研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2018年08月

技術活用のための社会づくり(「When Technology Gets Ahead of Society」、Khanna著HBR2018, July-Augustより)

技術的成功が直ちにイノベーションの成功に結びつくわけではない、ということは今や広く受け入れられている考え方ではないかと思います。では技術以外の何が重要なのか。もちろんこれには様々なものがありうるでしょうが、最近「エコシステム」が指摘されることが多いような気がします。イノベーションの成功には様々なステークホルダーの関与が必要であり、またイノベーションの実現によって引き起こされる様々な変化によって様々な利害関係が生まれる、そうした全体をエコシステムとして捉え、エコシステムの全体をうまく維持することがイノベーションの成功には大きく影響する、という認識が広まりつつあるかもしれません。

では、エコシステムのどこかに障害がある場合はどう解決したらよいのでしょうか。今回は、社会制度(社会基盤、社会システムなど)が技術の進歩に追いつけていない場合に、どのような対応が考えられるのかについて、事例に基づいて議論した、Khanna著のHBR誌論文「WhenTechnology Gets Ahead of Society」[文献1]の内容から、興味深く感じた点をご紹介したいと思います。

著者はドローンの活用アイデアについてどう規制すべきかの問題が起きたことを例に、「新しい製品やサービスを適用することに対する、規制や物流、社会的障害が存在することはごく一般的なことだ」と述べ、「技術が、それを扱う社会の能力を追い越してしまうのはいつものこと」であり、「これは、技術起業家が、彼らのイノベーションが生む法的、社会的問題についてしばしば無頓着であることが原因のひとつである。」と述べています。そして、社会制度が技術に追いつけないことは、途上国でよく見られることであり、「技術起業家は、世界の新興市場で成功した企業家から多くのことを学べると信じる。」としています。具体的には、「ブラジルやナイジェリアの起業家は、政府が彼らのビジネスに必要な制度や市場のインフラを整えてくれること待つことは無意味なことを知っている。単にそれは時間がかかりすぎるからだ。彼らは、著者とKrishna Pa;epuが以前の論文で『制度上の空白(institutionalvoids)』と呼んだものを埋め合わせるための構造を自ら作り出さなければならない。」と述べています。以下、本論文で挙げられている新興国での事例を見て行きたいと思います。

新興市場の起業家が知っていること
・「2004年にCharles Shaoは、中国の農業での慢性的な品質問題に対応するため、Huaxia Dairy Farmを創業した。」「Shaoは、甘い基準の上を行く、より厳しいアメリカの食品安全基準を満たすことに挑戦することを決めた。」「やがて、Huaxia Dairyは、業界全体を進歩させるために、競争相手を含む他の農場に、知的財産や研究成果を与えることで知られるようになる。コーネル大学の獣医学部とともに、中国の酪農業をハイテク化するための人材を育成する目的で無料のセミナーを立ち上げた。」「Shaoがやっていたことは、品質的に、制度インフラをアップグレードしようとしていたことだ。」「彼は、業界全体の品質標準が改善して業界全体が繁栄しない限り、最終的に彼のビジネスも苦しむことを理解していたから頑張ったのだ。」
・「1972年にFazle Hasan Abedによって創設されたBRACはバングラデシュのコミュニティ再建のためのマイクロファイナンスに注力していた。・・・すぐに、数多くの支援組織がなければ融資は効果を挙げないことが明らかになった。短期的には、製品を売るための市場などが、長期的には受給者の子どもの初等教育やコミュニティのためのヘルスケアといったものが必要だった。そこでのすべての話を正しいこととして受け入れることができないとしても、営利、非営利のベンチャーを通じてBRACは大きな成果を収め、最も厳しい組織にとっても信頼されるパートナーとなっているといえば十分だ。注意してほしいのは『信頼される』ということで、私は、システム内のステークホルダーからの信頼なしに、成功する環境を作り上げられた起業家は見たことがない。」
・「通信会社のCeltelを創業したMo Ibrahimは、アフリカに携帯電話を持ち込む前に電線を含む基礎的インフラを設置する必要があった。エネルギーと天然資源会社のEmpresas Copecの会長のRoberto Angelini Rossiは、彼の企業が道路と大型トラックに投資するまで、チリ全土で信頼性のある連続的な電源供給をすることができなかった。」
・「このような民間起業家は、部分的に公共財を提供している。」

ハイテク起業家は何を学べるか
・「Narayana Healthは、極めて低コストで高品質の心臓手術を大規模かつ高収益に行えることにしたことで世界的に有名だ。これにより多くの貧しいインド市民が心臓ケアや心臓手術を受けることが可能になった。」「2014年に、同組織は、マイアミから空路で近いケイマン諸島に病院を開設した。・・・新しい人々にサービスする上で、Narayana Healthは制度上のサポートがないことによる一連の問題に直面している。しかし、インドで同様の課題に対応したことから、ケイマン進出に際して経験を活用して次のような課題に挑んでいる。」
・品質保証:「優先事項のひとつは、インド人以外の患者に、Narayanaが世界的品質のケアを提供することを信じさせることだ。」
・文化の仲介:「インドのヘルスケア専門家はインドの事情は理解しているが、アメリカ、カリブ、中米の患者とのコミュニケーション、医師が看護師や補助スタッフとチームで働く方法に関して持つ期待について深く理解はできていなかった。Narayanaはこうした期待に対するトレーニングに投資している。」
・ロジスティック支援:「Narayanaは、患者が旅行ビザを取得するためのトラブルを最小化するプロトコルを確立した。」
・支払いオプション:「Narayanaは患者からどのように支払いを受けるかについて決めるための検討を継続している。」
・補償の手段:「もし、何かがうまくいかない場合、ほとんどの医療ツーリストは頼るべきものを持たない。」
・「ケイマンの事例では、Narayanaは自身および公共の利益のため、制度上の仕組みを強化する取り組みを行うだろう。」

ドローン業界を考える
・「Narayana Healthが直面している制度上の空白は、ドローン業界につきまとうものに比べると単純なように見える。・・・業界はまだ生まれたばかりで、交通ルールはまだ現れ始めたばかりだ。」「以下の例では、アメリカ内外で直接間接にインフラを築くために活動している企業を紹介する。」

AES
:学習とロビー活動
・「バージニア州アーリントンに本社を置く、世界的電力会社のAESは、アメリカでの広範な実績の他に、世界15ヶ国で発電、配電を行っている。近年、風力、太陽光発電プラントの監視、危険な山岳トンネルへのアクセス、遠隔地での配電設備監視、嵐や自然災害による送電線の損傷確認などの様々な電力事業分野で、ドローンを活用するパイオニアとなっている。」
・学習に焦点をあてた合弁事業の創設:「AESは新興のドローンサービス企業Measureと、ユーティリティー業界でのドローンに関する知的財産の開発と展開について提携することを決定した。」
・海外でのline-of-sight問題の調査:「現在FAAは商用ドローンが操縦者のline-of-sight(視線、LOS)の外側を飛ぶことを認めていない。AESは目視外での実績を強化するデータを採取するため、エルサルバドルや他の国での影響力を使ってアメリカ以外でMeasureがビジネスを実施する支援をしている。」
・ロビー活動に業界団体を使う:AESは電力セクターに重点を置く、Edison Electric Instituteという業界団体の力を使ってロビー活動を行っている。

Zipline
:実験
・「Ziplineは・・・サービスが行き届かない途上国の市場への医療品供給に焦点を絞ったドローンによる配送会社だ。」
・テストケースを選択する:「2016年、Ziplineは固定翼ドローンを用いたルワンダの遠隔地病院への血液配送を開始した。」
・ビジネスフレンドリーな環境でのサービスのテスト:「ルワンダの政府は、カガミ大統領の下、中央集権的に運営されている。欠点があるとしても全体としてテクノクラート重視でビジネスフレンドリーであるように見える。」
・戦略的投資家との提携:「ルワンダでの資金の一部は、世界的物流巨大企業のUPS、慈善団体、世界におけるワクチンへのアクセスを促進させるための非営利団体であるGaviを含む戦略的投資家によって提供されている。・・・Ziplineのルワンダでの実験から学んだスキルとプロトコルはサプライチェーンが未発達な他の国でも役立つことには疑いはないだろう。」
・より挑戦的な市場に徐々に拡大する:「Ziplineは最近近隣のタンザニアへの事業拡大を発表した。次は官僚的であったり現状に既得権を持っていたりして規制の実験が進めにくい市場に拡大するかもしれない。」

