研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2018年02月

AI活用の実際(「Artificial Intelligence for the Real World」、Davenport, Ronanki著HBR2018, January-Februaryより)

ビジネスに直結する新技術として、AI技術の可能性には大きな期待が寄せられていると思います。しかし遠い将来の可能性にばかり過剰に注目が集まっているふしもあるように思います。そこで、今回はAIの現実的な活用に関する考え方や進め方を議論した、HBR誌論文「Artificial Intelligence for the Real World」(Davenport,Ronanki著)[文献1]をご紹介したいと思います。

著者らは、152のAI活用プロジェクトと250人のエグゼクティブを調査しています。その結果、AI技術へのエグゼクティブたちの期待が大きいことを確認するとともに、「ビジネスプロセス改善のような『手の届く』プロジェクトに比べて、非常に野心的なムーンショットプロジェクトは成功しにくいことも明らかになった」と述べています。以下、AIにどう取り組むべきかについての著者の考えをまとめてみたいと思います。

AI
の3つのタイプ
プロセス自動化

・「152のプロジェクトの中で最も一般的なものは、ロボットによるプロセス自動化(RPA)によりデジタルあるいは物理的な仕事を自動化するもの(代表的には事務管理や財務的活動)だった。RPAはこれまでのビジネスプロセス自動化ツールよりも進歩していて、『ロボット(すなわちサーバー上のコード)』は情報をインプットしたり使ったりする人のように動作する。」
・「ほとんどの場合、こうしたタスクはアウトソーシングされていたものだった。」
知識に基づく洞察Cognitiveinsight
・「次に一般的なものは、アルゴリズムを使って大量のデータからパターンを検出し、その意味を解釈するものだ(全体の38%)。」
・例:購買予測、デジタル広告のパーソナルターゲティングなど
・「知識に基づく洞察のアプリケーションは、機械でしかできないことのパフォーマンス改善――従来の人の能力を超えた高速のデータ解析を含んだ、データに基づく広告買付など――であり、通常は人の仕事を脅かすものではない。」
認知的(知識に基づく)関与Cognitive engagement
・「自然言語を処理するチャットボット、インテリジェントエージェント、機械学習を、従業員と顧客の関与に用いるプロジェクトは我々の調査では最も少なかった(全体の16%)。」
・例:質問への回答、サポートなど
・「企業が顧客に対応する認知的関与の採用に保守的なのは、それが未完成なためだ。例えば、Facebookは、そのMessengerチャットボットは人の介入なしには顧客の要望の70%に回答できないことを見出している。」

AI
技術とビジネスの統合のための4つのフレームワーク
・「認知ツールの経験が急速に拡大しているにも関わらず、その開発と実用化において企業は大きな課題に直面している。本研究に基づき、我々は、プロジェクトがムーンショットかビジネスプロセス改善であるかによらず、企業の目的達成の手助けとなるAI技術を統合するための4ステップのフレームワークを開発した。」
1、技術を理解する
・「企業はAI活動を始める前に、どの技術がどのタイプのタスクを行い、それぞれの強みと限界は何かを理解しなければならない。例えば、ルールベースのエキスパートシステムとロボットによるプロセス自動化は、どのように動いている仕事をこなしているかがわかるが、学習も改善もできない。一方、ディープラーニングはラベル化された大量のデータからの学習には優れているが、どうやってそのモデルが生み出されるかを理解することはほとんど不可能だ。こうした『ブラックボックス』問題は、あるやり方でなぜ決定が行われるのかを知ることを当局が強く求めてくる金融サービスのような規制の強い業界では問題になる可能性がある。」
・「我々は、手元の仕事に間違った技術を適用しようとして時間とお金を無駄にしたいくつかの組織を見ている。しかし、もし異なる技術をよく理解していれば、特定のニーズにはどれが適しているか、どのベンダーと組むべきか、どのくらい速くシステムを適用できるかを判断できるよりよい位置にいることになる。こうした理解をするには、ITやイノベーショングループ内での継続的な研究と教育が必要だ。」
・「特に、企業は、この技術の基本を学ぶのに必要な統計とビッグデータのスキルを有するデータサイエンティスト等の鍵となる従業員の能力を活用する必要がある。重要なのは人々の学習意欲だ。」「もし、社内にデータサイエンスや分析の能力がないなら、おそらく近い将来に外部のサービス業者とのエコシステムを構築する必要があるだろう。」「認知技術の能力を持つ人が少ない条件では、ITや戦略の機能に集中するリソースのプールを設け、組織全体における優先度の高いプロジェクトに専門家を活用するようにすべきだ。」

2、プロジェクトのポートフォリオを作る
・「AIプログラム立上の次のステップは、ニーズと能力を体系的に評価し、プロジェクトの優先順位づけをしたポートフォリオを作ることだ。」「企業は3つの広い分野で評価を行うことを奨める。」
機会の特定Identifyingthe opportunities
・「最初の評価は、認知アプリケーションからどのビジネス分野が最も利益を得られるかを評価することだ。典型的には、「知識」――データ分析からの洞察や保有する文書――が重要にもかかわらず、何らかの理由でそれが使えていない分野だ。」
ボトルネック:「情報の流れにおけるボトルネックによって洞察が得られていない場合がある;知識は組織にあるのに、最適に分配されていない状態だ。」
スケーリングの課題:「別のケースでは、知識があるのに、それを使うのに時間がかかりすぎるとか、規模の調節に費用がかかりすぎる場合がある。」
能力不足:「最後には、人やコンピュータが適切に分析し、活用できる以上のデータを集めてしまう場合がある。」
ユースケースの決定Determiningthe use case
・「2番目の評価は、認知アプリケーションが重要な価値を生み、ビジネスの成功に寄与する使われ方のケースを評価する。」
技術の選択Selectingthe Technology
・「第3の評価では、それぞれのユースケースで考慮しているAIツールが本当にタスクの期待にかなうものかを調べる。」
・「将来的には、認知技術は、企業のビジネスのやり方を変えるだろう。しかし、現在のところ、それほど遠くない未来における変化を計画して、現在使える技術で漸進的なステップで進めるのが賢明だ。」

3、パイロットを立ち上げる
・「現在のAI能力と望ましいAI能力の差は必ずしも明確ではないので、企業は認知アプリを全社に展開する前に、パイロットプロジェクトを実施すべきだ。概念を確認するためのパイロットは、潜在的なビジネス価値が高い場合や、同時に異なるテストを行う場合に適している。技術ベンダーに影響された上級幹部からプロジェクトを押しつけられないように特に注意すること。権部や取締役会が『何か認知的なことをする』という圧力を感じていることを理由に、厳しいパイロットプロセスを省略すべきだということにはならない。押しつけされたプロジェクトはしばしば失敗し、その組織のAIプログラムを大きく後退させる。」
ビジネスプロセスデザイン
・「認知技術プロジェクトが進むに従い、ワークフロー、特に人とAIの作業の切り分けについてどう再設計するかを考えること。」

4、スケールアップ
・「多くの企業は認知プロジェクトを上手く立ち上げるが、組織全体にそれを広げることに成功するのはそれほど多くない。目標を達成するには、スケールアップのための詳細な計画を持つ必要があり、それには、技術の専門家と自動化されるビジネスプロセスの責任者との協力が必要だ。一般に、認知技術はプロセス全体ではなく個々のタスクをサポートするため、スケールアップにはほとんど常に既存のシステムやプロセスとの統合が必要になる。実際、我々の調査によれば、経営幹部はこうした統合がAI活動が直面した最大の課題だったと述べていた。」
・「スケールアップでは、企業は大きなチャレンジマネジメントの課題に直面するかもしれない。」
・「もし、スケールアップで望ましい結果を目指すなら、企業は、生産性の向上にフォーカスしなければならない。例えば、多くの企業はスタッフを増やさずに顧客や取引を増やすように生産性を伸ばす計画をしている。AI投資を正当化するための第一の理由として人員削減をあげている企業は、理想的には時間をかけて自然減や外注の削減によってゴールを実現する計画にすべきだ。」

