クリステンセン、ダイアー、グレガーセンによる著書、「イノベーションのDNA」[文献1]についてまとめておきたいと思います。イノベーションを推進する「人」に焦点をあて、イノベーションをうまく進めることができる人はどんな人で、どうしたら我々もそのスキルを身につけることができるか、どんな環境でイノベーションの能力を発揮できるのか、といった内容が述べられています。

原著の表題は「イノベータのDNA:破壊的イノベータの5つのスキルをマスターする」です。本書は、2009年(日本語訳は2010年)に発表された論文「イノベーターのDNA」[文献2](本ブログでも以前に取り上げました)の内容を発展させ、詳しく述べたものといえるでしょう。共著者のクリステンセン氏は、「イノベーションのジレンマ」において破壊的イノベーションの概念を提唱したことで有名ですので、その続編のような感じを受けるかもしれませんが、本書でとりあげられているのは必ずしも彼の定義した「破壊的」イノベーションをなしとげた人々に限定されてはいないようですので、「破壊的」であるかどうかは本質的な問題ではないと思います。邦訳の題が原著とは微妙に異なり、著者の順番も違っているのは訳書出版上の戦略でしょう。

本書は、大きく2つの部分に分けられます。第1部では、イノベータがどうやってイノベーションを生み出していくか、個人に焦点をあわせてそのスキルが説明されます。そして第2部では、そのイノベータの能力を組織やチームに適用する方法が述べられます。なお、第1部の内容は先行論文[文献2]と重複するところがあり拙稿でも紹介しましたので、ここでは要点のみレビューし、論文で詳しく説明されていない点を中心にまとめたいと思います。

著者らは、多数のイノベータの調査から、彼らには典型的な企業幹部と異なる一貫した行動のパターンがあることを見出し、それを「5つの基本的な発見力(スキル)」(以下の1~5)にまとめました。さらに本書ではそれに基づき、イノベーティブなアイデアを生み出すための「イノベータDNA」モデルを提示しています。[文献1、p.31

1、関連づけ思考:一見無関係に思える物事を結びつけ、独創的なアイデアを生み出すという、この認知的スキルが革新的なビジネスアイデアを生み出す要となる。

この関連づけ思考を誘発するために、イノベータは以下の2~5の4つの発見力(行動的スキル)を駆使して、イノベーティブなアイデアのもとになる「アイデア成分」の在庫を増やす。[文献1、p.26、第2章]

2、質問力:現状に異議を唱えることも含めて、質問によって物事の探究に情熱を燃やす。[文献1、p.26、第3章]

3、観察力:観察を通して新しいやり方のもとになる洞察やアイデアを得る。特に「片づけるべき用事」を知ることが重要。物事の仕組みを観察するうちにうまくいっていない物事に目が向くようになったり、問題解決の方法に気付くこともある。[文献1、p.27、第4章]

4、ネットワーク力:多様な背景や考え方をもつ人たちとの幅広いネットワークを通じて、アイデアをみつけたり試したりする(文献2の訳では「人脈力」となっています)。[文献1、p.27、第5章]

5、実験力:将来成功する方法について手がかりを得るには実験に勝る方法はない。実験者は世界を飽くことなく探究し、判断を保留しながらさまざまな仮説を検証している。[文献1、p.28、第6章]

イノベータがこうした行動をとれるのは、以下に示す「イノベーションに取り組む勇気」を持っているからにほかならない。[文献1、p.30

・現状に異議を唱える:現状を変えたいという意思。質問力、観察力、ネットワーク力に影響する。

・リスクをとる:スマート・リスク(リスクを認識した上で自らの責任で果敢にリスクをとること)が重要。実験力に影響する。

著者らの言う「イノベータDNA」とは、上記1~5の発見力が合わさり組成されるもの、ということです。[文献1、p.28

著者らはこのモデルから、「革新的なアイデアを生み出す能力が、知性だけではなく、行動によっても決まる」[文献1、p.4]、「創造的なアイデアを生み出すのは行動的スキル」[文献1、p.24]とし、「誰でも行動を変えることで、創造的な影響力をますます発揮できる」[文献1、p.4]としています。この点については、本書でもきちんと論証されているわけではありませんが、遺伝だけではない何らかの後天的要因が関係していることは確からしく思います。少なくとも、実践的観点からは著者の主張は受け入れてもよいのではないででしょうか。

以下の点は、文献2には書かれていませんが、重要な指摘だと思います。

・本書では上記5つの発見力に対比するものとして、4つの実行力(Delivery skills)という概念が提示されています。4つの実行力とは、分析(Analyzing:意思決定のための情報分析)、企画立案(Planning:目標達成のための計画)、行き届いた導入(Detail Oriented:計画通りきちんとこなすこと)、規律ある実行(Self-Disciplined:きちんと準備し、いやな仕事も先送りや決断の先延ばしをしない)です[文献3より、それぞれの英語と説明はInnovator’s DNA self assessment, sample reportの説明を参考にしました]。この実行力は「既存のビジネスモデルが変わらないという前提で、やるべきことを効率的にこなそうとする」[文献1、p.35]スキルであって、イノベーション以外の通常業務では重視される能力です。

・イノベータは発見力に優れるが、実行力はそうでもない。これに対してイノベータでない経営幹部は実行力に優れる人が多い[文献1、p.34]。その結果、実行力に優れた人が評価される組織では、発見力を持つ人材が評価されないことも起こりうる。要するに著者らは、発見力と実行力が共存しにくいスキルであることを示唆しているように思います。これは、「イノベーティブな起業家は、イノベーションを生み出した実績のないCEOに比べて発見に関わる行動に1.5倍もの時間を費やしていた」[文献1、p.29]、つまり、通常の業務に結び付かない活動に労力を使い、「効率」を犠牲にしているとも考えられるでしょう。もし、一人の人間が両方の能力を併せ持つことが難しいなら、発見力に優れた人と実行力に優れた人の協力がイノベーション実現のために必要なのではないかと思います。

