イノベーションはどのようにして起こるのか。イノベーションの進展にはどのようなパターンがあるのか。どのような場合にどんなパターンになるのか。こうしたことを知ることができれば、イノベーションをどう進めればよいかを考える際の貴重なヒントになるでしょう。イノベーションを必ず成功に導く処方箋のようなものがあるとは思いませんが、イノベーションプロセスの特定の場面や特定の条件下でこんなことが起こりやすい、というようなパターンは確かに存在すると思います。

そこで、今回はこうしたイノベーションのプロセスに関する過去の重要な知見を解説した、三藤利雄著「イノベーションの核心」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、「イノベーションが出現した後に生起する一連の動的なプロセスのことをノベーション・ダイナミクスと定義[p.3]」し、「本書は、・・・イノベーション・ダイナミクスに関わる代表的な理論を解説するとともに、各理論のその後の展開について検証することにより、これらの理論の可能性と限界について述べることとしています。それによって、イノベーションに関わる確かな知識を得たうえで、信念をもってイノベーション活動を実践したいと考えているビジネスパーソンの手引書たらんことを目指しています。[p.1]」としたうえで、「イノベーション・ダイナミクスの代表的な理論として、本書はイノベーション普及論、ドミナント・デザイン論、そして破壊的イノベーション理論を取り上げます。いずれも、イノベーション研究分野の代表的な理論で、何十年もの間の厳しい批判に耐えてきた、強靱な理論体系です。[p.1-2]」と述べています。これらの理論については、実務家でも概要はご存じの方も多いでしょうし、その有用性も広く認識されているのではないかと思いますが、学会での議論や各理論の発展の経緯などまではなかなかフォローが難しいと思います。改めてこの理論を振り返り、再評価する意味でも有意義な議論が多くなされていると感じましたので、以下に本書の構成に沿って重要と感じた点をまとめておきたいと思います。

第1部、イノベーション普及論――製品等の採用者側からイノベーションの普及過程を分析した古典理論――
・「第1部では、イノベーションが社会システムに普及する動的過程について、ロジャーズを中心として発展してきたイノベーション普及論を参考にしながら考えてみます。[p.14]」
第1章、イノベーション普及論の体系――何故人々は優れたイノベーションを一斉に採用しないのか――
(筆者注:ロジャーズの普及論については本ブログ別記事でまとめていますので、ここではその内容と重複する本書の解説はかなり省略させていただいています。詳細は上記記事をご参照ください。)
・「ロジャーズがイノベーション普及論を世に問うたのは1962年のことです。[p.15]」「ロジャーズによると、イノベーションの普及過程は『あるコミュニケーションチャンネルを介して、時間の経過のなかで、社会システムの成員の間に、イノベーションがコミュニケートされる過程』です。[p.16]」
・「普及論では、イノベーションは『イノベーションを採用する個々人が新しいと知覚するアイデア、習慣あるいはもの』と定義されます。[p.16]」
・「普及論では、個々人は典型的には次の5つの段階を経てイノベーションを採用するものとしています。[p.21]:知識、説得、決定、導入、確認。
・「社会システムの成員の中には新しいものが現れると直ぐに飛びつく人もいれば、新しいものにはほとんど興味を示さない人もいます[p.27]」。普及論での区分:イノベーター、初期採用者、初期多数派、後期多数派、ラガード。「これはあくまでも特定のイノベーションに対応した分類です。どんなイノベーションに対しても、この人はイノベーター、あの人は後期採用者だと主張しているわけではありません。[p.28]」また、イノベーターはイノベーションの創出者のことではありません。
・普及速度に影響するイノベーションの属性:相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性。[p.32-33]「ロジャーズを始めとする普及論研究者が調査を行った20世紀後半と違い、今ではネットが社会の隅々まで普及していて、我々が接することのできる情報量は遙かに多くなっています。こうしたことを考慮に入れると、これら5つの指標でいいのか若干疑問のあるところです。[p.35]」
・「ロジャーズの普及論は、インフルエンザが人から人へと感染するように、イノベーションが人と人とのコミュニケーションを通じて伝わっていくことを想定しています。これは、普及曲線として時間軸に沿った釣鐘型の分布を仮定していることからもわかります。これを感染モデルと呼びます。[p.38]」他の普及モデルとしては、閾値モデル(「何人かが一定の行動を起こすと、その集団内のある人がそれに同調した行動をとる場合[p.39]」)、構造同等モデル(「自身と社会経済的そのた全般におおよそ同等の人がそのイノベーションを採用していると、その人もそのイノベーションを採用するようになる[p.40]」、割れ窓理論、弱い絆の強さ、バズマーケティングなどがある。

