研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2018年06月

研究開発実践のマネジメント第30回-研究プロジェクトの運営:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.4.1(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
第8回第17回
2.2
、研究開発を行う人のマネジメント第18第24回
2.3
、研究組織とそのマネジメント
2.3.1
、研究組織の構造が研究に及ぼす影響
第25回
2.3.2
、研究組織の仕組みや制度が研究に及ぼす影響第26回
2.3.3
、研究組織の望ましい特性第27第28回
2.3.4
、研究組織の運営手法第29回

2.4
、研究プロジェクトの運営
研究開発活動は、まず取り組む課題を決め、その後、その課題を達成するために様々な活動が行われる、という進め方をとるのが一般的です。「研究の進め方」と言うと、課題の選び方から始まって課題を解決し、成果を市場に適用(実用化)して収益が得られるようにするというプロセスの全体を指すことが多いと思いますが、第一線の研究マネジャーにとっては、課題を設定して終わりではなく、その後の活動をうまく進めることこそが最も期待されていることだと思います。当然ですが、研究課題がいかにすばらしいものであっても、それを実現するためのプロジェクト運営に失敗すればイノベーションは達成できません。そこで、本稿では、課題が設定できた(仮の課題である場合もあり得ますが)段階を具体的な研究プロジェクトが決まった段階と考え、そのような研究プロジェクトをうまく運営する方法を考えたいと思います。

2.4.1
、研究プロジェクトの進め方
1)
研究プロジェクトの進め方のポイント
研究プロジェクトとは未知の課題への挑戦ですので、そこには当然不確実性があります。しかしその程度は様々でしょう。不確実性の低いプロジェクトであれば、一般の工程管理のように、計画を綿密に立て、プロジェクトが予定通り進むように厳しく管理する、というような手法が適している場合もあると思います。しかし、不確実性が高いプロジェクトの場合、しばしば想定外のことに遭遇します。マネジメントとしては不確実性の高いプロジェクトの方が難しいと考えられますし、そうした不確実性に対応することこそが、これからの時代に必要な研究マネジメントの特徴であると思いますので、ここでは不確実性への考慮が必要なプロジェクトを前提としてその進め方を考えます。

研究活動のプロセスをおよその時系列で考えたとき、それぞれの段階で特に何に注意をすべきかのポイントを挙げるならば以下のようになると思います。
・取り組む課題のアイデアを出す:取り組む価値があるかが重要。
・不確実性を識別する:そのアイデアにはどんな不確実性、どの程度の不確実性があるかを考える。この時、課題実現の不確実性(技術的可能性など)、ニーズの不確実性(顧客に売れるかどうかなど)、収益が得られるか(収益を上げ、競争に勝つビジネスモデルや優位性が確保できるか)、という3種類の不確実性に着目することを推薦します。
・取り組む課題を決める:取り組む価値のある課題の中で、不確実性が克服可能(許容範囲)と推定されるものを選ぶ。通常は価値と不確実性のバランスを見ながらいくつかのプロジェクトからなるポートフォリオを作る。
・識別された不確実性の中で、どの不確実性の解消をまず進めるかの選別と優先順位づけを行う。
・不確実性を解消(減少)させるための実験、試行を行う。
・実験・試行の結果から学ぶ
・進め方を見直す:不確実性が減少し、成功の確率が高まったなら次に取り組むべき不確実性を選びなおす。成功確率が下がることが明らかになったなら、方向転換、取りやめを考える。

・取り組むべき課題・不確実性の選定と、実験・思考からの学習と見直しのサイクルを繰り返す:商品化・実用化後にもこのサイクルを続ける必要がある場合もあります。

そして、上記のすべての段階において注意すべきこととして、
・社内政治への配慮
を挙げておきたいと思います。

2)
研究プロジェクトの各段階での進め方
研究の進め方に関しては様々な提案がなされています。しかし、近年の提案の傾向は、事前に綿密な戦略と計画を立てそれに従って進めることよりも、試行からの学習と臨機応変な方向転換を重視する考え方が明らかに増えていると思います。例えば、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献1、p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献2、p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献3、p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献4、p.373]と述べています。この背景には、技術の発展や世の中の動きが速く、大きく、複雑になってきていることがあり、また、複雑な課題に関する人間の意思決定は決して完璧なものではないということが広く認識されてきたことにも基づくもので、決して一時の流行ではないと考えるべきでしょう。

1)
で述べたポイントも上記の流れに従ったものですが、もちろん、無計画がよい、と言っているわけではありません。予測をし、計画が立てられるところはできるだけ検討した上で、しかしそうした予測や計画が有効でない場合が多いことを前提としてプロジェクトを進めるべきだというのが大前提になるはずです。以下、それぞれの段階ごとに特に重要な考え方をまとめておきたいと思います。

取り組む課題のアイデア出し、不確実性の識別、取り組む課題の決定、優先順位づけ
不確実性を考慮した研究課題の選び方については、2.1、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)(本シリーズ第8回第17回)で議論しました。今回強調しておきたいのは、研究を具体的に進めるにあたっては、どの不確実性の解消に注力しなければならないかを決める必要があるということです。例えば、Anthonyは、仮説を優先順位づけするには、確信の度合い[文献5、p.72-80]と、その想定が間違っていた場合の影響の大きさ[文献5、p.80-84]で判断する、としています。また、Riesは「まず、検証する仮説を選ばなければならない。スタートアップの計画でもっともリスクが高い要素、ほかのすべてを支える基礎となっている部分を私は挑戦の要(leap-of-faith)となる仮説と呼んでいる。[文献6、p.106]」としています。この時、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献4、p.237]という点には特に注意が必要でしょう。

不確実性を解消(減少)させるための実験、試行
実験を進める上での注意点としては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献4、p.254]ようにすることが挙げられるでしょう。「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献4、p.324]、という指摘があります。また、最近は実験、試行の手法としてデザイン思考によるプロトタイピングが注目されています。例えば、Kellyは、「プロジェクトで目標に向かって前進するベストの方法は・・・私たちの経験からいえば、プロトタイプ、つまり早い段階で実際に動くモデルを作ることだ。・・・プロトタイプを作る理由は、ずばり実験できることにある。[文献7、p.185]」と述べています。リーン・スタートアップ手法での実用最小限の製品(minimumviable product)も近い考え方でしょう。Riesは、「従来の製品開発は長い時間をかけてじっくりと開発し、完璧な製品をめざすが、MVPは目的が学びのプロセスを始めることであってそれを終えることではない。[文献6、p.128]」と述べています。

実験・試行の結果から学ぶ
実験・試行からの学びは、結果が予測と合っているかどうかの確認する以上の意味があります。なるべく多くのことを学ぶため、Govindarajanらは、「規律ある実験」を提案しています。この手法では、事前の計画は、実験結果の解釈の目安、仮説と位置づけられており、「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。[文献8、p.176]」ことが重要とされています。また、失敗から学ぶことも重要でしょう。例えば、McGrathは、早い段階や小さい段階での失敗には、試行の候補を絞り込む、退却が容易であるというメリットがある、と述べ、そのためには失敗に終わっても罰しない環境をつくる、うまくいかないかもしれないことに取り組む意欲を大切にする(リスクをいとわない文化をつくる)ことが重要と述べています[文献9]

