科学技術先進国としての日本の地位が危うくなっているという見方については、以前にも論文データに基づいた考察(豊田長康著「科学立国の危機」)をご紹介しました。今回は、この問題をもう少し広い視点から考察した、毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班著、「誰が科学を殺すのか 科学技術立国『崩壊』の衝撃」」[文献1]をご紹介したいと思います。

この本は、2018年から19年にかけて毎日新聞に掲載された「幻の科学技術立国」を再構成・加筆したものとのことで、章ごとに企業、大学、政策、海外、に主眼をおいた考察がなされています。以下、その中から興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

プロローグ
・東京工業大学の細野秀雄教授は次のように述べているといいます。「『ここ5年ほどの日本の科学技術力の落ち方は尋常じゃない。将来を担う若手も育てていない。これからもっと悪くなるでしょうね』[p.13]」
・「『実質国内総生産(GDP)当たりの論文数はラトビアやトルコと同じくらい。データ上は、日本は科学技術立国とは言えない』豊田長康・鈴鹿医療科学大学長は14~16年のデータを分析し、そう言い切る。[p.13]」
・文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP(ナイステップ))の報告によると、日本は80年代から00年代初めまで論文のシェアを伸ばし、一時は米国に次ぐ世界2位に浮上した。しかし、ここ約10年の落ち込みは顕著だ。13~15年の3年平均では中国、ドイツに抜かれ4位に。引用数上位1%の影響力の大きな論文に限れば、オーストラリア、カナダ、イタリアにも抜かれ、4位から9位に転落している。年間平均論文数は10年前に比べ約3900本も減少した。低迷はアカデミアの世界にとどまらない。・・・近年は名だたる大企業も社会変革の波に乗りきれず、苦戦が続く。・・・この急転落は一体どうして起きてしまったのか。[p.13-14]」

第1章、企業の「失われた30年」
・「『ものづくり』で高度経済成長を牽引した日本企業だが、グーグルなど巨大IT企業の出現や経済のグローバル化、新興国の台頭といった社会変革の中で、急速に存在感を低下させつつある。日本の企業ななぜかつての勢いを失ったのだろうか。国内の研究開発投資の8割近くを担う企業の現状と課題を考える。[p.16]」
・「長内厚・早稲田大教授(技術経営論)は・・・経営戦略の不在を指摘する。『東芝に限らず日本の大手企業の多くは、技術的な優位性があればビジネスでも優位に立てるという思い込みから、同じ失敗を繰り返している。自ら開発した技術がそのまま製品の価値になった70~80年代の成功体験が忘れられないからだろう。経営の課題をすべて技術の問題として解決しようとしてきたところに問題があった』[p.19]」
・「時代の先を読む発明やアイデアを具現化できる優秀な技術者集団に恵まれながら、ビジネスで勝てなかった東芝。その姿は、日本の産業界全体に重なる。[p.20]」
・「『日本企業は、確実だと分かるまで手を出さないから意思決定が遅れる。それが、日本が米国より一歩、二歩遅れている大きな原因ではないか』[p.32]」(バイオジェン日本法人の鳥居慎一会長)
・「文部科学省科学技術・学術政策研究所・・・の伊神正貫研究室長は『日本企業は新しい知識を受け入れる能力が低い可能性もある』と指摘する。海外の動向や研究成果に気を配り、的確な判断ができる『目利き』の不在が響いている。[p.35]」
・「日本でベンチャーを運営する難しさ」について、再生医療ベンチャー「メガリオン」の三輪社長はこう語る。「『技術と特許があっても、金が集まらないと何もできない。特にバイオベンチャーは、結果が出るまで10年かかると言われる。宝くじに例えると、当選発表は10年後。当たりが出ればそこから資金回収に入る。日本のVCはその10年を見越せず、待つこともできない』[p.38]」
