クリステンセンが発表したイノベーターのジレンマ、破壊的イノベーションの考え方は、イノベーションの進め方やメカニズムを考える際に非常に参考になる視点を提供してくれます。しかし、それらは、事例から帰納的に導かれた経験的な概念であって、「正しい」ことがデータによって裏付けられたものではありません。もちろん、実務家にとっては、自らの経験や考え方に照らして妥当だと思えればそれで十分、というところもあると思いますし、発表から20年以上を経ても多くの人にこの考え方が支持されている、という状況証拠によって正しさはサポートされている、と考えられないこともないとは思いますが、データに基づいて考えるとどうなんだ、という視点はやはり重要なのではないかと思います。

今回は、この問題に対し、経済学的手法を駆使して分析した結果が解説されている。伊神満著「イノベーターのジレンマの経済学的解明」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。表題が示すとおり、本書ではクリステンセンが発表した「イノベーターのジレンマ」が検討の対象です。クリステンセンの著書の邦題は「イノベーションのジレンマ」で、さらにその中では「破壊的イノベーション」の概念も合わせて提案されているため世間では多くの誤解が生まれてしまっていますが、著者が取り上げているのは、クリステンセンがイノベーターのジレンマと呼んだ考え方、すなわち「旧時代の覇者は、まさに勝者であったがゆえに、新時代への対応スピードが遅くなる。こうした既存企業における組織的・心理的バイアスが、クリステンセン仮説の主眼であった。[p.19]」という点です。著者は、データに基づく分析によってこの仮説を検討し、この仮説の本質に迫る知見を得ている点、非常に興味深く感じましたので、以下にそのポイント、興味深い示唆をまとめてみたいと思います。

第1章、創造的破壊と「イノベーターのジレンマ」
・「新しい技術が現れると旧い技術が廃れていく。それと歩調を合わせるように、新世代の企業が台頭すると旧世代の企業が(時には産業ごと)没落していく。・・・そういう歴史的パターンを指して経済学者は『創造的破壊』と呼ぶ。『創造的』というのは技術革新や新規参入のことで、『破壊』というのは競争に敗れた旧来の技術や既存企業が滅びていくことだ。これが本書のテーマである。創造的破壊は、今に始まったことではない。[p.15]」
・「前時代の覇者が往々にして新しい技術に対応しきれないのはなぜか。・・・イノベーション(技術革新)を担うのは誰なのか、どうしてそうなるのか、私たちは(私たちの会社は、私たちの政府は)いったいどうしたらいいのか、・・・これが本書の(具体的な)テーマである。[p.17-18]」

第2章、共喰い
・置換効果:「既存の企業は、既存の技術を使って、既存の製品を売っているが、ここに新技術を使って新製品を投入したからといって、売り上げが突然、2倍、3倍になるわけではない。単に新旧製品が世代交代するだけかもしれない。つまり、旧製品からの利益が新製品からの利益に『置き換わる』だけで、新製品と旧製品が『共喰い』する分、利益は大して増えないかもしれない。翻って新参企業にとっては、ゼロからのスタートである。新技術ですること成すことすべてが利益の純増に繋がるのだから、それはやる気も出るだろう。[p.23]」
・「既存企業にとってイノベーションがしやすいのは、新旧製品が共喰いしないとき、経済学用語でいうと新旧製品間の『代替性が低い』ケースである。ところが、両製品のキャラ(キャラクター・特性)がかぶると、同じ消費者の奪い合いになるので共喰いが発生し、代替性は高い。要するに代替性とは商品間の競合する度合いのことである。新参企業にとってはどうだろうか。・・・肝心なのは、彼らには既存製品がないという点だ。旧製品をもたないので、共喰いが発生する余地がない。・・・かくして、新参企業はイノベーションに積極的になりやすい。[p.44-45]」
・「商品間の代替性が高いと共喰い現象が発生し、既存企業にとっては新商品を投入しても大して特にならないので、プロダクト・イノベーションをやる気が出ない[p.50-51]」。「同質財の市場で唯一有効なのはプロセス・イノベーション、つまり製造コストの低減である。[p.53]」「同質財よりも代替性がユルいケースとして『垂直差別化』あるいは『品質差別化』された財がある。・・・このような市場での技術革新には、プロダクト・イノベーション(より高品質な製品を生み出す)とプロセス・イノベーション(同じ品質の製品をより安価に作る)の両方があり得る。[p56-57]」