進め方を見直す
学習の結果は、仮説や計画の見直しに反映され、当初の計画が形を変え、次の実験・試行に結び付いていきます。このような見直しのプロセスを持つことこそが、不確実性の高い課題に必須の進め方の特徴と言えるでしょう。例えば、リーン・スタートアップの手法では、このような見直しは「ピボット」と呼ばれ、プロセスに組み込まれています。Riesによれば、「ピボットとは変化の一種で、製品やビジネスモデル、成長のエンジンについて根本的な仮説を新しく設定し、それを検証するための行動を指す[文献6、p.231]」とされています。なお、「見直し」には、プロジェクトの取りやめや一時中止も選択肢に含まれます。何が何でも成功させる、という意気込み自体は間違ってはいないと思いますが、そうした感情によって、学習が正しく行なえなくなることは避けるべきです。

社内での協力関係
研究部隊が信頼され、完全に研究の遂行が任されていれば言うことはないのですが、残念ながら自由に研究ができる範囲は限られているのが普通です。濱口秀司氏は、「インターナルマーケティング」として、社内の経営層の理解を得ることの重要性を指摘しています[文献10]。またGovindarajanらは、企業が保有する既存事業部門との連携をうまく進めることの重要性を指摘しており[文献8]、ここでもイノベーションに対する社内の理解が求められます。いわゆる社内政治にも関わる問題であり、プロジェクトの進め方とはやや異なる性格のものではありますが、社内での業務遂行自体においても不確実性が存在すること、それにうまく対処する必要があることには注意が必要です。

不確実性の高い課題を進めるためには、以上のように、不確実性を認識しつつ、学習結果に応じて方針を臨機応変に変更していくことが重要と考えます。こうした学習と方針変更に基づくプロセスは、従来の「管理」という考え方とは相容れないかもしれませんが、時代の流れに合わせて従来の「計画」や「管理」に対する考え方を改めることも必要なことなのではないかと思います。


文献1:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献3:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V.,Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献5:Scott D. Anthony, 2014、スコット・D・アンソニー著、川又政治訳、津嶋辰郎、津田真吾、山田竜也監修、「ザ・ファーストマイル」、翔泳社、2014.
文献6:Eric Ries, 2011、エリック・リース著、井口耕二訳、「リーン・スタートアップムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社、2012.
文献7:Tom Kelley, David Kelley, 2013、トム・ケリー、デイヴィッド・ケリー著、千葉敏生訳、「クリエイティブマインドセット 創造力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」、日経BP社、2014.
文献8:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献9:リタ・ギュンター・マグレイス著、スコフィールド素子訳、「マイクロソフト、3Mが実践する『知的失敗』の戦略」、Diamond Harvard Business Review20117月号、p.24.

文献10:濱口秀司、「Shift イノベーションの作法 第5回」、Diamond HarvardBusiness ReviewMar.2017, p.122.

「ジョブ理論」(クリステンセン、ホール、ディロン、ダンカン著)より

イノベーションプロセスには様々な不確実性が存在します。イノベーションを実現させることとは、その不確実性をなくしていく作業の積み重ねであると言ってもよいのではないかと思っていますが、なかでも重要なものは、課題が実現できるのか(技術的にできるのか)、ニーズ(顧客は買ってくれるのか)、製品を市場に届け競争に勝つ方法(ビジネスモデルや競争環境)ではないかと思います(本ブログ・ノート全面改訂第8回)。もちろんこのどれもが解決できないと成功は望めないわけですが、最も求められるのは新技術なのか、新ニーズなのか、新ビジネスモデルなのか、と考えてみると、新ニーズのないイノベーションというものはちょっと考えにくいように思います(単なる安売り商品であっても、低価格を求めるニーズというのがあるわけなのでそういう場合も含めて)。

では、ニーズの本質とは何なのでしょうか。今回はいわゆる「ニーズ」に関連した問題を考察したクリステンセン、ホール、ディロン、ダンカン著「ジョブ理論」[文献1]をご紹介したいと思います。なお、著者は、本書でいう「ジョブ」と、いわゆる「ニーズ」は関連があるものの以下の点で違った概念であるとしていますので、その点を念頭にお読みいただければ幸いです。「適切に定義されたジョブはイノベーションの青写真になる。これは従来のマーケティングでよく言及される『ニーズ』とは大きく異なる。ジョブはそれよりはるかに細かい明細化を伴うからだ。ニーズはつねに存在し、漠然としている。『私は食べる必要がある』という表明は、ほぼつねに真実である。・・・消費者にとって重要なのはたしかだが、そのニーズをどのように満たすのかはぼんやりした方向性しか示されない。・・・食べる必要があるというだけでは、いくつかの解決策からたったひとつを選び出す理由、解決策のどれかを自分の生活に引き入れる理由にはならない。・・・一方、ジョブは、はるかに複雑な事情を考慮する。何かを食べる必要があるという状況と、その時点で重要でないその他のニーズは、激しく変化しうる。・・・選ぶに至る理由は、そのときの特定の状況で作用するニーズが集合したものである。[p.63]」「そうした状況では、いくつかのニーズがほかより高い優先度をもつ。[p.64]」以下、本書の構成に沿って重要と思われる点ををまとめます。

序章、この本を「雇用」する理由
・「多くの企業にとって、イノベーションはいまも運任せのところが大きい。[p.13]」「相関関係と因果関係が同じでないのはわかりきっているが、ほとんどの企業がこのことを知っているにもかかわらず、両者の違いを踏まえて行動しているようには見えない。相関はたしかに心地いい。重要な何かを見つけた気になって、マネジャーは安心していられる。[p.14]」「しかしそれらはイノベーションでたいせつなこと――私がなぜある特定の商品を買うのかという因果関係――を明らかにはしてくれない。・・・私は、問うべき質問がなんであるかについに気づいた。『どんな“ジョブ(用事、仕事)”を片づけたくて、あなたはそのプロダクトを"雇用“するのか?』[p.15]」
・「われわれの考察の基本は、『片づけるべきジョブ』理論にある。この理論が目指すのは、顧客が進歩を求めて苦労している点は何かを理解し、彼らの抱えるジョブ(求める進歩)を片づける解決策とそれに付随する体験を構築することにある。[p.17-18]」「ジョブ理論は、相関関係がわかればイノベーションを成功させられると期待する世界から、因果関係のメカニズムを踏まえてイノベーションを成功させる世界へと案内してくれる。[p.18]」「顧客のジョブを理解する基盤を築き、戦略を立てれば、運に頼る必要はなくなる。・・・そろそろ行き当たりばったりのイノベーションと決別するときだ。[p.22]」
筆者注)「片づけるべきジョブ(job-to-be-done)」の考え方は、クリステンセンらによる「イノベーションへの解」[文献2]第3章で解説されています。文献2での訳語は「片づけるべき用事」となっていますが、本書のジョブ理論はその考え方を発展させたもの、という位置づけと考えてよいでしょう。