DJI
:コモンズを構築する
・「法律や規則だけでなく、制度上の空白を埋める新しい『共有インフラ』には様々なものがある。深センを本拠地とするDJIは世界市場の70%を占める世界最大のドローンメーカーで、中国市場においてこうした取り組みを行っている。」
・登録簿の作成:「DJIは、ドローンの侵入を禁止する地域の境界を仮想的に定義する『ジオフェンシング』の業務を行っている。これは中国政府と協力して、必要なシステムの作成、維持、更新を実施している。・・・この登録簿は準公共財として機能し、情報分析者として、ドローン業界での様々なメンバーを規制する機関となりうる。」
・人材育成:「DJIは、・・・2016年には、ドローンの操縦者を目指す人のための、安価で短期間のコースを提供するトレーニングセンターを中国の60都市に設置した。」

結論
AES(ユーティリティーのパフォーマンスを向上させるためにドローンを使う)や、Zipline(医療品の配送のために使う)のような企業で開発された知識やビジネスモデルは準公共財だ。企業における主導的メンバーは、最初の実験者として学んだ知識をよく知るようになるが(これが得られる個人的利益)、他の起業家や既存企業、市民社会、参入する規制者、模倣者、改良者にとっての道も提供する。それが公共財の部分だ。」
・「準公共財を開発する起業家は、エコシステムの他のステークホルダーから信頼されなければその努力は成功しない。」
・「単一の事業主体が孤立した状態で新しい技術を形成できることは稀である。」
・伝統的で、自分の興味主体のロビー活動は避けられないもので必要な場合もあるが、それだけでは十分でない。新興企業は規制当局や自治体と共に働き、時には業界団体を通じて、あるいは当局が必要とするデータを開発することによって、当局や自治体を巻き込む必要がある。握手は強硬手段よりも多くの場合有効だ。」
・「ルールや法律はそれが全てではない(今日の多くの新興技術にとっては大問題ではあるが)。DJINarayanaの経験が示すように、起業家は時には、トレーニングや知的財産開発、情報の収集と共有、その他のソフトなインフラに投資しなければならない。」
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技術が関連するエコシステムも社会の中に存在する以上、公共財的性格を持つ場合があるということ、そうした特性に関連して発生するステークホルダーのことも十分に考慮し、必要に応じて対応しなければならないということでしょう。これは言われてみれば当たり前のことだと思いますが、エコシステムを考える場合、プロジェクトに直接関わる利害関係者に注目するだけでなく、より広い範囲、より長いタイムスパンでの関係者も考慮する必要があるということでしょう。

著者は、規制当局との関連について多く言及していますが、考えてみれば、プロジェクト外にステークホルダーがいる環境というのは、大きな会社内でも発生しうることだと思います。ドローンについての事例で触れられている、「学習」「ロビー活動」「実験」「コモンズ」というキーワードは、社内、社外を問わず、常に頭に入れて戦略を立て、行動にあたって気を使うべきポイントなのかもしれません。


文献1:Tarun Khanna, “When Technology Gets Ahead ofSociety”, Harvard Business Review, July-August, 2018, p.86.
https://hbr.org/2018/07/when-technology-gets-ahead-of-society

研究開発実践のマネジメント第32回-コラボレーションのマネジメント:研究開発マネジメントの実践と基礎知識2.4.2(「ノート」全面改訂)

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント
2.1
、取り組む課題を決める(研究テーマの設定)
第8回第17回
2.2
、研究開発を行う人のマネジメント第18第24回
2.3
、研究組織とそのマネジメント第25回第29回
2.4
、研究プロジェクトの運営
2.4.1
、研究プロジェクトの進め方
第30回第31回

2.4.2
、コラボレーションのマネジメント
最近、個人や一組織の力だけでイノベーションを成功させることが難しくなりつつある、という指摘を聞く機会が増えているように思います。その背景には技術が高度化して個人や一組織だけでイノベーションに関わるすべての技術をカバーしにくくなったことに加え、一方では様々な技術情報の入手が容易になり組み合わせの可能性が増えたことなどがあると思いますが、複数の組織によるコラボレーション(例えば、「オープン・イノベーション」など)や、複数の組織が形作るエコシステム(生態系)への注目の高まりは、多くの人が協力の重要性を支持していることの現れのように思われます。

こうしたコラボレーションやエコシステムの考え方が単なる一時的流行ではないとすると、研究マネジャーにはプロジェクトに関わる他組織との関係をうまくマネジメントすることが今後ますます求められるようになるのではないでしょうか。そこで、今回はこうした他組織との関係、コラボレーションのマネジメントについて考えてみたいと思います。

1)
コラボレーションのポイント
他組織との関係の重要性が注目されているとは言っても、そうした関係のマネジメントの手法は未確立なように思われます。そこで、ここでは、私見も交えて他組織との関係をうまく構築・維持するうえで注意すべきと考えられることを提案させていただきたいと思います。こうすればうまくいく、とはなかなか言いにくいけれども、この点への注意がおろそかになるとうまくいかなくなる可能性が高まると考えているポイントは以下のとおりです。

・「分業」と「協力」は分けて考える。
・自組織と他組織がwin-winの関係を維持できるようにする(少なくとも、損失を被る組織が発生しないようにする)
・組織間の「信頼関係」の構築・維持を重視する。

2)
コラボレーションをマネジメントする方法
分業と協力
分業とは、各組織の作業が比較的明確に区切られており、ある組織で得られた成果が別の組織での方針に大きな影響を与えない場合、とお考えください。ある業務を「外注」可能なイメージでとらえていただければよいと思います。仕事がモジュール化できているような場合、自組織と他組織の仕事の線引きが明確な場合などが該当します。この場合は、各組織での業務の計画立案・進捗管理とインターフェースの管理が重要になるでしょう。
協力とは、各組織の作業の区切りが不明確で、相互依存性が高く、ある組織での結果が別の組織での仕事の方針自体に大きな影響を与えるような場合で、一般には「外注」化が困難な場合とお考えいただければよいでしょう。この場合には、業務計画を立てようとしても、様々な可能性に対応しなければならないため立案が難しく、進捗管理も頻繁に臨機応変に行う必要があります。場合によってはメンバーの変更も含めた大幅なプロジェクトの変更が必要なこともあるでしょう。プロジェクトを主導する組織の強いリーダーシップが求められる場合が多いと思います。
もちろん、分業と協力を明確に区別することができない場合もあるでしょうが、協力が求められるプロジェクトに分業の考え方で対応しようとすると困難に遭遇することが多くなるのではないでしょうか。

win-win
の関係
プロジェクトの成功によって、すべての組織が利益を受けることができない場合、損失を被る組織は共同プロジェクトに積極的に関与できないだけでなく、妨害する可能性もあります。これは、成果の配分の問題にも関わりますが、それぞれの組織の努力に応じて相応の報酬が得られるようにマネジメントすることが求められるでしょう。どうしてもwin-loseの関係が発生してしまう場合には、損失を被る組織を利益の大きな組織が吸収してしまうという手段も考えられます。

信頼の維持
本シリーズ第28回では、研究組織の望ましい特性として「信頼」の重要性を述べました。例えばSRIは、コラボレーションの3つの基本要素として、戦略ビジョンの共有、スキルの相互補完、報酬の共有をあげ、それらをまとめる役割を担うのは「敬意のこもった継続的なコミュニケーション」[文献1、第12章]であるとしています。「信頼」はwin-win関係の維持にも深く関わっていると思いますし、「信頼」はコラボレーションの基本といってもよいのではないかと思います。

