イノベーションが経済の発展に寄与しうる、ということは多くの皆さんが認めておられるのではないかと思います。では、どのように、どのような発展に寄与するのでしょうか。イノベーションによる生産性の向上が経済発展をもたらす、とか、新たなイノベーションによって生活の質が向上する、とかが一般的な考え方かもしれません。一企業が収益をあげ、社会に貢献するという観点からはこのような理解で十分とは思いますが、社会全体の変化を考える場合にはもう少し広い視点、影響への深い考察が必要かもしれません。

今回取り上げるChristensenら著「繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学」[文献1]では、社会の繁栄という観点からイノベーションの役割が考察されています。著者らは、イノベーションの中でも「市場創造型イノベーション」が社会の発展に大きく寄与する、という考え方を提示しています。様々なイノベーションのなかで、「無消費」への対応による市場創造は成功しやすく効果が大きいイノベーションであることは、Christensenの「破壊的イノベーション」の考え方のなかでも指摘されていますが、本書ではそれに加え、社会の発展にも貢献しうることが強調されています。また、市場創造のための具体的な方法論も議論されていますので、実務家にとっても示唆に富んだ内容になっていると思います。以下、その内容の中から特に重要と感じた点をまとめたいと思います。

序文
・「『繁栄』とは何を意味するのだろう。繁栄を指す指標としては、教育の受けやすさ、医療、安全・危機管理、真っ当な統治などがよく使われる。・・・こうした尺度は社会の構成員の幸福を評価するうえで重要だが、われわれは繁栄の尺度としてさらに重要なのは、生計の立てられる雇用と上昇可能な社会的流動性であると考えている。本書では、繁栄を『多くの地域住民が経済的、社会的、政治的な幸福度を向上させていくプロセス』と定義した。・・・例えば天然資源に恵まれた国では、『豊か』ではあっても繁栄していない可能性がある。・・・豊かな国がその富を国民の一部に分配しているとしても、そうした豊かさが機会の探求やイノベーション、多様な市場といった文化を育んでいないのなら、繁栄しているとは見なさない。天然資源は、社会的流動性にはまったくと言っていいほどつながらない。将来的に枯渇したり市場価値を失ったりしたあとまで持可能な豊かさをもたらしてはくれないのだ。繁栄への道を知るにはまず、何が貧困を生むのかを理解することが重要だ。[p.13-14]」

第1部、市場創造型イノベーションのパワーThe Power of Market-Creating Innovations
第1章、繁栄のパラドクスとはAn Introduction to the Prosperity Paradox
・「教育や医療、行政機構、インフラなど、繁栄との関連が強く示唆される指標を改善するための資源を貧困国にいくら注ぎ込んでも、持続性のある真の繁栄が創出されるわけではない。国が繁栄しはじめるのは、特定のタイプのイノベーション、すなわち市場創造型イノベーションに投資したときだ。市場創造型イノベーションは、持続可能な経済発展にとって触媒の役割を果たす。[p.27]」
・「多くの国に成長を生み、持続させてきた重要な要素は、消費者の苦痛にビジネスチャンスを見つけ、市場を創造するイノベーションに投資し、開発のプル戦略(必要な時期に必要な仕組みとインフラを社会に引き入れる)を採ることだった。繁栄するはずなのにできないでいるパラドクスを解決するにはこれらの要素が不可欠[p.31]」。
・「イノベーションという言葉は、ハイテクや高機能のプロダクトだけを意味するのではない。イノベーションとは、『組織が労働、資本、原料、情報をより高価値のプロダクト/サービスのかたちに転換するためのプロセスにおける変化』である。[p.31-32]」

