はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと第2回第7回
2、研究開発実践のマネジメント第8回第39回
3、まとめ-不確実性に基づく研究マネジメント
3.1
、不確実性に基づく研究マネジメント
第40回

3.2
、不確実性マネジメントシート
前回、本シリーズの特徴である不確実性に着目した研究マネジメントの考え方のまとめを述べました。しかし、実践の助けとなるようなツールも必要ではないかと思います。そこで、今回は、不確実性に配慮しつつ研究開発を遂行するための注意点を可視化するためのシートをご提案したいと思います。

検討シートは2種類用意しました。
・「研究テーマを選定するための不確実性検討シート」は、取り組む課題を決める段階で用いることを想定しています。ある研究のアイデアにどのような不確実性があるのかをリスト化して評価し、不確実性を考慮した研究のポートフォリオを構築するための検討材料を提供することが目的です。
・「研究テーマ遂行シート」は、取り組むべき課題を決定した後、その課題に付随する不確実性を減らしていく段階、つまり研究活動を実行していく段階で使うことを想定しています。どんな不確実性を減らすことが求められているのかを可視化し、見落としや検討漏れがないか、今、どの不確実性について検討すべきかに気づきやすくすることを目的としています。

いずれも、機械的にこのシートを埋めれば研究がうまくいくという問題解決手法のようなものではありません。なぜなら、未知のことに挑むためには「考える」ことが必須であり、考えなくても問題解決ができるような手法では研究の成功は得られないのではないか、と思っているからです。そのため、このシートは「考えることを促す」ことと、研究者が陥りがちな「視野狭窄を防ぐ」こと、「忘却を防ぐ」ことの役に立つように考えてみました。シートに挙げた各項目も研究課題に合わせて変更、取捨選択をしていただいてかまわないと思いますし、そのような工夫を通じて、研究開発課題についての考えを深めることこそが研究の成功につながるのではないか、という思いもあります。以下、それぞれのシートについて、私が想定した使い方を簡単にまとめたいと思います。

3.2.1
、研究テーマを選定するための不確実性検討シート
どんな研究テーマ、プロジェクトを選ぶかにあたり、どのようなことを認識し、検討するとよいかを可視化したものです。研究のアイデアについて、このような点に着目すれば、研究ポートフォリオの質の向上に寄与できるのではないかと思っています。

不確実性検討シート

各項目について
A、研究テーマ名:アイデアの内容、プロジェクト名、研究テーマ名を書きます。
B、研究目標(研究が成功したときに得られる世界):研究がうまくいけば、こんなことができる、世の中がこう変わる、といったようなことを書きます。
C、成果の意義:研究目標とは異なる意義があればあわせて記載(学習、宣伝、学術的意義など)します。
D、達成時期目標:中間目標もあればそれも記載します。
E、目標が達成できる推定確率の範囲:成功率20~80%などと、イメージで書きます。あるいは、「2025年の普及率5~25%」というような書き方もあり得ます。随時見直しをする前提で大雑把な記載でかまいません。
F、目標が達成できる推定時期の範囲:Dの達成時期目標が範囲に含まれるように、2025年~2035年、のようなイメージで書きます。研究完了がいつごろの範囲、市場投入がいつごろの範囲、黒字化がいつごろの範囲、という書き方もあり得ます。
G、不確実性のリスト:想定される(解決すべき)不確実性を、技術、ニーズ、ビジネスモデルに分けてH,I,J行に書きます。どの領域に書くべきかが明確ではない場合でも、とりあえずどこかに入れる。自分では制御できないと思われる環境要因(他の利害関係者の影響も含む)もどこかに入れる。環境要因は入れ場所がはっきりしなければとりあえずビジネスモデルに入れておけばよいと思います。
H、アイデアの起源となった事実や仮説:これを記入することによって、シーズ志向のアイデアなのか、ニーズ志向のアイデアなのかとか、他のアイデアとの結びつきがわかりやすくなります。また、研究の初期段階で、どのような領域の考慮が不足していたかを知る手がかりにもなります。
I、すでにわかっている情報:過去の知見、情報収集の結果などを記入します。研究開発によって不確実性が解消されたことがあれば、シートを見直す際に、Jの領域からこのIの領域に移します。暗黙の前提となるようなこともなるべくあぶり出すようにしてここに書いておきます。すでにわかっていると思っていたのに、その確実性に不安が出てくるようなことがあれば、IからJの領域に移します。
J、どんな不確実性があるか(わかっていないこと):よくわかっていないこと、研究によって明らかにすべきことを思いつく限りここに書きます。その時、不確実性の大きさによって分けて書く場所を変えるとわかりやすくなることが多いですが、それでは書きにくい場合は、不確実性の大きさは無視して、項目を羅列してもよいでしょう。この欄を埋める際には、オスターワルダー、ピニュールによるCanvas別記事第14回参照ください)に挙げられた検討項目について考えることをお勧めします。また、ポーターによる5つの力(サプライヤー、買い手、新規参入者、代替製品、既存企業間の競争状態)の分析(第6回参照ください)も有用な視点を提供してくれます。
K
、不確実性を下げるために取り組むべき調査や研究(サブ研究テーマ):不確実性の解消にあたっては、多くの場合、特定の不確実性をターゲットにした別の研究テーマ(サブテーマ)を設定することになるでしょう。そうした具体的な研究項目をリストアップします。ここで、今、どの項目に取り組むべきかを考えて取り組みの優先順位も書く方がよいと思います。また、とりあえずは何も検討しない領域もあるかもしれません。その場合でも「様子見」とか「○○になったら検討する」、「現状では検討不要と判断」などと記入しておき、技術、ニーズ、ビジネスモデルの3つの領域の欄は必ず埋めるようにしてください。
L、不確実性の大きさの総合評価:以上の記載内容をまとめて、不確実性の大きさとどの分野の不確実性が大きいかを記載します。

