗したことのない重役候補者には懐疑的で、別の取締役によれば、『失敗を含む高い目標への努力とそこから何を学んだか』を示せる次期CEO候補を探すという。」
---

本論文では、取締役と執行役というガバナンス体制でのイノベーションの進め方の問題点が議論されていますが、それを企業の方針を決定する上級経営層と、実行部隊により近いマネジャー、と読み替えれば、日本の企業にも当てはまるところの多い指摘がなされているのではないでしょうか。研究開発の第一線から離れるに従い、上級経営層は時代の最先端を行くイノベーションの考え方からは遠ざかるでしょうし、意思決定や検討にかける時間は不足、また、広い分野を所管することに伴い専門性も不足し、上司とその部下との非生産的な相互作用はあらゆる上下関係において存在しうる問題点のように思います。つまり、上述の上級経営層の4つの課題と、イノベーション体制構築のための4つのカギは、ある程度の大きさの階層構造を持つ組織でイノベーションを進める上で参考になると思います。

第一線の研究開発のマネジャーにとっては、上級経営層がどんなところで苦労し、どんな場合に上下の関係に問題が起こりやすいのかを知っておくことは、イノベーションプロジェクトへの上級経営層の支持を獲得する上で役に立つと思います。時代や環境が変われば上級経営層の役割や上下の関係も変わってしかるべきでしょう。これからの企業にとってイノベーションにより力を入れた経営が必須であるなら、経営層、第一線のマネジャーともに新しいやり方を模索していかなければならないのだと思います。


文献1:Linda A. Hill, George Davis, “The Board’s NewInnovation Imperative”, Harvard Business Review, November-December, 2017, p.102.
https://hbr.org/2017/11/the-boards-new-innovation-imperative

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