研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

マネジメントについての考察など

計画を見直す組織(ホフマン著「レッドチーム・イノベーション」より)

どうしたらよりよい意思決定ができるのか。近年の心理学、認知科学の進歩によって、人間の考えには様々なバイアスが入り込み、それによって正しい意思決定が妨げられていることが明らかになってきています。例えば、本ブログでも以前にとりあげたダニエル・カーネマン著「ファスト&スロー」では、著者は、判断や意思決定の向上について、よほど努力をしない限りほとんど成果は望めない、と述べています。

では、どうしたらよいのか。カーネマンは、エラーの防止に関する限り、組織のほうが個人よりすぐれている、とも述べていますので、組織的に対応することで意思決定の質が向上する可能性があるかもしれません。現時点では組織的な対応の具体的方法論は未確立な状況だと思いますが、こうした問題意識が広がるにつれ、意思決定の質を向上させるための組織的な取り組みが提案され始めているようです。今回はその例として、ホフマン著「レッドチーム・イノベーション」[文献1]を取り上げます。本書で述べられている考え方の基本は米軍主導で開発した方法論で、戦略上の誤りを発見し改善するための組織(レッドチーム)を設けるというもので、すでにかなりの成果を挙げているようです。本書ではそれをビジネス向けにアレンジした方法が解説されていますので、以下、本書の構成に沿って内容をご紹介したいと思います。

はじめに
・「レッドチーミングの可能性を最初に見いだしたのはイスラエル政府だったが、・・・2001年9月11日の同時多発テロ、その後の悲惨な戦争によって厳しい立場に置かれたアメリカ軍や情報当局は、新たな考え方や分析方法を見つけ出す必要に迫られた。[p.21]」「諜報機関と軍の計画立案担当者たちは、将来同じ過ちを犯さないようにするために、アメリカが世界じゅうで直面する課題や機会についてより深く懐疑的に考えることを決意した。それを実現するために、彼らは集団思考を抑え込む技術や批判的思考(クリティカル・シンキング)についてのさまざまな情報を集め、そこから編み出した手法を用いて戦略や計画を評価するためのレッドチームを作った。[p.22]」

第1章、厳しい教訓――レッドチーミングの起源
・アメリカ軍やイスラエル軍の教訓からレッドチーミングの立案までの紹介。

第2章、レッドチーミングとは何か?
・「レッドチーミングは計画やその基となる前提に疑問の目を向ける。異なる考え方によってビジネスを検討し、ちがう視点から考慮する。批判的・反証的思考を会社の計画プロセスの一部として組み込み、戦略のストレステストのための方法論や技術を組織に与える。レッドチーミングを活用すれば、顧客や競争相手をより深く理解し、事業環境に潜む脅威や機会を見つけることができる。眼のまえの危険を察知し、それを利点に変える方法を見いだすことができるようになる。そのせいで組織は少しばかり不安定な状態になるかもしれない。しかし、レッドチーミングのおかげで後れをとることなく、競争相手を出し抜き、不確かさを増す世界に対応することができるのだ。[p.76]」
・「レッドチーミングの理論的側面は、その方法論や技術を使うことによって人間の意思決定の限界を克服できるという点にある。[p.77]」
・「通常、総合的なレッドチーム分析は三つの段階に分けることができる。まず分析的ツールを使い、一般的な計画プロセスでは見過ごされがちな議論や前提に疑いの眼を向ける。次のステップでは想像力を必要とするテクニックを用い、計画のなかで失敗しそうなポイントと成功しそうなポイントを突き止め、隠れた脅威や見過ごされた機会を見つけ出す。最後に反証的思考で計画を疑い、組織が別の視点から計画を見直すことを促す。[p.78]」
・「レッドチーミングの肝は変化を受け容れること。ビジネス環境でのレッドチーミングは、いかなる会社にも最終状態はなく、市場に均衡状態などないという認識から出発している。唯一の不変なものは変化するということ。[p.79]」
・「レッドチームの役割は決定を下すことでも、リーダーや上司の権限を弱めることでもない。レッドチームの役割は、リーダーや上司がよりよい意思決定を下せる状況を作り出すことにある。そのためにレッドチームは、より客観的な分析、より大局的なビジネス環境の全体像、考慮すべき代替案を示さなければいけない。[p.89]」「レッドチームは何かを計画するのではなく、計画を向上させる・・・それを実現させるためにレッドチームは、組織の戦略や計画の基となる前提を疑い、それに付きものである論理的誤謬を洗い出し、意思決定のプロセスを邪魔する集団思考を断ち切る。[p.90]」

第3章、レッドチーミングの心理学
・「多種多様な認知バイアスやヒューリスティックによって判断が歪められることもある。認知バイアスとは人間の思考に生まれつきそなわった系統的なエラーのことで、予測可能なパターンに従うことが多い。ヒューリスティックとは人間の素早い意思決定を助ける心理的近道のことだが、必ずしもいつも正しい意思決定を助けるとはかぎらない。[p.103-104]」
・認知バイアスとヒューリスティック[p.104-129]:著者は次の例を挙げています。感情ヒューリスティック(感情によって意思決定する)、アンカリング・バイアス(はじめに与えられたデータが、議論全体の基準値を設定してしまう)、自動化バイアス(自動化システムに頼るようになると、私たちはそれを疑問視するのをやめる傾向がある)、利用可能性ヒューリスティック(すでに認識している情報を信用しやすい)、バンドワゴン効果(まわりの人が真実だと信じていることを真実だと信じやすくなる)、基準率錯誤(全体的な情報を無視し、さほど重要ではない具体的データに焦点を合わせようとする)、クラスター錯誤(実際には存在しない場面にパターンを見出すことがある)、確証バイアス(すでに信じていること、下した決断を補強する情報を信用しやすい)、知識の呪い(情報に精通した人は、そうでない人の視点から問題を考えることができない)、フレーミング効果(情報がどのように提示されるかによって異なる結論を導くことがある)、ギャンブラーの錯誤/ホットハンドの誤謬(将来の確率が過去の出来事によって変化するという思い込み)、後知恵バイアス(ある出来事が起きたあと、事前に予想できたはず、などと思う)、コントロール幻想(自分が外部の出来事に影響を与える能力をより高く感じる傾向)、損失回避(報酬を得ることよりも損失を回避することを優先する)、ネガティブ・バイアス(不愉快な記憶をより鮮明に思い出す)、正常性バイアス(最悪のシナリオの可能性を過小評価する)、楽観主義バイアス(自分の欠点を過小評価、能力を過大評価する)、ダチョウ効果(悪いニュースを避けようとする)、結果バイアス(肯定的結果が出るとその決定は正しかったと仮定する)、自信過剰(成功すると自分を過信する)、計画誤謬(ベストケースに非現実的なほど近い予測や計画を立てる)、回帰の誤謬(平均への回帰を認めない)、現状維持バイアス(物事が現状のままであることを好む傾向)、サンクコスト効果(現在の行動がさらに大きな損失につながる証拠を見ても損失の食い止めに難儀する)、時間割引(大きな報酬を翌日得るよりも、小さな報酬をすぐに得ることを望む)、
・集団思考とその他の組織的障害[p.131-136]:著者は次の例を挙げています。集団思考(犠牲を払ってでも合意しようとする無意識的衝動)、アビリーンのパラドックス(集団の調和や結束を守るために意識的に自分たちの願いや信念に逆らって行動する)、同調(周囲と同じ結論に至りたい)、満足化(最良の選択肢でなくても、成功しそうな最初の選択肢を選ぶ)
・「合理的な思考を妨げようとするこの脅威の存在に気づくことによって、私たちは自分自身でその影響を防げるようになる。そしてレッドチーミングは、組織がその脅威を防ぐための手助けとなる。[p.136-137]」

第4章、レッドチーミングの始め方
・「レッドチーミングは公式・非公式のどちらでも行なうことができる。その形態もさまざまだ。――会社の幹部によるレッドチーム、批判的思考スキルに秀でた選抜スタッフからなる臨時レッドチーム、新鮮な視点で組織の戦略や計画をチェックすることだけを任務とする専門レッドチーム。組織内の専門スタッフがリーダーを務めることもできるし、外部のファシリテーターに任せてもいい。・・・それぞれのアプローチに利点と欠点がある。[p.141]」
・「レッドチームは会社組織図のなるべくトップに近い場所に配置されなければいけない。レッドチームがもっとも大きな影響力を発揮するのは、意思決定者に可能なかぎり近いポジションをとりながら、経営陣から一定の距離を保っているときだ。[p.154]」「レッドチームが優れた成果を上げるためには、組織の前提に疑問を投げかける自由があることをメンバーに認識させなくてはいけない。それどころか、疑問視することが求められているのだと感じさせなくてはいけない。まわりの人々は、レッドチームの提言に必ずしも従う必要はない。しかし、その提言をまとめることを決して邪魔してはいけない。[p.155]」
・「レッドチームに最適な人数は5人から11人。・・・次のような才能をもつメンバーを探そう――優れた分析力、批判的思考スキル、細部への観察眼、既成概念にとらわれない考え方。レッドチームのメンバーに必要なのは、現状に切り込もうとする自信と意欲、自らの偏見や限界を知るための自己認識力だ。くわえて知的誠実さと、組織政治の圧力に抗う強さを持ち合わせていなければいけない。[p.156-157]」「レッドチームを作るときに勘案すべきもうひとつのポイントは多様性だ。・・・多様性のあるレッドチームは、数多くの異なる観点を生み出し、幅広い洞察力を生かしながら分析を進めることができる。[p.158]」

第5章、問題と解決法
・「アメリカ軍は『クネビン・フレームワーク』と呼ばれる基準を使って問題を分類している。この明確な基準はビジネスの世界にも役立つもので、レッドチーミングをするべき問題やその方法を知る手がかりを与えてくれる[p.171]」「クネビン・フレームワークでは問題を『秩序がない』と『秩序がある』のふたつの領域、『複雑な』『込み入った』『混沌とした』『単純な』の四つの領域に分ける。また、それらの中心には不定形の『無秩序な』というエリアがある。[p.172]」「『秩序がある』の領域にある問題の解決には、単純かつ還元主義的なアプローチをとることができる。・・・『秩序がない』の領域にある問題では、『全体は各パーツの合体ではない』ため、私たちはより想像力を働かせる必要がある。『混沌とした』の区分では、因果関係がはっきりとせず、状況が流動的で急速に変化するため、有意義な分析をすることはむずかしい。『混沌とした』状況では、レッドチーミングをする時間の余裕はない。ここでは、軍のルールを肝に銘じておこう――敵が近くにいるときはレッドチーミングをするな。『単純な』の区分にある問題でも、実際にはそれほど解決するのが単純ではないケースはあるものの、簡単に見つかる答えが必ず存在する。・・・『込み入った』と『複雑な』の区分の問題ではレッドチーミングが極めて効果的であり、必要不可欠だといってもいい。『込み入った』問題とは、適切な答えがあるにもかかわらず、それが何かすぐにはわからないというものだ。・・・『複雑な』問題の解決はよりむずかしく、複数の適切な答えと数多くの不適切な答えが存在する。この区分に入る問題では、因果関係を突き止めることは容易ではなく、時とともにその関係性も変わっていく。[p.173-175]」
・「レッドチーミングを始める理想的なタイミングは、計画が立案されてから承認されるまでのあいだ、つまり計画を修正する時間がまだ残っているあいだである。[p.176]」「どんなケースであれ、無期限にレッドチーミングを行なってはいけない。・・・ブレーキがないと、分析が延々と続く危険がある・・・無限のレッドチーミングは意思決定の邪魔となり、行動を妨げ、チームを独りよがりの役立たず集団に変えてしまう。[p.178]」
・「レッドチーミングの目標は、もっとも正確あるいは望ましい答えを選ぶまえに、時間が許すかぎり数多くの異なるアイディア、説明、別の選択肢を検討することである。アメリカ陸軍はこれを達成するための方法をいくつも編み出してきたが、そのすべては単純な『考える、書く、共有する』という概念から始まる。[p,182]」
・「レッドチームを効果的に機能させるためには、それぞれのメンバーの声をうまく反映させなければいけない。・・・そのためアメリカ陸軍の訓練プログラムでは、レッドチーム・リーダーに『解放構造(リベレイティング・ストラクチャー)』と呼ばれる一連の協働コミュニケーション・ツールの使い方を教え込み、メンバーの意見や洞察にきちんと眼を向けることを徹底している。[p.185-186]」
・リベレイティング・ストラクチャーの例[p.188-198をもとに内容を簡単にまとめています]:ひとり、ふたり、4人、みんなで(質問に対する答えを検討する人数を増やしながら練り上げていく)、匿名加重フィードバック(質問に対する答えを匿名でカードに書き相互評価する)、丸シール投票(問題の優先順位を決めるためにリストに丸シールで投票)、金魚鉢(内側の円の参加者から話を聞き、そのあとに外側の円の参加者が質問する)、TRIZ(発明パターンに基づく問題解決手法のTRIZを計画の成功を邪魔するものの特定に利用する)、「そのとおり、さらに・・・」あるいは円環的対応(隣の人の意見を発展させる意見を述べていき、全員の意見を出させる)

第6章、疑う余地のない事実を疑う――分析的テクニック
・「批判的思考で大切なのは、たんに正しい質問をすることだけでなく、その答えをきっちり調べることだ。・・・不完全な論理、つまり論理的誤謬にも眼を光らせなくてはいけない。[p.205]」
・一般的な論理的誤謬[p.206-211]:対人論証(議論している人を攻撃する)、年齢や伝統に訴える論証、感情や恐怖に訴える論証、衆人に訴える論証、新しさに訴える論証、疑わしい権威に訴える論証、論点先取(議論の結論が、結論そのものの前提に基づいている)、標本の誤り、原因と結果の混乱、名称をつけて説明に変える議論、誤った二分法、まちがった類推、決めぜりふになる美辞麗句、早まった一般化、誘導尋問、中間を取る解決、共通の原因の無視、過度の単純化、前後即因果の誤謬、論点のすり替え、滑りやすい板の誤謬(対応手段があるにもかかわらず、提案された行動が一連の好ましくない出来事を引き起こすと決めつける)、わら人形論法(議論を歪めたり誇張したりして攻撃しやすくする)、希望的観測
・他の分析テクニック[p.211-243]:議論の切り分け、主要前提チェック、確率分析(各前提の可能性を評価)、真珠の首飾り分析(計画の基となる前提だけではなく、計画が機能するために必要なすべての事象、それによって生じる「カスケード効果」について注目する)、ステークホルダー・マッピング(利害関係者が協力的かどうかを予想)、競合仮説分析(様々な仮説の証拠との整合性をチェック)

第7章、考えられないことを考える――想像力によるテクニック
・4つの見方:「主要な関係者があなたの会社、業界、そしてお互いをどのように見ているか[p.247]」を検討する。
・アウトサイドイン思考:「広い環境についての検討から始め、レッドチームが扱う問題に戻ってくる[p.253]」
・代替的未来分析:変わりやすい要素として、もっとも問題の多い要素と、最終的な結果にもっとも大きな影響を与える要素の視点から分析[p.255
・死亡前死因分析:「計画が失敗すると仮定し、その失敗の原因を探し出そうとする。[p.259]」
・自分自身にとって最悪の敵になる:「レッドチームが競争相手などの敵の役を演じ、組織が考えた戦略や計画に対して相手がどう反応するかを予想する。[p.266]」
SWOT分析:強み、弱み、機会、脅威を分析[p.269
・なぜなぜ分析:「『なぜ』と5回尋ねて真の原因を見つける。[p.272]」

第8章、すべてを疑問視する――反証的テクニック
What-If分析:「前提を根本的にくつがえすような出来事が起きたときの影響[p.281]」を見極める。
・私たちvs彼ら分析:2つのグループに相反する提案を割り当てて正しいことを証明するような主張を考える。[p.284
・悪魔の代弁者:「組織の戦略の核となる信念や主張を突き止め、その反対が正しいことをできるかぎり論理的に説明する[p.287]」

第9章、レッドチーミングの工程表
・イギリス国防省が作ったレッドチーミングのための工程表:診断の段階(土台となる情報、データ、前提をチェックする)、創造の段階(思考の幅を広げ、選択肢を考える)、疑問視の段階(解決策やアイディアを徹底的に検証する)[p.306
・「世界でもっとも質の高いレッドチーム分析をしたとしても、その結果がみんなに無視されてしまったらなんの意味もない。・・・だからこそ、効果的なコミュニケーションは、効果的なレッドチーミングには欠かせない要素となる。[p.311]」頼まれてもいない分析を勝手に行なうのは逆効果になりかねない。「忘れてはいけないのは、計画に欠陥があるからといって、それが必ずしも悪い計画であるとはかぎらないということだ。弱点や欠点に対する現実的な対処案も示すことなく、レッドチームがただやみくもに計画を否定すると、計画立案担当者がより防御的になってしまうだけだ。・・・留意しておきたいのは、レッドチームがもっとも大きな効果を発揮できるのは、仕事が協調的な方法で行なわれたときであるということだ。[p.312]」

第10章、レッドチーミングのルール
ルール1、嫌われ者になるな
ルール2、トップからの庇護が必須
ルール3、レッドチーミングが機能するかどうかはあなた次第:「レッドチームによる分析の結果がたんに無視されてしまう例は少なくない。・・・それを防ぐ最良の方法は、レッドチームが上級幹部の庇護を受け、彼らに結果を直接報告できる環境を作っておくことだ。[p.325
ルール4、レッドチーミングのやりすぎに注意する:「組織のすべての決定についてレッドチーム分析しようとすると、逆の効果を生むことになる。つねにレッドチーミングを行なうということは、従業員のあらゆる動きをチェック・疑問視することを意味する。[p.327]」
ルール5、レッドチームをレッドチーミングする:「レッドチーミングをルーティン化してはいけない。レッドチーミングでなにより大切なのは、物事を異なる視点から見ることだ。[p.329]」
ルール6、いつも正しい結論を出す必要はないが、いつもまちがった結論を出すのはダメ
ルール7、あきらめない

第11章、レッドチーミングを始める
・「今日のビジネスシーンでは、誰もがつねに変革することを迫られている。多くの会社は、日々新しい挑戦と機会に向き合っている。レッドチーミングは、その挑戦に立ち向かい、その機会を利用する手助けをしてくれる。その効果は、私がこれまで出会ったどんなビジネス手法よりも強力だ。なぜなら、レッドチーミングで未来を予測することはできないとしても、未来のための準備をする助けになるからだ。[p.339]」
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考えないで行動するよりも、考えて行動する方がよい結果が得られるのは当然だと思います。しかし、その考えが一面的なものであったり、バイアスにまみれたものであれば、狙ったほどのよい結果にはならない可能性が高いでしょう。従って、本書に示されたような手法でレッドチーミングを行ない、より多くの選択肢を検討することは非常に重要なことだといえると思います。

研究開発を進めるにあたっては、そのプロジェクトにどのような不確実性があるかをよく検討することが重要だと思います。しかし、検討すべき不確実性を正しく認識することは容易なことではありません。本書のレッドチーミングは、計画の問題点を抽出することに主眼がおかれている点が特徴でしょうが、この手法は未知の不確実性を発見し、その重大性を評価することにも役に立つのではないかと思います。さらに、新しい研究の発想を得る手助けにもなるかもしれません。人間のバイアスに対抗するだけではない、創造力を高める方法としての可能性も感じましたが、いかがでしょうか。


文献1:Bryce G. Hoffman, 2017、ブライス・G・ホフマン、濱野大道訳、「レッドチーム・イノベーション 戦略的異論で競争に勝つ」、早川書房、2018.
原著表題:Red Teaming: How Your Business Can Conquer the Competition by Challenging Everything


「残念な職場」(河合薫著)より

研究の成果は、研究者がその研究にどれだけコミットし熱心に関わったかによって左右されまるところがあります。そして、その研究者のやる気には、働く環境も影響を与えます。では、どんな環境が望ましいのでしょうか。逆にどんな環境はよくないのでしょうか。

このような職場環境と仕事の成果の問題は研究開発に限ったことではありません。もちろん、研究に独特の要因が存在する可能性はありますが、研究開発と一般の仕事の共通点も多いはずです。そこで、今回は、こうした職場環境の問題を議論した、河合薫著「残念な職場」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は次のように述べています。「職場には『意味不明』が蔓延し、部下たちは、『なんでこんな意味不明なことばかりなんだ!』とうっぷんを溜め込んでいます。[p.9]」「しかしながら、より厄介なのは現場で『これって意味ないじゃん』と口をとがらせていた社員までもが、出世したとたん、意味不明の世界に埋没していくという現実です。[p.13]」「職場にはびこる数々の意味不明においても、『知覚とは習慣(=文化)による解釈』であり、『心は習慣』で動かされていることが深く関係しています。[p.17]」「価値観には『意識できるもの』と『無意識のもの』があります。社会に長年存在した価値観や、外部から刷り込まれた価値観は『無意識のもの』となり、自覚しないまま言動に反映されがちです。[p.24]」「『無意識の価値観』と『確証バイアス』で、真の問題が隠れ、間違った決断が容易に下されていまいます。しかも困ったことに、職場で、当たり前とされているものの多くが、効果の検証がされていなかったり、研究結果をチェリーピッキング(都合のいい事例の抜き出し)したものだったり、たまたまA社で上手くいったものだったり、運よく成功を収めたカリスマ経営者の後付けの成功体験だったり、有名コンサルタントが言っているだけのことだったり・・・・・・。とにもかくにも科学的根拠に乏しい思い込みや慣例が氾濫し、それが当たり前として広がっているのです。[p.26]」「こういったいくつもの当たり前を疑いもなく信じ込むことで、残念な職場が出来上がるのです。職場の意味不明を撲滅するには、当たり前が当たり前じゃなかったことを知ることしか道はありません。[p.27]」「本著では、・・・人の心の動き(=心理学)と、社会の窓(=社会学)の両面から『残念な職場』脱却の策を考えます。[p.27-28]」以下、本書の構成に沿って興味深く感じた点をまとめたいと思います。

