研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

アイデア

イノベーションのスタート段階とアイデア(ウルフェン著「スタート・イノベーション!」より)

イノベーションはどのように始めるのがよいのでしょうか。多くの場合、「これをやってみよう」というアイデアがまず必要になるでしょう。顧客や市場のニーズ、トレンドからアイデアが出てくることもあるでしょうし、すでにシーズ技術があってそれを何らかの形でビジネスに生かせるのではないか、というアイデアもあるでしょう。また、「とにかく何か新しいことを始めたい」という社内的必要性があって、アイデアを一から考える場合もあるかもしれません。

このような「アイデア」は、イノベーションの課題を選定するアイデアということになると思いますが、これは、何らかの問題を解決するための知恵や工夫という意味の「アイデア」とは少し異なる気がします。問題解決のためのアイデアの場合、そのアイデアの良し悪しは、問題解決に寄与するかという点で評価ができるのですが、問題も明確になっていないような場合や解決すべき問題の特定から始めなければいけない場合、アイデア出しやアイデア評価はどのようにすればよいのでしょうか。イノベーションを成功させる、ということが課題だとすれば、成功するようなアイデアというのはどのようにしたら出せるのでしょうか。

ウルフェン著、「スタート・イノベーション!」[文献1]では、イノベーションをどのように始めたらよいか、特に新たなビジネスを起こすためのアイデアをどうやって出し、成長させていけばよいのかについての著者の提案する手法が解説されています。著者は「イノベーションプロジェクトの80パーセントは途中で頓挫してしまう。多くがプロジェクトの序盤でつまずいてしまうのだ。本書『START INNOVATION!(スタート・イノベーション!)』は、アイデア創出のインスピレーション(ひらめき)を得るための実用ツールを提供し、プロジェクトの効果的なスタートの切り方を教えることを目的としている[p.6]」と述べていますが、インタビュー[資料2]では、「保守的な会社でイノベーションを起こす必要があり、内部のサポートも得られないなら本書が役に立つ」というようなことも述べていますので、その内容は多分に既存企業(スタートアップ企業ではなく)におけるイノベーションを念頭においているようです。そうした視点での手法は少し珍しいですし、イノベーションの方法全般においても役立つ指摘も含まれていると思いますので、以下にその内容の要点をまとめてみたいと思います。

1章、イノベーションを起こした偉大な探検家Famous Explorers Innovate

著者は、「この本では、イノベーションの起こし方を『探検の道筋』に見立てて解説するという、独自の方法を採用している[p.6]」とし、コロンブスの新大陸発見、マゼランの世界一周、アムンセンの南極探検、ヒラリーのエベレスト登頂、アームストロングの月面着陸の事例から、次の教訓が得られるとしています。
・イノベーションの10の教訓[p.47]:1情熱、2危機感、3目的、4チームワーク、5計画、6準備、7専念、8粘り強さ、9新技術、10共感。

2章、探検の出発前にInnovate the Expedition Way
・「探検に乗りだすべきでない21のシチュエーション[p.51]」:各項目は割愛しますが、イノベーションを始める段階の注意点を次のようにまとめています。「まずは視野を広げ、これまでの意見や、習慣や、やり方に疑問を持つことが大切だ。」「アイデアをひらめくのはひとりでもできるが、組織の中でのイノベーションは、ひとりでは起こせない」「スタートすべき適切なタイミングを待とう。いちどスタートしてしまえば、もう後戻りはきかないのだから。」
・「イノベーションをふいにする6つのパターン[p.52-53]」:1、必要ないのに始める、2、最初にイノベーターを選ぶ、3、あなたのアイデアを出発点にする(批判的な意見が出るのは「アイデアがあなたのものであって、彼らのものではないから」)、4、ひとつのアイデアに掛けてしまう、5、ブレーンストーミングから始めてしまう(ブレーンストーミングがうまくいかないのは古いものを捨てられないから)、6、顧客を無視して初めてしまう。
・「イノベーションのスタートで起こる10の問題[p.62-63]」:1、方向性の欠如、2、アイデアの固定化、3、常識への固執、4、仕切り屋の存在(参加者のあいだに力関係があるとよくない)、5、負のスパイラル(ネガティブ発言で黙ってしまう)、6、付せんはたまった、じゃあ次は?(どう活用したらいいかわからない)、7、アイデアのあいまいさ、8、上層部による封殺、9、開発チームによる改変(開発チームに受け渡された後)、10、生産ラインからの抵抗
・「アイデア創出の5つのジレンマ[p.64-65]」:1、いつ(「財政と文化の両面で、社内にイノベーションの機運が高まらない限り成功しない」、2、誰が(内部か外部か)、3、何を(革新的か発展的か)、4、どの基準を採用すべきか(クリアすべき明確な基準は?)、5、どうやって(自由に行くか理詰めでいくか)
・本書で提案するイノベーションメソッド「FORTH」の概要[p.69]:STEP1「全速前進でスタート」(専念すべき目標をはっきりさせる)、STEP2「観察と学び」(顧客の不満を発見し、理解する)、STEP3「アイデアを出す」(ブレーンストーミングでアイデアを出し、評価し、具体的コンセプトへ昇華させる)、STEP4「アイデアをテストする」(コンセプトを想定顧客がテストする)、STEP5「帰還」(上層部にいちばん有望なコンセプトを新ミニ・ビジネスケースとして提示する)。(なお、「FORTH」という名前は、STEP1~5(3章~7章)の頭文字をつなげたものです)

3章、全速前進でスタートFull Steam Ahead
・アクティビティー[p.83-84]:1、方針設定ワークショップ、2、中核メンバーによる事前ミーティング(最初から最後までかかわる中核メンバーと、通常上層部の人間が務める大枠メンバーからなる)、3、Kick-Offワークショップ
・「たった1つのアイデアからイノベーションをスタートさせるのは厳禁![p.90]」:「夢のようなアイデアではなく、ビジネスとしての目標を達成できるアイデアを持たなければならない」「チームみんなでアイデアを出そう。そうすれば、全員の心に『これは自分のアイデアだ』という愛着が生まれる。」「代替案はあるだろうか?」
・「すべてはタイミング次第![p.92]」:「上層部が本物のイノベーションにゴーサインを出すのは、リスクの低いコンセプトの成長が軒並み止まったときだけである」
・「使命をはっきりさせるには、上層部もターゲット顧客層を絞り、クリアすべき基準を具体的に設定しなければならない[p.96]」

4章、観察と学びObserve & Learn
・アクティビティー[p.105]:4、最終確認ワークショップ、5、トレンドとテクノロジーの調査、6、顧客の不満を見つけ出す、7、イノベーションの実例を調査する、8、観察と学びワークショップ(特に参考になる実例と、特に狙っていくべき顧客の不満を選定する)
・「不況の今、企業はオペレーショナル・エクセレンスの意味をコストカットにすり替えがちだ。コストを減らせば確かに利益は上がるが、それは一時的なことで、長期的には、コストカットだけでは事業は生き残れない。・・・オペレーショナル・エクセレンスではトレンドを逆転させることはできない。[p.108]」
・「デザイン・シンキングの5つのポイント[p.110-111]」:1、共感(デザイン・シンキングの達人は、他人が気づかないことに気づき、その情報をイノベーションのヒントにする)、2、統合的な思考(分析だけに頼らず、複雑な問題をさまざまな面から捉える)、3、楽観主義、4、試したがり(微調整だけではイノベーションは起こせないとわかっている)、5、コラボレーション(ひとりのクリエイティブな天才がひとりでイノベーションを起こすやり方は、過去のものになりつつある・・・一流のデザイン・シンカーの多くは、多分野の人間と協力するだけでなく、自らがさまざまなことに造詣が深い)
・「オープンイノベーションの文化を支える10の要素[p.114-115]」:1、顧客やパートナーとの関係構築がうまい人間、2、スマートな人材がすべて社内で揃う『わけがない』という認識、3、失敗は学習機会だという認識、4、社内教育(アイデアやテクノロジーをビジネスへ転換する方法)、5、『うちの発案じゃない』症候群の撲滅、6、内外の研究開発のバランス、7、リスクを避けるのではなく、取ろうとする意志、8、トラブルに対する覚悟(オープン・イノベーションほぼ必ず知的財産所有権の問題を引き起こす)、9、オープンなコミュニケーション(信頼に基づいた関係をつくり出し、秘密主義と知的財産の問題の克服に努めよう)、10、必ずしも、第一人者になる必要はないという心の余裕
・「顧客の不満の見つけ方[p.126-127]」:顧客層を特定する(イニシエーター、インフルエンサー、ディサイダー、バイヤー、ユーザー、使い方による分類)、顧客の不満をあぶり出す(個人インタビュー、フォーカスグループ)、不満を言葉で表現する。「何よりも大切なのは、あなたがイノベーションを起こしたい分野に、今どんな製品やサービスがあるかを知り、一般市場であればどう使われているか、B2B市場であれば生産工程でどんな役割を果たしているかを理解することだ。」

5章、アイデアを出すRaise Ideas
・アクティビティー[p.137]:9、新製品ブレーンストーミング(ブレーンストーミングで、500~750個の新しいアイデアを出し、それを30~40の異なる方向性にまとめ、12の方向性を選び新コンセプトをつくる)、10、コンセプト改善ワークショップ(1回目)。
・心理学者の科学的なデータによると「プレーンストーミングをするよりも、個々に取り組んだほうが、人はたくさんのアイデアを出せる[p.144]」。そこで、「FORTHではプレーンストーミングの手法に微調整を加えている。・・・チームのメンバーはまず、完璧に静かな環境で、アイデアを出す時間を与えられる。一斉にしゃべるのではなく、まずは付せんにアイデアを書きつけるのだ。それからメンバーは順番に、書いたアイデアをテンポよく読み上げる。[p.144-145]」

6章、アイデアをテストするTest Ideas
・アクティビティー[p.161]:11、コンセプトテスト(コンセプトの魅力度をターゲット顧客がテストする)、12コンセプト改善ワークショップ(コンセプトを改善し3~5個の有望なコンセプトを選ぶ)
・チェックのポイント[p.170]:1、顧客:顧客に気にいられるか?、2、ビジネスモデル:利益は出せるか?、3、技術:製品化は可能か?
・「顧客からのダメ出しこそが、アイデアをふるいにかける最高の手段なのだ。[p.170]」
・コンセプト検証のための実用チェックリスト[p.172]:1、顧客の不満と関係があるか?、2、顧客の不満の解決策になっているか?、3、コンセプトの特徴は顧客にとってわかりやすいか?、4、顧客にとって試してみやすいか?、5、新コンセプトへ切り替える際、顧客に何かリスクはないか?、6、売上・利益目標をクリアできる見込みはあるか?、7、その際、自社の現行製品、サービスの売上と利益を食いはしないか?、8、ブランドの立ち位置にフィットしているか?、9、自分たちで作れるか(パートナーの助けは必要か)?、10.大規模な投資をせずに作れるか?

7章、帰還Homecoming
・アクティビティー[p.183]:13、4回の新ミニ・ビジネスケース・ワークショップ(プレゼンのための資料としてビジネスケースを作る。ビジネスケースとは、イニシアティブや投資などの概要を商業面・技術面・財政面から明確にまとめた企画書を言う。)、14、最終プレゼンテーション(これまでのプロセスにさほど深く関わってこなかった上層部の人間を、新コンセプトのとりこにする)、15、コンセプト受け渡しワークショップ(次のステップである開発ステージへの受け渡し)
・「本当に大切なのは、無数に出たアイデアをどうまとめるかだ。・・・正しいアイデアを『選ぶ』ほうに少なくとも3分の2の時間をかけ、アイデアを『出す』ほうは3分の1にとどめる。[p.188]」

8章、その後の展開Get It Done
・「イノベーションプロセスにおいては、『あいまいな初期段階(ファジーフロントエンド。イノベーションのスタート段階ははっきり構造化するのが難しいことから、こう呼ばれている)』と『やっかいな後半段階(スティッキーバックエンド)』とのあいだには、大きな隔たりがあると言われている。[p.204]」
・「アイデアの具現化に役立つ便利な3Cp.204-205]」:Connect(つながり)→「FORTHでは、チームに中核メンバーだけでなく、大枠メンバーが加わる。そして大枠メンバーには必ず意志決定者、つまり会社のビジネス面を象徴する人物を選ぶ。・・・アイデア創出以後のステージでも上層部の人間が引き続きチームに加わるようにすれば、プロジェクトが生き残る確率はぐんと上がるはずだ。」、Customer(顧客)→「イノベーションでいちばん難しいのは、組織での生き残りだ。・・・顧客の声という『世論』を背景に、社内でのプロジェクトの優先順位を高め、より多くのリソースを勝ち取るのだ。」、Creativity(クリエイティビティー)→「フレキシビリティーとクリエイティビティーはプロセス全体を通して失ってはならない。・・・フロントエンドで使ったアイデア創出テクニックを、バックエンドでも活用していこう。」

