既存企業がイノベーションをうまく進めるためには、企業内での協力の獲得が重要であるとの指摘がしばしばなされます。ということは、企業のマネジャーはイノベーションを担当する部門と、既存事業を行う部門の両方がうまく機能するようにコントロールする必要があるということになるでしょう。一方、そうしたマネジメントの方法は、どんなイノベーションを狙っているのか(例えば、持続的イノベーションなのか、破壊的イノベーションなのか等)によっても異なってくるでしょう。近年、イノベーションについての理解は深まってきているとは思いますが、結局のところは、こんな場合にはこんな方法が望ましい、というような形でしか、イノベーションをうまく進める方法はまとまらないような気もします。

今回は、企業においてイノベーションを進める上で考慮すべき機能を見直し、状況を場合分けして、それぞれに必要なイノベーションの進め方を議論した、Moore著「ゾーンマネジメント 破壊的変化の中で生き残る策と手順」[文献1]をご紹介したいと思います。著者の考え方は、企業活動を破壊的イノベーションか持続的イノベーションか、収益を求めるか能力向上を求めるかの2軸で4つのゾーンに分割してそれぞれを独立に管理すべきだとした上で、さらに破壊的イノベーションで攻める立場にいるか破壊的イノベーションから守る立場なのかという状況に分けて、それぞれの活動をどう行うべきかを議論しています。以下、著者の指摘の中から興味深く感じた点を本書の構成に沿ってまとめたいと思います。

第1章、プライオリティの危機
・「他社のビジネスに破壊的変化をもたらすためには、自社のポートフォリオに新しいビジネスラインを追加しなければならない・・・新規のビジネスラインを既存の事業ポートフォリオに追加するときに『プライオリティの危機』が生まれている・・・取り組みを始めるのはたやすいのだが、先に進むにつれて十分な経営資源がないことが明らかになってくる。そのときにどうやって経営資源を確保するか。この問題は、部分的には量の問題、つまり、どれだけの経営資源を既存の確立したビジネスに投入し続け、どれだけを新規ビジネスに投入するかということになる。そして、同時に質の問題でもある。つまり、既存のビジネスラインから追加の利益を得ることと、新規ビジネスラインから新たな利益を得ることのどちらを高く評価するかという問題でもある。さらに、社内政治と勢力争いの問題でもある。つまり、長期的に膨大な可能性をもたらす機会に期待して、短期的リターンを提供する既存ビジネスをどの程度犠牲にできるかという問題だ。[p.20-21]」
・「攻撃側に回って次の波を捕まえようとしているのか、防御側に回って次の波に捕まらないようにしているのかにかかわらず、戦略的な事業ポートフォリオマネジメントを実施する上で、何らかの支援が必要だ。破壊的変化が頻繁に起こる今日、これまでの経営戦略は有効ではない。[p.34-35]」「破壊的変化をもたらすスタートアップ企業に対して既存企業が持つ優位性は不利な点をはるかに上回る。グローバルな流通チャネル、世界的なサポートシステム、ブランド認知度、広範なエコシステム、強力な財務基盤、安定したキャッシュフローといった多くの要素が重要な資産となる。必要なのは、これらの経営資源を適切に活用するための指南書だ。・・・この指南書を『ゾーンマネジメント』と呼ぼう。その基本的な考え方は、企業のマネジメントを4つのゾーンに分割することにある。各ゾーンには独自の目標、つまり、当期の収益パフォーマンス、そのパフォーマンスを推進するための生産性向上の取り組み、将来のイノベーションの育成、そして、そのようなイノベーションの規模拡大がある。[p.35]」「先鋭的なのは、第一に、経営陣が企業運営を4つのゾーンに明示的に割り当て、各ゾーンで異なる結果を求めるべきこと、第二に、現場のリーダーが、ローカルな指南書に従って割り当てられたゾーン内で行動し、社内の別のゾーン内で異なる指南書に従って行動するリーダーたちと協業していくという点だ。[p.36]」

