イノベーションが生まれやすい環境を整えることはマネジャーの大きな務めでしょう。最近では、どういう環境がイノベーションにとって重要かについて大雑把な意見の一致が見られるようになってきたかもしれません。しかし、実際にそうした環境を構築し、うまく運営していくことはそれほどたやすいことではありません。

今回ご紹介するPisanoによるHBR誌の記事「The Hard Truth About Innovative Cultures」では、イノベーションを促すとされる文化の特徴と、そうした文化を構築し運営していく際の注意点について述べられています[文献1]。実務家にとっても参考になる指摘が多いと感じましたので、そのポイントをまとめてみたいと思います。

著者は、失敗の許容、実験意欲、心理的安全、積極的な協力、階層性のなさといった文化的な特徴をイノベーションにとって好ましいものとして挙げています。研究結果からもこれらが有効だとされているとした上で、そういう文化の下で働きたいと思わない人がいることや、そうした文化を構築し維持することの難しさを指摘しています。著者は次のように述べています。「こうした好感度の高い、世間から注目されている行動は、コインの一面にすぎない。率直に言ってあまり楽しくない、もっと厳しい行動とのバランスがある。失敗への寛容には無能力への非寛容が必要だ。意欲的な実験には、厳しい訓練や規律が必要だ。心理的安全には厳しい公正さが求められる。協力は個人の責任とのバランスがとれていなければならない。階層が少なければ強力なリーダーシップが必要になる。・・・このようなパラドックスによって生まれる緊張を注意深くマネジメントしなければ、イノベーティブな文化を作ろうとする試みは失敗に終わるだろう。」以下、それぞれの項目について述べている著者の見解のなかから興味深く感じられた点をまとめます。

1,失敗に対して寛容でありながら、無能力には非寛容であることTolerance for Failure but No Tolerance for Incompetence
・「イノベーションが不確実で未知の領域の探索を含むものであるなら、失敗の許容がイノベーティブな文化に重要であることは驚くようなことではない。」「しかし、失敗の許容に焦点を絞るために、イノベーティブな組織は無能力には非寛容になる。そうした組織は、従業員に並外れた能力を求める。できるかぎり優秀な才能の持ち主を採用する。リスクのあるアイデアを探索し結果的に失敗するのはかまわないが、二流の技術、考えの甘さ、悪い仕事の習慣、お粗末なマネジメントでの失敗は許されない。期待に応えられない人は去ってもらうか、能力に見合った役割に配置換えとなる。」「Googleは従業員に優しい文化で知られているが、世界中で最も就職するのが難しい会社のひとつだ。」
・「失敗から学習することの価値と、顕著な成果を同時に求めるという文化を創ることは、どちらの経験もない組織にとっては困難なことだ。よい始め方は、生産的な失敗と生産的でない失敗の違いをシニアリーダーが明確にすることだ。生産的な失敗は、そのコストに比べて価値の高い情報を生む。・・・失敗は、そこから学習できた場合にのみ祝うべきものだ。(『失敗を祝う』という決まり文句はそのポイントを外している。失敗ではなく学習を祝うべきなのだ。)」
・「能力重視の文化を作るには、期待されるパフォーマンスの標準を明確にする必要がある。この標準がよく理解されていない場合、困難な人事上の決定は、きまぐれに見えてしまったり、もっと悪い場合には失敗への罰であると誤解される可能性がある。」「マネジャーは、『無能力』が本人の責任ではない人を解雇、異動するのは特に気が進まないだろう。技術やビジネスモデルが変われば、ある状況で非常に有能だった人が、別の状況では無能になってしまうことがある。・・・時代遅れになってしまった人を留めておくことは思いやりのあることかもしれないが、組織にとっては危険なことだ。」
・「生産的な失敗に対する寛容さと無能力を根絶することの健全なバランスを維持することは簡単ではない。・・・バランスをとるのが難しい理由のひとつは、失敗の原因がいつも明確とは限らないためだ。」