未来の認知企業TheFuture Cognitive Company
・「AIの適用により、マーケティング、ヘルスケア、金融サービス、教育、専門的サービスのような情報集約的な分野は、価値を高め、社会的コストも下がるだろう。全ての分野の仕事で、定型的な管理、同じ質問への回答の繰り返し、終わりのない文書からのデータの抽出などの仕事上の苦役は機械の仕事になり、人の労働者を開放して、より生産的で創造的にするだろう。」
・「認知技術に関する大きな恐れは、大量の人々から仕事を奪うということだ。もちろん、今まで人が行ってきたある種の仕事を機械がとってかわり、多少の失業が起こることはありうる。しかし、我々は、現時点ではほとんどの労働者は恐れる必要はないと信じる。・・・現在行われているほとんどの認知的な仕事は、人の活動を増強するもので、広い仕事の中の狭い部分について行われたり、ビッグデータ解析などそもそも今まで人がしていなかった仕事をしている。」
・「我々は、すべての大企業は認知技術について探究すべきだと信じる。途中には障害もあるだろうし、労働力が代替されてしまう問題やスマートマシンの倫理について安心できる余裕はないかもしれない。しかし、正しく計画し、開発すれば、認知技術は生産性、仕事への満足度、繁栄の黄金時代を先導する可能性がある。」
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著者のAI技術に関する見通しについては、楽観的すぎる、という見方もあると思います。例えば、経営者へのインタビューで、AI導入による人員削減を意図している人が少ないからといって、人員削減に使おうという経営者が増えないとも限らないでしょう。ただ、著者の指摘の興味深い点はAIを分類して考えれば、AIが人の仕事を代替しているケースばかりではないことがわかる、ということだと思います。すなわち、AI技術の本質を理解することによって、AIをどう使うべきか、という生産的な議論ができるようになる、ということではないでしょうか。

そう考えると、本論文での著者の指摘はAIにとどまらず、あらゆる新技術の利用を考える際にも活用可能と思われます。もちろん、生まれたての技術については何に使えるかもわからず、とにかく何かやってみるというアプローチにならざるを得ないところがあると思いますが、技術の性格がある程度わかってきたら、本論文に述べられた4つのアプローチに従って考えてみることは有益かもしれません。特に、新技術をこうした視点から整理することによって、新技術に関する過剰な期待に基づくムーンショット、幹部からの押しつけ開発の乱発を防げる可能性もあるでしょう。技術に夢を託すことが悪いことだとは言いませんが、ビジネスとして研究を行うのであれば、現実的な理解は不可欠でしょう。

もう1つ興味深く感じたのは、人は何をすべきか、ということへの示唆です。著者は「生産性」に注目して、生産性の向上によって得られた余力を人員削減ではなく、人の活動の高度化に用いることを提案しているようです。AIに限らず生産性の向上をもたらす新技術は多くあります。そんな技術を使う時、生産性の向上によってもたらされる余力を何に使うのか、これからの時代の技術者にはそうした視点も求められているように思いました。


文献1:Thomas H. Davenport, Rajeev Ronanki,  “Artificial Intelligence for the Real World”,Harvard Business Review, Januaryr-February, 2018, p.108.
https://hbr.org/2018/01/artificial-intelligence-for-the-real-world

「9プリンシプルズ」(伊藤穣一、ジェフ・ハウ著)より

今起こりつつあるイノベーションはどんなもので、それがどんなふうに行われているのか、そして予想される未来はどんなものになるのかを知っておくことは、イノベーションをうまくマネジメントする方法を考える上で非常に役立つでしょう。もちろん、マネジメントにおける人や組織(集団)の基本的な部分は昔と変わらないかもしれませんが、世の中の何かが変わることでマネジメントの変化がひきおこされるということもあると思います。

では、未来はどのようなものになるのでしょうか。今回は、未来を具体的に予測しようとするのではなく、未来がどのような原理、考え方で形作られていくのかという観点からの議論がまとめられている、伊藤穣一、ジェフ・ハウ著「9プリンシプルズ 加速する未来で勝ち残るために」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、「いまのわれわれの認知ツールセットが、通信から戦争にいたるあらゆる分野での急速な進歩が引き起こす深遠な意味合いを十分に捕らえきれずにいる。われわれの使命は、みなさんに新しいツールを提供することだ――われわれはそれを原理と呼んでいる。・・・現在の人類とその技術の断絶は、・・・パラダイム、信念体系の基本的な前提にある。・・・本書は、みなさんの脳を現代に引き出し、個人や組織を共に、課題の多い不確実な未来を乗り切りやすくする、9つの原理を説明する。それにより、そうした不調和の矯正を支援しようとしている。[p.22]」と述べています。イノベーションで世の中を変えていきたいなら、あるいは世の中の変化についていきたいなら、具体的な未来を予測することよりも有益なアイデアを提供してくれる可能性もあるように思いますので、以下、その原理をまとめてみたいと思います。

われわれの時代を定義づける3つの条件
・非対称性:「議論の余地がないのは、インターネットと急速に改善するデジタル技術が、よいことのためにも怪しげなことのためにも使える形で戦いの場を均等化したということだ。・・・ポイントは、もはや費用と便益が規模に比例するとは想定できないということだ。・・・今日では、現状への最大の脅威が最も小さな場所、新興企業やはぐれ者、離反者やインディ研究所からやってくる。・・・この無数の新しい競争相手とも取り組まなくてはならなくなっている。[p.31]」
・複雑性:「複雑性の量または水準は、4つの入力で左右される。異質性、ネットワーク、相互依存性、適応性だ。[p.32]」
・不確実性:「過去数百年にわたり人類は未来予測となると、絶望的な記録を積み重ねてきた。それどころか、専門家たちや未来研究者たちは・・・無作為選択よりも成績が悪い[p.33]」「未来予測がこれまでも馬鹿げた仕事だったなら、世界の複雑性指数がターボチャージされた現在ならなおさら無駄だ。・・・複雑性の時代では、予想外の発展がほんの数日でゲームのルールを変えてしまえる。[p.34]」
・「知らないのは構わない。実は、無知を認めることが、将来の出来事を予測するというますます無駄な目標のために資源を支出するより戦略的な優位性を持つ時代にいまや突入しているのだ。[p.34]」

Principle 1
、権威より創発Emergence oveAuthority
・「権威に対する創発の勝利――インターネットのような分散ネットワークから技能と知識が創発してくる――は、知識が生産され広まる方法に関する地殻変動的なシフトとなる。創発の時代が権威の時代にとってかわった。・・・伝統的なシステムだと、製造業から政府まで、ほとんどの意志決定はトップが行っていた。従業員は製品やプログラムを提案するよう奨励はされても、専門家と相談してどの提案を実施するか決めるのは、管理職や権威を持つ他の人々だった。このプロセスは通常はゆっくりしており、何層もの官僚主義に包まれ、保守的な手順主義に妨害を受ける。創発的なシステムは、そのシステム内のあらゆる個人がグループに役立つ独自の知性を持っていると想定する。その情報は、人々がどんなアイデアやプロジェクトを指示するか選択するとき、あるいはそうした情報を得てイノベーションに使うときに共有される。[p.55-56]」「漸進的な進歩しかできない権威主義的なシステムとちがい、創発システムは、ネットワーク時代を特徴づける急速な変化に対して素早く対応できる、非線形イノベーションを育む[p.57]」

Principle 2
、プッシュよりプルPull overPush
・「創発は問題解決に多くの人々を使うという話ではあるけれど、プルは、この発想をもう一歩先に進め、必要なものを、それがまさに最も必要とされているときにだけ使う。[p.75]」「資源や情報をため込んで、すべてをコントロールし、すべてを計画し、メッセージや命令を中心から周縁にプッシュするかわりに、イノベーションはいまや周縁(エッジ)で起こるようになっている。資源は必要に応じてプルされる。[p.98]」

