研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

研究マネジメント・トピックス

研究マネジメント・トピックス目次(2019.8.4版)

このブログの「研究マネジメント・トピックス」というカテゴリで書いた研究マネジメントに関する話題についての記事の目次です。ここでは表題とリンクをリストにし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割して別ページにしています。要約入り目次はこちら:その1その2
本ブログ記事目次・参考文献リスト・索引の最新版はこちら


その1
研究・イノベーション総論についてのトピックス
「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想2011.2.20)、参考リンク
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2011年)
2011.11.27)、参考リンク
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2013年)2013.11.17)、参考リンクは上に同じ
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2015年)
2015.11.29)、参考リンクは上に同じ
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2017年)
2017.11.19)、参考リンクは上に同じ
「イノベーションとは何か」(池田信夫著)より
2012.7.22)、参考リンク
「知識創造経営のプリンシプル」(野中郁次郎、紺野登著)より2012.12.24)、参考リンク
「ビジョナリーカンパニー4」(コリンズ、ハンセン著)より
2013.1.20)、参考リンク
「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(入山章栄著)より2013.10.20)、参考リンク
経営学者はイノベーションをどうとらえているか(入山章栄著「世界標準の経営理論(DHBR誌連載第14-17回」より)
2016.6.19)、参考リンク
「技術を武器にする経営」(伊丹敬之、宮永博史著)より
2015.1.18)、参考リンク
「教科書を超えた技術経営」(伊丹敬之編著)より
2016.9.11)、参考リンク
「先生、イノベーションって何ですか?」(伊丹敬之著)より
2016.4.3)、参考リンク
「資本家のジレンマ」(クリステンセン、ビーバー著)より
2015.2.15)、参考リンク
Thinkers50「イノベーション」より
2015.6.7)、参考リンク
イノベーションの様々な側面(芝浦工業大学MOT編「戦略的技術経営入門2 いまこそイノベーション」より)
2016.10.23)、参考リンク
「イノベーション・マネジメント」(野城智也著)より
2017.1.22)、参考リンク
「イノベーション・マネジメント入門(第2版)」(一橋大学イノベーション研究センター編)より
2018.9.
ビッグバン・イノベーションとは(ダウンズ、ヌーネス著「ビッグバン・イノベーション」より)
2017.2.26)、参考リンク
「イノベーションはなぜ途絶えたか」(山口栄一著)より
2017.4.16)、参考リンク
「日本流イノベーション」(吉村慎吾著)より
2017.10.1)、参考リンク
シンガポールのイノベーション手法(「『イノベーション大国』次世代への布石」日経BP総合研究所編より)
2018.3.25)、参考リンク
「BLUE OCEAN SHIFT」(キム、モボルニュ著)より
2019.4.7

研究・イノベーションの方針、着想、スタート段階についてのトピックス
破壊的イノベーションの現在(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号より)2013.8.4)、参考リンク
破壊的イノベーションとは何か?(「What Is Disruptive Innovation?」(Christensen他著HBR2015Dec.)より2016.1.31)、参考リンクは上にまとめました
破壊的イノベーションに対抗するには(「The Other Disruption」(Gans著HBR2016,Mar.)より)
2016.4.17)、参考リンク
顧客の片づけるべき用事を知る(「Know Your Customers’ “Job to Be Done”」、Christensen, Hall, Dillon, Duncan著HBR2016, Septemberより)
2016.8.28)、参考リンク
「ジョブ理論」(クリステンセン、ホール、ディロン、ダンカン著)より
2018.6.17
「イノベーションの核心」(三藤利雄著)より
2019.1.20
「日本のイノベーションのジレンマ」(玉田俊平太著)より2016.1.11)、参考リンク
「『イノベーションのジレンマ』の処方箋」(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2016年9月号特集)より
2016.12.4)、参考リンク
「イノベーターのジレンマの経済学的解明」(伊神満著より)(2019.5.19)
リバース・イノベーション(DHBR2010年論文より)
2010.10.17)、参考リンク
「リバース・イノベーション」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より
2012.11.25)、参考リンクは上記と同じ
「[実践]リバース・イノベーション」(ウィンター、ゴビンダラジャン著、DHBR2015年12月号)に学ぶ2015.12.27)、参考リンクは上記と同じ
オープン・イノベーションは使えるか?2011.1.10)、参考リンク
「実践するオープンイノベーション」(トーマツベンチャーサポート著)より
2017.12.24)、参考リンク
エスノグラフィーとイノベーション
2010.12.19)、参考リンク
「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」
2010.11.28)、参考リンク
「ホワイトスペース戦略」-ビジネスモデルイノベーションの方法
2012.1.9)、参考リンク
イノベーションをビジネスへ(マリンズ、コミサー著「プランB」より)
2012.6.17)、参考リンク
複雑系経営(?)の効果
2012.5.6)、参考リンク
ビジネスモデル・ジェネレーション(オスターワルダー、ピニュール著)より
2013.3.17)、参考リンク
「バリュー・プロポジション・デザイン」(オスターワルダー、ピニュール他著)より
2015.7.26)、参考リンク
ビジネスモデルイノベーションの方法(ガスマン、フランケンバーガー、チック著「ビジネスモデルナビゲーター」より)
2018.5.6)、参考リンク
戦略策定の科学的アプローチ
2013.6.30)、参考リ
「P&G式『勝つために戦う』戦略」(ラフリー、マーティン著)より
2014.3.2)、参考リンク(すぐ上記事と同じ)
ジュガードイノベーション(ラジュ、プラブ、アフージャ著「イノベーションは新興国に学べ!」より
2014.5.11)、参考リンク
リ・インベンションとは(「リ・インベンション」三品和広+三品ゼミ著より)
2014.7.13)、参考リンク
「行動観察×ビッグデータ」(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2014年8月号特集)より
2014.9.21)、参考リンク
「イノベーション戦略の論理」(原田勉著)より
2015.3.15)、参考リンク
「ザ・ファーストマイル」(アンソニー著)より
2015.4.12)、参考リンク
イノベーションのスタート段階とアイデア(ウルフェン著「スタート・イノベーション!」より)
2015.12.13)、参考リンク
有望なイノベーション課題の選び方(「What’s Your Best Innovation Bet?」、Schilling著HBR2017, July-Augustより)
2017.8.6)、参考リンク

その2
研究・イノベーションの進め方に関するトピックス
「流れを経営する」を読む2012.3.25)、参考リンク
「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想
2011.3.21)、参考リンク
全員経営とイノベーション(野中郁次郎、勝見明著「全員経営」より)
2016.5.15)、参考リンク
アジャイル、スクラム、研究開発
2012.5.27)、参考リンク
アジャイルを採用する(「Embracing Agile」(Rigby, Sutherland, Takeuchi著HBR2016,May)より)
2016.6.5)、参考リンクは上の記事のリンクにまとめました
アジャイルを拡大する(「Agile at Scale」、Rigby, Sutherland, Noble著HBR2018, May-Juneより)
2018.6.3
「技術経営の常識のウソ」感想
2011.4.17)、参考リンク
祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授
2010.10.11)、参考リンク
P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー
2011.11.20参考リンク
知的な失敗2012.2.26)、参考リンク
「エスケープ・ベロシティ」(ジェフリー・ムーア著)感想
2012.8.19)、参考リンク
「ゾーンマネジメント」(Moore著)より
2019.2.24
「製品開発をめぐる6つの誤解」(トムク、ライナーセンの論文より)
2012.10.14)、参考リンク
「イノベーション5つの原則」(カールソン、ウィルモット著)よ2012.11.4参考リンク
「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より2013.9.8)、参考リンク
「はじめる戦略」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)に学ぶイノベーションの進め方
2014.12.21)、参考リンク
計画された日和見主義(「Planned Opportunism」、Govindarajan著HBR2016,Mayより)
2016.7.18)、参考リンク
「ワイドレンズ」(アドナー著)にみる協働の方法
2014.1.19)、参考リンク
エコシステムイノベーションの進め方(「How to Get Ecosystem Buy-In」、Ihrig、MacMillan著HBR2017, Mar.-Apr.より)
2017.3.26)、参考リンク
技術活用のための社会づくり(「When Technology Gets Ahead of Society」、Khanna著HBR2018, July-Augustより)
2018.8.26
技術革新のタイミング(「Right Tech, Wrong Time」、Adner、Kapoor著HBR2016, Novemberより)
2017.1.3)、参考リンク
「社会技術論」(堀井秀之著)より
2013.2.17)、参考リンク
「技術経営の実践的研究」(丹羽清編)より
2013.4.29)、参考リンク
「ビジネスモデルイノベーション」(野中郁次郎、徳岡晃一郎編著)より
2013.5.26)、参考リンク
スタートアップ企業と既存企業におけるイノベーションの方法(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」より
)(2013.12.15)、参考リンク
「リーン・スタートアップ」(リース著)より
2014.4.6)、参考リンク
「スタートアップ・ウェイ」(リース著)より
2018.12.2
「起業の科学」(田所雅之著)より
2018.10.21
模倣の意義(シェンカー著「コピーキャット」より)
2014.6.8)、参考リンク
「DARPAの全貌(DHBR2014年7月号より)」に学ぶ革新的なイノベーションの進め方
2014.8.17)、参考リンク
小さなイノベーション(DHBR誌2015年6月号特集より)
2015.8.23)、参考リンク
イノベーションの方法(ファー、ダイアー著、「成功するイノベーションは何が違うのか?」より)
2015.9.23)、参考リンク
多組織によるイノベーションのマネジメント(「Managing Multiparty Innovation」、Furr、O’Keeffe、Dyer著HBR2016, Novemberより)
2016.11.20)、参考リンク
「イノベーションは日々の仕事のなかに」(ミラー、ウェデルスボルグ著)より
2015.10.18)、参考リンク
ビジネスモデル改善のポイント(ジロトラ、ネテッシン著「ビジネスモデル・イノベーションに天才はいらない」DHBR誌2015年7月号より)
2015.11.15)、参考リンク
「101デザインメソッド」(クーマー著)よ
2016.2.21)、参考リンク
世の中を変えるビジネスモデルとは(「The Transformative Business Model」、Kavadias, Ladas, Loch著HBR2016, Octoberより)
2016.10.2)、参考リンク
イノベーションがもたらす害:複雑性の増大(「The Problem with Product Proliferation、Mocker、Ross著HBR2017, May-Juneより)
2017.5.14)、参考リンク
研究開発プロセスの改善(岡部仁志、新井本昌宏、渡辺智宏著「製造業R&Dマネジメントの鉄則」より)
2017.6.4)、参考リンク
「イノベーションパス」(横田幸信著)より
2017.7.17)、参考リンク
実験の意義(「The Surprising Power of Online Experiments」、Kohavi, Thomke著HBR2017, September-Octoberより)
2017.9.10)、参考リンク
最初の成功の次に考えるべきこと(「Finding Your Company’s Second Act」、Downes, Nunes著HBR2018, January-Februaryより)
2018.1.14)、参考リンク
「Shift イノベーションの作法」(濱口秀司著DHBR誌連載)より
2018.2.12)、参考リンク
よりよいブレーンストーミング(「Better Brainstorming」、Gregersen著HBR2018, March-Aprilより)
2018.4.15)、参考リンク
ブレークスルーアイデアに命を吹き込む(「Bring Your Breakthrough Ideas to Life」、Bouquet、Barsoux、Wade著HBR2018, November-Decemberより)
2019.1.3

研究・イノベーションの環境(仕組み、組織、人)に関わるトピックス
働きがいのある会社とは(Fortune誌「最も働きがいのある米国企業2011」No.1、SASの考え方)2011.1.30)、参考リンク
イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」
2010.11.7)、参考リンク
ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病
2010.9.26)、参考リンク
コア・リジディティ
2010.9.5)、参考リンク
リーダーがつまずく原因
2010.7.19)、参考リンク
イノベーターのDNA
2011.5.15)、参考リンク
イノベーションのDNA
2012.4.15)、参考リンクは上記と同じ
技術者が問題社員になるとき2011.7.24)、参考リンク
モチベーション再考
2011.8.28)、参考リンク
ポジティブ心理学の可能性
2011.9.25)、参考リンク
事業創造人材とは
2011.10.16)、参考リンク
フロネシス(賢慮)と研究開発
2012.1.29)、参考リンク
橋渡し役の重要性
2012.9.17参考リンク
イノベーションに関わる人々(「イノベーターはどこにいる?」豊田義博著より)2014.11.3)、参考リンク
「シリアル・イノベーター」(グリフィン、プライス、ボジャック著)を活かす
2014.1130)、参考リンク
「世界を動かすイノベーターの条件」(シリング著)より
2019.7.7
創造力に対する自信(トム&デイヴィッド・ケリー著「クリエイティブマインドセット」より)
2015.5.10)、参考リンク
「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」(山口周著)より
2015.6.28)、参考リンク
イノベーティブな文化の真実(「The Hard Truth About Innovative Cultures」、Pisano著HBR2019, January-Februaryより)
2019.2.11
批判の力(「The Innovative Power of Criticism」(Verganti著HBR2016,Jan.-Feb.)より)
2016.3.6)、参考リンク
デザイン思考の真価を考える(DHBR誌2016年4月号特集「デザイン思考の進化」より)
2016.8.7)、参考リンク
デザイン思考はどうイノベーションに役立つのか(「Why Design Thinking Works」、Liedtka著HBR2018, September-Octoberより)
2018.9.30
高い目標のパラドックス(「The Stretch Goal Paradox」、Sitkin、Miller、See著HBR2017, Jan.-Feb.より)
2017.2.12)、参考リンク
研究営業の意義(夏目哲、所眞理雄著「研究を売れ!」より)
2017.8.27)、参考リンク
経営者とイノベーション(「The Board’s New Innovation Imperative」、Hill, Davis著HBR2017, November-Decemberより)
2017.12.3)、参考リンク
「イノベーション研修」(井上功著)より
2018.8.5
イノベーションに適した場所の活用(「Navigating Talent Hot Spots」、Kerr著HBR2018, September-Octoberより)
2018.11.4
大胆な発想が出ないとき(「When Your Moon Shots Don’t Take Off」、Furr, Dyer, Nel著HBR2019, January-Februaryより)
2019.3.17
イノベーションの方程式(「The Innovation Equation」、Bahcall著HBR2019, March-Aprilより)(2019.4.21)
組織の壁を越えるリーダーシップ(「Cross-Silo Leadership」、Casciaro, Edmondson, Jang著HBR2019, May-Juneより)
2019.6.9


「世界を動かすイノベーターの条件」(シリング著)より

イノベーションはやり方さえ工夫すれば誰にでもできるものなのか。それともイノベーターと呼ばれる特異な才能を持った個人の働きが重要なのか。この問題は研究のマネジメントを考える上で非常に重要な論点ですが、残念ながらその答えを出すことは簡単ではなさそうです。ただし、天才的な人物が大きな役割を果たしたイノベーションがあることは確かだと思いますし、特に科学的な業績にあっては、個人の寄与が重要な意味を持つ例も多いのではないかと思います。では、そういう天才的なイノベーターから何が学べるのでしょうか。

そのヒントを求めて今回は、大きなイノベーションを数多く達成したとされる8名のイノベーターの分析に基づいてどういう条件がイノベーションに重要だったかを議論した、メリッサ・A・シリング著「世界を動かすイノベーターの条件」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、分析結果の考察のみならず我々にもできることの提案もしてくれていますので、以下、その内容を見ていきましょう。

序文、人に素晴らしいイノベーションを生み出させるものは何なのか?
・著者は、「何が先駆的なイノベーターを生み出すのかを見つけるためには、例外的なイノベーターだけの少数のサンプルを対象に、複数ケーススタディと呼ばれる手法を使って研究を進めるべきであることに気づいた。[p.13]」とし、「イノベーションの生産性と影響力に関して統計的に外れ値にあるごく少数の人々」と「私たち一般人」とを比較し、「共通点と差異を見つけ」る研究を進めています。
・研究の対象となったイノベーターは、「『複数の』イノベーションと広く結びついた人々[p.16]」である、「マリー・キュリー、トマス・エジソン、アルバート・アインシュタイン、ベンジャミン・フランクリン、スティーブ・ジョブズ、ディーン・ケーメン、イーロン・マスク、ニコラ・テスラ[p.17]」です。そして、「画期的イノベーションを次々と生み出す例外的な人々には大変強い共通性があり、それが彼らを似通わせると同時に、型にはまらない風変わりな存在にしている。こうした人々を研究し、創造性とイノベーションに関する既存の調査と併せ見ると、優れたイノベーションをいくつも生み出すように導くある種の個性のメカニズムを理解しやすくなる。[p.21]」と述べています。

第1章、孤立意識A Sense of “Separateness”
・「画期的なイノベーションを次々と生み出した人の多くに共通して見られるものに、自分は世人とは違っており、人とは切り離された存在だという『孤立意識』がある。それが表面にでると、社交への無関心、ルールや規範の拒絶、家族と疎遠になることなどが見られる。・・・その良い例がアルバート・アインシュタインで、彼は孤立意識を行動に現しただけでなく、それについて書き残し、孤立意識が創造的な思想家の能力にどれほど影響を及ぼしたかを様々な機会に回想している。アインシュタインが人類に温かい愛情を注いだことはよく知られているが、直接の人づきあいでは冷淡で、無関心な態度をとることが少なくなかった。[p.25]」
・「イノベーターに見られる孤立意識は引っ込み思案から来るものではなく、むしろ周囲の社会に帰属していないか、あるいはその一部ではないと感じていることを反映している。[p.41]」
・「先駆的イノベーターの自由な思考を発達させるうえで、孤立がスケールの大きい並外れたアイデアを生み出す助けとなる。何にも帰属しなければ、集団内に合意を促し、協力を奨励する規範の圧力を和らげられる。・・・孤立することによって社会通念に影響される度合いは少なくなるし、集団が共有する考え方に自分のアイデアを汚染されることもなくなる。・・・常識を無視し、因襲に逆らう姿勢は、その人の個性の重要な要素になる。こうした力学が画期的なイノベーションを次々と生み出した人々の人生に明瞭に見てとれる。[p.43-44]」
・「孤独な時間は孤立意識を生む原因でもあるし、結果でもある。・・・孤独な時間は創造性には有益で、関心を抱いたものについて思索し追求する時間を提供してくれる。[p.49]」
・「孤立が創造に有益であることは、心理学者が行ったブレインストーミングの研究によって裏付けられる。この発想法は半世紀ほど前に、考案者のアレックス・オズボーンが『想像力を伸ばす方法』で、「平均的な人でもひとりで考えるより集団で考えるほうが、アイデアを2倍多く発想できる」と唱えて以来、ビジネススクールで広く取り入れられてきた。・・・ところがのちに実験室で行われた研究ではオズボーンの見解と逆の結果が出た。集団でアイデアを考えたほうが、ひとりで考えたときより生まれるアイデアが少なく、しかも斬新さに欠けるというのである。[p.52]」「研究結果をまとめると、ブレインストーミングがグループの創造性を低下させるのは、人のアイデアを聞いているあいだに自分のアイデアを忘れてしまったり、斬新なアイデアが浮かんでも人にどう評価されるか心配で発表するのをためらったりするからであることがわかる。[p.54]」
・「グループで話し合った最善のアイデアを決める方法をとると、平均的なアイデアと比べて独創性が低くて実現性が高いものを選ぶ[p.55]」。
・「イノベーターの孤立意識はまた、規則を無視したり、習慣に反発したりする傾向を生む。[p.56]」「先駆的なイノベーターがもつ非同調性は、ときに自分にはルールが適用されないという態度に現れることがある。スティーブ・ジョブズの非同調性は特に悪名高い。[p.57]」
・「孤立にはプラス面とマイナス面がある。[p.60]」「孤立はイノベーターが独創的なアイデアを生み出すことを可能にするが、そのアイデアを実行するには強い結束力をもつ人的ネットワークをもっているほうが有利になる。[p.61]」
・「孤立のプラス面とマイナス面を理解すると、個人や家族、組織の内部に創造性を育てるための多くのヒントが得られる。そのうちで最も単純な方法が、孤独な時間を持つことだ。[p.67]」「ふたつ目のヒントは、・・・型破りな性格に寛大であると、驚くほどの相乗効果が生まれる点である。[p.68]」「3つ目は、ソーシャルスキルを教えて強化するやり方についでだ。・・・ソーシャルスキルを身につけると、様々な局面で楽に生きていけるし、喜びも増す。だがそれを重視するあまり、独立した思考の習慣や規範に逆らう意思を失わないように注意しなければならない。[p.69]」「突飛さを受け入れることで、私たちは生まれつき創造性に恵まれた人々を開花させられるかもしれない。そればかりか、私たちが独創性を受け入れることを学べば、創造性に富む人々が援助やリソースを入手しやすくなるだろう。[p.70]」

