世の中に研究開発やイノベーションの種が尽きないのは、世の中が変わるからだ、という説があります。さらに、経営学も含めてあらゆる学問は進歩します。であれば、普遍的な理論を深く追い求めると同時に、世の中や、人々の考え方の変化も含め、広い世界に注目する必要があるでしょう。

そのためには、入門的な教科書は意外に役立つことが多いと思います。今回ご紹介する、淺羽茂、入山章栄、内田和成、根来龍之著「ビジネスマンの基礎知識としてのMBA入門2 イノベーション&マネジメント編 リーダーが知っておきたい企業革新の理論」[文献1]も、世の中の流れを知り、マネジメントを考える上で参考になる記述が多いと感じました。ここでは、その中からイノベーションに関連する内容を中心に興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

Part1、最新理論
Session1、イノベーション 「知の探索」への、4つの視点(入山章栄)
・「イノベーションを起こすための最も基本的な行動は、『目の前にある知ではなくて、なるべく自分から離れた遠くの知を幅広く探索して、それを自分が持っている既存の知とどんどん新しく組み合わせること』なのです。これを世界の経営学では、Explorationと言います。私は『知の探索』と訳しています。[p.19]」「そして、いろいろな組み合わせを試して、『ここは儲かりそうだ』と思ったら、そこを徹底して深掘りしていく必要があります。経営学ではExploitationと言います。私は『知の深化』と呼んでいます。・・・これら『知の探索』と『知の深化』の両方が高いレベルでバランスよくできていることを、経営学ではAmbidexterity、『両利きの経営』と言います。この両利きの経営ができている企業・組織はイノベーションを起こしやすい、というのが世界の経営学で広く主張されていることなのです。[p.20]」
・「知の深化ばかりやっていて知の探索を怠ると、結局は長い目でみて本来重要なはずのイノベーションが起きなくなるのです。・・・これを経営学ではCompetency Trap、『競争力の罠』と呼びます。[p.21-22]」「どうすれば知の探索を促せるのか。・・・代表的な4つのレベルの視点を取り上げたいと思います。[p.22]」
・「1つ目のレベルは、個人レベルです。会社の1人1人、あるいは経営者自身などが、積極的に知の探索を進めていくことです。[p.22]」「個人レベルの『知の探索』に必要なことは・・・『いかに失敗を受け入れられる組織を作り、あるいはそういう経営者・リーダーになるか』ということです。・・・知の探索は遠い知と知の組み合わせですから、どこかで失敗が起きやすく、企業・リーダーはそれを受け入れる必要があるのです。[p.25]」「2つ目のレベルは、戦略レベルです。戦略レベルで知の探索をする方法は、何と言ってもオープンイノベーションです。[p.26]」「3つ目のレベルは、組織レベルです。・・・組織自体を知の探索に向くようにしていくことが重要です。たとえば、ダイバーシティ経営がそれに当たります。・・・また、組織のルール・文化として、組織レベルの知の探索を定着させる手段もあります。わかりやすいのは、スリーエムの15%ルールでしょうか。[p.27]」「4つ目・・・は、人脈レベルです。[p.28]」「海外の経営学では、『弱い人脈を豊かに持つ人の方が、創造的なアイデアを生みやすい』という統計分析の結果も得られています。[p.31]」
・「イノベーションは『知と知の新しい組み合わせ』ですから、・・・『情報共有』が次のポイントになっています。・・・世界の経営学では、トランザクティブメモリーという考え方が定着しています。これは、『組織にとって大事なことは、組織の全員が同じことを覚えていることではなくて、組織の『誰が何を知っているか』をメンバー全員がやんわりと知っていること』です。[p.32]」「イノベーションが生まれやすい組織にするためには、フェース・トゥ・フェースのコミュニケーションを増やして、『who knows what』を組織に浸透させていくことが大事なのです。[p.34]」
・「昔の日本企業には、・・・『知の探索』『弱い人脈』『トランザクティブメモリー』につながるインフォーマルな仕組みがたくさんありました。それが、・・・失われてきている。結果的にそれが日本企業からイノベーションの力を失わせている遠因になっているのではないかというのが、私の強い問題意識です。[p.37]」

