イノベーションをうまく進めるには様々なことに注意をする必要があります。実務家としては、これさえできればイノベーションはうまくいく、というような方法があればありがたいとは思いつつも、そんなことは不可能ではないか、とも思います。だとすると、イノベーションの様々な状況や局面において、何に注意すればよいかをなるべく整理して、その点に気をつけながら実践を進める、というのが現実的でしょう。

こうした観点から近年のイノベーション論をながめると、実践的な方法論の提案が多くなされるようになり、しかも内容も納得しやすく使いやすいものが増えているように思います。そこで、今回はそのような実践的方法を提案した、岸良裕司著「優れた発想はなぜゴミ箱に捨てられるのか 限界を突破するTOCイノベーションプロセス」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。この方法論の特徴は、TOCTheory of Constraint、制約理論)と呼ばれる、エリヤフ・ゴールドラットによって提唱された全体最適のマネジメント理論に基づいている点で、それを本書ではTOCイノベーションプロセス「E4V (Eyes for Value)」と呼んでいます。著者によれば、その特徴は、「一人の天才に依存するのではなく、みんなの知恵を使ってイノベーションを起こしていく。アイデア発想のみならず、事業化してイノベーションを起こすまで、すべてのプロセスを網羅している。そして、関わるステークホルダーのすべてにウィン・ウィンのブレークスルーをもたらす方法論である。[p.ix]」とのことです。以下、本書に沿って、その内容を見ていきたいと思います。

はじめに プロセスさえあれば、誰でも世界を変えるイノベーターになれる!
TOCイノベーションプロセス「E4V」の全体像
・「『E4V(Eyes for Value)』は、次の3つの前提から構築されたものだ。どんなに優れた商品・技術でも、お客様に価値をもたらさなければ、世の中にイノベーションを起こすことはできない、どんなに価値のある商品・技術でも、お客様にその価値が伝わらなければ、世の中にイノベーションを起こすことはできない、どんなに優れた価値のある商品・技術でお客様にその価値が伝わっていても、多くの人の助けなしには、世の中にイノベーションを起こすことはできない[p.xiii]」
・「TOCイノベーションプロセス『E4V』は、・・・次の3つのSTEPで成功への道のりを歩いていく。・・・STEP1 価値を創る、STEP2 価値を伝える、STEP3 実現への道のりを創る[p.xv]」

STEP
1、価値を創る
・「他にはないどういう新しい価値をもたらすかが、イノベーション成功の第一歩と言える。[p.2]」
・「今まで世の中にないものを生み出すのがイノベーション。だからこそ、あまりに斬新な変化は実行するのがむずかしく、しかも市場がついてこないことも多い。[p.6]」「どのような新しい価値があるのか、誰にでもわかるようなかたちで、<市場の教育>を広く行なっていかなければならない。[p.6-7]」
・「ゴールドラット博士の言葉・・・から、イノベーションが事業として成り立つには3つの条件があることが明らかになる。①些細な限界を取り除いてもイノベーションとは言えず、世の中に価値をもたらすことはない、②過去には不可能だったと思われていることでないと、イノベーションとは言えない、③競合他社がカンタンに真似できるようでは、イノベーションとは言えない。一言で言うなら『そんなことできるの!?』と世間の常識の限界を突破するWOW!をもたらしてこそ、イノベーションと言えるのだ。[p.8-9]」
・「そもそも、お客様は自分のことしか知らないことが多い。・・・さまざまなセグメントのさまざまなお客様を知っている我々のほうが、よっぽどニーズを見つけるのに有利だし、技術の動向を詳しく知っている我々の方が、ニーズをより正確に理解できるはずなのだ。[p.10-11]」
・「モノの見方をちょっと変えるだけで、既成概念から我々を解き放ち、WOW!と言われる価値を見つける便利な道具がある。それが、価値を見つける<3つの目>だ。3つの目とは、①顧客の目、②市場の目、③商品の目で、この順序で価値を見つけていく。[p.12]」
・「まず顧客の目になって、望ましくない現象(マイナス)を考える。そして、どのマイナスを消したらWOW!という価値をお客様にもたらすのかを考えるのだ。[p.12]」「次の質問に答えればいい。①顧客は誰ですか?、②顧客にとって重要なマイナスは何ですか?、③取り除くとWOW!という重大なマイナスはどれでしょうか?、④それは今までのどんな限界を取り除きますか?[p.13]」
・「次は市場に目を向けて、WOW!と言われる価値を見つけていく。[p.19]」「次の4つの質問に答えるだけだ。①ある要望を満たすために、あらゆる苦労を厭わない小さな顧客グループはありますか、②彼らはどんなプラスの要望を満たそうとしていますか?、③その要望を満たすと大きなプラスの市場になると思われるのはどれでしょうか?、④それは今までのどんな限界を取り除きますか?[p.20]」
・「次に商品に目を向けてWOW!と言われる価値を見つけていく。[p.26]」「これを考えるための質問もカンタンだ。①商品が構成されているパラメータは何ですか?、②それらのパラメータを大きく上下に変化させたり、なくしたり追加すると、どんな価値をもたらしそうですか?、③大きなWOW!をもたらしそうなものはどれでしょうか?、④それは今までのどんな限界を取り除きますか?[p.27]」
・「これまでの<3つの目>の議論を通して、あなたの商品もWOW!と言わせるようなコンセプトができているはずである。その中で筋のよいものをベースにカタログにしていく。[p.32]」「既存商品のカタログをベースに、あたかもすでにWOW!と言われた新製品があるという想定で、カタログを創っていく。こうすることで、実際にお客様に価値を売ることを前提にしたカタログが出来る。[p.32-33]」
・「<WOW!カタログ>を見せると、・・・経営幹部・・・から・・・積極的な応援をもらえることが多くなる。・・・経営会議で誰からも賛同されずに否決された企画でも、このプロセスを通すだけでゴミ箱から出て、エッジの尖ったものに生まれ変わり、周囲の賛同が得られるようになることも多い。[p.34-35]」
・「<WOW!カタログ>を創るときのうまい方法がある。実現性の云々は一旦忘れて、10年先の振り切った未来のカタログを創ることだ。10年後にどういう商品を出したいのかを考えることにより、現在の既成概念から解き放たれて考えることができる。[p.36]」「10年後の<WOW!カタログ>が出来たら、次はバックキャストで現在から未来につながる<WOW!カタログ>を創っていく。バックキャストとは、未来のある時点に目標を設定し、そこから振り返って現在やるべきことを考えていく方法。・・・今からどういうWOW!を起こしていくのか、それを時系列でカタログに落とし込んでいくのだ。すると、商品リリースごとにWOW!という新しい価値をもたらす<WOW!ロードマップ>が出来上がることになる。[p.38]」
・「このプロセスの中で出来る・・・何よりもの成果は、未来に向かって志を一つにした<WOW!チーム>だ。[p.43]」「うまい方法は、会社のさまざまな部門のメンバーに参加してもらうこと。・・・全部門からメンバーが参加して、会社の将来を担うイノベーションを行うことは、すなわち会社の将来を支える人材を育てることに他ならない。・・・こういう活動をすると、組織の壁がなくなり、将来に向かった一つのチームが出来るという話をよく聞く。[p.44]」

