研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

アブダクション

「社会技術論」(堀井秀之著)より

企業における技術やイノベーションの位置づけはまず収益源、というのが普通でしょう。しかし、社会に対する影響も当然考慮する必要があります。できれば技術で社会をよりよくしたいですし、社会に対して損害を与えるような技術は使うわけにはいきません。今回は、社会をよくするためにどう技術を用いるべきなのか、『社会技術』による社会問題の解決とはどういうことなのか、堀井秀之著「社会技術論」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

著者は、「『社会技術』とは社会問題を解決し、社会を円滑に運営するための広い意味での技術」とし、「ここで技術とは、工学的な技術だけでなく、法・経済制度、教育、社会規範など、すべての社会システムを含んだものを意味する[p.1]」として、社会問題に対する解決策のデザインや、問題解決策の立案を支援する手法を解説しています。イノベーションは技術だけではないということはよく指摘されますし、問題解決手法は企業の研究開発にとっても役立つと考えられますので、本稿では、その手法の要点をまとめ、さらにイノベーション教育事例として本書で取り上げられている東大i.school(著者がエグゼクティブディレクターを務める教育活動)の最近の成果についてもあわせて考えたいと思います。

社会技術の特徴

・「社会技術の特長は、科学技術と社会制度をうまく組み合わせて社会問題を解決する点にある。・・・科学技術の成果を社会問題の解決に活用することは、革新的な問題解決を生み出す可能性につながる。しかし、科学技術のみで社会問題を解決できるわけではない。」[p.27

・「社会技術研究の特徴の1つは俯瞰的アプローチ」にあり、「詳しくみてみると問題解決に有効な3つの観点に分けることができる」[p.16-18

1)問題を全体的にとらえる:問題の政治的、経済的側面など特定の視点に限らない。

2)問題解決に用いる知識として、活用できる知識を総動員する:特定の学問領域における知識に限らない。

3)問題解決策として、特定の問題分野における対策に限ることなく、分野を超えた知を活用する。

問題解決策の設計

「思いつきで問題解決策を生み出すのではなく、体系的に有効な問題解決策をつくり出すためには、問題解決策の設計方法を確立することが必要」[p.27]。なお、この時、原問題と既存の解決策の問題とを区別する必要があることが指摘されています[p.60]。具体的には以下のように進めることになります。

1)問題の分析:「問題解決策の設計プロセスにおいて、最初に行うことは、問題の分析である。対象とする社会問題は・・・複雑であり、さまざまな観点からの分析が必要」[p.55]。具体的には以下の順で分析が行われます。

1-1)問題の全体像の把握:対象となる問題にかかわる情報を収集、分類して情報を構造化する。KJ法が活用できる。[p.61

1-2)価値分析:人により問題とするポイントが異なることがある。「問題認識にかかわる個々の主張を分析し、その元となっている価値基準を明確にしたうえで、問題にかかわるすべての価値基準をリストアップして整理する」[p.58]。「根拠が正しいかどうか、論拠が妥当であるかどうか、根拠・論拠・主張のつながりが妥当であるかどうか」について慎重に吟味する。[p.66

1-3)因果分析:「問題にかかわる事象をリストアップし、その因果関係を明らかにする。[p.72]」

1-4)着目すべき問題点の抽出:「『着目すべき』というのは、問題解決策を立案する者の主観的な価値判断」。「問題にかかわる価値基準が複数ある場合、どの価値基準を重視するかによって、何が問題であるかは変わりうる」。「『着目すべき問題点』に正解はない。可能な限り情報を網羅し、その情報から着目すべき問題点を抽出するプロセスを明示化し、誰にでもその過程を検証できるようにすることが重要」[p.77]。

2)問題解決策の立案:次の手法を活用できる。

・システム設計:「まず、システムが果たすべき機能(目標)を明確にする。その機能を分解し、それらのサブシステムが果たすべき機能をリストアップする。・・・次に、分解された機能を果たす要素を決定する。最後に、システム全体が機能するように要素、サブシステムの統合方法を決定する。」[p.81

・解決策発想支援:アブダクションを活用する。「アブダクションとは、与えられた結果に対して、その結果をもたらす原因を明らかにする推論[p.45]」。「与えられた目的を達成する手段を求める推論もアブダクション[p.45]」。「既存の問題解決策の分析を行い、その結果を分類・整理」して、「手段に関する情報を活用可能な形にする」。「アナロジーと分野を超えた知の活用が重要なポイント」[p.87]。そのためには、個別知識の上位概念化によって類似性を見いだせるようにするとよい[p.48]。具体的な発想支援法としては、解決策診断カルテ(既存の解決策を、上位概念化した原因と解決手段に基づいて整理したもの[p.97])と、問題解決マトリクス(多数の事例の原因と手段の関係をまとめたもの[p.105])が挙げられており、これにより、類似事例を見つけ、アナロジーを機能しやすくする。

3)問題解決策の影響分析:「立案された解決策によってどのような変化が生まれるのか、そしてその変化は問題の解決につながっているのか、新たな問題が発生していないか、といった検討を行う。[p.112]」そのための手法としては、シナリオとして記述すること、関係者へのインタビューなどがある。そしてその結果は、解決策の修正にフィードバックされる。

