研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2018年03月

シンガポールのイノベーション手法(「『イノベーション大国』次世代への布石」日経BP総合研究所編より)

シンガポールは国家としてイノベーションに力を入れていると言われています(本ブログでも「ビジネスモデルイノベーション」(野中郁次郎、徳岡晃一郎編著)より、で同書第4章:政府レベルのビジネスモデル・イノベーション――知識創造国家をめざすシンガポール政府の挑戦(大屋智浩)を簡単に紹介しました)。では、具体的にはどんなことが行われ、どのぐらいうまくいっているのでしょうか。イノベーションのうまい振興の方法があるなら、それは企業人の立場からも興味があります。

そこで今回は、シンガポールの戦略をまとめた「『イノベーション大国』次世代への布石 異次元の成長を遂げたシンガポールの未来戦略と日本の活路」(日経BP総合研究所編)[文献1]から、シンガポールの手法の優れた点はどこなのかを考えてみたいと思います。なお、本書では実際にシンガポールに進出してうまくいっている日本企業の事例を中心に紹介されていますが、事例の詳細は本書をご参照いただくとして、ここではシンガポールの手法に焦点をあててまとめてみたいと思います。

第1章、なぜ、世界企業はシンガポールを目指すのか
・「ASEAN、そして中国やインドを含めたアジア市場を攻略する際に、多くのグローバル企業がシンガポールに前線基地を構える。それはシンガポールが地勢的にASEANの中心に位置し、交通や物流の要所であり、インフラが整備され、法制度などのビジネス環境が整っているからとされる。だが、それだけではない。シンガポールは“イノベーション大国”を自任する。資源に乏しく、国土は狭く、人口も560万人ほどの都市国家が、2007年にはあっさりと1人当たりGDPで日本を抜き去り、現在は米国と争うまでの経済先進国に上り詰めたのは、その時代、その時代に合った産業戦略を打ち出し、着実に実行してきたからといわれる。『徹底した経済合理主義の下、シンガポールは世界から多くの投資を呼び込むことで国を発展させてきました』と藤田氏は語る。日本をはじめとする最先端テクノロジーの開発企業を数多く誘致し、特に2000年に入ってからは自国をイノベーションの実験場とすることで多くのビジネスを生み出し、急成長を遂げた。最大の強みは、イノベーションの『実証』から『事業化』に至るスピード。それを可能にしているのは政府の手厚い支援だ。[p.18-19]」「世界のグローバル企業と共にビジネスを創り上げていくことがシンガポール政府の戦略の要であり、高度な技術開発力と熱意のある企業に対して支援を惜しまないからだ。[p.20]」(筆者注:藤田氏とは、「日本アセアンセンター事務総長の藤田正孝氏[p.17]」)
・「同国で事業を展開している日本企業の戦略を眺めると、大きく4つに分かれる。1つめは、ASEAN新興都市の旺盛なインフラ需要を取り込む起点として、シンガポールを活用するというもの[p.23]」「2つめの戦略は、最先端テクノロジーの研究開発(R&D)拠点をシンガポールに置き、ここで生まれたイノベーションをASEANそして世界に横展開するもの[p.24]」。「3つめは、ASEANの拡大する個人消費市場をいかに取り込むかというマーケティング戦略[p.24]」。「4つめは、化学工業や機械工業、金属加工業など、高度経済成長を支えた製造業の高付加価値化への挑戦。[p.25]」

第2章、「スマート国家」シンガポールと協業する日本企業
・「シンガポールはこれまで政府が優遇税制や規制緩和を行うなどして外国企業を積極的に誘致してきました。世界銀行が発表する『ビジネスがしやすい国・地域』ランキングではシンガポールは1位を維持してきましたが、2017年度版では2位になりました。いずれにしても世界トップクラスです。しかし最近では、シンガポールも日本と違わず、高齢化問題が指摘されています[p.32]」。「シンガポールは・・・『都市問題のショールーム』と言ってもよいのではないでしょうか。[p.33]」「つまり、『スマート国家』構想が必要になるというわけですね。リー・シェンロン首相が2014年11月、同構想を発表し、ビッグデータやIoT(モノのインターネット)など最新ICTの導入でシンガポールが直面する高齢化や交通システムなどの問題を解決して住みやすい環境を実現し、新たなビジネス機会を創出すると打ち出しました。[p.34-35]」
・「世界から高度人材を集め、資金を投入してイノベーションを起こすというのがシンガポールの今後の戦略だと思います。・・・各国のイノベーションの度合いを示すものとして、米コーネル大学、欧州経営大学院(INSEAD)、世界知的所有権機関(WIPO)が発表する『グローバル・イノベーション・インデックス(GII)』があります。最新の2016年版を見ますと、R&D投資や人的投資を意味するイノベーション・インプットがシンガポールは世界1位です。・・・一方で、その果実を示すイノベーション・アウトプットは20位と低く、・・・現在シンガポールが取り組んでいるR&D投資の、これからの果実化が楽しみといったところではないでしょうか[p.35-36]」「シンガポールは世界から大企業を誘致する一方で、やはり起業家向けのインセンティブとか、スタートアップ向けのオフィスを提供するといった施策にも積極的に取り組んでいます。米国のシリコンバレーに見られるようなエコシステムをつくりたいと考えているのではないでしょうか。[p.36]」
・「経済発展を追求していく過程では当然、産業育成を効率的に行っていくわけですが、国が豊かになっていくと、それに加えて外から来る人を引き付けるための文化的な魅力を高めるように都市づくりを行うようになります。・・・人を魅了する街、国、そして文化があってこそ、世界中から優秀な科学者や技術者が集まってくるわけですね。[p.39]」

