研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2019年07月

AIを活用する組織をつくる(「Building the AI-Powered Organization」, Fountaine, McCarthy, Saleh著HBR2019, July-Augustより)

これからの時代のイノベーションを考える上で、AIの活用は無視できない要素のひとつと言えるでしょう。その検討に研究部隊が関わることも多いと思いますが、AIの活用、適用のしかたによって得られる成果は大きく異なるのではないかと思います。このような状況は、何もAI技術に限ったことではなく技術全般について言えることではありますが、AIの場合は、その影響の範囲が意思決定や働き方、サービス、マーケティングといった、従来一般に「事務系」と言われてきた仕事にも大きく広がっていることもあって、マネジメントの分野でも大きな注目を集めているように思います。

今回は、そうしたAI活用のマネジメントについて議論したHBR誌記事Fountaine, McCarthy, Saleh著「Building the AI-Powered Organization」[文献1]を取り上げたいと思います。この記事では、AIをうまく活用できる組織はどのようなもので、そうした組織をどう作っていけばよいのかが主に議論されており、その指摘には、技術の活用全般についても役立つ点が多いのではないかと感じました。以下、興味深く感じた点を中心に内容をご紹介したいと思います。

著者はまず、「AIが大きな可能性を持っているにもかかわらず、多くの組織で取り組みが不足している。」と指摘しています。その結果、「著者らの調査と、何百ものクライアントとの仕事において、AIへの取り組みが大きな文化的、組織的障害に直面していることを見てきた。」と述べています。以下、そうした障害とその克服のためにはどうすればよいのかについての著者の主張を見ていきたいと思います。

変革するMaking the Shift
・「リーダーが犯す最大の過ちの1つは、すぐに利益が得られるプラグアンドプレイ技術のようにAIを捉えてしまうことだ。」とし、さらに「リーダーは、AIに必要とされるものを狭く考えすぎてしまうことがある。最先端の技術と才能が確かに必要ではあるが、同様に、企業文化、構造、働き方を連携させることが、幅広いAIの適用をサポートするのには必要だ。」と述べています。そして、「AIをスケールアップするには、次の3つの変化が必要」としています。
細分化された仕事から分野を越えた協働へFrom siloed work to interdisciplinary collaboration
・「AIは、異なるスキルと視点を持つ機能横断型のチームによって開発される場合に、最も大きなインパクトを与える。ビジネスやオペレーションを担当する人々と分析の専門家が手を携えることで、単に狭い範囲の業務の課題だけでなく、幅広い組織の優先事項の解決に向けた取り組みが確実なものとなる。」
経験に基づくリーダー主導の意思決定から、データに基づく最前線での意思決定へFrom experience-based, leader-driven decision making to data-driven decision making at the front line
・「AIが広く適用されている場合、従業員は職階の上下を問わず自身の判断や直感を、アルゴリズムによる提案によって強化することで、人単独、機械単独で得られるものよりもよい答えを導くことができる。しかし、このような仕事の方法は、すべての階層の人々がアルゴリズムによる助言を信じ、意思決定における権限を与えられていると感じている必要がある――ということは、伝統的なトップダウンアプローチを放棄することを意味している。もし、従業員が行動を起こす際に上司に相談しなければならないとすれば、AIの使用を妨げてしまうことになる。」
固定的でリスク回避的なものから、機敏で、実験的、融通のきくものへFrom rigid and risk-averse to agile, experimental, and adaptable
・「組織は、実適用の前に、アイデアを十分に検討しなければならないとか、周辺機能も完備していなければならないといった考え方を捨てなければならない。AIアプリケーションが最初からすべての必要な機能を持っていることはほとんどない。試行から学習するという考え方により、発見の源として失敗を捉えることを促し、失敗の可能性を減らすのだ。」

成功の仕組みをつくるSetting Up for Success
・「従業員を巻き込み、うまくいくAIをスムーズに立ち上げるために、リーダーは早い段階からいくつかの注意を払わなければならない」

理由を説明するExplaining why
・「リーダーはすべての人を共通の目標の周りに集めるようなビジョンを準備しなければならない。なぜAIがビジネスに必要なのか、どうすれば新しいAI志向の文化に適応できるのかを労働者は理解しなければならない。とりわけ、AIが彼らの役割を減らしたりなくしたりするのではなく、強化するものであることをあらためて確認する必要がある。」
変化に対する個別の障害を予測するAnticipating unique barriers to change
・「障害の中には、労働者が時代遅れになってしまうというような組織内部で共通する恐れもある。しかし組織には、抵抗の原因となる個別特有の文化もある。例えば、・・・機械より顧客のことがよくわかっているというようなマネジャーのプライドや、・・・自分が管理する人の数がステータスの象徴になっている人がAIのもたらす権限委譲に反対する場合などだ。」「また、分野に細分化されたプロセスがAIの広範な採用の障害となることがある。例えば、予算を分野や部署に割り当てる組織では、アジャイルな組織横断的チームの形成に苦労することがある。」
技術と同じぐらいの(それ以上でないとしても)予算を統合と適用のために確保するBudgeting as much for integration and adoption as for technology (if not more)
・「著者らの調査によれば、拡大がうまくいった企業の約90%が、分析のための予算の半分以上を、ワークフローの修正、コミュニケーション、トレーニングといった、適用を促す活動に費やしていた。」
実行可能性、時間的投資、価値のバランスをとるBalancing feasibility, time investment, and value
・「AIによる不正検出など、人の介入を必要としない自動化プロセスは、数ヵ月で効果を得ることもできるが、AI支援カスタマーサービスのような人が含まれるプロジェクトではもっと長い時間がかかってしまいやすい。」

拡大のための組織をつくるOrganizing for Scale
・「AIと分析の機能を組織のどこに置くべきかについては議論がある。多くの場合、AIと分析の大部分を中央の『ハブ』に強化するか・・・ほとんどをビジネスユニット(『スポーク』)に分散して埋め込むか、・・・両方に分散させるハイブリッド(『ハブアンドスポーク』)にするかだ。」
ハブ
・「いくつかの責任はハブが持つことが好ましく、最高分析責任者や最高データ責任者によって率いられる。データの管理、採用とトレーニング戦略、サードパーティのプロバイダやAIサービス、ソフトウェアなどが対象となる。AIタレントの育成、AI専門家がベストプラクティスを共有するコミュニティづくり、組織全体でのAI開発のプロセス作成なども含む。」「ハブはAIのシステムと標準にも責任を持つべきだ。」
スポーク
・「いくつかの責任はAIシステムを使う人々に最も近いスポークが負うべきだ。エンドユーザーのトレーニング、ワークフローの再設計、インセンティブプログラム、パフォーマンス管理や影響の追跡などの業務だ。」
グレーの領域
・「AIに移行するための多くの仕事の責任はグレーの領域に分類される。AIプロジェクトの方向づけ、解決すべき問題の分析、アルゴリズム構築、ツールのデザイン、エンドユーザーとのテスト、変化の管理、支援のためのITインフラ構築などはハブとスポークのどちらでも可能だ。・・・組織のどちらが責任を持つかを決めるのは次の3つの要因による。」
AI
能力の成熟度The maturity of AI capabilities
・「企業がAI化の初期段階にある場合、分析のエグゼクティブ、データサイエンティスト、データエンジニア、ユーザーインターフェースデザイナー、分析結果を図示して解釈するビジュアリゼーションスペシャリストはハブに配置して、必要に応じてスポークに配置するようにする。」
ビジネスモデルの複雑さBusiness model complexity
・「ビジネス機能やライン、AIがサポートすべき地域の数が多くなるほど、AI専門家(データサイエンティストやデザイナー)の共同体を築く必要が増える。複雑なビジネスを行う企業はこの共同体をハブに設け、必要に応じて、ビジネスユニット、機能分野、地域に割り当てる。」
必要な技術的イノベーションのペースとレベルThe pace and level of technical innovation required
・「迅速なイノベーションが必要な場合、グレーの領域の機能と能力構築をハブに設置し、業界と技術変化をよりよくモニターし、競争を避けるために素早くAI資源を配置する。」
管理と実行Oversight and execution
・「AIの普及と分析の責任は組織ごとに異なるが、AIをスケールアップする組織には2つの共通点がある。」
ビジネス、IT、分析リーダーの連携の管理Governing coalition of business, IT, and analytics leaders
・「AIの完全な統合には時間がかかる。その管理のためのタスクフォースを作れば、どのように役割と責任が分割されていても、3つの機能の協力と、説明責任の分担が確実になる。」
任務に基づく実行チームAssignment-based execution teams
・「AIをスケールアップできる組織は、スポークに分野横断的なチームを設置している割合が2倍になっている。このようなチームは、多様な観点を集め、新たなAIを構築し、配置し、モニターする際に第一線のスタッフからのインプットを求める。」

