イノベーションがどのようにして起こるかの理解が進むとともに、イノベーションをうまく進めるための具体的手法についても様々な提案がなされるようになってきました。近年注目を集めているリーン・スタートアップやデザイン思考などはそうした手法の例として挙げられるでしょうが、単なる一時的な流行以上の実績と評価を得ているように思われます。しかし、この手法に従えば誰でも、どんなアイデアでもうまくいく、というものではないでしょう。不確実性の高いプロジェクトに対しては、取り組む課題や状況にあわせて様々なことに注意を払いながら進めることは必要不可欠のことのように思います。

では、具体的にはどのような点に注意を払えばよいのでしょうか。今回取り上げるBouquetBarsouxWade著の論文「Bring Your Breakthrough Ideas to Life」[文献1]では、著者らが調査してきたイノベーション、ブレークスルーアイデアの発展においてよく見られるパターンに基づく5つのフレームワークが提案され、注意点が解説されています。イノベーションを進める上で参考になる点が多いと感じましたので、特に実践家にも役立ちそうな内容を中心に以下にまとめてみたいと思います。

ブレークスルーイノベーションのとらえにくさ
・「既存のイノベーションのフレームワークについて起業家や経営者と話をすると、彼らの批判は重なり合う3つの問題に集中する。第一は、モデルが非現実的だということ:例えば、まだまだ影響力のある、ウォーターフォールやステージゲートのアプローチは過剰にリニアで、必要な活動の間で常に必要な行ったり来たりするプロセスがほとんど考慮されていない。・・・第二には、モデルが未完成であること:イノベーションにおけるデジタル技術の側面や、デザイン思考で重視される「人間中心」の原理とどう関わるかが取り込まれていない。行動と素早い繰り返し(リーン・スタートアップ手法の柱である)を重視すると、WhartonAdam Grantがいう戦略的先延ばし(strategic procrastination)すなわち熟考の時間の確保が過小評価されてしまう。第三には、モデルが誤解を生むこと:創造性の制約となりうる落とし穴やバイアスのうわべを飾って覆い隠してしまう。ユーザーに極度にフォーカスすることで、他のステークホルダーの役割や、新しい価値提案を作り展開する助けとなる工夫の必要性を極小化してしまう。経営者は、独創的なイノベーションを工夫するためにはパラダイムを壊したりマインドセットを変えたりしなければならないことがわかっているのに、価値を提供する段になると変わりばえのしない考え方に陥ってしまうことがある。」
・「我々のフレームワークは、デザイン思考、リーン・スタートアップ、ビジネスモデルキャンバスといったイノベーション戦略を補完するものだ。本当のブレークスルーの開発に不可避の複雑さをより深く、そしてその活動は予測不可能でリニアでない形で互いに関係し合っていることを認める。我々のフレームワークの要素はユニークなものではないが、全体として、機会の認識における熟考の役割の重要性と最終的に市場に提供する際に必要な組織的な再発明のレベルも含んだイノベーションプロセスの全体像と現実を捉えたものだ。」

・「以下に5つの要素を示す。」

注意(Attention):新鮮なレンズを通して見よ
・「注意(Attention)とは、対象となるコンテクストのダイナミクスと潜在的なニーズを理解するために、コンテクストに密接に焦点を当てる行為だ。問題は、しぱしば専門性が邪魔をし、無意識のうちに人々の注意を無視して過激な洞察に導いてしまうことだ。フランス語でdéformation professionnelleと呼ばれるこの傾向は、仕事や訓練に影響された歪んだレンズで真実を観察してしまうことを指す(筆者注:専門偏向という訳語があるようです)。このバイアスに対抗するには、あなたの注意がどんな見方に影響されているか、結果として何を見逃しうるかを考えてみることだ。」
・「あなたの先入観を脇に置くことで、あなたは人々が言うことや人々の行動についての鋭い観察者になることができる。この変化すなわち、あなたがどのように注意を向けるかだけでなく、今まで考慮していなかったニッチな人々も含めて誰に注意を向けるかは、思いもよらない問題点を明らかにしてくれることがある。」
・「デジタル技術は、今までよりもはるかに大規模に行動の追跡を可能にし、暗黙のニーズを検知する補完的な方法を提供してくれる。」「また、サイバースペースはユーザーコミュニティでのエキスパートユーザーを特定する役にも立つ。」「企業は、デジタル技術を活用してトレンドセッターと直接やり取りしたり、ユーザーフォーラムやブログをのぞき見してニーズの変化のヒントを得ることもできる。」「もちろん、デジタル技術は直接観察にとってかわることはできない。しかし、生み出された洞察の数と種類を拡げることができる。」

