研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

読書録

計画を見直す組織(ホフマン著「レッドチーム・イノベーション」より)

どうしたらよりよい意思決定ができるのか。近年の心理学、認知科学の進歩によって、人間の考えには様々なバイアスが入り込み、それによって正しい意思決定が妨げられていることが明らかになってきています。例えば、本ブログでも以前にとりあげたダニエル・カーネマン著「ファスト&スロー」では、著者は、判断や意思決定の向上について、よほど努力をしない限りほとんど成果は望めない、と述べています。

では、どうしたらよいのか。カーネマンは、エラーの防止に関する限り、組織のほうが個人よりすぐれている、とも述べていますので、組織的に対応することで意思決定の質が向上する可能性があるかもしれません。現時点では組織的な対応の具体的方法論は未確立な状況だと思いますが、こうした問題意識が広がるにつれ、意思決定の質を向上させるための組織的な取り組みが提案され始めているようです。今回はその例として、ホフマン著「レッドチーム・イノベーション」[文献1]を取り上げます。本書で述べられている考え方の基本は米軍主導で開発した方法論で、戦略上の誤りを発見し改善するための組織(レッドチーム)を設けるというもので、すでにかなりの成果を挙げているようです。本書ではそれをビジネス向けにアレンジした方法が解説されていますので、以下、本書の構成に沿って内容をご紹介したいと思います。

はじめに
・「レッドチーミングの可能性を最初に見いだしたのはイスラエル政府だったが、・・・2001年9月11日の同時多発テロ、その後の悲惨な戦争によって厳しい立場に置かれたアメリカ軍や情報当局は、新たな考え方や分析方法を見つけ出す必要に迫られた。[p.21]」「諜報機関と軍の計画立案担当者たちは、将来同じ過ちを犯さないようにするために、アメリカが世界じゅうで直面する課題や機会についてより深く懐疑的に考えることを決意した。それを実現するために、彼らは集団思考を抑え込む技術や批判的思考(クリティカル・シンキング)についてのさまざまな情報を集め、そこから編み出した手法を用いて戦略や計画を評価するためのレッドチームを作った。[p.22]」

第1章、厳しい教訓――レッドチーミングの起源
・アメリカ軍やイスラエル軍の教訓からレッドチーミングの立案までの紹介。

第2章、レッドチーミングとは何か?
・「レッドチーミングは計画やその基となる前提に疑問の目を向ける。異なる考え方によってビジネスを検討し、ちがう視点から考慮する。批判的・反証的思考を会社の計画プロセスの一部として組み込み、戦略のストレステストのための方法論や技術を組織に与える。レッドチーミングを活用すれば、顧客や競争相手をより深く理解し、事業環境に潜む脅威や機会を見つけることができる。眼のまえの危険を察知し、それを利点に変える方法を見いだすことができるようになる。そのせいで組織は少しばかり不安定な状態になるかもしれない。しかし、レッドチーミングのおかげで後れをとることなく、競争相手を出し抜き、不確かさを増す世界に対応することができるのだ。[p.76]」
・「レッドチーミングの理論的側面は、その方法論や技術を使うことによって人間の意思決定の限界を克服できるという点にある。[p.77]」
・「通常、総合的なレッドチーム分析は三つの段階に分けることができる。まず分析的ツールを使い、一般的な計画プロセスでは見過ごされがちな議論や前提に疑いの眼を向ける。次のステップでは想像力を必要とするテクニックを用い、計画のなかで失敗しそうなポイントと成功しそうなポイントを突き止め、隠れた脅威や見過ごされた機会を見つけ出す。最後に反証的思考で計画を疑い、組織が別の視点から計画を見直すことを促す。[p.78]」
・「レッドチーミングの肝は変化を受け容れること。ビジネス環境でのレッドチーミングは、いかなる会社にも最終状態はなく、市場に均衡状態などないという認識から出発している。唯一の不変なものは変化するということ。[p.79]」
・「レッドチームの役割は決定を下すことでも、リーダーや上司の権限を弱めることでもない。レッドチームの役割は、リーダーや上司がよりよい意思決定を下せる状況を作り出すことにある。そのためにレッドチームは、より客観的な分析、より大局的なビジネス環境の全体像、考慮すべき代替案を示さなければいけない。[p.89]」「レッドチームは何かを計画するのではなく、計画を向上させる・・・それを実現させるためにレッドチームは、組織の戦略や計画の基となる前提を疑い、それに付きものである論理的誤謬を洗い出し、意思決定のプロセスを邪魔する集団思考を断ち切る。[p.90]」

第3章、レッドチーミングの心理学
・「多種多様な認知バイアスやヒューリスティックによって判断が歪められることもある。認知バイアスとは人間の思考に生まれつきそなわった系統的なエラーのことで、予測可能なパターンに従うことが多い。ヒューリスティックとは人間の素早い意思決定を助ける心理的近道のことだが、必ずしもいつも正しい意思決定を助けるとはかぎらない。[p.103-104]」
・認知バイアスとヒューリスティック[p.104-129]:著者は次の例を挙げています。感情ヒューリスティック(感情によって意思決定する)、アンカリング・バイアス(はじめに与えられたデータが、議論全体の基準値を設定してしまう)、自動化バイアス(自動化システムに頼るようになると、私たちはそれを疑問視するのをやめる傾向がある)、利用可能性ヒューリスティック(すでに認識している情報を信用しやすい)、バンドワゴン効果(まわりの人が真実だと信じていることを真実だと信じやすくなる)、基準率錯誤(全体的な情報を無視し、さほど重要ではない具体的データに焦点を合わせようとする)、クラスター錯誤(実際には存在しない場面にパターンを見出すことがある)、確証バイアス(すでに信じていること、下した決断を補強する情報を信用しやすい)、知識の呪い(情報に精通した人は、そうでない人の視点から問題を考えることができない)、フレーミング効果(情報がどのように提示されるかによって異なる結論を導くことがある)、ギャンブラーの錯誤/ホットハンドの誤謬(将来の確率が過去の出来事によって変化するという思い込み)、後知恵バイアス(ある出来事が起きたあと、事前に予想できたはず、などと思う)、コントロール幻想(自分が外部の出来事に影響を与える能力をより高く感じる傾向)、損失回避(報酬を得ることよりも損失を回避することを優先する)、ネガティブ・バイアス(不愉快な記憶をより鮮明に思い出す)、正常性バイアス(最悪のシナリオの可能性を過小評価する)、楽観主義バイアス(自分の欠点を過小評価、能力を過大評価する)、ダチョウ効果(悪いニュースを避けようとする)、結果バイアス(肯定的結果が出るとその決定は正しかったと仮定する)、自信過剰(成功すると自分を過信する)、計画誤謬(ベストケースに非現実的なほど近い予測や計画を立てる)、回帰の誤謬(平均への回帰を認めない)、現状維持バイアス(物事が現状のままであることを好む傾向)、サンクコスト効果(現在の行動がさらに大きな損失につながる証拠を見ても損失の食い止めに難儀する)、時間割引(大きな報酬を翌日得るよりも、小さな報酬をすぐに得ることを望む)、
・集団思考とその他の組織的障害[p.131-136]:著者は次の例を挙げています。集団思考(犠牲を払ってでも合意しようとする無意識的衝動)、アビリーンのパラドックス(集団の調和や結束を守るために意識的に自分たちの願いや信念に逆らって行動する)、同調(周囲と同じ結論に至りたい)、満足化(最良の選択肢でなくても、成功しそうな最初の選択肢を選ぶ)
・「合理的な思考を妨げようとするこの脅威の存在に気づくことによって、私たちは自分自身でその影響を防げるようになる。そしてレッドチーミングは、組織がその脅威を防ぐための手助けとなる。[p.136-137]」

第4章、レッドチーミングの始め方
・「レッドチーミングは公式・非公式のどちらでも行なうことができる。その形態もさまざまだ。――会社の幹部によるレッドチーム、批判的思考スキルに秀でた選抜スタッフからなる臨時レッドチーム、新鮮な視点で組織の戦略や計画をチェックすることだけを任務とする専門レッドチーム。組織内の専門スタッフがリーダーを務めることもできるし、外部のファシリテーターに任せてもいい。・・・それぞれのアプローチに利点と欠点がある。[p.141]」
・「レッドチームは会社組織図のなるべくトップに近い場所に配置されなければいけない。レッドチームがもっとも大きな影響力を発揮するのは、意思決定者に可能なかぎり近いポジションをとりながら、経営陣から一定の距離を保っているときだ。[p.154]」「レッドチームが優れた成果を上げるためには、組織の前提に疑問を投げかける自由があることをメンバーに認識させなくてはいけない。それどころか、疑問視することが求められているのだと感じさせなくてはいけない。まわりの人々は、レッドチームの提言に必ずしも従う必要はない。しかし、その提言をまとめることを決して邪魔してはいけない。[p.155]」
・「レッドチームに最適な人数は5人から11人。・・・次のような才能をもつメンバーを探そう――優れた分析力、批判的思考スキル、細部への観察眼、既成概念にとらわれない考え方。レッドチームのメンバーに必要なのは、現状に切り込もうとする自信と意欲、自らの偏見や限界を知るための自己認識力だ。くわえて知的誠実さと、組織政治の圧力に抗う強さを持ち合わせていなければいけない。[p.156-157]」「レッドチームを作るときに勘案すべきもうひとつのポイントは多様性だ。・・・多様性のあるレッドチームは、数多くの異なる観点を生み出し、幅広い洞察力を生かしながら分析を進めることができる。[p.158]」

第5章、問題と解決法
・「アメリカ軍は『クネビン・フレームワーク』と呼ばれる基準を使って問題を分類している。この明確な基準はビジネスの世界にも役立つもので、レッドチーミングをするべき問題やその方法を知る手がかりを与えてくれる[p.171]」「クネビン・フレームワークでは問題を『秩序がない』と『秩序がある』のふたつの領域、『複雑な』『込み入った』『混沌とした』『単純な』の四つの領域に分ける。また、それらの中心には不定形の『無秩序な』というエリアがある。[p.172]」「『秩序がある』の領域にある問題の解決には、単純かつ還元主義的なアプローチをとることができる。・・・『秩序がない』の領域にある問題では、『全体は各パーツの合体ではない』ため、私たちはより想像力を働かせる必要がある。『混沌とした』の区分では、因果関係がはっきりとせず、状況が流動的で急速に変化するため、有意義な分析をすることはむずかしい。『混沌とした』状況では、レッドチーミングをする時間の余裕はない。ここでは、軍のルールを肝に銘じておこう――敵が近くにいるときはレッドチーミングをするな。『単純な』の区分にある問題でも、実際にはそれほど解決するのが単純ではないケースはあるものの、簡単に見つかる答えが必ず存在する。・・・『込み入った』と『複雑な』の区分の問題ではレッドチーミングが極めて効果的であり、必要不可欠だといってもいい。『込み入った』問題とは、適切な答えがあるにもかかわらず、それが何かすぐにはわからないというものだ。・・・『複雑な』問題の解決はよりむずかしく、複数の適切な答えと数多くの不適切な答えが存在する。この区分に入る問題では、因果関係を突き止めることは容易ではなく、時とともにその関係性も変わっていく。[p.173-175]」
・「レッドチーミングを始める理想的なタイミングは、計画が立案されてから承認されるまでのあいだ、つまり計画を修正する時間がまだ残っているあいだである。[p.176]」「どんなケースであれ、無期限にレッドチーミングを行なってはいけない。・・・ブレーキがないと、分析が延々と続く危険がある・・・無限のレッドチーミングは意思決定の邪魔となり、行動を妨げ、チームを独りよがりの役立たず集団に変えてしまう。[p.178]」
・「レッドチーミングの目標は、もっとも正確あるいは望ましい答えを選ぶまえに、時間が許すかぎり数多くの異なるアイディア、説明、別の選択肢を検討することである。アメリカ陸軍はこれを達成するための方法をいくつも編み出してきたが、そのすべては単純な『考える、書く、共有する』という概念から始まる。[p,182]」
・「レッドチームを効果的に機能させるためには、それぞれのメンバーの声をうまく反映させなければいけない。・・・そのためアメリカ陸軍の訓練プログラムでは、レッドチーム・リーダーに『解放構造(リベレイティング・ストラクチャー)』と呼ばれる一連の協働コミュニケーション・ツールの使い方を教え込み、メンバーの意見や洞察にきちんと眼を向けることを徹底している。[p.185-186]」
・リベレイティング・ストラクチャーの例[p.188-198をもとに内容を簡単にまとめています]:ひとり、ふたり、4人、みんなで(質問に対する答えを検討する人数を増やしながら練り上げていく)、匿名加重フィードバック(質問に対する答えを匿名でカードに書き相互評価する)、丸シール投票(問題の優先順位を決めるためにリストに丸シールで投票)、金魚鉢(内側の円の参加者から話を聞き、そのあとに外側の円の参加者が質問する)、TRIZ(発明パターンに基づく問題解決手法のTRIZを計画の成功を邪魔するものの特定に利用する)、「そのとおり、さらに・・・」あるいは円環的対応(隣の人の意見を発展させる意見を述べていき、全員の意見を出させる)

第6章、疑う余地のない事実を疑う――分析的テクニック
・「批判的思考で大切なのは、たんに正しい質問をすることだけでなく、その答えをきっちり調べることだ。・・・不完全な論理、つまり論理的誤謬にも眼を光らせなくてはいけない。[p.205]」
・一般的な論理的誤謬[p.206-211]:対人論証(議論している人を攻撃する)、年齢や伝統に訴える論証、感情や恐怖に訴える論証、衆人に訴える論証、新しさに訴える論証、疑わしい権威に訴える論証、論点先取(議論の結論が、結論そのものの前提に基づいている)、標本の誤り、原因と結果の混乱、名称をつけて説明に変える議論、誤った二分法、まちがった類推、決めぜりふになる美辞麗句、早まった一般化、誘導尋問、中間を取る解決、共通の原因の無視、過度の単純化、前後即因果の誤謬、論点のすり替え、滑りやすい板の誤謬(対応手段があるにもかかわらず、提案された行動が一連の好ましくない出来事を引き起こすと決めつける)、わら人形論法(議論を歪めたり誇張したりして攻撃しやすくする)、希望的観測
・他の分析テクニック[p.211-243]:議論の切り分け、主要前提チェック、確率分析(各前提の可能性を評価)、真珠の首飾り分析(計画の基となる前提だけではなく、計画が機能するために必要なすべての事象、それによって生じる「カスケード効果」について注目する)、ステークホルダー・マッピング(利害関係者が協力的かどうかを予想)、競合仮説分析(様々な仮説の証拠との整合性をチェック)

第7章、考えられないことを考える――想像力によるテクニック
・4つの見方:「主要な関係者があなたの会社、業界、そしてお互いをどのように見ているか[p.247]」を検討する。
・アウトサイドイン思考:「広い環境についての検討から始め、レッドチームが扱う問題に戻ってくる[p.253]」
・代替的未来分析:変わりやすい要素として、もっとも問題の多い要素と、最終的な結果にもっとも大きな影響を与える要素の視点から分析[p.255
・死亡前死因分析:「計画が失敗すると仮定し、その失敗の原因を探し出そうとする。[p.259]」
・自分自身にとって最悪の敵になる:「レッドチームが競争相手などの敵の役を演じ、組織が考えた戦略や計画に対して相手がどう反応するかを予想する。[p.266]」
SWOT分析:強み、弱み、機会、脅威を分析[p.269
・なぜなぜ分析:「『なぜ』と5回尋ねて真の原因を見つける。[p.272]」

第8章、すべてを疑問視する――反証的テクニック
What-If分析:「前提を根本的にくつがえすような出来事が起きたときの影響[p.281]」を見極める。
・私たちvs彼ら分析:2つのグループに相反する提案を割り当てて正しいことを証明するような主張を考える。[p.284
・悪魔の代弁者:「組織の戦略の核となる信念や主張を突き止め、その反対が正しいことをできるかぎり論理的に説明する[p.287]」

第9章、レッドチーミングの工程表
・イギリス国防省が作ったレッドチーミングのための工程表:診断の段階(土台となる情報、データ、前提をチェックする)、創造の段階(思考の幅を広げ、選択肢を考える)、疑問視の段階(解決策やアイディアを徹底的に検証する)[p.306
・「世界でもっとも質の高いレッドチーム分析をしたとしても、その結果がみんなに無視されてしまったらなんの意味もない。・・・だからこそ、効果的なコミュニケーションは、効果的なレッドチーミングには欠かせない要素となる。[p.311]」頼まれてもいない分析を勝手に行なうのは逆効果になりかねない。「忘れてはいけないのは、計画に欠陥があるからといって、それが必ずしも悪い計画であるとはかぎらないということだ。弱点や欠点に対する現実的な対処案も示すことなく、レッドチームがただやみくもに計画を否定すると、計画立案担当者がより防御的になってしまうだけだ。・・・留意しておきたいのは、レッドチームがもっとも大きな効果を発揮できるのは、仕事が協調的な方法で行なわれたときであるということだ。[p.312]」

第10章、レッドチーミングのルール
ルール1、嫌われ者になるな
ルール2、トップからの庇護が必須
ルール3、レッドチーミングが機能するかどうかはあなた次第:「レッドチームによる分析の結果がたんに無視されてしまう例は少なくない。・・・それを防ぐ最良の方法は、レッドチームが上級幹部の庇護を受け、彼らに結果を直接報告できる環境を作っておくことだ。[p.325
ルール4、レッドチーミングのやりすぎに注意する:「組織のすべての決定についてレッドチーム分析しようとすると、逆の効果を生むことになる。つねにレッドチーミングを行なうということは、従業員のあらゆる動きをチェック・疑問視することを意味する。[p.327]」
ルール5、レッドチームをレッドチーミングする:「レッドチーミングをルーティン化してはいけない。レッドチーミングでなにより大切なのは、物事を異なる視点から見ることだ。[p.329]」
ルール6、いつも正しい結論を出す必要はないが、いつもまちがった結論を出すのはダメ
ルール7、あきらめない

第11章、レッドチーミングを始める
・「今日のビジネスシーンでは、誰もがつねに変革することを迫られている。多くの会社は、日々新しい挑戦と機会に向き合っている。レッドチーミングは、その挑戦に立ち向かい、その機会を利用する手助けをしてくれる。その効果は、私がこれまで出会ったどんなビジネス手法よりも強力だ。なぜなら、レッドチーミングで未来を予測することはできないとしても、未来のための準備をする助けになるからだ。[p.339]」
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考えないで行動するよりも、考えて行動する方がよい結果が得られるのは当然だと思います。しかし、その考えが一面的なものであったり、バイアスにまみれたものであれば、狙ったほどのよい結果にはならない可能性が高いでしょう。従って、本書に示されたような手法でレッドチーミングを行ない、より多くの選択肢を検討することは非常に重要なことだといえると思います。

研究開発を進めるにあたっては、そのプロジェクトにどのような不確実性があるかをよく検討することが重要だと思います。しかし、検討すべき不確実性を正しく認識することは容易なことではありません。本書のレッドチーミングは、計画の問題点を抽出することに主眼がおかれている点が特徴でしょうが、この手法は未知の不確実性を発見し、その重大性を評価することにも役に立つのではないかと思います。さらに、新しい研究の発想を得る手助けにもなるかもしれません。人間のバイアスに対抗するだけではない、創造力を高める方法としての可能性も感じましたが、いかがでしょうか。


文献1:Bryce G. Hoffman, 2017、ブライス・G・ホフマン、濱野大道訳、「レッドチーム・イノベーション 戦略的異論で競争に勝つ」、早川書房、2018.
原著表題:Red Teaming: How Your Business Can Conquer the Competition by Challenging Everything


「科学立国の危機」(豊田長康著)より

世界における日本企業のプレゼンスが過去に比べて低下しているという意見をよく耳にしますが実際はどうなのでしょうか。日本のモノづくり技術はまだまだ優位であるという意見もありますし、逆に、日本の科学技術そのものが停滞(低下)しているという意見もあるようです。本ブログでも2011年に簡単なデータに基づいて「論文から見た各国の科学力比較」をしてみたことがありますが、そこでは日本の論文数シェアの減少とともに、被引用シェアが低下しているのが気になる、というようなことを指摘させていただきました。

その後はどうなのか、こうした変化の原因は何で、社会にどんな影響があるのかなど、興味深い点も多いと思いますので、今回はより多くのデータに基づいて日本の研究力を分析した、豊田長康著「科学立国の危機 失速する日本の研究力」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、「日本の論文数が、世界諸国に比べ極端に低迷している特異な状況にある[p.14]」と分析し、「日本の研究力が惨憺たる状況に至った原因は何なのかをデータに基づいて明らかにし、そして、日本が再び学術の分野で競争力を取り戻すためには、どうすればいいのかを提案することが本書の目的です。[p.15]」としています。以下、興味深く感じた点を中心に内容をまとめさせていただきたいと思います。

序章、失速する日本の科学研究力
・論文数:「主な国々の学術論文数(人口百万人あたり)の移り変わり」を見ると、「多くの国では右上がりで論文数が増えています。しかし、日本は2000年を過ぎた頃から停滞~減少し、他の国に大きく差をつけられてしまいました。韓国にも2倍近く引き離されています。[p.14]」
・「著者が特に分析してきたのは、論文数の減少です。その理由の一つは、論文数が『大学の研究教育力』を鋭敏に反映する指標であるからです。[p.17]」

第1章、学術論文数は経済成長の原動力
・人口あたり論文数と人口あたりGDPにはよい相関がある。[p.25]「論文数が多い国ほど労働生産性も高い・・・日本は先進国の中では低い[p.26]」
・「政府支出研究費が多かった国ほど、その後のGDPが大きく上がりやす[p.33]」い。「つまり、先行研究での『イノベ→GDP』という因果関係を支持する結果です。[p.33]」「大学の研究費、論文数、企業研究費、特許件数など、研究やイノベーションに関連する指標は、すべて、その後のGDPとの相関がしばらく維持されるか右上がりのカーブとなります。[p.38-39]」
・「政府が大学の研究費の交付を増やした国では、それに数年遅れて論文数も増えている。[p.44]」
・「大企業研究費は中小企業研究費や政府支出大学研究費よりも多額(特に日本では大企業研究費が圧倒的に多く、政府支出大学研究費の約10倍以上)であるにもかかわらず、その国全体のGDPに与える効果は、金額に期待されるほど大きくなく、イノベーションの『広がり』を反映する政府支出大学研究費や中小企業研究費の方が大きい[p.94]」。「日本は、ヨーロッパ先進国に比較して大企業研究費や特許出願数は一流ですが、イノベーションの『量』とともに『広がり』を反映する中小企業研究費、政府支出大学研究費、および論文数は三流です。今後、日本が重点的に強化するべきイノベーション・システムは、『集中』ではなく『広がり』であり、大学と中小企業であると考えます。[p.95]」