第2章、4つのゾーン
・「企業は破壊者として攻撃的に行動するか、被破壊者として防御的に行動することができる。・・・遅かれ早かれ攻撃に乗り出すべきだ。・・・では、スタートラインはどこにあるのか。年次戦略計画が最適な場所である。そこでは、3つの投資ホライゾン(期間)にどのように経営資源を割り当てるかがフォーカスになる。各ホライゾンは、投資の効果が得られるタイミングによって、以下のように定義される。ホライゾン1:翌会計年度の事業による投資回収。ホライゾン2:2年から3年で投資回収。マイナスのキャッシュフローの中間的期間を経た後に投資が回収可能となる。ホライゾン3:3年から5年で投資回収。主に研究開発であり、事業による回収はまだ考慮されない。このモデルの中で確実なリターンがあるのはホライゾン1だけである。それ以外のものは現時点ではみな投機的であり、将来的にはホライゾン1に転換されることが期待されている。[p.40-41]」
・「破壊的変化が起きている市場では、スタートアップ企業の業績が既存企業を上回ることが多い・・・それはなぜだろうか。スタートアップ企業には利害衝突がないからである。・・・一方、既存企業には自社の業績維持、株主の意思、さらには、既存の顧客やパートナーのエコシステムなど様々な方向からの圧力がある。これらの力の板挟みになり、既存企業の取り組みはフォーカスと優先順位付けを欠き、当然のように業績を悪化させてしまう。効果的に競合するためには、経営陣はこの束縛から自らを解き放つ必要がある。・・・具体的には、破壊的イノベーションの取り組みと持続的イノベーションの取り組みを分離し、全社を新規ビジネスとその運営にフォーカスさせ、後者を既存ビジネスの拡張と改良にフォーカスさせなければならない。同時に、『収益パフォーマンス』を求める企業活動と『支援的投資(Enabling Investment)』となる企業活動とを分離し、前者を現在の業績に、後者を将来への種蒔き効果にフォーカスさせなければならない。・・・以上で述べた2種類の分割により、企業活動の4つのゾーンが作られる。 [p.43-44]」
・別々にマネジメントすべき「4つのゾーン」[p.45p.55-58]:
パフォーマンス・ゾーン(持続的イノベーション×収益パフォーマンス、既存事業で成果を出す、ライン部門、ホライゾン1、「ここでの目標は、リスクを考慮しつつ、ほとんど不測の事態なしに収益をスムーズに生み出していくこと[p.56]」)
プロダクティビティ・ゾーン(持続的イノベーション×支援型投資、生産性を上げる、スタッフ部門、ホライゾン1、「ほとんどの時間がパフォーマンス・ゾーンの業務改善で得られる効率性の向上に割かれる。[p.56]」)
インキュベーション・ゾーン(破壊的イノベーション×支援型投資、新規事業を育む、R&D事業開発部門、ホライゾン3、このゾーンでは、いかなる時でも複数のプロジェクトが準備中となっていなければならない。[p.56]))
トランスフォーメーション・ゾーン(破壊的イノベーション×収益パフォーマンス、新規事業を拡大する、CEO直下の新部門、ホライゾン2、「このゾーンはコストを要し、リスクも高く、企業体力も消費する。このため、ほとんどの年に空白であってもよい。[p.57]」)
・犯しやすい過ち[p.59-62]:パフォーマンス・ゾーンに過剰投資する、プロダクティビティ・ゾーンで現状を維持する、インキュベーション・ゾーンをトランスフォーメーション・ゾーンと取り違える、トランスフォーメーション・ゾーンを導入しない、破壊的攻撃を受けた場合にそれを否定しようとする。

第3章、パフォーマンス・ゾーン
・「パフォーマンス・ゾーンは、確立した顧客ベースを持つビジネスラインのポートフォリオから構成され、企業の収益のほぼすべてと利益の百パーセント以上を生み出す。・・・要するに、ビジネスはメインストリートにいる。・・・そこでの合い言葉は『進路を保て!』だ。[p.66]」
・「主要な課題は実行能力だ。そのために『パフォーマンス・マトリックス』を活用できる。パフォーマンス・マトリックスは、・・・事業実行の領域を『行(ロー)』と『列(コラム)』とによって分割する。『行』は一定規模以上の『ビジネスライン』を示し、『列』は製品やサービスを販売する一定規模以上の『販売チャネル』を示す。[p.67]」「パフォーマンス・マトリックスの行と列に適合するように業務運営組織を置き、各行と各列に独自のオーナーを割り当て、計画の実行と達成に責任を持つ唯一の存在とする。[p.84]」
・「攻撃側にいる場合には、パフォーマンス・マトリックスに小規模な行を追加し、可及的速やかにその規模を拡大する。防御側にいる場合には、攻撃対象となっている行を識別し、その評価指標をリセットし、戦闘態勢に持ち込むために経営資源の優先順位も変更する。[p.85