第1章、無責任な人ほど出世する職場
・「『記憶は川のように流れているもので、書き換えが可能で、全く信頼するに値しないものだ』・・・これは20世紀で最も一般人に知られた心理学者という異名をもつ、米国のエリザベス・F・ロフタスの名言です。・・・ロフタスは、・・・『記憶の塗り替え』が起きることを繰り返し実験し、証明し続けました。[p.36-37]」「人間の記憶は川のように流れていて書き換えが可能であるなら、いかに『言った言わない』『聞いた聞いていない』の議論が不毛で、権力なきものに勝ち目のないことか、おわかりいただけると思います。そのうえ自分の主張を裏付ける意見しか耳に入らないので(確証バイアス)、『無責任な上司』は相当手強い。こうやって意味不明な職場が出来上がっていくのです。[p.40]」
・「実績と昇進の関係を検証した調査は国内外で数多く出揃っているのですが、それらをレビューすると、実に残念なファクトを突きつけられます。なんど、『大きな組織では、几帳面さや責任感は昇進にマイナスに作用する』というのです。[p.41]」「責任感の強さがなぜ、マイナスに作用するのか? 理由の一つは正義感です。責任感の強い人は正義感も強いため、自らの責任に加え、他者への責任追及も厳しくなりがちです。・・・誰かが正直に告白することで困る人も少なからずおり、正義の人は厄介な存在なのです。[p.46]」「『無責任なヤツほど出世する』という傾向は、海外の多くの研究でも示されています。米国ではその責任感を個人のパーソナリティ特性と明確に位置づけ、『他責型』と『無責型』に分けるのが一般的です。具体的には、多責型は『人を責める』『人のせいにする』タイプ、無責型は『自分の関わりを否定する』タイプを示します。米国企業のトップの7割はこのどちらかに属するとされ・・・無責任な人たちはたびたび嘘をつきます。しかしながら彼ら彼女らには、『嘘をついている』という罪悪感がいっさいありません。・・・嘘を貫き通すことができると、次第にチーターズ・ハイと呼ばれる高揚感に満たされ、どんどん自分が正しいと思い込むようになっていくのです。人は他人の嘘には厳しい一方で、自分の嘘に寛容な傾向が強い。『この嘘は必要』だと考え、自らを正当化する。その確信が強ければ強いほど、嘘を重ねてチーターズ・ハイに酔いしれます。それに拍車をかけるのが、『説得力のある嘘つきほど支配力を持ち、嘘をつくという行為自体が、その人に力を与える』という困った心のメカニズムです・・・私たちは嘘を嫌い、無責任な人を嘆く一方で、嘘をつく人の高圧的な態度に信頼感を抱くという、きわめて矛盾する心をもっています。それが嘘つきにますます力を与え、権力者の足場を強固にすることが・・・心理実験でわかっています。[p.48-50]」
・米国の教育学者で社会階層学者のローレンス・J・ピーターによる「ピーターの法則」:「『働く人は仕事で評価されると、一つ上の階層に出世していく。そして、いずれは自分の仕事が評価される限界の階層まで出世する。・・・そのレベルで無能と化す』・・・ピーター博士は、仕事の最高の褒美が『ヒエラルキーを上がる』ことである限り、無能化は避けられないとしたのです。[p.56-57]」「そして、『有能な上司は、アウトプットで部下を評価するのに対し、無能レベルに達してしまった上司は、組織の自己都合という尺度で部下を評価する』とピーター博士は喝破しました。[p.57-58]」

 

第2章、現場一流、経営三流の職場
・「『現場一流、経営三流』――こんな言葉が使われるようになったのは1990年代後半のことです。[p.74]」「そもそも高度成長期は急激な人口増加に加え、世界的にも好景気で、企業は現場の技術力だけで楽に食っていくことができました。経営者が経営をしなくとも、時代の風に乗っているだけで売り上げは伸び、会社はどんどん大きくなりました。しかし、今はきちんと経営をしてくれないとダメ。そのことに気づかない経営者のせいで、不祥事、不正、挙げ句の果てには倒産、と残念なほころびがさまざまなカタチで見える化しています。そもそもこれだけ長時間労働をし、社畜なんて言葉がずっと使われている日本なのに、生産性は世界最低レベル。・・・1時間あたりの労働生産性はOECD加盟35ヵ国中20位、主要先進7ヵ国中最下位。・・・また一人あたりの労働生産性はOECD加盟国35ヵ国中21位です。[p.75-76]」
・「技術者の『仕事へのやりがい』と『企業への忠誠心』を1994年と2005年で比較すると、どちらも急速に低下していました。[p.77-78]」「残念なことに、『技術力』そのものも低下していると指摘する調査結果が存在しているのです。2009年に日経BP社が製造業の技術者を対象に、『技術力』に関する調査を実施したところ、『この5~10年間で技術者の実力が低下したと感じますか?』の問いに、8割近くが『はい』と回答・・・技術者自身が『自分たちの技術力の低下』を実感していたのです。[p.80-81]」
・「国内の調査で『一人当たりの教育訓練費』が減少傾向にあることが認められています。・・・理由は、以下の3つです。非正規雇用の増加・・・社会保障負担の増加・・・省力化投資(AIやロボットの導入)を優先・・・どれもこれも『人は単なるコストでしかない』という企業側の本音を、改めて痛感させられる数字です。『生産性を上げる=長時間労働を減らす』『生産性を上げる=AIに投資する』といった方程式ばかりが強調されがちですが、働いているのは人なのだから人材投資は必要不可欠。特にミドル層の『再教育』は極めて重要です。・・・人員削減のようなわかりやすいコストカットは、目に見えない力を育む土壌を自らの手で壊しているようなもの。短期的に救われても長い目でみればアウト! いわば『企業の自殺』なのです。[p.97-100]」「かつて、米スタンフォード大学経営大学院教授を務めた組織行動学者のジェフリー・フェファー氏は、経営学を労働史から分析し、こう説きました。『企業経営で一番の問題であり、経営者が気をつけなくてはならないのは、経費削減が実際には錯覚でしかないことだ。この錯覚こそが企業の力を弱め、将来を台無しにする』と。そして、『人件費を削るなどの経費削減が、長期的には企業の競争力を低下させ、経営者の決断の中でもっともまずいものの元凶であることは、歴史を振り返ればわかる。・・・』[p.102]」「残念な日本の経営者は人件費を減らすことばかりに傾注するようになってしまいました。1990年代に輸入された『成果主義』も、その目的はコストカットでしかなかったといわざるを得ません。[p.103]」
・「人は『自分の存在』を他者を通じてしか知ることができません。・・・人は誰しも過ちをおかします。感情的になることもあれば、傲慢になったり、保身に走ることもあります。その弱さを克服するために、人は他者とつながり、他者と協力することで生き延びてきました。『信頼』という関係性を築くことで、愚かになったり、自分勝手になった際の保険を掛けたのです。『経営者は孤独』とよく言いますが、物理的に孤立していることが問題なのです。孤立してれば孤独だろうし、『孤立してちゃ、経営はできない』のです。[p.107]」

第3章、「女はめんどくさい」と思われている職場
・「ストレスを感じたときに分泌されるコルチゾール値・・・を使用する」研究によると、「性別、既婚・未婚、子どもの有無に関係なく、『家庭』にいるときより『職場』にいるときの方がコルチゾール値が低い[p.126-127]」という結果がえられている。
・「性差にまつわる実証研究では、一般的にいわれている『女性の特性』のエビデンスは得られていません。統計的手法で分析すると、『男女差はない』ことがわかっているのです。[p.134]」「男性の中にも『めんどくさい人』はいて、その割合は女性の中の『めんどくさい人』とさして変わらない。なのに、私たちは『性差はある』と感じるパラドックスを、日常的に経験します。私はその理由の一つに『数』の問題があると考えています。・・・男性であれば・・・個人の問題とされることが、女性の場合には・・・女性の問題として片付けられる。[p.135]」「もう一つの原因は、・・・男性たちは自分たちの集団に女性がひとり入ると、自分たちがという同質な集団だったことに気づき、その一枚岩を壊したくない、壊されたくないという思いが無意識に働き、『男性性』をまとった発言や行動をとるようになります。[p.136]」
・「私たち人間は『他者と関わる』ことで自分の存在意義、存在価値を確立します(自己アイデンティティ)。その関わり方にこそ性差が存在するのです。男性は他者と一緒に『する(do)』ことによって、女性はその他者とともに『いる(be)』ことで、『自分の存在』を確かなものにする傾向が強いことがわかっています。[p.140]」「『do』に価値を置く男性は『解決』をゴールにしますが、『be』に価値を置く女性は『共感』がゴール。[p.142]」
・一般的に『労働』とは有償労働ですが、国を成長させ、社会を支え、人を守る労働は、『市場労働』と『ケア労働』の二つに分けることができます。市場労働(market work)=商品として売買される労働力としての『有償の労働』。ケア労働(care work)=家事、育児、介護、ボランティア活動などの『無償の労働』。・・・どちらも、男とか女に関係なく、私たちが生きていくためには必要不可欠な労働です。[p.145-146]」市場労働とケア労働を同等に評価する国では男女格差が小さく、市場労働のみを評価する国(日本など)では格差が大きい傾向にある。[p.149]「今の日本の政策は『市場労働』に女性を参加させるために、例えば『保育サービスを充実させよう』としているだけで、男性が主な働き手だった『市場労働』に、女性がどうかすることが目的となってしまっているのです。[p.151]」

第4章、残業のリスクを知らない職場
・「過労死は長時間労働と直結していますが、過労自殺はその他のストレス要因の影響が大きく、長時間労働はあくまでも引き金です。[p.159]」
・「日本が世界に誇るのは長時間労働だけではありません。睡眠時間が、世界最短なのです。[p.163]」
・「労働時間と生産性に関する研究はたくさんあります。・・・スタンフォード大学のジョン・ペンカベル教授が発表した論文」は、「『週50時間以上働くと労働生産性が下がり、63時間以上働くとむしろ仕事の成果が減る』ことを統計的分析により明らかにした[p.171]。」
・「睡眠不足は、認知能力や記憶力、対人関係の対応能力を低下させます。[p.172]」
・「過労死が長時間労働による突然死であることは、国内外を含め多くの研究で確かめられていますが、睡眠不足がその危険度をより高めることを九州大学の研究グループが明らかにしました。[p.174]」
・「過労自殺する人の多くはうつ傾向やうつ病などの精神障害を発症しているとされていますが、長時間労働と精神障害との直接的な関係は『ない』とする研究結果も、少なくありません(量的調査による統計的な分析)。ただし、”overwork”、すなわち『自分の能力的、精神的許容量を超えた業務がある:』という自覚と精神障害との関係性は多数報告されています。[p.190-191]」
・「近年、若者の過労自殺が増加している背景には『組織社会化』、すなわち『適応の途中なのに、一人前の仕事を期待されている』という問題があると私は考えています。組織社会化(organizational socialization)とは、『個人が組織内の役割を引き受けるのに必要な社会的知識や技術を獲得するプロセス』で、新入社員の組織社会化の最大の課題は『役割の獲得』です。会社で確固たる居場所を得て、自分がやるべきことを見いだし、自分の役割を獲得していくことで新入社員は組織に適応します。このプロセスには最低でも3年、長い場合は10年かかるとされています。年功序列が当たり前で、人員的な余裕もあった時代には組織社会化が自ずと行われていました。・・・ところが、プレイングマネジャーが当たり前になり、人的余裕も時間的余裕もなくなった現代社会では、新人はすぐに『一人前になる』ことが強要されます。[p.193]」「この組織社会化過程の欠如こそが、若者たちを追いつめているのではないでしょうか。[p.194]」

第5章、残念な職場を変えるには
・「煎じ詰めて考えれば、残念な職場とは、『働いているのは人である』という至極当たり前のことを忘れている職場なのです。[p.204-205]」
・「私が考える『理想の職場』を提案します。・・・『人生(=Lifetime)の邪魔をしない職場』です。[p.205]」「働くことは『生きている価値』と『存在意義』をもたらす、とても大切な行為です。残念な職場では、仕事が仕事としての役目を果たしていないので、本来の『仕事ができる』職場を目指せばいいのです。[p.206]」「『働く』という行為には、『潜在的影響(latent consequences)』と呼ばれる、経済的利点以外のものが存在します。潜在的影響は、自律性、能力発揮の機会、自由裁量、他人との接触、他人を敬う気持ち、身体及び精神的活動、1日の時間配分、生活の安定などで、この潜在的影響こそが心を元気にし、人に生きる力を与えるリソースです。リソースは、専門用語ではGRRs(Generalized Resistance Resources=汎抵抗資源)。世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの原因)の回避、処理に役立ち、リソースを手に入れることでウェルビーイング(個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態)が高まります。[p.210]」「『人生を邪魔しない職場』では、仕事が提供するリソースを存分に享受できるので、仕事にやりがいを感じ、もっとがんばろう!とヤル気が高まります。困難やストレスを感じることがあっても、なんとかふんばれます。リソースは『元気になる力(salutary factor)』。仕事のリソースを手に入れることは、SOC (Sense of Coherence)を高めます。SOCは、『人生であまねく存在する困難や危機に対処し、人生を通じて元気でいられるように作用する人間のポジティブな心理的機能』のこと。[p.213]」
・「これまで世界中で行われた実証研究で『SOCの高い人』は、職務満足感や人生満足感が高い、仕事上の疲労感が少ない、欠勤が少ない、抑うつや不安が少ない、バーンアウトをおこしにくい、などの傾向があると確かめられています。・・・そして、SOCを高める職場の土台を作るのが『職務保証(=job security)』です。職務保証とは、第1に、『会社のルールに違反しない限り、解雇されない、という落ち着いた確信をもてる』、第2に、『自らの職種や事業部門が、対案の予知も計画もないままに消滅することはない、と確信をもてる』と働く人が感じることで成立します。[p.217-218]」
Googleでの成功するチームと失敗するチームの分析では、「『心理的安全性(Psychological Safety)』が鍵を握っていることがわかりました。・・・『こんなことを言ったら上司に叱られるのではないか?』『こんな意見では同僚からバカにされるんじゃないか?』『もっと立派なことを言わなきゃいけないんじゃないか?』そういった不安をチームメンバーが抱かないチームこそが成功する。失敗を素直に言え、他者への心遣いや同情、あるいは配慮や共感が当たり前のチームだったのです。成功するチームは、年齢や役職やスキルの差に関係なく、チームメンバー全員がほぼ同じ時間だけ発言していました。[p.232-234]」
・「そもそも『キャリア』とは、『人生のある年齢や場面のさまざまな役割の組み合わせ』です。家庭や社会における様々な役割の経験を積んでいくことがキャリアです。[p.248]」「人生を邪魔しない職場とは、『人生を仕事に生かす職場』です。[p.250]」
・「疲れは、時間がたてば自然に消えていくものではありません。特に心的な疲れを癒やすには、適度な運動、精神的ゆとり、遊び、おしゃべり、笑い、などのリソースが必要不可欠です。疲れは放っておけばどんどんと利子がつき、借金のように増え続けます。・・・借金は頭痛や肩こり、イライラ、眠れない、ケアレスミスなどの症状に代表される蓄積疲労につながります。蓄積疲労は、最悪の場合、うつや突然死につながる極めて深刻な状態なのです。[p.257]」「まさしく私たちのストレスは社会(=残念な職場)の病なのです。[p.257-258]」
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本書で解説されている残念な職場の特徴と、それが生まれる原因を考えてみると、残念な職場は人間の特性に基づいて自然発生的に生まれる可能性があるもののように思われます。残念な職場は、過労死問題などの労働環境の問題や非効率な働き方につながるだけでなく、メンバーのコミットメントを低下させ、創造性を阻害する環境でもあると思います。残念な職場をなんとかよい職場に変えることは働き方改革や女性をはじめとする多様な人々の活用だけでなく、イノベーションを起こすためにも重要なことなのではないでしょうか。本書に示された残念な職場を変えるための著者の提案は唯一絶対のもの、というわけではないように思いますので、このような職場環境ができるメカニズムを理解することで、それぞれの状況に応じて効率的、創造的で、働く人の充実感、幸福につながる職場作りができるようになるのではないかと思います。研究マネジメントにとっても重要な視点だと思いますがいかがでしょうか。


文献1:河合薫、「残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実」、PHP研究所、2018.


最先端のチーム運営とは(ショー著「エクストリーム・チームズ」より)

新しいビジネスを新しい形で立ち上げ急成長している企業の中には、その組織の運営方法においても新しい試みを活用しているところがあるようです。なかでも、チームワークの活用は、協力関係の重視や新たな発想の源としての期待もあって組織運営の方法として注目されているようですが、具体的な方法論は確立されているとは言えないように思います。研究開発においてもチーム運営は重要ですので、まずは、最先端企業の状況を知っておくのもよいのではないか、ということで、今回はショー著「エクストリーム・チームズ」[文献1]の内容をご紹介させていただくことにしました。

この本では、ホールフーズ、ピクサー、ザッポス、エアビーアンドビー、パタゴニア、ネットフリックス、アリババという、特色ある7つの新興企業が分析され、著者はその成功の秘訣を独特のチーム運営にあると見ているようです。こうした成功企業の分析においては様々な理由が成功の要因として挙げられうると思いますので、チーム運営「だけ」が成功の理由だというわけにはいかないとは思いますが、それぞれ特色ある組織運営をしていることは確かなようです。これからの時代のチーム運営にとって示唆に富む知見が含まれているように感じましたので、以下、本書の構成に沿って内容をまとめてみたいと思います。

はじめに、働き方に革命を
・「ホールフーズのチーム体制には、指針となる3つの信念がある。第1の信念は、人間がそもそも社会的な存在であること。小さな集団の一員となっているときに、人は一番居心地よく感じられる――とホールフーズは確信している。・・・仲間意識を持たせることがチーム制の狙いではない。能力と労働環境が適切に整ったチームなら、会社のために発揮する力も最大化できると考えているのだ。[p.12]」「第2の信念として、ホールフーズは、チームが最高の働きをするためには会社全体の統率管理も必要だと考えている。チームにはかなりの範囲で自由裁量権を認められているが、従わなければならない標準の手続きもいくつかあるのだ。[p.14]」「第3の信念として、ホールフーズは会社としてオープンであること、透明性を確保することの利点を信じている。戦略や業務に関する情報を社内で開示する『秘密なし』の環境作りを意識している。・・・対象は給料も例外ではない。[p.15]」「ホールフーズのチーム制と企業文化は、数十年にわたる試行錯誤を経て進化してきたものだ。[p.15]」「ここから学び取れる教訓がある――チームワークに関する何らかのアプローチを導入するためには、実験を重ねていく必要があるのだ。[p.16]」
・「チームワークは良いものだ。・・・チームの運営がうまくいっていれば、他社に対する競争優位になるのは間違いない。[p.16]」「ただし問題もある。チームのデザインとマネジメントというのは、きわめて複雑で難しく、創造性と徹底した努力を要するのだ。・・・基本的かつ一般的な失敗のパターンは、第1に、チーム制が必要でない場面――すなわち個人が取り組んだほうがいい業務に対し、チームを導入してしまうことだ。[p.17]」「たとえチーム制が適した場面だとしても、チーム制を成功に導くサポート(ボーナスなど)を導入していないことも多い。陥りやすい第2の失敗だ。[p.18]」「チーム制を賢く活用している企業は、決して手放しにチーム制を礼賛しているわけではなく、チームには本質的に負の性質も伴うことを理解している。たとえば研究で明らかになっているとおり、チームの一員になると熱心に働かなくなり、自分の努力不足を他のメンバーに補わせる者も出てくる。社会学者はこれを『フリーローダー(タカリ屋)』や『ソーシャルローフィング(社会的な手抜き)』と呼ぶ。・・・ホールフーズの場合は、パフォーマンスを判断する明確な指標と、チームレベルの報酬制度を整えることで、この問題を予防している。[p.20]」「陥りやすいもう一つの失敗として、『チーム制は働きやすい』という決めつけが生じることがある。・・・見過ごしやすいのだが、フレンドリーな職場はたいていの場合、きわめて過酷な労働環境でもあるのだ。有能な人材が仕事に対して執着やこだわりを抱き、高い成果を出すよう、自分と他人を厳しく追い込んでいくからである。[p.20-21]」
・「ピクサーのような企業は、一般的な会社と比べて、よりソフトでもあり、よりハードでもある。学術的には『共同関係』と『交換関係』という言葉で研究されている特徴だ。共同関係とは、見返りを期待しないサポートを基盤として成り立つ人間関係のことを言う。・・・たとえば家族は共同関係である。・・・それに対して交換関係のほうは、・・・ギブ&テイクを基盤として成り立つ。・・・企業はもっぱら交換関係だと言われる。[p.30]」「交換関係と共同関係は両立しないという見解を先に紹介したが、実は、成功している企業ほど、ハイブリッド型の関係が成り立っているのだ。独自のやり方で2種類の関係を巧みに混ぜ合わせ、両方の良いところを組み合わせている。[p.31]」
・「本書が注目する先鋭的な企業は・・・チーム制の持つポテンシャルを理解し、新たなアプローチを実験していこうという意欲がある。こうした企業で活躍しているチームのことを、私は『エクストリーム・チーム』と呼びたい。一般的な企業の先を行く大胆かつ新しいアプローチを果敢に取り入れているからだ。[p.33-34]」
・「先鋭的企業は、革新的な方法でチーム制を活用し、ライバルを打ち負かしている。こうした企業のエクストリーム・チームには5つのサクセス・プラクティスがある。1、チームメンバーが強い執着心を共有している、2,採用では能力よりも企業文化への適性を重視、3,少ない優先順位に焦点を絞りつつ、新たなアイデアを求めて焦点を広げる、4,ハードかつソフトな企業文化を築く、5,リスクと衝突に伴う気まずさを恐れない。[p.49]」

第1章、成果と人間関係の両立 大きなリスクに挑むチームだけが、大きく前進できる
・「まずは『成果』の定義から考えてみよう。『成果』を広くとらえるならば、それはチームが生み出す製品やサービスの恩恵を受ける存在が期待している内容を、チームがきちんと届けることを意味している。・・・たが、実際には、属している組織の期待に応えているか(特に組織を支配するリーダーの期待に応えているか)という問題にすりかわっている場合が多い。[p.73]」
・「社会学者のロバート・パットナムは・・・『社会関係資本』という言葉を使って、・・・さまざまな環境での人間関係の働きを説明した。社会関係資本とは、簡単に言えば『糊』だ。人と人をくっつけ、集団や組織や社会の機能が効果的に回るようにする。そして何より、この糊は利他的な行為を後押しする。[p.79]」「
たとえばチーム内で社会関係資本が貯まっていると、メンバーがお互いにまたは集団の成功のために協力するので、試練にぶつかったときにも耐えられる。社会関係資本の貯まっていないチームでは、メンバー間の結びつきが薄い、あるいはこじれているせいで、効果的な解決策を導き出す能力が損なわれ、逆境に遭うと崩れてしまう。・・・社会関係資本があるからといって成功が保証されるわけではない。だがチーム内・組織内の成功の可能性を高めることは確かだ。[p.79-80]」「社会関係資本は、次に挙げる3タイプの人間関係で構成されると本書は考えている。タイプ1【結束型】仲間のチームメンバーとの絆・・・共通の目標を持った仲間とのあいだに結束意識が生まれる。タイプ2【橋渡し型】他のチームとの連携・・・お互いが頼り合っていることを自覚して、良い関係の維持のために努力する。タイプ3【意義信頼型】組織またはリーダーに『ついていこう』という決意・・・会社やリーダーが示す価値観と信念を、社員が共有できるのが理想的だ。会社や、その存在意義に対して、心理的に投資をする気になる。[p.84-85]」
・「社会関係資本は、成果を出すことと比べれば、あまり重要ではないと考えられやすい・・・。そう見られる理由はいくつかある。第1の理由は、組織にとってはとにかく結果を出して生き残ることが最優先となるからだ。・・・第2の理由は、それが曖昧であること。・・・計画しにくく把握しにくい。第3の理由は、・・・報酬の対象とはならないこと。・・・第4の理由は、グループやチーム内の人間関係を適切に管理しようとすると、チームやリーダーにとっては負担の増加となることだ。・・・第5の理由として、リーダーによっては、人間的なつながりはむしろ邪魔になると考えている。人やプロジェクトに対して厳しい決断をしにくくなるからだ。[p.86-88]」
・「成果だけを過剰に強調しすぎれば、チームとチームのパフォーマンスを損なうだろう。・・・第1に、成果に固執する文化はチーム内の個人を疲弊させやすい。・・・重要なのは、非生産的な形で社員同士が競い合ったり、職を失う不安につねに怯えながら働いたりするような、ぎすぎすした企業文化にならずに、成果を出せるようにすることなのだ。・・・第2の理由として、倫理的・法的な境界線を踏み越えやすくなるという点がある。[p.92-94]」
・「人間関係を過剰に重視するのも、また考えものだ。・・・団結心の強すぎるチームの欠点その1は、集団思考に陥りやすいことだ。・・・欠点その2として、チーム内の難しい問題や異論の生じる課題を避けようとする傾向がある。・・・その3は、『身内』と『部外者』を分けたがる傾向が生じることだ。・・・その4として、人間関係の過剰な重視は心理的な負担につながる傾向がある。・・・人間関係の構築と維持に多大なエネルギーを擁するので、結果的に『共感疲労』と言われる状態になるというわけだ。[p.96-98]」
・「チームで成果と人間関係のバランスをとるにあたっては、基本的に2種類の危険性がある。一つは、どちらかを過剰に追求し、極端すぎる結果を招いてしまうことだ。[p.100]」「もう一種類の危険性は・・・成果も人間関係も中途半端に追求し、成長できなくなることだ。・・・先鋭的なチームでは、均衡の罠を避けて、成果と人間関係の両方を極限まで追求する。[p.103]」