第3章、抜け駆け
・「『抜け駆け』のゲーム理論と呼ばれるもの」は「『置換効果』とは逆に、『既存企業こそが真っ先に新技術を買い占めてしまうはずだ』という仮説である。新参企業に先駆けて新技術を独占してしまえば、新たな競争相手の参入を未然に防止できる。一般論としては、競争相手は少なければ少ないほど儲かるのだから、是非そうすべきだ。[p.23]」
・「業界にいる主な企業の数が少ない場合(おおまかに言うと、大手5社とか10社以内のケースを想定してほしい)、ライバル同士がお互いの出方次第で損したり得したりする。こういう状況を『戦略的状況』とか『ゲーム理論的状況』という。あるいは『不完全競争』ともいう。ちなみに対義語は『完全競争』で、経済学の教科書で一番最初に登場するのは大体これである。完全競争の市場においては、ライバル企業がどうとか自分の戦略がどうとかいう余地はなく、『小さく無力な企業』が無数にひしめく、利益ゼロの地獄のような世界だ。そこでは参加企業に価格決定権は全くない。[p.84-85]」
・「不完全競争、つまり現実の市場においては、ライバルは少なければ少ない方がいい。[p.86]」「同じようなものを売っているプレイヤーが2社以上いれば、(原理的には)そこでの価格競争は利益がゼロになるまで続く可能性がある。この理論を提案したのは19世紀パリの数学者ジョゼフ・ベルトラン氏なので、『価格による不完全競争』のことを『ベルトラン競争』という。[p.89]」同質財の数量競争、差別化財の価格競争、差別化財の数量競争では、「『ライバルが増えると利益が減る』という基本パターンは同じだが、そのスピードがもう少し緩やかだ。[p.89]」「『数量競争』というのは、・・・『ある一定の生産量・売り上げ目標』ありきの競争である。[p.90]」(クールノー競争)。「クールノーのゲーム設定には、『一定期間に生産・販売できる数量には限りがある』という現実的な制約(あるいは『時間』の感覚)が織り込まれている。よって、いくらセールス部隊同士が安値競争を繰り広げても、『これ以上売ることは出来ない。そこそこの値段をキープして収益を確保しよう』というブレーキが最終的には働くのだ。[p.91]」

第4章、能力格差
・「イノベーションの程度を分類するなら、・・・『漸進的』(incremental)と『急進的』(radical)という形容詞で十分だし、イノベーションの経済的性格を分類するには『工程(プロセス)』と『製品(プロダクト)』を区別すればよい。・・・『破壊的イノベーション』は技術革新のタイプそのものと言うよりも、むしろ・・・一連のストーリーを指す、漠然とした現象名だと考えるべきである。・・・『大口顧客の当座の要望に耳を傾けているうちに、技術の波に乗り遅れてしまう』ということは、そういう経営判断は『短期的にはOK』でも、長い目で見たときには『不適切』な経営判断だったわけだ。・・・静的な資源配分という意味で『最適』にみえた方針が、・・・技術と産業のダイナミクスへの動的な対応という意味では『最適』ではない。きちんと先を見越した資源配分になっていなかった、ということになる。[p.96-97]」
・「カネであれ、技術であれ、人であれ、評判であれ、『貯めるのに時間がかかる資源』は通常、新興企業よりも既存企業の方がたくさん持っている。・・・こういう『貯めるのに時間がかかる資源』のことを、経済学用語では、まとめて『資本』(capitalまたはcapital stock)と呼ぶ。[p.110]」「シュンペーターの足跡をたどると、新参企業と既存企業のどちらの能力をより高く評価したらいいのかについて、彼にも多少の揺らぎが見られるのである。・・・『どちらのタイプの企業もそれなりに能力が高そう』に見えるのであれば、やはり測ってみるしかないだろう。[p.119]」