第2章、日本の科学研究力が危ない――ノーベル賞ゼロ時代の危機
・「2015年・・・タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)社の世界大学ランキングが発表され、上位200位に入った日本の大学が東大と京大の2校だけになったことが、関係者に大きな衝撃を与えました。[p.98]」「世界の大学を格付けするランキングはいくつかありますが、最も有名かつ影響力を持っているのがTHE社の世界大学ランキングです。[p.99]」「THE世界大学ランキングでは、教育、研究、論文被引用数、産業界からの収入、国際性の5分野に分類される13の基準で評価されます。[p.101]」「中でも『論文被引用数』の指標は単独で30%の重みがあり、ランキングに最も大きな影響を与えます。[p.102]」「被引用数の点数の低さが、日本の大学のランキングの大きなマイナス要因となっています。[p.108]」
・「調整した1論文あたりの被引用数をウェブ・オブ・サイエンスのデータベースでは、category normalized citation impact (CNCI)・・・と呼んでいます。[p.122]」
・「世界大学ランキングで500位からぼろぼろとこぼれ落ちる日本の大学ですが、その理由の一つは、世界と戦える中堅の大学が少なすぎることにあります。[p.137]」「日本の大学の格差の傾斜は、世界の先進国中でダントツに激しいのです。[p.138]」
・日本は論文数では5位[p.140]だが、「人口1人あたり論文数で日本は低迷[p.140]」(38位[p.143])。被引用インパクトでは78位[p.150]。「どの論文数のデータを分析しても、とても科学技術創造立国とは言えません。まさに惨憺たる状況なのです。[p.154]」

第3章、論文数はカネ次第――なぜ日本の論文数は減っているのか
・「OECDでは以前から研究時間を考慮した研究者の数をデータとして載せてきました。それが『フルタイム相当研究者数(Full-time equivalent: FTE)と呼ばれる指標です。[p.178]』
・「多くの国で大学の研究従事者数(FTE)が増えているのに対して、日本は減少~停滞して他国との差が大きくなり、そのために論文数が減少~停滞して、研究国際競争力が低下した、と考えられます。[p.184-186]」
・「OECD諸国における研究従事者数、研究費および研究資金源の検討から、多くの先進国において論文数が増えたメカニズムは、『政府からの大学研究資金研究人件費研究従事者数(FTE論文数』であることがわかりました。そして、日本は政府が支出する大学研究資金が先進国で最低であり、しかも、諸外国が増やしたのに対して日本は増やさなかったので、その結果、研究人件費も増えず、FTE研究従事者数も増えず、諸外国との差が開いてしまったと結論されます。[p.220-221]」「研究費以外においても、日本人のおカネの使い方は、モノに重点が置かれ、ヒトが軽視されてきた面があると思います。[p.221-223]」
・「学士課程修了者数とGDPの間には、統計学的に信頼のおける相関は認められませんでしたが、博士課程修了者数とGDPの間には、・・・統計学的に信頼のおける相関が認められました。・・・博士課程修了者数は論文数とも相関し、・・・論文数もGDPと相関します。・・・博士課程修了者数とGDPとの相関は、論文数を介した相関である可能性が高いのです。[p.226-228]」

第4章、政府の科学研究政策はどうあるべきか
・「日本の研究力の低下の原因として、1,研究従事者数(FTE)が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。2,大学への公的研究資金が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。3,博士課程学生数が先進国で最低クラスであり、かつ、この十数年間停滞していること。などをあげました。・・・それには、日本政府の大学に対する財政政策が大きく関係しています。[p.238]」
・「国公立大学と公的研究機関の論文数が2004~05年を境にして停滞~減少し、一方私立大学では停滞~増加を示しており、公的研究機関と私立大学とで論文数の動きが違います。・・・この頃に起こった国立大学をめぐる大きな出来事は2004年の法人化です。[p.245]」
・「法人化前後からの国立大学への財政政策の潮流は、『バラマキ』である基盤的な運営費交付金の削減、②競争力ある大学への『選択と集中』の2つであったと考えられます。[p.256]」
・「運営費交付金が削減された場合、国立大学、特に中小規模大学では人件費を運営費交付金に大きく依存していることから、人件費つまりヒトを減らさざるをえません。実際多くの中小規模国立大学で、計画的に教員数を削減することがなされました。[p.274]」
GEのウェルチが提唱した、「世界でナンバー1かナンバー2を確保できる得意分野の事業(コア事業)のみを残し、それ以外の事業(ノンコア事業)はたとえ黒字がでて出ていても売却・廃止するという・・・『コア事業集中型』の『選択と集中』は一世を風靡した経営用語でしたが、シャープが液晶事業への『選択と集中』で経営破綻した失敗事例などから、最近ではすっかり色あせてしまった感じを受けます。[p.298]」「イノベーションにおいても、多様な研究の種を蒔いておいて、将来有望と思われる芽が出てきた時に、目利きをして集中的に研究開発資金を投入すること・・・を、本書では『プロモーション型』の『選択と集中』と呼ぶことにします。[p.299-300]」「『選択と集中(メリハリ)』は、やれば必ず成功するというものではなくも両刃の剣であり、陥りやすいたくさんの罠が隠されています。[p.303]」例えば、「収穫逓減が生じている事業に資源を集中投下すると、投入した金額のわりに成果が上がらないことになります。[p.305]」「生産性が高い事業を縮小・廃止すると、損失は非常に大きくなります。[p.306]」「有望な芽が出てきた時に、その芽を選択して事業化のために集中投資すること、つまり『プロモーション型』の『選択と集中』は理にかなっています。しかし、大学を『選択と集中』することは、多様性の確保という大学の非常に重要な役割を縮小することになり、イノベーションの創出にはマイナスになります。[p.318]」また、プロモーション型も「目利きを誤れば、大きな損失につながります。[p.320]」

第5章、すべては研究従事者数(FTE)に帰着する
・「世界大学ランキングではCNCIは非常に重要な指標ですが、GDPについては、CNCIも通常の論文数も明確な差はありません。ただし、ここでの論文数は、あくまでも、ウェブ・オブ・サイエンスという文献データベースに収録された論文数であり、これは、一定の質を保っていると評価がなされた学術誌に掲載された論文を意味し、論文ならどのような質の論文でもいいというわけではありません。つまり、良い研究環境の中で世界に認められる完成度の高い論文を産生していれば、その中からヒット論文も生まれてくるし、GDPにも貢献するということであろうと考えます。[p.358]」
・「産学連携をさかんにするためには、まず研究従事者数を増やして研究の規模を大きくし、人的・時間的研究環境を良くすることが最も基本的な要件であると考えます。研究資金を確保できる企業ならば、研究体制が整い、質の高い研究を生むことのできる大学に対しては、おのずから対価を支払って、共同研究を申し込むはずです。教育やその他の業務に忙しくて十分な研究時間をとれない研究者には、企業も研究費を出す気になれませんね。国は財政難から、大学や研究所の研究従事者数を減らしつつ、国費に頼らずにもっと企業からたくさんお金をもらえ、という姿勢ですが、それは現実的には困難です。[p.367]」

第6章、科学技術立国再生の設計図――イノベーション・エコシステムの展開
・「相対貧困率とGDPは逆相関をします。イスラエル、米国、日本は先進国の中で、最も貧困率の高い国になっています。2014年のOECDの報告では、収入格差が経済成長を阻害することが示されており、適切な格差の是正は経済成長を阻害することはないとされています。・・・このようなOECDの報告から、『富』そのものにおいても、その『量』だけではなく『広がり』がGDPの成長にとって重要であることが示唆されます。そして、このような『広がり』をコントロールできるのは『公』しかありませんね。大学は『イノベーション』と『富』について、その『研究教育力』によって『量』と『広がり』の両方に貢献できる『公』のシステム(私学も含めて)であると考えます。[p.423-424]」
・「近年のドイツは、学術論文数を増やし、論文の質を高め、また、産学連携も目覚ましいものがあります。[p.436]」「ドイツは研究力を高めるために、政府資金でもって研究従事者を増やし、それとバランス良く研究活動費、研究施設費、研究設備費を増やしました。・・・研究においては『ヒト』が資本であることをよく理解しています。[p.443]」
・「評価制度の導入にあたっては、まず、どのような事柄についての生産性向上を目指しているのか、被評価者にどのような行動変容が期待され、その結果、その生産性向上がどの程度高まることが期待されるのか、明確にする必要があります。生産性の向上は、・・・必ず収穫逓減が起こります。評価を厳しくしたからといって、それに比例して生産性が高まるわけではないのです。評価制度によって生産性が高まる余地(限界成長余地)を常に考える必要があります。なまけている人には、評価によって生産性が高まる余地がありますが、すでに寝食を惜しんで働いている人の生産性向上余地は、ほとんどありません。評価に多大の労力とおカネを費やして、ほんのわずかしか生産性が向上しないという、きわめて非生産的な評価制度が自己目的化して、延々と続けられるということになりかねません。[p.462-463]」

終章、研究力は地域再生の切り札となる
・「欧米やアジア先進国と研究競争力で戦うためには、日本の公的研究機関の研究資金と研究従事者数を1.5~2倍に増やして、人的・資金的研究環境を格段に良くすることが基盤であることを、さまざまなデータ分析からお示ししました。そして、教育資金と研究資金は分けて考えるべきであり、18歳人口の減少により大学の教育の規模は縮小せざるを得ないかもしれませんが、研究は、海外諸国との競争力を維持できるかどうかで規模を決めるべきであると考えます。・・・公的研究資金や研究従事者数が海外先進国に比べて遜色ないというような間違った情報ではなく、1.5~2倍の開きがあるという実態をご理解いただいた上で、国民に決めていただきたいと思います。[p.512]」
・「データに基づいた政策立案により、日本の人口や富に見合った、人口が減少した時は減少した人口に見合った『ヒト』への投資を増やしつつ、イノベーションの『広がり』を推進するイノベーション・エコシステムを日本全国津々浦々で展開し、地域で進行しつつある人口減少社会を成長社会に化けさせることが、いま日本が取り組まねばならない喫緊の課題であると考えます。[p.528-529]」
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過去の日本は確かに科学技術先進国だったといえるかもしれませんが、著者の分析を見ると、その地位から転げ落ちそうになっているのではないか、という気がします。企業経営においても過去の栄光を維持できないケースは多々あります。どうしたら衰退を防げるのか。まずはデータに基づいて現状を正しく認識し、過去の施策に間違いがあればそれを修正していくことが第一歩なのではないかと思います。

その上でよりよい対策をとるべきでしょう。例えば、選択と集中に関しては、それによって独占的な地位を築けるかどうかがビジネスにおいては重要な観点でしょう。では、大学での研究において独占が重要なのでしょうか。今の成果主義の在り方も然り。企業におけるマネジメントの知見には大学でも生かせることが多いでしょうし、逆に本書に述べられた公的研究機関における知見も企業に生かせるのではないかと思います。

1990年代以降の日本の停滞については様々な見方があると思いますし、論文数がどういうメカニズムでGDPの増大に寄与しているかなど、より深く知りたいと感じたところもありますが、本書の分析は貴重な視点を与えてくれているような気がします。企業の観点からすると、「日本の」という視点にこだわる必要はない、という考え方もあるかもしれませんが、どんなにグローバル化が進んだとしても研究のマネジメントをうまく行うことの重要性は変わらないと思います。過去の日本の発展には教育の充実が大きな寄与をしていたかもしれませんが、これからの成熟の時代にあっては、教育+研究が発展に不可欠ということなのかもしれません。


文献1:豊田長康、「科学立国の危機 失速する日本の研究力」、東洋経済新報社、2019.


「世界を動かすイノベーターの条件」(シリング著)より

イノベーションはやり方さえ工夫すれば誰にでもできるものなのか。それともイノベーターと呼ばれる特異な才能を持った個人の働きが重要なのか。この問題は研究のマネジメントを考える上で非常に重要な論点ですが、残念ながらその答えを出すことは簡単ではなさそうです。ただし、天才的な人物が大きな役割を果たしたイノベーションがあることは確かだと思いますし、特に科学的な業績にあっては、個人の寄与が重要な意味を持つ例も多いのではないかと思います。では、そういう天才的なイノベーターから何が学べるのでしょうか。

そのヒントを求めて今回は、大きなイノベーションを数多く達成したとされる8名のイノベーターの分析に基づいてどういう条件がイノベーションに重要だったかを議論した、メリッサ・A・シリング著「世界を動かすイノベーターの条件」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は、分析結果の考察のみならず我々にもできることの提案もしてくれていますので、以下、その内容を見ていきましょう。

序文、人に素晴らしいイノベーションを生み出させるものは何なのか?
・著者は、「何が先駆的なイノベーターを生み出すのかを見つけるためには、例外的なイノベーターだけの少数のサンプルを対象に、複数ケーススタディと呼ばれる手法を使って研究を進めるべきであることに気づいた。[p.13]」とし、「イノベーションの生産性と影響力に関して統計的に外れ値にあるごく少数の人々」と「私たち一般人」とを比較し、「共通点と差異を見つけ」る研究を進めています。
・研究の対象となったイノベーターは、「『複数の』イノベーションと広く結びついた人々[p.16]」である、「マリー・キュリー、トマス・エジソン、アルバート・アインシュタイン、ベンジャミン・フランクリン、スティーブ・ジョブズ、ディーン・ケーメン、イーロン・マスク、ニコラ・テスラ[p.17]」です。そして、「画期的イノベーションを次々と生み出す例外的な人々には大変強い共通性があり、それが彼らを似通わせると同時に、型にはまらない風変わりな存在にしている。こうした人々を研究し、創造性とイノベーションに関する既存の調査と併せ見ると、優れたイノベーションをいくつも生み出すように導くある種の個性のメカニズムを理解しやすくなる。[p.21]」と述べています。

第1章、孤立意識A Sense of “Separateness”
・「画期的なイノベーションを次々と生み出した人の多くに共通して見られるものに、自分は世人とは違っており、人とは切り離された存在だという『孤立意識』がある。それが表面にでると、社交への無関心、ルールや規範の拒絶、家族と疎遠になることなどが見られる。・・・その良い例がアルバート・アインシュタインで、彼は孤立意識を行動に現しただけでなく、それについて書き残し、孤立意識が創造的な思想家の能力にどれほど影響を及ぼしたかを様々な機会に回想している。アインシュタインが人類に温かい愛情を注いだことはよく知られているが、直接の人づきあいでは冷淡で、無関心な態度をとることが少なくなかった。[p.25]」
・「イノベーターに見られる孤立意識は引っ込み思案から来るものではなく、むしろ周囲の社会に帰属していないか、あるいはその一部ではないと感じていることを反映している。[p.41]」
・「先駆的イノベーターの自由な思考を発達させるうえで、孤立がスケールの大きい並外れたアイデアを生み出す助けとなる。何にも帰属しなければ、集団内に合意を促し、協力を奨励する規範の圧力を和らげられる。・・・孤立することによって社会通念に影響される度合いは少なくなるし、集団が共有する考え方に自分のアイデアを汚染されることもなくなる。・・・常識を無視し、因襲に逆らう姿勢は、その人の個性の重要な要素になる。こうした力学が画期的なイノベーションを次々と生み出した人々の人生に明瞭に見てとれる。[p.43-44]」
・「孤独な時間は孤立意識を生む原因でもあるし、結果でもある。・・・孤独な時間は創造性には有益で、関心を抱いたものについて思索し追求する時間を提供してくれる。[p.49]」
・「孤立が創造に有益であることは、心理学者が行ったブレインストーミングの研究によって裏付けられる。この発想法は半世紀ほど前に、考案者のアレックス・オズボーンが『想像力を伸ばす方法』で、「平均的な人でもひとりで考えるより集団で考えるほうが、アイデアを2倍多く発想できる」と唱えて以来、ビジネススクールで広く取り入れられてきた。・・・ところがのちに実験室で行われた研究ではオズボーンの見解と逆の結果が出た。集団でアイデアを考えたほうが、ひとりで考えたときより生まれるアイデアが少なく、しかも斬新さに欠けるというのである。[p.52]」「研究結果をまとめると、ブレインストーミングがグループの創造性を低下させるのは、人のアイデアを聞いているあいだに自分のアイデアを忘れてしまったり、斬新なアイデアが浮かんでも人にどう評価されるか心配で発表するのをためらったりするからであることがわかる。[p.54]」
・「グループで話し合った最善のアイデアを決める方法をとると、平均的なアイデアと比べて独創性が低くて実現性が高いものを選ぶ[p.55]」。
・「イノベーターの孤立意識はまた、規則を無視したり、習慣に反発したりする傾向を生む。[p.56]」「先駆的なイノベーターがもつ非同調性は、ときに自分にはルールが適用されないという態度に現れることがある。スティーブ・ジョブズの非同調性は特に悪名高い。[p.57]」
・「孤立にはプラス面とマイナス面がある。[p.60]」「孤立はイノベーターが独創的なアイデアを生み出すことを可能にするが、そのアイデアを実行するには強い結束力をもつ人的ネットワークをもっているほうが有利になる。[p.61]」
・「孤立のプラス面とマイナス面を理解すると、個人や家族、組織の内部に創造性を育てるための多くのヒントが得られる。そのうちで最も単純な方法が、孤独な時間を持つことだ。[p.67]」「ふたつ目のヒントは、・・・型破りな性格に寛大であると、驚くほどの相乗効果が生まれる点である。[p.68]」「3つ目は、ソーシャルスキルを教えて強化するやり方についでだ。・・・ソーシャルスキルを身につけると、様々な局面で楽に生きていけるし、喜びも増す。だがそれを重視するあまり、独立した思考の習慣や規範に逆らう意思を失わないように注意しなければならない。[p.69]」「突飛さを受け入れることで、私たちは生まれつき創造性に恵まれた人々を開花させられるかもしれない。そればかりか、私たちが独創性を受け入れることを学べば、創造性に富む人々が援助やリソースを入手しやすくなるだろう。[p.70]」

第2章、並外れた自信Extreme Confidence
・「ディーン・ケーメンとスティーブ・ジョブズは、自分の論理的思考力判と断力に絶対の自信をもっており、一般人を束縛する『ルール』を平然と無視した。この自信があってこそ、壮大な考えをめぐらし、並の人間には不可能に思えるプロジェクトに取り組むことが可能になる。心理学用語では、自身の問題解決と目標達成の能力に対する信頼を『自己効力感』と呼ぶ。抜きん出た自己効力感をもつ者だけが、普通の人間が挑むものより大規模で複雑な問題を追求できる。[p.73]」
・「論理的思考と判断力に高い自己効力感をもつ人は、・・・ほかの者が自分の論理的思考に追随しようがしまいが気にしない。[p.89]」「自己効力感はまた、アイデアと行動を結びつける役割を果たす。人は概して、自分に達成できると思える仕事に取り組む傾向にあるためだ。[p.90]」
・「高い自己効力感を生み出すおもな要因には、成功体験(問題を解決したり仕事を達成した自分の体験)、間接経験(問題解決や仕事の達成に成功した他人のやり方を参考にすること)、言葉による説得(問題解決や仕事の達成は可能だと言われること)の3つがある。言うまでもなく、なかでも一番強力なのは成功体験である。[p.93]」「間接経験にも自己効力感を高める効果があることが証明されている。ほかの人間の業績を目にすることで、・・・『彼らにできるのなら、自分にもできる』という意識を植えつけられる。[p.97]」「研究の結果を見ると、言葉による説得は子供の自己効力感を増すには効果的だが、大人に対しては顕著な効果は見られないという。[p.99-100]」
・「ただし、自分ひとりで乗り越えられる可能性のある障害に立ち向かっているときに、『救援』を行うことは避けなければならない。[p.100]」

第3章、創造的な心The Creative Mind
・「イノベーターは普通の人よりも賢いのか? イノベーターは変わり者なのか? 私の研究では、少なくとも並外れて画期的なイノベーションを次々と生み出す人に関しては、ひとつ目の疑問の答えが『イエス』、ふたつ目は『おそらく』ということになる。[p.103]」
・「研究の多くが、創造性はランダムな連想の過程のひとつであることを示しているが、のちの研究では・・・創造性を知性に直接的に結びつける説明がなされている。創造性を、『連想でつながる長い道筋』と捉えたのだ。認知洞察をネットワークプロセスとしてモデル化する私の研究では、心の中のネットワークを使って連想の長い道筋をたどりがちな人、あるいはたどるのが巧みな人は、アイデアや事実のあいだにほかの人間には思いもつかない奇妙なつながりを発見する力をもつことが示された。[p.127]」「マティアス・ベネデク教授とアリョーシャ・ノイバウアー教授の研究では、創造性が非常に高い人も普通は創造性の低い人と同じ連想の道筋をたどるのだが、連想のスピードが速いために常識的な連想を短時間に終わらせ、ほかの者より早く非常識な連想に到達することがわかった。・・・創造性の極めて高い人の連想スピードは、並外れた作業記憶と実行制御によるものだという。言い換えれば、たくさんのことを同時に頭の中に置いておき、それを巧みに処理することで、多くの連想の道筋をすばやく探査することができるのだ。[p.128]」
・「知性については未知の部分がまだ多いが、その重要な構成要素が記憶であることはわかっている。記憶は一般的に、作業記憶と長期記憶という相互依存の関係にあるふたつに分類される。作業記憶は情報を一時的に保存し、すぐに取り出して使える状態にするもので、どんな情報を保存し、それをどう処理し、どう作用させるかをコントロールする実行機能を備えている。・・・人は長期記憶に膨大な量の情報を保存しているが、一度に選択できる(考えられる)情報の量は作業記憶によって制限される。[p.129]」「並外れた長期記憶は、作業記憶の能力と効率性を向上させ、並外れた作業記憶は普通より長期記憶に速くアクセスできる。・・・先駆的イノベーターの多くは並外れた記憶力の持ち主であったことが記録に残っている。[p.130]」
・「人間の性格に関する研究分野には、神経症的傾向、調和性、外向性、誠実性、経験への開放性の5つの要素で構成される『ビッグ・ファイブ・パーソナリティ特性』なる有名な分類法がある。・・・ビッグ・ファイブの中で創造性ともっとも関わりが深いのは、経験への開放性である。経験への開放性は、個人のもつ美的感受性(芸術や文学の鑑識眼など)や、感情への配慮、多様性志向、知的好奇心を反映している。・・・経験への開放性のスコアが高い人は、どちらかといえば知的好奇心が高く、風変わりなアイデアに興味をもち、新しいことに喜んで挑戦する。一般的に、開放性の高い人は平均的な人よりも複雑で曖昧なものに寛容だ。・・・経験への開放性が拡散的思考や創造力と関連があることは、多くの研究で証明されている。[p.131-132]」
・「ドーパミンやグルタミン酸塩と拡散的思考との関連についての科学的根拠は数多く存在する。ドーパミンは、自覚している意識とは関係なく、不必要と判断した刺激を無意識にブロックする潜在抑制を低下させる効果があるとされる。心理学者の研究によれば、高い創造性をもつ人は概して潜在抑制が低く、そのため普通なら無視するような刺激にも反応する傾向があるという。[p.134]」「ゆるやかに増加するドーパミンが潜在抑制を低下させ、作業記憶を強化し、通常考えられない連想を行う助けになっているのだ。[p.139]」

