「研究開発マネジメントの知識と不確実性に基づく研究マネジメント」
はじめに
第1回
1、研究開発とはどのようなものか:研究開発マネジメント実践の観点から認識しておくべきこと
1.1
、研究開発とは?
第2回第4回
1.2
、研究開発と不確実性第5回第6回
1.3
、研究開発活動に伴う内生的な不確実性第7回
1.4
、研究開発活動に伴う外生的な不確実性、1)外生的な不確実性を考える際のポイント、2)研究開発における外生的な不確実性
第8回

前回(第8回)では、研究開発において考慮すべき不確実性のうち、企業がコントロールできない不確実性である「外生的」な不確実性についてそのポイントを整理しました。今回は、外生的な不確実性のなかでも比較的よく検討されている「競争」について考えてみたいと思います。

3)
外生的な不確実性と競争
企業活動においては、競争は様々な場面で発生します。そのため、企業の成功と競争の関連性については多くの検討がなされていますが、従来の考え方では必ずしも「競争」は「不確実性」や研究活動と直接結びつけられて考察されてはいないように思います。しかし、競争も不確実性の要因のひとつという視点で考えると、従来の競争に関する考え方は研究開発を考える場合にも役に立つ点があるのではないでしょうか。一方で、通常の企業活動における競争の考え方を安易に研究活動に適用することには危うさもあるように思いますので、ここで競争についての考え方を整理しておきたいと思います。

競争激化の社会的背景
まずは、研究開発をとりまく近年の競争環境について見ておきましょう。丹羽氏は、現代科学技術の特徴として技術の普遍性を挙げています[文献1、p.11]。ここでいう普遍性とは、産業革命後、技術知識の体系化と公開化が進んだことにより、技術が広く世界中で高度に発展し普及するようになった[文献2、第3章(文献1、p.12による)]ことにより、技術が時間や空間の制約を超えて、世界万民に等しく開かれた状態となっていることを指しており、技術が普遍的であるということは、世界中の大学や企業研究所などで同じような技術の研究や開発が実施されている可能性が高いことを意味している[文献1、p.12]、とされています。世界中で、というのはややおおげさな気もしますが、少なくとも業界の先端に近い研究機関では、あちこちで同じような課題に取り組んでいることは実際によくあることで、似たような研究が似たような時期に独立に発表されるという例は、現代に限らず多く存在します。最近は世界全体の技術力の向上とともにコミュニケーションの発達もあって、このような競争状態はさらに起きやすくなっているのではないでしょうか。

競争と戦略
上述したような競争激化は近年の傾向であるとしても、企業をとりまく環境を分析して戦略を立てることは古くから行なわれています。例えば、SWOT分析では、
「『強み』『弱み』『機会』『脅威』を考えて戦略を作る[文献3、p.161]」ことが提案されていて、このうち、機会と脅威の分析には企業を取り巻く競争的環境の把握が重要になると考えられます。

このような競争的環境をさらに深く考察したのが、
第8回でも述べたPorterの競争戦略(SCP理論)と言えるでしょう。これは、競争を駆動する5つの力として、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況を考え、それらに基づく機会と脅威を考慮して戦略を構築するという考え方です[文献4、(文献5、p.93による)]

一方、企業が持つ経営資源が競争優位にとって重要だとするリソース・ベースト・ビュー(RBV)という考え方があります。これは、「競争優位とは『他社にはできない価値創造戦略を起こす力』のことであり、・・・命題1:企業リソースに価値があり(Valuable)、稀少な時(rare)、その企業は競争優位を実現する。命題2:さらにそのリソースが、模倣困難(inimitable)で、代替が難しい(non-substitutable)時、その企業は持続的な競争優位を実現する[文献6]」というものです。ちなみに、このリソースは、SWOT分析の「強み」「弱み」と強く関連しているように思われます。

これらの考え方に対して、やや異なる視点に基づいた競争の考え方も提案されています。例えば、「従来の競争理論は、競争を『避けるべきもの』としてとらえ」、「差別化や参入障壁を築いてライバルとの直接競争を避け、競争環境を独占状態に近づけられる企業ほど、収益が高まる」と考えるのに対して、「ライバルとあえて競い合うことで、互いを高め合う」とする、「レッドクイーン理論[文献7]」と呼ばれる考え方が挙げられます。