第1部、ジョブ理論の概要
第1章、ミルクシェイクのジレンマ

・「『破壊的イノベーション』の理論・・・(の)中核にあるのは、イノベーションに対する競争反応を予測する理論である。・・・しかしながら、この理論は過去20年間以上、クレバーで新しく、野心的なものならなんでも破壊的イノベーションだと解釈を広げられ、誤って適用されてきた。破壊的イノベーション理論は、新しい機会をどこで見つければよいかを教えるものではない。[p.28-29]」
・「『顧客が片づけようとしているジョブ』というレンズ・・・があれば、破壊理論ではなしえなかった、顧客が彼らの生活になんらかのプロダクト/サービスを取り込もうとする原因は何なのかを理解することができる。[p.37]」
第2章、プロダクトではなく、プログレス
・「ジョブとは、特定の状況で人あるいは人の集まりが追求する進歩である。成功するイノベーションは、顧客のなし遂げたい進歩を可能にし、困難を解消し、満たされていない念願を成就する。また、それまでは物足りない解決策しかなかったジョブ、あるいは解決策が存在しなかったジョブを片づける。ジョブは機能面だけでとらえることはできない。社会的および感情的側面も重要であり、こちらのほうが機能面より強く作用する場合もある。ジョブは日々の生活のなかで発生するので、その文脈を説明する『状況』が定義の中心に来る。[p.62]」
・「ジョブは本来複雑なため、顧客を観察して得た知見を分析しやすいようなデータに落としこむことは容易ではない。ジョブを見きわめ、本質を明らかにするのは、現実にはかなりむずかしい。なぜなら、数字ではなくストーリーだからだ。[p.65]」
・ジョブの理解に役立つ5つの質問:1、成し遂げようとしている進歩は何か(求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか)、2、苦心している状況は何か(誰がいつどこで何をしているときか)、3、進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か、4、不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか(ジョブを完全には片づけない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか)、5、その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。[p.66-68
・「新しい技術の採用がジョブの解決方法を向上させることは多いが、ジョブそのものの理解を深めることがたいせつであり、解決策のほうに夢中になるべきではない。[p.72]」
・「ジョブ理論はすべての問いの答えというわけではない。[p.77]」「たとえば、ジョブ理論は、消費者がさほど困っていなかったり、存在する解決策で充分間に合ったりするときには役に立たない。商品取引のように、ほぼすべてが数学的分析によって決定される場合にも有益でない。コストや効率は、ジョブ理論でいうジョブにとって中核をなす要素ではない。そのような状況では、進歩を遂げるための社会的、感情的、機能的側面をとり混ぜた複雑なニーズがない。あるのは合理的な意思決定で、コンピューターがあればたやすく解決できる。[p.78-79]」
第3章、埋もれているジョブ
・「本当のジョブを理解していない企業は、『ひとつですべてを満足させる』万能の解決策に惹かれがちで、結局誰も満足させることができない。ジョブを理解すれば、成長とイノベーションの新たな道筋が開ける。そのためには、ジョブに基づいて区切ったセグメントにフォーカスする必要がある。このセグメントには、現状では満足な解決策が存在しない『無消費者』も含まれ、彼らはジョブを不満足に片づけるよりは、何も雇用しない方を選ぶ。無消費に眠る好機は企業にとって巨大だ。ジョブのレンズを通して顧客を見ると、競うべき本当の相手が見えてくる。それまでは思いもしなかった他分野の商品がライバルとなることも多い。[p.112]」

第2部、ジョブ理論の奥行きと可能性The Hard Work – and Payoff – of Applying Jobs Theory
第4章、ジョブ・ハンティング
・「われわれは片づけるべきジョブを特定するための”ひとつの正しい方法“があるとは考えていない。[p.122]」「問題は道具にあるのではなく、何を探し、観察した結果をどうつなぎ合わせるかのほうにある。[p.123]」
・目のまえにあるかもしれないジョブを明らかにする5つの方法:1、生活に身近なジョブを探す(「あなたにとって重要なことは、ほかの人にとってもおそらく重要だ」「きっかけは、個人のひらめきだけではない。すでに獲得した顧客、まだ獲得していない顧客を観察するたけで、多くを学ぶことができる」)、2、無消費と競争する(「何も雇用していない人からも、同じくらい多くのことを学べる」「ジョブという観点は、・・・これまで可能性がないと思われていたところに新しい成長機会を生み出す」)、3、間に合わせの対処策(「現在の解決策に満足しておらず、あれこれ工夫して自分なりの解決策をつくろうとしている消費者に・・・彼らがどんなふうにやりくりしているか、注意深く観察しよう」)、4、できれば避けたいこと(できれば避けたいジョブ・・・を『ネガティブジョブ』と呼ぶ。私の経験上、ネガティブジョブはイノベーションの優れた機会であることが多い))、5、意外な使われ方(「想定していたのとは異なる使われ方の場合には非常に参考になる」)[p.123-137
第5章、顧客が言わないことを聞き取る
・「消費者が自分の望みをつねに明確に説明できるとは限らない。たとえできたとしても、彼らの行動と一致しないことがある。[p.152]」
・「顧客がプロダクト/サービスを雇用するときに下す決定にはふたつの重要な瞬間があるが、ほとんどのデータが追跡するのはそのうちのひとつだけだ。だいたいは、われわれが『ビッグ・ハイア(大きな雇用)』と呼ぶ、人がプロダクトを初めて買う瞬間のみを追跡する。しかし、同じくらい重要なもうひとつの瞬間は、実際にそのプロダクトを消費するときだ。[p.153]」「その商品が再雇用され、実際に消費されることをわれわれは『リトル・ハイア(小さな雇用)』と呼ぶ。[p.154]」
・選択をおこなう瞬間に作用する相反する力:「新しい解決策に乗り換えようとする力」(「顧客が解決したい問題への不満は、顧客にアクションをとりたいと思わせるほど強くなければならない。・・・新しいプロダクト/サービスの引き付ける力も充分に強い必要がある。[p.155]」)、「変化に反対する力」(「ひとつは”現行の習慣“・・・、もうひとつは、現行の習慣よりも強力な、変わることや新しいことへの不安[p.156]」)
・「顧客が何を『雇用』するのか、それと同じくらい重要なこととしt何を『解雇』するのかを見れば、そこにストーリーがある。このストーリーから、顧客が求める進歩の機能的、感情的、社会的側面と、進歩を妨げる障害物を読み取ることができる。[p.151]」
・「変化に対応する力が強くても、それを緩和するような体験を用意することができる。新しいものへの移行に不安があるのなら、それを最小化する体験を付随させればいい。[p.189]」
第6章、レジュメを書く
・「『購入者は、商品をただ手に入れるのではなく、ジョブに完璧に合致した体験を求めている・・・』。この『体験』こそが、”私を雇用する理由“という、プロダクトの概要書(レジュメ)になる。[p.194]」
・「ジョブそのものは、進歩を遂げようと苦労している顧客の立場から状況を組み立てるのに対し、ジョブスペックとは、イノベーターの視点からジョブをとらえたものだ。『顧客のジョブを適切に解決するには、新商品を提案するなかで、何をデザインし、開発し、顧客に届けるべきか?』。いわば、解決策の要件をジョブスペックで把握するのだ。ここには、顧客が求める進歩と受け入れるトレードオフ、打ち負かすべき競合、乗り越えるべき障害物を明らかにする機能的・感情的・社会的側面が含まれる。ジョブスペックをリストアップしたあとは、商品を購入および使用してもらうための障害を取り除き、適切な体験を構築する計画を立てることができる。ジョブスペックは、ジョブからイノベーションへの変換をガイドする青写真となる。・・・ジョブをベースにしたイノベーションを他社が模倣しようとしてもなかなかできないのは、ひとつにはジョブスペックが詳細だからだ。顧客がどんな商品をほかより優れていると判断するかを把握することで、長期的な競争優位を築くことができる。[p.199]」
・「その顧客のジョブのためにつくられたのではないプロダクト/サービスを雇用した顧客は、失望するのがわかりきっている。[p.217]」「いまや企業は、自社製品がどんなジョブを解決するかだけでなく、自社製品を雇用すべきでないのはどういう状況かを消費者に伝達する方法を考えなければならなくなった。[p.219]」
・「あなたの会社のプロダクト/サービスを、片づけるべきジョブと同義になるまで結びつけることができれば、誤った理由で顧客に雇用されることはなくなる。ジョブと同義になったこのようなブランドを目的(パーパス)ブランドと呼ぶ。[p.219]」

