「研究開発マネジメントの知識と不確実性に基づく研究マネジメント」

はじめに

1,研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと
1.1
、研究開発とは?

世の中には研究開発を分類した様々な概念があります。そういう分類や概念は研究開発というものの理解には役立つかもしれませんが、実践家にとっての研究開発の進め方の指針になるか、というと必ずしもそうとは限らないように思います。本ブログは実践家にとって役に立つことを最優先にマネジメントを考えていきたいと思いますので、「研究開発とは何か」についてもまずは実践家の使いやすさを重視した定義をしておきたいと思います。

1)研究開発とは?:実践のためのシンプルな理解
研究開発とはどのようなものかをシンプルにまとめると以下の2点になると思います。
・「新しい」ことを対象にした活動である
・「情報」を得る活動である

このうち「新しい」ことを対象とするという考え方からは、研究開発には「不確実性」がある、ということが導かれるはずです。そして、その「不確実性」を何とかうまく処理できれば、それが研究開発の成功につながるのではないか、というのが本シリーズでの議論の根幹になっていきます。今回はまずこの定義について考えたいと思います。

2)
研究開発とは何かを考える
「新しい」ということ
企業における仕事には様々なものがあります。例えば、新製品の開発は一般に研究開発部隊の仕事でしょう。では、工場の操業改善や新たなビジネスモデルの構築はどうでしょう。市場調査や営業活動は?。それぞれ専門の部隊に任されることも多いでしょうが、研究部隊が参加することもあるかもしれません。そうした様々な場面で「研究開発」的な仕事の進め方が求められるとすれば、既成の仕事の分類にとらわれることなく、様々な仕事に現れる「研究開発」的な仕事の特性に着目し、その特性を有する仕事を「研究開発」と定義した方が実践的に便利なのではないかと思います。この考え方で研究開発を特徴づけようとすると、まず「新しい」ということが挙げられるのではないかと思います。

例えば、世の中にないものを対象にするならそれは文句なく「新しい」と言えるでしょう。また、操業のちょっとした改善であっても、それが世の中にないチャレンジであるならその部分は「新しい」と言えるはずです。さらに、世の中では知られていても、自分たちがそれを知らなければ自分たちにとっては「新しい」ことになります。外部から技術を導入するような場合であっても、自社の状況に合わせる工夫が必要な場合には「新しい」と言ってもよいのではないでしょうか。

こうした「新しい」ことには、共通の特徴があり、「新しい」ことを扱う上で必要なノウハウには重なるところがあると思います。そこで本稿では、研究開発の範囲を広く捉え、「新しい」ことを対象とする活動と考えたいと思います。

「情報」を得るということ
「新しい」ことは「知らない」ことでもあります。なぜ「知らない」ことを扱うかと言えば、それは「知る」ため、すなわち、対象に関する「情報」を得るため、「学習」するためと言えるでしょう。ただし、学校での通常の学習のように一方的に外部から情報が与えられてそれを受け取るだけの場合は、研究とは異なる活動だと思われます。つまり研究開発とは、「情報」を取りに行く能動的、積極的な活動によって「情報」を得る活動と理解できると思います。例えば、先生や文献から何かを学ぶとしても、その情報を能動的に探しにいく過程には研究の要素があるでしょう。また、ふと思いついたり、狙い以外の役に立つ情報がたまたま得られたような場合でも、何らかの情報を探しに行って見つけたものであったり、その情報をもとに実際に使える情報を得ようとする意図や行為があれば、それは研究開発と言ってよいと考えます。(なお、この考え方は、ThomkeReinertsenの「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務」とする考え方[文献1]にヒントを得たものです。また、酒井崇男氏は、「情報視点で見ると、企業活動を通して私たちが生み出している価値とは、本質的には次の3つの情報資産である。・・・1、設計情報:『商品』に相当する情報資産、2、設計情報をつくりだし、生産(媒体に転写)するためのノウハウ、3、人材の頭脳に残っていく知識・経験の蓄積[文献2、p.80]」「人間の労働(付加価値を生む人間の活動)は情報視点で見れば、『情報を収集し』『情報を創造し』『情報を転写し』『情報を発信する』というビジネスプロセスのどこかに割りつけられている。[文献2、p.112-113]」と述べています。)