Principle 3
、地図よりコンパスCompassesover Maps
・「地図は、その土地についての詳細な知識と、最適経路の存在を含意している。コンパスは、はるかに柔軟性の高いツールだし、利用者が創造性と自主性を発見して自分の道を見つけなければならない。地図を捨てコンパスを取るという決断は、ますます急速に動くますます予測不能な世界では、詳細な地図は無用に高いコストをかけて、人を森に深く引き込んでしまいかねない、という点を認識している。でもよいコンパスは、常に行くべきところに導いてくれる。だからといって、出発するときにどこへ行くのか何もわからず出発しろと言うんじゃない。でも、目的地への道はまっすぐではないと理解すれば、事前に計画した道に沿って無理に進む場合より、もっと素早く効率的に到着できるということではある。地図よりコンパスを重視すれば、別の道を探究したり、回り道を有効に使ったり、予想外の宝物を見つけたりできるようになる。[p.106]」「この章では、方向性――コンパス――を持つ重要性と、複雑性や変化の世界を地図に落としたり計測したりする落とし穴について論じた。メディアラボみないな複雑で創造的な組織を率いるとき、詳細な計画を持つなんてほぼ不可能だ。[p.129]」

Principle 4
、安全よりリスクRisk overSafety
・「製品を市場にもたらす費用・・・のために組織が破産しかねない場合は、リスクより安全性を重視するのは筋が通っている。でもこれは、かなり劇的な形で、もはや成り立たない。インターネットはそれどころか、この力学を逆転させた。・・・つまり新しいルールはリスクを受け入れろということだ。[p.139]」「安全よりリスク重視の原理は無責任に思えるかもしれないけれど、それを可能にしている現代の低コストイノベーションの可能性をすべて活用するにはこれが不可欠だ。・・・安全よりもリスクを取るのは、リスクに目を閉ざすということじゃない。単に、イノベーションの費用が下がるにつれて、リスクの性質が変わるということだ。[p.140]」「安全よりリスクを取る投資家たちも、失敗した投資に対するアプローチを変える必要がある。安全な投資を数件するのではなく、リスクの高い投資をたくさんする場合、成功しないものはあっさり見限る意志が必要だ。[p.141]」「従業員にリスク追究を許す組織は、大きな創造性を奨励するものだ。[p.142]」

Principle 5
、従うより不服従Disobedienceover Compliance
・「不服従、特に問題解決のような極度に重要な領域での不服従は、しばしばルール準拠より大きな見返りをもたらす。イノベーションには創造性が必要で、創造性は・・・しばしば制約からの自由を必要とする。[p.167]」「創造的な不服従の文化は、階層的管理職や多くの伝統的組織にとっては大きな脅威となる。でもこうした企業こそは、最も創造的な労働者を支援して来るべき騒乱の時代を生き残るつもりであれば、最もそれを受け入れるべき存在だ。ルール遵守よりは不服従という原理を体現するイノベーターたちは、自分の創造性を高めるだけじゃない――他の人々も啓発して傑出した存在にさせる。[p.169-170]」「ポイントはルールが主眼じゃないということだ。許諾なしに行動する自由が重要で、・・・『自分で考えて権威を疑問視する』ことこそがブレークスルーを生み出す。・・・また、不服従が批判とはちがうことも認識するのが重要だ。・・・批判はあくまでわれわれの作業に対してなされるものであるのに対し、不服従は作業そのものだ。[p.183]」「社会の役に立つ不服従と、役に立たない不服従とのあいだの境界線はとてもむずかしいものだ・・・。ぼくは人々に法律を破れとか、不服従のための不服従とかを薦めるわけじゃない。でもときにはみんな第一原理に立ち返って、法やルールが公平なものか、疑問視すべきではないのかを考えてみるべきだ。[p.185]」「社会と制度は一般に、秩序に向かい混沌を避けようとする。その過程で、不服従は抑えられる。でもそれは創造性、柔軟性、生産的な変化も抑えてしまいかねず、長期的には社会の健全性と持続可能性も潰しかねない。[p.185-186]」

Principle 6
、理論より実践Practice overTheory
・「理論より実践ということは、加速する未来では変化が新しい常態となるので、実際にやって即興するのに比べ、待って計画するほうが高い費用がかかるということを認識するということだ。古き遅き日々なら、計画は・・・金銭的なトラブルと社会的な後ろ指を指されかねない失敗を避けるのに、不可欠なステップだった。でもネットワーク時代では、主導的な企業は失敗を受け入れ、奨励さえしている。・・・ビジネスは『失敗』を安上がりな学習機会として受け入れるのがごく普通になっている。・・・理論より実践をどこまで実行できるかは、作業している『レイヤー』による――インフラなどの大量資本プロジェクトはもちろん、やりなおしや比較的気楽なリスク容認の機会は少ない。これに対して、もっと高次の柔らかいレイヤー、たとえばソフトやマーケティングは、劇的に新しい費用構造を持っているし、それに応じたアプローチをすべきだ。[p.194]」
・「数値指標は、自分がずばり何をしたいかわかっていれば、進捗を計測するのに重要だ。でもそれはイノベーションを押し殺しかねない。・・・漸進主義から離れられなくなるかもしれない。[p.197]」
・「過去一世紀半にわたり知識の伝播に理論が果たした中心的な役割を否定するつもりはいささかもない。でも理論だけでは、蠱惑的であると同時に危険になりかねない。理論は実践を導くべきだけれど、同様に実践も理論を導くべきだ。急速な変化の世界では、これは空前の重要性を持つ。これからの時代に、一部の科学的な発見はまちがいなく、人類のもっとも重視している信念に疑問をつきつけるだろう。[p.214]」

Principle 7
、能力より多様性Diversityover Ability
・「才能と仕事とをマッチングさせる最高の方法は、少なくともナノバイオ技術の世界では、いちばん華々しい学位の持ち主をいちばん難しい仕事に割り振ることではなく、むしろ何千人もの行動を観察して、その仕事に必要とされる認知技能に最大の適性を示すのはだれかを見つけることだ。・・・一部のゲームプレーヤーは、超自然的なパターン認識力がある。ほとんどの人には欠けている、生得的な空間的論理付け能力だ。・・・エテルナは資本主義の中心的な想定を過激な形で見直す必要性を示している。その想定は、労働は上意下達の指揮命令系統マネジメントで配分するのが最適だというものだ。エテルナはかわりに、これまでは過小評価されてきた属性――多様性――に頼る。実際、インターネット以前なら、これは実現が難しいと一般に思われていた。[p.220-221](筆者注:「エテルナ」はRNA設計のゲーム)
・「クラウドソーシングという魔法の粉の効力は、おおむねあらゆる人々の大集団に自然に生じる多様性の関数となるのだ。[p.222]」
・「人はつい、ある分野で最も賢く最もよい訓練を受けた人々――専門家――がその得意分野の問題解決に一番向いていると思いがちだ。そして実際、その通りであることが多い。それが失敗すると・・・『能力』という原理に対する不動の信念のため、人々はもっとよいソルバーを見つけなければと思ってしまう。・・・2組の専門家たちはまちがいなく、問題に同じ手法を適用し、同じバイアスや盲点や無意識の傾向を持つ。・・・スコット・E・ペイジはこう語る。『能力は重要ではある。でも総和で見ると、それは収穫逓減をもたらす。』[p.223-224]」

Principle 8
、強さより回復力Resilienceover Strength
・「伝統的に、大企業は樫の木のように、失敗に対して自分たちを強固にした。資源を積み上げて、階層型マネジメント構造や厳格なプロセスや、カオスの力から守ってくれるはずの詳細な5カ年計画を導入した。・・・でもインターネット時代に成長したソフトウェア産業はちがったアプローチを取った。かれらの分野は実に新しくて急速に変わるので、先人たちの計算ずくのリスク忌避をしていたら、競争相手が前進する中で道の途中で動けなくなってしまったはずだ。おかげでかれらはしょっちゅう失敗した――でもその初期投資はかなり低かったから、その失敗から学んで先へ進めた。[p.243-244]」「回復力ある組織はまちがいから学んで環境に適応する。・・・長期では、強さより回復力を重視することで、組織がもっと活気ある、堅牢で、ダイナミックなシステムを発達させる一助となるだろう。これはとんでもない破綻に対してずっと耐性が高い。はるか遠い偶発時に備えて資源を取っておいたりしないし、不要な手続きだの手順だのに過剰な手間暇を支出したりもしないので、予想外の嵐をも乗り切れるようにする、組織的な健康のベースラインを構築できる。・・・もちろん、これはどれもイノベーターやその組織が決して将来計画を立てるなとか、潜在的なトラブルのもとを予想したりするなとか言っているわけじゃない。単にある時点で必ず失敗は起こるし、最も機能的なシステムが急速に再生できるというのを認めているだけだ。カギは、失敗に抵抗する費用が失敗を受け入れるより高くなるときにそれを認識し、組織が成長しても回復力を維持するということだ。[p.246-247]」
・「回復力というのは、必ずしも失敗を予想するということではない。自分が次に何がくるかを予想できないということを予想する、ということであり、その状況に対する一種の認識力に基づいて活動するということだ。[p.261]」

