不確実性の高い研究開発をうまく進めるには、事前に周到な戦略を立てるよりも、戦略が市場からわき出てくるような「創発的戦略」をとることが好ましいという考え方を以前にご紹介しました。この創発的戦略は、実践家の立場から見て、大変重要な考え化tだと思っていますので、その提唱者であるMintzbergがマネジメントをどう捉えているかについても興味のあるところです。

そこで今回は、ミンツバーグ著「ミンツバーグ マネジャー論」[文献1](原著表題は、Simply Managing: What Managers Do – and Can Do Better)を取り上げます。創発的戦略同様、ある思想に基づいて具体的な方法論を演繹的に検討するというアプローチではなく、現実に基づいたマネジメント論として参考になる点が多いと感じましたので、特に興味深く感じた点をまとめたいと思います。

第1章、マネジャーにまつわる定説
・マネジメントをありのままに見ることをさまたげる3つの『定説』:
1、「リーダーは、正しいものごとをおこない、変化に対応するのが役割で、マネジャーは、ものごとを正しくおこない、日々の面倒な業務に対応するのが役割だと言われる」。「実際には、いま私たちが憂慮すべきなのは、マイクロマネジャーではなく、おおざっぱにリーダーシップを振るいすぎる『マクロリーダー』だ。組織の上層部の人間が現場を知ろうとせずに『大きなビジョン』だけを振りかざし、いわば遠隔操作でマネジメントをおこなおうとする風潮があるのだ。・・・リーダーとマネジャーを別物と考えるのではなく、両者を一体のものとみなし、リーダーシップとは成功しているマネジメントのことだと理解する必要がある。[p.12-13]」
2、「マネジメントは『サイエンス』でもなければ『専門技術』でもない。・・・マネジメントを成功させるためには、サイエンスだけでなく、アートとクラフト(=技)の要素が不可欠だ。・・・アートは、マネジメントに理念と一貫性を与える。クラフトは、現実の経験に基づいて、マネジメントを地に足のついたものにする。そしてサイエンスは、知識の体系的な分析を通じて、マネジメントに秩序をもたらす。・・・クラフトとアート、それにサイエンスの要素が合わさった仕事であるマネジメントは、実践の行為と呼ぶのがもっともふさわしいだろう[p.13-15]」。「工学や医学の場合、専門教育を受けた専門家はほぼ例外なく、素人より質の高い仕事をする。しかしマネジメントはそうとは限らない。・・・マネジャーが『いちばん知識があるのは自分だ』と思い込むと、マネジメントはうまくいかない。マネジメントとは、なによりも人々の背中を押す仕事だからだ。[p.16-17]」
3、「マネジメントは変わっていない。[p.18]」
・「私のねらいは、マネジメントについての人々の視野を広げ、考える背中を押すことにある。・・・著者である私と一緒に想像をめぐらし、自分の経験を振り返り、問いを発するきっかけにしてほしい。マネジャーの仕事は、どれだけ自分の頭で考えて行動できるかで決まるのだから。[p.20]」

第2章、時間に追われるマネジャーたち――プレッシャーにさらされ続ける仕事
・「マネジメントの質を大幅に改善するためには、マネジャーの仕事に関するイメージと実態のギャップを埋めなくてはならない。[p.26]」
・マネジャーの現実[p.26]:「いつも時間に追われている」、「さまざまな活動を短時間ずつ、細切れにおこなっている」、「ものごとをみずから実行するケースが多い」、「非公式で口頭のコミュニケーションを好む」「対人接触の多くをヨコの人間関係が占めている」、「しばしば目に見えない形でコントロールをおこなっている(「うまく新しい仕事をつくったり、既存の役割を利用したりしている[p.48]」)」。
・「組織の強さを決定づけるのは、コミュニティのメンバー同士の関係、とくに信頼と尊敬である。・・・インターネットはネットワークを強化するかもしれないが、コミュニティを弱体化させる危険がある。[p.51]」

