イノベーションをうまく行なうためには、知の探索と知の深化を両立させる「両利きの経営」が望ましいということはよく指摘されます。新しいことに挑戦したり、新しいことを発見するには探索が必要なことはよくわかりますし、一方で、既存の知識をうまく活用し、知識を深化、発展させてよりよいものを創造することも必要でしょう。しかし、それを実践しようとすると、具体的にどうバランスをとり、どうすれば両方を同時に追い求めることができるのかがわかりにくく、実践しにくい、というのも事実のように思われます。

今回ご紹介する、オライリー、タッシュマン著「両利きの経営」[文献1]では、この問題が議論されています。本書解説の入山章栄氏によれば、本書は「おそらく世界で始めてambidexterity(両利きの経営)を明示的に中心テーマにしており、しかも、その第一線の研究者が書いた本[p.2]」とのことであり、実践家にとっても有意義な示唆が多く含まれていると感じました。以下、本書の中から特に重要と感じた点をご紹介したいと思います。

はじめに
・「成熟事業の成功要因は漸進(インクリメンタル)型の改善、顧客への細心の注意、厳密な実行だが、新興事業の成功要因はスピード、柔軟性、ミスへの耐性だ。その両方ができる組織能力(ケイパビリティ)を『両利きの経営(ambidexterity)』と私たちは呼んでいる。・・・『イノベーションのジレンマ』を克服する解決策があると、多くの人が主張してきたが、私たちの考えでは、真の鍵は両利きの経営にあるのだ。[p.29]」

I部、基礎編――破壊にさらされる中でリードするThe Basics: Leading in the Face of Disruption
第1章、イノベーションという難題Today’s Innovation Puzzle
・著者は、成功を永続させる企業がある一方で、成功を継続できずに滅びてしまう企業が存在する理由について研究し、成功を継続できた企業は「ダイナミック・ケイパビリティ、すなわち『企業が急速に変化する環境に対応するために、内外のコンピテンシーを統合、構築、再構成する能力』をうまく活用することができた[p.48]」とし、「こうした企業には、成熟事業における既存の資産と組織能力を有効活用し、必要に応じて、それを新しい強みにつくり替えることに前向きで、かつ、実際にやってのける『両利きの経営』のできるリーダーが存在した[p.49]」と述べています。
・「私たちにとっては、当然ながら、短期的成功がはるかに保証されている深化のほうがよい。探索はそもそも非効率的で、リスクが高く、とにかく怖いのだ。しかし、探索に取り組まない企業は、変化に直面したときに破綻する可能性が高い。短期的なバイアスによって、『老舗企業は常に深化に専念し、すでに知っていることの活用にかけては腕を上げていく。それで短期的に優勢になるが、徐々に力を失い、つぶれてしまう』とマーチは結論づけた。[p.52-53]」

第2章、探索と深化Explore and Exploit
・「効率性とコストに基づく競争で勝利を飾るのはたいてい、バラツキを減らし、漸進型イノベーションの促進に最も成功している組織だ。市場が急変する状況下で成功するためには、迅速な実験や適応が最もうまくできるような調整が必要になる。[p.74]」
・「ある戦略で成功した調整は、別の戦略には有害になることもある。・・・何よりも、企業戦略には有効期限があるのだ。・・・ある時点で組織を成功に導いた調整が、別の時点では危険にさらす元凶となるかもしれない。誇り高き伝統を持つ優良企業ほど、『サクセストラップ』と私たちが呼ぶものに対して、最も脆弱だったりするものだ。[p.74-75]」「公式なコントロールシステムの調整(構造や指標など組織的ハードウェア)は、戦略をうまく実践するうえできわめて重要だ。しかし、そのせいで組織的な惰性も醸成され、明らかに脅威に直面しているのに変革が難しくなってしまう。・・・リーダーが必死に培ってきた構造的、文化的な惰性によって突然、新しいビジネスモデルの実行や適用ができない状況になっているのだ。[p.82]」
・「探索と深化とでは必要とされることが違うとすれば、サクセストラップへの答えは、複数の調整をマネジメントする必要性をマネジャーが認識することだ。[p.84]」