9章、イノベーションのツールキット
ワークショップやブレーンストーミングなどで使えるツールの紹介
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本書で提案されているFORTHプロセスは、実現性の高そうなアイデアを上層部に承認させて、イノベーションのスタートを切る段階で終わっています。その後の実行段階にも様々な障害があることは多くの人が指摘しており、実行段階をうまく進めていく方法も様々に提案されていますが、著者の考え方は、まずはスタート段階をうまくくぐりぬける必要があるということ、そしてそのためにスタート段階で十分な検討と準備を行えば、実行段階での成功確率もあがるのではないか、ということのように思います。確かに、既存事業を運営している企業では、よさそうなアイデアを思いついたにもかかわらず、社内でその開発承認が得られず、みすみすチャンスを逃してしまうことがあります。今までのイノベーションの手法では、その段階へのうまい対処法はあまり提案されていなかったと思いますので、本書の手法は実務家にとって(特に、企業内で研究開発をしている人にとって)有用な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。もちろん、この手法を用いて、社内承認を得てもその後がうまく進むとは限りません。懸念点をあげるとすれば、社内受けのよいアイデアが市場で受け入れられるとは限らないこと、上層部を大枠メンバーとして参加させて社内承認を通りやすくしたことで、実行段階での方針転換が難しくなる可能性が出てきたり、上層部の思い入れが強くなりすぎて現実に基づく正しい判断が行なわれなくなる可能性などが容易に想像できます。実務家としては、それぞれの状況に合わせて本書の手法の良いところをうまく使っていくことが必要なのだろうと思います。


文献1:Gijs van Wulfen, 2013、ハイス・ファン・ウルフェン著、高崎拓哉訳、「スタート・イノベーション! ビジネスイノベーションをはじめるための実践ビジュアルガイド&思考ツールキット START INNOVATION! with this visual toolkit.」、ビー・エヌ・エヌ新社、2015.
原著表題:The Innovation Expedition: a visual toolkit to start innovation
資料2:ビー・エヌ・エヌ新社webページより、「『START INNOVATION!』 著者ファン・ウルフェン氏来日記念イベント レポート」、2015.7.23
http://www.bnn.co.jp/articles/7707/

参考リンク


ハッカソンの可能性(大内孝子編著「ハッカソンの作り方」より)

これからのイノベーションにおいては、コラボレーションが重要であるという指摘はよく耳にします。しかし、どうしたらコラボレーションをうまく進められるのか、ということになるとまだまだ手探りの状態、というのが実際のところではないでしょうか。そこで、今回は最近注目されている「ハッカソン」というコラボレーションの進め方について、大内孝子編著「ハッカソンの作り方」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

ハッカソンとは
・著者は次のように述べています。「Wikipediaによると、ハッカソンという言葉がはじめて使われたのは1999年頃、「ハック(Hack)」と「マラソン(Marathon)」の混成語といわれています。ITのソフトウェア文化から発祥し、提示された課題を一定の決められた時間の中で解く、成果物をプロトタイプとしてアウトプットするという、もともとは高度なスキルを持つプログラマーがプログラミング開発スキルを競う位置づけのものです。[p.4]」「ハッカソンはいわゆる参加型のイベントです。参加者は提示された課題に対し、決められた時間内で、自分たちのスキルを使って解決することを目指します[p.10]」。そして、そのハッカソンにはいろいろな形態があるとして、「もともとはソフトウェアをハックするイベントを指すもので、現在のハッカソンのようにハードウェアデバイスが絡んでくる場合に『メイカソン』と呼ぶこともあります。ちなみにIDEOが2012年に開いたMaker DIY+ハッカソンイベントをメイカソンと呼びました。また、ハッカソンの中のアイデア出しの部分を『アイデアソン』と呼びます。・・・さらに、ハッカソンがイベントとして認知されるに従って、テーマと『ソン』をつないで、・・・イベント名としてはさまざまな名称が使われるようになっています。[p.10-12]」とも書かれています。
・よりシンプルに理解するなら、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)の小林茂教授が作成されたハッカソン/メイカソン参加同意書にある次の説明がわかりやすいかもしれません。「昨今、多様な参加者が参加して共にアイデアをつくる『アイデアソン』、それをソフトウェアとしてつくる『ハッカソン』、さらに見たり、触れたり、感じたりできるものも含めてつくる『メイカソン』が盛んに開催されるようになりました。そうしたイベントでは、多様なスキルや視点、経験を持つ人々が競争することで知的財産が創出され、事業化に向けて進めていこうという事例もでてきました。[p.170]」

どんなハッカソンがあるか
・「幅広い分野でハッカソンは活用されています。コミュニティベースで課題解決のために行うハッカソン、企業がコミュニティの協力で行うハッカソンもありますし、行政機関が企業と組んで事業開発を目指して開催するものもあります。[p.30]」「ロフトワークやEngadget日本版、GUGEN、リクルートのMashup Awardsなど、ものづくり系のハッカソン、さらにIntelauなど企業が主催あるいは協賛に入るハッカソン、Code for JapanArt Hack Dayのように、コミュニティベースで地域問題や大きな普遍的なテーマを扱うもの、富士通やオリンパス、ヤマハのようにオープンイノベーションを目指した動きの中でハッカソンを取り入れる場合など、さまざまです。[p.31]」「企業のコミットメントの度合い」と「ビジネス・事業指向の度合い」の2軸でマッピングするとわかりやすいことも紹介されています。[p.31
・「大きな特徴として、ゴールとして順位を付けるコンテスト形式のハッカソンと、順位を付けないハッカソンに分けられます。[p.32]」

ハッカソンの目的p.35-36
・主催者にとっての目的:「既存の問題を解決するアイデアを生み出す」「新しいアイデア、イノベーションを生み出す」「新技術、サービスを理解し、共有する」「新技術、サービスを告知する」
・参加者にとっての目的:「スキルを高める」「集中して迅速に開発するノウハウを習得する」「新しいアイデアを生み出す」「新技術、サービスを理解し、共有する」

・主催者、参加者の両者にとっての目的:「新しい人脈を作る」「新規事業開発」

企業が注目する理由
・「新技術(製品)のプロモーション、ユーザーコミュニティの開発など、企業がハッカソンに着目しているポイントはいくつかありますが、大きな要素にオープンイノベーションがあります。[p.37]」「クローズドな社内ハッカソンを開きチームビルディングを組織開発に活用する、アイデアソンの手法を取り入れてみる、あるいはオープンなハッカソンを開き、社外のさまざまな人・スキルを入れることで何か新しいアイデアを探る・・・、こうした動きは何とか現状を打破したいということからでしょう。[p.39]」
・現状の問題点:「従来の製品開発フロー(R&D→マーケティング・リサーチ→設計→製造)ではプロセスごとに部署が縦割りにされ、多様なアイデアが生まれにくくなっている、従来の製品開発のフローでは時間がかかり過ぎ、新しい製品を作り出すことが難しい[p.39]」。
・「技術の進化はこれまで、新しい機能、より便利な機能を製品の価値にしてきましたが、製品の価値はもう機能だけではありません。価値を探す、課題を探すところから始めなければならないという状況です。そこで、ハッカソンの持つ多様性が注目されているわけです。・・・課題解決を、まずその課題が本当に合っているのか、さまざまな視点で『探究』するところから始めることができます。[p.40]」

進める上での注意点
・「楽しいっていう雰囲気がなかったら絶対アイデアは生まれない。プレッシャーを感じながらでは生まれないんです[p.56]」。「なるべく快適な空間、比較的おなかも満腹で、リラックスできる空間を保つことにも気をつけている[p.58]」
・「参加者をうまく配分してチームビルディングを行う必要があります。[p.59]」「短時間で高い成果を上げるためには、チームメンバー同士のベクトルの一致、『目的の共有』が重要です。[p.62]」
・「オープンソースコミュニティが生んだハッカソンですが、オープンイノベーションを起こす要素として活用され、アウトプットが世の中に出てきている現在、従来のようにオープンのままではいられなくなり、さらに事業に進む成果物も見すえた知財の扱いのルールが必要になります。[p.65]」

本書で解説されている事例
Mashup Awards:リクルートによるアプリ開発コンテスト。[p.78-81][p.107-113
Engadget電子工作部:大人の部活動としてkonashiIntel Galileoなどの開発ボードを使ったスマホガジェット作り。[p.82-84][p.122-127
iBeaconハッカソン:Appleの位置情報サービスiBeaconの可能性を探る。[p.84-86
・ものアプリ:大阪市発のイベント。インターネットやスマートフォンと連携するデバイスのプロトタイピングにチャレンジする。[p.86-90
Medical×Securityハッカソン:Eyes, JAPANによる医療やセキュリティの問題解決を目指す競技としてのハッカソン。[p.91-95
・ヒャッカソン:100円ショップで手に入るものを材料にしてアイデアを形にする。[p.96-98
・3331αArt Hack Day:テクノロジーとアートが融合した作品を生み出す。[p.98-103
・さくらハッカソン:富士通が運営(あしたのコミュニティーラボ)、東北を訪れる人を増やすアイデアを探る。[p.104-106

期待
・オープンイノベーションの発展、エンジニアの地位(印象)の向上[p.110
・創造的なイノベーションのための「場」[p.112
・「粗いアイデアの素をまずは形にして、自然な環境で使い手の反応を見ることで、可能性の幅を広げる。得られた反応によっては元のアイデアを易々と変更し(ピボット)、次の発想を生み出す。[p.120]」
・オープンコラボレーション:「同じ組織内での議論や開発は、同質化の壁を越えづらい。何が制約で、何が機会なのか。状況を近しい視点から見てしまうため、従来の限界を超えられないことが多い。・・・予定調和を超えた、知恵とアイデアと情熱から生まれる新結合。それがハッカソンの醍醐味[p.121]」。
・大企業の中における多様な製品開発の方法としての位置付け。やりたいことを社内でやる方法。(社内ハッカソン)[p.152
・「実は、ハッカソンにはこの方法が正解というものは存在しません。ハッカソンはツールであって、目的のために使われるからです。まずは目的を明確にすることです。目的はもちろん自由でよいのですが、自分の利益だけではなく、来てくれた参加者にこのイベントを通し、何を持って帰ってもらえるかを考えておくとよいと思います。[p.166-167]」
―――

ハッカソンという名前で呼ぶかどうかは別として、多様な参加者が短期間集まって何かを作るというコラボレーションは、イノベーションのツールとしてこれからも活用されていくのではないでしょうか。その背景には、何よりも、コラボレーションの必要性が高まっていることがあると思います。技術の発展により専門分野が深くなると同時に狭くなる傾向があります。さらに、技術の深化だけからは顧客のニーズが予測しにくくなっていて、顧客とのコラボレーションが求められたり、課題解決のためにも幅広い技術の組み合わせが求められていることも要因としてあげられるでしょう。また、不確実性の大きな課題解決のためには短期間でまずはプロトタイプのようなものをつくってみる必要性も高まっているように思います。

企業も、ハッカソンのような動きをうまく活用することが求められていくでしょう。外部とのコラボレーションももちろんですが、大企業では社内でのコラボレーションにハッカソンの考え方を応用することも考える必要があるのではないでしょうか。もちろんそのためには、社内の縦割り組織間の壁や、計画重視、トップダウン重視の仕事の進め方などの障害も解決しなければならないかもしれませんし、専門家自身のマインドも部外者や素人と協業できるように変えていかなければならないかもしれません。ただ、そうした際にもハッカソンの「短期決戦」でとにかく何かを生む、というアプローチは可能性があるように感じました。大企業では、それぞれの仕事を抱えた専門家を集めるだけでも困難がありますが、短期ならなんとか集めることができるかもしれませんし、短期間でアウトプットが出せるということは計画重視の業務プロセスを変えていく力にもなるように思います。

おそらくハッカソンの形は、これからも様々に変化していくことでしょう。どんなコラボレーションの形態や運営の仕組みが考えだされていくのか、どんな成果が出てくるのか、今後も注目していきたいと思います。


文献1:大内孝子編著「ハッカソンの作り方」、ビー・エヌ・エヌ新社、2015.