第2章、イノベーション普及論の展開――イノベーションの普及過程分析からマーケティング戦略への転換――
・普及論の展開として著者は、マーケティングにおけるバスモデルと、ムーアによるキャズムを取り上げています。
・「バスモデルとは、家電など耐久消費財の販売数量の時系列推移を分析するモデルで、1969年にマーケティング研究者であるバスが提案したものです。・・・イノベーターは、マスコミュニケーションつまりマスメディアチャンネルなど外部からの情報だけに頼って、イノベーションの採用ないし購入を判断する人たちのこと・・・これに対してイミテーターは、対人コミュニケーションチャンネルつまりクチコミなど知り合いからの情報に従って、イノベーションの採用ないし購入を判断する人たちのことです。[p.41-42]」
・「ICTなどのハイテクイノベーションが主要市場に浸透するためには、是非とも越えなくてはならない深い溝があるとマーケティング・コンサルタントのムーアは主張しています。・・・1990年代のことで、彼はこの深い溝のことをキャズムと名付けました。・・・ムーアはビジョナリーという採用者カテゴリーに言及しています。これはロジャーズの普及論でいうところの初期採用者を言い換えたものです。[p.43]」「ロジャーズは第5版『イノベーションの普及』(2003)のなかで、・・・ムーアの主張するキャズムが存在する実証的な根拠は何もないと、これを素っ気なく否定しています。[p.44]」「ムーアは・・・巧妙に普及論を活用していますが、重要な点で普及論を『越えて』います。それは、製品の変化や改良を明確な形で『技術採用のライフサイクルモデル』のなかに組み込んでいることです。[p.44]」「市場のボリュームゾーンを構成する実利主義者・・・に当該製品が採用されるためには、彼らから見た費用対効果比つまりコスパが十分に高く良好でなければなりません。キャズムは洞察者と実利主義者の間に横たわる深い溝のことなのです。ムーアは、実利主義者はIT関連のハイテク製品では一定程度の技術的な知識を持つ一方、価格に敏感に反応すると説明しています。彼らのニーズを満たすためには、一段の価格の低減と性能の向上が必要になります。・・・実利主義者の支持を得ることができれば、当該イノベーションに基づく新製品はキャズムを乗り越えることができます。・・・ムーアの場合、キャズムの適用をICTなどのハイテク製品に限定していることがミソです。[p.45]」「ハイテク製品は、そのライフサイクルにわたって、明確に進化を遂げ、変化します。つまり、イノベーションの変化を考慮に入れていないロジャーズの普及モデルでは想定することのできない現象だったのです。[p.45-46]」
・ロジャーズ普及論の限界:「ロジャーズの提案するイノベーション普及モデルは、シーズの発見やニーズの把握に始まり、研究開発を経て製品が開発され、その製品が市場に投入されて、社会システムに普及し、遂に日常化して社会に定着するに至ることを想定しています。このモデルは一方向的つまり直線(リニア)的な進行を前提としていますので、リニアモデルと呼ばれています。[p.52]」「しかし、実際のイノベーション普及過程はリニアモデルで説明できるほど単純ではありません。[p.53]」「第二は一連の普及過程においてイノベーションに関わる製品の変化が組み込まれていないことです。・・・リニアモデルは、研究開発と普及は別個に進行すると過程していますので、原則として普及過程が進行している間にイノベーションを具現化した製品やサービスが変化することを想定していません。[p.54]」「第三は、ロジャーズ普及論の原点はハイブリッドコーンという単一の製品に関わる技術的なイノベーションの普及過程にあることです。[p.55]」「関連要素の数が多くなると・・・要素間の関係が多岐にわたることになり・・・製品単体のイノベーションの普及と比べて、より複雑な挙動を示すことになります。[p.56]」「最近のイノベーション研究は制度論と結びついて産業政策や科学・技術・イノベーション政策を論じることがしばしばあります。イノベーション普及論はこの点でやや不十分だと思います。[p.57]」「高速大容量かつ地球規模の多様なメディアを介した個々人および諸組織間の情報ネットワークが形成されるに至っています。コミュニケーションチャンネルが限定的であった時代は、ある程度時間をかけてイノベーションが普及していましたが、現在では普及現象が爆発的に起こる可能性が高まっています。[p.58]」