つまり、解決すべき問題点の本質を見極め、様々な知識を活用して解決策を発案すること、これが社会技術における問題解決策の設計(デザイン)、ということになるでしょう。一見すると当たり前の方法のようにも思われますが、では具体的に、例えば問題点の本質を見極めるにはどうすればよいか、と考えてみると、著者の具体策の提案の意味が理解できるように思います。著者自身、これが絶対的に正しい方法といっているわけではなく、例えば問題の分析についても、「問題分析には『こうしなければならない』というような決定的な方法が存在するわけではない。問題の特性に応じて有効となる分析方法は異なるため、問題ごとに最適な分析方法を選ぶことが必要となる。」「しかし、容易ではない問題分析も、適切なプロセスに従い、しかるべき方法に則って行えば、比較的妥当な分析となる」[p.57]と述べ、また、問題解決策の立案については、「問題解決策の立案は元来創造的な活動である。創造的な活動自身を方法論化することは難しいが、それを支援する方法論を構築することは可能である。」[p.79]としていますが、まさにその通りでしょう。著者の手法はひとつの例として受け取り、あとは各自でそれを磨き上げていけばよいのではないかと思います。ただ、上記の手法には、考慮すべき重要なポイントがまとめられていますので、検討に抜けがないかをチェックする目的にはすぐにでも使えるのではないでしょうか。また、設計の考え方やその根拠を整理して形にすることは、プロジェクトや解決策の内容を周囲に説明して合意を得る上で有効だと思います。大きな社会問題への対応となれば、多くの関係者を説得し協力を得ることは不可避でしょう。その時に、整理された設計書があれば大きな力になると思われます。

ただ、企業における研究開発に活用する観点からは、以下の点が若干気になりました。

・本書の前提として、問題はすでに想定されている?:本書の狙いは社会問題の解決であるためか、ある問題が存在することが前提になっているように思われます。一般のイノベーションにおいては、問題の認識からスタートしないイノベーションもあるでしょう。いわゆるシーズ指向のイノベーションや、創発やセレンディピティーに基づくイノベーションもありますし、新市場創造型のイノベーションの一部も、問題点の解決以外のところが起点になっているように思われます。

・設計の段階での想定外にどう対応するか:人間の特性を考えると、分析における見落としやヒューマンエラーのために想定の誤りが発生する可能性があるでしょうし、外部要因の想定外の変化によって状況が変化することもあるでしょう。そんな場合の対応も考えておく必要があるように思われます。問題を全体的に捉えることが必要としても、すべてのことを考えるのは現実的ではありませんし、複雑系の関与する現象については、本質的に因果関係を明確にできない場合があるかもしれません。さらに人間の行動には理性的でない場合もあることにも注意が必要と思われます。

・実行段階の問題:本書は「設計」に主眼がおかれていますので、実行段階の問題についてはあまり言及されていないようですが、設計どおりに実行しても期待した成果が得られない場合もあると思われます。完璧な設計を目指すより、試行錯誤しながら漸進的に研究を進める戦略もあり得ますので、そのような課題にはこの手法は向いていないかもしれません(ただし、検討すべきことをわかったうえであえて検討しないで進めることと、検討すべきことを自覚せずに無謀な挑戦をすることとは異なりますので、本書の指摘の重要性は変わらないと思います)。

・時間やマンパワーの制約:多くの事象を検討すればよいことはわかっていてもそれができない制約がある場合もあります。どこまで検討すべきかの指針も考えるべきかもしれません。

・実際にこの手法が有効であるという検証は可能なのか?

おそらく、今後の手法の改善によりこのような点は解決されていくのではないかと思いますが、改善のヒントがi.schoolのアプローチに含まれているように思います。著者は、イノベーション教育の一環としてi.schoolを推進しており、その内容については別稿でも紹介しましたが、その後の進展について興味深い指摘がありましたので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。i.schoolでどんな教育が行われているのかについては別稿をご参照いただければ幸いです。

i.schoolの進展

i.schoolの目的として、著者は「1)創造性を求められる課題を与えられたとき、最適なワークショッププロセスを設計できるようになること、2)新しくてインパクトを生み出すモノやコトを創る成功体験を積み重ねること」[p.172]を挙げています。i.schoolは問題点の認識から解決策の策定までをイノベーションワークショップという形で実習するという教育プログラムが基本のようですが、ある課題に対し、1)理解(Understanding、調査、観察、分析)、2)創出(Creating、課題解決、アイディア出し)、3)実現(Realizing、例えば事業計画にするなど)、というプロセスで検討が進められていきます。2009年以来様々なワークショップが開催され、その中からイノベーションの進め方、アイディアの抽出過程についていくつかの知見が得られているようです。

例えば、新しさを生み出す有効なメカニズムとして1)他者を理解する、2)未来を洞察する、3)概念を明確にする、4)思考パターンをシフトさせる、5)価値基準をシフトさせる、6)新しい組み合わせを見つける、7)想定外の使い途から目的を発見する、8)ちゃぶ台返し(一旦白紙にもどしてやり直す)が挙げられています。[p.186-187]。また、アイディア出しに有効な方法として1)グループワークのなかで他者との会話を禁止して個人の思考に集中させる機会をつくること、2)目的と手段をある程度一緒に考えること、3)生みだされるアイディアに関連した情況を心的イメージとして思い描くこと、4)自分に対する問いを明確化させること(何を考えようとしているかを見失うことを防ぐ)、が挙げられています。このような知見は、企業における実際の研究の場面でも経験的に有効だと思われるものもあり、i.schoolのプロジェクトの中から、イノベーションの効果的な進め方に関するこのような知見が得られてくることは非常に貴重だと思います。

個人的には、i.schoolの教育としての最も重要な意義は、学生にイノベーションを体験させること(著者が挙げたワークショップの目的で言えば、「参加者が新しいアイディアを生み出すことができるという自信をもてるようにすること」[p.191])であると考えます。しかしそれ以上に、研究の進め方の実験を行い、有効な進め方に関する知見が得られるならば、それを社会技術の設計に反映させることも期待できるのではないでしょうか。著者も「イノベーションの生まれる確率を高めるために、ワークショッププロセスの方法論を精緻化することが重要である。」[p.207]と指摘していますので、より広範なイノベーションの場面に有効な社会技術の設計方法の進化に資するようなアイディアが生まれてくることを期待したいと思います。社会技術に限らず、イノベーションを生む方法論、デザインについて、社会全体としてもっと検討していく必要があるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:堀井秀之、「社会技術論 問題解決のデザイン」、東京大学出版会、2012.