オープン・イノベーションについて
・イノベーションにおける他組織との関係、特にコラボレーションを考える上で、オープン・イノベーションの考え方は大きなきっかけになったのではないでしょうか。オープン・イノベーションとは、提唱者Chesbroughの定義によれば、企業の内部と外部のアイデアを有機的に結合させて価値を創造すること[文献2、p.8]、とのことです。アイデアの有機的結合による価値創造の可能性について疑う人はほとんどいないと思いますが、では、どうやったらオープン・イノベーションがうまく進められるか、については様々な議論があります。例えば、「実際に会社の経営に携わり、技術マネジメントを行う側から見ると、オープン・イノベーションを実際に運用するのは容易ではない。[文献3、p.174]」という意見もあります。ただ、最近ではオープン・イノベーションの原理的な可能性のみならず具体的な手法についても多くのことが理解されるようになってきたようです。そこで、他組織との協力を考える上で参考になると思われる考え方を以下にまとめてみたいと思います。
・まずは、オープン・イノベーションの問題点に関する指摘から見てみたいと思います。西野和美氏は次のように述べています。「企業の取り組みのなかには、どうもオープン・イノベーションの理想部分に注目し過大評価しているのではないかと思われるものもある。例えば、『自前主義もしくは垂直統合型ビジネスからの脱却』という名のもとで、自社で行う仕事の種類を減少させる傾向が見られる。・・・それは例えば、製造部門の外部委託や、原材料購買先をグローバル化し市場競争原理を取り入れるといったものである。もしくは『選択と集中』という名のもと、研究開発部門を縮小する一方で、外部との共同開発は増加させる動きもある。またはこれまで社内での研究に携わっていた研究者に、今度は新たな事業化のタネ探しを任命し、もっぱら社外の様々な組織や学会、イベントに奔走させるということもある。このような事例がすべて失敗に結びつくというわけではない。しかし、企業経営にとってみれば競争力を失うだけの危険をはらんでいる行為でもある。そもそも、オープン・イノベーションは、それを実行すればどの企業でも効率的、効果的に製品開発を行うことができて、最終的に収益を獲得できるわけではない。オープン・イノベーションを実行する過程には、様々な問題が存在しているからである。それらの問題のなかで特に大きいのは、アイデアや技術の移転の問題、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題である。[文献4、p.37-38]」「まず、アイデアや技術の移転の問題であるが、・・・移転するのがモノではなく情報であるがゆえの難しさがある。・・・特に移転される情報が、形式知化されていないノウハウや技術などである場合、それを完全に移転するのには多くのコストがかかる。・・・社外に存在するアイデアを獲得して自社が利益を得ることは、そうたやすいことではない。[文献4、p.39-40]」「仕事の線引きは、自社の競争優位の源泉は何か、そして商品化もしくは事業化における競争力はどこにあるか、について深く考えた上で注意深く行う必要がある。それというのも、仕事をすることは、すなわち学習することでもあるからである。・・・従来自社でやっていた仕事をなくしてしまって他社に任せてしまうと、これまでの学習の蓄積は四散してしまい、その仕事の競争力は将来にわたって失われる。・・・また、外部に任せた仕事を評価する能力を社内でどう維持または向上させるかという問題も存在する。・・・自分がしていない仕事、つまり自分が学習していない分野をどうやったら評価できるのか、という課題は意外に大きい。[文献4、p.42-43]」「オープン化の議論では、製品やシステム全体などを構成要素に分解し(モジュラー化)、構成要素間のインターフェースをルール化してそれを共有すること(標準化)で、構成要素間のインターフェースにおける調整コストが削減されるとともに、構成要素ごとでその要素の技術革新に注力できるといわれてきた。また、インターフェースが標準化されれば参入障壁も低まり、より多くの企業に参入のチャンスが与えられ、競争が促されることになるので、より良いアイデアや技術が外部から得られることになるとされた。そうした一方で、市場の変化や技術の進歩とともに、構成要素の技術革新が進んでいくと、ある時点で製品そのものやシステム全体が大きく変革する必要に迫られることがある。『モジュラリティの罠』とは、そうした製品やシステム全体の変革時に、それまで水平分業型で各部品を外部から調達していた企業は苦境に立たされ、逆に垂直統合型を志向していた企業が優位に立つことを・・・示したものであった。[文献4、p.44-45]」「他社との協業においてアイデアを創出、共有し、それが商品化や事業化に結びついて最終的に利益を得られた場合、・・・その利益は誰に帰属するのか、どのように分配されるのかは大変悩ましい問題である。[文献4、p.47]」
・一方、星野竜也氏は、「オープン・イノベーションという新たな武器」という論文[文献5]のなかで、オープン・イノベーションの定義を狭め、「『モノづくり企業が、自社のみでは解決できないR&D上の課題に対して、既存のネットワークを超えて最適な解決策を探し出し、R&Dをスピードアップすること』。あくまでも主体はモノづくり企業(メーカー)であり、ゴールはR&Dのスピードアップにある。」としています。これはこの手法の有効な範囲を特定していると考えられ、ひとつの進歩と言えるのではないでしょうか。さらに、「オープン・イノベーションの世界では、『相手から選ばれる企業になる』(Partner of choice)という言葉がよく使われる。・・・相手から見て『一緒に働きたい』と思われる企業にならなければいけないのである。・・・では、選ばれる企業となるためには何が必要なのか。日本企業が特に注意すべきポイントは3つある。それは1、意思決定のスピード、2、コミュニケーション方法、3、予算に対する考え方、である。」「たとえば、技術を提案してくれた研究者に対するフィードバックは、4週間以内に行うことが常識である。特に不採用の時ほど気を遣うべきだ。・・・礼儀正しく不採用の理由を説明するのは最低限のマナーである。」という指摘もしており、これは信頼の重視につながる指摘のように思われます。

イノベーション・エコシステムについて
Adnerはイノベーション・エコシステムについて次のように述べています。「どんなに素晴らしいイノベーションも自社だけではもはや成功することはできない[文献6、p.iii]」、「成功は自社の努力だけではなく、自社の周りを取り巻くイノベーション・エコシステム(生態系)を形作るパートナーたちの能力、やる気、可能性にもかかっている[文献6、p.vi]」。そして、次のリスクを指摘しています。
コーイノベーション・リスク:パートナーによるイノベーションの成功に依存するリスク
アダプションチェーン・リスク:「エンドユーザーがイノベーションの提供する価値を評価する前に、まずパートナーがそのイノベーションを採用する必要があるというリスク」[文献6、p.44]
その上で、エンドユーザー、実現のために必要なこと、必要なインプット、仲介者、補完者、リスク(コーイノベーション・リスク、アダプションチェーン・リスク、パートナーのやる気、強く参加を希望していないパートナーに対するソリューションをはっきりさせ、定期的に更新することをAdnerは提案しています[文献6、p.75-78]。また、「価値提供を成功させるためには、全員が勝たなければならない[文献6、p.112]」。「リーダーシップの試金石は、他の皆がついて行くことに合意することだ。他の皆も成功するときにのみ、リーダーシップは生じる。[文献6、p.133]」とも述べています。さらに、エコシステムを運営する際の注意として、コーイノベーション・リスクが高い場合、待つことも必要になる[文献6、p.154]、とも指摘しています。この最適なタイミングの問題は、先行することに価値があるという従来の考え方とは異なる指摘であり、エコシステムに依存するイノベーションを考える場合に特に注意すべき考え方かもしれません。

社内でのコラボレーション
オープン・イノベーション、エコシステムは通常、社外とのコラボレーションが想定されることが多いですが、
ある程度以上の大きさの企業であれば、社内の複数組織とのコラボレーションも重要になります。Govindarajanらは、イノベーションチームと社内の既存事業部隊とのコラボレーションが特に重要であるとして、リソースの奪い合い、イノベーションと既存事業の両方を担当する共通スタッフの不安や意欲の弱さ、不満といった対立の調整が重要と述べています。[文献7、第3章]

以上、コラボレーションのマネジメントについての考え方をまとめてみました。とは言っても、それぞれの考え方や手法は確立されたものではなく、提案の域を出ていないものもあるようです。ただ、人間は本来的に利他性を持っているとされることを考えれば、コラボレーションを活用しようとする考え方が無意味なものとは思えません。手法として未完成な部分は今後補っていくとして、すでに知られている手法を活用し、改善していく努力は必要なのではないかと思います。


文献1:Carlson, Curtis R., Wilmot, William W., 2006、カーティス・M・カールソン、ウィリアム・W・ウィルモット著、電通イノベーションプロジェクト訳、「イノベーション5つの原則 世界最高峰の研究機関SRIが生みだした実践理論」、ダイヤモンド社、2012. ブログ記事へ
文献2:Chesbrough, H., 2003、大前恵一朗訳、「Open Innovation」、産業能率大学出版部、2004.
文献3:夏目哲、所眞理雄、「研究を売れ! ソニーコンピュータサイエンス研究所のしたたかな技術経営」、丸善プラネット、2016.ブログ記事へ
文献4:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010. ブログ記事へ
文献5、星野竜也、「オープン・イノベーションという新たな武器 製造業復活を賭けて自前主義を脱却せよ」、DiamondHarvard Business Review, June 2015, p.84ブログ記事
文献6:Ron Adner, 2012、ロン・アドナー著、清水勝彦監訳、「ワイドレンズ イノベーションを成功に導くエコシステム戦略」、東洋経済新報社、2013. ブログ記事へ
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.ブログ記事

未来予測の方法(ウェブ著「シグナル」より)

