クレイトン・クリステンセン氏が提唱した破壊的イノベーションとイノベーションのジレンマの考え方の重要性については、本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート4破壊的イノベーションの現在、など)。ただ、「破壊的イノベーション」という言葉がクリステンセン氏の意図から離れた意味合いで使われているケースもあり、そのせいで混乱が生じている場合もあるように思います。

そこで、今回は、日本企業の事例を多く取り上げて破壊的イノベーションのポイントを解説している、玉田俊平太著「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」[文献1]を取り上げたいと思います。本書で著者は、「クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』や『イノベーションへの解』などでは、事例が欧米企業中心で文章もやや難解であり、しかもメッセージが複数の書物にまたがっているため、破壊的イノベーションの理論とそのための戦略を多くの人にきちんと理解してもらうためのハードルが高かった。実際、私が接した人々の多くは、クリステンセン先生の一連の著作を読了しているにもかかわらず、破壊的イノベーションの理論を正しく理解していなかった[p.8-9]」と述べています。確かに、クリステンセン氏の理論には多くの示唆が含まれていてポイントが掴みにくいことはあるように思いますし、その結果「破壊」という言葉が単なる大きな変化や、既存の優位性や秩序の破壊という意味で使われてしまうこともあるように思います。ある考え方や理論についての理解を深めるためには、その理論をさまざまな角度から見直してみることも有効だと思いますので、イノベーションのジレンマと破壊的イノベーションの理論のポイントを再確認する意味も含めて、本書の重要と思われるところをまとめてみたいと思います。

PART
 I、破壊的イノベーションとは何か
1章、破壊的イノベーターだった日本企業

・事例:トランジスタラジオで真空管ラジオを破壊したソニー、業務用ゲームを家庭で遊べるようにした任天堂のファミコン、キャノンのバブルジェット方式インクジェットプリンタ

2章、イノベーションとはそもそも何か
・「現在、多くの学者の議論により、①アイディアが新しい(=発明)だけでなく、②それが広く社会に広く受け入れられる(=商業的に成功する)、という二つの条件が揃って初めてイノベーションと呼び得る、というのが定説となっている[p.41]」
・何が変わるかによるイノベーションの分類[p.43-45]:プロダクト・イノベーション(「製品やサービスが変わる」)、プロセス・イノベーション(「製品やサービスは変わらないが、それを作る方法や届ける方法が変化する」)、メンタルモデル・イノベーション(「顧客の『認識(メンタルモデル)』が変わる」「認識が変化したことで顧客が製品やサービスを消費した際に感じる『価値』が増大」)。

3章、破壊的イノベーションとは何か
・持続的イノベーション:「今ある製品・サービスをより良くする=従来よりも優れた性能を実現して、既存顧客のさらなる満足向上を狙う・・・徐々に性能を向上させる『漸進的なもの』もあれば、一気に性能を向上させてライバル企業を突き放す『画期的なもの』ものある。[p.52]」
・破壊的イノベーション:「既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らないが、新しい顧客やそれほど要求が厳しくない顧客にアピールする、シンプルで使い勝手が良く、安上がりな製品やサービスをもたらす。[p.54]」「二つのパターンに分類できる。一つは、これまで製品やサービスをまったく使っていなかった顧客にアピールする・・・これは新市場型破壊と呼ばれる。そしてもう一つは、既存製品の主要性能が過剰なまでに進歩したために一般消費者が求める水準を超えてしまっている状況で、一部のローエンド顧客にアピールする・・・これはローエンド型破壊と呼ばれる。[p.55]」
・「無消費(nonconsumption)とは『顧客が何も持たない状態』のこと[p.56]」
・「破壊的イノベーションが起きている市場において、既存企業が陥るジレンマを、クリステンセン教授はイノベーターのジレンマと名づけた。既存顧客を満足させる持続的イノベーションでは無敵に近い大企業が、破壊的イノベーションには『なすすべもなく打ち負かされてしまう』ジレンマである。[p.70]」「企業は顧客と投資家に資源を依存している。企業は生き残るた顧客が必要とする製品やサービス、投資家が必要とする収益を提供しなければならない。そして、優れた企業には、顧客が求めないアイディアは切り捨てるシステムが整備されている[p.74]」。