第4章、高遠な目標A Higher Purpose
・「本書で取り上げるイノベーターはひとり残らず(トマス・エジソンだけは注目すべき例外だが)、高遠な理想主義を追求し、高い目標への邁進する気質をもっており、彼らの行動はそうした目的意識が具体化したものである。[p.141]」
・「一番重要なのは、理想主義のもつ内発的動機づけの力だろう。[p.160]」「理想主義はまた、長期的な目標に集中し、ほかの気になる欲求に気を取られないようにする役目も果たす。[p.162]」「理想主義には、もうひとつ力強い効果がある。それは、自己防衛の役割を果たしてくれる点だ。[p.168]」
・「理想主義は大きな充実感をもたらす反面、相当の犠牲を強いることもある。・・・本書で取り上げた先駆的イノベーターの多くは、寝る間も惜しんで働いており、友人や家族との時間をほとんどもっていない。[p.175]」「理想主義がいい面ばかりとは限らない。イノベーターの多くも、理想に夢中になるあまり苦労の多い人生を送り、周囲の人々にも迷惑をかけている。それに理想主義には、こうしたイノベーターの例には現れない別のリスクもある。高邁な理想のためと称し、一般的には卑劣で邪悪だと思われる行為に走ってしまう危険である。[p.177]」

第5章、仕事に駆り立てられてDriven to Work
・「理想主義的な目標に突き動かされてはいなかったエジソンも、何かに突き動かされていたのは間違いない。なにしろ、周囲の人間が理解しがたいほどのハードワークで知られていたからだ。[p.179-180]」
・「成功への野望は・・・すべてのイノベーターを動かす原動力になった。この『達成欲求』は、高い基準を設けてそれを満たすことや、難しい仕事の成就に常時強い関心を抱くことに関連する性格特定である。[p.202]」「達成欲求に関する研究は、内的見返りと外的見返りの役割を合わせて考察する。達成欲求の強い人は技術を習得したり、活動に秀でたり、仕事を完成させることで大きな内的見返りを経験する。その一方で、称賛や尊敬といった外的見返りにもとても敏感で、極端な負けず嫌いの傾向を示すこともある。[p.204]」
・「先駆的イノベーターの仕事への意欲は、理想を実現すること、高い目標に取り組むこと、業績を積み上げること、承認と称賛を得ることなどの『結果』と密接に関連していた。だが、先駆的イノベーターの多くがハードワークに駆り立てられる動機の中には、そうした結果とは関係ないものもある。そのひとつが、仕事自体から得られる喜びだ。・・・心理学者ミハイ・チクセントミハイはこれを『フロー』という概念で的確に示した。フローとは、『人がある活動に没頭して、ほかのことはどうでもよくなる状態であり、それをするためならどんな犠牲を払ってもいいと思わせるほど楽しい体験』と定義される[p.206]」

第6章、時代がもたらす機会と障壁Opportunities and Challenges of an Era
・「『ちょういどいいタイミングで、ちょうどいい場所に居合わせること』の役割は重要だが、それだけでは一部の人が画期的なイノベーションを次々と起こした理由の説明としては不十分である。・・・時代がもたらす機会は、ほとんどすべての画期的なイノベーションに影響を与えているが、画期的なイノベーションを次々と生み出す人々を説明するには十分ではない。この種のイノベーターには特別な性質や原動力があり、時代のもたらした機会をほかの者がしないような方法で利用できるのは、そうした性質や原動力が促進剤となっているからである。[p.237-238]」

第7章、リソースへのアクセスAccess to Resources
・「様々なイノベーターの生涯をひもといてみると、資本よりもそれ以外のリソースが大きな役割を果たしていることがわかる。とりわけ重要なのが、技術と知性に関わるものである。[p.241]」「興味深いことに、知的・技術的リソースはどのイノベーターにとっても重要ではあるものの、本書で紹介しているイノベーターの大半は、意外なほど専門とする領域の正規教育を受けていない。[p.276]」「だからといって、教育や訓練がイノベーションの役に立たないと考えてはいけない。イノベーターの人生において教育が果たした役割を子細に調べてみると、彼らが積極的に学問を摂取していることがわかる。ただし、自分のタイミング、自分のやり方で学問を追求しているのだ。[p.277]」

第8章、内にある可能性を育てるNurturing the Potential That Lies Within
・「画期的なイノベーションを次々と生み出す人々の人生は、決して万人向きではない。世界を良い方向へ変えるのに役立つ要素の多くは私たちには真似のできないものであり、たとえ真似られたとしても彼らが送ったような人生を送ろうとは思わないだろう。だが、イノベーションを生み出すうえで、そうした要素がどう役に立ったのかを理解すれば貴重な教訓になるはずだ。・・・つまり、先駆的イノベーターがなぜ特別なのかを理解すれば、私たちの内にあるイノベーションの可能性を育む方法がおのずとわかってくるのだ。私たちにもできることはたくさんある。[p.282]」
・「規範やパラダイムを疑問視する」:「孤立意識がイノベーションを促進するメカニズムを理解できれば、私たちがイノベーションを育んでいくための有益なヒントになるだろう。組織のリーダーには、創造的な思考を促し、まったく新たな解決策を生み出すためにできることがたくさんある。役割に柔軟性を与え、自主性を重んじ、型破りな意見を容認すれば、創造的な人材を集めることも、既存の従業員の創造的側面を育てることもできる。[p.283]」「従来の考え方に疑問をもつことを従業員に奨励したいのであれば、全員の合意がなければ先へ進めないといった慣行や規範は廃止したほうがいい。[p.284-285]」「早い段階でいずれかの案に決めてしまうと、長期的には最善とは言えない解決策に多大な資源をつぎ込むことになりかねない。[p.286]」
・「ひとりになる時間をつくる」:「従業員に画期的なアイデアを望む経営者は、従業員が突飛なアイデアについてじっくり考え、連想をたどって未知の領域に踏み込めるように、ひとりになれる時間を与えるべきだ。[p.287]」「確かにチームワークは重要だ。とはいえ、一人ひとりができる限りチームに貢献できりうようにするには(その目的が、創造的な解決策を見いだすことにある場合は特に)、グループでの討議の前にひとりで考える時間が欠かせない。[p.288]」「複数のアイデアが存在する場合、あまり早い段階で競争させると、一部のアイデアは発展させる間もないまま抹殺されてしまうことがある。[p.289]」
・「自己効力感を高める」:「早い段階での成功体験をさせるには、失敗したときの代償を低めに抑え、大胆だが賢明な失敗を称賛するなどして、何でも思い切ってやってみようと思わせることが大切だ。[p.291]」
・「壮大な夢を描く」:「理想主義にはイノベーションを生む強い力がある。そのため組織は、メンバー一人ひとりが有意義と思えるような壮大な目標を掲げるべきだ。[p.291-292]」
・「フローを見つける」:「チクセントミハイは言う。・・・会社の目標の範囲内で、従業員に望みの仕事をする機会を与えます。それだけで彼らには仕事への意欲が生まれ、会社の利益になるのです。[p.293]」
・「知的・技術的リソースにアクセスできる機会を増やす」:「誰もがほかの人のもつ知的資源に容易にアクセスできるようにする必要がある。[p.297]」「イノベーションには部外者の存在が重要である。・・・専門家でない人を科学に従事させることで生まれるチャンスもある。そのチャンスを無駄にしてはいけない。[p.298]」
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本書のような少数の特異なイノベーターの分析では、得られた洞察がどの程度汎用性のあるものか、とか、分析対象のイノベーターの選定が妥当なのか(ひょっとしたら、自説に合うような事例が優先して選ばれているのではないか、という懐疑的な見方も含む)というような批判的な議論は避けて通ることはできないと思います。しかし、このような分析ならではの貴重な示唆もあるように感じられましたし、少なくとも、多くの実務家にとっては考える材料として非常に参考になる指摘も含まれているように思いました。さしあたり、すぐにでも実務に生かせる考え方としては、特異な才能を持つ人をどううまく生かすかという視点と、普通の人々の創造性をどうしたら伸ばせるのか、という視点があると思います。どう実務に生かしていくか、著者の考え方をそれぞれの状況に応じて適用する手法の工夫が我々に求められていることなのかもしれません。


文献1:Melissa A. Schilling2018、メリッサ・A・シリング著、染田屋茂訳、「世界を動かすイノベーターの条件 非常識に発想し、実現できるのはなぜか?」、日経BP社、2018.
原著表題:Quirky: The Remarkable Story of the Traits, Foibles, and Genius of Breakthrough Innovators Who Changed the World

 


「残念な職場」(河合薫著)より

研究の成果は、研究者がその研究にどれだけコミットし熱心に関わったかによって左右されまるところがあります。そして、その研究者のやる気には、働く環境も影響を与えます。では、どんな環境が望ましいのでしょうか。逆にどんな環境はよくないのでしょうか。

このような職場環境と仕事の成果の問題は研究開発に限ったことではありません。もちろん、研究に独特の要因が存在する可能性はありますが、研究開発と一般の仕事の共通点も多いはずです。そこで、今回は、こうした職場環境の問題を議論した、河合薫著「残念な職場」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。著者は次のように述べています。「職場には『意味不明』が蔓延し、部下たちは、『なんでこんな意味不明なことばかりなんだ!』とうっぷんを溜め込んでいます。[p.9]」「しかしながら、より厄介なのは現場で『これって意味ないじゃん』と口をとがらせていた社員までもが、出世したとたん、意味不明の世界に埋没していくという現実です。[p.13]」「職場にはびこる数々の意味不明においても、『知覚とは習慣(=文化)による解釈』であり、『心は習慣』で動かされていることが深く関係しています。[p.17]」「価値観には『意識できるもの』と『無意識のもの』があります。社会に長年存在した価値観や、外部から刷り込まれた価値観は『無意識のもの』となり、自覚しないまま言動に反映されがちです。[p.24]」「『無意識の価値観』と『確証バイアス』で、真の問題が隠れ、間違った決断が容易に下されていまいます。しかも困ったことに、職場で、当たり前とされているものの多くが、効果の検証がされていなかったり、研究結果をチェリーピッキング(都合のいい事例の抜き出し)したものだったり、たまたまA社で上手くいったものだったり、運よく成功を収めたカリスマ経営者の後付けの成功体験だったり、有名コンサルタントが言っているだけのことだったり・・・・・・。とにもかくにも科学的根拠に乏しい思い込みや慣例が氾濫し、それが当たり前として広がっているのです。[p.26]」「こういったいくつもの当たり前を疑いもなく信じ込むことで、残念な職場が出来上がるのです。職場の意味不明を撲滅するには、当たり前が当たり前じゃなかったことを知ることしか道はありません。[p.27]」「本著では、・・・人の心の動き(=心理学)と、社会の窓(=社会学)の両面から『残念な職場』脱却の策を考えます。[p.27-28]」以下、本書の構成に沿って興味深く感じた点をまとめたいと思います。

第1章、無責任な人ほど出世する職場
・「『記憶は川のように流れているもので、書き換えが可能で、全く信頼するに値しないものだ』・・・これは20世紀で最も一般人に知られた心理学者という異名をもつ、米国のエリザベス・F・ロフタスの名言です。・・・ロフタスは、・・・『記憶の塗り替え』が起きることを繰り返し実験し、証明し続けました。[p.36-37]」「人間の記憶は川のように流れていて書き換えが可能であるなら、いかに『言った言わない』『聞いた聞いていない』の議論が不毛で、権力なきものに勝ち目のないことか、おわかりいただけると思います。そのうえ自分の主張を裏付ける意見しか耳に入らないので(確証バイアス)、『無責任な上司』は相当手強い。こうやって意味不明な職場が出来上がっていくのです。[p.40]」
・「実績と昇進の関係を検証した調査は国内外で数多く出揃っているのですが、それらをレビューすると、実に残念なファクトを突きつけられます。なんど、『大きな組織では、几帳面さや責任感は昇進にマイナスに作用する』というのです。[p.41]」「責任感の強さがなぜ、マイナスに作用するのか? 理由の一つは正義感です。責任感の強い人は正義感も強いため、自らの責任に加え、他者への責任追及も厳しくなりがちです。・・・誰かが正直に告白することで困る人も少なからずおり、正義の人は厄介な存在なのです。[p.46]」「『無責任なヤツほど出世する』という傾向は、海外の多くの研究でも示されています。米国ではその責任感を個人のパーソナリティ特性と明確に位置づけ、『他責型』と『無責型』に分けるのが一般的です。具体的には、多責型は『人を責める』『人のせいにする』タイプ、無責型は『自分の関わりを否定する』タイプを示します。米国企業のトップの7割はこのどちらかに属するとされ・・・無責任な人たちはたびたび嘘をつきます。しかしながら彼ら彼女らには、『嘘をついている』という罪悪感がいっさいありません。・・・嘘を貫き通すことができると、次第にチーターズ・ハイと呼ばれる高揚感に満たされ、どんどん自分が正しいと思い込むようになっていくのです。人は他人の嘘には厳しい一方で、自分の嘘に寛容な傾向が強い。『この嘘は必要』だと考え、自らを正当化する。その確信が強ければ強いほど、嘘を重ねてチーターズ・ハイに酔いしれます。それに拍車をかけるのが、『説得力のある嘘つきほど支配力を持ち、嘘をつくという行為自体が、その人に力を与える』という困った心のメカニズムです・・・私たちは嘘を嫌い、無責任な人を嘆く一方で、嘘をつく人の高圧的な態度に信頼感を抱くという、きわめて矛盾する心をもっています。それが嘘つきにますます力を与え、権力者の足場を強固にすることが・・・心理実験でわかっています。[p.48-50]」
・米国の教育学者で社会階層学者のローレンス・J・ピーターによる「ピーターの法則」:「『働く人は仕事で評価されると、一つ上の階層に出世していく。そして、いずれは自分の仕事が評価される限界の階層まで出世する。・・・そのレベルで無能と化す』・・・ピーター博士は、仕事の最高の褒美が『ヒエラルキーを上がる』ことである限り、無能化は避けられないとしたのです。[p.56-57]」「そして、『有能な上司は、アウトプットで部下を評価するのに対し、無能レベルに達してしまった上司は、組織の自己都合という尺度で部下を評価する』とピーター博士は喝破しました。[p.57-58]」

 

第2章、現場一流、経営三流の職場
・「『現場一流、経営三流』――こんな言葉が使われるようになったのは1990年代後半のことです。[p.74]」「そもそも高度成長期は急激な人口増加に加え、世界的にも好景気で、企業は現場の技術力だけで楽に食っていくことができました。経営者が経営をしなくとも、時代の風に乗っているだけで売り上げは伸び、会社はどんどん大きくなりました。しかし、今はきちんと経営をしてくれないとダメ。そのことに気づかない経営者のせいで、不祥事、不正、挙げ句の果てには倒産、と残念なほころびがさまざまなカタチで見える化しています。そもそもこれだけ長時間労働をし、社畜なんて言葉がずっと使われている日本なのに、生産性は世界最低レベル。・・・1時間あたりの労働生産性はOECD加盟35ヵ国中20位、主要先進7ヵ国中最下位。・・・また一人あたりの労働生産性はOECD加盟国35ヵ国中21位です。[p.75-76]」
・「技術者の『仕事へのやりがい』と『企業への忠誠心』を1994年と2005年で比較すると、どちらも急速に低下していました。[p.77-78]」「残念なことに、『技術力』そのものも低下していると指摘する調査結果が存在しているのです。2009年に日経BP社が製造業の技術者を対象に、『技術力』に関する調査を実施したところ、『この5~10年間で技術者の実力が低下したと感じますか?』の問いに、8割近くが『はい』と回答・・・技術者自身が『自分たちの技術力の低下』を実感していたのです。[p.80-81]」
・「国内の調査で『一人当たりの教育訓練費』が減少傾向にあることが認められています。・・・理由は、以下の3つです。非正規雇用の増加・・・社会保障負担の増加・・・省力化投資(AIやロボットの導入)を優先・・・どれもこれも『人は単なるコストでしかない』という企業側の本音を、改めて痛感させられる数字です。『生産性を上げる=長時間労働を減らす』『生産性を上げる=AIに投資する』といった方程式ばかりが強調されがちですが、働いているのは人なのだから人材投資は必要不可欠。特にミドル層の『再教育』は極めて重要です。・・・人員削減のようなわかりやすいコストカットは、目に見えない力を育む土壌を自らの手で壊しているようなもの。短期的に救われても長い目でみればアウト! いわば『企業の自殺』なのです。[p.97-100]」「かつて、米スタンフォード大学経営大学院教授を務めた組織行動学者のジェフリー・フェファー氏は、経営学を労働史から分析し、こう説きました。『企業経営で一番の問題であり、経営者が気をつけなくてはならないのは、経費削減が実際には錯覚でしかないことだ。この錯覚こそが企業の力を弱め、将来を台無しにする』と。そして、『人件費を削るなどの経費削減が、長期的には企業の競争力を低下させ、経営者の決断の中でもっともまずいものの元凶であることは、歴史を振り返ればわかる。・・・』[p.102]」「残念な日本の経営者は人件費を減らすことばかりに傾注するようになってしまいました。1990年代に輸入された『成果主義』も、その目的はコストカットでしかなかったといわざるを得ません。[p.103]」
・「人は『自分の存在』を他者を通じてしか知ることができません。・・・人は誰しも過ちをおかします。感情的になることもあれば、傲慢になったり、保身に走ることもあります。その弱さを克服するために、人は他者とつながり、他者と協力することで生き延びてきました。『信頼』という関係性を築くことで、愚かになったり、自分勝手になった際の保険を掛けたのです。『経営者は孤独』とよく言いますが、物理的に孤立していることが問題なのです。孤立してれば孤独だろうし、『孤立してちゃ、経営はできない』のです。[p.107]」

第3章、「女はめんどくさい」と思われている職場
・「ストレスを感じたときに分泌されるコルチゾール値・・・を使用する」研究によると、「性別、既婚・未婚、子どもの有無に関係なく、『家庭』にいるときより『職場』にいるときの方がコルチゾール値が低い[p.126-127]」という結果がえられている。
・「性差にまつわる実証研究では、一般的にいわれている『女性の特性』のエビデンスは得られていません。統計的手法で分析すると、『男女差はない』ことがわかっているのです。[p.134]」「男性の中にも『めんどくさい人』はいて、その割合は女性の中の『めんどくさい人』とさして変わらない。なのに、私たちは『性差はある』と感じるパラドックスを、日常的に経験します。私はその理由の一つに『数』の問題があると考えています。・・・男性であれば・・・個人の問題とされることが、女性の場合には・・・女性の問題として片付けられる。[p.135]」「もう一つの原因は、・・・男性たちは自分たちの集団に女性がひとり入ると、自分たちがという同質な集団だったことに気づき、その一枚岩を壊したくない、壊されたくないという思いが無意識に働き、『男性性』をまとった発言や行動をとるようになります。[p.136]」
・「私たち人間は『他者と関わる』ことで自分の存在意義、存在価値を確立します(自己アイデンティティ)。その関わり方にこそ性差が存在するのです。男性は他者と一緒に『する(do)』ことによって、女性はその他者とともに『いる(be)』ことで、『自分の存在』を確かなものにする傾向が強いことがわかっています。[p.140]」「『do』に価値を置く男性は『解決』をゴールにしますが、『be』に価値を置く女性は『共感』がゴール。[p.142]」
・一般的に『労働』とは有償労働ですが、国を成長させ、社会を支え、人を守る労働は、『市場労働』と『ケア労働』の二つに分けることができます。市場労働(market work)=商品として売買される労働力としての『有償の労働』。ケア労働(care work)=家事、育児、介護、ボランティア活動などの『無償の労働』。・・・どちらも、男とか女に関係なく、私たちが生きていくためには必要不可欠な労働です。[p.145-146]」市場労働とケア労働を同等に評価する国では男女格差が小さく、市場労働のみを評価する国(日本など)では格差が大きい傾向にある。[p.149]「今の日本の政策は『市場労働』に女性を参加させるために、例えば『保育サービスを充実させよう』としているだけで、男性が主な働き手だった『市場労働』に、女性がどうかすることが目的となってしまっているのです。[p.151]」

第4章、残業のリスクを知らない職場
・「過労死は長時間労働と直結していますが、過労自殺はその他のストレス要因の影響が大きく、長時間労働はあくまでも引き金です。[p.159]」
・「日本が世界に誇るのは長時間労働だけではありません。睡眠時間が、世界最短なのです。[p.163]」
・「労働時間と生産性に関する研究はたくさんあります。・・・スタンフォード大学のジョン・ペンカベル教授が発表した論文」は、「『週50時間以上働くと労働生産性が下がり、63時間以上働くとむしろ仕事の成果が減る』ことを統計的分析により明らかにした[p.171]。」
・「睡眠不足は、認知能力や記憶力、対人関係の対応能力を低下させます。[p.172]」
・「過労死が長時間労働による突然死であることは、国内外を含め多くの研究で確かめられていますが、睡眠不足がその危険度をより高めることを九州大学の研究グループが明らかにしました。[p.174]」
・「過労自殺する人の多くはうつ傾向やうつ病などの精神障害を発症しているとされていますが、長時間労働と精神障害との直接的な関係は『ない』とする研究結果も、少なくありません(量的調査による統計的な分析)。ただし、”overwork”、すなわち『自分の能力的、精神的許容量を超えた業務がある:』という自覚と精神障害との関係性は多数報告されています。[p.190-191]」
・「近年、若者の過労自殺が増加している背景には『組織社会化』、すなわち『適応の途中なのに、一人前の仕事を期待されている』という問題があると私は考えています。組織社会化(organizational socialization)とは、『個人が組織内の役割を引き受けるのに必要な社会的知識や技術を獲得するプロセス』で、新入社員の組織社会化の最大の課題は『役割の獲得』です。会社で確固たる居場所を得て、自分がやるべきことを見いだし、自分の役割を獲得していくことで新入社員は組織に適応します。このプロセスには最低でも3年、長い場合は10年かかるとされています。年功序列が当たり前で、人員的な余裕もあった時代には組織社会化が自ずと行われていました。・・・ところが、プレイングマネジャーが当たり前になり、人的余裕も時間的余裕もなくなった現代社会では、新人はすぐに『一人前になる』ことが強要されます。[p.193]」「この組織社会化過程の欠如こそが、若者たちを追いつめているのではないでしょうか。[p.194]」