参考リンク<2013.7.21追加>


 

 

科学哲学の使い方(「理系人に役立つ科学哲学」感想)

森田邦久著、「理系人に役立つ科学哲学」[文献1]の感想です。以前に、科学哲学が予想以上に「使えそう」と書きましたが(「理性の限界」「知性の限界」-高橋昌一郎氏の著書の感想)、今回はその続きとして、上記の本のまとめを試みようと思います。

この本は、書名に「理系人に役立つ」と銘打たれているとおり、理系的なバックグラウンドのある人を対象読者としていることがひとつの特徴でしょう。確かに私のような、理系で、科学哲学に興味を持ち始めた人にはちょうどよい入門書といえると思います。それに加えて、「役立つ」ことを目指して書かれている点も特徴のように感じました。これは、知的興味だけでなく役に立つかどうかも重要な判断基準とする理系人の考え方を考慮した上でのことかもしれませんが、「哲学」は「役に立たないもの」という従来一般のイメージを覆すことも著者の意図にはあるような気もします。そこで、以下では、本書で解説された科学哲学全般にわたる内容の中から、科学を扱っている人に「役立つ」と感じた点を中心にまとめてみたいと思います。

本書は以下の12章からなっています。

I部:科学の基礎を哲学する

1章:科学と推論-科学で使う推論は問題だらけ?

・推論として「演繹」「枚挙的帰納法」「アブダクション」「アナロジー」「仮説演繹法」が紹介されているが、これらのうちで論理的に妥当な推論は「演繹」のみ。ただし、演繹的推論では知識が増えることはない。

・枚挙的帰納法とは、「いくつかのすでに観測された事例からまだ観測されていない事例や普遍的法則を導く推論」であるが、その推論は、「自然界で起こる現象には規則性がある(自然の一様性原理)」ことを前提にしている。

・アブダクション(最善の説明への推論)とは、「手持ちの法則(規則)と組み合わせればうまく観察事実が導き出せるような説明項を推論する」「いくつかの可能な説明のなかからもっともよいと思われる説明を選んでいる推論」。ここで「最善の説明」かどうかの基準のひとつとして、「科学においていくつも競合する理論的説明があるとき、もっとも単純で適用範囲が広いものが選ばれる傾向」が挙げられる。

・アナロジーは「ある対象の性質を、それと似た対象の性質から推論する」こと。

・仮説演繹法では、「まず、観察事例から、帰納的推論によって仮説を立てる。その後、そこから演繹的に、いままでまだ観察されていない事象を『予測』し、検証する」。このうち、観察結果から仮説を導く過程を「発見の文脈」とよび、その仮説から予測を導き観察によって検証する過程を「正当化の文脈」とよぶ。

2章:科学の条件-科学と非科学はどう分けられるのか?

・検証可能性基準とは、「意味のある命題(科学的な命題)は経験によって正しいことが証明できる可能性がなければならない」というもの。

・確証可能性基準とは、「意味のある命題(科学的な命題)は経験によって確からしさが増す可能性がなければならない」というもの(カルナップによる)。

・反証可能性基準とは、「科学的な命題は経験によってまちがっていることが証明される可能性がなければならない」というもの(ポパーによる)。このとき、まちがっている可能性が高い(反証可能性が高い)ほど情報としての価値が高い。反証された命題は捨て去られるか、修正されなければならないが、修正される場合、反証可能性が増大しないような修正は「アド・ホックな修正」としてしりぞけられる。

3章:科学と反証-科学理論は反証できない?

・全体論とは、「われわれの知識や信念の全体は相互につながりあった一つの構造体である」というもの(クワインによる)

・観察の理論負荷性とは、「なにを観察するか、また、観察された結果をどう解釈するかは、なんらかの理論に依存している」というもの(ハンソンによる)。ここから、「新しい発見は、適切な予期によってこそ可能である」とも言える。

4章:科学の発展-どんな科学理論が生き残るのか?

・パラダイムとは、「ある特定の理論だけではなく、明文化できないような研究活動上の指針や模範的な研究なども含めたもの」(クーンによる。クーンは後に「専門母体」と呼んだ)。このパラダイム間を比較するための共通の尺度の不在を「共約不可能性」といい、パラダイム間の優劣を決定する客観的基準はない、とされる。しかし、後に、「正確さ」「無矛盾性」「視野の広さ」「単純性」「豊饒性」という選択基準を認めた(ただし、異なるパラダイムのどちらが「真理」に近いか、ということは決定できない)。

・研究プログラムとは、「『堅い核』とよばれる命題を中心として構成される命題群であり、この堅い核は、補助仮説のつくる『防御帯』によって、どのようなことがあっても反証から保護される」というもの(ラカトシュによる)。そして、新しい予測を成功させることができるものは「前進的プログラム」、そのような性質のない疑似科学的なものは「退行的プログラム」とよばれる。どのプログラムを選ぶべきかは、『どちらのプログラムがより真であるか』ではなく、『どちらのプログラムにより発展性があるか』の観点で比較決定される。

・研究伝統とは、「やるべきこと」や「してはならないこと」のひとそろいの存在論的形而上学的命令(ラウダンによる)。ここには理論そのものは含まれない。競合する研究伝統があるとき、どちらを選択するべきかは、「どちらがより高い問題解決能力をもっているか」で合理的に決めることができる。

5章:科学と実在-原子って本当にあるの?

・科学理論には直接的に観察できない対象が多くあらわれる。この時、理論的対象が存在するとする立場を「科学的実在論」、存在しないとする立場を「科学的反実在論」という。

・奇跡論法とは、あるものが実在していないとすれば、実在しているとして説明可能な多くのことがあることが奇跡的である、だからあるものは実在する、と考える実在論の立場。

・介入実在論とは、「『それそのものを操作して予想どおりの結果を出せる』ような対象は実在しているとしてよい」、とするもの(ハッキングによる)。

II部:科学で使われる概念を見直す

6章:説明とはなにか-説明を説明するのは難しい?