第2章、イノベーションの種類Not All Innovations Are Created Equal
・「これまでの研究をつうじて、イノベーションには、持続型、効率化、市場創造の3つの種類のあることがわかってきた。どれがよい悪いではなく、組織の成長を支えるうえでそれぞれに別個の役割があるのだ。[p.41]」
・「持続型イノベーションとは市場にすでに存在する解決策の改良であり、通常は既存のプロダクト/サービスにより高いパフォーマンスを求める顧客をターゲットとする。・・・既存顧客に別のものを提供しようとする。・・・持続型イノベーションは値上げや利幅の拡大を伴うことが多い。[p.43]」「持続型イノベーションは至るところにあり、経済にとって、また、企業や国が競争力を維持するうえできわめて重要である。[p.42-43]」「成熟した市場で企業が持続型イノベーションを進める場合、売る相手も売り方もすでにほぼ確立されているため、販売手法や流通網、マーケティング、製造技術などを刷新する必要はほとんどなく、雇用創出や利益獲得、地域文化の変化に与える影響も市場創造型イノベーションとはちがってくる。[p.44]」「企業は既存のプロダクト/サービスに新しい機能やメリットを付加してなるべく売り上げと利益を増やしたいので、多くの企業が最も裕福な・・・セグメントを狙おうとする。持続型イノベーションもある程度の成長は達成するが、・・・ターゲットセグメントの人数が少ないため、この成長の影響は限定的だ。また、裕福な市場・・・での消費者獲得競争は、ほかの企業も多く参入するので熾烈になる。[p.45]」
・「効率化イノベーションは、・・・企業がより少ない資源でより多くのことをおこなえるようにするイノベーションである。つまり、基本のビジネスモデルやそのプロダクトがターゲットにする顧客は同じままで、企業が既存の資源および新たに獲得した資源をぎりぎりまで活用できるようにするのだ。業界の競争が激しさを増すなか、効率化イノベーションは企業の成長力を高めるのに不可欠である。このイノベーションの典型的な姿として『プロセス』の変革が挙げられる。・・・効率化イノベーションを進める企業は利益率が上がり、とくに重要なこととしてキャッシュフローが改善する。・・・ただし効率化イノベーションは組織の生産性には望ましいことであっても、既存従業員にとっては必ずしも喜ばしいとは限らない。[p.48]」「効率化イノベーション自体が新たな職を生むとは考えにくい。[p.49]」「効率化イノベーションも持続型イノベーションも本質的に悪いことではなく、むしろ、経済にとって望ましい存在なのだが、・・・成熟した市場では・・・新しい成長エンジンの種蒔きはしない。[p.50]」
・「市場創造型イノベーションはその名のとおり、新しい市場を創造する。この場合の新しい市場とは、それまでプロダクトが存在しなかった、あるいは存在はしていたが高価すぎて買えなかったか、なんらかの理由で入手できずにいた人たちを対象とした新規の市場を指す。市場創造型イノベーションは、値段が高く複雑なプロダクトを、多くの人が買える手ごろな価格に下げ、多くの人が購入して使用できる入手性の高いプロダクトに変換する。[p.50]」「このタイプのイノベーションは、市場だけでなく雇用も創出する。新しい消費者を伴って新しい市場が生まれると、そのプロダクトの製造、市場化、流通、販売、顧客サービスのためにより多くの人材が必要となるからである。市場創造型イノベーションが創出する雇用には『ローカル』と『グローバル』の2つがある。[p.51]」「ローカル雇用とは、本拠地の市場で必要な雇用を言う。・・・グローバル雇用は、・・・人件費の安い他国へ比較的容易に移転することができる。[p.51]」
・「第1章で、いま富裕な国の発展の道筋がすべて市場創造型イノベーションへの投資だったわけではないと述べた。国はそれぞれ規模も能力も特性も異なり、発展のための唯一の戦略はこれだと言い切ることはできない。しかし、今日の貧しい国に繁栄を生み出す最も有効な手段のひとつが市場創造型イノベーションであることはまちがいない。[p.53-54]」
・市場創造型イノベーションを成功させる5つのカギ:1、無消費をターゲットにしたビジネスモデル(「無消費とは、未来の消費者が(いまはまだ)プロダクト/サービスを購入し消費することができずにいる状態だ。[p.55]」)、2、実現をささえる技術(「実現技術(イネーブリング・テクノロジー)とは、従来より確実に低いコストでより高度なパフォーマンスを実現する技術を指す。[p.56]」)、3、新しい価値(バリュー)ネットワーク(「新しいバリューネットワークの創造を通して、企業は自社の提供する解決策が無消費者でも購入できるようにコスト構造を定義し直すことができる。[p.56]」)、4、緊急戦略(「新市場を創造する場合に、イノベーターは緊急戦略(柔軟戦略ともいう)を用いるのがふつうだ。まだ定義されていない市場を追求する場合、想定消費者の反応によって対応策が変わるからだ。計画的戦略(あるいは固定戦略)は、企業が市場のニーズをよく把握できている場合に用いられる。市場創造型イノベーションでは・・・ターゲットにしている新規顧客に積極的に学び、彼らから得たフィードバックに基づいて戦略を手直ししていかなければならない。[p.57]」)、5、経営陣によるサポート(「新市場を創出しようとする企業は当初、高い評価をもらえないことが多い。・・・既存の組織のなかで生き残るには、・・・CEOなど高い役職者のサポートが必要である。[p.57-58]」)
・「市場のおそらく最も重要な成果物は、新市場を母体として増強されていく『文化的変容』だ。・・・地域の住民が所有の機会によって、従来の問題(自分と家族を養い、社会での地位と尊厳を得るにはどうすればいいか)を生産的に、つまり、新市場に投資家や生産者、消費者として参加することで解決していけると理解したとき、彼らの社会への見方は変わる。[p.62]」