第3章、情報、人間、行動をマネジメントする
・「マネジャーの仕事を、情報の次元、人間の次元、行動の次元という、3つの次元で構成されるものと考えたい。[p.56]」
・「マネジメントの最大の目的は、組織・部署が役割をはたせるようにすること。・・・目的を達成するためには、なんらかの行動が必要とされる。ときにはマネジャー自身が『行動』する場合もあるが、たいてい、みずからは行動から距離を置く。第一に、行動から一歩距離を置いて、メンバーのコーチングをおこない、モチベーションを高め、チームを築き、組織文化を強化するなどして、ほかの『人間』が行動する背中を押す。第二に、さらにもう一歩距離を置いて、セールスチームの販売目標を設定したり、顧客に関する情報を共有したりして、『情報』を使ってほかの人たちの行動を導くこともする。[p.60]」
・情報の次元のマネジメントの要素[p.64-69]:モニタリング(情報収集)、情報中枢(重要な情報がすべて通過する情報の交換台のような存在)、情報拡散、スポークスパーソン、文書以外の情報
・情報を利用した組織のコントロール[p.69-74]:「マネジャーの意思決定は、コントロールの手段という性格ももっている。意思決定を通じたコントロールとしては、『設計(プロジェクトや構造、システムなどの設計)』『委任(実行の委任)』『承認(メンバーからの提案を承認するか)』『分配(資源の分配)』『宣告(目標を課す)』という5種類の活動がおこなわれている。
・人間の次元のマネジメント[p.75-93]:組織内の人々を導く要素としては、『リーダーシップ(ただし、魔法の杖ではない)』、『メンバーのエネルギーを引き出す(「必要なのは、マネジャーが人々に対しておこなうエンパワーメントではなく、人々とともにおこなう『エンゲージメント(関わり合い)』」)』、『メンバーの成長を後押しする』こと、『チームを構築・維持する』こと、『組織文化を構築・強化する』ことがあげられる。組織外の人々と関わる要素としては、『人的ネットワークをつくる』、『組織を代表する』、『情報発信・説得をおこなう』、『情報を内部に伝達する』、『緩衝装置になる』がある。
・行動のマネジメント[p.95-108]:組織内での実行として、『プロジェクトに関わる』、『トラブルに対処する』、対外的な取引として、『同盟関係を築く(支持を集める)』、『同盟関係を活用して、交渉をおこなう』ことがある。
・「必要なのはこの3つの次元すべてで活動できるマネジャーだ。・・・マネジャーが実践するさまざまな役割は、すべてが合わさって一つの仕事を形づくっている。一連の役割を切り離して考えるべきではないのだ。[p.110]」

第4章、いろいろなマネジメント――マネジメントの知られざる多様性
・組織のタイプ[p.125-127]:新興企業型組織(一人のリーダーを中心とする中央集権型)、機械型組織(単純な反復業務)、専門家型組織(メンバーはおおむね自分の判断で仕事をする)、プロジェクト型組織(専門家たちのプロジェクトチームを中心とする)、ミッション型組織(協力な組織文化に支配されている)、政治型組織(トラブル対応に追われる)。
・個人的なマネジメントスタイル[p.138-145]:特に注目すべきだと思われる3つの側面は、行動志向の度合い、組織における立ち位置(トップか、真ん中か、いたるところで活動しているのか)、アートとクラフトとサイエンスのバランス。サイエンス偏重では分析過剰の『計算型』に、サイエンスによる体系的分析を欠けば支離滅裂な『無秩序型』に、アート偏重ではアートが自己目的化する『ナルシスト型』に、アートのビジョンを欠けば刺激のない『無気力型』に、クラフト偏重ではマネジャーが自分の経験の範囲内に閉じこもる『退屈型』に、クラフトの経験の要素を欠けば地に足のつかない『現実有利型』になりかねない。マネジメントを成功させるためには、アートとクラフトとサイエンスの3要素を何らかの形でブレンドさせることが不可欠[p.145-144]。
・マネジメントの基本姿勢[p.151-166]、マネジャー以外の人物によるマネジメントの度合い[p.166-175]によっても異なる形態のマネジメントがある。