研究開発部隊の最も重要な仕事のひとつは、「こうしたらこうなる」という知識(特に今まで知られていなかった新しい知識)を確立することだと思います。これは、一般化すれば未来を予測することと言ってもよいでしょう。しかし、未来はそう簡単に予測できるものではありません。イノベーションの進め方についても、未来は予測できないものであるという前提で、試行を重視し、そこからの学習や方向転換を基本とする創発的なアプローチが優れているという考え方が最近では主流となっていると思います。(例えば、リーンスタートアップなど)

では、未来の予測は諦めるしかないのでしょうか。試行を重視するとは言っても、全く行き当たりばったりの試行で成功は運任せというわけにはいかないでしょう。成功確率を上げるためには、何らかの未来予測に基づいて研究戦略を立てることは必要と思われます。では、どうしたらよりよい未来予測ができるのか。今回は、この問題を考える上で参考になりそうな、エイミー・ウェブ著「シグナル 未来学者が教える予測の技術」[文献1]をご紹介したいと思います。著者は次のように述べています。「本書では、未来を読むための方法論を紹介する。この体系的なアプローチを実践すれば、変化する世界への理解を深められるだろう。未来学者のモノの考え方、そして傍流から主流へと変わる新たなトレンドを予測し、未来についてより良い判断を、今、下す方法を学んでいく。[p.11]」「未来学者の仕事は、予言を語ることではない。データを集め、台頭しつつあるトレンドを見つけ、戦略を考え、未来におけるさまざまなシナリオの発生確率を計算することだ。こうした予測は、組織が破壊的変化に直面するなかでもリーダー、チーム、そして個人が、質の高い情報に基づいて判断を下す一助として使われる。・・・本書は、テクノロジー・トレンドそのものを論じる本ではない。[p.12]」「今、どんなテクノロジーが台頭しつつあるのか。それはわれわれや顧客にどのような影響を与えるのか。ライバルはこのトレンドにどう対処する気なのか。新たにどのような協力・提携の可能性が生まれるのか。産業全体ないし部分にどのような影響を与えるのか。変化の推進力となっているのは誰か。結果として、顧客の要望、要求、期待にどのような変化が生じるのか。こうした問いに答えるには、他人の立てた予測に頼るだけでは不十分だ。研究者、他の経営者、各分野の思想的リーダーなどの見立てを評価し、取捨選択するための体系的プロセスが必要となる。自分自身で未来を読むための方法論が必要だ。本書では、社会の端っこで生まれつつある、一見、関係なさそうなアイデアを評価するための体系的アプローチを紹介する[p.13]」。未来に起こることを完全に言い当てることは無理としても、本書に述べられている方法を使えば、未来予測の確率は上がるでしょうし、予測の過程で起こり得る未来についての心構えも可能になるのではないかと思います。以下、興味深く感じた点を中心に内容をまとめたいと思います。

1、未来学者はこう考える 大きな流れを見出すプロセス
・「未来学者はシグナルが語るのを聴き、解釈する。これは学習可能な能力であり、誰もが身につけられるプロセスだ。[p.19]」「未来を予測することのメリットは明らかだ。誰よりも早くトレンドを見抜き、行動を起こす組織は、先行者としての影響力を手に入れる。しかも、他の分野のパートナーとの対話や協業を通じて将来に備えるなかで、社会に幅広く変化を知らせ、新たな流れをつくることができる。自分に読めない未来の計画を立てるなど、とんでもないことだ。だが、企業の取締役会や政府の議会では日々それが起きている。リーダーがシグナルを無視し、行動を起こすのが遅れる、あるいはたった一つのシナリオにしか備えないといったケースがあまりに多い。[p.19-20]」「すでに業界で支配的立場にある企業は、新たなテクノロジーのもたらす未来に向き合わざるを得なくなるまで先送りするケースが多い。・・・その原因は、『現在のパラドックス』にある。われわれはテクノロジー、安全、そしてさまざまな政府機関や設備メーカーの思惑といった状況の複雑さに怖気づいて、・・・テクノロジーがどのように端っこから姿を現わし、未来の主流へと変化するかを幅広い視点からとらえることができない。[p.20]」「変化への抵抗は、われわれの脳に太古からある、脳幹と小脳の近くの脳の下部に位置する『爬虫類脳』にしっかりと刻みこまれている。・・・人類の進化の過程を通じてわれわれの種を保護・保存してきた『闘争・逃走』反応を制御するのもここである。[p.21]」「現在のパラドックスは、遠い未来、そして近未来のテクノロジーに関するわれわれの判断をゆがめる。一時的に流行しているアプリを本物のトレンドと誤解することもあれば、破壊的変化の波を一時的な現象と見誤り、特異な例として切り捨てる大失態を犯すこともある。[p.31]」
・「私が考案した未来予測の方法論は、もちろん他の未来学者の影響を受けているが、分析方法と範囲に独自性がある。それは6つのステップからなり、フューチャー・トゥデイ・インスティテュートでの活動と10年に及ぶ研究から磨きあげたものだ。最初の4つのステップはトレンドの見つけ方にかかわるもの、最後の2つはとるべき行動を決定するためのものだ。[p.45]」:①社会の端っこに目を凝らす、②CIPHER(サイファ)を探す、③正しい質問をする、④ETA(到達予定時刻)を計算する、⑤シナリオと戦略を考える、⑥行動計画の有効性を確認する(筆者注:それぞれは後述の章で説明されます。)
・「未来を予測することなど不可能だと主張する人もいるだろう。[p.48]」「だからこそ未来予測には、矛盾した思考法が必要なのだ。われわれは未来はあらかじめ決まったものではなく、水平線上に姿を現したトレンドを見つけ、それを形づくる過程に自ら介入できることを認める必要がある。[p.49]」

2、空飛ぶ車はなぜ実現しないのか トレンドとトレンディの違い
・「本物のトレンドと、キラキラ光るトレンディなもの(一時的な流行)とを区別する方法を身につけなければならない。[p.50]」
・「空飛ぶ車(が実現していないという事実)は、・・・トレンドを見きわめるのがいかに難しいかを表している。空飛ぶ車は10年おきに登場する、トレンディで魅力的なテーマである。・・・自動移動手段というトレンドを追う代わりに、なじみ深い物差しに合う目新しいモノに引き寄せられた。[p.53]」「空飛ぶ車は挫折の象徴というより、むしろ、胸の躍るような新しいテクノロジーが、ときとして足下で進行中の本物の変化を見えなくしてしまう危険性を示す、格好の例としてとらえるべきだ。[p.54]」
・「トレンドには、明確かつ普遍的な特徴がいくつかある。・・・トレンドは、人間の基本的ニーズから生まれ、そのニーズを新たなテクノロジーが叶える。・・・トレンドは、タイミングよく登場し、しかも存続する。・・・トレンドは、出現して以降も変化を続ける。・・・トレンドは、互いに結びつけることのできない多数の点として社会の端っこで出現し、主流へと移動していく。[p.58-60]」
・「トレンドの進化は、・・・6つのタイムゾーンに整理するとわかりやすい。・・・①今(これから12カ月以内)・・・②短期(1~5年後)・・・③中期(5~10年後)・・・④長期(10~20年後)・・・⑤超長期(20~30年後)・・・⑥遠い未来(30年以上先)[p.68-70]」
・トレンドに影響を及ぼす「変化の10の要因」:①富の分布、②教育、③政府、④政治、⑤公衆衛生、⑥人口動態、⑦経済、⑧環境、⑨ジャーナリズム、⑩メディア[p.71-78

3、トレンドをつかむ組織、逃す組織 なぜ任天堂は生き延び、DECは消えたか
・「トレンドがはっきりとした形をとるまでには時間がかかることもあり、その長期的な可能性をわれわれが理解できない(あるいは誤解する)ことも多い。トレンドは、変化の理解に役立つ。そして変化を理解することは、あらゆる組織に欠かせない。[p.87]」
・「われわれは現在の常識の枠組みのなかで重要性が低いものを、過小評価する傾向がある。[p.100]」「優秀な思想家がトレンドを見誤るのは、現在の常識に縛られ、通常の価値体系から離れて考えることができないからだ。[p.101]」
・「DECの経営陣にトレンドが見えていなかった・・・その責めをオルセンだけに負わせるのはフェアではない。DECの他の人々は足下の変化に気づいていたが、恐怖で身動きがとれずにいた。・・・こうした人々の頭のなかで爬虫類脳が起動し、変化を認める代わりに、直感的に逃げることを選んだのだ。[p.102-103]」
・「業界や状況を問わず、歴史を通じて常にその正しさが証明されてきた予測が一つある。テクノロジーは進歩し、決まって社会の他の変化要因と交錯すること、そしてトレンドは、変化が現実の生活のなかにどのような形で現れるかを示す手がかりとなるということだ。[p.103]」
・「予測と言うプロセスにはまだ、常にトレンドをモニタリングし、その結果を組織の現在の意思決定に反映させていける人間が必要だ。任天堂の優れたリーダーは、過去125年にわたってトレンドに目を光らせてきた。そのおかげで、姿を現わしつつある変化を予測するだけでなく、ゲーム産業全体の方向性を自ら決めることができた。一方DECのリーダーは、トレンドを注視することを怠っただけでなく、パーソナル・コンピュータがどのような進歩を遂げるかが明確になってからもそれを無視し続けたことによって、一時は栄華を極めた会社を潰してしまった。[p.114-115]」

