既存企業は革新的なイノベーションが苦手、ということはChristensenの「イノベーションのジレンマ」での指摘で広く知られるようになったと言っていいでしょう。一方、近年では企業が利益を上げてもそれが雇用に結びつかない傾向も指摘されています(例えば、アメリカ企業の例が「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)で述べられています)。既存企業はイノベーションが苦手なせいで雇用を生みだすことができていないのか、それとも、イノベーションへの投資自体を渋るようになっているのかは興味のあるところです。

クリステンセン、ビーバーによる論文、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」[文献1]では、なぜ既存企業はイノベーションへの投資を渋る傾向があるのか、という問題が取り上げられています。述べられている内容はひとつの仮説と理解すべきものでしょうが、研究者にとっても投資を得やすくするために知っておいて損のないことが書かれている気がしましたので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。

状況認識
・「2008年に景気が後退して以降、世界経済の回復の足取りは鈍い。」
・「金利が歴史的な低水準にあるにもかかわらず、企業が多額のキャッシュを溜め込み、成長に寄与しそうなイノベーションへの投資を怠る、という現象も見受けられる。」
・「幸いにも筆者たちは、経営者やマネジャーがなぜ、リスクを伴いそうなイノベーションの追求に尻込みし、手をこまねいているのか、その理由を探り当てることができた。」
・「問題の革新は、イノベーションの種類ごとに経済(そして企業)に及ぼす影響が大きく異なるにもかかわらず、投資可否を評価するに当たっては、共通の、しかも欠点のある尺度を用いている点にある。より具体的には、金融市場と個別企業は、雇用を創造するイノベーションよりも、雇用減につながるイノベーションに高評価を与える評価尺度を使っているのである。なぜこの種の尺度に頼るのかといえば、資本は『稀少な資源』(経済学者ジョージ・ギルダーによる表現)であるから何としてでも温存すべきだ、という時代遅れの前提を置いているからである。」

イノベーションの3形態(成長に及ぼす作用の違いによる分類)
・業績向上型イノベーション:「よりよい新製品を創造して旧来の製品を駆逐する。新製品を購入する顧客は一般に旧来製品の購入を止めるため、この種のイノベーションが引き起こすのは代替であり、通常は新規雇用の創出効果は小さい」。クリステンセンらは、「業績向上型イノベーションを持続的イノベーションとして扱い、高業績を保つ既存企業は皆、持続的イノベーションを安定的に繰り返すことに重点を置いたリソース配分を行う、と指摘している」。
・効率向上型イノベーション:「市場に定着して久しい成熟製品を低価格で製造し、従来と同じ顧客層に販売するうえで寄与する。いわゆるローエンド型破壊は効率向上型イノベーションの一種であり、新しいビジネスモデルの創造を伴う。・・・効率向上型イノベーションは2つの重要な役割を果たす。第一の役割である生産性向上は、競争力の維持に不可欠だが、雇用減少という痛みを伴う副作用がある。第二の役割として、資本をより生産的な用途に振り向けることを可能にする。」
・市場開拓型イノベーション:「複雑な製品や高コストの製品を大胆に革新し、新しい顧客層や市場を開拓する。・・・『専門技能を持った顧客や資金力のある顧客しか購入できない製品やサービスに関しては、市場開拓機会があると考えてまず間違いない』と述べてかまわないだろう。市場開拓型イノベーションには2つの重要な要素がある。一つは、生産量の拡大に伴って単位当たりのコストの低減を可能にする技術である。もう一つは、非顧客層(従来製品に手の届かなかった層など)を取り込むための新しいビジネスモデルである。効率向上型イノベーションに、非顧客層を取り込むよう適切な方向付けを行うと、市場開拓型イノベーションへと変質する、と考えればよい。・・・市場開拓型イノベーションを実践する企業は一般に、社内に新たな雇用を生み出す。・・・コストの低減を可能にする技術と、顧客層をとことん広げて新しい顧客に奉仕しようという野心。この2つが結びつくと革命的な作用が起きる可能性がある。・・・市場拡大型イノベーションには成長資金が欠かせず、時には巨額が必要となるが、多数の雇用創出という意図せざる好ましい副産物がある。」

