世界における日本企業のプレゼンスが過去に比べて低下しているという意見をよく耳にしますが実際はどうなのでしょうか。日本のモノづくり技術はまだまだ優位であるという意見もありますし、逆に、日本の科学技術そのものが停滞(低下)しているという意見もあるようです。本ブログでも2011年に簡単なデータに基づいて「論文から見た各国の科学力比較」をしてみたことがありますが、そこでは日本の論文数シェアの減少とともに、被引用シェアが低下しているのが気になる、というようなことを指摘させていただきました。

その後はどうなのか、こうした変化の原因は何で、社会にどんな影響があるのかなど、興味深い点も多いと思いますので、今回はより多くのデータに基づいて日本の研究力を分析した、豊田長康著「科学立国の危機 失速する日本の研究力」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、「日本の論文数が、世界諸国に比べ極端に低迷している特異な状況にある[p.14]」と分析し、「日本の研究力が惨憺たる状況に至った原因は何なのかをデータに基づいて明らかにし、そして、日本が再び学術の分野で競争力を取り戻すためには、どうすればいいのかを提案することが本書の目的です。[p.15]」としています。以下、興味深く感じた点を中心に内容をまとめさせていただきたいと思います。

序章、失速する日本の科学研究力
・論文数:「主な国々の学術論文数(人口百万人あたり)の移り変わり」を見ると、「多くの国では右上がりで論文数が増えています。しかし、日本は2000年を過ぎた頃から停滞~減少し、他の国に大きく差をつけられてしまいました。韓国にも2倍近く引き離されています。[p.14]」
・「著者が特に分析してきたのは、論文数の減少です。その理由の一つは、論文数が『大学の研究教育力』を鋭敏に反映する指標であるからです。[p.17]」

第1章、学術論文数は経済成長の原動力
・人口あたり論文数と人口あたりGDPにはよい相関がある。[p.25]「論文数が多い国ほど労働生産性も高い・・・日本は先進国の中では低い[p.26]」
・「政府支出研究費が多かった国ほど、その後のGDPが大きく上がりやす[p.33]」い。「つまり、先行研究での『イノベ→GDP』という因果関係を支持する結果です。[p.33]」「大学の研究費、論文数、企業研究費、特許件数など、研究やイノベーションに関連する指標は、すべて、その後のGDPとの相関がしばらく維持されるか右上がりのカーブとなります。[p.38-39]」
・「政府が大学の研究費の交付を増やした国では、それに数年遅れて論文数も増えている。[p.44]」
・「大企業研究費は中小企業研究費や政府支出大学研究費よりも多額(特に日本では大企業研究費が圧倒的に多く、政府支出大学研究費の約10倍以上)であるにもかかわらず、その国全体のGDPに与える効果は、金額に期待されるほど大きくなく、イノベーションの『広がり』を反映する政府支出大学研究費や中小企業研究費の方が大きい[p.94]」。「日本は、ヨーロッパ先進国に比較して大企業研究費や特許出願数は一流ですが、イノベーションの『量』とともに『広がり』を反映する中小企業研究費、政府支出大学研究費、および論文数は三流です。今後、日本が重点的に強化するべきイノベーション・システムは、『集中』ではなく『広がり』であり、大学と中小企業であると考えます。[p.95]」

第2章、日本の科学研究力が危ない――ノーベル賞ゼロ時代の危機
・「2015年・・・タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)社の世界大学ランキングが発表され、上位200位に入った日本の大学が東大と京大の2校だけになったことが、関係者に大きな衝撃を与えました。[p.98]」「世界の大学を格付けするランキングはいくつかありますが、最も有名かつ影響力を持っているのがTHE社の世界大学ランキングです。[p.99]」「THE世界大学ランキングでは、教育、研究、論文被引用数、産業界からの収入、国際性の5分野に分類される13の基準で評価されます。[p.101]」「中でも『論文被引用数』の指標は単独で30%の重みがあり、ランキングに最も大きな影響を与えます。[p.102]」「被引用数の点数の低さが、日本の大学のランキングの大きなマイナス要因となっています。[p.108]」
・「調整した1論文あたりの被引用数をウェブ・オブ・サイエンスのデータベースでは、category normalized citation impact (CNCI)・・・と呼んでいます。[p.122]」
・「世界大学ランキングで500位からぼろぼろとこぼれ落ちる日本の大学ですが、その理由の一つは、世界と戦える中堅の大学が少なすぎることにあります。[p.137]」「日本の大学の格差の傾斜は、世界の先進国中でダントツに激しいのです。[p.138]」
・日本は論文数では5位[p.140]だが、「人口1人あたり論文数で日本は低迷[p.140]」(38位[p.143])。被引用インパクトでは78位[p.150]。「どの論文数のデータを分析しても、とても科学技術創造立国とは言えません。まさに惨憺たる状況なのです。[p.154]」