DN理論:「科学的説明とは、ある特定の事実から、少なくとも一つの一般的法則を用いて『説明されるべき現象を記述した文』(これを『被説明項』という)を演繹的に導出すること」。(ヘンペルとオッペンハイムによる)

・説明の因果説:「説明とは推論ではなく説明されるべき現象の原因を示すもの」(サモンによる)

・説明の統合説:「ある原理や法則に、説明されるべき現象や法則が統合される。」「統合とは推論パターンを減らすこと。」(キッチャーによる)

・説明の用語論:「説明とは“なぜ疑問”への答えであり、答えるべき“なぜ疑問”の発せられた文脈が重視される」(フラーセンによる)

・一つの現象を説明するしかたは一とおりではない。説明を考えることは、その現象について新しい光を当てることになる。

7章:原因とはなにか-本当の原因はなに?

・因果の規則説:「原因が結果と時間的・空間的に連続、結果は原因のすぐ後に起こる、結果と似たタイプのできごとは、規則的に原因に似たタイプのできごとに引き続いて起こる」(ヒュームによる)。ここでは根拠となるのはこれまでの経験しかなく、原因と結果とのあいだに必然的な結びつきを認めない。

・反事実条件文による因果の分析:「できごとcができごとeの原因であるとは、できごとcとeが実際に生じ、かつ、できごとcが生じなかったならばできごとeは生じなかったであろうとき、そのときのみである」

・マーク伝達理論:「因果過程においては、なんらかの変化がくわえられたとき、それ以上の介入がなければその変化の跡、すなわちマークが伝達される」(サモンによる)

・保存量伝達理論:「因果関係とは保存量を伝達する過程である。二つの過程の交差は、それらのあいだで保存量の交換があるときに因果的相互作用といえる。」(ダウによる)

・介入理論:「二つの変数XとYがあるとき、ある特定の状況下で、ある介入IによってXを変化させたとき、つねにYがなんらかの変化をこうむるならば、XはYの原因だとする」(ウッドワードによる)

8章:法則とはなにか-法則はなぜ法則なのか?

・法則についての規則説:法則は必然的なものではないとする立場。「どのような時間・空間でも成り立つ規則」(普遍性がある)、「投射可能な(いままでの経験が未来にも通用すると推論できる)述語を用いる」(予測に使える)、「論理学の体系のように演繹体系をつくってみて、ある命題が公理もしくは定理になるのなら、その命題は法則とよべる」(法則の網の目説-法則どうしの論理的関連を重視する)

・法則に必然性があるとする立場では、介入によって変化しないものが法則であると考えることもできる。

・ある特定の条件を満たしたモデル(法則定立機構-法則が成り立つ前提をとしてのモデル)を考えたときに、そのモデルがもつ能力が法則であるとする考え方もある(カートライトによる)。

9章:確率とはなにか-確率は主観的なものか客観的なものか

・確率の応用により、理論の確証度の測定や科学と疑似科学の線引きに利用できるかもしれない。

10章:理論とはなにか-科学理論はウソをつく?

・理論は、現象と直接的に対応づけられるようなものではなく、世界を抽象化・理想化した「モデル」である。

III部:現代科学がかかえる哲学的問題を知る

11章:量子力学の哲学-ミクロの世界は非常識?

・波動関数の解釈、観測問題、不確定性関係の解釈など

12章:生物学の哲学-進化論は科学か?

・進化論、道徳、生命の哲学など

以上、科学を取り扱う際の様々な考え方が紹介されていますが、確実に正しいといえるのは演繹による推論だけであって、他はあくまでひとつの考え方にしかすぎません。また、すべてを統合するような考え方も「ない」ということのようです。さらに重要と思われるのは、正しいとされる演繹では知識が増えないということでしょう。研究を行なう場合でも、科学的な議論をする場合でも演繹以外の考え方を使うことは多いわけですが、多かれ少なかれ危うさを孕んだ議論のみが知識を増やす可能性を持つということです。従って、未知のことへの挑戦を行なうならば、正しいかどうかが危うい推論は必須、ということになります。

このように、確かなことがはっきりしないというのが結論では、科学哲学は「役に立たない」と感じられるかもしれません。しかし、これだけの考え方を並べてみると、自分の扱っている現象を理解、整理し、さらに異なる角度から見直すためにどのような考え方の選択肢があるのか、ということがわかるのではないかと思います。科学的な思考としてどのような方法をとるのが「正しい」か、ということは言えなくても、少なくとも、間違っている可能性の高い考え方を見分ける基準になるのではないでしょうか。さらに、これらの考え方のいくつかに当てはまるような考え方は、より確実な考え方に近い、とも言えるような気もします。このように、判断基準となりうる多くの考え方(しかも、ある程度の支持を得ている考え方)に触れられる点こそが、科学哲学の「役に立つ」ところ、といえるのではないかと思います。


例えば、科学的かもしれないあるアイデアを思いついたときに、そのアイデアがどのような危うさをもっているか、そのアイデアの確からしさや説得力を高めるには、どのようなサポート情報を集めればよいか、などについてのヒントが科学哲学の成果から得られるのではないかと思います。工場で不良品が発生したような場合、その原因をいい加減なものに求めていないか(例えば、天気のせいにするなど)、妙な先入観にとらわれていないか(観察結果自体やそこからの発想が、単なる経験や理論の盲信から生まれてはいないか)をチェックすることができるでしょう。さらに広げれば、例えば、超自然的な能力はあるのか、霊魂は実在するのか、マーフィーの法則は法則といえるのか、などについても考える拠りどころを与えてくれるような気がします。そんな荒唐無稽なところまで考える必要はないかもしれませんが、いい加減な理論や説明が「ビジネス」として成立している場合もありますし、もう少し科学に近い感じがするものは実際に多くのビジネスの手段として使われている場合もあるように思います。そうした考えを利用するのかどうかは、科学者、技術者の倫理の問題にも関係してくるはずです。