参考リンク



「クラウドストーミング」(エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著)より

イノベーションには様々な人々の協力が必要です。社内における協力はもちろんのことですが、最近では、イノベーションのアイデアを社外に求めること(オープンイノベーション)、社外との協力関係をうまく結ぶことの重要性(例えば、イノベーションエコシステム)についての認識も高まりつつあるように思います。一方、近年のIT技術の急速な発達がコミュニケーションのあり方に大きな影響を与えていることは改めて指摘するまでもないでしょう。当然、その影響は外部との連携によるイノベーションの進め方にも及び、オープンイノベーションの方法論にも変化が起きているようにも思われます。今回は、エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著、「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」[文献1]に基づいて、外部との連携によるイノベーションの進め方についての最近の動きを考えてみたいと思います。

クラウドストーミングとは
・「業界を問わず、さまざまな組織が不特定多数の人々のアイディアを活用し始めている。オンライン上の群衆(クラウド)は大きな組織の内部のメンバーであることも珍しくないが、外部からの参加者であることのほうが多い。これまで、クラウドは協力して・・・さまざまな分野で数多くのことを成し遂げている。いわば、きわめて大きなスケールでのブレインストーミングだ。私たちはこれを『クラウドストーミング』と呼ぶことにする。[p.7]」
・「私たちは組織がクラウドストーミングを実行する際に必要な暗号をすべて解読したと請け合うことはできない。私たちにできるのは、あなたに外部の才能を利用してイノベーションを達成するための明快で実用的な手段を伝え、あなたがそれを実践できるよう手助けすることだ。[p.11]」

第1章、まずはコンテクストからFirst, Some Context
著者らによる状況・背景認識は以下のようなものです。
・「ジョン・ヘーゲルIII世とジョン・シーリー・ブラウン、ラング・デイヴソンは『PULLの哲学』において今日のビジネス環境を分析し、組織が外部の人材を活用するにあたり雛型となる理論を築きあげた。これまでの組織は、長期的な事業計画のもとでオペレーションの効率化を追求する経営手法に慣れ親しんできたが、いまや不確実性の高まったビジネス環境に敏感に適応することが至上命題となっている。そうなると組織は、学習能力を高め、変化する状況に応じて人員規模を素早く調整しながら卓越した成果をあげなければ生き残れない。・・・彼らの簡潔なメッセージは、学習とイノベーションは組織外の逸材との協調関係から生まれるというものだ。[p.19-20]」
・「一般的にクラウドソーシングとは、特定の仕事を成し遂げるために組織が不特定多数の人々と協働することをいう。・・・ジェフ・ハウが当初検討したクラウドソーシングの多くは労働力の提供を目的としていた。これは従来のアウトソーシングの概念の延長とも考えられる。しかし、組織間で行なわれるアウトソーシングとは異なり、クラウドソーシングにおける組織とクラウドの関係はより直接的なものとなる。シャーキーの言葉を借りれば、群衆が組織によらず組織化し、また組織されるのだ。[p.24]」
・「組織とクラウドを結びつけるモデルは珍しくない。」しかし、例えばメカニカル・ターク、マイクロタスクなどの「専門家を必要としないまでも人間による判断が必要なちょっとした作業」のような「協働モデルは本書の主たる関心事ではない。私たちが注目するのはある特定のタイプの仕事だ――つまり、アイディアの創出とその評価である。[p.26-27]」
・「インターネットの普及以前、『取引コスト』は組織のあり方を制約する要因であったが、現在、そのコストは大幅に低下している。・・・コスト構造の変化を好機ととらえ、組織外部の才能を基軸として組織を構成したらどれくらい可能性が開けるか[p.40]」

第2章、知的財産、機密保持、ブランド
知的財産、機密保持、ブランドに関わるリスクを正しく評価し、適切に管理する方法
・「ジェフリー・フィリップスは、『船と城』という喩えを用い、組織が対照的な戦略――組織内の資源の活用と保護に力を入れる戦略と、組織の境界線の先に目を向ける戦略――をどのように使い分けるべきかを論じた。・・・多くの組織がもつ従来の思考は、『城型メンタリティ』を基礎としていると述べる。従来型の組織は、組織内の機密情報や知的財産を保護することに重きをおいて設計されている。そのため、城壁の外側にあるチャンスをうまく活用できない[p.49-50]」。
・「クラウドストーミングからビジネス上の利益を得るには、知的財産、守秘義務、ブランドをめぐる実務的難題を乗りこえなければならない。・・・法的リスク管理の大部分は、募集要件をどう規定するか・・・にかかっている。クラウドに対して、いかにコンテストへの参加を呼びかけるかが、リスク管理においてひじょうに重要なのである。[p.66-67]」

第3章、適切な問いを投げかける
・「自社のビジネスのどの部分が、外部からもたらされる多様なアイディアを受け入れ、うまく活用できるか、それを探る効果的な方法のひとつがビジネスモデル・キャンバスだ。[p.73]」
・「クラウドストーミングのプロセスが価値を生みだすには、次の4つの要素が必要・・・。才能あるパートナー(発案者)、対話(アイディアをめぐるコミュニケーション)、アイディアの選別(フィードバックと評価に基づく精査)、関係の強化(顧客やサプライヤーといった利害関係者との連携)である。[p.78]」
・「効果的な呼びかけの特徴は次のとおりである。最終目標が明確に定義されていること。募集する回答に求める成熟度が示されていること。コミュニティと協調関係を築くために必要な情報開示のレベルが適切に設定されていること。評価基準について透明性が保たれていること。外部の有能な人材が参加して素晴らしい貢献をしてくれるように後押しするストーリーとビジョンが提示されていること。[p.94]」

第4章、意欲を高める公正なインセンティブ
クラウドを参加させるための適切なインセンティブ
・インセンティブの要素:1)善行(「伝統的な雇用関係の枠組みから飛び出した自由意志の働き手にとって、参加を決意する原動力は内なる欲求だ。社会的善行に結びつくと確信する活動の機会があれば、多くの人が金銭的な利益が期待できなくても挑戦したいと考える。」)、2)注目(「内なる欲求として、もうひとつ重要なのが他者からの承認である。」)、3)金銭(「金銭的利益は、外的なインセンティブ要因のうち代表的なもの」、賞金、ビジネス契約、収益分配、株式など)、4)経験(「難しい課題に挑戦する機会」、学習経験、社会経験)[p.105-110]、遊戯的要素。
・「もちろん、インセンティブがすべてではない。主催者は必ず約束を守るという参加者の信頼が重要だ。そのためには、契約条件を明確にし、透明性を維持しよう。また、コメント、投票、人材募集などの補助的な貢献は見過ごされやすい。だが、こういった貢献についてもタイプの異なる補助作業者ごとに貢献度を測定する必要がある。[p.124]」

第5章、パートナーシップを構築する
プロジェクト推進における主要な役割:1)メディアパートナー(「話題性のあるコンテンツを誰よりも早く入手することを望んでいる」、2)専門家(専門家の多くは良い指導者であり、専門分野で他人が成果をあげることを歓迎する)、3)資金パートナー(販売における協調も含む)、4)オンライン空間およびオーガナイザー(コミュニティが交流する場を技術的に支援し、コミュニティを組織する)、5)製造パートナー(製品化が決定されたときに直接的に利益を享受する)。[p.142-147

第6章、最良の人材を採用する
・3つの募集形態:1)サーチ型(「参加者に求められるのは、専門知識に基づいた問題解決能力」)、2)協調型(「参加者はアイディア、フィードバック、成果物の評価を共有し、互いに交流する」)、3)統合型(協調型を発展させた形態。アイデア創出、試作品作成、生産活動などを行う)[p.149-151
・参加者はどうやって参加するか(参加者の旅):1)認識(プロジェクトを認識する、募集方法と募集要件が重要)、2)検討(参加するかどうかの検討、インセンティブが鍵を握る)、3)参加(役割を引き受ける意思表示)、4)経験(どんな経験をするか、プラットフォームが鍵となる)、5)支持[p.156-159

第7章、優れた結果を得るためのコミュニティ管理
・コミュニティ管理者の役割:「コミュニティが期待される役割をうまく果たせるようにサポートすること」。主催者にコミュニティの要望を伝える、コミュニティにブランドの信念を伝える、コミュニティの観察[p.184-185]。
・コミュニティ管理を支える8本の柱(オストロムによる):1)モニタリング、2)サポート(対立の解消:ガイドライン周知、バランス感覚、盗用および誹謗中傷の管理、サポートセンター)、3)コミュニティの代弁者、4)価値の交換、5)制裁(規約、ガイドライン)、6)集団的選択(意思決定プロセスをオープンに)、7)メンバーシップ(参加資格を明確に定義)、8)多層化(コミュニティの拡大に伴い、管理の負荷を分散する)[p.192-200

第8章、参加者の貢献度を測る
・「例えば、参加者による貢献が過小評価され、そのせいで適切なサポートや十分なインセンティブが得られなかったり、あるいは、評価基準そのものが妥当でなかったりすれば、貢献者の意欲が低下するのは目に見えている。すると参加者は次第に貢献しなくなり、やがては去っていくだろう。[p.209]」
・「参加者の行動をカウントするのは簡単だが、そのなかでどれが本当に価値のある行動なのか判断するのは難しい。したがって、貢献を正確に理解するには、複数の指標を組み合わせて分析しなければならないケースが多い。[p.228-229]」

第9章、膨大な数のアイディアを手なずける
・評価手法のパターン:1)数値による評価、2)専門家による評価(アイディアの数が少ないか、絞り込みが可能であることが必要、3)参加者による評価、4)顧客(潜在顧客)によるテスト、5)ハイブリッド型(いくつかの異なる利害関係者による)[p.254-255

第10章、最適なオンライン空間を構築する
・「オンライン空間の選択肢は数多く存在する。企業向けのプラットフォームの開発はさらに加速することが予想される。サーチ型においては、・・・プロセスの大部分は人材募集を目的としているため、クラウドストーミングのスペースについてあまり複雑なことはない。ただし評価プロセスに関しては、予備選考を担当するチームがアイディアを精査し、候補リストを厳選する方法を確立しなければならない。・・・大勢の参加者の貢献を詳細に評価し、理解することは、協調型と統合型に共通する難しい課題といえる。[p.280]」

第11章、さらに先へ
・「思うに、クラウドソーシングでイノベーションを実現するアイディアは壮大な実験段階にある。(ティム・ブラウン(2010))[p.288]」
・「クラウドストーミングの最大の強みは、参加者もまたそのプロセスを向上させる力となれることだ。・・・クラウドストーミングのプロセスのなかでもっとも重要な点のひとつは、クラウドストーミングによってクラウドストーミングのプロセスそのものを改良できるということである。[p.292]」
―――

イノベーションに、組織外部の能力を活用しようというクラウドストーミングの考え方は、オープンイノベーションの考え方の流れに沿うものであり、その一部と言ってもよいでしょう。オープンイノベーションについては実行上の難しさについての指摘もありますし(例えばこちら)、別稿(オープンイノベーションは使えるか「技術経営の常識のウソ」感想)でもその課題を考えてみました。しかし、オープンイノベーションの考え方の提唱から10年以上が経過した現在、ネットワーク技術の発展もあいまって、その難しさのいくつかは回避や克服が可能になってきているように思われます。外部との連携によって効果が期待できるのは、どんな課題なのか、外部連携を進めるにあたって、どういう点に注意し、どういう対策を取るべきなのか、本書のクラウドストーミングの考え方が大きなヒントになるのではないでしょうか。さらに、外部との連携を進めるためのプラットフォームや、ノウハウを提供している企業も現れていますので、オープンイノベーションやクラウドストーミングをイノベーションのためのテクニックのひとつとして活用する上でのリスクはだいぶ下がってきているのではないかと思います。個人的には、クラウドストーミングを使わなければこれからの時代に生き残っていけない、とまでは思いませんが、企業戦略として一考の価値のある現実的選択肢になりつつあるように思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Shaun Abrahamson, Peter Ryder, Bastian Unterberg, 2013、ショーン・エイブラハムソン、ピーター・ライダー、バスティアン・ウンターベルグ著、須川綾子訳、「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」、阪急コミュニケーションズ、2014.
原著表題:Crowdstorm: The Future of Innovation, Idea, and Problem Solving

参考リンク<2015.3.8追加>


「はじめる戦略」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)に学ぶイノベーションの進め方

イノベーションを興す方法は、スタートアップ企業と、すでに何らかの事業を行っている既存企業とでは区別して考えなければならない、という指摘は近年多くなってきていると思います。しかし、どう違うか、という具体論になると、既存企業ではイノベーションは困難であるという考え方から、既存企業こそ保有するポテンシャルを有効に活用してイノベーションを興す可能性があるという考え方まで様々のように思われます。

本ブログでも以前に、ゴビンダラジャン、トリンブル著「イノベーションを実行する」に基づいて、既存企業においてイノベーションをうまく進める方法を考えました。今回は、同じ著者による「はじめる戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」[文献1]を取り上げます。その主題は、前著「イノベーションを実行する」と同じですが、本書ではイノベーションを実行する過程が「寓話」という形で語られていて、前著の理解を補完し、異なる気づきも得られるように思われるところが興味深く感じました。

寓話は、動物が経営する農場の経営を改善するために、イノベーションに取り組む、という物語です。ストーリーの詳細は本書を読んでいただくとして、以下では、最低限の物語の内容と、その過程で起こることから得られる示唆や著者の指摘のうちで重要と思われる点をまとめます。