第3章、論文数はカネ次第――なぜ日本の論文数は減っているのか
・「OECDでは以前から研究時間を考慮した研究者の数をデータとして載せてきました。それが『フルタイム相当研究者数(Full-time equivalent: FTE)と呼ばれる指標です。[p.178]』
・「多くの国で大学の研究従事者数(FTE)が増えているのに対して、日本は減少~停滞して他国との差が大きくなり、そのために論文数が減少~停滞して、研究国際競争力が低下した、と考えられます。[p.184-186]」
・「OECD諸国における研究従事者数、研究費および研究資金源の検討から、多くの先進国において論文数が増えたメカニズムは、『政府からの大学研究資金研究人件費研究従事者数(FTE論文数』であることがわかりました。そして、日本は政府が支出する大学研究資金が先進国で最低であり、しかも、諸外国が増やしたのに対して日本は増やさなかったので、その結果、研究人件費も増えず、FTE研究従事者数も増えず、諸外国との差が開いてしまったと結論されます。[p.220-221]」「研究費以外においても、日本人のおカネの使い方は、モノに重点が置かれ、ヒトが軽視されてきた面があると思います。[p.221-223]」
・「学士課程修了者数とGDPの間には、統計学的に信頼のおける相関は認められませんでしたが、博士課程修了者数とGDPの間には、・・・統計学的に信頼のおける相関が認められました。・・・博士課程修了者数は論文数とも相関し、・・・論文数もGDPと相関します。・・・博士課程修了者数とGDPとの相関は、論文数を介した相関である可能性が高いのです。[p.226-228]」

第4章、政府の科学研究政策はどうあるべきか
・「日本の研究力の低下の原因として、1,研究従事者数(FTE)が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。2,大学への公的研究資金が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。3,博士課程学生数が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。などをあげました。・・・それには、日本政府の大学に対する財政政策が大きく関係しています。[p.238]」
・「国公立大学と公的研究機関の論文数が2004~05年を境にして停滞~減少し、一方私立大学では停滞~増加を示しており、公的研究機関と私立大学とで論文数の動きが違います。・・・この頃に起こった国立大学をめぐる大きな出来事は2004年の法人化です。[p.245]」
・「法人化前後からの国立大学への財政政策の潮流は、『バラマキ』である基盤的な運営費交付金の削減、②競争力ある大学への『選択と集中』の2つであったと考えられます。[p.256]」
・「運営費交付金が削減された場合、国立大学、特に中小規模大学では人件費を運営費交付金に大きく依存していることから、人件費つまりヒトを減らさざるをえません。実際多くの中小規模国立大学で、計画的に教員数を削減することがなされました。[p.274]」
GEのウェルチが提唱した、「世界でナンバー1かナンバー2を確保できる得意分野の事業(コア事業)のみを残し、それ以外の事業(ノンコア事業)はたとえ黒字がでて出ていても売却・廃止するという・・・『コア事業集中型』の『選択と集中』は一世を風靡した経営用語でしたが、シャープが液晶事業への『選択と集中』で経営破綻した失敗事例などから、最近ではすっかり色あせてしまった感じを受けます。[p.298]」「イノベーションにおいても、多様な研究の種を蒔いておいて、将来有望と思われる芽が出てきた時に、目利きをして集中的に研究開発資金を投入すること・・・を、本書では『プロモーション型』の『選択と集中』と呼ぶことにします。[p.299-300]」「『選択と集中(メリハリ)』は、やれば必ず成功するというものではなくも両刃の剣であり、陥りやすいたくさんの罠が隠されています。[p.303]」例えば、「収穫逓減が生じている事業に資源を集中投下すると、投入した金額のわりに成果が上がらないことになります。[p.305]」「生産性が高い事業を縮小・廃止すると、損失は非常に大きくなります。[p.306]」「有望な芽が出てきた時に、その芽を選択して事業化のために集中投資すること、つまり『プロモーション型』の『選択と集中』は理にかなっています。しかし、大学を『選択と集中』することは、多様性の確保という大学の非常に重要な役割を縮小することになり、イノベーションの創出にはマイナスになります。[p.318]」また、プロモーション型も「目利きを誤れば、大きな損失につながります。[p.320]」

第5章、すべては研究従事者数(FTE)に帰着する
・「世界大学ランキングではCNCIは非常に重要な指標ですが、GDPについては、CNCIも通常の論文数も明確な差はありません。ただし、ここでの論文数は、あくまでも、ウェブ・オブ・サイエンスという文献データベースに収録された論文数であり、これは、一定の質を保っていると評価がなされた学術誌に掲載された論文を意味し、論文ならどのような質の論文でもいいというわけではありません。つまり、良い研究環境の中で世界に認められる完成度の高い論文を産生していれば、その中からヒット論文も生まれてくるし、GDPにも貢献するということであろうと考えます。[p.358]」
・「産学連携をさかんにするためには、まず研究従事者数を増やして研究の規模を大きくし、人的・時間的研究環境を良くすることが最も基本的な要件であると考えます。研究資金を確保できる企業ならば、研究体制が整い、質の高い研究を生むことのできる大学に対しては、おのずから対価を支払って、共同研究を申し込むはずです。教育やその他の業務に忙しくて十分な研究時間をとれない研究者には、企業も研究費を出す気になれませんね。国は財政難から、大学や研究所の研究従事者数を減らしつつ、国費に頼らずにもっと企業からたくさんお金をもらえ、という姿勢ですが、それは現実的には困難です。[p.367]」