第3章、シンガポール発 世界ビジネスに挑む日本企業16
PART1
:新興都市の旺盛なインフラ需要を取り込む

三菱重工業:新交通システムなどの事例紹介。シンガポール政府は、自らが描く『都市の未来図』を実現するための技術と担い手を世界中から募り、プロジェクトを次々に立ち上げて実際に作り上げていく。国の規模は小さいが、“世界のショールーム”を目指すことで、自国の価値を高めていく戦略を取り続けてきた。[p.48]」「トライアンドエラーをすることが多分、ASEANで成功する道なんだと思います。中でもシンガポールは、中華系はもちろん、マレー系、インド系、欧米系と世界中の非常に多様な民族がいて、考えの違いをぶつけあえるのが大きな魅力です。[p.53]」
NEC:生体認証技術などの事例紹介。「NECがシンガポールに進出した背景にあるのは、地政学的な戦略だ。・・・さらに、シンガポール政府の国家戦略も企業にとっては魅力がある。・・・シンガポール政府とビジネスをする際の公平性も魅力だったという。通常、政府が民間企業に事業を委託する際、自国企業に優先権を与えがちだが、シンガポールでは政府が戦略的パートナーとして認知すれば自国企業、外国企業にはこだわらないスタンスをとっている。[p.58]」「シンガポール政府は現在、『Smart Nation』という国家戦略を打ち立てている。ICTをふる活用して効率性を最大限に追求し、国の生産性を高めていくものだ。それと併せて、『Living Lab』というキーワードも展開している。シンガポールという国を『イノベーションのショーケースとして使ってほしい』というメッセージを発信。世界中から新しい技術の実証実験を積極的に受け入れている。[p.60]」
パナソニックファクトリーソリューションズFA技術による野菜工場などの事例紹介。「シンガポール政府は食糧供給のリスクを回避するため、生産技術の向上と収穫量の増加を目標に、・・・支援金を同国内の農水産業者に向けて用意した。同時に、・・・農業の最新技術を集約する『アグロテクノロジー・パーク』構想を打ち出し、農場規模の拡大と積極的な外資企業の誘致を進めている。[p.70]」
日立製作所:コージェネレーションシステム、陽子線がん治療システム、フィンテックの最先端技術実証などの事例紹介。「シンガポールはアジアの中で最も発展を遂げた都市国家だが、同時に都市化に伴う多くの社会課題に直面している『課題先進国』でもある。[p.79]」「シンガポールの政府機関や現地企業と共同で様々な実証実験を行い、成果を第三国に横展開するというビジネスモデルは、社会インフラとITの融合によってイノベーションを実践する日立の戦略にうまく適合しているように見える。[p.87]」
三菱電機:オゾン水洗浄式膜分離バイオリアクタ―などの事例紹介。「シンガポールは国家戦略として水対策を進め、公益事業庁(PUB)は研究開発への資金援助や海外企業の誘致を図ってきた。[p.95]」「ASEANや南アジア諸国に対するショーケースのような役割[p.96]」
中外製薬:バイオポリスに創薬研究拠点を設置した事例紹介。「中外製薬会長の永山治氏は、この地を新たな研究拠点にすると決めた理由として『人材を含めた研究環境の充実』を挙げる。中でも、研究推進にとって重要な『対応の早さ』が決め手になったと振り返る。・・・わずか半年で研究所づくりから採用までできたのは初めて[p.105-106]」。「優秀な研究者をどれだけ集められるかによって、研究所のポテンシャルは大きく左右される。その点、シンガポールという土地に拠点を構えることで強みを発揮できる。『・・・英語で仕事ができるシンガポールだからこそ、欧米をはじめ世界中から研究員たちを集めたい。また、日本の研究所からこれまでに延べ30人ほどの研究員を・・・派遣しましたが、彼らの中にもグローバルマインドが育まれたようです。』[p.114]」
PART
2:最先端のR&D拠点でイノベーションを創る
・富士ゼロックス
AIやロボット技術を活用したソリューション開発事例紹介。「21世紀型の研究で重要なのは、顧客と接点を持ちながら課題のとらえ方が正しいかどうかを確認する価値検証(POC: Proof of Concept)と、それが価値を伴ってビジネスになるかどうかを確認する事業化検証(POV: Proof of Value)を繰り返し行うことです。[p.119]」「ビジネス環境が整っている上に、政府から熱心に誘致されていましたのでシンガポールに研究開発拠点を置くことに決めました。[p.121]」
デンカ:熱帯感染症研究拠点の開設事例紹介。進出の「理由の一つが、・・・『プライン・プレイ』といった言葉に象徴されるインフラの整備だ。2番目に上げられるのは優遇税制。シンガポールでは投資促進法や他の法律に基づき一定条件を満たした企業に対し、税制の優遇措置が与えられ、製品の付加価値の高さや技術レベルなどに応じて法人減税など、その内容が違ってくる。[p.132-133]」「日本にいるとグローバルな研究者を集めるのはなかなか難しいのですが、シンガポールでは非常に優秀な人材が来てくれます[p.138]」
コニカミノルタ:ビジネスイノベーションセンター設立事例紹介。「ASEANの統括拠点としてシンガポールを選んだ理由は何か。『・・・政府支援の一つとして統括会社への優遇税制があり、そのメリットは意思決定のモチベーションになりました。しかしそれ以上に、物流のハブ、人材のハブとしてのシンガポールの魅力が大きく、この二つは大きなメリットになると判断しました。また、アジアのなかで最も欧米の文化に近く、ビジネスを展開するうえでのシンガポールの許容性と国際性も魅力でした。[p.144]』
ポッカコーポレーション・シンガポール:ポッカ飲料事業の進出成功事例紹介。
コーエーテクモ:グローバル開発拠点としての進出事例紹介。「シンガポール政府は、子どもの頃からゲームに親しんで育った若者たちの雇用の受け皿としてコンテンツビジネスを誘致してきた。シンガポール経済開発庁(EDB)の呼びかけに対して、最初に応じた日本企業がコーエーテクモだった。[p.167]」「日本のゲーム企業がアジアに進出するメリットは、消費市場というだけでなく、優秀な人材を確保できるというところも大きい・・・。その核となるのがシンガポール[p.175]」
PART3
ASEANの消費パワーをつかむ
キッコーマン:しょうゆ普及、進出の事例紹介。「シンガポール政府は、日系など海外企業に対して、その企業のビジネスプランがシンガポールにとってメリットがあると判断すれば、優遇税制をはじめいろいろな支援をしてくれます。製造業を重視する姿勢を明確に示していることも、この国で事業を継続することの大きな要素になっています。[p.188]」
PART4
:高付加価値なものづくりを究める
シマノ:自転車部品製造進出の事例紹介。「金属加工業でシンガポールに残っている企業は、グローバルで見ても珍しいといえます。それはシンガポール政府が自国でのものづくりを大切に考え、我々の企業活動を支援してくれていることのおかげであると同時に、シンガポールの人々の働く姿勢が、シマノの理念とぴったり一致していたからでしょう。[p.203]」
昭和電工:磁気ディスク製造進出の事例紹介。「シンガポールに進出する企業に対する支援はEDBがワンストップの窓口になる。監督官庁の縦割り行政による煩雑な手続きとは無縁だ。迅速に様々な手続きを進めることができるという。資金の面では、シンガポール政府の方針に合った投資であれば、投資の一部を援助してもらえる。・・・しかも、一定の条件をクリアした認定企業に対して、法人税などの優遇税制が適用される。さらに、従業員研修を行う場合、・・・費用の一部が軽減される。・・・他国との貿易が極めてしやすい点もシンガポールのメリットとして見逃せない。・・・他の企業と連携を進めていくためのマッチングも、EDBが支援してくれる。・・・対応するEDBの職員は積極的かつ合理的で、『官僚というよりも、ビジネスパーソンと接しているような印象・・・』[p.211-214]」
牧野フライス製作所:機械部品加工機進出の事例紹介。「製造業に対する優遇措置、支援施策は他の国・地域に比べてもシンガポールが圧倒的に多い[p.225]」
セイコーインスツル:ムーブメント生産進出の事例紹介。「他の国では、補助金を受ける時にはメーカー側から役所に働きかける必要があります。ところがシンガポールでは、逆にEDB側が積極的に提案してくれます。[p.238]」

エピローグ、シンガポール経済開発庁(EDB)ベー・スワンジン長官メッセージ
・「成功の理由として、まずシンガポールでは法の統治が非常に強化されていることが挙げられます。・・・もう一つの理由として、シンガポール政府による支援を挙げたいと思います。海外企業にとって、シンガポールがASEANを中心とした地域のヘッドクオーターとして魅力的な国になるべく、多大な努力を払ってきました。住みやすく、魅力的な都市をつくり上げることに、シンガポール政府は尽力してきたわけです。[p.245]」
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上記の事例から、投資を引き出すことに成功したシンガポールの要因をまとめてみると、政治的安定、政府の支援、人材の優秀さ、地理的有利さ、実験重視、多様性、魅力、ショーケースとしての意義、明確な方向性、協業重視、国際性、ということになるように思います。もちろん、シンガポールに進出しても失敗した企業もあるでしょうから、そうした特徴がよい結果を生むことばかりではないかもしれません。しかし、これらの要因が、イノベーションの成功要因として近年挙げられることの多い要因、例えば、ビジョン、多様性、試行重視アプローチ、協業などと似ている点は大変興味深く感じます。

なかでも、明確な方向性を持った政府の支援が重要と認識している企業が多いようです。では、なぜシンガポールはそういう政策ができるのでしょう。一つの理由としては、シンガポールは都市機能中心の国家で、課題がとらえやすいことが挙げられるでしょう。しかし、それに加えて、自国の既成の産業のしがらみや既得権といった、変革を阻むものから自由になりやすい面もあるのではないか、と思われます。そう考えると、過去のしがらみや、既得権を持つ勢力から自由になることこそがイノベーションを生むために必要だと言えるのかもしれません。これは、一般の企業における変革やイノベーションの進め方の参考にもなるのではないでしょうか。

シンガポールはイノベーションに投資しているとはいえ、その成果はまだ十分には得られていないようですが、イノベーションマネジメントの実験場として、シンガポールからどんなイノベーションが生まれてくるのかには注目していきたいと思います。


文献1:日経BP総合研究所編、「『イノベーション大国』次世代への布石 異次元の成長を遂げたシンガポールの未来戦略と日本の活路」、日経BP社、2017.