第2章、並外れた自信Extreme Confidence
・「ディーン・ケーメンとスティーブ・ジョブズは、自分の論理的思考力判と断力に絶対の自信をもっており、一般人を束縛する『ルール』を平然と無視した。この自信があってこそ、壮大な考えをめぐらし、並の人間には不可能に思えるプロジェクトに取り組むことが可能になる。心理学用語では、自身の問題解決と目標達成の能力に対する信頼を『自己効力感』と呼ぶ。抜きん出た自己効力感をもつ者だけが、普通の人間が挑むものより大規模で複雑な問題を追求できる。[p.73]」
・「論理的思考と判断力に高い自己効力感をもつ人は、・・・ほかの者が自分の論理的思考に追随しようがしまいが気にしない。[p.89]」「自己効力感はまた、アイデアと行動を結びつける役割を果たす。人は概して、自分に達成できると思える仕事に取り組む傾向にあるためだ。[p.90]」
・「高い自己効力感を生み出すおもな要因には、成功体験(問題を解決したり仕事を達成した自分の体験)、間接経験(問題解決や仕事の達成に成功した他人のやり方を参考にすること)、言葉による説得(問題解決や仕事の達成は可能だと言われること)の3つがある。言うまでもなく、なかでも一番強力なのは成功体験である。[p.93]」「間接経験にも自己効力感を高める効果があることが証明されている。ほかの人間の業績を目にすることで、・・・『彼らにできるのなら、自分にもできる』という意識を植えつけられる。[p.97]」「研究の結果を見ると、言葉による説得は子供の自己効力感を増すには効果的だが、大人に対しては顕著な効果は見られないという。[p.99-100]」
・「ただし、自分ひとりで乗り越えられる可能性のある障害に立ち向かっているときに、『救援』を行うことは避けなければならない。[p.100]」

第3章、創造的な心The Creative Mind
・「イノベーターは普通の人よりも賢いのか? イノベーターは変わり者なのか? 私の研究では、少なくとも並外れて画期的なイノベーションを次々と生み出す人に関しては、ひとつ目の疑問の答えが『イエス』、ふたつ目は『おそらく』ということになる。[p.103]」
・「研究の多くが、創造性はランダムな連想の過程のひとつであることを示しているが、のちの研究では・・・創造性を知性に直接的に結びつける説明がなされている。創造性を、『連想でつながる長い道筋』と捉えたのだ。認知洞察をネットワークプロセスとしてモデル化する私の研究では、心の中のネットワークを使って連想の長い道筋をたどりがちな人、あるいはたどるのが巧みな人は、アイデアや事実のあいだにほかの人間には思いもつかない奇妙なつながりを発見する力をもつことが示された。[p.127]」「マティアス・ベネデク教授とアリョーシャ・ノイバウアー教授の研究では、創造性が非常に高い人も普通は創造性の低い人と同じ連想の道筋をたどるのだが、連想のスピードが速いために常識的な連想を短時間に終わらせ、ほかの者より早く非常識な連想に到達することがわかった。・・・創造性の極めて高い人の連想スピードは、並外れた作業記憶と実行制御によるものだという。言い換えれば、たくさんのことを同時に頭の中に置いておき、それを巧みに処理することで、多くの連想の道筋をすばやく探査することができるのだ。[p.128]」
・「知性については未知の部分がまだ多いが、その重要な構成要素が記憶であることはわかっている。記憶は一般的に、作業記憶と長期記憶という相互依存の関係にあるふたつに分類される。作業記憶は情報を一時的に保存し、すぐに取り出して使える状態にするもので、どんな情報を保存し、それをどう処理し、どう作用させるかをコントロールする実行機能を備えている。・・・人は長期記憶に膨大な量の情報を保存しているが、一度に選択できる(考えられる)情報の量は作業記憶によって制限される。[p.129]」「並外れた長期記憶は、作業記憶の能力と効率性を向上させ、並外れた作業記憶は普通より長期記憶に速くアクセスできる。・・・先駆的イノベーターの多くは並外れた記憶力の持ち主であったことが記録に残っている。[p.130]」
・「人間の性格に関する研究分野には、神経症的傾向、調和性、外向性、誠実性、経験への開放性の5つの要素で構成される『ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性』なる有名な分類法がある。・・・ビッグ・ファイブの中で創造性ともっとも関わりが深いのは、経験への開放性である。経験への開放性は、個人のもつ美的感受性(芸術や文学の鑑識眼など)や、感情への配慮、多様性志向、知的好奇心を反映している。・・・経験への開放性のスコアが高い人は、どちらかといえば知的好奇心が高く、風変わりなアイデアに興味をもち、新しいことに喜んで挑戦する。一般的に、開放性の高い人は平均的な人よりも複雑で曖昧なものに寛容だ。・・・経験への開放性が拡散的思考や創造力と関連があることは、多くの研究で証明されている。[p.131-132]」
・「ドーパミンやグルタミン酸塩と拡散的思考との関連についての科学的根拠は数多く存在する。ドーパミンは、自覚している意識とは関係なく、不必要と判断した刺激を無意識にブロックする潜在抑制を低下させる効果があるとされる。心理学者の研究によれば、高い創造性をもつ人は概して潜在抑制が低く、そのため普通なら無視するような刺激にも反応する傾向があるという。[p.134]」「ゆるやかに増加するドーパミンが潜在抑制を低下させ、作業記憶を強化し、通常考えられない連想を行う助けになっているのだ。[p.139]」

第4章、高遠な目標A Higher Purpose
・「本書で取り上げるイノベーターはひとり残らず(トマス・エジソンだけは注目すべき例外だが)、高遠な理想主義を追求し、高い目標への邁進する気質をもっており、彼らの行動はそうした目的意識が具体化したものである。[p.141]」
・「一番重要なのは、理想主義のもつ内発的動機づけの力だろう。[p.160]」「理想主義はまた、長期的な目標に集中し、ほかの気になる欲求に気を取られないようにする役目も果たす。[p.162]」「理想主義には、もうひとつ力強い効果がある。それは、自己防衛の役割を果たしてくれる点だ。[p.168]」
・「理想主義は大きな充実感をもたらす反面、相当の犠牲を強いることもある。・・・本書で取り上げた先駆的イノベーターの多くは、寝る間も惜しんで働いており、友人や家族との時間をほとんどもっていない。[p.175]」「理想主義がいい面ばかりとは限らない。イノベーターの多くも、理想に夢中になるあまり苦労の多い人生を送り、周囲の人々にも迷惑をかけている。それに理想主義には、こうしたイノベーターの例には現れない別のリスクもある。高邁な理想のためと称し、一般的には卑劣で邪悪だと思われる行為に走ってしまう危険である。[p.177]」

第5章、仕事に駆り立てられてDriven to Work
・「理想主義的な目標に突き動かされてはいなかったエジソンも、何かに突き動かされていたのは間違いない。なにしろ、周囲の人間が理解しがたいほどのハードワークで知られていたからだ。[p.179-180]」
・「成功への野望は・・・すべてのイノベーターを動かす原動力になった。この『達成欲求』は、高い基準を設けてそれを満たすことや、難しい仕事の成就に常時強い関心を抱くことに関連する性格特定である。[p.202]」「達成欲求に関する研究は、内的見返りと外的見返りの役割を合わせて考察する。達成欲求の強い人は技術を習得したり、活動に秀でたり、仕事を完成させることで大きな内的見返りを経験する。その一方で、称賛や尊敬といった外的見返りにもとても敏感で、極端な負けず嫌いの傾向を示すこともある。[p.204]」
・「先駆的イノベーターの仕事への意欲は、理想を実現すること、高い目標に取り組むこと、業績を積み上げること、承認と称賛を得ることなどの『結果』と密接に関連していた。だが、先駆的イノベーターの多くがハードワークに駆り立てられる動機の中には、そうした結果とは関係ないものもある。そのひとつが、仕事自体から得られる喜びだ。・・・心理学者ミハイ・チクセントミハイはこれを『フロー』という概念で的確に示した。フローとは、『人がある活動に没頭して、ほかのことはどうでもよくなる状態であり、それをするためならどんな犠牲を払ってもいいと思わせるほど楽しい体験』と定義される[p.206]」

第6章、時代がもたらす機会と障壁Opportunities and Challenges of an Era
・「『ちょういどいいタイミングで、ちょうどいい場所に居合わせること』の役割は重要だが、それだけでは一部の人が画期的なイノベーションを次々と起こした理由の説明としては不十分である。・・・時代がもたらす機会は、ほとんどすべての画期的なイノベーションに影響を与えているが、画期的なイノベーションを次々と生み出す人々を説明するには十分ではない。この種のイノベーターには特別な性質や原動力があり、時代のもたらした機会をほかの者がしないような方法で利用できるのは、そうした性質や原動力が促進剤となっているからである。[p.237-238]」

第7章、リソースへのアクセスAccess to Resources
・「様々なイノベーターの生涯をひもといてみると、資本よりもそれ以外のリソースが大きな役割を果たしていることがわかる。とりわけ重要なのが、技術と知性に関わるものである。[p.241]」「興味深いことに、知的・技術的リソースはどのイノベーターにとっても重要ではあるものの、本書で紹介しているイノベーターの大半は、意外なほど専門とする領域の正規教育を受けていない。[p.276]」「だからといって、教育や訓練がイノベーションの役に立たないと考えてはいけない。イノベーターの人生において教育が果たした役割を子細に調べてみると、彼らが積極的に学問を摂取していることがわかる。ただし、自分のタイミング、自分のやり方で学問を追求しているのだ。[p.277]」

第8章、内にある可能性を育てるNurturing the Potential That Lies Within
・「画期的なイノベーションを次々と生み出す人々の人生は、決して万人向きではない。世界を良い方向へ変えるのに役立つ要素の多くは私たちには真似のできないものであり、たとえ真似られたとしても彼らが送ったような人生を送ろうとは思わないだろう。だが、イノベーションを生み出すうえで、そうした要素がどう役に立ったのかを理解すれば貴重な教訓になるはずだ。・・・つまり、先駆的イノベーターがなぜ特別なのかを理解すれば、私たちの内にあるイノベーションの可能性を育む方法がおのずとわかってくるのだ。私たちにもできることはたくさんある。[p.282]」
・「規範やパラダイムを疑問視する」:「孤立意識がイノベーションを促進するメカニズムを理解できれば、私たちがイノベーションを育んでいくための有益なヒントになるだろう。組織のリーダーには、創造的な思考を促し、まったく新たな解決策を生み出すためにできることがたくさんある。役割に柔軟性を与え、自主性を重んじ、型破りな意見を容認すれば、創造的な人材を集めることも、既存の従業員の創造的側面を育てることもできる。[p.283]」「従来の考え方に疑問をもつことを従業員に奨励したいのであれば、全員の合意がなければ先へ進めないといった慣行や規範は廃止したほうがいい。[p.284-285]」「早い段階でいずれかの案に決めてしまうと、長期的には最善とは言えない解決策に多大な資源をつぎ込むことになりかねない。[p.286]」
・「ひとりになる時間をつくる」:「従業員に画期的なアイデアを望む経営者は、従業員が突飛なアイデアについてじっくり考え、連想をたどって未知の領域に踏み込めるように、ひとりになれる時間を与えるべきだ。[p.287]」「確かにチームワークは重要だ。とはいえ、一人ひとりができる限りチームに貢献できりうようにするには(その目的が、創造的な解決策を見いだすことにある場合は特に)、グループでの討議の前にひとりで考える時間が欠かせない。[p.288]」「複数のアイデアが存在する場合、あまり早い段階で競争させると、一部のアイデアは発展させる間もないまま抹殺されてしまうことがある。[p.289]」
・「自己効力感を高める」:「早い段階での成功体験をさせるには、失敗したときの代償を低めに抑え、大胆だが賢明な失敗を称賛するなどして、何でも思い切ってやってみようと思わせることが大切だ。[p.291]」
・「壮大な夢を描く」:「理想主義にはイノベーションを生む強い力がある。そのため組織は、メンバー一人ひとりが有意義と思えるような壮大な目標を掲げるべきだ。[p.291-292]」
・「フローを見つける」:「チクセントミハイは言う。・・・会社の目標の範囲内で、従業員に望みの仕事をする機会を与えます。それだけで彼らには仕事への意欲が生まれ、会社の利益になるのです。[p.293]」
・「知的・技術的リソースにアクセスできる機会を増やす」:「誰もがほかの人のもつ知的資源に容易にアクセスできるようにする必要がある。[p.297]」「イノベーションには部外者の存在が重要である。・・・専門家でない人を科学に従事させることで生まれるチャンスもある。そのチャンスを無駄にしてはいけない。[p.298]」
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本書のような少数の特異なイノベーターの分析では、得られた洞察がどの程度汎用性のあるものか、とか、分析対象のイノベーターの選定が妥当なのか(ひょっとしたら、自説に合うような事例が優先して選ばれているのではないか、という懐疑的な見方も含む)というような批判的な議論は避けて通ることはできないと思います。しかし、このような分析ならではの貴重な示唆もあるように感じられましたし、少なくとも、多くの実務家にとっては考える材料として非常に参考になる指摘も含まれているように思いました。さしあたり、すぐにでも実務に生かせる考え方としては、特異な才能を持つ人をどううまく生かすかという視点と、普通の人々の創造性をどうしたら伸ばせるのか、という視点があると思います。どう実務に生かしていくか、著者の考え方をそれぞれの状況に応じて適用する手法の工夫が我々に求められていることなのかもしれません。


文献1:Melissa A. Schilling2018、メリッサ・A・シリング著、染田屋茂訳、「世界を動かすイノベーターの条件 非常識に発想し、実現できるのはなぜか?」、日経BP社、2018.
原著表題:Quirky: The Remarkable Story of the Traits, Foibles, and Genius of Breakthrough Innovators Who Changed the World

 


組織の壁を越えるリーダーシップ(「Cross-Silo Leadership」、Casciaro, Edmondson, Jang著HBR2019, May-Juneより)

近年のイノベーションにおいては、組織間の壁を越えた知識の交流や協力が重要な役割を担う、ということがよく指摘されます。例外的な場合を除いて、この指摘にはおそらくほとんどの方が同意されるのではないでしょうか。しかし、では、どうやったら壁が越えられるのか、どうすれば協力がうまくいくのか、といった方法論になると、まだまだ明確にはなっていないような気がします。

そこで、今回は、組織の壁を越えるためのリーダーシップについて議論したCasciaro, Edmondson, Jang著「Cross-Silo Leadership」[文献1]というHBR記事の内容をご紹介したいと思います。著者は、「ハーバード大学のHeidi Gardnerの研究によれば、境界を越えた協力がある企業ほど、顧客ロイヤルティが高く、利益幅が大きい」と指摘したうえで、「数十の組織における数百のエグゼクティブやマネジャーについて行った著者らの研究やコンサルティング結果では、協力のニーズと難しさの両方が確認されている。」と述べています。

そして、「サイロを壊すひとつの方法は、組織構造を再設計することだ。しかし、それはコストがかかり、混乱を招きやすく、遅い、という限界がある」と述べ、「さらに悪いことに、新しい組織はすべて、ある問題を解決できても別の問題を生んでしまう」とも述べています。では、どうすべきなのか。著者は、「組織境界を効率的に運用するための中心的課題は単純なものだ:境界の向こう側の人々について学び、彼らとうまく関わることだ。しかし、単純なことが易しいとは限らない;人類は異なる人々を理解しかかわることとずっと格闘してきた」とした上で、「リーダーは、人々が、個人のレベルでも組織のレベルでもこの困難を克服する能力を育まなければならない」とし、「つまり、組織間の境界で効率的に仕事ができるように、4つのことを実践できるよう、サポートし、訓練すること」が重要と指摘しています。以下、その4つについて見ていきたいと思います。

1,カルチャーブローカーを育成し配置するDevelop and Deploy Cultural Brokers
・「さいわい、多くの企業にはすでに境界での協力をうまくこなしている人々がいる。彼らは通常、複数のセクター、機能、分野にまたがる関係、経験を有し、非公式に組織間をつなぐリンクとなっている。我々は、そういう人々をカルチャーブローカーと呼ぶ。著者の一人であるSujinによる2000以上のグローバルチームの研究から、カルチャーブローカーのいる多様なチームは、そうでないチームよりも顕著に成果が高いことがわかった。」「カルチャーブローカーは、橋渡し(bridge)役となるか、接着剤(adhesive)となるかのどちらかの方法で、境界を越える活動を促進する。」
・「橋渡し役は、異なる機能や場所にいる人々の日々のルーティンの変更を最低限に抑えて協力できるようにするための仲介者となる。橋渡し役は両方についてのかなりの知識を持ち、それぞれのニーズが何かを理解できる場合に最も効果的になる。」「この種の文化的仲介は、他の組織のものの見方を学んだり仕事のやり方を変えたりする投資をせずに違いを超えて働けるため、効果的だ。特に、一回限りの協力や、結果を出すための時間的余裕がない場合に特に貴重なものだ。」
・「接着剤は、対照的に、人々を一緒にし、相互理解を助け継続的な関係を築く。・・・接着剤は人々の信頼関係を裏付け、互いの言語を翻訳することによって協力を促す。橋渡し役とは異なり、接着剤は、将来的に人々が手助けなしに境界を越えて働く能力を作り出す。」
・「リーダーは、あらゆるレベルの人に会社内の複数の部門と触れる役割を担うチャンスを与えることによって、ブローカーを育成することもできる。」「人々が2つ(以上)のグループに所属するようなマトリックス組織もカルチャーブローカーを育てるのに役立つ。」「固有の難しさ(強力なリーダーシップや責任がなければ率いるのが極端に難しい)があるものの、マトリックス組織は境界で活動することに人々を慣れさせる。」
・「組織の全員がカルチャーブローカーになる必要があるとは言わないが、協力の仕組みに潤滑油を与えるために意識的にブローカーの仲間を増やし、配置することで、長続きする活動が期待できる。」