第6章、科学技術立国再生の設計図――イノベーション・エコシステムの展開
・「相対貧困率とGDPは逆相関をします。イスラエル、米国、日本は先進国の中で、最も貧困率の高い国になっています。2014年のOECDの報告では、収入格差が経済成長を阻害することが示されており、適切な格差の是正は経済成長を阻害することはないとされています。・・・このようなOECDの報告から、『富』そのものにおいても、その『量』だけではなく『広がり』がGDPの成長にとって重要であることが示唆されます。そして、このような『広がり』をコントロールできるのは『公』しかありませんね。大学は『イノベーション』と『富』について、その『研究教育力』によって『量』と『広がり』の両方に貢献できる『公』のシステム(私学も含めて)であると考えます。[p.423-424]」
・「近年のドイツは、学術論文数を増やし、論文の質を高め、また、産学連携も目覚ましいものがあります。[p.436]」「ドイツは研究力を高めるために、政府資金でもって研究従事者を増やし、それとバランス良く研究活動費、研究施設費、研究設備費を増やしました。・・・研究においては『ヒト』が資本であることをよく理解しています。[p.443]」
・「評価制度の導入にあたっては、まず、どのような事柄についての生産性向上を目指しているのか、被評価者にどのような行動変容が期待され、その結果、その生産性向上がどの程度高まることが期待されるのか、明確にする必要があります。生産性の向上は、・・・必ず収穫逓減が起こります。評価を厳しくしたからといって、それに比例して生産性が高まるわけではないのです。評価制度によって生産性が高まる余地(限界成長余地)を常に考える必要があります。なまけている人には、評価によって生産性が高まる余地がありますが、すでに寝食を惜しんで働いている人の生産性向上余地は、ほとんどありません。評価に多大の労力とおカネを費やして、ほんのわずかしか生産性が向上しないという、きわめて非生産的な評価制度が自己目的化して、延々と続けられるということになりかねません。[p.462-463]」

終章、研究力は地域再生の切り札となる
・「欧米やアジア先進国と研究競争力で戦うためには、日本の公的研究機関の研究資金と研究従事者数を1.5~2倍に増やして、人的・資金的研究環境を格段に良くすることが基盤であることを、さまざまなデータ分析からお示ししました。そして、教育資金と研究資金は分けて考えるべきであり、18歳人口の減少により大学の教育の規模は縮小せざるを得ないかもしれませんが、研究は、海外諸国との競争力を維持できるかどうかで規模を決めるべきであると考えます。・・・公的研究資金や研究従事者数が海外先進国に比べて遜色ないというような間違った情報ではなく、1.5~2倍の開きがあるという実態をご理解いただいた上で、国民に決めていただきたいと思います。[p.512]」
・「データに基づいた政策立案により、日本の人口や富に見合った、人口が減少した時は減少した人口に見合った『ヒト』への投資を増やしつつ、イノベーションの『広がり』を推進するイノベーション・エコシステムを日本全国津々浦々で展開し、地域で進行しつつある人口減少社会を成長社会に化けさせることが、いま日本が取り組まねばならない喫緊の課題であると考えます。[p.528-529]」
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過去の日本は確かに科学技術先進国だったといえるかもしれませんが、著者の分析を見ると、その地位から転げ落ちそうになっているのではないか、という気がします。企業経営においても過去の栄光を維持できないケースは多々あります。どうしたら衰退を防げるのか。まずはデータに基づいて現状を正しく認識し、過去の施策に間違いがあればそれを修正していくことが第一歩なのではないかと思います。

その上でよりよい対策をとるべきでしょう。例えば、選択と集中に関しては、それによって独占的な地位を築けるかどうかがビジネスにおいては重要な観点でしょう。では、大学での研究において独占が重要なのでしょうか。今の成果主義の在り方も然り。企業におけるマネジメントの知見には大学でも生かせることが多いでしょうし、逆に本書に述べられた公的研究機関における知見も企業に生かせるのではないかと思います。

1990年代以降の日本の停滞については様々な見方があると思いますし、論文数がどういうメカニズムでGDPの増大に寄与しているかなど、より深く知りたいと感じたところもありますが、本書の分析は貴重な視点を与えてくれているような気がします。企業の観点からすると、「日本の」という視点にこだわる必要はない、という考え方もあるかもしれませんが、どんなにグローバル化が進んだとしても研究のマネジメントをうまく行うことの重要性は変わらないと思います。過去の日本の発展には教育の充実が大きな寄与をしていたかもしれませんが、これからの成熟の時代にあっては、教育+研究が発展に不可欠ということなのかもしれません。


文献1:豊田長康、「科学立国の危機 失速する日本の研究力」、東洋経済新報社、2019.