すべての人を教育するEducating Everyone
・「AIの適用を確実にするためには、企業はトップ以下すべての人を教育する必要がある。この目的のため、いくつかの組織ではAIアカデミーを立ち上げている。」「アカデミーは様々だが、ほとんどは4種類の指導を行う。」
リーダーシップ
・「ほとんどのアカデミーは、上級エグゼクティブと事業部のリーダーが、AIの機能とAIのもたらす機会の特定と優先順位づけについての深い理解ができるよう努力している。」
分析Analytics
・「データサイエンティスト、エンジニア、設計者、データ分析や管理AIソリューションを行う他の従業員、のハード、ソフトスキルを定常的に磨くことを狙う。」
翻訳者Translator
・「翻訳者はビジネススタッフから派遣されることが多く、例えば、分析的アプローチをビジネスの問題やAIケースに適用する方法について基礎的な技術トレーニングを受ける必要がある。」
エンドユーザー
・「現場の労働者は、新しいAIツールについての一般的な紹介と、使い方のOJTとコーチングのみが必要。」

変化を強化するReinforcing the Change
・「ほとんどのAI変革は18~36ヶ月かかり、5年以上かかるものもある。その間、勢いを失わないように、リーダーは次の4つのことを行う必要がある。」
有言実行Walk the talk
・「ロールモデルは不可欠だ。まず最初にリーダーはアカデミーのトレーニングに参加してAIへのコミットメントを示すことができる。そして新しい働き方を積極的に奨励する必要がある。」「最も効果的なロールモデルは謙虚であることだ。」
責任をもつMake business accountable
・「分析は単にビジネス上の問題を解決するための手段なので、プロジェクトをリードし、その成功について責任を持つのはビジネスユニットだ。」「すべてのステークホルダーのプロジェクトに関するパフォーマンスの数値指標をまとめるスコアカードは、分析とビジネスチームの目標を一致させるよい方法だ。」
適用状況を追跡し促すTrack and facilitate adoption
・「AIを使って出した決断と、使わない決断の結果を比較すると、従業員にその使用を促すことができる。」
変化に対するインセンティブを与えるProvide incentives for change
・「承認は、長期にわたり従業員を鼓舞する。」「企業は、従業員へのインセンティブがAIの使用と本当に一致しているかをチェックする必要がある。」

AI
プログラムが失敗する原因
1,先進的分析を明確に理解していない。先進的分析と従来の分析がどう違うかを理解せずに、データサイエンティストやエンジニアなどのキープレーヤーを集めてしまう。
2,実行可能性、ビジネス上の価値、時間的展望を評価せず、最初の年の短期的利益と、長期的利益のバランスを考えずに始めてしまう。
3,わずかな事例以上の戦略を持たず、AIが業界にもたらす機会と脅威についての全体像を考慮せずにその場限りの方法でAIに挑む。
4,強力なAIプログラムが必要とするスキルセットとタスクの複雑さを理解していないため、カギとなる役割を明確に定義していない。
5,有望な使い方を明らかにし、ビジネスニーズと技術の専門家のコミュニケーションをとり、ユーザーの賛同を得ることによって、ビジネスと分析部門の橋渡しをする「通訳者」や専門家が欠けている。
6,分析とビジネスを切り離し、柔軟性なしに分析を集中化したりうまく調整されていないサイロに閉じ込めることによって、分析とビジネスの専門家が密に連携して働けなくしてしまう。
7、データの整理統合とクリーンアップを最も価値のあるケースに合わせるかわりに、全社的にデータのクリーニングに時間とお金を浪費してしまう。
8,ビジネスケースを特定せずにフル装備の分析プラットフォームを作り、必要かどうかもわからないデータレイクや不要な過去のシステムとの統合をしてしまう。
9、それぞれの活動に取り組むための明確な指標によるパフォーマンス管理の枠組みを持たずに、収益への定量的なインパクトを無視してしまう。
10、データ収集や使用、アルゴリズムのバイアス、その他のリスク、社会的法的結果について、可能性のある脆弱性を放置して、倫理的、社会的、規制上の影響を軽視してしまう。

結論
・「AI活用を大規模に進めることは好循環をもたらす。」「AIツールが組織全体に広がるにつれ、現場に最も近い人が、かつては上層部が行っていた決断を行うことがますます可能になり、組織の階層をフラット化する。その結果、協力とより大きな思考を促進する。」
・「AIの活用を組織全体で進めることに秀でた企業は、人と機械が協働することで人や機械単独の場合より優れた成果をあげるという大きな利点を持つことに気づくだろう。」
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AI
活用の大きな可能性については、様々なところで言われています。しかし、それが今までの仕事のやり方、意思決定のしかたの変革を迫り、そのためそれがAI導入の妨げになりうることは注意が必要でしょう。そうした点のしっかりとしたマネジメントができなければ有効なAIの導入は難しいのかもしれません。

実はこうした導入の難しさはAIに限らず、技術開発の様々な場面で経験することがあります。AIの場合、その活用の効果が人間の意思決定の場面で強く現れてくる点が特徴的であり、そのため、技術の適用や普及における課題がより浮き彫りになっているところがあると思います。そう考えると著者の指摘は、技術で何かを変えようとするあらゆる技術者にとって、貴重な考える材料を提供してくれているのではないでしょうか。AIに限らず、新技術を有効に活用できるかどうかは企業にとって重要です。AI技術がどう世の中を変えるかとともに、どうやって世の中に受け入れられていくのかにも注目していくべきなのかもしれません。


文献1: Tim Fountaine, Brian McCarthy, Tamim Saleh, “”, Harvard Business Review, July-August, 2019, p.62.
https://hbr.org/2019/07/building-the-ai-powered-organization


研究開発マネジメントノートIV第3回:1.1.3)研究開発やイノベーションに関する様々な考え方

「研究開発マネジメントの知識と不確実性に基づく研究マネジメント」

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと
1.1
、研究開発とは? 1)研究開発とは?:シンプルな理解
2)研究開発とは何かを考える第2回

3)
研究とイノベーションをめぐる様々な考え方
前回(第2回)では、研究開発を、「新しい」ことを扱い、「情報」を得ようとする活動と捉えることを提案しました。このような捉え方は実は古くからあり、例えば、今野浩一郎氏は「研究開発マネジメント入門」という本で、「『研究開発』という言葉から、何をイメージしますか。ここでは『技術の開発を行う企業の活動』といった意味で使っていますが、それがカバーする範囲は、われわれが普段考えている以上に広いのです。ノーベル賞の対象になるような、大学や公的研究機関で行われている学術的な活動は当然のことですが、新しい製品を開発したり、既存の製品や機械を改善したりする、企業の中で普通に見られる活動も研究開発に含まれます。また研究開発というと自然科学や工学の分野をすぐに思い浮かべると思いますが、経済や法律等の社会科学までも対象分野に含まれます。しかし、本書が扱っている範囲は自然科学や工学の分野なので、それに合わせて研究開発を抽象的に定義すると『自然現象についての新しい知識を得るための、あるいは、既存の知識の新しい活用を創造するための活動』ということになるでしょう。[文献1、p.16]」と述べています。こうした考え方を拡張し、「新しい」こと、「情報」を得ることを特に強調したのが、前回提案した考え方、ということになります。

これに対して、最近は「イノベーション」という言葉が多用されています。前回も述べたとおり、本シリーズでは、「研究開発」と「イノベーション」は厳密に区別せず議論をしていきたいと思いますが、世間で「イノベーション」という言葉がどう認識されているかを知っておくことは、研究開発やイノベーションの本質を考える上でも、また、いろいろな人と議論をする上でも有意義なことと考えます。そこで、今回は「イノベーション」に関する様々な考え方を見ておきたいと思います。