第2章、執着心の共有 ビジネス以上、カルト未満
・「必要なのは『オールイン[ポーカーで手持ちのチップをすべて賭けること]』をする人材、すなわち仕事と会社に全力投球し、強い熱意を注ぐ人材だ。[p.121]」「チームや企業内に、執着するほど熱心な社員が一定数以上いなければ、大きな成功をつかむことはほぼありえない。やたらと固執するのは健全ではないかもしれないが、執着心は偉大な企業とチームの中核的な性質でもある。[p.122]」「先鋭的企業のリーダーたち・・・は、他人から見れば異様としか言えないほどの熱心さで、目標に向けて力を尽くし続けるのだ。・・・執着と言えるほどの強いこだわりは、ハイパフォーマンスに到達するために必要不可欠なものだ。[p.124]」「画期的と言われる製品には、決まって、仕事と製品に並々ならぬ愛情を抱く少数精鋭のチームがかかわっているのだ。[p.126]」
・「強い執着心は、3つの形で発生する。・・・1つ目が一番重要で、仕事そのものと、仕事の結果として完成する製品やサービスに対するこだわりだ。先鋭的企業とそのチームにいる人たちは、仕事を自分のアイデンティティの中心に位置づけている。[p.127]」「2つめは、企業を卓越した存在にしていくために全身全霊で打ち込む、すなわち心理的投資をしていこうとする点だ。・・・成果だけに執着すると、製品やサービスに比べて人間関係を軽視することになりやすい。先鋭的企業はこうしたアプローチの危険性を理解しており、社員には、企業文化に対しても同等の強さで執着することを期待するのだ。[p.130]」「3つめの形は、社会に貢献したいという強い願望を持つことだ。[p.133]」
・「執着心は『やり抜く力(グリット:Grit)』にもつながっている。やり抜く力とは、『一つの仕事に情熱を持ってかかわり、揺らぐことなく専念できる資質』のことで、執着心が生産的な形で行動になる場合を指す。[p.136]」
・「執着するチームは、一般的なチームと比べて、長所も短所もスケールが大きい。欠点なしで利点だけ選ぶことはできないのだ。たとえばチームがつねに何かに対して固執するため、間違った対象を追いかけてしまう可能性がある。みんなで執着していても、その内容が正しいとは限らない。・・・厄介なことに、チームに執着心があれば、こうしたマイナスの影響も多少なりと生じるのは避けられない。だから社員やチームが仕事に執着することを望まない企業が多いのだが、マイナスの大きさで言えば、『社員がただ仕事をこなすだけ』のほうが深刻だ。黒にも白にも振り切れないグレーでは勝利はつかめない。執着心こそが、大きな成果を生み出す基盤となるのである。[p.139]」

第3章、能力より適性 最高の人材を探そうとするな。ふさわしい人材を選べ
・「企業やチームの文化が強固であればあるほど、独特であればあるほど、そこにフィットするかどうかというのは大問題なのだ。[p.145]」
・「企業文化とは、『その会社でのものごとの進め方』だ。・・・これらは単なる社内の習慣ではなく、・・・『グループとして成功するためには何が必要か』など、根本的な認識と結びついている。[p.146-147]」
・「先鋭的企業とそのチームは、次に挙げる3つの面で企業文化に適するかどうかを判断し、採用判断を行う。1,会社の目的を信じているか・・・その会社の存在意義に対し、情熱または執着心を抱いているか。2,成果を出す能力はあるか、3,人間関係を築く能力はあるか、チーム内外と協力してやっていく意欲や気質を備えているか。[p.163]」
・「ハードルが高い業務であればあるほど、協力関係は必要不可欠だ。人を雇うといのは、一つのポジションに一人の個人を迎え入れるというだけの問題ではない。多様な能力、価値観、スタイルを持ったチームを形成するという意味なのだ。・・・メンバー同士が補い合い、チーム制の本領が発揮されるよう、相性のいいチームにしなければならない。だからといって、クローンの集まりにすべきだということにはならない。・・・メンバー同士の複製ではなく、お互いに足りない性質を併せ持つチームを形成する。[p.164-165]」

第4章、焦点を絞る。焦点を広げる 難しいのは「何をしないべきか」を知ることだ
・「優先事項が増えるのが良いこととは限らない。・・・どんな企業でも人と時間と資金は限られているのだから、成長戦略に照らして、最も投資効果の高い領域に集中する必要があるのだ。・・・優先事項の乱立は業務の足を引っ張る。全部を網羅して、たくさんの賭けをして、リスクを広げてしまう。[p.170]」
・「優先事項に向けて全員の足並みをそろえるためには、まず前提となる流れや背景(コンテクスト)について、共通認識を育てなければならない。[p.174]」「優先事項を整理し社内で周知するにあたっては、『何を土俵に載せないか』という判断にも共通認識が必要となる。[p.180]」
・「社員に『もっと多く』と求めるほうが全体的なパフォーマンスが伸びる――と信じているリーダーもいる。・・・この理屈の問題点は、社員が真に重要な領域に集中できないせいで、あるいはリソースが適切に配分されないせいで、一番肝心な成果が損なわれる可能性があることだ。同様の失敗として、優先事項が複雑すぎる場合もある。[p.183]」「優先事項を明確に定める際の第1の注意点として、シンプルで説明しやすい内容にするほうがよい。・・・これが第2の注意点につながってくる。目指す結果は具体的に、そして可能なら数字で計測できる条件も合わせて提示しておくことだ。・・・第3の注意点として、説明責任のことも考えておかなければならない。・・・次はオーナーに許される自由裁量権の範囲を定める。・・・第4の注意点として、進捗のレビュー方法を決めておく必要がある。[p.183-186]」
・「先鋭的企業とそのチームには、一つ矛盾に見える特徴がある。彼らはこのように焦点を絞りながらも、基幹事業の内外に広く目を向けて、新しいアイデアをあれこれと試そうとするのだ。狭い領域だけに重点を置き、幅広い実験をせずにいると、ビジネスが新たな機会や脅威に適応できない可能性があると察しているのである。[p.189]」「同様の傾向として、先鋭的企業は、失敗から早めに学んでいくことを奨励する。[p.197]」

5章、ハードかつソフトな企業文化 すべての偉大な文化は、矛盾を孕んでいる
・「企業経営にはハードエッジ(システムやプロセスなど、実行にかかわる部分、数値に表れる部分)とソフトエッジ(社内の信頼関係や、理念・情熱など)がある。そしてほとんどの企業は、ハードエッジか、それともソフトエッジか、どちらかに重心が傾いている。[p.202]」
・「重要な点として指摘したいのは、そもそも企業文化のベースに感情があるという点だ。[p.204]」「『その会社でのものごとの進め方、考え方』だけでなく、それ以上に、『その会社で働く私たちの感じ方』という部分が大きいのである。[p.205]」「企業文化とは、頭で考える認識と、感情を伴う体験、その2つを組み合わせたものだと考えることができる。先鋭的企業はこの両方を意識しているが、卓越したチームほど、職場環境における感情の側面を重視する傾向がある。[p.209]」「ミシガン大学教授キム・キャメロン・・・は、人の感じ方が会社の業績に及ぼす影響を研究し、ポジティブな職場環境を生み出している企業は全般的に業績が高いことを突き止めた。キャメロンが言う『ポジティブな環境』とは、人と人が互いに助け合い、ものごとがうまくいかないときにも互いのせいにせず、感謝と尊敬を持って接する雰囲気のことを言う。こうした心のあり方は、協力し合う能力、創造的な発想力、逆境から立ち直る力を伸ばすので、結果的に仕事の成果が伸びるのである。[p.210]」
・「本書に登場する先鋭的企業のチームは、さまざまな形で、次の・・・特性6つをすべて備えている。・・・オールイン・・・自由裁量権・・・情報の透明性・・・説明責任・・・楽しむ・・・共同関係[p.220-221]」

第6章、気まずさを恐れない 私が聞きたくないであろうことも、聞かせてちょうだい
・アリババの「マーの考えによると、大企業が往々にして伸び悩む理由は、『小さな白ウサギ文化』が広がってしまうからだ。仲間同士で仲良く固まって、お互いに挑み合おうとしない。そのせいでパフォーマンスが伸びず、会社として衰退していくというわけである。[p.244]」「社会学者アーヴィング・ゴッフマンが、社会的相互作用を支配する非公式なルールについての研究をしている。人間の行動を左右する最も強力なルールは、彼いわく『メンツを保つこと』だ。ゴッフマンが言う『メンツ』とは、人が文化の中で作り上げる自分の役割のことで、特に公共の場や集団において見せている自己像を指している。・・・ゴッフマンの考察によれば、人はそうした役割を全うするために熱心に努力し、そのとおりに見られているというお墨付きを他人に求める。その役割に疑いの目を向けられると、たちまち不安になり、たいてい人間関係が緊迫して、集団内で大きな問題につながる。これを避けるために、人は他人の自己認識もサポートする形で行動しようとする。社内やチームにおける相手の立場を守ってやろうとするというわけだ。[p.245-246]」
・「チームが生産的に衝突していくためには、次に挙げる要素が必要となる。1,衝突に伴う気まずさは必要であり、生産的なものだという理解。ハイパフォーマンスを妨げるのは衝突ではなく自己満足だ。2,大胆な目標を追求していこうという主体的責任感。それがチーム内に健全な緊張関係をもたらす。3,目標達成につなげるため、チームの衝突を、少数・必須の最も違いを生み出す領域に絞り込む能力、4,生産的にぶつかり合えるメンバーの性質やスキル。[p.259-260]」
・「チームが優れた意思決定をできるかどうかは、心理的安全性があるかどうかに左右される。心理的安全性とは、ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソンが中心となって完成させたコンセプトだ。革新性のあるチームほど、安心して自己表現や意見表明のできる雰囲気を巧みに作り上げているという。そうしたチームでは、仲間が自分の考えや感情や見解を理解し尊重してくれる、という安心感が生まれるのだ。[p.267]」

第7章、エクストリーム・チームを作る 冒険なきチームは衰退する
・新しくエクストリーム・チームを作ろうとする場合には、正しい目的、正しい人選、正しい優先順位、正しいチーム・プラクティスを明確にすることを著者は推薦しています。[p.278-284
・停滞したチームをエクストリーム・チームに立て直すには、まず「現在のパフォーマンスを客観的に査定」して「何がどう不振なのか把握」し、次に「チームのパフォーマンスが伸びない原因を特定する」ことを推薦しています。[p.284-290
・「チーム制には魅力が多い。チームのデザインとマネジメントが理想的に整っていれば、よそから模倣されにくい競争優位が生じる。だが、卓越したチームがなかなか存在しない理由は、そうしたチームの構築には厳しい代償が伴うからなのだ――組織とリーダーが、支配力を多少なりとも手放さなければならない。組織も、リーダーも、多くの場合は前例のないことを試したがらない。チームに自由を与えることで生じる不安や不確実性を好まない。一方で、チームのほうが、自由を与えられることで生じる責任を好まない場合もある。・・・だが、ビジネスや社会における優れた成果というものは、ほぼ例外なく、野心的な目標のために協力し合う小さな集団が生み出すものだ。リーダーの役目はチームのメンバーを選び、そして、メンバー自身が行けると思うよりも一歩先へと背中を押していくことだ。・・・最高のチームはお互いを支え合う。どんな人間でも、誰かと一緒に大きなことを達成したいという欲求を抱いているものだが、優れたチームはそのニーズを満たすのだ。・・・何か大きな目的のために邁進しようというときは、強く結ばれた仲間の存在が必要となる。エクストリーム・チームなら、それが叶うのだ。[p.295-296]」
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この本に取り上げられた7つの企業は、一般の企業から見たら特殊な例だと思います。その企業でエクストリーム・チームがうまく機能していたとしても、その特徴をそのまま一般の企業に適用できるものかどうか、という疑問はあるでしょう。また、研究開発という仕事も新興企業の立ち上げとは異なる側面を持っているでしょう。しかし、これらの事例には、チーム運営の方法についてのヒントが多く示されていることは間違いないと思います。本書の手法について特に印象的だったのは、メンバーのやる気を引き出し、その方向を揃えつつ、個性を活かす手法です。研究開発に限らず、チームで仕事に取り組む意味は今後も大きくなっていくのではないでしょうか。チームが機能するメカニズムについての知見の発展には今後も注目していきたいと思います。


文献1:Robert Bruce Shaw, 2017、ロバート・ブルース・ショー著、上原裕美子訳、「エクストリーム・チームズ アップル、グーグルに続く次世代最先端企業の成功の秘訣」、すばる舎、2017.
原著表題:Extreme Teams: Why Pixar, Netflix, Airbnb, and Other Cutting-Edge Companies Succeed Where Most Fail


「思考停止する職場」(飯野謙次著)より

イノベーションをうまく進めるためには、失敗から学ぶことが重要だという指摘が最近多くなされるようになっていると思います。ただ、この時の「失敗」とは、「思ったような結果にならなかった試行」のような意味で使われていて、失敗を恐れずどんどん試行してその結果から学ぶことが求められていると考えられます。一方で、例えば人為的ミスなど、「起こしてはならない失敗」から学んで、そうした失敗を二度と起こさないようにすることも求められます。片や起こしてもよい失敗、片や避けるべき失敗、ということになるでしょうが、どちらもその失敗から学ばなければならないことは同じといえるでしょう。

では、失敗から学ぶにはどうしたらよいのでしょうか。おそらくどんな失敗にも想定外の原因があるのではないかと思います。事前に予想できない想定外のことから学ぶにはどうしたらよいのでしょうか。今回ご紹介する、飯野謙次著「思考停止する職場 同じ過ちを繰り返す原因、すべてを解決するしかけ」[文献1]では、「失敗学」の観点から、失敗の原因、そして失敗からうまく学べない原因と対策が議論されています。著者は、思考停止を避け、創造性を高めることの重要性を指摘しており、研究マネジメントにとっても示唆に富む内容と感じましたので、以下に興味深く感じた点をまとめたいと思います。

はじめに
・「組織の思考停止は、危険の可能性を知りながら、その対策を考えずに危険そのものを否定したり、不正会計や不良品をそのままにしたりすることにつながり、大きな社会問題に発展します。人の思考停止は、作業の滞りや、修正のために不必要な作業を周りが強いられたり、危険に対する創造的対策を立てられず、精神論に頼ってやがて大きな事故を招いてしまったり、最悪の場合、戦力の喪失や、告発による失職にまで発展しかねません。本書では、職場での思考停止を招かないためには、上司は何を考えなければならないか、さらに部下の潜在能力を引き出し、自分のグループの活力を2倍にも3倍にもするためのコミュニケーションについて解説します。これを『エムパワリング・コミュニケーション』といいます。英語でEmpowering Communicationです。[p.6-7]」
・「失敗に直面したときに思考停止に陥っては、同じ失敗を繰り返すだけです。このときに、創造的方法で失敗を繰り返さないよう考えるのは、失敗がくれた発展のためのチャンスだと考えます。[p.9]」

第1章、危険な職場を生むコミュニケ-ション
・「他人の意識は自分の意識とは違います。そのため、自分の意識、思っていること、望んでいること、望んでいないことは、言葉を通して相手に伝えることになります。[p.19]」「育った環境、個人的な事情により、同じ日本語の言葉であっても人によってその言葉にまつわる認識が違うものです。[p.23]」
・「硬直した組織では、よけいな摩擦を避けるためでしょう、グループの役割が隙間なくぴったり寄り添って、お城の石垣のような模様を作ります。ところが競争の激しい現代では、昨日と同じように仕事をしていたのでは、競争についていけません。[p.31]」「各グループが硬直したままの仕事分担を考えていたら、仕事の抜けができてしまいます。このときに必要なのが、各グループでも、組織活動の状況に応じて有機的に自分たちの作業範囲を変えてしまうことです。・・・このように柔軟に変化に対応できる組織では、当然ながら『重なり』をなくすことはできません。[p.32]」「このような柔軟な組織運営にこそ、コミュニケーションが必要です。誰、あるいはどのグループに余裕があるか、どこの負荷が多いか、抜けている作業はないかなど、当事者たちと話し合ったり、あるいは当事者同士が横のつながりで話し合ったりして、リアルタイムで必要に応じてそれぞれの分担を決めていくのです。コミュニケーションの少ない組織では、そのときに応じた適切な体制など作れるわけがありません。[p.33]」
・「チームをまとめて率いる人は、まずチームの『目標』を定める必要があります。目標が曖昧だったり、不明確だったりすると、チームメンバーは、ただ言われたことをこなすというルーチン的作業にはまり込み、士気も上がらなければ作業効率も悪くなります。[p.41]」「まずは簡潔な言葉で、誰にもわかりやすい目標であることが重要です。・・・あまりに抽象的な表現では目標を簡単に見失うことになります。[p.42]」「一方、・・・コミュニケーションの『報告』と『指示』は、目標ではありませんので、簡潔でポジティブな表現である必要はなく、正確で詳細であることが大切です。[p.43]」「具体性のない指示を与えられて、経験の少ない人が動き出したとき、それこそ過去の失敗を繰り返したり、安全や品質といった大きな制約条件を忘れた行動を取ったりしたら、事故や不祥事につながりかねません。・・・報告は、詳細を無視して、自分なりに結果を解釈して行われたのでは困りものです。[p.44]」
・「人間には自己防衛本能があります。[p.45]」「日々の作業を進めるなかでのちょっとしたミスは、隠したいのが私たちの本音です。・・・日ごろの上司の叱咤が厳しく、メンバーが萎縮してしまっているようなグループでは、黙っている、すなわちコミュニケーションに蓋をするという行為に走ってしまいがちです。[p48]」「コミュニケーションの阻害が始まると、グループの本当の姿を上司は見ることができなくなり、やがては業務の進行に著しい支障をきたすようになります。[p.49]」
・「ミスが起こったときは、必ず原因があります。原因の分類は、・・・私は『学習不足』『注意不足』『伝達不良』『計画不良』の4つを挙げます。その結果起こることは、知らなかったという『無知』、知っていたのに正しく行動できなかった『無視』、そして思い違いをしていたという『過信』です。[p.49]」「『無視』には、意識せずに無視してしまった『注意不足』と、知っていたけど、面倒だった、大丈夫だろうと思ったという意識しながらの『無視』の2種類があります。どちらの場合も解決は簡単ではなく、『周知徹底』『教育訓練』『管理強化』の失敗学でいう『三大無策』に頼ってしまうのが人からなる組織の傾向です。これらが無策であるのは、目指しているのが精神論的解決だからです。[p.50]」「周知徹底をすれば、そのときは効果があって、同じ失敗を繰り返さないのは当たり前です。ところが慣れとともに、いつの間にかその大切な知識が抜け落ちてしまう人間の特性に対しては、何も対策ができていません。生き物である人間は、特定の作業について、その進行に必要な知識はいつの間にか意識しなくなるものであり、特にそれを次の人に引き継ぐときには、その大切な知識の伝達が抜け落ち、作業の形式だけを伝えてしまうものなのです。これはその作業が作業者の知識に頼っているのがいけないことであり、作業そのものに変更を加えて、その知識がなくとも確実に進むものにしなければなりません。[p.53]」「教育訓練はもちろん必要ですが、いざ現場に出て、ベテランに現場は違うんだよと聞かされたら、現場の習慣に従うのが人間です。[p.56]」管理強化は「三大無策のなかで、最も避けなければならない対策です。・・・管理を強化するというのは現場で失敗が発生するのを認め、それを管理で事前に見つけるということです。[p.57]」「管理の強化をやりすぎると、その管理の手順に従うことに気を取られ、作業が形骸化してしまいます。[p.58]」「管理強化という言葉は現場を萎縮させ、不具合に気がついてもそれを隠そうとする心理が働きます。・・・根本的な問題は、人の注意力に頼らなければいまくいかない、あるいは監視や意識を高めないとやる気にならない手順そのものなのです。[p.59]」
・「人であれ、機械であれ、電子回路やセンサーであれ、壊れることがあるという前提を意識しなければなりません。[p.64]」「失敗学では、人は『見たくないものは見えない』と教えます。[p.65]」
・「数ある失敗事例に関する細かい情報を頭のなかに入れることは不可能です。重要なのは、個々の事例をよく学び、そこからその失敗のエッセンスともいうべき失敗知識、すなわちどんなとき、どんな条件で失敗が起こるか、その知恵を身につけることです。[p.74-75]」「ただし、この知恵は抽象的な概念であるため、人に伝えようと文字や絵にしても、聞き手はすぐに忘れてしまいます。具体的な体験がないために、腑に落ちないのです。失敗体験から得られる失敗知識、すなわち知恵を人に伝えるには、抽象化の過程で削ぎ落とした一見不要と思われる枝葉な情報をも、聞き手に伝えることです。[p.77]」