以前のブログでは、推論を行なう際の危うさと、そうした危うい推論を行なうメリットについての私なりの考え方を「ヒューリスティクス」という概念を利用してひとまとめにしてしまいました。しかし、その背景には科学哲学における多くの知恵の蓄積があったわけです。科学哲学に基づいて考えてみると、ヒューリスティクスとして取り上げた簡便な意思決定には、哲学的にそれなりの根拠のある考え方と、単に思考の節約を目的としたり心理的バイアスに影響されたりする考え方とがあり、それらは区別すべきだったようにも思われます。科学哲学はそのような考え方の線引きにも役立つかもしれません。科学哲学に触れたからといって、技術者の仕事は自らの考えの拠りどころをデータに求め、未来を予測することだという私の個人的な考え方の基本は変わるわけではありませんでしたが、その際の指針を与えてくれるものとして、やはり科学哲学は役に立つと思います。理系人だけではなく、一般の人にとっても役立つはず、と思うのですがいかがでしょうか(一般の人にとっては、科学に対する考え方の大きな見直しを迫ることになるかもしれませんが...)。



文献1:森田邦久、「理系人に役立つ科学哲学」、化学同人、2010.

参考リンク



 


 

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想

本書では様々なイノベーションの事例を取り上げ、野中教授の知識創造理論をベースにその成功の要因が解説されています。さらに、それぞれの事例におけるリーダーの考え方と行動について詳しく述べられている点は、イノベーションにおけるリーダーシップについての示唆も多く含んでいると言えるでしょう。取り上げられた事例はいずれも従来の考え方や方法の革新が成し遂げられたもので、イノベーションによって世の中を変えることができる人間の能力とその成果を再認識できたことは、(特に震災の記憶が生々しいこの時期、)力づけられる気がしました。

 

取り上げられているのは、以下の9事例です。

ケース1、旭川市旭山動物園:動物の行動展示によって人気を得た有名な事例。

ケース2、京都市立堀川高校:自ら学ぶ教育を実現して大学受験と生きる力の教育を達成。

ケース3、JR東日本エキュート:これも有名ですが、駅構内のあり方を改革したエキナカの創造。

ケース4、トヨタiQ:「カイゼン」を超えた発想による小型車の開発。

ケース5、アサザプロジェクト:霞ヶ浦の自然を再生させるプロジェクト。

ケース6、社会福祉法人むそう:知的障害者の能力を地域再生に生かす福祉ビジネス。

ケース7、再春館製薬所:大部屋経営を通じて「監視」から「共創」を達成。

ケース8、いろどり:料理に添えるつまものをビジネスとして創造。

ケース9、銀座みつばちプロジェクト:都心で養蜂し、都市のあり方を変えた事例。

 

いずれも研究開発や技術が主役ではありません。しかし、技術があっても、それを成果に結び付けるための多くの技術以外の努力が必要であるというのは多くの方の認識が一致するところでしょう。技術的イノベーションを考える上でもこのような事例から学べることは多いのではないでしょうか。

 

野中教授はこの事例から、イノベーションを生むための方法、リーダーの行動として、次のような概念を示しています。

・「理論的三段論法」ではなく「実践的三段論法」(ケース1、2)

・「モノ的発想」から「コト的発想」への転換(ケース3、4)

・「考えて動く」ではなく「動きながら考え抜く」(ケース5、6)

・「名詞」ベースではなく「動詞ベース」で発想する(ケース7)

・「見えない文脈」を見抜く(ケース8)

・偶然を必然化する(ケース9)

そして、まとめとして

・リーダーにとって大切なのは「場のマネジメント」

・知を創発する場の条件は「チームの自己組織化」、「身体性の共有」による「相互主観性」

・リーダーとチームを支えるのは「共通善」

・経営は「サイエンス」ではなく「アート」

と述べています。

 

とまとめてみたものの、はっきり言ってこれらの概念は私には非常にわかりにくいものでした。もちろん、事例の解説を読めばなんとなくわかったような気にはなるのですが、例えばその概念を自分で使おうと思った時、あるいは、野中教授の知識創造理論を知らない人に伝えてその人を動かすことに使えるかというと、非常に心もとない感じがしてしまいます。

 

恐らくその原因のひとつは、「概念」の種類が多すぎることのような気がします。特に技術系の人は、新しい理論や概念に触れると、それが本当に正しいのか、どんな場合にでも正しいのか、なぜ正しいのか、何を根拠に正しいと言えるのか、などのことを考える習慣がついている人が多いので、一度に多くの概念に触れると混乱をもたらすことになるように思います。さらに、多くの概念があると、実際の場面においてどの考え方を使えばよいのかがはっきりせず、「使いにくい」という印象になってしまい、使いにくい概念をわざわざ受け入れる必要はない、と思ってしまうこともあると思います。

 

しかし、事例に基づいてよく考えてみれば、これらの概念には重要な示唆が多く含まれていると言えると思います。そこで、野中教授の概念を使う立場から私なりにわかりやすく言い換えてみようと思います。

・「実践的三段論法」とは、「目指すべき目的がある」「目的を実現するにはこんな手段がある」「ならば、実現に向けて行動を起こすべきである」と結論を導き出し、行動を起こすこと[文献1p.32]。さらにこのプロセスには「仮説→検証→修正」の反復が含まれており、経験から仮説を立てる段階ではアブダクションが活用されます[文献1p.73-74]。このように考えれば理解しやすいと思います。