なぜ企業は、雇用創造に寄与する市場開拓型イノベーションではなく、雇用削減につながる効率向上型イノベーションを、主な投資対象とするのか
・「稀少な資源の管理には細心の注意を払うべきだが、資本はもはや稀少ではない。・・・資本はあふれ返っているのだ」。にもかかわらず、「資本家は資本の効率を崇め奉るよう教育されているため、収益性を絶対値ではなく、RONA(純資産利益率)、ROIC(投下資本利益率)、IRR(内部収益率)などの比率で測るようになった。・・・RONAROICを向上させるには、当然ながら分子の利益を増やせばよかった。しかし、それが難しそうだったら、アウトソーシングの増加や資産の圧縮などによって分母を小さくすることに重点を置けばよい。・・・同様にIRRを押し上げるには、増益を通して分子を大きくするか、収益が実現するまでの期間を短縮して分母を小さくすればよい。投資回収期間の短いプロジェクトだけに案件を絞れば、IRRは向上するのである。これらの事情により、市場開拓型イノベーションの投資妙味が小さくなっている。一般に、効率向上型の投資回収期間が1~2年であるのに対して、市場開拓型では5年ないし10年を要する。・・・RONAROICIRRなどを基に投資案件を評価すると、どこからどう見ても、効率向上型のほうが常に魅力的に映るのだ」。「こうして、効率向上型イノベーションが最優先の選択肢、何もしないのが次善の策となり、成長や雇用創出に有効なイノベーションへの投資は、3番手に甘んじている。」
・「高収益と高成長が見込まれる新興市場での事業機会にリソースが回らず、既存顧客に重点を置いた予測可能性の高い投資案件が好まれる・・・。この状況は、たとえ競争が熾烈であっても、既存市場で少しでも市場シェアの獲得を目指すほうが容易に見える、という逆説を引き起こす。
・「こうして資本家のジレンマが生じる。つまり、投資判断ツールに従うなら、大多数の投資家にとっては長期的な繁栄につながる行いはすべきではないことになるのだ。資本収益率の最大化を目指していながら、狙いとは逆の結果を生んでしまう。」
・「もはや資本を節約すべきではない。資本は潤沢でコストも低いのだから、退蔵せずに活用すべきである。企業のリソース配分プロセスは、経済と資本市場の新たな現実を反映していない可能性が高い。ハードル・レート(必要とされる最低限の利回り)は絶対的なものではなく、資本コストの変化に合わせて変えればよいし、変えるべきである。」

探究に値する4つの解決策の提案
・「この問題に簡単な解があるかというとそうではない。探究に値する4つの解決策」は次のとおり。
1、資本の目的を修正する:「今日では資本のほとんどは『放浪者タイプ(migratory)』である。・・・何かに投下された後、できるだけ多くの追加資本を手にしてそこから脱出したいと願う。これとは別に、リスクを嫌う『臆病者タイプ(timid)』の資本もある。・・・失敗しそうな案件に投資するよりは温存しておいたほうがよい、というわけである。さらには、いったん企業に投じられたなら、いつまでもそこに留まっていたい、『冒険者タイプ(enterprise)』の資本もある。資本家のジレンマを解消するには、必然的に放浪者タイプと臆病者タイプの資本を『説得』して、冒険者タイプへと転換してもらうことになる。」
2、ビジネス・スクール改革:「資本家のジレンマを生み出した原因のかなりの部分は、HBSを含む一流ビジネス・スクールにある。・・・よく言えば表層的、悪く言えば有害な成功指標を開発してきた。大半のビジネス・スクールでは、ファイナンスを独立科目として教えている。戦略論も同様である。戦略はあたかも、資金調達や財務管理などとは無関係に立案、実行できるかのように扱われているのだ。ところが現実には、ファイナンスの論理をかざせばいつでも戦略上の至上命題を打ち破り、戦略を葬り去ることができる。これを防ぐには、企業の投資判断に対して各分野が最大限の貢献を果たすよう、手法やモデルを開発するほかない。・・・ビジネス・スクールでは、リソース配分プロセスの機微をまったく取り上げない例も多い。・・・成長可能性の高い長期投資の機会をうかがわせる状況は、どう見分ければよいのだろう。新規市場を対象とした投資案件を評価するには、将来キャッシュフローの予測の代わりに何を用いればよいのか。未開拓の顧客層の業務を支援するために、イノベーション機会を見つけて推進するには、どういった方法があるのか。IRRNPV(正味現在価値)など従来からの評価指標は、どのような場合に最も適し、どのような場合にやっかいを引き起こすのか・・・。企業の各職能は互いに依存関係にあるため、ビジネス・スクールの講義にもそれを反映させるべきである。」
3、戦略とリソース配分のベクトルをそろえる:例えば、「事業機会の評価にはリスク調整後の資本コストを用いる」とか、「R&D支出をガラス張りにする」、「イノベーション案件とそれによる事業成長見通しを分析するために、リーダー向けの社内ツールを用意すること」など。
4、マネジメントの自由度を高める:「出発点としては、表計算ソフトを、戦略上の意思決定を下すための有用なツールとして活かしながらも、意思決定を肩代わりさせるのは避けるのがよいだろう。・・・問題は、これら指標をどう理解、応用するかである。ピーター・ドラッカーやセオドア・レビットはかつて何十年にもわたり、『事業領域を製品や標準産業分類によって分けるのをやめ、事業の核心は顧客の創造にあることを思い起こすように』と説き続けたが、私たちは当時と比べてむしろ退化してしまった。」
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研究開発に限らず、投資判断は何らかの根拠に基づいて行われるのが普通でしょう。投資がどのように決定されるかはそれぞれの企業によって異なるでしょうが、多くの投資案件を抱えてその優先順位づけをしなければならない場合には、将来の収益見通しや投資とのバランスが数値化されて考慮されることが多いのではないでしょうか。しかし、判断の根拠としてその数値を採用することの妥当性はあまり問われることはないと思います(それを決定するのは経営者の仕事かもしれませんが)。資本コストが下がっている近年の状況においては、従来の評価のための数値が適正なものではない、という著者らの主張は、なるほどもっともだと思います。