4章、プロダクティビティ・ゾーン
・「プロダクティビティ・ゾーン・・・は、特定分野のプロフェッショナルが提供するシェアード・サービスで構成され、以下の機能を提供する。本社機能(財務、会計、法務、事業開発、IR、総務、施設、情報システム、人事、研修など)、対市場機能(マーケティング、広報、リード開発、顧客サービス、受注管理、顧客サポートなど)、対サプライチェーン機能(エンジニアリング、生産、勾配、ロジスティクス、品質管理、技術サポートなど)[p.88-89]」「これらの組織の目的は企業が可能な限り効率的に機能できるようにすることだ。[p.89]」
・「経営資源の大部分は効率性とビジネス効果の向上に向けられる。・・・前者は『システム』の担当領域であり、後者は『プログラム』の担当領域である[p.90]」。「システムとは継続的な事業運営基盤を提供するサービス群のことである。[p.90]」「年次予算編成、給与、人事考課、セキュリティ、ID管理、財務報告などがある。[p.92]」「プログラムとは特定のユーザー・グループに特定の期間に特定の結果をもたらすサービス[p.93]」。
・「既存の確立したビジネスラインが破壊者からの攻撃を受けたとき、市場リーダーたる企業は総力を結集して戦わなければならない。・・・もちろん、これには、時間も、人材も、予算も、経営陣の注力も必要になる。・・・それこそがプロダクティビティ・ゾーンの役割だ。現状の業務を最適化するために可能なあらゆることをしなければならない。レガシーの業務から経営資源を引き出し、進行中のトランスフォーメーションに再配分することが目標だ[p.103]」

第5章、インキュベーション・ゾーン
・「インキュベーション・ゾーンはホライゾン3の投資が実施される場所である。[p.116]」「インキュベーション・ゾーンのスペースは貴重であり、単なる次世代のテクノロジーとビジネスモデルの実験場ではない。そのような実験は、スカンクワークス(非公式プロジェクト)や実験室で行えばよい。[p.117]」「これとは対照的に、インキュベーション・ゾーンで扱われる案件には、次の大規模なビジネスラインの候補とみなされるだけの説得力が必要だ。[p.118]」「スタートアップ企業と競合するために、セールス、マーケティング、プロフェッショナル・サービスの専門組織が必要であり、次世代の画期的製品の設計・構築・運用に独自のサプライチェーンが必要だ。つまり、インキュベーション・ゾーンとは、単なる研究開発投資ではなく、独立した企業を運営しているようなものなのだ。[p.119]」
・「インキュベーション・ゾーン内の各組織は、個別のゼネラル・マネジャー(GM)、専任の製品開発・製品提供・セールス・マーケティングの経営資源を有する『独立事業ユニット(IOU、インディペンデント・オペレーション・ユニット)』として機能する。IOUは完全に独立して損益管理されるわけではないが、単なる研究開発プロジェクトではなく、あたかも企業内におけるスタートアップ企業のように扱われる。[p.120]」
・「インキュベーション・ゾーンで攻撃することは、ベンチャーキャピタルが投資するスタートアップ企業の運営にたとえられる。マイルストーンとして設定されるのは、企業価値を一段階向上するようなビジネスの状況変化をもたらすことだ。すなわち、テクノロジーを製品化する、最初の先駆的重要顧客を獲得する、最初のターゲット市場で支配的シェアを獲得する、といったことが重要な通過点となる。[p.123-124]」「パフォーマンス・マトリックスに加えるにはまだ一桁規模が小さいが、トランスフォーメーション・ゾーンに移行する有力候補となる。これがすべてのIOUのゴールだ。[p.126]」
・「パフォーマンス・ゾーンに対する破壊的攻撃を受け、トランスフォーメーション・ゾーンによる対応が必要になったときには、インキュベーション・ゾーンでも新たな優先順位を設定する必要がある。具体的に言えば、既存の事業モデルをできるだけ速やかに現代化し、他者からの破壊的攻撃を中立化することに最大の優先度が設定される。[p.128]」
・「地位を確立した企業はイノベーションができないという説がある。しかし、それは事実ではない。これらの企業はイノベーションを実行できるし、実際に実行してもいる。ただ、そのイノベーションの規模を拡大できないのだ。これは、2つのゾーン、つまり、インキュベーション・ゾーンと・・・トランスフォーメーション・ゾーンを適切に管理できていないことによる。・・・インキュベーション・ゾーンに特有の以下のような問題への対応策を見ていこう。[p.130]」「技術開発と市場開発を分離してしまう・・・技術開発を企業の研究室などに委ね、プロトタイプ製品を販売部門の責任者に移管し、市場に投入することがよく行われるが、これは絶対にうまくいかない。・・・企業に研究組織があるのならば、それをインキュベーション・ゾーンに技術を提供するメカニズムとして扱うべきであり、インキュベーション・ゾーンの代替として扱うべきではない。[p.131]」「IOUとパフォーマンス・マトリックス感で経営資源を共有してしまう・・・俊敏性が失われ、失敗につながる[p.131-132]」「育成中のビジネスに全社基準の義務を負わせてしまう・・・スタートアップ事業も既存の確立したビジネスと同等の基準に沿うことを求めたくなるかもしれない。しかし、これは厳しすぎる。[p.132]」「任命するリーダーのタイプを誤る・・・インキュベーション・ゾーンのIOUは起業家精神に富むゼネラル・マネジャーが統率すべきである。[p.132-133]」「不適切になったプロジェクトから撤退しない・・・予算獲得は困難であるべきであり、その維持も困難であるべきだ。弱い者を淘汰できなければ、フォーカスが失われ、経営資源が浪費され、事業ポートフォリオ全体の価値を低下させてしまう。[p.133]」「ホライゾン3への投資の予算獲得を年次の事業計画として実行してしまう・・・年次の予算計画プロセスは、ホライゾン1のビジネスライン向けのものだ。破壊的イノベーションがこれらと予算獲得を争うことがあってはならない。さらに言えば、IOUは年次のカレンダーではなく、マイルストーンに基づいて予算を設定すべきである。・・・年一度調整すべきなのはベンチャー予算全体の規模だけだ。[p.133-134]」「パフォーマンス・マトリックスがホライゾン3の取り組みを秘密裏に育成することを許可してしまう・・・そのような取り組みは現状を打破するほどの規模に拡大しない。[p.134]」