使い方
このシートは、研究課題を決める段階で考慮すべき事項の例をまとめています。研究課題を決めるプロセスは組織によって様々だと思いますが、およそ以下のような手順を想定しています。
・あるアイデアについて、まずはこのシートを埋める。
・総合的な不確実性の大きさと、その他の要因を考慮して、研究ポートフォリオを考え、そのポートフォリオに基づいてこのアイデアの採否を決定してください。なお、このシートでは、不確実性の大きさと、実現時期に基づいてポートフォリオを考える場合を想定しています。ポートフォリオで何を重視するかは、組織ごとに異なっていると思いますので、必要に応じてこれ以外の要因も検討項目に加えてください。例えば、研究が成功した場合の収益性、売り上げ、顧客満足度、社会への貢献やインパクト、競争優位、学術的価値など、組織によって評価すべき項目は異なると思います。ただし、あまりにも網羅的になりすぎるとポートフォリオが複雑になってしまい検討の焦点がぼやけてしまいがちですので、ご注意ください。ただ、テーマ検討の際に考慮されることの多い期待効果金額や予算額、推進スケジュールなどはここではあえて省いています。これは、創発的な研究開発を進める上では事前の計画はそれほど重要な意味を持たないという考え方に基づいたものですが、もちろん、必要に応じて加えていただいてもよいと思います(ただし、不確実性の高い課題に対して、厳密な計画を立てることにはほとんど意義はないと考えますので、多くの場合、不確実性の項目のひとつとしてJ欄に記載しておけば十分であろうと思います)。
・一度作成したシートは定期的に見直しを行ってください。この際、リストアップした不確実性の項目は原則として削除しません。不確実性の認識に変化があれば、項目を削除するのではなく、その項目の位置を移動させるようにします。例えば、検討により不確実性が解消されたなら、その項目を「わかっている情報」の欄に移して「○○により不確実性が解消された」というように記載すべきです。不確実性の項目が多すぎてシートが大きくなりすぎる場合も、プレゼンなどの目的のためにその要約版を作ることはかまいませんが、直接の担当者が検討を行う場合には、すべての項目を記載したシートを用いて行うべきです。

3.2.2
、研究テーマ遂行シート
研究テーマ遂行シートは、第一線の研究者(研究グループ)が日々の研究活動で使うことを想定したものです。一般に、第一線の研究者が行う研究は、大きな研究テーマの一部をなす研究であることが多いと思いますので、ここでは3.2.1の「サブテーマ」を実行することを想定したシートとしています。実行する際の特徴としては、不確実性を下げるためにどんな実験をし、どんな結果が得られ、その結果をふまえて次に何を行うべきかを可視化する点です。