ノート記事目次(2018.3.18版)

本ブログでは研究開発マネジメントの実践に有用な知識を「ノート」としてまとめています。2010年に「ノート:研究マネジャー基礎知識」として開始し、2013年からはその改訂版を書きました。現在、その内容を大幅に見直しして、「研究開発マネジメントの実践と基礎知識(ノート全面改訂)」を書き進めています。全面改訂はまだ途中ですが、現時点までの改訂を反映させて目次を整理しました。なお、前回シリーズ目次(本ブログ関連記事へのリンクを入れた詳細版)は、その1その2に分割しています。本ブログ記事目次・参考文献リスト・索引の最新版はこちら

ノート全面改訂記事「研究開発マネジメントの実践と基礎知識」(2016年~、更新中
はじめに
2016.3.27)(全面改訂第1回)
ノート記事改訂の趣旨、研究開発マネジメントの現状
参考リンク

全面改訂1.1、研究開発とは
2016.5.1)(全面改訂第2回)
新しいことを扱い情報を得ようとする活動としての研究開発、マネジメントのポイント
キーワード:研究開発の必要性、研究開発活動と研究開発ではないこと
参考リンク

全面改訂1.1.3)、研究とイノベーションをめぐる様々な考え方
2016.5.29)(全面改訂第3回)
Schumpeter
の考え方、それにとらわれない考え方、イノベーションにおける技術の役割
キーワード:新結合、創造的破壊、企業家、イノベーションの歴史的変遷、ビジネスモデル
参考リンク

全面改訂1.2研究の不確実性をどう考えるか
2016.6.26)(全面改訂第4回)
研究対象(新しいこと)には不確実性がある、不確実性はどんなものでどこにあるのか(内部と外部)
キーワード:リスク、意思決定、因果関係、内部の不確実性、外部の不確実性、複雑系、行動経済学、セレンディピティ、創発的戦略、
参考リンク

全面改訂1.2.3)研究の不確実性に関する様々な考え方
2016.7.24)(全面改訂第5回)
不確実性への対処、不確実性を減らす具体的手法
キーワード:内生的不確実性、外生的不確実性、知の探索、知の深化、コンピテンシー・トラップ、限定的合理性、両利き、組織学習、イノベーション・ポートフォリオ、リアル・オプション、創発的戦略、イノベーション実現メソッド、プロトタイピング、リーン・スタートアップ、MVP、デザイン思考、失敗を活かす
参考リンク

全面改訂1.3研究開発活動に影響する環境要因
2016.8.21)(全面改訂第6回)
不確実性に影響する環境要因として重要な競争相手の存在、競争相手から得られる洞察
キーワード:環境要因、競争相手、ポーター、5つの力、SCP理論
参考リンク

全面改訂1.3.3)研究開発活動に影響する環境要因と競争
2016.9.19)(全面改訂第7回)
競争に影響を及ぼす環境要因は変化する。競争に有利な状況をどうつくるか。
キーワード:競争戦略の問題点、ブルー・オーシャン戦略、非対称的モチベーション、破壊的イノベーション、セレンディピティー、競争相手の意図
参考リンク

全面改訂2.1不確実性に着目した課題設定のすすめ
2016.10.16)(全面改訂第8回)
研究テーマ設定は、課題実現、ニーズ、市場への供給と競争の視点から考えるとよい。
キーワード:研究テーマ設定、どこに不確実性があるかの見極め、課題実現の不確実性、ニーズの不確実性、市場に届ける方法、競争に勝つ方法の不確実性、ビジネスモデル、アイデアの源、ニーズ志向、シーズ志向、カップリングモデル、破壊的イノベーション、持続的イノベーション、ローエン型破壊、新市場型破壊
参考リンク

全面改訂2.1.3)研究テーマ設定を不確実性の観点から考える
2016.11.13)(全面改訂第9回)
不確実性がどこにあるか、その重要性を見極め、自分たちで解決できるかを考えて課題を決める。
キーワード:ファーストマイル、挑戦の要、コーイノベーション・リスク、魔の川、死の谷、ダーウィンの海
参考リンク

全面改訂2.1.1課題実現の不確実性に関わるテーマ設定の特徴と注意点
2016.12.11)(全面改訂第10回)
課題実現(技術)以外の不確実性、効果的に学習することに注意、不確実性の大きい課題、小さい課題のバランスをとることが重要。
キーワード:課題実現の不確実性、技術の不確実性、研究部門、未知のこと、既知のこと、頭を使う、体を使う、他部署からの依頼、分業、学習、真のセレンディピティー、擬セレンディピティー、不確実性の程度、中核事業と新規事業のバランス、パフォーマンスエンジン、技術維持、イノベーションポートフォリオ
参考リンク

全面改訂2.1.1.3)、技術的課題実現に関わるテーマ設定の注意点
2017.1.9)(全面改訂第11回)
課題を実現する研究開発の際には、単に技術的分野を分担するだけでなく、総合的な観点からイノベーションを推進することも必要。
キーワード:専門性、10年ルール、分業、技術維持、普及、死の谷、FFE、学習、不確実性

全面改訂2.1.2、ニーズの不確実性に関わるテーマ設定の特徴と注意点
2017.2.5)(全面改訂第12回)
ニーズのないところに研究の成功はないが、顧客の真のニーズを知ることは容易ではない。どんな手法が活用できるか。

キーワード:ニーズ、片付けるべき用事、エスノグラフィー、行動観察、デザイン思考

全面改訂2.1.2.3)ニーズの不確実性に関わるテーマ設定において考慮すべきこと
2017.3.5)(全面改訂第13回)
ニーズに基づく研究テーマを考える際の注意点。誰のニーズか、市場規模、ニーズ発生のタイミングも考慮が必要。
キーワード:片付けるべき用事、クラウドファンディング、イノベーション普及、ユーザー・イノベーション

全面改訂2.1.3市場で成功するための不確実性をどう克服するか
2017.4.2)(全面改訂第14回)
市場で成功するには価値を市場に届け、収益をあげる仕組み(ビジネスモデル)と協力関係(エコシステム)をいかにうまく作るかが重要。
キーワード:市場、ビジネスモデル、エコシステム、協力、Vehicle for InnovationSource of InnovationCanvas、コーイノベーション・リスク、アダプションチェーン・リスク

全面改訂2.1.3.3)ビジネスモデルを考える際の注意点(2017.5.1
(全面改訂15回)
ビジネスモデル、エコシステムをうまく作るための様々な提案を紹介。作り上げたビジネスモデル、エコシステムの改善も重要。
キーワード:ビジネスモデル、エコシステム

全面改訂2.1.4やりたいことに基づくテーマ設定
2017.5.28)(全面改訂第16回)
研究者の興味に基づくテーマは直接的なビジネスへの貢献は期待しにくいかもしれないが、うまく進めれば企業にとって有益になりうるのではないか。
キーワード:3M、15%ポリシー、努力の娯楽化、マインドフルネス、暗黙知、社内政治、信頼、自由、宣伝、Partner of choice