2,正しい質問をするように促すEncourage People to Ask the Right Questions
・「多くの質問をせずに、境界を越えた仕事をすることはほとんど不可能だ。」「Tizianaの調査によれば・・・好奇心のレベルの高いマネジャーは、社内で結びつきのない部門にまで広がるネットワークを築きやすいことが明らかになった。」
・「しかし、我々は、出世するに従い、質問するという必須の習慣を忘れてしまいやすい。特に高業績をあげている人は、しばしば他の人の物の見方を気にかけることができなくなる。より悪いのは、自分が知らないことを認識すると、自分が無能だとか弱いとか思われてしまうのではないかという(誤った)おそれから、質問をしなくなってしまうかもしれないということだ。」「リーダーは2つのやり方で質問を促し、質問をしてもよいという心理的な安全のある組織を作ることができる。」
ロールモデルとなる
・「リーダーが質問をすることで、他の人がものごとをどう見てどう考えるかに興味を示せば、めざましい効果が得られる:それによって自分の組織の人が同じことをするよう促されるのだ。」「質問をすることで、謙遜を他者に伝えることができる。この謙遜は成功の必須の条件であるとするビジネスリーダーや研究者が増えつつある。」
HBSの「Gino氏は、部下が質問をしやすくなるようにするひとつの方法は、リーダーが答えを知らないときにははっきりとそれを認めることだという。別の方法としては、日常的に部下が『なぜ?(Why?)』『もしそうだとすれば?(What if,,,?)』『どうすれば?(How might we...?)』という質問をすることを明示的に促すことだという。」
質問の技法を部下に教える
・「できるだけバイアスがかからないようにして、情報を求める方法を学ぶことが重要だ。すなわち、yes-or-noの質問よりも先入観を最小にするオープンエンドの質問をすることだ。」
・「協力が進むに従い、他の人が特定の問題により深く関わることを促す、あるいは関連したアイデアや経験を表明できるような質問をチームリーダーやプロジェクトマネジャーが行うとよい。『あなたはxについて何を知っているか?』とか『どんな風に機能しているかを説明してもらえるか?』という質問がその例だ。」
・「人が聞いていることは、その人の専門や経験によってバイアスがかかっている。従って、『私がこのように受け取った。何か抜けているところはないか?』『不足を補ってもらえるだろうか?』『あなたが言っていることは、プロジェクトが予定どおりだということだと思う。それで正しいか?』などの質問で、仲間の意図を正しく受け取っているかをチェックするトレーニングをすることが重要だ。」
・「最後に、協力プロセスの温度(雰囲気)を定期的に測定する必要がある。他者がプロジェクトでどんな経験をしているかやどんな関係かを知るには、『プロジェクトの進行はどうだと思うか?』とか『より効率的に協力するために何ができるだろうか?』のような質問をするしかない。

3,他者の視点で世界を見るようにさせるGet People to See the World Through Others’ Eyes
・「リーダーは他のグループについて興味を持つよう、彼らの考え方とやっていることについて質問をするよう部下に単に促すだけではだめだ;積極的に他者の視点を考慮するように求めなければならない。異なる組織のメンバーは、物事を同じようには見ない。研究は、・・・こうしたことが仕事の接点における誤解に繫がることを一貫して示している。従って、他者の物の見方を学ぶための支援をすることが肝要だ。」「心理学研究は、ほとんどの人が他者の見方を受け取ることができることを示しているが、そのように動機付けされることは希だ。リーダーは、多様な専門性の統合が新しい価値の創造にどれほど有益かをチームに強調して動機づけすることができるが、他にもいくつかの戦術が役にたつ。」
部門間の対話を組織するOrganize cross-silo dialogues
・「リーダーは、一方通行の情報交流セッションに変えて、部下が顧客や会社の他部署のメンバーの目を通じて世界を見ることの助けとするため、部門間での議論を設定すべきだ。」
好奇心と共感を考慮した採用Hire for curiosity and empathy
・「他者の感覚、考え方、態度を理解し、共感する人を採用することで、異なる見方で世界を捉える企業の能力を拡大することができる。」

4,従業員の視野を広げるBroaden Your Employees’ Vision
・「多くの組織はしらずしらずのうちに、従業員に身近な環境、例えば自分の分野やビジネスユニットを越えた見方をしないように促してしまい、その結果、より広いネットワークを調べていれば得られたであろう洞察を見逃してしまう。リーダーは次のような方法で従業員が自らの視野を広げる機会を創ることができる。」
多様なグループからの社員をイニシアチブに集めるBring employees from diverse groups together on initiatives
・「原則として、クロスファンクショナルチームは、分野を越えた人々にその組織の中の様々な専門性を特定するチャンスを与え、それらがどう繋がるかあるいは繋がらないかをマップ化し、価値のある協力を可能にするように内部の知識ネットワークをどう繋ぐかを検討する。」
離れたネットワークを探索するように従業員を促すUrge employees to explore distant networks
・「従業員はまた、社外あるいは業界外まで広げて専門性を活用する必要がある。」「難しいのは、カギとなるビジネス目標に最も関係のある分野を見つけることだ。多くのイノベーションは、Abraham Flexner・・・が『役に立たない知識の有用さ(the usefulness of useless knowledge)』と呼んだものから生まれているが、ビジネスはオープンエンドな探索だけに頼るわけにはいかない。この運命を避けるため、リーダーは2つのアプローチのどちらかを採用できる。」
・「トップダウンアプローチは、知識創造の可能性が高い知識分野がすでに特定されている場合にうまくいく。」「ボトムアップアプローチはリーダーがどの外部の分野と組織を結びつけるべきかが見つけられない場合に好ましい。・・・外部の分野を調査し、コネクションをつくるために従業員に時間と資源を与えることも重要だ。」

サイロを壊すBreaking Down Silos
・「今日の経済では、組織の多様な知識を組み合わせる新しい方法を見つけることが、持続的な価値を創造するための必勝戦略だと誰もが知っている。しかし、サイロを越えて生産的に協働する機会とツールが従業員に与えられていなければそれは不可能だ。水平協力の可能性を引き出すために、リーダーは、文化的、物理的な壁を越えた関連づけと学習をおこなうことを人々に身につけさせなければならない。それにはここで説明した4つの手法が役にたつだろう。」「リーダーがこうした手法を促し、支援する条件を創造する時に、境界を越えた協力は第二の天性と呼べるようなものになるだろう。」
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技術の分野では専門性が必要とされることが多いため、どうしてもサイロ化して分野の境界に壁ができてしまいがちです。しかしそれを越えた協力ができれば新たなイノベーションのチャンスに巡り会えるかもしれません。もちろん、本書に述べられた手法だけで組織の壁が壊せるものかどうかはわかりません。ちょっと単純化しすぎているような感じもしないわけではありませんが、試してみる価値はあるのではないでしょうか。もし、リーダーの心に、著者の手法を適用してみることに対する躊躇があるなら、そこから変えていかなければならないのかもしれないと思います。


文献1: Tiziana Casciaro, Amy C. Edmondson, Sujin Jang, “Cross-Silo Leadership”, Harvard Business Review, May-June, 2019, p.130.
https://hbr.org/2019/05/cross-silo-leadership


「イノベーターのジレンマの経済学的解明」(伊神満著より)

クリステンセンが発表したイノベーターのジレンマ、破壊的イノベーションの考え方は、イノベーションの進め方やメカニズムを考える際に非常に参考になる視点を提供してくれます。しかし、それらは、事例から帰納的に導かれた経験的な概念であって、「正しい」ことがデータによって裏付けられたものではありません。もちろん、実務家にとっては、自らの経験や考え方に照らして妥当だと思えればそれで十分、というところもあると思いますし、発表から20年以上を経ても多くの人にこの考え方が支持されている、という状況証拠によって正しさはサポートされている、と考えられないこともないとは思いますが、データに基づいて考えるとどうなんだ、という視点はやはり重要なのではないかと思います。

今回は、この問題に対し、経済学的手法を駆使して分析した結果が解説されている。伊神満著「イノベーターのジレンマの経済学的解明」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。表題が示すとおり、本書ではクリステンセンが発表した「イノベーターのジレンマ」が検討の対象です。クリステンセンの著書の邦題は「イノベーションのジレンマ」で、さらにその中では「破壊的イノベーション」の概念も合わせて提案されているため世間では多くの誤解が生まれてしまっていますが、著者が取り上げているのは、クリステンセンがイノベーターのジレンマと呼んだ考え方、すなわち「旧時代の覇者は、まさに勝者であったがゆえに、新時代への対応スピードが遅くなる。こうした既存企業における組織的・心理的バイアスが、クリステンセン仮説の主眼であった。[p.19]」という点です。著者は、データに基づく分析によってこの仮説を検討し、この仮説の本質に迫る知見を得ている点、非常に興味深く感じましたので、以下にそのポイント、興味深い示唆をまとめてみたいと思います。

第1章、創造的破壊と「イノベーターのジレンマ」
・「新しい技術が現れると旧い技術が廃れていく。それと歩調を合わせるように、新世代の企業が台頭すると旧世代の企業が(時には産業ごと)没落していく。・・・そういう歴史的パターンを指して経済学者は『創造的破壊』と呼ぶ。『創造的』というのは技術革新や新規参入のことで、『破壊』というのは競争に敗れた旧来の技術や既存企業が滅びていくことだ。これが本書のテーマである。創造的破壊は、今に始まったことではない。[p.15]」
・「前時代の覇者が往々にして新しい技術に対応しきれないのはなぜか。・・・イノベーション(技術革新)を担うのは誰なのか、どうしてそうなるのか、私たちは(私たちの会社は、私たちの政府は)いったいどうしたらいいのか、・・・これが本書の(具体的な)テーマである。[p.17-18]」

第2章、共喰い
・置換効果:「既存の企業は、既存の技術を使って、既存の製品を売っているが、ここに新技術を使って新製品を投入したからといって、売り上げが突然、2倍、3倍になるわけではない。単に新旧製品が世代交代するだけかもしれない。つまり、旧製品からの利益が新製品からの利益に『置き換わる』だけで、新製品と旧製品が『共喰い』する分、利益は大して増えないかもしれない。翻って新参企業にとっては、ゼロからのスタートである。新技術ですること成すことすべてが利益の純増に繋がるのだから、それはやる気も出るだろう。[p.23]」
・「既存企業にとってイノベーションがしやすいのは、新旧製品が共喰いしないとき、経済学用語でいうと新旧製品間の『代替性が低い』ケースである。ところが、両製品のキャラ(キャラクター・特性)がかぶると、同じ消費者の奪い合いになるので共喰いが発生し、代替性は高い。要するに代替性とは商品間の競合する度合いのことである。新参企業にとってはどうだろうか。・・・肝心なのは、彼らには既存製品がないという点だ。旧製品をもたないので、共喰いが発生する余地がない。・・・かくして、新参企業はイノベーションに積極的になりやすい。[p.44-45]」
・「商品間の代替性が高いと共喰い現象が発生し、既存企業にとっては新商品を投入しても大して特にならないので、プロダクト・イノベーションをやる気が出ない[p.50-51]」。「同質財の市場で唯一有効なのはプロセス・イノベーション、つまり製造コストの低減である。[p.53]」「同質財よりも代替性がユルいケースとして『垂直差別化』あるいは『品質差別化』された財がある。・・・このような市場での技術革新には、プロダクト・イノベーション(より高品質な製品を生み出す)とプロセス・イノベーション(同じ品質の製品をより安価に作る)の両方があり得る。[p56-57]」

第3章、抜け駆け
・「『抜け駆け』のゲーム理論と呼ばれるもの」は「『置換効果』とは逆に、『既存企業こそが真っ先に新技術を買い占めてしまうはずだ』という仮説である。新参企業に先駆けて新技術を独占してしまえば、新たな競争相手の参入を未然に防止できる。一般論としては、競争相手は少なければ少ないほど儲かるのだから、是非そうすべきだ。[p.23]」
・「業界にいる主な企業の数が少ない場合(おおまかに言うと、大手5社とか10社以内のケースを想定してほしい)、ライバル同士がお互いの出方次第で損したり得したりする。こういう状況を『戦略的状況』とか『ゲーム理論的状況』という。あるいは『不完全競争』ともいう。ちなみに対義語は『完全競争』で、経済学の教科書で一番最初に登場するのは大体これである。完全競争の市場においては、ライバル企業がどうとか自分の戦略がどうとかいう余地はなく、『小さく無力な企業』が無数にひしめく、利益ゼロの地獄のような世界だ。そこでは参加企業に価格決定権は全くない。[p.84-85]」
・「不完全競争、つまり現実の市場においては、ライバルは少なければ少ない方がいい。[p.86]」「同じようなものを売っているプレイヤーが2社以上いれば、(原理的には)そこでの価格競争は利益がゼロになるまで続く可能性がある。この理論を提案したのは19世紀パリの数学者ジョゼフ・ベルトラン氏なので、『価格による不完全競争』のことを『ベルトラン競争』という。[p.89]」同質財の数量競争、差別化財の価格競争、差別化財の数量競争では、「『ライバルが増えると利益が減る』という基本パターンは同じだが、そのスピードがもう少し緩やかだ。[p.89]」「『数量競争』というのは、・・・『ある一定の生産量・売り上げ目標』ありきの競争である。[p.90]」(クールノー競争)。「クールノーのゲーム設定には、『一定期間に生産・販売できる数量には限りがある』という現実的な制約(あるいは『時間』の感覚)が織り込まれている。よって、いくらセールス部隊同士が安値競争を繰り広げても、『これ以上売ることは出来ない。そこそこの値段をキープして収益を確保しよう』というブレーキが最終的には働くのだ。[p.91]」

第4章、能力格差
・「イノベーションの程度を分類するなら、・・・『漸進的』(incremental)と『急進的』(radical)という形容詞で十分だし、イノベーションの経済的性格を分類するには『工程(プロセス)』と『製品(プロダクト)』を区別すればよい。・・・『破壊的イノベーション』は技術革新のタイプそのものと言うよりも、むしろ・・・一連のストーリーを指す、漠然とした現象名だと考えるべきである。・・・『大口顧客の当座の要望に耳を傾けているうちに、技術の波に乗り遅れてしまう』ということは、そういう経営判断は『短期的にはOK』でも、長い目で見たときには『不適切』な経営判断だったわけだ。・・・静的な資源配分という意味で『最適』にみえた方針が、・・・技術と産業のダイナミクスへの動的な対応という意味では『最適』ではない。きちんと先を見越した資源配分になっていなかった、ということになる。[p.96-97]」
・「カネであれ、技術であれ、人であれ、評判であれ、『貯めるのに時間がかかる資源』は通常、新興企業よりも既存企業の方がたくさん持っている。・・・こういう『貯めるのに時間がかかる資源』のことを、経済学用語では、まとめて『資本』(capitalまたはcapital stock)と呼ぶ。[p.110]」「シュンペーターの足跡をたどると、新参企業と既存企業のどちらの能力をより高く評価したらいいのかについて、彼にも多少の揺らぎが見られるのである。・・・『どちらのタイプの企業もそれなりに能力が高そう』に見えるのであれば、やはり測ってみるしかないだろう。[p.119]」

第5章、実証分析の3作法
・手法データ分析:「実証研究と言って経済学者がまっさきに思いつくのは、単純なデータ分析、いわゆる『回帰分析』という統計手法だ。[p.124]」「『相関関係』は生のデータの中に勝手に存在しているので、見つけるのは簡単だ。だが問題は、相関関係と『因果関係』は全くの別物だという点にある。[p.128-129]」「『因果関係を証明する完全無欠で絶対確実な統計手法』などというものは存在しない、と、そういうふうに一旦割り切っておいた方がいい。[p.130]」「データ分析の真髄とは、データ内『観測された』変数やその値に現れるようなものではなく、データには『観測されていない』『目には見えない』何かについて、どれだけしっかり考え抜いたかにある。[p.139-140]」
・手法②対照実験:「研究対象が『小規模』であり、『多数』存在し、『独立』である(個人間の相関関係を気にしなくて良い)場合には、きわめて好都合なアプローチだろう。ただし、・・・『現実の企業』や『産業全体』を扱う場合には、実験そのものが構想しづらい。またそもそも『過去の歴史的な出来事』をやり直すことは出来ない、という悩みがある。[p.143-144]」
・手法③シミュレーション:「シミュレーションに難点があるとすれば、それは複雑な事象について『模擬』すべき『重要な』側面と『無視すべき』側面を決めた上で、各要素について、賢明な理論的・実証的分析を下準備するという必要があるので、『分析結果が研究者の力量に大きく左右される』点かもしれない。また、・・・あまりにも大きくて複雑なモデル(数式の集まり)を作ると、計算にかかる時間とコストが膨らんでしまう。[p.148]」

第6章、「ジレンマ」の解明――ステップ①…需要
・操作変数法を用いた統計分析により、HDDの「新製品(3.5インチ)と旧製品(5.25インチ)の間には、相当の代替性がある。具体的には、新製品が1%値下がりすると、旧製品を買う人が2.3%減る。つまり『新旧製品間の需要の弾力性は2.3』と判明した。・・・『新旧製品間の代替性が高い』のたから、共喰いによる『置換効果』が発生していてもおかしくない。[p.170]」

第7章、「ジレンマ」の解明――ステップ②…供給
・「『同質財の市場』に、『2社以上のメーカーが競争』していて、なおかつ『それなりの利益が出ている』という3つの事実を矛盾なく説明できるのは、クールノー氏の世界観だけだ。[p.185]」
・利益と企業数の関係(利潤関数)の推計結果から、「ライバルに先駆けてイノベーションに踏み切ることのメリット、そして、(ひょっとしたら)新製品を引っ提げて新規参入してくる(かもしれない)起業家・新参企業の脅威を未然に阻止することのメリット」は大きく、「『抜け駆け』の誘惑は相当大きいであろうことが判明した。[p.205]」

第8章、動学的感性を養おう
・「単純な理屈を『補助線』のように活用することで、『人々が実際に取った行動』(データ)から幸福度やコストを逆算し、現実世界の『行間』を読み取ることができる。『人々の趣味・好みを、実際の行動パターンから読み解く』というこの着眼点を、経済学用語では、『顕示選好の原則』という。[p.228]」

第9章、「ジレンマ」の解明――ステップ③・④…投資と反実仮想シミュレーション
・「『イノベーション能力が高い』とは、言い換えるなら『イノベーションのコストが低い』ということだ。・・・結果はどうだったかというと、・・・『素のイノベーション能力』だけを比べた場合、既存企業は、新参企業よりも優れているようなのだ。[p.248-249]」
・「需要・供給・投資の3パーツからなる『私たちの世界観』には『データ分析の肉付け』がなされ、『推計済の実証モデル』として完成した[p.251-252]」。反実仮想シミュレーションによって明らかになったのは、「『既存企業は、抜け駆けの誘惑に強く駆り立てられている』『イノベーション能力も、実はかなり高い』『にもかかわらず腰抜けなのは、主に共喰いのせいである』[p.261]」

第10章、ジレンマの「解決」(上)
・「よくよく調べてみると既存企業に欠けていたのは『能力』ではなく『意欲』の方だったらしい。[p.265-266]」
・「もしあなたにとって既存企業のサバイバルが最優先事項ならば、『しがらみ』がどうのと言っている場合ではない。新参企業と同じように考え、行動するしかない。・・・既存事業のしがらみを無視することが出来れば、新技術の実装と商業化を新参企業に近いペースで進めることは十分可能だ。創造的破壊の荒波を生き延びるためには、創造的『自己』破壊が必要である。それが正論というものであり、正直それ以上に言えることは少ない。[p.275]」「だから正論の『何がどう難しいのか?』についても明らかにしておこう。[p.276]」
・難問①冴えない新事業の育て方:「新部門を分社化し、旧部門との共喰いをも辞さない、というやり方について。・・・クリステンセン氏が提案したのが、新事業部を本社から独立させ、どこか遠く離れたところで社長直属のプロジェクトとしてカネと人材と権限を与えるというアイディアだった。・・・だが実際には『絵に描いた餅』に終わることが多い。・・・社内ベンチャー的な制度がよほど深く根付いた会社でもなければ、『意欲』と『能力』を兼ね備えた人材の投入は、無理な施策かもしれない。[p.276-277]」
・難問②「育たないものは、買ってくればいいじゃない?:「MAというと、英米流の企業経営では、花形手法として確立しているかのようなイメージがあるが、実際にはアメリカでも失敗の方が多い。・・・システマティックにターゲットを選び、接触し、きちんとアフターケア部隊まで設置している会社(そして、まがりなりにもM&Aの成功実績を重ねている会社)は、シスコ以外ではあまり聞いたことがない。[p.280]」
・難問③あなたは本当に旧部門を切れるのか?:「旧部門は不採算で足手まといになるかもしれない。問題は、自分の手で旧部門を切るだけの決断力や『容赦の無さ』があるかだ。[p.281]」
・難問④生き延びるためには、一旦死ぬ必要がある:「生まれ変わった明日のあなたが『今日までとは全くの別人』だとしたら、それは果たして『あなたが生き延びた』ことになるのだろうか?[p.284]」
・難問⑤経営陣と株主の「最適」は違う:「なぜ私たち株主は、既存企業のサバイバルを手放しで喜べないのか?それは経営陣や従業員が、(私たち株主の利益ではなく)彼ら自身の保身のために、私たちの貴重な年金をムダ使いしているからだ。・・・一つ確かなのは、投資先の既存企業が、製品間の共喰いを是認してわざわざ旧事業の死期を早めたりすれば、『旧事業用に投資してきた株主資本はムダになってしまう』ことだ。[p.276-287]」

第11章、ジレンマの解決(下)
・「『損切り』と『創業』。事の本質はこれだけである。・・・本当の問題はシンプルなのだから、現実から目を背けるのは止めて、死に直面する肚を決めよう。[p.290-291]」
・「私たちの発見は、次の3点に要約される。①既存企業は、たとえ有能で戦略的で合理的であったとしても、新旧技術や事業間の『共喰い』がある限り、新参企業ほどにはイノベーションに本気になれない。(イノベーターのジレンマの経済学的解明)、②この『ジレンマ』を解決して生き延びるには、何らかの形で『共喰い』を容認し、推進する必要があるが、それは『企業価値の最大化』という株主(つまり私たちの家計=投資家)にとっての利益に反する可能性がある。一概に良いこととは言えない。(創造的『自己』破壊のジレンマ)、③よくある『イノベーション促進政策』に大した効果は期待できないが、逆の言い方をすれば、現実のIT系産業は、丁度よい『競争と技術革新のバランス』で発展してきたことになる。これは社会的に喜ばしい事態である。(創造的破壊の真意)
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イノベーターのジレンマがなぜ起こるか、についてはクリステンセンの言う「不均等の意欲」によって既存企業にはやる気がない分野に新規参入企業が入っていくことがカギなのではないか、という印象を持っていましたが、本書に示された経済学的分析によると「共喰い」がその背景にある、という点は非常に興味深く感じました。既存企業が新技術に消極的な理由は細かく見ればいろいろと考えられるでしょうが、仮に「共喰い」がすべての根源であるなら、そこを何とかすれば、既存企業でも新技術をうまく扱えるようになるのではないか、とも思います。共喰いが代替性の高さに深く関係しているのであれば、ある技術を代替性の低い製品に使うようにすれば、既存企業であってもその技術の導入に積極的になれるかもしれないという気がします。つまり、クリステンセンの言う「新市場型破壊」であれば、既存企業にとっても少しは積極的に取り組めるのかもしれません。

本書で解説されている「解明」自体非常に興味深いですが、今までぼんやりとしか認識していなかったことがクリアになったことで、新しい発想も生まれてくることもあるように思います。現象を経済学的にきちんと分析する手法も進歩しているようですので、そうした知見をどう活かしていくか、ということが実務家に求められているように思いました。


文献1:伊神満、「イノベーターのジレンマの経済学的解明」、日経BP社、2018.