物語とポイント
第1章、小さい規模で闘う方法:規模の小さな動物ファームは、規模の拡大と機械化により経費を抑えるライバル(人間が経営するファーム)の影響で苦境に立たされている。「『効率性の追求』だけでは解決策にならない」、「創造力があって、勇気があって、ファームを新しい方向に導いていけるリーダーが」必要。
第2章、「カギ」となる存在を口説く:リーダーが交代する。後継者と目されていた、「より速く、より安定的に、より効率よく」をモットーとする従来のナンバー2にはCOOのポジションがオファーされる。
第3章、「時代の変化」に対応する:動物によるファーム経営を世界に先駆けて立ち上げた創業者の時代に比べて、ライバルの効率化が進んでいる。
第4章、あなたなら、どう改善する?:ファームのあらゆる生産物の価格が下がっている。マネジャーたちの提案は、効率化。
第5章、「まったく新しいこと」をはじめる:コストダウンはできているが、価格低下の方が大きい。新しい経営者は新しいビジネスのアイデアを募る。効率化を提案したマネジャーは新ビジネスに反対しており、プレッシャーを感じている。
第6章、すべては「ひらめき」からはじまる:様々な新ビジネスのアイデアが提案される。「一般に、アイデアを実際に製品や商売にすることよりも、アイデアコンテストへの参加にエネルギーを注ぐビジネスマンの方が多い。」
第7章、「決める」ことは簡単。ではその「次」は?:評価されたのは、投資額が少なく、限られたファームの資金で実現できる、高級ウールビジネス。ただし、リスクがあるとの指摘あり。「一番のリスクは何もしないこと」。「どんなに偉大なイノベーションも、アイデアはそのはじまりにすぎないのだ」。
第8章、「未知の仕事」を前に進める:新ビジネスに新マネジャーを選ぶ。「新ビジネスは前途有望だ。・・・将来的にはファームを支えてくれるようになるかもしれない。しかし、いまやっている仕事をおろそかにはできない。稼働中のビジネスのコスト削減はこれからも続けていく。」
第9章、なぜ「協力」が得られないのか?:「給与の差はトラブルのもと」。「『いまの仕事』という障壁」。「ビジネスを軌道に乗せるために、どこまでルールを破るつもりなのだ?」。
第10章、ゼロからチームをつくる:協力しないのは、「怠けているのでも、変化に抵抗を感じているのでもない。自分に課せられた仕事に真面目に取り組んでいるだけなのだ」。「彼らはみな、いま稼働しているビジネスの業績にもとづいて評価され、給料が支払われ、昇進する」。ビジネス書のどの著者も必ず、「新規ビジネスを立ち上げるときは、それに専念するチームをつくり、経営者はそのチームの『スポンサー』としてふるまう必要があると強調している」。「独創的なアイデアを前に進めるためには、『一人のリーダーに任せておけばいい』という態度では話にならない。」
第11章、「いまの仕事」と「これからの仕事」を同時に動かす:新しい「ビジネスを成長させるためには、ある程度の自由と時間を与えることが重要」。「新しい事業には新しい指揮系統をつくる」。新ビジネスチームは特別扱いされているという反感も。
第12章、必要なリソースを巻き込んでいく:新ビジネスのチームは、既存ビジネスから資源の協力を得られない。新チームは「ファームの他部門から独立した状態では機能しない」。「共有できるものを探す」。
第13章、「予見できなかった問題」に対応する:「共通点を意識」し互いに理解しあうことが効果的。予想外にうまくいくことも、うまくいかない(動き出してから見えてくる)問題もある。追加コストが発生することも。
第14章、これまでの「常識」を疑う:「誰もが『未経験』では乗り切れない」。「新規ビジネスの専任チームをつくるということは、ゼロから違う会社を新たに築くようなもの・・・チームに適したメンバーを巻き込んで、成功につながる状態をつくってやることしかできない」。「新しいことをはじめると必ず対立が起こる」。
第15章、急成長に追いつけない:「報酬は真の『解決策』にはならない」。「衝突が起きるのは避けられない。でも、・・・専任チームと既存部門とのあいだで、健全な協力体制を育むことが不可欠」、それが経営陣の役割。
第16章、「利益」より「学び」を優先する:「プランとの『差』を確認する」。「新規ビジネスは『実験』である」。「実験をするときは、秩序をもって行い、それを通じて学ぶことをいちばんに考えれば、的確な決断が下せるようになり、それに伴い利益もついてくる」。「実験からどうやって学べばいいのか、・・・1つ、まずは仮説を立てよ、2つ、何が起こるか予測せよ、3つ、結果を測定せよ、4つ、仮説と実際の結果を比較し、そこからわかったことを分析せよ」。
第17章、「小さな実験」を実行する:新ビジネスは「これまで使ってきたプラン作成の雛型は使えない」。「あらゆる結果を『動向』として書きだす・・・それを見れば、新たな兆候や学ぶべき教訓がすぐにわかる」。「大きな実験の中には小さな実験がいくつかある・・・その実験を通じて、活動の是非がわかる証拠を集める」。
第18章、「予測できること」と「予測できないこと」を分ける:「新規事業の評価は2つに分ける」。「十分に予測できる部分であれば、結果を出す責任を負わせればよい」。未知のことについては、「どの程度プランに忠実に実験を行っているかを確認」する。
第19章、成功を維持する唯一の方法:「成功を維持していくには、新しいことをやっていくしかない」ことを経営者が納得させる。

イノベーションを実現するための心得p.188
・はじめるにあたって:「どんな偉大なイノベーションでも、アイデアは単なるはじまりにすぎない。」「画期的なアイデアを実現するにあたり、1人のリーダーに任せきりにするのはとんでもない間違いである。」
・チームづくり:
1、「既存の枠に収まらないことを行うときは、どんなかつどうでも専任チームをつくる。」
2、「専任チームは、ゼロからまったく違う会社を新しく立ち上げるつもりでつくる。」
3、「専任チームとほかの部署とのあいだで対立が生じるのは避けられない。それでも、健全な協力関係を育まないといけない。」
・プランづくりと進捗評価:
4、「学ぶことを第一とし、プランに忠実に実験を行いながら学ぶ。そうすれば、よりよい決断が下せるようになり、利益が出る日も早まる。」
5、「大きな支出項目ごとに、検証する材料を集める。」
6、「新規ビジネスのリーダーを評価するときは、プランという秩序に従って“実験”を行っているかを評価する。」
・上記1~6の項目は、「イノベーションを実行する」の6つの章に準じている。
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寓話から何を学ぶかは人それぞれでしょう。著者にとって都合のよい作り話という解釈も可能ですし、論理的に構成されたものでもないため、その価値に疑問を持たれることもあると思います。しかし、本書の寓話は、著者が調査したイノベーションの事例を凝縮したものと考えれば、ケーススタディよりも示唆的な面もあるかもしれません。例えば、人間の本音の部分はインタビューではなかなか明らかにすることが難しいかもしれませんし、成功事例や失敗事例の調査には後付けの解釈がつきまとうことがよくあります。イノベーションの方法論については、成功事例の分析がよく行われますが、成功事例では語られることの少ない裏話にもスポットを当てることが可能な寓話には、従来の事例調査を補うという価値もあるように思います。

本書の寓話のエピソードは、前著「イノベーションを実行する」にほぼ基づいたものになっています。従って、本書の寓話からは示唆される著者の意図や、著者の考え方、イノベーション実践における具体的な対応策などは、前著と合わせて読めば理解が深まるでしょう。また、前著で著者が強調したかったことも寓話から推察できるのではないかと思います。

私が特に重要だと思う指摘は、上記「イノベーションを実現するための心得」に加えて次の点です。
・既存企業にとっては、既存事業の能力を活用したイノベーションが重要であり、その可能性は決して小さくない。
・イノベーションの過程では寓話で挙げられたことをはじめとして様々なことが起こる。
・イノベーションチームと既存部署の間で必然的に起こる対立をマネジメントする必要がある。対立の原因には、感情的な要因も含まれる。寓話では、ケーススタディでは見えにくい様々な関係者の「感情」が表現されており、このような対立が起こり得ることを覚悟し、他の予想外の出来事への対策とともに感情面での対策をとることはイノベーションの成功にとって意味のあることと考えられる。なお、この「感情」に関わるエピソードについては、私の個人的実務経験に照らしてもいいところを突いていると思います。ちなみに、イノベーションの過程で対立が起こることは、豊田義博らによるレポート「イノベーターはどこにいる?」でも、イノベーションストーリーにおいてイノベーションに反対する「官僚」が現れることが指摘されています。
・イノベーションの具体的進め方のうち、実験による学びを重視する考え方の有効性については、今後の課題のように思います(著者による一つの仮説と考えるべき内容と思われます)。ただし、未知の課題に挑戦する場合のやり方として、さまざまな思いつきを散発的に試行錯誤するのではなく、「実験」結果から(失敗に終わった結果からも)学ぶことが重要なこと、学ぶためには系統的に計画して評価することが必要である、という著者の考え方は、実務的にも有効と考えます(ただ、実際には、思いつきによる試行錯誤にのみ頼る、系統的に学ぼうとしないアプローチは未だによく行われているように思いますが)。

イノベーションのストーリーについて、このような寓話を書けるようになったこと自体、イノベーションのプロセスがかなりわかってきたことの証左かもしれません。イノベーションの研究自体にとっても有意義で面白く、かつ実用的なアプローチかもしれないと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2013、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、花塚恵訳、「世界トップ3の経営思想家による 始める戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」、大和書房、2014.
原著表題:How Stella Saved the Farm

参考リンク<2015.2.8追加>



「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

イノベーションを成功させるためには、アイデアだけではなくそのアイデアをどのように事業化するかも重要です。しかし、事業化段階において、どんな点に注意してどのように実行すればよいのかについてはそれほど明確ではありません。今回は、事業化に向けてのイノベーションの実行段階に焦点を当て、どのようにすれば障害を乗り越えられるかを述べた、ゴビンダラジャン、トリンブル著、「イノベーションを実行する」[文献1]の内容をまとめておきたいと思います。

本書の原題は「The Other Side of Innovation, Solving the Execution Challenge」です。著者らは、「確かにアイデアなしではイノベーションは始まらないが、『ビッグアイデア探し』の重要性はあまりにも強調されすぎている。だからわたしたちは・・・イノベーションの向こう側、つまり『実行』を取り上げることにした。[p.284]」と述べています。原題にあるthe other sideは、もう一つの側面(向こう側)、すなわち「アイデア」とは異なる側面=「実行」の側面、でありこれが主題ということでしょう。

本書のもう一つの特徴は、著者らが、いわゆる起業家ではなく大企業におけるイノベーションを想定している点です。著者は、「現実問題としては、多くのイノベーションはゼロからの起業家の手には届かないところにある。しっかりと確立した大企業にしか、取り組めないのだ・・・。わたしたちは、大企業こそ、人類が直面している・・・最大の、そして複雑な問題解決に最も貢献できると考えている。[p.295]」と述べています。これは、Christensenがイノベーションのジレンマで指摘した「実績ある企業の成功のかぎとなる意思決定プロセスと資源配分プロセスこそが、・・・破壊的イノベーションに直面したときに優良企業がつまずき、失敗する理由である[文献2、p.139-140]」、「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せる方法を選ぶべきである[文献2、p.192-193]という考え方に逆らうもののように思われます。しかし、著者らは、破壊的であるかどうかにかかわらず大企業にイノベーション実行上の問題点があるなら、その問題点が取り除かれれば小規模な組織でなくてもイノベーションが可能になる、と主張しているようにも思われます。以下、本書の内容をまとめます。

はじめに:イノベーションを実行する
・「イノベーションのほんとうの課題はアイデアの先にある。そこには――創意から影響力をもつ現実への――長く厳しい道程がある。[p.51]」
・「『パフォーマンス・エンジン』は強力で有能だ。生産性と効率を実現し、成長に導く力があるし、ある程度のイノベーションの能力もある。継続的な改善のプロセスや過去と類似商品の開発イニシアチブには取り組むことができる[p.51]」。ここで「パフォーマンス・エンジン」とは、「成長し成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる。組織は不可避的に、わたしたちが『パフォーマンス・エンジン』と呼ぶものに進化する[p.30]」、というものです。
・(パフォーマンス・エンジンの能力を)「超えた部分では、イノベーションと継続事業のあいだには基本的な矛盾があり、『パフォーマンス・エンジン』だけではイノベーションは不可能になる。[p.51]」
・「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[p.52]」
・「本書の基本的な処方箋:どのイノベーション・イニシアチブ(取り組み)にもそれ専用のモデルで編成されたチームと、綿密な学習プロセスを通じてのみ修正される計画が必要である。[p.52]」
・『パフォーマンス・エンジン』との緊張は避けられないにしても、イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[p.52]」

第1部:チームづくり
第1章、分業
:専任チーム(フルタイムでイノベーション・イニシアチブの実行に専念する)と共通スタッフ(「パフォーマンス・エンジン」の一部で、パートタイムで一部のイノベーション・イニシアチブの実行や支援にあたる)のあいだで、イノベーション・イニシアチブ実行の責任をどう分担するかを決める。
・「業務上の関係から生じる限界は、個人のスキルの組み合わせから生じる限界よりもずっと厳しい[p.70]」。「問題は、『パフォーマンス・エンジン』が継続事業をうまく維持したうえで、何ができるかということだ。・・・『パフォーマンス・エンジン』内部の作業編成がイノベーション・イニシアチブのある部分の必要性と矛盾するなら、その部分は専任チームに任せなければならない[p.61]」。「イノベーション・イニシアチブを支援する『パフォーマンス・エンジン』が取り組む仕事は、継続事業と並行して流れるものでなければならない・・・。それならイノベーション・イニシアチブの支援が追加されても、『パフォーマンス・エンジン』を流れる仕事の量が変化するだけですむ。[p.72]」
・「パフォーマンス・エンジン」の作業編成がイノベーション・イニシアチブの要求に適合するかどうかは、作業編成の3つの基本的側面(深さ、パワーバランス、作業リズム)から判断する。深さとは、例えば同じ部品を担当するなどの場合に密接に協力するなど、業務上の関係の深さのこと。パワーバランスとは、例えば権威や主導権を持つなどのこと。作業リズムは、開発期間、予算規模などのこと。[p.62-88

