新年は何かを変える決意をするのによいきっかけになります。しかし、その決意のみで物事が変えられるほど世の中は甘くありません。イノベーションにおいても新しいことを実現するために社内外の人々に変化してもらわなければならないことが多いわけですが、それには困難がつきまといます。今回は、チップ・ハース、ダン・ハース著「スイッチ!」[文献1]に基づいて、変化を生み出す方法について考えてみたいと思います。

著者は、「何かを変えるには、行動を変えなければならない[p.11]」とし、「変化が成功するときには、一定のパターンがある(中略)。変化に成功する人は、明確な方向性を持ち、十分なやる気を持ち、それを支える環境がある。」[p.342]と言っています。これだけでは当たり前の話ですが、本書では、具体的にどうすれば変化できる(させられる)のか、なぜそうなのかがいくつもの事例や心理学上の知見に基づいて解説されています。特に、著者が「私たちは、権限や予算がそれほどない人にも役立つフレームワークを考案したつもりだ。[p.29]」として、CEOや政治家のように権力的な方法を用いることができない場合にも使える方法を提案している点、ふつうの研究者、技術者にとっても参考になる内容と感じました。

行動を変えるためのフレームワーク

著者はまず、「心理学の一般的な見解によると、脳ではつねにふたつのシステムが独立して働いている。ひとつ目は(中略)『感情』だ。苦痛や快楽を感じる人間の本能的な部分だ。ふたつ目は、『理性』だ。(中略)じっくりと考え、分析を行ない、未来に目を向ける部分だ。」[p.14]とし、ジョナサン・ハイトの著書に基づいて、感情を「象(エレファント)」、理性を「象使い(ライダー)」に喩えています[p.14]。そして、「何かを変えたいなら、象と象使いの両方に訴えかけるべきだ。(中略)象使いにだけ訴えかけて象に訴えかけなければ、チーム・メンバーは頭では理解できても、やる気を出さないだろう。象にだけ訴えかけて象使いに訴えかけなければ、熱意はあっても、方向性が定まらないだろう。[p.16]」とし、さらに人間の行動に影響する「環境」の要因を加えて、「理性(象使い)に訴えかけ、感情(象)を揺さぶり、環境(道筋)を整えるという3つのシンプルな条件を満たすだけで、誰もが思うよりも簡単に変化を引き起こすことができる[p.357、訳者あとがき]」という考え方をフレームワークにまとめています。

変化にまつわる心理的な要因

まずは、フレームワークの基礎となる人間の心理的傾向についてまとめておきたいと思います。著者は様々な心理的要因が行動の変化にどう影響するかを本書の全体にわたって解説していますが、ここではそのうちの主なものをピックアップしてまとめます。

・「自動化された行動を変えるには、象使いによる細心の管理が必要」、「自己管理が心身を消耗することが証明されている」、「セルフコントロールを消耗しているとき、(中略)大きな変化を引き起こすのに必要な心の筋肉そのものを消耗している」[p.20-21

・「象使いは頭でっかちで、分析好きで、頭を空回りさせがち」、「抵抗しているように見えても、実は戸惑っている場合が多い」[p.25

・「困難な状況に直面すると、象使いはそこかしこに問題を見つける。そして多くの場合は『分析麻痺(アナリシス・パラリシス)』に襲われてしまう。はっきりと方向が定まるまで、象使いはずっと頭を空回りさせつづけるのだ。変化を先に進めるには、象使いに方向を教える必要があるのはそのためだ。」[p.49

・「全般的に、私たちはもともとネガティブな面に着目する傾向にある。[p.67]」(「問題への注目」)

・「象使いは、問題を分析するとき、その大きさに見合う解決策を探そうとする。」「(実際には問題は)小さな解決策の積み重ねによって解決されることが多い。[p.64]」

・「象使いは選択肢を与えられるほど疲労していく。」「選択肢が増えると、それがどんなによい選択肢でも、私たちは凍りつき、最初の計画に戻ってしまう。『意志決定の麻痺(ディシジョン・パラリシス)』[p.72-73

・「変化に失敗するのは、たいてい理解不足が原因ではない」「変化すべき理由を非のうちどころがないくらい合理的に説明しても、人々は行動を変えない。」[p.155

・肯定的幻想:「人は誰でも自己評価が下手」「事実をもっとも楽観的に解釈する傾向がある」「人々はほかの人よりも正確に自己評価できると主張する」。しかし、この「肯定的幻想によって、自分がどこにいるのか、どう行動しているのかをきちんと理解しづらくなる」[p.156-158]。「自分は平均以上のリーダー、運転者、パートナー、チーム・プレーヤーだと思いこむのは、そういった単語を自分に都合よく解釈しているからだ。幻想を生み出しているのは、『リーダー』や「チーム・プレーヤー』といった単語のあいまいさだ。[p.162