イノベーションの方程式(「The Innovation Equation」、Bahcall著HBR2019, March-Aprilより)

どんな条件を満たせばイノベーションが成功しやすくなるのか、つまり、イノベーションの成功にはどんな変数が関わっていて、その関係はどのようなものなのか。現在までのところ、イノベーションの成功確率に関わる因果関係や相関関係を単純なモデルで理解することはできていないように思われますが、もし、それができるとすれば、イノベーションをマネジメントする手法はかなり進歩するのではないかと思います。

今回は、最近のHBR誌に発表された、こうした観点に関する興味深い記事、Bahcall著「The Innovation Equation」[文献1]をご紹介したいと思います。著者は、イノベーションに適した文化を持っていたはずの企業がなぜ、急にそれができなくなってしまうのかを考察し、イノベーションに必要な4つの管理パラメータを定式化しています。「文化」というとらえにくいものだけではなく、組織の仕組みについても注意を払う必要がある、という著者の指摘は、どのような研究組織の仕組みが重要なのかを考える上でも示唆に富んていると感じましたので、以下にその内容をまとめてみたいと思います。

イノベーションの方程式
・著者はまず、イノベーションに適した文化を持つとされていたGENokiaRIMのような企業、すなわち、「探索的で、『楽しく』、失敗に寛容で、独創的な仕事を育成する能力のある企業を例に挙げ、これらの企業が急に不調に陥ったことを指摘し、「このような企業が、業界を一変させるような『loonshots(筆者注*)』つまり『クレイジーな』プロジェクトを育てることから、なぜあまりにも突然、重要なイノベーションを拒絶するようになってしまうのか?」と問うています。
・そして、自身の経験や調査に基づいて、その変化過程を物理現象の相転移に喩え、「人間のグループが、ある大きさになると、過激なアイデアを採用することからそれを棄ててしまうことに変化することを見出した」として、それを「マジックナンバーM」と呼んでいます。

・このMは、M=(E×S2×F)/G と定式化されています。

ここで、EEquity fractionFFitness ratioSManagement spanGSalary Growthです。
・そして、「リーダーは、4つの制御パラメータを調整することでバランスを変えてMの値を上げ、大企業においてもラジカルなイノベーションを確実なものとすることができる。」と主張しています。

4つのパラメータの機能
・著者は、開発担当者が、実験などの研究開発活動と、上司や有力者のご機嫌取りの活動のどちらに時間を使うかの選択に注目しています。
・「企業におけるイノベーションの実際のレベルを決定づけるのは、トップが決める文化の変革ではなくて、すべての従業員が直面する、このような日々の選択である。イノベーションの構成要素となるloonshotは、壊れやすく、幅広いサポートが必要だ。机を叩いて鼓舞する主導者ひとりではアイデアを市場化することはできない。・・・『クレイジーな』アイデアを製品として成功させるには、組織全体の人々が彼らの時間をプロジェクトを進めるために――彼ら自身のためでなく――使うように刺激する必要がある。」

Equity fraction
・「この変数は、インセンティブが組織内の地位ではなく、仕事の成果をどの程度反映するかの程度を表す。・・・Equityはハードとソフトの2種がある。ハードequityには、ストックオプション、報酬、手数料、ボーナスなどがある。・・・金銭的なものではなく、同僚の承認といったソフトequityも重要だ。」「equityとして与えられるものがハードであってもソフトであっても、この比率が高いほど、政治的活動よりもプロジェクトの仕事に追加的な時間を費やすようになる。」

Fitness ratio
・「この変数には、プロジェクトとスキルの一致度(project-skill fitPSF)と、政治的活動からの利益(return on politicsROP)の関係が含まれ、F=PSF/ROPである。分子がプロジェクトに費やした時間から得られる報酬であり、分母は政治的活動から得られる報酬である。」
・「あなたのスキルとプロジェクトがよく合っている場合(PSFが高い)仕事に多くの時間を費やすことが有利になる。・・・一方、あなたのスキルがいま一つで、時間を費やしてもあまり効果が得られない場合、つまり、担当業務があなたに合っていない場合(PSFが低い)には、政治的活動に時間を使った方がよいことになる。」「ある場合には、プロジェクトの適合性が悪いのは、スキル不足だ。・・・しかし、プロジェクトのニーズに比べてスキルが高すぎて、能力のごく一部しか貢献に使われない場合も問題だ。・・・政治的活動をするための多くの時間を持ってしまうことになる。」
・「分母のreturn on politicsは、・・・ロビー活動やネットワーキング、自己宣伝が昇進に影響する度合いだ。」

Management span
・「span of controlとも呼ばれることのあるこの変数は、企業の幹部が抱える直属の部下の数の平均値だ。」
・「組織が多くの階層を有している場合――つまり、spanが狭い――、誰もが昇進を考え、『研究者は問題解決よりも肩書きやステータスのことを心配してしまう』とインターネットのパイオニアであるBob Taylorはかつて述べた。」管理範囲が広ければ、階層が少なく、「昇進はめったに起こらないので、誰もそのことを考えず、その代わりに仕事に集中する。同じ階層の仲間による大きなグループは、『継続的なピアレビュー』が形成される、とTaylorは言う。『エキサイティングでチャレンジングなプロジェクトは、金銭的あるいは管理上のサポートより多くのものを獲得し、他の研究者の参加と援助を受ける。その結果、価値ある仕事が繁栄し、面白くない仕事は衰えていく。』」
・『狭いスパンは、広いものより本質的に悪いわけではない。エラーの率を下げ、高度に卓越した運用を求めるならば狭い方がよい。実験や、loonshotや新技術の開発を促すには広いスパンの方がよい。』

Salary growth
・「従業員が昇進するにつれて受け取る基本給(とその他の特典)の平均上昇も、もうひとつの重要なファクターだ。・・・昇級率が小さければ、人々はその日の最後の時間を政治的活動以外のことに使うようになるだろう。最近の学術研究も同じ結論に至っている。『(給与の)格差の増大は、生産性の低下、協力の減少、離職率の増加と関連がある』とのことだ。」

総合する
・「企業がこれらの制御因子を調整してM値を大きくし、イノベーションを促すには多くの方法がある。いくつかを以下に示す。」
・「職階ではなく結果を称える」「equity fractionを増やし、salary growthを下げるには、管理者は、階層のレベルではなく結果により基づいた報酬構造にすべきだ。今日ほとんどの企業は逆のことをしている。・・・職階ではなく結果を称えるということは、報酬の仕組み、さらにはデラックスな幹部用保養所、特別な食堂、便利な駐車場といった、多くの人の目に見える特権をなくす(か減らす)ことを意味する。
・「soft equityを使う」「多くの研究は、何に動機付けされるかは人によって違うことを示している。・・・企業は従業員が担当するプロジェクトの成功により献身するように、金銭的であるかどうかを問わず、使えるすべての手段を特定して使うべきだ。」
・「方程式から政治を取り去る」「従業員には昇給や昇格を求めてロビー活動をしても無駄なことを理解させる必要がある。」
・「トレーニングに投資する」「新しいことを学べば使ってみたくなる。トレーニングは、従業員がプロジェクトに多くの時間を使い、ロビー活動やネットワーキングに使う時間を減らすことを促す。」
・「完璧な従業員の配置」「定期的に組織がproject-skill fitを達成できているかを監視し、新人からベテランまですべての人が、適切な時に適切な仕事に就くようにするために、個人や小さなチームを任命する。」
・「スパンの微調整」「ラジカルイノベーションを目指すグループには、管理スパンを広げ、統制を緩めるようにすべきだ。」
・「最高インセンティブ責任者を任命する」「組織には、インセンティブの微妙な調整ができるように訓練され、最新の報酬システムの実現に専念するトップレベルの役員が必要だ。」

結論
・「我々は、企業が突然、不思議な変化をするのを見てきた。・・・人も、文化も同じなのに、人々が突然チャンスを掴まなくなるのだ。・・・会社が大きくなったとしても、よりイノベーション志向的なチームを育てるために、カギとなる要因を管理していくことはできる。
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著者の指摘の特に興味深い点は、一口に「やる気」と行っても、昇進や好待遇を求める政治的活動と、プロジェクトを成功するための活動のそれぞれに対するやる気を区別して考えることだと思います。おそらく、今までの社会では、昇格や昇級と、プロジェクトの成功はつながっていることが多かったのではないでしょうか。しかし、イノベーションの成功のための努力と、昇級昇格のための努力の方向性が違っているとすれば、どちらを促すべきなのかはきちんと考えておく必要があるでしょう。

著者の提示する式がすべてのイノベーション活動を説明する式だとは思いませんが、イノベーションの成功要因のうち、担当者のモチベーションの影響を理解する上では新しい視点を提供してくれるものだと思います。例えば、成果主義を目指すとしても、ロビー活動の努力が成果の評価に入り込んでくるような制度では問題があるということになるでしょう。また、組織の大きさも、管理が重要なのか、自由が重要なのかによって調整する必要があるように思います。

私の経験から言っても、不確実性の高い研究の実施には高いモチベーションとコミットメントが求められると思います。もし、モチベーションやコミットメントの邪魔になるような要因があるなら、それが政治的活動への欲求であったとしても、それ以外の欲求であったとしても、それは極力減らす工夫をすべきなのではないでしょうか。それが、長くイノベーティブな組織である上で重要だ、ということになるのでしょう。


文献1: Safi Bahcall, “The Innovation Equation”, Harvard Business Review, March-April, 2019, p.74.
https://hbr.org/2019/03/the-innovation-equation

筆者注*:著者は近著”Loonshots: How to Nurture the Crazy Ideas That Win Wars, Cure Diseases, and Transform Industries”, 2019で、moonshotloonshotを次のように定義しています。
Moonshot: (1)The launching of a spacedraft to the moon; (2) an ambitious and expensive goal, widely expected to have great significance.
Loonshot: A neglected project, widely dismissed, its champion written off as unhinged.
Loonahot
の部分を訳せば、「無視されたプロジェクト、広く忘れ去られ、その主導者は錯乱していると見なされている」という感じでしょうか。


「BLUE OCEAN SHIFT」(キム、モボルニュ著)より

ビジネスにおいて競争の激しい分野をレッド・オーシャン、競争のない分野をブルー・オーシャンと呼び、ブルー・オーシャンで活動すること、ブルー・オーシャンを創造していくことが重要だとする考え方は広く知られていると思います。競争がなければ成功しやすいだろうことは直感的にわかりやすいですし、競争に勝つことが経営戦略のポイントだとする考え方に一石を投ずる意味あいもあって、この考え方は多くの方の支持を得ているようですが、ブルー・オーシャンであるというだけで成功が保証されるものなのか、ブルー・オーシャンは永遠にブルーでいられるのか、など、実践の立場としては疑問がないわけではないと思います。

今回は、2005年に「ブルー・オーシャン戦略」を出版したキム、モボルニュによる、その続編ともいえる「BLUE OCEAN SHIFT ブルー・オーシャン・シフト」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。本書では、ブルー・オーシャンをいかに見つけ、作り出すかという手法に重点をおいて述べられていて、実務の役に立つ点も多いと感じましたので、そのような点を中心に以下にまとめてみたいと思います。

第1部、ブルー・オーシャン・シフト
第1章、至高の先へ

・「ブルー・オーシャン・シフトは、血みどろの競争が展開する非情な市場、つまり多くのサメが棲むレッド・オーシャンから、競争のない新規市場、すなわちブルー・オーシャンへと、人々と一緒に移行するための、体系的な行程なのである。[p.7]」
・ブルー・オーシャン・シフトを成功させる3つのカギ:1,「ブルー・オーシャンの視点:人々の視野を広げ正しい方向へと導く」、2,「市場創造ツールと活用指針:創造性を培い、新たな価値コスト・フロンティアを開拓するためのツールとその使い方、3,人間らしいプロセス:効果的な実行に向けて、皆が一人称でプロセスに取り組み推進していけるよう、自信を培い強めていく」[p.27]」「アメとムチや組織改編にはそれぞれ役割があるが、大胆な変革を起こすうえで不可欠な自信を人々に植え付ける効果は乏しい。[p.24]」
第2章、市場創造戦略の基本
・「我々は『攪乱的創造』(disruptive creation)という造語を考案した。幅広い意味を持つこの造語は、代替によって生じる市場創造機会を、部分的にではなくすべて包含する。攪乱的創造は、創造的破壊と攪乱的イノベーション、どちらに起因するにせよ重要ではあるが、市場創造機会はこれだけではない。我々の研究が示すように、既存市場を攪乱せずに新規市場が生まれた事例は多々ある。[p.35-36]」(筆者注:本書ではdestructiveという用語との区別のため、クリステンセンの破壊的イノベーション(disruptive innovation)を「攪乱的イノベーション」と訳しています。[p.54訳者注])
・「研究からは、市場創造戦略ひいてはブルー・オーシャン・シフトの実行には、三つの基本手法があることが判明した。業界の長年の懸案を打開する解決策を示す、業界の長年の懸案を再定義したうえで解決する、真新しい問題を見つけて解決するか、真新しい事業機会を掴み取る[p.41]」「業界の従来からの課題に打開策を提供すると、一般に攪乱的創造が実現する。真新しい課題を見つけて解決したり、真新しい事業機会を掴み取ったりすると、たいていは非攪乱的創造が起きる。そして、既存の課題を再定義して解決するには、攪乱的と非攪乱的、両方の創造の特徴を活かすことになる。[p.47]」「実のところ、優れた市場創造戦略は往々にして、技術イノベーションにはまったく頼らない。[p.49]」
第3章、ブルー・オーシャン戦略家の発想
・「ブルー・オーシャン戦略家は、業界の置かれた状況を当然だとは見なさず、むしろ、自分たちに有利に変えようとする。[p.64]」「競合他社を叩きのめそうとはしない。彼らの狙いはむしろ、競争を無意味にすることである。[p.68]」「既存顧客の奪い合いではなく、新たな需要の創造と確保に注力する。[p.70]」「差別化と低コストを同時に追求する。価値とコストのどちらかを選ぶのではなく、二兎を追うのである。[p.72]」
第4章、人間らしさ、自信、創造性Humanness, Confidence, and Creative Competence
・「人間は逆説に満ちた存在である。変化を起こしたいと切望する。・・・ただし、それと同時にたいていの人は『できないのではないか』と不安を抱く。不安を取り除く必要があるのだ。・・・組織においては、隙を見せたり、自分の殻を破ったりすると、たいてい『地位、尊敬、安全、権力を失うのではないか』という不安が湧いてくる。このため、私たちは可能性を探るのではなく、現実にしがみつく傾向がある。[p.75]」「こうした人間の根本的な真実に対処しなかったり、ないものとして扱ったりするせいで、創造性や革新性の向上を目指す変革の努力や試みは失敗続きなのである。そのような施策は、『人間らしさ』を意識してプロセスに組み入れていない。[p.76]」
・「ブルー・オーシャン・シフトのプロセスには、行動への自信を培う助けになるよう、人間らしさのさまざまな側面に対応した三つの要素が組み込まれている。細分化、体験に基づく発見、公正なプロセスである。[p.78]」「ブルー・オーシャン・シフトの実践は、市場へのアプローチの大胆な変更を意味するが、あえて、組織内ではそう受け取られないよう配慮している。目標があまりに遠大で斬新だと分かっているからだ。[p.78]」「取り組み全体を小さな具体的ステップに分けて、少しずつ前進しながら自信を引き出し、深めていくのである。・・・我々はこれを『細分化』(atomization)と呼んでいる。[p.79]」「組織においてたいていの人が目にし、真実として受け止めているのは、競争の熾烈なレッド・オーシャンであり、これが感性と理性、両方にとっての避難先である。このため、たとえ望ましくないと分かっていても、レッド・オーシャンにしがみついてしまう。・・・『既存戦略をどう変える必要があるか』と質問して人々の世界観に挑むのは、以上のような自然な傾向に反する。・・・我々の研究から得られた答えは、『人々が変革の必要性を、誰かから教わるのではなくみずからの体験から悟るような状況を、生み出す』というものだ。[p.80]」「公正なプロセスは、私たちの人間としての本質的な部分に関わるものである。信頼という贈り物をくれ、緊張を解き、熱意や自発的な協力を引き出してくれる。[p.81-82]」「公正なプロセスとは要するに、・・・関与、説明、明快な期待内容に凝縮される。・・・関与とは、戦略的判断に皆を積極的に巻き込むという意味である。・・・説明とは、ブルー・オーシャン・シフトのプロセスや各ステップの戦略判断の基本をなす考え方を、分りやすく説くということだ。・・・明快な期待内容は、・・・何を期待できるのか、役割と責任は何かを、皆にはっきり説明するのだ。[p.82]」「公正なプロセスを通して『自分は尊重されている』と知ると、心の奥底で何かのスイッチが入る。公正なプロセスにより、私たちは理性的になる。性急な判断を避けて信用を築き、他者の意見に耳を傾け、学習と比較をし、貢献するようになる。さもないと、侮辱されたと感じて、内心では他人の意見など受け入れまいと誓いながら、表向きは受け入れる素振りをいとも容易にしてしまう。[p.83]」