・文部科学省科学技術・学術政策研究所の「新村氏は日本の大学発ベンチャーの低迷を次のように分析する。『資金を持つ大企業がリスクをとらないため、ベンチャー企業に資金が回らない。また、大学発ベンチャーは大学教員を中心に起業されることが多いが、経営のプロではない大学教員だけでベンチャー企業を経営するのは、やはり難しいのではないか』[p.40]」
・大学発ベンチャーの設立を支援するビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ社の伊藤社長はこう語る。「『大学発ベンチャーの強みは基礎研究から生まれた独創的な成果だが、最近は短期的な成果を求める政策が増えた。このままでは、他では出てこないような研究成果を出すことが難しくなる』[p.42]」
・取材班が18年に行なった、研究開発費が多い主要50社への「アンケートの回答から読み取れるのは、企業の研究開発が、『ものづくり』に代表される、すぐに利益には結びつかない長期的な基礎研究を縮小し、『サービス』のような、より短期的、応用的なものへと対象が移っている現状だ。[p.46-47]」「藤村修三・東京工業大教授(イノベーション論)は『たとえば量子コンピューターのように、純粋な基礎研究は産業構造すら変える可能性を秘めているが、日本企業の研究はその逆を行っており、どんどん出口(商品化)に近くなっている』と指摘する。[p.47]」
・「日本企業はもともと基礎研究に強かったわけではない。かつての日本企業は、欧米の基礎研究に頼って利益を上げているという『基礎研究ただ乗り』批判を受けていた。1980年代以降、企業が基礎研究に力を入れ出すと、論文数は急増し、世界的な成果も生まれた。しかし、経済状況の悪化が進むにつれ、研究開発体制の縮小が相次いだ。日本が世界を席巻したエレクトロニクス産業もその一つだ。京都大教授の山口栄一氏(イノベーション理論)によれば、NECNTTなど日本の大手9社の発表論文は、1990年代後半に年間3500本を超えていたが、2013年には2200本台にまで減ったという。その間、発表論文の著者の多くが所属していた企業を離れており、減少の原因は『研究者のリストラ』にあると、山口氏は分析する。[p.47]」「山口氏は、研究者がリストラされた企業では、技術を見極める能力も失われ、それが業績全体に悪影響を及ぼしていると考えている。『90年代後半に、企業が中央研究所を殺してしまった。それによって日本の科学が損なわれた。大企業はぜい肉を落とそうとして、脳みそを切り落としてしまった』[p.48]」
・「松島斉・東京大教授(理論経済学)は・・・『日本の経営者は、新しい研究の知見をビジネスに生かすという意識が極端に低い。日本の没落はそこに起因するのではないか』と語る。[p.61]」
・「東大大学院工学系研究科長を務める大久保達也教授は『人材発掘・育成競争が世界中で活発になっている一方で、日本では学生が就活に長い時間を費やさなければならず、研究を頑張る学生が必ずしも企業側の選考で評価されない。イノベーションがなかなか起きず、画期的な研究成果も出にくくなっている現状の足元には、就活の問題があるのではないか』と指摘する。[p.63-64]」
・小林喜光・経済同友会代表幹事は、最近のノーベル賞受賞者の多くが、基礎研究への投資が足りないと批判していることに対して、「僕の考えは逆だ。日本はノーベル賞をたくさん取ってきたが、経済もビジネスも負けている。・・・かつての自然科学にこだわっていることが一番間違っている。・・・学術界は自由に研究すればいいが、それを企業の中心に据えたから日本経済がダメになった。[p.64-65]」と回答。「内閣府の世論調査で、現状に満足している国民が74.4%もいる。そんな高い数字が出ることが異常だ。高みを目指して頑張っていない。危機感の欠如だ。平成の30年間で『日本は敗北した』という認識から始めないといけない。世界と互角に戦っていくためには、若者はもっと怒り狂わないと。本当に大事なのは心の問題、ガッツの問題なんだよ。[p.66]」
