研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2018年07月

「生産性」(伊賀泰代著)より

たいていの技術者にとって、「生産性」という概念はなじみが薄いものではないでしょう。インプットに対するアウトプットの比、という生産性の定義も当然のこととして理解されていると思います。ただし、このアウトプットとインプットに様々な種類があるなかで、実際には技術者が通常注目するのは特定の生産性であることが普通です。例えば、投入労働力(時間)あたりの生産量だったり、かけた費用あたりの売上や、設備1基あたりの生産量や生産額だったり、というような具合で、たいていは計測が比較的容易で、モノやプロセスに関する場合が多いのではないかと思います。そんな中、はたして自分自身の生産性、例えば、かけた労力に対する成果の比にいつも注意している人はどのくらいいるでしょうか。

もちろん、モノが関わらない仕事に関しても生産性は定義可能です。例えば、コンサルタントのようなサービス業では生産性はどう捉えられているのか。人が労働というインプットを行って知識を生み出す世界における生産性のとらえ方は、これからの「働き方」を考える上でも興味深い視点だと思いますので、今回はマッキンゼー出身の著者による「生産性」(伊賀泰代著)[文献1]をご紹介したいと思います。ちなみに、著者は「私が今回、生産性について本を書こうと思ったのは、日本における(工場以外での)生産性に関する意識の低さが、世界と戦う日本企業にとって、大きな足かせになっていると感じたからです。[p.6]」と述べています。技術者ももはやモノの生産性のみを考えていればよい時代ではないと思いますので、以下、本書の構成に従って興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

序章、軽視される「生産性」
・「『アウトプットを増やしたければ、その分、インプットを増やすべき』という発想には、生産性の概念が完全に欠如しています。[p.19]」
・「日本企業はバブル経済が崩壊する頃まで、時に採算を度外視してでも売上げやシェアを拡大しようとしていました。経営全体において規模や量が優先されていたのです。[p.22]」「頭では生産性の重要性を理解しているつもりでも、ビジネスの前線では往々にして質より量が優先され、生産性が犠牲にされています。[p.28]」

1章、生産性向上のための四つのアプローチ
・「生産性は『成果物』と、その成果物を獲得するために『投入された資源量』の比率として計算されます。[p.30]」
・「生産性を上げるためのふたつの方法、『成果を上げる』と『投入資源量を減らす』には、さらにそれぞれを達成するための手段として改善と革新というふたつのアプローチが存在します。[p.34]」
・「日本では、製造現場における改善運動から生産性という概念が普及したため、『生産性を上げる手段=改善的な手法によるコスト削減』という感覚が定着してしまっています。このため企画部門や開発部門など『自由に発想することが重要な仕事に従事している』(と自負している)人たちは、生産性の向上が自分たちの仕事にも極めて重要であると、長らく認識できないままになってしまっていました。コスト削減だけでなく成果の価値を上げることも、そして、改善的な手法だけでなくイノベーティブな発想や技術を駆使して大幅な生産性向上を達成することも、同様に重要です。[p.43]」
・「ホワイトカラー業務に従事する人の中には、自分たちの仕事はブルーカラー業務よりも自由度が高く、クリエイティブで難度の高い仕事だと考えている人もいます。この根拠なき優越意識のために、ホワイトカラー部門に生産性向上のための研修や新制度を導入しようとしても、『効率ばかり追い求めていては、いい仕事はできない』などといった心理的な抵抗に阻まれることがよくあります。しかし、非製造部門を含めた組織全体の生産性の向上は、企業(ひいては産業全体や国全体)が生み出せる付加価値の大きさを規定し、それぞれの競争力にも影響を与える重要な経営課題のひとつです。今はすべての部門で働く人に、『生産性』の重要性を理解し、謙虚かつ真摯に少しでも仕事の生産性を上げるため努力することが求められているのです。[p.45]」

第2章、ビジネスイノベーションに不可欠な生産性の意識
・「『イノベーションと生産性の向上は両立しえない、二者択一の概念である』という誤った考え方も、組織全体に生産性の概念を普及させる大きな障害になっています。[p.46]」「イノベーションを起こしたいのであれば、生産性を気にしていてはだめだという考え方があるのです。・・・そうではなく、組織全体が生産性の向上に意識的になることこそが、イノベーションを生みやすい組織風土をつくるのです。というのも、組織全体で生産性の向上に取り組めば、イノベーションに必要な二つの要素、すなわち、『Time for innovation』と『Motivation forinnovation』が生み出されるからです。[p.47]」
・「生産性が軽視される組織では、社員は長時間の残業を強いられるなどオペレーショナルな業務(定型的な作業)に忙殺され、新しいアイデアや試みに投資する時間や資金、そして気持ちの余裕を十分に確保できません。[p.47-48]」「『イノベーションの追求と生産性の向上は両立しない』という考え方は、・・・『イノベーション自体を生み出すプロセスには、生産性を持ちこまないほうがよい』という話であって、『生産性という概念をいっさい無視すべし』という話ではないのです。[p.50]」
・「ビジネスイノベーションを起こすためには、社員に『問題認識力=課題設定力』と『その問題を一気に解決したいという強い動機づけ』をもたせることが不可欠になるのです。これがまさに『Motivation for innovation』であり、そのために大きな役割を果たすのが『生産性という概念を日常的に、強く意識させておくこと』なのです。[p.56]」
・「イノベーションは技術分野だけでなく、ビジネスのあらゆる分野で起こりえます。しかし日本では、技術分野でのイノベーションに比べて、非技術分野におけるビジネスイノベーションがあまりにも目立ちません。私はこの理由の一端が、非技術部門における生産性概念の希薄さにあると考えています。・・・技術分野のイノベーションは、純粋な知的好奇心や研究中の偶然からも生まれます。しかしビジネスイノベーションを起こすためには、『一気に生産性を上げて、現状の問題を解決できる画期的な方法はないか?』という強い希求心が必要です。だから生産性を上げることへのこだわりを欠く組織からは、『ちょっとおもしろいアイデア』レベルのものしか出てこないのです。・・・経営や財務、マーケティングや人材育成などあらゆる分野でイノベーションを起こそうとする世界の競合に対し、日本企業が技術分野のイノベーションだけで立ち向かっていくのは、今後ますます難しくなります。[p.66-67]」

第3章、量から質の評価へ
・「数十年前、・・・日本企業の多くは売上高や市場シェアの大きさを競い合っていました。・・・しかし今は、・・・多くの企業が利益率やROE(資本利益率)など率の数字を、経営指標として重視しています。・・・これは、『企業を評価する基準が、量から質へと変化した』ことを示しています。今求められているのも、会議時間や残業時間ばかりを気にする=労働の量を指標として使う経営ではなく、社員の生産性がどれほど高いのか、組織全体の生産性はどれほど上がったのかという労働の質を評価する経営への移行なのです。[p.72-73]」
・「現場の管理職の評価基準にも生産性の概念を取り入れることが必要です。[p.78]」「ひと言でいえば、成果の絶対量だけを評価する組織では、誰も彼もが『より長い時間、働ける人』ばかりを求めるということです。・・・しかしこの方法では、一時的に成果を上げることはできても、遠からず限界が訪れます。部下はどこかの時点で『これ以上は無理』と感じ始めるし、管理職が自分の時間を投入して穴埋めを続けていたら、心か体のいずれかを壊してしまいます。労働力の追加投入によって成果を上げ続けるのは、持続可能な方法ではないのです。[p.79]」
・「そもそも成果主義の人材評価システムがうまく機能しないのは、評価されるべき成果を、『質』ではなく『量』で測ろうとしたからです。・・・また・・・目標管理制度について『目標を低めに立てたほうが得をするおかしな制度』といった批判がつきまとうのも、その目標が量で決められているからです。[p.81]」
・「生産性の伸びを評価基準とすることで、管理部門においても成果に基づく評価(量を評価する従来の成果主義ではなく、質を評価する成果主義)が可能になるのです。[p.83]」