第5章、残念な職場を変えるには
・「煎じ詰めて考えれば、残念な職場とは、『働いているのは人である』という至極当たり前のことを忘れている職場なのです。[p.204-205]」
・「私が考える『理想の職場』を提案します。・・・『人生(=Lifetime)の邪魔をしない職場』です。[p.205]」「働くことは『生きている価値』と『存在意義』をもたらす、とても大切な行為です。残念な職場では、仕事が仕事としての役目を果たしていないので、本来の『仕事ができる』職場を目指せばいいのです。[p.206]」「『働く』という行為には、『潜在的影響(latent consequences)』と呼ばれる、経済的利点以外のものが存在します。潜在的影響は、自律性、能力発揮の機会、自由裁量、他人との接触、他人を敬う気持ち、身体及び精神的活動、1日の時間配分、生活の安定などで、この潜在的影響こそが心を元気にし、人に生きる力を与えるリソースです。リソースは、専門用語ではGRRs(Generalized Resistance Resources=汎抵抗資源)。世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの原因)の回避、処理に役立ち、リソースを手に入れることでウェルビーイング(個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態)が高まります。[p.210]」「『人生を邪魔しない職場』では、仕事が提供するリソースを存分に享受できるので、仕事にやりがいを感じ、もっとがんばろう!とヤル気が高まります。困難やストレスを感じることがあっても、なんとかふんばれます。リソースは『元気になる力(salutary factor)』。仕事のリソースを手に入れることは、SOC (Sense of Coherence)を高めます。SOCは、『人生であまねく存在する困難や危機に対処し、人生を通じて元気でいられるように作用する人間のポジティブな心理的機能』のこと。[p.213]」
・「これまで世界中で行われた実証研究で『SOCの高い人』は、職務満足感や人生満足感が高い、仕事上の疲労感が少ない、欠勤が少ない、抑うつや不安が少ない、バーンアウトをおこしにくい、などの傾向があると確かめられています。・・・そして、SOCを高める職場の土台を作るのが『職務保証(=job security)』です。職務保証とは、第1に、『会社のルールに違反しない限り、解雇されない、という落ち着いた確信をもてる』、第2に、『自らの職種や事業部門が、対案の予知も計画もないままに消滅することはない、と確信をもてる』と働く人が感じることで成立します。[p.217-218]」
Googleでの成功するチームと失敗するチームの分析では、「『心理的安全性(Psychological Safety)』が鍵を握っていることがわかりました。・・・『こんなことを言ったら上司に叱られるのではないか?』『こんな意見では同僚からバカにされるんじゃないか?』『もっと立派なことを言わなきゃいけないんじゃないか?』そういった不安をチームメンバーが抱かないチームこそが成功する。失敗を素直に言え、他者への心遣いや同情、あるいは配慮や共感が当たり前のチームだったのです。成功するチームは、年齢や役職やスキルの差に関係なく、チームメンバー全員がほぼ同じ時間だけ発言していました。[p.232-234]」
・「そもそも『キャリア』とは、『人生のある年齢や場面のさまざまな役割の組み合わせ』です。家庭や社会における様々な役割の経験を積んでいくことがキャリアです。[p.248]」「人生を邪魔しない職場とは、『人生を仕事に生かす職場』です。[p.250]」
・「疲れは、時間がたてば自然に消えていくものではありません。特に心的な疲れを癒やすには、適度な運動、精神的ゆとり、遊び、おしゃべり、笑い、などのリソースが必要不可欠です。疲れは放っておけばどんどんと利子がつき、借金のように増え続けます。・・・借金は頭痛や肩こり、イライラ、眠れない、ケアレスミスなどの症状に代表される蓄積疲労につながります。蓄積疲労は、最悪の場合、うつや突然死につながる極めて深刻な状態なのです。[p.257]」「まさしく私たちのストレスは社会(=残念な職場)の病なのです。[p.257-258]」
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本書で解説されている残念な職場の特徴と、それが生まれる原因を考えてみると、残念な職場は人間の特性に基づいて自然発生的に生まれる可能性があるもののように思われます。残念な職場は、過労死問題などの労働環境の問題や非効率な働き方につながるだけでなく、メンバーのコミットメントを低下させ、創造性を阻害する環境でもあると思います。残念な職場をなんとかよい職場に変えることは働き方改革や女性をはじめとする多様な人々の活用だけでなく、イノベーションを起こすためにも重要なことなのではないでしょうか。本書に示された残念な職場を変えるための著者の提案は唯一絶対のもの、というわけではないように思いますので、このような職場環境ができるメカニズムを理解することで、それぞれの状況に応じて効率的、創造的で、働く人の充実感、幸福につながる職場作りができるようになるのではないかと思います。研究マネジメントにとっても重要な視点だと思いますがいかがでしょうか。


文献1:河合薫、「残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実」、PHP研究所、2018.


「ゲーム理論はアート」(松島斉著より)

研究開発・イノベーションには様々な人の意思が関与します。少なくとも、開発された製品やサービスを顧客が採用する気になってくれなければ始まりませんし、さらに競争相手がどう出るかも重要・・・という具合に、様々なステークホルダーの意思を考えて進めなければなりません。このような人の意思とその相互作用を考える上でゲーム理論は有効な考え方だと思いますが、実務家にとってはまだ簡単に使えるレベルには至っていない感じがします。

そこで、今回は、松島斉著「ゲーム理論はアート」[文献1]に基づいて、まずはどんな可能性がありそうかを考えてみたいと思います。著者は次のように述べています。「我々は、芸術家がすばらしい作品のアイデアを思いつくように、社会のしくみを思いつかなければならないのだ。・・・そして、このような行為の実践は、『ゲーム理論』という名の数学を使うことによって、理想的になされることを解き明かしたい。ゲーム理論は、問題の背後に潜む社会のしくみを、簡潔で首尾一貫した『数学』に見立てる。この数学を、社会のしくみをとらえるための『仮説的モデル』として、具体的な調査や問題解決のための基本方針に据えるのだ。[p.iii]」以下、本書の中から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

第1部、アートとしてのゲーム理論
第1章、ゲーム理論はアートである

・「ゲーム理論とは、狭義の意味においては、社会を、チェスやサッカーといったゲームの仲間に見立てて、独自のアプローチで分析する数学のことだ。[p.21]」
・「ゲーム理論の創造性は、具体的な問題解決の手助けこそすれども、それだけでは最終的な問題解決に至らない・・・例えば、ゲーム理論の創造性は、コンピュータサイエンス、人工知能、倫理学、心理学といった、別の分野のテクノロジーや知性と結びつくことによって、はじめてその有用性の真価を発揮できることがある。[p.26]」「仮説的モデルの形成という、いささか中途半端にも思える仕方で役に立つ、こんなゲーム理論は、しかしながら、そのことが仇となって、以下のように、『悪い官僚主義』に利用される可能性がある。要注意である。仮説的モデルは、研究者が具体的な問題に踏み込んだ際には、もっと検証可能なスタイルにブラッシュアップされなければならない。この工程を経て、モデルは、仮説形成の段階から、正しいモデルかどうかの真偽を問う『実証的段階』に進むことになる。このような研究のステップを軽視した場合、ゲーム理論は悪い官僚主義に利用される恐れがでてくる。官僚主義的悪用とは、問題解決の答えが先に決まっていて、後から、その答えの裏書きができるような、真偽は定かでないがもっともらしく聞こえるような仮説的モデルを、御用学者に見繕ってもらうことである。[p.26-27]」
・「ゲーム理論は、経済学に必要となる理論的、数理的基礎を構築するため、数学者ジョン・フォン・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンシュテルンによって、1944年に創始された。[p.28]」
・「経済学では、概して、経済主体の『選好(preference)』が『外生的』に与えられていることが前提とされる。つまり、各経済主体がどの商品を他のどの商品より好むかといった判断基準(これを経済学やゲーム理論では『選好』と呼んでいる)は、あらかじめ個人ごとに生得的に与えられていて、社会的関係の在り方が変わっても不変に保たれる、と仮定されるのである。しかし、実際の経済主体の選好には、社会的関係の在り方に影響されて、『内生的に』 決まる側面がある。[p.32]」「経済主体は、自身の立場のみならず、他者の立場にも立って、他者がどのように考え、どのように行動を決定するかを、シミュレーションしようとする。こうすることで、自分にとって最適な行動は何かを、よりよく導くことができる。なぜならば、自分にとって最適な行動は、他者がどのように行動するかに依存するからである。[p.34]」「『他者の立場に立って考える』ことによって、経済主体の心の中に、『同胞感情(同感、sympathy)』が芽生える[p.35]」。「社会科学の使命は、『社会の隠された病理』を解明することにある。・・・社会に隠されているかもしれない潜在的な病理にかかわる、さまざまな話題に向き合うためには、犠牲を払ってでも、ゲーム理論において内生的選好を追求するべきである。従順にふるまう、同調する、といった感情の作用は、内生的選好の重要なケースとして、とりわけ真摯に分析されるべきである。[p.36]」

第2章、キュレーションのすすめ
キュレーション1:PK戦からテロ対策へ
・「ゲーム理論は、人々の行動を正確に予測するための学問ではない。むしろ、ゲーム理論は、人々の行動を正確に予測することは難しく、正しい予測ができると吹聴するのはまやかしにすぎないことを、論理的にあばく学問だといっても差し支えない。・・・ゲーム理論の有用性は、予測がどの程度可能かについての目安を、正確に示すことにある。その目安として、ランダムな、確率的な予測の仕方が、とりわけ重要になる。[p.46-47]」
・「PK戦では、2人のプレイヤーの利害は正反対である。そのため、ゲーム理論は、PK戦のことを、利害の和が常にゼロになるゲーム、つまり『ゼロサム・ゲーム』と呼ぶ。また、相手に裏をかかれることを考慮した上で、被害を最小限にとどめる行動様式のことを、ゲーム理論は、『マックスミニ戦略』と呼ぶ。PK戦において半々の確率でランダムに左右いずれかを決めるやり方は、このマックスミニ戦略に該当する。仮説的なテロ対策のゲームで最善策とされたランダムで機械的な戦略もまた、マックスミニ戦略である。[p.52]」
キュレーション2:経済の秩序と繁栄とインセンティブ
・「長期的に関係をもつ状況をモデル化した『繰り返しゲーム』においては、良好な協調関係が、全員の利己的動機と矛盾することなく継続されることが、ゲーム理論によって証明されている。[p.68]」「お互いの行動パターンを正しく予測した上で、全員が自己実現的にこの予測通りの行動パターンをとるインセンティブをもつ状況のことを、ゲーム理論は『ナッシュ均衡』と呼んでいる。繰り返しゲームにおいては、・・・協調的関係がナッシュ均衡になるのである。・・・繰り返しゲームは、同じゲームを考えながらも、さまざまな関係がナッシュ均衡になる。ナッシュ均衡によって説明できる関係性がたくさんある、という性質をもつのである。しかし、その中でどの関係が実際に起こるのかについては、ゲーム理論だけでは、うまく答えられないのだ。ナッシュ均衡がたくさん存在するという性質は、ゲーム理論の黎明期からよく知られている性質である。・・・ゲーム理論かは、それを『フォーク(folk)定理』と呼んでいる。今日では、フォーク定理は、きちんと証明されていて、繰り返しゲームにおけるナッシュ均衡の範囲を特定する、重要な数学的命題になっている。[p.69]」
・「私は、このキュレーションにおいて、・・・何らかの『歴史的経路(historical path)』が、協調関係を誘発していることをほのめかしてきた。・・・どのような経路を実際にたどったかを実証するために、真摯な歴史研究が、ゲーム理論の形式論理とは厳密に区別されて、ゲーム理論の形式論理を補完する重要な役割をなすのである。[p.70]」
キュレーション3:社会理論へのステップ
・「予測の内容によって、なんらかの感情が生まれ、それゆえに個人が内生的選好をもつようになることを明示的に扱うゲーム理論のアプローチがある。それは、『心理ゲーム(psychological game)』と呼ばれている。[p.79]」

第3章、ワンコインで貧困を救う
・アビリーンのパラドクス:「集団で合意したはずの決定は、実は、場の空気を読んで遠慮がちな態度をとる『事なかれ主義』によってもたらされた悲劇であり、みんなに不利益をもたらしてしまうことがある[p.87]」
・「集団的決定の失敗の核心は、同じゲームをプレイしているのに、良い均衡と悪い均衡がどちらも存在する点にある。どのナッシュ均衡が実際にプレイされるのか・・・先験的にはわからないことに、事の本質がある。[p.89]」
・「ルールを少しだけ変更することで、いらないナッシュ均衡をすべて排除でき、しかも望ましいナッシュ均衡だけを残すような、うまい工夫はないだろうか。これが、ゲーム理論家の目指すべき、ここでの目的になる。[p.90]」「最終的な解決策として提案されるのが、『アブルー・松島メカニズム』と称されるメカニズムデザインである。[p.91]」「アイデアの基本は、『最初の嘘つき(のみ)が罰せられるとする』ということである。[p.113]」「現実に役立てるためには、アブルー・松島メカニズムを単に機械的に当てはめてはいけない。・・・アブルー・松島メカニズムには、・・いつでも容易に実行可能とは言えないような、『人工的』にデザインされたしくみが使われている。このことは、さまざまな局面で、現実的な利用可能性を制限してしまうだろう。[p.111-112]」

第4章、全体主義をデザインする
・「全体主義とは、個々人が、自立的に判断する自由や意思を失って、政策当局や権威者といった『地位の高い』人の意図に、無思慮に従っている社会を意味する。[p.116]」
・「本章は、全体主義のしくみを明らかにするため、集団的決定を、従順や同調といった内生的選好を組み入れて、『心理ゲーム』として検討していく。・・・心理ゲームと全体主義との関係がわかってくれば、ナチスによる大量虐殺のような大問題に限らず、もっと日常的なハラスメントなどについても、その背景に秘密裏に『全体主義もどき』が成立していて、邪悪な意図が実行されていることを、暴くことができるようになる。[p.121]」
・「本章のプロセスでは、自分が最初に嘘をつく人だと予測される場合には、自分が最初に嘘をつく人だと予測されない場合よりも、より心理的負担がかかるという心理的性向を利用するのである。[p.130]」「同調感情のために、最初の嘘つきになることを嫌う。このことが、ドミノ倒しのように作用して、誰も嘘をつかないという状況を生み出すのである。[p.133]」「ここに、全体主義を日常的に利用することができるトリックが宿る。[p.138]」

第2部、日本のくらしをあばく
第5章、イノベーションと文系

・「イノベーションは、『コロンブスの卵』のような発明発見ではかたづけられない。もっと『文系』の発送にみちあふれていると思っている。[p.145]」

第6章、オークションと日本の成熟度
・「せり上げは、各参加者に、どのくらい欲しているかについて、正直に表明させることができる。・・・本当に一番欲している人に品物を割り当てることができる。[p.163]」「オークションのような透明性の高い決め方のルールを、困難でも、成果が見えにくくても、積極的、具体的に取り入れる姿勢を政府はもつべきだ。[p.165]」

第7章、タブーの向こう岸
・「世間体を気にして、人と違うことはしない、偉い人にはさからわない。・・・しかしこれらは、タブーを守るための世界共通手段でもある。だから、・・・もっと注意しないといけない。なぜなら、こんな性向の人物は、悪玉権威者のいいなりになる典型だからだ。[0.170]」
・「日本人にとってお金の話はタブーそのもの。[p.177]」「社会にはさまざまな選択肢がある。どれが社会にとって必要か。比較検討すれば見定めることができる。・・・このような比較検討のための価値尺度として、お金は大いに役立つ。しかし、日本人は、お金のこの機能を、とりわけ社会に対して、ちっともあたりまえに使いこなせていない。・・・だから、このままでは、日本人は、矛盾にみちた言動や行動に終始しかねない。[p.178]」

第8章、幸福の哲学
・「私は、一市民として、そして経済学者として、いや社会科学者として、幸福の実現とは、自立的であり続けたいとするエンドレス・ファイトだと定義したい。[p.189]」

第3部、「制度の経済学」を問いただす
第9章、「情報の非対称性」の暗い四方山話
・「各経済主体は、各々の私的情報(自分だけが入手する情報のこと・・・)をもっている。私的情報・・・は、『私的価値(private values)』のケースと・・・『相互依存価値(interdependent values)』のケースに大別される。・・・相互依存価値のケースでは、・・・もはや、品質についてあらかじめコンセンサスはない。そのため、勝者の呪いに代表されるような、やっかいな問題が出てくる。[p.197-198]」

第10章、早いもの勝ちから遅刻厳禁へ
・「現行の証券取引のルールでは、連続時間取引が、隙あらば、トレーダーをおかしな行動にかりたてる『早い者勝ちレース』をつくり出すしくみになっている。ならば、『高頻度バッチオークション』のような、根本原因そのものを取り除くような抜本的改革について、今後現場において本格的に討議されることが望まれる。[p.230]」「本当に学ぶべきことは、『メカニズムデザイン(制度設計)する』ということの、もっと『本質』的な意味についてだ。[p.230]」

第11章、繰り返しゲームと感情
・「長期的に協調関係が維持されるためには、相手の選択が観察できることが必要不可欠である。この前提をみたす状況のことを『完全モニタリング』という。[p.243]」モニタリングの「精度が低いと、概して協調はしにくい。だから、少しでも相手のいい情報が入れば、やさしくしてあげたくなる。逆に、精度が高いと協調しやすいので、いいシグナルがくるのはあたりまえに思えている。だから今度は逆に、悪いシグナルにやけに敏感になる。[p.255]」

第12章、マーケットデザインとニッポン
・「日本の現場には、経済学やゲーム理論が必要とされる問題が山積している。[p.263]」「ウーバーのビジネスモデルには、メカニズムデザインのエッセンスがぎっしり詰まっている。・・・ウーバーのプラットフォーム・ビジネスは、十分な『厚み』をキープでき、安全運転を守る『暗黙の協調』のインセンティブを、ドライバーからうまく引き出している、ガバナンスにずいぶん成功しているように、私には思える。[p.272-273]」「ゲーム理論によるマーケットデザインは、今後、『厚い、そして熱い、市場を創る』作法をもっと模索する学問になろう。情報システムによるガバナンス効果を、マーケットデザインによっていかに創発するかが、これからの日本のビジネスの成功の1つの重要なカギを握ることになる。[p.273-274]」
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ゲーム理論を使った社会システムの創造の可能性は今後ますます増えていくでしょう。イノベーションに関していえば、特にビジネスモデルの創造に直接的な寄与が期待できるのではないでしょうか。また、イノベーションの興し方自体にもゲーム理論的な発想が求められるようになるかもしれません。どんな社会システムならイノベーションのインセンティブになるのか。本書でも特許制度の問題点は議論されていますが、現行の制度にもかなり改善の余地があるように感じました。ゲーム理論を制度設計に用いる手法やツールは、まだ実務家が使いやすいものにはなっていないと思いますが、適用事例が増えてくれば、こんな場合には、こんな制度が良い(とか悪い)とかのような形で実践に役立つようなノウハウも蓄積されていくかもしれません。ゲーム理論を活用するにはそれなりの専門的スキルも必要でしょうが、ゲーム理論的発想を参考にして考えることは、現時点でもできるかもしれません。イノベーションの成功確率を上げるために、そうした考え方も試してみる価値があるように思いましたが、いかがでしょうか。


文献1:松島斉、「ゲーム理論はアート 社会のしくみを思いつくための繊細な哲学」、日本評論社、2018.