イノベーションとは何か
イノベーションという言葉によい和訳語がないことは、近年広く認識されるようになってきたと思います。例えば、青島矢一氏は次のように述べています。「イノベーションとは、一般に『何か新しいものを取り入れる、既存のものを変える』という意味をもっている。・・・日本では今でもイノベーションを『技術革新』と訳すことが多い。もともとは・・・1956年度の『経済白書』の中で、技術革新(イノベーション)として訳語をあてたことが始まりである。『技術』という言葉が入っているため、イノベーションというと技術のことだけを指しているかのように誤解されがちであるが、・・・本来の意味はもっと広く、技術の革新に限定されるものではない。・・・とはいえ、一人歩きした訳語が、イノベーションの意味を矮小化してきたことは否めない。[文献2、p.1-2]」イノベーションと技術を結びつけてしまう発想は特に技術者にありがちでもありますので、技術革新という訳語はやはり誤解を招きやすいと思います。そこで、本シリーズでもイノベーションには訳語を当てず、カタカナのままとして、以下、イノベーションとは何かの議論を進めたいと思います。

イノベーションに関するSchumpeterの考え方
「イノベーション」と言えば、まず引用されるのはSchumpeterです。Schumpeterの考え方を議論の出発点にした議論もよく見かけますので、まずは、それがどのようなものかを見ておきたいと思います。
・宮本又郎氏は次のように述べています。「経済活動における企業家の決定的な役割を主張したのはJ・A・シュンペーターであった。体制としての資本主義と社会主義の優劣が盛んに論じられていた1940年代に、シュンペーターは、資本主義の歴史において、人口の増加とか資本の供給の増大といった生産要素の増加がないときでもなぜ経済は停滞しなかったのか、また競争があるにもかかわらずなぜ利潤が消滅しなかったのであろうかと問い、それは『企業家』によって生産要素の結合の仕方が変えられ(『新結合』と呼ぶ)てきたからであった。シュンペーターはこのような行為を『革新』(イノベーション)、『創造的破壊』(クリエイティブ・ディストラクション)と名付け、それを5つに分類した。すなわち、①新製品あるいは新品質製品の生産、②新生産方法の導入、③新市場の開拓、④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、⑤新しい組織の実現、である。シュンペーターはこのような『革新』を遂行する『企業家』は、そのことによって創業者利潤を手にすることができるとした。この利潤は革新が模倣されるにつれ、消滅することになるが、こうした革新が不断に連続する限り、利潤は存在し、資本主義経済は発展することが可能となる。[文献3、p.5]」
・岡崎哲二氏は次のように述べています。「シュンペーターは20世紀初めに刊行された書物『経済発展の理論』(邦訳、1977年)において、経済に関する新しい見方を提起した。・・・『経済発展の理論』において、内生的な経済発展の機動力と位置づけられたのが、『企業者』による『新結合』の遂行であった。『新結合』というのは、財や生産要素の組み合わせの仕方を変更することであり、企業組織やマーケティングの変更を含む広い意味でのイノベーション(革新)を指している。イノベーションは、それに成功した企業の費用を低下させて、他の企業によって模倣されるまでの期間、とくに大きな利潤を、イノベーションを実現した企業に与える。そしてその利潤がイノベーションの誘因となるとともに、利潤から支払われる利子が銀行信用によるイノベーション活動の金融を可能にする。このようなイノベーションと模倣の繰り返しを通じて経済が発展していくというのが、『経済発展の理論』においてシュンペーターが提起した資本主義経済に関する新しい見方である。[文献3、p.26-27]」
・丹羽清氏はSchumpeterの次の言葉を引用しています。「経済活動の慣行軌道の変更、すなわち、非連続的変化が経済を発展させ[文献4、上p.171-180(文献5、p.112による)]」、「非連続変化は新結合の遂行によって起き[文献4、上p.180-184(文献5、p.113による)]」、「新結合が新しい軌道を確立していく過程を『創造的破壊』[文献6、上p.130(文献5、p.113による]と呼ぶ。
・一方、Schumpeterはイノベーションの担い手について、時代とともに意見を変えています。伊神満氏によれば、次のとおりです。「1912年の『経済発展の理論』の中では主に『起業家』による、・・・5種類の『発展』あるいは『新結合』・・・が全面に出ている。したがって、ヨーロッパ時代のシュンペーターは新興企業の役割を重視していた、とされる。イノベーション研究者の間ではシュンペーター『マークI』・・・と呼ばれている立場だ。・・・アメリカに渡ってから1942年に英語版が刊行された『資本主義・社会主義・民主主義』・・・の第二部『資本主義は存続しうるか?』の後半になると、・・・研究所を備えた大企業の組織力・研究開発能力への高い評価が述べられている一方、ゆくゆくは起業家が活躍する余地はなくなっていくのではないか、という展望が語られる。・・・『大企業の研究開発能力』を強調する後者の仮説は、シュンペーター『マークII』と呼ばれている。・・・シュンペーターの足跡をたどると、新参企業と既存企業のどちらの能力をより高く評価したらいいのかについて、彼にも多少の揺らぎが見られるのである。[文献7、p.118-119]」

Schumpeter
の考え方に対する評価
DruckerSchumpeterの意見を支持し、「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすことであり、それを行なう企業家の責務はSchumpeterが明らかにしたように『創造的破壊』である」[文献8、p.26-29(文献5、p.116による)]。「企業の基本機能は、マーケティング(財やサービスを市場で売ること)とイノベーション(より優れた、より経済的な財やサービスを作ること)の2つだけである」[文献9、p.37,39(文献5、p.8による)]と言っているということです。
・以上のSchumpeterの考え方の解釈については、伊丹敬之氏は次のように述べています。「イノベーションの世界で一番有名な大先生にシュンペーター先生という人がいるんだけど、その人がイノベーションとは『新結合』だ、と言ったんだよ。・・・それはその通りなんだけど、でも、何でも二つくっつけりゃイノベーションか、とも言いたくなる。シュンペーター大先生は、『イノベーションというのはそういうことで起きて行きます』というプロセスの一部を言ったんだけど、その一部だけを取り出して『新結合』だから、これをイノベーションって、つい言う人が出てきちゃう。[文献10、p.36]」
・また、「新結合」という考え方について、入山章栄氏は次のように述べています。「イノベーションとは言うまでもなく、新しい知を生み出すことである。そしてシュンペーターによると、「新しい知とは常に、『既存の知』と別の『既存の知』の、『新しい組み合わせ』で生まれる」のだ。言われてみれば、これは当たり前のことだ。人間はゼロからは何も生み出せない。新しい知は、いままでつながっていなかった知と知が、新しくつながって生まれるのだ。・・・しかし、知の探索だけではビジネスにならない。・・・すなわち、一度組み合わされた既存の知を何度も活用すること(知の深化)で、初めて『ただの新しいアイデア』から、収益性のあるビジネスとなり、イノベーションとなるのである。[文献11]
Schumpeterは、イノベーションと経済発展の関係やイノベーション自体について、重要な指摘をしてくれているのは間違いないと思いますが、そのポイントを挙げるならば、「新結合」、「創造的破壊」(イノベーションには破壊が伴うという意味も含む)、「非連続的変化」ということになるのではないでしょうか。ただし、実践の立場からすれば、過度にSchumpeterの考え方に縛られる必要はないと思います。例えば、新結合だけがイノベーションの源泉ではないかもしれません。私の実務経験からしても新たな発見や発想が飛躍をもたらして「非連続的変化」が起きる場合もあるように思います。Schumpeterの示唆する3つのポイントは、多くの場合に当てはまるイノベーションの基本的概念として認識しておけばよいように思います。

イノベーションに関するその他の考え方
イノベーションとは何かについてのその他の考え方もご紹介しておきたいと思います。
・玉田俊平太氏は次のように述べています。「現在、多くの学者の議論により、①アイディアが新しい(=発明)だけでなく、②それが広く社会に広く受け入れられる(=商業的に成功する)、という二つの条件が揃って初めてイノベーションと呼び得る、というのが定説となっている[文献12、p.41]」。
・また丹羽清氏は「激しい競争に勝ち、社会や顧客に貢献して生き続けるためには企業は何をすべきか、それは、他社にはまねのできない、従来とはまったく異なる新しい価値を生み出す製品やサービス、そして事業を提供することだ。これをイノベーション(革新)という。」[文献5、p.111]と述べています。
CrainerDearloveは次のように述べています。「イノベーションとは、物事を変えるための新たな方法を見つけることなのだ。『新たな価値を創造する』と言い換えてもいい。このことがいつの時代にもまして今日、重要になったのは、わたしたち消費者が常にモノやサービスに新たな価値を要求するようになったからである。[文献13、p.11]」
Anthonyは「ファーストマイル」で、「本書では、何らかの価値、特に、従来とは異なる方法で価値を生み出すことを『イノベーション』と呼ぶ。[文献14、p.12]」としています。