全面改訂2.1.5テーマを選ぶ
2017.6.25)(全面改訂第17回)
実施するテーマを選ぶ際には、必要性、重要性、興味、実現性が重要。さらにポートフォリオを意識すべき。
キーワード:ハイルマイヤー(Heilmeier)の基準、ポートフォリオ、不確実性、資源配分

全面改訂2.2.1研究者の活性化
2017.7.23)(全面改訂第18回)
モチベーションに影響する因子には、欲求、環境や仕事の性質、仕事の進め方、期待、論理的あるいは非論理的な気持ちなどが影響する。それらをうまく組み合わせることが必要。
キーワード:モチベーション、外発的動機、内発的動機、欲求、ニーズ理論、Maslow、欲求階層理論、動機付け要因、衛生要因、職務特性理論、期待理論、ゴール設定理論、自己効力感、感情

全面改訂2.2.1.3)研究者の活性化とモチベーション
2017.8.20)(全面改訂第19回)
モチベーションに影響する要因には様々なものがある。置かれた状況や個人の考え方に応じてモチベーションを高める工夫をする必要があり、そのためにモチベーションの本質的理解が有用。
キーワード:モチベーション、エンパワーメント、心的活力、働きがいのある会社、外発的動機づけ

全面改訂2.2.2研究者の適性と最適配置
2017.9.18)(全面改訂第20回)
個人の適性にあった仕事を担当してもらうことには利点がある。そうした仕事の進め方を可能にするのが、多様性を尊重する考え方なのではないか。
キーワード:未知か既知か、頭を使うか体を使うか、適材適所、多様性、新規性、実行

全面改訂2.2.2.3)研究適性についての様々な考え方
2017.10.15)(全面改訂第21回)

研究者の適性については様々な考え方がありますが、不確実性に耐えられること、協力できること、失敗から学べること、自律的であること、新しいことへの意欲があることが重要と思います。
キーワード:パーソナリティ、チーム

全面改訂2.2.3研究リーダー、マネジャーの役割
2017.11.12)(全面改訂第22回)
マネジャーに求められることは、他の人に影響を与え他の人の適切な判断と好ましい行動を促すことと考えられます。そのためには、ビジョンを掲げること、多様性を確保すること、コミュニケーション促進などが必要とされるでしょう。
キーワード:リーダー、マネジャー、ビジョン、TFL(トランスフォーメ―ショナル・リーダーシップ)、多様性、コミュニケーション、連携、調整、育成、指導、ロールモデル

全面改訂2.2.3.3)リーダー、マネジャーの役割とあり方に関する様々な考え方
2017.12.10)(全面改訂第23回)
リーダーのあり方に関する様々な考え方の紹介。様々な考え方を参考に状況に応じたマネジメントを考えて実行することが重要か。
キーワード:シェアード・リーダーシップ、シリアル・イノベーター、10X型リーダー、賢慮、グーグル

全面改訂2.2.4研究メンバーの育成
2018.1.8)(全面改訂第24回)
技術の高度化、技術伝承の必要性を考えると、研究者育成をうまく行なう必要性は今後高まっていくと考えられます。学習のメカニズムの理解に基づく効果的な育成を目指す必要があると思われます。
キーワード:育成、能力、学習、コルブの経験学習モデル、経験、ヤーキーズ・ドッドソンの法則

全面改訂2.3.1研究組織の構造
2018.2.4)(全面改訂第25回)
技術志向、機能志向、マトリックス構造など、組織の特性を理解した上で、状況に応じてマネジマントの方法を工夫していくことが必要。
キーワード:技術志向、機能志向、マトリックス、ピラミッド組織、フラット組織、ネットワーク組織、連携、エコシステム

全面改訂2.3.2研究組織の仕組み
2018.3.4)(全面改訂第26回)
組織運営の仕組みも研究開発の進め方を考える上では重要です。制御された自由を研究者にどう与えるかが重要な視点になると思われます。
キーワード:トップダウン、ボトムアップ、自由、制度、組織文化



過去の「ノート」記事目次は以下のとおりです。

ノート記事改訂版(2013-4
はじめに
2013.3.24):旧版(2010.3.21)はこちら
 本ブログの趣旨、ノート記事の全体構成などについて書きました。研究マネジメントにおいて最も重要なことは意欲の管理だと思います。

ノート1:どんな研究が必要なのか
2013.4.21)、旧版(2010.3.22)はこちら
 ポイント:企業にとってイノベーションは重要。技術はイノベーションの一要素。研究は情報を生んでいる。
 キーワード:創造的破壊、Shumpeter、アイデア、イノベーション
参考リンク

ノート2:研究の不確実性をどう考えるか
2013.5.19)、旧版(2010.3.27)はこちら
 ポイント:研究は不確実。その認識がマネジメントには必要。不確実性のマネジメントでは多様性、協力、知的相互作用、自律性)、リスク分散、柔軟性が鍵か。
 キーワード:意思決定理論、確定性、リスク、不確実性、錬金術、セレンディピティー、創発的プロセス、未来予測、複雑系
参考リンク

ノート3:研究と競争相手
2013.6.16)、旧版(2010.4.3)はこちら
 ポイント:競争相手の存在を忘れないようにすること、その動向を予測することの重要性。競争を避ける戦略。
 キーワード:技術の普遍性、競争、Porter、ブルーオーシャン戦略、不均等の意欲、セレンディピティー

参考リンク

ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定
2013.7.28)、旧版(2010.4.10)はこちら
 ポイント:イノベーションを事業として成功させるため、技術を成功するイノベーションに育てるためには、破壊的イノベーションのメカニズムを知ることが重要。そこから示唆される技術進歩のパターン、既存企業の行動パターンも理解しておくべき。
 キーワード:破壊的イノベーション、持続的イノベーション、Christensen、ブルーオーシャン戦略、コンプレックスシステム、ボリュームオペレーション、コア、リバースイノベーション
参考リンク

ノート5:研究部門に求められるテーマ
2013.9.1)、旧版(2010.4.17)はこちら
 ポイント:研究にはイノベーション以外にも様々な業務が求められる。新規事業と既存事業のバランスをとる上でも研究部門に求められる業務を認識する必要がある。
 キーワード:未知、既存、頭を使う、体を使う、中核事業の安定、オープンイノベーション、10年ルール、宣伝、信用度、既存事業とのバランス
参考リンク

ノート6:研究部門が実施したいテーマ
2013.10.6)、旧版(2010.4.24)はこちら
 ポイント:研究部門はシーズを育てる役割を担うが、ニーズも考慮する必要がある。セレンディピティーも重要。テーマの判断主体によるテーマ分類の提案。
 キーワード:シーズ志向、ニーズ志向、暗黙知、形式知、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、レディネスギャップ、偽セレンディピティー、真のセレンディピティー、テーマ分類
参考リンク

ノート7:研究者の活性化
2013.11.10)、旧版(2010.5.1)はこちら
 ポイント:モチベーション理論、エンパワーメントのまとめ。研究者の活性化における注意点。
 キーワード:機能人、経済人、Maslow、欲求段階理論、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求、X理論、Y理論、動機づけ要因、衛生要因、内発的動機づけ、欲求説、過程説、期待理論、誘意性、達成動機理論、エンパワーメント
参考リンク

ノート8:研究者の適性と最適配置
2013.12.8)、旧版(2010.5.8)はこちら
 ポイント:研究に求められる様々な仕事と研究者の適性のマッチングが重要。研究への適性も考慮要。
 キーワード:適性、認知スタイル、行動類型、人を選んでから目的を考える、多様性、自律性
参考リンク

ノート9:研究組織の構造
2014.1.13)、旧版(2010.5.15)はこちら
 ポイント:あらゆるイノベーションに適したベストな組織形態を確立することは困難。それぞれの研究に適した組織構造とし、それをうまく運用することが重要。
 キーワード:機能組織、タスクフォース、階層性、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、ネットワーク組織、破壊的イノベーション、小さな組織
参考リンク