第5章、実証分析の3作法
・手法データ分析:「実証研究と言って経済学者がまっさきに思いつくのは、単純なデータ分析、いわゆる『回帰分析』という統計手法だ。[p.124]」「『相関関係』は生のデータの中に勝手に存在しているので、見つけるのは簡単だ。だが問題は、相関関係と『因果関係』は全くの別物だという点にある。[p.128-129]」「『因果関係を証明する完全無欠で絶対確実な統計手法』などというものは存在しない、と、そういうふうに一旦割り切っておいた方がいい。[p.130]」「データ分析の真髄とは、データ内『観測された』変数やその値に現れるようなものではなく、データには『観測されていない』『目には見えない』何かについて、どれだけしっかり考え抜いたかにある。[p.139-140]」
・手法②対照実験:「研究対象が『小規模』であり、『多数』存在し、『独立』である(個人間の相関関係を気にしなくて良い)場合には、きわめて好都合なアプローチだろう。ただし、・・・『現実の企業』や『産業全体』を扱う場合には、実験そのものが構想しづらい。またそもそも『過去の歴史的な出来事』をやり直すことは出来ない、という悩みがある。[p.143-144]」
・手法③シミュレーション:「シミュレーションに難点があるとすれば、それは複雑な事象について『模擬』すべき『重要な』側面と『無視すべき』側面を決めた上で、各要素について、賢明な理論的・実証的分析を下準備するという必要があるので、『分析結果が研究者の力量に大きく左右される』点かもしれない。また、・・・あまりにも大きくて複雑なモデル(数式の集まり)を作ると、計算にかかる時間とコストが膨らんでしまう。[p.148]」

第6章、「ジレンマ」の解明――ステップ①…需要
・操作変数法を用いた統計分析により、HDDの「新製品(3.5インチ)と旧製品(5.25インチ)の間には、相当の代替性がある。具体的には、新製品が1%値下がりすると、旧製品を買う人が2.3%減る。つまり『新旧製品間の需要の弾力性は2.3』と判明した。・・・『新旧製品間の代替性が高い』のたから、共喰いによる『置換効果』が発生していてもおかしくない。[p.170]」

第7章、「ジレンマ」の解明――ステップ②…供給
・「『同質財の市場』に、『2社以上のメーカーが競争』していて、なおかつ『それなりの利益が出ている』という3つの事実を矛盾なく説明できるのは、クールノー氏の世界観だけだ。[p.185]」
・利益と企業数の関係(利潤関数)の推計結果から、「ライバルに先駆けてイノベーションに踏み切ることのメリット、そして、(ひょっとしたら)新製品を引っ提げて新規参入してくる(かもしれない)起業家・新参企業の脅威を未然に阻止することのメリット」は大きく、「『抜け駆け』の誘惑は相当大きいであろうことが判明した。[p.205]」

第8章、動学的感性を養おう
・「単純な理屈を『補助線』のように活用することで、『人々が実際に取った行動』(データ)から幸福度やコストを逆算し、現実世界の『行間』を読み取ることができる。『人々の趣味・好みを、実際の行動パターンから読み解く』というこの着眼点を、経済学用語では、『顕示選好の原則』という。[p.228]」

第9章、「ジレンマ」の解明――ステップ③・④…投資と反実仮想シミュレーション
・「『イノベーション能力が高い』とは、言い換えるなら『イノベーションのコストが低い』ということだ。・・・結果はどうだったかといおうと、・・・『素のイノベーション能力』だけを比べた場合、既存企業は、新参企業よりも優れているようなのだ。[p.248-249]」
・「需要・供給・投資の3パーツからなる『私たちの世界観』には『データ分析の肉付け』がなされ、『推計済の実証モデル』として完成した[p.251-252]」。反実仮想シミュレーションによって明らかになったのは、「『既存企業は、抜け駆けの誘惑に強く駆り立てられている』『イノベーション能力も、実はかなり高い』『にもかかわらず腰抜けなのは、主に共喰いのせいである』[p.261]」