このように様々な競争の考え方がある中、どれか一つの考え方で競争の性質を理解し、競争への対応を考えることは困難なように思われます。そこで、ここでは競争環境を3つの型にわけて、適切な戦略はそれぞれの環境によって異なる、とする考え方をご紹介したいと思います。その考え方によれば、3つの競争の型とは、①IOIndustrial Organization、産業組織論)型、②チェンバレン型(Chamberlainian competition)、③シュンペーター型(Schumpeterian competition)となります。①IO型とは、「産業構造・特性が大きく変化せず、規模の経済・差別化が機能しやすい競争構造[文献7]であり、②チェンバレン型とは「複数企業が、そのフィールド内で切磋琢磨して競争する状態[文献7]」、③シュンペーター型とは、「新しい技術、グローバル化、規制緩和などにより業界の垣根が下がり、異業種が参入するなどして、大きな変化が起こり続ける競争環境[文献7]」とされます。そして、①IO型ではSCP理論が提示する戦略が機能しやすく、競争を避ける戦略が有効とされます。一方、②チェンバレン型では「厳しい競争の中でどのように『勝つ差別化をするか』・・・そのために重要なのは企業の持つ技術、知識、ブランド、人材などのリソース[文献8]」(RBVの主張)とされています。③のシュンペーター型では、「『ある程度将来が予見できる』という前提で成立しているSCPRBVは、通用しにくくなる[文献8]」ため、「事前に練られた精緻な戦略よりも、むしろ『さまざまな試行錯誤をして、いろいろなアイデアを試し、環境の変化に柔軟に対応する』[文献8]」ことが必要とされると考えられています。この時、特に①IO型の環境で進化が必要とされなかった企業や、②のチェンバレン型の環境で同業他社との競争によって技術を深化させてきた企業がシュンペーター型の環境に移行せざるをえなくなる場合、大きな環境変化への対応に苦労することになると予想されています。(例えば、入山氏は「切磋琢磨がガラパゴス化を生む」と表現しています。[文献7]

一時的な競争優位の戦略
上述のように3つの競争の型を考えると、近年では競争の型が①IO型や②チェンバレン型から③のシュンペーター型に変化しつつあるように思われます。それに伴い、有効な競争戦略も安定的で予見性のあるものから変化しつつあるようで、持続的な競争優位を確保すべきという従来の考え方も変わりつつあるようです。例えば、マグレイスは2013年の著書、「競争優位の終焉」[文献9]で次のように述べています。「現在用いられている戦略のフレームワークやツールはほぼすべて、ある一つの考え方に支配されている。つまり、戦略の目的は持続する競争優位の確立だというものである。・・・本書で私は、この『持続する競争優位』という概念に立ち向かい、経営陣はそれに基づく戦略論を放棄する必要があると訴える。かわって、『一時的な競争優位』に基づく戦略について展望する。不安定で不確実な環境で勝つためには、経営陣はつかのまの好機を迅速につかみ、かつ確実に利用する方法を学ばなければならない。[文献9、p.iii]」「持続する優位性という想定が生み出す安定重視の姿勢は、命取りになりかねない。・・・熾烈な競争環境では、変化ではなく安定こそがもっとも危険な状態なのである。・・・安定という仮定はあらゆる間違った反応を引き起こす。既存のビジネスモデルに沿おうとする惰性と力を強める。人々の精神を型にはめ、習慣に従わせる。縄張り争いや組織の硬直化を招きやすい状況をつくる。イノベーションを妨げる[文献9、p.8-9]」。マグレイスは持続的な競争優位を狙うという考え方の問題点を指摘していますが、その狙いにより環境要因も持続的で安定的であると誤解してしまう、という問題点も指摘しているものと考えてよいと思います。