第2章、自分で考えて動く人が育つしかけ
・「最初の仕事は真似から始まります。このときはマニュアル通りに作業を進めることを教えてください。[p.155]」「仕事には、本書でその必要性を説く創造性を発揮しなければならない場面もありますが、大方の作業は決まった手順に従って間違いのないように進めるものです。・・・マニュアルは、私たちが何か技能を身につけるときに、懇切丁寧にその方法を解説してくれる先人の手ほどきともいえるものです。[p.90]」「マニュアル作成側が気をつけなければいけないのは、正しいマニュアルが良いマニュアルとは限らないことです。[p.94]」「わかりにくい、現場の実情からかけ離れて無視されているなど、マニュアルそのものに失敗の原因があることが多いのです。[p.95]」「環境はとてつもないスピードで変化しています。・・・マニュアルも変える必要があります。[p.100]」
・「初心者に創造的になってもらっては困ります。ただ与えられた単純作業を黙々とこなしながらも、やがては『なぜ?』、『もっとうまくできないか?』と考えるようになるのが創造性をもった人です。そしてその創造性は誰にでも備わっており、それを使うか使わないかの違いがあるだけです。[p.107]」「マニュアルに従いながらも、考えるというのは、自己流でマニュアルから逸脱することとはまったく違います。考えた末に、もっといいやり方があると確信したなら、勝手にそれを始めるのではなく、まずは相談をするよう仕向けることです。[p.110]」
・「『思考展開図』を利用すると効果的に立案、遂行、見返りができます。・・・左側が要求機能・・・それを複数の副次要求機能に分解します。・・各要求機能は1つ、もしくは複数の解要素につながります。・・・複数の解要素が集まってより上位概念の解(副次解)を構成し、すべての副次解を集めて総合解とします。[p.116-118]」
・「ある研究成果では、性格が外向きの人よりも、内向き(introverted)の人がグループリーダーとなったほうが、グループとして優秀な成績を収めるともいわれています。外向きの人は決断が早く、いったん方向を決めたら、ゴールに向かって突っ走るのに対して、内向きの人はメンバーの意見をよく聞き、熟考するからだということです。[p.124]」
・「最近『指示待ち人間』という言葉をよく耳にします。自ら考えることをしないで、言われたことだけをこなそうという人です。[p.125]」「指示待ちになってしまうと、いざというときに考えようともしません。[p.127]」「指示を待つのではなく、自分で積極的に考えて動く人になってもらうには、いきなり『自分で考えて動け』と行っても思うようになりません。・・・少しずつ、自分で考える機会を与えながら、部下を育てる気持ちをもつことです。[p.129-130]」
・「成功談や成功体験というものは、そのときに条件がそろって、そのときに行った決断や行動がうまくいったもので、意欲の高揚や人を元気にする効果はありますが、いざ別の場面に出くわしたときにはあまり役に立たないものです。条件も、市場や顧客の状態も変わってしまっているため、その通りをなぞっても同じように成功することは稀有なことです。[p.132]」
・フォールトツリー解析:「まずは、何が起これば避けたい事象が起こるか、AND(ぶら下がったノードがすべて起これば上の事象は起こる)とOR(ぶら下がったノードが1つでも起これば上の事象は起こる)ゲートを使って論理の木、ツリーを構築します。次に、ツリーの一番下、末端にある各ノードの発生確率を計算します。・・・計算結果が十分小さくない場合、ツリーのどの枝が大きな数字に結びついているかを見て、不具合確率の少ない部品に変えたり、設計を見直したりします。[p.140-141]」
・「アメリカでは20世紀終わりごろに言われ始め、今世紀も新しい開発に取り掛かるときに言われる『アンカンクス』という概念があります。英語で『Unkunks』、Unknown-Unknownsを略した言葉です。・・・『予測できない不明要因』とでも訳しましょうか。・・・ボーイング社でも、新機種の開発に取り掛かるときは、アンカンクス対応を最初から予算に入れて計画を立てます。[p.145]」

第3章、こわいのは、上司のこのひと言
・「本章では、どのような話し方が人の創造性を潰してしまうのかを解説します。[p.160]」
・「リスクがある」、「前例がない」、「成功例はあるの?」、「それ、ニーズあるの?」(「すでにあるなら、そのアイデアは『もう古い』」)、「うちの業界はね・・・」(過去のモデルにこだわるのは危機的状況)、「できない」(「その発言はあなたの創造性の欠如をも露呈」)、「つべこべいうな」(部下からの反論に対して)、「かんたんだから」(「自分の受けもつ作業を任せようとする場合、・・・『簡単だから』と部下に簡単の責任を一方的に押しつけるのはかえってマイナス」)、「こんなこともできないのか」(部下にとっては苦手なことがある)、「期待してるよ」(ハッパをかけるのはかえって逆効果になることがある、張り切って周りの同僚に迷惑をかけたり、うまく進まないときに報告をためらったりと、プレッシャーが裏目に出ることがある)、「空気を読め」(会議での無言の合意がわからないときには、説明してやる必要がある)、「ふつうはね・・・」(「一般論をかざして部下を指導しようとすると、聞いた側にとってはあなたの存在が、一般の人以外の何者でもなくなってしまいます」)、「合理化、効率化」(「新人にベテランと同じ効率を求めたり、急かせたりすると、きちんと行っていた確認作業が疎かになり、考えられないようなミスをしでかすことになりかねません」)、「コスト優先」(「コスト削減を徹底しすぎると、製品やサービスに思わぬ危険が作り込まれてしまいます」)、「ノルマ達成」(「ノルマという追い詰め方は、一時的な効果を生むことがあっても長期的に見るとマイナスです。・・・失敗学では、過度のノルマを設定するのは、経営層が自分たちの力量を見誤ったからと考えます。」)、「コンプライアンスの遵守」(「『コンプライアンスを徹底してください』と言うだけでは、『コンプライアンスとは何であるか』解明するのを部下に押しつけているだけで感心しません。チームのコンプライアンス、特に法令、道徳に関して目を光らせるのは、あなたの仕事です。」)、「周りに迷惑をかけるな」(「組織に入った以上は、迷惑と思わず、うまく作業を分担していると考えることです。」)
・「まとめると、常に新しい可能性に敏感であること、最初に方向を示したり、途中で軌道修正を入れるときは丁寧に説明すること、抽象的な励ましは控えること、曖昧な精神論や不明瞭な言葉を理由にしないこと、部下を一個の人間として尊重すること[p.194-195]」

第4章、思考が動く職場とは、どんな場所か
思考停止に陥らない仕事の進め方
・「きちんと管理しながらリスクとつきあうのが、リスクマネジメントをうまく利用した仕事です。大切なのは、冷静な第三者的観察眼で、見えにくいリスクを正直に俎上に載せて正しく評価すること、そして常にその評価を見直すことです。[p.204]」
・「作業の流れは『グラフにする』[p.204]」(例:PERTProgram Evaluation and Review Technique)図)
・「『観察』『立案』『行動』を繰り返すのが仕事ですが、このなかの『観察』を正しく行わなければ、計画した効果と実際のずれに気づかず、いつまでも成績が上向かない、ミスを繰り返してしまうということが起きます。[p.214]」
・「失敗事例に学び、知識を得、知恵を体系化することで、創造を効果的に行う基盤ができていく[p.218]」
・失敗要因と対策の4M4E:要因として、物(Machine)、環境(Media)、管理(Management)、人(Man)を評価、対策として、教育(Education)、技術(Engineering)、管理(Enforcement)、事例(知識)(Example)を評価する。「失敗学では、世界的に普及している4M4Eの対策のうち、有効なのは技術のみ、残りの3つは三大無策と大胆に切り捨てています。[p.231]」
・失敗要因のSHELL:当事者の人(L)とそれを取り囲むS(ソフト)、H(ハード)、E(環境)、L(他の人)の関係を淳に評価する。[p.231
・「認知科学の分野で開発されたバリエーション・ツリー・アナリシス(VTA: Variation Tree Analysis)は、事故の時系列に従ってイベントを並べ、それぞれの因果関係や「どこが違っていたら、回避できたか」を分析し、再発防止の提言に有効です。[p.234]」「これがなければ事故にならなかった事象」である排除ノード、「ノード間の関連を断ち切ることができ、やはり事故を防ぎ得た事柄」であるブレークも視覚的に捉えることで解決策を見つけやすい。
・失敗学で用いられる「失敗原因のまんだら図」:失敗原因の大分類として、無知、不注意、手順の不遵守、ご判断、調査・検討の不足、環境変化への対応不良、企画不良、価値観不良、組織運営不良、未知の10原因を挙げ、「『未知』だけが、10個の失敗要因のなかで許される失敗[p.240]」としている。
・「失敗をマイナスの出来事とするのではなく、プラスを生み出すチャンスととらえること、これは今までにない考え方です。ただ、プラスを生み出すのは簡単ではありません。・・・第1章で紹介した三大無策を対策としていたのではプラスを生み出すことはできません。失敗からリカバリーしてプラスを生み出すには、その失敗が起こりえない仕組みを考えなければなりません。創造です。[p.252-253]」

おわりに 「正しい」という思考停止
・「失敗学は、硬直して凝り固まった日本の社会に一石を投じ、それを揺さぶる新しい考え方なのだと思います。礼節を重んじ(体面重視)、計画した通りに物事が進まなければいけない(硬直化)日本の社会に、このままではいけないから何とか変えようとする新しい動きです。失敗学とは、失敗に学んで終わるのでは決してなく、新たな創造をなすための学問領域です。[p.259]」
・「正しくないといけないと感じるのは、形にとらわれ、ルールに従い、はみ出してはいけないと考える日本人の美徳でもありますが、競争社会では大きなハンデではないでしょうか。緊急性がなく、普通に仕事が進んでいるときはそれでいいかもしれませんが、それでは発展は望めません。思考が停止してしまっているからです。[p.261]」「あなたが部下をもつ身であれば、思考が停止してしまった人に対しては、そのさびついた思考の歯車に油を差し、少しずつ慣らし運転をしながら『考える人』になってもらうよう指導することです。・・・そのためには、人に自然にやる気を起こさせるエムパワリング・コミュニケーションの手法を会得し、実践することが近道です。[p.262]」
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失敗を避けることと、新しいものを創造することは、一見別物のようにも思われますが、その根本には創造性の発揮という同じ知的営みがあり、創造性を発揮させるには、コミュニケーションを通じてやる気を起こさせることが重要である、というのが著者の主張のポイントのひとつと言えると思います。考えてみれば、失敗への対策を立てるということは、失敗してしまうかもしれないという不確実性を潰していくことと同じ、という意味で、研究開発における不確実性の除去と相通ずるものがあるかもしれません。研究マネジメントについても「考える」ことを促すマネジメントとして整理できるかもしれないと思えた点、興味深く感じました。


文献1:飯野謙次、「思考停止する職場 同じ過ちを繰り返す原因、すべてを解決するしかけ」、大和書房、2018.


 


大胆な発想が出ないとき(「When Your Moon Shots Don’t Take Off」、Furr, Dyer, Nel著HBR2019, January-Februaryより)

イノベーションを、少しずつ改善を積み重ねていく漸進的な(incremental)ものと、世の中を大きく変える画期的なものの2種類に区別する考え方があります。この2つは、それぞれ課題の性質が異なり、うまく進める方法も異なってくるわけですが、一般的には、漸進的なイノベーションは課題も見えやすく不確実性も低めで進めやすいのに対し、画期的なものはその反対で進めにくいという特徴があると考えられます。

では大胆なイノベーションを上手く成功させるにはどうしたらよいのか。今回は、大胆なアイデアを出す段階の方法を議論した、Furr, Dyer, Nel著「When Your Moon Shots Don’t Take Off」[文献1]というHBR誌の記事をご紹介したいと思います。著者の考え方の特徴は、大胆な発想を制約する思考のバイアスの影響を避けるようにする点にあるようです。以下、記事の中から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

大胆な発想が出にくい理由
・「イノベーションを進めるための様々な洗練されたツールが増えてきているにもかかわらず、漸進的な思考をしてしまう傾向はどんな業界の企業にとっても悩みの種だ。漸進的なイノベーションは、成長のためのポートフォリオに必要ではあるが、長期的なビジネスを維持の役には立たない。・・・なぜ、Googleが「10x thinking」と呼ぶ、ありがちな10%の向上を目指すのではなく10倍の向上を目指すという考え方をすべての企業がとれないのか?」
・「10xアイデアを制約しているのは、可能性に着目することを避け、我々の認知を歪めてしまうバイアスだ。認知科学は、こうしたバイアスと、『予想通りに不合理』な考え方の謎を解き始めている。その結果、経済学、マーケティング、戦略などの分野で、より『行動(behavioral)』的なアプローチがこれまで主流だった考え方を覆しつつある。」
・「新しい方向を考えるとき、我々はほとんど場合、研究者が『ローカルサーチ』と呼ぶ認知的な罠にはまってしまう。例えば、代表性のあるデータの代わりに手に入るデータを使ってしまう可用性バイアス(availability bias)、すでに知っていることを重視してしまう熟知バイアス(familiarity bias)、自分が信じていることを支持するような新しい情報を求めてしまう確証バイアス(confirmation bias)などがある。その結果、我々は、我々の視界の外にあるより大きな機会よりも、現状に関連する機会にばかり目を向ける結果となる。この記事の目的は、こうした罠を回避するための方法を皆さんと共有することだ。リーンスタートアップやアジャイル開発は役に立つがバイアスと戦うためのものではない点で、ここで述べる方法とは異なる。実際、ハーバードビジネススクールが行った最近の実験では、アジャイル手法は発散的な考え方(divergent thinking)を阻害することがわかってきている。」
・「我々の提案する方法は、網羅的なものではなく、創造的な組織が10xアイデアを手に入れようとする方法のいくつかを示したものだ。この記事の意図は、可能性を制限している力を企業がどう克服できるかについて光を当てるものだ。」

SF
Science Fiction

・「SFは何が可能なのかについて、我々が時空を超えて夢想する助けとなる。・・・我々がコンサルタントを務めたLowe社の事例でも、SFが既存の大企業の将来の姿を描く助けとなった。・・・やり方は顧客と技術に関するデータをSF作家集団に提示して、今から5~10年後にLowe社がどのような姿になっているかを問う、という単純なものだ。我々は彼らのアイデアを集め、彼らの見解がどこで収束し発散したかを見極め、ストーリーに仕上げ、作り上げたspeculative fictionを幹部と共有した。その結果Loweは自律ロボットを顧客サービスと在庫管理に用いた最初の小売り企業となり、最初の3Dプリントサービスを立ち上げ、工具作成用3Dプリンターを国際宇宙ステーションへの設置支援を行った。」
・「イノベーションは技術に関するものばかりではない。我々は、同じプロセスを技術に関係のない場面でも使用している。」

類推(Analogies
著者らはハイゼンベルグが不確定性原理を思いついた際にアナロジーを用いた例を紹介しています。
・「異なる分野からの類推は、時に大きな飛躍に役立つことがある。例えば、UberAirbnbの急成長は、似たような『シェアリングエコノミー』の出現の前兆となっている。」「何かをしなかったことからの類推を使うこともできる。失敗から学ぶこともできる。」

根本原理(First Principles Logic
・「first principle」アプローチでは、基礎的な原理の再検討によって現状に疑問を呈し、ゼロからデザインし直す。」
著者は、Regeneron Pharmaceuticalsによるヒト遺伝子を移植したマウスの例、Elon MuskによるSpaceXの例を挙げています。

外適応を用いた隣接領域の探索(Exploring Adjacencies Using Exaptation
・「ブレークスルーを探索する時、使用できる機会は常に何から始めるかによって決定される。これは生物学者のStuart Kauffmanが彼の理論で『隣接可能性(the adjacent possible)』と述べた考え方だ。しかし、我々には当たり前の使用法や組み合わせに目が行く傾向がある。ポイントは全く違った使用法を見つけることだ。進化生物学によれば、これは外適応と呼ばれるプロセスで起こる。ある目的のために進化した特性が全く異なることの役に立つ場合だ。」

結論
・「この4つのイノベーションアプローチのポイントは、我々の思考を揺り動かし、既知のことにこだわるという我々の自然な傾向を超え、認知バイアスを避けることだ。もちろん他の手段もある。例えばAmazonでは、想像上の新製品を市場に出したとしたときのプレスリリースを書かせる。これは数年のうちにどんな新提案があるかを思い描くことを促す。」
・「どのようなフレームワークやアプローチを使ったとしても、目標とすることはありうる可能性に焦点を当てることだ。たまたま今日起こった細かなことに行き詰まり、アイデアを受けのよいものにトーンダウンしてしまう潜在的なイノベーターが多すぎる。しかし、10x思考を達成するには、漸進主義から脱却し、失敗の恐怖をねじふせなければならない。大きな夢を描く必要があるのだ。」
・「我々は、企業が大きな発見を効率的にできるようになる新たなアプローチが必要だと信じている。そのいくつかをここに示した。イノベーションの分野でも行動的な考え方の革命(behavioral revolution)を受け入れる時だ。認知科学を真摯に受け止めることで、我々は自分たちのものの見方に対する制約をうまく壊せるようになる。なぜそれがそんなに重要なのかって?  未来はいつかそこに至ると定められた目的地ではなくて、我々が作り出すものでしかないからだ。」
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画期的なイノベーションを生み出すには、短期的な思考にとらわれてはいけないことはよく指摘されます。これは単に、ビジネスのシステムが短期志向的であるからというだけでなく、人間の認知的な限界も影響していると考えるべきだというのは、言われて見れば当たり前のように思われますが重要な視点ではないでしょうか。人間を機械のように考えるならば、単にやるべきことを指示し、うまくできるように管理することでよいのでしょうが、機械にできないことを達成しようとするなら、人間の本質の理解は今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。イノベーションの本質についての理解の進歩と、そのイノベーションを作り出し、できたイノベーションを受け入れて活用していく人間の本質の理解の進歩にはこれからも注目していく必要があるように思います。


文献1:Nathan Furr, Jeffrey H. Dyer, Kyle Nel, “When Your Moon Shots Don’t Take Off”, Harvard Business Review, January-February, 2019, p.112.
https://hbr.org/2019/01/when-your-moon-shots-dont-take-off


「リクルートすごい構“創”力」(杉田浩章著)より

イノベーションをうまく進める方法を知るには、実際にイノベーションや新規事業の立ち上げ、研究開発をうまく進めている企業の方法に学ぶことは重要でしょう。もちろん、イノベーションには様々な側面があり困難も様々ですので、あるやり方がすべての場面で通用するということはないでしょう。しかし、ある状況で成功している企業のノウハウを分析し、そこから成功確率を上げる手法についての示唆を得る、ということは可能なのではないかと思っています。

今回ご紹介したいのは、杉田浩章著「リクルートすごい構“創”力 アイデアを事業に仕上げる9メソッド」[文献1]です。リクルートといえば、数多くの新規事業を世に出していることで名高い企業ですが、本書ではそのノウハウをボストンコンサルティンググループの杉田氏が分析してまとめ、そのノウハウが解説されています。リクルートが立ち上げる新規事業は主にサービス関連のビジネスモデルに属するものが多いと思いますので、いわゆる製品開発、モノづくり的開発とは異なる点はあるとは思います。しかし、新規事業の進め方、特にビジネスモデルをいかに立ち上げ、それを拡大していくかの方法論はすべての企業にとって役に立つのではないかと感じました。著者は次のように述べています。「リクルートが、多くの新規事業を世に出し、継続的に収益を上げ続けているのは、一握りの『天才』たちの力によるものでもなければ、偶然の産物でもない。できるだけたくさんの、新規事業の『種』を見出し、それを高速で磨き上げながら市場に出すための仕組みや、市場に出た後も事業の衰退を許さず、継続的に成長させていく手法を、しっかりと社内に根付かせ、愚直に、しつこく実行しているからだ。・・・本当のリクルートの強さの理由を解き明かすことは、多くの悩みを抱えるほかの企業にとっても、大きな学びになり、社会的な意義も深いはずだ。これが本書を執筆しようと考えるに至った理由である。天才たちのひらめきに頼るのではなく、仕組みフレームワーク=『構え』でアイデアを事業へと創り上げていく。こうした『構“創”力』について解説したのが本書である。[p.8-9]」以下、特に重要と感じた点を中心に本書の構成に沿ってまとめてみたいと思います。

序章、なぜ、あなたの会社の新規事業はうまくいかないのか
・「多くの『新規事業が生まれない』『うまくいかない』と嘆く企業には共通点がある。どれも、意思決定のやり方が間違っていることが大きな原因だが、それによって表面化する症状は複数あり、多くの企業ではこのうちのいくつか、またはすべてが見られる。代表的な症例を見てみよう。[p.25]」
【症状1】PDSサイクルの『P』に時間をかけすぎる
【症状2】計画が変えられない
【症状3】時間をかけて計画を立てる割に、ツメが甘い(次に進む決断がうまくできない)
【症状4】当事者も、経営陣も本気でない
【症状5】うまくいかなくなったとき、撤退の決断ができない
・「リクルートの新規事業開発には、こうした症状に陥らないような工夫が巧みに組み込まれている。後述するリボンモデルで業界構造全体を捉え、それを共通認識として社内での議論ができる。PDSの『P』の段階で、どう成功させるかではなく、何を検証するかに議論を集中させ、とりあえずテストマーケティングやスモールスタートの形で市場に出して、テストマーケティングを行う。・・・新規事業を開発する手法・メソッドが確立されている。事業を生み出す『01』だけではなく、事業をスケールアップする『110』の段階にも、きちんとしたノウハウがある。・・・たとえ既存領域を脅かすことになったとしても、ボトムアップによる新規事業開発をやるとトップマネジメントがコミットメントする。ある一定の段階まで来たら、予算組みと権限を新規事業開発のトップに渡す。うまくいかない事業は、ある段階で見切られ、すぱっと撤退する。・・・アイデアを出し、チャレンジすることが称賛される文化がある。たとえある事業で失敗したとしても、それが本人の致命的なマイナス評価にはならず、何度でもチャレンジが許される。[p.33-34]」
・「リクルートの最大の強みは、・・・『リボンモデル』にある。・・・リボンモデルは、蝶ネクタイのような形をしている。左側の三角が、個人や一般の消費者(カスタマー)、右側の三角が、企業や事業者(クライアント)で、両者をつなげる結び目がリクルートだ。左右両サイドの橋では、まず個人や企業を『集め』、何らかの働きかけをすることで両者の行動を変化させて『動かし』、中央のマッチングポイントで『結びつける』ことでリクルートが収益を上げる。この結び目が大きければ大きいほど、マッチングの総量は大きくなる。・・・結び目を最大化するためには、左右両端のリボンの幅を広げる(より多くの個人、より多くの企業を集める)ことに加え、マッチングのプロセスの途中で脱落する率を下げて、中央の結び目に至る際の減衰を押さえる(コンバージョン率を最大化する)ことが必要だ。・・・リクルートの役割は、左側の個人と、右側の企業を、両端でより多く集め、より確実に動かしてたくさん結びつける『ベストマッチング』の仕組みを提供することだと定義される。[p.35-38]」
・「リクルートのビジネスは、リボンモデルの構築に沿った3つのステージで表すことができる。まず、ゼロから1を生み出す新規事業の創出である『01』。ビジネスの種の発見と言い換えることもできる。[p.41]」「次にビジネスの種を、単なるアイデアから『事業』に成長させるのが、次の『110』のステップだ。・・・この『110』の前半に当たるのが、事業の『価値』を定義し、『勝ち筋』を見つけるステージ2だ。・・・ステージ2で発見した勝ち筋やKPIを実行し、爆発的な拡大再生産につなげるのが『110』の後半に当たるステージ3だ。[p.42]」「『10』になっても、リクルートは磨き込みをやめない『しつこさ』を持っている。・・・この『10Next』のステップでは、・・・事業領域を拡大するなどして、さらなる成長を図る。[p.44]」