第4章、トップパフォーマーの潜在力を引き出す
・「トップパフォーマーとは、卓越したパフォーマンスを示すごく一部の社員のこと[p.89]」。「彼らは同期との比較ではもちろん、数年上の社員よりはるかに出来がよいため、本人も周囲も、その成長スピードに問題意識をもっていません。しかし彼らの本来の力(成長ポテンシャル)と比べると、その多くは必ずしも十分に力を発揮できていないのです。・・・『潜在能力当たりの生産性』において、トップパフォーマーの生産性が一般社員よりかなり低いということです。[p.90]」
・「マッキンゼーのような組織では、パフォーマンスの高い社員ほど厳しい環境で働くことを求められるのです。これは、パフォーマンスの高い社員ほどラクに仕事ができてしまう組織とは180度異なる環境であり、これこそが、卓越した人材を数多く輩出できる組織の力につながっているのです。[p.95-96]」
・「マッキンゼーなどが若手トップパフォーマーの選抜を行うのは、選抜のためではなく育成が目的です。彼らのもつ潜在力をすべて発揮させるために、手段として選抜を行うのです。[p.108]」
・トップパフォーマーを育てる3つの方法:ストレッチゴールを与える、比較対象を変える、圧倒的なライバルの姿を見せる[p.110-114

第5章、人材を諦めない組織へ
・「組織の構造がピラミッド型である限り、いつまでも全員に昇格や昇給の道が開かれているわけではありません。選抜に漏れた人をどう動機づけ、意欲の維持や成長を促していくかは、すべての組織にとってこらからますます重要な課題となります。組織の中に『まったく成長しない人たち』を多数抱え、彼らの成長を諦めてしまったら、組織全体に与える悪影響は測り知れません。反対に、そういう人たちの生産性をほんの少しでも上げることができれば、長期的には組織全体の生産性は大きく工場します。その切り札になるのが、詳細で具体的な成長支援のためのフィードバックなのです。[p.130]」
・「トップパフォーマーは、社内の評価制度では恒常的にA判定を受けている・・・ために彼らは、十分な成長支援のために必要な(時には厳しい)フィードバックを受けることができていません。選抜に漏れた中高年はその反対で、組織的にはすでに評価をする必要がないと認定された人たちで、それがために・・・成長に必要なフィードバックを得られていません。[p.130-131]」「これら『最も伸び代の大きな層』と『非常に人数の多い層』の成長支援に本気で取り組めば、組織全体の生産性を上げるために大きな効果が期待できます。[p.131]」

第6章、管理職の使命はチームの生産性向上
・「管理職の仕事とは、『チームの生産性向上のためにリーダーシップを発揮すること』に尽きます。[p.132]」
・生産性向上のための手法:作業時間の定量的な把握[p.135-142]。多すぎる仕事を外部に任せない(生産性を上げるインセンティブが消える)[p.143-145]、定期的な業務仕分け[p.145-149]、ノウハウの共有と言語化[p.153-157]、改善と改革の両方を目指す[p.157-159

第7章、業務の生産性向上に直結する研修
・ロールプレイング研修の効果:トレードオフが存在する状況において判断を下す訓練[p.164]、グローバルチームでの働き方を学ぶ[p.166]、話し方やコミュニケーションの練習[p.169]、フィードバックが得られる[p.171]、相手の立場を体験する[p.172]、チーム内でのスキルの共有[p.173]、緊急時対応の事前練習[p.174

第8章、マッキンゼー流 資料の作り方
・「最も重要なことは『仕事に取りかかる前にアウトプットイメージをもつ』ということです。[p.186]」「具体的なアウトプットイメージをもつために作られるのが、ブランク資料です。[p.189-190]」「ブランク資料は上司や顧客と共有し、『この資料のブランク部分に具体的な数字や情報が入れば、わが社は意思決定ができますよね?』と確認します。[p.192]」「アウトプットには本当に価値があるのか、ということを事前に確認しておくのです。[p.199]」
・「大量の情報に簡単にアクセスできるこの時代だからこそ、情報の入手のしやすさや量に惑わされず、自分が必要としているデータを優先的かつ集中的に集めるためにも、明確なアウトプットイメージを意識してから情報収集を始めることが必要なのです。[p.203]」

第9章、マッキンゼー流 会議の進め方
・「『会議時間をできるだけ短くする』ことより、『成果をできるだけ高くする』ほうがよほど大切です。[p.207]」
・「大変の会議の達成目標は次の5つのどれかです。①決断すること、②洗い出しすること(リストを作ること)、③情報共有すること、④合意すること=説得すること=納得してもらうこと、⑤段取りや役割分担など、ネクストステップを決めること[p.209]」
・「<会議で決めるべきことが決まらない主な理由>①社長や本部長など、意思決定者が会議を欠席した、②意思決定のロジックが明確でなかった、③データや資料がそろっていなかった、④会議の主催者が『決める』ことにリーダーシップを発揮しなかった。意思決定に必要なのは『ロジックと情報』で、このどちらかが足りないと結論が出せません。[p.216]」「情報が足りないだけなら、会議をやり直す必要はないのです。[p.218]」
・「ファシリテーションスキルも、議論の生産性を上げるために重要です。[p.224]」

終章、マクロな視点から
・「理解すべきなのは、もはや『負担の移転』だけでは問題は解決できないということです。・・・今後は、100人のうち60人から70人もが『配慮すべき理由』をもつ時代になるという前提での制度設計が必要です。その負担を残りの30%の人に移転して解決するのは、もはや不可能なのです。これから企業に求められるのは、すべての人が、希望するワークスタイルを実現できるよう、支援することです。・・・社員全員にそういった働き方を可能にするためには、企業は組織全体として今よりはるかに高い労働生産性を実現する必要があります。[p.230-231]」
・「政府は生産性の低い人や生産性の低い産業を弱者とみなし、さまざまな支援をしていますが、その支援の多くは『生産性を高めるための支援』ではなく、『生産性が低くても存続し続けられるようにするための支援』です。・・・必要なのは・・・『生産性を少しでも高められるよう支援すること』です。そしてそのために最も重要なのが、人を諦めない、人に投資をし続けるということなのです。[p.237]」
・「日本は今後、急速に人口が減っていきます。・・・25年後には年間100万人もの人口減少が始まります。これはもはや外国人労働者や移民でカバーできる規模ではないし、女性や高齢者の就業率を少々挙げて解決できる問題でもありません。[p.237]」
---

著者の指摘で私が最も興味深く感じたのは、「生産性」という視点を持つこと、意識することの重要性です。生産性という考え方自体は特段新しいものではありませんが、生産性という視点から多くの問題点を理解しようとすることはそれほど一般的ではないかもしれません。生産性という概念を理解はしていても、それを使いこなしているわけではない、とでも言い換えることができるでしょうか。本書では生産性という視点から社会を捉えることで様々な現象の見通しがよくなり、実用的にも役に立つ示唆が得られることが示されていて、実務家にとっても有用な考え方が提示されていると感じました。

研究開発の立場では成果をどう評価するかという点と専門性を獲得するための勉強の時間をどうとらえるかという点に難しさがあるものの、著者の指摘はやはり重要だと思います。研究開発は専門的な知識を扱う仕事ではありますが、実際はその仕事の中には定型的な仕事や、研究という職業を成立させるための非専門的な仕事も多いものです。少ない投入資源で多くの成果を得ようとする生産性の向上だけでなく、研究をとりまく様々な作業を生産性という観点から見直す必要があるでしょう。

生産性というのは、より広く捉えれば2つの値の比、ということになります。人間はこうした比の認知は苦手かもしれませんが、それが物事の本質を理解する上で役に立つのであれば参考にしない手はないでしょう。研究開発が物事の本質を理解し、先を見通すことを目指すのであれば、研究開発という行為自体にもそこに何が関わっているのか、あらためて見直すよいきっかけになるのではないかと思います。


文献1:伊賀泰代、「生産性 マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの」、ダイヤモンド社、2016.