第2部、ブルー・オーシャン・シフトの5つのステップ
STEP
 1、準備に取り掛かる

第5章、出発地点を決める
・「ブルー・オーシャンの創造に乗り出すに当たっては、必ず『何から始めるか』が問題になる。・・・つまり、どの事業または製品・サービスに挑むかを見極めるのだ。[p.99]」
・「複雑な組織でもブルー・オーシャン戦略の対象範囲を決められるよう、PMSマップ(pioneer-migratior-settler map)・・・を考案した。[p.100]」「『買い手にどれだけ革新的な価値を提供しているか』という切り口で製品やサービスを品定めすると、自社のポートフォリオがいかに戦略的に脆弱ないし健全であるか、本当の姿が見えてくる。・・・これを探るために、PMSマップには以下の3つのセグメントが用意されている。[p.102]」「パイオニア:バリュー・イノベーションを体現する事業や製品・サービスを指し、その購入者や利用者は顧客ではなく愛好者(ファン)と呼ぶにふさわしい。かつてない素晴らしい価値を提供し、新たな価値コスト・フロンティアを買いたくする、ポートフォリオ刷新のカギを握る存在である。戦略は競合他社と一線を画し、利益を伴う力強い成長が見込まれる。安住者(settler):パイオニアの対極をなし、顧客にもたらす価値は二番煎じによるものである。製品や価格を少しずつ変える競争手法をとり、戦略は同業他社と横並びである。業界自体が成長し利益を上げていない限り、大きな成長は見込めない。移行者(migrator):パイオニアと安住者の間に位置する。競合他社よりも優れた価値を提供し、業界内で最高水準かもしれないが、『革新的』と呼べるほどではない。[p.103]」「ポートフォリオを強固にするには、健全なパイオニアが必要だが、その反面、市場の期待に応えたり経営資源を準備するために、安定的な売り上げも求められる。この点で大きな付加価値をもたらすのが安住者と移行者である。[p.117]」「理想的には、以下の四つの基準すべて(あるいは最も多くの基準)を満たす事業ないし製品・サービスを選ぶとよい。第一の基準は、安住者または安住者に非常に近い移行者であり、現在はレッド・オーシャンで競争していることだ。第二の基準として、責任者がレッド・オーシャンからの脱出を強く願い、そのためには戦略の抜本的な最高が不可欠だと認識していること。・・・第三の基準は、他に大きな施策が進行していないことである。・・・第四の基準は、事業や製品、サービスが背水の陣を敷いていることである。[p.118-119]」
第6章、望ましいブルー・オーシャン・チームの構築
・「誰をチームに入れるべきだろうか。・・・全体で10~15人のチームを目指すべきである。少なくとも、主な職能部門すべてが人材を出し、貢献の機会を得て、変革の必要性を実感する必要がある。[p.125-126]」「彼らは変革の各ステップにおいて、自分の属する職能部門や階層とのパイプ役を果たし、チームの最新の知見をみずから広める。こうして知見が信頼され、変革プロセスの健全性が証明される。[p.127]」

STEP
 2、現状を知る
第7章、現状を明確にする

・「戦略キャンバスは、自社の製品・サービスが何にどれくらい力を入れているかを、他社製品と比較、分析し、一枚にビジュアル化したものである。[p.139]」「現状の戦略キャンバスを作成するために、最小で5つ、最大で12の競争要因を特定しよう。[p.147]」「比較対象とする企業を選んだら、次は、自社と他社の事業ないし製品・サービスが各競争要因をどれだけ提供しているかを評価する。・・・1は『非常に低い』、3は『平均』、5は『非常に高い』というような、5段階のリッカート尺度(あるいはその派生形)を用いて、競争要因ごとに自社と他社の製品を評価する[p.153]」
・「現状の戦略キャンバスが出来上がったら、競争の現状、業界の前提、既存企業の戦略の類似度合いが、その一枚の図から見てとれる。[p.162]」

STEP
 3、目的地を思い描く
第8章、業界の規模拡大を妨げる苦痛を探り当てる

・「苦痛とは・・・事業、製品、サービスの特徴のうち、買い手が意識しているかどうかは別として我慢せざるを得ず、買い手にとっての効用を減らしたり、あまりに不便であるため非顧客層を代替物に向かわせたりするものを指す。・・・苦痛は制約にはならない。競争状況を変えるための紛れもない機会なのである。[p.166-167]」
・「買い手の効用マップは、『自分たちの業界を含むほぼすべての業界が、解決すべき大きな問題を抱えている』という気づきを引き出す役割を果たす。・・・まずは顧客経験の全体を概観する。・・・顧客経験は6つのステージに分けることができ、概ね、購入、納品、使用、併用(製品を使う際に必要となる他の製品やサービスとの併用)、保守管理、廃棄という順序を辿る。[p.169]」「買い手の効用マップは、効用を高めるために使用可能な主なテコ(手段)をも示す。横軸に顧客経験の6つのステージが並ぶのに対して、縦軸には6つのテコが並び、全体として36の『効用スペース』ができる。[p.171]」顧客の生産性、シンプルさ、利便性、リスク低減、楽しさや好ましいイメージ、環境への優しさ、が挙げられています。「効用を妨げる要因が見えてきたら、問題が明らかになった欄に『×』を記入していこう。・・・仕上げに、業界が重視する分野に『』を記入しよう。[p.176-177]」「呆れるほど多くの組織が、顧客経験の全体像あるいはその途中で顧客が感じる不便や苦痛について、幅広く理解せずにいる。[p.182]」
第9章、非顧客層の海を見つけ出す
・「我々は非顧客層の3つのグループを定義、特定するためのフレームワークを開発した。[p.193]」「非顧客層の第1グループは、すぐにでも離反しかねない顧客全体を指す。仕方なくあなたの業界の製品やサービスを購入しているだけで、望んでそうしているのではない。[p.194]」「非顧客層の第2グループは、あなたの業界の製品やサービスについて、あえて検討したうえで購入や利用を控えるという結論を出した人や企業を指す。つまり、拒絶しているのだ。理由は、別の業界がよりよくニーズに応えているか、あなたの業界の価格水準が高すぎて手が出ないか、どちらかだろう。[p.195-196]」「第3グループの『未開拓の』非顧客層は、現状では一見したところ無関係な市場にいる。[p.194]」「目的は、非顧客層の各グループを構成するのは主にどのような人または組織なのか、チーム全体の見解を引き出すことである。[p.204]」

STEP
 4、目的地への道筋を見つける
第10章、市場の境界を体系的に引き直す

・「6つのパスというフレームワークは、市場を見るためのレンズを変えて、新しい価値コスト・フロンティアを開拓するための、6つの体系的な手法からなる[p.220]」
・「パス1:代替業界に学ぶ・・・このパスの狙いは、・・・同じ目的のために非顧客層が頼る解決策や業界を数え上げることである。重要なのは業界内の代替案ではなく代替業界である。[p.222]」「ここでの狙いは、自分たちの業界ではなく別の業界の製品やサービスが選ばれる理由を掘り下げ、購入の決め手となる要素をうまく組み合わせる方法を探し、他の要素は減らすか取り除くかして、新しい市場空間を開拓することである。[p.223]」「パス2:業界内のほかの戦略グループから学ぶ[p.225]」「パス3:別の買い手グループに目を向ける・・・誰が購入判断に関わるかを考える際には、現在は無関係だがこれから判断プロセスに関わる可能性がある、潜在的な影響者を考慮すると有意義である。小売店は、複雑な購入判断に関わる場合があるが、往々にして見過ごされている。[p.230]」「パス4:補完財や補完サービスを見渡す・・・顧客が求めるトータル・ソリューションを見渡して、製品やサービスの価値を増減させる補完財や補完サービスについて理解する[p.232]」「パス5:機能志向と感性志向を切り替える[p.236]」「パス6:外部トレンドの形成に加わる・・・環境変化に応じて顧客が重視するものがどう変わるか、それによって長期的に企業のビジネスモデルにどのような影響が及ぶかを探るとよい[p.239-240]」
第11章、代替となるブルー・オーシャン戦略の立案
・「4つのアクションという分析枠組みを紹介する。この枠組みを用いると、チームが市場調査を通して突き止めた事柄を、差別化と低コスト両方を実現するための、具体的行動につながる戦略オプションへ落とし込むことができる。[p.252]」
・「取り除く:業界常識として製品やサービスに備わっている要素のうち、取り除くべき物は何か」「減らす:業界標準と比べて大胆に減らすべき要素は何か」「増やす:業界標準と比べて大胆に増やすべき要素は何か」「創造する:業界でこれまで提供されていない、今後創造すべき要素は何か」[p.253

STEP
 5、戦略を絞り込み、実行に移す
第12章、ブルー・オーシャン戦略の選択と短期の市場テスト

・「実行に向けて戦略を絞り込むには、ブルー・オーシャン見本市を開催するとよい。・・・このイベントでは、チームが考案した戦略案について、公開の場でフィードバックや評価を募る。それをもとにどの戦略案を実行に移すかを決め、新しい価値コスト・フロンティアを開拓するには、どういった点を改善ないし克服する必要があるかを見極めるのだ。[p.275]」
・「ブルー・オーシャン・チームに対しては、・・・顧客になってほしい潜在顧客層を対象に最終候補製品の試作品を使って短期の市場テストを行うよう、せひとも要請すべきである。[p.296]」
第13章、ブルー・オーシャン戦略の完成と実行
・「次はビジネスモデルを完成させる番である。その目的は全体像を示すことにある。つまり、戦略の価値やコストが、どう顧客にとっての有用性を飛躍的に高め、自社に利益あるい力強い成長をもたらすのか、その経済ロジックを説明するのだ。[p.298]」
・「最初は小さく始め、その後スピードを上げて規模を拡大するのが、最も賢明な展開戦略である。[p.315]」

むすび:国家によるブルー・オーシャン・シフトの実例
・マレーシア・ブルー・オーシャン戦略研究所(MBOSI)の例、「マレーシア政府は2009年以降、合計100以上のブルー・オーシャン施策を始動[p.329]」

付録:日本企業での事例:ニューズピックス、JINS、ソラコム、パーク24(ムーギー・キム、川上智子、ミ・ジ)
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ブルー・オーシャン戦略を考える場合、クリステンセンの破壊的イノベーションとの違いはやはりひとつの論点になると思います。著者らは既存企業に取って代わるかどうかを大きな違いとしているようですが、破壊的イノベーションにおいても「新市場型」の破壊の場合には、直ちに取って代わるというものでもないと思いますので、結局のところ大きな違いはないのではないか、というのが率直な感覚です。ブルー・オーシャン戦略では基本的に既存企業との競争は想定されていないのに対し、破壊的イノベーションでは、既存企業と新興企業との競争の力学までが考慮されている点が大きな違いかもしれませんが、その違いは単に新しい市場が置かれた状況(競争環境の激しさ)の違いによって、どこまでを考慮対象とすべきかが変わる、ということのように思います。

ただ、ブルー・オーシャン戦略において、競争をあまり考慮していない点については、気になることもあります。新市場を創造して最初に参入する段階では、もちろんブルー・オーシャン戦略に問題はないと思うのですが、その後、後発者が模倣してきた場合にどうなるのか、レッド・オーシャンになってしまうのではないか、という点です。それに対する明確な回答は本書には示されていないと思いますが、単なる思いつきでブルー・オーシャンに参入する場合と、本書に述べたようなプロセスを辿って参入する場合ではビジネスの完成度が違うだろうという点がヒントになるかもしれないと思います。つまり、著者が主張する人間らしいプロセスをも構築した上で新市場に進出するなら、単に表面のみを模倣してくる後発参集者に対して優位に立てる可能性があるように思います。破壊的イノベーションの場合は、既存企業の不均等の意欲(新規市場に参入しにくい事情)により、破壊者は初期段階で優位に競争を進めることができるとされていますが、著者が提案している参入プロセス自体がブルー・オーシャン戦略における競争力の源泉となりうるのかもしれません。

いずれにせよ、ブルー・オーシャン戦略は、新規市場に参入する方法としては実務的にも有用な方法だと思いますし、参入後もレッド・オーシャンになりにくい場合(例えば、国の政策などは企業間競争とはあまり関係しないように思われます)にも有用な方法なのではないかと思います。また、本書に示されたツール類には、普段のマネジメントにおいても活用可能なものもあるように思います。実務面でも使える手法になりつつあると思いますが、いかがでしょうか。


文献1:W. Chan Kim, Renée Mauborgne, 2017W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「BLUE OCEAN SHIFT ブルー・オーシャン・シフト」、ダイヤモンド社、2018.
原著表題:Blue Ocean Shift: Beyond Competing - Proven Steps to Inspire Confidence and Seize New Growth


「ゾーンマネジメント」(Moore著)より

既存企業がイノベーションをうまく進めるためには、企業内での協力の獲得が重要であるとの指摘がしばしばなされます。ということは、企業のマネジャーはイノベーションを担当する部門と、既存事業を行う部門の両方がうまく機能するようにコントロールする必要があるということになるでしょう。一方、そうしたマネジメントの方法は、どんなイノベーションを狙っているのか(例えば、持続的イノベーションなのか、破壊的イノベーションなのか等)によっても異なってくるでしょう。近年、イノベーションについての理解は深まってきているとは思いますが、結局のところは、こんな場合にはこんな方法が望ましい、というような形でしか、イノベーションをうまく進める方法はまとまらないような気もします。

今回は、企業においてイノベーションを進める上で考慮すべき機能を見直し、状況を場合分けして、それぞれに必要なイノベーションの進め方を議論した、Moore著「ゾーンマネジメント 破壊的変化の中で生き残る策と手順」[文献1]をご紹介したいと思います。著者の考え方は、企業活動を破壊的イノベーションか持続的イノベーションか、収益を求めるか能力向上を求めるかの2軸で4つのゾーンに分割してそれぞれを独立に管理すべきだとした上で、さらに破壊的イノベーションで攻める立場にいるか破壊的イノベーションから守る立場なのかという状況に分けて、それぞれの活動をどう行うべきかを議論しています。以下、著者の指摘の中から興味深く感じた点を本書の構成に沿ってまとめたいと思います。

第1章、プライオリティの危機
・「他社のビジネスに破壊的変化をもたらすためには、自社のポートフォリオに新しいビジネスラインを追加しなければならない・・・新規のビジネスラインを既存の事業ポートフォリオに追加するときに『プライオリティの危機』が生まれている・・・取り組みを始めるのはたやすいのだが、先に進むにつれて十分な経営資源がないことが明らかになってくる。そのときにどうやって経営資源を確保するか。この問題は、部分的には量の問題、つまり、どれだけの経営資源を既存の確立したビジネスに投入し続け、どれだけを新規ビジネスに投入するかということになる。そして、同時に質の問題でもある。つまり、既存のビジネスラインから追加の利益を得ることと、新規ビジネスラインから新たな利益を得ることのどちらを高く評価するかという問題でもある。さらに、社内政治と勢力争いの問題でもある。つまり、長期的に膨大な可能性をもたらす機会に期待して、短期的リターンを提供する既存ビジネスをどの程度犠牲にできるかという問題だ。[p.20-21]」
・「攻撃側に回って次の波を捕まえようとしているのか、防御側に回って次の波に捕まらないようにしているのかにかかわらず、戦略的な事業ポートフォリオマネジメントを実施する上で、何らかの支援が必要だ。破壊的変化が頻繁に起こる今日、これまでの経営戦略は有効ではない。[p.34-35]」「破壊的変化をもたらすスタートアップ企業に対して既存企業が持つ優位性は不利な点をはるかに上回る。グローバルな流通チャネル、世界的なサポートシステム、ブランド認知度、広範なエコシステム、強力な財務基盤、安定したキャッシュフローといった多くの要素が重要な資産となる。必要なのは、これらの経営資源を適切に活用するための指南書だ。・・・この指南書を『ゾーンマネジメント』と呼ぼう。その基本的な考え方は、企業のマネジメントを4つのゾーンに分割することにある。各ゾーンには独自の目標、つまり、当期の収益パフォーマンス、そのパフォーマンスを推進するための生産性向上の取り組み、将来のイノベーションの育成、そして、そのようなイノベーションの規模拡大がある。[p.35]」「先鋭的なのは、第一に、経営陣が企業運営を4つのゾーンに明示的に割り当て、各ゾーンで異なる結果を求めるべきこと、第二に、現場のリーダーが、ローカルな指南書に従って割り当てられたゾーン内で行動し、社内の別のゾーン内で異なる指南書に従って行動するリーダーたちと協業していくという点だ。[p.36]」

第2章、4つのゾーン
・「企業は破壊者として攻撃的に行動するか、被破壊者として防御的に行動することができる。・・・遅かれ早かれ攻撃に乗り出すべきだ。・・・では、スタートラインはどこにあるのか。年次戦略計画が最適な場所である。そこでは、3つの投資ホライゾン(期間)にどのように経営資源を割り当てるかがフォーカスになる。各ホライゾンは、投資の効果が得られるタイミングによって、以下のように定義される。ホライゾン1:翌会計年度の事業による投資回収。ホライゾン2:2年から3年で投資回収。マイナスのキャッシュフローの中間的期間を経た後に投資が回収可能となる。ホライゾン3:3年から5年で投資回収。主に研究開発であり、事業による回収はまだ考慮されない。このモデルの中で確実なリターンがあるのはホライゾン1だけである。それ以外のものは現時点ではみな投機的であり、将来的にはホライゾン1に転換されることが期待されている。[p.40-41]」
・「破壊的変化が起きている市場では、スタートアップ企業の業績が既存企業を上回ることが多い・・・それはなぜだろうか。スタートアップ企業には利害衝突がないからである。・・・一方、既存企業には自社の業績維持、株主の意思、さらには、既存の顧客やパートナーのエコシステムなど様々な方向からの圧力がある。これらの力の板挟みになり、既存企業の取り組みはフォーカスと優先順位付けを欠き、当然のように業績を悪化させてしまう。効果的に競合するためには、経営陣はこの束縛から自らを解き放つ必要がある。・・・具体的には、破壊的イノベーションの取り組みと持続的イノベーションの取り組みを分離し、全社を新規ビジネスとその運営にフォーカスさせ、後者を既存ビジネスの拡張と改良にフォーカスさせなければならない。同時に、『収益パフォーマンス』を求める企業活動と『支援的投資(Enabling Investment)』となる企業活動とを分離し、前者を現在の業績に、後者を将来への種蒔き効果にフォーカスさせなければならない。・・・以上で述べた2種類の分割により、企業活動の4つのゾーンが作られる。 [p.43-44]」
・別々にマネジメントすべき「4つのゾーン」[p.45p.55-58]:
パフォーマンス・ゾーン(持続的イノベーション×収益パフォーマンス、既存事業で成果を出す、ライン部門、ホライゾン1、「ここでの目標は、リスクを考慮しつつ、ほとんど不測の事態なしに収益をスムーズに生み出していくこと[p.56]」)
プロダクティビティ・ゾーン(持続的イノベーション×支援型投資、生産性を上げる、スタッフ部門、ホライゾン1、「ほとんどの時間がパフォーマンス・ゾーンの業務改善で得られる効率性の向上に割かれる。[p.56]」)
インキュベーション・ゾーン(破壊的イノベーション×支援型投資、新規事業を育む、R&D事業開発部門、ホライゾン3、このゾーンでは、いかなる時でも複数のプロジェクトが準備中となっていなければならない。[p.56]))
トランスフォーメーション・ゾーン(破壊的イノベーション×収益パフォーマンス、新規事業を拡大する、CEO直下の新部門、ホライゾン2、「このゾーンはコストを要し、リスクも高く、企業体力も消費する。このため、ほとんどの年に空白であってもよい。[p.57]」)
・犯しやすい過ち[p.59-62]:パフォーマンス・ゾーンに過剰投資する、プロダクティビティ・ゾーンで現状を維持する、インキュベーション・ゾーンをトランスフォーメーション・ゾーンと取り違える、トランスフォーメーション・ゾーンを導入しない、破壊的攻撃を受けた場合にそれを否定しようとする。