第1章、ステージ「01」 「不」を発見し、事業性を見極める
・「何もないところから新しいものを生み出す、『01』のステージについて解説する。・・・メソッドは、新規事業開発の起点となる『不の発見』である。・・・メソッド②は『テストマーケティング』。・・・メソッド③は、『New RING』という、アイデアを事業に育てる仕組みだ。[p.50]」
・「リボンモデルを描く第一歩となるのが、メソッド1にあたる『不の発見』だ。リクルートにおける『不』とは、『不便』『不満』『不安』など、あらゆるネガティブな概念の象徴。[p.53]」「筆者の分析によるとリクルートでは、3つの条件で『不』をふるいにかけ、ブラッシュアップしているように見える。[p.60]」「1つ目が、見過ごしがちだが誰も目をつけていなかった『不』かどうか。・・・2つ目は、その『不』は、本当に世の中が解決を求めているものなのか。既存の産業構造を変えるほどの、大きな可能性を秘めているのか。・・・3つ目が、その『不』を解消することが、収益につながるかどうか。[p.61]」
・「メソッド①で発見した『不』や、それを解消するためのアイデアが、本当に人の心を動かすものなのか。また、・・・ビジネスとしての市場性が存在するのかどうか、収益を生み出す事業性があるのかどうか・・・これらを見極めるため、限定的な規模でテストマーケティングを設計する。[p.64]」「例えば、RECRUIT VENTURESでは、2014年より、『ステージゲート方式』が取られている。『この時期までにこういう状態にならないと撤退』というゲート(関所)が段階的に設けられているのだ。ゲートを越えて次のステージ(段階)に上がると、徐々に投下される資金や人材などのリソースが増える仕組みだ。[p.67]」
・「リクルートは、アイデアをどう集めるか、集まったアイデアをどう磨き、育てるかを仕組み化し、たくさんの新規事業を世に出してきた。・・・イノベーションの仕組み作りにエネルギーを注ぎ、時代の変化に合わせて進化させてきたのだ。その代表的なものが、新規事業提案制度『New RING』だ。[p.71]」「事業会社ごとのNew RINGでは、それぞれの事業ドメインに応じた新規事業を年1回審査する。[p.72]」「新規事業を集めてブラッシュアップし、事業にまで育て上げる仕組みが、New RINGなどの形で完備されている。それがメソッド③だ。一般的に新規事業立ち上げの支援や起業支援を『インキュベーション』と呼ぶが、・・・新規事業のアイデアを卵だとすると、New RINGは孵化より前の、アイデアを集めて選別し、ブラッシュアップする段階もサポートするし、孵化した後、ひなを育てて事業を軌道に乗せるところまでも含む。[p.73]」「New RINGの最初の審査で問われるのは、おおまかに『市場規模』『ユニークかどうか』『志』の3点だ。・・・リクルートでは、数億~数十億規模では、『小さすぎる』と判断されてしまうことが多い。『ユニークかどうか』の問い方も・・・『国内で初』『世界で初』レベルを求める。さらに特徴的なのが『志』だ。・・・あるべき社会の姿に照らし合わせて、真に解決すべき『不』が存在しているのだということを、説得力を持って伝えられるか。そして、自分自身がその解消に向けて、粘り強く取り組む覚悟を持っているかが問われる。[p.75-76]」「『志』は、本人の心の中からしか生まれない。トップダウンの新規事業は、それを遂行する社員の中に志が生まれにくく、『やらされ仕事』になる。リクルートでも、成功し、成長した新規事業のほとんどは、社員から生まれたボトムアップのものばかりだ。[p.79-80]」
・「リクルートは、会社として『必ずアイデアを出せ』と強制することはないが、『新規事業のアイデアを出す人はカッコいい』という機運を盛り上げていることも大きい。[p.81]」

第2章、ステージ2「110」その1 勝ち筋を見つける
・「リクルートの新規事業開発の圧倒的な強さは、『110』の段階の前半であるステージ2で、『勝ち筋』を見つけるところにある。・・・ステージ2は、『フィジビリ』を行うことによって、事業を一気に拡大するための仕組作りを行う段階だ。ここでポイントとなるのは、3つのメソッドだ。メソッド④は、継続的に収益を上げる仕組を作る『マネタイズ設計』。・・・事業として市場で圧倒的なシェアを獲得し続けるような大きな収益を生み出すためのモデルの設計を行う。メソッド⑤は、次のステージ3で、爆発的な拡大再生産を実現するために必要な、『価値KPI』を探し出す。どの指標を上げれば事業価値を上げることにつながるのか、カギとなる行動や指標を発見するものだ。メソッド⑥の『ぐるぐる図』は、フィジビリを通して、現場で感知したさまざまな情報を素早く共有し、PDSを高速に回す手法を指す。[p.88]」
・「リクルートでは・・・成功の可能性が高い仮説のことを『勝ち筋』と呼んでいる。・・・リクルートにおける『勝ち筋』の定義は、大きく3つあり、・・・1つ目は、『そのサービスに対して誰がお金を払ってくれるのかが、明確であること』だ。[p.99-100]」「2つ目は、・・・『誰がお金を出すか』だけでなく、『誰が、どのお財布からお金を出すか』までを突き詰める。[p.101]」「不満を解消することで、どの予算をどれくらい削減でき、削減分のどれくらいをリクルートの新規サービスに振り向けようという気持ちがあるかを突き詰めるのだ。[p.102]」「3点目は、コスト優位性のあるオペレーションを継続的に行える仕組ができることだ。[p.103]」
・「マネタイズできるかどうかを検証し、見極め、勝ち筋を見つけるために行うのが『フィジビリ』だ。[p.105]」「一般的な起業で行われているフィジビリと、リクルートのフィジビリの決定的な違いは、KPIにある。[p.106]」「KPIとは重要業績評価指標と訳され、一般的には事業の進捗や効果を図るうえでカギとなる指標を指す。・・・中でも、フィジビリの最重要の目的とされるのが、KPIの中で最も事業価値に直結する(つまり、勝ち筋に直結する)『価値KPI』だ。これは勝ち筋の成否を図るための指標であり、事業の価値に直結する指標でもある。・・・価値KPIがわかれば、リボンモデルで、個人や企業・事業者を『集め』『動かし』『結ぶ』ために、リクルートのそれぞれの担当者がどんなプロセスで、どんな行動をすればよいのかがわかるのだ。[p.108]」「勝ち筋とはつまり、事業化して本格展開するための構造作りだ。[p.117]」
・「PDSを高速に回し、新規事業開発の成功確率を上げるためのフィジビリをスピーディーに実行できるのは、現場の有用な情報の収集や仮説の検証、判断などの一連のプロセスが、スムーズに行われているからにほかならない。これがスピード感を持って実行できるのは、リクルート社内で『ぐるぐる図を回す』という行動習慣が根付いているからだ。実際に『ぐるぐる図』という図が存在するわけではない。『ぐるぐる図を回す』とは、次のような行動パターンだ。ひたすら顧客の現場を観察し、ヒアリングすることで得た気づきやヒントを、上司や経営層に上げていく。そうして最前線の現場でつかんだ市場の変化の兆しを、経営者と現場が一緒になって考え、仮説を進化させる。そしてその進化させた仮説を、現場の最前線で実行し、もう一段深く見つめて結果をまとフィードバックしてさらに仮説を磨き込む。こうした、現場と経営層をつなぐ、縦の情報の行き来を、『縦ぐるぐる図を回す』と読んでいる。[p.118-119]」「ぐるぐる図は縦方向だけではなく、『横ぐるぐる』も存在する。特に新規事業の立ち上げ時期においては、異なる役割の社員が一丸となって横方向にも情報をやりとりし、洞察を重ねていく。[p.121]」
・「リクルートでは基本的に、自社で開発して大きく育てることを前提にしており、・・・0から1になったところで売却するという選択はない。[p.124]」「だからこそ、『勝ち筋』が見つかるまで、しつこくフィジビリを行うし、勝ち筋が見つかりそうな兆しがなければ、遠慮なく見切る。[p.125]」
・「KPIに必要な条件は次の3つ・・・①整合性・・・最終的な目標に向かって、きちんとロジックが通っていること。・・・安定性・・・指標が、安定的・継続的にとれること。検証しづらいものをKPIにしてはいけない・・・③単純性・・・指標が少なく(できれば1つ)、覚えやすいかどうか[p.133]」

第2章、ステージ3「110」その2 爆発的な拡大再生産
・「ステージ2で、勝ち筋やKPIが発見できれば、あとは粘り強く実行するだけだ。しかし、しつこく、ブレずに実行するのは、そう簡単なことではない。リクルートではそのための仕組みがある。・・・まずはメソッド⑦の『価値マネ』。・・・『価値KPI』を使ってPDSサイクルを回してマネジメントする手法だ。そして、価値マネを社員全員が高い精度で実践するためにあるのが、メソッド⑧の『型化とナレッジ共有』だ。・・・基本的な行動を、『型』に落とし込んで『型化』して広めたり、個人個人が持つ成功体験やノウハウなどを共有するさまざまな仕組みを持っている。メソッド⑨の『小さなS字を積み重ねる』は、いったん成長軌道に乗った事業が持続的に成長し続けられるよう、現場でつかんだ“兆し”を吸い上げる行動パターンを指す。これがあるからこそ、絶えず小さな革新を積み重ね、新たに参入してくる競合に対する競争優位性を保つことができるのだ。[p.136]」
・「リクルートが提供する価値は何かを見極め、その価値を高めるためにすべきことについて、進捗を数値の指標で表す『価値KPI』を設定し、実行する。・・・これをわざわざ、『価値マネジメント』と呼ぶところに、リクルートならではのこだわりが見受けられる。[p.146]」「多くの起業では、『この事業の何が本質的な顧客への提供価値なのか』ですら、意識合わせができていない。[p.146]」「ここがズレたままでは、事業の価値を表すKPIを定めたところで、社員に迷いが生じるので、KPIを上げるための行動を集中してやりきることはできないだろう。[p.147]」「『価値KPI』をモニタリングし、『ぐるぐる図』を回して現場の兆しを吸い上げるための、一つのツールとなっているのが『ヨミ会』だ。[p.148]」「ヨミ会は、『今週の売り上げはどうだった?』ではなく、『今週なぜ売れたのか?』『なぜ売れなかったのか?』が問われる。『なぜ』を解き明かすための会議だ。[p.150]」
・「一気にアクセルを踏むためにリクルートが行うのが、『型化』だ。KPIを上げるために効果があった個人の『ふるまい』を、成功事例を分析することで見つけ出し、誰もが真似できる『型』に落とし込んで横展開するのだ。これは勝ち筋に沿った行動とはどういうものかを、それぞれの役割にあった形でわかりやすく標準化したものと言い換えてもいい。[p.152]」「リクルートは・・・個々の成功事例を吸い上げて横展開し、組織全体の力に変えることに長けている。[p.153]」「全員が『型』を身につけたうえで、個々が自由な工夫を行うことによって、さらにパフォーマンスを上げることが狙いだ。[p.157]」
・「ビジネスの成長は、まっすぐな線を描いて伸びていくわけではない。アルファベットの『S』を斜めに倒したような『S字カーブ』を複数重ねないと、成長は続かない。[p.160]」「アクセルを踏み込んでいるのに成長スピードが上がらない、その兆しをつかむうえでも、縦ぐるぐると横ぐるぐるが威力を発揮する。現場とマネジャーや経営層、営業部門や制作、エンジニア部門などの間でぐるぐる行ったり来たりしながら情報が行き交う中で、不の予兆をいち早くつかむことができる。・・・単に集客数を増やしたり、売り上げを上げるという成果だけを追い求めていては、・・・成長減衰の予兆をつかんだりすることはできない。[p.162]」
・「現場の能力を最大限に伸ばすために何をすべきかを考え、必要なリソースを投入することが、リクルートの経営層の一番のミッションなのだ。[p.170]」

第4章、10を超えて、さらに飛躍するために
・「どれだけ成功した企業・事業にも、衰退の波はやってくる。その兆候をいち早く察知し、余裕があるうちに次のビジネスモデルを進化させられるかどうかが生き残りのカギとなる・・・市場の不をもう一度見つめ直し、自らの提供価値を再定義し、『スピードで圧倒する』『マネタイズポイントを変える』『周辺領域に拡大する』『他社のビジネスプロセスに入り込む』などの形で進化させることで、新たな成長を生み出すことができる[p.206]」

第5章、経営陣の役割 「リクルートモデル」を活かすために
・「新規事業創造はトップダウンではうまくいかない。・・・では、経営陣は何をすればいいのだろうか。ただ自由にやらせればいいというものではない、というのはご理解いただけただろう。・・・著者は、リクルートの経営陣が行っているのは『人を活かす』『若さを保つ』『器をそろえる』という3つに集約できると考えている。[p.218]」
・人を活かす:「共通の理念を徹底的にすり込み、個人を追い込むことでその潜在力を引き出さなければならない[p.238]」
・「『若さを保つ』ためには、常に内部での競争を奨励し、成功者を称え、全員がそこから学べる仕組みを埋め込んでおくことが有効[p.238]」
・「『器をそろえる』こと・・・は、事業環境を詳細に分析し、将来必要になると予想される組織的ケイパビリティをブラッシュアップし、組織的な器をそろえるということ[p.230]」
・「さらなる飛躍をするには、自らをディスラプトし、産業構造を変えることへのチャレンジに向かうことは避けられない。リクルートは、過去にもこうしたディスラプトを繰り返しながら成長してきたからこそ、これが実体験として社内に根付いている。新規事業の立ち上げでも、国内外の成長企業の買収でも、自社の既存事業との競合やカニバリ(競合、食い合い)はまったく恐れない。[p.239]」「自らで、自らのディスラプターとなり得る死神集団を生み、育てることで、成長し続けているのだ。[p.243]」

終章、新規事業を育てる企業風土
・「『リクルートはコミュニケーションに膨大なコストをかける会社です』と、リクルートホールディングス峰岸真澄社長は語っている・・・。[p.246]」「『何が自分たちの強みであり、目指すものなのか』を、手間を惜しまず常に共有しておくことが、変化の時代に迷わないための道しるべになってくれるのだ。あなたの組織は、会社は、皆が自らの意思で同じ方向を向いているだろうか。そして、そこに向かって失敗を恐れずに試行錯誤を繰り返しているだろうか。[p.247]」
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著者の分析によるリクルートの手法で私が最も興味深く感じた点は、考え方が仕組みや「型化」されて、全社に浸透しているという点です。イノベーションの手法についての論考では、既存事業との協力や共存、あるいは社内政治の重要性がしばしば課題として取り上げられますし、実際に既存事業を効率的に進めるための考え方によって、イノベーションにうまく対応できない事例も指摘されています。では、既存事業の何が問題なのでしょうか。本書の指摘を参考にすると、既存企業と新規事業の効果的な進め方には本来的に異なる部分があり、そうした異なる部分の扱いについて、組織内の考え方が統一されていないことが、問題の本質なのではないか、という気がしてきます。

リクルートの手法についての個別の指摘は、リーン・スタートアップなど、最近指摘されている考え方にも近い部分があると思いますし、状況や業態の異なる企業では、そのまま使えるとは限らないところもあると思います。しかし、新規事業の扱い方についての考え方を組織内で統一することはどのような企業においても重要なのではないでしょうか。そうした統一を実現するのはトップマネジメントの仕事だとしても、それを支える仕組みとして考え方を整理し、「型化」して組織に埋め込んでしまう、というやり方も有効なのかもしれません。それこそがイノベーティブな文化の根本を支えてくれるものなのかもしれないと思います。

文献1:杉田浩章、「リクルートすごい構“創”力 アイデアを事業に仕上げる9メソッド」、日本経済新聞出版社、2017.


「フィードバック入門」(中原淳著)より

人材育成はマネジャーの重要な仕事のひとつですが、研究開発において人材育成はどうあるべきでしょうか。もちろん、研究開発課題は様々ですので、人材育成などには力を入れず外部から必要な人材やノウハウを持ってくれば十分、という場合もあるかもしれません。しかし、継続的な技術的基盤に頼る既存事業を持つ場合や、長期的な研究開発を行う場合には、世代を越えて技術を引き継ぎ過去の蓄積の上に新たな発展を築いていかなければならないこともあるでしょう。さらに、研究開発をうまく進める企業文化の維持が必要とされる場合もあるでしょう。組織の望むような方向に人材を育成していくことは、結局多くの場合で重要なことなのではないでしょうか。

人材育成の手法として最近注目されるようになってきた方法に「フィードバック」があるようです。そこで今回は、中原淳著「フィードバック入門」[文献1]の中から、そのポイントをまとめてみたいと思います。

はじめに
・「本書は、日々の仕事に追われ、部下育成が後回しになってしまっているというマネジャーの方々に向けて、効果の高い部下育成法である『フィードバック』の技術を一から説明した本です。[p.3]」
・「『フィードバック』は、あまたある部下育成手法の中で最も重要なものにもかかわらず、日本ではあまりこれまで注目されてこなかったものだと思います。フィードバックとは端的に言ってしまえば、『耳の痛いことを部下にしっかりと伝え、彼らの成長を立て直すこと』です。[p.4]」
・「私が、なぜ今、フィードバックについて筆をとり、一冊の書籍を編まなければならないと思いたったのか。・・・ここでは5つの理由を述べさせていただきましょう。まず第一の理由は、企業の現場において、フィードバックのニーズが非常に高まっているからです。・・・最近、『部下育成が上手くいかない』『経験の浅い部下がなかなか育たない』といった声を、あちこちの企業で聞くようになりました。・・・第二の理由としては、『年上の部下』に代表される、職場の多様な人材に悩まされているマネジャーが増えているということが挙げられています。・・・外国人人材、雇用形態の多様な人々など、『職場の多様性』は広がり続けています。・・・第三の理由は、ハラスメントに対する意識が職場で過剰に高まったことが挙げられます。・・・ハラスメントに対する意識が強まり、世の中がフィードバック不足になっています。・・・第四の理由は、2000年代に広まったコーチングなどの『気づき』を重視する部下育成手法の普及によって、言うべきことをしっかり言うという文化がおざなりになってしまったことです。・・・第五の理由は、近年、外資系の企業を中心に、目標管理制度の運用を見直すところが増えてきていることです。[p.6-9
・「フィードバックに関する研究は非常に古い歴史があります。・・・それらの成果をきちんと紹介したビジネス書や一般書が日本には存在しませんでした。[p.10]」
・「人間の行動は、ひずみやバイアスがかかっています。その中で、まっすぐの方向に進んでいくには、自分に関するさまざまな情報を受けながら、すなわちフィードバックをしっかりと受容しながら、それを元に、自分を立て直していかなければなりません。いつかは自律して、自分で自分を律さなければならないにしても、・・・成長するためには、正しく進んでいるかどうかを誰かにチェックしてもらい、指摘してもらうこと、つまりフィードバックが欠かせません。[p.12-13

第1章、なぜ、あなたの部下は育ってくれないのか
・「この20年間で日本企業の職場環境は激変しました。かつては、職場で長く仕事をしていれば、とりわけ意図的に会社が人材開発を行わなくても『人が育った環境』が、急速に失われてしまったのです。[p.26]」「当時の職場には・・・『部下が育つ』諸条件が一通りそろっていたからです。その条件とは、『長期雇用』『年功序列』『タイトな職場関係』の三つです。[p.29]」「第一に『長期雇用』だと、すぐに結果が出なくても、長い目で見てもらえます。[p.31]」「第二に、『年功序列』の会社では、定年までの道筋が一定なので、・・・今、何をすべきかが明確にわかりますから、正しい方向で努力できます。第三に、『タイトな職場関係』だと、上司や先輩が部下と職場で長い時間を一緒に過ごすので、上司や先輩の仕事ぶりをじっくりと観察できます。反対に、上司や先輩社員も、若手社員のことを長時間見ていたので、特に意識しなくても、改善すべき点を的確に指摘できました。・・・当時の部課長には時間的にも精神的にも余裕があったと述べる実務家も少なくありません。[p.32]」
・「90年代から・・・いわゆる『組織のフラット化』が進められてきました。[p.33]」「階層が減れば、当然、中間管理職の数は少なくなります。その結果、一人の中間管理職が抱える部下の数が増え・・・ました。[p.34]」「一人のマネジャーが管理できる部下の数には限界があり、それを超えて過剰な人数を管理しようとするとパフォーマンスが下がってしまうという研究群があります。『スパン・オフ・コントロール(Span of control)』という古典的な研究です。この研究群の知見によれば、『同じ目標を共有する5~7人の部下を直接管理することが一人の上司の限界』とされています。[p.34]」「組織がフラット化したことで、今の中間管理職はマネジャーとしての仕事をする準備期間がないまま昇進してしまっています。『マネジャーになる』ということが突然起こるので、これを私は『突然化』と呼んでいます。[p.36-37]」
・「くわえて、企業によっては、マネジャーの『若年化』も進んでいます。[p.38]」「さらにマネジャーの変化はこれだけにとどまりません。中でも最も大きな変化は『二重化』つまり『マネジャーである中間管理職も、プレーヤーとして成果を求められるようになったこと』でしょう。[p.39]」「しかし、一般社員と同じ業務量をこなしていれば、それだけで時間はあっという間に過ぎていきます。これでは、部下とじっくり向き合って育成することができないのも無理はありません。[p.41]」
・「コーチングにはさまざまな流派があり、またさまざまな定義があります。が、コーチングを最も簡潔に要約してしまえば『他者の目的達成を支援する技術』です。それは、育成する相手に『現状』と『めざすべきゴール』のギャップを、第三者からの『問いかけ』によって意識化させ、振り返り(リフレクション/内省)を促し、『今後、何を為していくべきか』の行動指針や行動計画をともにつくっていく技術です。[p.62]」「コーチングが導入される前の『管理職による現場での部下指導』といえば・・・『ティーチング』の傾向が強かった[p.62-63]」。「部下育成には、ティーチングが必要な局面も、コーチングが必要な局面も存在するのです。それは『ケースバイケース』なのです。[p.67]」「コーチングのような『相手本位』の手法を取り入れるということ自体は、間違っていません。・・・しかし、・・・ときには、ティーチングのように、こちらの意図や意見をしっかりと伝達することも必要です。・・・一方、『一方的に情報を伝達すること』だけを行っても人は育ちません。しっかりと相手に必要な情報を伝達したあとには、彼らに問いを投げかけ、『考えさせること』が必要ですし、自分の仕事のあり方を『振り返らせること』が必要です。要するにコーチング的な要素も必要なのです。この十年の迷走を踏まえ、私たちは今一度この『二極化した思考』を改める必要があります。[p.69]」「かくして注目されているのが、これら二つを大きく包含する概念であるフィードバックです。[p.70]」
・「フィードバックに関する定義は、・・・本書では、次の二つの要素から成立するものであると考えます。・・・1,【情報通知】たとえ耳の痛いことであっても、部下のパフォーマンス等に対して情報や結果をちゃんと通知すること(現状を把握し、向き合うことの支援)、2,【立て直し】部下が自己のパフォーマンス等を認識し、自らの業務や行動を振り返り、今後の行動計画をたてる支援を行うこと(振り返りと、アクションプランづくりの支援)[p.70]」