・京都大学山口栄一教授は、日本企業から革新的な技術が生まれなくなったことについて次のように述べています。「90年代後半、企業が中央研究所を次々と閉鎖・縮小し、優秀な研究者を次々とリストラしたのが原因だ。研究所を残した企業も、力を入れるのは既存の技術を伸ばすことで、未来の産業を作る方向には向かわなかった。原因のひとつは株主価値優遇の経営だ。製品化に結びつくかどうか分らない研究にはリスクがある。基礎研究に投じるお金は投資ではなくコストと見なされ、大企業はリスクを取ることができなくなった。[p.67]」

第2章、「選択と集中」でゆがむ大学
・「かつて日本が誇った科学技術力を再び取り戻そうと、政府が推し進めるのが公的研究資金の『選択と集中』である。成果が見込めそうな特定分野にトップダウンで資金を重点的に配分し、投資の『費用対効果』を上げるのが狙いだ。だが、果たして功を奏しているのだろうか。[p.72]」
・「科学技術政策が成長戦略の柱となっていることを踏まえ、内閣府が主導する大型研究開発プロジェクトは近年、膨張を続けている。文科省の科学研究費補助金が研究者個人の関心に基づくボトムアップなのに対し、これらは実用化を重視したトップダウン型で、分野を絞って集中投資しているのが特徴だ。09年度に始めた『最先端研究開発支援プログラム(FIRST=ファースト)』では、国内のトップ研究者30人に5年間で総額1000億円を配分した。さらに14年度には、第一期SIP、そして『革新的研究開発推進プログラム(ImPACT=インパクト)』の二本柱になった。インパクトも、5ヵ年で総額550億円と規模は大きい。SIPが着実な実用化を目指す一方、インパクトは、成功の可能性はより低いが実現すれば大きな果実をもたらす『ハイリスク・ハイインパクト』の研究成果を目指している。ただ、どちらの事業でも、社会にイノベーションを起こす目的が強調されており、研究のプロセスよりも成果を重んじる『出口志向』が強まっていると言える。これらはまさに、財務省が言う『選択と集中』の代表例のような事業だ。・・・だが、これら内閣府のプロジェクトで狙い通りの成果は出ておらず、その検証すら不十分なのが実情だ。たとえば第一期SIPは、進捗状況を議論する総合科学技術・イノベーション会議の会合や議事録のほとんどが非公開だ。この点でもSIPは『情報公開が不足している』と批判を集めてきた。もう一方の柱であるインパクトにおいても、出口を意識するあまりか成果を『誇大広告』するかのような例が相次いでいる。[p.81-82]」
・「予算の『選択と集中』を考える上で、参考になる論文がある。米国の研究チームが16年、米科学誌サイエンスで発表した分析結果だ。このチームは、20年以上の経験のある研究者約2900人について、研究能力と成果との関連性を統計学的に分析した。その結果、他の論文への引用回数の多いヒット論文が各研究者のキャリアのどの時点で発表されるかはまちまちで、ヒット論文と相前後して良い成果を出せるとは限らないことが分かった。つまり、過去の実績を当てにして研究費を配分しても、期待通りの成果がでるかどうかは分らないのだ。影響力の大きな論文が出せるかどうかは、研究者個人の能力の高さだけではなく、後に大きく発展するような研究テーマに取り組めるかどうかという『運』にも左右されると考えると、こうしたデータがもっともよく説明できたという。調麻佐志・東京工業大学教授(科学技術社会論)は、次のように解説する。『当たりの宝くじを選んで買うことができないのと同じだ。『選択と集中』は、あらかじめ優れた成果を生む研究が分かるという前提の下になされているが、この論文によればその前提は成り立たない』[p.88-89]」