第2部、ドミナント・デザイン論――製品進化の視点から組織と戦略の変化を捉えたイノベーション理論の定番――
・「この概念を最初に提唱した一人、アバーナシーは『生産性のジレンマ』(1978)の中で『市場シェアの大宗を獲得することによって、競合がそれを模倣せざるをえないほどの製品のデザイン』のことをドミナント・デザインと呼んでいます。[p.64]」
第3章、ドミナント・デザイン論の体系――何故市場に広く浸透している製品はどれも似通っているのか――
・「新製品の登場後暫くの間は、市場がどの程度の規模になるのか、どの市場セグメントの顧客をターゲットとすべきか、あるいは顧客や消費者は新製品に対してどのような機能や性能を好むのか、といったことが皆目わかりません。一方、当該製品の生産者にとっては、どのような技術が利用可能なのか、どのような技術開発が必要なのか、そもそも必要とされる技術開発能力が自社に備わっているのか、などについておよそ見当のつかない状態が続きます。一言でいえば、この時期は製品に関わる技術と市場は、ともに不確実性がきわめて高い状況下にあるのです。この間、・・・関係各社はさまざまな新製品を市場に投入してきます。・・・この段階で重視されるのは製品の機能や性能です。[p.66]」「新製品が市場に受け入れられ、時間の経過に伴って市場に浸透していきますと、消費者のニーズがはっきりしてきます。・・・技術と市場に関わる不確実性が減少してきます。そのような状況の中で、やがて当該製品分野を律するドミナント・デザインが出現し、これに従ってデザインされた製品が市場において優勢になります。ドミナント・デザインが出現すると、比較的ラジカルな製品イノベーションの発生頻度は低下する一方で、既存製品の改良を図る漸進的な製品イノベーションや、生産工程に改善を加える工程イノベーションの発生頻度が高くなります。・・・市場にドミナント・デザインが出現すると、多くの場合、規模の経済が作用するようになってきます。規模の経済が作用することにより、大量生産に長けている比較的規模の大きな企業が次第に優勢になる一方、非効率な運営に留まる企業は振い落され、ドミナント・デザインが出現するまで増加傾向にあった企業数は減少し始めます。[p.67]」「アバーナシーとアッターバックは、ある製品カテゴリーにドミナント・デザインが出現する過程のあらましを以上のように描写しています。[p.68]」
・「アバーナシー(1978)は、新製品が登場した後のイノベーションの進化プロセスを流動期、遷移期、および特殊期に区分しています。・・・製品が市場に現れた初期の段階を流動期と呼ぶ。この時期には比較的ラジカルな製品イノベーションの発生頻度が高く、工程イノベーションの発生頻度は低い。・・・ドミナント・デザインの出現に伴って、遷移期に移行する。徐々に行程イノベーションと漸進的な製品イノベーションの発生頻度が増加する反面、ラジカルな製品イノベーションの発生頻度は減少する。・・・時間の経過とともに、製品および行程イノベーションの発生頻度はともに減少に向かう。[p.69-70]」
・「脱成熟化とは、ある製品カテゴリーにおいて流動期が再び出現することであり、アバーナシーとクラーク(1985)は、脱成熟化が生まれる条件として、新技術の登場、消費者の需要変化、そして政府の政策変更の三つを挙げています。[p.78]」
・「ドミナント・デザイン論は経営学とりわけイノベーション・マネジメントや技術経営の研究者の間に広く浸透している考え方です。[p.79]」