研究開発を以上のように捉えることにより、研究開発に関わるいくつかの問題がうまく整理できると私は考えています。以下、それらの点について考えてみましょう。

なぜ研究開発は必要なのか
なぜ研究開発が必要なのかは時々議論になります。研究開発などしなくても企業が収益をあげられればいい、とか、研究開発は他者に任せておけばよい、というような意見を持つ人もいるようですが、研究開発を上記のようにとらえると、そうした意見に反論しやすくなると思います。研究開発はなぜ必要なのか。その最も重要な理由は、「世の中が変わるから」、と言ってよいのではないでしょうか。世の中が変わればそれに対応するには「新しい」取り組みが必ず必要になるはずです。もちろん、世の中が変わって今の事業が成り立たなくなれば、その事業を捨てるという経営戦略もあり得ますので、その場合には研究開発は要らないかもしれませんが、逆に言えば、研究が不要なのはそういう決断をしたときのみ、と言えるでしょう。

おそらく研究に対する懐疑的な見方は、研究開発という行為と、研究開発部隊を混同していることに端を発しているのではないかと思います。実は、研究者でも研究開発部隊と研究開発行為を同一視する人もいるのですが、研究開発を上記のようにとらえると、「新しい」ことへの挑戦は誰がやってもよいし、誰もがそれなりに行い得ることだと考えることができます。上記のように研究開発を広く捉えることにより、研究開発の必要性について意味のある議論ができるようになるのではないでしょうか。

経済学では、研究開発は経済成長の原動力と捉えられることが多いと思いますが、そのように考えても実践的にはそれほど有意義な示唆を導けない気がします。経済成長は研究開発の成果のひとつであって、経済成長を目指した研究開発という考え方は、あまりに研究開発の可能性を狭く捉えすぎているのではないでしょうか。研究開発に携わる人々の意欲を、社会の変化に適応した「新しい」取り組みや社会の変化を生み出す「新しい」取り組みに方向づけることこそが、研究開発を実践する研究者、マネジャーが行うべきことだと思います。経済成長の原動力になるから研究をしなければならないのではなくて、「新しい」ことが必要とされるから研究が必要になり、その結果が経済的な利益を生むのだと思います。

研究開発を定義することの実利的な意味
さらに、研究開発を上記のように定義することには実利的な意味もあります。それは、「何が研究開発ではないか」を明確にできることです。上記の定義に従えば、例えば、やればできるとわかっていることをその通りにやることは「新しく」ないので、研究開発ではないということになります。例えば、工場での定常的な生産、変化のないルーチンワークの仕事、「新しい」ことや「情報」を得ることに繋がらない報告業務などが挙げられるでしょう。もちろん、こうした業務は研究部隊が行った方が効率的な場合もあるでしょうが、研究開発の本来の仕事ではないと考えます。他部署からこうした業務の依頼を受けたような場合、それが研究開発には該当しないという理由で断ることも可能かもしれません。また、どうしても研究部隊がそうした活動に関わらなければならないとしても、単に依頼をこなすだけでは研究者の存在意義はないことを研究者に意識づけるべきでしょう。他部署のお手伝いであって、そこから何か「新しい」こと、有益な「情報」を見つけられてはじめて一流の研究者なのだ、というように研究者を意識付けすべきだと思います。何が研究開発であって何が研究開発でないのかを明らかにしておくことは、研究部隊の仕事を正しく方向づけることにも使えると言えるのではないでしょうか。

加えて、研究部隊は何も生んでいない、という乱暴な批判に反論することもできます。確かにモノを生んではいないかもしれませんが、研究をすれば何らかの「情報」を生んでいるはずです。その「情報」が利益に結び付いていないとすれば、その情報の質が悪いか、情報を利益に結び付ける活動がうまくできていないかのどちらかでしょう。決してモノを生んでいないから意味がないわけではないはずです。

研究マネジメントは何をすべきか
研究開発を、「新しい」ことを扱い、「情報」を得ようとする活動であると考えるとき、そのマネジマントはどうあるべきでしょうか。まず確認しておくべきことは、研究開発を誰がどうやるかによって成果の大きさが変わるということです。そうであるなら研究開発をうまく行い、なるべく効率よく大きな成果を挙げることがマネジメントの重要なポイントとなるでしょう。