・「国立大が比較的自由に使える国からの運営費交付金は、政府の行財政改革の一環で、04年度から毎年約1%ずつ減額され、15年度までに当初の一割に相当する1470億円が削られた。[p.107]」「運営費交付金が減った結果、懸念されるのが教職員の削減だ。[p.108]」「基盤的な運営費が削られ、学生や教員の安全に関わる老朽施設の改修や耐震化さえもままならないのは国立大に限った話ではない。国からの私立大への補助金もまた、国立大と同じ水準で削られた。OECDの集計によると、14年の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出の割合は、日本は比較可能な34ヵ国中、最低の3.2%。このうち大学など高等教育に対する支出の割合は34%で、OECD平均(約70%)の約半分だった。大学に冷たい国で、研究現場があえいでいる。[p.112]」
・「『外部資金頼み』は、研究者の本業である研究のための時間をも圧迫している。[p.119]」「学内業務や外部資金獲得のための事務作業に追われ、研究時間が作れない。・・・山本清・東京大客員教授は、次のように指摘する。『・・・日本では国公立大でも私立大でも、研究者の雑用が増え、研究時間が圧倒的に足りない。それが研究力低下を招いたことは明らかだ』[p.121]」
・「政府は第五期科学技術基本計画で、日本の研究力低下の要因に大学の『組織改革の遅れ』を挙げ、財務省は大学の教育・研究の質を評価して予算を増減させる割合をさらに高める検討をしている。[p.129-130]」
・「鳥居啓子・米ワシントン大卓越教授は『研究者の流動化と国際化の促進、さらに優秀な人材獲得のためには、教員や研究者が安心して就職・移籍できる制度の整備が必要だ。大学教員が安心して研究に集中できる環境があってこそ、日本の研究力アップにつながる』と指摘する。[p.145-146]」
・神田眞人・財務省主計局次長は、「研究力衰退の原因は予算削減ではない」として、次のように述べています。「低い生産性の背景にあるのは、日本の研究現場の開放性や流動性、国際性、多様性の乏しさがもたらす活力や進取性の欠如だろう。・・・科学者は貴族ではないのだから、適切な評価の下、努力と成果が報われる方が正しいインセンティブだ。[p.158-159]」
・山極寿一・京都大学長は、日本の研究力の現状について次のように述べています。「相対的に衰えているのは明らかだ。原因は研究者数と研究時間の減少に尽きる。研究予算総額を増やすか、競争的資金に偏っている資金配分のバランスを見直すしか解決策はない。財政危機の中、国は『今の予算枠内で使い方を効率化しろ』とばかり言うが、現場を理解しているとは言い難い。[p.161]」

第3章、「改革病」の源流を探る
・「予算が増えない中、『改革』の名の下、競争的研究資金の割合が増え、『選択と集中』のかけ声によって特定分野への予算集中が進んでいる。その結果、特に大学の研究現場は、基盤的な予算まで削減され、存続すら危うい状況になっている[p.171]」
・「小泉政権の司令塔の中でも大きな権限を握っていたのが、経済財政諮問会議である。・・・改革の急先鋒となったのが、慶応大教授から入閣した竹中平蔵・経済財政担当相である。[p.181]」「大学政策や科学技術政策に経済財政諮問会議が介入することには批判もあったが、竹中氏は『大学や科学技術も聖域ではない、ということを示した・・・』と意に介さない。法人化後、運営費交付金が削減される一方で競争的資金が拡充され、大学間格差が広がったが、竹中氏はこの原因を『改革がまだ十分ではないからだ』とみている。『大学のマネジメント(経営管理)がまだ働いていない。制約のある財政の中で、どういう大学にしたいのか、そのビジョンを持てない大学は閉めるしかない』こうした考え方は現政権にも受け継がれている。[p.181-182]」
・「文部科学省幹部からも『法人化で最も得をしたのは東大だ』との声が漏れる。東大がこうした『恩恵』を受けられたのは、実は早くから法人化を見越して準備をしてきたからである。[p.190]」「ただ、地方大が疲弊する中、『独り勝ち』への批判も少なくない。・・・国内では『敵なし』の東大も、世界的に見れば超一流大学とは言えない。[p.192]」後に副学長を務めた「松本氏は『・・・法人化によって世界と戦える大学になれるという集団幻想を東大は見たのかもしれない』と振り返った。[p.192]」