第3章、苦痛に潜む機会In the Struggle Lies Opportunity
・「無消費は、途方もないイノベーションのカギとなる。だが、無消費を見つけるには、ほかの人が見逃しているものをとらえる新しいレンズが必要だ。[p.72]」
・「無消費の原因となりうるバリアや制約には、おもにスキル、資産、アクセス、時間の4つがある。[p.77]」
・「片付ける必要のあるジョブは人生のなかで日々生じる。・・・片付けるべきジョブがあると気づくと、それを片付けるため、私たちは手を伸ばして、何かを自分の人生に引き入れようとする。私たちが商品を買うということは基本的に、なんらかのジョブを片づけるために何かを『雇用』するということだ。[p.80]」「市場創造型イノベーションは、片づけるべきジョブが片づいていないところから発生する。これまで不適切な解決策しかなかったり、解決策そのものが存在しなかった問題を解決できるかどうかに、イノベーションの成否がかかっている。[p.81]」「人は、満足のいかない方法でジョブを解決するプロダクト/サービスを『雇用』するよりは、それなしで、つまり無消費者のままでやりすごしがちだ。・・・本当のジョブを理解すれば、突如として市場にはたくさんの可能性が満ちているように見えるはずだ。無消費は、その地の人の苦痛や不便をイノベーションで解決できる大きな可能性があることを教えてくれる。[p.82]」
・「イノベーターは、新たな解決策を魅力的なものにしさえすれば顧客から受け入れられると考えがちで、その変化を妨げる強い力の存在には目を向けない。[p.84]」
・「従来の考え方では、成長と繁栄は消費経済のなかで模索するものだった。・・・消費経済ではなく無消費経済に集中することは、企業の新たな成長エンジンに点火するすばらしい機会になりうる。点火された成長エンジンは次に、地域に雇用と収入をもたらし、雇用と収入は最終的に、人が人生で成し遂げる進歩の助けとなる。直感に反するかもしれないが、多くの貧しい国に存在する無消費のなかに、市場創造型イノベーションを展開することは可能なのだ。[p.97]」

第4章、プル対プッシュ――2つの戦略Pull Versus Push: A Tale of Two Strategies
・「毎年、私たちは低~中所得国の開発支援に数十億ドルを費やしている。こうした資金はおもに、貧しい国を発展へと後押しするための資源を押し込む(プッシュ)目的で使われる。しかし、過去70年以上にわたって数兆ドル相当の資源をプッシュしたあとでも、貧しい国の多くは貧しいままで、以前より貧しくなった国すらある。[p.103]」「このような試みの多くには、発展の重要な要素であるイノベーションが欠けている。発展と繁栄が根づきはじめるのは、社会が必要とする資源を引き入れる(プル)イノベーションを展開したときだ。投資家や起業家、顧客、政府など経済のステークホルダーに利益をもたらす新しいイノベーションが登場すれば、彼らにはインフラや教育、ときには政策も含め、イノベーションがプルした資源を維持しようとする動機が生まれる。プル戦略の場合には、すでに市場が存在するという強みがあり、繁栄を長く持続させるには市場の存在が不可欠である。[p.104]」
・「巨大な無消費人口の要求を満たす市場を創造すると、そこには多くの資源が集まってくる。これがシンプルながらも強力な、プル戦略の原理だ。[p.121]」