具体的に、「新しい」「情報」という視点からマネジメントのポイントを考えると以下のようになると思います。
・何が研究開発で何が研究開発でないかを明らかにするにする
→研究開発部隊がやるべきことと他部署に任せるべきことを区別して効率的な運用を行う
→研究開発部隊がやるべきことから逸脱することを防ぐ
→アウトプットすべきは「情報」。モノでもカネでもない。
(モノやカネ、社会への貢献など、企業活動の改善に結び付く「情報」が重要になるでしょう。)
→研究開発に役立つ手法と、研究開発でないことに役立つ手法は異なる
(例えば、シックスシグマによる品質管理は決まったこと(「新しく」ないこと)をうまく進めるのに適した手法なのではないでしょうか。だとすれば、「新しい」ことの管理には向かないかもしれません。実際、Radjouらは、3Mでシックス・シグマの導入によってイノベーション能力が損なわれた事例を紹介しています[文献3、p.78-82]。また、目標による管理は、「新しく」て明確な目標が立てにくい場合には向かないと思います。)
・どんな「新しい」ことに注目すべきか
→世の中の変化から求められる(と予想される)「新しい」こと
(例:ニーズやシーズ、環境(競争環境、法令、社会的要請など)の変化など外因性の変化への対応)
→世の中を変えるような「新しい」こと
(先手を打って世の中を変えていく、現状のままではダメだから変える、など自発的な変化)
・どんな「情報」がよいのか
→「こうすれば、こうなる」というような因果関係の情報
→現象の理解、原理解明
(特に、企業活動にとっては因果関係のヒントになるような側面の理解・解明が重要)
→試行のきっかけとなるような「情報」(こうしたらよいのではないか、など)
→精度の高い情報、応用範囲の広い情報、インパクトの大きい情報

結局のところ、上に述べたような新しく有用な情報を、なるべく効率よく(多く、速く、少ない資源で)得ること、それが研究開発マネジメントのポイントなのではないかと思います。

イノベーションと研究開発
研究開発に関連して、「イノベーション」という言葉がよく用いられます(というより、こちらの方が人口に膾炙しているように思われます)。その違いをどう考えるかについて簡単に触れておきます。イノベーションに関しては様々な定義がなされていますが、例えば青島矢一氏は次のように定義しています。「イノベーションとは、一般に『何か新しいものを取り入れる、既存のものを変える』という意味をもっている。[文献4、p.1]」「シュンペーターは、イノベーションを、『新規の、もしくは、既存の知識、資源、設備などの新しい結合』と定義している[文献4、p.2]」。「われわれは、・・・シュンペーターの古典的な定義を踏襲しつつ、イノベーションを『社会に価値をもたらす革新』と定義することとする。[文献4、p.3]」このように、本稿での「新しい」という定義に加え、「社会に価値をもたらす革新」という社会的な視点が加わっているのがイノベーションであるという定義が多いように思います。これは、本稿の「新しい」という視点と重なる部分が多いと考えられるのですが、「社会に価値をもたらす」かどうかは、あくまで結果です。実践家が研究開発に取り組む際には、社会に価値をもたらすことを意図していたとしても、結果はわかりません。そのため本稿では、イノベーションを含むより広い概念で「新しい」ことに挑む行為を「研究開発」と呼ぶことにしたいと思います。本シリーズの今後の記事では、両者を特に区別することなく使うことがあると思いますが、実践的な観点からはこのような違いをちょっとだけ意識した用語法とお考えいただければありがたいです。


文献1Thomke, S., Reinertsen, D.、有賀裕子訳、「製品開発をめぐる6つの誤解 製造プロセスでの効率性は通用しない」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 8月号、p.76本ブログ紹介記事
文献2:酒井崇男、「『タレント』の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論」、講談社、2015.ブログ紹介記事
文献3:Navi Radjou, Jaideep Prabhu, Simone Ahuja, 2012、ナヴィ・ラジュ、ジャイディープ・プラブ、シモーヌ・アフージャ著、月沢李歌子訳、「イノベーションは新興国に学べ! カネをかけず、シンプルであるほど増大する破壊力」、日本経済新聞出版社、2013.本ブログ紹介記事
文献4:一橋大学イノベーション研究センター編、「イノベーション・マネジメント入門 第2版」、日本経済新聞出版社、2017.ブログ紹介記事