4、STEP1、社会の端っこに目を凝らす 「想定外のニューフェース」を探すFinding the Fringe, Seek Out the Unusual Suspects
・「未来を予測する第一歩は、ユニークな実験が起こる場である『端っこ』、すなわち科学、テクノロジー、デザインの世界や社会の辺境に足を運ぶことだ。あらゆるトレンドは、そこで生まれる。[p.116]」
・「組織が『X』の未来を描くときの最大の問題は、従来の市場調査のパラダイムに従って、Xをあまりにも狭く定義してしまうことだ。[p.121]」
・「『Xの未来はどんなものか』と考えるとき、自分の業界にズームインすると同時に、一歩下がってズームアウトし、周囲の景色を広い視点で見ることが重要だ。[p.146]」「端っこのスケッチは、想定外のニューフェース、その関係性やXに与える影響を可視化したものだ。・・・スケッチを始める前に頭に入れておくべきルールは、以下の3つだ。理論上の話、あるいは質の低い情報まで含める。現在の障害は、未来には克服されるかもしれないと想定する。工夫次第で使えるもの(あるいは、少し違う用途に使えるもの)は、使われるようになると想定する。続いてノードやつながりをはっきりさせるため、Xの未来について次に上げる『明確化のための質問群』にできるだけ詳細に答えていこう。①この分野に直接、間接的にかかわっているのは誰か。②この分野の実験に資金を出している、あるいは他の形で奨励しているのは誰か。③この出来事によって直接的影響を被るのは誰か。④このような変化を阻もうとする動機を持っているのは誰か。そうすることで何か得をする、あるいは損をするのは誰か。⑤このアイデアをもっと壮大なこと、あるいはもっとすばらしいことの出発点とみる可能性があるのは誰か。[p.148-149]」

5、STEP2CIPHERを探す 隠れたパターンを発見する
・「『端っこのスケッチ』を作成し、Xに影響を及ぼすノード(個人や組織)とそのつながり(関係性)を可視化した。・・・端っこのスケッチに詳細情報を追加していく必要がある。これが予測の第二ステップだ。[p.167]」
・「私は6つの『パターン識別子』でトレンドを明らかにするモデルを構築した。6つの識別子は『矛盾(Contradiction)』『変曲(Inflection)』『慣行(Practice)』『工夫(Hack)』『極端(Extreme)』『希少(Rarity)』で、頭文字をとって『CIPHER(サイファ)モデル』と呼んでいる[p.191]。
・「矛盾(C):通常は反対方向に動くはずの2つ(以上)の要素が、同時に成功・失敗すること。通常は別の方向に動く要素が、同時に同じ方向に動くこと。通常は結びつかないはずの、あるいは過去には結びつけることが禁止されていた二つのノード(組織や個人)が結びつけられること。」「変曲(I):新たな研究を一気に加速させるような、触媒となる出来事が起こること。」「慣行(P):新たなテクノロジーが、すでに確立された当然の慣行を脅かすこと。」「工夫(H):消費者や企業が、何かに対して当初の想定とは異なる用途を生み出し、さらに便利にすること。あるいはテクノロジーやデジタルメディアの使い勝手に強い不満を持ったユーザーが、もっとスマートで直感的かつ簡単に使えるモノを生み出すこと。」「極端(E):新天地を切り拓こうと、人々が本気で限界に挑戦していること。」「希少(R):たとえば社会運動、モノ、コミュニティ、ビジネスの手法など、独特かつ奇異で、一見意味のない例外的事象のように思われるものが、実は基本的な人間のニーズを解決したり、社会の基本要素を変えたりする。そのような破壊的変化や社会変化の原因になる何かである。あるいは、およそ場違いのようでいて成功している意外なものも、ここに含まれる。[p.191-193]」
・「CIPHERモデルは私にとって、端っこにおける人、組織、プロジェクトの関係性を見るのに欠かせないツールとなった。ここに挙げたパターン識別子は、ノイズのなかの信頼できるシグナルだ。・・・他にも追加できる分類はあるはずで、すべてのトレンドがCIPHERモデルの6つの識別子で明らかになるとは限らない・・・。しかし私の研究において、これが信頼性のある方法であることは何度も確認できた。[p.198]」

6、STEP3、正しい質問をする 本物のトレンドかどうか見きわめる
・「予測プロセスの第一、第二のステップが終わった段階では、トレンドの候補が見つかっただけである。[p.229]」「トレンド候補を分解し、前提条件や知見に疑問を投げかけるのが、予測プロセスの第三ステップだ。・・・トレンドが、社会の持続的変化の表れであることを証明するには、何が真でなければならないか[p.230]」「ある結論が既存の常識の枠組みに収まるとき、われわれは疑問を持たなくなる。これは『確信バイアス』と呼ばれ、誰もがその影響を免れない。[p.231]「確信バイアスを乗り越えるには、たとえ自分の目に映るものを信じているときでも、意識的に反対することが必要だ。・・・このような反対意見は『ディスアドバンテージ(弱み)』、略して『ディスアド』と呼ばれる。[p.232]」
・「未来をマッピングするのはプロセスであり、トレンドを正しくつきとめたと思った時点でやめてはいけない。現代の変化の要因を検討し、社会の端っこに広く網をかけて研究成果を集め、CIPHERモデルのパターン識別子を見つけ、点と点をつないだら、第三ステップで自ら検証しなければならない。まばゆいおとりに目を奪われているだけの可能性もあるからだ。[p.245-246]」

7、STEP4ETAを計算する 今がベストなタイミングかどうかIs It ReallyAwesome? Know When the Timing is Right
・「トレンドは未来の手がかりであり、それを正確に見きわめる方法はすでに見てきたとおりだ。しかしトレンドを見きわめればおしまいではない。トレンドが成長過程のどの段階にあるかを理解しなければならない。十分早い段階でトレンドを認識できれば、かなりの競争優位につながる。・・・ただ、トレンドに早く飛びつきすぎるのも、・・・身を滅ぼす結果につながる可能性がある。[p.248]」
・トレンドのETA――到着予定時刻を計算する(EstimatedTime of Arrival):「トレンドのタイミング=(テクノロジーの内的進歩I)+/-(外的事象E)」「外的事象(E):テクノロジーが順調に進歩した場合でも、トレンドの未来に影響を及ぼしうる隣接する出来事や状況。通常、テクノロジー企業のコントロールはまったく及ばない[p.251]」
・「予測プロセスの第四ステップからは、トレンドから目を離すこと、あるいはトレンドが一定の速度で直線的進化を遂げると思い込むことが、プロの予測者やトレンド調査に依存する企業によくある失敗であることがわかる。[p.267]」

8、STEP5、シナリオと戦略を考える 「もしAならば、Bせよ」
・「アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは、リーダーは未来像を描くときに『ビジョンについては頑なに、だが細部については柔軟であるべきだ』と語っている。[p.268]」「細部について頑なな姿勢をとって未来への計画を誤ること、これを『未来の誤謬』と呼ぼう。[p.289]」「未来の誤謬という落とし穴はどんな組織にもあり、特にイノベーションによって自らの限界を押し広げていこうという組織が陥りやすい。[p.271]」
・「トレンドが軌道上のどこにあるかを見きわめたら、当然次のステップは『もしAならば、Bせよ』という表現に当てはめてみることだ。予測プロセスの第5ステップは、・・・シナリオという概念を使い、事実を物語の文脈のなかに位置付け、未来に想定される筋書きをつくることだ。将来確実に起こるはずの事象を予測するのが目的ではない。起こりうるさまざまな結果をイメージし、現在とるべき戦略について賢明な判断を下す一助とすることだ。[p.276]」
・「未来のシナリオには3種類ある、・・・『起こりそうな未来』『起こるかもしれない未来』『起こりうる未来』である。『起こりそうな未来』は、ワイルドカード的事象(想像できないような自然災害など)が起きず、現在のトレンドがおおむね続くと想定する。そのシナリオは、かなり短い時間軸で描くことが多い。・・・『起こるかもしれない未来』は、①トレンドに対する現時点の理解、②自然法則や物理学や数学、そして③現在の制度、仕事の仕組み、研究機関、企業、政府、社会を支配するプロセスなど、変化の10の要因にかかわる概念や法則を織り込んでいる。今後も宇宙の法則について重大な変化がなく、またわれわれの働き方や暮らし方についても重大な変更がないと想定した場合に、端っこの光景から何が推測できるだろうか。新たなテクノロジーが現在正しいことがわかっている法則を無効化しないとすると、起こるかもしれないシナリオを描くことができる。通常、それは近未来に関するものだ。・・・起こり得るシナリオでは、あらゆる法則を捨てて、遠い未来に起こるかもしれないという想像の域にあるテクノロジーを考えてみる。・・・シナリオを書く目的は、週末のお楽しみになるような刺激的な物語をつくることではない。複数のシナリオを用意すれば、意思決定者にとって強力な支援ツールとなる。[p.283-286]」