ノート10:研究組織の望ましい特性と運営
2014.2.16)、旧版(2010.5.22)はこちら
 ポイント:創造性発揮のために重要な要素は、自律性、目的・感情・価値観共有、多様性、浸透性ある境界・コミットメント、協働。
 キーワード:組織的知識創造、自律性、ゆらぎと創造的カオス、冗長性、最小有効多様性、ビジョン、針鼠の概念、コミュニケーション、弱い絆、公正なプロセス、協働
参考リンク

ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割
2014.3.30)、旧版(2010.5.29)はこちら
 ポイント:環境整備、仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、育成、ロールモデルが重要。
 キーワード:仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、ゲートキーパー、育成、経験、ロールモデル、ミドルマネジャー
参考リンク

ノート12:研究プロジェクトの運営管理
2014.5.6)、旧版(2010.6.5)はこち
 ポイント:計画よりも不確実性に対応して上手く実行することが重要。定型的な運営は難しいのでは?。
 キーワード:計画、戦略、創発的戦略、評価、方向転換、変化のスピード、心のエネルギー、プロジェクトマネジメント、ステージゲート、規律ある実験、リーンスタートアップ
参考リンク

ノート13:研究成果の活用
2014.6.1)、旧版(2010.6.12)はこちら
 ポイント:技術的な価値だけでは技術は普及しない。受け入れられるプロセスの理解が必要。
 キーワード:イノベーション普及、相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性、再発明、持続可能性、採用、選択的エクスポージャー、ハウツー知識、原理的知識、採用者カテゴリー、イノベータ、初期採用者、ラガード、革新性、能力信頼性、無難信頼性、行動経済学、情報ネットワーク
参考リンク

ノート14:研究成果の転用
2014.6.29)、旧版(2010.6.19)はこちら
 ポイント:知識としての研究成果の活用も重要。知識創造、ナレッジマネジメントの可能性。
 キーワード:特許、ノウハウ、組織的知識創造、知識変換、知識移転、ナレッジマネジメント、競争優位
参考リンク

補遺1:これだけは知っておきたい研究マネジメント知識
2014.8.10
 ポイント:研究活動と人間の特性をよく知り、イノベーションに参加する人の意欲を適切に管理することが重要。
 キーワード:研究の不確実性、人間の思考の限界、競争相手、破壊的イノベーション、アイデア、ニーズ、暗黙知と形式知、モチベーション、リーダー、多様性

補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識
2014.9.15
 ポイント:補遺1でとりあげた注意すべき項目に対して、どのように対応すべきかの具体策を議論しました。
 キーワード:創発的戦略、二重過程理論、複雑系、Porterの5つの力、破壊的イノベーション、Heilmeierの基準、ビジネスモデル、Canvas、イノベーション普及学、オープンイノベーション、ステージゲート、プロジェクトマネジメント、組織的知識創造、やる気を引き出す

補遺3:研究マネジメントにおいて気をつけるべきこと(問題点、弊害・・・)
2014.10.19
 ポイント:「こういうマネジメントはよくない」、「ここに気をつけなければいけない」という指摘を集めました。
 キーワード:固定観念、コンピテンシー・トラップ、エコシステムに伴うリスク、先進国企業の戦略の問題、衰退の5段階、コア・リジディティ、脱線する幹部、成果主義、加速の罠、チーム、プレッシャー


「失敗の法則」(池田信夫著)より

研究開発の成功率はどう見てもそれほど高いものではありません。新しい試みに挑戦する以上、失敗は避けられないとはいえ、実に様々な理由で失敗します。技術的に失敗することもあれば、そうではない場合もあるわけですが、技術者として、技術的に失敗しなければよい、役割は果たした、とする考え方は少し寂しいと思います。研究開発マネジャーとしては、技術以外の失敗要因にも目を配り、可能な限りそうした失敗を避けようとすることは絶対に考えておかなければならないことだと思います。そのためには、失敗をもたらしうる原因をよく知る必要があるでしょう。

今回ご紹介する「失敗の法則」(池田信夫著)[文献1]では、失敗の構造的な原因が考察されています。著者は、「本書は日本人の失敗から『法則』を抽象化し、具体的な事例に即して検証してみようという試みである。・・・8つの法則を仮説として設定し、事例は自由に選んだ。[p.3]」と述べ、「学問的に厳密な論証が目的ではない」としていますが、読者に考える材料とヒントを提供してくれているという点で参考になることも多いと感じました。以下、本書の構成に沿って、特に研究開発に役立つのではないかと感じた点を中心に、内容をご紹介したいと思います。

はじめに
・「技術革新という意味のイノベーションは、日本では飽和しており、IT(情報技術)の分野では勝負がついてしまった。かつて世界のナンバーワンといわれた日本の製造業は、すっかり勢いをなくしてしまった。日本の高度成長の成功は、いろいろな偶然の重なった『不思議の勝ち』だったので、同じ環境が再現されることはない。しかしバブル崩壊から20年以上たっても、日本人が同じ間違いを繰り返しているのは『不思議の負け』ではないだろう。その原因は、日本人が共有している『暗黙知』が時代遅れになってしまったためではないか、というのが私の仮説である。[p.2]」

プロローグ、優秀な兵士と無能な将軍
・「日本の社員は上司が命令しなくても仕事を起案し、遅くまで残業してやり遂げる。・・・それぞれの現場は一所懸命やっているのに結果が出ない――それは日本経済全体にもいえる。・・・日本のGDPがまだ世界第三位なのは単に人口が多いからで、一人あたり実質GDP(購買力平価)は世界27位(2014年)。・・・G7諸国で最低だ。もはや経済大国とはいえない。[p.17-18]」

第1法則、現場が強いリーダーを許さない
・「日本の企業が再生するには『強いリーダー』が必要だといわれて久しいが、・・・戦略的で求心力のある指導者はほとんど失脚する。その原因は『現場』が優秀で、強い力をもっているからだ。これは必ずしも悪いことではなく、1990年ごろまで日本の製造業が他国の追随を許さない原因でもあった。こうした中間集団(家)のタコツボ的な自律性の高い組織は、分業構造が安定している在来型の製造業では強みを発揮するが、そういう構造を変える強いリーダーを許さない。それは中間集団の既得権を侵害するからだ。[p.22]」
・「今はアップルやシスコシステムズのように独裁的な経営者が同じ製品系列で情報を集中する代わりに、買収した企業の法人格を独立にする持ち株会社のような個人資本主義が成功している。[p.36]」「カリスマ的リーダーが独立性の強い組織をまとめる個人資本主義は、日本ではうまくいかない。情報が分散しているので、ワンマン社長が空回りし、組織はバラバラになってしまうのだ。[p.36-37]」

第2法則、部分が全体を決める
・「日本の企業は小集団に分かれて部分最適で意思決定するので、その積み重ねで全体最適が実現できるような仕事は得意だ。・・・しかし情報産業のようにグローバルな水平分業で、規模の経済が極端に大きくなると、分業システムを大きく変えて得意分野に特化することが必要になる。それを多部門の大企業で行なうことはむずかしい。これはアメリカのコングロマリットが1970年代に失敗したのと同じ問題だ。[p.42]」
「日本の役所や企業はボトムアップだといわれるが、ボトムで決まったことがそのままトップに上がって決まるなら簡単だ。いちばんむずかしいのは、ボトムの決定が多くの関係部署にまたがって、スパゲティ状にこんがらがっていることだ。[p.50]」「ここには日本の特徴的な意思決定システムがみられる。それは各セクションを調整してまとめないと上のレベルに上がらない稟議の構造だ。[p.52-53]」「このように多くの利害関係者が相互に牽制して最終的な決定者のいない構造は、江戸時代から変わらない。[p.55]」「トップダウンの命令系統が機能するのは、トップに情報も集中している場合だ。日本の企業では現場が情報を独占しているので情報の非対称性が強く、現場にまかせる経営者が好まれる。[p.73]」