第2章、部下育成を支える基礎理論 フィードバックの技術 基本編
・「部下育成の基礎理論・原理原則とは何でしょうか。・・・私が管理職の方々にお伝えしたいものは、二つだけです。それは『経験軸』と『ピープル軸』です。[p.76-77]」
・「『経験軸』とは、『部下を育成するためには、実際のリアルな現場での業務経験が最も重要である』という考え方です。・・・実は、30年ほど前まで、人材開発の世界では、研修や教育プログラムの研究や評価が非常に盛んでした。・・・それが20年ほど前に見直され、やはり『業務経験こそが最も大きな成長の資源である』という考え方が広まってきました。[p.77]」「どんな業務経験を与えれば、着実に成長できるのか。正解は、コンフォートゾーンとパニックゾーンの中間に位置する『ストレッチゾーン(挑戦空間)』の心理状態になるような仕事を与えることです。ストレッチゾーンとは、適度にチャレンジや背伸びをしているときの心理状態のことです。できるかできないか多少の不安はあるけれど、それよりも成長している実感や、新たな仕事を遂行できるワクワク感の方が勝っている心理状態です。[p.82]」
・「ピープル軸とは、・・・『人が業務の中で成長するのは、職場の人たちから、さまざまな関わりを得られたときである』という考え方です。[p.84]」「筆者の研究によれば、職場で人が育つためには、三つの他者からの支援が必要であることがわかりました。大きく分けて『業務支援』『内省支援』『精神支援』の三つです。・・・『業務支援』とは、相手が持っていない専門知識やスキル、情報などを教えることや助言することです。・・・『内省支援』は、客観的な意見を通知したり、俯瞰的な視点や新たな視点を提供して、本人の気づきを促す支援のあり方です。[p.85]」「『精神支援』は、励ましたり、褒めたりすることで、部下の自己効力感や自尊心を高めることです。[p.86]」
・「私たちは、部下にストレッチを含む経験を提供し、結果に関する情報通知や振り返りを促し、彼らの自律をサポートしていかなくてはなりません。フィードバックを通じて、成長に資する資源を部下に提供しなくてはならないのです。[p.92]」
・「フィードバックを実際に行うには、どんなことを意識すればいいのでしょうか。結論から示せば、【事前】・・・情報収集【フィードバック】①信頼感の確保、②事実通知:鏡のように情報を通知する、③問題行動の腹落とし:対話を通して現状と目標のギャップを意識化させる、④振り返り支援:振り返りによる真因探求、未来の行動計画づくり、⑤期待通知:自己効力感を高めて、コミットさせる→【事後】・・・フォローアップ[p.93]」
・「フィードバックは、・・・事前準備が最も大切・・・なぜなら、相手に刺さるようなフィードバックをするためには『できるだけ具体的に相手の問題行動の事実を指摘すること』が必要だからです。[p.95]」「必要になるデータとして、『SBI情報』を準備しておくのがよい・・・シチュエーション(どのような状況で、どんな状況のときに)、ビヘイビア(部下のどんな振る舞い・行動が)、インパクト(周囲やその仕事に対して、どんな影響をもたらしたのか。何がダメだったのか)、この3点を具体的に伝えることで、初めて、相手はあなたの言いたいことを理解してくれます。[p.96-97]」「成績不振やミスなどの原因は、自分ではわからないものです。それを突き止める手助けをすることは、フィードバックをするときには必須といえます。[p.98]」「SBIを具体的に伝えるためには、常日頃から、部下の行動を観察し、SBI情報を収集することが必要です。その上で欠かせないのが『1on1』(ワン・オン・ワン)、すなわち一対一で行う『上司-部下』の面談です。[p.100]」
・①信頼感の確保:「フィードバック面談のオープニングでは、まず、部下の『心理的安全』や『信頼感』を確保することが求められます。[p.106]」「まずは相手の成長を願い、相手の意志をリスペクト(尊敬)する態度から始めましょう。どんなに厳しいことを言うにしても、そうしたものがベースにならなければ、人は行動を変えません。[p.107]」
・②事実通知:「大切なことは、このセッションの『目的』を最初にストレートに述べてしまうことと、『一緒に話し合っていこう』『一緒に改善策を考えよう』と述べることです。[p.108]」「次にいよいよ収集したSBI情報を提示していきます。ここで最も重要なのは、収集した相手の問題行動を、いわば『鏡』にように相手の目の前に映しだし、客観的かつ正確に事実を通知していくことです。[p.109]」「フィードバック研究の中には、・・・効果のあるフィードバックが『ポジかネガか』で研究者のあいだに論争があります。しかし、両者の決着はまったくついていません。[p.110]」「フィードバック後に、変に褒める人がいますが、これは逆効果であることの方が多いことが実践知としても知られています。[p.111]」
③問題行動の腹落とし:「こちらが思っていることを、額面通り、そのまま受け取る人はそういません。[p.113]」「上司と部下の考えていることや思っていることが違うということを『前提』として、相互の理解が一致する段階まで、時間をかけて『対話』を行うことが求められます。[p.114]」「重要なのは、今の現状が、めざすべき目標と相当かけ離れていることを、しっかり認識してもらうことです。[p.115]」
・④振り返り支援:「次のステップとして行われるのが、・・・未来の新たな行動計画や目標をつくりだしていくことです・・・こうした上司の行動のことを『振り返り支援』といいます。・・・ポイントは、部下が自らの姿を客観的に見られるように、部下自身に自分の過去・現在の状況を『言葉にさせること』です。[p.116]」「具体的には次の3つのポイントについて話してもらうように、導いていきます。それは『(1)What?(何が起こったのか?)』『(2)So what?(それは、なぜなのか?)』『(3)Now what?(これからどうするのか?)』の3つです。[p.118]」
・⑤期待通知:「第一のポイントは、上司がしっかりと期待を伝えることです。[p.121]」「上司の指導の局面では、『やればできる』という感覚(自己効力感)をいかに高めるかが最大のポイントになります。そして上司は『もしあなたが本当に立ち上がろうとする』ならば、最大限支援をすると約束することが重要になります。第二のポイントは『再発予防(Relapse prevention)』をすることです。・・・『問題が再発することを前提』にして、その『予防策』を事前にたてさせるということです。[p.122]」
・【事後】フォローアップ:「フィードバックは一度きりで終わることは希です。・・・人を変えるためには、このように『手間暇』をかけ、かつ、『あの手この手』を尽くさなければなりません。[p.124]」

第3章、フィードバックの技術 実践編
・5つのチェックポイント:「相手としっかり向き合っているか?」「ロジカルに事実を通知できているか?」「部下の反応を見ることができているか?」「部下の立て直しをサポートできているか?」「再発予防策を立てているか?」[p.131
・フィードバックのコツ:①「フィードバック前にはかならず『脳内予行演習』[p.142]」、②「フィードバックの内容も記録する[p.144]」、③「耳の痛いことを言った後で無駄に褒めない[p.145]」、④「フィードバックは『即時』と『移行期』にこそ行う[p.147]」(「仕事における役割が変わることを人材開発の用語で『トランジション(Transition:移行期)』といいます。このトランジションがあった直後というのは精神的に不安定になる一方、外からの声を受け入れて変わりやすいときでもあります。[p.148]」)、⑤「フィードバックで沈黙されたときには時空間を変える[p.149]」、⑥「フィードバックがもたらす強烈なストレスと向き合うには?[p.150]」(万全の体調で臨む、中堅の部下を活用して担当数を減らすなど)、⑦「『嫌われるのも仕方がない』という覚悟を持とう[p.152]」、⑧「どうしてもフィードバックが難しいときもある[p.155]」(「部下が自分を変えようとしないならば、いわば『外科的手術』しか方法はありません。・・・フィードバックは、配置転換、降格、退出などの血生臭い人事施策とセットで考えるのが『鉄則』です。[p.156-157]」、

第4章、タイプ&シチュエーション別フィードバックQ&A
・「すぐに激昂してしまう『逆ギレ』タイプこちらから具体的に改善策を聞く、何を言っても黙り込む『お地蔵さん』タイプこちらも負けじと黙り込む、上から目線で返される『逆フィードバック』タイプ『もし君が上司だったら~』と仮定法で意見を求める、言い訳ばかりしてくる『とは言いますけどね』タイプどんどんしゃべらせて、矛盾をあぶり出す、『根拠なきポジティブ』タイプ/すぐに『大丈夫です!』タイプなんとかなると思う理由を具体的に聞く、別の話題にすり替える『現実逃避』タイプ根気よく話を元にもどして、何度でも同じことを述べる、上司のおまえが間違っている!『思い込み』タイプ部下の日頃の行動を元に具体的に指摘する、なんでも他人のせいにする『傍観者タイプ』『傍観者に見えるよ』とそのまま指摘する、都合よく解釈する『まるっとまるめちゃう』タイプ『私の言いたいことはそうではない』とはっきり言う、お膳立てしても挑戦しない『ノーリスク』タイプ『挑戦しなくてもいいけど、現状維持はできないよ。このままだとこうなるよ』と伝える、昔取った杵柄を振りかざす『元○○の神様』タイプ『立場上、私はこう言わざるを得ないのですが』と前置きしてから、率直に述べる、前評判と働きが違う『他では優秀』タイプ『郷に入れば郷に従え』とはっきり伝える[p.209

第5章、マネジャー自身も成長する! 自己フィードバック・トレーニング
・フィードバック力を上げる方法:「『自分のフィードバックを観察する』ことと『自分自身もフィードバックされる機会を持つ』[p.213]」
・「フィードバックを受ける機会をつくることは、・・・自分を成長させ続ける上でも非常に重要なことです。・・・あなたが自ら成長を願う仕事人でありたいと思うならば、『フィードバックを他者から与えられる存在』ではなく、『自らフィードバックを求めにいく人材』になりたいものです。[p.226]」

おわりに
・「この世には、ごくごく自然にフィードバックがなされる組織と、そうでない組織がある・・・学術研究の知見によると、フィードバックをするためには、組織が受け入れなければいけない3つのコストがある・・・。一つは、『エフォートコスト(Effort cost)』・・・耳の痛いことでもしっかり言ってくれる・・・貴重な人材を組織の中に確保するために、組織は一定のコストを支払う必要があります。第二のコストとして『フェイスコスト(Face cost)』の問題もあります。・・・フィードバックは・・・それなりの時間をかけて話し合わなければなりません。・・・実際に他者と対面するコストを積極的に払ってくれるかどうか・・・。第三のコストは。『インフファランスコスト(inference cost)』・・・時間的・精神的余裕がなければ、フィードバックを正しく受け止め、実行するのは困難です。[p.242-243]」
・「たとえば、超官僚主義的で、超多忙で、かつ隣り合って仕事をしている人に1ミリも興味・関心のないような組織では、もともとフィードバックは得られません。得られたとしても、じっくり話せるような時間はとれないでしょうし、解釈する余裕を持つこともなかなか難しいでしょう。・・・経営者や人事責任者は、・・・自らの組織を『フィードバックに満ちあふれた組織』にする責務があります。[p.244]」
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冒頭にも述べたように、研究開発において、人材の育成は重要な課題だと思っています。であれば、ティーチング、コーチングとあわせてフィードバックもうまく活用していくことが求められるのは疑いのないところでしょう。ただ、研究開発の場合、フィードバックの基準となるべき目標自体が正しく妥当なものであるという保証がない場合がある点には注意が必要でしょう。組織の目標自体や上司の認識が間違っていることもありますし、頻繁に目標を変更しなければならない状況もあるでしょう。さらに、特定の方向に人材を育成していくという行為そのものが、個性を潰し、人材や考え方の多様性を失わせる方向に作用してしまうというリスクもあるかもしれません。

そうは言っても、うまく使えばフィードバックは人材育成の重要な手法であることは間違いのないところだと思います。さらに、フィードバックのための話し合いの場は、マネジャー自身や組織の方向性、人材育成の方向性に対するフィードバックの機会にもなりうる気がします。人材育成は人を変えていく行為だと考えられるでしょうが、これからの時代、人だけでなく、組織も変えていく必要があるかもしれません。また、変えていく方向自体、見直しが求められることもあると思います。そんなとき、フィードバックの基本である、情報通知と行動の立て直しという考え方は様々に応用が可能な手法、考え方になりうるのかもしれません。フィードバックという手法は、人間の理解の深まりに伴って発達してきたように思いますが、研究開発行為の理解の深まりに伴って、研究開発手法が試行の結果(情報通知)に基づいた戦略の修正、という方向に変わってきていることとの類似も感じます。人が関与する何かを変えるにはどうしたらよいか、ということにもつながる、広がりのある手法のようにも思いますがいかがでしょうか。


文献1:中原淳、「フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術」、PHP研究所、2017.


「プラットフォームの教科書」(根来龍之著)より

ビジネスモデルを考える上で、「プラットフォーム」という概念は特に近年重要になってきていると思います。もちろん過去にもプラットフォームという考え方で整理できるビジネスの仕組みはあったでしょうが、最近の技術の進歩によってその適用が大きく発展し、様々な成功例が生まれているように思います。

そこで今回は、そのプラットフォームの考え方を整理した根来龍之著「プラットフォームの教科書」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者はイントロダクションで次のように述べています。「プラットフォームは次のような特徴を持っている。急速に成長することができる、一人勝ちすることがある、一人勝ちが突然くつがえされることがある。なぜ、こういう特徴が生じるかということを説明し、これから様々な分野で欠かせないコンセプトとなるプラットフォームの戦い方について本書は解説する。つまり、プラットフォームのビジネスとしての成立メカニズム、成功原理、特に一人勝ちになりやすい理由、後発企業の挑戦の仕方について論じる。[p.4-5]」、「プラットフォームの特徴をもたらす大きな要因を挙げると、それは主として次のようなものである。レイヤー構造、ネットワーク効果、エコシステム、アマチュアエコノミー[p.7]」。以下、本書の構成に沿って、重要と思われるポイントをまとめたいと思います。

PART1
、プラットフォームの基本
01
、プラットフォーム革命
 何が起きているか?
・プラットフォームの暫定的な定義:「お客さんに価値を提供する製品群の土台になるもの・・・つまり、『他のプレイヤー(企業、消費者など)が提供する製品・サービス・情報と一体になって、初めて価値を持つ製品・サービス』を意味する。[p.17]」
・「プラットフォーム型ビジネスの特徴が満載の事例と言えるのが、シェアリングエコノミーの世界的拡大である。[p.20]」「プラットフォームという考え方が経営学者の間で注目を浴びるようになった理由の1つは、パソコンのOSにおけるウィンドウズの圧勝だった。なぜウィンドウズが一人勝ちしたかというと、それはウィンドウズを前提にしたハードやアプリケーションソフトなどの製品があふれて、ほかのOSを前提にするエコシステムの価値が低くなってしまったからだ。[p.23]」「一人勝ちという現象は、アマチュア化によって加速される。[p.23]」「爆発的な成長は、プラットフォーム特有の経済原理によって加速される。ネットワーク効果や収穫逓増などの経済原理が働きやすいのだ。[p.24]」「新しいプラットフォームの登場と成長のきっかけとなるのは、多くの場合、技術的な要因である。具体的に言えば、新しいデバイスの登場はプラットフォームを劇的にシフトさせる。[p.25]」「プラットフォームのビジネスは、その構造に特徴がある。産業の構造を『レイヤー構造』と捉えることができるのだ。レイヤー構造とは、ある価値を提供する製品やサービスの構造がいくつもの階層(レイヤー)に分かれていくことである。そして各階層にはそれぞれに担い手がいて、上下の階層のプリやーと協力し合いながら、それぞれが独立したプレイヤーとして行動する。[p.27]」「自分だけですべてを提供するのではないから、コントロールがしにくい。協力プレイヤーをやる気にさせないと、あるいは協力プレイヤーを十分に確保できないと、自分の製品がどんなによくせも成功しない。プラットフォームは、『エコシステムマネジメント』という新しい経営課題を持っている[p.29]」。

02
、レイヤー構造化 従来型ビジネスとの決定的な違い
・「単独で機能を発揮するのではなく、何か他のものの存在や利用を前提にしているものがプラットフォームである。・・・組み合わせて使うものを『補完製品』という。[p.32]」
・「産業内の補完関係が縦に積み重なった構造を『レイヤー構造』と呼ぶ。レイヤー構造になると、消費者の選択の範囲が広がる。[p.37]」「各消費者が各レイヤーの製品・サービスを自由に組み合わせて購入・利用できるのがレイヤー構造を持つ産業の特徴である。レイヤー構造の中で、製品・サービスの多様性の基盤となるレイヤーが『プラットフォーム階層』になる。[p.39]」
・「産業のレイヤー構造化の大きな原因は、モジュール化、ソフトウェア化、ネットワーク化だ(他に、規制緩和なども原因になりうる)。[p.43]」
・「プラットフォームと総称されるビジネスの構造は2つの種類に大別することができる。1つは『基盤型プラットフォーム』である。これはゲーム機のように補完製品(ゲーム機の場合は、ゲームソフト)が存在することを前提にするプラットフォームである。・・・もう1つは『媒介型プラットフォーム』である。これはユーザー間の仲介、コミュニケーションや取引の媒介などの機能を持つものである。[p.46]」

03
、ネットワーク効果 成長を加速する経済原理
・「プラットフォームビジネスは成長が加速されやすい。他社を引き離して一人勝ち(Winner Takes All、以下WTA)する強大な企業が誕生する事例も目立つ。[p.52]」「伝統的なものづくりにおいてよく見られる『技術が優れていることによって競争相手を圧倒する』という戦略は、プラットフォームの競争においても存在する。・・・逆に、技術以外の要因、たとえば『先行したから』とか『最初にシェアを獲得したから』というような『非』技術要因の働きで成長し、さらにシェアトップを維持しているように思える事例が存在する。この傾向はプラットフォームビジネスにおいて特に多いと思われる。[p.53]」
・「ネットワーク効果とは、利用者が増えるほど製品やサービスの価値が上がることを意味する経済原理のことである。[p.62]」「ネットワーク効果にはサイド内ネットワーク効果とサイド間ネットワーク効果の2種類がある。[p.65]」「サイド内ネットワーク効果:ユーザーの数が増えると、そのユーザーが属するグループにとって、プラットフォームの価値が向上あるいは下落する現象[p.65](電話の例)」「サイド間ネットワーク効果は、プラットフォーム上の異なる種類のプレイヤー間で働くネットワーク効果・・・『片方のグループの利用者が増加すると、もう片方の利用者グループにとって製品やサービスの価値が向上あるいは下落する現象』・・・『売り手が多いオークションサイトに買い手が多く集まる』というように[p.66-67]」
・「ネットワークのサイドは、収益貢献度によって分類することもできる。収益源となるプレイヤーグループのことをマネーサイド(Money Side)、無料あるいはコスト割れでサービスや製品を提供されるプレイヤーグループのことをサブシディサイド(Subsidy Side)と呼ぶ。[p.72]」
・「ネットワーク効果に類似した概念として、『バンドワゴン効果』がある。・・・本書ではバンドワゴン効果を『ある選択が流行しているという情報が流れることで、その選択がさらに促進されること』と定義し、実質的な価値(便益)の向上が存在するネットワーク効果と区別し、流行に引っ張られる群衆行動の一種と位置付けることにしたい。[p.74]」

04
、クロスプラットフォーム 任天堂vsスマホゲーム
・「任天堂が目論んでいるのは、ゲーム専用機の進化と、専用機とスマホの両方にまたがるプラットフォームを作ることだ。前者は、据置型ゲーム機とポータブルゲーム機の合体を図るもので、後者は、ゲーム専用機とスマホのユーザーが行き来できるようにして、特にスマホの利用者をゲーム専用機に誘導しようという戦略である。どちらも、複数のプラットフォームにまたがる『クロスプラットフォーム戦略』の一種だと考えられる。[p.82-83]」

05
、デバイス転換 スマホシフトをテコにしたLINEの成長
・「LINEの成功は、プラットフォームを成長させる戦略的発想の勝利といえる。[p.85]」「他社よりも遅れてきたLINEは、スマホ化の波にうまく乗り、画面の操作もスマホに特化した機能をベースに、使いやすさにこだわった。[p.86]」「デバイスは、時代とともに変化していく。その転換にどのようにうまく乗り、誰でも使えるようにハードルを下げ、どう使いやすさを追求するか。そしてユーザーを飽きさせない斬新で画期的なサービスを、マネタイズも実践しながらタイミングよく投入し続けられるかが、成長のためのカギとなる。[p.90]」

PART2
、プラットフォームの広がり
06
、シェアリン
グ スマホが支えるアマチュアエコノミー
・「シェアリングは、一般の住宅への宿泊(民泊)、自動車の相乗り(ライドシェア)などのように、主に個人が事業主となってサービスを提供するという形態のものが多い。[p.92]」「シェアリングの拡大は、『アマチュアエコノミー』の増殖を意味する。[p.93]」「シェアリングエコノミーの事業を成功させるには、信頼(Reliability)と信用(Credibility)の2つが重要になる。信頼とは『品質の確保』のことだ。・・・信用とは『悪意の排除』だ。[p.99]」「個人間取引のマッチングをするプラットフォームは、米国で次々と生まれている。[p.103]」

07
IoT あらゆる産業にプラットフォームが出現する
・「筆者はアカデミックな研究では、『プラットフォームビジネス』を次のように定義している。『その製品・サービスを前提にして利用される、他社(者)の製品・サービス・提供情報(補完製品・サービス・情報)が存在し、ユーザーが多様な選択を直接行えるようにしている製品・サービス』。厳密には、さらに(1)製品の品質責任が『補完製品・サービス・情報』の提供者(補完プレイヤー)にある、(2)プラットフォームとの間ではなく、補完プレイヤーと消費者との間で取引契約がなされる、の2点のうちどちらか1つの条件を満たす必要があると考えている。[p.106-107]」
・「IoT・・・あらゆるものをネットでつなぐという発想は、産業のソフトウェア化、ネットワーク化、モジュール化を推進することになり、ビジネスがレイヤー構造になりやすくなる。IoTは、製造業ビジネスを『もの』の提供だけではなく、『もの』+『サービス』へと変化させつつある。・・・製造業から見たIoTというのは、製品を『こと』化する力がある。[p.110-111]」

08
WTAへの布石 ソフトバンクのアーム買収
・「私見では、ソフトバンクがアーム・ホールディングスを買収した狙いは、IoTの核心を握ることにある。そこには様々な産業がレイヤー化していく中で、アームのチップ設計技術によって、IoT全体のプラットフォームのレイヤーを握ろうという発想があると考えられる。[p.115]」

09
、プロフィットプールの攻防 自動車産業のレイヤー構造化
・「産業のレイヤー構造の変化は、利益源(プロフィットプール)の移動をもたらすことがある。・・・レイヤー構造の変化が起きるときは、『どのレイヤーを握ることが産業の支配権を高めるか?』『どのレイヤーを手放してはいけないのか?』という問いかけが重要である。自動車産業は伝統的なものづくりのビジネスだが、そこでもレイヤー構造化が起きようとしている。[p.122]」

