「研究開発マネジメントの知識と不確実性に基づく研究マネジメント」

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと
1.1
、研究開発とは? 1)研究開発とは?:シンプルな理解
2)研究開発とは何かを考える第2回

3)
研究とイノベーションをめぐる様々な考え方
前回(第2回)では、研究開発を、「新しい」ことを扱い、「情報」を得ようとする活動と捉えることを提案しました。このような捉え方は実は古くからあり、例えば、今野浩一郎氏は「研究開発マネジメント入門」という本で、「『研究開発』という言葉から、何をイメージしますか。ここでは『技術の開発を行う企業の活動』といった意味で使っていますが、それがカバーする範囲は、われわれが普段考えている以上に広いのです。ノーベル賞の対象になるような、大学や公的研究機関で行われている学術的な活動は当然のことですが、新しい製品を開発したり、既存の製品や機械を改善したりする、企業の中で普通に見られる活動も研究開発に含まれます。また研究開発というと自然科学や工学の分野をすぐに思い浮かべると思いますが、経済や法律等の社会科学までも対象分野に含まれます。しかし、本書が扱っている範囲は自然科学や工学の分野なので、それに合わせて研究開発を抽象的に定義すると『自然現象についての新しい知識を得るための、あるいは、既存の知識の新しい活用を創造するための活動』ということになるでしょう。[文献1、p.16]」と述べています。こうした考え方を拡張し、「新しい」こと、「情報」を得ることを特に強調したのが、前回提案した考え方、ということになります。

これに対して、最近は「イノベーション」という言葉が多用されています。前回も述べたとおり、本シリーズでは、「研究開発」と「イノベーション」は厳密に区別せず議論をしていきたいと思いますが、世間で「イノベーション」という言葉がどう認識されているかを知っておくことは、研究開発やイノベーションの本質を考える上でも、また、いろいろな人と議論をする上でも有意義なことと考えます。そこで、今回は「イノベーション」に関する様々な考え方を見ておきたいと思います。

イノベーションとは何か
イノベーションという言葉によい和訳語がないことは、近年広く認識されるようになってきたと思います。例えば、青島矢一氏は次のように述べています。「イノベーションとは、一般に『何か新しいものを取り入れる、既存のものを変える』という意味をもっている。・・・日本では今でもイノベーションを『技術革新』と訳すことが多い。もともとは・・・1956年度の『経済白書』の中で、技術革新(イノベーション)として訳語をあてたことが始まりである。『技術』という言葉が入っているため、イノベーションというと技術のことだけを指しているかのように誤解されがちであるが、・・・本来の意味はもっと広く、技術の革新に限定されるものではない。・・・とはいえ、一人歩きした訳語が、イノベーションの意味を矮小化してきたことは否めない。[文献2、p.1-2]」イノベーションと技術を結びつけてしまう発想は特に技術者にありがちでもありますので、技術革新という訳語はやはり誤解を招きやすいと思います。そこで、本シリーズでもイノベーションには訳語を当てず、カタカナのままとして、以下、イノベーションとは何かの議論を進めたいと思います。