第3法則、非効率を残業でカバーする
・「日本の企業に特徴的なのは、ブルーカラーまで残業することだろう。・・・契約社員や派遣社員のような短期雇用ではみられないが、正社員はみんな一緒に残業する。・・・長時間労働を上司が命じるわけでもない。その原因は、長期雇用で労働者が企業に囲い込まれているからだ。[p.76]」「エリートほど『自発的に』残業するのだ。その原因は労働時間ではなく会社の『空気』である。[p.82]」
・「日本のサラリーマンは会社が好きだから遅くまで残業すると思っているのだろうが、それは神話である。日米の企業で社員に質問すると・・・日本のサラリーマンはアメリカ人よりも会社がきらいで、今の会社に入ったことを後悔している。正社員もハッピーではないのだ。その原因は、転職によっていやな会社をやめることがむずかしいためだ。[p.85-86]」
・「農民が土地にしばりつけられ、農地の拡大の余地の乏しかった江戸時代には、与えられた農地で長時間労働することが唯一の生産性向上の手段だった。・・・農民が死ぬまで一緒に暮さざるをえない村社会では、怠け者は村八分にされる。つまり労働の固定性が、モラル・ハザードを防止して勤勉革命を実現する上で有効だったのである。[p.87]」

4法則、「空気」は法律を超える
・「目的合理性を考えないで場の『空気』で決めるのが日本的な意思決定の特徴[p.95]」
・「政治家は役所に対して圧倒的な情報劣位にあり、日本はほとんどの実務を官僚が実質的に決定する『行政国家』である。・・・日本の特徴は政治家まで決済が上がらず、役所の中間管理職が決めることだ。・・・複雑な貸し借りをつくって多くの関係者を巻き込み、『私は聞いていない』といわせないことが、日本的な官民関係のコアである。空気の正体は、このように時間をかけて形成される暗黙知と考えることができる。[p.110]」
・「日本の統治機構は中国型の集権的官僚制度と江戸型の分権的政治家を組み合わせたため、知的エリートである官僚は地縁や金銭にまみれた政治家を信用しない。・・・関係業界のコンセンサスが官僚の正当性の根拠となる。・・・関係業界からの陳情を受けた官僚が政策を起案して政治家が承認し、それを法案として国会に出したときにはすべて決まっている。だからといって、官僚が民意を無視するわけではない。彼らはつねに政治家と打ち合わせし、その意志を忖度しながら業界の『民意』をまとめていくのだ。国会はそれを事後的にチェックするだけで立法機能はほとんどないが、関係業界の意思を反映するという意味では民主的だ。[p.121-122]」
・「最近の人類学では、意図の共有は遺伝的な機能と考えられている・・・。命令されなくても『共同主観的』な信仰で協力して戦うことによって、人類は繁殖した。[p.123]」

第5法則、企業戦略は出世競争で決まる
・日本企業の戦略は組織に従う:「大卒ホワイトカラーの出世競争は激しい。・・・『本流』ポストにつくかどうかが人生を左右する。・・・ハローワークに行っても、大企業の年収1000万円のサラリーマンよりいい仕事はまずないので、会社の中で競争するしかない。このように他に逃げ場のない『タコ部屋』で徒弟修業することが、よくも悪くも日本のサラリーマンのインセンティブを特徴づけている。[p.132]」「日本の大企業では長期的関係が強いので、戦略は出世競争に従う傾向が強い。[p.132]」(会社の戦略に迎合する社員が出世し、その人が同じ考えの部下を出世させる悪循環)

第6法則、サンクコストを無視できない
・「経済学では自明だが、一般社会ではまったく理解されていないのがサンクコスト(埋没費用)という言葉である。・・・考えるべきなのは、今後の行動で変えられる変動費(キャッシュフロー)だけだ。[p.144]」
・「サンクコストを錯覚するバイアスは人類に共通だが、日本人には特にその傾向が強い。それは人的資本の固定率が高いため、過去のサンクコストと未来のキャッシュフローがはっきり切れないからだ。[p.153]」
・「事後的にはサンクコストを守らないことが合理的だが、それが事前にわかっていると、ただ乗りが起こってしまう・・・。人間は集団を離れて生きることができないので、集団淘汰でサンクコストを守る集団が生き残ったと考えられる。[p.165-166]」

第7法則、小さくもうけて大きく損する
・「ナシーム・タレブは『日本人は小さな失敗をきびしく罰するので、人々は小さくてよく起こる失敗を減らし、大きくてまれな失敗を無視する』と指摘している。社会はボラティリティ(変動性)をもっているので、それを抑圧して変動を無理に小さくすると爆発するのだ。これはアメリカ社会が失敗に寛大で、やり直しがきくのと対照的だ。・・・連邦破産法では、債務を棒引きにするとき、経営陣がやめる必要はないが、日本では会社をつぶした経営者は社会から追放される。だから彼らは問題が起こっても先送りし、結果的に『爆発』させるのだ。[p.168]」
・「日本の意思決定はボトムアップで行なわれるので、現場が問題を先送りすると、いつまでたっても処理できない。多くの場合、現場は問題の大きさを初期に認識しているのだが、彼らが情報を独占して経営陣に上げないので、現場が損切りしようとしてもトップが責任問題を恐れて先送りする。他方、トップが大きな軌道修正をしようとしても、現場がついてこないと組織が動かない。[p.172]」

第8法則、「軽いみこし」は危機に弱い
・「意思決定は現場からボトムアップで行なわれ、社長はそれを追認するのが普通だ。実権をもつのは『力のある専務』だったり『強い相談役』だったりする。このように名目的なトップを『軽いみこし』としてまつり上げ、実質的な権力を『幕府的な存在』がもつ構造は、古代から続いてきた。これは平和を守るしくみとしてはすぐれているが、戦争には適していなかった。[p.188]」
・「憲法には、国会は『国権の最高機関』だと書かれているが、実際には国会に提出される法案の8割以上は内閣提出法案、つまり官僚の書いた法案だ。国会はそれを事後承認するだけで、ほとんど修正もしない。法案を起案するのは各省庁の課長補佐で、それを課長が他官庁と調整し、合議(各省折衝)で反対がなければ、実質的に法案が決まる。これを局長や審議官が『族議員』に根回しし、ここで政治家の意見を取り入れて政策調査会(政調会)の部会に出す。政調会で了解されると総務会で全員一致で決まり、そのまま閣議決定される。つまり実質的な審議は、与党の事前審査で行なわれているのだ。[p.190]」「民主党政権は、こうした統治機構には手をつけず、官僚を無視して政治家が動いたため、官僚の士気は下がり、長妻昭のような独善的な閣僚はボイコットされた。自民党が長い時間をかけて築いてきた官僚との『共生』関係は、当事者しかわからない『壊れもの』で、一部を壊すと全体が動かなくなるのだ。[p.199]」
・「日本の組織でトップが形骸化するのは、これまでみたように現場の自律性が強く、それを支配する『強いリーダー』を許さないためだ。それを政治的に制度化した『弱いリーダー』が天皇である。[p.200]」「結果的には、明治国家を破壊したのは政党政治ではなく、政府と軍部の対立による『競合脱線』だった。首相に議院内閣制のような民主的正統性がなかったため、大きな意思決定を行なう主権者がいなくなったからだ。[p.207]」