・「欧州合同原子核研究所(CERN)のロルフ・ホイヤー前所長は『ある研究成果がいつ、どのように応用されるかを予測することは困難だ。だが、基礎研究を忘れればイノベーションの基盤は失われる』と指摘しているが、現政権にこうした発想は全く感じられない。[p.206]」

第4章、海外の潮流
・「中国の科学技術力は質・量ともに世界を圧倒しつつある。[p.229]」「中国の躍進の原動力は、急増する研究開発費だ。文科省の『科学技術要覧』によると、その総額は年平均20%超、4年で倍増のスピードで増え続けており、09年には日本を追い越し、米国に次ぐ世界第2位に浮上。米国との差は縮まりつつある。[p.231-232]」「中国情勢に詳しい経済学者の野口悠紀雄・一橋大名誉教授は、・・・『遠くない将来、中国のGDP(国内総生産)は米国を抜いて世界一になる。科学技術力を背景にした強大な独裁国家に世界がどう対応するか。その答えはまだない』[p.233]」という。
・「野心的なベンチャー企業がイノベーションを牽引してきた米国では、新しい技術やアイデアを持った起業家を多様な形で支援する土壌がある。[p.239]」「米国では学術界にも、個々の研究者の自由な発想を重視する仕組みがある。一つの例が、世界の医学・生命科学研究をリードする米国立衛生研究所(NIH)の競争的研究資金の配分システムだ。[p.243]」「国立小児保健発達研究所・・・外山玲子部長・・・は『NIHの任務は人類のためになる科学的知識を積み上げること。そのために何をすべきかは現場の研究者が一番よく知っているので、研究は基本的にボトムアップ型で行なわれる』と話す。・・・科学への理解と手厚いサポートが米国の医科学研究を支えている。[p.244]」
・村山斉・カブリ数物連携宇宙研究機構教授は、次のように述べています。「あらかじめ期間や予算が決まったプロジェクトでは、研究者は必ず実現できそうなものしか提案しないので、真のイノベーションは起きないだろう。・・・特に資源のない日本のような国にとっては、基礎科学に投資することは『未来への投資』と言えるのではないだろうか。[p.254]」
・ネイチャー編集長のマグダレーナ・スキッパー氏は次のように述べています。「日本の研究者の話や統計データなどから考えると、研究や研究者への支援が不十分だ。第一は資金面。・・・もう一つは環境面だ。仕事として安定して研究が続けられる環境がなければ、世界で勝負できる成果を生み出すのは難しい。教育面の支援も重要だ。学生らに研究者が価値ある職業であることを伝えるべきだ。[p.256]」
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本書の内容で最も興味深く感じたのは、研究者のみならず、研究者の環境を左右する予算や方針を決定し、科学技術力の衰退を招いたと指弾される立場の官僚や企業経営者までもが日本の科学技術力の衰退を認識しているように思われる点です。つまり、日本の科学技術力の衰退はもはや議論の余地のないことなのでしょう。

では、どうすべきなのか。衰退の原因に関しては、研究者側と、政策立案・執行側の見解に違いがあるようなので、明確な対応策を立てることは難しいのかもしれません。しかし、科学技術力の衰退が疑う余地のないものであり、しかもその状態を好ましいことだと思っていないのだとすれば、少なくとも、今のやり方を今後も続けてよいのかどうかは考えてみる必要があるのではないでしょうか。政策も、企業戦略も一旦策定してしまうとなかなか見直しが難しいのはよく経験するところではありますが、最近流行のイノベーションの進め方に倣えば、方針変更(ピボット)のタイミングにきているように思います。過去の意思決定を過信せず、証拠に基づいた対応をすることによってしか進歩は得られないのではないか、と思いますがいかがでしょうか。


文献1:毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班、「誰が科学を殺すのか 科学技術立国『崩壊』の衝撃」、毎日新聞出版、2019.