Principle 9
、モノよりシステムSystem overObjects)
・「モノよりシステムという原理は、責任あるイノベーションは速度と効率性以上のものを必要とするという発想を前提とする。またこの原理は、新技術の総合的な影響についての絶えまない検討も求めるし、人々、コミュニティ、環境のつながりの理解も要求するものだ。これまでの世代のイノベーションはもっぱら、個人や企業の利潤の問題に動かされてきた・・・。でもイノベーターが、生態的、社会的、ネットワーク的な効果を考えずに新製品や技術介入を開発できる時代は終わった。これからは、イノベーションへの動きはその潜在的な全身性の影響を深く考えることで抑えられる必要がある。この原理を全面的に受け入れることで、ぼくたちは将来のイノベーションが自分の存在する各種自然システムに対してプラスか、最悪でも中立的な影響しか与えないようにできる。この目標を達成するためには、自分たちの活動するコミュニティをもっと十分に理解する必要がある。[p.277]」

結論
・「世界は根本的な構造変化のただ中にある。われわれは、古い条件付けにあてはまらないから見逃しかねないものを、見て適応する能力をしっかり身につけられねばならない。・・・人類は根本的に適応できる。われわれは、適応性よりも生産性に注目した社会を創り上げた。本書の原理は、柔軟になって、新しい役割を学び、それがもう機能しなくなったら捨てられるようになるよう手伝ってくれる。[p.308]」
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以上、9つの原理について、その原理を説明していると思われる部分を中心に引用してみました。ただ、本書ではこうした説明以外に事例を示してそれに基づいて読者の理解を深めようとしている部分が多いため、この原理についてどこまでそれが妥当なのか、あるいはこの9つの原理だけで不確実な未来が乗り切れるようになるのかはわかりにくいところもある気がしました。そこで、訳者が「敢えて平たく泥臭く書き直した」9つの原理もご紹介しておきたいと思います。[p.328-329
1、権威より創発:「自然発生的な動きを大事にしよう」
2、プッシュよりプル:「自主性と柔軟性に任せてみよう」
3、地図よりコンパス:「先のことはわからないから、おおざっぱな方向性で動こう」
4、安全よりリスク:「ルールは変わるものだから、過度にしばられないようにしよう」
5、従うより不服従:「むしろ敢えてルールから外れてみることも重要」
6、理論より実践:「あれこれ考えるより、まずやってみよう」
7、能力より多様性:「ピンポイントで総力戦やっても外れるから、取り組みもメンバーも多様性を持たせよう」
8、強さより回復力:「ガチガチに防御をかためるより回復力を重視しよう」
9、モノよりシステム:「単純な製品よりはもっと広い社会的な影響を考えよう」

とはいっても、全体的には著者の主張は私の経験に照らしても非常に納得しやすいものです。特に興味深く感じたのはそれぞれの原理の「○○より・・・」という部分の指摘です。これらは、現状のイノベーションやマネジメントのシステムの問題点を表したものと受け取ることができるのではないでしょうか。地位や権威に基づいて、ただやることを命令し、詳しい計画を求め、リスクを忌避し、ルールを強制し、実行に理屈を求め、多様性を軽視し、失敗しないように対策を強化し、近視眼的な製品やサービスにこだわる、といったやり方ではこれからのイノベーションはうまくいかないのではないか、という感覚を著者は非常にうまく裏づけてくれているように感じました。ではどうしたらよいのか。それは、著者や訳者の視点とともに、著者が率いているMITメディアラボでの成果も見ながら、各自の立場で行動してみて判断するしかないのだと思います。本書はそうした行動指針を導くうえでの大きなヒントを我々に与えてくれているような気がしました。


文献1:Joichi Ito, Jeff Howe, 2016、伊藤穣一、ジェフ・ハウ著、山形浩生訳、「9プリンシプルズ 加速する未来で勝ち残るために」、早川書房、2017.

「Shift イノベーションの作法」(濱口秀司著DHBR誌連載)より

イノベーションを成功させるにはどうしたらよいのか、百発百中は無理としても少しでも成功確率を上げるにはどうしたらよいのかはイノベーションに関わるすべての人が知りたいことでしょう。特に近年では、イノベーションの成功が企業の成功と不可分に結びついているとの認識が広がっているためでしょうか、イノベーションの本質や、イノベーションを成功させるための方法論についての議論も増え、実際の成功や失敗体験にもとづいた実務家からの提案も増えてきているように思います。

一般に、実務家による議論の場合、手法が具体的であるものの、特定の分野に限られたり、自身の成功や失敗の体験に強く影響されて、汎用性に乏しい議論になってしまうこともありがちだと思います。しかし、イノベーション事例が増えるに従い、考え方や手法が洗練され、多くの実務家の参考になるようなものも現れてきているのではないでしょうか。今回は、そうした実務家による提案の中から、2016年~2017年にかけて「Shift イノベーションの作法」[文献1]としてDHBR誌に連載された濱口秀司氏の考え方をご紹介したいと思います。著者の考え方は理論を根拠にしたものというより実践から引き出されたもの、という印象ですが、考え方のポイントがよくまとまっており、実務家にとって非常に納得しやすく使いやすい手法になっていると感じました。以下、その中から特に重要と思われた点をまとめたいと思います。

企業が生む変化とSHIFT、その基本的活動
・「現代の企業はその活動の一環として、非連続な変化を生み出す重要性をあらためて認識しつつある。少なくとも一昔前のようにimprovementのみで長期的な優位性を保つことが難しくなったという認識は、日本でもすでに広まったように思う。[第1回]」(筆者注:improvement(改善)は連続的変化として「TUNE」とされています)
・企業による非連続な創造活動には、二種類ある。それは、SHIFTJUMPである・・・。JUMPというのは、いまある事業領域から飛び地のエリアで新規事業を始めることである。・・・もう一つのイノベーションの型がSHIFTである。これはJUMPとは違い、既存の事業領域や所属メンバーをコアにして商品やサービスのあり方を規定し直し、市場の新しい認知を得ることで事業価値を高める設計手法である。・・・SHIFTJUMPの両者を比較した時に、より小さな労力とリスクで済むのがSHIFTである。大企業がすでに持っている資産、たとえばブランドや流通網、人材等の優位性を利用して活動を行う。ただSHIFTには、JUMPとは違って、既存事業体をレバー(てこ)とするがゆえの困難を伴う。それは社内認知を形成するプロセスである[第1回]。」
・「SHIFTにおいては、・・・三つの基本活動――『イノベーション』(I)、『インターナルマーケティング』(Mi)、『エクスターなるマーケティング』(Me)、をシステマティックに行なう必要がある。・・・イノベーションとは、突拍子もない、直感的な発想の持ち主から生まれるものと思われがちだが、実際は多くの場合そうではない。・・・イノベーションが生まれる現場で重要なのは、思考のモードを論理思考と非論理思考の中間に持っていくことである。論理的すぎるのはもちろん、非論理的すぎてもいけない。・・・『インターナルマーケティング』(Mi)とは文字通り、社内向けのマーケティングを指す。新しい顧客体験やテクノロジーやビジネスモデルの開発者は、何よりもまずそのコンセプトを社内に売り込み、マーケットに打ち出す意義について説得しなければならない。しかし、そのハードルはとてつもなく高い。・・・ビジネスにおいて再現性や信頼性や管理のしやすさを追求するのは経営者としては大事な思想である。そんな経営者に、不確実性の塊であるイノベーティブなアイデアをそのまま放り投げたところで、受け入れられるはずがない。[第1回]」