第3章、イノベーションストリームとのバランスを実現させるAchieving Balance with Innovation Streams
・「変化に直面した組織が生き残るには、リーダーは相矛盾する二つの重要なことをやってのけなくてはならない。それは、継続的な漸進型のイノベーションや変革を通じて、既存の資産と組織能力を深化すること。そして、既存の資産と組織能力が新規参入者に対する競争優位となりうる新しい市場や技術を探索することだ。[p.111]」
・「なぜ時間が経っても生き延びる組織もあれば、存続できない組織もあるのかという理由を探るうえで、直接関係してくるのが最近の進化生物学の研究だ。[p.138]」「進化論の三つの基礎は、『多様化(variation)』(有機体や組織が違う特徴を持つ)、『選択(selection)』(これらの違いによって、その有機体が生き延びる能力に差が生じる場合がある)、『維持(retention)』(ある世代から次の世代へと、有益な特徴が受け継がれる可能性がある)だ[p.139]」。(VSRプロセスと呼ばれる)
・「組織レベルで生き延びる場合、事業部門全般で起こる多様化と選択のプロセスが作用する。・・・このプロセスはランダムな多様化ではない。多様化、選択、維持という意図的なアプローチであり、既存の資産と組織能力を用いて、新しい機会に対処するために再構成する。これが明確に行なわれると、計画的に投資をして、組織学習を促進し、その結果として、企業の『学習方法を学ぶ』能力として特徴づけられる反復可能なプロセスになっていく。[p.139]」「このため、何度も探索と深化ができる組織のほうが、それができない組織よりも、生存確率が高くなるのだ。[p.140]」
・イノベーションストリーム:「イノベーションを起こすときには、①新しい組織能力を身につける必要がある場合・・・と、②新しい市場・顧客の組み合わせに対応する場合・・・があった。[p.142]」この2軸でイノベーションの方向性を議論するのがイノベーションストリーム。
・領域A 既存の組織能力、既存の市場:「基本的に深化にあたる。・・・惰性のせいで新しい製品・サービスが危険にさらされると、会社がつぶれてしまうかもしれない。[p.149]」
・領域B 新しい組織能力、新しい市場:「最も破壊的で脅威となる変化・・・。[p.149]」「通常、既存の従業員とは異なるモチベーションや新しいスキルを持った人々を雇い入れること、試行錯誤をしながら学習し、社内で新しい組織能力を開発すること、新しい事業や文化の融合も伴う企業合併やライセンス許諾を通じて獲得することなどを組み合わせなくてはならない。[p.154-155]」
・領域C 新しい組織能力、既存の市場:「新しい組織能力の開発が求められるので、領域Bの課題の多くを伴うが、すでに知っている市場・顧客に新しい製品・サービスを届けるので難易度は少し低くなる。[p.155]」
・領域D 既存の組織能力、新しい市場:「市場が新しいため、顧客ニーズが異なっていたり、未知のものだったりする。・・・見かけは簡単そうでも、予想外の結果になることが多い。[p.159]」
・「組織のリーダーが既存事業の成功を深化させながら、既存の組織能力を活用して新市場を探索する両利きの経営を行って初めて、長期の成功がもたらされる。・・・企業が成熟市場で勝つために必要なことは、新しい市場や技術に必要なこととほぼ正反対といってもよい。さらに悪いことに、深化で成功すると往々にして、探索がうまくいかなくなるのだ。[p.165]」
・「月並みかもしれないが、ここでマネジメントとリーダーシップの違いを挙げるとしっくりくる。マネジメントは現状を維持し改善する。組織内に浮上する多くの『間違った』考えを回避するのだ。しかし、リーダーシップをうまくとっていくには、隅々まで見渡し、現状を不安定にさせることもあるが実験を行っていかなくてはならない。上級リーダーたちが優秀なマネジャーになったとき、組織は危険にさらされる。[p.168-169]」
・「深化では効率性、生産性、差異を減らすことが強調されるのに対し、探索はその反対で、要求水準の高い調査、発見、差異を増やすことが重要になる。この洞察は、長年の組織研究でも実証されてきた。・・・要するに、異なる調整が求められるのだ。[p.169]」