第2章、専任チームの人材集め:誰を専任チームに入れるか、またその役割と責任を決める。
・専任チームを結成するときのアドバイス:1)必要なスキルを明確にする、2)可能な限り最高の人材を採用する、3)専任チームの組織モデルを仕事の内容に合致させる。[p.93
・よくある7つの間違い
第1の罠、インサイダー重視のバイアス:プライド、なじみ、気楽さ、便利さ、報酬規定、社内の人間にチャンスを与えたいという思いなどから内部の人間をチームに入れたくなるが、スキル不足のリスク、組織の記憶に妨げられて失敗するリスクがある。組織の記憶とは、いわゆる、古いやり方、慣れ親しんだやり方、習慣やバイアス、行動パターン、思考パターンなど。「専任チームには内部の人間と外部の人間の両方が必要だし、『パフォーマンス・エンジン』との健全な共同事業が必要[p.103]」。ゼロベースの組織デザイン(専任チーム独特の役割と結びつくもの)が必要。[p.95-106
第2の罠、役割や責任について、それまでの規定を援用する:これを防ぐには、新しい肩書、過去の知識を一掃する業務分担、専用スペースなどが効果的。[p.106-108
第3の罠、パフォーマンス・エンジンのパワーセンターの支配を再強化する:力を持っている部署の影響力を変化させるために、外に見える形式的な手段などを用いるとよい。[p.108-109
第4の罠、それまでどおりの数値目標で業績評価を行う:「パフォーマンス・エンジンではとても意義のある数値目標でも、専任チームにも同じように意義があるという場合はごく少ない[p.109-110]」。
第5の罠、異なる社風の創造に失敗する:「イノベーション・リーダーは新たな価値観を表現する新しいストーリーを創造し、広めたほうがいい。」「専任チームは自分たちだけにイノベーションの気風があると主張してはいけない。」[p.111
第6の罠、できあがったプロセスを使う:「専任チームがパフォーマンス・エンジンをコピーすべきだという状況はありえない。[p.112]」
第7の罠、同質化圧力に負ける:「あらゆる手段で効率を最大化しようとするサポート機能のリーダーがいると、専任チームは組織の記憶を克服することがほぼ不可能になるだろう。こういう面では自分たちを例外扱いしてもらいたい、と強く主張しなくてはいけない。[p.112-113]」

第3章、共同事業のマネジメント:求められるものを明確にし、必ず起こる対立を調整する。
第1の課題、稀少なリソースの取り合い:リソース配分は、1つのプラン、1つのプロセスを通じて行う、共通スタッフに十分な支払いをする、配分されたリソースに支払いをする、パフォーマンス・エンジンの業績評価を、不確実なイノベーション・イニシアチブとできる限り切り離す、事前に緊急事態に備えて対策を考えておくことなどで回避できる。
第2の課題、共通スタッフの関心の分裂:「専任チームにとってはイノベーション・イニシアチブがすべてだが、共通スタップにとってはたくさんのことのなかの一つにすぎない。[p.142]」「イノベーション・イニシアチブがパフォーマンス・エンジンの立場や生き残りを脅かすと感じる理由があれば、共通スタッフのエネルギーを向けてもらうのは非常に困難だろう。・・・いままでのアセットを弱体化させるか、継続中のオペレーションを食い荒らすのではないか、とパフォーマンス・エンジンが不安を感じているときには、とりわけ難しい[p.144]。」こうした場合には上級エグゼクティブの積極的な関与が重要。
第3の課題、パートナーの不調和:「パフォーマンス・エンジンと共通スタッフが専任チームに不満を抱くのにはさまざまな理由がある。要するに、『あなたがたはわれわれとは違うから、われわれに優越感を抱いているように見えるから、もっと楽しそうだから、あなたがたにばかり日が当たるから、特別待遇をされているから、何より、われわれの縄張りに侵入しているから、気に入らない』というわけだ。[p.149]」これに対しては、責任分担の明確化、共通の価値観の強化、共通スタップの積極的協力が欠かせない役割はインサイダーのメンバーに任せる、専任チームを共通スタップの重要メンバーの近くに置く、協力できることの重要性を強調する、などが役に立つ。[p.149-150

第2部、規律ある実験
第4章、実験の整理と形式化:
実験から学習するための基本原則
・「わたしたちの目的にとっての学習とは、憶測に基づく予想を信頼できる予測に変えていくプロセス[p.171]」
・実験の形式化:「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[p.176]」という科学的手法を採用すべき。
・実験指針の10原則
原則1、プランニングへの重点投資:不確実性が増すほどプランニングの価値は減少すると考えがちだが、「予測の価値は正確性にあるのではなく、その後の結果の解釈の目安になれるかどうかにある。[p.181-182]。」
原則2、一から作り上げるプランとスコアカード:「イノベーション・イニシアチブは過去からの意図的な決別だ。標準的なプランニング・プロセスやコスト項目、業績評価の数値指標が当てはまることはめったにない。」[p.182-183
原則3、データと想定の議論:「大胆なイノベーション・イニシアチブは・・・10%がデータで90%は未知の世界かもしれない。このような状況でデータの話しかできないなら、大事なことの10%しか語れない。それよりも未知のことに目を向けて、予測のもとになっている想定の具体的な輪郭を明らかにして話し合う方がずっとうまくいくだろう[p.184]」
原則4、仮説を明確にし、文書化する:「土台となる仮説をきちんと明確な文書にしておかなくてはいけない。この原則を守っていないと、・・・何が起こったのか、それはなぜなのかについての説明をでっちあげてしまうかもしれない。・・・バイアスと政治的駆け引きが学習を排除してしまう。[p.185-186]」
原則5、わずかなコストで多くを学習する:「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[p.186]」
原則6、結果の検討は別の会議で:「イノベーションの検討と継続事業の検討を同じ会議で行うのは難しい。検討すべき内容がまるで違っているからだ。[p.187-188]」
原則7、プランを頻繁に見直す:「頻繁に見直すことが重要なのは、学習のペースはプランを見直して改訂するペースに制約されるから[p.189]」
原則8、趨勢を分析する:「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[p.189]」
原則9、予想の正式な見直し:イノベーションの場合、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[p.191
原則10、イノベーション・リーダーの評価は主観的に:「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[p.191-193

第5章、仮説のブレークダウン:
・「イノベーションの土台となる仮説は、行動と結果、その後の結果の因果関係に関する想定からできあがっている[p.231]」。「因果関係のマップを作ったら、それぞれのつながりを検討しよう。それぞれの想定はどこまで不確実か?想定が違っていた場合、どんな結果になるか?最も重要な未知数は何であるかを明らかにして、スピーディーに低コストでその未知数をつきとめる方法を見つけること[p.232]」

第6章、真実を見つける:「結果を解釈する際には、分析的で客観的な解釈ではなく、心地よくて都合がよい解釈に向けて組織から無数の圧力がかかる。これらの圧力を理解し、克服しなくてはならない。[p.167]」
・判断に影響する7つのバイアス
バイアス1、予測の過信:「失敗は予測の間違いではなく実行の欠陥にあると説明したがる傾向は、イノベーションにとって普遍的な、そして最も危険な敵であるとわたしたちは考えている[p.238]。」GEのような「強烈な業績重視の社風がプラスに働くのは、信頼できる予測が可能な環境だけである。・・・パフォーマンス・エンジンでは予測は正しいとみなされる。イノベーションでは予測は間違っているとみなさなくてはならない。[p.240]」「わたしたちは長年、計画に対する責任を厳しく問うことがイノベーションを妨げると繰り返してきた。[p.241]」「因果関係をたどっていくと、前例がはっきりせず、予測が信頼できないところにぶつかるだろう。そうなれば、結果責任はもうリーズナブルでも効果的でもない。責任のモードを結果から学習へと変える必要がある。リーダーは結果に基づいて評価されるのではなく、厳密な学習プロセスに従ったかどうかで評価されなければならない[p.249]」「イノベーション・イニシアチブは・・・会社の賭けであり、リーダーの第一の仕事は制御実験を行うことである[p.258-259]」。
バイアス2、エゴ・バイアス:「人は実験に成功したときには計画して実行した行動のおかげだと考え、失敗すると外部の影響のせいと考える傾向がある[p.261]
バイアス3、新近性バイアス:「実験の結論を出すときには直前の出来事に注目してしまい、実験の最初から終わりまでの出来事をトータルに検討するのを怠るという過ちを犯す傾向がある。[p.262]
バイアス4、慣れのバイアス:「慣れ親しんだ説明に流れる[p.262]
バイアス5、サイズのバイアス:「大きな結果は大きな行動によって生まれると頭から思いこむ[p.262]

バイアス6、単純性バイアス:「いちばんよくある――そして危険でもある――拙速な評価方法は、単純にパフォーマンス・エンジンの数値指標と基準をイノベーション・イニシアチブに適用することだろう[p.263]
バイアス7、政治的バイアス:社内の競争に基づくバイアス。

結論:前進、そして上昇
・「監督役のエグゼクティブの責任は、四つに分類できる。まずイノベーション・イニシアチブに良いスタートを切らせること、パフォーマンス・エンジンとの関係を監視すること、厳密な学習プロセスを進行させること、そしてイノベーション・イニシアチブの幕引きをすることだ。[p.269]
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本書の第一の意義は、既存事業を持つ企業が、事業化に向けてイノベーションを実行しようとする際に、社内の資源を有効に活用する上での障害と、その障害を乗り越えるためにはどうしたらよいかがまとめられていることでしょう。既存事業を営む企業が、破壊的イノベーションに対してうまく対応できないこと、自ら破壊的イノベーションに乗り出し難いことは、Christensenの指摘のとおりだと思いますが、本書の著者らにより、具体的に既存企業の何がイノベーションの障害になりうるかが明らかにされたことにより、その障害への対応が取れる可能性が示されたのではないでしょうか。もちろん、既存企業の社風や社内力学に基づく障害を克服することは容易ではないでしょうが、うまく実行さえできれば、既存企業の強みを生かしたイノベーションを生み出す可能性が示唆されていると思います。既存企業の強みと弱み(障害)を認識することで、イノベーションの特性に合わせて様々な実行上の選択肢を検討することができるようになると思います。

著者らの述べているイノベーションの障害とその回避策については、私の個人的経験に照らしても理解しやすいものです。もちろん、イノベーションを進める上での困難は、これだけにとどまりませんし、その回避策も著者らの提示した方法以外のやり方もありうるでしょう。イノベーションの内容や、その企業の状況に応じて、変えていく必要がある場合もあるでしょう。例えば、著者らはイノベーションにおける上級経営陣の積極的な支援を重要視していますが、そうした支援が得られない場合には、どうしたらよいのか、という疑問もわいてくるわけですが、そのような疑問に対しては、そうした障害を生み出すメカニズムについての著者らの示唆に基づいて、個別に対応を考えることが可能だと思います。それは我々に与えられた課題なのでしょう。

イノベーション成功の方法を探ることは本ブログの主題でもあります。そのためにどのような実行の方法をすべきかについては様々に考えてきましたが、その視点は研究グループをどう運営するか、という点にやや偏っていたかもしれません。著者らの指摘するような、イノベーションを達成する手段としての社内連携についても、しっかりと考慮する必要があることを認識させられた点、その内容に加えて有意義だったと思います。

文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2014.1.26追加>


アイデアの扱い方と知の呪縛(「アイデアのちから」より)

研究開発において、アイデアが重要であることは言うまでもありませんが、どんなアイデアが成功するのかはなかなか見通すことができません。ならば、アイデアをたくさん出してどんどん試せば成功に近づくはず、という考え方があります。確かにこの考え方には一理あります。しかし、アイデアをビジネスとして現実のものとするためには、試行による選別だけでよいのでしょうか。アイデアをどう扱うかは結果に影響しないのでしょうか。今回は、チップ・ハース、ダン・ハース著「アイデアのちから」[文献1]に基づいてアイデアの扱い方について考えてみたいと思います。

この本の原著の表題は、「Made to Stick, Why Some Ideas Survive and Others Die」、「Stick」すなわち「記憶に焼きつく」アイデアとはどのようなものなのか、どうすればアイデアが記憶に焼きつくようになるかが述べられています。著者らによれば、「ここで言う「記憶に焼きつく」とは、理解され、記憶に残り、持続的な影響力をもつ、つまり相手の意見や行動を変えることだ。」[文献1、p.15]とのことですので、要するにどうすれば使えるアイデアが得られるのかが示されているといってよいでしょう。本書でとりあげられているアイデアは必ずしも技術的なものというわけではありませんが、どんなアイデアであってもアイデアを実用化するためには周囲の人に働きかけ、その人の行動を変化させる必要があるわけで、そのノウハウが示されている点、なかなか参考になる本だと感じました。

記憶に焼きつくアイデアの6原則[文献1、p.23,331,341]

著者は、「しかるべき洞察と適切なメッセージさえあれば、誰でもアイデアを記憶に焼きつけることができる」[文献1、p.340]と述べています。そして、記憶に焼きつくアイデアに共通する特徴として以下の6つの原則を挙げています。