イノベーションに関するSchumpeterの考え方
「イノベーション」と言えば、まず引用されるのはSchumpeterです。Schumpeterの考え方を議論の出発点にした議論もよく見かけますので、まずは、それがどのようなものかを見ておきたいと思います。
・宮本又郎氏は次のように述べています。「経済活動における企業家の決定的な役割を主張したのはJ・A・シュンペーターであった。体制としての資本主義と社会主義の優劣が盛んに論じられていた1940年代に、シュンペーターは、資本主義の歴史において、人口の増加とか資本の供給の増大といった生産要素の増加がないときでもなぜ経済は停滞しなかったのか、また競争があるにもかかわらずなぜ利潤が消滅しなかったのであろうかと問い、それは『企業家』によって生産要素の結合の仕方が変えられ(『新結合』と呼ぶ)てきたからであった。シュンペーターはこのような行為を『革新』(イノベーション)、『創造的破壊』(クリエイティブ・ディストラクション)と名付け、それを5つに分類した。すなわち、①新製品あるいは新品質製品の生産、②新生産方法の導入、③新市場の開拓、④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、⑤新しい組織の実現、である。シュンペーターはこのような『革新』を遂行する『企業家』は、そのことによって創業者利潤を手にすることができるとした。この利潤は革新が模倣されるにつれ、消滅することになるが、こうした革新が不断に連続する限り、利潤は存在し、資本主義経済は発展することが可能となる。[文献3、p.5]」
・岡崎哲二氏は次のように述べています。「シュンペーターは20世紀初めに刊行された書物『経済発展の理論』(邦訳、1977年)において、経済に関する新しい見方を提起した。・・・『経済発展の理論』において、内生的な経済発展の機動力と位置づけられたのが、『企業者』による『新結合』の遂行であった。『新結合』というのは、財や生産要素の組み合わせの仕方を変更することであり、企業組織やマーケティングの変更を含む広い意味でのイノベーション(革新)を指している。イノベーションは、それに成功した企業の費用を低下させて、他の企業によって模倣されるまでの期間、とくに大きな利潤を、イノベーションを実現した企業に与える。そしてその利潤がイノベーションの誘因となるとともに、利潤から支払われる利子が銀行信用によるイノベーション活動の金融を可能にする。このようなイノベーションと模倣の繰り返しを通じて経済が発展していくというのが、『経済発展の理論』においてシュンペーターが提起した資本主義経済に関する新しい見方である。[文献3、p.26-27]」
・丹羽清氏はSchumpeterの次の言葉を引用しています。「経済活動の慣行軌道の変更、すなわち、非連続的変化が経済を発展させ[文献4、上p.171-180(文献5、p.112による)]」、「非連続変化は新結合の遂行によって起き[文献4、上p.180-184(文献5、p.113による)]」、「新結合が新しい軌道を確立していく過程を『創造的破壊』[文献6、上p.130(文献5、p.113による]と呼ぶ。
・一方、Schumpeterはイノベーションの担い手について、時代とともに意見を変えています。伊神満氏によれば、次のとおりです。「1912年の『経済発展の理論』の中では主に『起業家』による、・・・5種類の『発展』あるいは『新結合』・・・が全面に出ている。したがって、ヨーロッパ時代のシュンペーターは新興企業の役割を重視していた、とされる。イノベーション研究者の間ではシュンペーター『マークI』・・・と呼ばれている立場だ。・・・アメリカに渡ってから1942年に英語版が刊行された『資本主義・社会主義・民主主義』・・・の第二部『資本主義は存続しうるか?』の後半になると、・・・研究所を備えた大企業の組織力・研究開発能力への高い評価が述べられている一方、ゆくゆくは起業家が活躍する余地はなくなっていくのではないか、という展望が語られる。・・・『大企業の研究開発能力』を強調する後者の仮説は、シュンペーター『マークII』と呼ばれている。・・・シュンペーターの足跡をたどると、新参企業と既存企業のどちらの能力をより高く評価したらいいのかについて、彼にも多少の揺らぎが見られるのである。[文献7、p.118-119]」