SHIFTはベクトルの方向と大きさを変えること
・「SHIFTの概念を最も端的に示すのは『矢印』すなわち『ベクトル』である。それは『方向』と『大きさ』という二つの要素で構成される。・・・あらゆるビジネスの現場において『誰も思いつかなかった方向』を見つけ出し、『適切な大きさ』に調整してSHIFTが実現された時、それは結果としてイノベーションと呼ばれる可能性が高い。[第2回]」

SHIFTを起こす三つの領域
・「さまざまなケースでSHIFTを検討する際、その方向と大きさを考える以前に、それを『どこで起こすのか』というターゲット領域を念頭に置く必要がある。SHIFTが起こる領域は、大きく見れば次の三つに分類できる。[第2回]
1、ビジネスモデル(B):いかにして立ち上げるか(起動)、いかにして伸ばすか(成長)、いかにしてライバルからの攻撃を防ぐか(防御)、いかにして儲けるか(利益)
2、テクノロジー(T):製品/サービス、その提供方法、生産方式など、技術的要素が絡むもの全般を指す。
3、コンシューマーエクスペリエンス(C):人々の体験、生活様式を一新させるSHIFTのこと
・「『B・T・C』というSHIFTの領域を意識しながら商品やサービスの分類を行うと、『いまどの領域にSHIFTが必要なのか』あるいは『自社が現在どんなリスクにさらされているのか』が浮かび上がることがある。・・・現代においてマーケットにインパクトを与え、業界の勝者であり続けるためには、やはり『B・T・C』の複数領域でSHIFTを起こし続けるべきであり、さらにそのボリュームについても妥協しないほうがいい。業界の外からいつでもディスラプター(破壊者)が現れる可能性があるので、現在の競合状況や開発段階を前提として自分たちの起こすSHIFTの大きさが小さくてもかまわない、というわけではない。[第2回]」

イノベーティブな発想の3要件
1、見たこと・聞いたことがない。
2、実行可能である。
3、議論を生む。(「すべての人が・・・賛成したら、それは常識の範疇を出ていない証左である。逆に、すべての人が反対するものもまたイノベーティブではない。・・・そもそもマーケットが存在しないからだ。[第3回]

バイアスとその破壊
・「『多くの人の一般的な考え方』を、私は『バイアス』と呼んでいる。・・・バイアスには、私たちの生活をスムーズにし、脳を効率的に使うことを手助けするプラス面がある。ただし、同時に忘れてならないのが、このプラス面が新たなアイデアを生む際には妨げとなることだ。[第3回]」
・「一般的な企業における事業プロセスを単純化すると、・・・コンセプト設計、戦略策定、意思決定、実行、と事業を進めるほど自由度はどんどん下がっていく。一方、現実の大企業の組織においては、不確実性が排除される事業の下流フェーズに行くほど資源が重点配分されていく。企業においてはこの点を十分配慮し、最も自由度の高い上流のコンセプトを構築するフェーズに効果的に資源を配分し、バイアスを壊すことこそが、ビジネスにおける深いSHIFTにつながると私は考えている。[第3回]」
・「バイアスを破壊せよといっても、やみくもに壊せというわけではない。バイアスを構造的に認識することで、その空白地帯を見つけだし、SHIFTにつながるイノベーション発想ができる『作法』がある。次の三つが、その基本プロトコルだ。
1、バイアスを構造化(可視化)する。
2、バイアスのパターンを壊す。
3、強制発想する。
・「実際のビジネスにおいてはこのバイアスブレーキングを、・・・ビジネスモデル(B)、テクノロジーモデル(T)、コンシューマーエクスペリエンス(C)という三つの領域で起こさなければならない。[第3回]」
・「ビジネスの面白さと難しさは、答えが無限に存在するところにある。このため、社会にインパクトを与えるSHIFTを実現したければ、『正しい答え』を探そうとするのは間違いである。まず、人々の持つ複雑に絡み合った既成概念――私の言うところの“バイアス”の構造を自分なりに視覚化して、与えられた時間内にそのバイアスを破壊する方向性を強制的に見出すのだ。[第4回]」

インターナルマーケティングと不確実性の壁
・「人間を大別すると、直感やイメージを好む『ケイオスタイプ』と、論理や数字を好む『ストラクチャータイプ』の2種類に分けられる。・・・ケイオスタイプの企画者が素晴らしいアイデアを思い付いた時、それをいくら画像やイメージで伝えようとしても、数字や論理を好む経営層は理解できない(しようとしない)。・・・ケイオスタイプがみずからのアイデアをストラクチャータイプに理解してもらうには、まずそれが業界の既成概念ともいえるバイアスを破壊するユニークなものであることを、“コンセプト”として語ることが大切である。・・・SHIFTを起こすうえで、それぞれのプレーヤーが持つバイアスをすべて破壊することが不可欠だ、という認識さえ意思決定者には共有されていないことが多い。それらを一手に説得できる材料は、『売れる』という確証でしかない。[第5回]」

「β100」という手法
・「私自身は、『β100』と呼ぶ手法を実践している。これが、市場を実験場にすることなく、『市場投入後の販売結果』を意思決定前に把握できる、おそらく唯一の解である。・・・『β100』とは、プロトタイプを作成し、ユーザーが実際に買うかどうかを極めてリアルな状況でテストする、購買意向調査である。・・・『β100』では、何よりも先に『こういうふうに買うはずだ』というコンセプトをつくり、それに基づいたプロトタイプを作成する。・・・“一つの完結したプロトタイプ”をつくるにはやはり大きなコストがかかるため、『β100』では次の三種のプロトタイプを作成することで総コストを抑えている。
デザイン・プロトタイプ:見た目、形状、手触りなどを忠実に実現する。
ファンクショナル・プロトタイプ:新たな機能を体感させる。
コンテクスチュアル・プロトタイプ:広告や取扱説明書などで、商品が持つコンテクスト(背景や文脈)を鮮やかに表現する。
注意してほしいのは、この3つを『混ぜないこと』である。
・「ストラクチャータイプが最も敬遠する“不確実性”を段階的にクリアしながら、意思決定を迫ることができるのだ。・・・最大の効果は社内に現れる。まず、芳しい結果にチームのメンバーは歓喜し、自身を深め、モチベーションが高まる。目の前が一気に開け、開発スピードは間違いなく加速する。・・・意思決定者が『これは売れる』と確信をもって意思決定できるのと同様に、企画者にとってもこの“手応え”がプロジェクトを躍進させる力となるのである。[第5回]」

ユーザーが認識する価値
・「現在、ユーザーが認知する価値には『機能』『デザイン』『ストーリー』という3要素がある・・・ユーザーが知覚する順番で言えば、まず『デザイン』を認知する。人間は視覚が強い動物なので、最初に姿・形を目で見てとらえる。その後、実際に触ったり使ってみて『機能』を知る。そして、その先で商品に込められた『ストーリー』を理解する。[第6回]」

合意を取り付けるプレゼンテーション法
・「スムーズかつ確実に相手に内容を伝えるために重要な要素は、次の3つである。
1、パッションを持つ。
2、ピラミッド型で話す:結論(頂点)を先に述べる
3、階段状に合意を取り付ける:相手にとって『合意できる内容』と『議論すべき内容』を交互に織り交ぜて話すことで、聞き手と一緒に一段ずつ、理解と合意の階段を上っていくアプローチ[第6回]」

ディシジョン・マネジメント
・「ディシジョン・マネジメントは、非常に複雑な事業環境に置かれていても、自分たちで決められる価値判断基準と意思決定項目を設定し、不確実性を分析して戦略決定を行う手法である。・・・数限りなくある不確実要素の中で、どれが、どのぐらいの確率で発生し、事業にどの程度の影響を及ぼすのか、感度分析を行うための計算モデルを作成し、定量化を図る。・・・計算モデルにおいては、不確実要素である変数を変えることで、その際のPL(損益計算書)のみならず、キャッシュフロー、正味現在価値なども瞬時に把握できる。・・・不確実要素の中で影響が大きいものと小さいものを見極められる効果は大きい。[第7回]」