2,実験に意欲的でありながら、高度な規律を保つことWillingness to Experiment but Highly Disciplined
・「実験を活用する企業は、不確実性や曖昧さを受け入れられる。」「しかし、実験に意欲的であることは、三流の抽象画家がキャンバスにでたらめに絵の具を投げつけるように働く、という意味ではない。・・・規律志向の文化は、注意深く、学習することの潜在的な価値に基づいて実験を選び、コストに比べてできるだけ多くの情報が得られるように厳密に設計する。」
・「意欲的な実験と高度な規律を組み合わせた文化のよい例が、マサチューセッツ州、ケンブリッジのFlagship Pioneeringという先端科学分野での新しいベンチャーを創造する会社だろう。・・・創業者でCEONoubar Afeyanは、『探索の初期段階では、それは本当か?とか、そのアイデアをサポートするデータはあるか?、といった質問はしない。あることが真実であることを証明してくれるような科学論文も探さない。そのかわり、もし本当だったらどうなるか?とか、本当なら価値があるか?、ということを自問する。』という。このプロセスにより、チームは試すことが可能なベンチャー仮説を作ることを期待されている。」
・「実験は、Flagshipの探査プロセスの中心をなしている。・・・しかし、Flagshipでの実験は、基本的なところで他の会社によく見られるやり方とは異なっている。まず、Flagshipは、最初のアイデアを検証するための実験は行わない。その代わりにチームには、アイデアの欠点が現れてくる確率を最大化するような『キラー実験』をデザインすることが期待される。第二に、多くの資源を投入すればより速くより創造的な結果が得られると誤って信じて新興のベンチャーに大規模な投資をする多くの既存企業とは異なり、Flagshipは100万ドル以下で半年以内のキラー実験を通常設計する。・・・第三にFlagshipでのデータは神聖なものだ。多くの企業においては、予想外の結果が出ることは『悪いニュース』だ。チームは、プロジェクトを延命するために、得られた結果が何かの間違いだと説明するようなデータを出す必要があると考えてしまう。Flagshipでは実験データを無視することは許されない。最後に、Flagshipのベンチャーチームのメンバーには規律を守る強いインセンティブが与えられている。損を出すプログラムにしがみつくことで経済的利益が得られるようにはなっていない。」
・「規律ある実験はバランスをとる作業だ。リーダーとして、『不合理なアイデア』を扱うことを奨励し、仮説を立てるための時間を与えるのだ。仮説を確認する、あるいは取りやめにするためのデータを性急に求めると、創造性に必要な知的活動を潰してしまう。・・・シニアリーダーは、実験から得られたデータに基づいて、例えば、自分が個人的に提唱したプロジェクトを取りやめたり、考えを変えたりする意志を示すことで、規律のモデルをつくる必要がある。」

3,心理的に安全でありながら、容赦なく率直であることPsychologically Safe but Brutally Candid
・「心理的安全とは、個人が報復を恐れることなく、問題について真実かつオープンに話すことができると感じる職場風土だ。ハーバードビジネススクールのAmy Edmondson教授による何十年もの研究で、心理的安全が、組織が破滅的な失敗を避ける一助となるだけでなく、学習とイノベーションをサポートすることを明らかにしている。」
・「人は誰でも恐れることなく自分の考えを述べる自由を愛している。そして、聞いてももらいたい。心理的安全は双方向のルートだ。もし、自分があなたのアイデアを安全に批判できるなら、組織内での地位が自分より高いか低いかによらず、あなたが私のアイデアを批判することも安全でなければならない。」「一方で、もっと礼儀正しい組織もある。そこでは、意見の違いは抑制されてしまう。」
・「イノベーションについていえば、いつでも、率直な(candid)組織は居心地のよい(nice)組織よりも優れた成果をあげる。・・・フランクであることと敬意がある(respectful)ことは矛盾しない。・・・あなたに対する痛烈な批判を受け入れることができるのは、フィードバックをくれた人の意見を尊敬しているときだけだ。」「そうは言っても、『容赦なく正直な(brutally honest)』組織は、働くうえで最も快適な環境というわけでは必ずしもない。」
・「人々が対立にしりごみしたり、率直な議論が礼儀正しい習慣を冒すものであると見られるような組織では、率直な議論の文化を築くことは難しい。シニアリーダーは自分の行動を通じてそうした雰囲気を作る必要がある。他者に対する建設的な批判を、摩擦を招かないようにしながら行えなければならない。こうした文化を促す一つの方法は、自分のアイデアに対する批判と提案を求めることだ。」

4,協力しながらも個人が責任を持つCollaboration but with Individual Accountability
・「うまく機能するイノベーションシステムでは、多様な貢献をしてくれる人からの情報、インプット、努力の集積が必要だ。」「しかし、しばしば協力と同意(consensus)は混同されてしまう。そして、コンセンサスは変革をもたらすイノベーションに関する複雑な問題を生み、迅速な意志決定の障害になる。結局、誰かが決定し、その責任をとらなければならないのだ。」
・「説明責任と協力は補完的であり、責任は協力を促進できる。」「現在J&Jchief scientific officerであるStoffelsは・・・次のように約束している『皆さんはリスクをとる;私は責任をとる』」