研究開発実践のマネジメント第31回-研究プロジェクトの進め方に関する様々な考え方:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.4.1.3)(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
第8回第17回
2.2
、研究開発を行う人のマネジメント第18第24回
2.3
、研究組織とそのマネジメント第25回第29回
2.4
、研究プロジェクトの運営
2.4.1
、研究プロジェクトの進め方 1)研究プロジェクトの進め方のポイント、2)研究プロジェクトの各段階での進め方
第30回

3)
研究プロジェクトの進め方に関する様々な考え方
前回は、不確実性の高い研究プロジェクトに適した進め方として、試行からの学習と臨機応変な方向転換を重視する考え方を、進め方の各段階に沿ってまとめました。ただし、こうした考え方が最近の主流であるとはいっても、人によって重視するポイントが少しずつ違います。また、従来の考え方にも有用な点もあるでしょう。そこで今回は、プロジェクトの進め方に関する個々の考え方をいくつかご紹介したいと思います。

試行からの学習を重視する考え方
・Anthonyらによる創発的戦略の進め方[文献1、p.233-、第7]
1、重要な不確実性の領域を識別する。
2、効率的な実験を行なう。
3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう。
・さらに、Anthonyは、イノベーションの最初の段階(ファーストマイル)の進め方について、次のような提案を行なっています。[文献2、p.26
1、アイデアを書き下ろして、気づいていなかった前提を表面化させる(Document)。
2、そのアイデアをいろいろな角度から評価する(Evaluate)。
3、戦略に影響を与える不確実性に焦点を当てる(Focus)。
4、テストを繰り返し、速やかに軌道修正をする(Test)。
FurrDyerによるイノベーション実現メソッドは次の4つのステップから構成されます[文献3、p.40-41]。
1、インサイト――サプライズを味わう:「解決する価値のある課題についてのインサイトを幅広く探す」。
2、課題――片づけるべき用事の発見:「ソリューションから考えるのではなく、・・・片づけるべき用事を探すことから始める」。
3、ソリューション――最小限の素晴らしい製品のプロトタイピング:「完全版の製品を開発する代わりに、・・・プロトタイピングを繰り返し行い、・・・最終的には最小限の素晴らしい製品を開発する」。
4、ビジネスモデル――「ソリューションの核心をおさえると、ビジネスモデルの他の要素を検証する準備が整ったことになる」「各ステップは挑戦の要となる仮説を実験するため、『仮説、実験、学習』のループを繰り返し行なう」。
Riesによるリーン・スタートアップの考え方では、次のプロセスが提案されています。
1、検証する仮説を選ぶ。「価値仮説とは顧客が使うようになったとき、製品やサービスが本当に価値を提供できるか否かを判断するもの・・・成長仮説とは、新しい顧客が製品やサービスをどうとらえるかを判断するもの[文献4、p.87]」。
2、「要となる仮説の段階をクリアしたら、最初のステップである構築フェーズに入り、できるだけ早く実用最小限の製品(minimum viable product)を作る。」[文献4、p.107]。
3、「仮説にひとつでも誤りがあると・・・わかった場合は、根本的に見直して新しい戦略的仮説へと方向転換する必要がある。[文献4、p.108]」。「ピボットとは変化の一種で、製品やビジネスモデル、成長のエンジンについて根本的な仮説を新しく設定し、それを検証するための行動を指す[文献4、p.231]」。
・デザイン思考では、例えば次のようなアプローチが提案されています。[文献5、p.41-46
1、着想(inspiration):生身の人間のニーズ、欲求、動機を理解すれば、斬新なアイデアを思いつくきっかけになる。
2、統合(synthesis):調査で明らかになった内容を、実行可能なフレームワークや原則へと変換する。問題の枠組みをとらえ直し(リフレーミング)、どこに力を注ぐかを決める。
3、アイデア創造と実験(ideation, experimentation):無数のアイデアを出し、多岐にわたる選択肢を次々と検討していく。中でも特に有望なアイデアは、迅速な試作(ラピッド・プロトタイピング)を繰り返し行なう段階へと進める。エンド・ユーザーなどのフィードバックに基づき、適応、改良、方向転換を繰り返しながら、人間を第一に考える魅力的で有効な解決策を練り上げていく。
4、実現(implementation):市場の中ですばやく改良を繰り返し、商品やサービスに一層磨きをかけていく)。
Lafley MartinRivkinSiggelkowは、科学的な戦略の立案方法として次のプロセスを提案しています。[文献6]
1、問題点より選択肢に目を向ける(「選択肢に着目すると、問題点の説明や分析よりも『次に何をすべきか』という探究心や情熱が生まれる。」)
2、戦略シナリオを導き出す(うまくいくのではないかと思える複数のストーリーを導き出す)
3、成功への条件を明確にする(シナリオが魅力的な選択肢であるために外せない条件は何か)
4、難条件を見極める(最も成り立ちそうもない条件は?)
5、難条件の検証を準備する(最も強く懸念を抱くメンバーを中心に進めるのが望ましい)
6、検証作業を行う(懸念の大きな条件から検討する)
7、戦略を決める(深刻な隘路が最も少ないシナリオを選ぶ)
・原田勉氏は、効率的なイノベーション確率管理上の課題として次の点を指摘しています。[文献7、p.36
1、探索・試行の領域(イノベーション・ドメイン)を設定すること
2、試行回数をできるだけ多くすること
3、各試行の精度を高めること
4、探索、試行の方向性を規定するメカニズムの是正
MillerWedell-Wedellsborgは、日々の仕事のなかでイノベーションを起こすための5つの行動+1として、以下の点を指摘しています。[文献8、p.23他]
1、ビジネスに直結するアイデアにフォーカスする(完璧な自由よりも多少の制約があってよい。目標と制約を明らかにし、会社にとって新しい領域や未開拓の分野に目を向ける)
2、独自のアイデアを探すために、外の世界とつながる(組み合わせによるアイデア創造を狙う)
3、当初のアイデアを見直し、必要に応じてひねる(試行からのフィードバックを参考にする)
4、最も優れたアイデアを選ぶ、それ以外は捨てる
5、社内政治をかいくぐり、ひそかに進める(社内政治に配慮してこそ成功できる)
+1、あきらめない(イノベーション追求のモチベーションを維持する)
Wulfenはイノベーションのスタート段階について、以下の「FORTH」プロセスを提案しています。[文献9、p.69
1、「全速前進でスタート」(専念すべき目標をはっきりさせる)
2、「観察と学び」(顧客の不満を発見し、理解する)
3、「アイデアを出す」(ブレーンストーミングでアイデアを出し、評価し、具体的コンセプトへ昇華させる)
4、「アイデアをテストする」(コンセプトを想定顧客がテストする)
5、「帰還」(上層部にいちばん有望なコンセプトを新ミニ・ビジネスケースとして提示する)
Kumarによるデザイン・イノベーションの7つのモードは以下のとおりです。[文献10、p.17-21
1、目的を見出す:最新情報を集め、広い視野でテーマ領域での変化を捉え、関連するトレンドを概観し、価値の高いイノベーションが生み出せそうな機会を探し、仮説を立てる。
2、コンテクストを知る:「そのイノベーションを通じて提供するもの・・・が存在する/存在しそうな環境に影響を及ぼす『状況や出来事』を調べていく。」
3、人々を知る:「このモードの目的は、人々・・・を理解し、日常生活におけるあらゆる相互作用を理解することだ。・・・主な目的は、人々の実際の振る舞いを観察しながら、最も価値あるインサイト、つまり、興味深い発見や学習を引き出すことだ。」
4、インサイトをまとめる:「モード1~3でわかったことの体系化」。
5、コンセプトを探求する:「機会を特定し、新しいコンセプトを探求する。・・・大まかなプロトタイプを作って、チームで議論したり、ユーザーや顧客からフィードバックをもらったりする。」
6、解決策を練る:「多数のコンセプトを組み合わせてシステム化し、『解決策』を作る。・・・解決策の説明を、チーム、ユーザー、顧客が直観的に『こんな感じだろう』とわかるような表現に調整する。」
7、製品・サービスを実現する:「解決策の候補を策定し、プロトタイプをテストしたら、実行に移すために評価する必要がある。」

以上は、想定しているイノベーションの段階や範囲はそれぞれですが、検討すべき対象を決めた上で、試行(実験、テスト)を重視している点が特徴と言えると思います。もちろん、実験や試行を重視しているとはいってもやみくもに「やってみる」ことを奨励しているわけではなく、実験の前には必ず「考える」段階があります。これは、実験の効率を上げることに加えて、実験からなるべく多くのことを学ぶために有効な方法と思われます。