第3部、「片づけるべきジョブ」の組織
第7章、ジョブ中心の統合

・「イノベーションの成功の秘訣は、顧客のジョブスペックに対応する体験を創造し、届けることである。これを一貫しておこなえるようにするには、それぞれの体験に結びつけて適切なプロセスを構築して統合する必要がある。これにより、他社から簡単に模倣されない競争優位の強力な源が手に入る。・・・ジョブを解決する体験を正しく提供するには、新しいプロセスを慎重に定義し、通常はサイロ化している機能群を調整する新しいメカニズムをととのえる必要がある。[p.265]」
第8章、ジョブから目を離さない
・「プロダクトが実際に製造され販売されると、マネジャーを取り巻く環境が一変する。売上のプレッシャーが膨れ上がり、顧客がなぜそのプロダクトを雇用するのか本来の理由を見失いそうになる。[p.269]」
・「顧客のジョブへのフォーカスを逸らそうとする要因はいくつもあるが、なかでも最も影響が大きいのは、マネジャーがデータの3つの誤謬に陥りやすいことだ。[p.292]」能動的データと受動的データの誤謬とは、顧客のジョブに密接に関連するがはっきりした構造もなく、イノベーターの側が探し出さなければならない受動的なデータよりも、売上、利益、顧客属性、生産性、他社比較といった具体的で目立ったデータに関心が移ってしまうこと[p.276-281]。見かけ上の成長の誤謬とは、大規模な投資に付随して、「対象顧客を広げ、プロダクトの種類を増やして・・・最初の成功をもたらしたジョブへのフォーカスを失う[p.282]」こと。確証データの誤謬とは、「そうあってほしいと願う世界のストーリーを語るシグナルにばかり注目する[p.284]」ようなことを指す。
・「これらの誤謬を意識することが、イノベーションの方向を見失わないための最初のステップである。以降も、常に警戒し、介入を続ける必要がある。[p.293]」
第9章、ジョブを中心とした組織
・「ジョブを明確に定義し、そこにフォーカスできる組織には、おもに4つの恩恵がある。意思決定の分散化――すべての社員がジョブに沿った的確な意思決定を、自律的かつ発想力豊かに下せるようになる。資源の最適化――何がジョブにとって重要かに合わせて資源を配分でき、バランスをとることができる。意欲の向上――顧客のジョブを解決することには本質的に、社員を鼓舞する力がある。自分の仕事によって、実際に誰かの人生を進歩させられることがわかるからである。適切な測定能力――顧客のジョブを中心とした測定基準を求め、それによって評価しようとする気運が自然に生まれる。[p.328-329
第10章、ジョブ理論のこれから
・「人間がもつ幅広い動機を説明しようとして、つい『ジョブ』を使いそうになるが、私たちを動かすものすべてが、片づけるべきジョブではない。ジョブは、発見するのにも正しく理解するのにも努力を要する。・・・なかでも気をつけるべき問題がふたつある。・・・片づけるべきジョブを形容詞や副詞で説明しているとしたら、それは有効なジョブではないということ。・・・例えば”便利な“は、・・・ジョブではない。明確に定まった『片づけるべきジョブ』は、動詞と名詞で表現できる。・・・気をつけるべき問題のふたつ目は、ジョブには適切な抽象度が必要であるということだ。求めるプロダクトの構造が同種のプロダクト群のなかでしか満たされない場合には、そこに片づけるべきジョブのコンセプトは適用されない。[p.338]」
・「私たちはあまりにも長いあいだ、成功には幸運が不可欠だと信じてきた。・・・だが、そうしたパラダイムはそろそろ打ち壊すべきだ。私は20年を費やして証拠を集めてきた。『顧客が雇用したがる』とあらかじめ予測できるプロダクト/サービスにあなたの時間とエネルギーと資源を注ぎこむのだ。賭けに頼るのはほかの者に任せればいい。[p.349]」
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ニーズは何から生まれるのか。大雑把に言ってしまえば、片づけるべきジョブがニーズを生む、ということになるのではないかと思います。なぜ製品を買うという意思決定をするのかを考えてみれば、そこには顧客の「思考」が関与していることは明白でしょう。重要なことは実際の顧客の思考と、製品の供給側が予想している顧客の思考にはズレがあるということではないでしょうか。顧客の真のニーズを知ることの重要性は、デザイン思考やエスノグラフィーでも指摘されますが、そのひとつの視点として片づけるべきジョブの概念は使いやすいと思います(ちなみに、著者は、「ジョブ理論は、・・・デザイン思考を補完し、デザイン思考と完全に互換である。[p.191]」とも述べています)。

片づけるべきジョブを確実につかまえることは難しいようですし、イノベーションには他の不確実性も影響しますので、著者が言うようにイノベーションが完全に運頼みではなくなるかどうかはわかりませんが、少なくとも片づけるべきジョブという視点を活用することによってニーズに関連した不確実性を著しく低減できる可能性があると思います。「ニーズ」の本質を「ジョブ」という形で捉えることは、実務的にも非常に重要な考え方のように思いますがいかがでしょうか。


文献1:Clayton M. Christensin, Taddy Hall, Karen Dillon,David S. Duncan, 2016、クレイトン・M・クリステンセン、タディ・ホール、カレン・ディロン、デイビッド・S・ダンカン著、依田光江訳、「ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム」、ハーパーコリンズ・ジャパン、2017.
原著表題:Competing Against Luck: The Story of Innovationand Customer Choice
文献2:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

「マッキンゼーが教える科学的リーダーシップ」(フェサー著)より

リーダーの最も重要な役割は、自分の望む仕事を部下にさせることと言ってもよいでしょう。では、それをうまく行うにはどうしたらよいのか。人が他人の意見を受け入れ、行動を起こすメカニズムについては、近年、心理学や脳科学の分野での知見が増えています。リーダーシップに関しても、経験に頼るだけでなく、そうした科学的な知見もふまえて、よりうまく他人に影響力を及ぼすことを考えようというのは、時代の流れと言えるかもしれません。

もちろん、人の心理や行動は非常に複雑ですので、少数の科学的「原理」のようなものに基づいて制御できるようなものではないと思います。しかし、少なくともそうしたアプローチを考えてみることは必要なのではないでしょうか。今回は、科学的な観点も考慮したうえでリーダーシップを議論した、クラウディオ・フェサー著「マッキンゼーが教える科学的リーダーシップ」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。本書では「インスピレーションを与えるリーダーシップ」すなわち「個人の集まり、チーム、および組織ユニットが共通の目標を達成するために、他の人たちの協力を勝ち得る目的で、あなたが用いる社会的影響力を行使するプロセス[p.4]」が議論されています。本書の説明は、架空のリーダーを題材にした物語を中心に進められていきますが、以下ではその物語を一般化して解説している部分を中心に興味深く感じた点をまとめてみたいと思います。

