はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント第8回第39回

3、まとめ-不確実性に基づく研究マネジメント
前回をもって、本シリーズで書いておきたいと思った研究開発マネジメントに関する基礎知識のまとめは完了です。ただ、実践に役立つよう要点をシンプルにまとめようとしたものの、思ったよりも複雑になってしまった点で残念なところもあります。そこで、今までの内容をさらに絞り込んだ「まとめ」を今回試みることにしました。私見になってしまいますが、日々研究に携わっている第一線の研究マネジャーの方々にも、ぜひこれだけは知っていて欲しい、これを知っていれば、知らずに見よう見まねでマネジメントをするより格段に成功しやすくなるのではないか、と考える点をまとめます。ひとつの試みとしてご理解いただければ幸いです。

3.1
、不確実性に基づく研究マネジメント
私が考える研究マネジメントの根本は、研究に必然的に伴う「不確実性」を重視しなければならない、ということになります。そこで、このまとめの表題を「不確実性に基づく研究マネジメント」としました。以下、その具体的な内容を述べさせていただきます。

研究とはどのようなものか
研究の最も大切な役割は、「新しいことへの挑戦」ではないかと思います。しかし、「新しいこと」は「未知のこと」でもあり、うまくいくかどうかわかりません。この状態を「不確実性がある」と理解すれば、研究をうまく進めて成果を出す活動は、「不確実性を減らす」活動だ、と言えると思います。

なぜ不確実性は避けられないのか
単に未知だから不確実だ、という以外にも不確実性をもたらす様々な要因があります。例えば、複雑系の現象では原理的に予測が不可能な場合があります。また、目標が達成可能なものであったとしても、そこに至る手段が非現実的な場合もあるでしょう。さらに、人間の持つ不可避的な認知バイアスによって判断が歪められる場合もあります。従って、将来を正確に予測しようとするよりも謙虚になって不確実性の存在を受け入れる方がよい場合がほとんどと言えるのではないでしょうか。特に、前例のない課題や複雑な課題に対しては、不確実性を無視した進め方はほとんど運を天に任せた状態になってしまうのではないかと思います。

どんな点の不確実性が研究にとって重要か
研究が解決すべき不確実性としては、次の3つの領域に分けられると考えます。すなわち、技術的な達成可能性、②ニーズの有無、③収益を挙げる方法(ビジネスモデル)、です。この3つの不確実性がすべて適切に解決されなければ研究は成功したとは言えず、また商業的な成功も得られないのではないでしょうか。

取り組むべき課題を見つける
取り組むべき課題、すなわち「研究のアイデア」を見つけるには、上記の不確実性①~③のうち、不確実性が低いところがヒントになることが多いと考えられます。例えば、技術的にあることができそうだとわかっている場合、シーズ起点のアイデアになるでしょうし、こんなものが売れそうだというアイデアがあればニーズ起点のアイデアになるでしょう。ビジネスモデル起点のアイデアも考えられるはずです。
加えて、アイデアを「発見」するアプローチも重要です。アイデアを得るためには、「新結合」すなわちアイデアの組み合わせを考えることが有効と言われています。また、観察からの「気づき」も重要だと言われています(例えばエスノグラフィーの手法など)。セレンディピティーの活用も心がけておくべきでしょう。なお、こうしたアイデア発掘のための手法は、問題解決アイデアを探る段階でも威力を発揮します。

取り組む課題(研究課題)を選ぶ17
研究が不確実なものであることを前提とするなら、ひとつのテーマだけに賭けるのはリスクが大きくなります。従って、いくつかのオプションをあらかじめ準備することは有効な対応策といえるでしょう。あるいは、いくつかのプロジェクトを同時並行で進めることも考えられます。その場合には、それぞれの課題の不確実性と期待効果(実現可能性)を基準に、ポートフォリオとして偏りが大きくなりすぎないように注意することが効果的と考えられます。

どのような研究の進め方をすべきか30
まずは、課題のどこにどのような不確実性があるかを認識することが重要です。
そして、不確実性が高い部分から不確実性を下げていく検討をすることが効果的だと思われます。具体的な方法として近年主流になりつつあるのは、試行を行ってその結果からの学習を繰り返すアプローチで、リーン・スタートアップやデザイン思考がその例として挙げられます。
不確実性が高ければ、なるべくコストをかけずにその不確実性を下げるような試行(プロトタイプ作成も含む)を工夫して実施し、得られた結果に学んで課題に対する取り組みの方向を変更していく、というアプローチです。
大きなプロジェクトともなれば、様々なところに不確実性があり、すべての不確実性が把握できていない場合もあるでしょう。そのような場合は、不確実性を探索するためになるべく早い時期にできる限り広い範囲の試行を行い、試行を通じて不確実性のありかと程度を把握することをおすすめします。

研究の止め方
何かをしたいとすれば、今やっている何かを止める必要があるのが普通です。そうでなければ資源がいくらあっても足りません。しかし、研究をうまく終わらせることはなかなか難しいものです。難しいのであれば、止め方を制度化するような仕組みも考えておく必要があるでしょう。「止める」とは言わずに「棚上げする」とするとか、「止める」とは宣言せずに「より魅力的なプロジェクトに資源を移す」というような進め方は一考の価値があると考えます。

研究グループの能力を高める18
よい進め方をいくら追求しても、能力不足の研究グループでは成果を得ることは難しいでしょう。研究部隊の能力を高める方法として特に重要なのは、メンバーの意欲を高めること、個人(組織)の能力を上げること、協力を活用すること、の3点が挙げられると思います。
メンバーの意欲を高める方法に関しては、動機付け(モチベーション)に関する多くの研究成果があります。どのような組織にすべきか、どのようなリーダーシップが望ましいのか、どのようなインセンティブが効果的なのかをよく考える必要があるでしょう。研究者の動機付けに関して特に注意すべきだと思われる点は、Herzbergの動機づけ要因と衛生要因の区別、外発的動機付けよりも内発的動機付けを重視すべきことが挙げられると思います。また、研究者の適性を考慮することも重要でしょう。
能力を上げることについては、失敗を含む経験から学ぶことが重要だという指摘が近年増えているように思います。
協力は異なる知恵を活用することとも言えるでしょう。そのためには、目に見える属性の多様性ではなく考え方の多様性が必要とされることが多く指摘されています。さらに、協力を効果的にするためにはコミュニケーションをうまく行うことが重要です。個人の暗黙知を表出化して、他の人に伝えることがうまくできなければ、協力が成立しにくくなります。最近では組織を超えた外部との協力関係の重要性も指摘されるところですが、そうした大きな範囲での協力関係をうまく構築する手法はまだ確立していないように思われます。協力の基本には「信頼」関係の構築が必要なのではないでしょうか。

以上が、現時点で私が考えている研究マネジメントの要点です。やや省略しすぎたところもあるとは思いますが、これぐらいであれば、実践家の皆さんにも指針として心に留めていただける分量なのではないかと思います。もちろん、研究課題は多様ですので、上記の方法よりも好ましい方法がある場合もあるでしょう。また、本質の理解にとっては、こうしたシンプルなまとめよりも、様々な事例を知ることの方が好ましい場合もあるでしょう。課題の遂行にあたって様々な事例や考え方を参考にすることは非常に有意義ですので、上記の考え方だけで十分というつもりはありません。ただ、上記のようなまとめは、こういうことをあまり考えたことのない実践家の皆さんにとっては、入門的な整理にもなるのではないかと思います。実践家の皆さんがいろいろなマネジメントを試してみる上で、さらにイノベーションを成功させる上でのヒントになれば幸いです。