ユーザーの心をとらえるエクスターナルマーケティング
・「ユーザーの心のとらえ方には、次の3つのアプローチがある」
1、スナイパー型:「離れた場所からユーザーの心を1発で射とめるアプローチである。・・・どんな顧客がいるのかを予測してポテンシャルユーザーを見つけ、その心を射止める商品をつくるのだが、一発勝負なので外れる確率は高い。・・・不確実性が高いイノベーティブな領域で、これがいかにギャンブル性の高いアプローチであるかは、念頭に置いておくべきである。」
2、ハンター型:「中距離からユーザーの心をうかがい、連続して複数の弾を撃つアプローチである。・・・少しずつ異なる複数商品を・・・マーケットに連続投下することで、どれかを確実に当てることがその狙いである。」
3、フィッシャーマン型:「ユーザーに近寄って投網を打つ、・・・弾で射抜くのではなく、ユーザーのニーズや共感など何か一点の引っかかりを起点として、顧客を絡め取り逃がさない設計になっている・・・。[第8回]」
・「デザイナーやマーケターのインスピレーションのためには、ペルソナの設定も価値があると思う。しかしマス・マーケットを狙った新商品企画においては、『ある一人に受ける商品をつくる』よりも『ある一万人が共通して持っている心理をとらえる』ことが重要なのである。・・・どこにでもいるユーザーの心理をとらえるのが難しい、と肝に銘じなければならない。[第8回]」
・「エクスターナルマーケティングのセオリーとしてもう一つ付け加えておきたいのは『どんなヒットにも始めの一歩がある』という現実である。・・・商品を企画し、ビジネスモデルを構築する段階から、『最初の顧客100人をどう確保するのか』を考えておかなければならない。[第8回]」
・「エクスターナルマーケティングでは『誰に』『何を』『どのように』働きかけるか、費用対効果に見合う形で企画することが重要である。[第9回]」

プライシングのセオリー
・「プライシングについては、既存のセオリーとして『カスタマーバリュー・アナリシス』が広く知られている。本セオリーが画期的だったのは、顧客の『認識価値』と『認識価格』を切り分け、価値の一つとして価格をとらえることによる混乱を排除できた点である。[第10回]」
・「商品の認識価値と認識価格がバランスする『フェアバリュー(適性価格)・ライン』・・・上であれば、シェアが大きく動くことはない。顧客はそれを正当と判断し『損でも得でもない』と感じるためだ。・・・現実のプライシングで気をつけるべきポイントは、大きく次の3点がある。第一に、ライバルの動向等によってフェアバリュー・ラインは変動する。・・・『よりよい商品を、安価で売る』という企業努力は評価されるべきだが、プライシングセオリーを無視したマーケティング戦略は業界全体を泥沼の価格競争に引きずりこみ、疲弊するだけに終わるリスクがある。第二に、シェア獲得ゾーンであっても、市場によって顧客が存在しないエリアがある。・・・第三に、フェアバリュー・ラインがいびつな形をしている場合もある。」「『シェア獲得』という近視眼的なメリットに固執するあまり、業界全体が利益を確保できず疲弊してしまうケースが頻発している。」
・「SHIFTを起こすと、その企業みずからが新しいフェアバリュー・ラインを引き直すことができる。逆に、そうした優位性をプライシングのセオリーとともに理解して戦略を構築することが、SHIFTにおけるエクスターナルマーケティングには不可欠である。[第10回]」

時間管理、プロジェクトのフェーズ
・「プロジェクト全体を、次の4つのフェーズに分解して考えてみる。1、コンセプト設計、2、戦略策定、3、意思決定、4、実行・・・結論から言えば、自由度が高い上流フェーズに効果的にリソースを配分できるように意識しなければならない。なぜなら、4つのフェーズのうち、ほぼゼロベースでシナリオを描けるという点で、1、コンセプト設計や2、戦略策定といった上流フェーズこそが、そのプロジェクトの成否を大きく左右しうるからだ。・・・しかし、一般的な大手の企業では、自由度の高い上流フェーズに、時間やヒト・モノ・カネといったリソースを重点配分することが少ない。逆に、後半のフェーズに行くほど不確実性が下がって安心できるためか、こちらに多くのリソースを投入する傾向がある。[第11回]」
・「コンセプト策定と戦略策定の前半フェーズでは、絶対に数字を用いてはいけない・・・コンセプト策定と戦略策定の前半ではクリエイティビティが求められるのに、数字を使うと・・・視野が狭くなるからだ。こういう場面でひつようなのは、覚えられる範囲のざっくりした数字で、250億円と25億円の大小がわかる程度に把握できれば十分である。[第14回]」
・「私が実践しているのは、・・・あらゆるプロジェクトで『初日から答えを出す』というルールを設けている。・・・もちろん、初日に得られる情報は非常に少ない。しかし、その段階で得られている情報から導きうる答えとその切り口を、メンバー全員で提示する。そして、それらをみんなで議論して、その日のチームとしての結論を定める。・・・そして翌日は少し情報が増えているので、その情報を加味して新たなアイデアと切り口を挙げる。・・・そうやって、日々答えを出し続ける。これが私のやり方である。[第11回]」
・「私は『90:10の法則』があることにも気がついた・・・。イノベーティブなアイデアの90%は、プロジェクト全体のうち開始直後10%の期間内に思い付いているという事実である。・・・なぜプロジェクト開始直後10%の期間内で、イノベーティブなSHIFTにたどりつくのか。・・・一つ目は、手元にある情報がシンプルなため、ハンドリングしやすい。二つ目は、情報が本質的であり、核心を突いている。・・・三つ目の理由として、情報が少ないためにかえって創造力が働く。・・・私の経験上、十分な情報が揃った後にイノベーティブなアイデアを思いつく合理的な理由はない。・・・いまこそ答えを出すべきだと判断できる情報量やタイミングの正しさを証明するものは何もないのだ。[第11回]」

コラボレーション
・「多くのプロジェクトで、専門能力を有したメンバーが集まり、ブレインストーミングやミーティングを行うことで『1+1=2を超える成果』を出そうとしていることだろう。しかし、この段階ではっきり認識しておくべきは、『2を超える成果』が生まれるのは、コミュニケーションの行われる『場』ではなく、あくまで『個人の頭の中』である、という事実である。・・・専門家が何人集まろうとも、最終的に、新たなアイデアは個人の頭の中で発想される。つまり『個人が考え抜き、頭脳を使い切る』ことなくして、そのチームが『1+1=2を超える成果』は上げられない。・・・コラボレーションで重要なのは『コミュニケーションの量』ではない。重要なのは『個人が考え抜くこと』と『コミュニケーションの質を高めること』である。・・・個人で考え抜いているからこそ、『完璧にシンプリファイされたコンセプト』(アイデアと切り口)を語ることが可能となる。それを聞く側も、一度自分の頭で考え抜いているからこそ、相手のシンプルなアイデアを見た瞬間、その作品の面白さや、切り口の斬新さを即座に理解することができる。この『シンプルに語れる』『アイデアの価値を即座に理解できる』という状態は、コミュニケーションの質を高める重要な要素である。また、アイデアをシェアする際に『アイデア』と『切り口』をセットで語る点にも重要な意味がある。換言すれば、これは『具体』と『抽象』を提示することになる。仮に『具体』(アイデア)の完成度が低かったとしても、『抽象』(切り口)を説明することで斬新さが伝われば、後に完成度を高めていくことはできる。・・・自分のアイデアとともに、なぜそれがいいのか発想の軸を示してシェアすると、それぞれの切り口を組み合わせ構造化して、認知バイアスが見える化され、それを超えるアイデアを生み出しやすくなる。つまり、コラボレーションといっても、実際には『個人が考え抜いている時間』のほうが圧倒的に多いほうがよい。」[第12回]
・「コラボレーションを成功に導くポイントをまとめると、次の3つとなる。

1、シンプルに語る:「シンプルでなければ、情報を共有すること自体が不可能であり、異種の壁を越えられない。」
2、箱に入れる:「議論のテーブルに乗せられる状態になっていることを指す。」
3、アップグレードする:「『箱に入った材料を使って、バイアスを見出し、よりよくする』というプロセスである。」[第12回]