PART I
、影響力とインスピレーションとの特別な関係Inspiring and Influencing
リーダーにインスピレーションが大切な理由
・マッキンゼーでは組織の健康度をアンケートで調査。「健康度の低い組織は、イノベーションの水準の低さ、顧客の離反、従業員のやる気のなさ、才能ある人材の不足、それに財務的苦境などといった厳しい課題に通常直面している。反対に、健康な組織では、業界のトップを切るイノベーションを実施し、市場でのシェアを拡大し、最高の人材を獲得し、社員にやる気を起こさせる動機づけをしており、通常高業績を達成し、例外的に高水準な株主収益率を実現している[p.26]」
・調査された組織の健康度を4つに区分。ある種の行動は、どのような場合であっても必須のもので、それを『基本リーダーシップ行動』と呼ぶ。「そうした行動は、グループの協力を促進し、人々への心遣いを表明し、望まれる変化への思いを伝え、非常に重要な大局観を示す場合に有効である。[p.30]」(第4区分)。「組織の健康度を第4区分から第3区分に移行させるのに最も効果的な状況に応じたリーダーシップ行動は、多くの場合、指示を与える『トップダウン』のリーダーシップ・スタイルである。すなわち、事実に基づいた意思決定を行い、効果的な問題解決を行い、健康度回復に積極的に焦点を合わせるのである。こうした行動が最も必要とされるのは、組織がひどい苦境にあるときだと思われる。[p.30-32]」「組織の健康度をさらに引き上げて第2区分に移行させるには、リーダーは『実行志向の態度』と呼ばれることの多い行動に、焦点を当てなければならないと思われる。すなわち、複数のグループに課題を与え続け、素早く敏捷に対応させ、結果を重視し、目的と結果を明確にし、異なる視点を探し求めさせるのである。[p.32]」「さらにリーダーシップの階段を上り、イノベーションを果たし、競合よりも高い業績を上げ、社員のやる気を引き出し、能力の高い人材を採用し、投資家の期待を大きく超える業績を達成する、第1区分の組織を築こうとするには、『インスピレーションを与える』と形容されることの多い新たな行動を付け加えることがリーダーには要求される。すなわち、人々に動機づけを与え、人々から最高のパフォーマンスを引き出し、組織としての価値観を形成させるのである。[p.32]」
・「本書ではインスピレーショナル・リーダーシップを、『リーダーがフォロワーたちに、行動と変革に対するコミットメントを与え、彼らが行動をとれるようにする『内なる動機づけ』を生み出すことを目的とする、一連のリーダーシップ行動』を言うものと定義する。[p.33]」
最新研究で学ぶ影響力の科学
・影響力行使の9つのアプローチ:「ハードな影響力行使のアプローチには、依頼、正統化、および連立の形成の3種類が含まれる[p.43]」「「依頼とは、他の人たちに行動をとるよう、リーダーがただ命令する場合[p.43]」、「正統化は、・・・リーダーが命令とコントロール型アプローチに、正統化のための合理的説明を加える[p.45]」「連立の形成の場合、立脚するのは権威や権限ではない。・・・連立の形成が使われるのは、他の人たちの力を借りて影響力を行使したり、自分たちだけでは目標に届きそうにない場合であることが多い。[p.46]」、ソフト戦術は「合理的説得、社交辞令、交換、個人的訴求、コンサルテーション、それにインスピレーションによる訴求の6つである。[p.47]」「合理的説得は、・・・圧力による依頼と、依頼を支持する論理的な議論を組み合わせたものだ。[p.47]」「社交辞令アプローチは、他の人たちに何かをしてもらう、または提案を支持してもらう努力をする前、もしくはしている途中で、賞賛やお世辞として使われる。[p.49]」「交換は、・・・リーダーが欲するものを得る代わりに、リードされる人たちに何らかの価値を与える。[p.50]」「個人的訴求を使うリーダーは、他の人たちとの友情に基づいて依頼事項を実行するよう頼み、あるいは提案を支持するよう依頼する。[p.51]」、「コンサルテーションでは、リーダーは他の人たちに解決策の提案、あるいは行動計画や変革計画の策定に力を貸すことを依頼し、リーダーの助力が望まれるか必要であれば支援を約束する。[p.52]」「インスピレーションによる訴求・・・を活用するには、人々の価値観と理想像に訴えかける。[p.54]」
・「影響力行使アプローチの効果は、影響力を受けた人間が、コミットメントを持つに至ったのか(コミットメント)、一応は実行するものの強い熱意を持たないのか(コンプライアンス)、それとも抵抗したのか(レジスタンス)により、区別することができる。コミットメントは、影響力行使の相手となった人物が、ある行動あるいは意思決定に内心で合意している状態である。・・・コンプライアンスは、相手となった人物が依頼された行動をとるものの、関心はなく冷淡である。・・・レジスタンスすなわち抵抗は、相手となった人物が依頼された行動に反対し、拒否する、反論する、遅らせる、あるいは依頼がなかったものにするなどの行為により、実行を避けようとする場合である。[p.57]」
・ゼンガー、フォークマン、エディンガーの研究によれば、「リーダーが真のインスピレーションを与えるやり方で行動をとった場合、社員のコミットメントは高く、満足度も高く、しかもインスピレーションを与える度合いの低いリーダーの下にいる場合よりも高い生産性を発揮した[p.58]」。
・「研究からわかることは、ハード・リーダーシップ・アプローチ、すなわち依頼(命令とコントロール)、連立形成、または正統化といったアプローチは、行動や変化へのコミットメントを生まず、生まれたとしてもごくわずかでしかない。しかしながら、そうしたアプローチは、高水準のコンプライアンスを生み出す。つまり、他の人たちは依頼された行動をとる。ほとんど熱意は持たないが、それでも実施はするのである。[p.61]」ハードな影響力行使アプローチがすぐれているのは、静態的状況(「変化が限られており、必要な作業がルーティンあるいは標準的な手順で済む状況」)、単純明快な作業(「あいまいな部分がほとんどない」)、緊急事態(「時間的プレッシャーがあり、急いで行動を起こさなくてはならない場合」)、リーダーが関連する知識を持っている場合(「何をすべきかをリーダーが明確に知っている場合」)[p.62
・「ソフト・アプローチはコミットメントを獲得するのに効果的である。だが、効率はよくない。・・・より多くの時間と努力を必要とするからだ。[p.63]」ソフト・アプローチが効果的な場合は、ダイナミックな環境(「意思決定が一握りのリーダーではなく全組織により支持されている場合」)、複雑さ(特別な努力、イニシアチブ、そして粘り強さが必要な複雑な作業)」、あいまいさ(「あいまいな状況下で、リーダー自身にも成功に向けてどのような行動が必要なのかがわかっていない場合」)[p.64
脳科学が教えるインスピレーションの効能
・「癖のような習慣を変更するには、多くのエネルギー、注意、それに努力が必要である。プレッシャーの下、およびストレスの高い状況下では、人々は居心地の悪さを感じ、変化に抵抗し、もっと『原型に近い』すなわり『基本的な』行動に戻ってしまうのだ。[p.83]」「状況が悪化するという認識を与える変化は、不快感を生み出し、学習して新しい状況に対応しようとする脳の能力を低下させてしまうのである。[p.84]」「強いポジティブな感情(たとえば、問題を解決したという喜びの気持ち)の下で学習が起こると、その感情は、変化により引き起こされたストレスや不安感といった結果を打ち消し、ニューロンの接続を強化する条件を提供して、変革(および記憶)を脳内に定着させる。[p.85]」