「イノベーターのジレンマの経済学的解明」(伊神満著より)

クリステンセンが発表したイノベーターのジレンマ、破壊的イノベーションの考え方は、イノベーションの進め方やメカニズムを考える際に非常に参考になる視点を提供してくれます。しかし、それらは、事例から帰納的に導かれた経験的な概念であって、「正しい」ことがデータによって裏付けられたものではありません。もちろん、実務家にとっては、自らの経験や考え方に照らして妥当だと思えればそれで十分、というところもあると思いますし、発表から20年以上を経ても多くの人にこの考え方が支持されている、という状況証拠によって正しさはサポートされている、と考えられないこともないとは思いますが、データに基づいて考えるとどうなんだ、という視点はやはり重要なのではないかと思います。

今回は、この問題に対し、経済学的手法を駆使して分析した結果が解説されている。伊神満著「イノベーターのジレンマの経済学的解明」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。表題が示すとおり、本書ではクリステンセンが発表した「イノベーターのジレンマ」が検討の対象です。クリステンセンの著書の邦題は「イノベーションのジレンマ」で、さらにその中では「破壊的イノベーション」の概念も合わせて提案されているため世間では多くの誤解が生まれてしまっていますが、著者が取り上げているのは、クリステンセンがイノベーターのジレンマと呼んだ考え方、すなわち「旧時代の覇者は、まさに勝者であったがゆえに、新時代への対応スピードが遅くなる。こうした既存企業における組織的・心理的バイアスが、クリステンセン仮説の主眼であった。[p.19]」という点です。著者は、データに基づく分析によってこの仮説を検討し、この仮説の本質に迫る知見を得ている点、非常に興味深く感じましたので、以下にそのポイント、興味深い示唆をまとめてみたいと思います。

第1章、創造的破壊と「イノベーターのジレンマ」
・「新しい技術が現れると旧い技術が廃れていく。それと歩調を合わせるように、新世代の企業が台頭すると旧世代の企業が(時には産業ごと)没落していく。・・・そういう歴史的パターンを指して経済学者は『創造的破壊』と呼ぶ。『創造的』というのは技術革新や新規参入のことで、『破壊』というのは競争に敗れた旧来の技術や既存企業が滅びていくことだ。これが本書のテーマである。創造的破壊は、今に始まったことではない。[p.15]」
・「前時代の覇者が往々にして新しい技術に対応しきれないのはなぜか。・・・イノベーション(技術革新)を担うのは誰なのか、どうしてそうなるのか、私たちは(私たちの会社は、私たちの政府は)いったいどうしたらいいのか、・・・これが本書の(具体的な)テーマである。[p.17-18]」

第2章、共喰い
・置換効果:「既存の企業は、既存の技術を使って、既存の製品を売っているが、ここに新技術を使って新製品を投入したからといって、売り上げが突然、2倍、3倍になるわけではない。単に新旧製品が世代交代するだけかもしれない。つまり、旧製品からの利益が新製品からの利益に『置き換わる』だけで、新製品と旧製品が『共喰い』する分、利益は大して増えないかもしれない。翻って新参企業にとっては、ゼロからのスタートである。新技術ですること成すことすべてが利益の純増に繋がるのだから、それはやる気も出るだろう。[p.23]」
・「既存企業にとってイノベーションがしやすいのは、新旧製品が共喰いしないとき、経済学用語でいうと新旧製品間の『代替性が低い』ケースである。ところが、両製品のキャラ(キャラクター・特性)がかぶると、同じ消費者の奪い合いになるので共喰いが発生し、代替性は高い。要するに代替性とは商品間の競合する度合いのことである。新参企業にとってはどうだろうか。・・・肝心なのは、彼らには既存製品がないという点だ。旧製品をもたないので、共喰いが発生する余地がない。・・・かくして、新参企業はイノベーションに積極的になりやすい。[p.44-45]」
・「商品間の代替性が高いと共喰い現象が発生し、既存企業にとっては新商品を投入しても大して特にならないので、プロダクト・イノベーションをやる気が出ない[p.50-51]」。「同質財の市場で唯一有効なのはプロセス・イノベーション、つまり製造コストの低減である。[p.53]」「同質財よりも代替性がユルいケースとして『垂直差別化』あるいは『品質差別化』された財がある。・・・このような市場での技術革新には、プロダクト・イノベーション(より高品質な製品を生み出す)とプロセス・イノベーション(同じ品質の製品をより安価に作る)の両方があり得る。[p56-57]」

第3章、抜け駆け
・「『抜け駆け』のゲーム理論と呼ばれるもの」は「『置換効果』とは逆に、『既存企業こそが真っ先に新技術を買い占めてしまうはずだ』という仮説である。新参企業に先駆けて新技術を独占してしまえば、新たな競争相手の参入を未然に防止できる。一般論としては、競争相手は少なければ少ないほど儲かるのだから、是非そうすべきだ。[p.23]」
・「業界にいる主な企業の数が少ない場合(おおまかに言うと、大手5社とか10社以内のケースを想定してほしい)、ライバル同士がお互いの出方次第で損したり得したりする。こういう状況を『戦略的状況』とか『ゲーム理論的状況』という。あるいは『不完全競争』ともいう。ちなみに対義語は『完全競争』で、経済学の教科書で一番最初に登場するのは大体これである。完全競争の市場においては、ライバル企業がどうとか自分の戦略がどうとかいう余地はなく、『小さく無力な企業』が無数にひしめく、利益ゼロの地獄のような世界だ。そこでは参加企業に価格決定権は全くない。[p.84-85]」
・「不完全競争、つまり現実の市場においては、ライバルは少なければ少ない方がいい。[p.86]」「同じようなものを売っているプレイヤーが2社以上いれば、(原理的には)そこでの価格競争は利益がゼロになるまで続く可能性がある。この理論を提案したのは19世紀パリの数学者ジョゼフ・ベルトラン氏なので、『価格による不完全競争』のことを『ベルトラン競争』という。[p.89]」同質財の数量競争、差別化財の価格競争、差別化財の数量競争では、「『ライバルが増えると利益が減る』という基本パターンは同じだが、そのスピードがもう少し緩やかだ。[p.89]」「『数量競争』というのは、・・・『ある一定の生産量・売り上げ目標』ありきの競争である。[p.90]」(クールノー競争)。「クールノーのゲーム設定には、『一定期間に生産・販売できる数量には限りがある』という現実的な制約(あるいは『時間』の感覚)が織り込まれている。よって、いくらセールス部隊同士が安値競争を繰り広げても、『これ以上売ることは出来ない。そこそこの値段をキープして収益を確保しよう』というブレーキが最終的には働くのだ。[p.91]」

第4章、能力格差
・「イノベーションの程度を分類するなら、・・・『漸進的』(incremental)と『急進的』(radical)という形容詞で十分だし、イノベーションの経済的性格を分類するには『工程(プロセス)』と『製品(プロダクト)』を区別すればよい。・・・『破壊的イノベーション』は技術革新のタイプそのものと言うよりも、むしろ・・・一連のストーリーを指す、漠然とした現象名だと考えるべきである。・・・『大口顧客の当座の要望に耳を傾けているうちに、技術の波に乗り遅れてしまう』ということは、そういう経営判断は『短期的にはOK』でも、長い目で見たときには『不適切』な経営判断だったわけだ。・・・静的な資源配分という意味で『最適』にみえた方針が、・・・技術と産業のダイナミクスへの動的な対応という意味では『最適』ではない。きちんと先を見越した資源配分になっていなかった、ということになる。[p.96-97]」
・「カネであれ、技術であれ、人であれ、評判であれ、『貯めるのに時間がかかる資源』は通常、新興企業よりも既存企業の方がたくさん持っている。・・・こういう『貯めるのに時間がかかる資源』のことを、経済学用語では、まとめて『資本』(capitalまたはcapital stock)と呼ぶ。[p.110]」「シュンペーターの足跡をたどると、新参企業と既存企業のどちらの能力をより高く評価したらいいのかについて、彼にも多少の揺らぎが見られるのである。・・・『どちらのタイプの企業もそれなりに能力が高そう』に見えるのであれば、やはり測ってみるしかないだろう。[p.119]」

第5章、実証分析の3作法
・手法データ分析:「実証研究と言って経済学者がまっさきに思いつくのは、単純なデータ分析、いわゆる『回帰分析』という統計手法だ。[p.124]」「『相関関係』は生のデータの中に勝手に存在しているので、見つけるのは簡単だ。だが問題は、相関関係と『因果関係』は全くの別物だという点にある。[p.128-129]」「『因果関係を証明する完全無欠で絶対確実な統計手法』などというものは存在しない、と、そういうふうに一旦割り切っておいた方がいい。[p.130]」「データ分析の真髄とは、データ内『観測された』変数やその値に現れるようなものではなく、データには『観測されていない』『目には見えない』何かについて、どれだけしっかり考え抜いたかにある。[p.139-140]」
・手法②対照実験:「研究対象が『小規模』であり、『多数』存在し、『独立』である(個人間の相関関係を気にしなくて良い)場合には、きわめて好都合なアプローチだろう。ただし、・・・『現実の企業』や『産業全体』を扱う場合には、実験そのものが構想しづらい。またそもそも『過去の歴史的な出来事』をやり直すことは出来ない、という悩みがある。[p.143-144]」
・手法③シミュレーション:「シミュレーションに難点があるとすれば、それは複雑な事象について『模擬』すべき『重要な』側面と『無視すべき』側面を決めた上で、各要素について、賢明な理論的・実証的分析を下準備するという必要があるので、『分析結果が研究者の力量に大きく左右される』点かもしれない。また、・・・あまりにも大きくて複雑なモデル(数式の集まり)を作ると、計算にかかる時間とコストが膨らんでしまう。[p.148]」

第6章、「ジレンマ」の解明――ステップ①…需要
・操作変数法を用いた統計分析により、HDDの「新製品(3.5インチ)と旧製品(5.25インチ)の間には、相当の代替性がある。具体的には、新製品が1%値下がりすると、旧製品を買う人が2.3%減る。つまり『新旧製品間の需要の弾力性は2.3』と判明した。・・・『新旧製品間の代替性が高い』のたから、共喰いによる『置換効果』が発生していてもおかしくない。[p.170]」

第7章、「ジレンマ」の解明――ステップ②…供給
・「『同質財の市場』に、『2社以上のメーカーが競争』していて、なおかつ『それなりの利益が出ている』という3つの事実を矛盾なく説明できるのは、クールノー氏の世界観だけだ。[p.185]」
・利益と企業数の関係(利潤関数)の推計結果から、「ライバルに先駆けてイノベーションに踏み切ることのメリット、そして、(ひょっとしたら)新製品を引っ提げて新規参入してくる(かもしれない)起業家・新参企業の脅威を未然に阻止することのメリット」は大きく、「『抜け駆け』の誘惑は相当大きいであろうことが判明した。[p.205]」

第8章、動学的感性を養おう
・「単純な理屈を『補助線』のように活用することで、『人々が実際に取った行動』(データ)から幸福度やコストを逆算し、現実世界の『行間』を読み取ることができる。『人々の趣味・好みを、実際の行動パターンから読み解く』というこの着眼点を、経済学用語では、『顕示選好の原則』という。[p.228]」

第9章、「ジレンマ」の解明――ステップ③・④…投資と反実仮想シミュレーション
・「『イノベーション能力が高い』とは、言い換えるなら『イノベーションのコストが低い』ということだ。・・・結果はどうだったかというと、・・・『素のイノベーション能力』だけを比べた場合、既存企業は、新参企業よりも優れているようなのだ。[p.248-249]」
・「需要・供給・投資の3パーツからなる『私たちの世界観』には『データ分析の肉付け』がなされ、『推計済の実証モデル』として完成した[p.251-252]」。反実仮想シミュレーションによって明らかになったのは、「『既存企業は、抜け駆けの誘惑に強く駆り立てられている』『イノベーション能力も、実はかなり高い』『にもかかわらず腰抜けなのは、主に共喰いのせいである』[p.261]」

第10章、ジレンマの「解決」(上)
・「よくよく調べてみると既存企業に欠けていたのは『能力』ではなく『意欲』の方だったらしい。[p.265-266]」
・「もしあなたにとって既存企業のサバイバルが最優先事項ならば、『しがらみ』がどうのと言っている場合ではない。新参企業と同じように考え、行動するしかない。・・・既存事業のしがらみを無視することが出来れば、新技術の実装と商業化を新参企業に近いペースで進めることは十分可能だ。創造的破壊の荒波を生き延びるためには、創造的『自己』破壊が必要である。それが正論というものであり、正直それ以上に言えることは少ない。[p.275]」「だから正論の『何がどう難しいのか?』についても明らかにしておこう。[p.276]」
・難問①冴えない新事業の育て方:「新部門を分社化し、旧部門との共喰いをも辞さない、というやり方について。・・・クリステンセン氏が提案したのが、新事業部を本社から独立させ、どこか遠く離れたところで社長直属のプロジェクトとしてカネと人材と権限を与えるというアイディアだった。・・・だが実際には『絵に描いた餅』に終わることが多い。・・・社内ベンチャー的な制度がよほど深く根付いた会社でもなければ、『意欲』と『能力』を兼ね備えた人材の投入は、無理な施策かもしれない。[p.276-277]」
・難問②「育たないものは、買ってくればいいじゃない?:「MAというと、英米流の企業経営では、花形手法として確立しているかのようなイメージがあるが、実際にはアメリカでも失敗の方が多い。・・・システマティックにターゲットを選び、接触し、きちんとアフターケア部隊まで設置している会社(そして、まがりなりにもM&Aの成功実績を重ねている会社)は、シスコ以外ではあまり聞いたことがない。[p.280]」
・難問③あなたは本当に旧部門を切れるのか?:「旧部門は不採算で足手まといになるかもしれない。問題は、自分の手で旧部門を切るだけの決断力や『容赦の無さ』があるかだ。[p.281]」
・難問④生き延びるためには、一旦死ぬ必要がある:「生まれ変わった明日のあなたが『今日までとは全くの別人』だとしたら、それは果たして『あなたが生き延びた』ことになるのだろうか?[p.284]」
・難問⑤経営陣と株主の「最適」は違う:「なぜ私たち株主は、既存企業のサバイバルを手放しで喜べないのか?それは経営陣や従業員が、(私たち株主の利益ではなく)彼ら自身の保身のために、私たちの貴重な年金をムダ使いしているからだ。・・・一つ確かなのは、投資先の既存企業が、製品間の共喰いを是認してわざわざ旧事業の死期を早めたりすれば、『旧事業用に投資してきた株主資本はムダになってしまう』ことだ。[p.276-287]」

第11章、ジレンマの解決(下)
・「『損切り』と『創業』。事の本質はこれだけである。・・・本当の問題はシンプルなのだから、現実から目を背けるのは止めて、死に直面する肚を決めよう。[p.290-291]」
・「私たちの発見は、次の3点に要約される。①既存企業は、たとえ有能で戦略的で合理的であったとしても、新旧技術や事業間の『共喰い』がある限り、新参企業ほどにはイノベーションに本気になれない。(イノベーターのジレンマの経済学的解明)、②この『ジレンマ』を解決して生き延びるには、何らかの形で『共喰い』を容認し、推進する必要があるが、それは『企業価値の最大化』という株主(つまり私たちの家計=投資家)にとっての利益に反する可能性がある。一概に良いこととは言えない。(創造的『自己』破壊のジレンマ)、③よくある『イノベーション促進政策』に大した効果は期待できないが、逆の言い方をすれば、現実のIT系産業は、丁度よい『競争と技術革新のバランス』で発展してきたことになる。これは社会的に喜ばしい事態である。(創造的破壊の真意)
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イノベーターのジレンマがなぜ起こるか、についてはクリステンセンの言う「不均等の意欲」によって既存企業にはやる気がない分野に新規参入企業が入っていくことがカギなのではないか、という印象を持っていましたが、本書に示された経済学的分析によると「共喰い」がその背景にある、という点は非常に興味深く感じました。既存企業が新技術に消極的な理由は細かく見ればいろいろと考えられるでしょうが、仮に「共喰い」がすべての根源であるなら、そこを何とかすれば、既存企業でも新技術をうまく扱えるようになるのではないか、とも思います。共喰いが代替性の高さに深く関係しているのであれば、ある技術を代替性の低い製品に使うようにすれば、既存企業であってもその技術の導入に積極的になれるかもしれないという気がします。つまり、クリステンセンの言う「新市場型破壊」であれば、既存企業にとっても少しは積極的に取り組めるのかもしれません。

本書で解説されている「解明」自体非常に興味深いですが、今までぼんやりとしか認識していなかったことがクリアになったことで、新しい発想も生まれてくることもあるように思います。現象を経済学的にきちんと分析する手法も進歩しているようですので、そうした知見をどう活かしていくか、ということが実務家に求められているように思いました。


文献1:伊神満、「イノベーターのジレンマの経済学的解明」、日経BP社、2018.


最先端のチーム運営とは(ショー著「エクストリーム・チームズ」より)

新しいビジネスを新しい形で立ち上げ急成長している企業の中には、その組織の運営方法においても新しい試みを活用しているところがあるようです。なかでも、チームワークの活用は、協力関係の重視や新たな発想の源としての期待もあって組織運営の方法として注目されているようですが、具体的な方法論は確立されているとは言えないように思います。研究開発においてもチーム運営は重要ですので、まずは、最先端企業の状況を知っておくのもよいのではないか、ということで、今回はショー著「エクストリーム・チームズ」[文献1]の内容をご紹介させていただくことにしました。

この本では、ホールフーズ、ピクサー、ザッポス、エアビーアンドビー、パタゴニア、ネットフリックス、アリババという、特色ある7つの新興企業が分析され、著者はその成功の秘訣を独特のチーム運営にあると見ているようです。こうした成功企業の分析においては様々な理由が成功の要因として挙げられうると思いますので、チーム運営「だけ」が成功の理由だというわけにはいかないとは思いますが、それぞれ特色ある組織運営をしていることは確かなようです。これからの時代のチーム運営にとって示唆に富む知見が含まれているように感じましたので、以下、本書の構成に沿って内容をまとめてみたいと思います。

はじめに、働き方に革命を
・「ホールフーズのチーム体制には、指針となる3つの信念がある。第1の信念は、人間がそもそも社会的な存在であること。小さな集団の一員となっているときに、人は一番居心地よく感じられる――とホールフーズは確信している。・・・仲間意識を持たせることがチーム制の狙いではない。能力と労働環境が適切に整ったチームなら、会社のために発揮する力も最大化できると考えているのだ。[p.12]」「第2の信念として、ホールフーズは、チームが最高の働きをするためには会社全体の統率管理も必要だと考えている。チームにはかなりの範囲で自由裁量権を認められているが、従わなければならない標準の手続きもいくつかあるのだ。[p.14]」「第3の信念として、ホールフーズは会社としてオープンであること、透明性を確保することの利点を信じている。戦略や業務に関する情報を社内で開示する『秘密なし』の環境作りを意識している。・・・対象は給料も例外ではない。[p.15]」「ホールフーズのチーム制と企業文化は、数十年にわたる試行錯誤を経て進化してきたものだ。[p.15]」「ここから学び取れる教訓がある――チームワークに関する何らかのアプローチを導入するためには、実験を重ねていく必要があるのだ。[p.16]」
・「チームワークは良いものだ。・・・チームの運営がうまくいっていれば、他社に対する競争優位になるのは間違いない。[p.16]」「ただし問題もある。チームのデザインとマネジメントというのは、きわめて複雑で難しく、創造性と徹底した努力を要するのだ。・・・基本的かつ一般的な失敗のパターンは、第1に、チーム制が必要でない場面――すなわち個人が取り組んだほうがいい業務に対し、チームを導入してしまうことだ。[p.17]」「たとえチーム制が適した場面だとしても、チーム制を成功に導くサポート(ボーナスなど)を導入していないことも多い。陥りやすい第2の失敗だ。[p.18]」「チーム制を賢く活用している企業は、決して手放しにチーム制を礼賛しているわけではなく、チームには本質的に負の性質も伴うことを理解している。たとえば研究で明らかになっているとおり、チームの一員になると熱心に働かなくなり、自分の努力不足を他のメンバーに補わせる者も出てくる。社会学者はこれを『フリーローダー(タカリ屋)』や『ソーシャルローフィング(社会的な手抜き)』と呼ぶ。・・・ホールフーズの場合は、パフォーマンスを判断する明確な指標と、チームレベルの報酬制度を整えることで、この問題を予防している。[p.20]」「陥りやすいもう一つの失敗として、『チーム制は働きやすい』という決めつけが生じることがある。・・・見過ごしやすいのだが、フレンドリーな職場はたいていの場合、きわめて過酷な労働環境でもあるのだ。有能な人材が仕事に対して執着やこだわりを抱き、高い成果を出すよう、自分と他人を厳しく追い込んでいくからである。[p.20-21]」
・「ピクサーのような企業は、一般的な会社と比べて、よりソフトでもあり、よりハードでもある。学術的には『共同関係』と『交換関係』という言葉で研究されている特徴だ。共同関係とは、見返りを期待しないサポートを基盤として成り立つ人間関係のことを言う。・・・たとえば家族は共同関係である。・・・それに対して交換関係のほうは、・・・ギブ&テイクを基盤として成り立つ。・・・企業はもっぱら交換関係だと言われる。[p.30]」「交換関係と共同関係は両立しないという見解を先に紹介したが、実は、成功している企業ほど、ハイブリッド型の関係が成り立っているのだ。独自のやり方で2種類の関係を巧みに混ぜ合わせ、両方の良いところを組み合わせている。[p.31]」
・「本書が注目する先鋭的な企業は・・・チーム制の持つポテンシャルを理解し、新たなアプローチを実験していこうという意欲がある。こうした企業で活躍しているチームのことを、私は『エクストリーム・チーム』と呼びたい。一般的な企業の先を行く大胆かつ新しいアプローチを果敢に取り入れているからだ。[p.33-34]」
・「先鋭的企業は、革新的な方法でチーム制を活用し、ライバルを打ち負かしている。こうした企業のエクストリーム・チームには5つのサクセス・プラクティスがある。1、チームメンバーが強い執着心を共有している、2,採用では能力よりも企業文化への適性を重視、3,少ない優先順位に焦点を絞りつつ、新たなアイデアを求めて焦点を広げる、4,ハードかつソフトな企業文化を築く、5,リスクと衝突に伴う気まずさを恐れない。[p.49]」

第1章、成果と人間関係の両立 大きなリスクに挑むチームだけが、大きく前進できる
・「まずは『成果』の定義から考えてみよう。『成果』を広くとらえるならば、それはチームが生み出す製品やサービスの恩恵を受ける存在が期待している内容を、チームがきちんと届けることを意味している。・・・たが、実際には、属している組織の期待に応えているか(特に組織を支配するリーダーの期待に応えているか)という問題にすりかわっている場合が多い。[p.73]」
・「社会学者のロバート・パットナムは・・・『社会関係資本』という言葉を使って、・・・さまざまな環境での人間関係の働きを説明した。社会関係資本とは、簡単に言えば『糊』だ。人と人をくっつけ、集団や組織や社会の機能が効果的に回るようにする。そして何より、この糊は利他的な行為を後押しする。[p.79]」「
たとえばチーム内で社会関係資本が貯まっていると、メンバーがお互いにまたは集団の成功のために協力するので、試練にぶつかったときにも耐えられる。社会関係資本の貯まっていないチームでは、メンバー間の結びつきが薄い、あるいはこじれているせいで、効果的な解決策を導き出す能力が損なわれ、逆境に遭うと崩れてしまう。・・・社会関係資本があるからといって成功が保証されるわけではない。だがチーム内・組織内の成功の可能性を高めることは確かだ。[p.79-80]」「社会関係資本は、次に挙げる3タイプの人間関係で構成されると本書は考えている。タイプ1【結束型】仲間のチームメンバーとの絆・・・共通の目標を持った仲間とのあいだに結束意識が生まれる。タイプ2【橋渡し型】他のチームとの連携・・・お互いが頼り合っていることを自覚して、良い関係の維持のために努力する。タイプ3【意義信頼型】組織またはリーダーに『ついていこう』という決意・・・会社やリーダーが示す価値観と信念を、社員が共有できるのが理想的だ。会社や、その存在意義に対して、心理的に投資をする気になる。[p.84-85]」
・「社会関係資本は、成果を出すことと比べれば、あまり重要ではないと考えられやすい・・・。そう見られる理由はいくつかある。第1の理由は、組織にとってはとにかく結果を出して生き残ることが最優先となるからだ。・・・第2の理由は、それが曖昧であること。・・・計画しにくく把握しにくい。第3の理由は、・・・報酬の対象とはならないこと。・・・第4の理由は、グループやチーム内の人間関係を適切に管理しようとすると、チームやリーダーにとっては負担の増加となることだ。・・・第5の理由として、リーダーによっては、人間的なつながりはむしろ邪魔になると考えている。人やプロジェクトに対して厳しい決断をしにくくなるからだ。[p.86-88]」
・「成果だけを過剰に強調しすぎれば、チームとチームのパフォーマンスを損なうだろう。・・・第1に、成果に固執する文化はチーム内の個人を疲弊させやすい。・・・重要なのは、非生産的な形で社員同士が競い合ったり、職を失う不安につねに怯えながら働いたりするような、ぎすぎすした企業文化にならずに、成果を出せるようにすることなのだ。・・・第2の理由として、倫理的・法的な境界線を踏み越えやすくなるという点がある。[p.92-94]」
・「人間関係を過剰に重視するのも、また考えものだ。・・・団結心の強すぎるチームの欠点その1は、集団思考に陥りやすいことだ。・・・欠点その2として、チーム内の難しい問題や異論の生じる課題を避けようとする傾向がある。・・・その3は、『身内』と『部外者』を分けたがる傾向が生じることだ。・・・その4として、人間関係の過剰な重視は心理的な負担につながる傾向がある。・・・人間関係の構築と維持に多大なエネルギーを擁するので、結果的に『共感疲労』と言われる状態になるというわけだ。[p.96-98]」
・「チームで成果と人間関係のバランスをとるにあたっては、基本的に2種類の危険性がある。一つは、どちらかを過剰に追求し、極端すぎる結果を招いてしまうことだ。[p.100]」「もう一種類の危険性は・・・成果も人間関係も中途半端に追求し、成長できなくなることだ。・・・先鋭的なチームでは、均衡の罠を避けて、成果と人間関係の両方を極限まで追求する。[p.103]」