第5章、マネジャーの綱渡り-マネジメントの避けられないジレンマ
・上っ面症候群[p.178-179]:「押し寄せてくる情報に対処するだけの人物になりがち」
・計画の落とし穴[p.181-185]:「あわただしさのなかで、指示を発し、意思決定を監督することは簡単でない」。必要なのは、戦略プランニングでなくて戦略クラフティング。「戦略は、正式なプロセスをへずに学習されるという形で出現する場合もある。[p.184]」
・分析の迷宮[p.185-190]:「分析によって細かく分解された世界を、どのようにして一つにまとめればいいのか。[p.185]」
・現場との関わりの難題[p.190-198]:「マネジメントという行為の性格上、マネジャーがマネジメントの対象から乖離することは避けられない。・・・現場と切り離される宿命にあるマネジャーが現場との結び付きを失わないためには、どうすればいいのか。」
・権限委譲の板ばさみ[p.198-200]:「マネジャーがほかのメンバーより情報をもっているために、他人に仕事を任せづらいケース」
・数値測定のミステリー[p.200-207]:「数値測定が当てにならないときに、どのようにマネジメントをおこなえばいいのか」
・秩序の謎[p.207-211]:「マネジメントという行為がそもそも無秩序なものなのに、マネジャーはどうすれば、組織のメンバーの仕事に秩序をもたらせるのか。」
・コントロールのパラドックス[p.211-214]:「自分より地位の高いマネジャーが秩序を求めて圧力をかけてくるとき、マネジャーはどうやって重要な『統制された無秩序』を維持すればいいのか」。「大組織では、目標の言い渡しによるマネジメントがますます幅を利かせているが、それはおうおうにして、シニアマネジャーの責任逃れでしかない」。
・自信のわな[p.214-217]:「どうすればマネジャーは傲慢への一線を越えることなく、適度の自信を保ち続けられるのか。」
・行動の曖昧さ[p.217-221]:「どういうときに、手遅れになるリスクを覚悟の上で行動することを待ち、どういうときに、想定外の結果に見舞われるリスクがともなっても迅速に行動すべきかを見極めることだ。」
・変化の不思議[p.221-225]:「マネジャーは、継続性を保つ一方で、どのようにして変化をマネジメントすればいいのか。」
・究極のジレンマ[p.225-227]:「本書では、マネジャーが直面するジレンマを解決することは不可能だということも繰り返し指摘してきた。・・・どのようにして、数々のジレンマに同時に対処すればいいのか」。
・私のジレンマ[p.227-228]:「マネジャーが直面する数々のジレンマは、すべて別々のものとして論じることができる半面、どれも根は同じに見える。この点をどう説明すればいいのか。」