Session
2、エコシステム 「競争」から「協力」へ(淺羽茂)
・「ビジネスモデルをうまく回していくためには、誰の努力が必要なのかを見極めることが重要です。・・・重要な人をもれなく探して、その人たちの協力を取り付けていくことが欠かせません。[p.44]」「オープンイノベーションにはいろいろな難しさがあります。その本質は何かというと、・・・『どうやって協力するか』ということです。インセンティブをどういうふうに与えるか。付加価値なり、利益なりをどういうふうにシェアするか。そういうところがカギです。[p.45]」「重要なことは、誰かが価値を1人占めすると、取引関係が維持できなくなるということです。[p.50]」

Session
3、プラットフォーム デジタルエコノミーの基本戦略(根来龍之)
・「プラットフォームというのは、お客さんに直接的に価値を提供する製品群の土台になるような製品・サービスを意味します。[p.55]」
・「プラットフォーム型のビジネスは従来型のビジネスに比べて、1人勝ちの状況が生じやすいのです。プラットフォームには、特有の成長加速要因が存在するからです。その中でも重要なものがネットワーク効果です。ネットワーク効果とは、利用者が増えるほど製品やサービスの価値が上がることを意味する経済原理です。[p.62]」
・「プラットフォームの場合は、消費者はプラットフォームだけではなくて、補完製品も選ぶことになります。このように、産業内の補完関係の選択が消費者に任される構造を『レイヤー構造』と呼びます。[p.69-70]」「ソフトウェア化、モジュール化、ネットワーク化が起きないような産業では、レイヤー構造化はそう簡単には進みません。伝統的な物づくり産業はそう簡単にレイヤー構造にならず、バリューチェーン構造でサプライヤーと共同して物を作ることのほうが重要だと思います。[p.71]」
・「製品全体の中で主要な利益源となる部分というのは、それぞれの産業に特徴的な構造があります。すべてのレイヤーが同じ利益率を得ているわけではないのです。[p.80]」

Session
4、ダイバーシティ 「何のためにやるのか」のメカニズムを理解する(入山章栄)
・「これまでの研究成果の概ねの傾向として、『タスク型のダイバーシティは組織にプラスの影響を与え得る』と主張されています。一方、『デモグラフィー型のダイバーシティは組織にプラスの影響を与えないどころか、場合によってはマイナスの影響を与え得る』と主張されている[p.86]」。「ダイバーシティ経営はどう進めればいいのでしょうか。・・・重要な視点の1つは『組織内のインフォーマルなグループを消してしまうこと』だ、と私は考えています。・・・人は認知に限界があるので、どうしても『男vs女』と言った違いの軸で、周囲の人を分類します。しかしそこに外国人や若い人などを入れて、いろいろな『次元の違う軸』ができると、『男と女』という軸だけにこだわれなくなるので、むしろ認知的に組織内グループを作れなくなっていくのです。[p.90]」

Session
5、ブランド Whyから始める(内田和成)
・ブランドとは(内田の考え):「ブランドとは、もはや製品の一要素を構成するものではない。顧客価値を支えるバックボーンであり、顧客への約束とも言えるものである。したがって、ブランドとは顧客が認める価値であって、企業が主張する価値ではない。[p.98]」「ブランドには大きく分けて3つのレイヤーがあります。企業ブランド、カテゴリーブランド、製品ブランドです。[p.99]」
・「重要になるのがセグメンテーションです。つまり、お客さんを分類して、どういうお客さんに満足してもらうかを明確にするということです。すべてのお客さんに万遍なく満足してもらうようなサービスを提供するのではなくて、『自分にとって大事なお客さんは誰か』を考えて、そうではないお客さんに関しては、極端に言うと、『来てくれなくてもいい』と思うくらいの割り切りをしたほうが結果的には顧客満足にもつながるわけです。[p.105-106]」「優れたブランドには、人に話したくなるようなストーリーがあります。それを私たちはシンボリック・ストーリーと名付けました。[p.111]」