イノベーションの持つ性質についての考え方
以上は、イノベーションはこのように定義できる、とか、このようなものをイノベーションと考える、という考え方の例でした。しかし、実践的には、イノベーションを厳密に定義しなくとも、イノベーションにはこのようにして起こるとか、このような性質がある、だから、このようなアプローチで進めれば良い、というような発想の基礎になる考え方も有用と思われます。以下、そうした考え方の中で汎用性の高そうなものを挙げておきたいと思います。
・青島矢一氏は、イノベーションの4つの特質として、次の4点を挙げています。[文献2、p.10-15
1、知識の営み-「イノベーションの最も大きな特質は、それが知識という無形の財を創造する活動の結果だという点である。」(「知識は、他者による同時使用を排除できない・・・契約による取引にのりにくい・・・累積性という性質をもつ」)。
2、不確実性-「その実現過程に常に高い不確実性がともなうこと」(「事前に綿密に計画され、周到に準備できるようなものではない」「不確実性がもたらす第1の問題は、イノベーションの創出に挑戦しようとする動機の欠如である。」
3、社会性-「社会の制度、歴史、文化といった要因がイノベーションの創出を理解するうえで重要」
4、システム性-「さまざまな種類の技術、知識、仕組みが組み合わさって全体として機能しなければ、イノベーションは実現しない。」
・一方、どうやってイノベーションが起こるかについては、上述の新結合に関連してご紹介した、知の探索と深化の考え方があります。入山章栄氏は次のように述べています。「世界の経営学で最も研究されているイノベーション理論の基礎は『Ambidexterity』という概念にあるといって間違いありません。・・・イノベーションの源泉の一つは『既存の知と、別の既存の知の、新しい組み合わせ』にあります。・・・常にいまある知と、それまでつながっていなかった別の既存の知が新しくつながることで、新しい知が生まれるのです。・・・企業・人は様々な知の組み合わせを試せたほうがいいですから、常に『知の範囲』を広げることが望まれます。これを世界の経営学では『Exploration』といいます。・・・『知の探索』と呼びましょう。一方、そのような活動を通じて生み出された知からは、当然ながら収益を生み出すことが求められます。そのために企業は一定分野の知を継続して『深める』ことも必要です。これを『Exploitation(知の深化)』と呼びます。この知の探索と深化をバランスよく進めていうことを両利き(Ambidexterity)というのです。[文献15、p.74-76]」「ところが現実には、企業組織はどうしても『知の深化』に偏り、『知の探索』を怠りがちになる傾向が本質として備わっています。・・・いま業績のあがっている分野の知を『深化』させることのほうがはるかに効率がいいからです。・・・この企業の知の深化への傾斜は、短期的な効率性という意味ではいいのですが、結果として知の範囲が狭まり、企業の中長期的なイノベーションが停滞するのです。これを『コンピテンシー・トラップ』と呼びます。[文献15、p.76-77]」なお、このExploitationは、「知の活用」と呼ぶ人もいるようです。業界や取り組む課題によっては、「活用」の方が実態に即している場合もあるかもしれません。

イノベーションとは何かを明確にすることは、イノベーションの実践にとって必須のことではないかもしれません。特に、不確実性が高く、論理的に戦略を立てることが難しい場合においては演繹的な思考が通用せず、イノベーションとは何かということなどを意識せず、改善を積み重ねた結果としてイノベーションが得られることもあるかもしれません。しかし、イノベーションとはどんなものかについての大局的な理解はイノベーションの様々な局面で活用できるのではないかと思いますがいかがでしょうか。


文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞社、1993.
文献2:一橋大学イノベーション研究センター編、「イノベーション・マネジメント入門 第2版」、日本経済新聞出版社、2017.本ブログ紹介記事
文献3:宮本又郎、加護野忠男/企業家研究フォーラム編、「企業家学のすすめ」、有斐閣、2014.
文献4:Schumpeter, J.A., 1926、塩野谷祐一、中山伊知郎、東畑精一訳、「経済発展の理論」岩波書店、1977.
文献5:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献6:Schumpeter, J.A., 1950、中山伊知郎、東畑精一訳、「資本主義・社会主義・民主主義」東洋経済新報社、1995.
文献7:伊神満、「イノベーターのジレンマの経済学的解明」、日経BP社、2018.本ブログ紹介記事
文献8:Drucker, P.F., 1985、上田惇生訳、「(新訳)イノベーションと企業家精神」、ダイヤモンド社、1997.
文献9:Drucker, P.F., 1954、上田惇生訳、「(新訳)現代の経営」、ダイヤモンド社、1996.
文献10:伊丹敬之、「先生、イノベーションって何ですか?」、PHP研究所、2015.本ブログ紹介記事
文献11:入山章栄、「世界標準の経営理論 第14回『両利き』を目指すことこそ、イノベーションの本質である」、Diamond Harvard Business Review, Nov. 2015, p.124. .本ブログ紹介記事
文献12:玉田俊平太、「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」、翔泳社、2015.本ブログ紹介記事
文献13:Stuart Crainer, Des Dearlove, 2014、スチュアート・クレイナー、デス・ディアラブ著、関美和訳、「Thinkers50 イノベーション 創造的破壊と競争によって新たな価値を生む営み 最高の知性に学ぶ実践的イノベーション論」、プレジデント社、2014. 本ブログ紹介記事
文献14:Scott D. Anthony, 2014、スコット・D・アンソニー著、川又政治訳、津嶋辰郎、津田真吾、山田竜也監修、「ザ・ファーストマイル」、翔泳社、2014. 本ブログ紹介記事
文献15:入山章栄、「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」、日経BP2015.ブログ紹介記事


「科学立国の危機」(豊田長康著)より

世界における日本企業のプレゼンスが過去に比べて低下しているという意見をよく耳にしますが実際はどうなのでしょうか。日本のモノづくり技術はまだまだ優位であるという意見もありますし、逆に、日本の科学技術そのものが停滞(低下)しているという意見もあるようです。本ブログでも2011年に簡単なデータに基づいて「論文から見た各国の科学力比較」をしてみたことがありますが、そこでは日本の論文数シェアの減少とともに、被引用シェアが低下しているのが気になる、というようなことを指摘させていただきました。

その後はどうなのか、こうした変化の原因は何で、社会にどんな影響があるのかなど、興味深い点も多いと思いますので、今回はより多くのデータに基づいて日本の研究力を分析した、豊田長康著「科学立国の危機 失速する日本の研究力」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、「日本の論文数が、世界諸国に比べ極端に低迷している特異な状況にある[p.14]」と分析し、「日本の研究力が惨憺たる状況に至った原因は何なのかをデータに基づいて明らかにし、そして、日本が再び学術の分野で競争力を取り戻すためには、どうすればいいのかを提案することが本書の目的です。[p.15]」としています。以下、興味深く感じた点を中心に内容をまとめさせていただきたいと思います。

序章、失速する日本の科学研究力
・論文数:「主な国々の学術論文数(人口百万人あたり)の移り変わり」を見ると、「多くの国では右上がりで論文数が増えています。しかし、日本は2000年を過ぎた頃から停滞~減少し、他の国に大きく差をつけられてしまいました。韓国にも2倍近く引き離されています。[p.14]」
・「著者が特に分析してきたのは、論文数の減少です。その理由の一つは、論文数が『大学の研究教育力』を鋭敏に反映する指標であるからです。[p.17]」