第6章、トランスフォーメーション・ゾーン
・「トランスフォーメーション・ゾーンは、企業の未来を過去の引力から解放するためのメカニズムである。このゾーンでの取り組みは、市場カテゴリーの破壊的変化によって生じる千載一遇の長期成長の波に乗ることにフォーカスする。[p.138]」「トランスフォーメーション・ゾーンは一時的な存在である。危機に対応する(あるいは他社にとっての危機を作り出す)ために生まれ、危機が解決されれば消滅する。ゆえに、長期的に存続する独立したガバナンスの主体があるわけではない。CEOのスタッフを中心に統治され、あらゆる定例会議のアジェンダで最高優先順位の案件として扱われる形態になる。[p.139]」「破壊的イノベーションの時期には、CEOは既存事業ラインの管理を他の経営陣に移管し、COOの援助の下に、あるいは、単独で自身のエネルギーを不安定な変化を乗り越えて企業を先導することにフォーカスさせなければならない。言い換えれば、持続的イノベーションには適切な管理が必要であり、破壊的イノベーションには卓越したリーダーシップが必要ということだ。[p.140]」
・「CEOの最初の仕事は規模拡大の対象となる事業を一つ選ぶことだ。・・・複数の事業をトランスフォーメーション・ゾーンに同時に置くことは致命的誤りだ。[p.140]」
・「防御におけるトランスフォーメーションは、第一に中立化、第二に最適化、第三に差別化という三つのステップから成るプログラムで進めていくべきだ。[p.153]」
・「トランスフォーメーションを完遂するためには、あらゆるリーダーと社内機能がその成功を最優先事項としなければならない。これは意思疎通と意思統一の問題だ。・・・リーダーが逆方向に漕ぎ出せば、意思統一は不要というシグナルを全員に与えることになる。破壊的変化のときには意思統一は不可欠であり、これには例外はない。[p.162]」

第7章、ゾーンマネジメントの導入
・ゾーンマネジメントを取り入れていくためのステップ:1,組織をゾーンに割り当てる、2,パフォーマンス・マトリックスを確定する、3,プロダクティビティ・ゾーンを動かす、4,インキュベーション・ゾーンを隔離する、5,トランスフォーメーション・ゾーンの状態を決定し進行方針を決定する。(「『非活動状態(現時点では破壊的変化がない)』、『攻撃状態(次の波を捕まえるために攻撃している)』、または『防衛状態(次の波に捕まらないようにするために防御している)』のいずれかを宣言する必要がある。[p.169]」

第8章、セールスフォースとマイクロソフトにおけるゾーンマネジメント
・攻撃の事例(セールスフォース)と防御の事例(マイクロソフト)紹介
---

イノベーションの進め方というと、研究者にとっては課題解決とかアイデア創出につい注意が向きがちですが、本書で解説されている方法論は、アイデアを事業化していく段階に焦点が当てられていると考えられます。実際にアイデア創出と事業化段階のどちらが重要なのかは事例によって異なるでしょうが、事業化段階にもかなりの困難さがあることは、研究者として決して忘れてはならないことだと思います。

本書の手法は、著者が関わった事例に基づいたものと考えられますが、比較的理念先行で裏付けに物足りなさを感じるところがあり、本当にこれ(だけ)でよいのか、とか、他の方法はないのか、といった点には不明なところもあると思います。また、アメリカにおける状況を前提として考察しているところもあるように感じました。しかし、考え方は一貫していてわかりやすく本質を突いている部分もあるという気がします。実践的に重要な指摘も含まれていると思いますし、イノベーションの進め方を考える上で、一考の価値があるように思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Geoffrey A. Moore, 2015、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ゾーンマネジメント 破壊的変化の中で生き残る策と手順」、日経BP社、2017.
原著表題:Zone to Win: Organizing to Compete in an Age of Disruption