第2章、執着心の共有 ビジネス以上、カルト未満
・「必要なのは『オールイン[ポーカーで手持ちのチップをすべて賭けること]』をする人材、すなわち仕事と会社に全力投球し、強い熱意を注ぐ人材だ。[p.121]」「チームや企業内に、執着するほど熱心な社員が一定数以上いなければ、大きな成功をつかむことはほぼありえない。やたらと固執するのは健全ではないかもしれないが、執着心は偉大な企業とチームの中核的な性質でもある。[p.122]」「先鋭的企業のリーダーたち・・・は、他人から見れば異様としか言えないほどの熱心さで、目標に向けて力を尽くし続けるのだ。・・・執着と言えるほどの強いこだわりは、ハイパフォーマンスに到達するために必要不可欠なものだ。[p.124]」「画期的と言われる製品には、決まって、仕事と製品に並々ならぬ愛情を抱く少数精鋭のチームがかかわっているのだ。[p.126]」
・「強い執着心は、3つの形で発生する。・・・1つ目が一番重要で、仕事そのものと、仕事の結果として完成する製品やサービスに対するこだわりだ。先鋭的企業とそのチームにいる人たちは、仕事を自分のアイデンティティの中心に位置づけている。[p.127]」「2つめは、企業を卓越した存在にしていくために全身全霊で打ち込む、すなわち心理的投資をしていこうとする点だ。・・・成果だけに執着すると、製品やサービスに比べて人間関係を軽視することになりやすい。先鋭的企業はこうしたアプローチの危険性を理解しており、社員には、企業文化に対しても同等の強さで執着することを期待するのだ。[p.130]」「3つめの形は、社会に貢献したいという強い願望を持つことだ。[p.133]」
・「執着心は『やり抜く力(グリット:Grit)』にもつながっている。やり抜く力とは、『一つの仕事に情熱を持ってかかわり、揺らぐことなく専念できる資質』のことで、執着心が生産的な形で行動になる場合を指す。[p.136]」
・「執着するチームは、一般的なチームと比べて、長所も短所もスケールが大きい。欠点なしで利点だけ選ぶことはできないのだ。たとえばチームがつねに何かに対して固執するため、間違った対象を追いかけてしまう可能性がある。みんなで執着していても、その内容が正しいとは限らない。・・・厄介なことに、チームに執着心があれば、こうしたマイナスの影響も多少なりと生じるのは避けられない。だから社員やチームが仕事に執着することを望まない企業が多いのだが、マイナスの大きさで言えば、『社員がただ仕事をこなすだけ』のほうが深刻だ。黒にも白にも振り切れないグレーでは勝利はつかめない。執着心こそが、大きな成果を生み出す基盤となるのである。[p.139]」

第3章、能力より適性 最高の人材を探そうとするな。ふさわしい人材を選べ
・「企業やチームの文化が強固であればあるほど、独特であればあるほど、そこにフィットするかどうかというのは大問題なのだ。[p.145]」
・「企業文化とは、『その会社でのものごとの進め方』だ。・・・これらは単なる社内の習慣ではなく、・・・『グループとして成功するためには何が必要か』など、根本的な認識と結びついている。[p.146-147]」
・「先鋭的企業とそのチームは、次に挙げる3つの面で企業文化に適するかどうかを判断し、採用判断を行う。1,会社の目的を信じているか・・・その会社の存在意義に対し、情熱または執着心を抱いているか。2,成果を出す能力はあるか、3,人間関係を築く能力はあるか、チーム内外と協力してやっていく意欲や気質を備えているか。[p.163]」
・「ハードルが高い業務であればあるほど、協力関係は必要不可欠だ。人を雇うといのは、一つのポジションに一人の個人を迎え入れるというだけの問題ではない。多様な能力、価値観、スタイルを持ったチームを形成するという意味なのだ。・・・メンバー同士が補い合い、チーム制の本領が発揮されるよう、相性のいいチームにしなければならない。だからといって、クローンの集まりにすべきだということにはならない。・・・メンバー同士の複製ではなく、お互いに足りない性質を併せ持つチームを形成する。[p.164-165]」

第4章、焦点を絞る。焦点を広げる 難しいのは「何をしないべきか」を知ることだ
・「優先事項が増えるのが良いこととは限らない。・・・どんな企業でも人と時間と資金は限られているのだから、成長戦略に照らして、最も投資効果の高い領域に集中する必要があるのだ。・・・優先事項の乱立は業務の足を引っ張る。全部を網羅して、たくさんの賭けをして、リスクを広げてしまう。[p.170]」
・「優先事項に向けて全員の足並みをそろえるためには、まず前提となる流れや背景(コンテクスト)について、共通認識を育てなければならない。[p.174]」「優先事項を整理し社内で周知するにあたっては、『何を土俵に載せないか』という判断にも共通認識が必要となる。[p.180]」
・「社員に『もっと多く』と求めるほうが全体的なパフォーマンスが伸びる――と信じているリーダーもいる。・・・この理屈の問題点は、社員が真に重要な領域に集中できないせいで、あるいはリソースが適切に配分されないせいで、一番肝心な成果が損なわれる可能性があることだ。同様の失敗として、優先事項が複雑すぎる場合もある。[p.183]」「優先事項を明確に定める際の第1の注意点として、シンプルで説明しやすい内容にするほうがよい。・・・これが第2の注意点につながってくる。目指す結果は具体的に、そして可能なら数字で計測できる条件も合わせて提示しておくことだ。・・・第3の注意点として、説明責任のことも考えておかなければならない。・・・次はオーナーに許される自由裁量権の範囲を定める。・・・第4の注意点として、進捗のレビュー方法を決めておく必要がある。[p.183-186]」
・「先鋭的企業とそのチームには、一つ矛盾に見える特徴がある。彼らはこのように焦点を絞りながらも、基幹事業の内外に広く目を向けて、新しいアイデアをあれこれと試そうとするのだ。狭い領域だけに重点を置き、幅広い実験をせずにいると、ビジネスが新たな機会や脅威に適応できない可能性があると察しているのである。[p.189]」「同様の傾向として、先鋭的企業は、失敗から早めに学んでいくことを奨励する。[p.197]」

5章、ハードかつソフトな企業文化 すべての偉大な文化は、矛盾を孕んでいる
・「企業経営にはハードエッジ(システムやプロセスなど、実行にかかわる部分、数値に表れる部分)とソフトエッジ(社内の信頼関係や、理念・情熱など)がある。そしてほとんどの企業は、ハードエッジか、それともソフトエッジか、どちらかに重心が傾いている。[p.202]」
・「重要な点として指摘したいのは、そもそも企業文化のベースに感情があるという点だ。[p.204]」「『その会社でのものごとの進め方、考え方』だけでなく、それ以上に、『その会社で働く私たちの感じ方』という部分が大きいのである。[p.205]」「企業文化とは、頭で考える認識と、感情を伴う体験、その2つを組み合わせたものだと考えることができる。先鋭的企業はこの両方を意識しているが、卓越したチームほど、職場環境における感情の側面を重視する傾向がある。[p.209]」「ミシガン大学教授キム・キャメロン・・・は、人の感じ方が会社の業績に及ぼす影響を研究し、ポジティブな職場環境を生み出している企業は全般的に業績が高いことを突き止めた。キャメロンが言う『ポジティブな環境』とは、人と人が互いに助け合い、ものごとがうまくいかないときにも互いのせいにせず、感謝と尊敬を持って接する雰囲気のことを言う。こうした心のあり方は、協力し合う能力、創造的な発想力、逆境から立ち直る力を伸ばすので、結果的に仕事の成果が伸びるのである。[p.210]」
・「本書に登場する先鋭的企業のチームは、さまざまな形で、次の・・・特性6つをすべて備えている。・・・オールイン・・・自由裁量権・・・情報の透明性・・・説明責任・・・楽しむ・・・共同関係[p.220-221]」

第6章、気まずさを恐れない 私が聞きたくないであろうことも、聞かせてちょうだい
・アリババの「マーの考えによると、大企業が往々にして伸び悩む理由は、『小さな白ウサギ文化』が広がってしまうからだ。仲間同士で仲良く固まって、お互いに挑み合おうとしない。そのせいでパフォーマンスが伸びず、会社として衰退していくというわけである。[p.244]」「社会学者アーヴィング・ゴッフマンが、社会的相互作用を支配する非公式なルールについての研究をしている。人間の行動を左右する最も強力なルールは、彼いわく『メンツを保つこと』だ。ゴッフマンが言う『メンツ』とは、人が文化の中で作り上げる自分の役割のことで、特に公共の場や集団において見せている自己像を指している。・・・ゴッフマンの考察によれば、人はそうした役割を全うするために熱心に努力し、そのとおりに見られているというお墨付きを他人に求める。その役割に疑いの目を向けられると、たちまち不安になり、たいてい人間関係が緊迫して、集団内で大きな問題につながる。これを避けるために、人は他人の自己認識もサポートする形で行動しようとする。社内やチームにおける相手の立場を守ってやろうとするというわけだ。[p.245-246]」
・「チームが生産的に衝突していくためには、次に挙げる要素が必要となる。1,衝突に伴う気まずさは必要であり、生産的なものだという理解。ハイパフォーマンスを妨げるのは衝突ではなく自己満足だ。2,大胆な目標を追求していこうという主体的責任感。それがチーム内に健全な緊張関係をもたらす。3,目標達成につなげるため、チームの衝突を、少数・必須の最も違いを生み出す領域に絞り込む能力、4,生産的にぶつかり合えるメンバーの性質やスキル。[p.259-260]」
・「チームが優れた意思決定をできるかどうかは、心理的安全性があるかどうかに左右される。心理的安全性とは、ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソンが中心となって完成させたコンセプトだ。革新性のあるチームほど、安心して自己表現や意見表明のできる雰囲気を巧みに作り上げているという。そうしたチームでは、仲間が自分の考えや感情や見解を理解し尊重してくれる、という安心感が生まれるのだ。[p.267]」

第7章、エクストリーム・チームを作る 冒険なきチームは衰退する
・新しくエクストリーム・チームを作ろうとする場合には、正しい目的、正しい人選、正しい優先順位、正しいチーム・プラクティスを明確にすることを著者は推薦しています。[p.278-284
・停滞したチームをエクストリーム・チームに立て直すには、まず「現在のパフォーマンスを客観的に査定」して「何がどう不振なのか把握」し、次に「チームのパフォーマンスが伸びない原因を特定する」ことを推薦しています。[p.284-290
・「チーム制には魅力が多い。チームのデザインとマネジメントが理想的に整っていれば、よそから模倣されにくい競争優位が生じる。だが、卓越したチームがなかなか存在しない理由は、そうしたチームの構築には厳しい代償が伴うからなのだ――組織とリーダーが、支配力を多少なりとも手放さなければならない。組織も、リーダーも、多くの場合は前例のないことを試したがらない。チームに自由を与えることで生じる不安や不確実性を好まない。一方で、チームのほうが、自由を与えられることで生じる責任を好まない場合もある。・・・だが、ビジネスや社会における優れた成果というものは、ほぼ例外なく、野心的な目標のために協力し合う小さな集団が生み出すものだ。リーダーの役目はチームのメンバーを選び、そして、メンバー自身が行けると思うよりも一歩先へと背中を押していくことだ。・・・最高のチームはお互いを支え合う。どんな人間でも、誰かと一緒に大きなことを達成したいという欲求を抱いているものだが、優れたチームはそのニーズを満たすのだ。・・・何か大きな目的のために邁進しようというときは、強く結ばれた仲間の存在が必要となる。エクストリーム・チームなら、それが叶うのだ。[p.295-296]」
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この本に取り上げられた7つの企業は、一般の企業から見たら特殊な例だと思います。その企業でエクストリーム・チームがうまく機能していたとしても、その特徴をそのまま一般の企業に適用できるものかどうか、という疑問はあるでしょう。また、研究開発という仕事も新興企業の立ち上げとは異なる側面を持っているでしょう。しかし、これらの事例には、チーム運営の方法についてのヒントが多く示されていることは間違いないと思います。本書の手法について特に印象的だったのは、メンバーのやる気を引き出し、その方向を揃えつつ、個性を活かす手法です。研究開発に限らず、チームで仕事に取り組む意味は今後も大きくなっていくのではないでしょうか。チームが機能するメカニズムについての知見の発展には今後も注目していきたいと思います。


文献1:Robert Bruce Shaw, 2017、ロバート・ブルース・ショー著、上原裕美子訳、「エクストリーム・チームズ アップル、グーグルに続く次世代最先端企業の成功の秘訣」、すばる舎、2017.
原著表題:Extreme Teams: Why Pixar, Netflix, Airbnb, and Other Cutting-Edge Companies Succeed Where Most Fail


「人工知能時代に生き残る会社は、ここが違う!」(サリヴァン、ズタヴァーン著)より

ビッグデータやAIの活用が、人々の活動に大きな影響を与えつつあることは最早間違いのないことのように思います。未知のことに挑戦し、将来をよりよくしていくことが研究者の責務の一つであるとすれば、こうした技術の流れを無視することはできないでしょう。しかし、AIの活用にはどんな課題があり、どのように使いこなしていくべきかという問題についてはまだ手探りのところも多いような気がします。

今回は、サリヴァン、ズタヴァーン著「人工知能時代に生き残る会社は、ここが違う! リーダーの発想と情熱がデータをチャンスに変える」[文献1]から、AI活用の問題を考える上で参考になりそうな内容のポイントをまとめてみたいと思います。著者は、アメリカのコンサルティング会社、ブーズ・アレン・ハミルトンでデータサイエンス関連の業務に携わっている方で、単なるAIへの期待ではなく、機械と人間がどう協力していくべきかという視点も含めて議論がなされており、安直な未来予測とは異なり企業の実務家にも役立つ指摘がなされていると感じました。以下、興味深い点をまとめたいと思います。

はじめに:マセマティカル・コーポレーションの巨大なる知性(ビッグマインド)
・「マシンインテリジェンス(機械知能。MI)を利用すれば、これまで覆い隠されていて不明瞭だったいくつもの規則性、変則性、あるいは関連性が見えてくる。だが、この能力は技術だけに由来するものではない。それは新たなかたちのリーダーシップの結果でもある。こういうリーダーシップこそが、我々が長いあいだとらわれてきた考え、とりわけ、『最善の決断は常に直感と経験に基づいている』という頑なな信念による制約を打ち破り、暗闇を照らす。・・・数百もの組織を調べた結果、未来で成功する組織モデルの構築に必要な要素を抽出することができた。私たちはそうした新たな組織を『マセマティカル・コーポレーション(MI活用組織)』と名付けた。[p.9]」
・「決して、人間がリーダーシップの役割をいずれマシンに明け渡すという意味ではない。むしろ、その逆である。マシンがそのレベルに到達するまでの道のりは、まだまだ遠い。マセマティカル・コーポレーションは、人間だけが持つ資質をより高いレベルで活用するために、新しく刺激的な方法を提供する組織だ。つまり、デジタル世界のマシンによる人間の思考とよく似た作業によって、我々が実世界で役立てたい高度な人間の創意工夫を生み出すということである。とはいえ、この絶妙な組み合わせによる便益を実現できるのは、各マシンの作業結果を組み合わせて、可能性を引き出す方法を身につけたリーダーだけだ。そのために必要なのは、自身の成長と組織の改革である。両者なしには、マセマティカル・コーポレーションを成功させることはできない。[p.19]」

第1章:秘められた世界-埋もれている細かさを攻略する
・「マシンインテリジェンスという新たな時代で利益を生むために必要なものは何だろうか?・・・従来、人間の思考は、理解を助ける道具として手に入る技術の水準に縛られてきた。・・・データサイエンスというツールに人間の見識、創造性、革新的な思考を組み合わせれば、我々は現実を深く細かく具現化してまったく別の視点を手に入れ、新たな問いを立てることができる。[p.38]」
・「これからのコンピュータは協力し合う仲間として、我々が働いて暮らしている複雑なシステムの新事実を発見するための道筋を示してくれるだろう。[p.54]」「世界が変化してデジタルデータエコシステム(デジタルデータを共有しながら発展する社会)が生まれているなか、我々には複雑さを活用して人間の能力の新段階を目指すという選択肢が与えられるだろう。だが、それはあくまでマシンと連携した場合のみだ。[p.69]」

第2章:類いまれな連携-マシンと人の知性を融合させる
・「人間の認知能力」として「心理学者エドウィン・フライシュマンが挙げた21の能力を本書の目的に沿って再編し、それぞれが5つの項目からなる2つのグループに分けた。[p.78]」マシンが得意とする能力は、「言語の理解と言語による表現」「詳細や規則性の把握」「数値演算処理」「記憶」「情報の記録と整理」。人間の頭脳が勝っている能力は、「想像」「創造」「演繹的推論」「帰納的推論」「問題解決手法の構築」[p.79]」
・「技術者たちは人間のように考えて行動するマシンの開発に力を注いでいるが、マシンが本物の人間を模倣できるようになるのは、はるか先のことだ。とりわけ、我々の日々の原動力となる熱い思いは、とうてい真似できない。[p.115]」「高い理想をかなえようと必死で努力する。負けつづけても根性で困難を跳ね返す。実現不可能に思える発想を信じる。マシンはそんな数字では表せない衝動や憧れの気持ちを、人間から奪い取ることはできない。・・・熱い思いは世界をよりよい方向へ一変させる。我々はこの思いによって、貴重な何かを達成できるのだ。[p.116]」

第3章:不可能を可能にする問いかけ-制約があるという思い込み
・「本章では、もはや意味のない6つの制約を、我々が自身に課していることを示していく。・・・マセマティカル・コーポレーションの時代には、人は6つのガラスの箱を叩き割って飛び出し、自由の身になることによって、答えを出すのは不可能と思われていた問いを新たなかたちで立て直して、答えを見つけられる。[p.121]」
・「我々が自分の目の前につくる第一の壁は、世の中を枠にはめてしまうことだ。[p.121]」「第二の壁は、発見への取り組み方である。我々はおおむね、演繹的推論を使おうとする。つまり、真実を基に仮説を立て、それが正しいかどうかデータを検証して確認する。・・・一方、仕事の現場で帰納的推論を使うことはあまりない。・・・だが、マシンインテリジェンスを活用すれば帰納的推論を使う機会が増え、人間の知からだけでは見つけられなかった見識を手に入れられるだろう。[p.128]」「手持ちのデータを利用するのが最も有利だと思い込むという第三の制約を打ち破れば、何かを発見しようとする作業の重要性は、急速に上昇する。[p.133]」「限られた視野しか持たない人間に委ねてしまう[p.139]」「根拠よりも直感を優先させることは、リーダーがマシンインテリジェンスから最大の恩恵を受けることに対する、もうひとつの制約となっている。[p.144]」「多くのリーダーにとっての最大の心理的制約は、ひとつの問題解決法に固執してしまうことかもしれない。・・・一度で答えを出そうとするやり方はたいてい、あまりに狭量で近視眼的だ。[p.151-152]」

第4章、不可能を可能にする技術-最新の技術を使いこなす
・「問題は、組織は複雑なシステムに関する重要なデータを入手するために何ができるか、いや、何をやらなければならないかということだ。[p.164]」「現代の社会は・・・ありとあらゆる種類のデータを収集するデジタル機器が急増している。・・・多くのリアルタイムシステムから、新しい種類のデータが登場している。爆発的に増えるデータ量と、組織の垣根を越えて外部のデータがかつてないほど手に入りやすくなったことを組み合わせれば、発見、予測、最適化のとうてい放っておけないチャンスをつかめるだろう。[p.168]」「データレイクでは・・・データを説明する『メタタグ』というラベルがつけられている。・・・データレイクの第一の大きな利点は、検索や分析に役立つラベルであるメタタグを、各要素にいくつでもつけられるということだ。[p.170]」「一般的には、あらゆるデータを保存しておくためには、保管料が余計にかかってしまう。だが、この形式を利用すれば、思いがけない見識を手に入れる可能性を残しておける。[p.172]」「次は分析に向けたデータの準備だ。・・・各種のアルゴリズムを用いて、データの整理や訂正をする(データクリーニング)作業である。・・・データクリーニングにおけるさらなる注意点は、データの信頼性だ。・・・データを扱うときの基準となる『ごみを入れれば、ごみしか出てこない』の原則は、依然として的を射ている。[p.173]」「関係性を見つけるためのアルゴリズムの種類は、多岐にわたっている。最も簡単な例を次に紹介する。クラスタリング・・・回帰・・・分類・・・配列[p.179-180]」「事例によっては、マシンは人間にブラックボックス化された論理、つまり経緯の説明なしに結果だけを受け入れるよう迫ってくる。しかし、人間の思考回路は、結論に到達するために使われた論理を理解せずに、結果を受け入れるようにはできていない。[p.183]」「機械学習は、人間にとって従来の筋道をたどることができない例である。[p.184]」「通常データ準備と分析ツールの威力は、可視化というもうひとつのソフトウェア要素と組み合わせて初めて明らかになる。[p.192]」「最も気をつけなければならない落とし穴は、技術を先に導入してしまうことだ。組織は使い道を検討する以前に、データ準備、管理、分析、可視化用のツールに魅了されてしまうことがある。ツールを購入しさえすれば、宝を掘り当てられるだろうと思い込んでしまうのだ。だが実際には、探索を先導するうえで今なお欠かせないのは、リーダーの人間としての能力と理解力だ。手に入る技術の種類は増えたが、技術の特化も進んでいる。技術の導入でお粗末な選択をすれば、将来の組織に何の価値もないインフラがいとも簡単につくり出されてしまうことになる。[p.198]」