PART II
、どんなときに人は、インスピレーションを感じるかInspiring Others
インスピレーションを与える技術
・インスピレーショナル・リーダーシップを実施する3つのステップ:1、「内面にある動機づけの要因を見つける」(「価値観と感情を理解し、何が人々を突き動かしているのかを知る[p.115]」)、2、「他の人たちが行動をとる約束を取り付ける」(「(a)人々の内面の動機づけ要因に働きかける、あるいは(b)内面の動機づけそのもの、すなわち価値観や感情に直接働きかける[p.117]」)、3、「他の人たちをエンパワーして行動に移らせる」(「権限委譲し、人々に説明責任を与え、彼らに問題を解決させ、意思決定を行いリスクを取らせる」)[p.117]
・「他の人の感情を理解するには、他の人たちの感情を認め、評価し、解釈する、感情および認識スキルが必要である。・・・他の人に内在する動機づけの源泉と、その源泉を揺り動かす要素を感じ取り、その人とつながる能力が必要なのである。そうするには、質問と探索というプロセスを使い、他の人が経験している動機づけの源泉に焦点を当てて、動機づけの源泉を動かしている文脈と課題が何かを探索するのである。[p.124]」感情移入による探索では、「言っていることの底流にある1つの感情を抜き出して[p.126]」「単純に認め、それと同じ言葉を繰り返して使う[p.133]」のが効果的。
・実行に移す気になってもらうには、ロールモデリングや感情の伝染が使える。「ロールモデリングとは、他の人に振る舞ってもらいたいように自ら振る舞って実例を示したり、誰かと一緒に何かをやって見せたりすることで、特定の行動や振る舞いをするよう他の人たちに促すこと[p.137]」「多くの研究者が、人々は互いの距離が近い場合には、いつでも感情が伝わることを示してきた[p.137-138]」「感情の伝染を用いるリーダーは、ポジティブな感情とエネルギーを活用して他の人たちを引き付け、活性化している。そうしたリーダーは、熱意、責任感、献身、それに情熱を見せる。インスピレーションを与え、ドキドキするような物語を話し、エキサイティングで力のみなぎるようなビジョンを描き、それ以外にも、達成されたこと、品質、またはその他の望ましい価値観について語る。[p.140]

PART III
、どんなインスピレーションに狙いを定めるかTargeting InspirationalAppeals
人の感情と心理的力学の分析法
WAPLWhat Are People Like?)の枠組みにおける、人間の振る舞いに影響を与える4つの重要な要素:行動の文脈、知識と過去の経験(ノウハウ)、スキルと能力、マインドセット(思考様式)[p.186]」
・文脈:動機、利害、他の人たちからの期待、組織上の文脈、組織文化、グループおよび対人関係の力学、他の人たちからの評価、プレッシャーに直面しているか[p.188-191
・マインドセット理解のためのパーソナリティの要素「ビッグ・ファイブ」:1、開放性(Openness)、2、勤勉性(Conscientiousness)、3、外向性(Extroversion)、4、協調性(Agreeableness)、5、神経症的傾向(Neuroticism)[p.196]。
・同じ出来事に異なる反応を見せる3つの代表的な情緒的傾向:怒り、不安、悲しみ[p.208
・「他の人を理解するためのWAPLの枠組みは、簡単で実用的なものである。それは人間の機能や振る舞いの全体像を示すものだというつもりはない。人類は信じられないほど複雑で、個々人はユニークな存在である。・・・したがって、特定個人の動機づけ、行為、あるいは信条について読み取ることは不可能である。しかし、取り急ぎ暫定的な展望を作ることはできる。つまり、誰かの振る舞いのパターンに関して、知識と情報に基づいた仮説を立てるのであり、それがこの枠組みの目的なのである。[p.214-215]」
影響力を特定の個人にフィットさせる
WAPLの要素に応じてどのような影響力を行使するアプローチが適切なのかが変わる。
・文脈:状況に応じてハード、ソフト戦術を使いわける。ノウハウやスキルに対しては社交辞令が効果的。マインドセットについては、開放的な人には「合理的説得が奏功する対象である可能性が高い。[p.221]」「勤勉で良心的な人たちには、社交辞令が有効[p.222]」「外向的な人たちには、インスピレーションを与えて訴求するアプローチが適している[p.222]」「協調的な人たちは、正統化による影響力行使アプローチのよい対象となる可能性が高い。[p.223]」「神経症的傾向の人たちには、依頼アプローチが適している可能性が高い。[p.223]」「強い価値観に基づいて動く志向性を持つ人たちは、インスピレーションを与えて訴求する場合に理想的な対象となる。[p.224]」情緒的傾向に対しては、「リーダーは他の人たちの感情を増幅するか、適度に緩和することにより、望んでいるコミットメントを達成することができる。[p.224]」

Part IV
、大規模な組織にインスピレーションを与えるInspiring at scale
・「次の2つのステップを踏んで、インスピレーショナル・リーダーシップを大規模に、意図的な行為として構成することが可能だ。第1に、組織に内在する動機づけ要因、すなわち価値観と感情の状況を理解することである。第2に、組織のメンバーの振る舞いに影響を与える4つのテコを用いて、組織に変革をもたらす。4つのテコとは、コミュニケーション、ロールモデル、インセンティブ、それに能力である。[p.253]」
・「インスピレーションにより突き動かされる変革・・・には、次の4つの特徴がある。1、変革の物語は、支配的な組織文化の価値観に訴求し、全組織に普及している感情(情緒状態)を高めるものとなる。・・・変革の物語は、感情に訴える事例や比喩によって生き生きとしたものになり、ずっと強力なものとなりうる。・・・脳は、感情に訴える物語や比喩を記憶することのほうが、ずっと得意なのだ。・・・2、組織の中のリーダーは全員が、変革の物語に反映されている価値観のロールモデルでなければならない。・・・3、変革の物語に埋め込まれた戦略の実施から生じるスキルや能力を築くには、人々にその力を与えることだ。・・・インスピレーションにより駆り立てられた変革では、人々の能力を構築することはリーダーの責任である。・・・4、リーダーは、人々に説明責任を持たせ、意思決定をし、自分たちの仕事を決めるように組織の細部を設計し、リスクを取らせ、イノベーションを行うことを許容するように組織機構を変更する。[p.259-261]」

