研究開発に実験はつきものです。技術者にとっては、思ったアイデアが期待どおりにうまくいくかを確かめるために実験を行うことが多いわけですが、これは広い意味では自らが抱いている仮説を検証するための行為ということになりますので、真理追究のための学問的な研究で行われていることと本質は同じです。また、仮説検証だけではなく、何らかの洞察を得るために実験する場合、つまり、何が起こるかわからないので試してみるということもあるでしょう。そんな実験を行う場合、通常は、欲しい情報が得られるような実験系を組むことになります。よくあるやり方は、注目する因子以外の外乱をなくすような条件を設定し、注目していることがどういう結果をもたらすかが明らかになるような実験を計画します。このような実験は世の中の現象や真理を理解するための強力な方法ではありますが、現実には、効果的な実験系を組むことができない場合も多いということが一つの問題と言えるでしょう。

では、実験が難しい課題についてはどういう手段があるのでしょうか。今回は、やはり実験の難しい世界である歴史の研究において用いられる「自然実験」の意義について、ジャレド・ダイアモンド、ジェイムズ・A・ロビンソン著「歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。著者は次のように述べています。「研究室の制御された環境で反復される実験においては、変化する要素を実験者が直接コントロールする。こうした形の実験はしばしば科学的方法の典型とみなされ、物理学や分子生物学の実験を行なう際には、事実上これが唯一の方法として採用されている。原因と結果の連鎖を解き明かすうえで、このアプローチが比類なく強力であることは間違いない。その事実に惑わされた実験科学者が、操作的実験の不可能な科学分野を見下してしまうほどだ。しかし、ここに残酷な現実がある。科学として広く認められている多くの分野において、操作的実験は不可能なのだ。まず、過去に関わる科学においては例外なく不可能である。進化生物学、古生物学、易学、地史学、天文学のいずれも、過去を操ることはできない。つぎに、鳥の群、恐竜、天然痘、氷河、ほかの惑星などを対象とする研究で採用される方法は、今日では道徳心の欠如や違法性を非難される機会が多い。鳥を殺すのも、氷河を溶かすのも許される行為ではない。・・・いま紹介したような歴史関連の学問では、自然実験あるいは比較研究法と呼ばれる方法がしばしば効果を発揮している。このアプローチでは、異なったシステム同士が――できれば統計分析を交えながら量的に――比較される。この場合、システム同士は多くの点で似ているが、一部の要因に関しては違いが顕著で、その違いがおよぼす影響が研究対象となる。[p.7-8]」本書では、著者の言う自然実験を活用した歴史研究の例が紹介され、最後に比較研究法を用いて自然実験を行なう際に共通する方法論的な問題が議論されています。以下、本書の構成に沿って内容をご紹介したいと思いますが、歴史的な個々の研究の内容はごく簡単な紹介とさせていただいて(なかなか興味深い研究が多いので、ご興味のあるかたは本書をご参照ください)、ここでは、制御された実験を行なう上で、さらにはマネジメントの研究を考える上でも参考になると思われる自然実験に関する議論を中心にまとめたいと思います。

第1章、ポリネシアの島々を文化実験する(パトリック・V・カーチ)
・共通の祖先を持つポリネシア人が環境の異なる島々に住み着き、どのようなことが起きたかについて、マンガイア島、マルケサス諸島、ハワイ諸島の事例が比較され、資源制約や人口密度の影響によって異なる政治形態や文化が形成されたことが明らかにされています。

第2章、アメリカ西部はなぜ移民が増えたのか――19世紀植民地の成長の三段階(ジェイムズ・ベリッチ)
・19世紀に発達した7つのフロンティア(アメリカ、「ブリティッシュウェスト(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ)」、アルゼンチン、シベリアを比較、様々な異なる点があるものの、「すべてにおいて同じ3つのステップから成るサイクル」すなわち「まず人口が爆発的に増加すると流入してくる商品や資本の正味額が増え、つぎに深刻な『不況』で経済の成功率が一気に減少して企業が相次いで倒産・・・そのあとは地域外への製品の移出が盛んになり、遠方の大都市に主要産物を大量に供給することで新たな経済が創造される[p.14-15]」ということが見出されることが述べられています。