9、STEP6、行動計画の有効性を確認する 戦略をストレステストにかける
・「予測プロセスの最終ステップは、立案した戦略をストレステストにかけることだ。シナリオは戦略を立てる材料となる。ただ、物語に必要な細部を埋めるにあたり、新しいものや次に来るものを追いかけるのに夢中になるあまり、重要な疑問や細部が見過ごされる恐れがある。ストレステストを飛ばすと、重要な意思決定をする際に、爬虫類脳が紛れ込みかねない。[p.291]」「トレンドを特定し、それが本物であると証明し、ETAを計算し、シナリオとそれに対処するための戦略を立案したら、最後のステップとして、その戦略の妥当性を確認するため、自らの行動がどのような可能性をはらんでいるかを徹底的に考えなければならない。[p.292]」
・「予測プロセスの最終ステップで検討しなければならない『FUTUREテスト』:「F=基礎(Foundation):組織内部の主要なステークホルダーの支援を得ているか。彼らはトレンド、シナリオ、そしてシナリオに対するあなたの確信スコアに同意しているか。あなたの戦略は、トレンドをリサーチしている間に発見した問題を解決するものか。主要なステークホルダーが組織を去っても、あなたのトレンドに対する戦略は機能し、また進化し続けるだろうか。あなたには戦略を持続するのに必要な時間と資金、さらにその意欲があるか。」「U=ユニーク(Unique):あなたが計画している行動には、ユニークな価値提案があるか。それは顧客にはっきりとわかるだろうか・・・。戦略は模倣しにくいものか。ライバルが登場したとき、あなたの会社が特別であるという認識を与え続けることができるか。」「T=追跡(Track):あなたの組織の現状、あるいは計画されている体制に基づいて有効な評価指標を作成し、トレンドを追跡するとともに、組織の成果を測ることが可能だろうか。そのデータを使えば、規模拡大のなかで、また長期的な成長サイクルのなかで、顧客の囲い込みや新規獲得の成否について、信頼性のある分析ができるだろうか。」「U=緊急性(Urgent):あなたの戦略からは、社員や想定されるユーザー層に差し迫った必要性が伝わるだろうか。市場には持続的に需要があるだろうか。顧客基盤のなかで新たな需要を想像できるだろうか。市場が成長し、新たな競合企業が登場しても、顧客はあなたの事業を生活に不可欠で価値のあるものだと考えるだろうか。」「R=手直し(Recalibrate):ひとたびつくった戦略は、その後も変えていく必要がある。トレンドとその潜在的影響を追跡するために、どれだけの時間と資金を配分するか。あなたの事業は、想定される顧客がプライベートや仕事で使うテクノロジーをアップグレードするのに伴い、進化していけるだろうか。戦略は、ターゲットとしている顧客セグメントとともに進化できるか。合理的な開発サイクルを継続するのに、適切な予算は確保できるだろうか。あなたと社員に、2~3カ月ごとにトレンド戦略を包括的に評価し、必要な修正を加える時間があるか。戦略を実行に移した後も、それに改良を加え続ける意欲があるか。」「E=拡張性(Extensible):エンジニアリングにおいて、『拡張性』とは未来の変化や潜在的成長を考慮に入れた設計理念を意味する。あなたの戦略にはどれほど拡張性があるか。将来の変化を容易に反映できるだろうか。それとも戦略には、あなたや社員のコントロールが及ばないサードパーティのソフトウェア、ツール、サービス、デバイス、コンテンツ、コードに依存する部分が多いだろうか。社内でトレンド戦略を自在に手直しできるか、それとも他者が必要な変更を実施してくれないと何もできないのか。戦略はデバイス、ソフトウェア、ネットワークのアップグレードとは関係なく有効だろうか。消費者の好みや選好が変わっても、大元のアイデアを変えることなく事業を適応させられるだろうか。[p.295-299]」

10、人類にとっての意味 未来をリバース・エンジニアリングする
・「われわれの思考や行動によって、チームが完全な右脳型になり、刺激的ではあっても組織がおよそ実行に移せないようなアイデアばかり生み出すようになることもあれば、プロセス思考しかできない完全な左脳型チームになることもある。私はこれを『二面性のジレンマ』と呼んでおり、あらゆる組織とその未来予測能力に影響を与える。[p.327-328]」
・「二面性のジレンマを克服することは可能であり、それはどちらかを抑えつけたり、軽視したりするのではなく、両方の強みに光を当てることを意味する。スタンフォード大学のハッソー・プラトナー・インスティテュート・オブ・デザイン(通称『dスクール』)は、二面性のジレンマを克服する手段として、組織が思考を広げたり(『開放』)狭めたり(『集中』)を交互に繰り返すことで、両方の強みを同じように生かす方法を教えている。開放思考のとき、集団はインスピレーションを集め、さまざまなアイデアをリストアップし、新たな可能性を書き出し、フィードバックを集め、スケールの大きな発想をする。一方、集中思考では、集めたアイデアを吟味し、妥当性を確認し、取捨選択する。・・・本書を通じて、われわれは端っこから出てきたトレンドが主流に移行する様子を追跡しながら、開放と集中を繰り返してきた。・・・①開放思考で端っこを探求する・・・②集中思考でパターンを見つける・・・③開放思考で正しい質問をする・・・④集中思考でタイミングを計算する・・・⑤開放思考でシナリオと戦略を描く・・・⑥集中思考で行動計画をストレステストにかける・・・未来予測とはシグナルに耳を傾け、認識し、それに基づいて行動することだ。どのステップも論理やデータだけでは完結しない。このプロセスには積極的に夢を描くことや創造力が必要だ。トレンドを読むのは予言者を気取ることではない。組織あるいは社会の端っこで起こりつつある変化を探すことだ。独創的でビジョンを語るのが得意な人、左脳型の思考をする人に任せきりにしてはいけない。優れたトレンド予測には、拮抗する力をまとめ、大胆な想像力と現実主義の両方を生かすことが必要だ。・・・未来を予測しようとするすべての組織には、開放と集中の両方が求められる。だからこそトレンドを見きわめ、行動する責任を負うチームには、両方の思考スタイルを持つ人材を含めることがきわめて重要なのだ。左脳と右脳をバランスよく使う術を心得た組織は、トレンドを予測し、優れた戦略を立案する稀有な能力を身につけたといえる。[p.328-332]」
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未来予測というと、根拠の薄い、いい加減な空想をまき散らすという胡散臭いイメージがあるかもしれません。しかし、本書の手法はそうしたSFもどきの予測とは一線を画す、より有用性の高い成果をもたらす可能性を持っているように感じます。もちろん、この手法が唯一絶対のものではないと思いますし、容易に実践できるというものでもないかもしれません。でも、未来は人が作り出すものである以上、ある程度の精度で予測できると考えるべきなのでしょう。

研究者であれば、何らかの仮説を立てることは日常的に行っています。それも未来予測と言えば言えないことはないはずです。未来を完全に予測できると考えることは人間の思い上がりだとは思いますが、少なくとも技術の未来についてなるべく精度の高い予測を行うことは、研究者・技術者の任務のひとつなのではないでしょうか。


文献1:Amy Webb, 2016、エイミー・ウェブ著、土方奈美訳、「シグナル 未来学者が教える予測の技術」、ダイヤモンド社、2017.
原著表題:The Signals Are Talking: Why Today’s Fringe IsTomorrow’s Mainstream