第1章、学術論文数は経済成長の原動力
・人口あたり論文数と人口あたりGDPにはよい相関がある。[p.25]「論文数が多い国ほど労働生産性も高い・・・日本は先進国の中では低い[p.26]」
・「政府支出研究費が多かった国ほど、その後のGDPが大きく上がりやす[p.33]」い。「つまり、先行研究での『イノベ→GDP』という因果関係を支持する結果です。[p.33]」「大学の研究費、論文数、企業研究費、特許件数など、研究やイノベーションに関連する指標は、すべて、その後のGDPとの相関がしばらく維持されるか右上がりのカーブとなります。[p.38-39]」
・「政府が大学の研究費の交付を増やした国では、それに数年遅れて論文数も増えている。[p.44]」
・「大企業研究費は中小企業研究費や政府支出大学研究費よりも多額(特に日本では大企業研究費が圧倒的に多く、政府支出大学研究費の約10倍以上)であるにもかかわらず、その国全体のGDPに与える効果は、金額に期待されるほど大きくなく、イノベーションの『広がり』を反映する政府支出大学研究費や中小企業研究費の方が大きい[p.94]」。「日本は、ヨーロッパ先進国に比較して大企業研究費や特許出願数は一流ですが、イノベーションの『量』とともに『広がり』を反映する中小企業研究費、政府支出大学研究費、および論文数は三流です。今後、日本が重点的に強化するべきイノベーション・システムは、『集中』ではなく『広がり』であり、大学と中小企業であると考えます。[p.95]」

第2章、日本の科学研究力が危ない――ノーベル賞ゼロ時代の危機
・「2015年・・・タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)社の世界大学ランキングが発表され、上位200位に入った日本の大学が東大と京大の2校だけになったことが、関係者に大きな衝撃を与えました。[p.98]」「世界の大学を格付けするランキングはいくつかありますが、最も有名かつ影響力を持っているのがTHE社の世界大学ランキングです。[p.99]」「THE世界大学ランキングでは、教育、研究、論文被引用数、産業界からの収入、国際性の5分野に分類される13の基準で評価されます。[p.101]」「中でも『論文被引用数』の指標は単独で30%の重みがあり、ランキングに最も大きな影響を与えます。[p.102]」「被引用数の点数の低さが、日本の大学のランキングの大きなマイナス要因となっています。[p.108]」
・「調整した1論文あたりの被引用数をウェブ・オブ・サイエンスのデータベースでは、category normalized citation impact (CNCI)・・・と呼んでいます。[p.122]」
・「世界大学ランキングで500位からぼろぼろとこぼれ落ちる日本の大学ですが、その理由の一つは、世界と戦える中堅の大学が少なすぎることにあります。[p.137]」「日本の大学の格差の傾斜は、世界の先進国中でダントツに激しいのです。[p.138]」
・日本は論文数では5位[p.140]だが、「人口1人あたり論文数で日本は低迷[p.140]」(38位[p.143])。被引用インパクトでは78位[p.150]。「どの論文数のデータを分析しても、とても科学技術創造立国とは言えません。まさに惨憺たる状況なのです。[p.154]」

第3章、論文数はカネ次第――なぜ日本の論文数は減っているのか
・「OECDでは以前から研究時間を考慮した研究者の数をデータとして載せてきました。それが『フルタイム相当研究者数(Full-time equivalent: FTE)と呼ばれる指標です。[p.178]』
・「多くの国で大学の研究従事者数(FTE)が増えているのに対して、日本は減少~停滞して他国との差が大きくなり、そのために論文数が減少~停滞して、研究国際競争力が低下した、と考えられます。[p.184-186]」
・「OECD諸国における研究従事者数、研究費および研究資金源の検討から、多くの先進国において論文数が増えたメカニズムは、『政府からの大学研究資金研究人件費研究従事者数(FTE論文数』であることがわかりました。そして、日本は政府が支出する大学研究資金が先進国で最低であり、しかも、諸外国が増やしたのに対して日本は増やさなかったので、その結果、研究人件費も増えず、FTE研究従事者数も増えず、諸外国との差が開いてしまったと結論されます。[p.220-221]」「研究費以外においても、日本人のおカネの使い方は、モノに重点が置かれ、ヒトが軽視されてきた面があると思います。[p.221-223]」
・「学士課程修了者数とGDPの間には、統計学的に信頼のおける相関は認められませんでしたが、博士課程修了者数とGDPの間には、・・・統計学的に信頼のおける相関が認められました。・・・博士課程修了者数は論文数とも相関し、・・・論文数もGDPと相関します。・・・博士課程修了者数とGDPとの相関は、論文数を介した相関である可能性が高いのです。[p.226-228]」

第4章、政府の科学研究政策はどうあるべきか
・「日本の研究力の低下の原因として、1,研究従事者数(FTE)が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。2,大学への公的研究資金が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。3,博士課程学生数が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。などをあげました。・・・それには、日本政府の大学に対する財政政策が大きく関係しています。[p.238]」
・「国公立大学と公的研究機関の論文数が2004~05年を境にして停滞~減少し、一方私立大学では停滞~増加を示しており、公的研究機関と私立大学とで論文数の動きが違います。・・・この頃に起こった国立大学をめぐる大きな出来事は2004年の法人化です。[p.245]」
・「法人化前後からの国立大学への財政政策の潮流は、『バラマキ』である基盤的な運営費交付金の削減、②競争力ある大学への『選択と集中』の2つであったと考えられます。[p.256]」
・「運営費交付金が削減された場合、国立大学、特に中小規模大学では人件費を運営費交付金に大きく依存していることから、人件費つまりヒトを減らさざるをえません。実際多くの中小規模国立大学で、計画的に教員数を削減することがなされました。[p.274]」
GEのウェルチが提唱した、「世界でナンバー1かナンバー2を確保できる得意分野の事業(コア事業)のみを残し、それ以外の事業(ノンコア事業)はたとえ黒字がでて出ていても売却・廃止するという・・・『コア事業集中型』の『選択と集中』は一世を風靡した経営用語でしたが、シャープが液晶事業への『選択と集中』で経営破綻した失敗事例などから、最近ではすっかり色あせてしまった感じを受けます。[p.298]」「イノベーションにおいても、多様な研究の種を蒔いておいて、将来有望と思われる芽が出てきた時に、目利きをして集中的に研究開発資金を投入すること・・・を、本書では『プロモーション型』の『選択と集中』と呼ぶことにします。[p.299-300]」「『選択と集中(メリハリ)』は、やれば必ず成功するというものではなくも両刃の剣であり、陥りやすいたくさんの罠が隠されています。[p.303]」例えば、「収穫逓減が生じている事業に資源を集中投下すると、投入した金額のわりに成果が上がらないことになります。[p.305]」「生産性が高い事業を縮小・廃止すると、損失は非常に大きくなります。[p.306]」「有望な芽が出てきた時に、その芽を選択して事業化のために集中投資すること、つまり『プロモーション型』の『選択と集中』は理にかなっています。しかし、大学を『選択と集中』することは、多様性の確保という大学の非常に重要な役割を縮小することになり、イノベーションの創出にはマイナスになります。[p.318]」また、プロモーション型も「目利きを誤れば、大きな損失につながります。[p.320]」

第5章、すべては研究従事者数(FTE)に帰着する
・「世界大学ランキングではCNCIは非常に重要な指標ですが、GDPについては、CNCIも通常の論文数も明確な差はありません。ただし、ここでの論文数は、あくまでも、ウェブ・オブ・サイエンスという文献データベースに収録された論文数であり、これは、一定の質を保っていると評価がなされた学術誌に掲載された論文を意味し、論文ならどのような質の論文でもいいというわけではありません。つまり、良い研究環境の中で世界に認められる完成度の高い論文を産生していれば、その中からヒット論文も生まれてくるし、GDPにも貢献するということであろうと考えます。[p.358]」
・「産学連携をさかんにするためには、まず研究従事者数を増やして研究の規模を大きくし、人的・時間的研究環境を良くすることが最も基本的な要件であると考えます。研究資金を確保できる企業ならば、研究体制が整い、質の高い研究を生むことのできる大学に対しては、おのずから対価を支払って、共同研究を申し込むはずです。教育やその他の業務に忙しくて十分な研究時間をとれない研究者には、企業も研究費を出す気になれませんね。国は財政難から、大学や研究所の研究従事者数を減らしつつ、国費に頼らずにもっと企業からたくさんお金をもらえ、という姿勢ですが、それは現実的には困難です。[p.367]」