第3章、銀行制度はいかにして成立したか――アメリカ・ブラジル・メキシコからのエビデンス(スティーブン・ヘイバー)
・新世界の3つの国(いずれも独立国家となったとき銀行制度が存在していなかったアメリカ、ブラジル、メキシコ)でどのような銀行制度ができどう発達したかを研究し、「銀行家と官僚は連携関係を結び、規制の多い構造の銀行制度を作り上げるが、官僚には政府の財源確保、銀行家には利益確保という動機が強く働いている[p.124]」ことなどの示唆を得ています。

第4章、ひとつの島はなぜ豊かな国と貧しい国にわかれたか――島の中と島と島の間の比較(ジャレド・ダイアモンド)
・カリブ海のイスパニョーラ島を東西に分割するハイチ(西側)とドミニカ(東側)について、両国の経済力の違いをもたらした要因を分析、植民地時代の宗主国の違いが生んだ奴隷制プランテーション、言語、人口密度、社会の不平等、植民地の富、森林破壊などの違いが影響していることを見出しています。
・太平洋の69の島々の回帰分析による解析からは、樹木の成長速度に影響する環境要因の違いにより、森林破壊の程度が異なるという結論が得られています。

第5章、奴隷貿易はアフリカにどのような影響を与えたか(ネイサン・ナン)
・1400年から1900年にかけてアフリカの様々な地域から連れ去られた奴隷についての研究から、「特に多くの奴隷が連れ去られた地域は、今日のアフリカで最も貧しい地域であること[p.183]」を明らかにし、「大きくて安定した共同体や国家の編成が奴隷貿易によって妨げられた結果、今日のアフリカ諸国の民族の多様性が高く[p.181]」なり、「民族的多様性が高いほど教育やインフラや金融の発展のレベルは低く、政治は不安定になる[p.179]」傾向を指摘しています。

第6章、イギリスのインド統治はなにを残したか――制度を比較分析する(アビジット・バナジー+ラクシュミ・アイヤー)
・イギリス植民地時代の支配制度の違いを調査した結果、地主が地税を徴収した地域では、現在に至るまで学校、電気、道路への投資が低い傾向が見出されています。

第7章、フランス革命の拡大と自然実験――アンシャンレジームから資本主義へ(ダロン・アセモグル+ダビデ・カントーニ+サイモン・ジョンソン+ジェイムズ・A・ロビンソン)
・ドイツにおいて、ナポレオン時代にフランスに占領されたことによる影響を比較検証。ナポレオン戦争の時代にフランスに占領されその後プロイセンに譲渡された地域において、フランスによる制度上の改革が維持発展させられたことにより経済が発展し、都市化が進行したと考えられるとしています。