第3章、パフォーマンス・ゾーン
・「パフォーマンス・ゾーンは、確立した顧客ベースを持つビジネスラインのポートフォリオから構成され、企業の収益のほぼすべてと利益の百パーセント以上を生み出す。・・・要するに、ビジネスはメインストリートにいる。・・・そこでの合い言葉は『進路を保て!』だ。[p.66]」
・「主要な課題は実行能力だ。そのために『パフォーマンス・マトリックス』を活用できる。パフォーマンス・マトリックスは、・・・事業実行の領域を『行(ロー)』と『列(コラム)』とによって分割する。『行』は一定規模以上の『ビジネスライン』を示し、『列』は製品やサービスを販売する一定規模以上の『販売チャネル』を示す。[p.67]」「パフォーマンス・マトリックスの行と列に適合するように業務運営組織を置き、各行と各列に独自のオーナーを割り当て、計画の実行と達成に責任を持つ唯一の存在とする。[p.84]」
・「攻撃側にいる場合には、パフォーマンス・マトリックスに小規模な行を追加し、可及的速やかにその規模を拡大する。防御側にいる場合には、攻撃対象となっている行を識別し、その評価指標をリセットし、戦闘態勢に持ち込むために経営資源の優先順位も変更する。[p.85

4章、プロダクティビティ・ゾーン
・「プロダクティビティ・ゾーン・・・は、特定分野のプロフェッショナルが提供するシェアード・サービスで構成され、以下の機能を提供する。本社機能(財務、会計、法務、事業開発、IR、総務、施設、情報システム、人事、研修など)、対市場機能(マーケティング、広報、リード開発、顧客サービス、受注管理、顧客サポートなど)、対サプライチェーン機能(エンジニアリング、生産、勾配、ロジスティクス、品質管理、技術サポートなど)[p.88-89]」「これらの組織の目的は企業が可能な限り効率的に機能できるようにすることだ。[p.89]」
・「経営資源の大部分は効率性とビジネス効果の向上に向けられる。・・・前者は『システム』の担当領域であり、後者は『プログラム』の担当領域である[p.90]」。「システムとは継続的な事業運営基盤を提供するサービス群のことである。[p.90]」「年次予算編成、給与、人事考課、セキュリティ、ID管理、財務報告などがある。[p.92]」「プログラムとは特定のユーザー・グループに特定の期間に特定の結果をもたらすサービス[p.93]」。
・「既存の確立したビジネスラインが破壊者からの攻撃を受けたとき、市場リーダーたる企業は総力を結集して戦わなければならない。・・・もちろん、これには、時間も、人材も、予算も、経営陣の注力も必要になる。・・・それこそがプロダクティビティ・ゾーンの役割だ。現状の業務を最適化するために可能なあらゆることをしなければならない。レガシーの業務から経営資源を引き出し、進行中のトランスフォーメーションに再配分することが目標だ[p.103]」

第5章、インキュベーション・ゾーン
・「インキュベーション・ゾーンはホライゾン3の投資が実施される場所である。[p.116]」「インキュベーション・ゾーンのスペースは貴重であり、単なる次世代のテクノロジーとビジネスモデルの実験場ではない。そのような実験は、スカンクワークス(非公式プロジェクト)や実験室で行えばよい。[p.117]」「これとは対照的に、インキュベーション・ゾーンで扱われる案件には、次の大規模なビジネスラインの候補とみなされるだけの説得力が必要だ。[p.118]」「スタートアップ企業と競合するために、セールス、マーケティング、プロフェッショナル・サービスの専門組織が必要であり、次世代の画期的製品の設計・構築・運用に独自のサプライチェーンが必要だ。つまり、インキュベーション・ゾーンとは、単なる研究開発投資ではなく、独立した企業を運営しているようなものなのだ。[p.119]」
・「インキュベーション・ゾーン内の各組織は、個別のゼネラル・マネジャー(GM)、専任の製品開発・製品提供・セールス・マーケティングの経営資源を有する『独立事業ユニット(IOU、インディペンデント・オペレーション・ユニット)』として機能する。IOUは完全に独立して損益管理されるわけではないが、単なる研究開発プロジェクトではなく、あたかも企業内におけるスタートアップ企業のように扱われる。[p.120]」
・「インキュベーション・ゾーンで攻撃することは、ベンチャーキャピタルが投資するスタートアップ企業の運営にたとえられる。マイルストーンとして設定されるのは、企業価値を一段階向上するようなビジネスの状況変化をもたらすことだ。すなわち、テクノロジーを製品化する、最初の先駆的重要顧客を獲得する、最初のターゲット市場で支配的シェアを獲得する、といったことが重要な通過点となる。[p.123-124]」「パフォーマンス・マトリックスに加えるにはまだ一桁規模が小さいが、トランスフォーメーション・ゾーンに移行する有力候補となる。これがすべてのIOUのゴールだ。[p.126]」
・「パフォーマンス・ゾーンに対する破壊的攻撃を受け、トランスフォーメーション・ゾーンによる対応が必要になったときには、インキュベーション・ゾーンでも新たな優先順位を設定する必要がある。具体的に言えば、既存の事業モデルをできるだけ速やかに現代化し、他者からの破壊的攻撃を中立化することに最大の優先度が設定される。[p.128]」
・「地位を確立した企業はイノベーションができないという説がある。しかし、それは事実ではない。これらの企業はイノベーションを実行できるし、実際に実行してもいる。ただ、そのイノベーションの規模を拡大できないのだ。これは、2つのゾーン、つまり、インキュベーション・ゾーンと・・・トランスフォーメーション・ゾーンを適切に管理できていないことによる。・・・インキュベーション・ゾーンに特有の以下のような問題への対応策を見ていこう。[p.130]」「技術開発と市場開発を分離してしまう・・・技術開発を企業の研究室などに委ね、プロトタイプ製品を販売部門の責任者に移管し、市場に投入することがよく行われるが、これは絶対にうまくいかない。・・・企業に研究組織があるのならば、それをインキュベーション・ゾーンに技術を提供するメカニズムとして扱うべきであり、インキュベーション・ゾーンの代替として扱うべきではない。[p.131]」「IOUとパフォーマンス・マトリックス感で経営資源を共有してしまう・・・俊敏性が失われ、失敗につながる[p.131-132]」「育成中のビジネスに全社基準の義務を負わせてしまう・・・スタートアップ事業も既存の確立したビジネスと同等の基準に沿うことを求めたくなるかもしれない。しかし、これは厳しすぎる。[p.132]」「任命するリーダーのタイプを誤る・・・インキュベーション・ゾーンのIOUは起業家精神に富むゼネラル・マネジャーが統率すべきである。[p.132-133]」「不適切になったプロジェクトから撤退しない・・・予算獲得は困難であるべきであり、その維持も困難であるべきだ。弱い者を淘汰できなければ、フォーカスが失われ、経営資源が浪費され、事業ポートフォリオ全体の価値を低下させてしまう。[p.133]」「ホライゾン3への投資の予算獲得を年次の事業計画として実行してしまう・・・年次の予算計画プロセスは、ホライゾン1のビジネスライン向けのものだ。破壊的イノベーションがこれらと予算獲得を争うことがあってはならない。さらに言えば、IOUは年次のカレンダーではなく、マイルストーンに基づいて予算を設定すべきである。・・・年一度調整すべきなのはベンチャー予算全体の規模だけだ。[p.133-134]」「パフォーマンス・マトリックスがホライゾン3の取り組みを秘密裏に育成することを許可してしまう・・・そのような取り組みは現状を打破するほどの規模に拡大しない。[p.134]」

第6章、トランスフォーメーション・ゾーン
・「トランスフォーメーション・ゾーンは、企業の未来を過去の引力から解放するためのメカニズムである。このゾーンでの取り組みは、市場カテゴリーの破壊的変化によって生じる千載一遇の長期成長の波に乗ることにフォーカスする。[p.138]」「トランスフォーメーション・ゾーンは一時的な存在である。危機に対応する(あるいは他社にとっての危機を作り出す)ために生まれ、危機が解決されれば消滅する。ゆえに、長期的に存続する独立したガバナンスの主体があるわけではない。CEOのスタッフを中心に統治され、あらゆる定例会議のアジェンダで最高優先順位の案件として扱われる形態になる。[p.139]」「破壊的イノベーションの時期には、CEOは既存事業ラインの管理を他の経営陣に移管し、COOの援助の下に、あるいは、単独で自身のエネルギーを不安定な変化を乗り越えて企業を先導することにフォーカスさせなければならない。言い換えれば、持続的イノベーションには適切な管理が必要であり、破壊的イノベーションには卓越したリーダーシップが必要ということだ。[p.140]」
・「CEOの最初の仕事は規模拡大の対象となる事業を一つ選ぶことだ。・・・複数の事業をトランスフォーメーション・ゾーンに同時に置くことは致命的誤りだ。[p.140]」
・「防御におけるトランスフォーメーションは、第一に中立化、第二に最適化、第三に差別化という三つのステップから成るプログラムで進めていくべきだ。[p.153]」
・「トランスフォーメーションを完遂するためには、あらゆるリーダーと社内機能がその成功を最優先事項としなければならない。これは意思疎通と意思統一の問題だ。・・・リーダーが逆方向に漕ぎ出せば、意思統一は不要というシグナルを全員に与えることになる。破壊的変化のときには意思統一は不可欠であり、これには例外はない。[p.162]」

第7章、ゾーンマネジメントの導入
・ゾーンマネジメントを取り入れていくためのステップ:1,組織をゾーンに割り当てる、2,パフォーマンス・マトリックスを確定する、3,プロダクティビティ・ゾーンを動かす、4,インキュベーション・ゾーンを隔離する、5,トランスフォーメーション・ゾーンの状態を決定し進行方針を決定する。(「『非活動状態(現時点では破壊的変化がない)』、『攻撃状態(次の波を捕まえるために攻撃している)』、または『防衛状態(次の波に捕まらないようにするために防御している)』のいずれかを宣言する必要がある。[p.169]」

第8章、セールスフォースとマイクロソフトにおけるゾーンマネジメント
・攻撃の事例(セールスフォース)と防御の事例(マイクロソフト)紹介
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イノベーションの進め方というと、研究者にとっては課題解決とかアイデア創出につい注意が向きがちですが、本書で解説されている方法論は、アイデアを事業化していく段階に焦点が当てられていると考えられます。実際にアイデア創出と事業化段階のどちらが重要なのかは事例によって異なるでしょうが、事業化段階にもかなりの困難さがあることは、研究者として決して忘れてはならないことだと思います。

本書の手法は、著者が関わった事例に基づいたものと考えられますが、比較的理念先行で裏付けに物足りなさを感じるところがあり、本当にこれ(だけ)でよいのか、とか、他の方法はないのか、といった点には不明なところもあると思います。また、アメリカにおける状況を前提として考察しているところもあるように感じました。しかし、考え方は一貫していてわかりやすく本質を突いている部分もあるという気がします。実践的に重要な指摘も含まれていると思いますし、イノベーションの進め方を考える上で、一考の価値があるように思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Geoffrey A. Moore, 2015、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ゾーンマネジメント 破壊的変化の中で生き残る策と手順」、日経BP社、2017.
原著表題:Zone to Win: Organizing to Compete in an Age of Disruption


イノベーティブな文化の真実(「The Hard Truth About Innovative Cultures」、Pisano著HBR2019, January-Februaryより)

イノベーションが生まれやすい環境を整えることはマネジャーの大きな務めでしょう。最近では、どういう環境がイノベーションにとって重要かについて大雑把な意見の一致が見られるようになってきたかもしれません。しかし、実際にそうした環境を構築し、うまく運営していくことはそれほどたやすいことではありません。

今回ご紹介するPisanoによるHBR誌の記事「The Hard Truth About Innovative Cultures」では、イノベーションを促すとされる文化の特徴と、そうした文化を構築し運営していく際の注意点について述べられています[文献1]。実務家にとっても参考になる指摘が多いと感じましたので、そのポイントをまとめてみたいと思います。

著者は、失敗の許容、実験意欲、心理的安全、積極的な協力、階層性のなさといった文化的な特徴をイノベーションにとって好ましいものとして挙げています。研究結果からもこれらが有効だとされているとした上で、そういう文化の下で働きたいと思わない人がいることや、そうした文化を構築し維持することの難しさを指摘しています。著者は次のように述べています。「こうした好感度の高い、世間から注目されている行動は、コインの一面にすぎない。率直に言ってあまり楽しくない、もっと厳しい行動とのバランスがある。失敗への寛容には無能力への非寛容が必要だ。意欲的な実験には、厳しい訓練や規律が必要だ。心理的安全には厳しい公正さが求められる。協力は個人の責任とのバランスがとれていなければならない。階層が少なければ強力なリーダーシップが必要になる。・・・このようなパラドックスによって生まれる緊張を注意深くマネジメントしなければ、イノベーティブな文化を作ろうとする試みは失敗に終わるだろう。」以下、それぞれの項目について述べている著者の見解のなかから興味深く感じられた点をまとめます。

1,失敗に対して寛容でありながら、無能力には非寛容であることTolerance for Failure but No Tolerance for Incompetence
・「イノベーションが不確実で未知の領域の探索を含むものであるなら、失敗の許容がイノベーティブな文化に重要であることは驚くようなことではない。」「しかし、失敗の許容に焦点を絞るために、イノベーティブな組織は無能力には非寛容になる。そうした組織は、従業員に並外れた能力を求める。できるかぎり優秀な才能の持ち主を採用する。リスクのあるアイデアを探索し結果的に失敗するのはかまわないが、二流の技術、考えの甘さ、悪い仕事の習慣、お粗末なマネジメントでの失敗は許されない。期待に応えられない人は去ってもらうか、能力に見合った役割に配置換えとなる。」「Googleは従業員に優しい文化で知られているが、世界中で最も就職するのが難しい会社のひとつだ。」
・「失敗から学習することの価値と、顕著な成果を同時に求めるという文化を創ることは、どちらの経験もない組織にとっては困難なことだ。よい始め方は、生産的な失敗と生産的でない失敗の違いをシニアリーダーが明確にすることだ。生産的な失敗は、そのコストに比べて価値の高い情報を生む。・・・失敗は、そこから学習できた場合にのみ祝うべきものだ。(『失敗を祝う』という決まり文句はそのポイントを外している。失敗ではなく学習を祝うべきなのだ。)」
・「能力重視の文化を作るには、期待されるパフォーマンスの標準を明確にする必要がある。この標準がよく理解されていない場合、困難な人事上の決定は、きまぐれに見えてしまったり、もっと悪い場合には失敗への罰であると誤解される可能性がある。」「マネジャーは、『無能力』が本人の責任ではない人を解雇、異動するのは特に気が進まないだろう。技術やビジネスモデルが変われば、ある状況で非常に有能だった人が、別の状況では無能になってしまうことがある。・・・時代遅れになってしまった人を留めておくことは思いやりのあることかもしれないが、組織にとっては危険なことだ。」
・「生産的な失敗に対する寛容さと無能力を根絶することの健全なバランスを維持することは簡単ではない。・・・バランスをとるのが難しい理由のひとつは、失敗の原因がいつも明確とは限らないためだ。」

2,実験に意欲的でありながら、高度な規律を保つことWillingness to Experiment but Highly Disciplined
・「実験を活用する企業は、不確実性や曖昧さを受け入れられる。」「しかし、実験に意欲的であることは、三流の抽象画家がキャンバスにでたらめに絵の具を投げつけるように働く、という意味ではない。・・・規律志向の文化は、注意深く、学習することの潜在的な価値に基づいて実験を選び、コストに比べてできるだけ多くの情報が得られるように厳密に設計する。」
・「意欲的な実験と高度な規律を組み合わせた文化のよい例が、マサチューセッツ州、ケンブリッジのFlagship Pioneeringという先端科学分野での新しいベンチャーを創造する会社だろう。・・・創業者でCEONoubar Afeyanは、『探索の初期段階では、それは本当か?とか、そのアイデアをサポートするデータはあるか?、といった質問はしない。あることが真実であることを証明してくれるような科学論文も探さない。そのかわり、もし本当だったらどうなるか?とか、本当なら価値があるか?、ということを自問する。』という。このプロセスにより、チームは試すことが可能なベンチャー仮説を作ることを期待されている。」
・「実験は、Flagshipの探査プロセスの中心をなしている。・・・しかし、Flagshipでの実験は、基本的なところで他の会社によく見られるやり方とは異なっている。まず、Flagshipは、最初のアイデアを検証するための実験は行わない。その代わりにチームには、アイデアの欠点が現れてくる確率を最大化するような『キラー実験』をデザインすることが期待される。第二に、多くの資源を投入すればより速くより創造的な結果が得られると誤って信じて新興のベンチャーに大規模な投資をする多くの既存企業とは異なり、Flagshipは100万ドル以下で半年以内のキラー実験を通常設計する。・・・第三にFlagshipでのデータは神聖なものだ。多くの企業においては、予想外の結果が出ることは『悪いニュース』だ。チームは、プロジェクトを延命するために、得られた結果が何かの間違いだと説明するようなデータを出す必要があると考えてしまう。Flagshipでは実験データを無視することは許されない。最後に、Flagshipのベンチャーチームのメンバーには規律を守る強いインセンティブが与えられている。損を出すプログラムにしがみつくことで経済的利益が得られるようにはなっていない。」
・「規律ある実験はバランスをとる作業だ。リーダーとして、『不合理なアイデア』を扱うことを奨励し、仮説を立てるための時間を与えるのだ。仮説を確認する、あるいは取りやめにするためのデータを性急に求めると、創造性に必要な知的活動を潰してしまう。・・・シニアリーダーは、実験から得られたデータに基づいて、例えば、自分が個人的に提唱したプロジェクトを取りやめたり、考えを変えたりする意志を示すことで、規律のモデルをつくる必要がある。」

3,心理的に安全でありながら、容赦なく率直であることPsychologically Safe but Brutally Candid
・「心理的安全とは、個人が報復を恐れることなく、問題について真実かつオープンに話すことができると感じる職場風土だ。ハーバードビジネススクールのAmy Edmondson教授による何十年もの研究で、心理的安全が、組織が破滅的な失敗を避ける一助となるだけでなく、学習とイノベーションをサポートすることを明らかにしている。」
・「人は誰でも恐れることなく自分の考えを述べる自由を愛している。そして、聞いてももらいたい。心理的安全は双方向のルートだ。もし、自分があなたのアイデアを安全に批判できるなら、組織内での地位が自分より高いか低いかによらず、あなたが私のアイデアを批判することも安全でなければならない。」「一方で、もっと礼儀正しい組織もある。そこでは、意見の違いは抑制されてしまう。」
・「イノベーションについていえば、いつでも、率直な(candid)組織は居心地のよい(nice)組織よりも優れた成果をあげる。・・・フランクであることと敬意がある(respectful)ことは矛盾しない。・・・あなたに対する痛烈な批判を受け入れることができるのは、フィードバックをくれた人の意見を尊敬しているときだけだ。」「そうは言っても、『容赦なく正直な(brutally honest)』組織は、働くうえで最も快適な環境というわけでは必ずしもない。」
・「人々が対立にしりごみしたり、率直な議論が礼儀正しい習慣を冒すものであると見られるような組織では、率直な議論の文化を築くことは難しい。シニアリーダーは自分の行動を通じてそうした雰囲気を作る必要がある。他者に対する建設的な批判を、摩擦を招かないようにしながら行えなければならない。こうした文化を促す一つの方法は、自分のアイデアに対する批判と提案を求めることだ。」

4,協力しながらも個人が責任を持つCollaboration but with Individual Accountability
・「うまく機能するイノベーションシステムでは、多様な貢献をしてくれる人からの情報、インプット、努力の集積が必要だ。」「しかし、しばしば協力と同意(consensus)は混同されてしまう。そして、コンセンサスは変革をもたらすイノベーションに関する複雑な問題を生み、迅速な意志決定の障害になる。結局、誰かが決定し、その責任をとらなければならないのだ。」
・「説明責任と協力は補完的であり、責任は協力を促進できる。」「現在J&Jchief scientific officerであるStoffelsは・・・次のように約束している『皆さんはリスクをとる;私は責任をとる』」

