ビジネスに直結する新技術として、AI技術の可能性には大きな期待が寄せられていると思います。しかし遠い将来の可能性にばかり過剰に注目が集まっているふしもあるように思います。そこで、今回はAIの現実的な活用に関する考え方や進め方を議論した、HBR誌論文「Artificial Intelligence for the Real World」(Davenport,Ronanki著)[文献1]をご紹介したいと思います。

著者らは、152のAI活用プロジェクトと250人のエグゼクティブを調査しています。その結果、AI技術へのエグゼクティブたちの期待が大きいことを確認するとともに、「ビジネスプロセス改善のような『手の届く』プロジェクトに比べて、非常に野心的なムーンショットプロジェクトは成功しにくいことも明らかになった」と述べています。以下、AIにどう取り組むべきかについての著者の考えをまとめてみたいと思います。

AI
の3つのタイプ
プロセス自動化

・「152のプロジェクトの中で最も一般的なものは、ロボットによるプロセス自動化(RPA)によりデジタルあるいは物理的な仕事を自動化するもの(代表的には事務管理や財務的活動)だった。RPAはこれまでのビジネスプロセス自動化ツールよりも進歩していて、『ロボット(すなわちサーバー上のコード)』は情報をインプットしたり使ったりする人のように動作する。」
・「ほとんどの場合、こうしたタスクはアウトソーシングされていたものだった。」
知識に基づく洞察Cognitiveinsight
・「次に一般的なものは、アルゴリズムを使って大量のデータからパターンを検出し、その意味を解釈するものだ(全体の38%)。」
・例:購買予測、デジタル広告のパーソナルターゲティングなど
・「知識に基づく洞察のアプリケーションは、機械でしかできないことのパフォーマンス改善――従来の人の能力を超えた高速のデータ解析を含んだ、データに基づく広告買付など――であり、通常は人の仕事を脅かすものではない。」
認知的(知識に基づく)関与Cognitive engagement
・「自然言語を処理するチャットボット、インテリジェントエージェント、機械学習を、従業員と顧客の関与に用いるプロジェクトは我々の調査では最も少なかった(全体の16%)。」
・例:質問への回答、サポートなど
・「企業が顧客に対応する認知的関与の採用に保守的なのは、それが未完成なためだ。例えば、Facebookは、そのMessengerチャットボットは人の介入なしには顧客の要望の70%に回答できないことを見出している。」

AI
技術とビジネスの統合のための4つのフレームワーク
・「認知ツールの経験が急速に拡大しているにも関わらず、その開発と実用化において企業は大きな課題に直面している。本研究に基づき、我々は、プロジェクトがムーンショットかビジネスプロセス改善であるかによらず、企業の目的達成の手助けとなるAI技術を統合するための4ステップのフレームワークを開発した。」
1、技術を理解する
・「企業はAI活動を始める前に、どの技術がどのタイプのタスクを行い、それぞれの強みと限界は何かを理解しなければならない。例えば、ルールベースのエキスパートシステムとロボットによるプロセス自動化は、どのように動いている仕事をこなしているかがわかるが、学習も改善もできない。一方、ディープラーニングはラベル化された大量のデータからの学習には優れているが、どうやってそのモデルが生み出されるかを理解することはほとんど不可能だ。こうした『ブラックボックス』問題は、あるやり方でなぜ決定が行われるのかを知ることを当局が強く求めてくる金融サービスのような規制の強い業界では問題になる可能性がある。」
・「我々は、手元の仕事に間違った技術を適用しようとして時間とお金を無駄にしたいくつかの組織を見ている。しかし、もし異なる技術をよく理解していれば、特定のニーズにはどれが適しているか、どのベンダーと組むべきか、どのくらい速くシステムを適用できるかを判断できるよりよい位置にいることになる。こうした理解をするには、ITやイノベーショングループ内での継続的な研究と教育が必要だ。」
・「特に、企業は、この技術の基本を学ぶのに必要な統計とビッグデータのスキルを有するデータサイエンティスト等の鍵となる従業員の能力を活用する必要がある。重要なのは人々の学習意欲だ。」「もし、社内にデータサイエンスや分析の能力がないなら、おそらく近い将来に外部のサービス業者とのエコシステムを構築する必要があるだろう。」「認知技術の能力を持つ人が少ない条件では、ITや戦略の機能に集中するリソースのプールを設け、組織全体における優先度の高いプロジェクトに専門家を活用するようにすべきだ。」

2、プロジェクトのポートフォリオを作る
・「AIプログラム立上の次のステップは、ニーズと能力を体系的に評価し、プロジェクトの優先順位づけをしたポートフォリオを作ることだ。」「企業は3つの広い分野で評価を行うことを奨める。」
機会の特定Identifyingthe opportunities
・「最初の評価は、認知アプリケーションからどのビジネス分野が最も利益を得られるかを評価することだ。典型的には、「知識」――データ分析からの洞察や保有する文書――が重要にもかかわらず、何らかの理由でそれが使えていない分野だ。」
ボトルネック:「情報の流れにおけるボトルネックによって洞察が得られていない場合がある;知識は組織にあるのに、最適に分配されていない状態だ。」
スケーリングの課題:「別のケースでは、知識があるのに、それを使うのに時間がかかりすぎるとか、規模の調節に費用がかかりすぎる場合がある。」
能力不足:「最後には、人やコンピュータが適切に分析し、活用できる以上のデータを集めてしまう場合がある。」
ユースケースの決定Determiningthe use case
・「2番目の評価は、認知アプリケーションが重要な価値を生み、ビジネスの成功に寄与する使われ方のケースを評価する。」
技術の選択Selectingthe Technology
・「第3の評価では、それぞれのユースケースで考慮しているAIツールが本当にタスクの期待にかなうものかを調べる。」
・「将来的には、認知技術は、企業のビジネスのやり方を変えるだろう。しかし、現在のところ、それほど遠くない未来における変化を計画して、現在使える技術で漸進的なステップで進めるのが賢明だ。」