研究テーマ遂行シート

各項目について
a、研究(サブ)テーマ名:実行する研究を表す名称を書きます。
b、この研究が貢献する大テーマ、課題:どの研究テーマや研究課題の一部として行われるかの関係や位置づけがわかるように書きます。探索的なテーマ、思いつきによる実験のように、大きなテーマの一部ではない場合には、大テーマの一部ではない独立性の高いテーマであることがわかるように書いておけばよいでしょう。
c、いつごろまでに何を明らかにしたいか:時間的目標を記載。他のサブテーマとの関係で達成時期の目標があれば明確に記載してください。急がないテーマなら「成り行き」としておくことも可です。
d、背景となる状況・他の研究との連携:この研究テーマの遂行に役立つような状況(例えば、すでに自社独自のノウハウを持っているとか、有利な設備を保有している、他社との提携関係があるなど)、他社との競争関係(優位にある分野、キャッチアップの必要性など)、このテーマが貢献できる可能性のある他のテーマ、他のテーマの成功がこのテーマに貢献する可能性があるなどの状況を記載すします。
e~h、不確実性の分析、アイデアの起源となった事実や仮説、すでにわかっている情報、どんな不確実性があるか:この部分の書き方は3.2.1、研究テーマを選定するための不確実性検討シートと基本的に同じです。研究テーマ遂行シートでは、その見直しのサイクルを短くし、随時、新たにわかったことに基づいて古い項目を書き換えていくことが特徴です。ただし、ここでも古い項目は決して削除せず、何らかの形で残しておいてください。
i、現状での不確実性総合評価:この項目は、技術、ニーズ、ビジネスモデルの各領域の不確実性のレベルをそれぞれ個別に評価し、どの領域の不確実性が現在もっとも懸案になっているのかを明らかにします。えてして技術者が行う研究では技術の領域にばかり注意が行きがちですので、ニーズやビジネスモデルの不確実性もしっかりと認識できるようにすることが狙いです。
j、不確実性を減らすために取り組んだこと(実験内容):ここから以下が実際に研究を行い、その結果に基づいて考えたことを書く欄です。まずは、どんな実験をやったかをここに書きます。
k、得られた知見・新たな発見(実験結果):実験を行って得られた結果をここに書きます。その結果、hに書いた不確実性が変化したなら、その結果を反映させて、hの項目の記載内容を変更します。
l、このテーマの推進のために次に行うべき実験:実験結果をふまえて、次にどんな実験を行うべきかをここに書きます。この時、いくつかの実験の候補が考えられることもあるでしょう。その実験アイデアはとりあえずここに書いておいて、その優先順位づけも行うべきです。場合によっては「とりあえず、一段落」とか「棚上げ」として、他の不確実性の解消に向けた検討を行う、というような判断も行います。そうして実験を繰り返していくことになります。
m、新たな発見を活かす次の研究のアイデア:ここは、得られた実験結果をこのテーマの不確実性の減少に使うのではなく、新たな別の研究のシーズとして使う場合の記入欄です。せっかく得られた実験結果ですから、結果を当初の研究テーマ以外にも使える可能性はないかと考えることは決して無駄なことではないと思います。その目的のため、この欄を設けてみました。セレンディピティに巡り会えればこの欄に書かれることもあるでしょう。

使い方
・実験計画を立案し、実験し、その結果を考察して次の実験に活かす、というサイクルで研究を進める際に使うことを想定しています。実験をうまく進めることが目的ですので、各項目を完璧に埋める必要はありません(ただし、現実的なテーマでh欄にあまりに空白が多いのは好ましくありません)。思いつくところを記入し、頻繁に見直すことで全体像を徐々に確実なものにしていく、という使い方がよいと思います。
・実験の結果を検討する際には、担当者単独やその上司とで利用するよりも、グループで検討することをお勧めします(個人で使えないこともないですが)。そうすれば、幅広い考え方が得られ、また、研究の進捗についての情報共有にも役立つのではないかと思います。
・進捗報告にこのシートを使う場合、j~mの部分を主に記入することになります。その他の部分は毎回レビューする必要はないと思いますが、ある程度の期間ごとに必ず全体を見直すことは、研究を正しい方向に進める上で必要なことではないかと思います。

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以上をもって2016年に開始した「研究開発実践のマネジメント」(研究開発マネジメントノート第3シリーズ)を「完了」としたいと思います。とはいえ、毎回の掲載を進めながら過去の記事を見直すと、改訂の必要な点も感じていましたので、早速来月からこの第3シリーズの改訂となる第4シリーズを開始したいと思っています。研究開発をうまく進める方法、などというものは決定版のようなものは決して得られることはないと思います。検討を継続的に繰り返すことでしか進歩は得られないのではないか、という気もしますので、よろしければ次のシリーズもおつきあい下さい。