5、階層が少ないながらも強力なリーダーシップを持つ(Flat but Strong Leadership)
・「組織図を見れば、その企業の構造的なフラットさがよくわかるが、人々が組織での地位に関わらずどのように振る舞い交流するかという文化的なフラットさについてはほとんどわからない。文化的にフラットな組織では、人々は、広い範囲の行動が許容されており、意志決定でき、意見を述べることができる。尊敬は地位ではなく能力によってもたらされる。文化的にフラットな組織では、関連する情報源に近いところに意志決定が分散されているため、急激な状況の変化に機敏に対応できるのが一般的だ。そこでは、広い世界からの知識、専門性、視点が活用されるので、階層的な組織よりも豊かで多様なアイデアが生まれる傾向がある。」
・「しかし、階層がないということはリーダーシップがないということではない。逆説的だが、フラットな組織は階層的な組織より強いリーダーシップが必要とされる。フラットな組織では、リーダーシップが明確な戦略的優先付けと方向を示せない場合にはしばしば混乱に陥ってしまう。」
・「ここでも、フラットさと強いリーダーシップのバランスを保つために、巧みなマネジメントが求められる。」「上級リーダーにとっては、説得力のあるビジョンや戦略(全体像)を示す能力が必要であると同時に技術、運営について精通した能力が求められる。従業員にとっては、フラットな環境では、自身のリーダーシップ能力を高め、行動し、自身の決定を受け入れることが求められる。」

変革をリードするLeading the Journey
・「すべての文化的変化は難しい。組織文化とは、そのメンバーが従うべき規則を定めた社会契約のようなものだ。リーダーが組織文化を変えようとすれば、それは社会契約を壊そうとするようなものだ。だから、組織内部の多くの人が、特に、既存のルールのなかでうまくやっていた人が抵抗することは驚くことではない。」
・「イノベーティブな文化を築き、維持する旅を導くことは、次の3つの理由で特に難しい。第一は、イノベーティブな文化は、一見矛盾するような行動の組み合わせを求め、混乱を生むリスクを高めるからだ。・・・第二には、ある種のイノベーティブな行動には受け入れやすいものもあるが、組織の特定の人にとっては快くないものもある。イノベーションを何でもありの自由なものと考える人は、規律を創造性の発揮にとって不要な障害だと考えるだろう。みんなで決めたコンセンサスに快適さを感じる人は、責任が個人に移行することを歓迎しないだろう。第三に、イノベーティブな文化は相互依存的な行動のシステムであるため、少しずつ導入するやり方ができないことだ。」
・「文化を変える上でリーダーが通常できること(価値を明確に伝えること、目標となる行動モデルをつくることなど)に加えて、イノベーティブな文化を作るためのいくつかの特定のアクションがある。第一は、リーダーがイノベーティブな文化の厳しい現実に率直になることだ。この文化は快いことばかりではない。第二には、イノベーティブな文化を築くための近道がないことをリーダーは認めなければならない。あまりに多くのリーダーが、組織を小さなユニットに分割したり、自律的な『スカンクワークス』を立ち上げたりすることでイノベーティブな起業家的文化をまねることができると思っている。このアプローチはほとんど機能しない。・・・最後に、イノベーティブな文化は不安定で、均衡状態にある力の間の緊張は、簡単に崩れてしまうため、リーダーはどこかで過剰が発生してしまう兆候に警戒し、必要な時はいつでもバランスを立て直すように干渉する必要がある。リーダーは特に自分自身についてある傾向が過剰にならないように用心する必要がある。組織のデリケートなバランスの均衡をとりたいのなら、リーダーとして自分自身のバランスをとれることを示さなければならない。」
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イノベーションに適した環境、文化の特徴として、失敗活用、実験、心理的安全、協力、フラット化はよく挙げられます。それぞれがイノベーションに役立つことに異論を唱える人はあまりいないと思いますが、その実現はそれほど簡単なことではないことに同意される方も多いのではないでしょうか。本論文で述べられている、なぜ、どういうところが難しいのか、どうすればよいのかについての提言は、実務家にも役立つのではないかと思います。もちろん、イノベーティブな文化を築く上で、これ以外にも重要な要因はあるかもしれません。また、課題の克服方法として著者の提案以外の方法もあるのではないかと思います。難しさは理解した上で、それでも挑戦する価値がイノベーションにはあると思いますので、イノベーションの様々な側面の理解はますます重要になっていくのではないかと思います。


文献1:Gary P. Pisano, “The Hard Truth About Innovative Cultures”, Harvard Business Review, January-February, 2019, p.62.
https://hbr.org/2019/01/the-hard-truth-about-innovative-cultures


「イノベーションの核心」(三藤利雄著)より

イノベーションはどのようにして起こるのか。イノベーションの進展にはどのようなパターンがあるのか。どのような場合にどんなパターンになるのか。こうしたことを知ることができれば、イノベーションをどう進めればよいかを考える際の貴重なヒントになるでしょう。イノベーションを必ず成功に導く処方箋のようなものがあるとは思いませんが、イノベーションプロセスの特定の場面や特定の条件下でこんなことが起こりやすい、というようなパターンは確かに存在すると思います。

そこで、今回はこうしたイノベーションのプロセスに関する過去の重要な知見を解説した、三藤利雄著「イノベーションの核心」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、「イノベーションが出現した後に生起する一連の動的なプロセスのことをノベーション・ダイナミクスと定義[p.3]」し、「本書は、・・・イノベーション・ダイナミクスに関わる代表的な理論を解説するとともに、各理論のその後の展開について検証することにより、これらの理論の可能性と限界について述べることとしています。それによって、イノベーションに関わる確かな知識を得たうえで、信念をもってイノベーション活動を実践したいと考えているビジネスパーソンの手引書たらんことを目指しています。[p.1]」としたうえで、「イノベーション・ダイナミクスの代表的な理論として、本書はイノベーション普及論、ドミナント・デザイン論、そして破壊的イノベーション理論を取り上げます。いずれも、イノベーション研究分野の代表的な理論で、何十年もの間の厳しい批判に耐えてきた、強靱な理論体系です。[p.1-2]」と述べています。これらの理論については、実務家でも概要はご存じの方も多いでしょうし、その有用性も広く認識されているのではないかと思いますが、学会での議論や各理論の発展の経緯などまではなかなかフォローが難しいと思います。改めてこの理論を振り返り、再評価する意味でも有意義な議論が多くなされていると感じましたので、以下に本書の構成に沿って重要と感じた点をまとめておきたいと思います。

第1部、イノベーション普及論――製品等の採用者側からイノベーションの普及過程を分析した古典理論――
・「第1部では、イノベーションが社会システムに普及する動的過程について、ロジャーズを中心として発展してきたイノベーション普及論を参考にしながら考えてみます。[p.14]」
第1章、イノベーション普及論の体系――何故人々は優れたイノベーションを一斉に採用しないのか――
(筆者注:ロジャーズの普及論については本ブログ別記事でまとめていますので、ここではその内容と重複する本書の解説はかなり省略させていただいています。詳細は上記記事をご参照ください。)
・「ロジャーズがイノベーション普及論を世に問うたのは1962年のことです。[p.15]」「ロジャーズによると、イノベーションの普及過程は『あるコミュニケーションチャンネルを介して、時間の経過のなかで、社会システムの成員の間に、イノベーションがコミュニケートされる過程』です。[p.16]」
・「普及論では、イノベーションは『イノベーションを採用する個々人が新しいと知覚するアイデア、習慣あるいはもの』と定義されます。[p.16]」
・「普及論では、個々人は典型的には次の5つの段階を経てイノベーションを採用するものとしています。[p.21]:知識、説得、決定、導入、確認。
・「社会システムの成員の中には新しいものが現れると直ぐに飛びつく人もいれば、新しいものにはほとんど興味を示さない人もいます[p.27]」。普及論での区分:イノベーター、初期採用者、初期多数派、後期多数派、ラガード。「これはあくまでも特定のイノベーションに対応した分類です。どんなイノベーションに対しても、この人はイノベーター、あの人は後期採用者だと主張しているわけではありません。[p.28]」また、イノベーターはイノベーションの創出者のことではありません。
・普及速度に影響するイノベーションの属性:相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性。[p.32-33]「ロジャーズを始めとする普及論研究者が調査を行った20世紀後半と違い、今ではネットが社会の隅々まで普及していて、我々が接することのできる情報量は遙かに多くなっています。こうしたことを考慮に入れると、これら5つの指標でいいのか若干疑問のあるところです。[p.35]」
・「ロジャーズの普及論は、インフルエンザが人から人へと感染するように、イノベーションが人と人とのコミュニケーションを通じて伝わっていくことを想定しています。これは、普及曲線として時間軸に沿った釣鐘型の分布を仮定していることからもわかります。これを感染モデルと呼びます。[p.38]」他の普及モデルとしては、閾値モデル(「何人かが一定の行動を起こすと、その集団内のある人がそれに同調した行動をとる場合[p.39]」)、構造同等モデル(「自身と社会経済的そのた全般におおよそ同等の人がそのイノベーションを採用していると、その人もそのイノベーションを採用するようになる[p.40]」、割れ窓理論、弱い絆の強さ、バズマーケティングなどがある。

第2章、イノベーション普及論の展開――イノベーションの普及過程分析からマーケティング戦略への転換――
・普及論の展開として著者は、マーケティングにおけるバスモデルと、ムーアによるキャズムを取り上げています。
・「バスモデルとは、家電など耐久消費財の販売数量の時系列推移を分析するモデルで、1969年にマーケティング研究者であるバスが提案したものです。・・・イノベーターは、マスコミュニケーションつまりマスメディアチャンネルなど外部からの情報だけに頼って、イノベーションの採用ないし購入を判断する人たちのこと・・・これに対してイミテーターは、対人コミュニケーションチャンネルつまりクチコミなど知り合いからの情報に従って、イノベーションの採用ないし購入を判断する人たちのことです。[p.41-42]」
・「ICTなどのハイテクイノベーションが主要市場に浸透するためには、是非とも越えなくてはならない深い溝があるとマーケティング・コンサルタントのムーアは主張しています。・・・1990年代のことで、彼はこの深い溝のことをキャズムと名付けました。・・・ムーアはビジョナリーという採用者カテゴリーに言及しています。これはロジャーズの普及論でいうところの初期採用者を言い換えたものです。[p.43]」「ロジャーズは第5版『イノベーションの普及』(2003)のなかで、・・・ムーアの主張するキャズムが存在する実証的な根拠は何もないと、これを素っ気なく否定しています。[p.44]」「ムーアは・・・巧妙に普及論を活用していますが、重要な点で普及論を『越えて』います。それは、製品の変化や改良を明確な形で『技術採用のライフサイクルモデル』のなかに組み込んでいることです。[p.44]」「市場のボリュームゾーンを構成する実利主義者・・・に当該製品が採用されるためには、彼らから見た費用対効果比つまりコスパが十分に高く良好でなければなりません。キャズムは洞察者と実利主義者の間に横たわる深い溝のことなのです。ムーアは、実利主義者はIT関連のハイテク製品では一定程度の技術的な知識を持つ一方、価格に敏感に反応すると説明しています。彼らのニーズを満たすためには、一段の価格の低減と性能の向上が必要になります。・・・実利主義者の支持を得ることができれば、当該イノベーションに基づく新製品はキャズムを乗り越えることができます。・・・ムーアの場合、キャズムの適用をICTなどのハイテク製品に限定していることがミソです。[p.45]」「ハイテク製品は、そのライフサイクルにわたって、明確に進化を遂げ、変化します。つまり、イノベーションの変化を考慮に入れていないロジャーズの普及モデルでは想定することのできない現象だったのです。[p.45-46]」
・ロジャーズ普及論の限界:「ロジャーズの提案するイノベーション普及モデルは、シーズの発見やニーズの把握に始まり、研究開発を経て製品が開発され、その製品が市場に投入されて、社会システムに普及し、遂に日常化して社会に定着するに至ることを想定しています。このモデルは一方向的つまり直線(リニア)的な進行を前提としていますので、リニアモデルと呼ばれています。[p.52]」「しかし、実際のイノベーション普及過程はリニアモデルで説明できるほど単純ではありません。[p.53]」「第二は一連の普及過程においてイノベーションに関わる製品の変化が組み込まれていないことです。・・・リニアモデルは、研究開発と普及は別個に進行すると過程していますので、原則として普及過程が進行している間にイノベーションを具現化した製品やサービスが変化することを想定していません。[p.54]」「第三は、ロジャーズ普及論の原点はハイブリッドコーンという単一の製品に関わる技術的なイノベーションの普及過程にあることです。[p.55]」「関連要素の数が多くなると・・・要素間の関係が多岐にわたることになり・・・製品単体のイノベーションの普及と比べて、より複雑な挙動を示すことになります。[p.56]」「最近のイノベーション研究は制度論と結びついて産業政策や科学・技術・イノベーション政策を論じることがしばしばあります。イノベーション普及論はこの点でやや不十分だと思います。[p.57]」「高速大容量かつ地球規模の多様なメディアを介した個々人および諸組織間の情報ネットワークが形成されるに至っています。コミュニケーションチャンネルが限定的であった時代は、ある程度時間をかけてイノベーションが普及していましたが、現在では普及現象が爆発的に起こる可能性が高まっています。[p.58]」

第2部、ドミナント・デザイン論――製品進化の視点から組織と戦略の変化を捉えたイノベーション理論の定番――
・「この概念を最初に提唱した一人、アバーナシーは『生産性のジレンマ』(1978)の中で『市場シェアの大宗を獲得することによって、競合がそれを模倣せざるをえないほどの製品のデザイン』のことをドミナント・デザインと呼んでいます。[p.64]」
第3章、ドミナント・デザイン論の体系――何故市場に広く浸透している製品はどれも似通っているのか――
・「新製品の登場後暫くの間は、市場がどの程度の規模になるのか、どの市場セグメントの顧客をターゲットとすべきか、あるいは顧客や消費者は新製品に対してどのような機能や性能を好むのか、といったことが皆目わかりません。一方、当該製品の生産者にとっては、どのような技術が利用可能なのか、どのような技術開発が必要なのか、そもそも必要とされる技術開発能力が自社に備わっているのか、などについておよそ見当のつかない状態が続きます。一言でいえば、この時期は製品に関わる技術と市場は、ともに不確実性がきわめて高い状況下にあるのです。この間、・・・関係各社はさまざまな新製品を市場に投入してきます。・・・この段階で重視されるのは製品の機能や性能です。[p.66]」「新製品が市場に受け入れられ、時間の経過に伴って市場に浸透していきますと、消費者のニーズがはっきりしてきます。・・・技術と市場に関わる不確実性が減少してきます。そのような状況の中で、やがて当該製品分野を律するドミナント・デザインが出現し、これに従ってデザインされた製品が市場において優勢になります。ドミナント・デザインが出現すると、比較的ラジカルな製品イノベーションの発生頻度は低下する一方で、既存製品の改良を図る漸進的な製品イノベーションや、生産工程に改善を加える工程イノベーションの発生頻度が高くなります。・・・市場にドミナント・デザインが出現すると、多くの場合、規模の経済が作用するようになってきます。規模の経済が作用することにより、大量生産に長けている比較的規模の大きな企業が次第に優勢になる一方、非効率な運営に留まる企業は振い落され、ドミナント・デザインが出現するまで増加傾向にあった企業数は減少し始めます。[p.67]」「アバーナシーとアッターバックは、ある製品カテゴリーにドミナント・デザインが出現する過程のあらましを以上のように描写しています。[p.68]」
・「アバーナシー(1978)は、新製品が登場した後のイノベーションの進化プロセスを流動期、遷移期、および特殊期に区分しています。・・・製品が市場に現れた初期の段階を流動期と呼ぶ。この時期には比較的ラジカルな製品イノベーションの発生頻度が高く、工程イノベーションの発生頻度は低い。・・・ドミナント・デザインの出現に伴って、遷移期に移行する。徐々に行程イノベーションと漸進的な製品イノベーションの発生頻度が増加する反面、ラジカルな製品イノベーションの発生頻度は減少する。・・・時間の経過とともに、製品および行程イノベーションの発生頻度はともに減少に向かう。[p.69-70]」
・「脱成熟化とは、ある製品カテゴリーにおいて流動期が再び出現することであり、アバーナシーとクラーク(1985)は、脱成熟化が生まれる条件として、新技術の登場、消費者の需要変化、そして政府の政策変更の三つを挙げています。[p.78]」
・「ドミナント・デザイン論は経営学とりわけイノベーション・マネジメントや技術経営の研究者の間に広く浸透している考え方です。[p.79]」

第4章、ドミナント・デザイン論の展開――イノベーションのライフサイクル分析から企業の生き残り戦略へ――
・「多くの研究が行われてきましたが、・・・おおよそ次のように整理できます。必ずしも科学的ないし技術的に最先端のものがドミナント・デザインになるわけではない。②ドミナント・デザインは技術決定論に従うのではなく、市場のなかで利害関係者の相互作用のなかで形成される。・・・③ドミナント・デザインは最適解ではなく、大多数の利害関係者にとっての満足解である。・・・ドミナント・デザインは利害関係者間の妥協の産物として出現するとみえるのです。第二は・・・きわめて戦略的な産物だということです。[p.85]」
・「ドミナント・デザインが出現しやすい製品は、有形の、比較的構造や仕組みが複雑で、製造工程に工夫が必要な、最終消費者向けの『もの』ということになるでしょう。[p.86]」

第5章、破壊的イノベーション理論の体系――何故優れた企業が敗退することがあるのか――
(筆者注:破壊的イノベーションについての筆者見解による要約は本ブログ別記事にまとめていますので、そちらもご参照ください。)
・「破壊的イノベーション理論の本質は、イノベーション活動に基づいて開発された製品等に関わる性能向上の軌跡の勾配つまり傾きは顧客ニーズの変化を示す軌跡の勾配よりも大きいところにあります。[p.110]」
・「既存の持続的イノベーションの軌跡を外れて、非連続的にそれとは別の軌跡をたどるイノベーションのことを破壊的イノベーションと呼びます。[p.111]」
・「社会的に大きな変化をもたらすイノベーションはラジカルないし根元的イノベーションと呼ばれます。これの対極にあるのがインクレメンタルないし漸進的イノベーションで、改良的な技術に基づくイノベーションであるとともに社会への影響も少ないものを指します。[p.119]」
・「破壊的イノベーション理論の本質は、破壊的イノベーションに依拠する製品等と持続的イノベーションに依拠する製品等に、市場を分断することにあるのです。・・・その意味で、『破壊的』というのは、いかにも誤解を生みやすい訳語で、『分断的』と呼ぶべきだと主張する研究者もいます。・・・破壊的イノベーションは、根元的な技術に基づくイノベーションの場合もあれば、漸進的な技術に基づくイノベーションの場合もあります。[p.121]」
・「破壊的イノベーション理論の基本的なメカニズムは、端的には次のように説明することができます。①支配的企業は、既存の顧客ニーズを満たすことにより高収益を確保するために、持続的イノベーション活動に基づいて開発された製品等を市場に供給する。②一方、新興企業は、破壊的イノベーション活動に基づいて開発された製品等を市場に供給する。③新興企業の提供する製品等は、既存企業の製品等に比べて主流市場が重視する性能の面では劣位にあるが、安価かつ簡便である(ローエンド型破壊)か、あるいは別の性能が重視される新市場(新市場型破壊)をターゲットとして出現する。④時間が経過するにつれて、破壊的イノベーション活動に基づいて開発された製品等の性能が向上するとともに、以前よりも多くの顧客のニーズを満たすようになる。このようにして、徐々に持続的イノベーションに基づく従来製品の市場を侵食していく・・・⑤破壊的イノベーション活動に基づいて開発された製品等が、持続的イノベーション活動に基づいて開発された製品等をハイエンドのマイナーな市場に追いやり、あるいは駆逐する。その結果、破壊的イノベーションを擁する新興企業が、持続的イノベーションを擁する既存企業に代わり、次代の支配的な存在になる。[p.122-123]」