適正でない数値なら改めればよい、はずなのですが、そう簡単ではないようです。人間には現状維持バイアスや損失回避バイアスがありますし、数値の持つ分かりやすさは、恣意的な判断を防ぐ歯止めとしても重要でしょう。ただし、経営判断を「省力化」するための手段として数値が使われているのだとすれば、まずはその点を反省しなければならないと思います。

著者らも述べているように、「資本家のジレンマ」を解決するための簡単な方法はまだないようです。研究開発の実務家の立場からは、まずは、投資に積極的になれない要因をよく理解し、その中で、なるべく投資してもらいやすい環境を作ることが重要だと思います。本論文から得られる示唆を、投資を受ける研究実務家の立場から整理すると以下のようになると思います。
資本家のジレンマの問題点
・リスクのある不確実なプロジェクトへの投資に消極的になってしまう。
・短期的な結果を重視しすぎる。
・評価軸が画一化され、ポートフォリオの発想が失われる。
このように理解すると、以下の対応策が思いつきます。これは投資家のジレンマを解決する方法とは言えませんが、投資家のジレンマがあることを前提として、少しでも事態を改善することにはつながるのではないでしょうか。
・うまくいかないリスクおよび、うまくいく可能性をなるべく定量化し、さらに、リスクを減らすことを考える。少なくとも、リスクを考慮対象とすることは必要でしょう。リスクの低減に寄与する研究開発の意義を強調することもよいかもしれません。
・リスクとして、何もしないことにで発生するリスクも評価する。
・なるべく小さい投資で多くのことを学ぶ(リスクおよびリターンの予測の精度を上げる)計画とする。進捗評価による計画見直しを前提として、その頻度を上げてもよいかもしれません。
・段階的投資、リアルオプション(「世界の経営学者はいま何を考えているのか」りあ記事で紹介しました(第12章))の考え方に基づく計画とする。
・研究プロジェクトのポートフォリオを考える。短期か長期か、リスクの高さ、リターンの大きさ、投資の大きさなど、さまざまな因子でプロジェクトを評価し、ポートフォリオに基づいた投資を行う。

こう考えると、研究開発行為によって情報を得て、リスクやリターンの予測の精度を上げること自体が、投資の獲得に寄与するのではないかと思えます。投資をした結果として設備が残るならまだ理解されやすいかもしれませんが、研究への投資から得られるのは情報という無形の資産が主だとなると、資本の無駄遣いという印象を与えてしまうかもしれません。それが原因でいよいよ投資意欲を殺いでしまう可能性もあると思います。投資に見合う無形資産を蓄積すること、その資産をうまく活用し経営者の先入観を変えさせることが、研究に対する投資の獲得に有効だと思うのですが、いかがでしょうか。


文献1:Clayton M. Christensen, Derek van Bever、クレイトン・M・クリステンセン、デレク・バン・ビーバー著、有賀裕子訳、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」、Diamond Harvard Business Review, December 2014, p.24.
原著:The Capitalist’s Dilemma, Harvard Business Review, June 2014.

参考リンク