競争優位確保のための具体的方法論の例
このように、競争の状況や、競争への対応の考え方は変わりつつあるとはいえ、差別化や参入障壁によって競争を避け、独占に近い状態を作ることで有利な状況を生み出す手法は現在でも有効な場合があると思われます。以下、そうした考え方も含め競争優位確保のためのいくつかの方法を見てみましょう。
・競争を避けようとする考え方の例としては「ブルー・オーシャン戦略」[文献10]が挙げられます。ブルー・オーシャン戦略は必ずしも研究開発を対象にしたものではありませんが、1)市場の境界を引き直す、2)細かい数字は忘れ、森を見る、3)新たな需要を掘り起こす、4)正しい順序で戦略を考える、5)組織面のハードルを乗り越える、6)実行を見すえて戦略を立てる、という6つの原則[文献10、p.43]により、競争のない未知の市場空間を開拓することによって、競争を無意味にする[文献10、p.31]ことを目指しています。この時、注意すべきなのは、単に競争のない市場を探して進出するということではなく、今までになかったような市場や新たな価値提案を行なうべきだということでしょう。そういう意味では、研究開発やイノベーションの進め方と基本的な考え方は同じであるように思います。
・競争相手との資源の違いを活用する方法も考えられます。組織における人間の発想は、その組織が持つ人材、技術、知識、情報(置かれた環境の違いも当然反映されます)、設備、提携関係などの資源の影響を受けます。従って、資源が異なれば違う発想が生まれる可能性も高くなるでしょう。競争相手の意図を考える際にも、競争相手がどんな資源を持っているかは重要なヒントになります。なお、外部の資源を有効利用して研究開発を行なうオープンイノベーションやイノベーションエコシステムを想定する場合には、どんな企業と協力関係にあるかも資源として考慮する必要があるでしょう。想定される競争相手が保有していないと考えられる技術要素、資源、競争相手が気づきにくいと考えられるニーズに基づくアイデアなどが差別化の要因になり得ます。
・非対称的モチベーション[文献11、p.42](不均等の意欲[文献12、p.114,501])を活用する:Christensenらによる破壊的イノベーションの理論において、不均等の意欲とは、「ある企業が、別の企業にはその気のないことをするときの状態[文献12、p.501]」とされています。破壊的イノベーションは、既存企業にとって魅力のない市場、気づかない市場に新興企業が参入することによって起こる場合がありますが、この時、既存企業が参入する意欲のない新市場は、新興企業にとっては競争のない市場(少なくとも強大な資源を有する既存企業とは競合しない市場)ということになります。
・セレンディピティーを活用する:自らと競争相手に同じタイミングで偶然の発見が訪れる可能性は低いでしょう。従って、偶然によるセレンディピティーを活かすことができれば、競争相手との差別化が可能です。もちろん、偶然をコントロールすることはできませんが、偶然によるチャンスを生かす能力を磨くことによって、競争相手が保有しない技術要素を身につけられる可能性があります。
・自社と競争相手の環境要因や意図が似ていても、マネジメントの方法を工夫することで、競争相手より優れたアイデアを発想できる場合があります。例えば、技術要素は同じでもビジネスモデルを工夫する、外部の知識を内部の知識と組み合わせて活用する(模倣も含めて)、組織の多様性を高め多様な知識の組み合わせを模索する、失敗事例からうまく学習するなど、従来の仕事のやり方を見直すことも、競争相手にはできない差別化につながる可能性があります。競争相手の意図を探る場合には、競争相手がマネジメント上の工夫をしているか、新しいマネジメント手法の活用に積極的な人材がいるかどうかもチェックする必要があるでしょう。

研究が本来的に持つ不確実性や競争相手の存在を考えると、論理的な思考に基づいて立てた戦略が必ずしも有効であるとは限りません。もちろん、論理的な分析と思考が有効な場合もありますので、論理的な推論が無駄とはいえませんが、自分が考えることは、たいてい競争相手も同じように考えている可能性があります。従って、論理的思考だけで競争相手より優位に立つことは難しい可能性があることはよく認識しておく必要があるでしょう。イノベーションの成功のためには、単に狙った技術を実現するだけではなく、競争相手より優れた価値を提供することが必要なことを考えると、まずは、どのような競争環境にあるかを理解し、競争相手の存在を認識してその意図を予測することで競争相手がどう動くかを想像し、それに対応した戦略を立てることが必要なように思われます。さらに、競争の状況を含む環境要因は変化するものであることを前提に、環境を含む外生的な不確実性を認識して対応する努力をすることで研究の成功確率は上げられるのではないかと思います。


文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献2:Drucker, P.F., 1961、上田惇生編訳、「テクノロジストの条件」、ダイヤモンド社、2005.
文献3:淺羽茂、入山章栄、内田和成、根来龍之、「ビジネスマンの基礎知識としてのMBA入門2 イノベーション&マネジメント編」、日経BP社、2018.ブログ記事へ
文献4:Porter, M.E., 1980、土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳、「(新訂)競争の戦略」、ダイヤモンド社、1995.
文献5:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・パビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献6:入山章栄、「世界標準の経営理論 第4回 リソース・ベースト・ビュー」、Diamond Harvard Business ReviewDecember 2014p.126.
文献7:入山章栄、「世界標準の経営理論 第34回 レッドクイーン理論」、Diamond Harvard Business ReviewJuly 2017p.132.
文献8:入山章栄、「世界標準の経営理論 第5回 競争の型を見極める重要性」、Diamond Harvard Business ReviewJanuary 2015p.144.
文献9:Rita Gunther McGrath2013、リタ・マグレイス著、鬼澤忍訳、「競争優位の終焉 市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける」、日本経済新聞出版社、2013.ブログ記事へ
文献10:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.
文献11:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献12:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、クレイトン・M・クリステンセン、スコット・D・アンソニー、エリック・A・ロス著、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.(現在は櫻井祐子訳による改訳版「イノベーションの最終解」、翔泳社、2014が市販されていますが、本ブログ記事での引用部分は旧訳によるものです)