あとがき
・「人を操作する目的でインスピレーショナル・リーダーシップを使うことは、人々に給与削減を受け入れさせ、投票行動に走らせることはできるかもしれないが、息の短いアプローチである。・・・誤った虚飾の下でインスピレーショナル・リーダーシップを使うべきではない。反動のもたらす結果が大きすぎるからである。[p.290-291]」
・「インスピレーショナル・リーダーシップが効果を発揮するには、変革が実際に起こるよう、リーダーが他の人たちに力を与え、エンパワーしなければならない。・・・それはつまり、他の人たちを信じ、信頼して任せられるということが暗黙の前提だということなのだ。自信がなく、他の人たちを信頼できないリーダーであれば、インスピレーショナル・リーダーシップを実施できない。やっても、うまくいかないのである。しかし、自分が指導する人たちのためになることを考え、信じるリーダーであれば、インスピレーショナル・リーダーシップが、世界に対して違いを生み出せる助けになることがわかるだろう。偽りのない真心から、人を信じるインスピレーショナル・リーダーシップは、人々を利用したり、搾取したりしない。そうではなく、人を育てるのである。[p.292-293]」
・「私たちの脳は、生まれつき学習するために結線されており、新しいシナプスの結合を作り、進歩することを待ち望んでいる。インスピレーショナル・リーダーシップは、脳の生まれつきの学習意欲と成長意欲を利用し、それを実現させる。他の人たちにインスピレーションを与えることにより、リーダーは自らの心と将来とを成長させ、切り開く。[p.293]」
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本書に述べられたインスピレーショナル・リーダーシップは、特にイノベーションを目指す組織には適した手法のように思います。もちろん、研究課題にもいろいろな種類のものがありますし、研究者にもいろいろな人がいますので、そうした状況(文脈)に応じた行動が求められるとは思いますが、先が読みにくくなっているこれからの時代こそ、本書のような考え方が重要になってくるように思います。

一点、注意した方がよさそうなのは「インスピレーション」という言葉が、日本では「霊感」や「思いつき」といった意味で使われることが多い点です。著者の意図はそういう狭い意味ではなく、鼓舞する、刺激する、活気を与える、考えを抱かせるという意味であることは本書を通読いただければわかるとは思いますが、本書でいうハードなアプローチに慣れた人にはややわかりにくい言葉かもしれません。しかし、どのように呼ぶにせよ、ソフトなアプローチの重要性はもっと広く認識されるべきだと思いますし、本書のように具体的な手法の形で整理されることによって実務家にも使いやすくなってきているように思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Caludio Feser, 2016、クラウディオ・フェサー著、吉良直人訳、「マッキンゼーが教える科学的リーダーシップ リーダーのもっとも重要な道具とは何か」、ダイヤモンド社、2017.
原著表題:When Execution Isn't Enough: DecodingInspirational Leadership

アジャイルを拡大する(「Agile at Scale」、Rigby, Sutherland, Noble著HBR2018, May-Juneより)

ソフトウェア開発におけるアジャイル手法の有効性は近年かなり認められるようになってきたと思います(本ブログでも今までに「アジャイル、スクラム、研究開発」、「アジャイルを採用する」で取り上げました)。この手法は、複雑で不確実性が高く、エンドユーザーからのフィードバックが重要で作業がモジュールしやすい課題の場合に有効な手法と言われ(「アジャイルを採用する」)、小さなチームでの短いサイクルの作業でアウトプットを出し、そのフィードバックを次の計画に反映させることを繰り返し行うことが特徴のひとつですが、この手法はソフトウェア開発以外でも有効なのではないか、という指摘は以前にもなされていました。

Rigby, Sutherland, Noble
著の論文「Agile at Scale」[文献1]では、アジャイル手法を組織内に広く適用することが議論されています。著者は、「企業はアジャイルを効果的にスケールアップすることが可能であり、そうすることによってかなりの利益が得られることを我々の研究は示している。・・・しかし、すべての職務がアジャイルチームになる必要もない。・・・アジャイルチームとして活動しない部署は、アジャイルチームをサポートすることが確実にできるように変化する必要がある。」と述べており、実践的にも興味深い考え方だと思いますので、以下、論文のなかから重要と思われる点をまとめたいと思います。

アジャイルになってアジャイルをリードするLeading Agile by Being Agile
・「アジャイルチームは、創造性を発揮して製品やサービス、プロセス、ビジネスモデルを改善して利益をあげるイノベーションに最適です。チームは小さく、多くの機能をこなします。大きく複雑な問題に対し、それをモジュールに分割し、速やかなプロトタイピングとタイトなフィードバックによりそれぞれに対する解決策を開発し、それを首尾一貫した全体像にまとめます。アジャイルは、計画に従うことよりも、変化に適応することに価値を置き、成果物(output)(プログラムコードの行数とか新製品の数とか)ではなく、結果(outcome)(成長、収益性、カスタマーロイヤルティなど)に責任を負います。」
・「アジャイルチームにとって、問題が複雑で、解決策が最初ははっきりせず、プロジェクトに対する要求が変わる可能性があり、ユーザーとの密な協力が可能で、命令と管理に依存するチームよりもクリエイティブなチームがよい結果を出せるような状況が適しています。プラントメンテナンス、購買、会計などの定常的な業務はあまり実りが期待できる分野ではありません。」
・「アジャイルチームは命令系統に基づく官僚的なやり方とは異なる動きをします。自律性が高く、チームのリーダーは、どんなイノベーションをすべきかをメンバーに言ったとしても、どうやるかは指示しません。・・・管理と承認の階層を減らして、仕事のスピードを上げ、チームのモチベーションを高めます。上級リーダーは、彼らでなければできないこと:長期ビジョンを作成して伝達し、戦略的な優先順位づけを行い、目標達成のための組織の能力を築く、といったことを行うための自由が得られます。」
・「リーダーがアジャイルアプローチをよく理解せず適用しようとする場合、他の変革活動に取り組む場合と同様にトップダウンの計画と指示によってアジャイルのスケールアップをしようとするかもしれません。しかし、彼らがアジャイルチームのように振る舞った場合の方が結果はよくなります。つまり、組織の異なる部分を、ニーズが異なっていて、誤解を受けたりアジャイルが定着するにつれて進化していく顧客のように見立てることです。リーダーは部下に仕事を任せるのではなく、問題解決に飛び込んで制約を除去するようにします。アジャイルリーダーシップチームは、他のアジャイルチーム同様、全体の結果に責任を持つ「イニシアチブリーダー」と、チームメンバーをコーチするファシリテーターを擁し、メンバーが活発に仕事に没頭できるようにします。」

