どんなイノベーションの試みが成功するのか。どうやったら成功確率が上がるのか。この問いに対しては、様々な検討が行われ、実務家にとっても参考になる考え方が蓄積されつつあるように思います。今回は、三品氏らが提唱している「リ・インベンション」という考え方について、著書[文献1]に基づいて検討してみたいと思います。

著者は、「声高にイノベーションの重要性が叫ばれる割には、良い結果が出ていないのではないかという疑念があります」と述べ、「リ・インベンションをイノベーションに対置すべき概念と捉えています」[p.14]として、イノベーションではなく、リ・インベンションを目指すべきであるとしています。本稿では、その違いは何なのか、どうしたらリ・インベンションがうまく進められるのか、という点を中心に著者の考え方をまとめます。

イノベーションとリ・インベンション
・イノベーションの定義:「過去の競争の中で定められたパラメーター上で、技術的なブレークスルーにより、漸進的あるいは飛躍的な性能の向上、または多機能化を実現すること」[p.71-72
・リ・インベンションの定義:「ある製品について、いまとなっては解消できるようになったにもかかわらず放置されている不合理や、かつては合理だったもののなかに新たに芽生えた不合理を解消すべく、当該製品を特徴づけると長らく考えられてきた特性パラメーターを無視して、誰に、何を、どのように提供すべきものなのかにまで立ち返り、評価軸自体を作り替えること」[p.76

イノベーションの限界(日本企業が注力してきたイノベーションの現実)
・「イノベーションの供給過剰、もしくはコモディティ化」[p.35
・「イノベーションが論じられる文脈を分析してみると、実は苦しいときの神頼みに近いことがわかります。」「イノベーションとは日本の空洞化が顕著になった時期に、救世主の役割を期待された概念だったということがわかります。そこに期待はあっても、必ずしも解があるとは限りません。」[p.60-61
・高い技術力を活かした製品開発の努力が報われないパターン:1)製品が消費者に受け入れられない、2)好意的に受け入れられたものの企業側の利益には結びついていない[p.61-62
・「イノベーションの背後には汎用部材技術、または装置の進歩が控えているのが普通です。だから、同業他社や新規参入者もイノベーションの源泉にアクセスできてしまうのです。そうなると、いくら発売当初に最高スペックを誇っていようと、競合他社がキャッチアップしてくるのは時間の問題で、どうしても横並びの同質競争に陥ってしまいます。」「イノベーションと叫んでも、それを単独で成し遂げることのできる企業など皆無に近く、大方は部材メーカーや装置メーカーの力を借りることになっています。そしてイノベーションの源泉は往々にして部材や装置の方にあり、・・・成果を独り占めするわけにはいかないのです。」[p.68-69
・「技術者は『いいもの』をパラメーターに置き換えて数値競争を演じますが、本当に測りやすい数字を追いかけることが買い手のためにも企業のためにもなるのでしょうか」[p.70]。
・「イノベーションはいつ、いかなるときも等しく有効とは言えないことに気づきます。ライフサイクル上の成長期まではおおいに効力を発揮するものの、成熟期や衰退期にはいると、信用(使用実績)や価格を重視する購買行動が支配的となり、イノベーションの効力が落ちてしまうのです。成熟期に入っても、あたかも成長期のごとくイノベーションを追求すれば、むなしい結果に終わるのは仕方ありません。」[p.73

リ・インベンションの事例
・起業家の挑戦:ホヴディング(自転車用ヘルメット)、レボライツ(自転車灯火)、スマートペン(メモ入力)
・企業家の挑戦:OXO(キッチン用品)、エアマルチプライヤー(ダイソン)、アイパッド(アップル)
・大企業の挑戦:ベイブレード(対戦型コマ)、ネスプレッソ(ネッスル)、ウォークマン(ソニー)

イノベーションとリ・インベンションの違い

1)狙いの違い:「イノベーションは表面的には高付加価値化を狙いますが、その基準点は競合製品に置かれます。だから、競合製品と比べた相対的優位が争点になるわけです。それに対して、リ・インベンションは、従来製品では満たされていなかったニーズに応えるところに狙いがあります。これは相対尺度で測るものではありません。」[p.76
2)従来のパラメーターに対する態度の違い:「イノベーションは競合製品との差異化を狙うので、従来のパラメーターを肯定的に捉えます。肯定したうえで競わないと、競合製品より優れていることを証明できないためです。それに対してリ・インベンションは、従来のパラメーターを否定します。従来のパラメーターでは捉え切れていない不合理の解消に狙いがあるためです。」[p.76-77
3)必要とされる力の違い:「イノベーションの成否は技術的なブレークスルーを生み出せるかどうかにかかっています。そこでは組織的な技術力が問われます。一方、リ・インベンションの成否は誰に、何を、どのように提供するものなのかというコンセプトにかかっています。そこでは必ずしも技術力は必要なく、構想力が問われます。」[p.77