計画重視の考え方
以上のような考え方に対して、計画を重視する立場もあります。例えばDavilaらは、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」と述べています [文献11、p.17-25]。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献12]、という考え方もあります。もちろん、不確実性の低いプロジェクトの場合はこうした進め方が効率的である場合もあるでしょう。また、計画の段階で不確実性を下げることができれば(言い換えれば、成功する可能性の高いイノベーションの姿が比較的はっきりできれば)、試行や実験に頼る必要性は小さくなります。例えば、濱口秀司氏は、「プロジェクト全体を、次の4つのフェーズに分解して考えてみる。1、コンセプト設計、2、戦略策定、3、意思決定、4、実行・・・結論から言えば、自由度が高い上流フェーズに効果的にリソースを配分できるように意識しなければならない。なぜなら、4つのフェーズのうち、ほぼゼロベースでシナリオを描けるという点で、1、コンセプト設計や2、戦略策定といった上流フェーズこそが、そのプロジェクトの成否を大きく左右しうるからだ。[文献13]」と述べています(なお、濱口秀司氏は試行の重要性を否定しているわけではなく、上流フェーズにも十分に資源を配分して、潰せる不確実性はなるべく減らしておくべきだ、ということを述べているものと思われます)。

プロジェクトの運営管理方法
・このように、イノベーション活動が持つ不確実性への認識が高まり、試行の重要性が指摘されることが多くなっていますが、そうした不確実性が高いプロジェクトの運営の管理については、まだ有効な方法が確立しておらず、従来からの計画重視に基づく管理手法が用いられているケースも多いように思われます。ただし、従来の管理手法を研究マネジメントに適用することについて、いくつかの問題点が指摘されていますので以下にその指摘を挙げておきます。
・例えば、いわゆるプロジェクトマネジメントの手法は、プロジェクトチームのように時限的に人が集まって活動する場合には、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化するなどの問題点が指摘されています[文献14、p.68-69]。また、「研究から開発に至る活動をいくつかの『ステージ』に区切り、ステージの間に『ゲート』(関所)を設けて研究テーマをふるいにかけて、有望なテーマを絞り込んでいく」[文献14、p.85]ステージゲート法については、1)プロジェクトの中止がしやすい、2)研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、3)研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、4)製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、というメリットがあるとされていますが [文献14、p.94-95]、「ステージゲートは、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれている」、時間を要する夢のあるテーマが排除される、その結果研究の視野が狭くなる、ゲートでの審査で真実が報告されなくなる、失敗からの学習の機会が減る、責任の所在があいまいになる、などの問題点があるとされています[文献14、p.98-106]。いずれも、不確実性が高く創発的な戦略が求められる課題を扱う場合には理想的な方法ではないように思われます。
・さらに、研究の評価に関して丹羽清氏は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献15、p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献16、p.176-177]と述べています。

要するに重要なことは、研究プロジェクトの内容によって、進め方を変えるべきだということでしょう。詳細な計画と厳格な進捗管理が効果的な場合もあるでしょうし、創発的戦略が必要な場合もあるでしょう。様々な手法の特徴が明らかになってきていますので、課題に応じたフレキシブルな対応が求められるということだと思います。


文献1:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V.,Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献2:Scott D. Anthony, 2014、スコット・D・アンソニー著、川又政治訳、津嶋辰郎、津田真吾、山田竜也監修、「ザ・ファーストマイル」、翔泳社、2014.ブログ記事へ
文献3:Nathan Furr, Jeff Dyer, 2014、ネイサン・ファー、ジェフリー・ダイアー著、新井宏征訳、「成功するイノベーションは何が違うのか?」、翔泳社、2015.ブログ記事へ
文献4:Eric Ries, 2011、エリック・リース著、井口耕二訳、「リーン・スタートアップムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社、2012.ブログ記事へ
文献5:Tom Kelley, David Kelley, 2013、トム・ケリー、デイヴィッド・ケリー著、千葉敏生訳、「クリエイティブマインドセット 創造力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」、日経BP社、2014.ブログ記事へ
文献6:A.G. Lafley, Roger L. Martin, Jan W. Rivkin,Nicolai Siggelkow、アラン・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン、ジャン・W・リブキン、ニコライ・シゲルコ著、有賀裕子訳、「独創的な戦略を科学的に策定する あらゆる選択肢から検証する7つのステップ」、Diamond Harvard Business Review, Jan. 2013, p.80.ブログ記事へ
文献7:原田勉著、「イノベーション戦略の論理 確率の経営とは何か」、中央公論新社、2014.ブログ記事へ
文献8:Paddy Miller, Thomas Wedell-Wedellsborg, 2013、パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著、平林祥訳、「イノベーションは日々の仕事のなかに 価値ある変化のしかけ方」、英治出版、2014.ブログ記事へ
文献9:Gijs van Wulfen, 2013、ハイス・ファン・ウルフェン著、高崎拓哉訳、「スタート・イノベーション! ビジネスイノベーションをはじめるための実践ビジュアルガイド&思考ツールキット START INNOVATION! with this visual toolkit.」、ビー・エヌ・エヌ新社、2015.ブログ記事へ
文献10:Vijay Kumar, 2013、ヴィジェイ・クーマー著、渡部典子訳、「101デザインメソッド 革新的な製品・サービスを生む『アイデアの道具箱』」、英治出版、2015.ブログ記事へ
文献11:Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.
文献12:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.
文献13:濱口秀司、「Shift イノベーションの作法」、DiamondHarvard Business Review、第11回Sep.2017.ブログ記事へ
文献14:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.ブログ記事へ
文献15:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献16:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

AIの活かし方(「Collaborative Intelligence: Humans and AI Are Joining Forces」、Wilson, Daugherty著HBR2018, July-Augustより)

人工知能(AI)の話題というと、最近の著しい技術的進歩と実生活への適用拡大、さらには、人間の仕事を代替し雇用の縮小を招くのではないか、といったことがよく取り上げられます。そうしたトレンドの予測はもちろん重要なことではありますが、それが何をもたらすとしても実務家にとってはもはやAI化の流れを無視することは不可能なのではないでしょうか。であれば、AIをうまく使い、使いながらなるべくよい未来になるように工夫していく、というアプローチが求められるようにも思います。

そこで、今回は、AIをどう使っていくべきなのか、という点を議論したHBR誌の論文「Collaborative Intelligence: Humansand AI Are Joining Forces」(Wilson, Daugherty著)[文献1]をご紹介したいと思います。著者らの議論は、多くの企業のAIの使い方の調査に基づいたものですので、そこからただちに「正しい方向性」が導かれるわけではありませんが、論文表題にあるように、Collaborative Intelligenceすなわち、AIと人間が協力することによってよい結果を得るにはどうしたらよいかについて、興味深い視点が提供されていると感じました。

著者はまず、AIの使い方について、「多くの企業がプロセスの自動化のためにAIを用いてきたのは確かだが、従業員の代替として使っている企業は短期的な生産性の向上しか得られないだろう。1500社を対象とした我々の研究では、人と機械が協力する場合に最も大きな業績向上を達成していることが見出された。」と述べています。具体的には、「ビジネスプロセスの再検討(Reimagine)、実験と従業員の関与の受け入れ、AI戦略の積極的な推進、責任を持ってデータ収集すること、AIを組み込んだ業務の再設計と関連する従業員のスキルアップ、という5つの原則」の多くを採用するほど、業績改善効果が大きいことを示し、さらに、人とAIのコラボレーションのためのガイドラインを提案しています。以下その内容を見ていきましょう。

機械を補佐するための人
・「人は3つの重要な役割を果たす必要があります。」

訓練する
・「機械が行う仕事についての機械学習アルゴリズムは教えなければなりません。」
説明する

・「根拠のはっきりしないプロセスでAIが結論を出すことが増えるにつれ(いわゆるブラックボックス問題)、その分野の専門家である人が、専門家でないユーザーに対してAIの挙動を説明する必要があります。」
・「例えば、EUの新しいGeneral DataProtection Regulation (GDPR)は、クレジットカードやローンの利率のようなアルゴリズムベースの決定について説明を受ける権利を消費者に与えています。これはAIが雇用の増加に寄与する領域の一つです。」
維持するSustaining
・「AIが出す結果を説明できる人に加え、企業は、AIシステムが正しく、安全に、責任を持って機能していることを確実にするために絶えず働く従業員、すなわち『サステイナー』を必要とします。」「例えば、安全技術者と呼ばれる専門家たちは、AIによってもたらされうる害を予測し、被害の防止を目指すことを役割としています。」「別のサステイナーはAIシステムが倫理的な基準を確実に守るようにします。」