第5章:不可能を可能にする戦略-新たな「大きなもの」を生み出す
・「不可能を可能にする戦略を考えるにあたり、次の4つの問いかけを行ってみてほしい。(1)自身のマセマティカル・コーポレーションを、どんなエコシステムのなかで運営するのか?(2)解決不可能とされているどの問題を解決できれば、あらゆるものを一変させられるだろうか?(3)どういった『不可能を可能にする』解決策が考えられるか?(4)解決策を検証して、失敗から学ぶための最も優れた方法は何だろうか?実際の取り組みは、一直線に進むわけではない。4つのステップを経て、その後試作(プロトタイプ)と検証をひと通り行ったら、再び検証実験を繰り返すことになる。[p.206-207]」「多くの問いを立てるためのエネルギーや意欲はどこから湧いてくるのだろうか?・・・好奇心。それが鍵となる要因Xの答えだ。・・・好奇心を人間の創意工夫、マシンの学習、推測、検証を行う能力と組み合わせれば、誰もが賛同する、不可能を可能にする戦略を見つけて実行する力を身につけることができる。[p.236]」

第6章:力を広める-実現のとき
・「リーダーがマセマティカル・コーポレーションの構想を実現するための有効な手立てをいくつか紹介しよう。・・・『構想を広める』『組織文化の改革を引き起こす』『才能を開発する』の三つは、他のどんな手立てよりも効果が高いことがわかっている。[p.244]」「マセマティカル・コーポレーションが成功するためには、リーダーは組織のどの階級においても、次の3つの目標を達成しなければならない。第一の目標は、『間違う権利』を守るという意識を浸透させること。第二の目標は、・・・多種多様なチームを組んで仕事を進めること。三つめは、成功例を語って、マシンインテリジェンスの影響力を広めることである。[p.251]」「不可能を可能にする戦略の遂行における第三の大きな課題は、優秀な人材を発掘することだ。[p.268]」「最も重要な特徴は・・・失敗を乗り越えられる柔軟性と、古いアイデアを捨てて新しい手法を試そうとする意欲だ。[p.270]」

第7章:善か悪か。議論は突然涌き起こる-不可能を可能にする戦略と倫理
・「倫理的な意思決定の試金石として利用できる、二つの主要な学派の倫理的推論がある。すなわち、行動に基づく推論では、行動が正しいか間違っているかの判断の基準は行動自体にあり、他の要因とは切り離して考える・・・。帰結に基づいた推論では、行動が間違っているかどうかは将来の結果にかかっている。功利主義と呼ばれる、最大多数の最大幸福をもたらす判断は倫理的と考えられている。[p.290]」
・「倫理的な問題の対処にどの倫理的推論を使うかを事前に決めておくために、次の4つについて考えることを強く勧める。データの取り扱いにおける透明性、プライバシーの保護、データの所有権、データの機密保護[p.291-292]」

第8章:不可能を可能にする解決策-社会の最大の問いに答える
・「伝統を打ち破る変化を起こすためには、次の4つの点で変わらなければならない。世界規模の問題を、自分のものとして捉える。保有している大量のデータの価値をより多くの精鋭に見つけてもらうため、データを公開する。組織の使命が世界規模の使命にどう関わっているかを理解する。企業の価値観や目的と方向性が一致する、優先度の高い慈善目的を追求する方法を考える。[p.330-331]」
・「マシンインテリジェンスの未来力を手に入れるために必要な基本的な変化は、過去のリーダーのやり方を前に進めても起こらない。新しく生まれたマセマティカル・コーポレーションのリーダーとしての手法を身につけ、使いこなすことで変化が訪れるのだ。これが、あと何年かのちに、不可能を可能にする方法である。[p.361]」

おわりに:-直感に逆らう
・「本書によって、マセマティカル・コーポレーションを率いるためのリーダーの能力を、より迅速に身につけてもらえたら幸いだ。・・・新しい原則のなかでも、私たちがとくに気に入っている、絶対に忘れてはならないポイントがいくつかある。・・・ここで改めていくつか紹介しよう。複雑さは重荷ではなく恩恵である・・・マシンは直感より信頼できる・・・マシンモデルはメンタルモデルより優れている・・・解決策に理屈はいらない・・・与えることで価値を創造する・・・経験なしで飛躍する・・・完璧なスタートはそうでないものに勝てない[p.365-368]」
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AI
やデータサイエンスの効能が喧伝されるとともに、それですべての問題が解決できるかのような錯覚にとらわれてしまう場合もあるように思います。しかし、実際は、著者が指摘しているように、機械と人間が互いの能力のよいところを組み合わせてデータを使うようにしない限り、大きな成果は得られないのではないでしょうか。それには当然、マネジメント上の困難もあるはずです。データサイエンスは現在も発展途中の技術だと思いますので、これからも姿を変え、著者の指摘の妥当性も変わっていくかもしれませんが、著者の考え方は実務家にとっても示唆に富んだもののように思いますがいかがでしょうか。


文献1:Josh Sullivan, Angela Zutavern, 2017、ジョシュ・サリヴァン、アンジェラ・ズタヴァーン著、尼丁智津子訳、「人工知能時代に生き残る会社は、ここが違う! リーダーの発想と情熱がデータをチャンスに変える」、集英社、2018.
原著表題:The Mathematical Corporation: Where Machine Intelligence [+] Human Ingenuity Achieve the Impossible


「BLUE OCEAN SHIFT」(キム、モボルニュ著)より

ビジネスにおいて競争の激しい分野をレッド・オーシャン、競争のない分野をブルー・オーシャンと呼び、ブルー・オーシャンで活動すること、ブルー・オーシャンを創造していくことが重要だとする考え方は広く知られていると思います。競争がなければ成功しやすいだろうことは直感的にわかりやすいですし、競争に勝つことが経営戦略のポイントだとする考え方に一石を投ずる意味あいもあって、この考え方は多くの方の支持を得ているようですが、ブルー・オーシャンであるというだけで成功が保証されるものなのか、ブルー・オーシャンは永遠にブルーでいられるのか、など、実践の立場としては疑問がないわけではないと思います。

今回は、2005年に「ブルー・オーシャン戦略」を出版したキム、モボルニュによる、その続編ともいえる「BLUE OCEAN SHIFT ブルー・オーシャン・シフト」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。本書では、ブルー・オーシャンをいかに見つけ、作り出すかという手法に重点をおいて述べられていて、実務の役に立つ点も多いと感じましたので、そのような点を中心に以下にまとめてみたいと思います。

第1部、ブルー・オーシャン・シフト
第1章、至高の先へ

・「ブルー・オーシャン・シフトは、血みどろの競争が展開する非情な市場、つまり多くのサメが棲むレッド・オーシャンから、競争のない新規市場、すなわちブルー・オーシャンへと、人々と一緒に移行するための、体系的な行程なのである。[p.7]」
・ブルー・オーシャン・シフトを成功させる3つのカギ:1,「ブルー・オーシャンの視点:人々の視野を広げ正しい方向へと導く」、2,「市場創造ツールと活用指針:創造性を培い、新たな価値コスト・フロンティアを開拓するためのツールとその使い方、3,人間らしいプロセス:効果的な実行に向けて、皆が一人称でプロセスに取り組み推進していけるよう、自信を培い強めていく」[p.27]」「アメとムチや組織改編にはそれぞれ役割があるが、大胆な変革を起こすうえで不可欠な自信を人々に植え付ける効果は乏しい。[p.24]」
第2章、市場創造戦略の基本
・「我々は『攪乱的創造』(disruptive creation)という造語を考案した。幅広い意味を持つこの造語は、代替によって生じる市場創造機会を、部分的にではなくすべて包含する。攪乱的創造は、創造的破壊と攪乱的イノベーション、どちらに起因するにせよ重要ではあるが、市場創造機会はこれだけではない。我々の研究が示すように、既存市場を攪乱せずに新規市場が生まれた事例は多々ある。[p.35-36]」(筆者注:本書ではdestructiveという用語との区別のため、クリステンセンの破壊的イノベーション(disruptive innovation)を「攪乱的イノベーション」と訳しています。[p.54訳者注])
・「研究からは、市場創造戦略ひいてはブルー・オーシャン・シフトの実行には、三つの基本手法があることが判明した。業界の長年の懸案を打開する解決策を示す、業界の長年の懸案を再定義したうえで解決する、真新しい問題を見つけて解決するか、真新しい事業機会を掴み取る[p.41]」「業界の従来からの課題に打開策を提供すると、一般に攪乱的創造が実現する。真新しい課題を見つけて解決したり、真新しい事業機会を掴み取ったりすると、たいていは非攪乱的創造が起きる。そして、既存の課題を再定義して解決するには、攪乱的と非攪乱的、両方の創造の特徴を活かすことになる。[p.47]」「実のところ、優れた市場創造戦略は往々にして、技術イノベーションにはまったく頼らない。[p.49]」
第3章、ブルー・オーシャン戦略家の発想
・「ブルー・オーシャン戦略家は、業界の置かれた状況を当然だとは見なさず、むしろ、自分たちに有利に変えようとする。[p.64]」「競合他社を叩きのめそうとはしない。彼らの狙いはむしろ、競争を無意味にすることである。[p.68]」「既存顧客の奪い合いではなく、新たな需要の創造と確保に注力する。[p.70]」「差別化と低コストを同時に追求する。価値とコストのどちらかを選ぶのではなく、二兎を追うのである。[p.72]」
第4章、人間らしさ、自信、創造性Humanness, Confidence, and Creative Competence
・「人間は逆説に満ちた存在である。変化を起こしたいと切望する。・・・ただし、それと同時にたいていの人は『できないのではないか』と不安を抱く。不安を取り除く必要があるのだ。・・・組織においては、隙を見せたり、自分の殻を破ったりすると、たいてい『地位、尊敬、安全、権力を失うのではないか』という不安が湧いてくる。このため、私たちは可能性を探るのではなく、現実にしがみつく傾向がある。[p.75]」「こうした人間の根本的な真実に対処しなかったり、ないものとして扱ったりするせいで、創造性や革新性の向上を目指す変革の努力や試みは失敗続きなのである。そのような施策は、『人間らしさ』を意識してプロセスに組み入れていない。[p.76]」
・「ブルー・オーシャン・シフトのプロセスには、行動への自信を培う助けになるよう、人間らしさのさまざまな側面に対応した三つの要素が組み込まれている。細分化、体験に基づく発見、公正なプロセスである。[p.78]」「ブルー・オーシャン・シフトの実践は、市場へのアプローチの大胆な変更を意味するが、あえて、組織内ではそう受け取られないよう配慮している。目標があまりに遠大で斬新だと分かっているからだ。[p.78]」「取り組み全体を小さな具体的ステップに分けて、少しずつ前進しながら自信を引き出し、深めていくのである。・・・我々はこれを『細分化』(atomization)と呼んでいる。[p.79]」「組織においてたいていの人が目にし、真実として受け止めているのは、競争の熾烈なレッド・オーシャンであり、これが感性と理性、両方にとっての避難先である。このため、たとえ望ましくないと分かっていても、レッド・オーシャンにしがみついてしまう。・・・『既存戦略をどう変える必要があるか』と質問して人々の世界観に挑むのは、以上のような自然な傾向に反する。・・・我々の研究から得られた答えは、『人々が変革の必要性を、誰かから教わるのではなくみずからの体験から悟るような状況を、生み出す』というものだ。[p.80]」「公正なプロセスは、私たちの人間としての本質的な部分に関わるものである。信頼という贈り物をくれ、緊張を解き、熱意や自発的な協力を引き出してくれる。[p.81-82]」「公正なプロセスとは要するに、・・・関与、説明、明快な期待内容に凝縮される。・・・関与とは、戦略的判断に皆を積極的に巻き込むという意味である。・・・説明とは、ブルー・オーシャン・シフトのプロセスや各ステップの戦略判断の基本をなす考え方を、分りやすく説くということだ。・・・明快な期待内容は、・・・何を期待できるのか、役割と責任は何かを、皆にはっきり説明するのだ。[p.82]」「公正なプロセスを通して『自分は尊重されている』と知ると、心の奥底で何かのスイッチが入る。公正なプロセスにより、私たちは理性的になる。性急な判断を避けて信用を築き、他者の意見に耳を傾け、学習と比較をし、貢献するようになる。さもないと、侮辱されたと感じて、内心では他人の意見など受け入れまいと誓いながら、表向きは受け入れる素振りをいとも容易にしてしまう。[p.83]」

第2部、ブルー・オーシャン・シフトの5つのステップ
STEP
 1、準備に取り掛かる

第5章、出発地点を決める
・「ブルー・オーシャンの創造に乗り出すに当たっては、必ず『何から始めるか』が問題になる。・・・つまり、どの事業または製品・サービスに挑むかを見極めるのだ。[p.99]」
・「複雑な組織でもブルー・オーシャン戦略の対象範囲を決められるよう、PMSマップ(pioneer-migratior-settler map)・・・を考案した。[p.100]」「『買い手にどれだけ革新的な価値を提供しているか』という切り口で製品やサービスを品定めすると、自社のポートフォリオがいかに戦略的に脆弱ないし健全であるか、本当の姿が見えてくる。・・・これを探るために、PMSマップには以下の3つのセグメントが用意されている。[p.102]」「パイオニア:バリュー・イノベーションを体現する事業や製品・サービスを指し、その購入者や利用者は顧客ではなく愛好者(ファン)と呼ぶにふさわしい。かつてない素晴らしい価値を提供し、新たな価値コスト・フロンティアを買いたくする、ポートフォリオ刷新のカギを握る存在である。戦略は競合他社と一線を画し、利益を伴う力強い成長が見込まれる。安住者(settler):パイオニアの対極をなし、顧客にもたらす価値は二番煎じによるものである。製品や価格を少しずつ変える競争手法をとり、戦略は同業他社と横並びである。業界自体が成長し利益を上げていない限り、大きな成長は見込めない。移行者(migrator):パイオニアと安住者の間に位置する。競合他社よりも優れた価値を提供し、業界内で最高水準かもしれないが、『革新的』と呼べるほどではない。[p.103]」「ポートフォリオを強固にするには、健全なパイオニアが必要だが、その反面、市場の期待に応えたり経営資源を準備するために、安定的な売り上げも求められる。この点で大きな付加価値をもたらすのが安住者と移行者である。[p.117]」「理想的には、以下の四つの基準すべて(あるいは最も多くの基準)を満たす事業ないし製品・サービスを選ぶとよい。第一の基準は、安住者または安住者に非常に近い移行者であり、現在はレッド・オーシャンで競争していることだ。第二の基準として、責任者がレッド・オーシャンからの脱出を強く願い、そのためには戦略の抜本的な最高が不可欠だと認識していること。・・・第三の基準は、他に大きな施策が進行していないことである。・・・第四の基準は、事業や製品、サービスが背水の陣を敷いていることである。[p.118-119]」
第6章、望ましいブルー・オーシャン・チームの構築
・「誰をチームに入れるべきだろうか。・・・全体で10~15人のチームを目指すべきである。少なくとも、主な職能部門すべてが人材を出し、貢献の機会を得て、変革の必要性を実感する必要がある。[p.125-126]」「彼らは変革の各ステップにおいて、自分の属する職能部門や階層とのパイプ役を果たし、チームの最新の知見をみずから広める。こうして知見が信頼され、変革プロセスの健全性が証明される。[p.127]」

STEP
 2、現状を知る
第7章、現状を明確にする

・「戦略キャンバスは、自社の製品・サービスが何にどれくらい力を入れているかを、他社製品と比較、分析し、一枚にビジュアル化したものである。[p.139]」「現状の戦略キャンバスを作成するために、最小で5つ、最大で12の競争要因を特定しよう。[p.147]」「比較対象とする企業を選んだら、次は、自社と他社の事業ないし製品・サービスが各競争要因をどれだけ提供しているかを評価する。・・・1は『非常に低い』、3は『平均』、5は『非常に高い』というような、5段階のリッカート尺度(あるいはその派生形)を用いて、競争要因ごとに自社と他社の製品を評価する[p.153]」
・「現状の戦略キャンバスが出来上がったら、競争の現状、業界の前提、既存企業の戦略の類似度合いが、その一枚の図から見てとれる。[p.162]」

STEP
 3、目的地を思い描く
第8章、業界の規模拡大を妨げる苦痛を探り当てる

・「苦痛とは・・・事業、製品、サービスの特徴のうち、買い手が意識しているかどうかは別として我慢せざるを得ず、買い手にとっての効用を減らしたり、あまりに不便であるため非顧客層を代替物に向かわせたりするものを指す。・・・苦痛は制約にはならない。競争状況を変えるための紛れもない機会なのである。[p.166-167]」
・「買い手の効用マップは、『自分たちの業界を含むほぼすべての業界が、解決すべき大きな問題を抱えている』という気づきを引き出す役割を果たす。・・・まずは顧客経験の全体を概観する。・・・顧客経験は6つのステージに分けることができ、概ね、購入、納品、使用、併用(製品を使う際に必要となる他の製品やサービスとの併用)、保守管理、廃棄という順序を辿る。[p.169]」「買い手の効用マップは、効用を高めるために使用可能な主なテコ(手段)をも示す。横軸に顧客経験の6つのステージが並ぶのに対して、縦軸には6つのテコが並び、全体として36の『効用スペース』ができる。[p.171]」顧客の生産性、シンプルさ、利便性、リスク低減、楽しさや好ましいイメージ、環境への優しさ、が挙げられています。「効用を妨げる要因が見えてきたら、問題が明らかになった欄に『×』を記入していこう。・・・仕上げに、業界が重視する分野に『』を記入しよう。[p.176-177]」「呆れるほど多くの組織が、顧客経験の全体像あるいはその途中で顧客が感じる不便や苦痛について、幅広く理解せずにいる。[p.182]」
第9章、非顧客層の海を見つけ出す
・「我々は非顧客層の3つのグループを定義、特定するためのフレームワークを開発した。[p.193]」「非顧客層の第1グループは、すぐにでも離反しかねない顧客全体を指す。仕方なくあなたの業界の製品やサービスを購入しているだけで、望んでそうしているのではない。[p.194]」「非顧客層の第2グループは、あなたの業界の製品やサービスについて、あえて検討したうえで購入や利用を控えるという結論を出した人や企業を指す。つまり、拒絶しているのだ。理由は、別の業界がよりよくニーズに応えているか、あなたの業界の価格水準が高すぎて手が出ないか、どちらかだろう。[p.195-196]」「第3グループの『未開拓の』非顧客層は、現状では一見したところ無関係な市場にいる。[p.194]」「目的は、非顧客層の各グループを構成するのは主にどのような人または組織なのか、チーム全体の見解を引き出すことである。[p.204]」

STEP
 4、目的地への道筋を見つける
第10章、市場の境界を体系的に引き直す

・「6つのパスというフレームワークは、市場を見るためのレンズを変えて、新しい価値コスト・フロンティアを開拓するための、6つの体系的な手法からなる[p.220]」
・「パス1:代替業界に学ぶ・・・このパスの狙いは、・・・同じ目的のために非顧客層が頼る解決策や業界を数え上げることである。重要なのは業界内の代替案ではなく代替業界である。[p.222]」「ここでの狙いは、自分たちの業界ではなく別の業界の製品やサービスが選ばれる理由を掘り下げ、購入の決め手となる要素をうまく組み合わせる方法を探し、他の要素は減らすか取り除くかして、新しい市場空間を開拓することである。[p.223]」「パス2:業界内のほかの戦略グループから学ぶ[p.225]」「パス3:別の買い手グループに目を向ける・・・誰が購入判断に関わるかを考える際には、現在は無関係だがこれから判断プロセスに関わる可能性がある、潜在的な影響者を考慮すると有意義である。小売店は、複雑な購入判断に関わる場合があるが、往々にして見過ごされている。[p.230]」「パス4:補完財や補完サービスを見渡す・・・顧客が求めるトータル・ソリューションを見渡して、製品やサービスの価値を増減させる補完財や補完サービスについて理解する[p.232]」「パス5:機能志向と感性志向を切り替える[p.236]」「パス6:外部トレンドの形成に加わる・・・環境変化に応じて顧客が重視するものがどう変わるか、それによって長期的に企業のビジネスモデルにどのような影響が及ぶかを探るとよい[p.239-240]」
第11章、代替となるブルー・オーシャン戦略の立案
・「4つのアクションという分析枠組みを紹介する。この枠組みを用いると、チームが市場調査を通して突き止めた事柄を、差別化と低コスト両方を実現するための、具体的行動につながる戦略オプションへ落とし込むことができる。[p.252]」
・「取り除く:業界常識として製品やサービスに備わっている要素のうち、取り除くべき物は何か」「減らす:業界標準と比べて大胆に減らすべき要素は何か」「増やす:業界標準と比べて大胆に増やすべき要素は何か」「創造する:業界でこれまで提供されていない、今後創造すべき要素は何か」[p.253