アジャイルを推進するGettingAgile Rolling
・「アジャイルの原則に沿って、リーダーシップチームはあらかじめそれぞれの詳細な計画を立てることはしません。・・・リーダーは最初のアジャイルチームを立ち上げ、そのチームが創造する価値と直面する課題についてのデータを集めます。そして、次のステップに進むべきか、それはいつか、どのようにかを決定します。」
・「このテストと学習のサイクルを開始するために、リーダーシップチームは2つの重要なツールである、可能性のあるチームの分類と、企業の優先順位を反映させた段階的なプランを用います。」
チームの分類を作るCreateTaxonomy of teams
・「アジャイルチームが、今後達成する必要がある仕事のバックログをまとめるように、アジャイルのスケールアップを成功させる企業は通常、あらゆる機会の分類から始めます。アジャイルのモジュラーアプローチにならい、チームを、顧客体験(customer experience)チーム、ビジネスプロセスチーム、技術システムチームの3つに分類し、それから全体を統合します。顧客体験としては、外部や内部の顧客の決定や行動、満足に大きく影響するすべての体験を特定します。・・・ビジネスプロセスについては、こうした経験と、主要なビジネスプロセス(例えば、行列に並ぶ時間を短くするようなチェックアウトシステムの改善など)との関係を調査し、プロセスチームと顧客体験チームの責任範囲の重複を減らし、協力を促すことを目標とします。技術システムでは顧客経験チームをサポートするプロセスの改善(例えば、モバイルチェックアウトアプリの改善など)に注力します。」
・「分類することの価値は、工程を、いつでも一時停止したり、方向転換したり、中止できるような小さなステップに分割することです。また、リーダーが制約を特定するのにも役立ちます。立ち上げ可能なチームと、そこにどんなスタッフが必要かを特定したら、例えば次の質問をする必要があります。そういう人がいるのか?、いるならどこに?。分類は、人材のギャップと、どんな人を採用し保有しなければならないかを明らかにしてくれます。」
移行の順序を決めるSequencethe transition
・「分類に基づいて、リーダーシップチームは優先順位と順序を決定します。リーダーは、戦略的重要性、予算の制限、人材の利用可能性、投資収益率、遅延コスト、リスクレベル、チーム間の相互依存性などの複数の基準を考慮する必要があります。最も重要で見過ごされやすいのは、顧客と従業員の感じる痛みのポイントと組織能力と制約です。これにより、展開をどのぐらい速くすすめるか、組織はどのくらいの数のチームを同時に扱うことができるかの適正なバランスが決まります。」
・「すべてのことを一気に進めるような・・・ビッグバン移行は難しいです。資産の制約がある企業は、アジャイルを段階的に進めた方がよいでしょう。」
・「多くの企業が簡単に勝利を得ようとして、チームをオフサイトのインキュベーターに設置するミスを犯しています。彼らは組織的な障害を安易にかわそうとする回避策をとります。こうした甘やかしはチームの成功確率を高めるでしょうが、学習する環境や、数十数百のチームに拡大するのに必要な組織の変革を生むことができません。」
・「準備が整うまではアジャイルチームを立ち上げるべきではありません。準備というのは、詳細な計画や成功の保証が得られることを意味しているわけではありません。それは、大きな賭けをして重要なビジネスの機会に焦点を当てていること、特定の結果に責任を持つこと、意思決定権と適正な資源を有し機会に対して情熱を持つ多能的なエキスパートを有する小さなグループが自律的に働く信用を得ていること、アジャイルの価値や原則や実践にコミットすること、顧客との密接な連携の力を持つこと、迅速なプロトタイプと高速フィードバックを作成できること、障害に対処しチームの仕事の適用を推進する上級研部の支援があること、を意味します。」
大規模なアジャイルイニシアチブをマスターするMaster large-scale agile initiatives
・「原則として、設置するアジャイルチームの数や、こうした動きをどの程度大規模に行うかには制約はありません。関連するイニシアチブに取り組む『チームのチーム』を設置することができ、これは拡張性の高いアプローチです。」

ビジネス全体のアジリティの構築Building Agility Across the Business
・「官僚的な部門がアジャイルチームの仕事を邪魔したり、開発されたイノベーションの商業化適用に失敗したりすることがないようにするには、企業は常に次の4つの分野で大きな変化を押し進めなければなりません。」
価値と原則valuesand principle
・「アジャイルを拡大することを望むリーダーシップチームは、アジャイルチームを持たない部門も含めてアジャイルの価値と原則を浸透させる必要があります。」
業務の構造Operatingarchitectures
・「アジャイルを大規模に実装するには、モジュール化して仕事の流れをシームレスに統合する必要があります。例えばAmazonでは、会社の複雑なシステムを危険にさらすことなく、ソフト開発者が素早く頻繁なリリースを行えるようにITアーキテクチャーがデザインされているため、1日に何千回もソフトを更新することができます。」「法務などの部門では、優先度の高いアジャイルチームからの緊急の要求を扱うため、バッファーとなる能力を必要とするかもしれません。」「時間の経過とともに、階層的な構造を持つ定常的な業務運営でもアジャイルの考え方がより生まれてくるでしょう。」「ある種の企業や人によっては、こうしたトレードオフは受け入れ難く、実施は難しいと感じるかもしれません。管理を減らすことは、やってみて人々がより幸せにかつ成功率が3倍になることに気づくまでは常に不安なものです。世界の1300人の経営者に対するBainの最近の調査では、『今日のビジネスリーダーは、命令してコントロールするのではなく、人々を信用してエンパワーしなければならない』という経営上の記述について、他のものより多くの賛意が得られています。」
人材獲得とモチベーションTalent acquisition and motivation
・「企業はもはや専門性だけで採用を決めることはできないかもしれません。今や協力的なチームで働くことへの熱意の伴った専門性が求められています。人の評価も、目標を達成したかどうかで個人の評価をするのではなく、チームメンバーの互いの評価でアジャイルチームのパフォーマンスを見る必要があります。パフォーマンス評価は年次ベースから数週間から数ヶ月ごとの関連するフィードバックとコーチングによるシステムに変わります。」「企業は給与のシステムも、個人の達成度からグループに報いるものに変える必要があるかもしれません。・・・リーダーは『A』評価の個人に対し、最も重要な機会への関与や最も進んだツールを与え、可能な限りの自由、その分野で最も優秀なメンターと繋がることをもって報奨とすることもできるでしょう。」
年間計画と予算のサイクルAnnual planning and budgeting cycles
・「官僚的な企業では、年間の戦略策定と予算交渉は組織を方向づけ、高い目標へのコミットを確実なものとする上で有効なツールです。しかし、アジャイル実践者は異なる仮定から始めます。彼らは、顧客のニーズはしばしば変わること、ブレークスルーとなる洞察はいつでも現れることを認識しています。彼らの見方では、年間サイクルはイノベーションと適応を制約するものです。重要なイノベーションが次の予算サイクルで予算を獲得するまで順番待ちをしなければならないのに、生産的でないプロジェクトは予算が尽きるまで資源を使う、というわけです。」

結論
・「アジャイルのスケールアップがうまくできる企業は、彼らのビジネスの大きな変化を経験することになります。スケールアップによって定常的なオペレーションに比べて様々な仕事の中により多くのイノベーションが含まれるように変化します。・・・変化はより早くもたらされ、より顧客のニーズに適応したものになります。ビジネスは目に見える成果、例えばよりよい経済効果だけでなくカスタマーロイヤルティと従業員の関与の高まりをたらします。」
・「アジャイルのテストと学習のアプローチは時にインクリメンタルで反復的なものだと表現されますが、インクリメンタルな改善のプロセスと、インクリメンタルな思考を混同すべきではありません。」「大きな野望とステップバイステップの進歩。それは、しばしばそうであるように、未来が曖昧な時であっても、進むべき道を示してくれるのです。」
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不確実性の高いイノベーションを狙うのであれば、事前に綿密な計画をたててそれを実行していくというやり方よりも、創発的、試行錯誤的なプロセスで結果から学習して方向性ややり方を変えていく方が成果が得られやすい、という考え方は一般的な考え方になりつつあるように思います。アジャイルはそうしたイノベーションに対応するための手法の一つといえると思いますが、もちろん、アジャイルが成功をもたらす唯一の方法である、ということにはならないでしょう。

ただ、ソフト開発の分野での実績が多く、具体的な方法論もわかりやすく整備されていますので、使いやすいとは言えるかもしれません。ソフト開発以外の分野への適用も今後増えていくのではないでしょうか。さまざまな業務プロセスのどの範囲にまでアジャイルを広げていくのか望ましいのかについては議論もあるでしょうが、少なくとも、アジャイルの有効性については社内のあらゆる部署で理解しておいて損はないように思います。今後どのように発展していくのか、注目して見ていきたいと思います。


文献1:Darrell K. Rigby, Jeff Sutherland, Andy Noble, “Agileat Scale”, Harvard Business Review, May-June, 2018, p.88.
https://hbr.org/2018/05/agile-at-scale

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