第6章、科学技術立国再生の設計図――イノベーション・エコシステムの展開
・「相対貧困率とGDPは逆相関をします。イスラエル、米国、日本は先進国の中で、最も貧困率の高い国になっています。2014年のOECDの報告では、収入格差が経済成長を阻害することが示されており、適切な格差の是正は経済成長を阻害することはないとされています。・・・このようなOECDの報告から、『富』そのものにおいても、その『量』だけではなく『広がり』がGDPの成長にとって重要であることが示唆されます。そして、このような『広がり』をコントロールできるのは『公』しかありませんね。大学は『イノベーション』と『富』について、その『研究教育力』によって『量』と『広がり』の両方に貢献できる『公』のシステム(私学も含めて)であると考えます。[p.423-424]」
・「近年のドイツは、学術論文数を増やし、論文の質を高め、また、産学連携も目覚ましいものがあります。[p.436]」「ドイツは研究力を高めるために、政府資金でもって研究従事者を増やし、それとバランス良く研究活動費、研究施設費、研究設備費を増やしました。・・・研究においては『ヒト』が資本であることをよく理解しています。[p.443]」
・「評価制度の導入にあたっては、まず、どのような事柄についての生産性向上を目指しているのか、被評価者にどのような行動変容が期待され、その結果、その生産性向上がどの程度高まることが期待されるのか、明確にする必要があります。生産性の向上は、・・・必ず収穫逓減が起こります。評価を厳しくしたからといって、それに比例して生産性が高まるわけではないのです。評価制度によって生産性が高まる余地(限界成長余地)を常に考える必要があります。なまけている人には、評価によって生産性が高まる余地がありますが、すでに寝食を惜しんで働いている人の生産性向上余地は、ほとんどありません。評価に多大の労力とおカネを費やして、ほんのわずかしか生産性が向上しないという、きわめて非生産的な評価制度が自己目的化して、延々と続けられるということになりかねません。[p.462-463]」

終章、研究力は地域再生の切り札となる
・「欧米やアジア先進国と研究競争力で戦うためには、日本の公的研究機関の研究資金と研究従事者数を1.5~2倍に増やして、人的・資金的研究環境を格段に良くすることが基盤であることを、さまざまなデータ分析からお示ししました。そして、教育資金と研究資金は分けて考えるべきであり、18歳人口の減少により大学の教育の規模は縮小せざるを得ないかもしれませんが、研究は、海外諸国との競争力を維持できるかどうかで規模を決めるべきであると考えます。・・・公的研究資金や研究従事者数が海外先進国に比べて遜色ないというような間違った情報ではなく、1.5~2倍の開きがあるという実態をご理解いただいた上で、国民に決めていただきたいと思います。[p.512]」
・「データに基づいた政策立案により、日本の人口や富に見合った、人口が減少した時は減少した人口に見合った『ヒト』への投資を増やしつつ、イノベーションの『広がり』を推進するイノベーション・エコシステムを日本全国津々浦々で展開し、地域で進行しつつある人口減少社会を成長社会に化けさせることが、いま日本が取り組まねばならない喫緊の課題であると考えます。[p.528-529]」
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過去の日本は確かに科学技術先進国だったといえるかもしれませんが、著者の分析を見ると、その地位から転げ落ちそうになっているのではないか、という気がします。企業経営においても過去の栄光を維持できないケースは多々あります。どうしたら衰退を防げるのか。まずはデータに基づいて現状を正しく認識し、過去の施策に間違いがあればそれを修正していくことが第一歩なのではないかと思います。

その上でよりよい対策をとるべきでしょう。例えば、選択と集中に関しては、それによって独占的な地位を築けるかどうかがビジネスにおいては重要な観点でしょう。では、大学での研究において独占が重要なのでしょうか。今の成果主義の在り方も然り。企業におけるマネジメントの知見には大学でも生かせることが多いでしょうし、逆に本書に述べられた公的研究機関における知見も企業に生かせるのではないかと思います。

1990年代以降の日本の停滞については様々な見方があると思いますし、論文数がどういうメカニズムでGDPの増大に寄与しているかなど、より深く知りたいと感じたところもありますが、本書の分析は貴重な視点を与えてくれているような気がします。企業の観点からすると、「日本の」という視点にこだわる必要はない、という考え方もあるかもしれませんが、どんなにグローバル化が進んだとしても研究のマネジメントをうまく行うことの重要性は変わらないと思います。過去の日本の発展には教育の充実が大きな寄与をしていたかもしれませんが、これからの成熟の時代にあっては、教育+研究が発展に不可欠ということなのかもしれません。


文献1:豊田長康、「科学立国の危機 失速する日本の研究力」、東洋経済新報社、2019.


「世界を動かすイノベーターの条件」(シリング著)より

イノベーションはやり方さえ工夫すれば誰にでもできるものなのか。それともイノベーターと呼ばれる特異な才能を持った個人の働きが重要なのか。この問題は研究のマネジメントを考える上で非常に重要な論点ですが、残念ながらその答えを出すことは簡単ではなさそうです。ただし、天才的な人物が大きな役割を果たしたイノベーションがあることは確かだと思いますし、特に科学的な業績にあっては、個人の寄与が重要な意味を持つ例も多いのではないかと思います。では、そういう天才的なイノベーターから何が学べるのでしょうか。

そのヒントを求めて今回は、大きなイノベーションを数多く達成したとされる8名のイノベーターの分析に基づいてどういう条件がイノベーションに重要だったかを議論した、メリッサ・A・シリング著「世界を動かすイノベーターの条件」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、分析結果の考察のみならず我々にもできることの提案もしてくれていますので、以下、その内容を見ていきましょう。

序文、人に素晴らしいイノベーションを生み出させるものは何なのか?
・著者は、「何が先駆的なイノベーターを生み出すのかを見つけるためには、例外的なイノベーターだけの少数のサンプルを対象に、複数ケーススタディと呼ばれる手法を使って研究を進めるべきであることに気づいた。[p.13]」とし、「イノベーションの生産性と影響力に関して統計的に外れ値にあるごく少数の人々」と「私たち一般人」とを比較し、「共通点と差異を見つけ」る研究を進めています。
・研究の対象となったイノベーターは、「『複数の』イノベーションと広く結びついた人々[p.16]」である、「マリー・キュリー、トマス・エジソン、アルバート・アインシュタイン、ベンジャミン・フランクリン、スティーブ・ジョブズ、ディーン・ケーメン、イーロン・マスク、ニコラ・テスラ[p.17]」です。そして、「画期的イノベーションを次々と生み出す例外的な人々には大変強い共通性があり、それが彼らを似通わせると同時に、型にはまらない風変わりな存在にしている。こうした人々を研究し、創造性とイノベーションに関する既存の調査と併せ見ると、優れたイノベーションをいくつも生み出すように導くある種の個性のメカニズムを理解しやすくなる。[p.21]」と述べています。