第4章、ドミナント・デザイン論の展開――イノベーションのライフサイクル分析から企業の生き残り戦略へ――
・「多くの研究が行われてきましたが、・・・おおよそ次のように整理できます。必ずしも科学的ないし技術的に最先端のものがドミナント・デザインになるわけではない。②ドミナント・デザインは技術決定論に従うのではなく、市場のなかで利害関係者の相互作用のなかで形成される。・・・③ドミナント・デザインは最適解ではなく、大多数の利害関係者にとっての満足解である。・・・ドミナント・デザインは利害関係者間の妥協の産物として出現するとみえるのです。第二は・・・きわめて戦略的な産物だということです。[p.85]」
・「ドミナント・デザインが出現しやすい製品は、有形の、比較的構造や仕組みが複雑で、製造工程に工夫が必要な、最終消費者向けの『もの』ということになるでしょう。[p.86]」

第5章、破壊的イノベーション理論の体系――何故優れた企業が敗退することがあるのか――
(筆者注:破壊的イノベーションについての筆者見解による要約は本ブログ別記事にまとめていますので、そちらもご参照ください。)
・「破壊的イノベーション理論の本質は、イノベーション活動に基づいて開発された製品等に関わる性能向上の軌跡の勾配つまり傾きは顧客ニーズの変化を示す軌跡の勾配よりも大きいところにあります。[p.110]」
・「既存の持続的イノベーションの軌跡を外れて、非連続的にそれとは別の軌跡をたどるイノベーションのことを破壊的イノベーションと呼びます。[p.111]」
・「社会的に大きな変化をもたらすイノベーションはラジカルないし根元的イノベーションと呼ばれます。これの対極にあるのがインクレメンタルないし漸進的イノベーションで、改良的な技術に基づくイノベーションであるとともに社会への影響も少ないものを指します。[p.119]」
・「破壊的イノベーション理論の本質は、破壊的イノベーションに依拠する製品等と持続的イノベーションに依拠する製品等に、市場を分断することにあるのです。・・・その意味で、『破壊的』というのは、いかにも誤解を生みやすい訳語で、『分断的』と呼ぶべきだと主張する研究者もいます。・・・破壊的イノベーションは、根元的な技術に基づくイノベーションの場合もあれば、漸進的な技術に基づくイノベーションの場合もあります。[p.121]」
・「破壊的イノベーション理論の基本的なメカニズムは、端的には次のように説明することができます。①支配的企業は、既存の顧客ニーズを満たすことにより高収益を確保するために、持続的イノベーション活動に基づいて開発された製品等を市場に供給する。②一方、新興企業は、破壊的イノベーション活動に基づいて開発された製品等を市場に供給する。③新興企業の提供する製品等は、既存企業の製品等に比べて主流市場が重視する性能の面では劣位にあるが、安価かつ簡便である(ローエンド型破壊)か、あるいは別の性能が重視される新市場(新市場型破壊)をターゲットとして出現する。④時間が経過するにつれて、破壊的イノベーション活動に基づいて開発された製品等の性能が向上するとともに、以前よりも多くの顧客のニーズを満たすようになる。このようにして、徐々に持続的イノベーションに基づく従来製品の市場を侵食していく・・・⑤破壊的イノベーション活動に基づいて開発された製品等が、持続的イノベーション活動に基づいて開発された製品等をハイエンドのマイナーな市場に追いやり、あるいは駆逐する。その結果、破壊的イノベーションを擁する新興企業が、持続的イノベーションを擁する既存企業に代わり、次代の支配的な存在になる。[p.122-123]」