人材の教育
・「私の教育プログラムは次の2点を守りつつ、進行する。
コンポーネントをランダムに見せる。

全体像を見せない。
「『重要なコンポーネント』と『つなぎ方』を教えたら、後は自分でコンポーネント同士をつなぎ、全体像を構築すべきである。そのプロセスを経なければ、教える側を超える人材には絶対になれないからだ。」[第13回]
・「Zibaで求めるのは、イノベーションを起こせる人材である。より具体的に言えば、『ストラクチャー(構造・論理)型』と『ケイオス(混沌・直感)型』双方の思考バランスに優れた『ストレクチャードケイオス』型である。」(筆者注:Zibaは著者がエグザクティブフェローを務める米国のデザインコンサルティング会社)

不確実性のレベルと数字の活用
・「不確実性のレベル1は、高い確度で『予見できる未来』である。・・・レベル2は『パターンごとに読める未来』だ。・・・条件ごとにある程度の確率で割り出す・・・。・・・レベル3は『方向性だけはわかる未来』である。・・・レベル4は、最も不確実性が高いレベルである。」(わからないレベル)。「レベル4に当たる最高レベルの不確実性については、日ごろのビジネスで考えても仕方がない。多くの場合は時間の無駄である。重要なのは、レベル1~3をどう取り扱うかだ。このうちレベル1~2は、・・・数字を駆使するディシジョン・マネジメント・・・の出番である。そして、一番やっかいなのがレベル3だ。より詳しく解析しようとしても、不確実性が高すぎて数字は意味を成さない。イノベーティブなアイデアであるほど、数字で解析・予見できないのである。このレベル3に当たるイノベーションを取り扱うには、数字でないツールで論理を担保する必要がある。そのための手法が、2×2のバイアスブレイク・モデルである。[第14回]」

会社で意思決定が動き出す3K
・1、競合(ライバルの動きにひきずられる)、2、協業提案(外部からの協業提案)、3、狂人(発案者が常識を打ち破るほどの熱意で取りつかれたように意思決定者に迫る)[第14回]」

不確実性に対応する3つのアプローチ
・1、アダプティブ(「短期的なビジョンをたくさん掲げてモニタリングし、何が起きたかすぐに発見して対応する」)、2、オプション(「AとBとどちらの方向に行くかわからない時は、両方張っておく」)、3、ブレイク(「いまあるトレンドを吹き飛ばすぐらいインパクトのあるアイデアをつくる」)[第14回]」
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著者のアプローチの特徴を一言でいうなら、不確実性を考慮することによるイノベーションの成功を目指した実用的なアプローチ、ということになると思います。特に私が興味深く感じた点は、検討項目を絞り込んでいる点です。例えば創造活動をJUMP,SHIFT,改善と分類し、SHIFTに活動を絞っているところや、SHIFTの基本活動をI、Mi、Meに絞り込んでいるところなど、本当にそれで大丈夫なのか、と不安になるような大胆さを感じましたが、記事に紹介された事例や著者の経験談にはかなりの説得力があり、いたずらに厳密さや汎用性を求めるよりも成功に近づきうる実践的手法なのではないかと思いました。研究者はつい、思いついたことを成功させたい、成功させるにはどうしたらよいか、と考えてしまいがちですが、そこにこだわらず、成功しやすいイノベーションを選び、アイデアを成功しやすい方向にもっていく、という考え方はビジネスにおいて特に重要でしょう。さらに、著者の示唆は、多くの企業活動における問題解決、特に不確実性への対処が必要な様々な活動に応用できる可能性も持っていると思います。もちろん、このアプローチ以外でもイノベーションを成功に導く手法はありうるでしょうし、この手法が適していない課題や活動もあるかもしれません(例えば、業界によっては単なる改善でも大きな意味を持つ場合もあるでしょうし、JUMPを目指した活動があってもかまわないでしょう)。この手法もこれが決定版ではなく改良されていくかもしれません。しかし、このような手法が語られ始めたこと自体、ビジネスにおけるイノベーションの理解が進み、手法も進歩しつつあることを示しているのではないでしょうか。あとはそれぞれの立場の実践家が、著者をどう越えていくのかが重要なのだろうと思います。


文献1:濱口秀司、「Shift イノベーションの作法」、DiamondHarvard Business Review、第1回Nov.2016, p.122;第2回Dec.2016, p.120;第3回Jan.2017, p.120;第3回Feb.2017, p.122;第4回Jan.2017, p.120;第5回Mar.2017, p.122;第6回Apr.2017, p.120;第7回May2017, p.118;第8回Jun.2017, p.122;第9回Jul.2017, p.124;第10回Aug.2017, p.122;第11回Sep.2017, p.122;第12回Oct.2017, p.120;第13回Nov.2017, p.120;第14回(最終回)Dec.2017, p.122.

研究開発実践のマネジメント第25回-研究組織の構造:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.3.1(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
第8回第17回
2.2
、研究開発を行う人のマネジメント第18第24回

2.3
、研究組織とそのマネジメント
今回からは研究組織の問題、具体的には研究開発を成功させるにはどのような組織がよく、どう運営すればよいのかについて、4つの視点から考えてみようと思います。まず今回は、組織の構造について取り上げ、次回以降、組織が持つ仕組みや制度、研究組織が持つべき特性、組織の運営方法、といった点について検討していきます。

2.3.1
、研究組織の構造が研究に及ぼす影響
1)
研究組織の構造を考える際のポイント
・イノベーションにおける研究組織の役割:「組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]
・最適な組織の構造:Tiddらは「最適な組織の特性に単一の<ベストな>解などない」と述べ、「組織構造と、イノベーティブな行動ルーティンとの間に、基本的な調和が存在する」ことが重要と述べています[文献2、p.380]

一口に研究開発活動といっても、本シリーズ第10回で述べたとおり、その内容は様々です。しかし、個人の能力を超える活動においてはどんな活動であれ、人が集まって協力したり仕事を分担したりするために何らかの固定的な組織を作ることは必要でしょう。従って、Tiddらが指摘するとおり、その組織が、多種多様な研究開発の業務のすべてに最適な構造である、ということはほぼあり得ないという認識を持つことがまず必要と考えられます。

では、どうしたらよいのでしょう。まずは、様々な組織の構造の特性を理解し、研究開発活動の内容に合わせて、その組織のよい点を活用し、悪い点を修正したり補ったりしていく、というアプローチが求められるのではないでしょうか。そこで、今回は組織の構造の特性を整理してみたいと思います。

2)
研究組織の構造とその特性
ここでは、組織の構造を、いわゆる「組織図」に表されるようなものと考えたいと思います。一般に組織図は、ある集団の責任者(その集団をまとめ、方向性を決めて導く人)が誰であるか、指揮命令や報告の系統(誰が誰に命令するかや情報の流れの関係)を図示したものということができるでしょう。そのような「構造」は、その集団にどのような影響を与えるのでしょうか。

技術組織の特徴
丹羽は、技術組織の特徴を次のように整理しています。「技術組織の大きな特徴は、第1に技術知識を体系的に扱うことのできる『技術知識組織』である。これは、専門的な科学技術に関する知識体系の理解ができる人たちの活動が前提となる。単に、人数を集めて、誰でも分かるマニュアルをわたせば活動ができるというものではない。第2に、創造性の発揮が必要となる『創造的組織』である。これは、個人や組織の創造的能力に基づくものであり、単純な目標管理マネジメントを行ったり、あるいは、命令すれば実現できるというものではない。さらに、上位者が優れているというわけでもない。独創的な個人のアイデアを組織で生かすことが重要となる。[文献3、p.215]」

技術志向組織と機能志向組織
さらに丹羽は2種類の技術組織について述べています。「技術組織には次のような2つの要請がある。・・・深い技術に関する知識の体系的な獲得と発展・・・・・・技術志向、技術に基づいた新製品や新サービスの開発・・・・・・事業志向。後者の新製品や新サービスの開発がなければ企業は存続できない。そして、それを実現するには最新技術の蓄積とその発展が欠かせない。この2つの要請が往々にして矛盾する状況を引き起こし、この技術志向と事業志向のジレンマの解決に苦労することが多い。これが技術組織の抱える1つの大きな課題となっている。・・・このようなとき、頻繁に採用される組織構造が・・・マトリックス(格子状)組織と呼ばれるものである。[文献3、p.217]」