4章、優良企業がジレンマに陥るメカニズム
・「顧客が製品に求める性能(ニーズ)には、生理的・物理的・制度的な理由などから利用可能な上限があり、その上限は時間が経っても変化しないか、ゆっくりとしか上昇しない[p.82]」。
・「既存の顧客が求める性能を向上させる持続的イノベーションにおいては、取り組むインセンティブやそのための資源を持つ既存大企業が圧倒的に有利だ。技術者は真面目なので、放っておくと今日よりは明日、明日よりは明後日と性能の向上にひた走る。そして、あるとき、供給している製品の性能が、顧客が『これ以上は要らない』と思う技術の需要曲線を超えてしまう。このようなときにしばしば、別の市場で使われていた技術や工夫、あるいは新しい技術や工夫によって低価格化を実現した製品・サービスが現れる。これらの製品・サービスの性能は、既存の主要顧客が求める性能よりもはるかに低いことが多く、当初、彼らには見向きもされない。・・・しかし、当初こそ性能が低いものの、こうした製品やサービスも持続的イノベーションの波に乗って徐々に性能を向上させ、市場をローエンドから浸食していく。[p.86]」
・「クリステンセン教授は、・・・企業の製品やサービスを取り巻く状況を持続的イノベーションの状況と破壊的イノベーションの状況の二つに分け、それぞれ異なる経営が必要だとしている。持続的イノベーションの状況とは、・・・自社の提供する製品の性能が、主要顧客の要求水準に追い付けていない状況だ。・・・この状況では、実績ある既存企業は積極的に競争に参加し、勝てるだけの資源も持っているため、ほぼ必ず勝つ。一方、破壊的イノベーションの状況とは、・・・自社が提供する製品の性能が、主要顧客の要求水準を超えてしまっている状況だ。この状況にある企業には、新規顧客や安価な製品を求める顧客をターゲットにした、シンプルで便利だが安くしか売れない製品やサービスの開発・提供が求められる。この状況では、新規参入者が既存企業を打ち負かす確率が高い。[p.88-89]」
・「要求の厳しいハイエンドの顧客獲得を狙う持続的イノベーションでは、既存企業がほとんど勝ち、既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らない破壊的イノベーションでは、新規参入してきた破壊的イノベーターが勝つ[p.96]」。

PART II
、なぜ、日本の優良企業が破壊されてしまうのか
5章、テレビに見るイノベーションの歴史

・「据え置き型テレビの性能向上は、・・・普通の消費者にとって『十分以上に良い』性能に達してしまっている。・・・テレビを取り巻く環境は、2000年代半ば以降、『持続的イノベーションの状況』から『破壊的イノベーションの状況』へと変化してしまった[p.115-116]」

6章、ガラパゴスケータイを「破壊」したスマートフォン
・「欧米のシンプルな携帯電話を使っていた顧客から見ると、スマートフォンはこれまでの携帯電話より欲しい機能が増えた『持続的イノベーション』であると言える。[p.130]」「スマートフォンはそれまでの日本のガラケーよりも機能が低かった・・・ため、ガラケーの主要顧客には魅力的に映らなかった。・・・つまりスマートフォンは日本市場では破壊的イノベーションであったと言って差し支えないだろう。[p.134]」

7章、自らを破壊するものだけが生き残るデジタルカメラの世界
・「ミラーレス一眼は、コンパクトデジタルカメラしか作っていなかったパナソニックやオリンパス、富士フィルムなどのメーカーにとっては製品の性能が向上する『持続的イノベーション』だったが、一眼レフメーカーのニコンやキャノンにとっては『破壊的イノベーション』となる。[p.167]」

PART III
、破壊的イノベーターになるための7つのステップ
8章、破壊的イノベーション3つの基本戦略

・「クリステンセン教授が一番推奨するイノベーションは、これまでに何も使っていない『無消費』の顧客をターゲットにした新市場型破壊だ。[p.179]」
・「新市場型の破壊の機会が見出せない場合には、『ローエンド型の破壊のチャンスを探す』のが第二のアプローチだ。特に、現在供給されている製品やサービスの性能が、多くの消費者にとって十分以上に良い、『過剰満足』の状況にあるとき、この戦略は特に有効である。[p.180]」
・「最後に残る道が、あくまでハイエンドを目指す持続的イノベーションのアプローチだ。だが、単に製品の性能を向上させたり、機能を増やしたりするのはお勧めできない。なぜなら、前述のように顧客が受け入れ可能な性能には上限があるからだ。『客観的価値』が飽和状況であれば、顧客が製品やサービスを受けたときに感じる『メンタルモデル』を変化させることで『主観的価値』を向上させるのがよいだろう。[p.182]」

9章、アイディアを生み出す「苗床」とは
・「ヤングは、実際のアイディアが生み出されるプロセスは、次の5つの段階を経ると述べている。[p.192-193]」:①資料集め、②資料の咀嚼、③腑化段階(咀嚼したデータをいったん意識の外に出し、脳が無意識下でそれらを組み合わせるのに任せるのが良い)、④アイディアの誕生、⑤アイディアの具体化・展開
・「イノベーションは基本的にチームワークの産物だ。個人がまったく独力でイノベーションを成し遂げられたケースは少ない。[p.200]」
・「フレミングの論文によれば、非常に似通った学問分野の人々で構成されるチームから生まれるイノベーションは『平均値』こそ高いが、飛びぬけて価値の高い『ブレークスルー』は生まれにくい。[p.203]」