第6章、破壊的イノベーション理論の展開――手に汗握る白熱の攻防とその先にあるもの――
この章では、破壊的イノベーションに対する2004年のダニールズによる批判、2006年の「製品イノベーション管理(JPIM)」特集号紙上での論争、2014年のレポーによる批判と、それに対するクリステンセンの反論の内容が紹介されています。個人的には以下の指摘が興味深く感じました。
・「クリステンセンとその賛同者の多くは事例研究を重視する一方、批判派は命題を証明するには統計学的な計量分析が必要であり、事例研究のみでは十分でないことを示唆しています。その結果、破壊的イノベーション理論はいいとこ取りだという批判が特に主流派のマーケティングや経営学研究者の間から聞こえてきます。[p.154]」
・「わが国では、クリステンセンの提唱する破壊的イノベーション理論は実務家や専門家のみならず研究者の間でも絶対的な支持を集めているようです。しかし、少なくとも米国の研究者の間では、絶大な支持を集め、広く受容されているわけではありません。[p.155]」
・「破壊理論に関する前提条件がすべて成立するならば、クリステンセンたちが主張する破壊現象が生じるのは理にかなっています。[p.166]」「破壊理論は一見したところ複雑で、しかも逆説的な言説を内包しています。しかし、既存の理論に裏打ちされた説得力のある体系です。・・・破壊理論のどこが問題なのでしょうか。はなはだ逆説的ですが、確固たる理論と明晰な論理によって構築された総合的な理論体系であるがゆえに、どこに中核的な概念があるのかが曖昧になっているところに課題を抱えているようにみえます。[p.169]」「破壊的イノベーション理論の提唱以来20年余りが経過した今、いいとこ取りとかトートロジー(同語反復)などと批判されず、予測精度が高いと評価されるためには、課題を整理したうえで、一層の理論的かつ実証的な解明を行うことが必要です。[p.170]」

第7章、破壊的イノベーションの事例――太陽光発電技術に関わるシステムの形成過程――
・「イノベーション活動が活発に行われて、多くのイノベーションが創出されるためには、適切な制度と、企業によるイノベーション活動、そして科学・技術知識の蓄積や技術開発に関わる体制が整備されていることが不可欠です。[p.171]」
・「2000年代前半まで、日本の主要な企業は太陽光発電パネルの市場シェアにおいて世界のトップの座を確保していましたが、その後急速にシェアを落とすことになります。・・・日本の既存企業が製造した高品質の製品は、中国企業を始めとする新興企業による低品質だが低価格の製品に圧倒されることになってしまいました。・・・端的に言えば、破壊的イノベーションの出現が日本の太陽電池製造に関わる既存大手企業の市場シェアを奪うことになったのです。[p.183]」「日本企業は持続的イノベーションに固執するあまり、既存の日本国以内の顧客を重視して高性能化を追求した結果、中国等の新興企業による安価な太陽電池システムの出現を前に劣位に立たざるをえなかったのです。[p.184]」
・「端的に言えば、わが国のイノベーションに関わるシステムは、持続的イノベーションに関わる活動を促進する一方で、破壊的イノベーションの発生を阻害するものなのです。[p.194]」

終章、イノベーションが生まれやすい社会へ――人々の、人々による、人々のためのイノベーション――
・「企業へのオープン・イノベーション活動の浸透は、イノベーター層のすそ野の拡大を意味します。というのは、オープン・イノベーション活動のもとで、企業内の研究者や技術者は自らの研究活動や技術開発に専念するばかりでなく、これを企業のイノベーション活動に結びつける必要性が生じてくるからです。この結果、研究者や技術者はこれまで以上にイノベーション活動に巻き込まれるところとなり、この中から新たなイノベーターが生まれてくる可能性が高まっていると考えられます。[p.202]」「いまや、イノベーターは特別な存在ではありません。技術者はもちろんのこと、科学者、デザイナー、アーティストなど、イノベーターのすそ野はこれまでよりも格段に広がっているのです。・・・これからの時代、多様な人材の存在を許容する企業文化の構築が望まれます。[p.203]」
・「ディスラプターとは、製品やサービスに関わる市場において破壊的イノベーション活動を推進するイノベーターのことです。強いて訳語を当てるとすれば、(市場)分断者と言うことになるでしょう。ディスラプターを破壊者と言ってしまうと、間違いなく誤解のタネをまくことになります。ディスラプターは既存の市場を破壊するわけではなく、既存の製品やサービスに対抗して市場を分断するイノベーターだからです。[p.203]」「どのような社会でも、ディスラプターは一部の稀有な存在に留まるでしょう。それだからこそ、イノベーションに関わる日本のシステムを刷新するために、ディスラプターが声を上げることが必要なのです。[p.206]」「ディスラプターの要諦は何でしょうか。それは、強靱な知識があるとともに、胆力があることだと思います。[p.207]」
・「国主導による人材育成制度の導入は、見るものと見られるもの、監督するものと監督されるものの乖離という非対称な構造を温存することになりかねません。破壊的イノベーションが生まれるのに適した環境を用意することが望まれます。個々人の自由な発想と活動を前提にしない限り、持続的イノベーションはともかく、破壊的イノベーションの生まれやすい国を創ることはできないのです。[p.209]」
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イノベーション・ダイナミクスについての理解は、特に、どんな製品やサービスの実現を目指すかを考える上で重要だと思います。本書で取り上げられた、普及論、ドミナント・デザイン、破壊的イノベーションはいずれも重要で有用な考え方だと思いますが、個人的には普及論と破壊的イノベーションの考え方が重要だと思っています。というのは、この両者には、技術者が見落としがちな、あるいは、技術者にとって意外な視点が多いと思われるからです。普及論は、開発者の観点ではなく採用者の観点からイノベーションの動きを議論しており、これは技術者にとって忘れてしまいがちな視点です。また破壊的イノベーションは、技術の向上速度と顧客ニーズの向上速度の違いと、破壊的イノベーションに対する既存企業の判断が問題になる点、これも技術者には見過ごされがちな視点です。これに対して、ドミナント・デザインで論じられている動きは、技術者にとっては他の2者よりは自然な動きに近く、想像しやすいものであるという気がします。もちろん、ドミナント・デザイン論も重要な考え方であることは認識しておくべきですが、実務家にとって意識的に注意を向ける必要があるのはやはり普及論と破壊的イノベーション論ではないかという気がします。

本書ではこれらのダイナミクスが、経営学的に正当かどうか、という議論もなされていますが、実務家にとっては、厳密に真実だと証明されることよりも、そこそこの数の事例を矛盾なく説明でき、どんな場合には確からしそうかがわかれば十分なのではないかとも思います。理論は、判断の根拠となる「真実」であることはもちろん重要だとは思いますが、行動するための作業仮説としての意味もあるのではないでしょうか。おそらく実務家の皆さんは、それぞれの理論がどの程度確からしいと思われるかを基準に、その理論をどう使うかを決めているように思います。イノベーションの理論に関する本書のような批判的な論考は、それぞれの理論をどう使うかを考える上で非常に参考になると感じましたがいかがでしょうか。


文献1:三藤利雄、「イノベーションの核心 ビジネス理論はどこまで『使える』か」、ナカニシヤ出版、2018.


ブレークスルーアイデアに命を吹き込む(「Bring Your Breakthrough Ideas to Life」、Bouquet、Barsoux、Wade著HBR2018, November-Decemberより)

イノベーションがどのようにして起こるかの理解が進むとともに、イノベーションをうまく進めるための具体的手法についても様々な提案がなされるようになってきました。近年注目を集めているリーン・スタートアップやデザイン思考などはそうした手法の例として挙げられるでしょうが、単なる一時的な流行以上の実績と評価を得ているように思われます。しかし、この手法に従えば誰でも、どんなアイデアでもうまくいく、というものではないでしょう。不確実性の高いプロジェクトに対しては、取り組む課題や状況にあわせて様々なことに注意を払いながら進めることは必要不可欠のことのように思います。

では、具体的にはどのような点に注意を払えばよいのでしょうか。今回取り上げるBouquetBarsouxWade著の論文「Bring Your Breakthrough Ideas to Life」[文献1]では、著者らが調査してきたイノベーション、ブレークスルーアイデアの発展においてよく見られるパターンに基づく5つのフレームワークが提案され、注意点が解説されています。イノベーションを進める上で参考になる点が多いと感じましたので、特に実践家にも役立ちそうな内容を中心に以下にまとめてみたいと思います。

ブレークスルーイノベーションのとらえにくさ
・「既存のイノベーションのフレームワークについて起業家や経営者と話をすると、彼らの批判は重なり合う3つの問題に集中する。第一は、モデルが非現実的だということ:例えば、まだまだ影響力のある、ウォーターフォールやステージゲートのアプローチは過剰にリニアで、必要な活動の間で常に必要な行ったり来たりするプロセスがほとんど考慮されていない。・・・第二には、モデルが未完成であること:イノベーションにおけるデジタル技術の側面や、デザイン思考で重視される「人間中心」の原理とどう関わるかが取り込まれていない。行動と素早い繰り返し(リーン・スタートアップ手法の柱である)を重視すると、WhartonAdam Grantがいう戦略的先延ばし(strategic procrastination)すなわち熟考の時間の確保が過小評価されてしまう。第三には、モデルが誤解を生むこと:創造性の制約となりうる落とし穴やバイアスのうわべを飾って覆い隠してしまう。ユーザーに極度にフォーカスすることで、他のステークホルダーの役割や、新しい価値提案を作り展開する助けとなる工夫の必要性を極小化してしまう。経営者は、独創的なイノベーションを工夫するためにはパラダイムを壊したりマインドセットを変えたりしなければならないことがわかっているのに、価値を提供する段になると変わりばえのしない考え方に陥ってしまうことがある。」
・「我々のフレームワークは、デザイン思考、リーン・スタートアップ、ビジネスモデルキャンバスといったイノベーション戦略を補完するものだ。本当のブレークスルーの開発に不可避の複雑さをより深く、そしてその活動は予測不可能でリニアでない形で互いに関係し合っていることを認める。我々のフレームワークの要素はユニークなものではないが、全体として、機会の認識における熟考の役割の重要性と最終的に市場に提供する際に必要な組織的な再発明のレベルも含んだイノベーションプロセスの全体像と現実を捉えたものだ。」

・「以下に5つの要素を示す。」

注意(Attention):新鮮なレンズを通して見よ
・「注意(Attention)とは、対象となるコンテクストのダイナミクスと潜在的なニーズを理解するために、コンテクストに密接に焦点を当てる行為だ。問題は、しぱしば専門性が邪魔をし、無意識のうちに人々の注意を無視して過激な洞察に導いてしまうことだ。フランス語でdéformation professionnelleと呼ばれるこの傾向は、仕事や訓練に影響された歪んだレンズで真実を観察してしまうことを指す(筆者注:専門偏向という訳語があるようです)。このバイアスに対抗するには、あなたの注意がどんな見方に影響されているか、結果として何を見逃しうるかを考えてみることだ。」
・「あなたの先入観を脇に置くことで、あなたは人々が言うことや人々の行動についての鋭い観察者になることができる。この変化すなわち、あなたがどのように注意を向けるかだけでなく、今まで考慮していなかったニッチな人々も含めて誰に注意を向けるかは、思いもよらない問題点を明らかにしてくれることがある。」
・「デジタル技術は、今までよりもはるかに大規模に行動の追跡を可能にし、暗黙のニーズを検知する補完的な方法を提供してくれる。」「また、サイバースペースはユーザーコミュニティでのエキスパートユーザーを特定する役にも立つ。」「企業は、デジタル技術を活用してトレンドセッターと直接やり取りしたり、ユーザーフォーラムやブログをのぞき見してニーズの変化のヒントを得ることもできる。」「もちろん、デジタル技術は直接観察にとってかわることはできない。しかし、生み出された洞察の数と種類を拡げることができる。」

大局観(Perspective):理解を深めるために距離を置け
・「状況やニーズや課題についての洞察を集めるためにズームインしたら、あなたが見たままの事象を受け入れて問題解決に突き進むのを促すようなフレーミングと行動のバイアスと戦って大局観を得るために一歩下がる必要がある。学んだことを処理するために、距離を置こう:活動変えたり、戦略的な休憩を取るのだ。・・・この考え方は日本の「間」の思想、すなわち、成長と悟りのためにはスペースが必要だという考え方に反映されている。」
・「デジタルツールは、自動化によって時間に余裕を作り、一休みして弱いシグナルを理解するための余力を増やす「間」を作る役に立つ。

想像(Imagination):予想外の組み合わせを探せ
・「真に創造的なアイデアを生むためには、想像力を解放し、権威に挑戦し、ないものを思い描く必要がある。しかし『機能的固着(functional fixedness)』は、創造的に考えたり、慣れ親しんだものや概念の別の使い方を思いついたりすることの制約になる。この障害を克服するには、『なぜそうしないのか?(Why not?)』とか『もししたらどうなるか?(What if?)』のような抑制されていない質問をする必要がある。」「想像力を発揮させるために、組織は『もし今やっていることをやめたらどうなるか?』という質問をしてもよい。これは今の活動を放棄する意図からである必要はなく、既存の強みと新しい機会のつながりを思い描くためにだ。」
・「想像力は神秘的でわかりにくいものと見られているが、多くは予期せぬ組み合わせの問題にすぎない。最も基本的なものは、ある分野での基本的な解決法を別の分野に適用する可能性だ。」「外部の人は、内部の人よりも容易に異なる考え方を結びつける。」「研究によれば、距離が新しいアイデアを発想する助けになることが証明されている。」
・「組織は、多様な知識ベースと視点を持つ人々を一緒にすることで、このような結合を生もうとする。テクノロジーは専門家の知恵を、彼らのネットワークの外に注ぐことができるようにする。」「さらにデジタル革命は業界の境界をあいまいにし、予期せぬ組み合わせを促進する。ある分野で日常的に集められたデータは、関係ない分野の役に立ち、用いられていない資産の新しい活用の道を開く可能性がある。」

実験(Experimentation):より賢く、早くテストせよ
・「実験は、有望なアイデアを現実のニーズに対応する実行可能なソリューションに変えるプロセスだ。その大きなリスクは、一度テストを開始すると、確証バイアスとサンクコストの誤謬が、有益なフィードバックへの反応を鈍くしてしまうことだ。成功するイノベーターは、速く、安く学ぶための実験をデザインし、急激な方向転換も受け入れる。証明するためではなく改善するためにテストをするのだ。リーン・スタートアップの手法でも、そのアプローチの中心に学習を置いている。この目的は確かに重要であるものの、このモデルの主唱者はスピードも重視するため、しばしば葛藤が生じる。作って計測して学ぶ(build-measure-learn)という熱狂的なアプローチは『満足できる程度(good enough)』のプロダクト・マーケットフィットで手を打つことを組織に促してしまい、より野心的なソリューションを失わせることにつながってしまう。」「代わりに、早期にかつ頻繁に、他者が見て、触って、相互作用できるようにあなたのアイデアを外部に出そう。」「否定的な反応は肯定的な反応と同様に価値があり、多額の失敗を避ける上で重要なものだ。」「プロトタイプに過大な投資をしないようにしよう。」
・「デジタルツールはシミュレーションの大きな助けになる。」「デジタル技術の進歩は、実際に失敗とは違うトライアルにより究極のゴールに近づくための助けともなる。」

誘導(Navigation):撃ち落とされないように操縦せよ
・「アイデアを実現させるためには、それを実現あるいは破壊する可能性のある力を調整する必要がある。しかし、アイデアに対する信念と、状況について熟知していると思いこむことは、支援者を動員し、障害を避けるために必要な努力を過小評価することにつながってしまうかもしれない。組織の免疫システムを含む敵対的な環境を敏感に読み取って何回もの説得にも対応しなければならない。提供するものと同様、ビジネスモデルを形作る上でも独創的な考え方は不可欠だ。」
・「あなたが持っている熱意は、それが他者に与える脅威を見えなくしてしまうかもしれない。あなたが検知する範囲――信頼している人からのインプットのみ――で開発した製品は、疑いを持っている人との最初の接触を生き残れないかもしれない。」「組織の集団としてのDNAに評価されるようなやり方で破壊的なイノベーションを提示することも非常に重要だ。」
・「内部での同意と、ユーザーの興味を確実なものにできたとしても、あなたとあなたが奉仕したい人との間にあるエコシステムの全体を忘れてはいけない。」「うまく誘導するということは、妨害を予測することだけの問題ではない。従来になかったような協力者からのサポートをえることも重要だ。」
・「デジタル技術は、新たな協力の機会をも提供する。」

柔軟な順序(A Flexible Sequence
・「便宜上、ここでは我々のフレームワークを一種のプロセスとして提示した。しかし、実際には、この5つの要素は、順番をなすものではなくサイクルでもない。それぞれの活動が頻繁に入れ違って混ぜ合わさったものだ。こう考えると従来のイノベーションの手法ではしばしば見過ごされている2つの現実を説明できる。」

複数の入口(Multiple entry points
・「注意(Attention)は論理的にはイノベーションの出発点だが、それ以外も有効だ。想像(Imagination)はよくある入口になる。・・・ブレークスルーイノベーションを達成するには、誰も知らないことをあなたが知っている必要はない。誰も信じていないことを信じることで達成できるのだ。デザイン思考では現在のニーズやテクノロジーではなく、可能性についての信念に大きく依存した大幅なイノベーションを扱うことは難しい。人間の才能には現在手の届かないことを想像する能力がある。数年後に実現するかもしれない未熟な技術は、デザイン思考が直接焦点を当てるものではない。」「他の出発点には実験がある。単なる方針変更(pivot)ではなく再起動(reboot)することになるような発見に出会ったような時がそうだ。」

複数の経路(Multiple pathways
・「創造のプロセスをどこから始めてもよいのと同様に、必要に応じてその焦点をどの方向に切り替えて進んでもよい。既存のイノベーションモデルでは、このような自由について明確には認識していない。そのため、杓子定規な解釈によって非現実的なレシピになってしまうことがある。・・・固定的なプロセスはそれ自体でブレークスルーイノベーションの障害になってしまう。

最後の注意点
・「順序はフレキシブルだが、それぞれの要素には最低でも一回は触れる必要がある。これはそれぞれの要素が異なるバイアスを中和するためだ。一つでも無視すると、間違った問題やアイデア、解決策に焦点を当ててしまう可能性がある。5つのすべての要素に対応することで、最終的に画期的なイノベーションに到達するチャンスを最大化することができるだろう。」
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研究開発はその分野、狙い、周囲の状況などによって様々です。研究開発を進めるための効果的な手法を考える場合には、このような研究開発の多様性にも対応できる必要があります。そう考えると、どんな研究開発にも対応できる手法というものが存在するかどうかは明らかなことではないでしょう。一方で、成功しやすいパターンや、失敗しやすいパターンというものは存在するようにも思われます。

研究開発を実践する者としては、成功しやすい手法があるならそれを積極的に用いたいところですが、研究課題に合わせた調整が必要なことは忘れてはいけないでしょう。本論文はどのような点に注意して手法を適用すればよいかが示唆されている点、実務家にとって参考になる点が多いと思います。手法の進歩とともに、その限界や注意点をまとめることも重要なことではないでしょうか。リーン・スタートアップやデザイン思考などの手法は、適用範囲も広く強力な手法であることは現在のところ疑いのないところだとしても、最終的には、自分の頭で考え、よりよい進め方を工夫していくことが重要なことは肝に銘じておくべきだと思います。


文献1:Cyril Bouquet, Jean-Louis Barsoux, Michael Wade, “Bring Your Breakthrough Ideas to Life”, Harvard Business Review, November-December, 2018, p.102.
https://hbr.org/2018/11/bring-your-breakthrough-ideas-to-life


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