II部、両利きの経営――イノベーションのジレンマを解決するAmbidexterity In Action: Solving the Innovator’s Dilemma
第4章、六つのイノベーションストーリーSix Innovation Stories
・「ある事業が成熟事業と新規事業の両方で競争に打ち勝つ――すなわち、既存の資産と組織能力を深化しながら、それらを使って新しい資産や組織能力を創出してこそ、長期的に成功することができる。残念ながら、規模の大きな成功企業は自らの成功の犠牲になってしまうことが多い。[p.177]」「サクセストラップの根本原因は、組織的な調整力ならびに構造上や文化的な惰性におおむね関係している。これらは戦略と実行が密接に結びつくと生じやすい。皮肉にもリーダーは戦略を首尾よく実行するために自社組織・・・の調整を図らなくてはならないが、まさにその調整によって変革が難しくなりうるのだ。[p.177]」
・六つの事例の共通点:「最も重要な共通点は、探索ユニットが大組織の資産を活用でき、それが競争優位につながった、ということだ。[p.228]」「第二の共通点は、・・・上位層が支援していたことだ。・・・支援が手薄になれば、探索ユニットは苦境に追い込まれてしまうことが多い。・・・経営陣が果たすもう一つの重要な役割は、新規事業と成熟事業の間のインターフェースを管理して、必ず起こってしまう対立を解決することだ。[p.229]」「第三の重要な共通点は、探索ユニットを大組織から分離させることの重要性だ。[p.230]」
・「慣性の力に打ち勝つためには、両利きの経営のリーダーが実行しなくてはならない重要事項が少なくとも三つある。①新しい探索事業が新規の競合に対して競争優位に立てるような、既存組織の資産や組織能力を突き止める。②深化事業から生じる惰性が新しいスタートアップの勢いをそがないように、経営陣が支援し監督する。・・・③新しいベンチャーを正式に切り離して、成熟事業からの邪魔や『支援』なしに、成功に向けて必要な人材、構造、文化を調整できるようにする。[p.232-233]」

第5章、「正しい」対「ほぼ正しい」Getting It Right Versus Almost Right
IBMの成功事例とシスコの失敗事例の比較:「異なるのは、細かな実行のところであり、これが成功と失敗の分かれ目となった。[p.274-275]」「シスコのプロセスはIBMと同じく、トップのコミットメントで始まっている。・・・しかし、IBMの・・・プロセスが、新しいベンチャーを見定め、資金を提供し、発展させ、必要に応じて中止するという規律あるアプローチをとっていたのに対し、シスコはガバナンス(統治)の厳格さを欠いていたのだ。新規事業のアイディアを出し、ふるいにかける体系的手法はあったが、これらのプロジェクトの焦点を厳格に定め、監督することはしていない。IBMでは、新しいベンチャーの人員配置を慎重に行い、会社全体で新しいベンチャーの年間件数に制限を設けている(年間3~4件、最大でも10~12件)。シスコでは30~40案もあり、マネジメントの注意と資源を奪い合うことになった。・・・マネジメントの負荷が増し、意思決定が遅くなった。[p.275]」「IBMでは、規律的な資金提供プロセスや入念なマイルストーンのモニタリングがあったのに対し、シスコの新しいベンチャーは事業部門ユニットから資金調達先を探さなくてはならない。この結果、すぐに焦点がぼやけ、新プロジェクトの多くは資金不足に陥ったのだ。[p.275-276]」

III部、飛躍する――両利きの経営を徹底させるMaking the Leap: Bringing Ambidexterity Home
第6章、両利きの要件とは?What It Takes to Become Ambidexterity
・「両利きの経営の成功事例に共通することを考えてみると、4つの構成要素が見つかる。・・・①探索と深化が必要であることを正当化する明確な戦略的意図。・・・②新しいベンチャーの育成と資金供給に経営陣が関与し、監督し、その芽を摘もうとする人々から保護すること。③ベンチャーが独自に組織構造面で調整を図れるように、深化型事業から十分な距離を置くとともに、企業内の成熟部門が持つ重要な資産や組織能力を活用するのに必要な組織的インターフェースを注意深く設計すること。・・・④探索ユニットや深化ユニットにまたがって共通のアイデンティティをもたらすビジョン、価値観、文化。[p.282-283]」
・「私たちが行った両利きの組織の設計をめぐる実証研究では、両利きの経営のために機能横断型チームを起用しても不成功に終わることがわかった。必要な調整を展開できるのは、探索ユニットを分離したときに限られ、機能横断型チームやプロジェクトチームではうまくいかないのだ。[p.306]」
・「全体として、私たちの経験上、両利きの経営ではこの4要素が重要である。もしこれらが欠けていれば、どれほど善意あふれる支援者がいようとも、より大きな組織が持つ慣性の力によって探索的な取り組みはことごとくつぶされてしまうだろう。とはいえ、こうした構成要素が揃っていれば成功が保証されるわけでもない。[p.306]」「研究結果によると、より多くの資源を持ち、激しい競争にさらされている企業にとって、両利きの経営がより役立つのは、不確実な状況(たとえば、市場と技術が変化している状況)に置かれているときだ。[p.307]」