あとがき――人類史における比較研究法(ジャレド・ダイアモンド、ジェイムズ・A・ロビンソン)
・「あとがきでは、・・・人類史において比較研究法を用いて自然実験を行う際に共通する方法論的な問題について取り上げる。[p.20]」
・「自然実験には明らかな落とし穴が数多く含まれる。たとえば、『実験者』が測定対象として考えていなかった要因に、実験結果が影響されているリスクは否定できない。あるいは、真の説明要因が測定対象の要因ではなく、相関関係がある別の要因である可能性も考えられる。これらの難題は自然実験にとって現実問題だが、自然実験だけが例外というわけではない。研究室で操作的実験を行う際にも、比較を伴わないナラティブな記述を作成する際にも同様の困難はつきまとう。[p.8-9
・「自然実験の分類というと、攪乱(perturbation)と初期条件のどちらが異なるかに基づいた分類を思い浮かべる人もいるだろう。・・・自然実験のなかには、攪乱のバリエーションの結果として異なった結果が生じるタイプがある。この場合、初期条件の違い・・・は結果にとってそれほど重要ではない。・・・もうひとつのタイプの自然実験では、攪乱はどのケースでも変わらないが、主に初期条件の違いによって異なる結果が導き出される。[p.254-255]」
・「攪乱の影響を受けている社会や場所と、そうでない社会や場所を比べる比較研究においては、攪乱を加える特定の場所がいかに『選択されるか』が必然的に問題として浮上する。研究室の実験でいわゆる実験対象の試験管と対照群の試験管を比較する際には、実験者が加えるなんらかの攪乱(ひとつの化学物質を一方には加え、もう一方には加えないなど)を除けば、どちらも同じ状態である。この場合、実験対象の試験管と対照群の試験管の選択に関して、実験者はまったく無作為に決断する。・・・したがって比較史学者は常に、以下の現実的な疑問を問いかけなければならない。攪乱が加えられた場所は、研究対象の結果とは無関係な理由で選ばれたのだろうか(すなわち、結果に関して『無作為』だったのか)。[p.258-259]」
・「自然実験で異なった結果が観察される際には、それが本当に『実験者』の指摘する攪乱や初期条件のタイプの違いによって引き起こされたのか、それとも何かほかの違いによって引き起こされたのかという問題が常につきまとう。解釈をあやまるリスクは、研究室のコントロールされた環境で行われる実験でも発生する。[p.262]」
・「統計相関は原因やメカニズムの表れなのだろうか。もちろん、そうではない。原因やメカニズムを証明するためには、少なくとも3つの段階が必要で、そのすべてが方法論全般にとっての問題になっている。先ず、逆の因果関係の問題について考えなければならない。ABに相関関係がある場合、予想とは違ってABの原因ではなく、BAの原因である可能性は考えられる。この問題にアプローチするに際には、しばしば時間的関係に注目する。最も単純なケースでは、ABの前に変化したか、あるいはその逆だったのかを確認する。ちなみに、原因と結果の方向性を解明するためには、グレンジャーの因果性と呼ばれる統計的手法がよく使われる[p.263]」。「二番目に、いわゆる欠落変数バイアスを考慮しなければならない。すなわち、『実験者』によって攪乱の原因として確認された変数が、実際には関連性のある複数の要素による変化の一部であり、実験では注目されなかった何らかの変数が結果を引き起こした可能性が考えられる。[p.264]」「三番目に、ABを引き起こしたことを裏付ける確実な証拠が手に入ったとしても、ABを引き起こしたメカニズムを解明するためには、さらなる証拠が必要とされる場合が多い。[p.264]」「統計分析においても、過度にシンプルな説明と過度に複雑な説明のあいだの妥協点を探る作業は欠かせない。[p.265]」
・「社会科学の研究が直面する現実的な困難の多くは、幸せなど、曖昧で測定しにくいけれども重要な概念の『操作化』〔概念を定量的に測定可能な変数として定義すること〕に伴って発生する。測定可能であると同時に、曖昧な概念の本質をおおむね把握・反映している何らかの要素を確認しなければならない。[p.267]」
・「ケーススタディとシンセシス、あるいは記述と論理的説明の緊張関係は、学問分野ごとに異なった形で展開する。物理学や化学ではこの緊張関係が最小限にとどまり、どちらもお互いに相手を必要としていることを理論家も実験者も当然の事実として受け止めている。[p.270]」「歴史の比較そのものは、あらゆる疑問に回答を提供するわけではないが、ひとつのケーススタディだけからは不可能な洞察を得ることができる。[p.272]」
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自然実験という呼び名を使うかどうかは別として、経営学においてもこの考え方は重要でしょう。どんな制度や手法を用いれば研究開発を成功に導けるのかを知りたければ、成功例のケーススタディだけでなく、いろいろな場合を比較して、成功に導く要因を推定することが求められるでしょう。もちろん、歴史学と同様、解析に必要な条件を決め、サンプルを抽出することは容易なことではないかもしれませんが、このような手法を用いて考え、因果関係を推定してみることは極めて重要なことなのではないかと思います。イノベーションのケーススタディでは、特定のイノベーター(例えば、スティーブ・ジョブズのような)が成功の要因であるかのように取り上げられることがありますが、それに対して本書の自然実験の事例では、個人の名前がほとんど出てこないことは非常に興味深いことだと思います。特定の個人がイノベーションを成功に導いたのが事実だとしても、その個人のどんな行動、どんな考え方が有効だったのか、というような視点で一般化するために比較を行うことは、実務家にとって有用なことなのではないでしょうか。

もう一点、自然実験は、いわゆる科学の研究においても使える場面があることもあらためて認識しておくべきだと思います。研究者の仕事は、検討対象の不確実性を減らすことだと言えると思いますが、それを言い換えると、不確実性を減らして真実に近づくための手法を使いこなせることがよい研究者の条件だとも言えるのではないでしょうか。自然実験を行う際の注意点が制御された実験にもあてはまることに注意を払うのはもちろんのこと、自然実験の手法が役立つケースがあれば、積極的に活用することも求められているのだと思います。


文献1:Jared Diamond, James A. Robinson2010、ジャレド・ダイアモンド、ジェイムズ・A・ロビンソン著、小坂恵理訳、「歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史」、慶応義塾大学出版会、2018.
原著表題:Natural Experiments of History