STEP
2、価値を伝える
・「価値を伝えるためにはお客様の立場になって商品を検証し、さらに磨き上げていく必要がある。[p.52]」「買うという行為は、お客様の行動に変化を起こすということ。[p.53]」「お客様の行動の変化を検証するには、・・・4つの質問を問いかけるのが効果的だ。①買うことによって得られるプラスは何ですか?、②買うことによって生じるマイナスは何ですか?、③買わないことによって得られるプラスは何ですか?、④買わないことによって生じるマイナスは何ですか?[p.54]」
・「商品がイノベーティブであればあるほど、その価値が正しく伝わるように<市場の教育>をすることがきわめて重要になる。・・・そのために創られたのが、<市場の教育>を考える6つの質問だ。[p.63]」「①何と価値を比べるのか?、②何と価格を比べるのか?、③お客様がもっとも購入したいと思う場面は?、④もっとも適した流通チャネルは?、⑤参入障壁をどうやって創るか?、⑥誰と組めばビジネスモデルを強固にできるか?[p.64]」「6つの質問で、ビジネスモデルまで網羅した<WOW!カタログ>が出来上がる。[p.71]」

STEP
3、実現への道のりを創る
・「ほとんどの場合、イノベーションは一人だけで実現できるほど甘いものではないのだ。・・・大きなイノベーションを起こそうと思えば、組織を越えて多くの人たちの協力が必要になる。みんなで志を一つにして成功への道のりを共有していくことが、イノベーション成功カギを握る[p.92]」。
・「まず最初に取りかかるのは、事業計画の策定だ。[p92]」「ビジネスの可能性について評価するための項目には、一般に次のようなものがある。①市場の大きさはどのくらいか?、②利益はどれだけ見込めるのか?、③模倣はどのくらいむずかしいのか?、④競合が追いつくのにどのくらいかかりそうか?、⑤投資と運用のコストはどのくらい必要か?、⑥実現をむずかしくしている社内の制約は何か?、⑦投資回収にどれくらいかかりそうか?、⑧売り上げ、利益、シェアのプランは?[p.93-94]」「まだ実施していないのだから、この根拠となる理由はあくまでも仮定である。もしも間違っていたら修正していく必要がある。[p.95]」「仮定を素早く検証し、修正していくことこそがビジネス成功のカギとなる。[p.96]」「ここまで考えたら、仮定を検証するために、小さなスケールでテストすることができる。[p.96]」
・「失敗を学びに変えるうまい方法を紹介したい。それが<ミステリー分析>という方法だ。・・・次の7つの質問に答えていけばいい。①問題は何ですか?、②もともと何が起こると期待していましたか?、③それを起こすために、どんなことをしましたか?、④実際に起きてしまったことは何ですか?、⑤何が原因で思わぬ結果を引き起こしたのでしょうか?、⑥この原因を解消するうまい方法はありますか?、⑦この解消策を行うと、期待していたことが起きそうですか?[p.103]」「『問題とは、現実と目的のギャップである』とよく言われるところ。つまり、思ったよりもうまくいっても、うまくいかなくても問題である。[p.104]」
・「<WOW!カタログ>もあり、ビジネスプランもある。これを渡して説明すれば、みんなわかるだろうと思ったら大間違いである。・・・人から与えられた目標はプレッシャーにはなるけれど、やる気を呼び起こすまでには至らないのではないか。目標は自分で考えるからやる気になるのだ。これを開発チームでやるうまい方法がある。それが<ODSC>だ。ODSCとは、『Objectives, Deliverables, Success Criteria』の略で、・・・次の3つの質問に答えるだけだ。①目的な何ですか?、②成果物は何ですか?、③成功基準は何ですか?[p.119-120]」
・「プロジェクトメンバーの間で目標が共有されたら、次は、後ろ(10年後の目標)からたどって目標達成までの道のりを描いていく。これが<バックキャスト工程表>だ。[p.128]」「確実に目標にたどり着きたければ、後ろからたどって最初のタスクまでの工程表を作るのがおすすめ。・・・次の3つの質問に答えることだ。①その前にやることは何ですか?、②本当にそれだけですか?、③○○をしたら、△△ができるんですね?[p.130]」
