何かを決めたい時、誰しもできるだけ確かな根拠に基づいて判断したいと思うでしょう。しかもなるべく最新の情報が欲しいと思うのではないでしょうか。しかし、最新の情報を集め、理解し、活用することは容易ではありません。特に、学問の世界では、分野が細分化され、深くなり、多くの情報が蓄積されるようになってきていることもあって、最新の考え方にたどりつき、その価値を見極めて、進歩についていくことは大変です。

経営学、マネジメントの分野でも、その事情は同じでしょうが、2012年末に発刊された入山章栄著「世界の経営学者はいま何を考えているのか」[文献1]では、研究マネジメントに関連する分野も含めて、最先端の経営学の話題がわかりやすく解説されていて、その内容も非常に示唆に富んでいると感じました。以下、本書の中で興味深く思われた点と、実務的な研究マネジメントに関して重要と感じた点を「感想」としてまとめてみたいと思います。

PART I、世界の経営学(第1章:経営学についての三つの勘違い、第2章:経営学は居酒屋トークと何が違うのか、第3章:なぜ経営学には教科書がないのか)
・世界の経営学は科学を目指している(ドラッカーの言葉は『名言であっても、科学ではない』)[p.15]。大学の経営学研究者は、「よい授業をしても出世などできない」、「昇格するために決定的に重要なのは、・・・『上位ランクの学術誌に何本論文を載せたか』がほぼすべて」、「経営学者たちにとって重要なことは、研究を通じて経営学の知のフロンティアを切り開き、発展させること」[p.22-23]。経営学の「科学性はまだかなり薄弱」[p.26]。「世界の学者が目指している経営学は発展途上の学問」[p.27]。
・「世界で進められている経営学の研究とは、・・・『経営の真理法則らしきもの』が本当にそうなのか、なぜそうなのか、それは他の多くの企業にも一般的にあてはまるのか、を科学的に解明することにある」[p.34]。「海外の、少なくとも欧米のトップクラスのビジネススクールにいる教授のあいだでは、『理論→統計分析』という演繹的なアプローチで研究を進めることが主流になっている。」[p.36
・経営学はミクロ分野(企業内部の組織設計や人間関係を分析する組織行動論)と、マクロ分野(経営戦略論、企業を一つの単位としてとらえ、その行動や、他企業との競争関係、協調関係、組織構造のあり方などを分析する)、に分けられる[p.44-45]。マクロ分野の経営学は主に3つの理論ディシプリンから構成されている。①経済学ディシプリン(ポーターなど、人は本質的に合理的な選択をするという仮定が置かれる)、②認知心理学ディシプリン(サイモン、マーチ、レビンサールなど、古典的な経済学が想定するほどには人や組織は情報を処理する能力がなく、それが組織の行動にも影響すると考える。イノベーション経営の分析に多大な貢献をしている。)、③社会学ディシプリン(人と人、あるいは組織と組織がどのように社会的に相互作用するか)[p.48-50]。「同じ『企業とは何か』というテーマでも、経済学的なディシプリンを好む学者は効率性を、社会学ディシプリンの学者は相互依存関係やパワーを、認知心理学ディシプリンの研究者は経営資源やアイデンティティを重視する傾向が強い[p.54]」。
・感想:科学を目指す経営学の方向は、技術者には理解しやすいアプローチです。ただし、科学においても研究のアプローチは一様ではありません。特に、その分野の理論や知見、手法がどの程度確立されているかによって、研究のアプローチや成果の解釈は大きく変わると思います。経営学が学際的で発展途上の分野であることを理解し、経営学者たちの考え方の背景を理解することは、経営学の知見を実践に活かす上で重要なことと思われます。