エピローグ、勤勉革命の終わり
・「日本人の失敗のパターン・・・の特徴は現場主義による部分最適化と誰も決めない『空気』の支配だが、この二つは表裏一体である。意思決定がボトムアップで部分最適になり、全体を統括する強いリーダーを拒否する。最終決定者がいないので、みんなで打ち合わせをして時間をかけて『空気』をつくっていく。[p.212]」「現場が勤勉で優秀なので、全体最適を考える戦略が軽視されるのだ。[p.214]」
・「イノベーションとは『空気』を読まないこと[p.218]」「シリコンバレーでは資金調達のすごい競争があり、世界中から優秀な起業家が集まってくるが、日本では・・・資金供給が過剰だ(投資機会が少ない)。その原因は、みんな空気を読んでリスクを避けるからだ。大企業や官庁のエリートは、社会的な地位も収入も十分あるので、リスクを取って起業する必要がない。経営者も、ハイリスク・ハイリターンのプロジェクトにはOKを出さない。[p.221]」
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現場主義による部分最適化と強いリーダーの不在が、最近の日本の停滞の一因という著者の考え方は確かに納得しやすいと思います。もちろん、自律的な強い現場、ボトムアップの意思決定がうまく機能する状況や業界もあるでしょうし、部分最適と全体最適が矛盾しない状況もあると思います。また、強いリーダーの暴走を止められずに失敗に至ったケースもあるでしょう。要は状況に応じて、それぞれの仕組みや考え方のよい面を活用し、悪い影響を緩和していくことが重要ということなのだと思いますが、そうした柔軟な対応ができなくなっているとすれば、それは日本の組織の大きな問題なのだろうと思います。さらに、こうした考え方や仕組みが、日本社会が歴史的に持っている性質と関係が深そうだ、という著者の指摘は興味深く感じました。

実務家にとっては、失敗を避けるために、どういう点が問題になりやすいかをあらかじめ知っておくことは非常に重要だと思います。そうした失敗をもたらす傾向が日本の文化や歴史的背景に影響されているとするなら、そうした視点から自らを見直すことで、失敗をもたらす要因に気付きやすくなる、という意味で著者の指摘は実践にも使えるのではないかと思います。イノベーションに関していえば、例えば、改善的な研究は現場の能力に頼ることが有効かもしれませんが、それが部分最適に陥りやすいことをよく認識し、全体最適の視点でプロジェクトを見直すことが重要ということになると思います。一方、世の中に大きな変化を与えるイノベーションを目指すなら、現場発信では物事が決まりにくいことも理解しておく必要があるでしょう。例えば、アイデア出しの段階ではボトムアップでよいとしても、ある段階以上の大きな決断が必要な場合には、情報を経営層に上げ、経営層の積極的な関与と責任ある決断を引き出さなければならない、ということにもなると思います。また、そうしたトップ層の決断に対しては、それに盲従するのではなく、トップの暴走を防ぐ仕組みも必要かもしれません。もし、企業内の意思決定の仕組みがイノベーション創出に適していないならば、それを変えるか、あるいは、その組織を離れて別組織を一から作るという選択もあるということになるでしょう。

大企業において、イノベーションへの取り組みがうまく進みにくいことは、ChristensenGovindarajanも指摘しています。過去の成功をもたらした仕組みや考え方がうまくいかなくなることは、いろいろな状況で起こり得ることなのではないでしょうか。そんな時、そうした従来の仕組みがなぜそうなっているのか、どこが良くて、どこが悪いのかを考えて、悪い点を変えていくことが失敗を避けるために必要なことなのだと思います。著者は変革のために必要なヒントは与えてくれていると思いますので、あとは実務者が検証し、具体的な対応策を見つけていかなければならない、ということなのでしょう。


文献1:池田信夫、「失敗の法則 日本人はなぜ同じ間違いを繰り返すのか」、KADOKAWA2017.

研究開発実践のマネジメント第26回-研究組織の仕組み:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.3.2(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
第8回第17回
2.2
、研究開発を行う人のマネジメント第18第24回
2.3
、研究組織とそのマネジメント
2.3.1
、研究組織の構造が研究に及ぼす影響
第25回

2.3.2
、研究組織の仕組みや制度が研究に及ぼす影響
前回取り上げた研究組織の構造と同様、組織の仕組みや制度もその組織自体あるいは構成員の活動に影響を与えます。ここで「仕組みや制度」とは、具体的には、組織のメンバーに与えられた権限や役割分担がどうなっているか、アイデアや情報が組織の中をどう流れていくか、あることが起きた場合にどういう対処をするか、といった決まりや習慣、考え方、組織文化などを指していると考えていただければよいですが、同じ構造の組織であってもこうした仕組みや制度が違えば組織や構成員の動きは違ってきます。以下、研究開発活動に影響を与えるものを中心に、仕組みや制度の影響を考えてみたいと思います。

1)
研究組織の仕組みや制度を考える際のポイント
仕組みや制度によって、組織の構成員の行動や考え方は方向付けされます。仕組みや制度に強制される場合もあるといってよいでしょう。一方、研究活動には従来の強制から離れること、すなわち自由も必要です。従って、研究にとってどんな仕組みや制度がよいのかを考える際のポイントとしては、まず

・自由と強制(規律)のバランス

の視点が重要だと思います。

自由が必要とはいっても放縦、きまますぎれば問題でしょう。従って、ある程度の規律や強制は必要です。また、人を強制するルールややり方には、あらかじめ決められた問題に関してはそのルールに従えば問題を解決に導いてくれる、という便利な点もあります。つまりうまく使えば、研究を成功に導いてくれるやり方、というものもあるかもしれません。

すなわち、まずは様々な仕組みや制度について、それぞれの特徴を理解し、自由と強制(規律)のバランスの観点から、研究課題の特性や研究部隊がおかれた環境に合った仕組みや制度を作り上げ、上手く運用していくことが重要と考えます。

2)
様々な仕組みや制度の特徴
以下では、様々な仕組みや制度の特徴を考えてみたいと思います。

トップダウンvsボトムアップ
丹羽清氏は「技術の研究開発には発明・発見という人間個人の創造的働きが重要となる。このような働きを行なうには自主性を重視するボトムアップ的組織が効果的」とする一方、「技術開発には戦略性が重要であり、これには広い立場からのトップダウン的なアプローチが重要となる」と述べ、両者のジレンマの克服の重要性が指摘されています[文献1、p.215]。これに対し野中郁次郎氏は、トップダウン組織はピラミッドのような形であり、トップ・マネージャーだけが有能で知識を作ることを許され、組織の第一線での暗黙知の成長を無視していると述べ、ボトムアップ組織はフラットで、トップは命令や指示をほとんど出さず、企業家精神を持った第一線ロアー社員をサポートし、知識は一人ひとり自律的に働くのを好むロアー社員によって作られるが、自律性が重視される結果、暗黙知を組織全体に広めて共有することを難しくしている、と述べ、どちらの経営プロセスも知識変換がうまいとはいえないとして、「ミドル・アップダウン」マネジメントを提案しています[文献2、p.186-189]。これは、「ミドル・マネジャーが中心に位置し、組織の上の方にいるマネジャーと下の方にいる第一線社員を巻き込みながら、組織的に知識を創造していく[文献2、p.24-25]」形態で、これは、ミドル・マネジャーが、「トップが創りたいと願っているものと現実世界にあるものとの矛盾を解決[文献2、p.193]」できる立場にいることを活用したものと考えることができます。

研究活動の性格として、目標とアプローチが比較的明確で、他部署との連携調整が重要であり、予算規模も大きいものはトップダウン的アプローチが適しているでしょう。一方、アイデア段階の研究で不確実性が高く、第一線の専門能力が鍵を握っており、予算規模も小さい課題に対してはボトムアップ的アプローチが適していると考えられます。