3、パイロットを立ち上げる
・「現在のAI能力と望ましいAI能力の差は必ずしも明確ではないので、企業は認知アプリを全社に展開する前に、パイロットプロジェクトを実施すべきだ。概念を確認するためのパイロットは、潜在的なビジネス価値が高い場合や、同時に異なるテストを行う場合に適している。技術ベンダーに影響された上級幹部からプロジェクトを押しつけられないように特に注意すること。権部や取締役会が『何か認知的なことをする』という圧力を感じていることを理由に、厳しいパイロットプロセスを省略すべきだということにはならない。押しつけされたプロジェクトはしばしば失敗し、その組織のAIプログラムを大きく後退させる。」
ビジネスプロセスデザイン
・「認知技術プロジェクトが進むに従い、ワークフロー、特に人とAIの作業の切り分けについてどう再設計するかを考えること。」

4、スケールアップ
・「多くの企業は認知プロジェクトを上手く立ち上げるが、組織全体にそれを広げることに成功するのはそれほど多くない。目標を達成するには、スケールアップのための詳細な計画を持つ必要があり、それには、技術の専門家と自動化されるビジネスプロセスの責任者との協力が必要だ。一般に、認知技術はプロセス全体ではなく個々のタスクをサポートするため、スケールアップにはほとんど常に既存のシステムやプロセスとの統合が必要になる。実際、我々の調査によれば、経営幹部はこうした統合がAI活動が直面した最大の課題だったと述べていた。」
・「スケールアップでは、企業は大きなチャレンジマネジメントの課題に直面するかもしれない。」
・「もし、スケールアップで望ましい結果を目指すなら、企業は、生産性の向上にフォーカスしなければならない。例えば、多くの企業はスタッフを増やさずに顧客や取引を増やすように生産性を伸ばす計画をしている。AI投資を正当化するための第一の理由として人員削減をあげている企業は、理想的には時間をかけて自然減や外注の削減によってゴールを実現する計画にすべきだ。」

未来の認知企業TheFuture Cognitive Company
・「AIの適用により、マーケティング、ヘルスケア、金融サービス、教育、専門的サービスのような情報集約的な分野は、価値を高め、社会的コストも下がるだろう。全ての分野の仕事で、定型的な管理、同じ質問への回答の繰り返し、終わりのない文書からのデータの抽出などの仕事上の苦役は機械の仕事になり、人の労働者を開放して、より生産的で創造的にするだろう。」
・「認知技術に関する大きな恐れは、大量の人々から仕事を奪うということだ。もちろん、今まで人が行ってきたある種の仕事を機械がとってかわり、多少の失業が起こることはありうる。しかし、我々は、現時点ではほとんどの労働者は恐れる必要はないと信じる。・・・現在行われているほとんどの認知的な仕事は、人の活動を増強するもので、広い仕事の中の狭い部分について行われたり、ビッグデータ解析などそもそも今まで人がしていなかった仕事をしている。」
・「我々は、すべての大企業は認知技術について探究すべきだと信じる。途中には障害もあるだろうし、労働力が代替されてしまう問題やスマートマシンの倫理について安心できる余裕はないかもしれない。しかし、正しく計画し、開発すれば、認知技術は生産性、仕事への満足度、繁栄の黄金時代を先導する可能性がある。」
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著者のAI技術に関する見通しについては、楽観的すぎる、という見方もあると思います。例えば、経営者へのインタビューで、AI導入による人員削減を意図している人が少ないからといって、人員削減に使おうという経営者が増えないとも限らないでしょう。ただ、著者の指摘の興味深い点はAIを分類して考えれば、AIが人の仕事を代替しているケースばかりではないことがわかる、ということだと思います。すなわち、AI技術の本質を理解することによって、AIをどう使うべきか、という生産的な議論ができるようになる、ということではないでしょうか。

そう考えると、本論文での著者の指摘はAIにとどまらず、あらゆる新技術の利用を考える際にも活用可能と思われます。もちろん、生まれたての技術については何に使えるかもわからず、とにかく何かやってみるというアプローチにならざるを得ないところがあると思いますが、技術の性格がある程度わかってきたら、本論文に述べられた4つのアプローチに従って考えてみることは有益かもしれません。特に、新技術をこうした視点から整理することによって、新技術に関する過剰な期待に基づくムーンショット、幹部からの押しつけ開発の乱発を防げる可能性もあるでしょう。技術に夢を託すことが悪いことだとは言いませんが、ビジネスとして研究を行うのであれば、現実的な理解は不可欠でしょう。

もう1つ興味深く感じたのは、人は何をすべきか、ということへの示唆です。著者は「生産性」に注目して、生産性の向上によって得られた余力を人員削減ではなく、人の活動の高度化に用いることを提案しているようです。AIに限らず生産性の向上をもたらす新技術は多くあります。そんな技術を使う時、生産性の向上によってもたらされる余力を何に使うのか、これからの時代の技術者にはそうした視点も求められているように思いました。


文献1:Thomas H. Davenport, Rajeev Ronanki,  “Artificial Intelligence for the Real World”,Harvard Business Review, Januaryr-February, 2018, p.108.
https://hbr.org/2018/01/artificial-intelligence-for-the-real-world