・「恐怖は強力なやる気の源になる」「すばやく具体的な行動が必要なら、ネガティブな感情が役立つ場合もある」。「ネガティブな感情が思考を狭めるのとは対照的に、ポジティブな感情には思考や行動の幅を『広げて養う』効果がある(フレデリクソンによる)」「『興味』というポジティブな感情は、好奇心の幅を広げる。個人的な目標を実現したときにわき上がる『自信』というポジティブな感情は、将来の活動の幅を広げ、さらに大きな目標を追い求めるきっかけになる。」「大規模であいまいな問題を解決するには、柔軟な心、創造性、希望をはぐくむ必要がある。」[p.165-169

・「人は選択を下すとき、意思決定のふたつの基本モデルのいずれかに頼る傾向がある(マーチによる)。」「それは『結果』モデルと『アイデンティティ』モデル」、結果モデルは費用と便益を評価する合理的で分析的なアプローチ。アイデンティティモデルは1)自分は何者か、2)自分はどのような状況に置かれているか、3)自分と同じ状況にいる人々ならどう行動するか、に基づく。「アイデンティティは、人々の意思決定において中心的な役割を果たすので、アイデンティティをおびやかす変革活動はたいてい失敗に終わる(相手の行動を変えるために直観的に『見返り』をつけようとするのが愚かなのはそのためだ)」[p.207-208

・「こちこちマインドセット」の持ち主は、自分の能力が基本的に不変だと信じ、挑戦を避けようとする。「しなやかマインドセット」の持ち主は、能力は筋肉と同じで練習すれば鍛えられると信じている。「自分の可能性を最大限に引き出したいなら、しなやかマインドセットを持つべき」[p.220-222]。

・人は他者の行動のもとになる環境的要因を無視する傾向がある(ロスによる)『根本的な帰属の誤り』。人々の行動を『置かれている状況』ではなく『人間性』に帰属させる傾向がある」[p.242

行動を変えるフレームワーク

著者は以下の3つのステップと具体的なテクニックを示しています。

象使いに方向を教える(理性への働きかけ)

・ブライト・スポットを手本にする:「真実だが役に立たない」知識よりも、お手本となる成功例(ブライト・スポット)を探す[p.41-48]。「解決志向短期療法(SFBT)」では問題の根源を探るより問題の解決策に着目する[p.51-59]、「アプリシェイティブ・インクワイアリー(AI)」では、失敗ではなく成功の分析に力を注ぐ[p.378]。

・大事な一歩の台本を書く:「全体像で考えず、具体的な行動を考える[p.347]」。「変化を成功させるには、あいまいな目標を具体的な行動に置き換えることが必要[p.77]」。「あいまいさは象使いを疲れさせる[p.76]」。

・目的地を指し示す:「目的地はどこか、そこへ向かうメリットは何かを理解すれば、変化はラクになる。[p.347]」「目標には感情的な要素を盛り込むべき(コリンズ、ポラス)[p.105]」、「魅力的な目的地を描くことで、(中略)分析に迷い込んでしまうという弱点を正すことができる。[p.111]」、「SMART(具体的Specific、測定可能Measurable、実行可能Actionable、重要Relevant、適時的Timely)な目標が効果を発揮するのは、変化の場面というよりも安定した状況だ。(中略)心に響く目標を探す際には、SMARTな目標はあてにならない。(中略)経済的な目標はそれほど変革の成功にはつながらない。[p.112-113]」

象にやる気を与える(感情への働きかけ)

・感情を芽生えさせる:知識だけでは変化を引き起こすには不十分。[p.347]。「変化は『分析し、考えて、変化する』の順序ではなく『見て、感じて、変化する』の順序で起こる(コッター、コーエン)。」、「なんらかの感情を芽生えさせる証拠を突きつけられたとき、変化が起こる。感情のレベルであなたを揺さぶる何かだ。」[p.147

・変化を細かくする:「思っていたよりもゴールラインの近くにいると感じさせるのが、行動を促すひとつの手」[p.175]、「進歩の感覚は重要だ。象は簡単にやる気を失うからだ。」[p.177]、「象は短期的な見返りのないものごとをするのを嫌がる」[p.179]、「絶対に実現できるくらいまで変化を小さくしよう」[p.184]、「初期の成功をつくり上げるということは、実際には希望をつくりあげているということにほかならない」[p.193]、「小さな成功によって、困難が和らぎ(”これはどうってことない”)、要求が抑えられ(”これだけやればいい”)、能力レベルの認識が向上する(”これならできる”)(中略)この3つの要素すべてが変化をラクにし、持続的にする(ワイクによる)」[p.197