人を補佐する機械
・「スマートマシンは3つの方法で人の能力を拡張することを助けます。」
増幅するAmplifying
・「人工知能は、適切な情報を適切なタイミングで提供することで、分析と意思決定の能力を高めることができます。さらに、創造力を高めることもできます。」例えばデザイン支援のAIである「Dreamcatcherは、提案されたデザインが要求を満たすことを確認するために無数の計算を行います。これにより、デザイナーは人間独自の強みである、専門的な判断と美的感性を発揮することに集中できるようになります。」
交流するInteracting
・「人と機械のコラボレーションにより、企業は従業員と顧客が新しく、より効果的な方法で交流できるようになります。例えば、CortanaのようなAIエージェントは、ミーティングを記録し音声で検索可能なバージョンを出席できなかった人に配布するような形で人々の間の、あるいは人々のためのコミュニケーションを活発化させることができます。」「スウェーデンの大手銀行SEBは、Aidaという仮想アシスタントを使って、何百万人の顧客と交流しています。・・・Aidaが基本的な依頼を処理することで、人の担当者は、特に追加の世話が必要な場合もある不満を持った相手からのより複雑な問題への対応に集中できるようになります。」
実体化Embodying
・「他の適用の場面では、知能は人間の労働者を拡張するようなロボットに組み込まれています。高度なセンサー、モーター、アクチュエーターにより、AI対応の機械は、人や物を認識し、工場や倉庫、実験室において人間のそばで安全に仕事を行なえます。」

ビジネスの再検討Reimagining
・「AIから最大の価値を引き出すには、業務の再設計が必要です。そのためには、企業はまず、改善が可能な業務分野を見つけ、説明しなければなりません。」
・「つづいて、関連する人々がプロセスの改善のためにどうやってAIシステムと協力することができるかを思い描かせ、そうした共同による創造で行う問題の解決策を開発しなければなりません。」「発見のステップとともに、新しいAIと分析技術は、プロセスを改善するための新しいアプローチを共同で創造するために支援することもできます。」
・「第3のステップは、規模の拡張と、提案された解決策の維持です。例えばSEBAidaをまず15000人の従業員の内部的支援に用い、その後でそのチャットボットを100万人の顧客に展開しました。」

「数百の企業との仕事を通じて、我々は、企業が改善したいと考えるビジネスプロセスの5つの特徴:柔軟性、スピード、規模、意思決定、パーソナル化、を特定しました。ビジネスプロセスの再検討を行う際には、望ましい変革の核心にはどの特徴があるか、それに取り組むにはどんな知的協力が利用できるか、他のプロセスの特徴との間でどんな調整やトレードオフがあるかを決定する必要があります。」
柔軟性Flexibility
・「Mercedes-Benzは、柔軟性を向上させるために、従来のロボットをAI対応cobotに置き換え、人と機械の協力に関係するプロセスを見直しました。・・・工場では、cobotはタブレットにより簡単にプログラムの変更ができ、ワークフローの変化に合わせて異なるタスクを処理することができるようになっています。このような敏捷性により、かつてないレベルのカスタマイズを達成することが可能になりました。」
スピード
・「いくつかのビジネス活動では、スピードに価値があります。例えばクレジットカード詐欺の検出です。・・・金融詐欺との闘いは軍拡競争に似ています:検出方法が進歩すれば、より手の込んだ犯罪が生まれそれがまた検出方法を進歩させるというサイクルが続きます。従って、詐欺に対抗するアルゴリズムと評価モデルの賞味期限は短く、継続的なアップデートが必要です。・・・そのため、ソフトを犯罪者たちよりも一歩先を行く状態にしておくために、多くのデータアナリスト、IT専門家、金融詐欺の専門家が人と機械の接点において求められているのです。」
規模Scale
・「多くのビジネスプロセスでは、スケーラビリティが低いことが、改善の主な障害になっています。これは、機械による支援が最低限で人の労働集約的なプロセスにおいてとりわけ当てはまります。」例えば、Unileverの人事採用プロセスにおいて大量の応募者のスクリーニングにAIが用いられています。
意思決定Decisionmaking
・「従業員にカスタマイズされた情報とガイダンスを与えることで、AIはよりよい意思決定を導く手助けをすることができます。これは、正しい判断を下すことが収益に大きな影響を与える現場の労働者に対してとりわけ有用です。」GEの「Predixアプリでは、機械学習アルゴリズムを活用して、個々の機械のどの部分がいつ故障するかを予測することができます。」
パーソナル化Personalization
・「個別にカスタマイズされたブランド体験を顧客に提供することは、マーケティングにおける至高の目標です。AIによりこのようなパーソナル化が、かつては不可能であった正確さと規模で達成できるようになりました。」

新しい役割と才能の必要性The Need for New Roles and Talent
・「ビジネスプロセスの再検討は、AI技術を適用するだけとは異なります。;我々が『fusion skills』と呼ぶ、人と機械の接点で効率的に仕事を行わせる従業員のスキルを開発するという重要なコミットメントが求められます。医者がコンピュータを信頼してX線やMRI画像の診断を行わせるように、まず人々が新しい技術に仕事を委任することを学ばなければなりません。従業員は、ロボット支援手術の場合のように、人とスマートマシンのどちらかだけでは達成できない結果を得るために、それぞれの固有のスキルを組み合わせる方法を知る必要があります。労働者は、知的な機械にスキルを教え、AIにより強化されたプロセスでうまく動作するよう訓練できなければなりません。・・・AIシステムが責任をもって使われ、違法に、あるいは倫理に反する使われ方をしないことを確認するための従業員も必要です。」「将来的には、再検討された望ましい結果を中心に企業の役割が再設計され、企業は硬直的な肩書ではなく、異なるタイプのスキルを中心に組織されるようになるでしょう。」

結論
・「我々の調査では、collaborative intelligenceを最適化するようにビジネスプロセスを再検討し始めた企業は今のところわずかです。しかし、教訓は明らかです:単に労働者を置きかえるために自動化された機械を使う企業は、AIの大きな可能性を失うことになるでしょう。・・・将来のリーダーは、collaborativeintelligenceを使って、労働力と同じく重要な業務やマーケット、業界の変革を進めることでしょう。」
---

著者の指摘のなかで特に重要な点は、AI技術の活用は、既存のビジネスモデルの変革と結びつけて考えるべきだ、ということではないでしょうか。どうやら現在のAI技術は単に人の作業の一部を代替するというレベル以上のものになりつつあるようです。仕事のやり方そのものを大幅に見直してはじめて真価を発揮すると言えるのかもしれません。そしてそれができるかどうかが、AIを利用して競争優位を生み出す基礎になるように思います。

研究開発という活動にもAI活用の可能性は大きく開けているといえるでしょう。AIと人間それぞれの得意なところを分担しあう、という関係ではなく、単独ではなしえなかったような新しい世界を作り出せるかどうかが協力の評価基準になるように思います。新しいことを考えるのが研究部隊の役割のひとつと考えると、AIの単なる利用だけではなく、互いの良さを活かしたAIの活用やAIとの協力による新たな世界の創造までの広い範囲を視野に、この新技術の可能性を考えていく必要があるのではないでしょうか。


文献1:James Wilson, Paul R. Daugherty, “CollaborativeIntelligence: Humans and AI Are Joining Forces”, Harvard Business Review, July-August,2018, p.114.
https://hbr.org/2018/07/collaborative-intelligence-humans-and-ai-are-joining-forces


マネジメントについての考察など・目次(2018.7.8版)

「マネジメントについての考察など」というカテゴリーではマネジメント全般の話題や研究マネジメントに関する私見などを書かせていただいています。この目次は記事表題とリンクのリストです。
本ブログ記事目次・参考文献リスト・索引の最新版はこちら


