イノベーションを、少しずつ改善を積み重ねていく漸進的な(incremental)ものと、世の中を大きく変える画期的なものの2種類に区別する考え方があります。この2つは、それぞれ課題の性質が異なり、うまく進める方法も異なってくるわけですが、一般的には、漸進的なイノベーションは課題も見えやすく不確実性も低めで進めやすいのに対し、画期的なものはその反対で進めにくいという特徴があると考えられます。

では大胆なイノベーションを上手く成功させるにはどうしたらよいのか。今回は、大胆なアイデアを出す段階の方法を議論した、Furr, Dyer, Nel著「When Your Moon Shots Don’t Take Off」[文献1]というHBR誌の記事をご紹介したいと思います。著者の考え方の特徴は、大胆な発想を制約する思考のバイアスの影響を避けるようにする点にあるようです。以下、記事の中から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

大胆な発想が出にくい理由
・「イノベーションを進めるための様々な洗練されたツールが増えてきているにもかかわらず、漸進的な思考をしてしまう傾向はどんな業界の企業にとっても悩みの種だ。漸進的なイノベーションは、成長のためのポートフォリオに必要ではあるが、長期的なビジネスを維持の役には立たない。・・・なぜ、Googleが「10x thinking」と呼ぶ、ありがちな10%の向上を目指すのではなく10倍の向上を目指すという考え方をすべての企業がとれないのか?」
・「10xアイデアを制約しているのは、可能性に着目することを避け、我々の認知を歪めてしまうバイアスだ。認知科学は、こうしたバイアスと、『予想通りに不合理』な考え方の謎を解き始めている。その結果、経済学、マーケティング、戦略などの分野で、より『行動(behavioral)』的なアプローチがこれまで主流だった考え方を覆しつつある。」
・「新しい方向を考えるとき、我々はほとんど場合、研究者が『ローカルサーチ』と呼ぶ認知的な罠にはまってしまう。例えば、代表性のあるデータの代わりに手に入るデータを使ってしまう可用性バイアス(availability bias)、すでに知っていることを重視してしまう熟知バイアス(familiarity bias)、自分が信じていることを支持するような新しい情報を求めてしまう確証バイアス(confirmation bias)などがある。その結果、我々は、我々の視界の外にあるより大きな機会よりも、現状に関連する機会にばかり目を向ける結果となる。この記事の目的は、こうした罠を回避するための方法を皆さんと共有することだ。リーンスタートアップやアジャイル開発は役に立つがバイアスと戦うためのものではない点で、ここで述べる方法とは異なる。実際、ハーバードビジネススクールが行った最近の実験では、アジャイル手法は発散的な考え方(divergent thinking)を阻害することがわかってきている。」
・「我々の提案する方法は、網羅的なものではなく、創造的な組織が10xアイデアを手に入れようとする方法のいくつかを示したものだ。この記事の意図は、可能性を制限している力を企業がどう克服できるかについて光を当てるものだ。」

SF
Science Fiction

・「SFは何が可能なのかについて、我々が時空を超えて夢想する助けとなる。・・・我々がコンサルタントを務めたLowe社の事例でも、SFが既存の大企業の将来の姿を描く助けとなった。・・・やり方は顧客と技術に関するデータをSF作家集団に提示して、今から5~10年後にLowe社がどのような姿になっているかを問う、という単純なものだ。我々は彼らのアイデアを集め、彼らの見解がどこで収束し発散したかを見極め、ストーリーに仕上げ、作り上げたspeculative fictionを幹部と共有した。その結果Loweは自律ロボットを顧客サービスと在庫管理に用いた最初の小売り企業となり、最初の3Dプリントサービスを立ち上げ、工具作成用3Dプリンターを国際宇宙ステーションへの設置支援を行った。」
・「イノベーションは技術に関するものばかりではない。我々は、同じプロセスを技術に関係のない場面でも使用している。」

類推(Analogies
著者らはハイゼンベルグが不確定性原理を思いついた際にアナロジーを用いた例を紹介しています。
・「異なる分野からの類推は、時に大きな飛躍に役立つことがある。例えば、UberAirbnbの急成長は、似たような『シェアリングエコノミー』の出現の前兆となっている。」「何かをしなかったことからの類推を使うこともできる。失敗から学ぶこともできる。」

根本原理(First Principles Logic
・「first principle」アプローチでは、基礎的な原理の再検討によって現状に疑問を呈し、ゼロからデザインし直す。」
著者は、Regeneron Pharmaceuticalsによるヒト遺伝子を移植したマウスの例、Elon MuskによるSpaceXの例を挙げています。

外適応を用いた隣接領域の探索(Exploring Adjacencies Using Exaptation
・「ブレークスルーを探索する時、使用できる機会は常に何から始めるかによって決定される。これは生物学者のStuart Kauffmanが彼の理論で『隣接可能性(the adjacent possible)』と述べた考え方だ。しかし、我々には当たり前の使用法や組み合わせに目が行く傾向がある。ポイントは全く違った使用法を見つけることだ。進化生物学によれば、これは外適応と呼ばれるプロセスで起こる。ある目的のために進化した特性が全く異なることの役に立つ場合だ。」

結論
・「この4つのイノベーションアプローチのポイントは、我々の思考を揺り動かし、既知のことにこだわるという我々の自然な傾向を超え、認知バイアスを避けることだ。もちろん他の手段もある。例えばAmazonでは、想像上の新製品を市場に出したとしたときのプレスリリースを書かせる。これは数年のうちにどんな新提案があるかを思い描くことを促す。」
・「どのようなフレームワークやアプローチを使ったとしても、目標とすることはありうる可能性に焦点を当てることだ。たまたま今日起こった細かなことに行き詰まり、アイデアを受けのよいものにトーンダウンしてしまう潜在的なイノベーターが多すぎる。しかし、10x思考を達成するには、漸進主義から脱却し、失敗の恐怖をねじふせなければならない。大きな夢を描く必要があるのだ。」
・「我々は、企業が大きな発見を効率的にできるようになる新たなアプローチが必要だと信じている。そのいくつかをここに示した。イノベーションの分野でも行動的な考え方の革命(behavioral revolution)を受け入れる時だ。認知科学を真摯に受け止めることで、我々は自分たちのものの見方に対する制約をうまく壊せるようになる。なぜそれがそんなに重要なのかって?  未来はいつかそこに至ると定められた目的地ではなくて、我々が作り出すものでしかないからだ。」
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画期的なイノベーションを生み出すには、短期的な思考にとらわれてはいけないことはよく指摘されます。これは単に、ビジネスのシステムが短期志向的であるからというだけでなく、人間の認知的な限界も影響していると考えるべきだというのは、言われて見れば当たり前のように思われますが重要な視点ではないでしょうか。人間を機械のように考えるならば、単にやるべきことを指示し、うまくできるように管理することでよいのでしょうが、機械にできないことを達成しようとするなら、人間の本質の理解は今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。イノベーションの本質についての理解の進歩と、そのイノベーションを作り出し、できたイノベーションを受け入れて活用していく人間の本質の理解の進歩にはこれからも注目していく必要があるように思います。


文献1:Nathan Furr, Jeffrey H. Dyer, Kyle Nel, “When Your Moon Shots Don’t Take Off”, Harvard Business Review, January-February, 2019, p.112.
https://hbr.org/2019/01/when-your-moon-shots-dont-take-off