「イノベーション研修」(井上功著)より

イノベーションを成功に導く方法が存在するなら、その方法を教え、実践のトレーニングを行うこともできると思います。もちろん、あらゆるイノベーションを確実にうまく進めるための手法を限られた時間の中で網羅して教えることは不可能でしょうが、よくあるパターンについてうまくいきやすい方法を教え、訓練することは可能だし、それなりの効果を生むのではないかと思います。特に近年は、特異な個人の才能にイノベーションの成功を結び付けるのではなく、成功しやすいイノベーションの手法に従うことによってイノベーションを成功に導くことができるという考え方が広がり、その手法も洗練されてきているようですので、イノベーションのやり方を「教える」ということの現実性も高まっているのではないでしょうか。

そこで、今回は、イノベーションを起こすための「研修」としてどのような試みがなされているかを、井上功著「イノベーション研修」[文献1]に基づいて見てみたいと思います。研修という限られた場で行われる手法であるため当然制約もありますが、開発中の手法ながらイノベーションを進める上で鍵となることの多いポイントに注意が払われているように感じました。イノベーションを担当している実務者の皆さんにも参考になる手法のように思いますので、以下、本書の構成に沿って重要と思われる点をまとめたいと思います。

第1章、イノベーション研修とはなにか
・「次世代リーダー開発の手法としていま再び脚光を浴びているのが『アクションラーニング』です。アクションラーニングとは、断続的に行われる研修とその間に実施するフィールドワークで構成される一連の問題解決のプロセスのことを意味します。[p.28]」「アクションラーニングとは、・・・個人が一連の研修とフィールドワーク(インタビューや調査、問題提起や課題の構造化、提案内容の精査など)を行い、状況に応じてチームを編成し、経営者に提言して承認を得るものです。私は、このプロセスのゴールとして、イノベーションの創出を設定し、その過程にイノベーションの生成プロセスを織り込んでいくことで、イノベーションを再現する研修プログラムが作れるのではないか、と考えたのです。[p.40]」「つまり、個人の問題意識を起点として社会課題を探索し、アイデアを獲得し、安全・安心な場で議論を繰り返してアイデアを磨き、顧客・市場との対話を繰り返して事業案にまとめあげ、決められたスケジュールに則って最終的に経営者に提案し、承認を得るというプログラムを、アクションラーニングとして実施するのです。“研修でイノベーションを再現する”というこのアイデアは、後に『イノベーション研修』の核となっていきます。[p.41]」「“イノベーションを研修で起こす”ということに特化した、アクションラーニングプログラムを開発していったのです。[p.42]」
・「本書では『イノベーション』を、“経済成果をもたらす革新”と定義します。[p.30]」「イノベーションには大きくふたつの側面があります。ひとつ目は、生成が極めて不確実であるということ。ふたつ目は、普及させるには資源動員が必要であるということです。[p.31]」
・「イノベーション生成プロセスの特徴:1、極めて個人的・属人的なアイデアから始まる(個人のアイデアは本人の問題意識や強い想いから生成される、その際、周囲からの様々な刺激を受けることが多い)、2、アイデアは仲間に伝えられ磨かれていく、3、アイデアが形(事業案)になり、何かしらの組織の承認が得られる、4、承認されて、資源動員(ヒト・モノ・カネ・情報・時間など)がなされる、5、顧客を巻き込んでプロトタイピングが繰り返される、6、事業案は次第に計画に昇華していき、スケジュールが公式化していく、7、検討が続き、経営者マターになっていく、8、社外(顧客・市場)と社内(組織)で事業案の認知が広がっていく、9、事業案自体が進展し、経済成果を得られるようになる、10、一連を通じて、安全で真摯な場が存在する[p.38]」

第2章、イノベーション研修は何をもたらすのか
・「イノベーション研修は当初、その大きな目標として『イノベーションの創出』を置いてプロトタイプで試行してきましたが、その過程において他にも様々な効果があることがわかってきました。・・・イノベーション研修を導入する際、必ずしもイノベーションを生み出すことそのものを目的とせずとも、例えば人材開発や人材発掘のための手段として導入することも十分に考えられます。導入の目的を何に設定するか、事務局は経営者の期待領域を確実に把握した上で実施することで、より効果的な研修にすることが可能となるのです。[p.48]」
・効果①人材開発:「0から1を生み出すプロセスであるイノベーション研修は、イノベーションリーダーの開発に適していると言えます。この研修においては、『不』(不便・不安・不満・不足・不利・不合理など)という形のないわかりにくい課題を事業案に磨き上げ、経営者の承認を取りつけなければいけません。そこで問われるのは、変化対応力・課題設定力・概念化する力・表現する力・具現化する力といった能力であり、諦めずに最後までやり切るスタンスです。与えられた課題を解決する力や組織の維持管理能力ではなく、自立的かつ自律的に目的や目標を定め、圧倒的な当事者意識で最後まで行動し切ることが、イノベーション研修では強く求められるのです。[p.52]」
・効果②人材発掘:「イノベーション研修の受講者には間違いなく向き・不向きがあります。新しいことを考えること自体が嫌いな人、仕事は言われたことをやればそれでいいと考えている人には、イノベーション研修はおすすめしません。このような人たちには、イノベーション以外の活躍のフィールドがたくさんあります。しかし、物事を深く考えることや、人との厳しい議論を厭わない人、社会課題を解決したい人にとっては、イノベーション研修は最大の見せ場となるのです。[p.58]」
・効果③事業開発:「イノベーションは数の勝負です。多産多死と言ってもいい。であるならば、事業開発やイノベーション部門だけがイノベーションを考えるのではなく、全社員が本気でイノベーションを考えることで、より創出の確率は高くなると言えます。・・・イノベーション創出の仕組みや制度を精緻に考え、研修プログラムを通じて本気の事業開発を推進することが必要なのです。[p.60]」
・効果④組織風土改革:「研修の場それ自体や、社内外のイノベーターとのインタラクション、研修プログラムを通じた新しい価値の創造に対する動機形成などは、受講者を通じた組織風土改革に繋がります。また、イノベーション研修の最終審査を通過したアイデアを本気で称賛し、新規事業部門や経営企画部への異動などのシンボリックな人事を行うことは、イノベーション風土醸成に弾みをつけます。[p.64]」
・効果⑤自社や社会に対する危機感の醸成:「ひとつ目は、自社に対して。受講者のなかに、『新しい事業を起こさないと、うちの会社が発展・成長していかない。これはまずい。もっと自分が頑張らないといけない』といった気持が生じるのです。経営者に急に考えろと言われても考えられないものが、フィールドワークで自社の現実と向き合うことで、自然と問題意識を持って考えられるようになるようです。ふたつ目は、社会に向かいます。[p.69]」
・効果⑥経営者の原点回帰:「研修という場ではありますが、受講者が顧客・市場と組織を行き来しながら、懸命に自社のイノベーションを考えようとします。すると、経営者はそこに自社や自分の原点を見ることになる。顧客のリアリティを忘れつつあった経営者が原点回帰する場になっているのです。[p.71]」