研究総論
技術の的、研究の役割2010.7.25
苦しいときの術開発頼み
2011.9.4
「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」(入山章栄著)より
2016.10.10)、参考リンク
個人と組織の分化と研究開発(太田肇著「なぜ日本企業は勝てなくなったのか」より)
2017.9.24
研究とアイデア
創造性を引出すしくみ2010.10.24
アイデアの扱い方と知の呪縛(「アイデアのちから」より)
2012.7.16)、参考リンク
キュレーションと研究開発(勝見明著「キュレーションの力」感想)
2012.3.11)、参考リンク
「クラウドストーミング」(エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著)より2015.2.1)、参考リンク
アンラーニングの重要性(杉野幹人著「使える経営学」より)
2015.3.29)、参考リンク
コピーとイノベーション(ラウスティアラ、スプリグマン著「パクリ経済」より)
2017.5.21)、参考リンク
「未来洞察のための思考法」(鷲田祐一編著)より
2017.10.29
研究の管理
研究の管理と評価再考2010.8.1)、参考リンク
数値目標の功罪
2012.5.20)、参考リンク
研究者と金銭的報奨2010.9.12)、参考リンク
研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか
2010.10.3
モチベーションは管理できる?
2011.1.23
報連相と研究開発
2011.10.2
技術者流出考
2012.10.8)、参考リンク
続・技術者流出考(谷崎光著「日本人の値段」より)2015.10.4)、参考リンクは上記と同じ
「技術流出の構図」(藤原綾乃著)より
2016.11.27)、参考リンク
「ゲーミフィケーション集中講義」(ワーバック、ハンター著)より
2014.10.13)、参考リンク
研究と人の問題
研究者の齢限界?2010.12.12)、参考リンク
競争心と究開発
2011.3.6)、参考リンク
研究開発とフラトレーション:ルーチンワークの罠
2011.5.8)、参考リンク
幸福感と成果
2012.9.9)、参考リンク
成功体験の意味
2012.12.9
人事のプロへの期待(八木洋介、金井壽宏著、「戦略人事のビジョン」より)
2012.11.18)、
参考リンク
変化の方法(チップ&ダン・ハース著「スイッチ!」より)2013.1.6)、参考リンク
エキスパートになる、育てる(金井壽宏/楠見孝編、「実践知」より)2013.7.15)、参考リンク
「経営学習論」(中原淳著)より2013.8.25)、参考リンク
「イノベーション・オブ・ライフ」(クリステンセン著)とマネジメント理論
2014.1.5)、参考リンク
一技術者からみた「源泉」(ジャウォースキー著)感想
2014.4.27)、参考リンク
「GIVE & TAKE」(グラント著)より
2014.5.25)、参考リンク
「ORIGINALS」(グラント著)より
2017.4.9)、参考リンク
「なぜ人と組織は変われないのか」(キーガン、レイヒー著)にみる変革の方法
2014.7.27)、参考リンク
ピープルアナリティクスとマネジメント(ウェイバー著「職場の人間科学」より)
2014.9.7)、参考リンク
「『好き嫌い』と経営」(楠木建著)と研究開発
2014.11.16)、参考リンク
好きの力(楠木建著「好きなようにしてください」「『好き嫌い』と才能」より)
2017.1.15)、参考リンク
創造性考(「創造性と生産性」DHBR誌2014年11月号特集より)
2014.12.14)、参考リンク
タレントとイノベーション(「『タレント』の時代」(酒井崇男著)より)
2015.8.16)、参考リンク
リーダーの精神状態が及ぼす影響(「コーチングが必要な困ったリーダーたち」ケッツ・デ・ブリース著DHBR誌論文より)
2015.9.13)、参考リンク
これからの雇用の形?(「ALLIANCE」(ホフマン、カスノーカ、イェ著より)
2016.5.8)、参考リンク
霧の晴れる瞬間を求めて(マスビェア、ラスムセン著「なぜデータ主義は失敗するのか?」より)
2016.9.4)、参考リンク
リーダーシップ論の真実(フェファー著「悪いヤツほど出世する」より)
2017.7.9)、参考リンク
人の能力を引き出すマネジメントの基本(シャイン、尾川、石川著「組織開発と人的資源管理の進め方」より)
2017.12.17
仕事へのやる気を高めるには(ファウラー著「会社でやる気を出してはいけない」より)
2018.1.28
「行動探求」(トルバート他著)より
2018.4.22
「マッキンゼーが教える科学的リーダーシップ」(フェサー著)より
2018.6.10


研究と組織の問題
プレイングマネジャーの功罪2011.4.10)、参考リンク
研究組織におけるコミュニケーションの難しさ
2011.11.13
研究における企画という仕事
2012.2.12
部下を守る?組織を守る?技術を守る?
2012.4.30)、参考リンク
研究者の主体性
2012.6.24)、参考リンク
研究とプレッシャー2013.2.3):チームへの影響、参考リンク
データが語るよいマネジャーとは(ガービン著「グーグルは組織をデータで変える」DHBR2014年5月号より)
2014.6.22)、参考リンク
「ミンツバーグ マネジャー論」より
2015.3.1)、参考リンク
「チームが機能するとはどういうことか」(エドモンドソン著)よ
2015.4.26)、参考リンク
集合天才を導く(ヒル他著、「グーグルを成功に導いた『集合天才』のリーダーシップ」DHBR2015年5月号より)
2015.6.21)、参考リンク
「あなたの会社が理不尽な理由」(清水勝彦著)より
2017.8.13)、参考リンク
研究の進め方
魔の川、死の谷、ダーウィンの海を越える2012.1.15)、参考リンク
技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗2010.11.14
研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠について」
2011.2.13)、参考リンク
思考停止をもたらすもの
2011.7.31)、参考リンク
研究開発と会議
2011.10.23
協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ
2011.12.18)、参考リンク
正しい現場主義と研究開発
2012.4.8)、参考リンク
試行錯誤のプロ
2012.8.12
協力と支援(シャイン著「人を助けるとはどういうことか」より)
2013.3.3)、参考リンク
ファシリテーションの意
2013.4.14)、参考リンク
よりよい話し合いのための心理的課題(ドレスラー著「プロフェッショナル・ファシリテーター」より)(2016.6.12)参考リンク
デザインとイノベーション(エスリンガー著「デザインイノベーション」より)
2013.5.12)、参考リンク
不確実な状況に対処する方法(ケイ著「想定外」より)2013.9.29)、参考リンク
目的工学とは
2013.11.4)、参考リンク
チェックリストの力(ガワンデ著「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」より)
2013.12.1)、参考リンク
持続的競争優位をもたらす戦略とは(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年11月号より)
2014.3.16)、参考リンク
「競争優位の終焉」(マグレイス著)より
2016.1.3)、参考リンク
「ブラックスワンの経営学」(井上達彦著)と技術研究
2015.1.4)、参考リンク
失敗を知る(菅野寛著「経営の失敗学」より)
2015.7.20)、参考リンク
ューチャーセンターとは
2013.6.9)、参考リンク
イノベーション・ファシリテーターの手法に学ぶ(野村恭彦著「イノベーション・ファシリテーター」より)2016.2.7)、参考リンク
ハッカソンの可能性(大内孝子編著「ハッカソンの作り方」より)
2015.11.1)、参考リンク
「ブルー・オーシャン戦略のすべて」(DHBR2015年10月号)より
2016.3.13)、参考リンク
「失敗の法則」(池田信夫著)より
2018.3.11
研究における判断と説得
イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)」2011.1.3)、参考リンク
意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)
2012.10.28)、参考リンク
気づきと意思決定(ベイザーマン著「ハーバード流『気づく』技術」より)2016.7.31)、参考リンク
ビジネス書の間違い?-『なぜビジネス書は間違うのか』
2010.8.11)、参考リンク
経営判断の頼りなさと経営学(ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」より)2014.2.9)、参考リンク
情報の扱い方(ハーツ著「情報を捨てるセンス選ぶ技術」より)
2015.5.24)、参考リンク
スローな解決策の意義(オノレイ著「難題解決の達人たち」より)
2017.2.19)、参考リンク
リニアバイアスの扱い方(「Linear Thinking in a Nonlinear World」、Langhe、Puntoni、Larrick著HBR2017, May-Juneより)
2017.7.2)、参考リンク
データに頼るべきでないとき(「Management Is Much More Than aScience」、Martin, Golsby-Smith著HBR2017, September-Octoberより)
2017.10.22
研究開発事例
2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)2010.12.5)、参考リンク
1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2011.12.25)、参考リンク(上と同じ)
3年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2013.12.23)、参考リンクは上と同じ
6年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2016.12.25)、参考リンクは上と同じ