第6章、破壊的イノベーション理論の展開――手に汗握る白熱の攻防とその先にあるもの――
この章では、破壊的イノベーションに対する2004年のダニールズによる批判、2006年の「製品イノベーション管理(JPIM)」特集号紙上での論争、2014年のレポーによる批判と、それに対するクリステンセンの反論の内容が紹介されています。個人的には以下の指摘が興味深く感じました。
・「クリステンセンとその賛同者の多くは事例研究を重視する一方、批判派は命題を証明するには統計学的な計量分析が必要であり、事例研究のみでは十分でないことを示唆しています。その結果、破壊的イノベーション理論はいいとこ取りだという批判が特に主流派のマーケティングや経営学研究者の間から聞こえてきます。[p.154]」
・「わが国では、クリステンセンの提唱する破壊的イノベーション理論は実務家や専門家のみならず研究者の間でも絶対的な支持を集めているようです。しかし、少なくとも米国の研究者の間では、絶大な支持を集め、広く受容されているわけではありません。[p.155]」
・「破壊理論に関する前提条件がすべて成立するならば、クリステンセンたちが主張する破壊現象が生じるのは理にかなっています。[p.166]」「破壊理論は一見したところ複雑で、しかも逆説的な言説を内包しています。しかし、既存の理論に裏打ちされた説得力のある体系です。・・・破壊理論のどこが問題なのでしょうか。はなはだ逆説的ですが、確固たる理論と明晰な論理によって構築された総合的な理論体系であるがゆえに、どこに中核的な概念があるのかが曖昧になっているところに課題を抱えているようにみえます。[p.169]」「破壊的イノベーション理論の提唱以来20年余りが経過した今、いいとこ取りとかトートロジー(同語反復)などと批判されず、予測精度が高いと評価されるためには、課題を整理したうえで、一層の理論的かつ実証的な解明を行うことが必要です。[p.170]」

第7章、破壊的イノベーションの事例――太陽光発電技術に関わるシステムの形成過程――
・「イノベーション活動が活発に行われて、多くのイノベーションが創出されるためには、適切な制度と、企業によるイノベーション活動、そして科学・技術知識の蓄積や技術開発に関わる体制が整備されていることが不可欠です。[p.171]」
・「2000年代前半まで、日本の主要な企業は太陽光発電パネルの市場シェアにおいて世界のトップの座を確保していましたが、その後急速にシェアを落とすことになります。・・・日本の既存企業が製造した高品質の製品は、中国企業を始めとする新興企業による低品質だが低価格の製品に圧倒されることになってしまいました。・・・端的に言えば、破壊的イノベーションの出現が日本の太陽電池製造に関わる既存大手企業の市場シェアを奪うことになったのです。[p.183]」「日本企業は持続的イノベーションに固執するあまり、既存の日本国以内の顧客を重視して高性能化を追求した結果、中国等の新興企業による安価な太陽電池システムの出現を前に劣位に立たざるをえなかったのです。[p.184]」
・「端的に言えば、わが国のイノベーションに関わるシステムは、持続的イノベーションに関わる活動を促進する一方で、破壊的イノベーションの発生を阻害するものなのです。[p.194]」

