デジタル技術の活用は、今やあらゆる企業にとって重要な課題といってよいでしょう。アマゾンやグーグルといった新興企業が注目されがちですが、既存企業にとってもそうした新興企業との競争や、他の既存企業に対する競争優位の獲得のため、デジタル技術を活用した変革に取り組むことは不可欠でしょう。しかし、既存企業はこうした変革が苦手であることはよく指摘され、何事についてであれ、変革はなかなか思うように進まないのが実情ではないでしょうか。

そこで今回は、最近のHBR誌の記事から既存企業でのデジタルトランスフォーメーションの進め方を議論した、McGrath, McManus著、「Discovery-Driven Digital Transformation」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。なお、表題のDiscovery-Drivenは、著者の一人であるMcGrathが以前に提唱した「発見志向」(あるいは「仮説指向」)計画法で使われている言葉で、ごく単純化してしまうと、仮説を検証しながら、試行の結果から学んで計画を変更していく、というようなやり方を指してよく使われます。この記事でも著者は、「戦略において継続的に学習するアプローチのやり方はすでにある。発見志向計画法(DDP)だ。著者の一人Ritaが、Ian MacMillanとともに1990年代にプロダクトイノベーションの手法として開発したもので、それは後に、不確実性の高い環境においてビジネスを立ち上げるためのよく知られた『リーン・スタートアップ』のツールに取り入れられている。そのポイントは、何がうまくいくかについての仮説を迅速にテストし、新しい情報を得てリスクを最小化する低コストのプロセスである。」と述べています。その考え方をどのようにデジタルトランスフォーメーションに取り入れるべきなのか、本記事の内容から重要と感じた点をまとめてみたいと思います。

既存企業の漸進的な強みThe Incremental Advantage of Incumbent Firms
・「ごく最近まで、企業と市場の境界はよく理解され、比較的固定されていた。しかし、デジタル技術は、かつて企業内で行うのが効率的であった多くの仕事について市場を活用可能にし、すべての仕事を変えてしまった。アリババやアマゾンなどのプラットフォームは、サプライヤーの選定、価格交渉、契約履行、支払い管理などの機能を簡単にアウトソースできるようにした。」
・「その結果、デジタルスタートアップは、ほとんど価値を損なわずに方向転換(ピボット)できるようになった。これらの企業にとっては、失敗は、それが手遅れにならない限り(あるいは投資家が多くのユニコーン企業をダメにしてきた成長至上主義にとらわれない限り)、比較的安価にすむ。」
・「しかし、伝統的な企業のマネジャーや関係者は、価値を損なわずにピボットすることはできない。デジタル化の賭けが失敗すれば、従業員は仕事を失い、現物の資産は投げ売り処分しなければならない。加えて、スタートアップ企業を支援するベンチャーキャピタルとは異なり、かつては安全だった企業の投資家は、損失を埋め合わせるだけの高リターン投資というバッファを持たないかもしれない。」
・「このように既存企業は簡単には方向転換できないが、実はそれでよく、その必要はない。大企業にできてスタートアップにできないことを考えてみよう。ほとんどのベンチャー起業家はひとつのアイデアしか使わない。一方、大企業は、多様なアイデアを使うリソースを持ち、異なるプロセスややり方を容易に試すことができる。その結果、スタートアップよりも容易に支配的なモデルを見つけられるのだ。」
・「また、少なくともデジタルモデルを適用する初期段階では既存企業には別の有利さもある。既存企業は、既に顧客を知っており洞察を得るためにそれまでの取引の豊富なデータベースを探索することが可能な人々によって率いられている。スタートアップはしばしば技術者によって率いられ、顧客が何を求めているかのポートフォリオではなく、技術的な新機能に頼る傾向がある。顧客をよく知るチームに仕事を任せるなら、デジタル投資がうまくいく可能性が高まるだろう。・・・目標が何であれ、ビジネスの機会をもたらすものとして技術を捉えるべきであり、技術実現の機会としてビジネスを捉えるべきではない。」
・「企業は、破壊的ではないやり方で破壊を目指すべきである、という考え方を受け入れるなら、課題は、『どの新しいビジネスモデルを支援するか?』から、『我々のビジネスに適したモデルに向かう方向をどう学べるか?』に微妙に変化する。そこでDDPの出番となる。」

デジタルが使われる状況The Digital Context
・「DDPは、リバースエンジニアリングに似ている。製品開発に適用する場合、まず創造しようとする価値をイメージし、それを達成するために何を変える必要があるかを明らかにする。しかし、デジタルトランスフォーメーションに適用する場合には、新しいデジタル技術によって新たな価値を創造し届けることに加え、すでに持っている製品を販売し、届ける方法を再発明することが焦点となる。」
・「デジタルトランスフォーメーションにDDPを適用する場合には、5つの重要なステップがある。」

1、運用上の経験をはっきりさせる:デジタルについてだけでなくDefine the Operating Experience: It’s Not Just About Digital
・「コンピュータのコードに投資する前に、オペレーションでうまくいっていないところを探そう。いつも回り道したり、情報を取りに行ったり人を介入させたりするために予定外のプロセス停止をしなければならないところはどこか?。こうしたところは、デジタル化によって改善しやすい部分だ。それから、そこをどう設計し直したら、技術によって製品やプロセスをよりよく、より速く、より安く、より便利にし、価値を追加できるかを考えよう。」
・「小売りのBest Buyは、デジタルオンリーの競合が真似できない競争上の優位を創造するように、ビジネスオペレーションを再創造できた既存企業の例のひとつだ。」Amazonなどのeコマースに対抗するために、価格を合わせ、倉庫やサプライチェーンを見直し、店から商品を持ち出せること、実店舗にアップルやサムスンの店舗を入れる、従業員によるコンサルティングサービスなどを充実させている。