リ・インベンションの方法論
・「リ・インベンションが泥沼の競争から抜け出す手段となりうるのは、消費者の共感を生むからにほかなりません。そして共感は『インテグリティ』から生まれます。インテグリティとは『全体として一つにまとまった状態』を指す英語の言葉で、本書では『製品の隅から隅まで理想が貫かれた状態』と捉えることにしています。」[p.210
・インテグリティを実現する製品企画の3つの要点
1)標的探索:故きを温ねる(「消費者が見慣れてしまい、特段の期待を寄せることもなくなった製品、メディアが見向きもしないような製品、それがリ・インベンションの格好の対象になる」[p.213])、技術の変化を問う(「最新の技術を使うことで、ユーザビリティ(使い勝手)を劇的に引き上げる方法があるか[p.214]))、ニーズの変化を問う[p.216]。
2)創意工夫:取り残された人々を見つめてみる[p.219]、忘れ去られた機能を見つめてみる(本質機能から遠く離れた副次機能)[p.222]、あたりまえの売り方を変えてみる(リ・インベンションは一連のバリューチェーンにメスが入って、初めて本物になる[p.227])。
3)十分条件:インテグリティで共感を引き出す(開発者の本気度と連動する)[p.227]、捉えどころのない感覚にこだわり抜く(「一個人の主観を信じて時間と労力を注ぎ込み続けるのはリスキーに見えますが、リスキーに見えるからこそ競合他社は怖じ気づいてしまいます[p.232]」、旧習に妥協する発想をぬぐい去る[p.233

リ・インベンションの推進体制
・「リ・インベンションのケースでは<やりたいこと>を持った個人が先にいて、あとからプロジェクトが立ち上がるのが普通[p.241]」
・「リ・インベンションにとってマーケットリサーチは禁断の果実[p.241]」
・人材:社外に人を求める[p.243]、社内で人を育てる(『新卒』活用-新卒採用の複線化(契約制)[p.246])、逸材を選び出す[p.248
・マネジメント:少数精鋭チームを隔離する(インテグリティの確保)[p.251]、外人傭兵チームを制御する(気持ちよく挑戦できる就業環境を用意する[p.253]、管理は雑用を増やすだけ[p.255]、人選さえ間違えなければ管理は要りません[p.254])、成功の芽を内部に取り込む(事業化への道が見えてきたときの対応、チームの維持か、選手交代か[p.255])。

日本企業の改造
・「日本企業を際立たせる最大の特徴は『全員経営』に求めることができます[p.260]」。「変化がオペレーションを複雑にすると、ありとあらゆる事態をあらかじめ想定して作業標準やマニュアルに対処法を書き記しておくことが難しくなります。そうなると、科学的経営の威力は色褪せて、突発する問題に現場が臨機応変に対処する能力を備えた全員経営が優位に立つようになるわけです[p.262]」。「その集大成が合議による計画経営です[p.266]」。
・日本企業改造の3つの選択肢:1)全員経営によって「比較優位を発揮できるフィールドに事業立地を絞り込む[p.279]」、2)「うたかたのように消えては現れる事業機会をモノにしにいく臨機応変な経営スタイル[p.279]」にする(「普通の人に仕事をさせる工夫が計画経営の本質で、その次元にとどまる限り、日本はアジア勢に追いつかれてしまいます[p.281]」)、3)「高々半世紀にわたって栄華を極めたに過ぎない<日本的経営>を守りにいっては、末代まで禍根を残します。・・・日本の大企業が敢えて<訣別>の道を選ぶなら、まずは既存の組織を旧社として、新社を立ち上げるところからすべてが始まります。・・・ここでも障害は会議だらけの全員経営の発想です。[p.283-284]」
---

イノベーションと呼ばれる活動を分類して、どういうイノベーションがどういう時に成功する(あるいは失敗する)かを考察することはよく行われています。その代表的な例は、Christensenらによる破壊的イノベーションと持続的イノベーションの考え方でしょう。本書で提唱している「リ・インベンション」は、破壊的イノベーションに、また、本書の「イノベーション」は持続的イノベーションにかなり近い概念のように思われます。リ・インベンションの進め方についても、従来見過ごされていた点に着目することや、消費者の真のニーズを認識することの重要性を指摘している点など、破壊的イノベーションの具体的な進め方に近いものがあり、こうした考え方が近年のイノベーションを理解する上で無視できないものになりつつあることがよくわかります。もちろん、両者が全く同じ概念というわけではなく、例えば、本書でインテグリティを重視している点や、「リ・インベンション」を苦手とする日本企業の経営の問題点に関する指摘などは、興味深い示唆を含んでいると感じました。「リ・インベンション」のやり方で必ずうまくいくとは言えないかもしれませんが、成功のための有望な考え方のひとつであることは間違いないと思います。

ただ、本書の考え方はどちらかというとイノベーションの開始段階、アイデアの立上段階についての議論が主で、それをどうやって育てればよいか、どのように軌道修正していくべきか、という点についてあまり議論がなされていない点は、今後の課題のように思いました。「リ・インベンション」の条件を満たせば成功が保証されるというものではないと思いますし、例えば、同じような「リ・インベンション」の間での競争優位は何によって決まるのか、など、実践する上で気になる点は残っていると思います。しかし、イノベーションについてのこうした考察を積み重ねていくことによって、イノベーションの成功にとって何が好ましく、何が好ましくないのか、といった実践家にも役立つ考え方が具体的になっていくのではないかと思います。これからの展開に注目していきたいと思います。


文献1:三品和広+三品ゼミ著、「リ・インベンション 概念のブレークスルーをどう生み出すか」、東洋経済新報社、2013.