1、単純明快である(Simple):核となる最も重要な部分を見極め、簡潔に伝える。聴き手の理解と行動を促す上で役に立つ。既存イメージの活用、例え、創造的類推が使える。

2、意外性がある(Unexpected):関心をつかみ、つなぎとめるために意外性を使う。驚き、興味、好奇心(疑問を解消し、曖昧な状況をはっきりさせようとする知的欲求)が使える。

3、具体的である(Concrete):アイデアを理解し記憶してもらうには、人間の行動や五感を通じて説明をする必要があり、あまりに曖昧なものは意味をなさない。記憶に焼きつきやすいアイデアは具体的イメージを備えている。共通理解により協調を促す。

4、信頼性がある(Credible):権威を使えない場合、アイデア自体に信頼性がなければならず、そのためにはアイデアを相手に検証してもらうことが有効。説得力のある細部の利用、数字に実感をわかせる、信頼性を感じさせる事例が使える。

5、感情に訴える(Emotional):行動を起こさせるには心にかけてもらう必要がある。そのためには感情に訴えると効果的。抽象的なものではなく人間に何かを感じる。自己利益(特に、マズローの欲求段階の高位の感情)、アイデンティティに訴えるなど。

6、物語性がある(Story):物語は、行動のしかたを教える(シミュレーション)、行動を起こすエネルギーを与える(励ます)。

以上の頭文字をとると、SUCCESs、と覚えやすくなっています。もちろん、この原則をよく理解するためには本書に示された豊富な具体例と組み合わせることが必要だと思いますが、示唆に富んだ原則と言えるでしょう。

しかし、アイデアをこのような形にするためには克服すべき点があります。著者は、「知の呪縛」として、「いったん何かを知ってしまったら、それを知らない状態がどんなものか、うまく想像できなくなる」[文献1、p.31]と指摘し、知の呪縛によってアイデアを人に伝えることが難しくなってしまうと述べています。さらに、「メッセージを相手に届けるプロセスには二つの段階がある。「答え」の段階と「他者に伝える」段階だ。「答え」の段階では、専門知識を駆使して人に伝えたいアイデアに到達する。」「問題は、「答え」の段階では強みになったものが、「他者に伝える」段階では裏目に出ることだ。「答え」を出すには専門知識が必要だが、専門知識は「知の呪縛」と切っても切り離せない。」[文献1、p.330]、とも述べています。

つまり、技術者は専門家である故に、そのアイデアは人に伝わりにくい、というわけです。技術者は専門知識を用いて「答え」を出すことが求められているため、「答え」を出すことにとらわれていて、「伝える」ことが軽視されることも多いでしょう。しかし、アイデアをビジネスとして成功させたいならば、他人(協力者、顧客)に対して、うまく伝える必要があることは言うまでもありません。そうすると、「伝える」ことも科学者、技術者の本来の仕事であって、科学者、技術者に求められる「説明責任」とは、単にアイデアを説明すればよいというものではなく、必要に応じて記憶に焼きつくような説明をする、ということまで含んでいると考えるべきなのでしょう。その結果、最初のアイデアは形が変わってしまうかもしれませんが、それでよいはずです。最初のアイデアと自分のやり方にこだわるあまり、人の記憶に焼きつかず、行動を引き起こすことができないとしたらそのアイデアは無意味なわけですから、積極的に「アイデアを変える、育てる」ことも必要なのではないでしょうか。結局、「説明責任」はアイデアを出した人やアイデアの実現に携わっている人の義務ではなく、その人自身の利益にもなることなのだろうと思います。

一方、アイデアをうまく伝えるテクニックがあるとする本書の考え方によれば、必ずしも優れた内容のアイデアでなくても、人に影響を与えうる、ということにもなります。技術者としてはつい、よいアイデアはうまく伝わると思ってしまいがちですが、実際はそうではありません。都市伝説やデマが伝わりやすいということは、伝わりやすさとアイデアの質(正しさとか妥当性とか可能性とか)は関係ないということにもなるでしょう。さらに、自分がよいと思っているアイデアは、相手も同じようによいと思うだろうと想像してしまうことは、「知の呪縛」の別の症状と言えるかもしれません。

さらに、アイデアを受け取る立場からは、自分自身が、たいした価値もないのに記憶に焼きつく特徴を備えたアイデアに影響されていないかどうかにも注意が必要でしょう。もし、本来ならば採用されるべきアイデアが、ただ記憶に焼きつくだけのアイデアに負けて採用されなかったとすれば、アイデアの提案者にとって残念なだけでなく、誤った判断をしたことにもなってしまいます。

研究開発のマネジャーには、自部署のアイデアをうまく育て、社内外の他者を動かしてアイデアを実現させることが求められます。一方、第一線から集めたアイデアを評価し、篩にかけることもしなければなりません。従って、本書に示された、記憶に焼きつくメカニズムは、アイデアの発信者としても受信者としてもその作用をよく認識しておく必要があるでしょう。研究を成功させるためにアイデアの数を揃えることが無意味だとは思いませんが、最も重要な核となる部分を明確にし、その部分に問題があれば改良するなりそのアイデアは捨ててしまうなりした上で、他者に影響力を及ぼすようにアイデアを育てることが必要ということではないでしょうか。幸い、研究マネジャーは、第一線研究者から少し距離を置く存在ですので「知の呪縛」にとらわれない発想が幾分かはしやすいのではないかと思います。アイデアを出すことはもちろん重要ですが、アイデアを育てることこそ研究マネジャーならではの仕事、ということかもしれません。


文献1:Chip Heath, Dan Heath, 2007、チップ・ハース、ダン・ハース著、飯岡美紀訳、「アイデアのちから」、日経BP社、2008.

原著の題は、”Made to Stick, Why Some Ideas Survive and Others Die”

著者webページhttp://www.heathbrothers.com/



参考リンク<2012.8.5追加>
 

 

研究における企画という仕事

研究開発組織に「企画」と名のつく部署を設けておられる企業は多いと思います。企業における研究開発では、研究者が行なう実際の研究活動の他に、様々な補助的業務が必要です。例えば、研究組織の運営、テーマやプロジェクトの選定と見直し、予算配分、人員配置、環境整備、制度(しくみ)整備、教育と育成、労務、安全、設備、法規制などへの対応、情報の管理と収集、資料整備、研究成果蓄積、市場や環境動向の調査、標準化(公的規格対応なども含む)、品質管理、外部対応(社内外)、対外交渉、宣伝広報、知的財産の管理と活用、等々の業務を行なう必要があります。これらは、「総務」、「管理」、「人事」などの部門が担当したり、一部は研究以外の製造部門や本社部門が担当したり、さらに外注したりして対応することもありますが、「研究に関して何かを企て計画する」ことに関わる業務の遂行は「企画」担当者の分担になることが多いと思います。

具体的には、研究グループを超えた研究部門全体の計画と管理、グループ間の調整、研究成果の公平な立場での評価や、経営層と研究グループの橋渡し(経営戦略の徹底、成果のPR、他部署との連携など)など、研究グループの外側の立場から研究活動に付随して発生する業務を担当することが求められるようです。もちろんこれらは必要な業務でしょうが、「企画」として行なうべき機能と担当者の能力を十分に発揮できているか、より多くの研究成果の獲得につなげられているかは考え直してみる価値があるのではないでしょうか。研究開発の成功事例ケーススタディーなどを見ても、研究リーダーや、経営者個人の研究成功への寄与が取り上げられることはあっても、「企画」という組織の活躍はあまり表に出てこないように思いますし、経営層の考えを最前線に伝える、あるいは最前線の情報を整理加工して経営層に伝えるだけの窓口的業務に終始している場合もあるように思います。そこで、本稿では、「企画」という部署にいる人々が研究の成功のために何ができるか、何を行なうべきなのかについて考えてみたいと思います。

私が「企画」部門に期待することを一言で述べれば、「研究者の能力を超える分野を分担することによって、研究を成功に導くこと」となります。現在の技術的課題の解決のためには、深い専門性が求められるにもかかわらず、研究の成功はひとつの分野の知識のみでは困難なことが多いでしょう。あるいは、広い分野にわたるある程度以上の深さの技術やアイデアが求められるようになっている場合もあると思います。いずれにしても個人の力に頼ることは無理になってきたといえるのではないでしょうか。つまり、研究者の能力を超える部分を誰かがうまく補うような体制で臨む必要がある時代になってきていると思います。その部分を担える部隊があるとすれば、それは「企画」ではないかと思うのです。

これは、研究の成功において、ひとつの技術の卓越性が競争要因になる時代から、技術の組み合わせ、あるいは技術を収益に結びつける力そのものが競争要因になる時代に変わってきているともいえるかもしれません。結局のところ、どんな技術もビジネスモデルとして完成させて初めて成功といえるわけで、技術も含むビジネスモデル全体としての優位性が競争要因になってきたというではないでしょうか。

イノベーションにコラボレーションが求められるようになっている背景には、このような状況が存在すると考えられます。コラボレーションの例としては、野中氏らによる組織的知識創造や、チェスブロウの提唱したオープンイノベーションが挙げられますが、組織的知識創造の場合には「場」という仕組みを作ることとその効果的運営手腕が求められますし、オープンイノベーションについても協働相手の情報収集からその能力の評価、協働の仕組みづくりと管理など、第一線の研究者にとっては本来の研究業務の傍らで実施するには荷が重い課題が存在すると言えるでしょう。さらにビジネスモデルの組上げ、ということになると経営上の知識も必要となり、研究者にとってはますます困難な課題になってしまうと思われます。

もちろん、こうしたことが得意な研究者もいるでしょう。また、研究者にこうした知識や考え方を教育してビジネスセンスをもった研究者を育成すべきだという考え方もあるでしょう。しかし、こうしたことが得意な人、興味がある人を研究の「企画」担当として、専任でそうした業務を行なわせることも有効ではないでしょうか。具体的には、次のような仕事の内容が考えられると思います。

・研究成果、要素技術の将来のビジネス展開の可能性評価

・研究をビジネスにつなげる仕組み(ビジネスモデル)構築と推進の支援

・社内外の保有技術や知識と活用可能性に関する情報収集と評価

・社内の各部署、社外との連携、協働の推進

・社内情報(ニーズ、シーズ)にもとづくイノベーションアイデアの抽出

・社内外技術、情報の融合によるイノベーションアイデアの提案

・協働、組織的知識創造のための「場」づくり

・研究環境の整備

このような業務に必要な資質としては次のようなものが挙げられるでしょう。

・技術内容についてのおよその理解ができること

・好奇心が旺盛で、様々な技術を受け入れることができること

・イノベーションの本質(どのように進み、成功あるいは失敗に至るか)についてのイメージを理解していること

・ビジネス実現のために柔軟な判断(妥協、変更も含めて)ができること

このような業務は、基本的にボトムアップのプロジェクトにおいて特に求められるでしょう。開発プロジェクトとして社内で承認されトップダウンのプロジェクトになったものは、しかるべきプロジェクトマネジャーが任命されて、そこに推進体制が形成されるでしょうから「企画」の出番はないかもしれません。しかしアイデアを抽出し、実現性のあるビジネスモデルの形に仕上げるまでの作業、そのための情報収集と環境整備を行なう必要がある場合、そうした作業を担当する部署が必要になってくると思います。

ただし注意しなければいけないのは、「企画」の担当者の立場です。基本的に研究者や第一線社員の立場に立ち、イノベーション実現を支援する立場から行動できることが特に重要だと思います。場合によっては黒子の役割に徹することも必要かもしれません。ボトムアップのアイデアを出させて、それを審査して合否を決定するような立場であってはアイデアの抽出と育成は困難でしょう。

このような研究を補助する仕事の役割については、今まであまり取り上げられていないように思います。実際には、このようなことに積極的な企業もあるのかもしれませんが、一般には「企画」の仕事というと、研究テーマの採否や予算配分の決定、進捗管理と中止や変更の判断、といった具合に経営側の下請けとして、研究者に対峙する立場になるのが普通であるように思われます。しかし、それでは研究者の能力や資質に研究の成否を押し付けているだけで、企画専門の立場として研究者の能力を補ってイノベーションの実現に向かって協力していくことは難しいのではないでしょうか。従来の企画の仕事が不要だとは言いませんが、いわゆる「管理」は「企画」の本質ではないと思います。まして、研究幹部と研究員の単なる橋渡しのような業務、さらに幹部の秘書のような業務は「企画」に本来求められている業務とは言えないでしょう。研究コーディネーター、メンターなどといった呼び名も考えられるかもしれませんが、創造力を発揮しながら研究を育てる専門職の確立が必要なのではないでしょうか。イノベーションの進め方が多様化している現在、研究者を支えるこのような役割から生み出されるイノベーションもあるように思うのですがいかがでしょう。