・「モノ的発想」から「コト的発想」への転換については、まず「モノ」と「コト」の理解が必要でしょう。モノはsubstance、コトはevent[文献1p.82]、「モノはそこに人間がかかわろうとかかわるまいと存在するのに対し、コトはそこにかかわる人間との関係性のなかで成立し、人間の経験として生成される」 [文献1p.99]、だそうです。「モノ的発想」から「コト的発想」へということは、物を提供してそれをどう使うかは物の受け取り手に任せるということではなく、その物が受け取り手にどのような経験を与えるか、ということまで考える、ということではないかと思います。単なる物ではなく、その作用や、人がどんな作用を求めているかの着目しようとする人間中心のイノベーションなどと近い考え方だと思います。

・「考えて動く」ではなく「動きながら考え抜く」というのは比較的理解しやすいですが、最初に考えを立ててそれを実行し、改善点があればフィードバックする、という方法ではなく、動いて得られた経験を直ちに発想につなげる、という意味で従来よりもダイナミックなアプローチ重視している、ということと考えられます。

・「名詞」ベースではなく「動詞」ベース、というのは固定的な考え方(名詞ベース)ではなく、何かになる(become)とか変化するとかの流動的な考え方を重視すべき、ということであると思われます。「モノ」から「コト」へという考え方と本質的な違いはないように思います。

・「見えない文脈」を見抜く、については「一見、関係ないモノがジグソーパズルのように結び付くと、これまでなかった新しいコトが生まれ、変革がもたらされる」[文献1p.222]とのことですので、違うものを結びつける力だと言ってよいでしょう。そのきっかけにセレンディピティーが存在する場合もあり、イノベーションの原動力になりうることは経験的にも明らかだと思いますが、そのきっかけには「強い好奇心」と「強い目的意識」があるとされています[文献1p.239]

・偶然を必然化、については偶然により生まれたチャンスを大切にする、という意味ではないかと思います。偶然というのは誰にでも訪れるものではありませんので、偶然の力を活用すると他者との差別化が容易に行なえます。これは「真のセレンディピティー」(ノート6で取り上げました)に近い考え方のように思われます。

・場のマネジマントとは、組織や環境や人や知識を別個にマネジメントするのではなく、新たなイノベーションが起こるようそれらを総合的にマネジメントすること、という風に受け取りました。野中教授は「場は、人々が目的を共有し、価値観や感情を共鳴させ、互いに知を共振させ、信頼、愛、安心感などの社会関係資本を共有し合う時空間」[文献1p.51]としていますが、こうした場を作るためには総合的なマネジメントが必要なのだと思います。

・自己組織化とは、リーダーが引っ張るとか、管理者がこまかい調整を行なう、という方法ではなく、組織が自主的に全体として最適な行動をとれるように動き、個を超えた大きな主観(相互主観性)を確立するということのようです。そのためには「身体性の共有」つまり、「相手と身体的に時空間を共有し、触れ合うことによって、相手の視点に立ち、相手の経験を自分のなかで持つことができるようになる」[文献1p.287]ことが必要ということのようです。

・「共通善」とは「『世のため人のため』『よきことをする』という根源的な思い」[文献1p.5]ということです。このような思いが人を動かす大きな力を持つことについては疑う余地はないでしょう。

 

野中教授の考え方をこのように言い換えてしまうこと自体、私の理解不十分の可能性に加えて、野中教授の暗黙知を不十分な形の形式知として表出化してしまうという危険がありますので、適切なことではないかもしれません。また、野中教授が様々な概念を提示されていることも、暗黙知を単純な形で形式知化させないためなのかもしれないとも思います。しかし、このようなわかりやすい言い換えを行なわなければ野中教授の概念はそれを使う立場から眺めている私にとってはただのモノにしかすぎず、こうした考察によって初めてコトになりうるのではないか、とも思います。そんなわけで、あえてトライしてみました。野中教授の理論は受け取る側の知識が多いほど、深い内容を受け取れるようにも思いますので、さらにどのような解釈ができるかは私自身の今後の課題とも言えるかもしれません。

 

なお、本書には上述の概念の他にも多くの有用な示唆や興味深い概念が語られています(ここでは限られた点しか取り上げられず申し訳ありません。詳しくはぜひ本書をご参照下さい。)。しかし、それらの概念を単なる羅列ではなく、重要性を正しく判断して系統的に整理することは少なくとも私には困難だったので上記の点に絞らせていただきました。本書で述べられているように経営がサイエンスではなくアートである、という考え方に立てば、そうした概念の整理は必要ではないのかもしれませんが、アートであったとしてもその質を高めていくことは有益なことでしょう。本書では経営をサイエンスと位置付けるアメリカ流の考え方はあまり評価されていないようですが、私はアメリカ流の考え方であっても役に立つものもあると思っています(アメリカ流とひとまとめにしてしまう必要もないようにも思いますが)。本書で示された概念も含めてあらゆる考え方を総合していくことが経営の質の向上に役立つのではないかと思いますがいかがでしょうか。

 

 

文献1:野中郁次郎、勝見明著、「イノベーションの知恵」、日経BP社、2010.

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%9F%A5%E6%81%B5-%E9%87%8E%E4%B8%AD-%E9%83%81%E6%AC%A1%E9%83%8E/dp/4822248291/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1300717571&sr=1-1


参考リンク<2011.8.14追加>
 

「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」

イノベーティブな人材を育てる場として設立された「東大i.school」で、どんな活動が行なわれているかが書かれた本「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」[文献1]について考えてみたいと思います。先日の記事(イノベーションに必要な人材)で紹介したIDEOが指導している、ということで興味を持ちました。

 

まず、簡単に背景をご紹介します。東大i.schoolとは、東大の全学組織である「知の構造化センター」が実施する教育プログラムで[文献1p.143]、校舎があるわけでも学部や大学院があるわけでもなく、年に数回開かれる、数十時間の「ワークショップ」と「シンポジウム」だけがすべて[文献1、p.8]とのことです。この本では、その初年度(2009年度)に行なわれたワークショップの内容が紹介されています。