大局観(Perspective):理解を深めるために距離を置け
・「状況やニーズや課題についての洞察を集めるためにズームインしたら、あなたが見たままの事象を受け入れて問題解決に突き進むのを促すようなフレーミングと行動のバイアスと戦って大局観を得るために一歩下がる必要がある。学んだことを処理するために、距離を置こう:活動変えたり、戦略的な休憩を取るのだ。・・・この考え方は日本の「間」の思想、すなわち、成長と悟りのためにはスペースが必要だという考え方に反映されている。」
・「デジタルツールは、自動化によって時間に余裕を作り、一休みして弱いシグナルを理解するための余力を増やす「間」を作る役に立つ。

想像(Imagination):予想外の組み合わせを探せ
・「真に創造的なアイデアを生むためには、想像力を解放し、権威に挑戦し、ないものを思い描く必要がある。しかし『機能的固着(functional fixedness)』は、創造的に考えたり、慣れ親しんだものや概念の別の使い方を思いついたりすることの制約になる。この障害を克服するには、『なぜそうしないのか?(Why not?)』とか『もししたらどうなるか?(What if?)』のような抑制されていない質問をする必要がある。」「想像力を発揮させるために、組織は『もし今やっていることをやめたらどうなるか?』という質問をしてもよい。これは今の活動を放棄する意図からである必要はなく、既存の強みと新しい機会のつながりを思い描くためにだ。」
・「想像力は神秘的でわかりにくいものと見られているが、多くは予期せぬ組み合わせの問題にすぎない。最も基本的なものは、ある分野での基本的な解決法を別の分野に適用する可能性だ。」「外部の人は、内部の人よりも容易に異なる考え方を結びつける。」「研究によれば、距離が新しいアイデアを発想する助けになることが証明されている。」
・「組織は、多様な知識ベースと視点を持つ人々を一緒にすることで、このような結合を生もうとする。テクノロジーは専門家の知恵を、彼らのネットワークの外に注ぐことができるようにする。」「さらにデジタル革命は業界の境界をあいまいにし、予期せぬ組み合わせを促進する。ある分野で日常的に集められたデータは、関係ない分野の役に立ち、用いられていない資産の新しい活用の道を開く可能性がある。」

実験(Experimentation):より賢く、早くテストせよ
・「実験は、有望なアイデアを現実のニーズに対応する実行可能なソリューションに変えるプロセスだ。その大きなリスクは、一度テストを開始すると、確証バイアスとサンクコストの誤謬が、有益なフィードバックへの反応を鈍くしてしまうことだ。成功するイノベーターは、速く、安く学ぶための実験をデザインし、急激な方向転換も受け入れる。証明するためではなく改善するためにテストをするのだ。リーン・スタートアップの手法でも、そのアプローチの中心に学習を置いている。この目的は確かに重要であるものの、このモデルの主唱者はスピードも重視するため、しばしば葛藤が生じる。作って計測して学ぶ(build-measure-learn)という熱狂的なアプローチは『満足できる程度(good enough)』のプロダクト・マーケットフィットで手を打つことを組織に促してしまい、より野心的なソリューションを失わせることにつながってしまう。」「代わりに、早期にかつ頻繁に、他者が見て、触って、相互作用できるようにあなたのアイデアを外部に出そう。」「否定的な反応は肯定的な反応と同様に価値があり、多額の失敗を避ける上で重要なものだ。」「プロトタイプに過大な投資をしないようにしよう。」
・「デジタルツールはシミュレーションの大きな助けになる。」「デジタル技術の進歩は、実際に失敗とは違うトライアルにより究極のゴールに近づくための助けともなる。」