Schumpeter
の考え方に対する評価
DruckerSchumpeterの意見を支持し、「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすことであり、それを行なう企業家の責務はSchumpeterが明らかにしたように『創造的破壊』である」[文献8、p.26-29(文献5、p.116による)]。「企業の基本機能は、マーケティング(財やサービスを市場で売ること)とイノベーション(より優れた、より経済的な財やサービスを作ること)の2つだけである」[文献9、p.37,39(文献5、p.8による)]と言っているということです。
・以上のSchumpeterの考え方の解釈については、伊丹敬之氏は次のように述べています。「イノベーションの世界で一番有名な大先生にシュンペーター先生という人がいるんだけど、その人がイノベーションとは『新結合』だ、と言ったんだよ。・・・それはその通りなんだけど、でも、何でも二つくっつけりゃイノベーションか、とも言いたくなる。シュンペーター大先生は、『イノベーションというのはそういうことで起きて行きます』というプロセスの一部を言ったんだけど、その一部だけを取り出して『新結合』だから、これをイノベーションって、つい言う人が出てきちゃう。[文献10、p.36]」
・また、「新結合」という考え方について、入山章栄氏は次のように述べています。「イノベーションとは言うまでもなく、新しい知を生み出すことである。そしてシュンペーターによると、「新しい知とは常に、『既存の知』と別の『既存の知』の、『新しい組み合わせ』で生まれる」のだ。言われてみれば、これは当たり前のことだ。人間はゼロからは何も生み出せない。新しい知は、いままでつながっていなかった知と知が、新しくつながって生まれるのだ。・・・しかし、知の探索だけではビジネスにならない。・・・すなわち、一度組み合わされた既存の知を何度も活用すること(知の深化)で、初めて『ただの新しいアイデア』から、収益性のあるビジネスとなり、イノベーションとなるのである。[文献11]
Schumpeterは、イノベーションと経済発展の関係やイノベーション自体について、重要な指摘をしてくれているのは間違いないと思いますが、そのポイントを挙げるならば、「新結合」、「創造的破壊」(イノベーションには破壊が伴うという意味も含む)、「非連続的変化」ということになるのではないでしょうか。ただし、実践の立場からすれば、過度にSchumpeterの考え方に縛られる必要はないと思います。例えば、新結合だけがイノベーションの源泉ではないかもしれません。私の実務経験からしても新たな発見や発想が飛躍をもたらして「非連続的変化」が起きる場合もあるように思います。Schumpeterの示唆する3つのポイントは、多くの場合に当てはまるイノベーションの基本的概念として認識しておけばよいように思います。

イノベーションに関するその他の考え方
イノベーションとは何かについてのその他の考え方もご紹介しておきたいと思います。
・玉田俊平太氏は次のように述べています。「現在、多くの学者の議論により、①アイディアが新しい(=発明)だけでなく、②それが広く社会に広く受け入れられる(=商業的に成功する)、という二つの条件が揃って初めてイノベーションと呼び得る、というのが定説となっている[文献12、p.41]」。
・また丹羽清氏は「激しい競争に勝ち、社会や顧客に貢献して生き続けるためには企業は何をすべきか、それは、他社にはまねのできない、従来とはまったく異なる新しい価値を生み出す製品やサービス、そして事業を提供することだ。これをイノベーション(革新)という。」[文献5、p.111]と述べています。
CrainerDearloveは次のように述べています。「イノベーションとは、物事を変えるための新たな方法を見つけることなのだ。『新たな価値を創造する』と言い換えてもいい。このことがいつの時代にもまして今日、重要になったのは、わたしたち消費者が常にモノやサービスに新たな価値を要求するようになったからである。[文献13、p.11]」
Anthonyは「ファーストマイル」で、「本書では、何らかの価値、特に、従来とは異なる方法で価値を生み出すことを『イノベーション』と呼ぶ。[文献14、p.12]」としています。