終章、イノベーションが生まれやすい社会へ――人々の、人々による、人々のためのイノベーション――
・「企業へのオープン・イノベーション活動の浸透は、イノベーター層のすそ野の拡大を意味します。というのは、オープン・イノベーション活動のもとで、企業内の研究者や技術者は自らの研究活動や技術開発に専念するばかりでなく、これを企業のイノベーション活動に結びつける必要性が生じてくるからです。この結果、研究者や技術者はこれまで以上にイノベーション活動に巻き込まれるところとなり、この中から新たなイノベーターが生まれてくる可能性が高まっていると考えられます。[p.202]」「いまや、イノベーターは特別な存在ではありません。技術者はもちろんのこと、科学者、デザイナー、アーティストなど、イノベーターのすそ野はこれまでよりも格段に広がっているのです。・・・これからの時代、多様な人材の存在を許容する企業文化の構築が望まれます。[p.203]」
・「ディスラプターとは、製品やサービスに関わる市場において破壊的イノベーション活動を推進するイノベーターのことです。強いて訳語を当てるとすれば、(市場)分断者と言うことになるでしょう。ディスラプターを破壊者と言ってしまうと、間違いなく誤解のタネをまくことになります。ディスラプターは既存の市場を破壊するわけではなく、既存の製品やサービスに対抗して市場を分断するイノベーターだからです。[p.203]」「どのような社会でも、ディスラプターは一部の稀有な存在に留まるでしょう。それだからこそ、イノベーションに関わる日本のシステムを刷新するために、ディスラプターが声を上げることが必要なのです。[p.206]」「ディスラプターの要諦は何でしょうか。それは、強靱な知識があるとともに、胆力があることだと思います。[p.207]」
・「国主導による人材育成制度の導入は、見るものと見られるもの、監督するものと監督されるものの乖離という非対称な構造を温存することになりかねません。破壊的イノベーションが生まれるのに適した環境を用意することが望まれます。個々人の自由な発想と活動を前提にしない限り、持続的イノベーションはともかく、破壊的イノベーションの生まれやすい国を創ることはできないのです。[p.209]」
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イノベーション・ダイナミクスについての理解は、特に、どんな製品やサービスの実現を目指すかを考える上で重要だと思います。本書で取り上げられた、普及論、ドミナント・デザイン、破壊的イノベーションはいずれも重要で有用な考え方だと思いますが、個人的には普及論と破壊的イノベーションの考え方が重要だと思っています。というのは、この両者には、技術者が見落としがちな、あるいは、技術者にとって意外な視点が多いと思われるからです。普及論は、開発者の観点ではなく採用者の観点からイノベーションの動きを議論しており、これは技術者にとって忘れてしまいがちな視点です。また破壊的イノベーションは、技術の向上速度と顧客ニーズの向上速度の違いと、破壊的イノベーションに対する既存企業の判断が問題になる点、これも技術者には見過ごされがちな視点です。これに対して、ドミナント・デザインで論じられている動きは、技術者にとっては他の2者よりは自然な動きに近く、想像しやすいものであるという気がします。もちろん、ドミナント・デザイン論も重要な考え方であることは認識しておくべきですが、実務家にとって意識的に注意を向ける必要があるのはやはり普及論と破壊的イノベーション論ではないかという気がします。

本書ではこれらのダイナミクスが、経営学的に正当かどうか、という議論もなされていますが、実務家にとっては、厳密に真実だと証明されることよりも、そこそこの数の事例を矛盾なく説明でき、どんな場合には確からしそうかがわかれば十分なのではないかとも思います。理論は、判断の根拠となる「真実」であることはもちろん重要だとは思いますが、行動するための作業仮説としての意味もあるのではないでしょうか。おそらく実務家の皆さんは、それぞれの理論がどの程度確からしいと思われるかを基準に、その理論をどう使うかを決めているように思います。イノベーションの理論に関する本書のような批判的な論考は、それぞれの理論をどう使うかを考える上で非常に参考になると感じましたがいかがでしょうか。


文献1:三藤利雄、「イノベーションの核心 ビジネス理論はどこまで『使える』か」、ナカニシヤ出版、2018.