第7章、要としてのリーダー(および幹部チーム)Leaders (and Their Teams) as Linchpins
・「卓越したリーダーは、・・・相互に関係する5つの原則を用いていた。[p.330]」
・「第一原則 心に訴えかける戦略的抱負を示して、幹部チームを巻き込む。・・・戦略的抱負は、探索事業と本業が共に繁栄するコンテクストをもたらす。[p.330-331]」
・「第二原則 どこに探索と深化との緊張関係を持たせるかを明確に選定する。・・・幹部チームは、歴史ある本業と未来志向の探索活動との間の葛藤を理解し認めなくてはならない。・・・派閥間の葛藤をうまく管理しないと、イノベーションをつぶしたり、傍流においやったりすることでしか『解決』できなくなる。[p.332]」
・「第三原則 幹部チーム間の対立に向き合い、葛藤から学び、事業間のバランスを図る。・・・効果的に両利きの経営を進めているリーダーは、探索と深化を同時に行うことの戦略的なメリットを明確にし、チームがオーナーシップを持って取り組めるように支援するのだ。そうすれば、チームは対立している問題を議題に挙げ、みんなで解決を図るようになる。妥協点を探るのではなく、全体的な議題を前進させる方法を探していくのだ。[p.334-335]」
・「第四原則 『一貫して矛盾する』リーダーシップ行動を実践する。両利きの経営のリーダーは、あるユニットには利益と規律を求めながら、別のユニットには実験を奨励する。一方の事業では戦略を支援しながら、他方の事業ではカニバライゼーションを追求させるのだ。こうしたリーダーは定義上、時間軸や優先順位(利益の最適化、シェアの拡大、構築)において矛盾をはらみつつ、探索と深化の戦略を実行していく。[p.335]」「この一貫して矛盾する行動は、全社的な戦略的抱負のおかげでまとまり、意味を成す(だから、第一原則が重要なのだ)。[p.336]」
・「第五原則 探索事業や深化事業についての議論や意思決定の実践に時間を割く。・・・企業が探索事業を始めるときによく見られる過ちが、イノベーションユニットに既存事業と同じ目標や指標を適用してしまうことだ。既存の指標を使うと、イノベーションユニットはその組織の過去にがんじがらめになってしまう。・・・探索では間違いから学んでいくので、エラーをコントロールすることは求められていない。・・・幹部チームには、探索事業についてマイルストーンを達成し、主な成功指標・・・を用いて、新しいベンチャーが順調に進んでいるかどうかを判断することについて、説明責任があるのだ。[p.338]」