・「今までにないイノベーションを世の中にもたらそうとすれば、組織内のさまざまな部署や社外の様々なステークホルダーに協力を得ていく必要がある。そのための便利な道具がある。それが<断れない提案(UnRefusable Offer: URO)である。[p.139]」「相手がNOという理由をあらかじめ考え、それをことごとく消してしまうことによって相手が断れない状況を作る方法だ。[p.140]」「そのための便利なツールが<抵抗の6階層>というツールだ。①取り組もうとしている問題が問題とは思えない(「避けられない現実として認識されていることも多い」)、②解決しようとしている方向性に合意しない(「相手の『望ましい状況』が達成されない限り、問題は解決したとは言えない)」、③その解決策で、問題が解決するとは思えない、④その解決策を実行すると、ネガティブな問題が発生する、⑤その解決策を実行するのは、障害があるので現実的ではない、⑥知らないことに対する恐れがある[p.141]」。これらについて、相手の抵抗は何かを理解し、抵抗を乗り越えるために何を準備すべきかを考える。

まとめ
・「我々がここまで議論してきたのは、単にイノベーションを起こす方法論ではない。イノベーションの流れの滞留を引き起こしている障害を解消し、イノベーションプロセスを革新することなのだ。[p.168]」

全体最適のマネジメント理論TOC
・「1984年に発表され、30年以上経った今も色あせないベストセラー『ザ・ゴール』。この本の中で発表された全体最適のマネジメント理論がTOC: Theory of Constraintsである。[p.195]」「『つながりとばらつきのあるところには、どこかに必ず制約がある。そこに集中することが全体に成果をもたらす』ということである。[p.193]」
・「ゴールドラット博士は、人が論理的に明晰に考えることを妨げる以下の4つの障害があると説く。ものごとを複雑だと考える、人のせいにする、対立は仕方がないと考える、わかっている[p.178]」「ゴールドラット博士は4つの障害を乗り越えるために、以下の4つの信念を生み出した。ものごとはそもそもシンプルである、人はもともと善良である、ウィン・ウィンは常に可能、わかっているとは決して言わない。お気づきになると思うが、4つの信念は科学者のように考えるための心得なのである。[p.176]」
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本書に述べられた方法論は、シンプルでわかりやすく、かつ使いやすいのではないでしょうか。もちろん、その分、あらゆる研究開発課題に適用可能な汎用的な手法とは言えないかもしれません。例えば、本書のやり方で未来の予測を行い、そこからバックキャスティングする方法論は、非常に不確実性の高い状況ではそのまま適用することは難しい場合もあるように思います。しかし、本書の方法論でも仮定の検証が重視されているように、予測した未来を確定的なものと考えるのではなく、その予測も含めて検証して修正していく、という考え方に立って使える状況にこの方法論を適用していくのであれば、実践的に使ってみる価値があるように思われます。

なかでも特に興味深く感じた点は、この方法論をうまく実践すれば、イノベーションの実行にあたって協力体制を築くのに役立つのではないか、という点です。イノベーションに関わるすべてのステークホルダーが、イノベーションを自分の課題と認識して積極的に進めるような体制作りが、この方法論に示されたような、質問とその回答をみんなで考える、という手法で実現できる可能性があるとするなら、そうした進め方には一考の価値があるように思います。


文献1:岸良裕司、「優れた発想はなぜゴミ箱に捨てられるのか 限界を突破するTOCイノベーションプロセス」、ダイヤモンド社、2019.