PART3
、プラットフォームの戦略
10,
、エコシステムのマネジメン
ト チキンエッグ問題を解決する
・「産業のレイヤー構造化が進んできた場合は、戦略にプラットフォームの考え方を取り入れることが有効だ。ただし、・・・あえてプラットフォーム型のビジネスにしないという戦略もあり得る。[p.132]」「その典型が『消耗品モデル』である。[p.133]」「他の人に補完製品を作ってもらいたいときでも、特許などで自社製品を保護することで、生産するメンバーや生産内容をコントロールする場合がある。[p.134]」
・「プラットフォームビジネスでは、自社の事業領域だけでなく、『他社にオープンにする範囲』を決めることが重要である。つまり、どのレイヤーについて、どの程度まで他社(者)の補完製品を受け入れるかという意思決定をする必要がある。[p.135]」「どこをオープンにして、どこに参入するか。それを考えることがレイヤー戦略の重要なポイントだ。[p.136-137]」
・「補完プライヤーの協力はプラットフォームの成功に欠かせない。しかし、補完プレイヤーに『協力してください』と声をかければ素直に反応してくれるというわけではない。・・・1つのポイントは、補完プレイヤーにとって『ビジネスしやすい環境』を提供することだ。[p.140]」
・「プラットフォームの成長は『ぐるぐる回り』の構造になっている。魅力的なユーザーがたくさんいないと、補完プレイヤーはやる気になってくれない。補完プレイヤーがやる気になってくれないとプットフォームの規模や機能、価値は向上しない。プラットフォームの規模、機能、価値が向上しないと、ユーザーは集まらない。[p.146]」「そのときに重要なのがView(展望、世界観)である。もう少し具体的に言うと、『将来に関する市場の見方および予測』『自社エコシステム構築に関する方針』『自社エコシステムの社会的貢献』などを提示することによって、エコシステムへの参加を促すことが大切だ。[p.148]」

11
、攪乱要因 プラットフォームの不確実性
・「プラットフォームの勝者が必ずしも一人勝ち(WTA)になるとは限らない。・・・市場には、WTA要因以外に、いろいろな攪乱要因があるからである。[p.152]」
・攪乱要因の例:マルチホーミング、スイッチングコスト、市場の成長、デバイスなどの転換、政府の規制[p.153
・「マルチホーミングとは、ユーザーが複数のプラットフォームを並行して使用することである。[p.154]」
・「スイッチングコストとは、顧客が、現在利用している製品・サービスから別の製品・サービスに乗り換える際に負担しなければならないコストのことだ。『金銭的コスト』『心理的コスト』『手間コスト』などが組み合わさっている。・・・先発優位が働く場合には、スイッチングコストは先行企業にとってWTA要因になる。しかし、先発優位があまり働かない場合は、スイッチングコストによって市場シェアが分散された状態を固定化する要因になる。[p.158]」「新しく市場に加わる新規ユーザーにはスイッチングコストが存在しない。したがって新規ユーザーは、たとえば後発企業の低価格戦略などに反応しやすい。また後発企業が先発にない機能やサービスを持っている場合は、その機能やサービスの魅力に新規ユーザーは反応しやすい。つまりユーザー数が増えている成長市場では、スイッチングコストがあっても、それが影響しない新規顧客を中心に顧客を獲得できるので、WTA要因が働きにくくなる。[p.160]」
・「グッドイナフによる移行は、新しいデバイスが登場したときに起こりやすい。・・・デバイスの変化、つまり土俵替えは、新規企業がシェアを奪ったり逆転するきっかけになることがある。[p.161]」

12
、マルチホーミング 宿泊予約&グルメサイトの追い上げ
・「ネット上のプラットフォームはマルチホーミングがしやすいという特徴がある。言い換えれば、ネット上のプラットフォームビジネスにおいては、必ずしもユーザーの利用サイトのスイッチを目指さなくても、並行利用してもらうことでシェア拡大が可能である。ただし、チャレンジャーがリーダーの提供する機能について、『対等化』をまず実現することが前提になる。必ずしも優位になる必要はないが『グッドイナフ』となることは必要だ。[p.169-170]」

13
、5つの対抗策 強大化したライバルへの追随と逆転
・「プラットフォーム間競争においては、技術が優れていても必ずしも勝つとは限らない。[p.173]」
・「非技術要因でWTAに対抗したり、WTAの進行を妨害する戦略には、次のようなものがある。[p.174]」(1)収益モデルの破壊と拡張:「多くの場合、先行企業の利益源(マネーサイド)に対して『無料化』で攻撃する。そして自社のプラットフォームには、収益源として異なるサイドを追加する。[p.174]」、(2)プラットフォーム包囲:「他社のサイド間ネットワーク効果を抑制するための戦略。階層の異なる製品・サービスによる『包み込み』を行う。[p.174]」、(3)プラットフォーム間橋渡し:「つながりのなかったプラットフォーム間を、隣接階層を利用して橋渡しをすることで、ユーザーのマルチホーミングコストを下げる[p.175]」、(4)プラットフォーム互換:「他社、特に先発企業のプラットフォームのコンテンツやアプリケーションなどをそのまま使えるようにする。クローン戦略とも呼ばれる。[p.175]」、(5)プラットフォーム連携:「連携することによって新たなサイド間ネットワーク効果を得る。他社が持たないサイド間ネットワークを持つことでライバルのWTA要因に対抗する。水平連携では、同じ機能を持つプラットフォームが連携して顧客基盤や補完業者基盤を共有する。これにより、たとえば弱者連合によって、後発企業側のサイド内・サイド間ネットワーク効果を向上させることができる。[p.175-176]」

14
、包囲戦略 マイクロソフトの勝因と敗因
・「クラウドコンピューティングの進展に伴い、ブラウザ上で動作するアプリケーションが、企業でますます使われるようになってきている。・・・こうした状況変化によって、マイクロソフトが得意としてきたプラットフォーム包囲戦略(隣接上位階層の製品を売り込む戦略)のパワーは低下した。一人勝ちの大きな要因となってきたPCOSでのシェアの高さが、必ずしもブラウザのシェア維持に十分貢献しなくなってきているのである。[p.200-201]」
---

本書を読むと、プラットフォームは単なる成功しやすいビジネスモデルの一形態、一時期の流行にとどまらず、IT技術の進歩にともない必然的に大きく発展した現代におけるビジネスのひとつの潮流であるように思われます。ただ、注意すべきは、プラットフォームという形態がビジネスの成功を保証するものではなく、プラットフォームをいかにうまく作り、運営していくかが成功の鍵をにぎっている、ということだと思います。そうした成功のための方法論が徐々に明らかになってきている、というのが現状なのでしょう。

研究開発にとっても、プラットフォームを活用したビジネスモデルをいかに作れるか、ということだけでなく、プラットフォームを構成する各レイヤーでいかに価値のある活動を実現するか、エコシステムをいかにうまく維持していくかなど、著者の指摘は重要な示唆を含んでいるように思います。特に、エコシステムに関しては、プラットフォーム以外のモデルでも今後企業間の協力関係は重要になっていくであろうことを考えると、プラットフォームの事例を理解することによるエコシステムの運営全般に関する示唆も今後重要になっていくように思われます。

プラットフォームの事例は今後も蓄積され、理解もますます深まり、新たな戦略もさらに出現していくでしょう。そこから何が学べるか、何を学ぶべきかを今後も注目していきたいと思います。


文献1:根来龍之、「新しい基本戦略 プラットフォームの教科書 超速成長ネットワーク効果の基本と応用」、日経BP社、2017.

「経営の針路」(平野正雄著)より

科学や技術に携わる者であれば、普遍的な真理を探求し、理解することの価値は誰もが認めると思います。しかし、ある時代にどんな科学的探求や技術開発が行われるかにはその時代の考え方や環境、社会の状況が大きく影響します。もこうした傾向は経営の分野においても同じでしょう。経営の原則やベストプラクティスも、時代を超えた普遍的な人間の特性に影響されるところもあるでしょうし、その時の状況に応じて変わることもあると思います。ある時代に、ある経営手法がすばらしい成果を生む(あるいは失敗を招く)ことがあったとしても、その原因を普遍的な「正しさ」に求めるのか、あるいはその時代に「合っていた」かどうかに求めるのかはよく考える必要があるでしょう。

そうだとすれば、経営手法を論ずるには、少なくともその時代の状況を知っておく必要があるといえるでしょう。さらに、将来の方向を考えるには、時代の変化を予測することも必要になるはずです。今回ご紹介する、平野正雄著、「経営の針路」[文献1]では、「1990年の冷戦終結から今日までの約30年間に生じた劇的な経済秩序と企業経営の変化を俯瞰したうけで、・・・次の30年の企業経営を展望[p.1]」する議論がなされています。著者は、この時期に生まれた経営のフロンティアを「グローバル、キャピタル、デジタル[p.1]」と捉え、「日本企業は、この新たな経営のフロンティアの発展に対する反応が鈍く、結果として改革に出遅れて世界市場での競争力を棄損することになりました[p.2]」と述べており、こうした視点は技術開発の方向性を考える際にも参考になるのではないかと感じました。以下、本書の構成に沿って、特に興味深く感じた点をまとめてみたいと思います。

序章、ポスト冷戦 世界を変えた3つの物語
・第一の物語:統合された世界経済――「冷戦の終結により世界の東西分断は終焉を迎え、新興国経済が離陸することで世界経済の南北問題は後退することにより、まさに東西と南北のそれぞれの壁が低まって地球規模でのグローバル経済が誕生した[p.21]」
・第二の物語:新自由主義の拡大と金融経済の膨張――「市場原理と企業の経済活動を重視し、政府の役割を限定する新自由主義の導入[p.22]」、「同時期にもう一つ大きな経済思想の台頭がありました。それがマネタリズムという新しい金融政策です。・・・通貨供給量だけを管理するマネタリスト的な政策は、・・・やがて経済が不況に転じて需要が不足するようになると、その政策効果に限界が現れるようになります。・・・現実には過大な資金供給は個人消費や設備投資などの活性化に向かわずに、金融的な投機資金に回ることになり、実体経済とは乖離した金融経済の膨張を招いているという指摘があります。[p.22-23]」「本書では、資本市場の先端的な動向やそれらを活用した企業戦略を総称して『キャピタル』と称することになりますので、金融経済のことも以後便宜的に『キャピタル経済』と呼びたいと思います。[p.24]」
・第三の物語:シリコンバレーとデジタル革命――「興味深いのは、インターネットや無線などの通信技術は、元来は軍事技術として開発されていたものが、民間に転用されていったものであるということです。つまり、1990年代の米国の軍縮により民間にインターネットのような先端技術や有能な人材が流出したことはいわば平和の報酬であり、東西冷戦の終結とデジタル経済の発展との結びつきと読むことができる[p.25-26]」

第1章、グローバル:連結と反発
・「90年代以降、先進国では中間層の疲弊が進んでいったのとは対照的に、新興国では圧倒的な規模で新たな中間層が台頭してきており、巨大な消費市場が形成されつつある[p.43]」
・「多くの世界企業は、・・・ダイナミックに変貌する新興国市場に対して、そのスタンスを段階的に変化させていきます。まず、第一段階は安価な労働力を確保できるローコスト生産立地として捉えていたものを、やがて第二段階では頭をもたげた当地の個人消費に引きつけられるように開拓市場へと位置づけを変化させていきました。さらに、第三段階として中国やインドをはじめとする有力市場は、高度人材を獲得し、・・・いまやイノベーションセンターとしての機能が与えられるようになっています。・・・実際にこれらの変化を先取りして、戦略や組織体制を進化させていくことは容易ではなく、いまだにローコストの生産拠点としてしか新興国の事業を展開できていない企業が多いのも事実です。[p.47]」
・「いまや製造業における生産の受委託関係は常態化しており、多くの電機やIT関連のメーカーにおいて、グローバルなサプライチェーンのなかに委託生産を組み込むことで、コストダウンや投資回避を実現しています。その結果、企画や販売だけに特化したファブレスやノンメーカー、受託生産に特化して巨大化したEMSやファンドリーという新業態が一気に台頭したのがポスト冷戦期の企業によるグローバル戦略の一つの特徴です。[p.50]」「企業のバックオフィス機能でも、サプライチェーン革新と同様な業務の切りだしと、それを受託する専門業態の成長というオープンアーキテクチャの発達を見ることができる[p.54]」。
・「地域ごとに異なる商品開発やマーケティング展開が行われたり、独自の管理体制を各地が重複して構築するなど、戦略の不整合や経営資源の発散が目立つようになり、各地域を管理するための横串の調整機能が求められるようになります。つまり、マトリクス組織への移行です。・・・このようなマトリクス組織は地域別組織の課題を解決するための合理的な構造を持ちますが、やがて課題が噴出することになります。つまり、マトリクス組織は、各地域組織にとっては縦方向からの収益責任の追求と横方向からの調整要求への対応が煩雑であり、しばしば矛盾を生むことから評判が悪く、その縦横の軋轢の調整に多大な組織コストが全社で発生するために、すぐに行き詰ります。[p.60-61]」「そこで、先進企業ではいくつかの組織設計上のブレークスルーが追求されることになります。第一には、組織のオープンアーキテクチャの追求です。・・・バリューチェーンの特定機能上に自社の優位点を見出して、そこに事業を絞り込む一方で、その他の機能を外部委託することで事業を得意領域に純化することで、組織をコンパクト化していくことが可能になります。[p.61]」「第二には、ガバナンスモデルの改革です。改革の方向性を一言でいえば、規定や手続きなどの業務管理から、企業理念やミッションに基づく社員の内的動機づけによるガバナンスへの転換になります。・・・そのための手立てとしては、企業理念、行動規範、ミッション、あるいはビジョンとさまざまにありますが、最も大事なことは、すべての社員がこれを共有して、実際の判断や行動の基準として常に参照させることにあります。[p.62]」「第三には、組織のフラット化とネットワーク化です。人々の内的な動機づけによるガバナンスが定着すると、各現場組織に明確な目標を与えて、相当の権限委譲をすることが可能となります。・・・また、ネットワーク化することで社内に偏在する多様な知見や人材の融合が進み、イノベーションの可能性も高めることになります。[p.63]」「今日最も先端的なものは『メタナショナル組織』と分類されています。メタナショナル組織とは、グローバル市場に散在する知識、技術、市場情報、そしてさまざまな専門能力などの知的資産を組織内に取り込むことでイノベーション能力を高めて、それを世界に商品として提供することができる組織とされています。[p.64]」
・「企業がより高度で戦略的なグローバル化を追求した結果、地域的な機能分散が加速することになり、生産地の海外移転により母国から雇用は失われ、国家間の税制の差異を活用した巧みな納税回避により税の捕捉も困難になるなどして、企業と国家の利益が乖離していくことになります。[p.69]」「超国家的企業とは、・・・国家間のあらゆる費用差を活用して事業を行う企業ということになります。・・・現在このような超国家的な行為が国家の利益を著しく損なっているという強烈な批判が企業に浴びせられています。これを受けて、反グローバル主義的な政治の動きが強まっています。[p.70]」

第2章、キャピタル:膨張と暴走
・「慢性的な財政赤字に苦しむ国家や資本増強が常に求められる金融機関を、膨張する年金や富裕者マネーがファイナンスすることで実体経済を上回るキャピタル経済の膨張が進んできた[p.74-75]」
・「キャピタル経済の膨張を象徴するのが、企業によるM&Aの増加です。[p.81]」
・「企業が投資家から調達した資本はエクイティと称されて、銀行からの借り入れなどで調達した負債性の資金であるデットと区別されます。エクイティは経営が失敗すればゼロになるリスクはありますが、成功すれば無限に価値が高まる可能性がある資金です。金融の言葉でいえば、ダウンサイド(損失)は限定されて、アップサイド(利益)は無限という資金ですから、株式会社には、原則としてリスクテークを行ってアップサイドを追求する経営が求められることになります。これは、金利と元本の確実な回収のために、企業に堅実経営を求めるデット性の資金の性格と対照的です。・・・株式会社の原理を重視する英米の企業は伝統的にエクイティ文化の経営体質であったのに対して、同じ株式会社であっても銀行の影響力が強かった戦後の日本企業の経営体質ではデット文化が色濃かったのです。[p.90]」
・「株主価値経営が企業に求めるものはシンプルです。まずは事業の成長力と収益力の積極的な追求、そして時間と資本の二つのコスト意識の徹底です。・・・たとえば、事業の『集中と選択』、そして『業界再編』は、株主価値経営の典型的な政策になります。資本コストを下回る利益しか生み出さず、競争力のない事業から速やかに撤退し、その売却資金を業界で一位もしくは二位のポジションを取れる事業に投下していくことは、資本の生産性を高めていくうえでは極めて合理的です。あるいは低成長または低収益の事業を売却して、高成長の事業を買収していくような事業ポートフォリオの組み替えも、株主価値創造に根差した合理的な経営施策といえます。また、積極的に業界再編を仕掛けて、競争圧力を減らすことも、収益安定化のうえで即効性があり、株主価値を守るために効果的ですが、いずれも資本政策が核となっていることに注目が必要です。[p.93-94]」「ビジネス単位で計画を立て、各ビジネス現場の創意工夫で競争力を高めていくことは事業運営上最重要であることはいうまでもないですが、それとは異なる次元で各事業を俯瞰し資源を再配分するとともに、資本政策を駆使して企業としての収益力や成長力を高めていく方策を追求するコーポレートストラテジーの要素が、株主価値経営の浸透によりクローズアップされることになったのです。[p.94-95]」
・「21世紀に入り企業競争力の源泉としてソフトキャピタルの重要性が一段と増してきています。というのも、一つは先進国を中心に工場設備など固定資産は過剰に存在しているうえに、さらに資金コストも低いために、固定資産を所有することの競争上の価値が低下しているというマクロな要因があります。しかし、より本質的にはデジタルの発達により産業構造そのものが変化してきており、企業競争の最前線が、優れたビジネスモデルにシフトしてきていることがあります。そこでは特に巨額な金融資本の投下は必要ではなく、むしろ創造的な人材集団、技術を顧客価値に転換できる商品化スキル、あるいは全社で柔軟に協力して事業化を実現する企業文化などのソフトキャピタルの量と質が一段と問われることになったのです。[p.97-98]」「つまり、ポスト冷戦期においては、人材、技術、知識、企業文化などのソフトキャピタルを組織的に創造して、全社に展開していく能力を構築することが、企業競争力向上の最重要な命題になったのです。そのために欧米の企業は組織の革新や人材能力の強化を経営の最重要課題に掲げて、さまざまな取り組みを重ねてきたのです。たとえば、人材を大切にすることを標榜する企業は多いですが、それに対して社内の人材育成プログラムを強化するだけでは、企業競争力に直結するソフトキャピタルの創造という観点ではまったく不十分です。具体的には、社内の創造的な活動を高めてイノベーションの確度を高めるためには、社内外で多様なアイデアの交換が行われることや、商品揮発を組織の壁を越えて機動的に協力して実施することが重要になりますが、そのためには、業績や人事評価体系の見直し、社員の意識改革、方向づけするためのビジョンの提示など、総合的に組織のリデザインや企業文化の刷新が必要になります。つまり、企業内のソフトキャピタルである知識や技術、あるいは多様な人材能力を企業競争力に結び付けるためには、固定資産の管理運用には最適だった階層的管理組織を破壊するような組織改革に取り組むことが求められる、ということなのです。[p.98-99]」

第3章、デジタル:勃興と攻防
・「デジタルとは、コンピューティングパワーと通信速度の爆発的な向上に伴う革新的なサービスや商品の開発、新たなビジネスモデルの創造、そしてそれらに関連する一連の企業群の勃興の総称[p.103]」
・「デジタルの発展は産業界の全体構造を揺るがしており、巨大企業が君臨した20世紀のピラミッド型の産業構造から、多様な規模の企業が水平的に結びついたネットワーク型の産業構造への転換を促しているのです。[p.111]」
・「エコシステムとは・・・企業や専門家集団により形成された相互補強的なビジネスコミュニティであり、金融やデジタル業界における重要な戦略概念になった・・・。正式な提携関係も何もない大小さまざまな企業が関与してビジネスが発展・拡大していくエコシステムという概念は、それまで産業界にはなかったものです。そして、その前提となるのが、各企業がお互いのインターフェースを開放するオープンアーキテクチャの採用になります。[p.120]」
・「デジタル経済の勃興とともに生まれてきた重要な戦略概念がビジネスモデルです。・・・この概念が生まれる背景には、見えている市場や競合を構造的に解析して論理的に計画を組み立てていく、という20世紀型の戦略論が、デジタル経済では通用しなくなったからだと考えられます。というのも、デジタル経済の世界観では、市場は分析するものではなく、イノベーションを通して創造するものであること、そして戦略の重点も、シンプルにモノを販売して収益を確保することから、新たに創造した市場をいかに拡張していくのか、という成長のストーリーにシフトしていったこと、などがあるからです。[p.122]」
・「UXとは、現在注目されている戦略概念であり、UserExperienceを省略したもので、文字どおり商品やサービスに関する顧客の使用体験のことです。[p.125]」「いまやUXの重要性はデジタル系の機器やサービスを超えて、21世紀の重要な戦略概念としてあらゆる産業で重視され始めています。日本では、しばしば『モノ』から『コト』へというような表現で、特に消費者が求めているのが単なるモノでなく、コトと呼ばれる体験であることを意識し始めました。[p.126]」

第4章、日本企業:レガシーとの格闘
・「戦後の日本の企業経営の特徴を一言でいえば、供給力最大化の経営であったといえるでしょう。そのために、利益を求める株主の影響力を遮断し、労働力を囲い込み、技術開発優先の体質を作り上げる必要がありました。[p.133-134]」
・「日本企業には収益性にこだわらず長く事業や開発を継続することはあっても、戦略思考に基づいた長期的な事業の組み立ては希薄であった[p.141]」。
・「ガバナンスとは、経営トップから現場までの組織全体に対する規律づけを意味していますが、実は日本企業は一般に、組織を数字で管理するという点において、むしろ現場組織のガバナンスは極めて厳格です。数値責任を負った各部門は、現場組織に相当のストレスを与えながら、課せられた年度の予算達成に強くこだわる体質があります。もちろんこれは短期の業績達成のためには効果的であり、日本企業が誇る強い現場組織の駆動力になっていることも事実です。このことをはっきりいえば、日本企業のガバナンスは経営に甘く、現場に厳しい、ということになります。[p.146]」「日本企業の経営が強い予算管理志向であるための弊害は顕著であり、日本企業の美質とされている長期志向経営とは裏腹に、実は意図せざる短期数字志向の経営体質となっているのです。[p.147]」
・「世界の変化に対する日本企業の感度は鈍く、体質転換に手間取るなかで世界市場での競争力を失っていった・・・原因はレガシーから完全に抜けきれない経営者の意識にあります。改革の必要性に十分に気づいたはずの現在でも、いまだ十分な速度と深度での改革に踏み出せずにいるように思います。この独善的ともいえる日本企業の経営体質は多くの自己矛盾やパラドックスを内包するものであり、それらが錯綜することが改革を阻害しているともいえます。・・・改めてこの複雑な企業体質上の問題点を整理しておきたいと思います。まず第一には、戦後経済成長を実現した供給力の最大化の成功体験を引きずっているために、外部の変化や違いに対する感度が低く、結果として多様な認知バイアスが生じたことが挙げられます。[p.158]」「第二には、このような外部に対して遮断的であり、内部の論理が優先される組織体質を、日本社会が制度的あるいは文化的に補強してきたことがあります。代表的なのは株主影響力の排除であり、間接金融によるファイナンスシステムを指摘できるでしょう。・・・安定的な雇用を好み、組織への帰属意識が高く、ハイコンテクスト(いわゆる阿吽)のコミュニケーションを得意とする国民性も、内向きな組織文化を涵養したことは間違いありません。[p.159-160]」「第三には、自社の強みの拠り所を現場に求め、また自社の存続や事業の継続を重視する保守的な経営観や企業観が日本企業の経営者には根強いことが挙げられます。[p.161]」「第四には、日本の企業組織の欠陥として、オーナーシップの不足を改めて指摘しておきたいと思います。・・・強いオーナーシップを持って一貫してやり抜かなければならない企業変革のような大事業は、定期的に経営者の交代を行うような体制では着手することは困難です。・・・あるのは手堅い手法で人から人へバトンタッチをしていく継続的経営となります。・・・オーナーシップをそのままリーダーシップと読み替えても文意はほとんど変わることはありません。[p.162]」