魔の川、死の谷、ダーウィンの海を越える

研究開発の前に立ちはだかるといわれる次の3種類の壁についての私の理解を以前にご紹介しました。
魔の川:アイデア・基礎研究から実用化を目指した研究までの間の壁

死の谷:実用化研究から製品化までの間の壁

ダーウィンの海:製品が市場による淘汰を受けて生き残る際の壁

すべての研究開発がこの3つの壁を越えていく必要がある、というわけではありません。しかし、研究開発を実用化する上での困難なポイントをうまく説明する考え方として私は気にいっています。この背景には、研究の実用化が「基礎研究」→「応用(開発)研究」→「設計・製造」→「販売」といういわゆるリニアモデルに従って進む、という考え方がありますが、リニアモデルのような単純なモデルに従って研究が進む場合はほとんどないことが現在では広く認識されています(いまだにこういう考え方をする方がいるのは事実ですが)。ただ、実際には、研究開発をはじめとする新しいことへの挑戦が、多くの場合、「アイデア」→「アイデアが機能することの確認」→「機能を商品にするための工夫(製品化)」→「商品を安定的に提供(製造)する」→「販売・安定供給・品質保証・市場競争」といったプロセス、もっと単純には「アイデア」→「検証」→「実用化」→「競争」というプロセスを経て成果に結び付く場合が多いことも事実のように思います。要するにこの過程では、研究の実用化はひとつの工程が完了して次の工程に移る、という動きをするのではなく、いろいろな工程を行ったり来たりしながら製品に使われる技術やノウハウが完成に近づいていく、ということがポイントなのだろうと思います。製品化や製造の段階で、基礎に立ちかえる必要がでてくる場合もあるでしょうし、製造の研究や、供給や販売の段階でもその中でアイデア→確認→実用化というプロセスが要求されるということもあるでしょう。またプロセスの一部が省略されることもあるかもしれません。このように、ミクロなリニアモデルが変形しつつ複雑にからみあったものが研究開発プロセスではないかと思っています。

先に述べた「魔の川」はおよそ基礎研究から機能の確認の段階に、「死の谷」は、製品化、製造研究の段階に、「ダーウィンの海」は市場における競争の段階に相当すると考えられますが、実際には、これを順番にクリアしていくというよりも、こうした障害は研究開発のあらゆる場面で姿を現してくるということになるのではないでしょうか。そこで、以下では、それぞれの障害をのりこえるために何が重要かについて考えてみたいと思います。

「魔の川」を越えるためには、アイデアが思ったとおりに機能することを確認することが必要です。テストの結果によってはアイデアの見直しも求められる場合もあるでしょうから、アイデア自体を発想し、磨き上げることもこの段階に含めてもよいと思われます。すると、この段階で必要なことは、

・アイデアを出すこと

・よりよいアイデアを試験のために選抜すること

・アイデアが機能することをなるべく確実に、簡単に、速やかに確認すること

が重要になるでしょう。この段階を担当する研究者に求められることは、発想力、科学力(選抜の精度を上げる)、実験技術(確認技術)ということになると思われます。

「死の谷」を越えるためには、消費者にとって魅力的で品質の安定した製品が、現実的な価格で製造できることが必要でしょう。魔の川を越えてきたアイデアに対し、他の要素技術や既存の技術、あらたなアイデア(それ自体、別の魔の川を越える必要があるかもしれません)などを組み合わせて「製品」と言えるものに形作る必要があるでしょう。そうするとこの段階で必要なのは、

・組み合わせること

・改良すること

・少なくともプロトタイプの段階まで形にすること

・試作品の問題点を予知すること

・場合によってはあきらめる、やりなおす決断をすること(研究のリスクを低減するため)

ということになると思われます。もちろん科学的知識と能力は重要ですが、深い知識に加えて広い知識、こだわることと妥協することのバランス、製作技術(製品を作る技術)、製品の社会への影響を予測する能力、そして決断する力が求められるように思います。

「ダーウィンの海」では市場による淘汰が重要な因子になります。従って、ここで必要なことは競争に勝つことと言えるでしょう。

・類似製品に比べた優位性、消費者に対する魅力を獲得すること

・既存製品にとってかわること

・競争の少ない世界に進出すること

・競争のない世界、収益性の高いシステムを構築すること

が必要になると考えられます。要するにここでは、技術以外の部門をも結集する能力、ビジネスモデルを構築する能力、社会(消費者)の反応を正しくつかむ能力が重要になると考えられます。もちろんこの段階でも改良、決断の能力は重要ですが、技術以外の面まで判断の領域を広げる必要がある点が重要と思われます。

このように考えると、大雑把には、「魔の川」には科学技術力が、「死の谷」にはものづくり力、組み合わせ力が、「ダーウィンの海」にはビジネスモデルが大きな影響を与えると考えられると思います。もちろん、それぞれの段階でもアイデア→確認→実用化という小さなプロセスがあり、研究のフェーズも行ったり来たりしますので、上記の要因だけ、ということはないはずですが、ごく単純化すれば以上のような考え方になるのではないかと思います。少なくとも、例えば、いくら科学技術力に自信があるからといって、ダーウィンの海を越えるのに科学力だけに頼るわけにはいかないだろうこと、同様にものづくり力だけですべての障害をクリアできると思うことには危険が伴うように思います。さらに、オープンイノベーションによって、社外の能力を有効活用しようと思えば、どの障害を越えるためにどのような能力を持つ社外の資源を活用すればよいかの指針も得ることができるのではないか、とも思います。

今回の考察は私自身の考えの整理が若干不十分なまま書かせていただきました。研究のフェーズによってマネジメントすべき能力がどう変わるかについて考えることがありましたので、それを整理しておきたいという気持ちもあり、あえて書き残させていただいたものです。今後、さらに追加することや、考えが変わってしまうこともあるかもしれませんが、現在進行形の思いつきとして読んでいただければ幸いです。


参考リンク<2012.8.5追加>

1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」

今年もTime誌の2011年ベスト50発明(2011.11.28号)が発表されました。その内容も興味のあるところですが、詳細に紹介して下さっている方がいらっしゃいますので[文献1]、ここでは少し視点を変えて、去年のベスト50発明が今どうなっているかを調べてみました。

調べたといっても、Googleの検索で何か新しい展開があったかどうかを確認してみただけですので、細かい点で漏れや抜けがあるのはご勘弁いただかざるを得ないですが、発明というものはどうやって育って、あるいは消えていくのかについてのヒントが得られるかもしれない、と思って試みてみました。結果としては、去年から情報が増えていないもの、ビジネスとして立ち上げる努力がされているもの、軌道にのっているように見えるものなどいろいろでした。以下に各発明についての調査結果を列挙しますが、Time誌記載順ではなく、その発明が現時点でどの段階にあるか(独断ですが)に基づいて区分してみます(No.は去年のTime誌記載の順位です)。なお、ここで「新情報なし」とは、Time誌の記事以降、目立った記事がないもの、その他のコメントを入れているものは、2011年に何らかの活動の情報があったものです。

アイデア・基礎研究段階の発明(技術未完成または市場性不明確)

No.1NeoNurture Incubator(古い車の部品を使って作った新生児保育器):新情報なし。

No.3First Synthetic Cell(初の人工合成細胞):新情報なし。

No.12Lab-Grown Lungs(実験室でラットの肺を幹細胞から再生):肺のラットへの移植を行ない、機能したものの血栓や出血の問題が発生。

No.13The Deceitful Robot(状況に応じて嘘がつけるロボット):新情報なし。

No.14Sarcasm Detection(皮肉を読み取れるソフトウェア):新情報なし。

No.15BioCouture(バクテリアがつくるセルロース繊維生地):研究継続中。Webサイトあり。

No.18The Straddling Bus(道路を走る車を跨いで走る立体バス):新情報なし。

No.373-D Bioprinter3Dプリンターで細胞を組み立てて臓器を作る):開発中。Webページあり。

No.40-41Body Powered Devices (身体の動きからのエネルギー回収):ピエゾ素子によるエネルギー回収技術開発中。Webページあり。

No.42Body Powered Devices (地下鉄からのエネルギー回収):新情報なし。

No.45The Malaria-Proof Mosquito(遺伝子操作で生み出したマラリアを媒介しない蚊):新情報なし。No.46The Mosquito Laser(蚊を選択的に攻撃するレーザー):新情報なし。

基礎技術は確立され、製品化・実用化を目指す段階の発明(少なくとも使える試作品があり、用途も想像できるもの)

No.2The (Almost) Waterless Washing Machine(ほとんど水を使わない洗濯機-ナイロンビーズで洗濯):開発継続中(実用化トライアル)。

No.4The X-51A WaveRider(超音速軍用機):開発中、2011.6月の試験は失敗。

No.7Lifeguard Robot(水難救助ロボット):新情報なし。

No.9The English-Teaching Robot(ロボット英語教師):新情報なし。

No.16Faster-Growing Salmon(遺伝子工学によって生まれた成長速度2倍の鮭):研究継続中。Webページあり。

No.17Road-Embedded Rechargers(道路に埋め込まれ、電磁誘導で電気自動車に給電するシステム):実用化試験中。

No.19Edison2(超軽量自動車):開発継続中。Webページあり。

No.20Antro Electric Car(軽量小型電気自動車、太陽電池、人力チャージつき):開発継続中。Webページあり。

No.24Amtrak’s Beef-Powered Train(列車燃料として牛脂からとったバイオディーゼル油を利用):1年間の実使用試験成功。

No.28Super Super Soaker(水の噴流で爆弾を処理する装置):新情報なし

No.29Martin Jetpack(一人用の飛行装置):高度5000ft(約1500mまでの飛行試験成功、開発中。

No.31Google’s Driverless Car(無人運転自動車):開発中。

No.32Deep Green Underwater Kite(水中に設置し海流で発電する凧のような装置):開発中。Webページあり。

No.36STS-111 Instant Infrastructure(無人飛行船):Argus Oneと改名、開発中。

No.38Spray-On Fabric(スプレーで布地、衣服を作る):開発中。Webページあり。

No.39Iron Man Suit(人のパワーを増強するロボットスーツ):新情報なし。

No.43Less Dangerous Explosives(安定性の高い爆発物-軍事目的):新情報なし、メーカーwebページあり。

No.44Terrafugia Transition(空飛ぶ自動車):米国政府が発売承認、2012年発売か?

No.47Power Aware Cord(電流が多く流れるほど明るく光るコード):新情報なし。Webページあり。

製品化・実用化済みの発明

No.5Responsible Homeowner Reward Program(住宅ローン返済を滞らせなければ返済額を割り引くシステム):実施継続中。Webページあり。

No.6Sony Alpha A55 Camera(半透過ミラーを使ったカメラ):販売中、上位機種α65、α77も発表。

No.10Square(スマートフォンでクレジットカード決済ができるアタッチメント):使われ始めている模様。

No.11Bloom Box(燃料電池):いくつかの企業に導入されているようです。

No.21Electric-Car Charging Stations(電気自動車充電設備):Timeで取り上げられたのはCoulomb Technology社ですがそれ以外にも多数あり。

No.22Sugru(接着性加工性耐久性に優れた粘土):市販されています。Webページあり。

No.25eLegs Exoskeleton(身障者用の歩行補助装置):実用化済み。Webページあり。

No.26Woolfiller(セーターの虫食い穴を補修する材料):実用化済み。Webページあり。

No.30Better 3-D Glasses(3D眼鏡改良版):市販中。

No.33Looxcie(耳につけるビデオカメラ):市販中、改良品もあり。

No.34iPad(有名なので説明省略!):販売中。

No.35Flipboard(情報を整理して見せてくれるiPadアプリ):iPhone版も発表。好評らしいです。

No.48X-Flex Blast Protection(爆風を防げる壁紙):販売中。Webページあり。

No.49EyeWriter(目の動きで文字入力ができる装置):実用化済み。ロボット操縦ができる改良品もあり。Webページあり。

No.50Kickstarter(ネットで資金調達できる仕組み):稼働中。Webページあり。

製品化前提でない発明

No.8The Plastic-Fur Coat(値札止め用のプラスチックピンを多量に刺したコート)

No.23The Plastic-Bottle BoatPETボトル船で太平洋横断)

No.27The Seed Cathedral(上海万博での英国パビリオン、種の入った樹脂ファイバーで飾られている)

1年という期間は研究開発の成果を論ずるには短すぎる期間と言えるでしょう。しかし、このように研究のフェーズに分けてみると、1年でどのような動きがあったかの傾向が見えるように思います。まず、アイデア・基礎研究段階の発明については、「新情報なし」のものが多い傾向にあります。もちろんこの中には、研究開発継続中で、単に新たな成果が得られるのに時間がかかっているものや、実用化を想定して結果を伏せているものもあると思われます。しかし、いくつかは研究が壁にぶつかったり、すでに開発を中止しているものもあるでしょう。この段階の発明は、不確実性が高く、短期間での評価も難しいことが言えると思います。次のフェーズ、すなわち製品化・実用化を目指す段階の発明については、「新情報なし」が1/3程度に減ります。このうち、軍事目的の3件については、意図的に発表されていない可能性もあるかもしれません。この段階の発明でも消えてしまったものもあるでしょうが、多くは開発をがんばって続けている印象です。次の製品化・実用化済みの発明については、すべてに新情報がありました。この段階の発明が消えてしまうとすれば、一旦市場に出た後、市場に受け入れられない場合、ということになるでしょうから、その結果が明らかになるためには1年という期間は短すぎると言えるでしょう。ただし、評判が高く、大きく伸びているものと、あまり発展していないものの差が出始めている印象は受けました。