 

i.schoolのエグゼクティブ・ディレクターである堀井秀之教授によれば、知の構造化センターは、膨大な知識に対して知の構造化技術(情報や知識の間の関係性を抽出し、可視化する技術)を適用することにより、知的発見やイノベーション、問題解決、意思決定、人材育成に役立てるための方法論を構築することを目的として2007年から活動を行なっているそうです。i.schoolでは、そこで開発されたツールをワークショップで利用することにより、イノベーションを生み出す力をより強力なものにすることを目指し、将来的には、i.schoolの活動自体を研究対象として、認知科学、知能工学、脳科学、組織学習論など、様々な視点からの研究材料を提供し、イノベーション・サイエンスと呼べるような研究領域を生み出すことも期待する、とされています[文献1p.142-146]ので、単なる教育目的だけのためのプログラムではない、ということになります。

 

i.schoolの具体的な目標は、「言われてみて初めて『確かにそれこそ解決するべき課題だ』と気付くような『目的』と、『こんな上手い方法があったのか』と人々をうならせるような『手段』を見つけ出す力を養うこと」[文献1p.132]、とのことです。つまり、i.schoolでは、新しいイノベーションの「目的」と、その目的を達成するための新しい「手段」を見つけるためにはどうしたらよいか、という方法の試行を行ないつつ、学生には新しいアイデアを生む達成感と成功体験を提供して、社会に出てからイノベーティブな成果を上げてほしい、ということ目指していることになるのでしょう。ただし、ここで目指しているものは「人間中心のイノベーション」が前提とのことですので、イノベーションのうち、「物」をどう扱うかや、自然科学における「発見」を目指すようなことは直接の検討対象とはしていないようです。つまり、「シーズ志向」よりは「ニーズ志向」の立場にたったアプローチが追究される場だと理解できます。

 

以上の立場に立って行なわれる「ワークショップ」では、イノベーションをつくるために具体的にどのようなことが取り上げられるのでしょうか。i.schoolのコアにある「イノベーションを導く道筋」は「あつめる」「ひきだす」「つくってみる」とされていますので、それぞれの段階でどのような手法が用いられているかを見ることにしたいと思います。

 

あつめる[文献1p.19-63]

イノベーションの最初のステップを「あつめる」という言葉でまとめています。次の6つの方法が提示されていますが、「ふつうでない情報を得るために、ふつうではない収集の仕方をしよう」というのが共通のスタンスとされています。

・観察する:IDEOの考え方では「人類学者」の仕事に相当します。なるべく極端な対象を選び、解釈は入れないようにすべき、とのことです。

・インタビューする:簡単な質問から始めて掘り下げていく、やってみせて、描いてみせてもらう、「もし~なら」という仮定の質問に答えてもらう、などがコツ。

・ケーススタディのための資料あつめ:書籍や雑誌、ウェブサイトなどからの情報を集める。できるだけ一次情報にあたり、出典を記録すべき。

・未来を洞察する材料を準備する:現在の情報から演繹的に未来像を描く(「未来イシュー」と呼ぶ)。

・未来の「兆し」をあつめる:みんなが納得できるような未来予測ではなく、未来に影響を与えそうな小さな事件や出来事を集める。これを「スキャニング・マテリアル」と呼ぶ。そしてその兆しを分類して帰納的に「社会変化仮説」をつくる。

・思いつくものを持ち寄る:「観察する」代わりに、各人の「視点」「印象」「イメージ」を持ち寄る。それを上位概念化して評価軸をつくる。

 

ひきだす[文献1p.64-98]

このステップでは、得られた情報を吟味し、思考を深め、アイデアを「つくってみる」ステップに引き渡すことを行ないます。「インテグレーティブ・シンキング」と呼ばれる考え方すなわち、(1)要素を抽出する、(2)要素どうしの関係性を分析する、(3)検討する、(4)決定する、の4ステップからなる考え方が基本です。具体的な方法としては以下の6点が述べられています。

・ダウンロード(経験共有)する:情報をチーム内で共有する。情報、経験を共有し、関連するものをまとめて上位概念化する。

・コレスポンデンス分析:統計学(多変量解析)の技法を用いて、ある現象なり概念なりを評価点に基づき2次元に整理し、グルーピングする。

・ブレインストーミング:ダウンロードにつづくプロセス。IDEOはダウンロードとブレインストーミングをつなぐプロセスとしてHMWHow Might We?-「どうすれば私たちは…することができるだろうか」)を重視している。チーム内で共有された情報、特に上位概念に対して、別の場面への適用を想定した疑問文をつくり、それに答えていくことで新たなアイデアを着想する。

・シンセシス(統合):ダウンロードによる問題群とブレインストーミングによるアイデア群を結びつけイノベーション創造の機会を可視化する。

・インパクト・ダイナミクス(強制発想):「あつめる」段階で得られた「未来イシュー」と「社会変化仮説」を強制的に組み合わせ、どのような事態が起こるかを想像する。

・ケーススタディ(事例研究):事例を分析して、類似した要素をまとめることにより、世の中にどういう手段が存在しているかを頭の中に入れ、目的に対してどのような手段が有効なのか予測する素地をつくる。

 

つくってみる[文献1p.99-114]

IDEOの考え方では、つくってみることによってアイデアのどこがまずいのか、どこがうまくいかないのかを早期に看破することができるといいます。つくったものにより、概念の共有がしやすくなることに加えて、「考えてはつくり、つくっては考える」というサイクルがもたらす効果も重要と考えられます。具体的につくってみるものは次のようなものです。

・絵にする:アイデアを図式化するためではなく、アイデアを「表現」するために絵にする。

・身近な材料でつくる:模型をつくる。

・ステークホルダーの関係性を図示する:デザインするものがサービスの場合に重要。

・シナリオをつくる:明確なユーザー像を設定し、自分たちのプロダクトやサービスがどのように利用されるかを検証する。

・寸劇(スキット)を演じる:実際にどう使われるか試してみる。

・事業計画書を書く:技術的実現性、経済的実現性を検討する。

 