・事業のライフサイクルで考えると、立ち上げ期では発見力が、成長期、成熟期では実行力が、衰退期では実行力が主だが発見力の重要度が増す[文献1、p.38]。この考え方に立てば、成長期、成熟期で優れた実績を挙げた企業では実行力が評価されやすくなり、再び発見力が必要とされるようになってもそれへの対応ができず、破壊的イノベーションにはうまく対応できなくなってしまうという、イノベーションのジレンマで指摘された傾向を人材の面からも説明できるのではないかと思います。

第2部ではイノベータの能力を組織やチームに適用する方法について述べられます。イノベーティブな企業の特徴は以下の1~3に示した3Pの枠組みで理解できるとされています。

1、人材(People):イノベーティブな企業は発見力に優れたリーダーに指揮され、発見力に優れた人材を多く抱え、活用しているという特徴がある。特にリーダーがもつイノベーティブなスキルはあたかもDNAのように組織に植え付けられていくもののようです。ただし、イノベーティブな人材であってもすべての発見力において高いレベルのスキルを持つわけではなく、また、発見力スキルと実行力スキルのバランスや、多様な専門領域(人間、技術、ビジネス)の融合も必要であるため、人材の組み合わせによって、それぞれのスキルを補完するような組織、チームを作っているとのことです。[文献1、第8章]

2、プロセス(Process):従業員に関連づけ、質問、観察、ネットワーキング、実験を明確に促すプロセスと、発見志向型の人材を採用、要請、優遇、昇進させるプロセスがある。つまり、組織として発見力を向上させる仕組みが作られているということでしょう。[文献1、第9章]

3、哲学(Philosophy):次の4つの点が重視されているといいます。

・イノベーションは全員の仕事であって、研究開発部門だけの仕事ではない:社員にイノベーションに取り組む時間と資源をより多く与え、安心してイノベーションに取り組める場(チームの全員が進んで意見を述べ、リスクをとり、実験をし、過ちを認めても罰せられない「心理的安全」がある場)を確保する[文献1、p.242]。おそらく、全社的にイノベーションを重視してその環境も整えていることを社員に示し、どこからでもイノベーションを創造でき、イノベーションの実行に協力できる考え方を植え付けようとしているのでしょう。

・破壊的イノベーションにも果敢に取り組む(リスクの少ないイノベーションだけでなく)。[文献1、p.28、第6章]

・適切な構造を持った少人数のチームを多く用いる:特に、破壊的イノベーションやラディカルイノベーションに取り組む場合、自律的なチームが必要。適切な人材の組み合わせも重要。

・スマート・リスクをとる:発見志向型の人材を採用、育成し、社員の質問、観察、ネットワーキング、実験、関連づけを後押しするようなプロセスを制度化することでリスクが下がり、「スマートな」リスクとして、イノベーションの成功の可能性を高めることができる。つまり、発見力を重視することは、アイデアを多く生むだけではなく、質問、観察、ネットワーキング、実験により成功確率を高めることにも作用する、ということでしょう。

以上をまとめてしまうと、イノベーティブな組織とは、個人のイノベーションの能力を育成し、発揮させやすくなる努力をしている組織、ということになるのではないでしょうか。そして、そのような環境を作るためには、リーダーのイノベーションに対する理解と、イノベーションを実現させようとする意思が不可欠だということでしょう。そのために何に注意して、どうすればよいのか、それを多数のイノベータの行動の分析により与えようとしているのが本書の特徴と言えるのではないでしょうか。もちろん、発見力はイノベーションの成功を保証するものではありませんが、マネジメント上のひとつの指針、考え方として一考の価値があるものと考えます。

ただし、本書で提示された考え方を、スタートアップ企業以外で実践することはそれほど容易ではないように思います。特に、人の能力が発見力志向と実行力志向に分かれてしまう傾向があるとするなら、実行力志向でやってきた既存の組織において発見力の必要なイノベーションを実現することは容易ではないでしょう。既存企業においては実行力を重視する企業文化と折り合いをつけること、すなわち、個人の発見力を育成しながら、発見志向の人と実行志向の人をうまく組み合わせ、能力を補完し合いながら組織としてイノベーションを目指すことが現実的には重要なのだろうと思います。本書には、発見力を育成する多くの具体的なやり方、アイデアも提示されていますので、それを試してみることはもちろん有効でしょうが、本書で提示されたスキルを指標として、発見力の高い人材を大切にしてその能力を有効に活用すること、様々な能力を持つ人材をうまく組み合わせて組織の能力を高めることがマネジメントの課題なのではないかと思います。



文献1:Dyer, J., Gregersen, H., Christensen, C. M.2011、クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン著、櫻井祐子訳、「イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル」、翔泳社、2012.

原著:Jeff Dyer , Hal Gregersen , Clayton M. Christensen, ”The Innovator’s DNA: Mastering the Five Skills of Disruptive Innovators”, Harvard Business Review Press, 2011.

文献2:ジェフリー・H・ダイアー、ハル・B・グレガーセン、クレイトン・M・クリステンセン著、関美和訳、「イノベーターのDNA」、Diamond Harvard Business ReviewApr. 2010p.36.

原著論文:Jeffrey H. Dyer, Hal B. Gregersen, Clayton M. Christensen, ”The Innovator’s DNA”, Harvard Business Review, Dec. 2009, p.61.

文献3:The Innovator’s DNAwebページより。

http://www.innovatorsdna.com/



参考リンク<2012.7.8追加>