Session
6、コーポレートガバナンス 良い経営と企業理念(淺羽茂)
・「これまでは、コーポレートガバナンスというのは、経営者が株主価値を最大化するような経営をしているかどうかをチェックすることだと考えられてきました。しかし、・・・疑問を呈する人もたくさんいます。・・・コーポレートガバナンスとは、株主の意向に沿った経営(だけ)ではなく、『良い経営』をさせていくための仕組みであると考えるべきではないか。[p.132]」
・「GEの経営者だったジャック・ウェルチは、・・・株主にとっては、素晴らしい経営者でした。[p.133]」「しかし従業員の視点から見ると、良い経営だったようには見えません。株主からは高く評価されているけど、従業員重視の人からすると、とんでもない経営だと言うこともできるでしょう。[p.134]」
・「コーポレートガバナンスの仕組みを作って運用していくのは、ものすごくコストがかかります。・・・企業理念が経営者や従業員の行動を規律づけるのに役立てば、コーポレートガバナンスのための、有効で、コストがかからない方法になり得ます。[p.143]」

Part
2、基本原則
Session
7、ストラテジー フレームワークをひっくり返す(淺羽茂)
・「戦略の中には、ちゃんと分析をして、計画をして、そしてうまくいった戦略もあるでしょうし、いやいや、偶然に起こってきたようなことの積み重ねで成功したんだという人もいるでしょう。・・・どちらもあるということを知っておくことが戦略を理解するためには大切です。[p.153-154]」
・「私は、戦略のコアとは、その戦略を自分の会社がやったらなぜうまくいくのかというロジックだと思います。[p.154]」
・「戦略論の教科書に載っているような分析をして、問題を整理したら、良い戦略が導けるのでしょうか。・・・例えば、SWOTという分析ツールがあります。これは『強み』『弱み』『機会』『脅威』を考えて戦略を作ることを提案しています。[p.161]」「良い戦略をつくり出す意思決定には、・・・SWOTからすぐに結論を導くのではなく、業界や自社へのインパクトを深く考えることです。 ・・・弱みを強みに変えたり、脅威を機会に変えたりすることができれば非常に有効です。それはなかなか難しいのですが、もしかしたら発想を転換することを妨げている原因は、自分たちの分析自体にあるかもしれません。[p.170]」「『あ、うちはこういう弱みがあるんだ』・・・そう思い込んだら、それが『強み』になり得るかもしれないと考え直すのはなかなか難しい。だから、SWOTマトリックスは描かないほうがいいのかもしれません。[p.171]」

Session
8、マーケティング 生存領域を見つけて全体を最適化(内田和成)
・「リーダーとして組織を動かしていくことになったときに、やらないほうがいいことをお話ししましょう。それは同業のトップ企業の真似をするということです。・・・リーダーと同じことをやっても、規模やブランドで負けてしまうわけです。[p.174]」「同じお客さんを相手に、同じ商品を、同じようなやり方で提供していたら、体力のないほうは脱落する。そうならないためには、何かを『ずらす』必要がある。・・・そうやって変革をしていくことが2番手以下の企業の生きる道です。そして、ずらし方がうまいと、ライバルとはまったく違う独自の生態系を作り上げることができます。[p.178]」