こらからの専門家(サスカインド著「プロフェッショナルの未来」より)

研究者、技術者にもいろいろな仕事がありますが、ある特定の技術分野に詳しく、その知識を駆使して問題解決や未来予測、方針策定などを行っているという意味で、研究者・技術者は「専門家」とか「エキスパート」とみなされることもあると思います。一方、IT技術やAIの進歩により、「専門家」に聞かなくても解決できたり、場合によってはAIが専門家以上の回答をくれたりする場合も増えているようです。ITAIが人間の仕事の少なくとも一部を代替しはじめていることを考慮すると、いわゆる専門家の仕事もこれから変わっていかざるをえないのではないでしょうか。

今回は、技術の進歩が専門家の仕事に及ぼす影響を考察した、リチャード・サスカインド、ダニエル・サスカインド著「プロフェッショナルの未来 AIIoT時代に専門家が生き残る方法」[文献1]をご紹介したいと思います。なお、本書では「専門家」として医者や法律家などを想定していて、研究者・技術者を直接対象としているわけではありませんが、単に技術によって雇用が奪われてしまうとか、新しい技術は新しい雇用を生むはずだとか、技術は単純作業を代替するのであって高度な作業にはこれからも人間が必要だ、などの大雑把な議論を超えた示唆を含む考え方は、科学者・技術者にも役に立つ示唆も多いと感じました。以下、本書の構成に沿って、興味深く感じた点をまとめたいと思います。

イントロダクション
・「本書は専門職と、そのあり方を変えようとしているシステムと人々についての本である。特に医師や弁護士、教師、会計士、税理士、経営コンサルタント、建築士、ジャーナリスト、聖職者と、こうした専門家たちが働く組織、そして彼らの行動を規定する制度に焦点を当てている。専門知識を社会の中で役立てる仕組みが、いま根底から変わろうとしており、後戻りはできないというのが本書の主張だ。[p.11]」

PART
1:CHANGE変化
第1章、なにが専門家に力をもたらしているのか

・「私たちは今日の専門家が、程度の差はあれど4つの類似性を有していると提唱したい。その類似性とは、(1)専門知識を有している、(2)何らかの資格に基づいている、(3)活動に関する規制がある、(4)共通の価値観により縛られている、の4つである[p.28]」
・「現代の専門職は、しばしば排他的な立場で、一般の人々にサービスを提供することが認められているが、それを実現する社会的な合意の本質とはどのようなものだろうか?・・・私たち自身は、これを『大いなる取引』と呼んでいる。[p.35]」「私たちは『大いなる取引』について、次のような独自の定義をまとめている。専門家が専門知識や経験、適切な判断を駆使することで、誰もが利用可能な、安心と信頼のできる最新のサービスを提供することを約束し、また彼らが自らの知識や理論を更新し、整理することを怠らず、他のメンバーの訓練を行い、仕事の質を維持するための基準や標準を確立し、適切な資格を持つ人物しか仲間に入れず、さらに彼らが常に正直に、誠意を持って行動し、自分の利益よりも顧客の利益を優先するという前提において、私たち(社会)は専門家を信頼し、彼らが社会的な重要性の高いサービスや活動を排他的に行うことを認め、彼らに適切な対価を支払い、また独立、自律、自決を認め、尊敬と社会的地位を与える。[p.37]」
・「本書では、テクノロジーに関係した話をすることが多いが、・・・3つの先入観が登場する。第1に、私たちが『非合理的拒絶主義』と呼ぶものである。これは懐疑論者が、自分で直接経験したことのないシステムに対して、頭ごなしに否定を行う行為だ。・・・第2の先入観は、私たちが『技術的近視眼』と呼ぶものだ。これは将来のアプリケーションを、現在可能な技術の観点から評価し、過小評価する傾向と定義される。・・・3番目の先入観『AIの誤謬』・・・は、専門家並みかそれ以上のパフォーマンスを発揮するシステムを開発する唯一の道は、人間の専門家の思考プロセスを模倣することであるという誤った認識だ。[p.66-67]」
第2章、最前線からの報告
・この章では、医療、教育、宗教、法律、ジャーナリズム、経営コンサルティング、税務と監査、建築の分野において、「様々な専門家の現状」と「主にテクノロジーが引き金となって、彼らの姿が大きく変わりつつあること[p.69]」の事例が示されています。
第3章、専門職に見られるパターン
・著者らが発見した8つの大きなパターンとトレンド
・「ひとつの時代の終わり」(「専門家の時代」の終わり)に見られる4つのトレンド:「オーダーメイドサービスからの撤退」(「専門家の仕事の多くが、チェックリストや標準フォーマットの整備、各種システムの開発(その多くがオンラインで利用可能になっている)などを通じて、ルーチン化されつつある[p.141]」、「門番の迂回[p.144]」(門番たる専門家を経ないで知識が利用可能になってきた)、「後手から先手へ[p.146]」(問題が起きてから対応するという伝統的なやり方からより先を見越して動くやり方へ)、「より少ないコストでより多くのものを[p.147]」(効率化やコラボレーションなどでコストダウン)。
・「テクノロジーによる変革」:「自動化[p.150]」(ルーチンワークや単調な仕事を機械で置換するなど)、「イノベーション[p.152]」(今までは不可能だった実用的専門知識の提供方法を実現可能にするなど)、「新たなコミュニケーション方法[p.155]」、「データ活用[p.157]」(ビッグデータや機械学習などの活用)、「テクノロジーとの新たな関係」(「人間の専門家は、機械の方が優れた判断を行える場合には、その意見に従うことに慣れていかなければならない[p.160]」)、「多様化[p.160]」(多様なテクノロジーの受け入れ、自らの専門知識を新たな分野に拡張など)。
・「専門職の再構成」:「ルーチン化[p.163]」、「中抜きと新たな仲介役の登場[p.165]」(従来の仲介役、代理店などのネット化など)、「分解」(「仕事は、その構成要素へと分解され、一部が外部の人々やシステムへと分配される[p.167]」)。
・「新しい労働モデル」:「仕事の移転[p.169]」(オフショアリングやアウトソーシングなど)、「準専門職化と委任[p.170]」(専門家よりも能力の劣る人々にも十分に任せられる仕事を割り振る)、「柔軟なフリーランス[p.172]」(フリーの専門家)、「新たなスペシャリスト[p.174]」(オンラインサービスを構築するエンジニアなど)。「ユーザーの参加[p.174]」(ユーザーがつくるオンラインコミュニティによる知識提供)、「機械化[p.175]」(サービスの一部や全体を機械で代替)。
・「利用者へのより多くの選択肢」:「オンライン選択[p.176]」(サービスを受ける側が専門家を選ぶ)、「オンライン自助[p.177]」(「問題の解決とアドバイスの入手を自分の力で行う[p.178]」)、「パーソナライゼーションとマス・カスタマイゼーション[p.178]」、「知識の埋め込み[p.180]」(問題が起きないように知識を機械やシステムに埋め込む)、「オンラインコラボレーション[p.181]」、「潜在需要の顕在化[p.183]」(従来の専門的サービスが高すぎたりアクセスできずにいた需要を掘り起こす)。
・「プロフェッショナルファームの懸念」:「自由化[p.184]」(専門家による独占を認めない方向)、「グローバル化[p.186]」、「専門分化[p.187]」(専門分野が細かく分かれていく)、「新たなビジネスモデル[p.188]」(時間課金モデルの衰退など)、「パートナーシップの衰退と合併[p.190]」。
・「脱神秘化」:専門的サービスがブラックボックスでなくなる。

