どんな条件を満たせばイノベーションが成功しやすくなるのか、つまり、イノベーションの成功にはどんな変数が関わっていて、その関係はどのようなものなのか。現在までのところ、イノベーションの成功確率に関わる因果関係や相関関係を単純なモデルで理解することはできていないように思われますが、もし、それができるとすれば、イノベーションをマネジメントする手法はかなり進歩するのではないかと思います。

今回は、最近のHBR誌に発表された、こうした観点に関する興味深い記事、Bahcall著「The Innovation Equation」[文献1]をご紹介したいと思います。著者は、イノベーションに適した文化を持っていたはずの企業がなぜ、急にそれができなくなってしまうのかを考察し、イノベーションに必要な4つの管理パラメータを定式化しています。「文化」というとらえにくいものだけではなく、組織の仕組みについても注意を払う必要がある、という著者の指摘は、どのような研究組織の仕組みが重要なのかを考える上でも示唆に富んていると感じましたので、以下にその内容をまとめてみたいと思います。

イノベーションの方程式
・著者はまず、イノベーションに適した文化を持つとされていたGENokiaRIMのような企業、すなわち、「探索的で、『楽しく』、失敗に寛容で、独創的な仕事を育成する能力のある企業を例に挙げ、これらの企業が急に不調に陥ったことを指摘し、「このような企業が、業界を一変させるような『loonshots(筆者注*)』つまり『クレイジーな』プロジェクトを育てることから、なぜあまりにも突然、重要なイノベーションを拒絶するようになってしまうのか?」と問うています。
・そして、自身の経験や調査に基づいて、その変化過程を物理現象の相転移に喩え、「人間のグループが、ある大きさになると、過激なアイデアを採用することからそれを棄ててしまうことに変化することを見出した」として、それを「マジックナンバーM」と呼んでいます。

・このMは、M=(E×S2×F)/G と定式化されています。

ここで、EEquity fractionFFitness ratioSManagement spanGSalary Growthです。
・そして、「リーダーは、4つの制御パラメータを調整することでバランスを変えてMの値を上げ、大企業においてもラジカルなイノベーションを確実なものとすることができる。」と主張しています。

4つのパラメータの機能
・著者は、開発担当者が、実験などの研究開発活動と、上司や有力者のご機嫌取りの活動のどちらに時間を使うかの選択に注目しています。
・「企業におけるイノベーションの実際のレベルを決定づけるのは、トップが決める文化の変革ではなくて、すべての従業員が直面する、このような日々の選択である。イノベーションの構成要素となるloonshotは、壊れやすく、幅広いサポートが必要だ。机を叩いて鼓舞する主導者ひとりではアイデアを市場化することはできない。・・・『クレイジーな』アイデアを製品として成功させるには、組織全体の人々が彼らの時間をプロジェクトを進めるために――彼ら自身のためでなく――使うように刺激する必要がある。」

Equity fraction
・「この変数は、インセンティブが組織内の地位ではなく、仕事の成果をどの程度反映するかの程度を表す。・・・Equityはハードとソフトの2種がある。ハードequityには、ストックオプション、報酬、手数料、ボーナスなどがある。・・・金銭的なものではなく、同僚の承認といったソフトequityも重要だ。」「equityとして与えられるものがハードであってもソフトであっても、この比率が高いほど、政治的活動よりもプロジェクトの仕事に追加的な時間を費やすようになる。」

Fitness ratio
・「この変数には、プロジェクトとスキルの一致度(project-skill fitPSF)と、政治的活動からの利益(return on politicsROP)の関係が含まれ、F=PSF/ROPである。分子がプロジェクトに費やした時間から得られる報酬であり、分母は政治的活動から得られる報酬である。」
・「あなたのスキルとプロジェクトがよく合っている場合(PSFが高い)仕事に多くの時間を費やすことが有利になる。・・・一方、あなたのスキルがいま一つで、時間を費やしてもあまり効果が得られない場合、つまり、担当業務があなたに合っていない場合(PSFが低い)には、政治的活動に時間を使った方がよいことになる。」「ある場合には、プロジェクトの適合性が悪いのは、スキル不足だ。・・・しかし、プロジェクトのニーズに比べてスキルが高すぎて、能力のごく一部しか貢献に使われない場合も問題だ。・・・政治的活動をするための多くの時間を持ってしまうことになる。」
・「分母のreturn on politicsは、・・・ロビー活動やネットワーキング、自己宣伝が昇進に影響する度合いだ。」

Management span
・「span of controlとも呼ばれることのあるこの変数は、企業の幹部が抱える直属の部下の数の平均値だ。」
・「組織が多くの階層を有している場合――つまり、spanが狭い――、誰もが昇進を考え、『研究者は問題解決よりも肩書きやステータスのことを心配してしまう』とインターネットのパイオニアであるBob Taylorはかつて述べた。」管理範囲が広ければ、階層が少なく、「昇進はめったに起こらないので、誰もそのことを考えず、その代わりに仕事に集中する。同じ階層の仲間による大きなグループは、『継続的なピアレビュー』が形成される、とTaylorは言う。『エキサイティングでチャレンジングなプロジェクトは、金銭的あるいは管理上のサポートより多くのものを獲得し、他の研究者の参加と援助を受ける。その結果、価値ある仕事が繁栄し、面白くない仕事は衰えていく。』」
・『狭いスパンは、広いものより本質的に悪いわけではない。エラーの率を下げ、高度に卓越した運用を求めるならば狭い方がよい。実験や、loonshotや新技術の開発を促すには広いスパンの方がよい。』