PART II、世界の経営学の知のフロンティア
第4章、ポーターの戦略だけでは、もう通用しない

・「ポーターの競争戦略論(SCPパラダイム)とはライバルとの競争を避けるための戦略、いわば守りの戦略」。「近年では競争優位は持続的でなくなってきている」。「ハイパー・コンペティション下では攻めの競争行動が有効になる可能性がある」。[p.81
・感想:実務的には、競争を避ける、つまり一種の独占を目指す戦略の効果が以前より小さくなっているのではないかという印象があります。競争優位を得られたとして、それを持続させる戦略も重要なのかもしれません。
第5章、組織の記憶力を高めるにはどうすればよいのか
・「組織が過去の経験から学習するものであるということは、経営学者のあいだでコンセンサスになっている[p.88]。」「トランザクティブ・メモリーとは、組織の記憶力に重要なことは、組織全体が何を覚えているかではなく、組織の各メンバーが他メンバーの『誰が何を知っているか』を知っておくことである[p.90]」。「組織全員が同じ知識を共有することは非効率であり、むしろ大事なことは『知のインデックスカード』を組織のメンバーが正確に把握すること[p.101]」
・感想:この話題は、組織内での知(暗黙知も含めた知)の交流伝承、協力、分業の仕組みづくりにも関わっていると思います。歪んだ成果主義は組織の記憶力に悪影響を及ぼしているのではないかと感じました。
第6章、「見せかけの経営効果」にだまされないためには
・経営効果に関する分析には、内生性(説明変数と誤差項に相関がある場合)やモデレーティング効果(ある変数から別の変数への効果の強さが、さらに別の変数に左右される場合)の考慮が不十分な場合があるので、結果の解釈には注意が必要。
・感想:上記の問題に加え、数値化された効果には、必ずモデル化の問題が入ってくると思います(基本的には同じことを言っているかもしれません)。しかし、ある程度コントロールされた実験が可能な科学の分野でも完璧な解析は困難なことがほとんどですので、分析結果の解釈には十分に注意した上で、その真偽、有効性は実践で証明してくしかないのかもしれないと感じました。
第7章、イノベーションに求められる「両利きの経営」とは
・「イノベーションの本質の一つは、知と知の組み合わせから新しい知を生み出すことである。そのために企業は知の幅をほどほどに広げる必要がある。」「企業組織は本質的に知の深化に傾斜しがちで、知の探索をなおざりにしやすい。事業が成功している企業ほどこの傾向が強く、これをコンピテンシー・トラップという」「イノベーションの停滞を避けるために、企業は組織として知の探索と深化のバランスを保ち、コンピテンシー・トラップを避ける戦略・体制・ルール作りを進めることが重要である。この点こそが『両利きの経営(Ambidexterity)の骨子。』[p.141]「オープン・イノベーションで『両利き』をどうとらえるかについての研究では、「企業間アライアンスにも『知の探索型』と『知の深化型』があり、企業はその両者をバランスよく配置する必要がある」というコンセンサスが得られている[p.142]」。
・感想:一時期流行した「コアへの集中」の誤った適用が問題を招くということでもあるように思います。実務的には、どこでバランスをとるか、どうとるかが重要なので、今後の研究の進展に期待したいと思います。
第8~9章、経営学の3つの「ソーシャル」とは何か
・ソーシャルを分析する枠組みはおおまかに3つ。①ソーシャル・キャピタル(社会関係資本、人と人とが関わり合うことで生まれる便益、強い結びつきからもたらされる)、②関係性のソーシャル・キャピタル(グラノベッターらによる弱い結びつきのネットワークが重要)、③構造的なソーシャル・キャピタル(ネットワーク構造に着目、ストラクチュアル・ホール(バートによる、ネットワークの構造的空隙)を持つ人が有利)。
・感想:おそらく、ネットワークの構造によって、どんな知の創造、交流、活用を行うのに効果的か、また、構成員の役割分担をどうしたらよいのかが変わってくるように思います。また、ネットワークの構造だけでなく、その中を何が流れているのかも重要だと思います。実務的には、組織の構造や運営方針を決める上で重要な考え方だと思いますので、今後の研究の進展に期待したいと思います。
第10章、日本人は本当に集団主義なのか、それはビジネスにはプラスなのか
・「海外進出を検討する際に、市場規模や成長性のような『チャンス』要因と比べると、国民性の違いのような『リスク』要因はないがしろにされがちである。」国民性を指数化する試みとしてホフステッド指数とGLOBE指数がある。日本人はやや集団的であり、「それゆえに海外企業との協力関係を築くのがうまくない可能性がある」[p.202]。
・感想:集団的かどうか、だからどうなのかという議論はネットワークの考え方で将来的には理解できるようになるような気がしました。
第11章、アントレプレナーシップ活動が国際化しつつあるのはなぜか