2、特定の問題に焦点を絞る:結果と進捗に関する数値指標を特定するFocus on Specific Problems: Identify Outcomes and Progress Metrics
・「どんなデジタルトランスフォーメーション戦略でも、カギとなる質問は、どうしたらデータやデジタル能力を使って顧客に新たな価値を創造できるかだ。DDPはこの課題を明確なプロジェクトの目標に翻訳する。」
・「新しいプロジェクトの成功を測る指標は、従来も今も投資収益率だ。しかし、ROIは、あるプロジェクトが顧客にどんな価値を追加したかを理解する役には立たない。少なくとも直接的には。さらに、その計算には、投資とリターンの両方を見積もる必要があり、どちらもまだ正確には決められない。かわりに必要なのは、デジタル化によって成し遂げようと望んでいる特定の進歩に密接に結び付いた数値指標を特定することだ。」
・「我々が集める情報は、問題を特定する『from-to』テーブルにまとめ、そこにはどんなソリューションが達成されるか、そこに至る進捗を測定する方法が提示される。この課題の解決の過程で、仮説をテストし修正していく、これがDDP実行のカギとなる。さらに新たな洞察を得るために費やしたもの、節約したもののデータを収集する。こうして実質的にROI計算と同じようなものになる。」
・「もちろん、デジタルトランスフォーメーション全体の進捗を測る指標も必要だ。そのためには、投資時間あたりのリターン(ROTI)という指標をお勧めする。計算は簡単で、収入の合計を従業員数で割ればよい。」

3、競争を特定する:広い範囲に目を向けるIdentify Your Competition: Cast a Wide Net
・「業界の境界は非常にぼやけてきており、標準産業分類(SIC)は多かれ少なかれ役に立たなくなっている。これこそが、従来の境界に基づく戦略策定方法が既存企業を失敗させている理由のひとつだ。」「その代わりに我々は、似たような企業が競合品やサービスを提供する市場ではなく、戦略家がアリーナと呼ぶ競争領域を考えることをリーダーにお勧めする。アリーナとは、顧客のニーズ――Clay Christensenが『片づけるべきジョブ(用事)』と名づけたもの、によって定義されるものだ。」
・「この時点で、競争しているアリーナにおいて、ステップ1と2で決めた成功の結果と指標が妥当なものかを再び決定すべきだ。例えば、アリーナのなかで、あなたの分野で財布のシェアを失っているのか、保持できているのか?」

4、プラットフォームを探す:エコシステムとの関わりを忘れずにLook for Platforms: Don’t Forget the Ecosystem Implications
・「デジタル経済では、他者が品物を売り買いする仲介者となることは、非常に人気の戦略だ。一旦市場の2つの側がプラットフォームに参加すると、他に移るインセンティブがほとんどなくなるため、これは魅力的なビジネスモデルだ。」
・「これは既存企業によっては悪いニュースのように聞こえるかもしれない。しかし、既存企業には、深い専門的な技術を持っていたり、顧客の問題を理解していたりする多くの人を雇用している、という切り札がある。こうした能力は、プラットフォームのような機会を特定し、エコシステムを構築する上で優位性をもたらす。」

5,仮説をテストする:失敗も教訓になるTest Your Assumptions: Failures Are Lessons Too
・「DDPで使われているポピュラーなツールのひとつに、仮説チェックポイントテーブル(assumption checkpoint table)がある。これには、単に、あなたのデジタルプロジェクトが通過するであろう次のいくつかのマイルストーンと、どの仮説の検証が必要か、そして可能ならそのテストのコストを記入するだけだ。このアプローチの優れた点は、会話が『あなたは間違っていた、これは失敗だ』から、『必要なことを学習するのにその費用は見合っていたか?』に変化することだ。」

報酬The Payoff
・「デジタルトランスフォーメーションは複雑で、新たなアプローチ戦略が必要だ。大きくはじめ、多くを費やし、すべての情報を持っていると仮定することは、企業の抗体からの徹底的な攻撃を招きやすい。リスク回避、プロジェクトへの怒りから単純な変化への抵抗に至るまでのあらゆることが起こる。」
・「発見主導のアプローチにより、リーダーは、デジタルトランスフォーメーションに対するよくある障害を乗り越えられる。小さく始め、実施中の実験ポートフォリオに少し費やし、多くを学ぶことで、初期段階での支持者と採用者を獲得できる。」
・「既存企業には、新たな競争相手にない大きな利点がある:顧客への支払い、財務リソース、顧客と市場のデータ、多くの人材だ。しかし、CEOは広範な組織に俊敏性とイノベーションを統合して、既存のビジネスの破壊を最低限にしながら新たなデジタル思考を導かなければならない。発見志向のアプローチはこの課題に対処する方法を提供する。」
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デジタル技術は、新興企業のみならず、既存企業にも大きな影響を与える技術であることに疑いの余地はないように思います。そうだとすると、その技術をいかにうまく活用するかが、新規、既存を問わず成功と失敗を分けることになるのではないでしょうか。本記事で解説されている、試行からの学習を重視したプロセスの進め方は今や非常に一般的になりつつありますが、デジタルトランスフォーメーションについても、新興、既存企業を問わず成果をもたらすものなのではないかと思います。実際に進めるにあたっては、誰がどんな体制で担当すべきか、ということも実際には重要になってくるでしょう。既存企業のデジタルトランスフォーメーションの巧拙とその成果については、これから様々な事例が出てくるように思いますので、これからの事例にも注目していきたいと思います。


文献1:Rita Gunther McGrath, Ryan McManus, “Discovery-Driven Digital Transformation”, Harvard Business Review, May-June, 2020.
https://hbr.org/2020/05/discovery-driven-digital-transformation