PART
2、THROTY 理論
第4章、情報とテクノロジー
・「情報基盤とは、情報を蓄積し、伝達する支配的な方法という意味だ。・・・ウォルター・オング・・・の理論によれば、社会が依拠する情報基盤は、話し言葉、手書きの書物、印刷物、情報技術の順に発展してきた。[p.199]」
・テクノロジーラグ:「コンピューター技術を利用してデータを収集し、蓄積し、呼び出し、再生産する人間の能力は、技術を利用して、データ処理によって生まれた大量のデータを分析し、精緻化し、より管理しやすくする能力を大きく上回る。私たちは情報を集めるのは得意だが、そこから必要な情報を取り出すのは苦手なのだ。[p.207]」
・情報技術における発展の4つの主な方向性:「指数関数的に成長する情報技術、次第に性能が進化する機械、次第に浸透するデバイス、ネットへの接続を進める人間[p.211]」
第5章、知識の生産と配信
・「知識には4つの特徴がある。それを使っても、別の人が使える量が減ることはないという点で、知識は非競合的だ。また対価を払っていない人が使うことを妨げるのが難しいという点で、知識は非排除的になる傾向がある。さらにその利用と再利用によって、新たな知識が生み出されるという点で、知識は累積的だ。そしてそれは、機械による処理が可能なビットへと変換できるという点で、知識はデジタル化が可能である。[p.262]」
・知識の進化の4段階(手作業-標準化-システム化-外在化):「最初の段階では、専門家たちは『手作業』でそのサービスを提供する。[p.169]」「第2段階、標準化も、既に多くの専門職で行われている。[p.271]」「テクノロジーはこれまで、標準化のメリットを高めるツールを生み出してきた。それこそ進化の第3段階、専門職のシステム化である。[p.273]」「本書では、知識の進化の第4段階を指す言葉として『外在化』を使っている。この段階では、人間の専門家が持っていた実用的専門知識は、オンライン上で非専門家にも扱えるものになる。[p.275]」「外在化には3つの形がある。『オンライン上の有料』サービス、『オンライン上の無料』サービス、そして『コモンズ』である。[p.275-276]」「手作業から外在化へと向かうことで、専門的サービスのコストを下げることが可能になるため、市場はこの方向へと自然に向かっていくだろうと考えられる。[p.283]」
・「私たちが訴えたいのは、専門家の仕事を分解し、それを構成する『タスク(識別可能かつ明確で、分離可能な作業モジュール)』へと分けなければならないということだ。そうした分解が行われた場合、次の課題は、それぞれのタスクを最も効率的に実行でき、かつ求められる品質を達成できる方法を検討し、また人間がどの程度介入すべきか、そして分解されたタスクが、他のタスクを考慮に入れた上で管理され、最終的に統合されて一貫したサービスを提供することが容易にできるかを考えることである。[p.288]」
・実用的な専門知識の生産と配信の7つのモデル:「伝統型モデル[p.294]」「ネットワーク専門家モデル(「専門家はネットワーク化され、仮想チームとして召集される[p.296]」)、「準専門家モデル」(「サービスを提供するのはスペシャリストではなく、その分野で基礎的なトレーニングを受けただけの人物となる[p.299]」」「知識エンジニアリングモデル」(「実用的専門知識は、オンラインサービスとしてユーザーに公開されるシステムの形で表される[p.301]」)、「経験のコミュニティーモデル」(「過去に専門的サービスを利用した人々や、自分たちで問題を解決することに成功した非専門家たちが集まり、コラボレーションすることで、実用的専門知識が次第に拡大していく[p.303]」)、「知識組み込みモデル(「実用的専門知識が蒸留され、機械やシステム、プロセス、習慣、物理的な物体、あるいは人間や動物といった存在にまで『組み込む』ことが可能な形式へと変換される。そして組み込まれた知識は、その対象となった存在において不可欠な部分となる。この知識は、明示的かつ個別に参照されるのではなく、自動的に適用される。[p.306]」)、「機械生成モデル」(「実用的専門知識は、人間ではなく、機械によって生成される。[p.308]」)

PART3
IMPLICATIONS 予測
第6章、反論と不安

・「あらゆる問題に対処するのに十分な専門知識を、ひとりで保持することのできる人間は存在しない。専門職とは、このような状況に対する現時点での解決策である。・・・印刷を基盤とした産業社会においては、個人や組織と、彼らがアクセスしたいと考えている知識や経験の間に専門家を置いて、『門番』として機能させるようにした。・・・テクノロジーを基盤としたインターネット社会が完全に到来した未来においては、次第に性能が進化する機械が自動的に、もしくは専門家ではない人々に利用される形で、現在は専門家だけが担当している多くのタスクを実施するようになるだろう[p.312]」。
・8つの反論や不安:信頼できる存在の喪失、専門家の道徳的性質の喪失、古いやり方の喪失、個人間の交流の喪失、共感に関する問題、残る仕事の性質(充実した、意味のある仕事が人間に残されるか)、専門家として成長する機会の喪失、未来における専門家の役割[p.313-314
・「専門家はその専門知識を最新のものに保たなければならないだけでなく、実用的専門知識を提供するための新しい能力や手法、テクノロジーを開発していかなければならない。そしてそれには、『R&D作業者』が必要だ。[p.350]」
・「懸念の全体を見てみると、そこに含まれる誤りには大きく分けて3種類あることがわかる。第1に、時間が経つにつれ、手段と目的が混同されてしまう傾向がある。・・・専門家は手段に過ぎない。そして目的は、実用的専門知識を、それを必要とする人々が使えるようにすることである。・・・2番目の間違いは、競合する価値の間で最良のバランスを取ろうとしないことだ。・・・3番目の間違いは、機械に対して、現状で人間から提供されているよりも多くのものを期待してしまうことである。[p.362-364
第7章、専門家の後に来るもの
・「専門職の文脈で考えた場合、古いやり方を好むという・・・態度は、高すぎる代償だというのが私たちの意見である。[p.383]」
・「私たちは、将来的に(一夜にしてという意味ではなく、数十年程度の長さで)、専門職において技術的失業が発生すると予想している。言い換えれば、機械ではなく人間が優位性を持つような種類の専門的タスクは、ほとんどの専門家に雇用を提供できるほど、十分には増加していかないだろう。[p.393]」
・「一方では、私たちは現在の実用的専門知識をできる限り広く行き渡らせたいと願っている。しかしもう一方で、新しい実用的専門知識を将来にわたって生み出していくインセンティブや資金を確保する必要に迫られている。[p.399]」「『大いなる取引』の時代、すなわち人間の専門家がさまざまな活動において著しい独占を認められている状態に戻る必要はない。私たちは実用的な専門知識の提供者にインセンティブを与えるのに十分な、必要最低限の排他性を与えるようにすべきである。[p.407
---

本書に述べられた「専門家」は、企業における研究者・技術者とは性格が異なっているところもあるでしょう。しかし、専門知識を扱っていること、「大いなる取引」とまではいかないとしても、それなりの特権を背景に知識を生み、知識を必要としている人に供給することを行っていることも確かだと思います。テクノロジーの発達とともに、研究者・技術者の仕事はどう変わっていくのか、テクノロジーを利用して研究活動や知識の活用を効率化していくべきであることはどうやら研究者の使命として間違いのない方向のように思われますが、研究活動の周辺に存在する様々な問題点について、本書の「専門家」という視点からの考察は参考になる点も多いと思います。

どうやら研究者にも技術的失業は襲いかかってくる可能性はありそうです。しかし、世の中が変わればそれだけで現状の知識をアップグレードし、新たな知識を生み出すニーズは生まれてくるのではないかと思います。考えようによっては、技術的失業を少しでも補う新たな雇用を創造すべき立場にいるのが、研究者・技術者、ということになるのかもしれません。日々の仕事に追われるだけでなく、そんな未来のことも少し考えてみるのも悪くないような気がします。


文献1:Richard Susskind, Daniel Susskind, 2015、、リチャード・サスカインド、ダニエル・サスカインド著、小林啓倫訳、「プロフェッショナルの未来 AIIoT時代に専門家が生き残る方法」、朝日新聞出版、2017.
原著表題:The Future of the Professions: How Technology WillTransform the Work of Human Experts

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