第2部、イノベーションと社会の繁栄How Innovation Created Prosperity for Many
第5章、アメリカを変えたイノベーション物語America’s Innovation Story
・「19世紀のアメリカ・・・は・・・絶望的なほど貧しかった。現代のとくに貧しい発展途上国でも、当時のアメリカよりはいくぶん豊かといえる国がある。それほど貧しかった。・・・アメリカの成長物語の中心には、世界の数多くの国々を貧困から繁栄に導いた原動力、すなわち『市場創造型イノベーション』が存在していた。[p.135]」
・本章では、シンガー(ミシン)、イーストマン(コダック)、フォード、ジャンニーニ(バンク・オブ・アメリカ)による市場創造型イノベーションの事例が紹介され、著者は次のように述べています。「この4人と、ここでは取り上げないが大勢のイノベーターによる偉業は、アメリカ経済のみならず、世界経済にまでも巨大な波及効果をもたらした。起業家が大勢の無消費者を消費者に変える道を追求する、イノベーションという文化がアメリカ社会に浸透し、繁栄を生む好循環が始まったのだ。[p.139]」

第6章、アジアの繁栄How the East Met West
・第二次大戦とその後の朝鮮戦争を経て、日本や韓国をはじめとする東アジア諸国は極度の貧困にあえいでいた。[p.173]」「政府支援や輸出は、もちろん経済復興に不可欠な要因である。しかし、日本や韓国の成長を別の観点からながめてみると、そこに浮かぶのは輝かしいイノベーションの成功物語だ。・・・両国が私たちに教えてくれるのは、繁栄とは『一時の現象』ではなく『過程(プロセス)』であるということ、繁栄のためにはイノベーションへの継続的な追求が不可欠であるということだ。[p.174]」「われわれは、・・・たとえ厳しい環境下にあっても市場創造型イノベーションへの投資を優先することで貧困国に成長への道が開かれるということを学んだ。[p.200

第7章、メキシコに見る効率化イノベーションの罠Mexico’s Efficiency Problem
・「メキシコは決して貧しい国ではない。[p.211]」「数々の強みがありながら、メキシコはいまだ広範囲な繁栄を達成できないでいる。[p.212]」「ところが、イノベーションのレンズを通すと、ちがったものが見えてくる。メキシコは『効率化イノベーション』が集まる国なのだ。メキシコ企業も外国企業も、効率化イノベーションに成功の望みを託してきた。もちろん効率化イノベーションにも、投資家のキャッシュフローの確立、企業の業務効率の改善、納税による地元財政への貢献等、重要な価値がある。しかしそれだけでは、社会の長期的発展に不可欠な他の要素を引き入れたり、それらに資金を投じたりできるほどの大きさをもった市場を創造することはできない。結果として、効率化イノベーションが創出する雇用は、容易に別の場所に移転してしまうグローバル雇用が多くを占めることになる。[p.213]」
・「効率化イノベーションをベースにした戦略では、企業は既存の資源や新たに獲得した資産をできるだけ効率よく活用しようとする。ただし、プロダクトの販売先は消費経済であり、市場にすでに存在する商品を購入する余裕のある消費者が対象である。消費経済は人口が増えた分しか市場が大きくならないので、企業は限られたパイを他者と争うしかなくなり、やがてコスト削減によってプロダクトのマージンを増やすことに重点を置きはじめる。アウトソーシングも効率化イノベーションの具体的な例だ。[p.216]」「効率化イノベーションは本質的に地域に根づく力が弱く、よい学校や道路、医療システムなど、経済発展に不可欠な要素を引き込んで活力ある市場を生み出していく土壌とはならない。[p.217-218]」「メキシコは世界10位近辺にランクされる産油国であり、長年にわたってアメリカに莫大な量の原油を輸出してきた。[p.218]」「資源採取産業は効率化イノベーションの権化たる存在だ。企業の経営陣は、極限までコスト効率を上げようとする。企業にとっては望ましい姿かもしれないが、・・・通常は、国の経済発展にはつながりにくい。資源採取企業が経済の中心をなす国では、それだけでは生計を支えられる職を十分には生み出せないため、別の分野で雇用を創出する必要が出てくる。[p.219-220]」「効率化イノベーションだけに頼っていたのでは、あと1歩のラインを超えることはできない。[p.228]」