第8章、変革と戦略的刷新をリードするLeading Change and Strategic Renewal
・「皆さんに特に伝えたいのが、両利きの組織をつくる際には常に重大な組織変革がついて回ることだ。[p.347]」
・「戦略的刷新の目標は危機に先んじて動くことなので、こうした変革に取り組むときには、やる気を促し、資金を調達し、引っ張っていくのがことさら難しい。危機など起こっていないのに、どうして自ら改革をしなくてはならないのかと、みんな思っているのだ。・・・従って、リーダーは戦略的刷新に取り掛かる前に、この先を見越した動きが本当に必要だという確信を持つ必要がある。以下の4つの問いは、戦略的刷新が適切かどうかの判断に役立つだろう。①成長機会が限られた成熟期の戦略によって、大方の業績が決まっているのか。・・・戦略的に最も疑ってかかるべきなのは、ゲームで最上位にあるときだ。・・・既存戦略が成熟し、その業界を様変わりさせる技術的な可能性があるときにこそ、探索と企業刷新を行うべきなのだ。[p.350-352]」「②自組織の戦略を移行できる製品、サービス、プロセスの機会があるか。・・・一部の不連続性は予測しようがないが・・・、技術、市場、競争、規制における一連の移行は予測可能だ。・・・今日の機会は明日の脅威になるのだ。・・・実験と探索を始めるべき時は技術の動乱期である。こうした実験をする企業は、現状に満足している企業よりも、今後の技術を効果的に学び、具現化しやすい。[p.354]」「③中核市場の外部に機会(または脅威)はあるか。・・・リーダーシップチームや拡大版リーダーシップコミュニティにとって、伝統的な市場や競争相手の外側で始まる機会を正しく評価しにくいことがおい。戦略的刷新の重要性が強調される(そして、より困難になる)のは、そうした刷新の機会によって自社の組織能力やアイデンティティが脅かされるときだ。[p.355]」「④その機会は、自社の中核となる組織能力や関連するアイデンティティの脅威となるか。・・・技術の移行に組織能力やアイデンティティの移行が関係している場合、組織の刷新が決定的に重要となる。・・・このような刷新が非常にやっかいなのは、自社の歴史に逆らうことになり、後になってみないと成功しているかどうかがわからないことだ。[p/356-357]」
・「私たちは、さまざまな事例の研究や実践から、効果的な戦略的刷新と関連する5つのリーダーシップの実践方法を突き止めた。①成長にむけて感情移入のできる抱負を定める。・・・受動的な変革の動機づけとなるのは、危機やそれに伴う恐怖感だ。しかし危機がなくても、他のところから感情的エネルギーが湧いてくる必要がある。・・・希望は損失よりもはるかに説得力のある動機づけ要因であり、恐怖感という衰弱を招く効果を伴わない。・・・抱負そのものは単なる言葉にすぎない。トップが率先して、折々に情熱を込めて語ることが大切だ。[p.372-374]」「②儀礼的な文書化された計画プロセスではなく、対話として戦略を扱う。・・・事実に基づく対話、本物のデータを用いた会話をしなければ、戦略的刷新は失速する[p.374-375]」。「③今後起こることを教えてくれる実験を通じて成長する。・・・実験によって競合他社よりも効果的に、業界内の進化を学ぶことができる。[p.376]」「④リーダーシップコミュニティを刷新活動に巻き込む。少なくとも幹部チームがかけてくるものと同等の圧力が、ボトムアップから生じるようなプロセスを設計する。・・・成功している戦略的刷新に典型的なのが、何段階か下位の人々も積極的に関与していることだ。[p.377-378]」「⑤実行するための規律を持たせる。刷新は一夜漬けの仕事だと甘くみてはいけない。・・・戦略的刷新は片手間にやるべきことではない。[p.379]」「私たちの経験からいうと、イノベーションや戦略的刷新をリードする際には、ステップやフェーズよりも対話、参加、文脈、リーダーやチームが深くかかわり合うことのほうが大事になってくる。[p.380]」
・「最も成功している企業がイノベーションストリームを構築し、両利きの行動をとっていることはもう明らかなはずだ。深化ユニットでは重視されるのは漸進型イノベーションと絶え間ない改善だが、探索ユニットでは実験と行動を通じた学習である。探索ユニットはスピンアウトせずに、深化ユニットの中核となる資産と組織能力を探索ユニット内で活用する。内部的に矛盾をはらんだ探索ユニットと深化ユニットを共存させるには、包括的で感情に訴える抱負、基本的価値観、幹部チームの強い結束力が必要になる。[p.382]」
・「探索は業界内でゲームを変える道だったことを思い出してほしい。探索によって競争相手より先に未来を見出していけるのだ。リーダーにとって(実際には、勝利を収める組織にかかわる全員にとっても)、これは刺激的な可能性といえる。ただし、両利きの経営を引っ張っていくには、感情的にも戦略的にも明確であること、矛盾を受容できることが求められる。[p.382-383]」
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既存事業に関わる研究者であれば、技術の深化が必要なことは当然だと理解しているでしょう。また、研究者であれば自らの技術を発展させるためにも、深化(技術を深めること)とともに探索(注目する範囲を広げること)が必要であることは認識していると思います。従って、経営には深化と探索の両方が必要だということに対しては違和感なく受け入れられるでしょう。しかし、探索活動の狙いが今までのやり方、考え方、アイデンティティと相容れないものである場合には、探索が必要だと理解していても「その方向の探索には乗り気になれない」こともあるのではないでしょうか。両利きが重要なことはわかっているつもりなのに、それを実行することは(状況にもよりますが)容易ではない、ということが企業変革やイノベーションの立ち上げの難しい点だ、といことが本書を読むとよくわかる気がします。

イノベーションにとって探索と深化が重要であるということは、イノベーションにはその両方の側面がある、という現象を指摘したものと理解するのではなく、イノベーションを起こすためには探索と深化を同時にしかもうまく「行う」ことが必要だということだと考えられます。そして、それにより既存事業と新規事業の摩擦を避けて協力することによってイノベーションや企業変革を成功に導くというマネジメント上の意味も含んでいると考えるべきなのでしょう。両利きの経営がイノベーション成功の十分条件ではないとしても、研究開発をうまく進めるための重要なヒントを含んだ考え方であることは疑う余地のないことのような気がします。


文献1:Charles A. O’Reilly III, Michael L. Tushman, 2016、チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著、入山章栄監訳・解説、冨山和彦解説、渡部典子訳、「両利きの経営 『二兎を追う』戦略が未来を切り拓く」、東洋経済新報社、2019.
原著表題:Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator's Dilemma