イノベーションの持つ性質についての考え方
以上は、イノベーションはこのように定義できる、とか、このようなものをイノベーションと考える、という考え方の例でした。しかし、実践的には、イノベーションを厳密に定義しなくとも、イノベーションにはこのようにして起こるとか、このような性質がある、だから、このようなアプローチで進めれば良い、というような発想の基礎になる考え方も有用と思われます。以下、そうした考え方の中で汎用性の高そうなものを挙げておきたいと思います。
・青島矢一氏は、イノベーションの4つの特質として、次の4点を挙げています。[文献2、p.10-15
1、知識の営み-「イノベーションの最も大きな特質は、それが知識という無形の財を創造する活動の結果だという点である。」(「知識は、他者による同時使用を排除できない・・・契約による取引にのりにくい・・・累積性という性質をもつ」)。
2、不確実性-「その実現過程に常に高い不確実性がともなうこと」(「事前に綿密に計画され、周到に準備できるようなものではない」「不確実性がもたらす第1の問題は、イノベーションの創出に挑戦しようとする動機の欠如である。」
3、社会性-「社会の制度、歴史、文化といった要因がイノベーションの創出を理解するうえで重要」
4、システム性-「さまざまな種類の技術、知識、仕組みが組み合わさって全体として機能しなければ、イノベーションは実現しない。」
・一方、どうやってイノベーションが起こるかについては、上述の新結合に関連してご紹介した、知の探索と深化の考え方があります。入山章栄氏は次のように述べています。「世界の経営学で最も研究されているイノベーション理論の基礎は『Ambidexterity』という概念にあるといって間違いありません。・・・イノベーションの源泉の一つは『既存の知と、別の既存の知の、新しい組み合わせ』にあります。・・・常にいまある知と、それまでつながっていなかった別の既存の知が新しくつながることで、新しい知が生まれるのです。・・・企業・人は様々な知の組み合わせを試せたほうがいいですから、常に『知の範囲』を広げることが望まれます。これを世界の経営学では『Exploration』といいます。・・・『知の探索』と呼びましょう。一方、そのような活動を通じて生み出された知からは、当然ながら収益を生み出すことが求められます。そのために企業は一定分野の知を継続して『深める』ことも必要です。これを『Exploitation(知の深化)』と呼びます。この知の探索と深化をバランスよく進めていうことを両利き(Ambidexterity)というのです。[文献15、p.74-76]」「ところが現実には、企業組織はどうしても『知の深化』に偏り、『知の探索』を怠りがちになる傾向が本質として備わっています。・・・いま業績のあがっている分野の知を『深化』させることのほうがはるかに効率がいいからです。・・・この企業の知の深化への傾斜は、短期的な効率性という意味ではいいのですが、結果として知の範囲が狭まり、企業の中長期的なイノベーションが停滞するのです。これを『コンピテンシー・トラップ』と呼びます。[文献15、p.76-77]」なお、このExploitationは、「知の活用」と呼ぶ人もいるようです。業界や取り組む課題によっては、「活用」の方が実態に即している場合もあるかもしれません。

イノベーションとは何かを明確にすることは、イノベーションの実践にとって必須のことではないかもしれません。特に、不確実性が高く、論理的に戦略を立てることが難しい場合においては演繹的な思考が通用せず、イノベーションとは何かということなどを意識せず、改善を積み重ねた結果としてイノベーションが得られることもあるかもしれません。しかし、イノベーションとはどんなものかについての大局的な理解はイノベーションの様々な局面で活用できるのではないかと思いますがいかがでしょうか。


文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞社、1993.
文献2:一橋大学イノベーション研究センター編、「イノベーション・マネジメント入門 第2版」、日本経済新聞出版社、2017.本ブログ紹介記事
文献3:宮本又郎、加護野忠男/企業家研究フォーラム編、「企業家学のすすめ」、有斐閣、2014.
文献4:Schumpeter, J.A., 1926、塩野谷祐一、中山伊知郎、東畑精一訳、「経済発展の理論」岩波書店、1977.
文献5:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献6:Schumpeter, J.A., 1950、中山伊知郎、東畑精一訳、「資本主義・社会主義・民主主義」東洋経済新報社、1995.
文献7:伊神満、「イノベーターのジレンマの経済学的解明」、日経BP社、2018.本ブログ紹介記事
文献8:Drucker, P.F., 1985、上田惇生訳、「(新訳)イノベーションと企業家精神」、ダイヤモンド社、1997.
文献9:Drucker, P.F., 1954、上田惇生訳、「(新訳)現代の経営」、ダイヤモンド社、1996.
文献10:伊丹敬之、「先生、イノベーションって何ですか?」、PHP研究所、2015.本ブログ紹介記事
文献11:入山章栄、「世界標準の経営理論 第14回『両利き』を目指すことこそ、イノベーションの本質である」、Diamond Harvard Business Review, Nov. 2015, p.124. .本ブログ紹介記事
文献12:玉田俊平太、「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」、翔泳社、2015.本ブログ紹介記事
文献13:Stuart Crainer, Des Dearlove, 2014、スチュアート・クレイナー、デス・ディアラブ著、関美和訳、「Thinkers50 イノベーション 創造的破壊と競争によって新たな価値を生む営み 最高の知性に学ぶ実践的イノベーション論」、プレジデント社、2014. 本ブログ紹介記事
文献14:Scott D. Anthony, 2014、スコット・D・アンソニー著、川又政治訳、津嶋辰郎、津田真吾、山田竜也監修、「ザ・ファーストマイル」、翔泳社、2014. 本ブログ紹介記事
文献15:入山章栄、「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」、日経BP2015.ブログ紹介記事