・「アントレプレナーシップ活動は本質的に一定の地域に集積する傾向がある[p.221]」(経営資源や知識を得やすいため、ベンチャーキャピタルによる投資の容易さのため)。ところが、最近は、「深い知識や情報が、国境を頻繁に往復する人々で形成されたコミュニティ(超国家コミュニティTransnational Community)を通じて、国境を越えて『飛ぶ』ようになっている[p.216]」。
・感想:この議論もネットワークの問題に集約されてしまうかもしれないと思いました。
第12章、不確実性の時代に事業計画はどう立てるべきか
・経営戦略論の研究者はおおまかに、コンテンツ派(企業はどのような戦略をとるべきかを考える)と、プランニング派(どういうやり方で戦略や事業計画を立てるべきかを考える)に分けることができる[p.226]。プランニングの考え方には、計画主義と学習主義がある[p.227-230]。リアル・オプションのエッセンスは「『段階的な投資』を考えるというシンプルなもの[p.233]」。それにより、リスクをおさえ、機会を取り逃がさないですみ、学習することができる、というメリットがある[p.234-236]。「リアル・オプションは『不確実性が高いことはむしろチャンスである』ということを明示的に説明した[p.236]」。「不確実性の高い事業環境では、事業計画とは単に計画を練るためのものではなく、事前に不確実性を洗い出し、仮定は仮定としてつねに認識し、それを恒常的にチェックするために行うものである[p.243]」。不確実性には内生的(自ら行動を起こせば低下させることができる)なものと、外生的(コントロールできない)なものがある。例えば、「不確実性を事前にきちんと洗い出し、分類し、そして段階投資にもとづいた複数の投資シナリオをきちんと分析して計画に取り込んでおく[p.248]」というやり方で、「リアル・オプションの事業計画は、プランニング派の計画主義と学習主義の架け橋となりうるのではないか[p.247]」。
・感想:特に研究開発の分野では、第一線の実務的には学習主義が使いやすいのですが、管理者や経営者には計画主義を好む人も多いため、それらの人々の支援を得るのに苦労することがあります。リアル・オプションの基本的な考え方は、研究の実務では実際によく用いられており、その有効性を主張する意見も多いと思いますが、その考え方は計画主義の人々の協力を得ようとする場合の武器になりうるように思いました。
第13章、なぜ経営者は買収額を払い過ぎてしまうのか
・「①経営者の思い上がり、②自社をどうしても成長させたいというあせり、③国家を代表しているというプライドが、経営者に高い買収プレミアムを支払わせている[p.263]」
・感想:研究開発への投資額や期待値を考える場合にも、まさに上記のバイアスがかかっていると思います。それがプラスの方向に作用する場合もないとは言えないと思いますが、注意すべきポイントだと思います。
第14章、事業会社のベンチャー投資に求められることは何か
・コーポレートベンチャリングとは、「大企業の内部において、あたかもスタートアップ企業のように自立性をもった新しい事業部門を立ち上げること」。コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)投資は、「一般の事業会社が、あたかもベンチャーキャピタル企業のように若いスタートアップ企業(ベンチャー企業)に投資をすること」[p.266-267]。CVCのメリットは、技術やビジネスモデル、事業の将来性に関する深い情報を得られること、スタートアップ側にとっては、事業会社の経営資源を活用できること、つまり知の探索の手段となり、リアル・オプションになること[p.274-276]。そのため、「オープン・イノベーション戦略の一手段となりうる。[p.282]」。ただし、スタートアップにとっては技術が事業会社に奪われる、事業会社の都合に振り回されるというリスクもある[p.278-279]」。「CVC投資はリスクも大きい。成功のために、事業会社は長期的に業界内での信用を築き上げることが重要[p.282]」
・感想:オープン・イノベーションが話題になることが多いですが、「信用」まで考えた進め方がどこまで理解されているのでしょうか。ひょっとするとそれがオープン・イノベーション成功の秘訣なのかもしれません。
第15章、リソース・ベースト・ビューは経営理論といえるのか
・リソース・ベースト・ビューを取り上げて、経営学の理論と実証研究のあり方について議論が交わされている。
・感想:実務上は、ある考え方に「理論」と名がついていようといまいと関係ありません(有名な先生の名前やもっともらしい理論の名前が議論に効果的なこともありますが)。科学分野では、実験結果によってある理論が否定されることも、適用範囲が限定されることもよくあることなので、「理論」という言葉自体にそれほど意味を期待する必要はないように思います。ただ、ある考え方が、「理論」の名のもとに覚えやすく使いやすくまとめられていることは非常にありがたいことですし、理論をめぐる議論を通じて経営学が深まるならば好ましいことであると思います。