第1章、孤立意識A Sense of “Separateness”
・「画期的なイノベーションを次々と生み出した人の多くに共通して見られるものに、自分は世人とは違っており、人とは切り離された存在だという『孤立意識』がある。それが表面にでると、社交への無関心、ルールや規範の拒絶、家族と疎遠になることなどが見られる。・・・その良い例がアルバート・アインシュタインで、彼は孤立意識を行動に現しただけでなく、それについて書き残し、孤立意識が創造的な思想家の能力にどれほど影響を及ぼしたかを様々な機会に回想している。アインシュタインが人類に温かい愛情を注いだことはよく知られているが、直接の人づきあいでは冷淡で、無関心な態度をとることが少なくなかった。[p.25]」
・「イノベーターに見られる孤立意識は引っ込み思案から来るものではなく、むしろ周囲の社会に帰属していないか、あるいはその一部ではないと感じていることを反映している。[p.41]」
・「先駆的イノベーターの自由な思考を発達させるうえで、孤立がスケールの大きい並外れたアイデアを生み出す助けとなる。何にも帰属しなければ、集団内に合意を促し、協力を奨励する規範の圧力を和らげられる。・・・孤立することによって社会通念に影響される度合いは少なくなるし、集団が共有する考え方に自分のアイデアを汚染されることもなくなる。・・・常識を無視し、因襲に逆らう姿勢は、その人の個性の重要な要素になる。こうした力学が画期的なイノベーションを次々と生み出した人々の人生に明瞭に見てとれる。[p.43-44]」
・「孤独な時間は孤立意識を生む原因でもあるし、結果でもある。・・・孤独な時間は創造性には有益で、関心を抱いたものについて思索し追求する時間を提供してくれる。[p.49]」
・「孤立が創造に有益であることは、心理学者が行ったブレインストーミングの研究によって裏付けられる。この発想法は半世紀ほど前に、考案者のアレックス・オズボーンが『想像力を伸ばす方法』で、「平均的な人でもひとりで考えるより集団で考えるほうが、アイデアを2倍多く発想できる」と唱えて以来、ビジネススクールで広く取り入れられてきた。・・・ところがのちに実験室で行われた研究ではオズボーンの見解と逆の結果が出た。集団でアイデアを考えたほうが、ひとりで考えたときより生まれるアイデアが少なく、しかも斬新さに欠けるというのである。[p.52]」「研究結果をまとめると、ブレインストーミングがグループの創造性を低下させるのは、人のアイデアを聞いているあいだに自分のアイデアを忘れてしまったり、斬新なアイデアが浮かんでも人にどう評価されるか心配で発表するのをためらったりするからであることがわかる。[p.54]」
・「グループで話し合った最善のアイデアを決める方法をとると、平均的なアイデアと比べて独創性が低くて実現性が高いものを選ぶ[p.55]」。
・「イノベーターの孤立意識はまた、規則を無視したり、習慣に反発したりする傾向を生む。[p.56]」「先駆的なイノベーターがもつ非同調性は、ときに自分にはルールが適用されないという態度に現れることがある。スティーブ・ジョブズの非同調性は特に悪名高い。[p.57]」
・「孤立にはプラス面とマイナス面がある。[p.60]」「孤立はイノベーターが独創的なアイデアを生み出すことを可能にするが、そのアイデアを実行するには強い結束力をもつ人的ネットワークをもっているほうが有利になる。[p.61]」
・「孤立のプラス面とマイナス面を理解すると、個人や家族、組織の内部に創造性を育てるための多くのヒントが得られる。そのうちで最も単純な方法が、孤独な時間を持つことだ。[p.67]」「ふたつ目のヒントは、・・・型破りな性格に寛大であると、驚くほどの相乗効果が生まれる点である。[p.68]」「3つ目は、ソーシャルスキルを教えて強化するやり方についでだ。・・・ソーシャルスキルを身につけると、様々な局面で楽に生きていけるし、喜びも増す。だがそれを重視するあまり、独立した思考の習慣や規範に逆らう意思を失わないように注意しなければならない。[p.69]」「突飛さを受け入れることで、私たちは生まれつき創造性に恵まれた人々を開花させられるかもしれない。そればかりか、私たちが独創性を受け入れることを学べば、創造性に富む人々が援助やリソースを入手しやすくなるだろう。[p.70]」

第2章、並外れた自信Extreme Confidence
・「ディーン・ケーメンとスティーブ・ジョブズは、自分の論理的思考力判と断力に絶対の自信をもっており、一般人を束縛する『ルール』を平然と無視した。この自信があってこそ、壮大な考えをめぐらし、並の人間には不可能に思えるプロジェクトに取り組むことが可能になる。心理学用語では、自身の問題解決と目標達成の能力に対する信頼を『自己効力感』と呼ぶ。抜きん出た自己効力感をもつ者だけが、普通の人間が挑むものより大規模で複雑な問題を追求できる。[p.73]」
・「論理的思考と判断力に高い自己効力感をもつ人は、・・・ほかの者が自分の論理的思考に追随しようがしまいが気にしない。[p.89]」「自己効力感はまた、アイデアと行動を結びつける役割を果たす。人は概して、自分に達成できると思える仕事に取り組む傾向にあるためだ。[p.90]」
・「高い自己効力感を生み出すおもな要因には、成功体験(問題を解決したり仕事を達成した自分の体験)、間接経験(問題解決や仕事の達成に成功した他人のやり方を参考にすること)、言葉による説得(問題解決や仕事の達成は可能だと言われること)の3つがある。言うまでもなく、なかでも一番強力なのは成功体験である。[p.93]」「間接経験にも自己効力感を高める効果があることが証明されている。ほかの人間の業績を目にすることで、・・・『彼らにできるのなら、自分にもできる』という意識を植えつけられる。[p.97]」「研究の結果を見ると、言葉による説得は子供の自己効力感を増すには効果的だが、大人に対しては顕著な効果は見られないという。[p.99-100]」
・「ただし、自分ひとりで乗り越えられる可能性のある障害に立ち向かっているときに、『救援』を行うことは避けなければならない。[p.100]」

第3章、創造的な心The Creative Mind
・「イノベーターは普通の人よりも賢いのか? イノベーターは変わり者なのか? 私の研究では、少なくとも並外れて画期的なイノベーションを次々と生み出す人に関しては、ひとつ目の疑問の答えが『イエス』、ふたつ目は『おそらく』ということになる。[p.103]」
・「研究の多くが、創造性はランダムな連想の過程のひとつであることを示しているが、のちの研究では・・・創造性を知性に直接的に結びつける説明がなされている。創造性を、『連想でつながる長い道筋』と捉えたのだ。認知洞察をネットワークプロセスとしてモデル化する私の研究では、心の中のネットワークを使って連想の長い道筋をたどりがちな人、あるいはたどるのが巧みな人は、アイデアや事実のあいだにほかの人間には思いもつかない奇妙なつながりを発見する力をもつことが示された。[p.127]」「マティアス・ベネデク教授とアリョーシャ・ノイバウアー教授の研究では、創造性が非常に高い人も普通は創造性の低い人と同じ連想の道筋をたどるのだが、連想のスピードが速いために常識的な連想を短時間に終わらせ、ほかの者より早く非常識な連想に到達することがわかった。・・・創造性の極めて高い人の連想スピードは、並外れた作業記憶と実行制御によるものだという。言い換えれば、たくさんのことを同時に頭の中に置いておき、それを巧みに処理することで、多くの連想の道筋をすばやく探査することができるのだ。[p.128]」
・「知性については未知の部分がまだ多いが、その重要な構成要素が記憶であることはわかっている。記憶は一般的に、作業記憶と長期記憶という相互依存の関係にあるふたつに分類される。作業記憶は情報を一時的に保存し、すぐに取り出して使える状態にするもので、どんな情報を保存し、それをどう処理し、どう作用させるかをコントロールする実行機能を備えている。・・・人は長期記憶に膨大な量の情報を保存しているが、一度に選択できる(考えられる)情報の量は作業記憶によって制限される。[p.129]」「並外れた長期記憶は、作業記憶の能力と効率性を向上させ、並外れた作業記憶は普通より長期記憶に速くアクセスできる。・・・先駆的イノベーターの多くは並外れた記憶力の持ち主であったことが記録に残っている。[p.130]」
・「人間の性格に関する研究分野には、神経症的傾向、調和性、外向性、誠実性、経験への開放性の5つの要素で構成される『ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性』なる有名な分類法がある。・・・ビッグ・ファイブの中で創造性ともっとも関わりが深いのは、経験への開放性である。経験への開放性は、個人のもつ美的感受性(芸術や文学の鑑識眼など)や、感情への配慮、多様性志向、知的好奇心を反映している。・・・経験への開放性のスコアが高い人は、どちらかといえば知的好奇心が高く、風変わりなアイデアに興味をもち、新しいことに喜んで挑戦する。一般的に、開放性の高い人は平均的な人よりも複雑で曖昧なものに寛容だ。・・・経験への開放性が拡散的思考や創造力と関連があることは、多くの研究で証明されている。[p.131-132]」
・「ドーパミンやグルタミン酸塩と拡散的思考との関連についての科学的根拠は数多く存在する。ドーパミンは、自覚している意識とは関係なく、不必要と判断した刺激を無意識にブロックする潜在抑制を低下させる効果があるとされる。心理学者の研究によれば、高い創造性をもつ人は概して潜在抑制が低く、そのため普通なら無視するような刺激にも反応する傾向があるという。[p.134]」「ゆるやかに増加するドーパミンが潜在抑制を低下させ、作業記憶を強化し、通常考えられない連想を行う助けになっているのだ。[p.139]」

