研究開発組織に「企画」と名のつく部署を設けておられる企業は多いと思います。企業における研究開発では、研究者が行なう実際の研究活動の他に、様々な補助的業務が必要です。例えば、研究組織の運営、テーマやプロジェクトの選定と見直し、予算配分、人員配置、環境整備、制度(しくみ)整備、教育と育成、労務、安全、設備、法規制などへの対応、情報の管理と収集、資料整備、研究成果蓄積、市場や環境動向の調査、標準化(公的規格対応なども含む)、品質管理、外部対応(社内外)、対外交渉、宣伝広報、知的財産の管理と活用、等々の業務を行なう必要があります。これらは、「総務」、「管理」、「人事」などの部門が担当したり、一部は研究以外の製造部門や本社部門が担当したり、さらに外注したりして対応することもありますが、「研究に関して何かを企て計画する」ことに関わる業務の遂行は「企画」担当者の分担になることが多いと思います。
具体的には、研究グループを超えた研究部門全体の計画と管理、グループ間の調整、研究成果の公平な立場での評価や、経営層と研究グループの橋渡し(経営戦略の徹底、成果のPR、他部署との連携など)など、研究グループの外側の立場から研究活動に付随して発生する業務を担当することが求められるようです。もちろんこれらは必要な業務でしょうが、「企画」として行なうべき機能と担当者の能力を十分に発揮できているか、より多くの研究成果の獲得につなげられているかは考え直してみる価値があるのではないでしょうか。研究開発の成功事例ケーススタディーなどを見ても、研究リーダーや、経営者個人の研究成功への寄与が取り上げられることはあっても、「企画」という組織の活躍はあまり表に出てこないように思いますし、経営層の考えを最前線に伝える、あるいは最前線の情報を整理加工して経営層に伝えるだけの窓口的業務に終始している場合もあるように思います。そこで、本稿では、「企画」という部署にいる人々が研究の成功のために何ができるか、何を行なうべきなのかについて考えてみたいと思います。
私が「企画」部門に期待することを一言で述べれば、「研究者の能力を超える分野を分担することによって、研究を成功に導くこと」となります。現在の技術的課題の解決のためには、深い専門性が求められるにもかかわらず、研究の成功はひとつの分野の知識のみでは困難なことが多いでしょう。あるいは、広い分野にわたるある程度以上の深さの技術やアイデアが求められるようになっている場合もあると思います。いずれにしても個人の力に頼ることは無理になってきたといえるのではないでしょうか。つまり、研究者の能力を超える部分を誰かがうまく補うような体制で臨む必要がある時代になってきていると思います。その部分を担える部隊があるとすれば、それは「企画」ではないかと思うのです。
これは、研究の成功において、ひとつの技術の卓越性が競争要因になる時代から、技術の組み合わせ、あるいは技術を収益に結びつける力そのものが競争要因になる時代に変わってきているともいえるかもしれません。結局のところ、どんな技術もビジネスモデルとして完成させて初めて成功といえるわけで、技術も含むビジネスモデル全体としての優位性が競争要因になってきたというではないでしょうか。
イノベーションにコラボレーションが求められるようになっている背景には、このような状況が存在すると考えられます。コラボレーションの例としては、野中氏らによる組織的知識創造や、チェスブロウの提唱したオープンイノベーションが挙げられますが、組織的知識創造の場合には「場」という仕組みを作ることとその効果的運営手腕が求められますし、オープンイノベーションについても協働相手の情報収集からその能力の評価、協働の仕組みづくりと管理など、第一線の研究者にとっては本来の研究業務の傍らで実施するには荷が重い課題が存在すると言えるでしょう。さらにビジネスモデルの組上げ、ということになると経営上の知識も必要となり、研究者にとってはますます困難な課題になってしまうと思われます。
もちろん、こうしたことが得意な研究者もいるでしょう。また、研究者にこうした知識や考え方を教育してビジネスセンスをもった研究者を育成すべきだという考え方もあるでしょう。しかし、こうしたことが得意な人、興味がある人を研究の「企画」担当として、専任でそうした業務を行なわせることも有効ではないでしょうか。具体的には、次のような仕事の内容が考えられると思います。
・研究成果、要素技術の将来のビジネス展開の可能性評価
・研究をビジネスにつなげる仕組み(ビジネスモデル)構築と推進の支援
・社内外の保有技術や知識と活用可能性に関する情報収集と評価
・社内の各部署、社外との連携、協働の推進
・社内情報(ニーズ、シーズ)にもとづくイノベーションアイデアの抽出
・社内外技術、情報の融合によるイノベーションアイデアの提案
・協働、組織的知識創造のための「場」づくり
・研究環境の整備
このような業務に必要な資質としては次のようなものが挙げられるでしょう。
・技術内容についてのおよその理解ができること
・好奇心が旺盛で、様々な技術を受け入れることができること
・イノベーションの本質(どのように進み、成功あるいは失敗に至るか)についてのイメージを理解していること
・ビジネス実現のために柔軟な判断(妥協、変更も含めて)ができること
このような業務は、基本的にボトムアップのプロジェクトにおいて特に求められるでしょう。開発プロジェクトとして社内で承認されトップダウンのプロジェクトになったものは、しかるべきプロジェクトマネジャーが任命されて、そこに推進体制が形成されるでしょうから「企画」の出番はないかもしれません。しかしアイデアを抽出し、実現性のあるビジネスモデルの形に仕上げるまでの作業、そのための情報収集と環境整備を行なう必要がある場合、そうした作業を担当する部署が必要になってくると思います。
ただし注意しなければいけないのは、「企画」の担当者の立場です。基本的に研究者や第一線社員の立場に立ち、イノベーション実現を支援する立場から行動できることが特に重要だと思います。場合によっては黒子の役割に徹することも必要かもしれません。ボトムアップのアイデアを出させて、それを審査して合否を決定するような立場であってはアイデアの抽出と育成は困難でしょう。
このような研究を補助する仕事の役割については、今まであまり取り上げられていないように思います。実際には、このようなことに積極的な企業もあるのかもしれませんが、一般には「企画」の仕事というと、研究テーマの採否や予算配分の決定、進捗管理と中止や変更の判断、といった具合に経営側の下請けとして、研究者に対峙する立場になるのが普通であるように思われます。しかし、それでは研究者の能力や資質に研究の成否を押し付けているだけで、企画専門の立場として研究者の能力を補ってイノベーションの実現に向かって協力していくことは難しいのではないでしょうか。従来の企画の仕事が不要だとは言いませんが、いわゆる「管理」は「企画」の本質ではないと思います。まして、研究幹部と研究員の単なる橋渡しのような業務、さらに幹部の秘書のような業務は「企画」に本来求められている業務とは言えないでしょう。研究コーディネーター、メンターなどといった呼び名も考えられるかもしれませんが、創造力を発揮しながら研究を育てる専門職の確立が必要なのではないでしょうか。イノベーションの進め方が多様化している現在、研究者を支えるこのような役割から生み出されるイノベーションもあるように思うのですがいかがでしょう。