誘導(Navigation):撃ち落とされないように操縦せよ
・「アイデアを実現させるためには、それを実現あるいは破壊する可能性のある力を調整する必要がある。しかし、アイデアに対する信念と、状況について熟知していると思いこむことは、支援者を動員し、障害を避けるために必要な努力を過小評価することにつながってしまうかもしれない。組織の免疫システムを含む敵対的な環境を敏感に読み取って何回もの説得にも対応しなければならない。提供するものと同様、ビジネスモデルを形作る上でも独創的な考え方は不可欠だ。」
・「あなたが持っている熱意は、それが他者に与える脅威を見えなくしてしまうかもしれない。あなたが検知する範囲――信頼している人からのインプットのみ――で開発した製品は、疑いを持っている人との最初の接触を生き残れないかもしれない。」「組織の集団としてのDNAに評価されるようなやり方で破壊的なイノベーションを提示することも非常に重要だ。」
・「内部での同意と、ユーザーの興味を確実なものにできたとしても、あなたとあなたが奉仕したい人との間にあるエコシステムの全体を忘れてはいけない。」「うまく誘導するということは、妨害を予測することだけの問題ではない。従来になかったような協力者からのサポートをえることも重要だ。」
・「デジタル技術は、新たな協力の機会をも提供する。」

柔軟な順序(A Flexible Sequence
・「便宜上、ここでは我々のフレームワークを一種のプロセスとして提示した。しかし、実際には、この5つの要素は、順番をなすものではなくサイクルでもない。それぞれの活動が頻繁に入れ違って混ぜ合わさったものだ。こう考えると従来のイノベーションの手法ではしばしば見過ごされている2つの現実を説明できる。」

複数の入口(Multiple entry points
・「注意(Attention)は論理的にはイノベーションの出発点だが、それ以外も有効だ。想像(Imagination)はよくある入口になる。・・・ブレークスルーイノベーションを達成するには、誰も知らないことをあなたが知っている必要はない。誰も信じていないことを信じることで達成できるのだ。デザイン思考では現在のニーズやテクノロジーではなく、可能性についての信念に大きく依存した大幅なイノベーションを扱うことは難しい。人間の才能には現在手の届かないことを想像する能力がある。数年後に実現するかもしれない未熟な技術は、デザイン思考が直接焦点を当てるものではない。」「他の出発点には実験がある。単なる方針変更(pivot)ではなく再起動(reboot)することになるような発見に出会ったような時がそうだ。」

複数の経路(Multiple pathways
・「創造のプロセスをどこから始めてもよいのと同様に、必要に応じてその焦点をどの方向に切り替えて進んでもよい。既存のイノベーションモデルでは、このような自由について明確には認識していない。そのため、杓子定規な解釈によって非現実的なレシピになってしまうことがある。・・・固定的なプロセスはそれ自体でブレークスルーイノベーションの障害になってしまう。

最後の注意点
・「順序はフレキシブルだが、それぞれの要素には最低でも一回は触れる必要がある。これはそれぞれの要素が異なるバイアスを中和するためだ。一つでも無視すると、間違った問題やアイデア、解決策に焦点を当ててしまう可能性がある。5つのすべての要素に対応することで、最終的に画期的なイノベーションに到達するチャンスを最大化することができるだろう。」
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研究開発はその分野、狙い、周囲の状況などによって様々です。研究開発を進めるための効果的な手法を考える場合には、このような研究開発の多様性にも対応できる必要があります。そう考えると、どんな研究開発にも対応できる手法というものが存在するかどうかは明らかなことではないでしょう。一方で、成功しやすいパターンや、失敗しやすいパターンというものは存在するようにも思われます。

研究開発を実践する者としては、成功しやすい手法があるならそれを積極的に用いたいところですが、研究課題に合わせた調整が必要なことは忘れてはいけないでしょう。本論文はどのような点に注意して手法を適用すればよいかが示唆されている点、実務家にとって参考になる点が多いと思います。手法の進歩とともに、その限界や注意点をまとめることも重要なことではないでしょうか。リーン・スタートアップやデザイン思考などの手法は、適用範囲も広く強力な手法であることは現在のところ疑いのないところだとしても、最終的には、自分の頭で考え、よりよい進め方を工夫していくことが重要なことは肝に銘じておくべきだと思います。


文献1:Cyril Bouquet, Jean-Louis Barsoux, Michael Wade, “Bring Your Breakthrough Ideas to Life”, Harvard Business Review, November-December, 2018, p.102.
https://hbr.org/2018/11/bring-your-breakthrough-ideas-to-life