第4章、高遠な目標A Higher Purpose
・「本書で取り上げるイノベーターはひとり残らず(トマス・エジソンだけは注目すべき例外だが)、高遠な理想主義を追求し、高い目標への邁進する気質をもっており、彼らの行動はそうした目的意識が具体化したものである。[p.141]」
・「一番重要なのは、理想主義のもつ内発的動機づけの力だろう。[p.160]」「理想主義はまた、長期的な目標に集中し、ほかの気になる欲求に気を取られないようにする役目も果たす。[p.162]」「理想主義には、もうひとつ力強い効果がある。それは、自己防衛の役割を果たしてくれる点だ。[p.168]」
・「理想主義は大きな充実感をもたらす反面、相当の犠牲を強いることもある。・・・本書で取り上げた先駆的イノベーターの多くは、寝る間も惜しんで働いており、友人や家族との時間をほとんどもっていない。[p.175]」「理想主義がいい面ばかりとは限らない。イノベーターの多くも、理想に夢中になるあまり苦労の多い人生を送り、周囲の人々にも迷惑をかけている。それに理想主義には、こうしたイノベーターの例には現れない別のリスクもある。高邁な理想のためと称し、一般的には卑劣で邪悪だと思われる行為に走ってしまう危険である。[p.177]」

第5章、仕事に駆り立てられてDriven to Work
・「理想主義的な目標に突き動かされてはいなかったエジソンも、何かに突き動かされていたのは間違いない。なにしろ、周囲の人間が理解しがたいほどのハードワークで知られていたからだ。[p.179-180]」
・「成功への野望は・・・すべてのイノベーターを動かす原動力になった。この『達成欲求』は、高い基準を設けてそれを満たすことや、難しい仕事の成就に常時強い関心を抱くことに関連する性格特定である。[p.202]」「達成欲求に関する研究は、内的見返りと外的見返りの役割を合わせて考察する。達成欲求の強い人は技術を習得したり、活動に秀でたり、仕事を完成させることで大きな内的見返りを経験する。その一方で、称賛や尊敬といった外的見返りにもとても敏感で、極端な負けず嫌いの傾向を示すこともある。[p.204]」
・「先駆的イノベーターの仕事への意欲は、理想を実現すること、高い目標に取り組むこと、業績を積み上げること、承認と称賛を得ることなどの『結果』と密接に関連していた。だが、先駆的イノベーターの多くがハードワークに駆り立てられる動機の中には、そうした結果とは関係ないものもある。そのひとつが、仕事自体から得られる喜びだ。・・・心理学者ミハイ・チクセントミハイはこれを『フロー』という概念で的確に示した。フローとは、『人がある活動に没頭して、ほかのことはどうでもよくなる状態であり、それをするためならどんな犠牲を払ってもいいと思わせるほど楽しい体験』と定義される[p.206]」

第6章、時代がもたらす機会と障壁Opportunities and Challenges of an Era
・「『ちょういどいいタイミングで、ちょうどいい場所に居合わせること』の役割は重要だが、それだけでは一部の人が画期的なイノベーションを次々と起こした理由の説明としては不十分である。・・・時代がもたらす機会は、ほとんどすべての画期的なイノベーションに影響を与えているが、画期的なイノベーションを次々と生み出す人々を説明するには十分ではない。この種のイノベーターには特別な性質や原動力があり、時代のもたらした機会をほかの者がしないような方法で利用できるのは、そうした性質や原動力が促進剤となっているからである。[p.237-238]」

第7章、リソースへのアクセスAccess to Resources
・「様々なイノベーターの生涯をひもといてみると、資本よりもそれ以外のリソースが大きな役割を果たしていることがわかる。とりわけ重要なのが、技術と知性に関わるものである。[p.241]」「興味深いことに、知的・技術的リソースはどのイノベーターにとっても重要ではあるものの、本書で紹介しているイノベーターの大半は、意外なほど専門とする領域の正規教育を受けていない。[p.276]」「だからといって、教育や訓練がイノベーションの役に立たないと考えてはいけない。イノベーターの人生において教育が果たした役割を子細に調べてみると、彼らが積極的に学問を摂取していることがわかる。ただし、自分のタイミング、自分のやり方で学問を追求しているのだ。[p.277]」

第8章、内にある可能性を育てるNurturing the Potential That Lies Within
・「画期的なイノベーションを次々と生み出す人々の人生は、決して万人向きではない。世界を良い方向へ変えるのに役立つ要素の多くは私たちには真似のできないものであり、たとえ真似られたとしても彼らが送ったような人生を送ろうとは思わないだろう。だが、イノベーションを生み出すうえで、そうした要素がどう役に立ったのかを理解すれば貴重な教訓になるはずだ。・・・つまり、先駆的イノベーターがなぜ特別なのかを理解すれば、私たちの内にあるイノベーションの可能性を育む方法がおのずとわかってくるのだ。私たちにもできることはたくさんある。[p.282]」
・「規範やパラダイムを疑問視する」:「孤立意識がイノベーションを促進するメカニズムを理解できれば、私たちがイノベーションを育んでいくための有益なヒントになるだろう。組織のリーダーには、創造的な思考を促し、まったく新たな解決策を生み出すためにできることがたくさんある。役割に柔軟性を与え、自主性を重んじ、型破りな意見を容認すれば、創造的な人材を集めることも、既存の従業員の創造的側面を育てることもできる。[p.283]」「従来の考え方に疑問をもつことを従業員に奨励したいのであれば、全員の合意がなければ先へ進めないといった慣行や規範は廃止したほうがいい。[p.284-285]」「早い段階でいずれかの案に決めてしまうと、長期的には最善とは言えない解決策に多大な資源をつぎ込むことになりかねない。[p.286]」
・「ひとりになる時間をつくる」:「従業員に画期的なアイデアを望む経営者は、従業員が突飛なアイデアについてじっくり考え、連想をたどって未知の領域に踏み込めるように、ひとりになれる時間を与えるべきだ。[p.287]」「確かにチームワークは重要だ。とはいえ、一人ひとりができる限りチームに貢献できりうようにするには(その目的が、創造的な解決策を見いだすことにある場合は特に)、グループでの討議の前にひとりで考える時間が欠かせない。[p.288]」「複数のアイデアが存在する場合、あまり早い段階で競争させると、一部のアイデアは発展させる間もないまま抹殺されてしまうことがある。[p.289]」
・「自己効力感を高める」:「早い段階での成功体験をさせるには、失敗したときの代償を低めに抑え、大胆だが賢明な失敗を称賛するなどして、何でも思い切ってやってみようと思わせることが大切だ。[p.291]」
・「壮大な夢を描く」:「理想主義にはイノベーションを生む強い力がある。そのため組織は、メンバー一人ひとりが有意義と思えるような壮大な目標を掲げるべきだ。[p.291-292]」
・「フローを見つける」:「チクセントミハイは言う。・・・会社の目標の範囲内で、従業員に望みの仕事をする機会を与えます。それだけで彼らには仕事への意欲が生まれ、会社の利益になるのです。[p.293]」
・「知的・技術的リソースにアクセスできる機会を増やす」:「誰もがほかの人のもつ知的資源に容易にアクセスできるようにする必要がある。[p.297]」「イノベーションには部外者の存在が重要である。・・・専門家でない人を科学に従事させることで生まれるチャンスもある。そのチャンスを無駄にしてはいけない。[p.298]」
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本書のような少数の特異なイノベーターの分析では、得られた洞察がどの程度汎用性のあるものか、とか、分析対象のイノベーターの選定が妥当なのか(ひょっとしたら、自説に合うような事例が優先して選ばれているのではないか、という懐疑的な見方も含む)というような批判的な議論は避けて通ることはできないと思います。しかし、このような分析ならではの貴重な示唆もあるように感じられましたし、少なくとも、多くの実務家にとっては考える材料として非常に参考になる指摘も含まれているように思いました。さしあたり、すぐにでも実務に生かせる考え方としては、特異な才能を持つ人をどううまく生かすかという視点と、普通の人々の創造性をどうしたら伸ばせるのか、という視点があると思います。どう実務に生かしていくか、著者の考え方をそれぞれの状況に応じて適用する手法の工夫が我々に求められていることなのかもしれません。


文献1:Melissa A. Schilling2018、メリッサ・A・シリング著、染田屋茂訳、「世界を動かすイノベーターの条件 非常識に発想し、実現できるのはなぜか?」、日経BP社、2018.
原著表題:Quirky: The Remarkable Story of the Traits, Foibles, and Genius of Breakthrough Innovators Who Changed the World

 


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