PART III、経営学に未来はあるか(第16章:経営学は本当に役に立つのか、第17章:それでも経営学は進化しつづける)
・経営学の課題:「①経営学者の理論への偏重が、理論の乱立化を引き起こしている。②おもしろい理論への偏重が、重要な経営の事実・法則を分析することを妨げている。③平均にもとづく統計手法では、独創的な経営手法で成功している企業を分析できない可能性が残る。」[p.325-326
・経営学を科学的でありながら役に立つものにするための新しい試みとして、エビデンス・ベースト・マネジメント(定形化された事実法則を企業経営の実践にそのまま応用しようとする)、メタ・アナリシス(これまでに蓄積されてきた研究結果そのものをデータとして統計解析を行う)、定性的な手法(ケース・スタディー)に再注目する、ベイズ統計を使う、複雑系の考え方を導入する、などのアプローチがある[第17章]。
・感想:経営学に限らず、多くの学問分野において、その分野なりの課題はあると思います。多くの場合、課題が広く認識され、その解決のために努力がなされることで、その分野が発展していくのではないでしょうか。しかし、発展はある目標に向かって最短距離で進むとは限らず、例えば学会で評価され出世しようとすることが研究者のバイアスになることはどの分野でもありますし、また、ある手法や課題がある時期学会で人気となり(ということは注目されやすく出世の機会も増える)、そこばかりが注目され、真に必要な研究が疎かになる、という問題もどこにでもあると思います。実務家にとっては、ある理論(考え方)なり発見なりが自分の課題解決に使えるかどうか、あるいは、課題解決のヒントが得られるかどうかが重要ですので、ぜひ、様々なアイデアを提供していただくことを学者の皆さんには期待したいと思います。理論が統計的に実証されることも重要でしょうが、実務の世界で有効性が実証されることも意義のあることだと思います。実務家が経営学に貢献できるとしたらそういう点なのかもしれません。
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以上、本書の内容のまとめとそれぞれの話題についての感想を述べさせていただきましたが、本書に解説された最先端の経営学上の考え方は非常に興味深く、役立つものが多かったと思います。確かに、こうした情報に対するフォローが日本ではなかなかできていないことは著者の指摘の通りだと思いますし、我々もそうした努力を怠るべきではないのでしょう。ただ、科学の分野では、ある分野の最先端の研究の全体観を著者の見解も入れて解説した「研究総説」というものが発表されることが多く、教科書の内容を超える最先端の知見を学ぶ上で非常に参考になっています。経営学の単発の論文を読むことももちろん必要でしょうが、科学分野と同様、個々の論文は玉石混交でしょうから専門家以外の人がそれをフォローすることは効率的ではないようにも思います。本書のような情報は実務家にとっても非常に有用と感じましたので、このような情報が得やすくなることを期待したいと思います。

文献1:入山章栄、「世界の経営学者はいま何を考えているのか 知られざるビジネスの知のフロンティア」、英治出版、2012.

参考リンク<2014.1.26追加>