第3部、障壁を乗り越えるOvercoming the Barriers
第8章、イノベーションと制度の関係Good Laws Are Not Enough
・「法が尊重されず、制度が欠如した状態は、貧困国をむしばむ疫病である。これまでの社会通念では、成長を望む貧困国は制度の不備を正し、なるべく欧米式のシステムを採用することが望ましいとされてきた。・・・そのため、制度を改善する目的で、毎年何十億ドルという投資が貧困国に投下されつづけている。結果的に欧米式の制度が貧困国に押しつけられるかたちとなり、押しつけられた制度は、何も効果を上げないどころか、腐敗の温床となって終了する。たんに規則や規制を並べるだけでは制度は機能しない。制度は地域の習慣や文化と密接にかかわり、制度の心臓部は人の価値観を反映しているからだ。だからこそ、制度はその地域で育まれなければならない。この過程でイノベーションは重要な役割を果たすことができる。[p.234-235]」
・「経済的繁栄を達成するには、イノベーションと制度改革のどちらにまず取り組むべきかという問題があり、多くの識者が、先行すべきは制度であると断言している。・・・その見方にもたしかに一理ある。一方で、その主張にはいくつかの問題点もある。優れた制度は構築にも維持にも大きなコストがかかるのに、それを生かせる市場がないまま導入したとしても、コストに見合うだけの効果は上げられない。・・・直感に反するかもしれないが、地域経済をまず成長させるように手助けすれば、文化と制度の変化はあとからついてくるとわれわれは考えている。[p.249-250]」

第9章、なぜ腐敗は「雇用」されつづけるのかCorruption Is Not the Problem: It’s a Solution
・「世界中で腐敗がこれほど頻発しているところを見ると、たんなる道徳心の問題なのか疑問が湧いてくる。・・・今日の富裕国のほとんどは、新規市場を創造したり、既存市場と結びつけたりするイノベーションが登場したのちに、腐敗を防止する法を整備してきた。[p.266]」
・「腐敗とは、よい選択肢の少ない地域で生きる人にとって、実用上、他の方法より少しはましな対処策であって、『片づけるべきジョブ』のために――より具体的には、特定の環境下で人の『進歩』を後押しするために――雇用されるものなのだ。[p.268]」
・「腐敗を減らすために何ができるだろうか。人が腐敗を『雇用』するのは生活を進歩させるためであるとの理解に立って、われわれは次の2つを提案する。第一に、『腐敗と闘う』という考え方をやめてみること。腐敗の代わりに雇用できる代替手段を用意しなければ、腐敗を抑えることはきわめてむずかしい。[p.287-288]」「第二の提案は、腐敗の発生する余地を小さくするために、業務の統合と内部化をつうじ、コントロールできるものにコントロールを集中させることだ。コストを管理し業務の予測可能性を高めるうえで、垂直統合あるいは水平統合が重要であることはよく知られている。・・・組織のビジネスモデルをより多く内部化するほど、腐敗を減らすチャンスが増える。[p.289]」
・「ここで言いたいのは、腐敗から目を背け、市場創造型イノベーションがいつか駆逐するまで黙って待てということではない。腐敗を減らしたいのなら、従来の取り組みを市場創造型イノベーションで補完する努力が必要だということだ。[p.293]」

第10章、インフラのジレンマIf You Build It, They May Not Come
・「インフラを整備しなければ繁栄はないという考え方には、『確固としたインフラ開発を支えるものは何か』という重要な視点が欠けている。・・・新しい市場を創出する、あるいは既存の市場を支えるイノベーションの促進に取り組まないかぎり、多くのインフラプロジェクトは失速する可能性が高い。[p.300]」
・「貧しい地域に押しつけられる多くのインフラプロジェクトは、その建設と維持管理を正当化できるだけの価値を保管または分配できていない。・・・あるインフラで保管または分配される価値が資金を充分に獲得できなければ、そのインフラプロジェクトは失敗する可能性が高い。そのような状態が続くと、貧困国は大規模なインフラプロジェクトの資金を借金に頼るしかなくなり、債務の泥沼から抜け出せなくなる。[p.313]」
・「起業家や開発業者、政策立案者など、経済開発のステークホルダーが、インフラを必要とする市場の開拓に取り組むと、インフラはただ存続するだけでなく大成功する可能性が高くなる。市場創造型イノベーションによって引き入れられたインフラは、当初は『そこそこ』の質であることが多いが、・・・市場が成長していくにしたがい、インフラの質も改善されていくのだ。[p.320]」