マトリックス組織では、技術者は技術志向組織、事業志向組織の両方に所属し、「技術者は自己のアイデンティティを確保しその分野の技術水準の維持発展を行いながら、同時に事業に直接貢献する製品の開発にも携わることを可能にしようとしている。・・・このマトリックス組織の特徴は、2人のボス・・・が存在することにある。これは・・・Weber1924)の官僚制や、Fayol1916)の管理の原則の1つ『命令の統一性』(各人は1人の管理者からしか命令を受け取ってはならない)とは異なる新しい考え方である。・・・しかし、・・・運用上の問題点を抱えている。・・・マトリックス組織の問題点は、まさにその特徴である『2人のボス』に起因する。技術者の立場からは、2人のボスの命令や指示が矛盾するときにどちらにしたがえばよいのか分からないという問題である。企業全体としてみても、2つの方向(技術志向と、事業志向)のどちらを優先させるかという問題となる。・・・このような状況は結局のところ、スムースな組織運営を阻害することになる。これを防止するには、2人のボスの上位の者がこの両者の対立を解消するマネジメントを工夫しなければならない。・・・たとえば、あらかじめ優先権をどちらかに与えてしまう方式、あるいは、対立ごとに上位者が仲介する方式などである。これらには一長一短があり、さらに、企業の技術戦略に直接関わる重要なことだけに簡単には決められず、したがって、一般的な正解と言われるものは存在しない。[文献3、p.217-220]」

「結局1人のボスがいいということで、・・・タスクフォース(task force)組織(・・・機能に対応した組織はない)を採用することもある。しかし、これだと個々の製品開発が終了しプロジェクトが解散したときに、技術者は戻るべき組織がないという大きな欠点がある。したがって、タスクフォース組織を採用するには、人材の流動化、とくに、必要時に技術力のある新たな人員を採用できることが前提となる。[文献3、p.220]」

技術志向と事業志向の両方が求められる課題に対してどちらを重視した組織構造とすべきかについては、必要とされる技術の専門性の深さと、その専門性の習得、育成にどのぐらいの時間が必要かがひとつの判断基準になるように思われます。ある目的の実現に必要な技術を自社内で育成する必要があり、その育成に長時間が必要な場合には、技術志向の組織を保有することは不可欠でしょう。だたし、そのような必要性が高まるほど、セクショナリズムが生まれる危険性が高く、異分野協働による知識創造が行なわれにくくなる危険性もあるため、そのような環境で事業志向の組織をうまく運用するためには、過度な技術志向組織への依存をなくし、他部署との協働や事業志向組織を優先するインセンティブを工夫することが必要となるでしょう。

ピラミッド組織とフラット組織
官僚制に代表されるピラミッド型の組織と、階層の少ないフラットな組織がよく対比されます。一般的には、管理することが重要な業務には上司の管理範囲が狭いピラミッド型の組織の方が優れるのに対し、意思決定における機動性という点ではフラットな組織の方が優れていると考えられます。また、定常的業務ではピラミッド型でも問題がないのに対し、臨機応変な対応が必要な非定常業務ではフラット型が向いていると考えられます。しかし、フラットな組織では組織が大きくなるとマネジャーが管理すべき範囲が広がりマネジャーの意思決定がうまく行なえなくなる可能性があるため、権限を第一線に委譲して自律性に任せるような運用をしないとかえって効率が落ちたり判断を誤ったりする場合もあるでしょう。

ネットワーク組織
以上のような固定的なメンバー間の上限関係(リーダーとフォロワー)ではなく、組織のメンバーがネットワーク状につながった組織も考えられます。リーダーシップ論で注目されている考え方であるシェアード・リーダーシップ(SL)では、「SLは、『グループの複数の人間、時には全員がリーダーシップを執ることが重要』と考えるのだ。『リーダー→フォロワー』という『垂直的な関係』ではなく、それぞれのメンバーが時にリーダーのように振る舞って、他のメンバーに影響を与え合うという、『水平関係』のリーダーシップである。[文献4]」とされます。すなわち、相互に繋がり合った個人が、自由に上下関係を変更しうる組織ということであり、これもひとつの組織形態としてあり得るでしょう。ネットワークの中を流れる情報の伝わり方がネットワークの構造の影響を受けることも知られていますので[文献5]、こうした上下関係が流動的なつながりが新たな知の出会いを生み、それがイノベーションにつながるという期待もあるようです。

組織の大きさ
Christensen
は、破壊的イノベーションの進め方について「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せるべき」[文献5、p.192]と述べています。もちろん、あらゆるイノベーションにこの考え方があてはまるわけではありませんが、最初から資源を大量に投入して大きな組織を作ればよいというものではないことは認識しておくべきでしょう。一方、組織内の冗長性の確保や、技術継承の観点から、有効に機能する組織の大きさの下限があるようにも思われます。特に暗黙知を継承するという観点からは、同一分野で異なる年齢層の研究者・技術者を3人は確保しておくべきだと考えます。

組織間連携により生まれる構造
ここまでは研究開発組織内部の構造に着目してきましたが、最近では、イノベーションを実現するためには研究開発組織外の組織とうまく連携する必要がある、という認識が深まってきたように思います。つまり、研究開発部隊と、研究に関連する周囲の様々な組織とのつながりの構造をも理解し、それぞれの組織の考え方や動きを理解したうえで、その関係のマネジメントを進める必要があるということになります。

例えば、GovindarajanTrimbleは、既存事業を推進する部署(パフォーマンス・エンジンと呼んでいます)とうまく連携すべきであることを指摘しています[文献7]。新製品開発であれば、その製品を製造してくれる製造部隊や販売してくれるマーケティング部隊との連携が可能かどうか、どう連携すればイノベーションの実現に協力してもらえるのかを考える必要があるでしょう。

研究開発を支援してくれる部署との連携も重要です。例えば、「研究管理」とか「研究企画」と呼ばれる部署が研究開発部隊の効果的な支援をしてくれるような関係を作り上げることも必要でしょうし(例えば本ブログ別記事)、「研究営業」(例えば文献8)のような組織を活用することも有効かもしれません。また、イノベーションに関する諮問委員会、社内起業ファンド、インキュベーターなどの組織を設けて総合的にイノベーションを推進すべきであるとする提案もなされています[文献9、p.308]

こうした他組織との連携を社外に広げれば、コーポレートベンチャーキャピタル、オープンイノベーションやイノベーションエコシステム構築、という考え方につながっていくでしょう。このような組織を超えたネットワーキングについて、Tiddらは、「ネットワーキングは、経営資源の問題に対して強力な解決策が存在する可能性を示している。すなわち、どこに行けば資源が得られるか、そしてそれらをどのようにリンクさせればよいかが分かっていれば、イノベーションに必要なすべての資源(特に、専門化された知識など)を1社で保有する必要性はないということである。・・・しかしながら、ネットワーキングの便益は自動的に得られるものではない。そのプロセスを成立させるためには、調整に関する多大な努力が必要とされる。・・・単に企業を寄せ集めるだけでは、各部分の総和よりも、はるかに低い成果しか出てこない危険性が高い。[文献2、p.381-382]」と述べています。

以上、組織内部の構造、組織間の構造とその特性について考えてみました。もちろん、構造がわかったところでそこから直ちによりよいマネジメントの方法が導けるわけではありません。しかし、組織の特性やあり方は個人の意思決定や能力の発揮に重大な影響を与える可能性があります。よりよいマネジメントを目指す上で、こうした組織の影響をよく認識した上で個人と組織の能力を効果的に引き出す方法を考えることは極めて重要なことなのではないでしょうか。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献4:入山章栄、「世界標準の経営理論 第20回 リーダーシップの理論 半世紀を超える研究が行き着いた『リーダーシップの境地』」、Diamond Harvard Business ReviewMay2016p.124.
文献5:Nicholas A. Christakis, James H. Fowler, 2009, ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー著、鬼澤忍訳、「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」、講談社、2010.ブログ紹介記事
文献6:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.ブログ紹介記事
文献8:夏目哲、所眞理雄、「研究を売れ! ソニーコンピュータサイエンス研究所のしたたかな技術経営」、丸善プラネット、2016.ブログ紹介記事
文献9:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V.,Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

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