第10章、ジレンマの「解決」(上)
・「よくよく調べてみると既存企業に欠けていたのは『能力』ではなく『意欲』の方だったらしい。[p.265-266]」
・「もしあなたにとって既存企業のサバイバルが最優先事項ならば、『しがらみ』がどうのと言っている場合ではない。新参企業と同じように考え、行動するしかない。・・・既存事業のしがらみを無視することが出来れば、新技術の実装と商業化を新参企業に近いペースで進めることは十分可能だ。創造的破壊の荒波を生き延びるためには、創造的『自己』破壊が必要である。それが正論というものであり、正直それ以上に言えることは少ない。[p.275]」「だから正論の『何がどう難しいのか?』についても明らかにしておこう。[p.276]」
・難問①冴えない新事業の育て方:「新部門を分社化し、旧部門との共喰いをも辞さない、というやり方について。・・・クリステンセン氏が提案したのが、新事業部を本社から独立させ、どこか遠く離れたところで社長直属のプロジェクトとしてカネと人材と権限を与えるというアイディアだった。・・・だが実際には『絵に描いた餅』に終わることが多い。・・・社内ベンチャー的な制度がよほど深く根付いた会社でもなければ、『意欲』と『能力』を兼ね備えた人材の投入は、無理な施策かもしれない。[p.276-277]」
・難問②「育たないものは、買ってくればいいじゃない?:「MAというと、英米流の企業経営では、花形手法として確立しているかのようなイメージがあるが、実際にはアメリカでも失敗の方が多い。・・・システマティックにターゲットを選び、接触し、きちんとアフターケア部隊まで設置している会社(そして、まがりなりにもM&Aの成功実績を重ねている会社)は、シスコ以外ではあまり聞いたことがない。[p.280]」
・難問③あなたは本当に旧部門を切れるのか?:「旧部門は不採算で足手まといになるかもしれない。問題は、自分の手で旧部門を切るだけの決断力や『容赦の無さ』があるかだ。[p.281]」
・難問④生き延びるためには、一旦死ぬ必要がある:「生まれ変わった明日のあなたが『今日までとは全くの別人』だとしたら、それは果たして『あなたが生き延びた』ことになるのだろうか?[p.284]」
・難問⑤経営陣と株主の「最適」は違う:「なぜ私たち株主は、既存企業のサバイバルを手放しで喜べないのか?それは経営陣や従業員が、(私たち株主の利益ではなく)彼ら自身の保身のために、私たちの貴重な年金をムダ使いしているからだ。・・・一つ確かなのは、投資先の既存企業が、製品間の共喰いを是認してわざわざ旧事業の死期を早めたりすれば、『旧事業用に投資してきた株主資本はムダになってしまう』ことだ。[p.276-287]」

第11章、ジレンマの解決(下)
・「『損切り』と『創業』。事の本質はこれだけである。・・・本当の問題はシンプルなのだから、現実から目を背けるのは止めて、死に直面する肚を決めよう。[p.290-291]」
・「私たちの発見は、次の3点に要約される。①既存企業は、たとえ有能で戦略的で合理的であったとしても、新旧技術や事業間の『共喰い』がある限り、新参企業ほどにはイノベーションに本気になれない。(イノベーターのジレンマの経済学的解明)、②この『ジレンマ』を解決して生き延びるには、何らかの形で『共喰い』を容認し、推進する必要があるが、それは『企業価値の最大化』という株主(つまり私たちの家計=投資家)にとっての利益に反する可能性がある。一概に良いこととは言えない。(創造的『自己』破壊のジレンマ)、③よくある『イノベーション促進政策』に大した効果は期待できないが、逆の言い方をすれば、現実のIT系産業は、丁度よい『競争と技術革新のバランス』で発展してきたことになる。これは社会的に喜ばしい事態である。(創造的破壊の真意)
---

イノベーターのジレンマがなぜ起こるか、についてはクリステンセンの言う「不均等の意欲」によって既存企業にはやる気がない分野に新規参入企業が入っていくことがカギなのではないか、という印象を持っていましたが、本書に示された経済学的分析によると「共喰い」がその背景にある、という点は非常に興味深く感じました。既存企業が新技術に消極的な理由は細かく見ればいろいろと考えられるでしょうが、仮に「共喰い」がすべての根源であるなら、そこを何とかすれば、既存企業でも新技術をうまく扱えるようになるのではないか、とも思います。共喰いが代替性の高さに深く関係しているのであれば、ある技術を代替性の低い製品に使うようにすれば、既存企業であってもその技術の導入に積極的になれるかもしれないという気がします。つまり、クリステンセンの言う「新市場型破壊」であれば、既存企業にとっても少しは積極的に取り組めるのかもしれません。

本書で解説されている「解明」自体非常に興味深いですが、今までぼんやりとしか認識していなかったことがクリアになったことで、新しい発想も生まれてくることもあるように思います。現象を経済学的にきちんと分析する手法も進歩しているようですので、そうした知見をどう活かしていくか、ということが実務家に求められているように思いました。


文献1:伊神満、「イノベーターのジレンマの経済学的解明」、日経BP社、2018.