研究開発の前に立ちはだかる壁については、以下のように言われることがあります(厳密な用語ではありませんが、私は次のように理解しています)。

魔の川:アイデア・基礎研究から実用化を目指した研究までの間の壁

死の谷:実用化研究から製品化までの間の壁

ダーウィンの海:製品が市場による淘汰を受けて生き残る際の壁

この考え方を1年後のTime誌ベスト50発明にあてはめると、いずれの壁も1年で越えられるものではなく、ドロップアウトの確率は、魔の川ではかなり高いということが言えそうな気がします。死の谷、ダーウィンの海でのドロップアウトの確率は魔の川よりは低いようですが、これは、単にあきらめる判断が1年ではできない、ということかもしれません。もちろん、Time誌のベスト50の選定自体、サンプルとして定量的な議論に耐えうるものではありませんが、研究におけるタイムスケールと不確実性のイメージを与える材料にはなりうるような気がします。5年後ぐらいに再調査したらどうなっているか、多少興味のあるところです。



文献1hiranoxxさんのブログ記事、「TIME誌が選んだ今年の発明品ベスト50 @2011」(その1~4)

http://ameblo.jp/hiranoxx/entry-11089069670.html

http://ameblo.jp/hiranoxx/entry-11089307539.html

http://ameblo.jp/hiranoxx/entry-11090865878.html

http://ameblo.jp/hiranoxx/entry-11090890548.html

参考リンク


 

「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想

イノベーションの神話」(Scott Berkun著、村上雅章訳)[文献1]の感想を書いておきたいと思います。この本ではイノベーションにまつわる10の神話が取り上げられ、その正体が暴かれ神秘性が取り除かれていきますが、その目的は「イノベーションがどのように生み出されるかを明確にすることで、あなたの住んでいる世界への理解を深め、あなた自身がイノベーションを起こそうとする際の過ちを避ける」[文献1p.xvi]ことであると著者は記しています。

 

その内容に加えて、私にとって興味深かったのは、この本に関するネット上での評判が大きく分かれている点でした。絶賛するものもあれば、当たり前のことしか書かれていないという評価もあり、今回はなぜこのような違いが現れるのかも含めて本書の内容について考えてみたいと思います。まずは、内容を簡単に(研究マネジメントに役立ちそうなところはやや詳しく)まとめます。本書では、多くの事例に基づいて説明がなされていますので、ご興味のある方はぜひ本書をご参照ください。

 

1章 ひらめきの神話The myth of epiphany

「素晴らしいアイデアというものは、真のイノベーションというプロセスのごく一部」「(ひらめきは)コントロールすることなどできない」「素晴らしいアイデアを見つけ出すには努力が必要ですが、そのアイデアをうまく利用して世の中を良くするためにはさらに大きな努力が必要」[文献115-17]としています。要するにひらめきやアイデアだけでイノベーションが実現できるわけではない、ということです。

 

2章 神話:私たちはイノベーションの歴史を理解しているWe understand the history of innovation

イノベーションが起きて技術や世の中が変化していくのは、そうなる必然があったと考えるのは誤りと言っています。「ドミナントデザイン(支配的なデザイン)というものは、必ずしもあらかじめ決定されていたから出現するというわけではなく、ある特定のタイミングにおける技術とマーケットとの間の相互作用の結果として出現する(アッターバック)」「私たちにとって最善の策だったということにもならない」「イノベーションを追求し、勝利を得たものは、その当時において最もポジティブな関心を引くことができたというだけのこと」[文献133-34]

 

3章 神話:イノベーションを生み出す方法が存在するThere is a method for innovation

イノベーションを生み出すシナリオのようなものが存在するわけではないことが述べられています。「新しいことを行なう際にリスクをゼロにする方法などない」ので、「投資が報われる保証はない」[文献1p.42]わけです。しかし、過去の多くの成功と失敗の経験を見れば以下のようないくつかのヒントは得られるとも述べています。

イノベーションの種になりうるもの1)特定の進路に向かって努力する、2)進路を変えながら努力する、3)好奇心、4)富と財産(金銭的欲求が原動力になる)、5)必要性、6)組み合わせ

イノベーションのためには次のような難関を克服する必要がある1)アイデアの発見、2)解決策の探究(アイデアの実現)、3)スポンサーと資金の調達、4)大量生産、5)潜在顧客へのアプローチ、6)競争相手の打倒、7)タイミング、8)足下を明るくしておくこと(成功までの資源を確保するということ)

イノベーション成功に至る道を見つけるためには1)自らを知る(私たちは、自分たちが思っているほど論理的ではない)、2)集中的に、しかし一歩下がって確認する(よりよい道を見つけられるように前提を見直す意志も持つ)、3)規模を大きくしていく(最初から大きすぎる目標を狙わない)、4)幸運と先駆者の功績を認める[文献1p.44-57]

 

4章 神話:人は新しいアイデアを好むPeople love new ideas

「たいていの場合、人々はあなたのアイデアに対して、あなたほどには興味を抱かない」「革新的なアイデアは、それがもたらすメリットのせいで却下されることなど滅多になく、人々がそれをどう感じるのかということによって却下される」[文献1p.66-70]。さらにイノベーションの採用に関して、ロジャーズによるイノベーション普及速度を決定する5因子について解説しています(これについてはノート13で詳しく述べましたのでそちらをご参照ください)。

 

5章 神話:たった一人の発案者The lone inventor

「偉大なるイノベーション、そしてビジネスは、複数のクリエイターが一つの目的に向かって力を合わせることによって生み出されている」[文献1p.88]。発案者を一人にしておいた方がわかりやすいため、このような誤解が生まれるとしています。

 

6章 神話:優れたアイデアは見つけづらいGood ideas are hard to find

多くの場合、アイデアが必要とされる時に時間をかけて探さない(つまり探し方が悪い)ことがアイデアが見つからない理由だとしています。「アイデアというものは育まれることで成長していくものであり、製造されるものではない」「口に出されたそばから否定されることがなければ、必ず見つけやすくなるはず」「優れたアイデアを得る最善の方法は、多くのアイデアを得ることだ(ライナス・ポーリング)」[文献1p.97-99]

 

7章 神話:上司はイノベーションについてあなたより詳しいYour boss knows more about innovation than you

「訓練や経験というものは、すでにあるものを守る上で有効となりますが、イノベーションに対する逆風になる」「(決定権を持つからといって)権威者が優れた決断を下せるだけの知識や経験を持ち合わせていることにはならない」[文献1p.110-111]

マネジャーが乗り越えるべき5つの難関1)アイデアの寿命(マネジャーは生まれたばかりのアイデアを育むために時間と予算を投資し、メンバーに精神的な余裕を与え、アイデアの展開や仕上げ、新たなアイデアへの再生をサポートする必要がある)、2)環境(才能ある人々が最高の仕事を行える場所を作り出す)、3)保護(援護射撃する、攻撃からイノベーションを守る盾になる、無理強いにならないように後押しする)、4)実行(アイデアを世の中にもたらすには多くの作業が必要でありその作業こそが難関、理想と現実のバランスをとる)、5)説得(成功と失敗を分けるものはほとんどの場合粘り強さである、関係者の説得はイノベーションのあらゆる局面を活性化する)[文献1p.115-123]

 

8章 神話:最も優れたアイデアが勝ち残るThe best ideas win

「イノベーションは、専門家の観点からみた優秀さと、さまざまな副次的なファクターが絡み合って生み出される採用の容易さというものの間にあるスイートスポットで生み出される」[文献1p.143]

副次的なファクター1)文化(既存の価値観との整合性)、2)ドミナントデザイン(ドミナントデザインが浸透すると他の方法へ移行するコストが上がる)、3)遺産と伝統(人はある信条に馴染んでしまうと、その信条が優れているかのように思いがち)、4)政治:誰が利益を得るのか?、5)経済(導入コストとメリットのバランス)、6)良いもの:この主観的な概念(イノベーターは大衆が必要としていないものを生み出してしまうこともある)、7)短期的思考と長期的思考(アイデアの良さはその影響が及ぶ期間をどのくらい先まで考慮するかで変わる)[文献1p.132-135]

 

9章 神話:解決策こそが重要であるProblems and solutions

「問題は解決することよりも発見することの方が重要」[文献1p.146]。解決すべき問題、解決可能な問題の適切な選択も重要。「セレンディピティーは花形であるものの、チャンスに遭遇した時に何を行うのかが重要なのであって、チャンスとの遭遇自体が重要なわけではない」[文献1p.156]

 

10章 神話:イノベーションは常に良いものをもたらすInnovation is always good

「イノベーションの意味と影響を見極めるということは、イノベーション自体を生み出すという作業よりもずっと複雑」「すべてのイノベーションには良い面と悪い面の双方が存在している」「最善のイノベーション哲学は、変化と伝統の双方を受け入れ、絶対的な判断が存在するという落とし穴に落ちないようにすること」[文献1p.161-171]

 

以上が否定されてしまった「神話」ということになります。はっきり言って、ある程度の経験を持つ研究者であれば、著者がこの10の神話を否定していることについて異論のある人はほとんどいないでしょう。従って、「当たり前のことしか書かれていない」という感想を持たれる方がいるのも非常によくわかります。しかし、言われてそうだと同意することと、これらのことを「重要なこと」として認識していることは異なりますし、個人によって重要だと思うポイントも違うでしょうから、このような形にまとめることやまとまったものを読むことの意義は大きいのではないでしょうか。また、上に挙げたような指摘は、イノベーションマネジメントを考える際の枠組みとしても利用可能でしょう。

 

しかし、この神話を真実だと思っている人がいるもの確かではないでしょうか。本書の中でも触れられていますが、こうした神話を肯定してしまえば物事がわかりやすくなる、という面もあるでしょうし、必ずしも厳密に書かれていない科学読み物や偉人伝ではこうした神話の普及を助長するような書き方をしているものもあると思います。そうした知識がベースになっている方(例えば、研究開発の実務経験の少ない若手の研究者や技術者、いわゆる事務系の仕事をされている方々も該当するかもしれません)にとっては本書の指摘は新鮮に感じられるだろうと思いますし、そうした人にとってこそ、神話の秘密を暴いてみせることは必要なのだと思います。

 

まさにこの点こそ、著者が本書を書こうとした理由ではないでしょうか。この本の評判がよいということはすなわち、この神話を信じている人が多いということの裏付けかもしれません。研究開発を行なう上ではいろいろな方との協働が必要になります。もし、研究開発やイノベーションについて、現実とは異なる考え方がはびこっているとしたら、それは意志疎通、相互理解の妨げになるでしょう。イノベーションをうまく進めるために協働している仲間のなかに、イノベーションの実態に対する誤解を持っている人がいるかもしれないこと、こんな風に誤解されている可能性があることは、研究者も十分に認識しておいて損にはならないと思います。

 

私の経験で恐縮ですが、人事部門の人と雑談していた時に、「『実験』という言葉は何か、遊んでいるような語感があるね」と言われて驚いたことがあります。研究者にとっては「本当の実験というものは、未知の変数が少なくとも一つあり、実験によってその変数がどう変動するのかということを観察するために行うもの」[文献1p.41]なわけで、しかも企業の研究者は必要があって実験をしているのが当然なのですが、そうは思われていない可能性もあるわけです。知らない人にとっては、実験というのは夏休みの自由研究の延長であったり、高校の化学の先生が教室で、あるいはでんじろう先生がテレビで見せてくれるようなスペクタクルであって、ことによると昭和のコメディーで白衣を着た科学者風の人が薬品を混ぜて爆発させて煤だらけの顔になる、といったようなイメージなのかもしれないと思いました。そんな細かなことまで考えると、イノベーションの実態とイメージ(神話)の乖離は本書の内容以上に大きいものなのかもしれません。本書の内容が研究者にとっては当たり前のようなことであっても、この神話を信じている方が多い限り、この本の存在意義は大きいということでもあるでしょう。研究開発の成功物語はもちろん重要ではありますが、イノベーションの本質と実態を明らかにし、誤解を解くことも、それを知っているものの努めかもしれません。

 

 

文献1Scott Berkun2007、村上雅章訳、「イノベーションの神話」、オライリー・ジャパン、2007.

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%A5%9E%E8%A9%B1-Scott-Berkun/dp/4873113458

 

(参考)

・この本の原著はScott Berkun、「The Myths of Innovation」、O’Reilly2007.です。なお、2010年にペーパーバック化された時に、以下の4章が追加されています(ネットで目次を見ただけなので内容まで確認できていなくて申し訳ないですが、適当に訳してみました)。

 11章 Epilogue: Beyond hype and history(エピローグ:でっちあげと歴史を超えて)

 12章 Creative thinking hacks(創造的思考のための小技)

 13章 How to pitch an idea(アイデアの伝え方)

 14章 How to stay motivated(モチベーションを維持する方法)

・著者は元Microsoftの技術者で、現在は執筆、講演などの活動をされている方だそうです。

著者webページはこちら↓。ブログやエッセイなど盛りだくさんです。

http://www.scottberkun.com/

 

参考リンク<2011.8.14追加>
著者ビデオ、講演メモなど。
 

 

 

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