10章、「用事」と「制約」を探すニーズ・ファインディング
・「多様な人材で構成されるチームができたら、次は、『顧客がどんな用事を片付けたいか(ニーズ)』を見つけ、『それを妨げるものは何か』を洞察しよう。[p.205]」
・「ルーク・ウィリアムスは、すぐに見つかるペイン(痛い)ポイントよりも、小さくて一見支障がないテンション(緊張)ポイント、つまりイライラがたまっている点を探して改善することに、イノベーションの可能性が豊富に眠っていると述べている。[p.207]」
・「無消費者は、既存の製品やサービスがまったく使えないか、あるいは既存の製品やサービスをやりくりして『用事』を片付けている。これは、無消費者がフラストレーション(テンション)を感じている状況だ。[p.215]」「無消費の状況では、製品やサービスの消費が何らかの『制約』によって妨げられている。・・・クリステンセン教授は、『スキル』『資力』『アクセス』『時間』の4つをあげている。[p.216]」

11章、破壊的アイディアを生み出すブレインストーミング
IDEOによる7つのルール:1、価値判断は後回しに、2、ワイルドなアイディアを促す、3、他人のアイディアの尻馬に乗る、4、数を求める、5、一度に一人が話す、6、テーマに集中する、7、可視化する。

12章、破壊度、実現可能性による破壊的アイディアの選定
・「数百のアイディアの中から、『適切な』アイディアを『選ぶ』ことは極めて重要なプロセスだ。[p.240]」
・アイディアの破壊的イノベーションとしての可能性(アイディア・レジュメ[p.242-243]、チェックすべき項目[p.244-252]、破壊度評価[p.252-254]で評価)、自社の戦略との整合性、収益可能性、確信度に基づいて評価する。

13章、破壊的イノベーションを起こす組織とは
・「クリステンセン教授の理論から導かれる『定跡』のうち、最も重要なものの一つが破壊的イノベーションは独立した別組織に任せよというものだ。[p.257]」
・既存組織の価値基準との適合度、既存組織のプロセスとの適合度によりどのような組織で行われるべきかが決まる。[p.257-259

14章、破壊的買収4つのハードル
・破壊的買収の4つのハードル[p.269-283]:①資源を買うのかビジネスモデルを買うのかを明確にする、②買収先企業の価値を正確に見極める、③妥当な条件で買収契約を結ぶ、④買収した企業を適切にマネージする。
・「破壊的イノベーションに既存企業が対抗する手段は、『破壊的イノベーター企業を自ら外部に独立した組織として設立する』か、『破壊的イノベーター企業を買収する』の二つしかない。[p.284-285]」
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破壊的イノベーションの視点から日本企業の事例を見てみると、日本企業が新興企業だった時代に成功を収めた理由、現在既存企業として壁にぶつかっている理由のいくつかは破壊的イノベーションの理論で説明できるように思います。もちろん、すべてのイノベーションが成功するかしないかをこの理論で説明できるものではないでしょうし、あるイノベーションが破壊的なのかどうかを明確に特定できない場合もあるとは思いますが、少なくとも、典型的な例については、破壊的イノベーションが辿るだいたいの傾向というものはかなり明らかだと思います。

実務的には、おそらく、典型的な破壊的イノベーションと持続的イノベーションの特徴をおさえた上で、その背景にある既存企業におけるイノベーションのジレンマのメカニズムを認識しておくことが重要でしょう。そして、自らが取り組む課題について、破壊的イノベーションの理論から示唆される結果を予測するとともに、実際に起きている状況を観察してその課題が破壊的(あるいは持続的)イノベーションの特徴をどの程度備えているかをチェックし、将来予測の軌道修正を行うことが必要なのではないでしょうか。本書に示された破壊的イノベーションの考え方の要点は、そんな際の実務上の指針となりうるように思います。

著者は、クリステンセン氏が著書「イノベーションのジレンマ」において、「本書の理論から考えて、現在のシステムが続くなら、日本経済が勢いを取り戻すことは二度とないかもしれない[p.8]」と予想していることを紹介し、破壊的イノベーションの理論を理解することで、日本経済の再活性化につながることを期待しています。一技術者としては日本経済の先行きにまで貢献することは難しいかもしれませんが、少なくとも自分たちが取り組んでいる研究開発の成功確率を高めるために、破壊的イノベーションについての理解を深めることは意味のあることではないか、という気がします。


文献1:玉田俊平太、「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」、翔泳社、2015.