Salary growth
・「従業員が昇進するにつれて受け取る基本給(とその他の特典)の平均上昇も、もうひとつの重要なファクターだ。・・・昇級率が小さければ、人々はその日の最後の時間を政治的活動以外のことに使うようになるだろう。最近の学術研究も同じ結論に至っている。『(給与の)格差の増大は、生産性の低下、協力の減少、離職率の増加と関連がある』とのことだ。」

総合する
・「企業がこれらの制御因子を調整してM値を大きくし、イノベーションを促すには多くの方法がある。いくつかを以下に示す。」
・「職階ではなく結果を称える」「equity fractionを増やし、salary growthを下げるには、管理者は、階層のレベルではなく結果により基づいた報酬構造にすべきだ。今日ほとんどの企業は逆のことをしている。・・・職階ではなく結果を称えるということは、報酬の仕組み、さらにはデラックスな幹部用保養所、特別な食堂、便利な駐車場といった、多くの人の目に見える特権をなくす(か減らす)ことを意味する。
・「soft equityを使う」「多くの研究は、何に動機付けされるかは人によって違うことを示している。・・・企業は従業員が担当するプロジェクトの成功により献身するように、金銭的であるかどうかを問わず、使えるすべての手段を特定して使うべきだ。」
・「方程式から政治を取り去る」「従業員には昇給や昇格を求めてロビー活動をしても無駄なことを理解させる必要がある。」
・「トレーニングに投資する」「新しいことを学べば使ってみたくなる。トレーニングは、従業員がプロジェクトに多くの時間を使い、ロビー活動やネットワーキングに使う時間を減らすことを促す。」
・「完璧な従業員の配置」「定期的に組織がproject-skill fitを達成できているかを監視し、新人からベテランまですべての人が、適切な時に適切な仕事に就くようにするために、個人や小さなチームを任命する。」
・「スパンの微調整」「ラジカルイノベーションを目指すグループには、管理スパンを広げ、統制を緩めるようにすべきだ。」
・「最高インセンティブ責任者を任命する」「組織には、インセンティブの微妙な調整ができるように訓練され、最新の報酬システムの実現に専念するトップレベルの役員が必要だ。」

結論
・「我々は、企業が突然、不思議な変化をするのを見てきた。・・・人も、文化も同じなのに、人々が突然チャンスを掴まなくなるのだ。・・・会社が大きくなったとしても、よりイノベーション志向的なチームを育てるために、カギとなる要因を管理していくことはできる。
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著者の指摘の特に興味深い点は、一口に「やる気」と行っても、昇進や好待遇を求める政治的活動と、プロジェクトを成功するための活動のそれぞれに対するやる気を区別して考えることだと思います。おそらく、今までの社会では、昇格や昇級と、プロジェクトの成功はつながっていることが多かったのではないでしょうか。しかし、イノベーションの成功のための努力と、昇級昇格のための努力の方向性が違っているとすれば、どちらを促すべきなのかはきちんと考えておく必要があるでしょう。

著者の提示する式がすべてのイノベーション活動を説明する式だとは思いませんが、イノベーションの成功要因のうち、担当者のモチベーションの影響を理解する上では新しい視点を提供してくれるものだと思います。例えば、成果主義を目指すとしても、ロビー活動の努力が成果の評価に入り込んでくるような制度では問題があるということになるでしょう。また、組織の大きさも、管理が重要なのか、自由が重要なのかによって調整する必要があるように思います。

私の経験から言っても、不確実性の高い研究の実施には高いモチベーションとコミットメントが求められると思います。もし、モチベーションやコミットメントの邪魔になるような要因があるなら、それが政治的活動への欲求であったとしても、それ以外の欲求であったとしても、それは極力減らす工夫をすべきなのではないでしょうか。それが、長くイノベーティブな組織である上で重要だ、ということになるのでしょう。


文献1: Safi Bahcall, “The Innovation Equation”, Harvard Business Review, March-April, 2019, p.74.
https://hbr.org/2019/03/the-innovation-equation

筆者注*:著者は近著”Loonshots: How to Nurture the Crazy Ideas That Win Wars, Cure Diseases, and Transform Industries”, 2019で、moonshotloonshotを次のように定義しています。
Moonshot: (1)The launching of a spacedraft to the moon; (2) an ambitious and expensive goal, widely expected to have great significance.
Loonshot: A neglected project, widely dismissed, its champion written off as unhinged.
Loonahot
の部分を訳せば、「無視されたプロジェクト、広く忘れ去られ、その主導者は錯乱していると見なされている」という感じでしょうか。