5、階層が少ないながらも強力なリーダーシップを持つ(Flat but Strong Leadership)
・「組織図を見れば、その企業の構造的なフラットさがよくわかるが、人々が組織での地位に関わらずどのように振る舞い交流するかという文化的なフラットさについてはほとんどわからない。文化的にフラットな組織では、人々は、広い範囲の行動が許容されており、意志決定でき、意見を述べることができる。尊敬は地位ではなく能力によってもたらされる。文化的にフラットな組織では、関連する情報源に近いところに意志決定が分散されているため、急激な状況の変化に機敏に対応できるのが一般的だ。そこでは、広い世界からの知識、専門性、視点が活用されるので、階層的な組織よりも豊かで多様なアイデアが生まれる傾向がある。」
・「しかし、階層がないということはリーダーシップがないということではない。逆説的だが、フラットな組織は階層的な組織より強いリーダーシップが必要とされる。フラットな組織では、リーダーシップが明確な戦略的優先付けと方向を示せない場合にはしばしば混乱に陥ってしまう。」
・「ここでも、フラットさと強いリーダーシップのバランスを保つために、巧みなマネジメントが求められる。」「上級リーダーにとっては、説得力のあるビジョンや戦略(全体像)を示す能力が必要であると同時に技術、運営について精通した能力が求められる。従業員にとっては、フラットな環境では、自身のリーダーシップ能力を高め、行動し、自身の決定を受け入れることが求められる。」

変革をリードするLeading the Journey
・「すべての文化的変化は難しい。組織文化とは、そのメンバーが従うべき規則を定めた社会契約のようなものだ。リーダーが組織文化を変えようとすれば、それは社会契約を壊そうとするようなものだ。だから、組織内部の多くの人が、特に、既存のルールのなかでうまくやっていた人が抵抗することは驚くことではない。」
・「イノベーティブな文化を築き、維持する旅を導くことは、次の3つの理由で特に難しい。第一は、イノベーティブな文化は、一見矛盾するような行動の組み合わせを求め、混乱を生むリスクを高めるからだ。・・・第二には、ある種のイノベーティブな行動には受け入れやすいものもあるが、組織の特定の人にとっては快くないものもある。イノベーションを何でもありの自由なものと考える人は、規律を創造性の発揮にとって不要な障害だと考えるだろう。みんなで決めたコンセンサスに快適さを感じる人は、責任が個人に移行することを歓迎しないだろう。第三に、イノベーティブな文化は相互依存的な行動のシステムであるため、少しずつ導入するやり方ができないことだ。」
・「文化を変える上でリーダーが通常できること(価値を明確に伝えること、目標となる行動モデルをつくることなど)に加えて、イノベーティブな文化を作るためのいくつかの特定のアクションがある。第一は、リーダーがイノベーティブな文化の厳しい現実に率直になることだ。この文化は快いことばかりではない。第二には、イノベーティブな文化を築くための近道がないことをリーダーは認めなければならない。あまりに多くのリーダーが、組織を小さなユニットに分割したり、自律的な『スカンクワークス』を立ち上げたりすることでイノベーティブな起業家的文化をまねることができると思っている。このアプローチはほとんど機能しない。・・・最後に、イノベーティブな文化は不安定で、均衡状態にある力の間の緊張は、簡単に崩れてしまうため、リーダーはどこかで過剰が発生してしまう兆候に警戒し、必要な時はいつでもバランスを立て直すように干渉する必要がある。リーダーは特に自分自身についてある傾向が過剰にならないように用心する必要がある。組織のデリケートなバランスの均衡をとりたいのなら、リーダーとして自分自身のバランスをとれることを示さなければならない。」
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イノベーションに適した環境、文化の特徴として、失敗活用、実験、心理的安全、協力、フラット化はよく挙げられます。それぞれがイノベーションに役立つことに異論を唱える人はあまりいないと思いますが、その実現はそれほど簡単なことではないことに同意される方も多いのではないでしょうか。本論文で述べられている、なぜ、どういうところが難しいのか、どうすればよいのかについての提言は、実務家にも役立つのではないかと思います。もちろん、イノベーティブな文化を築く上で、これ以外にも重要な要因はあるかもしれません。また、課題の克服方法として著者の提案以外の方法もあるのではないかと思います。難しさは理解した上で、それでも挑戦する価値がイノベーションにはあると思いますので、イノベーションの様々な側面の理解はますます重要になっていくのではないかと思います。


文献1:Gary P. Pisano, “The Hard Truth About Innovative Cultures”, Harvard Business Review, January-February, 2019, p.62.
https://hbr.org/2019/01/the-hard-truth-about-innovative-cultures