・人を育てる:アイデンティティを養い、しなやかマインドセットを育む[p.347]、「アイデンティティに従って生きたいという願いが、自分自身を変える意欲につながる」「新しいアイデンティティの向上心としなやかマインドセットの粘り強さを組み合わせれば、驚くべき偉業を実現できる」「やる気は感情から生まれる。」「やる気は自信からも生まれる。」[p.236-237]。「失敗が変化に必要な一部だとすれば、失敗のとらえ方は重要」「失敗を覚悟させる必要性」がある。「しなやかマインドセットは、失敗に目を向けさせ、さらには失敗を自分から求めるよう勧めている。これは究極の楽観主義だ。しなやかマインドセットは敗北主義を防ぐのだ。失敗を変化のプロセスの自然な要素と位置付けている。つまずくことを失敗ではなく学習ととらえてこそ、人はがんばりぬくことができる。」[p.227-229

道筋を定める(環境を整える)

・環境を変える:環境が変われば行動も変わる。[p.348]。「人間の根本的な性格を変えるよりは、状況を変える方が簡単」[p.243]、「環境を変えるというのは、適切な行動を取りやすくし、不適切な行動を取りにくくするということ」[p.246]、「自分自身の行動を変えるときは、自分にセルフコントロールを課すよりも、環境を変えるほうがかならずうまくいく」[p.258

・習慣を生み出す:行動が習慣になれば、象使いの負担はなくなる[p.348]。「環境は習慣を強化(阻害)することで、私たちに知らず知らずのうちに影響を与える」[p.278]、「要するに習慣が行動の自動運転だから」[p.278]。「自分がしなければと思っていることに関しては、アクション・トリガー(心理的な計画)はやる気を生み出す大きなパワーとなる」、「アクション・トリガーの価値は、意思決定の“事前装填(プリロード)”にある(ゴルヴィツァーによる)」[p.281]、「意思決定の事前装填により象使いのセルフコントロールを温存している」[p.282]「アクション・トリガーには『にわか習慣(インスタント・ハビット)』を生み出す役割がある(ゴルヴィツァーによる)[p.284]」。「チェックリストはいわば過信に対する保険」[p.298]、「チェックリストは、大失敗の確率を抑える。」[p.299

・仲間を集める:行動は伝染する[p.348]。「人は仲間がそうしているのを見て、同じことをする」[p.304]、「意識的がどうかにかかわらず、私たちが他人の行動をまねるのは明らかだ。不慣れな場面にいるときは、特に他人の行動を観察しようとする。そして、変化の場面とは、当然ながら不慣れなものだ。[p.305]」、「誰かに行動を変えてほしいが、相手は変化に抵抗している。そこで、変えようとしている人々に対して影響力を持つ他者の支持を集める。つまり文化を変えるということだ。そして、多くの場合、文化は組織の変化を成功させる要となる。」[p.324

以上が、著書による変化のためのフレームワークです。ただ、著者は、「フレームワークをシンプルで実用的にする[p.29]」ことを狙ったため、「このフレームワークは完全無比ではない[p.29]」と言っていますので、著者の意見を鵜呑みにするわけにはいきませんが、「私たちは変化をラクに起こせると約束するつもりはない。しかし、少なくともよりラクにすることはできる。本書の目的は、数十年間の科学研究に支えられたフレームワークをお教えすることだ。[p.30]」という著者の意図はうまくいっているのではないでしょうか。

研究開発の立場から考えると、例えば、研究部隊が獲得した成果を実用化する場合や、顧客に受け入れてもらう場合などに、関係者に変化を受け入れてもらう必要がありますが、それは容易ではありません。著者は「コッターとコーエンは、分析的手法が有効なのは、『変数が既知であり、想定条件が少なく、将来が不透明でない』場合だと述べている。しかし、大規模な変化の場面ではそうはいかない。変化の場面では、たいてい変数が不明で、将来は不透明だ。変化がもたらす不安のせいで、象はなかなか動こうとしない。そして、分析的な言葉をいくら並べても、象の腰を上げさせることはできない」[p.145-146]と述べています。この変化の場面はまさに研究開発の状況と一致しますので、変化することのメリットを研究者が力説して関係者を説得しようとしても、それは変化を促すには的外れであることは肝に銘ずるべきでしょう。研究者はつい理性に頼りがちですが、それでは変化は起こせないということです。周囲を変えたいと願うなら、本書に示されたフレームワークとその背景にある人間の心理的な傾向は心にとめておくべきなのではないでしょうか。


文献1:Chip Heath, Dan Heath, 2010、チップ・ハース、ダン・ハース著、千葉敏生訳、「スイッチ! 『変われない』を変える方法」、早川書房、2010.

原著表題「Switch, How to Change Things When Change Is Hard

http://www.heathbrothers.com/switch/

参考リンク