第6章、有効なマネジメントとは――マネジメントの本質を明らかにする
・「成功するマネジャーも欠陥を抱えている。そもそも、欠陥のない人間など一人もいない。マネジャーとして成功する人は、欠陥が少なくともその環境では致命的な弊害を生まないのである。[p.232-233]」
・マネジメントの成功と失敗について考える枠組み:振り返り、分析、広い視野、協働、積極行動、個人的なエネルギー、社会的な統合[p.246-247]。
・エネルギー:「マネジメントの仕事に関して明らかなことが一つあるとすれば、それは、優れたマネジャーがきわめて精力的に活動しているということだ[p.248]」。「マネジャーが『現場との関わりの難題』と『変化の不思議』に対処するうえで大きな役割をはたす。[p.249]」
・振り返り:「優れたマネジャーは、振り返りを重んじているケースが多かった。自分の経験から学び、いろいろな選択肢を試し、ある選択肢がうまくいかなければ、別の選択肢を試してみるのだ[p.249]」。「優れたマネジャーは、自分の頭でものを考えるものなのだ。あわただしい毎日を送るマネジャーには、目の前の活動から一歩距離を置き、自分の経験を振り返る時間が必要だ。そういう時間は、『自信のわな』『計画の落とし穴』『上っ面症候群』『現場との関わりの難題』をやわらげる解毒剤になりうる。[p.251]」
・分析:「分析を過度に重んじればマネジメントが機能しなくなるが、軽視しすぎれば無秩序状態に陥りかねない。・・・適切なバランスをとるのが賢明だ。・・・分析偏重のマネジャーは、『分析の迷宮』と『数値測定のミステリー』に直面する危険があるのだ。しかしその反面、『秩序の謎』に対処するうえでは、混沌状態のなかに秩序を見いだすことも忘れてはならない。[p.251-252
・広い視野:マネジャーにとって大事なのは、「『ワールドリー』であること、すなわち広い視野をもつことだ。・・・『ワールドリー』とは、『人生の経験が豊富であること。世の中の事情に通じていること。実務処理能力が高いこと』。・・・第5章で論じたすべてのジレンマ――特に『行動の曖昧さ』のジレンマ――が浮き彫りにしているのは、マネジャーにとって微妙な細部を理解することがきわめて重要だということだ。そう考えると、ほかの世界を知ることによって自分の世界を真に理解し、広い視野を獲得した人物こそ、マネジメントのジレンマの数々にもっとも上手に対処できるのかもしれない[p.253-256]」。
・協働:「マネジャーに求められるのは、メンバーがみんなで一緒に仕事ができるように手助けをすることだ。・・・『関与型』のマネジャーは、ほかの人たちを関わらせるためにみずからが積極的に関わる。具体的には、敬意をもつこと、信頼すること、配慮すること、鼓舞すること、そして言うまでもなく聞くことが実践される。・・・この一世紀ほどの間、コントロール型のマネジメントに代わって、関与型のマネジメントの重要性が高まってきた。・・・協働志向の強いマネジャーがメンバーに情報を提供し続ければ、『権限委譲のジレンマ』は深刻なジレンマに発展しない。また、マネジャーが協働志向を発揮し、現場と結びつき、現場の情報を多く入手すれば、『現場との関わりの難題』もやわらぐだろう。[p.256-258]」
・積極行動:「優れたマネジャーは、受け身の犠牲者のようには振る舞わない。変化に翻弄されるのではなく、自分で変化を起こそうとする。『行動の曖昧さ』・・・に対処するうえでは、・・・カギを握るのは積極行動だ。・・・もう一つ、『変化の不思議』のジレンマも見落としてはならない。・・・安定を保つためには、変革を起こすときと同じぐらい、積極的な行動が必要とされる場合がある。[p.259-260]」
・統合:「マネジャーに要求されるのは、動的なバランスだ。情報の次元、行動の次元のバランスをとり、アートとサイエンスとクラフトの3つの要素に対するニーズに同時に折り合いをつけ、さらに『お手玉』をするように多くの課題に同時並行で対処する必要がある。[p.262]」
・「組織を得体の知れない階層の積み重なったものと考えるのではなく、積極的に関わり合う人々のコミュニティとみなすことほど、自然な発想はない[p.286]」。「いま私たちは、マネジメントと組織のあり方を再検討し、リーダーシップにとどまらず、コミュニティシップについても考える必要がある。これらのものはすべて、もっとシンプルで、自然で、健全であっていいはずだ。[p.289]」
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世の中にマネジメントを上手く行う処方箋や、マネジメントの要点を理解できるシンプルな理論があるならそれを知りたい、と思うのは誰しも同じだと思います。本ブログも望ましい研究開発マネジメントの方法を探ることをテーマにしているわけですが、マネジメントという行為が、少数の要素でシンプルに理解できないものだとすれば、無理な単純化では我々の求める答えは得られない可能性があるのではないでしょうか。

創発的戦略についても同様ですが、著者の考え方は、まず物事をありのままに捉え、現実から学ぼうとすること、そして、物事を理解しようとする我々自身の能力を過信せず、浅い理解で物事が理解できたことにしてしまわない、一種の謙虚さのようなものを感じます。マネジメントが本来複雑なものであるなら、複雑であると言うことをまず理解し、その前提にたって対応を考えるべきだ、ということなのではないかと思います。

実はこうした発想は、科学者の考え方と近いものがあります。実は我々は、複雑な世界のごく一部しか知らないのだということを理解した上で、少しでも真理に近づきたい、望むような結果を出したいという気持ちで研究開発を行っている人は多いのではないかと思います。マネジメントも科学と同様、わからないことだらけと理解すれば、著者の考え方は、技術者には受け入れやすい考え方のように思われます。ただし、わかっていないなりに、著者は様々な提案をしてくれていますし、実務家が陥りやすい誤りにも警告を発してくれているように思います。本書は、いわゆる成功の処方箋のような内容を説明した本ではないと思いますが、だからこそ、実務家にとっても有益な、ハウツーを越えた真理に近い内容を含んでいると感じました。


文献1:Henry Mintzberg, 2013、ヘンリー・ミンツバーグ著、池村千秋訳、「エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論」、日経BP社、2014.