Session
9、リーダーシップ パラダイムの橋渡しをする(内田和成)
・「未来学者のジョエル・パーカーは、パラダイムという概念を提示して、リーダーの役割を説明しています。パラダイムというのは、ものの見方の規範となる枠組みのことを意味します。『こういうやり方をすると物事がうまくいく』という、ある種の法則のようなものを意味することもあります。[p.200]」「マネジャーは、今のパラダイムの中でビジネスをいかにうまくやるかということが求められます。[p.201]」「しかし、パラダイムは思考を縛る足かせにもなります。だからパラダイムは自ら変えていく必要があります。その役割を担える人こそリーダーです。つまり、パラダイムAからパラダイムBへの橋渡しをする。リーダーはパラダイムシフトを実行する人です。[p.201-202]」
・「リーダーは自分の置かれている状況をきちんと理解するということが重要です。・・・自分の置かれている状況のことを私は『環境要因』と呼んでいます。これは自分では選択できないことです。それに対して、自分で決めたり変更したりすることを『戦略変数』と呼んでいます。この2つをきちんと区別して考えるということが非常に大事です。[p.204-205]」
・リーダーに求められる3つの要素:「まず問題に気づくということ。そして気づいた問題を解決するための意思決定をすること。さらには決めたことをちゃんと実行に移すこと。[p.208]」
・「新しいビジネスを立ち上げることを考えてみましょう。・・・アイデアを出して、ビジネスプランを作って、実行していく。その3つのフェーズがそろわないと、成果は上がりません。その3つをすべて自分でやれるという人は、そう多くないと思います。例えば、アイデアをいろいろ出せるけれど、社内に理解者がいなかったり、敵が多かったりして、実行が伴わないという人がいます。・・・こういう人間をチャンピオンと言います。逆に実行力がある王道の人は、過去のやり方を継承していることが多くて、やり方を変えるのに抵抗がある。新しいアイデアでビジネスを進化させていくことが得意じゃない。・・・こうした人をゴッドファーザーと名付けます。イノベーションを起こすとすれば、アイデアを出して、それをプランにして、そして実行していくという、この3ステップのどこに自分の強みがあるのか、あるいは弱点があるのかということを認識することは欠かせません。あるいは、自分に足りないところはどこなのか、どういうチームを組んだらいいのかを考えていくことはすごく大事です。[p.209-210]」
・「私は魅力的なリーダーの備えている資質というのは、次のようなことだと思っています。はじめに・・・組織を目標達成や次のステージへと導くことのできる人です。現状を守ることに汲々としていたり、組織のみんなを不安に陥れるような人には誰もついてきません。次に、リーダーはフォロワーに成長の場を与えるということが大事です。・・・それから、世の中を変える、業界を変えるということができるリーダーはやはり魅力的です。・・・最後に、私がすごく大事だと思っているのは、『人たらし』です。なぜかこの人のために何かをしてあげたいとか、助けてあげたいとか、そう思ってしまう人がいるのです。・・・こうした何らかの魅力を持つリーダーには『チャーム』があると私は定義しています。・・・逆に、魅力を感じないリーダーというのはどんな人かというと、まず私利私欲の塊みたいな人は魅力的じゃない。それから裏表があったり、嫉妬深かったりする人も、やっぱり魅力がありません。そして・・・賢くて、オール5の優等生のようなタイプで、要は助けてあげる余地がない人というのは、意外と人気がない。・・・自分にはそもそも先天的にチャームがあるのかないのか、あるいはどういうところが特徴なのか、あるいはそのために人から好かれているのか、嫌われているのか、怖がられているのかとか。そういう部分を考えるということは大事です。[p.214-216]」
・「リーダーシップにとって大切なことは何か、・・・まず第1に挙げたいのは、腹をくくるということです。・・・第2は、リーダーとしての自分の後継者を育てることです。・・・第3は、自分の型をつくるということです。・・・最後は、学び続けるということです。人間は基本的には成功からは学べません。・・・だから失敗をするということが私は成長の原点だと思っています。[p.217-221]」
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本書の解説は、必ずしも研究開発に直接関係のあることばかりではありませんが、ここに挙げたような示唆は、研究開発と決して無関係ではないと思います。また、著者の見解が含まれている示唆も多く、興味深く感じました。広い分野にわたる解説がなされた本ですが、そこに通底していることを挙げるとすれば、「考える」ということではないでしょうか。知識を身につけた上で、実際の状況、場面に応じて、自ら考えて創造的に対応することが実践家には求められている、ということなのだろうと思います。


文献1:淺羽茂、入山章栄、内田和成、根来龍之、「ビジネスマンの基礎知識としてのMBA縫う門2 イノベーション&マネジメント編」、日経BP社、2018.