第5章、独自再生への道筋
・「日本人が本来保有している調和を重視する価値観、社会への奉仕の精神、あるいは高い勤労倫理などのソーシャルキャピタルと、それを体現している日本的経営は、今日の行き過ぎた資本主義や株主価値経営に対して、本来独自の価値を有するものです。確かにそれらは戦後復興期においては日本の企業競争力を支える組織原理となっていました。しかしポスト冷戦期を迎えて日本のソーシャルキャピタルは、むしろ改革を阻害する方向に働くことにより、日本企業も輝きを失っていたことはこれまで述べたとおりです。・・・日本企業は、本来の良きソーシャルキャピタルに立ち返って、そのなかから社会倫理性を際立たせて、株主価値や法令遵守と並んで基軸となるような経営を打ちたてることを目指すべきです。[p.191]」
・「冷戦の終結とともに勃興したグローバル、キャピタル、デジタルの3つの経営フロンティアは企業競争の実態を大胆に変化させ、経営能力の革新を迫るものでした。それに対する日本企業の反応は、当初は否定から始まりましたが、ようやく今日、キャッチアップ期に入っているといえます。しかし、現実には戦後のレガシーをいまでも重くひきずっており、競争力の温存と変革の推進の葛藤のなかで、英米の企業ほどスピード感を持って企業変革ができないというのが日本企業の実態です。であればこそ、深い戦略思考、踏み込んだ組織革新、人重視の経営の確立を通して、三つの経営フロンティアと日本企業に固有の強みや伝統的な美質とを結合させることで英米の企業とは異なる日本企業独自の競争力ある経営体への進化を徹底的に追求すべきです。[p.192]」

第6章、ポスト冷戦からポスト・トランプへ
・「ポスト冷戦期における新たな経済の勃興は、その変化に対応できた企業には大きなメリットを与えることになり、いくつもの超国家的な企業が生まれることになりました。しかしながら、国内の一般労働者にはその恩恵が及んでおらず、むしろ中間層の所得の抑制、そして格差の拡大という社会的に望ましくない結果をもたらしたという批判が一気に高まっています。これまで社会の基盤を支えてきた中間層の崩壊は経済を衰退させるばかりではなく、一国の政治の安定性を奪い、ひいては世界を危険な状況に着込むことにもなりかねません。[p.204]」
・「今日、企業行動の規範となっているのは、株主価値創造という経済的規範と、法令遵守と呼ばれる法的規範の二つです。[p.211]」「株主価値経営は、株価という単純で明快な結果の測定法があるために、数字の達成が経営の自己目的化してしまう傾向があります。また、コンプライアンスと株主価値創造の間では、企業活動が合法的である限り経営判断上で牽制は働きませんから、ともすれば株主価値創造が突出した経営判断の基準になります。骨抜きによる経営の規律の不在は大きな問題ですが、一方で行きすぎた株主価値の追求は、しばしば社会との軋轢を生むものです。たとえば、強い批判を受けている企業行為に租税回避があります。・・・租税回避問題の難しさは、・・・国ごとに違う税制を活用してキャッシュの流出を回避することは違法ではなく、株主価値追求の観点からは合理的な行為であり、経営の規律が働いているとさえいえることです。・・・租税回避以外にも突出した株主価値経営への批判は絶えません。典型的なものには、経営者に対する過大な報酬の支払い、短期の業績達成に偏重した経営判断、その結果としての頻繁な雇用調整、あるいは製品やサービスの品質基準の劣化などを挙げることができます。[p.211-213]」「企業が社会から遊離して、信用を失ってしまっていることを自覚することが自律的な改革の出発点になるはずです。そのカギを握るのは、企業が自らの役割を再認識し、自律的に第三の経営の規範を打ちたてることと考えられます。具体的には、現在の株主価値創造という経済的規範、およびコンプライアンスという法的規範に加えて、より良き社会の構築という社会倫理的規範を同列において、企業経営の規律とすることです。・・・社会倫理的規範とは、社会的価値の創造や配分にも企業が十分に留意するというものです。[p.214]」「日本のソーシャルキャピタルが強く反映した日本企業の経営は、21世紀の経営モデルとしてのポテンシャルを有するものです。[p.223]」
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近年の社会、企業経営の変化(日本企業の不振を含む)を、ポスト冷戦という時代における、グローバル、キャピタル、デジタルという3つの要素の変化で理解しようとする著者の議論はなかなか興味深いものだと感じました。もちろん、これ以外の説明も可能かもしれませんし、例外的事例もあるとは思います。ただ、このような時代や考え方の動きを知っているのといないのとでは、企業としての対応に大きな違いが出てくるようにも思います。3つの要素のいずれにも、新技術や新たなアイデアが深く関わっていることを考えると、技術者にとってもこうした時代の流れに目を向けることは必要なことであり、役に立つことでもあると思います。現在の我々が何か問題を抱えているなら、その問題をしっかりと直視し、間違いを正し、新しい解決策を模索する努力を続けていくことは、技術者や経営者を含むあらゆる人に求められていることなのだろうと思います。


文献1:平野正雄、「経営の針路 世界の転換期で日本企業はどこを目指すか」、ダイヤモンド社、2017.

「ヤフーの1on1」(本間浩輔著)より

部下の育成はマネジャーの重要な仕事のひとつです。では、どうしたら育成がうまくいくのでしょうか。研究者や技術者は専門知識を身につける必要がありますが、知識を教えるだけでよいのでしょうか。これからの時代は、得られた知識を活用するだけでなく、創造力を発揮して未知の領域に挑戦することがますます求められるようになるでしょう。そんな状況にも対応できる人材、上司を越えるような人材をうまく育てるにはどうしたらよいのでしょうか。

そのカギは「学習」にあるかもしれません。上司にとっての「育成」と部下にとっての「学習」は表裏一体と考えると、部下の学習をいかに促進するかが重要になってくるのではないでしょうか。今回は、育成、学習の手法として注目されている1on1(ワンオンワン)について、そのヤフーでの実践と考え方を紹介した「ヤフーの1on1」(本間浩輔著)[文献1]の内容をご紹介したいと思います。

著者は次のように述べています。「1on1とは簡単に言えば、“わざわざ定期的に”上司と部下との間で行う1対1の対話のことです。・・・ヤフーでは人材育成を効果的に行うために、1on1を行っています。上司はそこで部下の進捗を確認し、問題解決をサポートし、最終的にはその部下の目標達成と成長の支援を行います。ですから、ヤフーの1on1は、言わば、部下のために行なう面談です。上司のための報告でも、連絡でも、相談でもありません[p.1]」。以下、その詳細を見ていきたいと思います。

第1章、マンガで学ぶ1on1ミーティングの基本
・「ヤフーの1on1は、原則として週に1回、30分程度かけて行います。進捗報告や評価面談など、組織における上司と部下の面談にはいろいろなものがありますが、私たちの1on1は、部下のために行なう面談です。ですから、30分の対話が終わったときに、部下が『話してよかった』と思えば、まずは成功です。でも、これは決して簡単なことではありません。対話すること自体は難しいことではないのですが、その時間が部下のためになるものであるためには、心がけるべきこと、守るべきポイントがあります。[p.10]」
・「部下に十分に話をしてもらうことが大事である。きちんと部下と向き合って話す。部下の言葉を先取りしたり、途中で遮って自分の考えを話さない。それでは部下の学びは深まらない。1on1は部下の成長のために行なうものであり、上司が状況把握をするためのものではない。否定はつねにNGではないが、上手に否定しないと上司依存、つまり部下は上司の指示を待つようになる。それでは部下は考えなくなり、学びは深まらない。次の行動=問題への対処法について、部下より先に上司が示してはならない。[p.50]」

第2章、1on1とは何か
・「いくつかある1on1の目的のうち、何を中心に考えているかと私が問われた場合には、まずは『社員の経験学習を促進するため』であると答えます。加えて、ヤフーの人材育成の基本方針である『社員の才能と情熱を解き放つ』ための手段の一つと答えます。[p.54]」
・『7:2:1』の理論と言うものがあります。これは、人の成長を決める要素の比率と言われていて、7割は『仕事経験から学ぶ』割合、2割は『他者から学ぶ』割合、そして残り1割は『研修や書籍から学ぶ』ことを示しています。[p.55]」
・「経験学習を促進するためには、経験をすることだけでなく、経験を学習に変換するアクション(振り返り)が必要で、それが1on1です。・・・具体的には、1on1の場で、社員が経験を振り返って学びに換え、その学びを試す場を見つけて、実際に試して、学びが活かせたかどうかをチェックする、言わば学びのPDCAサイクルが必要であると考えています。この考えを補足する理論として、ヤフーはデービッド・コルブの経験学習サイクルを採用しています。コルブの経験学習モデルとは、・・・人が経験から学ぶときは、『具体的経験→内省(振り返る)→教訓を引き出す(持論化、概念化)→新しい状況への適用(持論・教訓を生かす)』というサイクルをたどるというものです。[p.55-57]」
・「私たちは、才能と情熱を解き放つためには、①いろいろな仕事を経験して、②上司や職場の仲間から観察してもらい、③経験を振り返りながら自分の職業観について考えることが大切だと思っています。[p.59]」
・1on1の効果:コミュニケーションをとるきっかけになる、相談や評価をタイムリーに受けることができる(部下の視点)、部下の情報を得ることができる(上司の視点)[p.63-70
・「『1on1は部下のために行う』を理解して、『今日は何を話そうか』という問いを、1on1の初めに聞くことを習慣化すると、『何を話そうか』と尋ねられることを部下は認識するようになるので、あらかじめ話すテーマを探しておくようになります。つまり、当日その場で、ではなく、前もって経験学習でいう内省が始まる、ということです。[p.73]」「『もう少し詳しく話をしてください』という質問は、上司が詳しく聞きたいと思って言っているのではありません。部下が内省を深めるために、あえて投げかけた質問です。[p.74]」「的を外しているかもしれない質問を投げかける・・・ことによって、部下は・・・一歩踏み込んだ言葉に置き換えることができ・・・ます。[p.75-76]」

第3章、1on1における働きかけ
・「上司と部下との信頼関係が1on1のベースであり、まずは信頼関係を構築することから始める必要があります。[p.107]」
・「ヤフーの1on1のスクリプトを見ると、コーチングやカウンセリングに似ていることに気づきます。しかし、コーチングやカウンセリングと1on1には大きな違いがあります。それは、コーチングやカウンセリングが業務上の関係を持たない、プロフェッショナルとクライアントとの間で行われるのに対して、1on1が上司と部下の関係で行われるという違いです。[p.107]」「一般的にコーチングやカウンセリングでは、個人的な悩みなど周囲には知られたくない話題が飛び出すことがあります。・・・また、日常とは切り離された関係を用意することで、ある種の安心を意図的につくり出しています。職場の同僚や知人、家族などに対して、コーチングやカウンセリングを行うことは望ましくないとされている理由がそこにあります。一方で、上司と部下との間で1on1を行うことは、前述のようなデメリットもありますが、職場で自分のことを見てくれている上司だからこその助言やフィードバックを得ることもできます。[p.108]」
・「アクティブリスニング(active listening)は、一般的には『傾聴』と訳されることが多いでしょう。・・・しかしヤフーでは傾聴と日本語では言わず、あえてアクティブリスニングと言うことがあります。なぜなら、日本語の『傾聴』の傾という漢字は、真剣に黙って聞くというイメージが強く、アクティブに聞くというイメージとはやや異なるからです。[p.109]」「ヤフーではアクティブリスニングとあえて英語(カタカナ)で表記し、『アクティブに聞く』ということだから、ただ黙って相手の話を聞くのではなく、うなずいたり、相槌を打ったり、相手が発したキーワードを繰り返したりすることが大切であると言っています。[p.110]」
・「レコグニションとは、文字どおり解釈するなら、『相手が存在することを認める』という意味です。1on1でレコグニションと言えば、目の前にいる部下の存在を認め、部下のありのままを受けとめる、そしてそれを相手がわかるように伝えることを指します。・・・1on1は部下のために行うものであり、上司は部下の成長を支援することがその役割になります。そのため、上司は部下の言動を100%信じて、部下の気持ちに寄り添う必要があります。[p.112]」「カウンセリングでは、『無条件の肯定的な配慮』といって、クライアント(1on1では部下)の考えや感情のすべてを受け入れていくことが大切であるとされていますが、1on1においても、同じことが言えます。ここで留意したいのは、本項で述べる共感や肯定的な配慮は、賛成や同意とは異なるということです。・・・レコグニションは、1on1を円滑に進めていくための態度であり、信頼関係を構築するための手段であることを強く意識してください。[p.114]」
・「上司と部下との新たな関係が構築されたら、次のステップでは、上司は部下の学びを深めるための支援をしていくことになります。・・・アクティブリスニングができていれば、上司と部下との間に信頼関係が生まれ、部下が話をしながら、自然と学びを深化していくこともあります。しかし、ときとして上司が、コーチング、ティーチング、フィードバックなど、アクティブリスニングと比べて、より積極的な働きかけをすることによって、部下の学びがより深くなったり、学びに至る時間が短く済むことがあります。[p.115]」
・「書籍や団体、研究者によってコーチング(coaching)にはさまざまな定義がありますが、1on1を進めるうえで、ヤフーでは『コーチングとは、部下が経験から学び、次の行動をうながすための質問を主としたコミュニケーション手法』としています。[p.115-116]」
・「上司が投げかけた質問に部下がすぐに答えられないときは、・・・答え=言語化を急がしてはいけません。コーチングやカウンセリングでは『沈黙を大切にする』という言い方をしますが、基本的には同じことです。[p.117]」
・「問題点が明らかになったら、次は『ではどうする?』『どうやって進める?』『いつやる?』などと、質問を具体的な行動に移行させます。・・・1on1は部下の『行動の質』を向上させ成果を上げるために行うものであり、・・・次の行動に関する質問はとても大切です。[p.117-118]」「ヤフーの1on1では、上司が部下に代わって『これが問題だ』『それはこうやって解決すべきだ』などと明確な答えを示さないことがほとんどです。なぜなら、明確な答えを示すことが部下の成長の機会を奪い、部下が自ら考えて、改善し、次の行動へ結びつけることを阻害することになるからです。上司としては・・・早急に答えを示したくなる誘惑にかられるかもしれません。しかし、それをやってしまうと、部下は自ら考える能力を育めなくなってしまいます。・・・上司が問いだけでなく答えも出し続ければ、部下が考えなくなり、指示待ちになるのは当たり前です。コーチングで上司が行うことは、部下に答えを示すことではなく、部下が自力で答えを見つけるためのサポートです。[p.117-118]」
・「ティーチング(teaching)とは文字通り、知識や技術を知っている人から知らない人に教える行為を指します。・・・上司は『コーチング』と『ティーチング』のどちらが有効であるかを選択します。・・・例えば社内ルールのように、上司が答えを持っていて、かつ部下にとっては単に知っていればよいことについては、ティーチングの方が早いということになります。[p.119]」
・「読者のみなさんにとってなじみのあるフィードバックといてば、目標管理制度(MBO)において、期末に部下の申告をもとに上司が評価を行い、その結果が上司から部下に戻され、説明される機会のことを指すのかもしれません。・・・一方で、ヤフーの1on1に限定すると、目標管理制度のフィードバックとは異なる部分にフィードバックが使われています。その一つは、上司が部下に期待する仕事の水準と、部下がもたらした成果との差を示すもの。もう一つは、いっしょに働く周囲にとって、対象者(部下)がどのように見えているかを返すものです。[p.121-122]」「東京大学の中原淳准教授は、・・・『フィードバックとは、耳の痛いことを部下にしっかりと伝え、彼らの成長を立て直すこと』と端的に説明されていますが、ヤフーにおいてフィードバックというと、その定義に加えて『相手が気づかないこと』を伝えることがイメージされます。[p.123]」「非言語コミュニケーションから、人の心理を探るという方法は一般的なのではないかと思います。ヤフーの1on1では、上司が部下の心理を探るのではなく、部下の気づきを引き出すために、部下の表情やしぐさを上司が鏡のように返すことがあります。これが、フィードバックのもう一つの側面です。[p.123-124]」「具体的なフィードバックによって、改善ポイントも明確になる。上司・部下間での目標水準をすり合わせることもできる。[p.148]」
・「『経験学習を促進する』ためのもっとも直接的な質問が『(今回のできごとから)何を学んだの?』です。・・・コーチング、ティーチング、フィードバックと、この質問を併用することによって、学びの深化を効果的に行うことができます。[p.125]」
・「学びの確認と同じくらい重要な質問に『この学びを次にどこで生かす?』があります。経験学習のPDCAの最後のA(アクション)を決めるプロセスです。・・・行動の宣言は上司と部下との約束になります。[p.127]」「私は、部下との1on1において部下と約束した行動計画が守られなくても、そのことを非難しません。その代わりに、『なぜ行動計画はできなかったんだろう?』と聞きます。・・・私が恐れるのは、部下が容易に到達できるコミットメントをすることであり、そのことによって部下の経験学習が不十分なものになることです。社会人は怒られたり、脅かされることによって学ぶことは多くはありません。むしろ、ポジティブに自分の成長のために、自分からストレッチした、つまり少し背伸びした目標を設定して、挑戦していく、それがヤフーの人材開発のあるべき姿であると思っています。[p.128]」

第4章、1on1導入ガイド
・1on1を組織全体に浸透させるための仕組み:「『なぜ1on1をするのか?』『ヤフーは1on1をすることによってどう変わりたいのか?』というような、人事サイドの思いと要望を伝え手いった[p.155]」。「留意したことは、ほかの人事制度との補完関係を説明することと、人事が伝えたいことを伝えるのでなく、社員の疑問に答えること[p.156]」「1on1のよさはやってみないとわからないので、一度でいいから経験してもらう。[p.157]」「ヤフーでは・・・経営陣全員が1on1の重要性を理解し、率先垂範してくれたことが効果的でした。[p.157]」「1on1をせざるをえない仕組みをつくることも大切[p.158]」。「自分が活躍するのではなく、『部下が活躍する舞台をつくるのが上司の仕事』であり、それができない社員は管理職からは外れてもらうというメッセージを示しました。・・・部下のマネジメントが向かない人は、無理に管理職にならず、プレーヤーとして才能と情熱を解き放つ仕事ができればよいと私たちは考えています。[p.158]」「社員が1on1を経験したら、今度は1on1を継続するための施策を実施する必要があります。・・・そのために行ったのは1on1を上手くするための研修です。[p.159]」「ヤフーではシャドーコーチングというトレーニング方法も取り入れています。・・・一人が上司役、もう一人が部下役を務め、上司役と部下役それぞれの後ろにシャドーがつきます。シャドーは上司役、部下役それぞれの聞き方、話し方を観察する役割です。残りの一人は、この対話全体のオブザーバーを努めます。・・・これら5つの役割を順に交代しながらセッションを繰り返す[p.160]」。「効果を各自が把握できるように取り入れたのが1on1チェックというアセスメントの仕組みです。これは、部下の側に、自分が受けた1on1を点数化してもらい、それを上司にアセスメント結果として返します。[p.160-162]」「社内コーチの要請も同時に行ってきました。[p.163]」

第5章、ヤフーが人財開発企業を目指す理由
・「多くの会社において、人事制度は『仕事はお金を稼ぐ手段であり、苦役である』という前提でつくられているのではないかと思います。その結果、評価制度も『会社の利益に貢献した社員に、多く報いる』という論理で設計されているのではないでしょうか。その論理は、『会社への貢献度を正確に測ることができる』という前提に基づいています。しかし、完璧な評価制度はありません。そのため社員としては、本質的に会社の利益に貢献するよりも、評価制度上の評価ポイントを効率的に稼ぐことを意識せざるをえないというのが現実でしょう。[p.199]」
・「組織と個人との関わり方は、長い期間にわたって揺れ続けてきたように感じられます。バブル崩壊の後、リストラに代表されるような、人がコストとのみ見なされるような経営手法が定着し、年功序列、終身雇用という日本的経営慣行が崩れつつあります。・・・一方でインターネットの普及によって、情報環境が一変しました。・・・ITの世界は、・・・成果と努力が相関しない世界と言われています。一人の天才が多額の利益を得るという構造は、モーレツ社員と揶揄された過去の日本のビジネス構造とは大きく異なります。[p.202]」
・「組織と働く個人の関係性を見直し、お互いがパートナーとして適切な関係を保ち、その結果として、社員の利益と会社の利益が、最大化するような仕組みをつくることを理想と考えました。その考えをカタチにしたのが『人財開発企業』というスローガンです。[p.203]」「『人材』ではなく『人財』という言葉を当てて、会社が社員を大切に考えている。社員は財(たから)であると表明しています。次に、『開発』ですが、本当は『発達支援』という言葉を私は使いたかった。[p.204]」
・「目標管理制度(MBO)に代表される人事評価制度は、1990年以降、日本企業のスタンダードであったと思います。しかしMBOによって、強く動機づけられた社員の話を不思議と聞きません。・・・これまでの人事評価の仕組みは、・・・誰かに必要とされ、自らの才能を伸ばしているという感覚や実感を軽視していたと思います。[p.208-209]」
・「組織が与えた仕事をするのではなく、自らが才能と情熱を解き放つ仕事を選ぶ方が、会社にとっても本人にとっても合理的である。会社の言う通りにやっていれば雇用も賃金も保証する、という時代ではない。企業は社員に『キャリア自律』をうながす必要に迫られている。[p.230]」

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本書で紹介されている1on1という手法は、著者も「確かに時間を食うし、まどろっこしい[p.219]」と認めているものですが、それを補ってあまりある効果が期待できるように思います。特に、決められたことだけをやればすむ仕事ではなく、創造性の発揮が求められる仕事においては、指揮命令とは異なる上下関係が必要で、さらに、個性や個人の考え方に応じてその能力や創造性を引き出すことも必要なのではないでしょうか。特に創造性を発揮すべき研究部隊にとっては、1on1は非常に魅力的に思われます。

もちろん、研究開発においては、知識の蓄積は極めて重要ですので、キャリアの最初のうちは本書に言う「ティーチング」の必要性は高いとは思います。しかし、身につけた知識を応用して新しいことに挑戦する段階ではティーチング以外の手法も必要になるのではないでしょうか。例えば、ティーチングや情報共有は全体のミーティングで行い、個別の育成は1on1を活用するなど、本書の手法を基本とした工夫の余地もあるように思います。研究部隊に適した1on1の仕組みも考えられれば、この手法の有効性はさらに高まるような気がしますがどうでしょうか。


文献1:本間浩輔、「ヤフーの1on1(ワンオンワン)――部下を成長させるコミュニケーションの技法」、ダイヤモンド社、2017.

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