第3章、実践・イノベーション研修
・事前準備:1,経営者とすり合わせを行う(「経営者(研修のオーナー)がイノベーション研修に何を求めるのかを確認する。イノベーションの期待領域や資源動員内容を経営者と共有する。[p.76]」)、2,「場」を設定する(「非日常の、『開かれた共同体』の場を用意する。場を、『ウィークタイズ』な状態にする。[p.80]」(「『ウィークタイズ』とは、社会学者のグラノベッターが提唱した概念で、『弱いつながり』を意味します。[p.81]」)、3,ファシリテーターを決定する(『慣行の外』にいるファシリテーターが必要。無邪気な共感を繰り返すことが大切[p.83])、4,受講者を招集する(「年齢は関係ないが、身軽な人を選ぶ[p.87]」)、5、研修を「公式化」する(「研修の実施を全社に周知する。フィールドワークのサポート体制を構築する。[p.91]」)
SESSION 1、イノベーションを体感させる:STEP1、研修の目的を説明する(「研修の目的と、経営者の期待を伝える[p.96]」)、STEP2、イノベーションを体感させる(社内(社外)のイノベーターに開発の経緯を語ってもらう・・・生々しい話が刺激を与える[p.98])、STEP3、事業案フレームをインプットする(「事業案フレームとは・・・以下の7つの要素から構成されています。1,『それは何?』(事業の定義)、2、『何でやるの?』(事業の意義)、3、『市場はあるの?』(市場規模)、4、『儲かるの?』(収益構造)、5、『勝てるの?』(競争優位性)、6、『できるの?』(実現可能性)、7、『本気なの?』(提案者の本気度)[p.102]」、STEP4、「不」を掘り下げ演習をする(「不」を考え、クラスで掘り下げる[p.109])、STEP5、次回までの課題を説明する(「不」を見つけてくるという課題[p.111])、STEP6、目標設定をする(受講者自らが目標を決める。内省と手を動かすことによる定着を狙う[p.114-115])
SESSION 2、「不」を発表・深掘りする:STEP1、「不」の内容を発表する(全体討議にかけたい「不」を決定する[p.118])、STEP2、全員で「不」を深掘りする(誰が抱えているか、どのようなものか、大きさ(場所、数)、深刻さ、原因、などを考える[p.120-121])、STEP3、アクションプランを発表する(事業化する「不」を決める。「事業案を深耕する際には、社内外含め、現場に足を運び、当事者に話を聞き、実態をよく観察しなければなりません[p.124]」)
SESSION 3、中間プレゼン:STEP1、プレゼン練習、STEP2、中間プレゼン(経営者から突っ込んでもらい、受講者に取り組んでほしいことを語ってもらう。受講者のやる気を伝える6つのポイント(①手触り感、②専門家とのつながり、③最終決裁者に影響力がある人とのつながり、④経営資源の活用、⑤プロトタイプ(試作品など)、⑥ビジョン)を確認する[p.127-129])、STEP3、アクションプランの発表(事業提案への軌道修正、行動計画を発表する[p.130])
SESSION 4、事業案の磨き合い:STEP1、模擬プレゼンと評価(グループで内容評価、数値化をおこなう[p.134])、STEP2、プレゼンのアドバイス(最終プレゼンで経営者に決裁依頼事項を挙げることを伝える[p.137])、STEP3、アクションプランの発表
SESSION 5、最終プレゼン:STEP1、プレゼン練習&資料修正(事業案フレームと本気度の表明を確認[p.140])、STEP2、最終プレゼン(経営者に評価してもらう[p.142])、STEP3、研修全体を振り返る(アドバイスカード交換、振り返りシート記入により内省を深める[p.144])、STEP4、表彰式&懇親会(事業案を進めるかどうかを決めてもらう[p.146])
・アフターフォロー:1、研修結果を社内に共有する、2、確実に資源動員されるまで見守る(「確実に資源動員されるまで事務局が責任を持ってマネジメントする[p.148]」、3、事業立ち上げに伴走する

第4章、イノベーション研修を成功させるための条件
1,「不」の探索と深耕を促し、顧客・市場に入り込む
・「イノベーションを創発するためのアプローチとしては、大きく分けて”Pain””Gain”の2つのアプローチがあります。”Pain”とは『痛み』であり、本書で言う『不』と同義です。・・・いっぽう”Gain”とはベネフィットであり、『嬉しいこと』です。・・・イノベーション研修の第1のポイントは、『不』の解消を軸に事業を考える、というものです。[p.153]」
・「『不』には大きく分けて2種類あります。マクロとミクロの『不』です。・・・マクロの『不』は社会課題です。[p.154]」「これらの『不』は非常に大きくて重いものなので、受講者が個人的に元々持っている問題意識と共鳴することが多いというメリットがあります。一方、デメリットもあります。『不』に手触り感がないのです。[p.156]」「何かしらの手触り感やリアリティがない限り、事業案は決して前に進まないのです。[p.156]」「いっぽう、ミクロの『不』とは、個人が生活するなかで実際に直面した『困りごと』です。・・・したがって、ミクロの『不』には生々しさがあります。よく観察され、リアリティが掴めて、原因やその構造が掘り下げられた『不』からは、その『困りごと』の本質が伝わってきます。また、ミクロの『不』には、経営者が知らないことが多いという側面もあります。これがポイントです。[p.157]」
2、組織との“新結合”を狙う
・「『不』や社会課題を探索・深耕し、その原因や背景・構造などが理解できたとして、次に必要なのはその解消・解決方法です。・・・そこで重要なのが、第2のポイントである『組織との新結合』です。[p.163]」「手触り感があるまで『不』を掘り下げつつ、自組織や自社の強さを把握して有機的に結合させ、イノベーションを創発させるように仕掛けていきます。[p.164]」CFTCustomer,Function提供価値、Technology)のフレームワークで「現在の組織や自社の強みのポイントを抽出していきます。その後、強みを言語化して、『不』や社会課題との新結合を試みるのです。このような作業を通じて、困難な資源動員を合理的に理由付けることが可能となるのです。[p.164]」
3、事業案フレームで磨く
・第3章SESSION1STEP3の事業案フレームの「7つの問いのうち、1~6は事業案のコンテンツに対する質問です。・・・最後の要素である『本気度』は、事業案そのものとは異なり、受講者がいかに『本気』を示せるかにかかっています。[p.167]」本気度を示すのは、第3章SESSION3STEP2の6つのポイント。
4、プロジェクト型研修として実施する
・「ファシリテーターは、何かを教える存在というより、一緒に伴走する人のように立ちふるまいます。もちろん、ファシリテーターが講義を行うことはありますが、大切にしているのは受講者とファシリテーターが一緒に考えることです。[p.177]」
・「プロジェクト型研修でセッションと同じくらいに大切なのが、フィールドワークの時間です。フィールドワークでは主に『不』や社会課題を探索しますが、深堀が甘いとなかなか事業案に昇華しません。そのため、研修の事務局は進捗状況にあわせて、可能な限り柔軟にフィールドワークの時間をとるべきです。[p.178]」
5、リクルートマネジメントソリューションズのイノベーション研究を参照する
・「小さなノウハウが、イノベーション研修の中では欠かせません[p.183]」

第5章、イノベーション研修の可能性
・イノベーション研修のメソッドを応用した様々な展開の紹介

エピローグ、今こそ人事が会社を変革せよ
・「組織の構成員全員がイノベーションを育んだなら、その組織はかつてないほど強力にイノベーションを生み出していくことができるのではないか。・・・全社員がイノベーターになる。そして、全社一丸となってイノベーションを推進する。これが究極の理想です。[p.194]」
・「管理職研修や新人研修と並行して、イノベーションを起こす研修を人事部が行う時代はすぐそこまで来ています。[p.196]」
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本書に述べられた手法は、「研修」の形をとっていますが、実際にはイノベーションのプロセスの一部を行っていると言えると思います。もちろん、イノベーションに馴染みのない社員に対して、イノベーションとは、こんな点に注意してこんなプロセスで進めればうまくいく可能性があるものだ、ということを経験を通じて教える点や、グループワークやファシリテーターによる指導など、従来型の研修に通じる要素もあるわけですが、この手法は、イノベーションの方法を実習で学ぶ側面と実際にイノベーションを進めるという両方の機能を持った、いわば、研修とインキュベーションを融合したようなものだと理解できると思います。イノベーションを進めるという観点だけ見れば、本ブログ別記事でもご紹介したフューチャーセンターフューャーセッションの機能に近いように思われます。

もちろん、本書のイノベーションの進め方が唯一の道、というわけではありません。本書の考え方は、平成22年度に経済産業省と株式会社リクルートが実施した「フロンティア人材調査事業」が基礎になっているようで、そこでは、一橋大学名誉教授・野中郁次郎先生が指導にあたられた、とのこと[p.4-5]ですので、野中先生が提唱されているイノベーションの進め方に近い考え方のように思われました。「不」に着目する考え方は、いわゆるニーズ主導の考え方の応用形と考えられますし、それをグループで磨き上げていく手法は組織的知識創造の考え方に近いと思われます。「研修」としてこの考え方に沿ったプログラムが作られているのは、この考え方が絶対的に正しいということではなく、「研修」のプログラムを作る上でなじみがよく、成功確率もそれなりに高いと期待できるからかもしれません。これ以外のイノベーションのプロセスの可能性にも留意しながら、「研修」のためのひとつの考え方として受け入れることが必要なようにも思います。

本書の手法の注意点を挙げるとするならば、上述のとおりイノベーションの発想の出発点がニーズ主導に限定されていること、イノベーションの着想からプロジェクトのスタート段階に主眼がおかれ、その後のいわゆるイノベーションの実行段階の重要性についてはあまり考慮されていないこと、プロジェクトの採否が経営層に委ねられているため経営者の能力や考え方がイノベーションの発展の制約になりかねないこと、などがあると思います。とはいえ、「全社員がイノベーターになる」ことを目指すこの研修の手法には大きな魅力があるのではないでしょうか。今後のさらなる進歩、発展に期待したいと思います。


文献1:井上功、「次世代リーダーを育て、新規事業を生み出す リクルート流 イノベーション研修 全技法」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017.

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