これを「自由と強制」という視点で見ると、トップダウンアプローチでは、意思決定の自由はトップにあり、第一線の研究者は命令される立場であるのに対し、ボトムアップアプローチでは研究を進める権限(自由)は第一線に委譲されており、成果の情報がトップに上がっていく、という構造になっていると考えられます。理想を言えば、研究課題に応じてこうしたアプローチを使い分けることが必要と思いますが、往々にしてある組織の標準的な仕事の進め方として、どちらかに偏っている場合が多いでしょう。従って、自らの組織の特徴を知り、必要に応じて進め方を調整していくことが重要と考えられます。その際、誰に、どのような自由(意思決定権)を与えるかが、制度や仕組みを考える上でのひとつのポイントになると思われます。

例えば、トヨタの主査制度について、酒井崇男氏は次のように述べています。「買い手の真の要求を探り、設計情報を創成し、生産し、商品をプロモーションし、販売する、すべてのプロセスで責任を持っているのは、トヨタでは主査(CE)である。・・・主査制度は、期待される素質のある人材を見ぬき、選抜し、育て、商品に関わることすべてに責任を持つ一人のタレントと、その商品の構成要素を担当する、各専門分野のタレント・プロフェッショナル・スペシャリストを組み合わせて、優れた商品をつくりだす仕組みのことである。[文献3、p.214]」「主査(CE)は担当する製品に関する『すべての事柄』に責任を持つと言ってよい。豊田英二氏は、『主査は製品の社長であり、社長は主査の助っ人である』と述べている。・・・主査は、すべての中心となる司令塔のような役割である。・・・主査組織は、組織的にはラインではなく、スタッフ組織である。・・・組織の形を見ると、主査制度は普通のマトリックス型組織の横串機能ではないかと言う人がいる。一般的には、部門横断の横串機能というと各部署の連絡約を思い浮かべる人が多い。しかし、そのイメージは主査の実態とは正反対である。・・・メッセンジャーボーイや調整役などではなく開発リーダーである。[文献3、p.216-222]」この例では、仕組みとしてはミドルアップダウン~トップダウンに近い形のように思われますが、それは新車の開発に適した形に権限の配分が行われているということだと思います。

また、別の特徴的な開発の仕組みとしては、シャープの「緊急開発プロジェクト(緊プロ)」も有名です。これは、山口栄一氏によれば、「この組織イノベーションは、新しいアイデアを思いついた社員が社長に提案して部門横断的にチームを結成する仕組みだ。社長直轄で複数の部署から人材が集まり、研究や開発に当たるチームが結成される。この自由な分野横断により、思いもよらない自由な発想の製品が生み出されてきた。[文献4、p.33]」というものです。制度としてはトヨタの主査制度よりボトムアップに近い仕組みのように思われます。ただ、同氏によれば、同社の「液晶技術者によると、『緊プロは今でもあるものの、むしろ事業部が本社から資金を調達するために、本末転倒の目的で緊プロが使われるようになってしまった。[文献4、p.39]』」とのことです。このように制度の運用が本来の目的から離れてしまうことはままあることなので、制度を活用する上ではこうした点にも注意が必要でしょう。

第一線の自由度を高める仕組み
ボトムアップ型のアプローチをさらに強化した仕組みとしては、例えば3Mの「15%ルール」が挙げられます。これは、「社員に対して勤務時間の15%以内であれば、個人的に興味のあるテーマの仕事をすることを認める[文献5、p.58]」という制度で、多くの新製品の開発に寄与したことが知られており、このようなやり方は、Googleをはじめとして、現在でもイノベーションを重視する多くの企業で用いられているようです。ただ、こうした仕組みの運用にあたっては、与える自由の範囲を限定することがなされているようで、3Mの15%ルールでは、使ってよい資源(マンパワー)の制約を課したり、費用的な制限も設けられているようです。

このような第一線の自由度を最大限に重視する仕組みとしては、「闇研究」や「スカンクワークス」という考え方もあります。「闇研究」は一般に、組織として公式に承認されていない研究者独自の研究活動を指しており、3Mの15%ルールはこうした活動を実施することを公認したものと言えるでしょう。「スカンクワークス」も研究者が独自の発想で行っている点で似ていますが、こちらは研究開発型ベンチャー企業などでその企業としては正式に行なわれる独自性の高い研究活動やそのための組織を指すことが多いようです。呼び方は様々ですが、うまく行えばこうしたボトムアップ的な研究が成果を生む場合があることは事実といってよいでしょう。

表彰制度
表彰制度も社員の方向づけに影響を与えます。例えば、上述の3Mではカールトン・ソサエティと呼ばれる組織があります。これは「社内でとくに選ばれた技術者の協会で、社内で独創的で傑出した業績をあげた技術者が入会を許される[文献6、p.264]」ものとのことです。技術者の社内表彰制度を設けている企業は多いと思いますが、どんな人や業績をどの程度大きく評価して表彰するかということは、企業が何に価値を置いているかを社員に知らしめる効果があります。従って、社員のモチベーションや考え方をある方向に誘導する力があると言ってよいでしょう。自由な発想を評価するのか、それとも強制に従って成果を上げることを評価するのかは、表彰の趣旨を説明し、表彰の大きさを調整することで社員に周知が可能です。

働き方の仕組み
働き方の仕組みも研究への取り組み方に影響を与えます。例えば、一人の研究者が担当するプロジェクトの数が多ければ、広く浅く、あるいは、短期間で結果を出す小さなプロジェクトを重視する、といった進め方になりがちです。一般に、不確実性の高いプロジェクトでは、複数のプロジェクトを同時に進めることが合理的な場合が多いですが、優先順位づけをうまく行う必要があることに加え、担当する研究者が広く浅く検討することと狭く深く検討することのどちらが得意(好み)か、ということも考慮する必要があるでしょう。

また、プレイングマネジャーの問題も課題の一つになる場合があります。マネジャーが第一線の業務を直接行うプレイングマネジャーに関しては、部下の学習にとっては好ましい影響があるとされる一方で、マネジャーと部下が業務に必要な資源を奪い合うという問題が起きたり、マネジャーの公平な判断が阻害されたり、さらにはマネジャー自身の業務がどちらかに偏って中途半端になりやすいという指摘もあります。この点についても、取り組む課題とマネジャーの個性の両方を考慮すべきでしょう。

さらに、より一般的な働き方のルールも研究活動に影響を与えます。例えば、「フレックス勤務」、「遠隔勤務」、「裁量労働制」などの勤務制度が採用されることがあります。これらはいずれも勤務の自由度を高め、自由な雰囲気を作るという期待に沿ったものと考えられますが、いずれも一長一短がありますので、状況に応じてちょうどよい仕組みを作ることが必要でしょう。勤務の自由度を高めることにより、対面コミュニケーションの機会が減りますし、裁量労働制では管理上の問題もあるように思いますので、そうした欠点を補うための追加的な仕組みも必要になると考えられます。

まとめ
結局のところ、どういう仕組みが研究にとって望ましいのかは今のところはっきりとは言えないようです。今回とりあげたような仕組みは組織文化とも深く関わっていますのでさらに問題は複雑ですが、基本的には「制御された自由」をどう研究員に与えるか、ということになると思います。好むと好まざるとに関わらず、組織には様々な仕組みが存在しますので、それぞれの長所短所を理解し、いたずらに仕組みに制約されることなく、依存もせず、より好ましい仕組みを工夫していくことがマネジャーには求められると思います。


文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献2:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献3:酒井崇男、「『タレント』の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論」、講談社、2015.本ブログ紹介記事
文献4:山口栄一、「イノベーションはなぜ途絶えたか――科学立国日本の危機」、筑摩書房、2016. 本ブログ紹介記事
文献5:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献6:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

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