STEP
 5、戦略を絞り込み、実行に移す
第12章、ブルー・オーシャン戦略の選択と短期の市場テスト

・「実行に向けて戦略を絞り込むには、ブルー・オーシャン見本市を開催するとよい。・・・このイベントでは、チームが考案した戦略案について、公開の場でフィードバックや評価を募る。それをもとにどの戦略案を実行に移すかを決め、新しい価値コスト・フロンティアを開拓するには、どういった点を改善ないし克服する必要があるかを見極めるのだ。[p.275]」
・「ブルー・オーシャン・チームに対しては、・・・顧客になってほしい潜在顧客層を対象に最終候補製品の試作品を使って短期の市場テストを行うよう、せひとも要請すべきである。[p.296]」
第13章、ブルー・オーシャン戦略の完成と実行
・「次はビジネスモデルを完成させる番である。その目的は全体像を示すことにある。つまり、戦略の価値やコストが、どう顧客にとっての有用性を飛躍的に高め、自社に利益あるい力強い成長をもたらすのか、その経済ロジックを説明するのだ。[p.298]」
・「最初は小さく始め、その後スピードを上げて規模を拡大するのが、最も賢明な展開戦略である。[p.315]」

むすび:国家によるブルー・オーシャン・シフトの実例
・マレーシア・ブルー・オーシャン戦略研究所(MBOSI)の例、「マレーシア政府は2009年以降、合計100以上のブルー・オーシャン施策を始動[p.329]」

付録:日本企業での事例:ニューズピックス、JINS、ソラコム、パーク24(ムーギー・キム、川上智子、ミ・ジ)
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ブルー・オーシャン戦略を考える場合、クリステンセンの破壊的イノベーションとの違いはやはりひとつの論点になると思います。著者らは既存企業に取って代わるかどうかを大きな違いとしているようですが、破壊的イノベーションにおいても「新市場型」の破壊の場合には、直ちに取って代わるというものでもないと思いますので、結局のところ大きな違いはないのではないか、というのが率直な感覚です。ブルー・オーシャン戦略では基本的に既存企業との競争は想定されていないのに対し、破壊的イノベーションでは、既存企業と新興企業との競争の力学までが考慮されている点が大きな違いかもしれませんが、その違いは単に新しい市場が置かれた状況(競争環境の激しさ)の違いによって、どこまでを考慮対象とすべきかが変わる、ということのように思います。

ただ、ブルー・オーシャン戦略において、競争をあまり考慮していない点については、気になることもあります。新市場を創造して最初に参入する段階では、もちろんブルー・オーシャン戦略に問題はないと思うのですが、その後、後発者が模倣してきた場合にどうなるのか、レッド・オーシャンになってしまうのではないか、という点です。それに対する明確な回答は本書には示されていないと思いますが、単なる思いつきでブルー・オーシャンに参入する場合と、本書に述べたようなプロセスを辿って参入する場合ではビジネスの完成度が違うだろうという点がヒントになるかもしれないと思います。つまり、著者が主張する人間らしいプロセスをも構築した上で新市場に進出するなら、単に表面のみを模倣してくる後発参集者に対して優位に立てる可能性があるように思います。破壊的イノベーションの場合は、既存企業の不均等の意欲(新規市場に参入しにくい事情)により、破壊者は初期段階で優位に競争を進めることができるとされていますが、著者が提案している参入プロセス自体がブルー・オーシャン戦略における競争力の源泉となりうるのかもしれません。

いずれにせよ、ブルー・オーシャン戦略は、新規市場に参入する方法としては実務的にも有用な方法だと思いますし、参入後もレッド・オーシャンになりにくい場合(例えば、国の政策などは企業間競争とはあまり関係しないように思われます)にも有用な方法なのではないかと思います。また、本書に示されたツール類には、普段のマネジメントにおいても活用可能なものもあるように思います。実務面でも使える手法になりつつあると思いますが、いかがでしょうか。


文献1:W. Chan Kim, Renée Mauborgne, 2017W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「BLUE OCEAN SHIFT ブルー・オーシャン・シフト」、ダイヤモンド社、2018.
原著表題:Blue Ocean Shift: Beyond Competing - Proven Steps to Inspire Confidence and Seize New Growth


「思考停止する職場」(飯野謙次著)より

イノベーションをうまく進めるためには、失敗から学ぶことが重要だという指摘が最近多くなされるようになっていると思います。ただ、この時の「失敗」とは、「思ったような結果にならなかった試行」のような意味で使われていて、失敗を恐れずどんどん試行してその結果から学ぶことが求められていると考えられます。一方で、例えば人為的ミスなど、「起こしてはならない失敗」から学んで、そうした失敗を二度と起こさないようにすることも求められます。片や起こしてもよい失敗、片や避けるべき失敗、ということになるでしょうが、どちらもその失敗から学ばなければならないことは同じといえるでしょう。

では、失敗から学ぶにはどうしたらよいのでしょうか。おそらくどんな失敗にも想定外の原因があるのではないかと思います。事前に予想できない想定外のことから学ぶにはどうしたらよいのでしょうか。今回ご紹介する、飯野謙次著「思考停止する職場 同じ過ちを繰り返す原因、すべてを解決するしかけ」[文献1]では、「失敗学」の観点から、失敗の原因、そして失敗からうまく学べない原因と対策が議論されています。著者は、思考停止を避け、創造性を高めることの重要性を指摘しており、研究マネジメントにとっても示唆に富む内容と感じましたので、以下に興味深く感じた点をまとめたいと思います。

はじめに
・「組織の思考停止は、危険の可能性を知りながら、その対策を考えずに危険そのものを否定したり、不正会計や不良品をそのままにしたりすることにつながり、大きな社会問題に発展します。人の思考停止は、作業の滞りや、修正のために不必要な作業を周りが強いられたり、危険に対する創造的対策を立てられず、精神論に頼ってやがて大きな事故を招いてしまったり、最悪の場合、戦力の喪失や、告発による失職にまで発展しかねません。本書では、職場での思考停止を招かないためには、上司は何を考えなければならないか、さらに部下の潜在能力を引き出し、自分のグループの活力を2倍にも3倍にもするためのコミュニケーションについて解説します。これを『エムパワリング・コミュニケーション』といいます。英語でEmpowering Communicationです。[p.6-7]」
・「失敗に直面したときに思考停止に陥っては、同じ失敗を繰り返すだけです。このときに、創造的方法で失敗を繰り返さないよう考えるのは、失敗がくれた発展のためのチャンスだと考えます。[p.9]」

第1章、危険な職場を生むコミュニケ-ション
・「他人の意識は自分の意識とは違います。そのため、自分の意識、思っていること、望んでいること、望んでいないことは、言葉を通して相手に伝えることになります。[p.19]」「育った環境、個人的な事情により、同じ日本語の言葉であっても人によってその言葉にまつわる認識が違うものです。[p.23]」
・「硬直した組織では、よけいな摩擦を避けるためでしょう、グループの役割が隙間なくぴったり寄り添って、お城の石垣のような模様を作ります。ところが競争の激しい現代では、昨日と同じように仕事をしていたのでは、競争についていけません。[p.31]」「各グループが硬直したままの仕事分担を考えていたら、仕事の抜けができてしまいます。このときに必要なのが、各グループでも、組織活動の状況に応じて有機的に自分たちの作業範囲を変えてしまうことです。・・・このように柔軟に変化に対応できる組織では、当然ながら『重なり』をなくすことはできません。[p.32]」「このような柔軟な組織運営にこそ、コミュニケーションが必要です。誰、あるいはどのグループに余裕があるか、どこの負荷が多いか、抜けている作業はないかなど、当事者たちと話し合ったり、あるいは当事者同士が横のつながりで話し合ったりして、リアルタイムで必要に応じてそれぞれの分担を決めていくのです。コミュニケーションの少ない組織では、そのときに応じた適切な体制など作れるわけがありません。[p.33]」
・「チームをまとめて率いる人は、まずチームの『目標』を定める必要があります。目標が曖昧だったり、不明確だったりすると、チームメンバーは、ただ言われたことをこなすというルーチン的作業にはまり込み、士気も上がらなければ作業効率も悪くなります。[p.41]」「まずは簡潔な言葉で、誰にもわかりやすい目標であることが重要です。・・・あまりに抽象的な表現では目標を簡単に見失うことになります。[p.42]」「一方、・・・コミュニケーションの『報告』と『指示』は、目標ではありませんので、簡潔でポジティブな表現である必要はなく、正確で詳細であることが大切です。[p.43]」「具体性のない指示を与えられて、経験の少ない人が動き出したとき、それこそ過去の失敗を繰り返したり、安全や品質といった大きな制約条件を忘れた行動を取ったりしたら、事故や不祥事につながりかねません。・・・報告は、詳細を無視して、自分なりに結果を解釈して行われたのでは困りものです。[p.44]」
・「人間には自己防衛本能があります。[p.45]」「日々の作業を進めるなかでのちょっとしたミスは、隠したいのが私たちの本音です。・・・日ごろの上司の叱咤が厳しく、メンバーが萎縮してしまっているようなグループでは、黙っている、すなわちコミュニケーションに蓋をするという行為に走ってしまいがちです。[p48]」「コミュニケーションの阻害が始まると、グループの本当の姿を上司は見ることができなくなり、やがては業務の進行に著しい支障をきたすようになります。[p.49]」
・「ミスが起こったときは、必ず原因があります。原因の分類は、・・・私は『学習不足』『注意不足』『伝達不良』『計画不良』の4つを挙げます。その結果起こることは、知らなかったという『無知』、知っていたのに正しく行動できなかった『無視』、そして思い違いをしていたという『過信』です。[p.49]」「『無視』には、意識せずに無視してしまった『注意不足』と、知っていたけど、面倒だった、大丈夫だろうと思ったという意識しながらの『無視』の2種類があります。どちらの場合も解決は簡単ではなく、『周知徹底』『教育訓練』『管理強化』の失敗学でいう『三大無策』に頼ってしまうのが人からなる組織の傾向です。これらが無策であるのは、目指しているのが精神論的解決だからです。[p.50]」「周知徹底をすれば、そのときは効果があって、同じ失敗を繰り返さないのは当たり前です。ところが慣れとともに、いつの間にかその大切な知識が抜け落ちてしまう人間の特性に対しては、何も対策ができていません。生き物である人間は、特定の作業について、その進行に必要な知識はいつの間にか意識しなくなるものであり、特にそれを次の人に引き継ぐときには、その大切な知識の伝達が抜け落ち、作業の形式だけを伝えてしまうものなのです。これはその作業が作業者の知識に頼っているのがいけないことであり、作業そのものに変更を加えて、その知識がなくとも確実に進むものにしなければなりません。[p.53]」「教育訓練はもちろん必要ですが、いざ現場に出て、ベテランに現場は違うんだよと聞かされたら、現場の習慣に従うのが人間です。[p.56]」管理強化は「三大無策のなかで、最も避けなければならない対策です。・・・管理を強化するというのは現場で失敗が発生するのを認め、それを管理で事前に見つけるということです。[p.57]」「管理の強化をやりすぎると、その管理の手順に従うことに気を取られ、作業が形骸化してしまいます。[p.58]」「管理強化という言葉は現場を萎縮させ、不具合に気がついてもそれを隠そうとする心理が働きます。・・・根本的な問題は、人の注意力に頼らなければいまくいかない、あるいは監視や意識を高めないとやる気にならない手順そのものなのです。[p.59]」
・「人であれ、機械であれ、電子回路やセンサーであれ、壊れることがあるという前提を意識しなければなりません。[p.64]」「失敗学では、人は『見たくないものは見えない』と教えます。[p.65]」
・「数ある失敗事例に関する細かい情報を頭のなかに入れることは不可能です。重要なのは、個々の事例をよく学び、そこからその失敗のエッセンスともいうべき失敗知識、すなわちどんなとき、どんな条件で失敗が起こるか、その知恵を身につけることです。[p.74-75]」「ただし、この知恵は抽象的な概念であるため、人に伝えようと文字や絵にしても、聞き手はすぐに忘れてしまいます。具体的な体験がないために、腑に落ちないのです。失敗体験から得られる失敗知識、すなわち知恵を人に伝えるには、抽象化の過程で削ぎ落とした一見不要と思われる枝葉な情報をも、聞き手に伝えることです。[p.77]」

第2章、自分で考えて動く人が育つしかけ
・「最初の仕事は真似から始まります。このときはマニュアル通りに作業を進めることを教えてください。[p.155]」「仕事には、本書でその必要性を説く創造性を発揮しなければならない場面もありますが、大方の作業は決まった手順に従って間違いのないように進めるものです。・・・マニュアルは、私たちが何か技能を身につけるときに、懇切丁寧にその方法を解説してくれる先人の手ほどきともいえるものです。[p.90]」「マニュアル作成側が気をつけなければいけないのは、正しいマニュアルが良いマニュアルとは限らないことです。[p.94]」「わかりにくい、現場の実情からかけ離れて無視されているなど、マニュアルそのものに失敗の原因があることが多いのです。[p.95]」「環境はとてつもないスピードで変化しています。・・・マニュアルも変える必要があります。[p.100]」
・「初心者に創造的になってもらっては困ります。ただ与えられた単純作業を黙々とこなしながらも、やがては『なぜ?』、『もっとうまくできないか?』と考えるようになるのが創造性をもった人です。そしてその創造性は誰にでも備わっており、それを使うか使わないかの違いがあるだけです。[p.107]」「マニュアルに従いながらも、考えるというのは、自己流でマニュアルから逸脱することとはまったく違います。考えた末に、もっといいやり方があると確信したなら、勝手にそれを始めるのではなく、まずは相談をするよう仕向けることです。[p.110]」
・「『思考展開図』を利用すると効果的に立案、遂行、見返りができます。・・・左側が要求機能・・・それを複数の副次要求機能に分解します。・・各要求機能は1つ、もしくは複数の解要素につながります。・・・複数の解要素が集まってより上位概念の解(副次解)を構成し、すべての副次解を集めて総合解とします。[p.116-118]」
・「ある研究成果では、性格が外向きの人よりも、内向き(introverted)の人がグループリーダーとなったほうが、グループとして優秀な成績を収めるともいわれています。外向きの人は決断が早く、いったん方向を決めたら、ゴールに向かって突っ走るのに対して、内向きの人はメンバーの意見をよく聞き、熟考するからだということです。[p.124]」
・「最近『指示待ち人間』という言葉をよく耳にします。自ら考えることをしないで、言われたことだけをこなそうという人です。[p.125]」「指示待ちになってしまうと、いざというときに考えようともしません。[p.127]」「指示を待つのではなく、自分で積極的に考えて動く人になってもらうには、いきなり『自分で考えて動け』と行っても思うようになりません。・・・少しずつ、自分で考える機会を与えながら、部下を育てる気持ちをもつことです。[p.129-130]」
・「成功談や成功体験というものは、そのときに条件がそろって、そのときに行った決断や行動がうまくいったもので、意欲の高揚や人を元気にする効果はありますが、いざ別の場面に出くわしたときにはあまり役に立たないものです。条件も、市場や顧客の状態も変わってしまっているため、その通りをなぞっても同じように成功することは稀有なことです。[p.132]」
・フォールトツリー解析:「まずは、何が起これば避けたい事象が起こるか、AND(ぶら下がったノードがすべて起これば上の事象は起こる)とOR(ぶら下がったノードが1つでも起これば上の事象は起こる)ゲートを使って論理の木、ツリーを構築します。次に、ツリーの一番下、末端にある各ノードの発生確率を計算します。・・・計算結果が十分小さくない場合、ツリーのどの枝が大きな数字に結びついているかを見て、不具合確率の少ない部品に変えたり、設計を見直したりします。[p.140-141]」
・「アメリカでは20世紀終わりごろに言われ始め、今世紀も新しい開発に取り掛かるときに言われる『アンカンクス』という概念があります。英語で『Unkunks』、Unknown-Unknownsを略した言葉です。・・・『予測できない不明要因』とでも訳しましょうか。・・・ボーイング社でも、新機種の開発に取り掛かるときは、アンカンクス対応を最初から予算に入れて計画を立てます。[p.145]」

第3章、こわいのは、上司のこのひと言
・「本章では、どのような話し方が人の創造性を潰してしまうのかを解説します。[p.160]」
・「リスクがある」、「前例がない」、「成功例はあるの?」、「それ、ニーズあるの?」(「すでにあるなら、そのアイデアは『もう古い』」)、「うちの業界はね・・・」(過去のモデルにこだわるのは危機的状況)、「できない」(「その発言はあなたの創造性の欠如をも露呈」)、「つべこべいうな」(部下からの反論に対して)、「かんたんだから」(「自分の受けもつ作業を任せようとする場合、・・・『簡単だから』と部下に簡単の責任を一方的に押しつけるのはかえってマイナス」)、「こんなこともできないのか」(部下にとっては苦手なことがある)、「期待してるよ」(ハッパをかけるのはかえって逆効果になることがある、張り切って周りの同僚に迷惑をかけたり、うまく進まないときに報告をためらったりと、プレッシャーが裏目に出ることがある)、「空気を読め」(会議での無言の合意がわからないときには、説明してやる必要がある)、「ふつうはね・・・」(「一般論をかざして部下を指導しようとすると、聞いた側にとってはあなたの存在が、一般の人以外の何者でもなくなってしまいます」)、「合理化、効率化」(「新人にベテランと同じ効率を求めたり、急かせたりすると、きちんと行っていた確認作業が疎かになり、考えられないようなミスをしでかすことになりかねません」)、「コスト優先」(「コスト削減を徹底しすぎると、製品やサービスに思わぬ危険が作り込まれてしまいます」)、「ノルマ達成」(「ノルマという追い詰め方は、一時的な効果を生むことがあっても長期的に見るとマイナスです。・・・失敗学では、過度のノルマを設定するのは、経営層が自分たちの力量を見誤ったからと考えます。」)、「コンプライアンスの遵守」(「『コンプライアンスを徹底してください』と言うだけでは、『コンプライアンスとは何であるか』解明するのを部下に押しつけているだけで感心しません。チームのコンプライアンス、特に法令、道徳に関して目を光らせるのは、あなたの仕事です。」)、「周りに迷惑をかけるな」(「組織に入った以上は、迷惑と思わず、うまく作業を分担していると考えることです。」)
・「まとめると、常に新しい可能性に敏感であること、最初に方向を示したり、途中で軌道修正を入れるときは丁寧に説明すること、抽象的な励ましは控えること、曖昧な精神論や不明瞭な言葉を理由にしないこと、部下を一個の人間として尊重すること[p.194-195]」

第4章、思考が動く職場とは、どんな場所か
思考停止に陥らない仕事の進め方
・「きちんと管理しながらリスクとつきあうのが、リスクマネジメントをうまく利用した仕事です。大切なのは、冷静な第三者的観察眼で、見えにくいリスクを正直に俎上に載せて正しく評価すること、そして常にその評価を見直すことです。[p.204]」
・「作業の流れは『グラフにする』[p.204]」(例:PERTProgram Evaluation and Review Technique)図)
・「『観察』『立案』『行動』を繰り返すのが仕事ですが、このなかの『観察』を正しく行わなければ、計画した効果と実際のずれに気づかず、いつまでも成績が上向かない、ミスを繰り返してしまうということが起きます。[p.214]」
・「失敗事例に学び、知識を得、知恵を体系化することで、創造を効果的に行う基盤ができていく[p.218]」
・失敗要因と対策の4M4E:要因として、物(Machine)、環境(Media)、管理(Management)、人(Man)を評価、対策として、教育(Education)、技術(Engineering)、管理(Enforcement)、事例(知識)(Example)を評価する。「失敗学では、世界的に普及している4M4Eの対策のうち、有効なのは技術のみ、残りの3つは三大無策と大胆に切り捨てています。[p.231]」
・失敗要因のSHELL:当事者の人(L)とそれを取り囲むS(ソフト)、H(ハード)、E(環境)、L(他の人)の関係を淳に評価する。[p.231
・「認知科学の分野で開発されたバリエーション・ツリー・アナリシス(VTA: Variation Tree Analysis)は、事故の時系列に従ってイベントを並べ、それぞれの因果関係や「どこが違っていたら、回避できたか」を分析し、再発防止の提言に有効です。[p.234]」「これがなければ事故にならなかった事象」である排除ノード、「ノード間の関連を断ち切ることができ、やはり事故を防ぎ得た事柄」であるブレークも視覚的に捉えることで解決策を見つけやすい。
・失敗学で用いられる「失敗原因のまんだら図」:失敗原因の大分類として、無知、不注意、手順の不遵守、ご判断、調査・検討の不足、環境変化への対応不良、企画不良、価値観不良、組織運営不良、未知の10原因を挙げ、「『未知』だけが、10個の失敗要因のなかで許される失敗[p.240]」としている。
・「失敗をマイナスの出来事とするのではなく、プラスを生み出すチャンスととらえること、これは今までにない考え方です。ただ、プラスを生み出すのは簡単ではありません。・・・第1章で紹介した三大無策を対策としていたのではプラスを生み出すことはできません。失敗からリカバリーしてプラスを生み出すには、その失敗が起こりえない仕組みを考えなければなりません。創造です。[p.252-253]」

おわりに 「正しい」という思考停止
・「失敗学は、硬直して凝り固まった日本の社会に一石を投じ、それを揺さぶる新しい考え方なのだと思います。礼節を重んじ(体面重視)、計画した通りに物事が進まなければいけない(硬直化)日本の社会に、このままではいけないから何とか変えようとする新しい動きです。失敗学とは、失敗に学んで終わるのでは決してなく、新たな創造をなすための学問領域です。[p.259]」
・「正しくないといけないと感じるのは、形にとらわれ、ルールに従い、はみ出してはいけないと考える日本人の美徳でもありますが、競争社会では大きなハンデではないでしょうか。緊急性がなく、普通に仕事が進んでいるときはそれでいいかもしれませんが、それでは発展は望めません。思考が停止してしまっているからです。[p.261]」「あなたが部下をもつ身であれば、思考が停止してしまった人に対しては、そのさびついた思考の歯車に油を差し、少しずつ慣らし運転をしながら『考える人』になってもらうよう指導することです。・・・そのためには、人に自然にやる気を起こさせるエムパワリング・コミュニケーションの手法を会得し、実践することが近道です。[p.262]」
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失敗を避けることと、新しいものを創造することは、一見別物のようにも思われますが、その根本には創造性の発揮という同じ知的営みがあり、創造性を発揮させるには、コミュニケーションを通じてやる気を起こさせることが重要である、というのが著者の主張のポイントのひとつと言えると思います。考えてみれば、失敗への対策を立てるということは、失敗してしまうかもしれないという不確実性を潰していくことと同じ、という意味で、研究開発における不確実性の除去と相通ずるものがあるかもしれません。研究マネジメントについても「考える」ことを促すマネジメントとして整理できるかもしれないと思えた点、興味深く感じました。


文献1:飯野謙次、「思考停止する職場 同じ過ちを繰り返す原因、すべてを解決するしかけ」、大和書房、2018.


 


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