そしてこのような活動を行なうにあたり、i.schoolでは作業に適した物理的空間の確保、アイスブレイク、多様なチームメンバーが重要とされ、環境づくりにも配慮がなされます[文献1p.115-129]

 

以上、本書の内容になるべく沿って、私なりに理解したポイントをまとめてみました。なお、手法の詳細については本書ではさらに詳しく説明されています(本書に関するブログ記事[文献2,3]も参考になると思います)。イノベーションを生み出すための方法として興味深いものもあれば、効果が疑問に思われるものもあるように思いますが、全体の方向性としては間違っていないのではないでしょうか。本書では新しいアイデアを生み出す思考法としてアブダクション(結果から原因を推定する、データから法則や理論を導くような推論)が重要視されていますが、本書で紹介された手法はいずれもアブダクションにある程度は有効な方法と言えるように思います。ただし、i.schoolはこうしたツールの有効性を判断し、改善していくことも目的のひとつとしていますので、細かな手法の評価は現段階ではあまり意味のあることではないでしょう。実際、2010年度のワークショップでは、ややアプローチが変わっているようで[文献4]、3つのステップが<Understanding><Creating><Realizing>と表現され、<Understanding>では、エスノグラフィー、フォーサイト、<Creating>ではシナリオ・ライティング、プロトタイピング、チーム・ビルディング、<Realizing>ではストラテジック・プランニング、エグゼキューション(製造・事業運営)、コミュニケーションという手法(活動)が使われる(実施される)ようです。

 

以上の状況を考えると、この本をイノベーションのハウツー本として読むことは適当でないのだろうと思います(もちろん、ハウツーとして役立つ点もありますので、有効だと思えれば使ってみればよいのですが)。ただ、手法の細かい評価はさておくとしても物足りない点もありました。特に、この本で述べられた手法は、何を開発しようとするのか、世の中のどんな問題点を革新しようとするのかを見つけ出す方法としてはあまり有効なアプローチでよいとは思えません(ある「目的」を達成するための「手段」についてのアイデアを得るためには有効な方法が多く示されていると思うのですが)。未来予測の手法に基づいて、これからの時代に必要となるイノベーションを考えよう、というこの本の意気込みは買いますし、それでうまくいく場合もあるかもしれませんが、イノベーションにはこの本でとりあげた以外のアプローチ、例えばシーズ志向、予測不可能な新市場創造型の破壊的イノベーション(ノート4)、真のセレンディピティー(ノート6)に基づくイノベーション、人間中心でないイノベーションなどもあるはずです。もちろん、ある種類のイノベーションにだけでも適用できる手法があれば有益には違いありませんが、未来予測までを狙うのは現実的でないように思われますので、今後の発展を待ちたいと思います。

 

i.school全体の活動について最も画期的だと思われる点は、このような教育プログラムを実施していることではないでしょうか。特に企業の立場から見ると、学生にこのような体験をさせることは非常に有意義だと思います。この本で述べられた手法はイノベーションのアイデア段階に着目していると考えられますが、アイデア段階の検討というのは、イノベーション実現のプロセスのなかでは「最も面白い」部分ということができると思います。これに対して、イノベーションを現実に適用するためには、泥臭い地道な仕事もこなす必要があります(というより、泥臭い仕事の方が分量は多いでしょう)。おそらく、学生さんが就職して組織の一員としてイノベーションに関わる際には泥臭い仕事を担当させられる可能性が高いでしょう。そうすると、そういう仕事をやっている間はなかなかイノベーションの面白さに触れる機会は少ないと思います。その結果、自らの創造的な能力を認識しないまま日々の仕事に流されてしまうこともあるように思います。ですから、アイデアを出して追求することの楽しさ、そういうことができる自分やチームの能力を認識する機会を就職する前に持つことは重要だと思うのです。「できる」ことがわかっており、「やり方」も知っていれば「やってみよう」という気にもなるのではないでしょうか。そういう機会を提供しているi.schoolのコンセプトは非常に得難いもので、そういう経験を持っていれば泥臭い仕事に対しても自由な発想でアイデアを出していくことが可能になるように思われます。また、大学に入るまでは「習う」ことが主体だった学問や技術との関わり方を、「創造する」という方向に転換するきっかけにもなるのではないかと思います。

 

もう一点興味深いのが、この試みが経営学やMOTの立場から行なわれているのではない点です。イノベーションに役立つ人材を育てるMOT教育という観点からみると、i.schoolのプログラムは欠陥だらけ、ということになるかもしれませんが、個別の専門を持った人材にMOTの考え方に触れる機会を提供する、という意味での意義は大きいと思います。イノベーションに役立つ人材とはどのような経験をし教育を受けた人材なのか、社会はどのような人材を求めているのか、という点についての検討も含め、「知の構造化」だけにとらわれないi.schoolの今後の発展を期待したいと思います。以上、私にとってこの本は個別の手法の解説よりも、イノベーション科学や新たな人材育成の可能性が感じられた点が印象的でした。

 

 

文献1:東京大学i.school編、「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」、早川書房、2010.

東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた
文献2:舘野泰一さんのブログ記事、「[書評]イノベーションの技法がちりばめられた教育プログラム!-東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」

http://www.tate-lab.net/mt/2010/06/todai-shiki.html

文献3:竹内慎也さんのブログ記事、「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」

http://ameblo.jp/1-class/entry-10552862934.html

文献4:東大i.schoolウェブサイトより「i.school3つのステップ」

http://ischool.t.u-tokyo.ac.jp/programs/outline

 

(参考)

・東京大学知の構造化センター

http://www.cks.u-tokyo.ac.jp/index.html

 
参考リンク<2011.8.14追加>

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