第4部、イノベーションにできることWhat Now?
第11章、繁栄のパラドクスから繁栄のプロセスへFrom Prosperity Paradox to Prosperity Process
・「市場創造型イノベーションは私たちの抱える深刻な問題を解決に導き、その過程で、貧困に苦しむ多くの国々の経済に成長の火を熾すことができる。市場創造型イノベーションには、雇用を生み、インフラや制度を引き入れ、将来の成長の強力な基盤となり、触媒として作用する力がある。われわれがこの本を書いたのは、繁栄を創出するイノベーションの可能性を知ってもらうためだ。[p.340]」
・「発展や繁栄へのとらえ方を変えうるイノベーションの原則を以下にまとめる。1、どの国にもすばらしい成長の可能性がある、・・・2、すでに市場に存在するプロダクトのほとんどは、入手しやすくすることで、新しい成長市場を創造する可能性がある、・・・3、市場創造型イノベーションはたんなるプロダクト/サービスではない・・・新しいインフラや制度を引き込み、地域の雇用を創出する力をもった、システム全体を指す・・・、4、プッシュではなくプルを重視する・・・5、無消費をターゲットにすれば、規模の拡大に費用がかからない・・・消費経済のなかで規模の拡大を図ろうとするのなら、実現はかなりむずかしい[p.340-343
・「本書が完璧ではないことをわれわれ執筆チームは理解している。この本は完成形ではなく始まりと考えている。[p.346]」「われわれはイノベーションの力を信じている。より細かく言うなら、市場創造型イノベーションに投資することが、今日の貧困国に繁栄をつくり出す最も大きなチャンスであると信じている。それは繁栄のパラドクスに対する解決策であり、私たちの時代で、パラドクスの進行を食い止められるはずだ。[p.347]」

巻末付記、新しいレンズで見る世界The World Through New Lenses
・市場創造と無消費のレンズを通して見た事例紹介。
・「イノベーションに投資すること、より具体的には、新しい市場を創造することは、莫大な利益を得るためだけでなく、地域を持続的に発展させるために私たちにできる最も重要なことのひとつだ。世界は機会であふれている。正しく見さえすれば。[p.389]」
---

本書の指摘で特に興味深く感じた点は、市場創造型イノベーションの影響力の大きさとプル戦略の意義です。もちろん、著者が指摘しているように、本書で述べられた考え方は完成形ではなく、繁栄の原因は他にも考え得るかもしれません。しかし、市場創造型イノベーションが社会を変えるほどの大きな力を持ちうることは確かなことのように思えます。実務家としても、市場創造型イノベーションの重要性は決しておろそかにすべきではないと感じます。

プル戦略については、真のニーズに基づいて必要な資源を引き入れる、という点で、ニーズを強く意識したイノベーションの進め方との共通性が感じられました。さらに、計画指向のプッシュ戦略に対して、創発的なプル戦略という意味もあるでしょう。ニーズのあるイノベーション、ニーズとシーズの一致は、成功するイノベーションの条件としてよく指摘されますが、こうした視点の重要性を改めて認識させられたように思います。

本書は社会の繁栄を議論したものではありますが、企業や組織の繁栄を考える上でも重要な示唆が含まれているといえるのではないでしょうか。企業にとって収益性は確かに重要ですが、収益性を超えた「繁栄」も考慮に入れたうえでイノベーションを考えることも大切なのではないかと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, Efosa Ojomo, Karen Dillon, 2019、クレイトン・M・クリステンセン、エフォサ・オジョモ、カレン・ディロン著、依田光江訳、「繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学」、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019.
原著表題:The Prosperity Paradox: How Innovation Can Lift Nations Out of Poverty